ことば考──インクとインキ──心境の変化でインキ派に

 インクはInkという英語だ。インキは日本語。
 口許が不器用な日本人は、母音で終らない単語の発音ができない。語末がS、K、Pで終る単語=入声(にっしょう)を苦手とする。それらにはみな母音をつけて発音しやすい日本語にしてしまう。苦手をごまかす民族の智慧だ。


 そういや朝鮮民族は語頭の濁音が苦手で「カヤロー」が「カヤロー」のように破裂音になってしまうのは有名だ(BaもPaも両方とも破裂音だが)。そういうコトバがないのだろう。何十年も前、極真空手の大山倍達を初めてテレビで見たとき、「クはね、そんなカな話はないと言ったんだ」という典型的なそれなのでおどろいた。あれじゃ「じつはね」と言われなくても誰でもわかる。
 
 もっとも「むかしの日本」にも濁音で始まる単語はなかったそうだ。濁音で始まるコトバというのは、インパクトはあるけど雅ではない。きたない発音と否定されていたのだろう。当時は日本人も発音出来ず、その種のコトバが生まれてくるに従い、次第に出来るようになった。朝鮮人でも、半島で生まれ育ったひとは日本に何十年住もうとそれが苦手だけど、日本生まれはふつうにこなす。
 
 日本人の発音ではRとLの混同が有名だ。それだって英語圏で育てばなんてことない話。私の関わった語学ではヴェトナム語の声調が複雑でむずかしいが、それは「この単語はこの声調だから」と外国人のこちらがリクツで学ぶからむずかしいのであって、あちらに住んでるひとは文盲でも幼児でもみなふつうにそれをこなす。コトバなんてそんなものである。


 閑話休題、書帰正伝。
 インクが輸入され使われるようになったとき、Ink、イン(ク)という入声の発音が苦手な日本人は語末のkに母音のiをくっつけてInki、インキという日本語を作った。
 Cake─ケー(ク)─の発音がむずかしいのでiをくっつけて作った日本語「ケーキ」もそれになる。ここで「Cakeの語末は母音のeではないか!?」というのは愚問。発音の問題。綴りにeがあろうともkで終る入声である。

 インキの話だとペンキも気になる。こちらはオランダ語のPekの日本語訛りだ。ペッ(ク)の発音がし辛いので、母音のiをくっつけてペッキ、ペンキになったのだろう。
 旧い語だと、支那語の銭(Dzen)にiをくっつけて出来た日本語の「ゼニ」がある。この「語末のnにiをくっつけて」も日本語には多い。


 私が子供の頃、周囲のおとなはみなインキと言っていた。そりゃ「インクという英語は発音し辛いのでインキという日本語を作った」のだから、日本人がインキというのは当然である。
 いまはもうほとんどのひとはインクであろう。それだけ日本人も入声音をこなせるようになってきたのだ。時代と共に民族の発音能力も変化する。もしかしてお年寄りには今もインクの発音が苦手でインキと言っているかたもいるかもしれない。

 中学生の時に初めて萬年筆を手にした。当初は「インキ」と言っていたが高校生ぐらいからインク派になった。そのころは上記の「日本語インキの成立理由」を知らない。でも色気づく時期だから、本能でインキよりインクのほうがかっこいいと感じていた。あのころ、ここに書いたように「なぜ英語のインクを日本人はインキと言うか。それは入声であり、それが苦手な日本人はウンヌン」と教えてくれる恩師に出会っていたら、私の人生ももうすこし智的になっていた。無学な歩みが悔しい。タイムマシンでもあったなら、不遇な田舎少年のもとに駆けつけて、智識という燈明に火を灯してやりたい。


 インキは日本語なのだから、ドイツのモンブランやペリカン、アメリカのシェファー、パーカー等の外国の萬年筆メーカーの日本語サイトではカタカナ表記はインクである。
 日本のプラチナ、セーラーのホームページ表記もインクだった。でも昭和40年代ぐらいまでは「インキ」だったのではないか。もっとかな。いつ商品名の「インキ」を「インク」に替えたのだろう。こういうのは社史でも読まないとわからない。ああ、広報室に電話して訊くという手があるが、そんなことはしたことがない。する気もない。
 
 ところが頑固にいまも「インキ」という日本語を正規に使っているところがあると知る。パイロットだ。

※ 

 下の写真はAmazonのパイロットのインク通販。Amazonは商品紹介に自分達の用語である「インク」を使っている。
inki2
 

 
 しかしパイロットのホームページでは、正規の商品名はいまも頑なに「インキ」なのである。パイロットの商品名が「インキ」なのだから、厳密には上のAmazonの商品紹介はまちがいということになる。下はパイロットのホームページから。「インキ」である。あくまでも(笑)。
inki

※ 

 時が流れると感覚も変る。長年「インキ」をかっこわるいと思って避けて来た私は、この頑固なパイロットを見て、なんだかかっこいいように思えてきた。どこかの女性博士が研究室で割烹着を着た感覚に通じる。あれはヤラセだったようだけど。
 ここのところ友人と文房具話をするとき、意識的に「パイロットインの松露がね」と言ったりしている。
shouro
 
関連記事
  1. 2014/03/30(日) 10:31:09|
  2. 物品
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<ホッピー話──毎日ホッピーの2013年──ホッピーブラックにはまる | ホーム | 生活雑記──GMOとくとくポイントでラミーのサファリが無料に──なんだかうれしい朝(笑)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://moneslife.blog.fc2.com/tb.php/1139-3ab83634
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

最新記事

カテゴリ

未分類 (0)
大相撲 (32)
落語 (6)
生活 (85)
パソコン (78)
ことば (41)
読書 (29)
音楽 (50)
政治 (200)
テレビ (27)
インターネット (91)
漢字 (6)
オリンピック (11)
マスコミ (46)
NHK (2)
プロレス (6)
世相 (91)
総理大臣 (7)
映画 (21)
スポーツ (8)
園芸 (3)
将棋 (71)
Jazz (7)
競馬 (20)
芸能 (32)
旅行 (10)
格闘技 (4)
漫画 (14)
橋下徹 (16)
タバコ (4)
Rock (2)
中共 (11)
宗教 (9)
週刊誌 (7)
皇室 (9)
地震 (39)
台湾 (5)
石原慎太郎 (10)
CM (2)
きっこ (23)
地デジ (7)
朝鮮 (23)
国民栄誉賞 (2)
ツイッター (8)
女子サッカー (1)
野田聖子 (9)
訃報 (10)
ブログ (11)
飲食 (11)
電王戦 (2)
竹島 (9)
靖國神社 (6)
デヴィ夫人 (6)
酒 (4)
節電 (1)
ホッピー (5)
小沢一郎 (9)
Windows8 (2)
たかじん (5)
島耕作 (1)
物品 (3)
テレサ・テン (2)
選挙 (8)
佐川急便 (8)
猫 (1)
白川道 (1)
サヨク (14)
麻雀 (1)
郵便 (1)
通販 (1)
Asus Memopad (1)
文章 (2)
携帯電話 (1)

月別アーカイブ

カテゴリ別記事一覧

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する