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護憲派バカサヨクは競馬の結果も政府のせいにする──天皇賞キズナ惨敗

 バカサヨクは気に入らないことをなんでも政府のせいにする。それを高邁な意見と思い込んでいる。論理の矛盾を突かれると他人のせいにして逃げる。いま話題の、カヤマリカというバカサヨクの「ツイッター乗っ取られ事件」なんてインチキ話もそれになる。

 以下の文は、5月3日に行われた競馬・天皇賞観戦記の一部。無料ブログ文。こんなもので金をもらえるほど世の中は甘くない。読むにたえないヘタクソな長文は脱線し、結びは、1番人気キズナが負けたのは、「政府と民衆のあいだに絆がなかったからかも」というこじつけとなっている。バカサヨクもここまでくると嗤える。だが彼らはこういうことを悦に入って書いているのだ。救い難い。救わないが(笑)。「だったのかも知れない」「言えないこともないだろう」という気弱な結びが憐れだ。



(前略)

ホームストレッチ。
もはや私には、馬群から先に抜け出した蛯名正義カレンミロティックにも、ゴール前に急追した北村宏フェイムゲームにも(気づいて見れば共にハーツクライ産駒だった)、眼線は行かなかった。ただただ横山典弘ゴールドシップを見つめていた。

武豊キズナの惨敗は、推測していた通り、おそらく距離適性なのだろう。或いは、現憲法を恣意的にないがしろにする政府と、多数の民との間には、もはや絆など持ち合えないという時代の反映だったのかも知れない。憲法記念日の天皇賞なればこその結果と言えないこともないだろう。

(後略)



・現憲法を恣意的にないがしろにする政府

・多数の民との間

・もはや絆など持ち合えないという時代の反映

・なればこその結果と言えないこともないだろう。



 う~む、よくぞここまでヘンテコな文が書けるものだ。感心する。ま、このひとはむかしからぜんぶこんな感じなんだけど(笑)。そのヘンテコな文とキズナの天皇賞敗戦がつながるらしい。なんじゃそりゃ。ほんとは全部掲載して嗤いたい。上にあるような「妙にひねくった、なにが言いたいのかわかりにくい表現の連発」である。かなり嗤える。ナンクロなんかやるよりこのひとの文の、「この主語は、どの述語と繋がるのか!?」「この部分はなにを形容しているのか!?」を考えるほうがよほど頭を使うよ。クイズ好きは読んでみて。といってURLは貼らないけど。

<きっこ>と名乗る女の振りをしている団塊世代のオヤジが、毎日毎日あれもこれも安倍晋三のせいと狂ったようにツイートしているが、これも同じレベル。恥ずかしくないのだろうか。

 この一見かっこつけたわかりにくいヘタクソな文章は、あの戦勝国押しつけ憲法のわかりにくい文に酷似している。あんなもんを支持するぐらいだから、こういう回りくどいわかりにくい文章が好きなのだろう。溜め息が出るぐらい下手だ。



 競馬マスコミ関係者にはサヨクが多い。団塊の世代のサヨクが就職先として流れこんだのが大きな要因だが、元々朝鮮人や部落出身者が多い世界であることが根源的な理由になる。体質的に反体制なのだ。厩務員ストなんて国鉄並だった。競馬界は、 ヤクザや芸能の世界と同じく「そういうひとたちの分野」なのである。先人がそういうひとたちなのだから、後に続くひとも、そういうひとたちになる。芸能界と同じ。私もいつしか三十年関わってしまったが、同じ保守派思想の競馬ライターとは今までにひとりしか出会っていない。対して上の文を書くようなバカサヨクはすぐに二十人、三十人思いつく。もしもあなたが競馬好きでそれなりに競馬有名人を思いつくとしよう。彼らの90%は──ほんとは100%と言いきりたいが希望を込めて90%にする──護憲派である。あの醜悪な憲法もどきを崇拝している。上のような切り口の文は稀有ではない。そしてもちろんみな親中、親韓であり、自虐史観に染まっている。よって「朝鮮人は嫌いだ」なんて言ったら、嫌いと言ったことを批判される以前に「チョーセンジン」なんてことばを口にしたことにより一斉に白い目で見られる。見られた本人がいうのだからまちがいない(笑)。

 さすがに名のあるひとはそのへんのことは商売上抑えているが、二年前、柏木集保が上の駄文と同じように、ネット上でのレース回顧文で、レースや馬と結びつけて「世界に誇る平和憲法」という表現をし、護憲派カミングアウトと話題になった。どうやら競馬ライターはレースと憲法を結びつけるのが好きらしい。しかも底が浅い。あきれるほどヒダリがかった世界である。しかしそれにしても上の文はあまりにバカ文だ。

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【追記】──友人の感想──競馬ファンの視点

 ここを読んだ友人がメールをくれた。私は元文のURLを載せなかったが、掲載した一部分から検索してたどりついたらしい。したことがないので知らなかった。そんなこともできるのか。便利な時代だ。


これは本当にひどい観戦記ですね。「距離適性」のあとに唐突に「憲法」とか「政府」とか、組み合わせが無茶苦茶です(笑)。本人は「憲法記念日の天皇賞」という視点でうまいことを言ったつもりなんでしょうけど、そのことでさんざん持ち上げたゴールドシップやノリの価値をも下げてしまっていることに気づいていないのがなんとも滑稽です。
検索して全文を読みましたが、なるほど全体的にわかりにくい文章でした。冒頭の「たった1頭の馬が」がどこにかかっているのかも、すぐにはわかりませんでした。「それだけの価値ある騎手なのだから・・・」という締め方も、別に文中で苦言を呈したわけではなく絶賛したのですから、なにかおかしな感じでした。



  友人は大の競馬ファンであり、政治的にはニュートラルなひとである。だから自民党も民主党も護憲も改憲も関係ない。そういう彼がこの文に不快を感じるのは、「競馬を語るのに、そんなことをいれこむな」という感覚からだろう。彼が指摘しているように、あんなオチをつけたのでは、それまでもちあげていたゴールドシップと横山がどこかに行ってしまうのだ。してはならないのである。競馬の観戦記にそんなことを絡ませてはならない。基本だ。鉄則である。そこに気づかないからバカサヨクなのだ。だがサヨクにとっては、長文の観戦記と同じぐらい最後の二行が大事になる。アンチ安倍、アンチ自民党の彼は、キズナの敗戦を「政府と民の間に絆のない時代」に結びつけたとき、充足感に包まれニンマリしたことだろう。あほらしい。
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  1. 2015/05/30(土) 06:08:20|
  2. 政治

残虐ゲームは規制すべきか!?──私は規制に賛成です──若者ふたりの意見に反論

「こんなゲームを子どもがやってるの!?」。
大臣や国会議員が驚きの声を上げました。

5月19日の参議院文教科学委員会で、実際の画像も提示して、下村文科大臣や経産副大臣、内閣府副大臣と、国による統一的な残虐ゲーム規制について議論しました。

今年2月の川崎中1殺害事件に続き、一昨日、またも私の地元の横浜で15歳の少年が母と祖母を殺害するという驚くべき事件が起きています。その他にも、名古屋女子大生事件や佐世保女子高校生事件など、未成年による残虐な事件は後を絶ちません。これら事件の原因には、様々な要素が絡み合っているのでしょうが、その一つとして、多くの識者が残虐なゲームの影響を挙げています。


 次世代の党、松沢しげふみ議員のサイトより。以下は、原文をお読みください。残虐ゲームの映像もあります。

http://matsuzawa.com/report/2015/05/post-229.html

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 大きなテーマである。まじめに論ぜねばならない。私個人はもうこの種のゲームは「バイオハザード」あたりでイヤになって離れている。ゲーム以前に、私はあのスプラッタムービーを好むひとの感覚がわからない。見ない。はらわたが飛びちり血塗れになる映像のなにが面白いのだろう。それをケラケラ笑いつつ見て、そのあと食う肉がおいしいとは思えない。
 それはまた、犬猫をテーマにした感動ドキュメントに涙しつつ、牛豚をおいしいおいしいと喰う矛盾(わたしには矛盾だ、だったら犬猫も喰えよ、となる)に通ずる。

 まあ私は、豚や牛の屠殺を目の当たりにして、喰わなくなってしまったヘタレだからね、その程度なのだけど、それでも、そういう映像を見て、「キャア、残酷!」と言いつつ、スーパーのパックされた肉は「わあ、おいしそう」と言うひとよりは筋を通して?生きているつもりだ。「今日はめでたい日だ。ともだちもいっぱい来る。よし、今日は豚をつぶしてみんなに御馳走しよう」と、飼っている豚を引きずりだして殺してふるまう感覚は正しい。そういう流れの国は多い。それが動物を殺して生きているニンゲンの業だから全面的に肯定する。私はそういう場に接し、豚の咽をかっ切ることが出来なかったけど。

 とこのテーマ、書きだしたら果てがないので、今回印象的だったことにのみ絞る。それはこの松沢議員のサイトに投稿されていた二件の意見だ。
 ふたりとも若者である。

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上田康人 ・ 高知工科大学

このゲームのシリーズをいくつかプレイした元ゲームプログラマです。
その立場の上でコメントさせていただきますと、YouTubeのタイトルに書かれてますが、この動画はわざわざそういうシーンを集めたものです。
最近のゲームは物理計算にも力を入れており、必然的に死体の動きもリアルになっていますが、普通、わざわざ死体に弾を撃ち込んで死体が跳ねるのを見て喜んだりしません。
(失礼な言い方をすれば、「もうこの動画を選ぶ時点で悪意がある」と言わざるを得ません。)

さらに、開発者はやろうと思えば弾を撃ち込むことで現実と同じように?(実際そうなるかわかりませんが)死体が千切れるような表現も出来るはずですが、それは必要な表現ではないから実装されていません。
またこのゲームは、人を殺すことが目的ではありません。マフィアとの関わりで犯罪でお金を稼ぎ、それぞれの主人公のストーリーを解き明かし、エンディングに到達するのが目的です。



小林 岳史 ・ 立命館生協リンクショップ アルバイト

確かにこれらのゲームは非常にグロテスクですが、現在の日本の教育制度ならば、Z指定ゲームと現実を混同して犯罪に走るような生徒はそうそう居ないと考えます。データを見たわけではありませんが。

そもそも、若者がゲームに影響されるというならば、今頃日本の公道はバナナの皮で後続車を滑らせようとする人間で溢れかえっているのではないでしょうか。また、残虐度で言えば、昭和時代の子供達がしていたという、カエルの腹に爆竹を入れて爆破する」という遊びや、「鉄道軌道に釘を乗せて列車に轢かせナイフを作る」遊びの方が、現実の危険度という点で余程危険極まりないと考えます。

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 ふたつとも「残虐なゲームはこどもの教育によくない。規制すべき」という松澤議員の意見に反対したもの。
 上の上田さんというかたの意見は、プログラマーとしての意見。「死体に弾を何発も撃ちこんで死体を痙攣させるようなことはそういうふうに作っているから出来るが、ゲームのクリアにそれは関係なし、そんなことをするプレイヤーはいない」というもの。
 クリアとは関係ないかもしれない。だがクリアだけを目ざしてプレイしているひとばかりではない。それがおもしろくそこに凝ってしまうひと、それが愉しくてたまらない、というひとも出てくる。ふたつめの意見と通じる部分があるので先を急ぐ。そっちでまとめる。

 ふたつめの小林さんというかたの意見は、「ゲームと現実を混同するような生徒はいない。そんなことをいうなら昭和時代の、カエルに爆竹とか、鉄道で釘を轢かせ、ナイフを作るほうがよほど危険だ」というもの。



 私の意見は、「バーチャルと現実はちがう」につきる。
 上田さんの「死体に弾を撃ちこんでピクピク」は、自分の体験で言うなら、蛇殺しになる。蛇を見つけたら殺しに走る。引きずりだし、棒で擲る。何人もで擲る。籔に逃げこもうとする蛇を引きずりだし叩き殺す。それは血腥い現実だ。そこでまた肝試しとばかり、その叩き殺した血塗れの蛇を戦果として手にして見ろとガキ大将が言う。まだ痙攣している。生きているのか。下っ端下級生はそれをしようとするが怖くて出来ない。泣きだしたりする。大将がオレは平気だぞと手掴みして賞讃の目を向けられる。夕暮れだ。暗くなってきた。帰宅する。しかし蛇を叩き殺したという昂奮と惑いは残っている。必死に逃げようとする蛇を引きずり戻し、何度も何度も叩いて血塗れにして殺したという記憶はある。朝が来る。登校途中に昨日の蛇の死骸を見る。蛇を叩き殺した生々しい感覚がもどってくる。下校時、蛇は乾涸らび、ハエがたかり、悪臭をはなっている。また蛇を叩き殺した記憶がもどってくる。

 小林さんの「カエルに爆竹」も、それをするためにはまずカエルを捕まえねばならない。泥でぬかるんだ池に裸足で入らねばならない。あのヌルヌルしたカエルを手掴みにせねばならない。私はザリガニ釣りの餌にするために、捕まえたカエルは、道路に叩きつけて殺し、足をひきちがって、それを篠竹の竿にぶらさげてザリガニ釣りをした。
 「線路で釘」も、現実の巨大な鉄道に接する。命懸けの恐怖がある。たかが「釘ナイフ」を作るだけでも、そこで接する恐怖、迫力、現実世界のそこから学ぶものは多い。それはゲームにおける「入手したアイテムを組合せ最強の剣を作る」とはちがう。 たかが釘ナイフを作るだけで、親や学校にバレないように行動する秘密、連帯があり、目の前を走る鉄道に接する昂奮と恐怖がある。それは居間で寝転がってコントローラーをいじっているだけで殺人が体験出来てしまうゲーム世界とは異なる。

 小林さんは、それら昭和の遊びを「危険極まりない」とし、ゲームのほうがよほど安全としているわけだが、ここで「危険極まりない」を考えるなら、そういう蛇やカエルを殺す、鉄路で釘をナイフにする、という体験は、いま生きている現実と通じているからたいした「危険」ではない。むしろそれはひととして生きて行くための「学習」である。真に「危険極まりない」のは、現実にはカエル一匹殺したことのないコドモが、ゲームというバーチャル世界で殺人やその他の残虐なことを体験し、それを現実世界でもやってみたいとなってしまうその「飛躍」にある。



 しっかりと管理し、この種のものや、エロがこどもに届かないようにするのが、おとなの務めであろう。松沢議員のサイト動画にあるが、あんなことをこどもにやらせてはならない。それはプログラマー上田さんの言う「わざとそういう場面ばかりを集めた悪意のある映像」と言う意見とは視点が異なる。あれが「出来てしまう」ことが問題なのだ。入手出来ないようにすべきである。

 毎度の意見だが、ポルノ解禁国なんてところでは、その分テレビを始めとする「だれもが目にすることが可能なモノ」には、しっかりと規制を設けている。日本という国は、そのへんがとてもあやふやだ。その代表例が、「戦争しません。軍隊はもちません」と言って、東南アジア諸国プラスオーストラリアの合計よりすごい軍隊をもっていることだ。「いやそれは軍隊ではないんです。自衛隊なんです」という詭辯。首相が「我が軍」と言ったら大騒ぎだ。だからこそ70年前に戦勝国から押しつけられたあの憲法を廃棄して、まともな憲法を制定せねばならない。いつまで自衛隊、いや我が軍を、日蔭のみにしておくのか。

 今後も「サカキバラ事件」のような異常な事件は起きるだろう。それはパーセンテージの問題だ。あの種の事件を起こす因子は人間の中に潜んでいる。根絶やしには出来ない。しかしおとなの努力でそのパーセンテージを、機会を、すこしでもへらすことが可能なら、力を合わせ、その努力をすべきである。
  1. 2015/05/29(金) 09:05:54|
  2. 世相

文化人は高名になると何故みなサヨクになるのか!?──浅田次郎、椎名誠

 自民党若手議員が戦後70年の日本の歩みを検証する勉強会の第2回会合を25日、国会内で開いた。作家の浅田次郎氏が、幕末以降の日本外交をテーマに講演し、安倍晋三首相が夏に発表する戦後70年談話に関し「『侵略』という言葉を入れるべきだ」と述べた。

 同時に「中国が待っているのはこの言葉だ。それでお互い大人になれる」と語り、「侵略」の使用が近隣諸国への配慮になるとの認識も示した。

 勉強会は「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」で、武井俊輔衆院議員らが共同代表世話人。この日は17人が参加した。


http://www.sankei.com/politics/news/150525/plt1505250040-n1.html

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 ほんと不思議である。文化人の先生方は年輪を重ねるとどうしてみなサヨクになってしまうのだろう。
 椎名誠のデビュー作「さらば国分寺書店のオババ」のよさは、前半できらっていた制服および制服を着用する職業に、後半になって一目置くようになる展開にあった。あれは一種のどんでん返しであり、だからこそスーパーエッセイだった。なぜあのひとが護憲派サヨクになったのか不思議である。奥さんの影響か?



 浅田次郎もすごい早さで変節していった。ヤクザだったんでしょう? 「度胸千両の世界」にいたことを何度も書いてますよね。『プリズンホテル』のおもしろいネタ、たとえば警察の忘年会とヤクザの忘年会が襖一枚へだてた部屋で同時開催になってしまったドタバタ、実話だそうですね。浅田さんはヤクザの忘年会のほうの監事だったんですよね。当時はどうだったんですか? 護憲派、自虐史観のヤクザだったんですか?

 このひとにとって三島由紀夫とは、自衛隊時代とはなんだったのだろう。もっとも自衛隊幹部、防衛大学長にも信じがたいサヨク発言をするのはいるから、自衛隊ということで鵜呑みにしてはいけない。



 浅田の場合、もうひとつ信じがたいことに「異様な中国愛」がある。これは正気とはいいがたいほどだ。シナに憧れ、崇拝する内に、すべてあばたもエクボになってしまった。初期のころ、ピカレスクロマンと言われるモノを書いていたころから浅田ファンだった私は、この異常なシナ愛でどんびきし、浅田作品と縁を切った。縁は切ったが正当に批判するため、一応読んではいる。愛は盲目としか言えない。ことシナに関する限り、このひとは痴情の愛に溺れるただのバカである。

 けっこうまともなことも言っているデヴィ夫人が、ひとたび北朝鮮が絡むとまったく別人格になってしまうことはここに書いたが、浅田にもそれがある。浅田の場合はシナだ。シナへの異様な愛があり、シナが絡むと、三島も自衛隊もふっとんでしまう。こまったもんだ。しかしそれは過去のエッセイやペンクラブにおける発言等で顕著であり、今回のこれに関しては、浅田をゲストに呼んだ自民党若手がへん。こういう発言をすることはわかっていたはずだ。とするなら、こういう発言を得たくて、それを前提に呼んだのだろうか。不可解である。
  1. 2015/05/26(火) 07:14:57|
  2. 政治

放射脳ってほんとにいるんだ──西日本疎開者の父と知りあう

jessy Hot Sauce
 今朝のBGMは、Jessy Jの「Hot Sauce」。私はほんとにJessyが好きなんだなあ。毎日のように聞いている。Jessyのプレイ以上にPaul Brownのプロデュースセンスが好きなのかもしれない。ライブ映像でわかるようにJessyはPaulに心酔しているらしく、彼の支持にしたがって動いている。細部までPaulがアレンジして、Jessyは1プレイヤとして参加している感覚だ。恩師なのだろう。いい師弟だ。

 そしたまた思うに、世の中にはきっと、こういうふうに隅々まできちんと計画された?作品はきらいで、アドリブガンガンこそ最高って音楽ファンもいるんだろうな。私自身デルタブルースにはまっていたころは、こんなきちんとした音楽は受けつけなかったかもしれない。



 下にある「友達話──ふたりのHさん」は、最初Hの部分を実名のままでUPした。あたらしくHさんというかたと知りあいたのしく語らった翌朝、旧知のHさんから二十年ぶりのメールをもらってうれしかったという話である。ふたりの苗字が偶然にも同じだった。
 アップしてすこし経ったあと、知りあったばかりのHさんから聞いた話を書く予定だから、実名はまずいかとイニシャルにした。その理由は以下の話を読んで頂けばわかる。



 Hさんと知りあった日、仕事の帰り、喫茶店に入って懐かしのむかしばなしをしていた。Hさんの親友が添附ターズ──テンプターズも変換されない時代になったか(笑)──のメンバーの兄で、渋谷で遊んでいるとき、 彼らを呼んだら、テレビ局から直接ショーケンを始め全員がやってきたものだから、人気絶頂の時でもあり、街中がちょっとしたパニックになったとか、そんな話を聞く。昭和43年。私は田舎の高校生。東京に出たのは昭和46年。まだ渋谷駅前にはハーモニカを吹きつつ傷痍軍人がすわっていた。駅構内はタバコ吸い放題で、吸い殻入れが設置されていたが吸い殻を線路に投げすてるひとが多かった。日本人はずいぶんとマナーがよくなった。東急線の目蒲線、池上線はボロ電車だった。「池上線」の歌詞はあの時代の池上線を知っていないとわからない。

 グループサウンズの話から、ジュリーがいま護憲と反原発の活動をしていると私が口にした。Hさんはまったく知らなかったようで、「ほう、それはえらいですね」と言った。なにがえらいのだろう。奇妙な感じをおぼえた。ここから予想外の展開になる。



 Hさんには溺愛しているひとり娘がいる。Hさんはなかなかの美男子なので娘さんもかなりの美形と思われる。年齢は三十歳前後であろう。いま関西の××県にいる。男と一緒に住んでいるが結婚はしていない。三ヵ月に一度程度、東京にもどってくる。Hさんの住まいは多摩市である。娘さんもそこで育ち、数年前まで一緒に住んでいた。デパートを定年退職後、娘さんからもらったノートパソコンでHさんはパソコンを始め、わからないことは電話で聞き、それでもわからないことはたまに帰宅したときにやってもらうとか。よちよち歩きのパソコンライフが、YouTubeから好きな音楽をDownloadし、mp3プレイヤで聴けるようにまでなったことは、ちょっとした自慢のようだ(笑)。そこまでは昼に聞いていた。

 夕暮れの喫茶店。私が物書きだということから、Hさんが「じつはうちの娘も」と、なる。フリーランスのフリーライターで、新聞雑誌の書評がメインのようだ。本好きのHさんは、娘さんが書評をした作家(基本的に書評は褒めるものだ)からお礼の手紙と一緒に新刊本が贈られてる来るので読む本に苦労しないのがありがたいと言っていた。Hさんは二浪したが目標の早大に行けず、進学を諦めて就職した。期待を娘にかけ、娘もまたそれに応えた。こどものころから読書感想文でいろんな賞をもらった、ライターは天職だと嬉しげに娘自慢をする。



 話はジュリーの反原発活動をHさんが「えらいですね」と言ったところにもどる。私は「いや、ただのバカサヨクです」と嗤った。「じつは」とHさんが言った。「うちの娘も原発反対の運動をしていて、ぼくもこのあいだ官邸周りのデモに参加してきたんです」「ぼくは反原発じゃないですよ。どうでもいいんですけどね、ただ娘をひとりでそんなデモに参加させるのが心配なのでついていったんです」

 さらに「じつは」が続く。「娘が××県に住んでいると言ったでしょ。あれ、あの大震災のあと、引っ越していったんです。放射能があぶないって。一緒に住んでいる男は、その活動で知りあった男なんです」「ぼくは放射能なんて平気なんですけど、怖がるひとっているんですね、うちの団地からもかなりの数のひとが放射能がこわいって西日本に引っ越しましたよ」



 う~む、なんか山の中で幻の獣と出会ったようだ。ほんとにいたんだな放射脳って。ツチノコか。
 なにしろあの<きっこさん>が2011年9月の時点で「今日で西日本への疎開斡旋が100組になった」とツイートしていたぐらいだから、いるんだろうなとは思っていた。たった半年で100組だから、今ごろはもう<きっこさん>の斡旋した疎開者は1000組を超えているだろう。ほんとにえらいなあ、<きっこさん>は。なのにお礼を述べるひとがいない。なぜ<きっこさん>のTwitterには疎開を斡旋してもらったひとからのお礼がないのか。日本人は義理人情を忘れたのか。

 Hさんの話によると、西日本に疎開した家族はHさんの周囲だけで10家族はいるという。現にひとり娘は両親を捨てて(笑)、自分だけ男と一緒に西日本に逃げたのだ。三ヵ月に一度デモのために多摩市にもどるときは放射能防禦服でも着てくるのだろうか。しかし西日本もあぶないぞ。<きっこさん>が言っていたように、「日本は終りだ、北半球は終りだ、カナダ経由で南半球オーストラリアに逃げる」ぐらいしたほうがいいのではないか。いやほんと、そんなにこわいならそこまでしなきゃだめだし、というか地球をもう何十コも消滅させるほどの核兵器を人類はもっているのだから、地球にいちゃダメだ。あぶないよ。よその星に行かないと。



 <きっこ>さんて言えば、<きっこさん>のお母さんは、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブル顫えたんだよね。それで<きっこさん>は着の身着のまま、お母さんを連れて西日本に疎開する。2011年3月末のことだ。あれから4年経つ。私はこれを読んだとき、お母さんのことをなさけない女だなと思った。年齢設定だとこのとき65歳になる。<きっこさん>が37歳か。母子家庭で、いろいろな仕事をしながら<きっこさん>を育てあげた強い母である。なら話としては、「放射能が来る、あぶない、西日本に逃げよう」なんてかしましい娘に対し、「落ちつけ、放射能なんて母さんがぜんぶ受けとめてやる。お前は死なせない。母さんがおまえを護ってやる。安心しろ」と言うのが本筋ではないか。女手ひとつで娘を育てあげた強い母親が、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブルは、いくらなんでもキャラ設定がめちゃくちゃだ。まあそのめちゃくちゃさゆえに人気者なんだけど(笑)。



 Hさんの苗字が実名でも、××県と伏せなくても、べつに問題はないと思うけど、SNS時代だから慎重にしたほうがいいと判断して伏せた。苗字と県と反原発デモ活動家で特定されてしまうかも知れない。

 しかしSNS時代と言っても、SNSそのものに問題があるのではない。要は使いかただ。「しまむら土下座事件」をやった女も、Twitterでそれを自慢気に書きこんだことから批判され、Facebookにアップしていたチマチョゴリを着て学校に通う娘の写真などから通名がバレ、在日朝鮮人と認定された。「たかじん遺産争い」の朝鮮人後妻も、やはりFacebookにイタリア人亭主との結婚式写真やキス写真をアップしていたので重婚疑惑に繋がっていった。いわばみな自業自得。SNS時代がこわい、ではなく、破滅するひとはそうなるだけのことをやっている、ということだろう。



 西日本疎開者はこれからどういうオチをつけるのだろう。「もうだいじょうぶ」ともどってくるのか。それともこのまま西日本に住みつづけるのか。本格的に引っ越し、あちらで仕事を見つけて働いているひとはいいとして、<きっこさん>のように単なる煽りでウソ疎開をしたひとは、どんなオチにするのか。たのしみだ(笑)。
  1. 2015/05/24(日) 08:55:14|
  2. 世相

友達話──ふたりのHさん

 日が長くなった。夕方は18時半になってもまだ明るいし、今朝はまだ6時前なのにさんさんと陽光がふりそそいでいる。
 いまBGMは「Jazzで聞くクラシック」。ドビュッシーの「夢」、グルックの「精霊の踊り」が流れている。

jazz classic



 昨日、バイト仲間のHさんというかたと知りあった。私より5歳年長。グループサウンズ(笑)の話がきっかけとなり、音楽話に花が咲いた。年輩者なのに休憩時間にはずっとイヤフォンを耳にしているので、なにを聞いているのですかと問うたのが始まりだった。いま小型mp3プレイヤをシャツのポケットに入れ、あれこれ聞きまくっているという。いわゆるオールデイズをYouTubeからDownloadしてためこんでいるらしい。パソコンは初心者だが娘に教わってそれぐらいは出来るようになったとか。

 仕事のあと、喫茶店に誘われて話しこんだ。喫茶店文化と縁が切れて長い。若いときはハシゴまでしたものだが……。
 Hさんは喫煙者なので、タバコを喫える店を探すのに苦労していた。場所は吉祥寺駅前。いまは禁煙の店が多いようだ。ある店──有名なチェーン店なのだろうが興味がないので名前を忘れた──に3フロアあり、その三階が喫煙席だった。そこに入る。



 私はひとに意見するタイプではないが、Hさんのノートパソコンは、OSのあるCディスクだけのようなので、パーティションを切ってデータ用のDディスクを作ったほうがいいですよと伝えた。いまのままだとOSがクラッシュしたときに、せっかく集めた音楽データも消えてしまう。Dディスクを作っておけばOSクラッシュとは無縁である。思えばWindows95のころから、このことだけは熱心にやってきた。Hさんは、HDDにパーティションを切るというあたりはまだチンプンカンプンのようで、すこし難しすぎたようだ。三ヵ月に一度帰ってくる娘に教えてもらうと言っていた。娘さんからもらって覚えたノートパソコンのようだ。

 じつはこのあとおもしろい展開になった。それはまた後日書くとして先を急ぐ。
 Hさんとの話がたのしかったたので、昨日の晩酌は奮発して、うなぎの蒲焼きで菊水ふなぐちを開けた。私のようなのが喰える蒲焼きはスーパーで売っている程度のものだ。しかしそれでも高い。安いのもある。でもそれは中国製。パソコン部品、衣類、文房具等、中国製品と完全に縁を切ることはもう不可能だが、それでも食い物だけは口にしないようにしている。アブナイからだ。日本製は中国製の倍の値段だから、たかがスーパーの蒲焼きでも、私にとっては贅沢になる。気持ちよく酔って就寝。

---------------
 
 いつも21時就寝、3時起きなのだが、昨日はHさんとの喫茶店があったので時間がずれ、23時就寝、今朝は5時起きになってしまった。
 PCを起動すると、このブログに掲載しているアドレスにメールが届いていた。これまた偶然に同じ苗字のHさんから。

 Hさんは私が「亀造競馬劇場」という競馬小説本を出したときに手紙をくれたかただ。何度か手紙のやりとりをした。手紙のやりとりがもどかしかったのか、Hさんに「パソコン通信をやってみませんか」と誘われたことを思い出す。Hさんはすでにやっていた。私もパソコン好きだからそれは知っている。しかしこのブログにも何度か書いているが、私は見知らぬひとと知りあうことに興味がない。ましてそういう場でのディベートなんて大嫌いだ。当時から競馬関係のそれは充実していて(それだけリクツ好きが多いジャンルなのだろう)、理想の血統等をああでもないこうでもないとやっているのを知っていた。係わりあいたくない。私はパソコンと電話線を繋ぐことを嫌った。私のパソコンはスタンドアローンでいい。いまじゃもうインターネットと繋がっていないとactivationが出来ず、購入したソフトを使うことすら出来ない時代だ。「パソコン通信」というコトバから、いつの時代の話かがわかる。

 そのHさんが、私のこのブログを偶然見つけ(どのようにして見つけたのかはまだ聞いてない)メールをくれたのだ。20年ぶりか? いまバンコク在住だという。たしか静岡のかたと記憶しているが。

 気持ちのいい昨日の夕に続いて、気持ちのいい今日の朝になった。



【追記】──バンコク在住となったHさんが、最近はすっかり競馬とは疎遠になっていると書いていたので、JRAのサイトにある私の文章「競馬クロニクル」「競馬を愛した人々」「名馬の肖像」のURLを紹介した。その日、早速読んでくれたらしく、ひさしぶりに読んだ私の競馬文章がなつかしく、とてもよかったと感想をくれた。ありがたいことである。

 さて、バンコクのHさんにこれからメールを書き、日本のHさんから聞いたおもしろい話をネタとしてブログに書こう。
  1. 2015/05/14(木) 06:52:41|
  2. 生活
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飲食話──なすのわさび漬けの素──異国で涙したわさびの味──庶民派屋台好き『島耕作』のウソ--ネットレシピは誤字だらけ

wasabi motoスーパーで写真の「なすのわさび漬けの素」を見かけた。なつかしくて思わず3袋も買ってしまった。値段は税抜きで93円だった。以前買ったときは130円ぐらいしたと思うのだが勘違いか。
 異国に長逗留するとき、ふと思いたってこの種のものを手当たり次第に買って持参することはおおい。こだわりのモノを持参することは以前からやっていた。
 たとえばタイに燃えていたころ(笑)、塩味歯磨きを持っていった。あのころのタイの歯磨きはハッカ系のものばかりで、サバイサバイを至上とする民族なので、スースー度合もすごかった。しかし日本人の私にはあわない。私は日本にいるときからスースー系はきらいだった。同じくスースー大好きの彼らにも塩味歯磨きは無意味なモノだったのだろう。タイ製はもちろんないし、大きなスーパーに行っても日本からの輸入品もなかった。どこを探しても見つからず持参することになった。いまはもちろんある。思うに、こういうのって「スースーがかっこいい」から「ふつうがいい」にもどるようなもので、成長なのではないか。自分に当てはめるなら、こどもの私はスースー度合が強いものほどいいハミガキだと思っていたかも知れない。塩味のハミガキなんて認めなかったろう。
 「森永ハイソフト」というキャラメルが必需品の時期もあった。日本にいるとき口にすることはほとんどないのだが、異国でさびしくなったとき、あの味が私には疲れを取る最良の甘さだった。どこに行くにもバッグにひとつ入れていった。しかしキャラメル一個をあの銀紙で包む感覚は外国にはないらしく、アイルランドの空港では手荷物検査で引っ掛かり、実際しゃぶって見せて飴だと確認するまで爆弾犯かと怪しまれた。とまあいろいろあるのだが、さすがに漬け物の素を買ってもっていったことはなかった。



 だいぶまえの話だが。
 世界を巡ることがたのしくてしょうがない時期の三十代の競馬ライターが、一緒に旅行することの多い先輩の五十代のライターを否定していた。そのひとと異国に行くと、まず最初に日本料理店はないかと言うのだとか。せっかく異国に行ったのに日本食ばかり食べている。異国に来たならその地の料理を食うのが基本であり、「あのひとは若いときから多くの国を旅したひとなのに、なんであんな……」というのが彼の不満だった。
 しかしそれは「若いときから多くの国を旅したひとだからこそ」なのである。その先輩ライターは、それこそあのシベリア鉄道でヨーロッパに渡った世代だ。当時は日本食など食いたくてもなかったろう。それはそのあとに巡った数十ヵ国でも同じだった。その地その地の飯を食うしかなかった。不満はあったにせよ、この三十代のライターと同じく、それがたのしい時期もあったろう。
 そうして五十代も後半に入ると、素朴な本音が出て来る。日本人なのだ、日本食が好きなのだ。もうそういう苦労からは卒業して日本食の好きな日本人として素直に生きたい。今は主だった国の都市には日本食レストランがある。そこで日本食を食いたい。そういうものである。それがまだ異国巡りと異国の味が新鮮でたのしくてたまらない三十代の彼にはわからない。私にも三十代の彼と同じ時期、同じ意見の時があり、そしていま見事にその先輩ライターと同じ感覚になった。
 あの三十代のライターもいまはもう五十代だ。ここのところ音信不通だが、いまはどんな食生活で異国を巡っているのだろう。



『島耕作』の初期の頃、異国に赴任した彼が、その国の庶民の食べる屋台で食事し、現地人の社員に「こんなひとはいなかった」と一目おかれるシーンがよくあった。その後もその路線は続いた。気どっている日本人はみなクーラーの利いている日本食や洋食のレストランに行くのに、島耕作は、現地人と一緒に庶民的な屋台で汗を掻きつつ食事する。現地人スタッフから、あなたは変人だ、でもいいひとだ、と思われる設定である。現地人の美人秘書に、それが理由で好かれたりする。わたしたちと同じ目線のひとと。
 それが弘兼さんの姿勢であり、「その国の庶民のものを喰わなければその国はわからない」という主張なのだろう。フィリピンでもタイでもベトナムでもやっていた。定番であり、悪く言えばワンパターンとなる。中国でも同じだ。それは現地採用の連中に好感を持って受けいれられている。

 しかしこれはウソだ。こういうところに「取材して描くマンガ」の嘘っぽさが出る。弘兼さんの異国取材は長くても一週間だ。そりゃ初めて行った国で、庶民が食事する屋台取材は基本であり、「うん、こりゃうまい、気に入った」が出来るだろう。一、二回は。一週間だけだし。
 だがサラリーマンは数年間も勤務する。フィリピン、ベトナム、中国の、現地の連中があわただしく食事する下々の者の屋台で、毎日『島耕作』のようにスーツにネクタイ姿の日本人サラリーマンが食事など出来るはずがない。一週間で厭きて、つらくなり、日本食が食いたい、クーラーのあるところで飯が食いたい、となるだろう。あくまでもあれは「弘兼さんの一週間取材」であるからこそ出来るエエカッコシーである。現地赴任のサラリーマンからは、そういう『島耕作』のキレイゴトには批判もあったと思う。

 タイ篇のバンコクではトゥクトゥクに乗り、「わーお、こりゃベンツよりいい」なんてやるシーンがあった。もちろんそこでもタイ人の運転手ソムチャイに、「旦那はかわったひとだ」と好意的な評価を受けている。弘兼演出の「島耕作はいいひと」である。初めて乗って、一回限りだからそんなことが言える。あの地獄渋滞都市バンコクで、毎日トゥクトゥクに乗っていれば、暑さにバテ、排気ガスに煤けて、クーラーの利いた乗用車が恋しくなる。私がそうだった。「庶民なのだから庶民用のトゥクトゥクに乗るべし」なんて、100回ぐらいまではトゥクトゥクだったが、やがてエアコン附きのタクシーにばかり乗るようになった。地獄の渋滞もジャスミンの生花のいい匂いがする涼しい車内なら耐えられる。タイのタクシトードライバーはバックミラーのところに白いジャスミンの生花をぶらさげている。それが室内香料だ。これは信号待ちの時、少女が売りに来る。匂いの記憶は強烈だ。ジャスミンのことを思っただけであのタクシーの中の冷気まで感じることが出来る。

 私はサラリーマンじゃないから、気楽な恰好で、『島耕作』と同じ考えで庶民屋台で食事をする旅をしてきたが、美味しいタイやベトナム料理だって、毎日そればかりだと厭きてくる。たまにはちがうものを喰いたくなる。カンボジアはまずかったし、中国はもうあのうるさくて礼儀がなく食いちらかすシナ人と一緒に飯を食うだけで憂鬱になる。食はたのしみなのに、食が憂鬱になるのだ。庶民が朝飯、昼飯を慌ただしく食う店では、どんぶりにポリ袋をかけ、その中に飯や麺を挿れて出す。これなら食いのこしは袋ごと捨てればどんぶりを洗う手間が省ける。しかしこれはかなり不快で、日本人の感覚としては受けいれがたい。味以前の問題だ。シナはそんなところである。相変わらず島耕作がそんな場所に行き、「うん、これからは朝飯はここにしよう」なんて言ってシナ人秘書に「そう言うと思ってました」なんて気に入られるところにはうんざりした。私はそういうシナ人の食堂に行きたくなくて、部屋でコーラとビスケットで過ごしたことすらあった。そのほうがまだヤツらの食堂に行くより精神的にましだった。なにが「食は中国にあり」だ。食以前に人間の問題のほうが大きい。
 『島耕作』はフィリピンやベトナムや中国の屋台に何度行ったのか。「よし、これからは朝食はここにしよう」なんて言ってるが、ほんとにそれからも毎日そこに通ったのか。訊いてみたいものだ。

 全巻所有している大好きな『島耕作』だが、あちこちに矛盾点を含んでいる。でもそれはそれでおたのしみと割り切ることにしているから、私のいちばん嫌いな『島耕作』は、この「異国でやたら庶民派をアピール」かもしれない。



wasabi moto 日本食に餓えたときのために「きゅうり 浅漬けの素」とか、同様のものを何種類か持っていった。その中で私がいちばん感激したのがこの「なすのわさび漬けの素」だった。期待していなかった。ほったらかしておいた。なすの漬け物なんて日本でも作ったことがない。漬け物は、大根、蕪、白菜、高菜、野沢菜、なす、きゅうり、みな好きで、日本酒を飲むときには、メインの肴は刺身だが、漬け物も缺かせない。といって異国で餓えるほどでもなかった。

 餘談だが、私はいま朝鮮漬けを喰わない。日本のおいしい漬け物があるのに、なにゆえに朝鮮漬けを喰わねばならないのか。むかしは「朝鮮漬け」と言った。いつしか「朝鮮」というコトバが禁句となり、いまは「キムチ」と言うらしい。日本の最高にうまい漬け物に「糠漬け」がある。それを食わず朝鮮漬けを好むようなのは、味覚が壊れている。食品は風土にあって育つ。朝鮮漬けは日本よりも寒い朝鮮半島で喰ってこそうまいものだろう。閑話休題、言帰正伝。

 旅行バッグの中からこれを見つけた。やってみるかと手にする。なすはあった。日本と同じ感じのものが。それを庖丁ならぬカッターで切り、ビニール袋にいれて、この素と揉み、冷蔵庫に保管した。たいした期待はしていなかった。1時間で喰えるようになるらしいが、一昼夜ほっておいた。これは正解だった。一昼夜漬けは1時間よりもあきらかにうまかった。これは後日確認した。
 翌日「あ、忘れていた」と取りだし、口にしたとき、茄子の漬物のわさびの味から日本を想い、泣きそうになった。そしてまた、猛烈に日本酒が飲みたくなって困った。とても日本酒が手に入るような環境ではない。諦めざるを得なかったが、あれで日本酒を飲んだら確実に泣いていた。



 こういう「素」に関して素朴な疑問がある。旬となってきゅうりが安くなり、3本が98円なのに「きゅうり 浅漬けの素」が128円だったりする。私の感覚だと、きゅうり本体が3本98円なら、浅漬けの素は30円ぐらいが適切だ。「素」のほうが高いことに納得が行かない。本末転倒だろう。
 その点この「なすのわさび漬けの素」は、まだ茄子がシーズン前なので高く、今回私の買ったのは博多茄子で3本268円、この3本を漬ける「素」が93円だから、私流のリクツにあっている。


「素」の中身にも「なぜそんな値段なのかわからない」と感じる。簡単な調味料の組合せにすぎない。どう考えても30円で充分だ。つまりこれは「浅漬けすら作れないヤツのためのもの──高くて当然」ということなのだろう。それすら出来ないヤツのための便利グッズだから、そういう値段なのである。ターゲットとする「ヤツ」は料理の出来ない主婦か。

 一般にはどうなのかと検索してみた。「素」を使わずにおいしい漬け物を作っているひとがいるはずだ。ネットには「なすのわさび漬け」のレシピがいっぱいあった。チューブわさびを使って、すこしその他の調味料を足せば作れるようだ。「チューブわさび」は私には必需品で異国に行くとき必ず持参する。うまい刺身が手に入ったとき、これがないと困るからだ。わさび抜きの刺身を喰う気はない。チューブわさびはまずい。しかしあるとないとでは段違いだ。ちかごろスーパーの寿司に「さび抜き」というのがあり、たまにまちがって買ってしまうことがある。そのときしみじみわさびの利いてない寿司など意味がないと感じる。というぐらいわさび好きで、外国に行くときは、その味に満足はしないが緊急用として常にチューブわさびをも持参するのだが、残念ながら今まで役だったことはない。ポルトガルでタコを喰う機会があったら役立つのだが、ここのところ私の異国行きはシナの山の中ばかりなので、わさびを使うような肴には出逢えなかった。いつも使わずに持ち帰っていた。帰国してそのままごみ箱行きである。だからこそ「なすのわさび漬け」のわさび風味に感激したのだ。そうか、チューブわさびを工夫すればいいのか。勉強になった。役立ちそうだ。まずは日本で作って試してみよう。



 ネットの料理レシピを見るなんてめったにない。便利なものだと感激した。しかし、ちょっとこれはと思うこともあった。あまりに誤字が多いのだ。それもほんの1、2行の短文の中に。

wasabi1

 

「茄子を5cm長さ切り」──「煮切り」という料理用語があるのかと思った。茄子を煮るのか!? 煮た茄子を漬けるのか? ただの「に」を漢字変換したミスだった。また「5cm長さに」は「5cmの長さに」と「の」を入れるべきだろう。

 しかしこんなミスが出るのはなぜなのだろう。20年前のIMEならともかく。すくなくともATOKはこんなミスはしない。









wasabi2













夏向きひと品──これも最初「名ひと品」というものがあるのかと思い、それからやっと「夏向きな」の「な」を不要な漢字変換しているのだと気づいた。おそらくMS-IMEだと思うが、しかしこれぐらい気づかないのだろうか。IMEもお粗末だが、これに気づかないひとの感覚が信じられない。



 他人様の揚げ足をとってもつまらないからもうやめるけど、これは数多くの中のほんの一例。多い。料理レシピにはほんとにこんなのが多い。あきれた。ネットにレシピをあげるひとってこんなにがさつなのか。ほんの1、2行の文章の中にこんな誤字を挿れるひとの料理がうまいのだろうか。信じがたい。読む気が失せた。
  1. 2015/05/01(金) 06:15:25|
  2. 飲食
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