相撲話──大鵬の思い出⑧-2──大鵬の32回、千代の富士の31回④──石原慎太郎がケチをつけた柏鵬の全勝対決

 大鵬の「八百長相撲」として名高いものに、昭和38年秋場所の柏戸に優勝を譲った一番がある。

 柏戸は、向かうところ敵無しで史上最年少横綱(当時)となる稀代の超大物新人大鵬に立ちはだかった唯一の(齢の近い)先輩力士だった。
 新入幕で11連勝というとんでもない成績の大鵬に、協会は小結の柏戸戦を組んだ。いまでは幕尻の力士でも全勝だったら横綱大関戦が組まれるが当時はそれはしない。が初黒星を点ける。盛りあがった。この場所、大鵬は12勝3敗。小結柏戸は9勝6敗。地位が違うので成績は数字だけでは語れない。横綱大関と当たる小結はいちばん難しい地位だ。それにしても新入幕、二十歳で12勝3敗は凄い。

 横綱昇進前まで柏戸は大鵬に勝ち越している(柏戸の7勝3敗)。それがいかにすごいことだったか。先に大関になり、横綱には同時昇進する。横綱となってからも大鵬とは五分の星を残した。晩年負けが込み、通算成績では負け越してしまったが、「大鵬に強い柏戸」は看板だった。

 剛の柏戸に柔の大鵬という組合せは、ファンも二分し、まさに大相撲界理想の東西の横綱パターンとなる。
 大鵬の出世があまりに早いため忘れられがちだが、柏戸の横綱昇進も22歳であり最年少記録だった。同時昇進なので、柏戸が従来の最年少横綱記録を更新し、一瞬にして、さらにそれを大鵬が更新した、という形になる。

 ただし柏戸の横綱昇進直前三場所の記録は、優勝もなく、ひどいものだった。横綱同時昇進の場所も、大鵬が前場所に続く連続優勝であり文句なしなのに対し、柏戸はその場所こそ相星で優勝決定戦に進出し(巴戦。もうひとりの相星は〝人間起重機〟明武谷!)準優勝だが、その前場所、前々場所にも優勝はない。現在なら絶対に昇進できない内容である。この辺、柔と剛を同時昇進させて看板にしようという協会の意図が見える。それは図に当たり大きなブームとなる。

 柏鵬時代と称されたが、今も名高い?この八百長相撲のときはもうだいぶ差がついていた。共に横綱に昇進したが、ここまで11場所の内、大鵬が8回の優勝(通算優勝11回)であるのに対して柏戸は優勝なし。優勝は大関時代の1回だけである。元々が剛力の一直線相撲だったので怪我も多く、ここまで横綱として4場所連続休場、早くも引退の危機だった。完全な「大鵬時代」であり、柏鵬時代とは名ばかりとなっていた。



 負けようがないほど完璧な相撲の大鵬が初日から14連勝は当然だったが、片や4場所連続休場明けの落日の柏戸も、14戦全勝で千秋楽まで来た。東西の横綱が全勝で千秋楽決戦という最高の舞台である。大相撲史上でも数えるほどしかない形になる。日本人は判官贔屓だ。誰もが「今回は柏戸に勝たせたい」と思った。その基本には「強すぎる大鵬は何時だって優勝出来るんだから」がある。なんとテレビ解説の玉の海(だったと思う。調べないと)まで「柏戸に勝たせたい」と口にしていた。(確認した、玉の海だ。下に〝横綱玉の海〟が出てくるが、もちろんこちらは先代。下の〝横綱玉の海〟は大関玉乃島が横綱昇進で改名したもの。先代は横綱になっていない。)

 勝ったのは柏戸。涙の優勝である。まさかまさかの奇蹟の復活だった。当人も涙なら、テレビの前の柏戸ファンも大泣きである。れいによって「負けるよ負けるよ、勝てるはずがないよ」と負けたときに傷つかないように予防線を張って応援していた柏戸ファンの母や姉も大感激だった。



 日本中が感激した「あの最強大鵬を破っての柏戸涙の全勝優勝! 柏鵬時代復興!」に正面からケチをつけた男がいた。石原慎太郎である。一橋大学在学中に芥川賞を受賞し、映画監督も経験し、弟を大スターにのしあげた、当時31歳の若手作家は、事もあろうにこの感動の一番を「八百長だ」と批判する文を新聞に投稿した。相撲協会は告訴の用意をしたが、石原が折れる形で和解する。まことに不粋な事件であった。

 石原は、「あの磐石の大鵬が落ち目の柏戸ごときに負けるはずがない。負けてやったのは誰の目にも明白だ。八百長である。許せない。こんな一番に感激するのは愚かである」と言った。
 正論である。だがそれは日本人的情の世界を理解しない幼稚な意見だった。ヒロインが悲劇の死を遂げ観客誰もが落涙する感動の映画のラストシーンに、「あれは死んでないよ。死んだふりをしているだけだ。だってこの前テレビに出てたもん」というこどもと同じレベル。「王様は裸だ」と言ったのと同じ。水商売の女の「また来てね。待ってるわ」に、「ウソだ、待ってなんかいないくせに!」と気色ばんで反論した酔客と同じ。まことにまことに不粋。幼稚。

 この事件は、石原慎太郎というひとの魅力と缺陥をよく表わしている。彼は日本中が感動し浮かれている大一番に真っ向からケチをつけた。白けさせた。反骨なんてかっこいいものではない。ただのこどもである。だが彼には、明らかに不自然な八百長相撲に、日本中が浮かれていることが我慢できなかった。所詮ボクシングファンでしかない彼には、大相撲の世界は懐が深すぎてわからない世界だったのだ。これは後の「Noと言える日本」にも繋がっている。彼の本質である。
 ここで大事なことは、彼は「みんなが誉めているからおれはケチをつける」というひねくれ者の目立ち根性で言っているのではないことだ。ボクシングという真剣勝負の好きな彼は、力道山とか大相撲とかいう彼にとっては八百長であるものが、もてはやされるのが許せないのである。このよく言えば純粋、わるく言えば偏狭な性格は、総理になれなかった彼を論ずるとき重要な意味を持つ。

 石原の指摘は正しい。あれは八百長相撲だった。だがそれを大上段から指摘することは大人気ない。心が狭い。強気のケンカ好きの彼がすんなり自説を引っこめ、自分から謝罪し和解したのは、おそらく先輩作家の誰かに説教されたのだろうが、その「誰か」が彼に言ったのもそういうことだったろう。大相撲は格闘技である以前に藝能なのだ。その味わいがわからないひとに小説は書けない。



 八百長相撲と無気力相撲はちがう。
 琴櫻や三重の海による「無気力相撲」と呼ばれたどうしようもない相撲が横行したことがあった。長年大相撲を観戦してきたが、あれだけは理解しがたい。今も不可解だ。後に勝敗に疑問のある一戦に対し、相撲協会もまさか「八百長」ということばは使えないから、「無気力相撲」という造語で対応した。八百長ではない。「八百長相撲」には、手に汗を握り、勝敗が決した際には拍手喝采となる名勝負も多いのである。

 打ち合わせがうまく行き、手のあったレスラーによるものほど名勝負になるプロレスと同じく、迫力の大熱戦ほど「じつは」が多い。挌闘技全てに言えることだが、真剣勝負になればなるほど面白味は失せる。あっけない、白けた結果になる。大相撲でも、片方が土俵際まで追い詰めるがぎりぎりで残し、転じて今度はこちらが攻めこむがまたも土俵際で残され、再び土俵中央でがっぷり四つ、両者熱戦に湧きあがる拍手、なんて一戦は談合済みなのである。

 この「無気力相撲」と言われたいくつかの取組は、それらとはまったく違っていた。その名の通り、まさに両力士に、やる気がなく、「いやだなあ、やりたくないなあ」という感じのふたりがだらしなく取り組み、「おまえ勝てよ」「いや、おまえが勝てよ」のような気力のない譲りあいのあと、「じゃあ、おれ負けるわ」と力の入らないまま寄り切られるというような、なんともひどいものであった。あれほどひどい相撲は見たことがない。

「無気力相撲」をやった琴櫻や三重の海だって、この世界で長年飯を食ってきた苦労人である。いやいやそれどころか30過ぎて横綱になるインチキ短命横綱であったのだから、それこそ「真剣勝負っぽい八百長相撲」は充分に会得していたろう。その道のプロである。なのにあの誰もが不自然に思う無気力相撲を取った。これはいまもって私にとって大相撲最大の謎になる。推測するなら「アンチテーゼ」であろうか。当時の執行部に対するストライキである。いわゆる「ふてくされ」だ。それぐらいしか考えられない。とにかくひどいものだった。



 後に「八百長相撲」に関して問われた大鵬は、「関係者の誰もが見抜けないようなのをするのが一流」と応えている。打ち合わせをした当人ふたりしかそれがそうであることを知らず、周囲の関係者さえも手に汗を握らせるのが本物の八百長相撲の藝だと言っているのである。
 この談話は活字としてしか知らないが、このときの大鵬は自信に満ちてニヤっと笑ったろう。彼は星を譲ってやった相撲(正しい意味での八百長相撲)に関しても自分は一流であったと自負しているのだ。さながら柏戸に負けてやったこの一番などはその代表例であったろう。そこにいたる両者の力がちがいすぎ、いかな熱戦であろうとそういう噂はつきまとった。正義感の強い石原慎太郎(笑)はともかく、田舎のこどもであった私にも不可解と思われているのだから、果たしてそれが名人藝であったかどうかは疑わしいが。



 【追記】──あれこれ調べてみたら、大鵬はこの一番に関し、「自分のほうに疑惑を持たれるような点があった。相撲に驕りがあった。反省する。しかし断じて八百長ではない」というような発言を残しているようだ。小学生時代のことなのでリアルタイムで見ているものの、さすがに中身まではよく覚えていないのだが、こどもの私ですら疑惑を感じたのだから、これは決して「八百長の名勝負」ではなかったようだ。つまりはこれは大鵬にとって「関係者の誰も見抜けない見事な八百長相撲」ではなく、石原にすら見抜かれてケチをつけられてしまった「出来の良くない八百長相撲」なのであろう。真の「自信の八百長相撲」は、先輩の柏戸や栃ノ海、後輩の佐田の山に優勝を譲ってやったその他の一番にいくらでもあるのだ。
 また上記の「関係者の誰にも見破られないのが本物の八百長相撲」という発言も、石原にケチをつけられた無念を含んでの発言と取れば、益々興味深い。



 私は、大鵬が柏戸に負けてやった一番を不自然に感じた。感激とは言い難い。大感激している柏戸ファンの母や姉を見て白けていた。どう考えても大鵬は柏戸に負けてやったのだった。それを見抜けず、感激している母や姉をアホだと思った。私は小学生でも、ルー・テーズが力道山に負けてやるのがわかっていた。力がちがいすぎる。それを見抜けず、おれたち日本人の代表の(朝鮮人だけど)力道山がアメリカのチャンピオンに勝った、日本は強い、アメリカに勝ったと大喜びしている周囲のおとなを冷たい目で見ていた。それと同じ感覚だった。ここでの感覚は慎太郎さんと同じである。しかし田舎の小学生であるから慎太郎さんのその投稿は知らない。私はもう当時父が取っていた毎日新聞を隅から隅まで読むようになっていて、昭和39年のシンザンが三冠を達成した報道等もよく覚えているが、この昭和38年の投書事件は後々まで知らなかった。

 だがその8年後、玉の海が大鵬に負けてやり、大鵬が最後の優勝を決めた一番を観た私は、玉の海を寄り切り、ほっとしたような顔の大鵬を見て、感激する。それはよく出来た八百長相撲だった。全盛期を迎えた朝鮮人の玉の海が、歯が立たなかった最強の大鵬にガチンコでも勝てるようになった充実期。負けてやれと言いふくめられて、風呂場で号泣したという一戦。だがそれはうつくしい八百長相撲だった。玉の海を寄り切ってほっとしたような顔の大鵬の顔をいまも思い出す。出来の悪い八百長相撲に白けたあの柏鵬戦との差。そこにある時間。その間にこどもの私の心は成長していたのである。真に大相撲の魅力を理解できるほどに。



 大鵬はもっともっと優勝回数を増やせたのに、相撲界の情に従い、先輩の柏戸や栃ノ海、後輩の佐田の山、玉の海、北の富士に優勝を譲り、32回〝しか〟優勝しなかった。そんな人徳のある大鵬が、後輩玉の海に優勝を譲ってもらい、最後の優勝を成し遂げるのは当然だった。
 千代の富士は所詮小者なのに、他者の優勝を権力で奪いとり、31回〝も〟優勝した。そんな彼が大鵬を越える優勝回数を「相撲界の良心」に拒まれ越えられなかったのもまた当然だった。

 もしも大鵬が34回優勝していたら千代の富士の優勝回数は33回だったろう。35回だったら34回だったろう。この「しか」と「も」のあいだに存在する「1回の差」は果てしなく大きい。藝能であることが前提の挌闘技の、挌闘技としての良心が作動した絶対的な力なのだから。
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