スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ASKA容疑者とと心優しい暴力団(笑)

ASKA容疑者とシャブと暴力団に関する<きっこさん>の意見。

きっこ@kikko_no_blog

@gomarin39 10代、20代を真面目に生きてきた人なら、50代になってから覚醒剤に手を出して中毒になって暴力団の資金源になって社会的に問題を起しても許されると言うのですか?


きっこ@kikko_no_blog

ASKA容疑者が10年以上も前からシャブを食ってたことに対して「誰にも迷惑をかけてない」とか抜かしてるバカがいるけど、暴力団からシャブを買い続けて暴力団の資金源になってたことが「誰にも迷惑をかけてない」って、お前は真性のアホか!


と、「シャブは暴力団の資金源」と批難。
しかし一方ではこんな発言も。

@kikko_no_blog: 「あと数日で殺処分」という子猫が5匹、里親が見つからずに困ってた。それで「何か困ったことがあったら、いつでも電話して来い」と言ってくれた、あたしの先輩の暴力団の組長に、ワラにもすがる思いで電話してみたら、二つ返事で5匹まとめて引き取ってくれた。ホッとして電話口で号泣しちゃった。

子猫を引き取ってくれた心優しい先輩の暴力団の組長はシャブを扱っていないのだろうか。子猫がシャブ中になっていないことを祈る。
どこかの国でなにか問題が起きると必ずそこにともだちがいる世界的に顔の広い<きっこさん>だが、まさか暴力団の組長の先輩までいるとは思わなかった。今までどれほど有名人と暴力団の絡みを批判してきたことだろう。

常に自分が中心にいて、周囲のものはその場次第で正になったり負になったりするこのひとの思いつき論法のいい加減さがよく出ている。あまりの身勝手に感激して鼻血を出しつつ号泣したら涙が止まらなくなった。北半球はもう終りか。もちろん「子猫を引き取ってくれた先輩の暴力団の組長」なんてのは「キヨシローのマンションに泊まった」と同じレベルのウソだ。犬猫の殺処分に本当に関わったことがあるなら、殺される寸前のそれに待ったを掛けて、里親を見つけたら中止してくれたなんてのがウソであることは誰でも知っている。「息を吐くように嘘を吐く」というのはこのひとのためにある。しかもそのウソがあまりに杜撰なので話にならない。なんともお粗末な団塊の世代のサヨクジーサンだ。
スポンサーサイト
  1. 2014/05/27(火) 05:37:32|
  2. きっこ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

安倍首相の発言をツイッターで拡散してくれるへの感謝──いつもありがとうございます!

 安倍首相の発言を過去のものまで拾って11万フォロワーにツイートしてくれる<きっこさん>。大の安倍首相の支持者です。
 いつもありがとうございます。本当は私のようなのがこまめにやらねばならないことを<きっこさん>にしていただいて感謝しています。<きっこさん>の11万フォロワーの中には、これらのツイートを読み、「おお、安倍首相は正論を言っているな、正しいな、見なおしたゾ」と思うかたがたくさんいることでしょう。これからも広報活動をよろしくお願いします。

 「A 級戦犯とは戦勝国が決めたもの。国内法的には戦争犯罪人ではない」という首相の意見を拡散して頂けるのは助かります。戦争に勝っていたら彼らは英雄でした。負けたから犯罪者にされました。それだけの話です。そういう真っ当な意見を拡散してもらえることに感謝感激です。私ですと600人のフォロワーに200回ツイートせねばならないことを<きっこさん>なら11万人のひとに1回で済みます。拡散力が違います。大助かりです。これからももっともっと安倍首相発言の紹介をお願いします。

 また、戦勝国のみが核装備し、自分達以外にはさせないという身勝手な理論の彼らに対し、日本も核装備すべしとの発言を公開してもらえたのもありがたいです。<きっこさん>も私と同じく国連なんてものは大嫌いなのでしょう。あんなもん、ただの第二次世界大戦のときの聯合国ですよね。勝者聯合です。あれを持ち上げる敗戦国の感覚がわかりません。

 従軍慰安婦なんてのがアサヒシンブンの捏造で存在しなかったのも事実。首相のその発言をこういう有名ブロガーに拡めてもらえると助かります。現在のあの戦勝国に押しつけられた憲法もどきに対する批判も同じく。

 尖閣諸島問題で最も大事なのは「物理的な力」です。リクツの通らにないシナにはそれしかありません。首相の力強い発言を拡げて頂いて感謝しています。これを読んで安倍首相の態度に感服した日本人も多いと思います。<きっこさん>はほんとに安倍首相が好きなんだなと、しみじみ思います。これからも一緒に安倍首相を支持しましょう。私も<きっこさん>に負けないよう首相の発言を拡散するよう努力します。


kikko-abe2014

 ところで<きっこさん>のツイートに「天ぷら野郎」というのが頻繁に出てきますが、あれはどういう意味ですか。なにか天ぷらに関わる事件があったのですか。世事に疎いので意味がわかりません。<きっこさん>以外には誰も使っていないのですが、有名な話なのですか?

 そういえば「『秘密のアベちゃん』という替え歌が大流行」と見かけたので探したけど、どこでも流行っていず見つからなかったことがありました。どんな内容の替え歌だったのかとても興味があります。それと同じようなものでしょうか。

 これからも安倍首相の発言を拡げていただけるようお願いします。「安倍首相bot」のようなものより、<きっこさん>にこんなふうに活動してもらえるほうがずっと効果が高いです。今後とも期待しています。

 あちこち躰に故障が生じる年齢と思います。御身大切に。飲酒はほどほどに。
  1. 2014/05/25(日) 16:43:17|
  2. きっこ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

テレビ話──「新報道2001」──覚醒剤使用世代の推移、というアホらしさ──在日自衛隊員

 いま「新報道2001」を見ていたら、例の芸能人覚醒剤使用に関して、「1997年当時は覚醒剤逮捕者の43%が20代であり、20代が中心だったのに、2014年では50代が中心になっています」とグラフを出して説明していた。毎度のパカコメンテータが「管理世代となりストレスのたまる年齢ですから覚醒剤に逃げたくなるのでは」としかつめらしく口にする。まるで世の中の変化により覚醒剤に中毒する世代が推移しているかのようである。

 社会の変化もストレスのたまる世代も関係ない。「1997年当時20代だった覚醒剤大好き世代が30年経って50代になってもまだやっているだけ」である。そういう「世代」というのがあるのだ。ひとは、初めて染まった時期を引きずる。「みんながやっていたから、あまり抵抗がない」というような言いかたも出来よう。

 むかし「大学生が電車の中でマンガを読んでいる」と話題になった。それは「あたらしい光景」であり、智性的であるべき大学生のとんでもない姿だった。それを受けて昨今「ところがいま、なんと電車の中でマンガを読む60代のひとが増えているのです」とやるのも同じ。電車の中でマンガを読み始めた大学生である団塊の世代が60代になってもまだ読んでいる。それだけの話である。



 テレビはあいかわらずだなとすぐに消した。視聴時間4分。
 数日前、去年の11月から映らなくなったままほっておいたBS/CSを、ふと思いつきでアンテナの角度を変えたらきれいに映るようになった。故障と思っていたが単に風で方向がズレていただけらしい。とまあそれぐらいテレビには興味がない。
 とはいえYouTubeがテレビで見られるようになった(見られるテレビを手にした)ので、けっこう「映像再現装置」としては利用している。「ロック、ギターリフ100」なんてのを見るのは楽しい。
 BS/CSが映るようになったので、これを機会に「もうすこしテレビを見るか」と努めたのだが、つまらないものはやはりつまらない。先日ひさしぶりに「行列」を録画して見たが、つまらなくてすぐに削除した。以前は毎週録画して楽しみに見ていた。あちらは変っていない。変ったのは私のほうだ。どうやらこの〝卒業〟は本格的らしい。離れるばかり。テレビを見ないので【芸スポ萬金譚】のほうはずっと書いてない。催促も受けた。しょうがない。書きたくなるネタがない。



 今回覚醒剤で逮捕され話題となっている芸能人は、日本語の歌が禁止されていた大韓民国で、「日本人による日本語の歌の韓国公演」を初めて達成した偉人?である。日本語で歌いはしたが残念ながら日本人じゃない。だからこそ実現した公演でもある。

 肝腎なのはそれよりも、彼の父親が自衛官だったことだ。自衛隊には帰化朝鮮人がいっぱいいる。老いも若きも。よく知っている。防衛大卒もいる。そのことのほうがこわい。芸能人やスポーツ選手が朝鮮人ばかりなのは、もともとが彼らの分野なので当然と思っているが、さすがに政治家、自衛隊、国営放送局員が元朝鮮人だらけなのは気になる。

 帰化をして日本国籍を得た日本人なのだから、と信じたい気持ちもあるのだが、あの半島気質、半島愛がそう簡単に変るとは思えないのだ。獅子を食い殺すために獅子の身に飛びこんだ身中の虫なのではないかと、その疑いが消せない……。
  1. 2014/05/25(日) 08:08:14|
  2. テレビ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

競馬話--馬名ウリウリ──ハワイの楽器の名からの馬名を朝鮮語に結びつける日刊スポーツ──未だ韓流ブームの感覚なのか!?

 今週の東京メインはGⅠヴィクリアマイル。昨年の覇者ヴィルシーナ、一昨年の覇者ホエールキャプチャと役者が揃い楽しみな一戦だ。かといって絶対的存在もいずおもしろいレース。
 すると日刊スポーツに以下のような記事が。



根性のウリウリは韓国か/ヴィクトリアM

 今週の日曜東京メーンは、春の古馬女王決定戦ヴィクトリアM(G1、芝1600メートル=18日)。サッカーW杯になぞらえ勝ち馬を探ってみると…。

 阪神牝馬S2着のウリウリ(牝4、藤原英)は先週のNHKマイルCを逃げ切ったミッキーアイルと同じディープ産駒の1頭で府中のスピード競馬はもってこい。田中大助手は「何とかうまく立ち回れればチャンスはあるはず。馬群を縫っていける根性は強み」と、重賞初勝利となった京都牝馬Sと前走で見せたイン差しに期待する。

 馬名はハワイの楽器が由来だが「ウリ」は韓国語で「我々、我が」を指す。韓国といえば豊富な運動量と根性で02年日韓W杯でポルトガル、イタリア、スペインなど強豪を破り、アジア最高の4強入りを果たした。“快挙”は夢ではない。




 これは、いくらなんでもひどすぎる。
 ウリウリはディープインパクト産駒、馬主もディープと同じ金子さん。ウリウリという馬名は、キングカメハメハ、アパパネ、カネヒキリ等と同じく金子さんの大好きなハワイから取っている。

 Wikipediaから引くと《ウリウリ (`uli`uli) は、ハワイで使われる楽器。ココナッツまたは瓢箪の中に種などを入れて振って音を鳴らす。1784年のキャプテンクックのハワイ上陸の時に、羽をつけたウリウリを持っての踊りが描写されている。イプヘケと共にハワイを代表する楽器である》となる。



 なぜにそれを朝鮮人のあのみっともない「我が我が」のウリウリ主義に結びつけるのか。キリストも孔子も朝鮮人、サッカーも剣道も空手も朝鮮起原とする主張はオリジナルならぬウリジナルと呼ばれ世界中の笑いものになっている。それをこの馬名にも適用するのか。これではウリウリファンがウリウリ嫌いになってしまう。ウリウリ聞こえるウリウリの声。ってのは落語。現に馬名の由来を知っている私も一瞬「えっ! ウリウリってそっちだったの!?」と思った。むかし似たようなタイトルのテレビ番組があった。それは主役の南原が朝鮮人だからそれでいい。しかしこのウリウリという馬は朝鮮とは関係ない。



 アサヒシンブン系列の日刊スポーツは〝日韓スポーツ〟であり朝鮮人が多い。あまりにくだらん批判を繰り返すので、朝青龍に「うるせー、このキムチ野郎!」と言われたのがいる。この朝鮮人記者のネチっこい絡みは不愉快だったから、朝青龍の啖呵は胸の空くものだった。しかし人気商売としてはまずかった。朝鮮大好きの全アサヒを敵に回してしまった。朝青龍を引退に追いこむ流れにこの連中の果たした役割は大きい。〝キムチ野郎!〟と言われた恨みは大きいのだ。実際キムチ野郎なのだけど。

 スポーツ紙は配置転換が多い。この記事は無署名だが、おそらく当時大相撲担当だったあの〝キムチ野郎〟がいま競馬担当になって書いたのではないか。あまりにキムチ臭い。いや韓流ドラマやKpop好きの日本人記者が書いたのかも知れない。新聞配下の日韓スポーツには朝鮮贔屓の記者が多いから。ま、どうでもいいが(笑)。



korea-oiwai
 サッカーで韓国がアジア最高の四強入りを果たした、馬ウリウリもそれに続けと関連づけたようだが、こんな12年も前の話で盛りあがる日本人はいない。まともな日本人はこういう文をしゃれているとは思わない。その辺、まだアサヒ系列は勘違いしたままのようだ。いまの日本人はアナタガタが考えているよりもっと覚醒している。この朝鮮人の書いた文(推測)を「おお、なかなかいいぞ、いい切り口だ!」と通した日刊スポーツのデスクもかなりズレている。

 それにしても愚かである。朝鮮人は自分達の立ち位置が見えないようだ。2014年の競馬に2002年のサッカーがなんの関係があろう。韓流ファンなんてバカを基本にしているから日本を見誤っている。もうすこしまともになれよ、朝鮮人。
  1. 2014/05/14(水) 06:15:16|
  2. 朝鮮
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

金慶珠(キム・キョンジュ)の整形前整形後──お多福顔から兇暴顔に

kim-ba

 このやたらうるさい出しゃばりバカ女は朝鮮人の悪いところを濃縮して瓶詰めしたような性格だ。この女と関わるのがイヤで見なくなった政治系の番組も多い。録画予約の際などにまちがって見かけてしまうと一日中不愉快になる。11日の日曜朝もひさしぶりに「新報道2001」を点けたらこいつが出ていたのですぐに消した。こいつは他人の話を聞くことが出来ない。ひたすら割りこみ、否定し、我を通すのみ。ここまで醜い性格の人間も珍しい。

 タイトルで漢字のあとにカタカナを附けたのは、こいつを「キムナントカ」としか覚えていないので、とりあえず今回覚えるために書いてみた。覚えるほどの価値もない。ま、これからも口にすることはあるまいが。



 こういう反日朝鮮人をわざわざ准教授として迎えている東海大学というのは何を考えているのだろう。それはまともな日本人の席をひとつ奪うことだ。それほどの価値がこのひたすら叫きたてるだけの朝鮮人女にあるというのか。たとえば同じ反日の朴一を教授にしている大阪市立大学はむかしからのキチガイサヨク製造所だから、税金で運営する市立大学として認めがたいが、一応筋は通っている。一貫して反日のクソ大学、という。あの大学がなくなるならそれだけで橋下を支持できる。

 東海大学ってのもそうなのか? 行ったこともないしどこにあるのかも知らない。卒業生に知りあいもいないのでわからんが、しみじみこんな大学と係わりあいがないことに安心する。母校だったりしたら恥ずかしくて口に出せない。



kim-tojou 前掲の写真の左が原形、右が現在の完成型。これからまたいじるから未だ途上かも知れないが(笑)。
 上は2005年ごろのまだ完成途上。厚化粧だが肌が汚く、目と鼻は整形ほぼ終了のようだが、まだお多福顔の原形は残っている。これから顎骨を削るんだ。
 今まで4度の大手術をしているとか。たいへんだね。親からもらった顔をここまで変えるのは犯罪だと思うが、いやいや、その親が娘に整形を勧めるのだから……というか親も整形しているわけで……やはり理解不可能な民族だ。

※ 

 ここまで顔を造りかえるともう本人的には何でも出来るのだろう。別人格と割り切って。別人だもの(笑)。プロレスのベビーフェイスがマスクを被ってヒールになるのと同じだ(笑)。
 目や鼻はもちろんだが、お多福顔を消すために顎の骨も削っている。痛かったろうね。元のお多福顔のままだったらもうすこしまともな性格だったかもしれない。顔を造りかえるたびに兇暴になって行った気がする。「朝鮮人に整形」は「気違いに刃物」と同義か。

 しかしこの原形のお多福顔、辛坊次郎にそっくりだな。



 朝鮮人の整形のすごさは【芸スポ萬金譚】のほうにも書いたので、そらちも見てください。 すごいですよ、原形が残ってませんから。


kanren6韓国の整形技術は世界一!? 

korea-seikei
          Before→                                                    After

 右の顔の女に恋して結婚して、整形前の左の顔の女の写真を見たとき、男はどんな顔をするのだろう。

 男も整形済みのハンサムだったりして(笑)。

kanren6 「新報道2001」の朝鮮沈没船特集
  1. 2014/05/13(火) 07:24:40|
  2. マスコミ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

タイのチェンライで地震連続──チェンマイで知った阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件

 5月5日朝5時18分の地震は、比較的地震に平気な私が久々に恐怖を感じるものだった。

 ところが知人のブログを読んだら、当然彼は寝ている時間だから、ベッドの中で「ん? 地震か? なんとか治まったな、たいしたことない、眠い」というレベルだったらしい。関西人の彼がすっきり起きていたらかなりびびるほどの揺れだったと思うのだが、寝ていたらそんなものか。

 翌日、タイの地震を知る。



 タイ北部チェンライで地震約60回、M5以上7回 余震か
2014年5月6日(火) 11時16分

 タイ気象局によると、5日午後6時にマグニチュード(M)6・3の地震が発生したタイ北部チェンライ県で、6日午前8時までに余震とみられる地震が約60回発生した。

 このうちM5以上は7回で、最初の地震発生から1時間半以内に3回、6日午前4時から8時にかけ4回、発生した



 5日の文章に「地震のほとんどない国から来たひとには文字通り〝驚天動地〟の衝撃だろう」と書いた。フランスから来た知人が初めて体験する日本の地震に恐怖の叫び声をあげたことを思い出す。フランスからドイツのあたりは世界でも最も地震のすくない地域だ。そりゃこれまた文字通り「磐石不動」のはずの大地が揺れるのだから、生まれて初めて味わう恐怖はいかほどのものであったろう。その気持ちはわかる。

 タイも地震はすくない。私はタイで地震を経験したことがない。滞在した月日を合計すると4年ぐらいになるのだが一度もない。なのに5日の午後6時に大揺れがあり、その後もマグニチュード5以上が7回、餘震が60回もあったのだからチェンライの人々は怖かったことだろう。餘震60回にこの世の終りと死まで覚悟したひともいたのではないか。 



 私は阪神淡路大震災のときタイ北部のチェンマイにいた。 
 チェンライはチェンマイよりさらに180キロほど北のミャンマー寄りになる。長期滞在はない。長くても一週間程度だった。レンタカーやレンタルバイクで何度も走った。チェンマイから3時間ぐらいか。かなりの山道である。チェンマイ・チェンライとペアで考えそうだが、ちょうど、もろに「一山越える」形なので、交通の発達していなかったむかしはその山によってかなり距たっていたのだろう、けっこう文化がちがう。チェンマイ美人、チェンライ美人もびみょうにちがう。

 タイ語で地震はペンディンワイแผ่นดินไหว。日本人であるからかなり早い時期に学習した単語だ。およそ日本で発売されているカセットテープ附き、CD附きのタイ語教本はぜんぶ買ったが、そのどれにもペンディンワイは載っていた。それだけ日本人にとっては身近な単語なのだ。それはすぐに覚えた私にも言える。私が地震をほとんど経験していなかったらスッと入っては来なかったろう。また日常でよく使うディン(大地、地面)がワイ(揺れる、動く)ということで、覚えやすい単語でもあった。と書いて思う、タイでだけ発売されているタイ在住の日本人が作った教科書もみな買ったが、それにはあったかどうか? たぶんあった。日本人だと「じ」の項目で(本来は〝ぢ〟だが)すぐに「地震」を思いうかべてしまう。

 タイ語の勉強を初めてかなり早く覚えた「地震というタイ語」ではあったが使う機会はなかった。だって地震がないのだから。こちらが口にすることもないが、耳にすることもなかった。その機会がない。
 1995年1月7日、朝の9時、親しいタイ人から何人も「ユキ、日本で大地震があったぞ、知ってるか!?」と話し掛けられた。初めて聴くタイ人のแผ่นดินไหวだった。テレビのニュースで知ったらしい彼らの険しい表情から並の地震ではないとわかった。それであの大惨事を知った。

 羽生六冠が七冠完全制覇を目ざしたこの年、被災した谷川が意地を見せて王将位を防衛したのだった。

 二ヵ月後、3月20日に今度は地下鉄サリン事件が起きた。このときも私はタイにいた。といって居続けではない。帰国してまたソンクラン(水掛け祭)を愉しむためにやってきたのだ。この事件は、地震とちがって日本人が初めて遭遇する毒ガステロだったので、異国にいた私にはよく理解できなかった。興味を持って教えてくれようとするタイ人もまたわからなかった。これまた歴史的殺戮の大事件である。思えば1995年の冬から春はこんな大事件が連発したのだった。





 地震を想定していないから、あちらの建物にはやくざなものが多い。それはそれでしかたない。地震はないのだ。万が一のそれを想定して基礎を堅固にしたりする発想はない。地面の上に、置いたようにポンと建っている。崩壊したものも多いのではないか。すっかりタイ関係のサイトとも疎遠になったが、今日はチェンライ在住の日本人ブログでも探して被害状況を確認してみよう。

「関西人は地震慣れしていないので、地震に悲鳴を上げる。平然としている関東人をかっこつけていると批難する」と書いた。これは事実だ。でも阪神淡路大震災以降関西人の感覚も変ったにちがいない。
 これだけの揺れと餘震が続いたら、チェンライのひとびとの感覚も変ることだろう。家を建てるとき、基礎工事をしっかりするようになるのではないか。「災害で学ぶ」のはかなしい学習だが、それが人間の歴史でもある。

---------------

【追記】──検索してみた

 こちらに被害写真等が掲載されています。思った通り家屋の崩壊が多く、また道路の地割れ陥没も多々あったようです。人身事故はすくないようで、それが救いになります。 



【追記.2】──史上初の出来事

 タイの地震観測史上初の出来事なのだとか。いままでタイではこんな地震が記録されたことはないのだ。ということはチェンライの70歳、80歳のお年寄りにとって、「生まれて初めて知る恐怖」だったことになる。そしてそれが大地震一発ならともかく、これでもかと餘震が続き、そこに今度こそ決め手のような感じでデカいのが混じる。いかほどの恐怖だったことだろう。一晩中眠れず、心労による心臓麻痺で亡くなったかたもいたのではないか。

 地震になれている私がチェンライにいたなら、そういう恐怖にふるえるひとたちに「だいじょうぶだ、気を強く持て、もうすぐ治まる」と声を掛け、誘導できたように思う。「地震に慣れている」なんてなんの自慢にもならないが、こんな時には役だったはずだ。 心優しいタイのひとびとが恐怖に震えたとき、役立てなかったことが悔しい。現地にいた「地震に強い日本人」は、パニックになりおろおろするタイ人を励まし、勇気づけて感謝されたにちがいない。
  1. 2014/05/07(水) 07:09:51|
  2. 地震
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Windows8.1体験記③終了予定──やっとWindows8.1が安定──これで最後にしてくれ

ほんとにもう書きたくない話だ。これが最後であることを願って書こう。頼むからこれを最後にしてくれ。

いまPCはタブレットを含めると6台使っている。メインの自作デスクトップ機はWindows7-UltimateとWindows8.1-Proにそれぞれ専用SSDを用意し、デュアルブートにしてある。両方とも64bit。しばらく前から8.1は固まったままなので7しか使っていない。「問題があるので修理する、インストールディスクを挿れろ」と指示の出た水色画面のままになっている。その他で8は、旧型ThinkPadで32btiが1台動いている。これは8を7風にしたまま8.1にアップしていないのでなんとか落ちついている。あとはぜんぶ7。8もひどかったが8.1はもっとひどくなったという印象だ。かといってデスクトップ機のそれを8のまま8.1にはせずに使うというのも業腹で固まったままにしてある。

これまでにも何度もこうなった。その度に初期化して、「8を挿れて、800MBほどアップデートして最新版にする。すると8.1のDownloadが可能になり、8.1にする。しばらくはまともに動くが、やがて不具合が生じて固まる」を繰り返してきた。「もうこんなOSは使わん」と思うのだが、固まったままのOSをそのままにしておくというのも不快で、しばらくするとまた挑んでみる。すると3日ぐらいはまともに動くのだが、そのうちにまた固まる。抛りだす。しばらくしてまた再インストールに挑む。固まる。投げだす。それを繰り返してきた。今回はさすがにもう疲れたので二ヵ月ぐらい放置してあった。



一週間前、思いきってまたWindows8専用のSSDをフォーマットしてクリーンインストールした。4月8日に「8.1の大幅なUpdate」があった。それはかなり本格的なものらしく評判もいいので、性懲りもなくまたそれに期待して見たのだ。これでダメならもう二度と関わらないぐらいの覚悟でやった。

それが成功し、やっと8.1が安定した。今まででいちばんの安定度である。この文もいま8.1で書いている。なんとかこのまま安定して欲しい。もうこのOSに振り回されるのはうんざりだ。



一応おさらいで流れを書いてみる。これで最後にしてくれ。毎回同じ事を書いていてなさけなくなる。 

2012年6月。初めてのWindows8に関する文。10月に発売になるというWindows8がタッチパネル形式OSと知り、自分には無縁のもの、大好きなWindows7があるし、自分は8は買わないぞと宣言。新OSが予告されると早速Preview版をDownloadし、率先して人柱になってきたのだが、この8だけはそれをしなかった。関わらないつもりだった。なのに。

2012年10月27日、前言をひるがえし発売になったばかりの8を早速購入して「Windows8体験記」を書き始める。しかしこれが想像以上にひどいシロモノで頭を抱える。最悪なのはスタートメニューを消したことだ。その他、タスクマネージャー。エクスプローラー、不満を言ったら切りがない。まさに全面改悪の新OSだった。苦労して苦労して、このクソOSとの不愉快な係わりあいを書くこの体験記というか奮闘記は⑫まで続く。 最悪のOSだった。

2013年8月。このOSが不評なのは私に限ったことではなく全世界共通。さすがの高飛車MSもすこしは反省したらしく、8の改良版8.1を製作し、8の購入者に無償で配付すると発表。 と書くと快挙のようだが不具合を直したSP1だと思えば当然か。

2013年8月31日。早速この8.1のPreview版をDownloadしてインストールし、体験記を書く。Downloadファイルは3GBちかくある巨大なものだから新OSと言えるのかも知れない。いったいどれほど問題を抱えていたのか。しかしまたも最悪の結果となる。この時点で8もダメだが8.1もダメと諦める。

2013年10月20日。正規の8.1が公表され、それをインストールして「Windows8.1体験記」を書き始める。問題が続出し、11月20日の「体験記②」で打ち止めとする。もう心底うんざりし、以後SSDで固まったままの8.1を放棄する。いつもの7を愛用し、「この世にWindows8というものは存在しなかった」と思い込んで日々を過ごす。

といいつつも、一ヶ月ほども経つと、SSDに固まったOSを挿れたままの状態が不満になり、再インストールを試みる。3日ほどは順調に動き、「8.1もなかなかいいじゃないか」と思ったりするが、すぐにまた固まって動かなくなる。しばらくほっておくが、一ヵ月もするとまた……を繰り返す。



2014年4月9日。8.1の重要なUpdateが始まる。8.1のSP1のようなものらしい。

2014年4月27日。「これが最後、ほんとにもう関わるのは最後」のつもりで、8.1が固まって動かなくなっているSSDを初期化し、8を挿れ、Updateして8.1を挿れられる状態にし、Downloadした8.1を挿れ、それをまた最新のものにUpdateする。それが今の状態。もちろん生のままではなく、7のようになるようあれこれいじくり回してある。それでなくては使いようがない。これでダメだったらもう8をパッケージごと捨てる覚悟で挿れる。実際今まで95や98、meをそんな感じで捨ててきた。もちろん最愛の2000は使わなくなったいまでも大切に所有している。



一週間経過。今までになく安定している。やっとまともにWindows8.1が使えるようになった。それはまた2012年10月発売の不出来なOSであるWindows8が、1年後に8.1を出し、その半年後に大幅な改良をほどこし、2014年4月にして、やっとまともなものになったということであろう。丸2年近くああだこうだやってきた。くだらん。安定した7があったからとはいえ、こんなひどいモノに関わった自分が惨めになる。



たのむからこれを最後にしてくれ。もうこのクソOSの悪口は書きたくない。
いま安定していると、これはこれでなかなかによい。何度も書いているが、Vistaや7はMacを意識した曲線のグラフィックが目立つ。それはMSの「Macみたいなことだって出来るんだ」という姿勢なのだろうが、私にはみっともなく感じた。他人のおしゃれを真似しても威張れない。対して8は角ばった本来の武骨なWindowsにもどっているのがいい(タッチパネル機能のためだろう)。

これほど苦労させられたOSはない。どうにも褒める気にはなれない。 この次ぎ8.1のことを書くことがあるとしたら「腹立った、捨てた」になる。9はいつ出るんだ。さっさと出してくれ。これでもう8や8.1のことは打ち止め。もう書かない。

---------------

【追記】──7を撰べますという屈辱(2014/05/31)

win7-8
 2014年5月31日。最新のノートパソコンが「Windows7を選択できます」と売り文句にしている。すでに8.1があるというのに。恥ずかしいことである。このOSを開発した責任者は恥じねばならない。
  1. 2014/05/06(火) 03:54:04|
  2. パソコン
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

清志郎の命日にアクセス集中──の妄想文

 5月2日、異様にアクセス数が多かったので何事かと思ったら、2010年2月11日に書いた「神戸のロックカフェ.4──清志郎の息子──ミホノブルボンのダービー」というのに集中していた。調べてすぐに5月2日がキヨシローの命日と知る。早いものだ、もう5年になる。それによるアクセスだった。



 さて、困った、私はどうすればいいのだろう。 そもそもが「神戸のロックカフェ.4」とあるように宝塚市に住む友人のSとの話なのだ。それの4回目である。Sがキヨシローファンだったこともあり、流れから「そういえばあのころ下北でこどもを抱いたキヨシローと会ったことがあった」と脱線したのが「神戸のロックカフェ.4」になる。その流れからミホノブルボンのダービーのハズレ馬券話と続く。

 多くのひとは「忌野清志郎、息子」で検索してここに来たのだろう。私の文はそれがメインではないから失礼になっていないか。気になる。ならタイトルから「清志郎の息子」を外せばいいのだ。そんなものを挿れているから迷惑を掛ける。でも清志郎と息子に会ったのは事実だからウソではない。要はタイトルが羊頭狗肉になっていないか、の1点だ。

 ひとりでも多くのひとに読んでもらいたいというのとは正反対の、なるべくよけいなひととは関わりたくないという方針の地味なブログだ。ならタイトルに有名人の名など入れなければいいのだが、それを挿れているのは自分の検索用である。「ブログのどこかに下北でキヨシローに会ったことを書いたよな!?」となったとき、それを捜しだすためのキイワードである。「神戸のロックカフェ.4」だけではわからない。思い出せない。捜せない。だから副題として「清志郎の息子」、さらには同じく「おれ、ブログのどこかにミホノブルボンのダービーのことを書いたよな!?」を思い出すためにそれも挿れる。試行錯誤の末にたどり着いた私の方法論だからここは割り切るしかない。問題は検索でやってきた熱心な清志郎ファンを失望させていないかになる。



 ということで何年ぶりかで読み返して見た。あまりにファンをがっかりさせる薄味だったらタイトルから「清志郎の息子」を削るつもりで読んだ。しかし自分でも意外だったが、けっこうまともである。もっともっと濃い内容を期待して来てくれたひとにはもうしわけないが、これはこれで私なりの「清志郎の思い出」として成立するのではないか。そして今回ほっとしたのは、リンクしてある日刊スポーツのキヨシローインタビューがまだ生きていたことだ。あれはいい記事だったから、あのリンクが生きているだけでも私の文も存在価値はあるだろう。当面はこのままでゆくことにした。



 文末に<きっこ>というのが出てくる。キヨシローのマンションに泊まって、「やられてもいいと思ったけど、キヨシローはなにもしなかった」と書いている気持ち悪い〝女〟である。

 私が初めてキヨシローを見たのは渋谷宮益坂にあったフォーク喫茶「青い森」だった。A・ギター2本にウッドベースのRCサクセッション。彼が二十歳、私が十八。大学の先輩が「青い森」で歌っていたので誘われて見に出かけた。その日の出演者では古井戸のチャボのギターが巧いなと思った。
 初めて間近に見たのは旧いが薄い縁である。プライベートでは下北で会ったのが最初で最後だ。薄味なのはしかたない。

 その点、<きっこさん>は女子校生のころから何度もキヨシローに会っていて、女子校生アマチュアバンドのライブになんと彼が来てくれて、そのうえ夜中に彼の部屋に押し掛けたら泊めてくれたという、恋人になってもおかしくない関係だったのだからこれは縁が深い(笑)。「(笑)。」と挿れることすら書いていてむなしい。



 <きっこさん>のその文はいま削除されているようだが保存しているひとがいた。以下のようなものである。

■2004/05/24 (月) 老体ロックンロール 3 
あたしは、清志郎さんが大好きで、高校生の時に、大晦日の浅草ロックフェスで会って、打ち上げに連れてってもらって、それから親切にしてもらって、あたしのバンドのライブにも2回も来てくれて、近田春夫さんも来てくれて、渋谷陽一さんも来てくれたんだけど、やっぱり清志郎さんが一番ステキだった。 
当時、246沿いにあった清志郎さんのマンションにも遊びに行った‥‥ってゆ~か、酔っぱらって夜中に行ったら、泊めてくれた。あたしはヤラレてもいいと思ってたのに、清志郎さんは、あたしに何にもしなかった。嬉しいのと悲しいのとが入り混じり、あたしの乙女心は複雑だった(笑) 

 <きっこさん>は、現在41歳の女性という〝設定〟だが、いろんな面で設定が矛盾をきたし笑いものになっている。現在65歳(この文を書いた当時は54歳)のオカマが、「27歳のキヨシローのマンションに泊まり、抱かれてもいいと思った17歳の女子校生を妄想した」のが上の文になる。 吐き気を催す気味悪い文章だ。しかしその設定だと現在52歳になるから41歳設定に狂いが生じる。そんなものあちこちに生じていてめちゃくちゃなのだが(笑)。

「あたしの乙女心は複雑だった」って、女装オカマの妄想なのだから気味が悪い。年齢設定の矛盾を指摘したのが以下の文。まさに「時を駆けるオカマ」。性別年齢職業家族設定、自由自在変化無限(笑)。しかしこのオヤジをほんとうに女だと思っているのはTwitter11万フォロワーにどれぐらいいるのだろう。

 1972年、きっこ、産まれる。※きっこ本のQ&Aより 
   ↓ 
 1979年:いきなり高校生になった「きっこ」、RCサクセションのニューイヤーロックフェス打ち上げに参加。 
   ↓ 
 1984年:なぜか若返った「きっこ」は中学へ逆戻り入学。祖母死去。 
   ↓ 
 1985年:中学2年に進級した「きっこ」、お父さんと最後の釣りへ行く。(アサヒ・ラスタマイルド発売中) 
   ↓ 
 1986年:2月、中学2年の「きっこ」、葬式ごっこ事件に衝撃を受ける。 
   ↓ 
 1987年:3月アサヒスーパードライ発売開始。「きっこ」、お父さんを思い出す。 
   ↓ 
 1989年:またまた小学6年生に若返った「きっこ」が、イカすバンド天国を見る。

 お笑いネット芸人の妄想だと嗤っていればいいのだろうが、キヨシローにはいい迷惑だろう。 害虫は駆除せねばならない。
  1. 2014/05/05(月) 07:30:24|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

さつき冷えの朝──天皇誕生日に開催されていた天皇賞のころ

先日、早くも「今年最初の真夏日」が記録された。もう初夏のように暑く、でもさわやかな日だった。

今朝、いつものよう3時に起床し、窓を開けたら風が涼しいのでおどろいた。寒いほど。すっかり夏の恰好になっていたので震えあがり、すでに洗濯して畳み、しまう予定だった厚地のジャージを履いた。この時期、まだまだ気温変化が激しい。
窓辺の温度計は14度を指している。十分寒いと言える温度だ。

梅雨冷えのころ、老父母がこたつに火を入れていたのを思い出す。



連休に「五月晴れ」の文字が躍る。五月晴れは「梅雨の合間の珍しい晴れ」のことだが、いつしかすっかりこの時期の快晴をさすことばになってしまった。
芭蕉翁の「五月雨をあつめてはやし(すずし)最上川」の五月雨も梅雨のことだ。
旧暦のことばを新暦で解釈するから生じる齟齬だが、ことばは時代と寄りそってゆくものだから、これはこれでいいのか。



昨日は春の天皇賞。
思えば、以前は昭和天皇の誕生日である4月29日祝日に開催されていた。1989年が最後か。もう25年経つ。一応競馬歴25年以上でないと体験していないことになる。そのとき二十歳だとしても45歳以上か。それに参加できたことを、今は懐かしく誇りに思う。水曜日であれ金曜日であれ、あのころは4月29日の祝日に春天は開催されていたのだ。
と書くと嬉々として参加していたようだが、当時の私にはむしろ「競馬は土日」の感覚が強く、半端な曜日に開催される春天のそれを奇妙に感じていた。だって土日に競馬があり、また火曜日に天皇賞があったりしたのだから。
今のほうが競馬社会にとってもずっと機能的であり、調教スケジュール等でもすんなり進行している。あの合理的でない部分が旧き昭和の味なのだろう。
「天皇陛下はいいな、天皇賞の日に生まれていいな」という寺山修司の競馬ファンの心を擽る洒脱な言いまわしも遠いものになった。

大好きな田辺のホッコーブレーヴを穴馬としてピックアップしておきながら、エビナ嫌いなのでフェノーメノを頭におけずハズしてしまった。たったそれだけで21万馬券を逃しているのだから競馬に好き嫌いがあってはならないとあらためて思う。3連単のみで3連複は買わなかった。簡単に取れた3連複380倍だった。悔いる。皐月賞も同じく。エビナ嫌いには辛苦の日々が続く。

---------------

上を投稿したのが5月5日のam4時半。

5時18分に地震。
関東の人間は地震慣れしている。ふつうの地震にはおどろかない。地震慣れしていない関西人は、初めて関東人のそれを見たとき「無理をしている」「不自然だ」と感じるらしい。学生時代、大阪出身の友人がしきりにそれを口にしていた。しかしこどものころから慣れているから無理はしていない。地震のほとんどない国から来た人にとっては、地が揺れるというのは、文字通り驚天動地の衝撃だろう。

比較的地震につよい関東人の私だが、今朝のそれはひさしぶりにびびるものだった。PCに向かっていた。揺れ始めて「これは大きいぞ」と思ったが、その後治まるどころかさらに激しくなってきたときは思わず立ちあがり、いよいよ最後の日が来たのかと覚悟した。この「あまりの揺れに思わず立ち上がる」は、ここ二年ほど記憶にない。

大震災以後、ここまで恐怖を感じた大揺れは二度しかない。いかに大きな揺れだったことか。千代田区が震度5でいちばん大きいそうだが、この辺の西東京はもっと揺れたのではないか。とても不気味な揺れだった。 
死ぬのかと思ったら妻子のことを思った。死を意識したときあいたいと思う存在があるのはしあわせなことなのだろう。 


  1. 2014/05/05(月) 04:31:02|
  2. 生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

日本対韓国──オバマ大統領との「会食外交」で完敗(笑)──池田大作の碑文──「独島は我が領土」歌詞

オバマ大統領「プルコギ」も褒めまくっていた 韓国紙「我が国は会食外交で日本に勝利!

 オバマ大統領は「プルコギとキムチが最も好きなランチメニュー」であり、韓国料理を礼賛して旺盛な食欲を見せたという。中央日報は日本で出された寿司は半分しか食べなかったのとは対照的な様子だったと「会食外交」の勝利宣言をした。

 韓国の有力紙「中央日報」の14年5月3日付けの日本語電子版は、オバマ大統領は14年4月25日に朴槿恵大統領と大統領府の青瓦台で会食をしたとき、韓国料理を礼賛して旺盛な食欲を見せたと報道した。箸使いが非常にうまく、チヂミにナムルや肉などの材料を一つひとつのせ包んでいただけでなく、食事の最後にはおかずとして出てきた和え物をご飯の上にのせて混ぜ、ビビンパを作って食したのだという。

 オバマ大統領が当選直後に李明博前大統領との電話会談で「プルコギとキムチが最も好きなランチメニュー」と語ったため、その料理は外せなかったという。また今回の会談では、「私はプルコギが好きで、エアーフォースワン(米大統領専用機)のコック長にプルコギの料理法を習うように言い、機内でも食べる」という話も披露したと書いている。

 日本での会食では出された寿司を半分しか食べなかったと海外で報じられたオバマ大統領だったが、今回の訪韓で韓国料理を楽しんだ姿は、前日の日本訪問当時とは対照的だった、などと「会食外交」の勝利宣言をした。

http://news.livedoor.com/article/detail/8799757/

---------------

池田大作韓国碑文
(母国韓国に贈った池田犬作先生の碑文。笑止千万。哀号。クリックして誦読してください。)

 ショックである。またしても韓国に完敗した。いまがっくりと膝を折り、敗戦のむなしさに涙している。なにをしても敵わない偉大なる国だが、だからこそせめて「会食外交」だけでも勝ちたかった。それが日本人すべての悲願だった。だがやはり韓国には食文化でも歯が立たなかった。実力の差か。どうしようもない。

 客観的に見ても、プルコギやキムチという真に完成された朝鮮の美しい宮廷料理と比したら、日本料理なんてのは料理と呼ぶのすらおこがましい。勝てるはずもなかった。ましてオバマ大統領にとって「プルコギとキムチは最も好きなランチメニュー」だったのである。ぐちゃぐちゃに混ぜてビビンバにしたという。奴隷時代のソウルフードに似ていて親近感を持ったのか。負ける可くして負けたと言えよう。どうせなら寿司じゃなくあのノーベル平和賞受賞者には馬の糞でも喰わせてやればよかったのに。



lee myungbak


 オバマ大統領が竹島に上陸して「独島は我が領土」を歌う日もちかい。ゴスペル調であろうか。すると、二度目の平和賞受賞もあるかもしれない。
 上の写真。日本領土の竹島に不法上陸した大阪出身の朝鮮人の顔をPhotoshopでオバマにしようかと思ったが、そんなことをしている時間がもったいないのでやめた。なによりこういう顔を見ていると不愉快になる。

 偉大な韓国にはなにをしても適わない。非力な日本人としてくやしいが、すべてにおいてあちらがすぐれているのだから抗う術もない。4階建ての船を5階建てに改造してバランスをおかしくし、ひっくり返って300人殺すなんて芸当は日本人には出来ない。なんともすぐれた民族である。

korea-oiwai



 さあそれではみなさん、ご一緒に「独島は我が領土」を歌いましょう。アホな歌詞です、嗤えます。こんなもんが教科書に載り、小学生の時から憎日をしこまれてる朝鮮のこどもがかわいそうになります。これを歌うと必ず涙ぐむ朝鮮人てのはなんなんだ(笑)。「対馬は日本の地」とあるけど、そのうちここのところだけ直されるのだろう。



『“日本離れ”できない韓国 』 黒田勝弘氏著/2006年文春新書より

『独島はわが領土』──作詞作曲・パギノ (박인호)──1982年 

[1番]
 鬱陵島(ウルルンド)東南、船で二百里
 寂しい島ひとつ、鳥のふるさと
 誰が何といおうが
 独島はわれらの地
 慶尚北道鬱陵郡南面島洞一番地
 東経百三十二、北緯三十七
 平均気温十二度、
 降水量千三百
 独島はわれらの地、われらの地
 イカ、イイダコ、タラ、メンタイ、カメ
 サケの子、水鳥の卵、海女の小屋
 十七万平方メートル、井戸ひとつに噴火口
 独島はわれらの地


[2番]
tsushima

 智證王(チジュン王)十三年、島国・于山(ウサン)国
 世宗実録・地理誌五十ページ三行目
 ハワイは米国の地、対馬は日本の地
 独島はわれらの地、われらの地
 露日戦争直後、主無き島と
 勝手にいっては困ります
 新羅将軍・異斯夫(イサプ)、地下で笑っている
 独島はわれらの地、われらの地
 鬱陵島東南、船で二百里
 寂しい島ひとつ、鳥のふるさと
 誰が何といおうが
 独島はわれらの地
  1. 2014/05/04(日) 10:11:51|
  2. 政治
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

最新記事

カテゴリ

未分類 (0)
大相撲 (32)
落語 (6)
生活 (85)
パソコン (78)
ことば (41)
読書 (29)
音楽 (50)
政治 (200)
テレビ (27)
インターネット (91)
漢字 (6)
オリンピック (11)
マスコミ (46)
NHK (2)
プロレス (6)
世相 (91)
総理大臣 (7)
映画 (21)
スポーツ (8)
園芸 (3)
将棋 (71)
Jazz (7)
競馬 (20)
芸能 (32)
旅行 (10)
格闘技 (4)
漫画 (14)
橋下徹 (16)
タバコ (4)
Rock (2)
中共 (11)
宗教 (9)
週刊誌 (7)
皇室 (9)
地震 (39)
台湾 (5)
石原慎太郎 (10)
CM (2)
きっこ (23)
地デジ (7)
朝鮮 (23)
国民栄誉賞 (2)
ツイッター (8)
女子サッカー (1)
野田聖子 (9)
訃報 (10)
ブログ (11)
飲食 (11)
電王戦 (2)
竹島 (9)
靖國神社 (6)
デヴィ夫人 (6)
酒 (4)
節電 (1)
ホッピー (5)
小沢一郎 (9)
Windows8 (2)
たかじん (5)
島耕作 (1)
物品 (3)
テレサ・テン (2)
選挙 (8)
佐川急便 (8)
猫 (1)
白川道 (1)
サヨク (14)
麻雀 (1)
郵便 (1)
通販 (1)
Asus Memopad (1)
文章 (2)
携帯電話 (1)

月別アーカイブ

カテゴリ別記事一覧

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。