「将棋の日」の思い出──「がんばろう岩手!」の将棋の日

 徳川幕府八代将軍徳川吉宗が「お城将棋の日」を11月17日に定めたことを受けて、日本将棋連盟は11月17日を「将棋の日」として毎年イベントを行っている。今年で37回目を迎えた。

 第1回将棋の日は昭和50(1975)年11月17日に大相撲の本拠地である蔵前国技館で開催された。メインイベントは土俵上で行われた大山・中原の対局である。土俵の上で、読賣主催の十段戦(今の竜王戦の前身)の対局が行われた。
 江戸時代の「将棋の日」の11月17日は旧暦だから、今とはほぼ1ヵ月ずれる。12月のもっと寒いころだった。
将軍の前で、時の名人の対局が行われた。

 徳川家は神君家康公からして将棋が好きだった。その中でも第十代将軍の家治の棋力がずばぬけている。棋譜は嘘をつかないから家治が強かったことはたしかだ。

 江戸城なんて寒かったろうなあ。広々とした空間で暖房器具は火鉢だけである。天守閣なんて震え上がるほどだったろう。江戸時代の将軍より今の庶民のほうがずっと贅沢だ。
 将棋のすばらしさは、すでにこの時期に今と同じ形ができあがっていたことだ。当時の名局・名棋譜は、今も同じ価値を持ち、尊重されている。詰将棋の名作もすでにこの時期に完成されている。



 私はこの昭和50年に蔵前国技館で開催された第1回将棋の日に出かけている。入場無料だった。入場者全員に白い紙袋入りの黒のボールペンがプレゼントされた。白文字で「第1回将棋の日」と入っていた。その後、10年間ぐらいは大事にもっていたのだが、今は手元にない。残念だ。まあ当時としても、いかにも安物の貧相なプラスチックボールペンであり落ちてても拾わない程度の品ではあった。文房具好きの私は使うに値せずと一度も使っていない。でも9千人ちかい入場者全員に無料でプレゼントしたのだから将棋連盟はがんばった。この8700人というのは将棋連盟の発表なのだが、そんなにいたかなあ。ちょっと水増しっぽい。



 昭和50年はカブラヤオーが皐月賞、ダービーを制し、牝馬はテスコガビーが桜花賞、菊花賞を制した思い出深い年だった。
 この年、私は初めて大阪の地を踏んでいる。枚方だ。当時は「ひらかた」を知らず行くまで「まいかた」だと思っていた。春休みの土方バイト。道路工事。しかしよく考えてみると、たかが道路工事になんで東京から派遣されたのだろう。地元がやればいいだろうに。利権なのか? ともあれそれで「スチャラカ社員」「てなもんや三度笠」を見て憧れていた大阪の地を踏めたのだからありがたい。桜の花びらが舞う枚方の街頭テレビで見た「後ろからはなあんにも来ない!──テスコガビーのぶっちぎり桜花賞」は忘れがたい。それってもう4月半ばだ。新学期は始まっている。なのにそんなことをしていたのだから留年して当然である。

 蔵前国技館は後に取り壊され、昭和60(1985)年からは新築の両国国技館になる。大相撲といえばお江戸のころから両国だし、こちらのほうが本筋だろう。今では国技館といえば誰だって「両国」である。でも私は★1父のために徹夜で並んで大相撲の切符を買ったり、この「将棋の日」に出かけたり、猪木のプロレスを見に行ったりしたのがみな「蔵前」なので、国技館といえば両国より蔵前の印象が強い。



 「将棋の日」は、その後の何年間かは律儀に「11月17日」を厳守したが、当然のごとくそれは平日が多かったから、そうそう来られる将棋ファンばかりではない。やがて「その前後の日曜日」に開催されるようになった。開催場所も毎年異なった全国の都市になってゆく。いつしか「11月17日の将棋の日」は、「だいたい11月の第三日曜日のあたり」というあやふやなものになってしまった。これは競馬の「春の天皇賞」が、曜日を問わず昭和天皇の誕生日である4月29日に行われていたのに、崩御のあと、4月最終週だったり5月1週だったり、「そのあたりの日曜日」になってしまったのと似ている。

 今年で37回目だが、私は第1回目しか行っていない。1回目に行ったのは自慢だが1回しか行ってないのは恥ずかしくもある。★2理由は明白だ。



 「将棋の日」に関して特筆しておくべきことは当時の大山康晴将棋連盟会長の尽力だろう。現在の東西の将棋会館建設も、この「将棋の日」も大山会長の獅子奮迅の活躍があって実現したものだ。もちろん大山会長ひとりの実績ではなく、懐刀の丸田を始めとするその他の棋士もみなご苦労しているわけだが、将棋会館建設のための寄附募りなどは大山会長が足繁く名だたる会社の社長クラスを訪問しての寄附要請という実績抜きには語れない。
 大山は実績は歴代一位だが、棋士としての人気は兄弟子でありライバルだった升田幸三に敵わなかった。今も羽生を始め多くの棋士が「もしも叶うなら」と夢の対戦を願うのは升田がダントツだ。いかに秀でた感覚の棋士であったことか。私ごときでも升田の棋譜には心躍るものが多い。なんという異能感覚の優れた棋士なのだろうと感嘆する。
 それと比すと大山は最強ではあるが地味だった。だが、だからこそ、将棋連盟の一大イベントとしてすっかり定着したこの「将棋の日」のために奔走した大山の名を覚えておきたい。升田は「一棋士」としての立場にこだわり、大山のような将棋界全体のため、将棋普及のための活動はしていない。まあ不仲の弟弟子がそうだったから、という兄弟子としての反発もあったろうが、ともあれこの種のことに関しても大山の功績は偉大だ。



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 今年の将棋の日は岩手県盛岡市で開催された。11月13日の日曜日。テレビでは12月4日の午後、Eテレで2時間特番が放送された。月遅れのこの項はそのテレビを見てのものである。
 私はそれを大震災後の東北復興にあわせたすばらしい企画だと思った。そのことを絶賛しようと筆を取ったのだが、すこし調べて、どうやらそれは穿ち過ぎなのかもと気づいた。
 ここのところ将棋連盟はこの「将棋の日」を売り興行にしていると知る。それは将棋連盟のサイトに明記されている。つまり「将棋の日を開催したいと思う都市はありませんか?」と募っているのだ。そこには「棋士の交通費、宿泊費を負担してくれること」のような条件も明示されている。

 「がんばろう 岩手!」と題された盛岡で開催された今年の「将棋の日」を、私は、大震災後の東北復興のために将棋連盟が手持ち弁当で立ち上がった麗しい企画と解釈し、「やるじゃないか米長会長!」と感激しそうになったのだが、実際は昨年秋に募集され、盛岡市が応募し、当選して開催されたという、ただそれだけのことであるらしい。いや、正確にはわからない。わかったら修正する。ただ今年ももう11月から来年度の開催地を募集している。去年も当然秋から募集していたろうから、年明けぐらいには決まったのではないか。3.11を過ぎてもまだ決まらず、復興支援のために盛岡にしたとはちょっと考えにくいのだが……。でももちろんそれならそれでうれしい。どっちにしても岩手の盛岡開催はうれしいできごとだった。

 棋士は、震災後に千駄ヶ谷(将棋会館がある)駅前で募金を行ったり震災復興に積極的に行動しているから、おそらく出演料を募金に回すような義捐はしているだろう。でも「大震災があったから盛岡」ではなかったと思う。



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 秋の最大棋戦である竜王戦は、今年は「東北シリーズ」と呼べるものだった。第一局が山形県天童市、第二局が大阪市吹田市、第三局が富山県黒部市。そして、一番盛り上がった11月24日、25日の第四局が福島県福島市、決着のついた12月1日、2日の第五局が青森県八戸市だった。大阪以外はみな北日本だ。
 上の写真は福島県福島市で行われた第四局である。

 これもまた前年度から決まっていた日程と場所だったのだろうが、なんとも、最高に盛り上がった時期に福島、青森という開催地はタイムリーだった。
 福島を穢れたものでもあるかのように差別して悦に入るクズがいる世相に、将棋界と最強棋士は、福島で対局することで誠意を見せた。そのことが一将棋ファンとして誇らしい。

 竜王戦は海外でも開催する。名人戦を超える箔付を意識していることもあり、今までにロンドン、パリ、ニューヨーク、北京と、名だたる世界の大都市で開催してきた。その後、毎年恒例の海外対局は二年に一度となり、今年は国内開催の年だったのだが、世界のどんな都市で開催されるより、福島・青森は価値があったように思う。

 盛岡で開催された「将棋の日」も、福島・青森の竜王戦も、偶然でしかないのだろうが、東北の復興を心から願う身には、なんともうれしい開催地だった。

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 それは、たとえば開催地が、「西日本に疎開したという設定で放射能不安を煽り、アフィリエイトで稼いでいる鬼畜のエア疎開場所である山口市だったら」「福島のこどもを差別して悦に入っていた鬼女の住む札幌市だったら」と考えるとより明確になる。

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追記──ATOK話

 ATOKが「神君」を変換できなかった。不可解。ろくでもない芸能人の名前よりはよほど意味のある日本語だと思うが。

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追記──盛岡開催に関して──2012年1月6日

 『将棋世界』2012年2月号を読んでいたら、こんな記事があった。「平成26年の将棋の日の開催地募集」である。応募受付は5月末日。発表は今年の平成24年12月である。2年前からもう動いている。

 ということから、平成23年の将棋の日・盛岡開催は平成21年にはもう決定していたことがうかがえる。
 よって、東関東大震災の年に東北の盛岡開催となったことは、大震災と復興とは無関係だったことになる。でもその偶然がうれしいことに変わりはない。上記したように山口や札幌でなくてよかった。
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  1. 2011/12/06(火) 08:12:33|
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