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将棋話──『将棋世界』米長会長追悼号──秀でている内藤九段の追悼文

shogisekai3gatsu 『将棋世界』3月号。特集は米長会長の追悼。発売日は2013年の2月2日。毎月買っているが、この月は日本にいなかったので買えなかった。3月半ばに帰国し、図書館で読ませてもらおうと思ったら、もう4月号が出ているので貸し出し中。長らく待たされた。二日前、やっと読むことが出来た。

 表紙はあえてモノクロ写真を使っている。下が主な内容。

shogisekai3gatsu2

 追悼文は、森内名人から始まる。ついで渡辺竜王、羽生三冠、郷田棋王、佐藤王将の順。
 棋士としての格は羽生が桁違いに上であり、羽生が3番目というのはファンとしてすっきりしないが、これがタイトルの格による序列というものである。現在最上位は竜王だが、ここでは名人と同格の扱いとし、棋士番号から森内を上位に取ったのだろう。



 ページ順に書いてみる。
 巻頭の追悼は、カラーページでの葬儀の様子や「タイトルホルダー追悼文」があり、モノクロページになって最初は、内館牧子の連載エッセイ。これも米長追悼の中身。紅白歌合戦の審査員同士として、初めて米長に会った時の思い出を綴っている。ジャージに膝の出たズボンでさえないおっさんだった米長が、別室で和服に着替えて登場すると、周囲を圧倒するオーラを放ち始めたことを綴っている。

 和服と言えば、引退を表明した米長との最後の対戦になる佐藤康光が、通常の対局であるにも関わらず敬意を込めて和服を着て臨んだら、その心意気に応え、米長が昼休みに自宅から和服を取り寄せ、それに着替えて対局したという実話がある。いい話だ。



 そこから「さようなら、米長永世棋聖」と題した本格的追悼特集になる。

 トップは将棋連盟会長の谷川。次いで専務理事の田中寅彦。これらは役員だから当然の順。



 フツーの棋士としては現役では棋士番号が一番古い加藤一二三が最初に登場する。
 多くの追悼文の中で加藤の文は異色。悼む気持ちがまったく伝わってこない。実際悼んではいないのだろう。このひとが変人であることがよく分かる文章だ。しかし悼んでもいないのに、死んだからとそれらしき文章を書く偽善よりは自然。それはそれでいい。でも他のひとの文章がみなそうなっているから、このひとの乾いた文が異彩を放つ。
 結びは「米長邦雄さんのご冥福を心から神様にお祈りします」と、あえて〝神様〟と入れている。熱心なキリスト教信者であることのアピールか。

 そういえば、名人戦が契約問題で揉め、朝日から毎日に移る、というか戻ることになったときの棋士総会で、升田と加藤は朝日嘱託だから朝日に止まるべきと朝日寄りの主張をした。升田は表に出なかったから論陣を張ったのは加藤ひとりだったのだろう。
 将棋が囲碁よりも格下とされ、その契約金に反撥し、一団となって朝日と絶縁しようとするそのとき、ひとりだけ反論する加藤に向かって米長は、加藤の信奉するキリスト教に喩え、「あんたはユダなんだよ!」と言い放った。加藤は怒りで顔面を朱に染めて絶句したという。

 という経緯を考えても、ふたりが仲好しのはずもないし、加藤は米長の死を悼んでいない。まことに奇妙な追悼文である。



 次の内藤の文は全追悼文の中で最も重みがあった。
 原田八段命名の〝さわやか流〟というイカニモなコピーに、序盤が下手ですぐに不利になり、それから中盤、終盤になってしつこく闘いぬいて逆転する米長将棋を、「さわやか流というよりむしろ泥沼流なのではないか」と表し、「米長泥沼流」を定着させたひとである。米長はそれを気に入って、週刊誌で「泥沼流人生相談」とかやっていた。私はそういう米長のセンスが好きだ。

 さわやか流とは、いかにも万事そつがなくて多才な米長を持ちあげているようでいて、じつは本質に迫っていない。原田さんの命名失敗作だろう。米長はさわやか流をそれなりに気に入っていて、それにふさわしい言行をしていた。おんなこどもに抜群の人気があった。私の周囲にも米長ファンは多かった。私は彼の才気煥発すぎる点が嫌いで、ずっと「中原派」だったことは以前に書いた。

 米長のセンスのよさは、「さわやか流の私を泥沼流とは失礼な!」とはならず、「あ、そりゃおもしろい」と受けいれてしまう点にある。もっともそれは長年さわやか流で活躍してきたからであって、いきなり若手の時に原田さんから「米長泥沼流」と名づけられたら反撥したろう(笑)。



 全追悼文中で唯一内藤の文は米長に厳しい視点で迫る。毀誉褒貶相半ばする人だったから、これこそが本物の追悼文である。米長は優れた棋士だったし、会長として功績もある。しかし同時にずいぶんと問題や軋轢も起こしている問題人物でもある。そこにまで踏みこんで書いたのは内藤だけだった。これは内藤が米長より年長であり棋士としても先輩であり、「米長が会長になるまでは」親しい友人であったからこそ書けたことであろう。本当に不仲ならそもそも追悼文など書かない。

「私は、連盟の行く末、女流棋士への考え方など米さんと真逆であった」
 72歳の内藤が近年の造語である〝真逆〟なんて使っているのがおかしい。連盟の行く末や公益法人のあたりは私にはわからないが、米長の女流棋士会への対応はへんだった。

「連盟に公益法人の話が出たあたりから彼の言動が理解しにくくなり、連盟が米長一人に振り回されているように見え始めた」
「〝棋界のナベツネになる。死ぬまで会長だ〟そう米さんが宣言したという噂が流れてきた。握った権力は一生離さない。これは権力者の陥る通弊だ。もう握手できないと思った」

 『将棋世界』の米長追悼特集は、内藤の歯に衣着せぬこの追悼文で光っている。
 日本人はなんでも「水に流す」。まして死んでしまったら美辞麗句の連発だ。この『将棋世界』の「逝去した米長会長を悼む特集」で、堂々と米長批判を書いた内藤九段の姿は美しい。



 かつて理事としてがんばっていた勝浦の追悼文。

 次いで西村。西村は米長より2歳年上だが、佐瀬一門への入門は米長が5年早い。米長にとって西村は、「年上の弟弟子」である。西村は八段だがこれは勝ち星による昇段。順位戦はB級止まりだった。
 その確執もあったか長年不仲と言われていた。それがなぜか米長が理事長となり、体制を築くといつしか昵懇になり、その体制を支える懐刀となっていた。
 それはこの追悼文でも、米長の努力やそれに気づいたのは「一緒に仕事をするようになったこの十年」と書いていることからもわかる。私は「米長西村犬猿の仲の兄弟弟子時代」に将棋を覚えているので、この感覚はよくわからない。

 同じく佐瀬一門の弟弟子になる沼春雄の追悼文。



 ここから弟子の追悼文が続く。まずは一番弟子の伊藤能の追悼文。
 弟子の順位では、ここで先崎学の追悼文になるはずだ。なぜかない。

 次に弟子の中川大輔。米長に命じられるままに理事にも立候補し、米長の片腕となって米長政権保持のために滅私奉公で尽くしてきたが、昨年突如(将棋ファンには突如と思えた)米長から絶縁された。真相はわからないが、私は傲岸な米長に首を切られた不遇なひとと解釈している。「入門したのが昭和54年、二度とその門をくぐれなくなったのが平成24年」とある。ワンマン米長に嫌われ、すっかり蚊帳の外となってしまった中川に追悼文を書かせた『将棋世界』の気転はいい。

 弟子の郄崎一生。長岡裕也。中村太地と続く。

 一連の弟子の追悼文が終り、年齢制限で奨励会を退会した後、三十代でプロになった瀬川晶司の追悼文。
 これは米長が瀬川のプロ編入に賛成だったからだろう。瀬川を受けいれたことや電王戦は米長の功績になる。もっとも電王戦に関しては、プロが将棋ソフトに負けてはたいへんなことになると対戦禁止令を出したのも米長会長なのだが、渡辺竜王とボナンザとか、自らボンクラーズと対戦とか、あらたな局面を切り開いたのも事実である。私は、あの時点での「ソフトとの対戦禁止」は妥当な処置だったと思っている。



 ここからはマスコミの登場。
 序列は竜王戦1位だから、まずは読売OB。このひとは今の肩書は退社して「将棋ジャーナリスト」だが、長年読売の将棋担当記者として将棋界と関わってきたひとだ。当然の順だ。ついで読売の現役将棋担当者。
 タイトルホルダーの追悼文順位で名人を1位にしたので、こちらは竜王の読売を1位にしたのだろう。その辺の気遣いが見える。読売がふたり続く。

 ついで名人戦主催の毎日。朝日。
 新聞三社連合(王位戦主催)。日経(王座)と続く。
 共同通信(棋王戦)。ここではあの有名な米長の名言「兄貴たちは頭が悪いから東大に行った。俺は頭がいいから将棋棋士になった」が、本当は芹沢の作り話であることが明かされている。



 最後が棋聖戦の産經。新聞の序列とはすなわち棋戦の賞金の額である。かつて棋聖はもっと上だった。産經も苦しいのか、いま最下位である。賞金が安いことがよくわかる。

 このひとは「米長さんの全盛期を知らない」と書いていることからも若い人らしく、けっこう見当違いのことを書いている。
「現役時代から永世棋聖を名乗っていた米長邦雄さん、戒名にも棋聖の言葉が付けられていた。ことのほか棋聖に思い入れがあったことが伺える」ってのは間抜け。大山が十五世名人を名乗ったように、中原が永世十段を名乗ったように、米長も「ただの九段」になるわけには行かなかった。大山や中原はそれをいくつももっていたが、米長のもっていたのは年に二度開催のころに取った永世棋聖だけだった。だから永世棋聖を名乗った。それだけの話。今のように年一回開催だと五期取れなかったかも知れない。充実していた時期に連続して取って永世棋聖を獲得したのは幸運だった。

 惜しかったのに「永世棋王」がある。これの規定は「連続五期」だ。米長は連続四期保持したが永世棋王を懸けた五期目に桐山に敗れている。あそこで勝って「永世棋王」を獲得していたらどうだったろう。いま七大棋戦の順列で、棋王は5番目、棋聖は最低の7番目である。あくまでも「今の賞金額」による順位であり、かつては棋聖のほうが上だった。

 永世棋聖は、通算五期とれば名乗れる。かつては年に二度開催だったこともあり複数いるが、いまのところ永世棋王は羽生だけである。もしも米長が永世棋王を取っていたら、それは大山、中原でも出来なかった史上初の永世棋王だった。なら私は、米長は「永世棋王」を名乗ったように思う。この世にひとりしかいない、大山中原でも出来なかったというのはいかにも米長好みである。
 取ってないものを論じても無意味だが、この産經記者の文が的外れとは言えよう。「棋聖」で言うなら、今でもタイトル獲得史上最年少の記録である屋敷が、棋聖位を失ってからも愛称として棋士仲間から「キセー」と呼ばれたことの方が印象的だ。



 山崎バニラの追悼文。これも米長と親交があったからだろう。山崎七段との山崎山崎対談の号では表紙にまでなっていた。お気に入りだったのかな。私も山崎バニラは「パソコン自作派」ということで好きだけど。(後にツイッターで「山崎バニラは米長の最後の女」というデマが流され、山崎が閉口するという事件が起きる。)

 ここで意外なことに林葉直子が登場する。しかもみな1ページなのに2ページも書いている。米長に破門されているから弟子ではない。美少女女流棋士として将棋普及に役だったが、最後は中原との不倫騒動やヘアヌードでだいぶ将棋のイメージを貶めた罪人である。近年の目を背けたくなるような容貌劣化も話題になっている。追悼文はとてもよく書けていた。



 河口俊彦が4ページ。ここはやはり河口さんに米長将棋を語ってもらわないと。充実したページだ。
 C2時代の森下卓に、A級の米長が「研究会をやって教えてくれないか」と頼むシーンを伝えている。その場に河口さんもいたのだ。
「私は、私より強いか、私より熱心な人としか研究会はしません」というとんでもない森下四段の返事。それに慌てず騒がず米長は、「君より強いかどうかはわからないが、熱心さなら君に負けない」と応えてふたりだけの研究会が始まる。気鋭の若手である森下の最新の序盤感覚を取りいれた米長は、苦手としていた序盤がうまくなり、それが49歳名人に繋がってゆく。49歳は木村や大山が名人を失う落ち目の年だ。今後もこの「最年長名人」の記録が更新されることはないだろう。いや、羽生世代なら年長更新は出来るが、それは羽生や森内や佐藤の復位であり、「初名人」はあるまい。

 ここで河口さんは、米長が若手の序盤感覚を取りいれたことを「よくなかった」としている。それを取りいれたから名人になれた。これは間違いない。本来の米長将棋では中原は倒せなかった。棋風改造により宿敵の中原からやっと名人位を奪取できた。しかしその棋風改造により米長将棋は変化し、引退を早めた。河口さんはそう解釈する。若手の序盤感覚を取りいれての改造をしなかったら、米長はいつもの泥沼流で60を過ぎても現役でいられたと推測する。
 でもそれでは名人にはなれなかった。だから、一期だけでも宿願の名人になれたからそれでいいのだろうけど、「あの棋風改造は問題あり」というのが河口さんの結論のようだ。興味深い。



 ここで「追悼特集」は終るが、そのあとの青野照市の、いつもは順位戦を中心にした棋界の流れを追う「将棋時評」も米長将棋特集となっている。10ページ。
 高橋道雄の「名局セレクション」も米長の隠れた名局を特集する。2×3で6ページ。
 いやはやなんとも充実した追悼号である。何十年も買っていながら、よりによってこの号だけ買えなかった私もまた珍しいひとになる。

 人気連載「イメージと読みの将棋観」でも、テーマのひとつとして「将棋界に生きる米長哲学」を取りあげている。ただしこれは生前のインタビューであり追悼とは無関係と断っている。でもいいタイミングで、とてもいい追悼になっていた。ここを読んでくれている将棋ファンなら、かの有名な「米長哲学」はご存知だろうから説明は略。



 同じく人気連載の勝又清和の「突き抜ける! 現代将棋」は米長の訃報に触れていない。すでに書きあげてあったのだろう。その代わり3月3日発売の4月号で米長玉や米長の名局をびっしりと特集した。5月号に続くとなっている。すばらしかった。私はこの勝又の連載だけで『将棋世界』は750円の価値があると思っている。あらためてその充実ぶりに感嘆した。

 河口さんが老いた後、こういう形の伝道者はこれからどうなるのだろうと案じていた。文章が達者なことから跡継ぎと思われた先崎のそれは、ちっともおもしろくなかった。期待外れである。しかしそこに期待されていなかった(失礼)勝又がまさに彗星の如く現れた。競馬で言うなら種牡馬ステイゴールドの成功のようである。先崎は、2歳時の活躍と名血から大きな期待を寄せられたが種牡馬失格した××のようなものになる。××は適当に当てはめてください。いくらでもいる。



 追悼文でいちばんよかったのは内藤國雄九段。林葉もよかった。
 記事では河口さんのもの。
 でも一番は、4月号になるが、勝又の米長特集。

 不可解なのは、中原さんと先崎が登場しないことだけだ。
 いまも将棋界の歴代対局数でトップなのは「中原米長戦」である。中原さんの最大のライバルが米長であったのは確乎たる事実だ。本来なら、それこそ現役の竜王名人を飛びこえて、「十六世名人」として最初に追悼文が登場せねばならない。なのにない。
 体調がわるいようだけど、それならコメントという形でも出来たろう。いま中原さんは米長の死になど関わりたくないというほど嫌っているのだろうか。
 中原さんの場合は体調から推測することも可能だが、先崎になるとまったくわからない。米長と先崎が絶縁したという話も聞かないのだが……。

 それと、元『将棋世界』編集長で、そこから高名な作家となった大崎善生さんなんかも、本来なら追悼文を寄せる立場だろう。だが大崎さんは女流分裂騒動のときのコメントで、米長から諸悪の根源のように言われた。
 どっちの味方をするかとなったら、私はもちろん大崎さん側につく。とにかく米長というひとの極端な好き嫌いはたいへんなものだった。この追悼号には大崎さんのおの字もない。現在の編集長は大崎さんのエッセイ集にも登場する(というかエッセイ集のタイトルになっている)大崎さんが育てた「編集者T君」だ。林葉を出すなら大崎さんにも声を掛けてもよかったのではないか。それとも、声を掛けたが大崎さんのほうで断ったのか。それはそれで米長追悼号らしくていい。

---------------

 と、図書館に返却する前に、ざっと3月号の追悼の中身を書いてみた。
 今夜やっとバックナンバーを買えるところを発見した。じつは買おうと思って探しても見つからず、それで図書館に予約閲覧を申しこんだのだった。
 といってもそれはべつにむずかしいことではなかった。単に私がネットで雑誌のバックナンバーを買ったことがなく不慣れだっただけである。750円の本が送料や手数料で1500円になってしまうが、永久保存版だから買わねばならない。

 将棋連盟の会長が現役のまま死去したのは初めてのケースである。米長が「棋界のナベツネ」になったかどうかはさだかでないが、「死ぬまで会長」は実現したことになる。過去の棋士の追悼特集ではなく、現役の会長の死であるからか、充実した中身の追悼特集だった。
 もうすぐ発売になる5月号の、勝又の「米長特集第二弾」が楽しみだ。

---------------

【附記】──関西在住の連盟会長は初?──2014/7/1

 上に「関西の棋士が連盟会長になったのは初」と書いてしまった。考えればすぐにわかることだが、大山さんがいる。その前にもいたはずだ。初のはずがない。ならなぜ書いたかと言うと、米長が亡くなり谷川が後を継いだとき、たしかにそういう表現を見かけたからだ。そのまま深く考えず引いてしまった。
 今回ひさしぶりに読みかえし、なんという愚かなことをと赤面しつつ削除した。しかしまた、なぜそんなことを書いたのかと気になり、考えてみた。たしかにそんな文章を見かけたのだ。

 それで思いついたのだが、それは「関西在住棋士の連盟会長は初」ということなのではないか。谷川の家はあちらにあり、つい先日も「週に何度も往復している」と読んだばかりだった。そう思う。間違っていたらまた直します。
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