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訃報──米長邦雄将棋連盟会長──来年の電王戦を見て欲しかった──後継者は谷川か!?

00shogi.gif日本将棋連盟会長で元名人の米長邦雄(よねなが・くにお)さんが18日午前7時18分、前立腺がんのため東京都内の病院で死去した。69歳だった。

http://www.asahi.com/obituaries/update/1218/TKY201212180077.html

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 米長邦雄さんが亡くなった。いま、安倍内閣組閣予想をする「ミヤネ屋」を見ていて、知った。
 自分の知ったのが15時半だったので「速報」かと思ったが、上のニュースにあるように亡くなったのは「午前7時」であり、もっと早くニュースは流れていたようだ。配信時間は「12時15分」となっている。

 いつものよう午前3時起きの生活だったらリアルタイムでこれを知り、もっと早くアップできていた。しかし開票速報の16日午後8時から徹夜でテレビを見ていたので、いま生活時間はめちゃくちゃになっている。今日は徹夜のまま「みのもんた」を見てから寝て、14時に目覚め、すぐにまた政治関連のニュースを見ようと「ミヤネ屋」を点けて知ったのだった。

 69歳という享年は奇しくも大山名人と同じである。大山さんは、その年で現役A級だったのだ。あらためて偉大さを知る。今年は没後20年である。
 ふたりは不仲だったが……。



 米長さんの死そのものは、数ヵ月前に見た『将棋世界』の、どこかの表彰式に出席した姿が、おどろくほどちいさく萎んでいたので、覚悟していた。もう何年も前に前立腺癌であることを公表し、闘病日記も公開していた。

 とはいえ元気満々で、相変わらず諧謔に満ちた発言を連発し、今年1月にはコンピュータ将棋ソフトと対戦し話題になっていた。
 たとえ体内にガンを抱えていようとも、生命力のあるひとは、それすらも抑えてしまう。米長さんもそのひとりかと思っていたから、『将棋世界』で見た「ちいさく萎んだ姿」はショックだった。悪魔の癌に魅入られ、ああなったらもうどんな鉄人でも終りだ。あの不屈の鉄人大山康晴ですら、最後はちいさく萎んでいた。オーラが消えていた。
 冬は元気だった。晩春あたりから一気に衰弱したようだ。



 私は熱心な米長ファンではなかった。中原米長時代で言うなら、確実に中原さんのファンだった。
 昭和58年の三冠馬ミスターシービーと翌59年の三冠馬シンボリルドルフは、ルドルフのほうが強かったが、後方一気という派手なレースぶりからシービーのほうが一般的人気があった。中原米長の関係もそれに似ている。年上の米長シービーは派手なレースで人気があったが、実績は年下の地味な中原ルドルフのほうだった。それは大山升田にも共通している。

 私は中原さんとルドルフのファンだった。何事もきちんと通じているものである。
 その中原さんは脳梗塞に倒れ、いまも障害が残っているらしい。表に出ることはない。
 熱心な米長ファンではなかったけれど、中原米長時代に将棋に夢中になったものとして、米長会長の元気な活躍が心の支えになっていた面はある。熱心なファンではないが、ファンではあった。ではその「熱心」になれない壁とはなにかと言えば、このひとは「才気煥発すぎる」のである。それが時たま鼻につくのだ。

 たとえば若い頃の、ある受賞パーティでの祝辞。紙上再現を読む。うまい。つかみはOK、笑いをとり、感嘆させ、最後にほろりとさせて結び、万雷の拍手を浴びる。なんとも、絶品の名人芸としか言いようがない。
 それが場数を踏んだベテランならともかく、30そこそこなのである。うますぎる。そのあまりのうまさに、学生だった私は、感心しつつも反撥を覚えるのだった。

 私の好きなのは、木訥な、訥弁だけど、愛情が籠もっていて、思わず感動するようなモノだった。対して米長さんのは、抜群に頭の回転の速いひとの、「これとこれをこう組み合わせて、こういう形にして、こんなふうに話すと、こういう連中がこういうふうに感動する」というような戦略が見えかくれしていた。見えていても感動させられたが。
 大山さんが米長さんを嫌ったのも、そのへんになる。武骨な大山さんには米長さんの才気煥発は軽薄に思え、同時に自分にはない羨ましい才能だったろう。



 ちいさく萎んだ写真にショックを受け、覚悟はしていたが、つい最近までホームページもツイッターもやっていたのだと知る。この流れからは「急逝」になる。
 ツイッターはフォローしていたし、ホームページも開設当初から読んでいたが、ここのところしばらく行ってなかった。これまたサービス精神旺盛すぎてかえって読み辛いのである。

 下は、ホームページの「さわやか日記」で公開した11月28日の役員会の写真。

yonenaga20121128 ついこのあいだである。次の会長は隣の谷川になるのだろうか。忙殺されるから会長職は棋士を引退してからがいい。むしろ谷川には役員すらやめてもういちど棋士に撤して欲しいと願うのだが、そうも行かないのだろう。どうなることやら。



「さわやか日記」の最後の書きこみは12月3日。テレビであの名勝負「羽生対山崎戦」を見ている。この時点では元気いっぱい。

 私があの将棋に感銘を受け、PCに向かって、このブログ用の「NHK杯戦──ひさしぶりに見た才能の将棋」を書いているころ、米長さんは囲碁を見、マラソンを見ていたことになる。

yonenagasawayaka




 上記の文をブログにアップした私は再びテレビに戻り、競馬観戦(JCD)し、そのあと『笑点』を見た。ここは同じ。もう米長さんがいなくなってしまったのかと思うと、この日、同じ東京の空の下で、ほとんど同じテレビ番組を見ていたという繋がりがいとおしい。たかがテレビでも共有感覚ってのはあるのだと知る。



 ツイッターは12月5日までやっていたようだ。フォローしていたが、ツイッターをほとんどやらないので、米長さんのつぶやきが記憶にない。

 13日に倒れて救急車で運ばれたらしい、という情報を見かけた。とすると、自民党支持者の米長さんは、自民党大勝の結果を覚醒しては見られなかったことになる。あの悪夢の民主党政権が終る瞬間を見て欲しかった。米長さんなりの手法で、そのよろこびをコメントして欲しかった。

yonenagatweet























shogitaikyousuu 棋士米長邦雄は、将棋史的にも指折り数えられる名棋士だが、数字的記録は残していない。

 たとえば1980年に「年間対局数88」というとんでもない数字を記録した。あらゆる棋戦に顔を出していた全盛期である。

 だが88局を記録したから最多勝も記録したかと言えばそれはないのである。それどころか「歴代最多勝10傑」にも入っていない。

 ふたつの表を比べて欲しい、羽生、森内、佐藤、中原、森内、木村、谷川と、「最多対局ベスト10」を記録したひとは、全員「年間勝数ベスト10」にも入っている。入ってないのはただひとり、米長さんだけなのである。かっこわるい。でもこういう目立ちかたがあのひとである。
 才気煥発な米長さんが目ざしたのは「最年少名人」だったろう。だが結果は「最年長名人」だった。そういうひとだった。

shogishorisuu この88という記録は2000年に羽生に破られる。1局差の89局。だが羽生はこの年「68勝」という歴代最高勝ち星を記録している。ただ単に対局数が多かった米長とは中身が違うのである。

 タイトル獲得数は、羽生、大山、中原、谷川に次いで史上5位。でも上位3人とは比ぶべくもないし、谷川にもだいぶ差をつけられている。「米長玉」のような歴史に残る手もあったが、谷川の「光速の衝撃」と比べるとだいぶ落ちる。
 だがその米長に、まだ佐藤も森内も渡辺も届いていない。



 そんな中で今も輝いているのがこの記録。同一カードの最多記録。中原米長戦。あの時代、いかにこのふたりが抜きん出ていたことか。

yonenagataikyoku











 この187という数字を抜くのは「羽生谷川戦」だと思っていた。しかし162で止まったまま。谷川の凋落からもうそれはありえない。

 唯一可能性を残しているのは「羽生佐藤戦」だが、39の差は大きい。もしも越えるとしても10年以上先だろう。
 しかしまたここでも米長は、大きく中原に負け越している。それが米長というひとの実力になる。だが、大山に負ける升田が大山より人気があったように、中原に適わない米長も中原以上の人気を誇った。



 下は、歴代名人位。これに関して書き始めると長くなり、米長さん追悼ともすこしズレるので、この話は別項にする。49歳の新名人は今後も出ることはあるまい。しかしまたここでも、「羽生へのバトンタッチ」で目立っている。そんなひとだった。

 「中原米長世代」という、ひとつの時代が〝完全に〟終わった。
 これから将棋連盟は一気に若返る。20歳若返る。
 それはまた、激動の時代の始まりでもある。棋士は一丸となって連盟運営に尽力して欲しい。

shogimeijin





















 来年の「電王戦」の布陣が決まった。

dennosen 急速に強くなったコンピュータ将棋ソフトに危機感を感じて、恥を搔くわけにはいかないと、プロ棋士に「コンピュータ将棋ソフトと対戦しないように」と通達を出したのは米長会長だった。

 しかしまた一転して、渡辺竜王とBonanzaの対局を企劃したのも、「電王戦」を設置に尽力し、自らボンクラーズと対戦し、派手に散って話題になったのも米長会長だった。

 来年3月から4月には、「第二回電王戦」として、一気に5対5の決戦が組まれる。大将として三浦八段が控えるプロ棋士として弁明不能の剣が峰である。

 これを見届けて欲しかった。なんとも残念である。



 個人的には政治思想が同じなので、安倍内閣誕生の瞬間を見て欲しかった。石原都知事のもとで都の教育委員も務めていた。園遊会での「國旗と君が代の普及」に関する発言も懐かしい。

 5日までふつうに活動し、13日に体調を崩し、18日に逝去というのは、苦しまないいい逝き方だったか。



 谷川を始め残された理事はみな醇朴だ。米長さんのような良くも悪くも策士はいない。
 棋士は、スポンサーに金を出してもらって藝を見せる藝人である。組織の長となるものは、藝とはまたべつに、スポンサーを捜し、スポンサーとの金銭交渉に長けていなければならない。将棋に好意的なら、サヨク新聞とも酒席をともにし、朝鮮企業にも創価学会にも頭を下げる柔軟さが必要である。今後の将棋界にそれの出来る人材がいるだろうか。心配だ。

 米長さん、天国から将棋連盟を見守ってください。長いあいだお疲れ様でした。合掌。

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【追記】──会長に谷川九段──12/25

 12月25日、後継の会長に谷川九段(50歳)が決まった。
 人品骨柄文句なしのかただが、現役棋士との兼務はきついだろう。A級陥落で引退となるのだろうか。
 すばらしい棋士だけに、すこしさびしい。 
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  1. 2012/12/18(火) 15:32:08|
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