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尾崎豊「卒業」の想い出──友人Nの命日をまえに──ATOK話 織田哲郎の魅力

Twitterに以下のようなことを書き込んだ。

ozaki


この歌が発売されたのは1985年の1月らしい。初めて耳にした時のことはよく覚えている。
旗の台のアパートにいた。昭和大学病院の近くだ。深夜、ラジカセからこの歌が流れてきた。見知らぬ歌手の初めて聞く歌だった。声もいいし歌もうまい。私は三連符のこの種の曲が好きだから思わず耳を傾けた。歌詞内容にも注目した。そんなこともめったにないから、それはそれでよく出来た曲なのだと思う。ほんの数回しか聞いたことはないが今もメロディが残っている。たぶんカラオケで歌えと言われたら「ほぼ」歌えるだろう。歌わないけど。



心に残るメロディはひとによってちがう。ほんの数回しか聞いたことがないのにほぼ覚えているのだから「卒業」のメロディは私好みだったことになる。

▼日本の三大メロディメーカー

小室哲哉というひとは「日本音楽史上シングル盤売り上げ三大作曲家」なのだとか。今までの売りあげ順は、筒美京平、小室哲哉、織田哲郎になるらしい。筒美はグループサウンズから郷ひろみ、Kinki Kidsまでぜんぶ知っている。南沙織の曲を始めやたら盗作が多いが、それもまあこのひとの味だ。クリーム(クラプトンね)のベースラインから盗んで一曲仕上げるのだから、それはそれで同じ盗作でも近田春夫あたりとはものがちがう。
作家の郄橋源一郎はカラオケに行くと筒美作品しか歌わないそうだ。こういうカラオケの愉しみ方もあるのだろう。私も筒美京平作曲のヒット曲なら100曲ぐらいは歌える。歌わないけど。
彼の曲は「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「よろしく哀愁」のように、譜面にした時の音符の並びがうつくしいのが特徴だ。

筒美は別格として織田と小室の好みの差は興味深い。興味深いもなにも単に私個人の好き嫌いの話だから(笑)、読んでいるひとに「そんなの知るか!」と言われたらそれまでなのだが。
私は織田がヒット曲を提供したアーティストとは無縁だったので何も知らない。無縁というのは、そのころはもうJazzとClassicしか聞かない時期に入っていたからだ。中学生高校生のころは人並み以上に日本の流行り歌に興味があったし詳しかった。大学から二十代後半までは自分が曲を作るために外国音楽を勉強した。この時期の洋楽ヒット曲はよく知っている。同世代のおじさん連中とカラオケをやると、こどものころからこの時代までの歌に関してはあまりにいろいろと知っていて驚かれるほどだ。たしかに小川ローザ(Oh! モーレツのCMね)や風吹ジュンのヒット曲?を歌える人もそうはいない。

そのあとJazzとClassicに走り、邦楽も洋楽も「歌」について完全な無智になった。空白期間。当時から今に至るまで私は日本語のヒット曲をまったく知らない。それこそ「いくらなんでもこのヒット曲は知っているだろう!?」と思うようなものも知らない。だってなんども書いているけど「紅白歌合戦の小林幸子の巨大衣装をただの一度も見たことがない」のだから。一年の半分を外国巡りをしていたこともあるが我ながらこの件に関してはフツウの日本人ではないと思う。もちろん悪い意味です。常識の欠如ね。

そういう私なのに、街角から流れてくる歌や、テレビのCM等で耳にして「いい曲だな」と思うのが結果的にみな織田哲郎の曲だったので、いつしか彼の多くのヒット曲を覚えていた。ZARDが活躍していた時期を知らない。見たこともない。だから私は早世したリードヴォーカリストの彼女に街であったとしてもわからない。ステージを知らない。でもヒット曲のメロディはほとんど知っている。織田作品として後から記憶したからだ。

一方、小室というひとは逆で、彼が安室奈美恵を始めとする一派の大ヒット曲を多く作っているという知識はあり、テレビでも目にしたことはあるのだが、彼のメロディが響いてこなかった。今に至るも彼の曲を知らない。サビですら口ずさめる曲がひとつもない。三大作曲家の2位と3位でこんなに好き嫌いに差があるのかと不思議な気がする。

日本のシングル盤売り上げで記録をもつ三人のメロディメーカーに関して私は、筒美はとても詳しく、織田はそこそこ詳しく、小室はぜんぜん知らないという極端な結果になった。
筒美をとても詳しいのは彼の全盛期に青春時代を過ごしたからであり人生すべてにしみこんでいるが、私の好みとしていちばん好きなメロディは織田作品になる。筒美のヒット曲は世間のヒット曲として押しつけられるように耳に入ってきたが、織田の曲は、私のほうから「この曲を作ったひとは誰なのだろう」と興味を持って接した。この差は大きい。耳にしてもなにも感じない小室作品は問題外になる。



▼ATOKの織田鉄労

尾崎話から三大作曲家話に脱線しているのに、さらにまた脱線。いつものATOK話。
ATOKが「織田鉄労」と旧国鉄の労働組合のような変換をしたのでおどろく。その点、Google日本語入力はやたら人名に強い。一発で正しく変換する。だから私もこの種の文章を書くときはGoogleに切り替えている。「安室奈美恵」だってGoogle日本語入力にそのまま頼っている。自力で書けと言われたら、ぜんぜん知らない人なので書けるはずもない。あ、でも彼女がまだ素人のころ、「元気の出るテレビ」に出たとこは見ているんだけど。「沖縄の空手少女」だったか。

しかし我の強い両ソフトの主導権争いは激しい。Google系のソフトがなんでもかんでも自分をデフォルトにしてしまうのは有名だけど(Appleソフトもすごいね)ATOKも負けていない。Googleで書いていてもいつしかまたATOKに戻っていたりする。Google日本語入力によって正しく変換されていた「織田哲郎」がいきなりまた「織田鉄労」になったので何事かと思ったら知らないうちにまたATOKに切りかわっていた。「このパソコンの日本語入力の正妻はわたし。他の女の存在は認めない!」って感じだ。

ということを今またGoogle日本語入力に切り替えて書いていたら、今度は「鉄労」が変換できない(笑)。
しかたないのでそこのところだけATOKに戻った。さすがにこのことばをGoogle日本語入力に辞書登録する気にはなれない。そりゃまあ今時、旧国鉄の労働組合の略称を使うひともいないだろうから、出ないことは、それはそれでわかるのだが、かといって、それでも困る気がする。
いや私だって個人的文章で「鉄労」なんて使うことはないが、あの毎年タチの悪いストをやった国鉄には今でも怨みがあり、みっつの組合のそれぞれの略称が、動労(国鉄動力車労働組合)、国労(国鉄労働組合)、鉄労(鉄道労働組合)であったことぐらいは覚えておきたい。

もっともGoogle日本語入力は、Google検索で多用されることばを用語として蓄積して行くから、いま「鉄労」が出なくても、今後なにかでそれが話題になり頻繁に検索されたなら、そのときにはすんなり出るだろう。この辺、融通無礙でシステム的には最強である。こんな便利なシステムを無料でやられたら有料商品は太刀打ち出来ない。

無料のGoogle日本語入力、OSを買えばついてくるMS-IMEがある中、今後有料のATOKはどうなってゆくのだろう。長年愛用しているからこそ心配になる。流行語、新語に関しては、毎日辞書更新しているGoogle日本語入力に、一年ごとのVersionUpでは絶対に敵わない。

個人的には、差別語(と呼ばれる一群のもの)を一切入力できないようにしている時点で「言語の入力装置」として終っていると厳しく糾弾したい。それらを使うかどうかは利用者の良識に任せるべきであり、言論統制の御上じゃあるまいし、Just Systemに最初から規制されるのはまっぴらごめんだ。



▼やっと本題の「尾崎豊の卒業」話

「尾崎豊の卒業」の話に戻って。
ラジオから流れてきて初めて聞いた日。いい曲だと思って真剣に聴いていたが、ツイートしたあたりの歌詞で「はあ?」となってしまった。
「信じられぬおとなとの闘い」はわかる。私にだってあった。だけどそれで学校の窓ガラス割って廻るのはただのバカだろう。なんたる甘えだ。それを歌詞にするか? 暴力の方向性をまちがえている。いい声で、歌も上手く、好きなタイプの曲だっただけに、このときの脱力感は強烈だった。いい歌だなあと思っていたものが、いきなり失笑の対象になってしまった。だからこそ強力に刻み込まれたのだが。

発売になったのが1985年の1月21日で、すぐに大ヒットしたらしい。私が耳にしたのは2月ぐらいか。深夜だった。私はこのころはまだ深夜にラジオを聞いていたのか。いや、もう聞いてない。ほんとにたまたまだ。毎日レンタルビデオを見まくって映画の勉強をしていた頃である。同じく、やっとJazzが解るようになって、CDを買いまくり、レンタルビデオ屋の名盤ジャズを借りてきては、解説書片手にせっせと勉強していた。砂地に水の感覚でJazzが染みこんでゆくのが心地よかった。
たぶんそんな中、「耳休め」に珍しくラジオをつけたのだ。その意味では縁があったことになる。



さて、そういう好きでもない古い歌の想い出を今ごろ書いた理由。ここからが本題。

この歌が大ヒットしている頃、私は初めての競馬取材で北海道日高地方に行った。初めて行く冬の北海道が怖くて、札幌の事業家である友人に相談した。大学の音楽サークルの後輩であり、学生時代に親しかったのはもちろん、卒業後も彼が東京に来るたびに会っていた。とはいえそれは年に一度ぐらいになりつつあった。

私は冬の北海道が怖かった。なにしろおしっこも出ると同時に凍ってしまうため、男便所にはトンカチが、女便所には釘抜きが用意されているという信じがたい極寒の地だ。
それはまあこどものころ落語で覚えた冗談だが、じつにもうほんとの話、私は彼に防寒着と防寒靴、防寒帽、マフラー等を宅配便で一式送ってもらったのである。嘘みたいなほんとの話。彼はたぶんあまりに冬の北海道を慄れる私を笑っていたろうが、快く新品を買い揃え宅配便で送ってくれた。いま思うと大げさで恥ずかしい。でも一式詰まった段ボール箱が旗の台のアパートに届いた日をいまも覚えている。感謝した。実際に行った冬の北海道はなんの問題もなく、室内は関東よりも暖かった。トイレにトンカチもなかった。釘抜きのほうは確認していない。とはいえ北海道では温暖な日高地方ではあるが。だからこそ競走馬の生産が可能だった。本来北海道は馬の生産には向いていない。寒すぎる。あれは地域おこしとして始まったものだ。

これを機に、私は毎月のように日高取材に行くようになり、学生時代と同じ交友が復活した。取材が終り札幌に戻ると、いつも一緒に飲み歩いた。
私は二十代のときから北海道には行っていたけれど当然貧しかったから歓楽街は知らない。彼は学生時代からスカイラインGTに乗っていた裕福な学生だったが、このときは早世した父を継いでいくつもの会社の社長になっていたから、よりグレードアップしていた。いわゆる「ススキノ」を案内してもらった。北海道は夏しか知らなかったが冬もまた美味しいものがいっぱいあって楽しいのだと知った。



彼自身も学生の頃から競馬好きだったので、私の日高取材に同行して、一緒に牧場に泊まったりした。彼のクルマ──えーと、なんだっけ、ホンダのいい奴、レジェンドか──で千歳から日高まで走ってくれるのだからありがたい。ベンツを買えるのにベンツでないのがいい。そのとき私は飲み助だからと自重して免許をもっていなかった。後に牧場取材に必要と急いで取ることになる。それからは外国でのドライヴが趣味のひとつになった。

彼からしても、ひょんなことから競馬の仕事をするようになった先輩に同行して、一般ファンでは不可能な憧れの名馬や有名牧場主に会えるのだから楽しかったにちがいない。今も思うのだが、中央競馬会機関誌優駿の取材、というのは強かった。怪しい競馬雑誌には応じないひともみな気持よく話をしてくれた。しみじみ恵まれていたと思う。私は取材に向いていない弱気な「へたれ」であり、それでいて短気だから、冷たい応対をされたら途中で挫折し、この仕事からは足を洗っていたろう。
後に彼は馬主にもなった。親しくなった牧場との半額出資のような形だったけど。

そんな彼とレジェンドで日高に向かう道すがら、なぜか前記「卒業」の話になった。カーラジオから流れてきたのか。彼もCD派だったからラジオから流れてきたのではないと思うのだが……。
とにかくそれが話題になり、私は今回ツイートしたのと同じく、「おとなへの反感はわかるけど、だからといって学校の窓ガラス割って廻られたらたまらんよなあ」と呟いた。すると彼がガハハと大口を開けて笑い、「それはもうまったくそのとおりですね」と言ったのだった。
そのときのことを鮮明に覚えている。どうでもいい歌のどうでもいい感想であるから、他の誰ともこんなことを語ったことはない。だから私にとって「尾崎豊 卒業」の想い出は、彼と交わしたこの会話「たったひとつ」なのである。



その彼が二年前、52歳の若さで突如逝ってしまった。早世した父親と同い年である。なんとも早世の家系というのも残酷だ。15歳年下の奥さんと、まだ高校生のひとり息子を残して……。

その彼の命日がちかづいている。
スポーツ紙に「尾崎豊記念館が取り壊される」とあった。彼が不審死を遂げた民家がひと部屋を尾崎ファンに開放し、彼の遺品を陳列していたのだとか。今回改築することにし、その部屋も壊すらしい。
そのことから「尾崎」「卒業」「早世した友人」と想い出が繋がっていった。

偲ぶことが供養になると思っている。こんな形でも想い出を語ることは彼によろこんでもらえるだろう。そう思って書いてみた。
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  1. 2011/11/18(金) 08:40:25|
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