安線香の香り──墓場線香←田舎を想う

00sei.gif私は「におい」にうるさい。目が悪い分、鼻は利く。鼻がでかくもある。顔はマスターキートンを想像してくれ。嗅覚に関しては一流だと自負している。味覚は二流、聴覚は三流か。長年音楽をやってきた人後に落ちない音楽好きとしてこれほど悔しいことはないが、でも耳は悪いな。それと比べると、ほんと鼻は一流だ。といっても私は「猫派」だ。嗅覚の「犬派」とは考えを異にする。



ここで犬の嗅覚の話。犬が人糞を大好きなように(そもそも「夫婦喧嘩は犬も食わない」は、人糞を食う悪食の犬に呆れた人間が、その犬ですら夫婦喧嘩は食わない、から来た犬の悪食を強調した格言だ)、ひとの何万倍とも言われる嗅覚の犬と人間の「いいにおい」の感覚はちがう。絶世の美男子がドブスを好きだったりするように、犬の嗅覚の凄さを人間的に解釈することは無意味だ。



私は臭いことを嫌う。かといって「消臭材」の甘ったるい香りはきらいだ。あの種の商品を買うときは「無臭」にする。そういう私でも時にはほのかな香りを欲するときがある。その役目は線香でまかなっている。消臭材の「無臭」というヤツで生活臭を消してもらえばいいが、それとはまたちがった「臭い消し感覚」も必要になる。私は自分の生活空間に「ミントの爽やかな香り」も、「カリフォルニアのグレープフルーツの」も要らないが、私なりに「いいにおい」が欲しいときもある。私にとってのそれは線香だ。

「伽羅」とか「天壇」とか、値段は高いが、雰囲気のあるいい線香がある。私の部屋の「におい」はそれだった。私個人のオーデコロンはここ5年ほどネット通販で買うBVLGARIだが生活自体は線香臭い。



先日、その線香が切れた。買いに行った。私はケチった。馬券に負けてボロボロの時でもあった。盆がちかいからか、ちょうど「青雲」が安売りをしていた。それを買ってきた。値段的に言うと普段買っている線香代2000円を450円で抑えた、というような感じだ。馬券の負けがあり一日一食というような追いこまれた状況だったから、そのときは「いい買い物をした」と思った。



で、結論なのだが、その線香は「墓場線香」だった。煙ばかり出る粗悪品である。しかし、ここが大事、じゃあその粗悪品に腹立ったかと言えば、私はそれに感動したのだ、という話。

私は茨城の由緒正しい田舎者(ここのところ強調ね、田舎者だけど由緒正しいの!)で、さらには成人してからは大の御先祖好きとなり、老父母と同居して最後を看取った1990年から2000年半ばのころは墓参りばかりしていた。私がいないころは、墓参り大好きなのにクルマの免許のない父と同居だったから、足がなく、時にはタクシーで、時には親戚の息子に謝礼をして、年に一度ぐらいしか墓参り出来なかった母は、私が同居して毎月のように行けるようになって狂喜した。墓と言ってもそれは本家筋の墓になる。私の家の墓は歩いて行ける距離にあったが、生後50日で亡くなったという私の兄がいるだけで、父母用に作った新しい墓だった。それはあまり意味がない。母が行きたいのは自分の祖父母や親が眠っている墓だった。

そこに頻繁に行けるようになって喜んだ母だったが、そのうちあまりに私が墓参り好きなので、「またかよ!(さまぁ~ず三村風に)」と、いやがるようになったほどだった(笑)。これは私の基本であり、靖國神社にも通じるが、先人がいて私達がいるのである。私にとって墓参りほど愉しいことはない。先人に感謝しないヤツは人間じゃない。さいわい外国で危ない目に遭ったりしつつも大怪我もなく生きてこられたのは墓参りのお蔭だと解釈している。御先祖さまが護ってくれたのだ。
私自身は靖國神社には毎年参拝しているが父を連れて行けなかったのは残念だ。晩年は足腰が弱ったので東京はきびしい。大相撲観戦も出来なくなっていたし。その代わり水戸の護国神社にたびたび行ったのでよろこんでくれたが。



田舎の墓参りとは。
屋敷内や周囲の自分の地所の畑などから適当に花を摘む。これはいいことだ。自分の生活している空間にお墓に供えるだけの花があるのはすばらしい。購入とはちがう。私の母も(私からすると戦前の蝶よ花よという地主の我が儘娘時代を忘れられない問題のあるひとだったが)とにかく花好きはずばぬけていた。いつでも庭中花だらけだった。それらの花を摘んで墓参りに出かける。

その辺にある適当な四合瓶等に水を入れる。いまだったらペットボトルになるのだろうが、我が家の場合、老父母と私の暮らしだったから、水を詰めるのは私の飲んだ久保田萬寿の空瓶四合瓶だったりした。老父母はもちろん私も利用しなかったから周囲にペットボトルはなかった。久保田萬寿か。しばらく縁のない生活をしている。



やっと本題。私の母は、草花の育生や、お茶のような嗜好品に金を掛けるひとだったが、線香に興味はなかったらしい。あれはなぜだろう。いま思うと不思議だ。農地改革法で土地を取りあげられ、平凡な教員の妻になってからも戦前の大金持ち地主感覚を引きずっていて、あれこれ破綻のあるひとだった。基本的に贅沢だった。でもなぜか線香には金を掛けなかった。私もその辺は影響を受けたのだろうか。でも母よりは線香代をかけている。
田舎の墓参りは、前記の適当に見つくろった花束、瓶につめた水に、火つけ用の新聞紙を持って行き、それで線香二束に火を点ける。ひと束は自分ちの墓、もうひと束は御近所の墓に添えたりする。簡素で豪快。というかまあ、かなり雑な供えかたをする。



私はいま、先日買ってきた安い線香を、朝方や夕方に、ヴェランダのハイビスカスや葵の鉢に差したりしている。すると、そこから流れてくる安線香の香りで、田舎の墓参りを思い出す。いい線香の時は1本を室内でともす。そこからふんわりいいにおいがしてくる。今回は安線香だから、田舎の墓参りのように、20本ぐらいに火を点けて、鉢替えをして一回り大きくしたハイビスカスの鉢には餘裕があるから、まとめてそこに差す。流れてくるのはあまり上等の煙ではないが、でもだからこそ、なんだか田舎の墓参りに行ったような気分になる。

敬愛する高島俊男先生が、『お言葉ですが…』の読者とのやりとりから、昔懐かしい入浴剤「六一○ハップ」を入手し、それを風呂にいれ硫黄の臭いを嗅いだ途端、幼い頃父と一緒に入った風呂を思い出し、思わず落涙してしまったというのと同じように、私はやたら煙だらけの安線香で、母と一緒に行った田舎の御先祖さまの墓参りを思い出してしまった。これはこれで功徳になっていいのではないか。それは免許のない姉にも、日本全国営業マンとして飛びまわっていて盆暮れにしか帰郷しなかった兄にも出来なかった、私と母だけの思い出になる。

ほろ酔いで書いたのですこし焦点がぼけたが、まあ、旧盆に近い時期に、いい田舎話を書けたと自己満足(笑)。
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