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藤圭子&沢木耕太郎『流星ひとつ』考える⑬──ネオン演歌『新宿の女』とテレサ・テン的な世界

tsugunai

 人後に落ちないテレサ・テンファンである。しかしそれを言うとすぐに「何がいちばん好き、『つぐない』? 『時の流れに』? 『別れの予感』? 意外に『空港』だったりして!?」と、テレサファンに鼻息荒く迫られて辟易する。
 私は天才歌手テレサ・テンの信奉者にちかいぐらいの大ファンだが、その手の「荒木とよひさと三木たかしの作った世界」には興味がないのである。いや、大嫌いなのだ。あれはあれでテレサのひとつの魅力的な世界であろうが、あのひとをあれだけで語るのはあまりに偏狭である。

 たとえばテレサの「You Light up my life」を聞いてくれ。Debby Boonのヒット曲だが、本家を超えているのはもちろん、この歌の多くのカバーの中でも白眉であるWhitney Houstonに負けていない。いや勝っている。こんなアジアの歌手がいるものか。こんな偉大な傑物をあの『つぐない』的な世界で評するのは失礼だ。旅行作家・下川祐治が言った、「テレサを〝台湾の美空ひばり〟と評する人がいるが、テレサはアジア全体の歌姫なのだ。どれほど多くの国の人々にあいされていることか。美空ひばりが〝日本のテレサ〟なのだ」は至言である。まあ『つぐない』的世界しか知らなければたしかに〝台湾の美空ひばり〟であろうが。



 私はむかしから演歌だかムード歌謡だか知らないが、この種の歌にあるわざとらしさ、別れた女が別れた男に言う「しあわになってね、わたし祈ってます」的なものが大嫌いだった。最初は好き合ってつき合っても、いろいろあって嫌いあって別れるのである。そうそうハッピーな別れというものもあるまい。だから別れのことばは「不幸になれ、死んじまえ、呪ってやる」のほうが適切だ。

 ところがこの種の歌に出てくる女はみな「わるいのはわたし、あなたはわるくない。あなたはもっといいひとを見つけてしあせになって。わたし、それを願ってます」みたいな寝惚けたことを言う。それをまた中島みゆきでも言うならすこしは意味を持つが、そうではない。おっさん作詞家が女ことばの歌詞を書き、おっさん歌手が甘い歌声で歌い、別れた女に今も慕われていることを願うおっさんたちが(事実はそんな恋愛をしたこともないおっさんたちが)、これを支持し、レコードを買うのだ。中島の「うらみます」が正しい。

 そういう歌の集大成として『つぐない』があり、多くのムード歌謡歌手が構築してきた世界だが、今では「イコールテレサ・テン」というぐらい、テレサがこのジャンルの代表歌手なのはまちがいない。時代を知らないのに、テレサのこの種の歌をカラオケで披露する三十代の女も多い。ずいぶんと耳にした。これを歌うとおっさん連中がよろこぶのを計算している。実際私以外のみんなはよろこんでいた。

 歌詞としては男バージョンにもある。北山修が書きマチャアキが歌った「さらば恋人」の、「悪いのはぼくのほうさ、君じゃない」なんてのもそうだ。女の寝ているあいだに置き手紙を置いて部屋を逃げだす男なのだ、しつこい女から必死に逃げだす。そんなきれいごとを言うなって。ハッキリ「悪いのはおまえ、おれは被害者」と言ったほうがいい。でもそれじゃ歌にならない。



ikigai

 むかしからそんな歌はあった。たとえば由紀さおり『生きがい』である。歌詞はこちら。
 発売は1970年の10月だから藤圭子ブームの年である。しかしこの歌もそうなら、ビートルズの「Abbey Road」に、イージーリスニングのレーモン・ルフェーブル「シバの女王」もこの時期か、やはり1969年から1970年はいろいろあったんだな。記憶に残るはずだ。これほんとは「サバの女王」なんだけど日本語だと「鯖」のイメージが強いから「シバ」にしたんだよね。これは私のHDDの「イージーリスニング」の項目にあるはず。いまからレーモン・ルフェーブルを聴きつつ続きを書こう。

 別れた女が、以前一緒に住んでいた男のことを、「いまあなたは目覚めタバコをくわえてる」「お茶さえ飲まないで飛びだしてゆくのね」と朝に、「いま黄昏の街、あなたは歩いてる」と夕に、想像し続けるのである。気味が悪い。引き篭もりの精神病である。いまだったらストーカーとして問題になる。でも山藭道雄(出ねえなあ、ATOK、高名な作詞家先生ぐらい一発で出せ、ダメだ、いちいち辞書登録してられん。切り替える。ありがとうGoogle日本語入力、一発変換だ。どっちが有料ソフトなのかわからん)、山上路夫の詞を、あの澄んだ歌声の美貌の朝鮮人歌手(笑うと歯茎が出て馬の顔になるけど)由紀さおりが歌うと、男共がそこまで思われる自分を想像してついレコードを買ってしまうのだ。なんちゅう御都合主義。でも「夢を売る商売」と解釈すれば本道か。



shinjukunoonna

 テレサと由紀さおりの話を前振りにして、やっと本題の藤圭子の「新宿の女」のこと。
 私はネオン演歌にも、ネオン演歌の描く世界にも、興味も縁もない。ホステスに惚れたこともないし(というかそういう店に行かない)、貢がれたこともない。それを願ってもいない。假りに知りあったとしても、話が合わないのは目に見えている(笑)。
 ネオン演歌は好きではないが、「別れた女が、いまもあなたを思ってる、あなたのしあわせを願っている」という気味悪いのと比べると、この「新宿の女」の世界はじつにスッキリしていていい。歌詞はこちら。

 「ネオン暮らしの蝶々」には「やさしいことばがしみたのよ」という世界。いいなあ「ネオン暮らしの蝶々」か。昆虫採集してみたい。林家三平のネタ。「先生、ぼく夏休みの宿題に昆虫採集してきました。ぼくのお姉さんとお兄さんです。夜の蝶々と街のダニです」。小学生のときに聴いたネタだが今も好く覚えている。

 ま、女はすさんだ暮らしのホステスである。この女が惚れて、だまされて、捨てられたという男も、ろくなもんじゃないと推測される。「なんどもあなたにだまされた」は、浮気のことであろうが、生活費を博奕に使われたなんてのも含まれるのかも知れない。泣き喚いての大喧嘩になるが仲直りのセックスではい元通り。よかったね。

「バカだな、バカだな、だまされちゃって」の世界はいい。「別れたけど今でもあなたが好き。わたしよりもっといいひと見つけてしあわせになってね」的な気味悪さよりもずっといい。「新宿の女」は、自分を「バカだな、バカだな」と卑下するが、いつまでも未練は引きずらない。すぐにまた前のと同じようなろくでなしに惚れて、貢いで捨てられて、あらたにまた「バカだな、バカだな」と嘆きつつ前進するだろう。「生きがい」的な未練が気味悪い停滞なら、ここには小気味いい前進がある。前向きだ。

 ネオン演歌に興味がないのに、藤圭子の歌声が恋しくなったとき、いつもこれを聴くのは、前記したが「この種の歌には珍しい長調の曲が好きなこと」がいちばんだが、ポイントは歌詞の中にある「懲りないバカの前進」である。いくら馬券で負けても懲りずに今でもやっているのと同じく、このバカホステスに同好の士のにおいを感じるのだ。お互いバカではあるが、生きてる限りは停滞よりも前進だ。(続く)
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  1. 2014/08/04(月) 11:20:13|
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