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将棋話──電王戦観戦記の感想記──第1局観戦記=すべりまくる夢枕獏

 電王戦の観戦記は第1局と第5局が夢枕獏。第2局が先崎八段、第3局が大崎善生、第4局が河口七段、ということらしい。いま第3局まで公開されている。河口さんのは4月18日公開だとか。

 以下、三局分の感想を述べる。意見が違い気分を害するかたもいるだろうことを予めお断りしておく。夢枕獏氏のファンは不快になるだろうから読まないでください。

Shogi.gif電王戦観戦記




 第1局の夢枕の観戦記がひどい。ニコ生のえらいひと(社長)とのやりとりから、初の観戦記を「やりましょう!」となり、社長のほうもネットだから紙数に制限はなく、「好きなだけ書いてください!」と盛りあがっての始まりらしい。まあそういう勢いはほのぼのとしていていいけれど……。

 この観戦記の感想をひとことで言うと「はしゃぎすぎ」である。あるいは「空回り」か。羽生を相手に名人戦防衛戦をやった米長が52歳と書いてあるが、正しくはまだ50歳と11カ月だろう。でもそんな細かいことはどうでもいい。後で直せる。しかし「空回り」という全体の空気は直せない。

 米長がボンクラーズに負けた「われ、敗れたり」を読んで「泣いた」という。信じがたい。あんなものを読んで泣くか。私は白けた気分で読了しただけだった。しかしその理由も読み進むとわかる。このひと、なにも知らないのだ。
 書きだしはこうなっている。



一局目と五局目を観戦して観戦記を書くのがぼくの役割であった。
 観戦を終えた時にはすでに原稿の構想はできあがっており、どう書くかという文体まで決めていたのだが、今日『われ敗れたり』を読んで、これまで考えていたことが、みんなぶっとんでしまったのである。
 白紙。
 まっしろ。
 その中で、ぼくが考えていたのは、この本を書いた米長邦雄のことを書かねばならないということであった。まず米長邦雄のことを書かねば、この稿を進めることができないと思ったのだ。
 おれはプロだよ。
 書くことのプロ。
 要求された枚数で、必要なこと、思ったことは書ける。
 だから、いきなり、この文章を普通の観戦記としてスタートさせることだってむろんできたのだが、この米長邦雄の本を読んだ時に。それができなくなってしまったのである。
 落涙。
 おれは泣いたよ。
 米長邦雄に泣いたのだ。




 これ、ここだけ読むといい話のようだけど、冷静に分析すると違う面が見える。
「今日、『われ、敗れたり』を読んだ」とある。1年前に出た電王戦に関するこの本を観戦記を書く今日まで読んでなかったのだ。観戦記を書くことになって急いで読んだらしい。するとそこには自分の知らない世界があり、感動したのだ。それでもって書く方向性を変更することにした、という。いい話のようでいて、じつは単に「おれ、将棋に熱心じゃないんだ」と告白しているにすぎない。私は1年前に発刊されてすぐ読んでいる。たいした中身の本ではないが、そういうタイミングで読むべきものだったとは言える。観戦記を書くぎりぎりまでそれすら読んだことがなかったということからも、夢枕の将棋に関する知識と熱意がどれほどのものかも見えてくる。ものすごく浅いのだ、感覚が。それは次の文章からも見える。



そもそも、将棋のプロ棋士というのは、とてつもない天才である。
 小学生の頃に、大人のアマチュア四段、五段と指して負けない。そういう少年が将棋の奨励会に入るのだ。
 能力のある者がない者が、どんぐりの背くらべをするのではない。
 子供の頃からの天才が、その天才を比べっこしているのが奨励会なのである。
 その中から、プロ棋士になるような人間は大天才であり、さらにA級の棋士ともなれば大大天才であり、名人位にある棋士は超大天才なのである。




 読んでいて恥ずかしくなる。天才、大天才、大大天才、超大天才だって(笑)。こどもかよ。まさか酔っ払って書いたとは思わないが、なんともお粗末な言語感覚だ。でも当人は棋士をこれで持ちあげているつもりなのだろう。
 将棋ファンとして棋士を天才と持ちあげられるのはうれしいが、ここまでことばに節操なく幼稚なこどものような言語感覚でもちあげられると、「バッカじゃねーの」と言いたくなる。ほんと、素面で書いたのだろうか?

 20年ほど前、私は競馬随筆で、「世を制するのは天才ではなく秀才だ」というような内容のものを書いたことがある。キャロットクラブの会報だった。
 その一部に升田、大山を引用し、「棋界に長く君臨したのは、天才型の升田ではなく、秀才タイプの大山だった」とし、その後、本来の趣旨である競馬に関し、「騎手の世界も、天下を制したのは、誰もが天才と呼んだ福永ではなく、秀才型の岡部であり武豊だった」と続く。高名な作家に無名ライターがケンカを売ったら嗤われるが、天才、大天才、大大天才、超大天才と天才を大安売りする彼より、升田大山という偉人を「天才と秀才」にする私の方が、日本語感覚としてまともだと自負する。



 と、ここまできて、先程からもやもやしていたモノの正体が見えた。この薄くて軽い味のない、ひとりで炎上している文を読んで、「何かに似ている」と思っていた。ターザン山本である。あのひとの軽薄な中身のない文とそっくりだ。やはりプロレスファンて通じる感覚があるのだろうか。もっとも山本さんは職業として選んだだけでプロレスは好きじゃないし、私は彼ら以上のプロレスファンである自信はあるが。

 しかしまあこのノリは、山本さんが知りもしない世界を知ったかぶりでしゃべるときの薄っぺらさとそっくりだ。たとえば山本さんが松任谷由実について書いたことがあった。音楽なんてなにも知らないひとだ。それが何かのきっかけでNHK朝の連ドラ「春よ、来い」の同名の主題歌を聴いた。彼女に関する知識はそれだけだ。すると、山本さんの表現で言う「スイッチが入った」になり、連綿とはしゃぎまくり知ったかぶりをしてスベりまくるのである。今回のこの観戦記がまったく同じだ。
 まあ夢枕氏は大山名人と駒落ち対局までしているらしいから将棋を知らないわけじゃない。でもかといってこのお粗末な観戦記を持ちあげる気にはなれない。やっぱり薄っぺらで軽い。



 それから今度は自作の「キマイラ」とかについて延々と語るのだが、こちらが読みたいのは「電王戦第1局の阿部光瑠四段がコンピュータソフト習甦に勝った話」なのであって、あんたの作品のことじゃないんだ。いやいや夢枕先生の大ファンにとっては、「キマイラ」について先生ご自身が語られるのが読めて最高かもしれない。でも夢枕ファンでもなく、「キマイラ」なんて知らない将棋ファンには、「電王戦観戦記でなにやってんだ、このひと?」というイタい話でしかない。



 細かいことで言うと、このひとは手書き原稿だそうで、原稿用紙に縦書きで書き、それをどなたかがネット用の横書き文章に直してアップしたらしい。高名な作家先生の文章だから原文を大事にする。そのことによって「一○○○万」というような私の大嫌いな表現が出ることになる。先生が書かれたものをそのまま写したのだろう。「一」は漢字。あとは○が三つである。「一千万」でもいいし、「1000万」でもいい。でもこんなのはヤだ。ま、これは私の好みの話だが。



 ネットなので紙数に制限がないというのも、このひとにはマイナスに出た。さすがに文筆業で喰っているのだから「10枚」と限られたなら、その中に必要最低限のことは書いたろう。そうすればコンパクトにまとまったはずだ。ところが制限がないから果てしなく脱線して行く。脱線したまま戻ってこない(笑)。行ったっきり垂れながしの無惨なものとなった。

 冒頭でこのひとは、

おれはプロだよ。
 書くことのプロ。
 要求された枚数で、必要なこと、思ったことは書ける。
 だから、いきなり、この文章を普通の観戦記としてスタートさせることだってむろんできた


 と書いている。「むろんできた」が、敢えて道を外したのだ。私は、要求された枚数で、必要なこと、思ったことを書いて、普通の観戦記にして欲しかった。道を外さなければ、もうすこしましなものが書けたろう。そうすりゃここまでわけのわからんものは出現しなかった。思うのはそれだけである。



 もしも本当に棋士を「天才」と思い、尊んでいるなら、この場では阿部光瑠四段の将棋を語らねばならない。なぜならここは「そういう場」だからだ。阿部光瑠四段がコンピュータソフトと対局し、血涙を振りしぼって創作した棋譜を語る場なのだ。

 そのことに「阿部四段が勝った」とだけしか触れず、自身の作品のことを延々と語るあなたは、いくら「超大天才」などと薄っぺらなことばで棋士を持ちあげても、とてもとても棋士を尊敬しているひととは思えない。あなたが真に尊び、酔っているのは自分自身だけなのだろう。ひとりで裸踊りをしてはしゃぎまくっているような、みっともない観戦記である。
 生きるということは恥を掻くことなのだと、あらためて感じさせられた観戦記もどきだった。こんなものは観戦記と認めない。



 米長は、名人挑戦者となったとき、アサヒシンブンの名人戦恒例となっていた山口瞳の観戦記を、「山口さんでは困る」と拒み、大揉めに揉めた。将棋界を「狂人部落」と呼んで悦に入っていたセンスの悪い、しかし世間的には高名な作家に対する、米長の聖域なき抵抗である。まさか(たかが)棋士が観戦記担当の作家を拒むなどという事態を想定していなかったアサヒシンブンは戸惑った。
 阿部光瑠の将棋には触れず、自著についての説明を延々とした夢枕の観戦記?に対し、天国の米長はどう感じたろう。(続く)
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  1. 2013/04/17(水) 06:21:56|
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