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訃報──「森田将棋」の森田さんは昨年亡くなっていた──「森田将棋」「AI将棋」「極」「激指」の思い出

将棋ソフト開発者の森田和郎さん、12年7月に死去
 
 森田和郎さん(もりた・かずろう=コンピューター将棋ソフト開発者)が2012年7月27日に死去していたことがわかった。57歳だった。葬儀は近親者で営まれた。

 富山市生まれ。将棋ソフトプログラマーの先駆者的存在で、1985年に発売された「森田将棋」シリーズはヒット商品になった。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0603/TKY201306030400.html 

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 マイナビの将棋ツイートで知った。今週号の「週刊将棋」に記事が載るらしい。
https://twitter.com/mynavi_shogi/status/340737463716806656

 しかし一年近くも前なのに、どうして今まで伏せられていたのだろう。弟の森田高さん(元国会議員)も有名人だし、ふつう伝わってくるけどなあ。不可解である。



 「森田将棋」の歴史。Wikipediaから。

morita













 1982年にNECのPC9800を買ったのが私の「PC事始め」である。明確な目的はなかった。まだ文章はシャープのワープロ『書院』で書いていた。『書院』の「1ファイル最大2万字」のリミットがじゃまになり、PCの『一太郎』に移るのはこの数年後だ。
 PCを買って自作曲を自動演奏させることを夢見ていた。当時から「音楽、グラフィックはMac」だったので、憧れていたが高くて手が出せなかった。あのとき無理をしてMacにしていたら、今ごろ私も口汚くWindowsを罵る雁屋哲や茂木健一郎になっていた。彼らを観ると、Macにしなくてよかったと心から思う。Macのどんな利点美点よりも、ああいう人間と同じでないことに安心する。所詮私のやりたい音楽なんてPC9800で充分だったし。

 PCはすでにあったが、この1985年の「森田将棋」はやっていない。私の「森田将棋」初体験は1987年のファミコン版になる。最初のソフトをやっていないことを残念に思うかというと、それはまったくない。むしろやっていたら「最低最悪のゴミだった」とここに悪口を書いていた。それほど当時のソフトはひどかった。これより後に市販された、これよりも確実に強かったはずの、コンピュータ将棋選手権で優勝した将棋ソフト「極」に悪い思い出しかないのだから、そうに決まっている。やらなくてよかったと思う。



 ここには載っていないが、スーファミ用の「森田の詰将棋」もあった。将棋は弱くて相手にならなかったが詰将棋は楽しめた。思えばあのころからPC、ゲーム機は詰将棋向きだった。

 このころの将棋ソフトのBGMには、尺八とか琴とか鹿威しの音とか「いかにも和風」なものが多く、14インチのテレビから流れでるチープなそれが物悲しく、音を消して遊んだことを思い出す。
 いろいろ買ったが20世紀の将棋ソフトは弱くて話にならなかった。まさかこんな時代が来るとは思わなかった。



 2003年に出たPS2用『激指2』が強く、それまでの将棋ソフトのイメージを一新した。私は一時、将棋ソフトに愛想を尽かして離れていたが、自分よりも強いソフトが出たので、またここからいろいろ買い始める。
 『激指』の強さは、古くからの「森田将棋」等のおなじみソフトを忘れ去ることでもあった。

moritashogi ここにあるソフト発売の流れからも、「森田将棋」が先駆者ではあったが、過去のソフトになっていたのが見える。
 2007年にDS用を出したのが実質的な最後になる。
 DSの将棋ソフトはすべて弱い。今の時代のソフトとは思えない。90年代のよう。将棋の強さがCPUに左右されることがよくわかる。



 ここのところ<AI将棋17>の「奨励会」で遊んでいる。9級から始めて(というか9級から始めねばならない)いま2級まで来た。ここまでは連戦連勝(笑)。あまりに弱い相手に王手飛車をかけて勝ってもつまらない。むかしの弱いソフトを思い出した。ちがうのは、むかしのソフトは本気でも弱かったのに対し、いまのこれは、強いコンピュータが「弱い設定」になっているだけだ。勝たせてもらってもうれしくない。

 いよいよこの辺から壁が立ちはだかる。なんとか初段にはなりたいものだ。三段で指していた新宿将棋センターの名誉のためにも。

 この「奨励会」は近年の『AI将棋』の売りらしい。昇級昇段の規定は本物の奨励会と同じであり、級差があると駒落ち戦もある。負けが続くと降級点もある。果たして四段になり待望の棋士になる日は来るのだろうか。ま、とにかくまずは初段目標。



 むかしから<AI将棋>のグラフィックがいちばん好きだった。いまもしっくりくる。嫌いなのは「東大将棋」。でもずいぶんとよくなった。むかしのはほんとにひどかった。
 これはちいさなことだが、毎日のように遊ぶものだからけっこう大きい。駒は錦旗か水無瀬にする。嫌いなのは一文字駒。

 そういえば、ATOKの辞書を30年ちかく育てているので、「えーあい」と打つと、『AI将棋2』『AI将棋3』とユーザー辞書から変換される。ここのところ遊び始めたので、<AI将棋17>は、いま辞書登録したところ。
 これはいつごろのソフトなのだろう。忘れてしまった。Win95のころか? 弱いソフトだったのはまちがいない。現物ももちろん持っていない。不要なものはソフトもOSもためらわず捨ててきた。本を捨てるときはかなりためらうのにPC系に未練がないのは、確実に古くなった不要なものだからだろう。7万円もしたインチキ翻訳ソフトを捨てるときは、さすがにすこし悔しかったし、このことを書くのはもうこのブログでも5回目になるが、「メモリ1メガ1万円の時代」に、DynaBookに8メガ8万円で増量するのは冒険だった。まあコンピュータそのものがそういう時代なのだから、ソフトが弱かったのもしょうがない。

 私は2003年に発売された「PS2の『激指2』に負けた」ことは死ぬまで忘れない。それだけ鮮烈な経験だった。始めて将棋ソフトに負けたのである。
 一方こういう記憶にないソフトもある。『AI将棋2』や『AI将棋3』はユーザー辞書登録してあるのだから、それなりに気に入ったソフトだったのだろう。完全に忘れていることがショックだ。



kiwame 好きなものばかりではなく、Win3.1の時の「極」のように、あまりにだらしないのでよく覚えているソフトもある。一手指すのに思考が画面に現れ、バーっと流れる。何時間も待たされる。そこまで考えて指した手が間抜けで弱い(笑)。でもあのころは最高峰だった。
 私はコンピュータ将棋ソフトは強くなるだろうと思っていたし、8ビットファミコンと16ビットのDynabook(38万円した)は値段からも桁違いだったから、この将棋ソフト最高峰の「極」には負けることを覚悟して購入した。その落胆は大きかった。

 強い2003年の『激指』とあまりにだらしない1991年の「極」は覚えているが、『AI将棋3』あたりは覚えていない。でも『AI将棋2』『AI将棋3』と辞書登録してあるってことは、私は2も3も買ったのだ。当時はそれなりに気に入っていたのだろう。辞書登録してあるのだから。
 いまWikipediaの『AI将棋』(YSSシステム)の項目を読んだのだが、どこにも『AI将棋2』『AI将棋3』のことは書いてない。

「極」は辞書登録してない。「きわめ」と読む。1991年秋、これをOS-Win3.1のDynabookに挿れて、タイのチェンマイの日本食堂でいじっていたら、将棋好きのひとが、「その〝ゴク〟っては強いの?」と問うてきたのを思い出す。思考がバーっと画面に流れるから、コンピュータを知らないひとには、とんでもない未来の映像にように思えたらしい。「極」は後の「金沢将棋」である。



comshogi 左は1991年の第2回コンピュータ将棋選手権の参加ソフト。
 http://www.computer-shogi.org/wcsc/csc2.htmlより


「もりたしょうぎ」も辞書登録してなかった。つまりは『AI将棋2』ほどにも認めていなかったことになる。

「森田将棋」は、この「極」あたりが大活躍していた「コンピュータ将棋選手権」のころに、ずっと上位入賞をしていたと賞讃されている。しかしそれは黎明期であり、あの時代の将棋ソフトはどうしようもなかったから、先駆者ではあったが強くはなかった、となろう。結論として。



 いまの私はPC版「東大将棋無双Ⅱ」や『激指12』に歯が立たない。惨めで泣きそうになるので(笑)、やらない。PS2の『激指2』には四段設定でもなんとか勝てたが、Core i7 3770を4.3GhzにOCしているデスクトップ機の『激指12』では初段設定でも負けることが多い。相手は〝秒指し〟である。1秒もかけずに指してくる。こちらも向きになって秒指しをすると、ミスが連続しあっと言う間に負ける。惨め。本気で将棋を辞めたくなる。
 たぶん、死に物狂いでやれば、私はまだ『激指12』の初段には勝てる。負け惜しみじゃなく。でも齢を取ってくるとその「死に物狂い」が出来ない。秒指しに秒指しで対抗し、優勢に進んでいたのに、終盤、角道に飛車を成り込んで素抜きされて投了したりしている。
 将棋の実力以前に精神力の問題だ。あらためて、69歳で生涯A級だった大山名人の偉大さ、というか異常さを思い知る。

 もう縁側で日向ぼっこしつつ、渋茶をすすりながら、升田大山の棋譜を並べて昭和を偲ぶ将棋ファンに撤しようかと思う。私は大野源一九段の振り飛車が好きだった。大野さんの棋譜でも並べて将棋ソフトとは縁を切ろうか。



geki12 ところで、将棋ソフトが強くなりすぎたことは、売りあげの面では問題なのではないだろうか。

 私は『激指』が好きなのでずっと買い続けているけど、『激指12』の売りである「七段の力を確かめろ」など遙か彼方の出来事であり、『激指7』の二段にすら勝てないのだから、12の七段などどうでもいいのである。
 つまり「新バージョンを買う必要がない」のだ。新バージョンを買う必要のあるひとがいるとしたら、それは「『激指10』にも『激指11』にも最強設定で勝った。さてさて、今度の『激指12』は、どれぐらい強くなったかな」というひとだけだろう。実際私は、将棋ソフトに全勝時代、今度のはどれぐらい強くなったろうと、あれこれ買いまくっていたわけだし。しかし今、こんな強い将棋ソフトに対し、そんな将棋ファンがどれぐらいいるだろう。いや、ひとりもいないのでは……。

 もう『激指』も今回の12で打ち止めにしよう。私が13以降を買うとしたら、この12の七段に勝ってからだ。そしてそれは「まずまちがいなく」永遠に来ない。

 プロよりも強くなってしまった将棋ソフトは、ある意味、商品としては終ってしまったとも言える。過日、ふつうのPCに挿れたふつうのこの『激指』に、プロが負けた話を見かけた。じゃ私の場合、「まずまちがいなく」じゃなく「絶対」だな。



 四段ならぬ餘談。若いファンには知らないひともいるようだが「銀星将棋」は北朝鮮人が開発し販売しているものである。コンピュータ将棋選手権に突如参戦してきたときは不思議な感慨を持った。なぜ北朝鮮が将棋ソフトなのだろうと。(このころはこの名は名乗っていない。この名は商品化してからである。)

 私も持っているのだが、あまりグラフィックが好きではないのでやっていない。パチンコや焼き肉屋と同じく、これの儲けも北朝鮮に送金されているのだろうかと考えると複雑な思いがする。パチンコもやらないし焼肉も食わないけど、銀星将棋を買ったことは北朝鮮送金に荷担しているのだろうか。
 そういうこともあって辞書登録していない。いちいち「ぎん」「ほし」と変換して「ぎんせいしょうぎ」を出すので面倒だ。



 「森田将棋」の思い出を語るはずが、その他の将棋ソフト話になってしまった。「森田将棋」の思い出は、ファミコン時代の弱くてどうしようもなかった時代になってしまうからしかたない。でも森田さんのがんばりがあって道が開けたのは事実である。森田さんが「ファミコンやパソコンで将棋を遊べる」という道を開拓してくれた。
 というところでやっと「森田将棋」の思い出らしきものを思い出したので書いておこう。

 北海道で馬産をしている友人の息子は、小学生時代にファミコンの「森田将棋」で将棋を覚えた。ファミコンに勝てるようになって自信をもった彼は、父親が将棋を指せないこともあって、遊びに行った私に、将棋を指せるかと問い、挑んで来た。小遣いで盤と駒を揃えていた。ファミコンに連戦連勝し、自分を無敵だと思っていた彼は、何度やっても私に勝てないことに、ものすごいショックを受けていた(笑)。

 それは、おとなになってからこどもと遊んだことのない私にも興味深い体験だった。
 こどもだから攻め駒を集中して攻めてくる。でもそれは防御が手薄になることだ。そこを突くと簡単に勝ってしまう。それと、2の攻めを2で受けると、攻めきれない。そのためには3の攻めが必要だ。それも3で受けると攻めきれない。彼はその数の論理がわからない。こどもってこんなものかと思った。ファミコンにも友だちにもこの戦法で勝てるのに、なぜおじさんには勝てないのだろうと真剣に悩んでいた。懐かしい。その彼ももう三十半ばだ。

 森田さんは偉大な先駆者だった。ご冥福をお祈りします。

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【追記】──『将棋世界』7月号に特集されていました──6/5

shogisekai20137 私は毎月『将棋世界』は発売日の3日に購入するのですが、今月は今日5日になってしまいました。するとそこに詳細な「森田さん追悼の記事」がありました。「柿木将棋」の柿木さんを始め、森田さんと親しかったかたたちの座談会形式を、田名後編集長がまとめる形で4ページもの特集でした。『将棋世界』で4ページの追悼記事というのは凄いことだと思います。森田さんは棋士じゃないですし。

 森田さんは自分のソフトの内部を公開しました。この追悼座談会で瀧澤教授のおっしゃっている
「アイデアをオープンにするという森田さんの姿勢は、柿木さんや山下さん(YSS─AI将棋)、鶴岡さん(『激指』)、保木さん(ボナンザ)らに受け継がれています。だからこそ、ここまで急速に将棋プログラムが進歩できたのだと言えますね」
 は、森田さんへの最高の賛辞でしょう。天国の森田さんもニッコリしたと思います。 



 私は、1年近く前にお亡くなりになっていたことを将棋関係のツイートで知り、おどろき、知らないかたが多いだろうと、情報提供のつもりで上記のへたくそな文を急いで書きました。たしかにその時には、意外なニュースという感じがありました。でも専門誌がきちんと追悼座談会を組むぐらい知られた情報だったのですね。冷や汗ものです。

 本来ならこの【追記】だけにして上記の文は削除したいところですが、身勝手な思い出を書いた文も、これはこれで森田さんへの感謝になるかと思い、赤面しつつ残すことにします。 
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  1. 2013/06/04(火) 05:58:47|
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