高岡蒼甫の反日時代?──「パッチギ」のころ

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 フジテレビのあまりに異様な韓国執心を批判して話題になっている役者・高岡蒼甫は、2005年に、あの反吐の出る売国奴、名前も書きたくないのだが、井筒和幸の反日映画「パッチギ」に出演している。しかも朝鮮人役だ。

 私は前項に置いて、こんなものに出ていながら、よくぞ井筒に洗脳されなかったと彼を讃えたのだが、ほんとにそうなのかと思い、その後も調べてみた。そこでそうではないという話を見つけた。



 今日のニッカンスポーツ芸能欄では、高岡の話題を取り上げたあと、末尾に《高岡は、2005年に「パッチギ」に出演した当時、「日本は卑怯な国」「個人的に日本という国を好きになれない」と発言してブログが炎上し、4度も閉鎖に追い込まれた》と、いわば前々からの問題児であり、以前は反日だったと指摘している。

 アサヒシンブン系のニッカンスポーツであるから、元は自分たちと同じ親朝鮮であった高岡が変節し、今のアンチ朝鮮発言で持ち上げられることに我慢がならなかったのだろう。いかにもアサヒ的な攻撃である。

 ともあれこのことは、検索下手の私には不足していた話なのでたすかった。
 他者を語るには冷静で客観的な視点が必要だ。情報は量よりも取捨選択が大事だが、とりあえずそれなりの量も必要である。
 さてこの話は真実か否か。



 私はそれが事実であるかどうかに関わらず、このことで高岡を批判するつもりはない。高岡を嫌いになることもない。高校中退の無学な青年(後に定時制高校を卒業しているらしい)があんなのに関わったら洗脳されて当然である。かくいう私も日教組の教育により二十代末まで自虐史観(当時はそんなコトバはなかったが)に染まっていた。自力でそこから脱出するのには長い時間と膨大な勉強が必要だった。高岡は染まって当然だったと思う。ましてあの朝鮮人役で新人賞をもらったりもしているのだ。



 いまWikipediaの高岡の項目を読んだら、あの映画の完成後、韓国に「パッチギ」のプロモーションに行った際の発言が、「日本は卑怯な国だと思う」となって日本に逆上陸し、ブログ炎上から閉鎖に追い込まれたらしいのだが、2011年7月(つまり、今)に、高岡は、「そんな発言はしていない。あれは作られたものだ」とブログに書いたとある。

 そこの真実は判らない。朝鮮人は自分たちに都合のよい、そういう話を作るのが得意であり、ましてあの井筒のプロモーションに出演者して韓国まで同行させられたのだから、あいつらの捏造話の被害者だという可能性は高い。

 が、同時に私は、別項で「役者とは憑依するもの」と書いているように、映画が公開された当時で22歳(あの映画の制作開始からだと21歳ぐらいから関わっていたか)の高岡が、あの筋書きの映画に出演したのだから、当時はほんとうに洗脳されていたのではないか、とも思っている。そうならないと本気で演技できないのが役者という人種である。
 いま現在の高岡の発言を信じ、すべて朝鮮側の捏造だと思いたいが、この場合、「あれは捏造でした」との発言が「いま2011年7月」であるのが弱い。ブログが炎上して閉鎖に追い込まれた2006年時点でそう言ってくれていたら全面的に信用するのだが。



 しかしその真実はどうでもいいことだ。なぜなら今の高岡が正しい日本人であることは絶対的事実だからだ。
「あのころは洗脳されていた。そこから疑問を持ち、勉強し、努力して脱出した」で大いにけっこう。日教組が教育を支配し、あのような教科書で歴史を教えられるのだから、いまの日本では、こどもは反日に育つほうがふつうなのである。よくぞ覚醒してくれた。

 高岡蒼甫支持に変りはない。


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【追記】──やはり始まった高岡批判──7/31/04am

 思っていたとおり高岡批判が始まった。
 といって福岡や愛知の地方局ワイドショーが高岡非難を始めたとか、脳科学者の茂木とか言うのが高岡批判をツイートしたとか、そういうことではない。
 私の言いたいのは「こっち側」の話。本来なら支持しているひと、あるいは今まで支持していたひとが、あまりの高岡賛辞に嫉妬したのか(笑)、揶揄的な批判を始めたことだ。
 日の丸入りアイコンで愛国的発言をするひとのツイートにも散見できる。

「パッチギに出てた役者だからなあ、もちあげるほどのものじゃないだろ」
との発言があると、
「日本は卑怯な国だって発言してたのを以前聞いたような」
と同調するのが現れ、
「いや、本人がはっきりそう発言しているのをテレビで見たよ」
と、いかにも嘘っぽいフォローもあり、
「なんで転向したんでしょうねえ(笑)」
と皮肉り、
「まあ、生暖かく見守りましょうや(笑)」
と、うすら笑いで結ばれている。



 じつにくだらん流れだ。しかしまたこの種の問題では必ず出る流れでもある。高岡のような一部のひとから英雄視されるひと(=一部のひとからは偏向した悪人と見られるひと)が出ると、必ずこういうタバコの副流煙みたいなのが現れる(笑)。見事なほどセオリー通りだ。

 これらは、あの反日映画「パッチギ」に出演していたことや、以前の反日的な発言(本人はインタビュウを受けた朝鮮日報の捏造であり、自分はそういう発言はしていないと否定している)を取りあげ、今の彼の発言に疑問を呈しているわけだ。関東連合という暴走族出身だということから彼の発言を否定するひともいる。

 これに関する私の考えはすでに上に記した。まず暴走族うんぬんなんてのはどうでもいい。嘘か真か知らないが、そうだったとしても、なんでそんな若い時のつっぱりまで責められねばならない。くだらん。まったく無関係。

 彼の今回の発言を、私は「パッチギに出ていたからこそ」と、している。あれに出演し朝鮮人役を演じていたころの高岡は、それなりに朝鮮シンパだったと私は思っている。それが自然だ。でなきゃ監督からスタッフまで親朝鮮反日本の現場でやっていられない。なにしろ監督と脚本はあの井筒なのだ。さらには内容は親韓国ではなくて親北朝鮮だ。朝鮮総連のプロバガンダ映画である。正気で関われるものではない。

 その井筒や他の役者と日々交わり、在日朝鮮人青年に成り切り、日本を批判する感覚に染まったからこそ、評価される演技が出来たのだろう。
 劇中には、朝鮮人の衣装を着た笹野高史らが、強制連行(そんなものない!)された朝鮮人に扮して、いかに日本人に虐げられ苦労したかを演じる涙なくしても見られない哀号ミニコントもある。まともな日本人がこんなものに正気で参加できるはずがない。
 もしもいやいや演じていたなら、試写会や映画館で見た在日朝鮮人から、「あの役者は心がこもっていない」と批判が出たはずだ。なのに高い評価を受けているのだから、私は、洗脳され成り切っていたのだと解釈する。



 ここでこの意見を確乎たるものにするために私は「パッチギ」を見直して高岡の演技を確認すべきだ。でも私はあの映画を二作とも持っていたけど、あまりに不愉快な内容なのでもう廃棄してしまった。

 DVDとか、さかのぼってCDなんて、出たばかりのころは宝物のように大切にし、落としたりしたら傷でもついたのではないかと冷や冷やするほど大切にしていたものだったが、やがて鈍麻する。今の私はDVDをまとめて何十枚か捨てるなんて毎度のことだ。引っ越しの時は500枚以上捨てた。このビデオDVDも2枚ともためらいなく捨ててしまった。

「イムジン河」は若い頃の懐かしの歌だから、それを楽しみにパッチギDVDを入手した。もちろん本来の歌詞が北朝鮮讃歌のくだらんものであり、日本語歌詞は松山猛の創作であることも知っている。松山はフォーククルセイダーズの加藤和彦(パッチギでは音楽担当)が朝鮮人であることを知った上で、高校生時代からつき合っているし、原作者であり主人公のモデルである日本人松山の感覚は理解も支持もできる。

 監督が井筒だから、どんな偏向した内容になるかは想像できたが、松山の原作も読んだし、原作のよさから何とかなるかもと期待した。でもクソだった。歴史解釈の臭さがひどくて見るに耐えられなかった。というかまあより正確に書けば、原作は短文だから、それにアイディアを得て井筒が完全創作したというほうが正しい。
 もしも捨てずに今手元にあったとしても、いくら高岡を擁護するためだとしても、ちょっとあれは見直す気にはなれない。だからDVDのあるなしは関係ないか。二作目なんて途中で見るのをやめたし。

 あんな偏向したものが映画賞を取るのだからいかに日本の映画界が腐っていることか。もっともあの種の民族的なことを描いた映画が映画賞に強いことは世界的傾向だ。優れた戦争映画より二流の反戦映画のほうが強い。映画賞とはそんなものなのだろう。

 日本アカデミー賞とは恥ずかしい名前だ。「日本映画賞」でいいだろうに、アメリカの「アカデミー賞」を名乗っている。この程度のものには、このへんの偏向映画がちょうどいいのだろう。
 それでも今回のこの文を書くために一応下調べとして「パッチギ」を検索したら、「すばらしい映画ですね」ぐらいはまだいいとしても、「井筒監督ってエネルギッシュで憧れちゃいますね」あたりになると、さすがにもう読めなかった。



 あの映画は沢尻エリカがきれいだと話題になっているのを楽しみにした。きれいな女を見る以上の眼福はない。それにしても日本人男とフランス人女の混血美少女を在日朝鮮人にする感覚もかなりのものだ。日本人男は犬にして、生まれてきたこどもは黒人にするようなCMを作るのが孫正義に代表される朝鮮人感覚なのに、自分達のことはずいぶんときれいにする。もっともこのソフトバンクの国辱的CMは、作った側よりも、それを受け入れているほうにより異常を感じるが。

 沢尻はパッチギを映画以上の特別な存在であり今の自分を作ったと発言している。つまり沢尻はいまも「井筒思想」に染まったままなのだ。まちがいなく反日であろう。彼女の後の奇行もここに根ざしているのではないか。するとすんなり理解できる。あんな映画に出たら頭が狂う。そこから覚醒した高岡はほんとうにえらい。



 今回のことで井筒はまだ発言していない。あいつは高岡発言に何と言うだろう。「パッチギのころは自分と同じ考えだった。何があってこんなことになったのか」と嘆くのか、それとも「パッチギのころから反抗的で気に入らなかった」と言うのか。どっちだろう。来週頭に出るアサヒ芸能あたりで書いていそうだ。チェックしよう。

 発言が遅れている理由は明解。高岡にあれこれ知られているからだ。あからさまに高岡を否定したら高岡からの逆襲がある。慎重になっているのはそれが原因だ。韓国のプロモーションにまで帯同しているのだから、当時の高岡が井筒のお気に入りだったのはまちがいない。それもまた私が当時は洗脳されていたと考える理由になる。井筒は、後々高岡がまさかこんな発言をするようになるとは夢にも思わず、心を許し、いろいろと語っているはずである。裏事情も知られているだろう。そのヤバさから高岡批判が遅れている。



 いずれにせよ私は、あの「パッチギ」洗脳から脱出したことを評価し、染まっていた当時の発言の真偽はわからないが、假りにあったとしても、いまの発言が正当なのだから関係ないとする。
 つまり、前記赤字の連中は、「そういう時期があったんじゃないの?」→「だったら信じられないよな」としているわけだが、私は「そういう時期があったのはむしろ当然じゃないか。そこから脱出したのだからよけいにえらいじゃないか」としているわけで、彼らとは根本からしてちがうことになる。



 彼らのような発想をしていたら何も言えなくなる。
 卑俗なことで言えば、私はヘビースモーカーだった。やめてもう二十数年経ち、今は大のタバコ嫌いだが、嫌煙の主張をするときは、当時の自分を意識し、いまでも恥を感じる。私自身が加害者だった時期があるからだ。

 でもだからといって「以前は喫ってたくせにエラそーなことを言うな!」と喫煙者から責められても困る。それを気にしていたらいつまで経っても何も発言できない。過去にタバコを喫っていた者は嫌煙権を主張できないことになる。やめて二十数年経つ私でもそうなのだから、やめて一年なんてひとは、嫌煙の主張をしたくても、だいぶためらいがあることだろう。でもやめて一年でもすべきことはしたほうがいい。

 その点ほんの数年前までは「お肉大好き」と日記に書いていて、その言辞がいまもネット上に明確に残っているのに、いまは食わないことを理由に、肉を食う人間や畜産農家を否定する「きっこさん」はお気楽な性格だと感心する。まああのひとはタバコでもパチンコでも「わたしの好きなものはすべて正しい」路線だから壊れている。「きっこさん」は自分がタバコをやめたら、タバコがいかに害毒のあるものであるか、かつて愛煙家であったことなどきれいさっぱり忘れて他者を責められるのだろう。

 いやそんなタバコだとか肉食だとかの卑小なことではなく、前記「イムジン河」が流行っていた頃の私は、アサヒシンブンを愛読する日教組教育の自虐史観に染まった青年だった。「パッチギ」のころ高岡がすこしばかり反日だったからいま愛国的発言をできないとするなら、私なんかなにも言えなくなるし、私どころか現代の保守系論客なんて、ほとんどは60年安保、70年安保の時はサヨクだった。そこからの、サヨク運動からの転向者である。ひとはなにかに染まり、それに疑問を持ち、悩み、脱却し、目覚めて、成長して行く。いま覚醒しているのに出自を問われて否定されたらたまらない。



 それと、これもまた大事なことだが、前記赤字の発言をするようなひとは、そんなにリッパなのだろうか。恥じるような過去などなにひとつないのだろうか。
 假定だが、高岡がかつて関東連合という暴走族と関わっていたとして、またパッチギ当時反日思想に染まっていたとして、いまそれとは無縁になった高岡を冷笑できるほど真実一路のリッパなひとたちなのだろうか。

 まあ中には「おれは高岡と同じ年齢だが、物心ついてからずっと愛国者だ」というようなひともいるのだろうが、あんまりすんなり来ているのも気味悪い。サヨク思想というハシカは一度経験した方がいいのだ。朝鮮礼讃映画に出演したときは朝鮮贔屓、日本嫌いに染まったが、いまはそこから脱出した、という青年のほうがずっと自然だ。信用できる。



 私は、韓国から帰化した呉善花さんが好きだ。著書もよく読んでいる。彼女の発言は朝鮮での教育に染められ、かつては反日だったひとが、来日し、日本の真実を知り、親日家になり、すると今度は在日朝鮮人や故国からは嫌われ、入国拒否をされるような目に遭っているからこそ重みがある。

 中共から帰化した石平さんも好きだ。独裁国家の怖さを知っているからこそ石平さんの意見は傾聴に値する。ただ私は何度も中共に行っていて生理的に支那人とは合わないことを確認しているから、石平さんの書いた支那人分析の本は、一応読んだが愛読とは言いがたい。私は、支那人よりは義理に厚い朝鮮人のほうがまだ好きだ。

 だがこれらも呉善花さんを「元は朝鮮人だろ」、石平さんを「帰化したからといって支那人なんて信じられるかよ」と言っていたら何も話せない、前に進めない。

 高岡が「パッチギ」時代はどうだったか知らない。それはまたどうでもいいことである。大切なのはいまだ。今の彼は信用に足るだけの勇気ある発言をしている。それは反原発利権でプロ市民と連携している山本太郎とは異なる。

「パッチギに出ていたからなあ」
「日本を卑怯な国って以前言ったんだろ」
 そんなことをしたり顔で言って今の高岡を否定するひとを、しみじみくだらん、と思う。
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  1. 2011/07/27(水) 19:29:21|
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