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訃報・北杜夫さん──三島由紀夫「暁の寺」-ワット・アルン-ニール・ヤング「ハーベスト」

「どくとるマンボウ」北杜夫さんが死去

「楡家の人びと」などの純文学のほか、ユーモアあふれる「どくとるマンボウ」シリーズでも人気を集めた作家で日本芸術院会員の北杜夫(きた・もりお、本名斎藤宗吉=さいとう・そうきち)さんが24日午前6時2分、腸閉塞のため東京都内の病院で死去した。84歳。東京都出身。葬儀・告別式は親族のみで行う。喪主は妻斎藤喜美子(きみこ)さん。(後略)http://www.sanspo.com/shakai/news/111026/sha1110260853013-n1.htm


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nire


「楡家の人びと」や「白きたおやかな峰」は箱入り本で買った。あのころ、日吉の帰りに東横線白楽駅前の「楡」って喫茶店に通っていた。一階が同じ名前のバー。二階が喫茶店。音楽サークルの友人が喫茶店でバイトしていた。住んでいたのは武蔵小山で逆方向だったから白楽で酔っ払って終電に間に合わず帰れなくなったりした。

マンボウシリーズも読んだ。でも正直に言うが、私は北さんの「ユーモア」シリーズで笑ったことはない。それはきっと私が下品だから上品なユーモアには反応しないのだろう。

korian


上記引用文は《「どくとるマンボウ」シリーズは「昆虫記」「青春記」などが続き、作家遠藤周作さんの「狐狸庵」とともに「マンボウ」の愛称は多くの読者に親しまれた。》と続く。遠藤周作の狐狸庵シリーズも熱心に読んだ。「狐狸庵閑話」とか。言わずもがなですが「こりゃあかんわ」という遊びですね。でも遠藤さんのユーモアにも笑った覚えはない。私の神は筒井康隆だった。星新一とか小松左京とか広瀬正とかSFも読んだなあ。



pipe


作曲家・團伊玖磨のエッセイ「パイプのけむり」シリーズもこのころだ。「続・パイプのけむり」、「続々・パイプのけむり」のように続くので、このあとはどうなるんだろうと心配したら、「また・パイプのけむり」、「またまた・パイプのけむり」と続いて笑ったものだった。最後の作品は「さよならパイプのけむり」だった。
上掲の写真が他の本の写真と比べてワイドだが、これはこういう横幅のある豪華装丁だった。

ところでATOKは「だんいくま」を変換できない。「段位熊」だと。呆れた。ひどすぎる。「もーにんぐむすめ」と打つと「モーニング娘。」と最後の句点まで出るのを自慢している有料IMEだけど、なんか方向性がちがっている。それでももう二十年以上使っているし離れられないのだけど、なんかこういう例にぶつかるたびにカチンと来る。名のある落語家とか力士も変換できない。その代わりぽっと出のアイドルの名には熱心だ。

IMEをGoogle日本語入力に切り替えると一発で「團伊玖磨」が出た。ありがたい。こちらはダウンロードして使える無料IMEだ。辞書をGoogle検索で使われる用語から自動で作っているから、この変換ができるということはまだインターネット上で團伊玖磨さんのことを書いたり調べたりするひとがいるってことだ。
無料のこれに対して8000円の価値をATOKは保ち続けられるのだろうか。



団さんの名前で思うのは、加山雄三の作曲家の筆名「弾厚作」が尊敬している團伊玖磨と山田耕筰から取られたことだ。もっとも今じゃ加山雄三の作曲家名・弾厚作を知らないひとも多いだろうけど。私は中学生の時に憧れた馴染みのある名前になる。由来もそのころに知った。でも田舎の中学生だったそのときは團伊玖磨を童謡の「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」の作曲家としか知らず、山田耕筰も「赤トンボ」「待ちぼうけ」で覚えていたから、加山雄三は童謡の作曲をしたいのかと思った。一応器楽クラブでホルンを吹いていたのだけど、その辺は無智だった。

shimakosaku


弘兼憲史のマンガ「課長島耕作」の「島耕作」は加山ファンであった弘兼が「弾厚作」からとったものだ。加山と対談した時の弘兼さんは一ファンにもどっていてうれしそうだった。時代とはそんなものである。



学生の頃によく読んだ北杜夫、遠藤周作、團伊玖磨のことを書きながら、さて音楽はなにを流そうかと考える。あのころ、これらの本を読みつつ、ラジカセからいつも音楽を流していた。ここはぜひ時代を映す音楽が欲しい。

デュアルディスプレイの片方にはいま将棋竜王戦のネット中継が流れている。二日目の午後、いよいよ終盤の盛り上がりだ。ここは熟考が続くからすぐには動かない。指し手があると駒音で教えてくれるから見逃すこともない。

あのころ、私はなにを聞いていたのだろう。日本だと吉田拓郎とか、岡林信康(はっぴぃえんどがバックについていたころ)か。加藤和彦がサディスティック・ミカ・バンドをやったのはすこし後か。バンド名からしてプラスティック・オノ・バンドを真似ていて、曲も盗作ばかりで好きではなかったが。でもあそこにはまだ若い高中正義がいたんだな。

日本語の歌は文章を書くのにはじゃまだからBGMには適さない。だから洋楽だ。できれば歌のないものがいいがJazzがわかるようになるのはもっとずっと後。
サイモンとガーファンクルを最も熱心に聴いていたのは高校生時代だし、このころとはちがう。なんだろう、ボブ・ディランに凝るのはもうすこし後になる。グランド・ファンク・レイルロードが来日して雨中の後楽園コンサート。渋谷道玄坂のロック喫茶「ブラックホーク」でCSNを聴いていた。クラシック喫茶の「ライオン」にも通ったけど。宮益坂のフォーク喫茶「青い森」でRCサクセションや古井戸、泉谷が歌っていた頃。遊ぶ街はいつも渋谷だった。

悩んだ末、ニール・ヤングにした。「ハーベスト」が大ヒットした頃だ。



shiroki


以下の「白きたおやかな峰」のタイトルに関する三島の意見と、三島の「あぷおぷ屋」の話はホームページに書いていることなので繰り返しになるが、北さんの訃報を聞いた日なので記念にもういちど書くことにする。

三島由紀夫と北杜夫は親しかったらしい。三島が1925年(大正14年)生まれ、北が1927年(昭和2年)生まれだから2歳ちがいか。團伊玖磨が1924年(大正13年)生まれ、遠藤周作が1923年(大正12年)生まれだからみな近い。遠藤さんは三島より年上だったのか。忘れていた。みな鬼籍に入ってしまった。
北さんが84歳で亡くなったのだから三島は生きていたらまだ86歳なんだな。父が92歳まで惚けることもなく聡明なままの長寿だったので私には「まだ」になる。

三島は友人の北杜夫の新作「白きたおやかな峰」をいい作品だと誉めた後、でも題はおかしいと言った。文語の「白き」と口語の「たおやかな」が混じっている。文語で「白きたおやかなる峰」にするか、口語で「白いたおやかな峰」にすべしと。
じつに、お恥ずかしい話、私はこれらの作品の中身をすっかり忘れていて、最も心に残っているのは三島のこの意見なのである。このことはかなり引きずっていて、口語の文章なのにいきなり「熱き心で」なんて出てくると引っかかってしまう。ゴルフマンガ「風の大地」を読んでいても、やたら出てくる文語に辟易する。文語が嫌いという意味ではなく、ごちゃまぜで文語を使うかっこつけに反感を覚えるのだ。その割りには長年愛読している(笑)。あれ、21年も続いているけど中身はまだ2年半ぐらいなんだよね。時の流れの遅いこと。



harvest


いま「Alabama」が流れてきた。ニール・ヤングのアルバムはぜんぶ持っているのでiTunesからシャッフルで適当に流していた。あまり馴染みのない曲もある。それまでなんてことなかったのにこの歌で反応するというのは、それだけ思い込みがあるということか。彼の作品でいちばんよく聴いたのは「ハート・オブ・ゴールド」や「オールドマン」の入っている「ハーベスト」ってことなのだろう。



akatsuki


三島が「豊饒の海」第三部として、バンコクを舞台にして書いた「暁の寺(タイ語ではワット・アルン)」が出たのが1970年(昭和45年)。当然この前に三島はバンコクにロケハンに行っている。1968年ぐらいか。これは先日映画の感想を書いた「ノルウェイの森」の舞台の年だ。
そのロケハンのことを書いた文章に「あぷおぷ屋」が出てくる。お供の連中と一緒に遊びに行ったらしい。初めて読んだ時はおどろいた。

いま手元に本がないので三島の正確な言いかたはわからない。あーぷおぷ屋だったか。
三島と伴をした編集者が行った「あぷおぷ屋」とはソープランドのことである。日本のトルコ風呂を真似したと言われている。タイ語は動詞を並べて名詞にする。あぷおぷ屋とは正しくは「アっプ・オっプ・ヌアッ(ド)」。動詞の意味は順に「浴びる」「蒸す」「揉む」になる。「マッサージ附きの蒸し風呂屋」という意味。日本のトルコ風呂も、表面上はそういうことになっていて、室内には形式的にだが簡易蒸し風呂器が置いてあったとか。残念ながらその体験はない。写真で見たことはあるが。

タイ語を知らない三島と編集者は、なんだか変な名前のその遊興施設をとりあえず「あぷおぷ屋」と自分流で呼ぶことにしたのだろう。三島は結婚してこどももいるけれど、このころは男色と言われている。こんなところに行ったのだろうか。

いいなあ、1968年のバンコクか。行きたいなあ。読んだときのおどろきとは「うらやましい」だ。タイは行けば行くほど「むかし」を知りたくなる不思議な国だ。

この「あぷおぷ屋」の話は、検索しても私しか出てこない。とても興味深いことだと思うのだけど、三島の古い話とタイ語の絡みだから、世間的にはそんなに興味はないのか。

宮本輝のデビュウ前の習作はバンコクを舞台にしたものだったそうだ。かなり初期のエッセイでそう書いていた。後にそれを仕上げて「愉楽の園」として出版する。あれに三島の「暁の寺」の影響はあったのだろうか。まあ宮本さんは熱心な創価学会信者だから、そっちからの仏教アプローチだったのか。つまらない作品だった。バンコクが舞台ということから期待していただけに失望もおおきかった。本の画像をいれようかと思ったけど貶している作品をいれてもかえって失礼だから自重。



watalen


私が、バンコクのワット・アルンで三島の「暁の寺」を読むという、ベタだけど三島ファンのタイ好きなら誰もが一度は考えるようなことを実行したのは1991年だった。つい昨日のことのようだけど、このとき生まれた赤ん坊は今年成人なのか。階段が怖いほど急なところだった。それはWikipediaのこの写真でよくわかる。なおタイ語の語順は名詞があとになるので「ワット・アルン」は「寺・暁」だ。

お笑い芸人がみなバンコクに遊びに行く。ロンブーの淳や雨上がり宮迫を案内するのはタイ語の話せるペナルティのワッキーだとか。彼らが何をしにどこに行くか、なぜワッキーはタイ語を話せるようになったのか、手に取るようにわかってくすぐったい。

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北さんの訃報を聞いて、当時のことをあれこれ思い出した。
斎藤茂吉の息子ということで注目されるのを嫌い、斎藤姓を名乗らなかったのはかっこいい。私淑している高島俊男先生なんて歴代の日本の文学者から誰か選べと言われたら迷わず斎藤茂吉をあげるぐらい大絶賛している偉大な文学者だ。高名な父の存在は息子には相当重かったのだろう。本名・斎藤宗吉だから、誰だって茂吉の息子だとわかる。

私は北さんの熱心な読者ではなかったけれど、北さんの全盛期の一読者ではあった。先日亡くなった小松左京さんのときにも思ったが、彼らが第一線にいるころが自分の青春時代だった。ほんとによく読んだ。だけど何も覚えていないってのは……。

「青春」に関していちばん心に残っているのは、五木寛之さんの言った「青春ということばを平然と使えるようになったときにはそのひとの青春は終っている」というもので、たしかにあのころ、恥ずかしてく青春なんて言ったことがない。言うとしたらギャグとしてだった。
ご冥福をお祈りします。

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というところでインターネット生中継の竜王戦第二局決着。渡辺二連勝。強い!

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【附記】10/27──三島だけ呼び捨て

今日、誤字がないかネット上のファイルを読みなおした。修正できるブログ内の文章として読んでいて気づかない誤字も、他者としてネット上のものを読むとあらたに発見することがある。それで、おもしろいことに気づいた。

最初は北杜夫、遠藤周作と呼び捨てで書くが、そのあとは「北さんは」「遠藤さんは」と「さんづけ」になっている。でもなぜか「三島」だけは三島由紀夫で登場したあとも「三島」と呼び捨てなのだ。ひとりだけ。

「誰からも呼び捨てされるようになって偉人」という言いかたがある。
猪木や馬場が、いつしか「猪木さん」「馬場さん」と呼ばれるようになったとき、私はかなしかった。
王、長島も同じく。

私はいまも偉大なひとたちに呼び捨て主義を貫いている。
まあ個人的に会った時の話では「馬場さん」としたが。

三島を「三島さん」としたことはただのいちどもない。不思議だ。
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  1. 2011/10/26(水) 18:45:33|
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