「パチンコ無くして日本の発展無し」と武田邦彦教授講演──だめだ、こりゃ!

都遊協経営者研修会で警視庁が6点に言及
 
 東京都遊技業協同組合は10月23日、都内で平成25年度「遊技場経営者研修会」を開催し、行政講話では警視庁保安課風俗営業係の高橋靖之係長がぱちんこ営業の基本など6点について言及した。

 高橋係長が言及したのは、(1)ぱちんこ営業の基本、(2)賞品の買取り問題、(3)等価交換規制、(4)著しく射幸心をそそる広告宣伝の禁止、(5)中古機の流通制度の適正な運用、(6)暴力団の排除と防犯対策──の6点。

 ぱちんこ営業の基本については、ぱちんこが風適法で定義されている趣旨をはじめ、遊技機規則や賞品の提供方法、最高限度額など、ぱちんこ営業に関わる規制の意義などを説明し、改めてその理解と従業員等への指導を要請した。

 また、賞品の買取り問題では、9月に都内のホール経営者ら3名を同事案で逮捕したことを指摘。同事件の報道により、ぱちんこ業界に対する厳しい意見も寄せられているとし、再び同様の事案が起きないようクギを刺した。

 研修会ではその他、中部大学の武田邦彦教授が「パチンコ無くして日本の発展無し」と題して特別講演を行った。武田教授は日本が今後発展していくためには「自由な心をもって元気になること。国民一人一人が伸び伸びと毎日生活することが大事だ」などと述べ、気休めや適度な射幸心を得られる場所としてパチンコに期待を寄せた。

http://www.adcircle.co.jp/greenbelt/news/contents/6027.html

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 前々から狂っているなと思っていたが、やっぱりそうだった。

 
 
  1. 2013/10/26(土) 17:28:56|
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しまむら土下座事件に判決──罰金30万円

「しまむら土下座事件」に罰金30万円の判決が出ました。それを《しまむら土下座事件考──清く正しく生きている在日朝鮮人が気の毒に思えた》に附記しました。
  1. 2013/10/26(土) 11:29:05|
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菜食主義考──米も小麦も食べない人は、何を食べて生きているのだろう!?

 尊敬する血統評論家・笠雄二郎さんのメルマガから。「スワンステークス」の予想なのでタイトルは「すわん」。タバコはすわんはその掛けことば。



  私はタバコはすわん。タバコも酒もコーヒーも炭酸も砂糖もかなり前から飲まない。

 私もタバコは喫わないけど、酒もコーヒーも炭酸も砂糖も口にする。タバコも酒もやらないけどコーヒー狂は多い。水が苦手で炭酸の入っている飲物しか飲まないなんて若者もいる。それは異常だ。
 タバコと酒をやらないまではわかる。私も肝臓を病んだ父の恢復を願って、三十代のとき酒を2年半やめたことがある。すでにタバコはやめていたから、成人してからの私にも「酒、タバコを一切やらない時代」があったことになる。
 でもそれにプラスして、コーヒー、炭酸、砂糖を禁じるとなるとたいへんだと思う。
 それでもなんとかここまではわかる。このあとが凄い。



 コメ、小麦、魚、肉、乳製品も食べなくなった。乳製品と魚と卵は食餌性アレルギーになったこともある。抗生物質もほとんどのものがジンマシンが出てしまう。そういうベジタリアンだ。人類はそのうち食糧の量的には余っていても、食べるものがなくなるかもしれない。

 人類のその後を考えるよりもまず、笠さんはいま何を食べて生きているのだろう。そこに興味が向く。
「魚も肉も乳製品も食べない」はヴェジタリアンの基本である。しかしそういうひとも穀物は否定しない。なのに笠さんは「コメも小麦も食べない」としている。となると、コメを食べないのだから、ご飯も餅もおせんべいも食べないし、小麦を食わないのだから、パンもうどんもラーメンもスパゲティもダメとなる。
 私には無理だ。私はまず「魚」と「酒」がないと生きていられないというか、そのふたつのない世界で生きていても楽しくない。ご飯も餅もおせんべいも大好きだし、麺喰いなので、うどんやラーメン、スパゲティがないと生きられない。笠さんはいったい何を喰って生きているのだ!?



 ちょっと脱線。
 いまの中共は「麺」の字を使わない。顔面の面も麺類の麺も、すべて「面」で統一している。漢字の本家でありながらまことになさけない。たとえば「刀削麺」という、小麦粉の生地の固まりから庖丁でシュッシュッと削って作る美味い麺がある。でもこういうものの表記もみな「刀削面」と「面」で表記されている。食堂のガラスに大きく書かれていたりするのだが、どうにもうまそうな麺の感じがしない。日本人だと、「刀で削ったお面」を想像してしまう。

 上記「麺喰い」は、美男美女にこだわる「面食い」に、麺を好むことを掛けた漢字遊びだが、中共ではこれは出来ないことになる。



 笠さんは何を食べて生きているのだろう。想像もつかない。野菜と果物だけなのか。それで腹は一杯になるのか。主食は何なのだろう。
 
 コーヒーは飲まないが緑茶は飲むのだろうか。その場合、お茶うけは何にするのだろう。せんべいも饅頭も羊羹も食べないのだから想像がつかない。柿とか、そんな類か。



 けっきょく私が笠さんと共通するのは、タバコを喫わないことと肉を食わないことだけだった。とはいえ私の「肉を食わない」は、動物の殺戮現場の忌避から「見た目の肉」を喰わないだけで、肉でダシを取っているであろうラーメン類等は喰っている。いいかげんだ。ただもう焼肉とかステーキとか、露骨に四つ脚動物の肉とわかるものは喰わなくなってしまった。もちろん、それしかない、喰わないと躰がもたないというような状況なら迷わず喰う。そのレベル。 

 半端菜食主義(そもそも魚を食っているのだからヴェジタリアンではない)体験で感じたことは、今の都会において菜食主義は金がかかるということだ。つまり「貧乏人は菜食主義を貫けない」である。むかしは「貧乏人の食い物は穀類だけ。肉は高級品。年に何度かの御馳走」だった。今は外国から来た肉のほうが国産野菜より安かったりする。私は金のないとき、「肉が食えたらなあ」としばしば思う。国産の野菜類、魚類の鍋より、焼肉でもやったほうがはるかに安くあがるのだ。
 外食の場合も、なんにでも肉が入っているから菜食主義を貫くには専門のレストランに行ったりせねばならず、やはり貧乏人には無理がある。笠さんのようなひとは外食はどうしているのだろう。私には、うどんがある。金がないときはパンと牛乳だ。でもそれらはみな笠さんの食べないものである。

 笠さん、何を食べて生きているのだろう。競馬の予想よりもそっちのほうが気になる。 
  1. 2013/10/26(土) 10:18:29|
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韓国政府が自国の教科書に記述変更を要求──竹島の表記、殖民地時代の表記

韓国政府は、国内で使用される高校の歴史教科書の検定で、島根県の竹島について「韓国が実効支配している」と記した一部の教科書に対し、記述を「固有の領土」と変更するよう求めました。 

韓国教育省は21日、8つの出版社が提出した高校の歴史教科書について記述を変更するよう出版社側に通知しました。 このうち、島根県竹島について、「韓国が実効支配している」などと記した3つの教科書について「韓国固有の領土であり、実効支配という用語を修正すべきだ」としています。 

また、韓国政府が日本海を「トンヘ、東海」と呼ぶよう主張していることを反映し、地図などに日本海の英語表記を記載した3つの出版社に削除を求めました。 

さらに、日本の立場に近いなどと批判されている出版社に対しては、日本の植民地支配についてより否定的な表現に変えるよう求めました。 

その一方で、教育省は、一部の出版社に対し、北朝鮮に好意的と批判されている内容を改めるとともに、軍事政権でありながら高度経済成長を導いたパク・チョンヒ大統領代の政策を評価するよう求めました。 

韓国の歴史教科書は、その内容と検定の是非を巡って与野党が厳しく対立しており、韓国の根強い左派と右派の対立を反映したものともなっています。 

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131022/t10015448491000.html 

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 このNHKの記事では触れていないが(だからこそNHKなのだが)、別記事によると「日本に併合されることによって韓国の近代化が進んだ」と書いた教科書があり、訂正を求められたとのだとか。
 韓国にもまともなひとはいる。だが政府が、国が国策として「反日」をやっているのだから真の友好は遠い。中共も同じ。政府があんなプロパガンダをやっていては、仲よくなどなれるはずがない。

 韓国政府がそうであることは知っていたが、こういう指導を受ける教科書を作るまともな韓国人もいるのだと知ったことは大きい。 まあ、政府がそうなのだからどうしようもないし、これからも永遠に変らないだろうけど、「韓国にだってまともなひとはいるんだ」とは思いたい。
  1. 2013/10/23(水) 07:19:46|
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テレビの影響力──「魁皇話」にアクセスが集中──バースの思い出

 いま【競馬抄録玉】に「菊花賞完敗記」を書き、こちら【木屑鈔】の誤字直しをやっていたら、異様にアクセスが多いので何事かとおどろいた。いつもより一桁多い。



 解析した結果、大相撲の「魁皇」に関するファイルにアクセスが集中しているらしい。そこから「魁皇」を検索して、元魁皇こと浅香山親方が独立(部屋設立)を表明したと知る。それなのだろうか。それにしては異常だ。そこまで大相撲ファンは多くない。


 さらに調べて、今夜「行列の出来る法律相談所」に、魁皇の奥さんである元女子プロレスラー西脇充子がひさびさに出演し、そこからの検索アクセスとわかった。テレビの力はすごい。







「行列の出来る法律相談所」を愉しみに見ていたのっていつごろだろう。数年前のはずなのに遥か彼方の気がする。シンスケが引退したのって何年前になるのか。私が見ていたのはシンスケ司会のころで、見なくなってしばらくしてから引退事件があった。その後もずっと見ていないのに「司会をそれなりの知名度のある連中が交代でやった。さんまがやったこともある」と知っているのだから情報はこちらの思惑とは関係なく入ってくる。「ヘキサゴン」でおバカタレントをやっていた里田まいとかスザンヌ、木下優樹菜もみな結婚した。時は流れているんだなあ。これまた野球に興味はないのに里田がいまをときめくスター選手の奥さんになったことも、スザンヌの夫も以前活躍した野球選手であるとか、木下がこどもを産んだことも知っている。しかし私は里田やスザンヌの亭主と街ですれちがってもわからない。興味がないとそんなものである。



 むかし競馬仲間の翻訳家・平尾圭吾さん(2010年逝去)がランディ・バースを連れて競馬場に来たことがあった。並んで競馬を楽しんだが、野球に興味のない私はその外人が三冠王になったバースであることに気づかなかった。がっちりした外人だとは思ったが。意外に背は低かった。平尾さんも、まさかバースを知らない日本人がいるとは思わなかったらしく、教えてもくれなかった。平尾さんはバースの自伝を翻訳したひとで彼の親友である。高松高校時代は野球選手だった。野球ファンなら、目の前でバースと会話できるのだから驚喜したろう。興味のない私はごくふつうにアメリカ人と、「あちらでも競馬はするんですか」などと世間話をしただけだった。バースはあちらで馬主もやっているらしかった。
 もちろん途中の流れ(いろんなひとが振り返った)で彼が三冠王のバースとわかった。スポーツ新聞は適当に読んでいたからそういう智識はあった。でも今更「いやあバース選手の大ファンなんです」なんて大嘘もつけない。そしてまたケガの功名で、彼は、自分に対してびびらず緊張することもなくふつうに英語で会話する日本人を気に入ってくれて、親しく話したのだった(笑)。







 テレビを見ないので世相に疎いのだが、「行列」に魁皇夫人が出れば、私のこんなブログにも影響がある。隣の「人気記事ランキング」は、2週間のアクセス統計である。一日の統計とか一週間の統計とかに設定出来るのだが、私は最長の2週間統計にしている。いつも読んでくれるひとたちが2週間関わって出来上がったランキングも、テレビ番組の影響で初めてのひとがドっと押し掛ければ、一気に「魁皇」が一番になる。所詮地味なブログなんてそんなものなのだろう。

 ただし私のそれは、大相撲ファンにしかわからないコアなものであり、かなりの長文だから、検索でやってきたスマートフォンのひとたちは、みな途中で読むのをやめて帰ったろう(笑)。大相撲ファンでないととてもじゃないが読みこなせない。しかも肝腎の西脇の話に行くまでが長い(笑)。みなそこまで行けずに挫折したはずだ。
 なんだかね。ブログなんてこんなものか。複雑な気分になった夜だった。
(もっとも、その魁皇に関する文は自分でも気に入ってるものだから、多くのひとの眼に触れたことは悪い気分ではない。すなおにうれしい。それも書いておかないと。) 
  1. 2013/10/20(日) 23:05:13|
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Windows8.1体験記①──StartIsBackをインストールすると固まる──解決策なし!

 10月18日、無料DownloadのWin8.1正規版を挿れた。
 8.1Preview版を挿れたら固まって動かなくなり(いつだっけ、それはここに書いた。あとで日附を記入しよう)しばらくほっておいたが、その後、せっかく8をもっているのに使わないのももったいないと(このセコさがすべてのトラブルの元だ)、それを削除して、また8を挿れた。

 しかしさすがに経験から学び、「この8に使い慣れたアプリを挿れたりキーカスタマイズしたりして磨いても、8.1インストールでぶち壊しになるかも知れないから、よけいなことをせずそのまま待とう」と、ほとんど原形のままだった。何もしないと使えないので、左CtrlとCapsLockの配置変更とATOKのインストールだけはした。最愛の7-Ultimateがあるから8などどうでもよかった。「ならなぜ8.1を挿れるのか」と問われるとうつむくしかないが。



 18日から8.1が8使用者に限り無料Download出来るようになった。ストアからDownloadしてインストールする形になっている。やってみた。Preview版ではどうしようもなかった固まってしまう問題も解決されているにちがいないと期待した。
 8.1のスタート画面になった。これからこれと長いつきあいになるのかと思う。まあメインは7だけれど。

 8.1からスタートボタン復活というのは大嘘で、単にあの奇妙なスタート画面への連絡ボタンが附いたにすぎない。
 不便でどうしようもないので、まずは「8を7までのようなスタート画面にするStartIsBackというソフト」をインストールする。8の時は問題なく動き、7までのようにスタートボタンが復活するので便利に利用していた。8を使うとき、これと「Ribbon Disablerというエクスプローラーを元のようにするソフト」は必須だった。とにかく8というのは頭がおかしくなったのではないかと思うほど使いづらくなっている。Windowsのいいところを自らぜんぶ壊している。



 StartIsBackをインストールしたら、タスクバーが痙攣したようにプルプル顫え、固まってしまった。ハングアップである。 
 これは8.1Preview版でも起きた。私はこれでPreview版に絶望し、それでも10月17日に正規版が出るときのためにと、それを削除してあらたに8を挿れてこの日を待っていたのだった。また同じ事が起きた。

 これを解決するためには「PCリフレッシュ」という形で初期状態に戻せばいい。StartIsBackをインストールする以前の状態に戻せばいいわけだ。しかしそれをしようとしたら「インストールディスクを挿れろ」と言われた。8を挿れてみた。すると「それじゃない」と言われる。どうやら8.1のディスクを挿れねばならないようだ。でもそんなものはもっていない。8にDownloadした8.1を上書きしただけである。セーフモードならなんとかなるかと期待したが、こちらもプルプル顫えている。まあこれはprview版でもそうだった。どうしようもない。



 ということで溜息を吐きつつ、もう一度8をインストールするところからやり直す。
 ここで知った奇妙なこと。
 8.1は8を最新型にUpdateしたものでないとインストール出来ないのである。不思議だ。

 購入したときの8のディスクがある。昨年10月のもの。これをインストールして、すぐにストアから8.1をDownloadしてUpdateしようとしても出来ない。ストアに8.1Downloadが表示されない。まずは8を最新のものにUpdateせねばならないのだ。これは奇妙に感じた。私は8のそれは8.1が持っている、含んでいると思っていた。そうじゃないようだ。よくわからん。だってSP2はふつうSP1を含んでいる。どういうことだろう。

 とにかく、8をインストールしたら、まずWindows Updateをして最新型にせねばならない。1年前の生のままの8だからUpdateファイルも積もり積もって800MB以上ある。これをDownloadしてインストールするにはかなり時間が掛かる。なんとかそれをして、再起動すると、やっと8.1がDownload出来るようになる。8.1の3.7GBだかのファイルをDownloadしてインストールする。そうしてまた8.1環境が出来上がる。



 Preview版も今回の正規版も、スタートボタンを復活させるStartIsBackをインストールした瞬間、固まった。何も出来なくなり再インストールとなった。それが原因なのだろう。いくら考えてもそうとしか思えない。
 しかし、最新のOSが、3.7GBもある巨大OSが、スタートボタンを復活させて使いやすくするというちいさなユーティリティをインストールするだけで固まってどうしようもなくなるなんてことがあるだろうか。既に8.1Preview版、そして今回の正規版で、私は2回もう経験しているわけだが、それでもまた信じられない。

 あれこれ挿れてだいぶ整ってきた。でもスタートボタンがないと使いづらい。思いきってまたやってみることにした。懲りない(笑)。StartIsBackを挿れたらおかしくなったのだが、原因は他にあるのかも知れない。たまたまStartIsBackを挿れたときに起きただけで。

 インストールしてみた。見事に固まった。タスクバーが痙攣して何も出来なくなった。いまこの状態である。
解決法を検索してみたが(もちろん別のパソコンから)何もヒットしない。



 いま探したら、StartIsBackのバージョンは2.1まで行っているらしい。私の持っているのは初期の1.2だった。2はその問題を解決しているのだろうか。8では問題なく動き、7に近い環境になって快適だった。1.2は8ではまともに動いた。8.1Preview版と8.1正規版で固まるのである。バージョン2.1なら大丈夫だろうか。Downloadしてみた。

 固まって動かないままの8.1を今から完全削除して、また8をあらたに挿れて、Updateして、8.1をインストールして、StartIsBackをまた挿れてみようと思っている。ここまできたら意地である(笑)。愚かであるけれど。

 パソコンを複数台持っているから、そんなことをしているあいだもふつうに作業できるけれど、一台しかないひとには深刻な問題だろう。ほんとにほんとにクソOSである。8は。

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【追記】──インストール出来なくなっていた──10:43

 早くもWin8.1、3度目のクリーンインストール。いやはや。うんざり。我ながらようやると感心する。でもけっきょくはやっているんだから好きなんだろうなあ……。 

 8をクリーンインストールして、Updateして、8.1をDownloadして、インストールして、さあいよいよStartIsBackの番。今までのならまちがいなく固まるが、バージョンを1.2から2.1にした。これならだいじょうぶかも知れない。
 ここでまたプルプルして固まると落ちこむ。さすがにしばらくは8.1から離れて、4度目のクリーンインストールはかなり先になるだろう。緊張する。 

 すると、「このバージョンはこのOSに適合していない。あたらしいバージョンを探してくれ」と出た。バージョン1.2だとそのままインストール出来て、そこで固まってしまった。2.1だと、Win8.1が「このソフトはこのOSに合っていない」と拒んでくれるのだ。助かった。使えないなら使えないで諦めもつく。またここで固まられたらたいへんだった。これが基本だよねえ。すんなりインストール出来てプルプルはひどすぎる。まともな対応である。



 よって、StartIsBackを入れない8.1をすこし磨いた。しかし使いづらい。スタートボタンがないので、あれこれいじくってOSを磨く私には不便だ。苦痛だ。なぜMSはこんなことをしたのか。理解に苦しむ。と同じ事を何度書いたことやら。

 同様のアプリにClassic Shellがあるが、あちらは大丈夫なのだろうか。でももうやる度胸がなくなった。これ以上くだらないクリーンインストールに時間を取られたくない。しばらくこのまま我慢していれば、そのうちどなたかが「こうすれば8.1でも使える」と発見してくれるだろう。それまでは不便でもこのままで行くしかない。いや、行かずに7で世の中の流れを見ていよう。このOSに、敢えて使うほどの、使わねばならない利点はなにひとつない。単に「せっかく買ったのだからもったいない」と手を出しているだけだ。 

 一応8.1が動く環境が出来上がった。係わりあいたくない。いま7に戻ってこれを書いている。今日は菊花賞。不良馬場になりそうだ。もう8.1のことは忘れてそちらを愉しもう。

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【追記.2】──8.1対応版が出たらしい

「このバージョンは対応していない」というのは、「対応しているバージョンがあるということか!?」と調べたら、そうだった。詳しくはこちらに書いてある。

 10月10日に8.1対応版が出たらしい。しかしその後、すぐ16日に改良版が出ているのがすこし怖い。何かあったのか。とりあえず今Downloadした。堂々と「8.1対応」を謳っているのだから問題ないだろう。でもここ3回のクリーンインストールで疲れた。その前のPreview版を足すと4回もやっていることになる。
 これをインストールするのは一週間後ぐらいでいい。しばらくは8.1に係わりあいたくない。

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【追記.3】──出来ました!──16:00

startisback
 上記の最新バージョンを使ったら、Win8.1のスタートメニューが見事に7以前のように使いやすくなりました。おさわがせしました。すみません。StartIsBack、最高!!

 反省を込めて言うと、私個人の「8.1に対して、旧いバージョンの1.2を強要していたことが原因」なのですね。Preview版の時はまだ「8.1用」がなかったのだから仕方ないですが、正規版が出た10月17日にそのことに気配りし、よりあたらしいものがあるかどうかを確認していれば、すでに10月10日に8.1対応版を出してくれていたのだから、私の問題は起きていませんでした。これは「8用の旧いバージョンをそのまま8.1に使った私のミス」でした。

 最新版をチェックしていれば、こんなに再インストールを繰り返すこともありませんでした。「情報」というものに関して反省する一件となりました。 
 
 ま、とりあえず、すばらしいソフトのStartIsBackは「8.1版」が開発され順当に活躍しています。8のスタート画面に不満のあるかたはぜひ使ってみてください。上記の「詳しくはこちら」リンクから入手出来ます。8.1用の「StartIsBack+1.0.1」を使えば問題は起きません。
  1. 2013/10/20(日) 07:18:36|
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「文字打ち内職の思い出②」に「内職でも高給なを【補稿】

「文字打ち内職の思い出②」に、「内職でも高給な<きっこさん>」を【補稿】しました。
  1. 2013/10/14(月) 21:18:08|
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「ノロウイルス」の名前変更?──朝鮮の創氏改名、ハンセン氏病、バルトリン腺、カウパー腺、丸山ワクチン

「ノロ」ウイルスに「野呂」さん苦しむ 国や学会に「名称変えて」

 食中毒の「ノロウイルス」。この冬も各地で集団発症が相次いだが、「その名前は使わないで」と全国の野呂さんが改称を訴えている。野呂姓の子どもが学校などでからかいやいじめの対象になったり、その心配があるためだ。一般化してしまったウイルス名を改める妙案はあるのか。

 「野呂という姓は、ただでさえ、のろまとかノロノロとからかわれやすい。さらにノロウイルスとは…。これ以上、野呂姓の人間に重圧を加えないでというのが正直な気持ち」。「ノロウイルス」改称を訴える会の会長を務める杉井(旧姓・野呂)ゆうきさん(40)=横浜市=はこう訴える。

オハイオ州ノーウォーク
 ノロウイルスの由来は何か。厚生労働省の資料などによれば、1968年、米国中西部のオハイオ州ノーウォーク市の小学校で集団発生した嘔吐(おうと)や下痢の症状が出る急性胃腸炎の病原体として検出。72年、小型球形ウイルスが特定され、地名から「ノーウォーク(Norwalk)ウイルス」「ノーウォーク様(よう)ウイルス」と呼ばれるようになり、国際ウイルス学会は2002年、ウイルスの属名としてノロウイルスを正式に採用した。

 「ノロ」とは「ノーウォーク」の一部に発音しやすく「O(オー)」を補ったもの。この結果、全国で約2万人とされる「野呂さん」は嫌な思いをするハメになった。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1777277.html

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 よくわかる感覚である。前々からこの種の話を聞くと同感し、そしてまたエゴイズムであるが、自分に関係あるものがそういう名称に採用されないようにと願ってきた。全国の野呂さんには気の毒だが、しかし現実問題として世界的な名称になってしまっているので改名はむずかしいように思う。



 この種のことで真っ先に思いつくのが「ハンセン病」だ。癩病から、「あの家は〝らい〟だから」のような差別的な「らい」という言葉が生まれ、それを廃するために癩菌を発見したノルウェーの「アルマウェル・ハンセン博士」の名を取って「ハンセン氏病」となった。

 この辺の基本は、「混血」「あいのこ」が差別的だから「ハーフ」にするという横文字に置きかえればいいという日本的軽薄さとたがわない。そしてまた「ハーフでは半分だ、差別だ。ふたつの民族の血が入っているのだからダブルだ」なんてリクツで、今は「ダブル」というらしい。なんともなあ。混血は混血でいいだろう。「他人のことだからそう言える?」、いやいや私の一人息子は混血だ。自分に関することだから発言してもいいだろう。私はダブルなんて気持ち悪い呼び方をする気はない。
 片輪や不具をシンショーシャに置きかえ、さらにはHandycappedにするのも同じ。「身障者」の「障」の字に問題ありと「身しょう者」にするとか。島国根性のくだらなさである。 

 私はこの時点で「ハンセン博士が発見したからハンセン氏病」と理解していたが、ここからまた日本的なくだらなさが始まる。「ハンセン氏病」の「氏病」が「死病」に通じて縁起が悪いと「氏」を取ってしまったのだ。「ハンセン病」である。これは世界中の「ハンセン氏」に失礼だろう。「氏」がついていれば、「医者のハンセン氏が発見した病気」と思える。しかしそれがなくなると「最初に感染したのがハンセンというひと」「ハンセンのようになってしまう病気」となってくる。らい病の悲惨な部分がぜんぶ「ハンセン」に繋がってくる。ぜんぜんイメージがちがう。そしてその「氏」を省く理由が「死病に通じる」という日本的ゴロ合わせ、オヤジダジャレの感覚なのである。「らい」という日本語を廃することには熱心でも、異国人の姓名である「ハンセン」に対する気遣いはない。いかにも日本人らしい。



 朝鮮併合時代の「創氏改名」を、「民族の誇りである名前まで奪った!」と極悪非道の政策のように主張するアサヒシンブン的な連中もいるが、私はそれを否定する。強要はなかったし、朝鮮名のままのひとも多くいた。そもそもあちらに望まれ「併合」という形になったが力関係は明白だ。なら下のものが上の名を名乗れることは悦ばしいことである。それは敗戦後、アメリカ的な名前を名乗る芸能人が数多くいた事からも判る。今でもいるが(笑)。下は上に憧れる。朝鮮人は日本的な名前を名乗ることに熱心だった。金が金田、金村になったり、李が木村、木下になったりした。

 オランダが植民地支配したインドネシアでは、現地人がオランダ的な姓名を名乗ることを許さなかった。オランダ人はインドネシア人が結婚等によりオランダ的な姓名になることを禁止したのである。これが支配者のまともな感覚だ。格下の土人に自分達と同じ名前を名乗られたのではたまらない。名乗らせない。朝鮮名を持つ朝鮮人に日本的な名前に改名させるということが、いかに異様な政策であったことか。させなければ区別がつきやすいのに。ここからも西洋の「殖民地支配」と「日韓併合」が根本的に異なるものであることがわかる。



 と、私は「創氏改名」を無理矢理強要のあった極悪非道の政策「民族の誇りであった姓名まで奪った」という主張を全面否定するのだが、これが島国根性から生まれた「愚策」であることはまちがないなく、しみじみ愚かであるとは思っている。上記のようにオランダの方針が正しいのだ。そうしていればよけいなイチャモンをつけられることもなかった。しみじみ愚策だったと思う。

 朝鮮における創氏改名に、島国根性日本人の「自分達のわかりやすいものにする」という御都合主義があったことは否めない。それは昭和末期、平成の世になっても現出している。群馬だったか、ブラジルから出稼ぎに来た青年達の名が呼びにくいと、兄を「タロー」、次男を「ジロー」と呼び、それにブラジル人青年が反撥した問題があった。

 ロシア人ボクサーに「海老原」という日本名を名乗らせたなんてのもあった。彼は素朴に「なぜ誇りある自分の名を捨て、そんな名前を名乗らねばならないのか」と主張して後に本名を名乗った。これを強要したのは「金」から「金平」に改名した朝鮮人だった。自分が改名しているから他人の改名にも鈍感だったのだろう。

 この辺の感覚が日本人の「悪い意味での島国根性」であることは認めねばならない。ほぼ単一民族なので懐が狭いのである。国境を数多く抱える欧州人であったなら、「呼びにくいから呼びやすい自分達の名前に変える」なんて失礼なことはしまい。されるほうも受けつけまい。なんとも狭量な島国根性である。なお、あえて「悪い意味」としたのは、私は「島国根性」をとてもよい意味でも使うからだ。日本人の几帳面さ、礼儀正しさ、自動車から携帯電話まで痒いところに手の届くように改良してしまうあの感覚が「良い意味での島国根性」になる。対して支那の「大陸的」はどうしようもない。



 関係ないことを語っているようだが主旨は一貫している。ブラジル人青年の名を呼びにくいとタロー、ジローにしてしまう感覚、ロシア人ボクサーの名を海老原にしてしまう感覚、この流れに、「らい病」を「ハンセン氏病」と呼ぶようにし、さらに「氏病は死病に通ずる」と「氏」を取ってしまい、「ハンセン病」と呼ぶ感覚がある。



 女性器からの愛液「バルトリン腺分泌液」、男の先走り液「カウパー腺分泌液」。このバルトリンもカウパーも発見した博士の名前だ。私がこれらを覚えた頃はまだ「バルトリン氏腺」と「氏」がついていた。
 これって誇り高いことなのだろうか。医学の世界では自分の名が冠せられることは後々まで自慢になるのか。私の名字がバルトリンだったら、なんだかいつも女性器の愛液にまみれているようで、あまりいい気はしない。というか、例えばバーバラ・バルトリンという美しい女性と知りあったとしたら、私は反射的に「彼女は濡れやすいのだろうか」と不謹慎なことを想像する。男のジョージ・カウパーさんと知りあっても同じく。

 ハンセンさんはスタン・ハンセンしか知らないが、ハンセン氏一族は、らい病が世界的に「ハンセン氏病」と呼ばれることをどう受けとめているのだろう。一族の博士が発見し、世界中でそう呼ばれることを誇っているのだろうか。英語の「癩病」である「leprosy」は禁止用語ではないから今も使われている。「Hansen's disease」はむしろ補助的だ。やはり「癩病」というコトバを「ハンセン病」にして封じてしまう日本の異常さが際立つ。



 とするなら「野呂一族」も、ノロウイルスに関して、気にするな、となるのだが。
 しかしこの場合、「日本の野呂博士が初めてそのウイルスの存在を発見し」ではない。問題は「ウイルス」にある。たとえば「丸山ワクチン」なら、ワクチンであるから丸山さんが辛い目に遭うことはない。誇れる。将棋でもゴキゲン中飛車対策に丸山九段が使いはじめた戦法を「丸山ワクチン」と呼んだ。

 この場合はウイルスなのだ。野呂さんが遅刻したら、いろんなヤツが遅刻するようになった。そういう場合「ノロウイルス」と使われたりするだろう。野呂さんが営業成績を上げたら、みんながそれに習って成績を上げた。だがこの場合「ノロウイルス」と使われることはない。「ノロワクチン」なら使われる。切実な問題である。
 といって改名はやはりむずかしいだろうなあ……。
  1. 2013/10/13(日) 03:12:25|
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10月12日雑感──真夏のような暑さ──身辺雑記

休まず毎日書いてくれとメールを戴くが、テーマを決めて、ある程度まとまった文章を書くのが自分のスタイルだと思っているので休みがちになる。でも急かされたので身辺雑記を。これでいいのならいくらでも書けるのだけど。

将棋について書いてくれとリクエストも戴くのだが、今その気になれない。書く気はないが「なぜ書かないか」は書かねばならないと思っている。



暑い。今日など「秋晴れの好天」を通りこして、「真夏が戻ってきたよう」。肌が焦げる陽光だ。異常である。10月半ばの天気じゃない。
今年はとんでもない猛暑だったらしい。居なかったので知らない。昨年まで5年間クーラーのない生活をした。真夏の猛暑対策は朝から水風呂だったりして、それはそれでおもしろかった、と今は思う。昨年またクーラーを設置した。それでも節電や東北のこともあり使ったのは数回だけだった。節電の愉しさをしると癖になる。
今年の夏は、思いきって本来のクーラー大好きにもどってみるかと思っていた。周囲のひとたちが今年がいかに暑かったかと会話しているのを聞くと、自分だけ蚊帳の外で、それはそれでさびしい。思い出とは共通項だ。 



usb32gb
通販で購入した数多くの店からお知らせメールが来る。ある店の目玉はこれ。USBメモリ64GBが3799円。
90年に「USB64MB 12000円」に驚喜した身にはめまいがする。当時の記録メディアの中心はフロッピーディスク。1.4MB。文章の保存容量はキロバイト単位。ちいさいので物書きにはそれで不満はなかったが円盤は読みこみにジーッジーッという音がして時間が掛かる。ケースに入れて持ち運ぶのでけっこう嵩張りもする。なのにUSBメモリは、このちいささで64メガ、フロッピー45枚分。無音。速い。自分が最先端デジタル世界にいるようで、持っているだけでいい気分だった。
時が流れていまこの容量でこの値段。64MBが64GBだから容量は千倍。値段は4分の1。

使う予定はないのだが買うことにする。東芝。寅さんいうところの「一流メーカー製品」。もしかしたらメモリ不足の世となり10万円ぐらいに値上がりするかも知れない。財産になるかも知れない。そんな勘違いからいまだに抜けられない。



大阪のYさんとメール交換。楽しい。すばらしい博学のかただ。
明確な意思をもって生きてきたかたは迫力があるなと感心する。まったくそれのない人生を送ってしまったが、ここまでくると、その「なにもない」を、あるひとに対するアドバンテージ?にするしかないと居なおり中。



そこいら中スマートフォンだらけだ。先進国の話ではない。中共の山奥のおじさんおばさんまで、電気もろくに通っていないところですらみんな画面を指で撫でていた。
あまりに出遅れてしまうと今更近づきがたく、とはいえつい先日も都心に出た際、PCから印刷してきた地図を手にしているのにそれでも迷ったほどの方向音痴なので、ナビ機能には大いに興味がある。さてどうするかとなったとき、折中案で液晶端末を思いつく。といってこれまた今更iPadはイヤだ。だってコンピュータのコの字も知らない知人がみな使っている。以前書いたが、あれは、あの能力を最高級に使いこなす最先端若者(空港で出会う外人に多い。便利なものだなと感嘆する)とは対照的な、「コンピュータは使えないけど、これなら出来る」というおじさんに対して価値があるように思う。田舎のおじいさんおばあさんとか。

asus007
スマートフォンもイヤ、iPadもイヤ、から選択肢はGoogl Nexusに向き、AsusのMemoPadに行きつく。大好きな台湾のAsusだ。前々からマザーボードはAsusだったが、ここのところもうあの「God Bless Japan」の感動もあり、ビテオカード、サウンドカードやらなんなら自作機パーツもAsus一色になっている。それにすることにした。



当面はこの生活雑記で御茶を濁すしかない。毎日がしっちゃかめっちゃかだ。気をつけるのは腰痛。まだまだおっかなびっくり。
  1. 2013/10/12(土) 14:39:25|
  2. 生活
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しまむら土下座事件考──清く正しく生きている在日朝鮮人が気の毒に思えた

 しまむら店員に土下座させ携帯で撮影 強要容疑で43歳女逮捕


 札幌・東署は7日、札幌市の衣料品店で購入した商品が不良品だと訴えて従業員に土下座をさせた上、自宅に来て謝罪するよう約束させたとして、強要の疑いで札幌市の介護職員の女(43)を逮捕した。土下座する様子を携帯電話のカメラで撮影していたという。



 東署によると、土下座の画像は短文投稿サイト「ツイッター」に投稿され、インターネット上で話題になっていた。


 逮捕容疑は9月3日午後6時ごろ、札幌市東区の衣料量販店「ファッションセンターしまむら苗穂店」で「購入したタオルケットに穴が開いていた。店に来るのに費やした交通費を返せ」などと訴え、パート従業員の女性(32)ら2人に土下座をさせ、自宅に来て謝罪をするとの念書を書かせた疑い。
 容疑者は調べに「強要はしていない」と容疑を否認しているという。


 苗穂店は不良品だったとして、容疑者にタオルケットの代金980円を返却したが、従業員は容疑者宅を訪れなかったという。土下座を強要された従業員が9月下旬、東署に被害届を出していた。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/10/07/kiji/K20131007006765450.html 



土下座させた女、“強要”認める(北海道)

衣料品店の従業員に土下座などを強要したとして逮捕・送検された女が強要について容疑を認める供述をしていることがわかりました。

土下座を強要したとして逮捕された札幌市白石区の43歳の女の身柄はきょう午後、検察に送られました。女は、先月3日、札幌市東区の衣料品店で商品にクレームをつけて店員に土下座させたうえ自宅まで謝罪に来るよう念書を書かせた強要の疑いです。

店員が土下座する画像はツイッターに投稿されネット上に広まっていました。
女は当初、強要については容疑を否認していましたがきょうまでに容疑を認める供述をしているということです。
http://www.news24.jp/nnn/news8812995.html



日本に多くの店舗を持つ大手衣料品チェーン「しまむら」の店員を土下座させた挙句、ソーシャルメディアを使いインターネット上に画像をアップした影響で炎上した女性への批判が収まる気配が無い。

女性はツイッターアカウントを閉鎖したにもかかわらず相変わらず批判が寄せられ、住所や本名など個人情報が特定されてしまい2ちゃんねるなどの掲示板に流出している。

問題の女性は購入した商品に不備があった為「商品管理が悪い」とクレームつけた。さらに店員を土下座させその様子をツイッター等のソーシャルメディアを使いインターネット上に公開し多くのユーザに「クレーマー過ぎる」「何様のつもりだ」「不愉快だ」などと批判を浴びた。

問題を重く見た女性はツイッターアカウントを閉鎖するも、批判は収まる気配がなく事態はセカンドステージに突入し彼女のFacebook、フォト蔵、mixi等次々に標的となった。

彼女は現在ツイッターアカウントを閉鎖しているが、時すでに遅く過去の写真や発言などから身元が割り出され、更に他のソーシャルメディア等からも情報を入手し、かなり詳しい身元が判明してしまった。現在判明している情報は以下である。

・本名 ・住所 ・家族構成 ・年齢生年月日 ・子供の名前、顔写真 ・車の車種 ・職業などである。
とくに子供の写真等も流出しており「子供を流出させるのは教育上良くない」と言うコメントもあるが、お構いなしに掲載している。

ただし元々ソーシャルメディアにアップされていた情報でもあるため、一概にも「漏洩」とは言い難い問題ではあるが、土下座をさせた本人というレッテルが貼られてしまった以上、世間からの反応も変わってくるはずだ。

http://www.yukawanet.com/archives/4543286.html#more 

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 事件そのものは話題になった当初から知っていた。 土下座させた画像を自慢気にツイッターに投稿したという、気分の悪くなる「ツイッター的な事件」だった。いま「バカバイト」というのが話題になっている。あれも有名人の来店や自分のバイトする店の内部事情等を画像アップしてしまうツイッター的な事件だ。ツイッターと携帯電話の合体で、まさに気違いに刃物状態になっている。

 これもまたそういう事件のひとつであり、同時にこの女の異常さを暴いて白日の下に曝け出したのもそういうメディアだった。核兵器を抑止できるのは核兵器だけ、のような状態である。末世か。それともまだこういう流れになることを、「ニンゲンには良識が残っている」と寿ぐべきなのか。

 インターネットの力を利用して、被害者ぶり、不特定多数の力を得て他者を誹謗しようとする陰湿なヤツ(一例・「この店でこんな無礼なことをされた」)が現れると、確実にそれを同じインターネットの力できちんと批判するひと(その店はもともとそういう方針。あんたがわるいのではないか)も現れて、救われると思うことも多い。

 今回の場合はそういう底意地の悪い被害者面するようなものとは逆で、勘違いバカが調子に乗って叩かれた、という一件だった。この種のものに興味のない私とは無縁の事件だったのだが……。



 2ちゃんねるにすぐにこの女の情報が晒され、こどもが朝鮮学校に通う在日朝鮮人の女とわかった。チマチョゴリ姿のこどもの写真までアップされていた。見た目からも見事に朝鮮だった。またしてもそうなのかとうんざりする。
 通名もいかにもそれらしい。私は学生時代から今にいたるまでに「青木」という名字のひとと何人か知りあったがみなそうだった。かの民族にとって縁起が良いとされる左右対称の彼らの好む名字らしい。スポーツ、芸能分野でも青木姓はほとんどそうだ。

 上にあるように、本人はともかくこどもの写真までが公開されたのはやりすぎのようだが、それは元々本人がFacebookやmixiにアップしていたものである。隠されていた情報を強引に開陳させたわけでもない。この女は、こういう事件を起こすぐらいだから露出が好きなのだろう。自己顕示欲の固まりだ。まともな感覚を持っていれば幼いこどもの写真は公開しない。こういうふうに自滅して行く人の感覚は私にはわからない。自業自得ということばが相応しいのかどうか。頭は悪い。職場でもまともなニンゲンだったとは思えない。まともなひとがこんなことをするはずがない。



 事件その物には興味はないが、こういうことが起きると、すぐにまた出自が騒がれるから、在日朝鮮人はたまらんだろうなあと感じた。それが私のこの「事件」への感想になる。

 世の中には清く正しく生きている在日朝鮮人だって数多くいることだろう。いやそっちのほうが多いに違いない。でも「毒入りカレー事件」「光市の母娘殺人事件」「首切りサカキバラ事件」「イギリス人女性殺し逃亡犯」のような世間が刮目する異常な事件の犯人がみなそうなのである。日本の総人口の0.5%しかいないのにそうなのだから、やはり確率は高い。まじめに生きている在日朝鮮人は、そのたびに肩身の狭い思いをし、たまらん気持ちになるだろう。私がそうだったら目も耳も塞ぎ何も情報を入れなくして世間とは隔絶して生きたくなる。かといって彼らは祖国に帰ると今度は母国語もろくに話せない日本に染まった奴らと侮蔑される。行くところがない。つらいだろうなと思う。しかしもちろん言うまでもなく「強制連行」なんてもので連れられて来たのではない。かってにやってきて、帰る機会もあったのに帰らなかったひとたちだ。

 上記の残虐な事件と比すとこれは、とても些細な、事件と呼べるようなものではない。でも充分にツイッター時代を反映した世間的に目立つ異様な出来事ではある。この事件を知り、くだらんことをするヤツがいると眉を顰めた清く正しい在日朝鮮人は、そのあと瞬間的に「でもまたまさか!?」と思い、すぐにそうと知って無念の涙を呑んだことだろう。またしても朝鮮人かと世間は惘れる。清く正しく生きているひとの口惜しさが判る。

 もしも私がその立場であったなら、自分がこの種の問題を起こしたら多くの同朋に迷惑を掛けると、より強く自分を律して、決してこのようなことはしない。なのにこの様だ。ツイッターに土下座させた写真をアップして得意満面なのだから話にならない。まともに生きている在日朝鮮人が気の毒だ。
 私にはそういう意味でのみ印象的な事件だった。

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「大阪生野通り魔事件──在日朝鮮人の通名と本名報道──麻木久仁子ツイートを振り返る」に書いたが、麻木は「在日コリアンの犯罪が通名で報道されるという事実はありません。事実は逆です。在日がいいことをすれば通名で日本人として報道され、悪いことをすれば本名で在日として報じられるのが基本です」と意見表明している。ただのバカタレントではなく、情報番組の総合司会までしていた知性が売りのひとだから、一見説得力がある。しかしこの事件でも「青木万利子」という通名が報道されただけで本名は伏せられている。在日コリアンであることは、彼女自身がアップしていた娘が朝鮮学校に通う様子やそこから知られていった。麻木の意見こそが「事実とは逆」なのが、このことからも確認される。

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【追記】──裁判結果が出る──10/26

店員に土下座させ画像を投稿、女に罰金30万円
    
 商品にクレームをつけて衣料品店の店員に土下座をさせ、その様子を簡易投稿サイト「ツイッター」に掲載したなどとして、強要と名誉毀損きそん容疑で送検された無職青木万利子容疑者(43)(札幌市白石区)について、札幌区検は25日、名誉毀損罪で札幌簡裁に略式起訴した。

 同簡裁は同日、罰金30万円の略式命令を出した。

 札幌地検は同日、強要容疑について「前科もなく反省している」として、不起訴(起訴猶予)とした。

 起訴状などによると、青木容疑者は9月3日、札幌市東区の衣料品店でタオルケットを購入。不良品だったと訴えて女性店員2人に土下座をさせ、その様子を携帯電話で撮影した画像と中傷する書き込みをツイッターに掲載し、店と店員の名誉を傷つけたとされる。
 
http://news.livedoor.com/article/detail/8193741/

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 冒頭の記事では「介護職員」になっていますが、ここでは「無職」になっていますね。どういうことでしょう。假りにこの事件のあと解雇されたとしても、「元介護職員」とか入ります。なら「介護職員」というのが間違いだったのでしょうか。

「携帯電話とツイッター」という気狂いに刃物状態の今、こういう判決が、すこしでも抑止力になるといいのですが。
  1. 2013/10/09(水) 07:33:40|
  2. 朝鮮
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《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──まとめました、こちらを読んでください

 教え子の女子柔道部員に性的暴行を加えたとして、懲役5年の判決を受けた内柴正人被告(35)の控訴審の初公判が4日、東京高裁で開かれ、内柴被告の弁護側は、あらためて無罪を主張した。
 内柴正人被告は、2011年12月に逮捕されて以降、拘置所などで拘留生活を続けている。(中略)
 
 裁判は即日結審し、判決は12月11日に言い渡される。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00255162.htmlcc

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 人気記事に内柴事件がランクインしたので、調べたらそういうことだった。昨日4日に裁判があったのだ。「内柴」の名の検索でヒットしたらしい。私には「スポーツバカ男とスポーツバカ女の身の下話」であり、どうでもいい事件だが、世間的な関心はまだ高いようだ。きっとまた12月11日に判決が出たらアクセスがあるのだろう。
 せっかく見知らぬひとに読みに来てもらって誤字脱字があったら失礼なので、関連文章をあらためてチェックした。

 そこでさんざん書いていることだが、私の書いたテーマは《内柴に都民栄誉賞を贈った石原都知事に、その責任を問おうと迫ったマスコミと、それを「まだ判決も出ていないのに罪人扱いは早すぎる」と拒んだ都知事の姿勢》である。興味の対象は石原さんとマスコミのことだ。そして私は「都知事は正しい。断固支持する」としている。

 しかしけっきょく都知事を支持するために、興味のない事件のことをずいぶんと詳しく書いている(笑)。デヴィ夫人や勝谷誠彦の意見まで紹介して。
 最初に書いたのが2011年の12月11日、最後に書いたのが2012年の11月5日になる。そして今回2013年10月5日にも触れたから三年越しだ。

 せっかく来てくれたかたにはどうせなら全部読んでもらいたいのでまとめておくことにした。



・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──橋下当選YouTube報道の力──2011/12/11

・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──デヴィ夫人の意見──2011/12012

・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──削除された開業医のブログ──2011/12/12

・ 《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──勝谷誠彦の意見──2012/11/05


 12月の判決ではかなりの確率で有罪になりそうだ。マスコミはまたスキャンダラスに騒ぐことだろう。どっちになろうと私の意見は変らない。
  1. 2013/10/05(土) 07:35:04|
  2. 石原慎太郎
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島耕作話──「学生島耕作」がスタート!──島耕作の矛盾点、孫鋭の「娘」が成長すると「息子に」(笑)

shimakosakugakusei

 しばらく「島耕作」を読まずに(読めずに)いて、ひさしぶりにコンビニで立ち読みしたら「会長」になっていたのでおどろいた。前々から弘兼さんは「社長で終り」と明言していたのだが、ここまで来るともうとめられないのだろう。これに関してはすでに「課長」のころ、単行本の解説に「掣肘を阻む」という表現で語っている。キャラがひとり歩きを始めていて、弘兼作品ではあるが弘兼さんにももう先が読めない状態になっているのだ。



 ただ、長年読みつづけてきた読者として、「立場が上がるほどにつまらなくなった」とは言える。それは「島耕作のゴルゴ13化について」と題して書いた。

 ゴルゴ13のつまらなさは、というか白ける手法は、「ゴルゴ13というスナイパーの物語のようでいて実は世界情報ウンチクマンガ」であるから、読者にその情報の状況と背景を説明せねばならないのだが、それを登場人物の会話でやる点だ。もう何度も書いているので今更だが、それでも倦まずに書くと、たとえば《沖縄独立のために自衛隊精鋭が決起する。決起前夜、リーダーが延々と沖縄の歴史を語り始める。決起直前になにやってんのとここで鼻白むが、問題はそのあと、その彼の説明する沖縄の歴史に、一緒に決起する隊員が「えっ、そうなんですか!」と驚いたりするのである。そりゃなかんべさ。そのやりとりが不自然だ》になる。読者に沖縄の虐げられた歴史と、何故自分達は立ち上がったかを知ってもらわないと物語のおもしろさが伝わらない。それを説明するのはわかるが、なぜ決起前夜にリーダーが延々と語り始めるのか、そして命を賭して決起する精鋭が、そんな初歩的な情報に、なぜ今ごろ「えっ!」と反応したり、「それではその場合?」と質問したりするのか。それはもうずっと前に済んでいることだろう。そういうことをすべて学んだ連中が決起したのだろう。ト書きで処理できないのだろうか。毎度毎度白けてしまう。全編がそうであり、依頼主のCIAやMI6、KGBの高官が延々と状況説明を始め、聞いている側近が「えっ!」とやる。みな同じパターンである。

 テレビの2時間推理ドラマ等では、最後の崖っぷちに立ったようなシーンで犯人が延々と犯罪に到る動機、殺人のトリック等を説明する。それと同じ白々しさである。もっともテレビの場合、小説やマンガのように文字で説明は出来ないから、どうしても「しゃべらねばならない」という面はあろう。だがマンガには文字がある。文字の説明でいい。ドラマのように「会話」で無理にする必要はないのだ。ただしゴルゴも初期の作品を読むとト書き処理もある。連載が続く内にこの手法が中心となったようだ。



「島耕作」もえらくなるにつれて中国、インド、ロシア、ブラジル等を語る「経済ウンチクマンガ」になってしまい、つまらなくなっていった。それはそれでいいのだが、その手法にこの「ゴルゴ方式」を取りいれたのは興醒めだった。「課長」のころは、単身赴任した初めてのニューヨークについても、ト書きで説明していた。それで十分だった。その方法でよかった。なぜいまゴルゴ方式にしたのか、なんとも残念。

 つまらない一例として、インド篇で「不浄の左手」の話がある。インド人はなぜ食事の際左手を使わないかの説明だが、それをヒロイン?の大町久美子が質問するのである。その時点で久美子はもうインドに長く住んでいる。久美子がインドに行く前に「地球の歩き方インド編」を読んだかどうかは知らないが(笑)、セレブはあんなものは読まないか、インドに住もうとするひとならそれぐらいは知っているだろう。弘兼さんが「不浄の左手」のウンチクを披露したかったのはわかるが、それの質問者に久美子を選び、その初歩的な智識に久美子がおどろくというのは、前記ゴルゴの「沖縄独立決起前夜に決起メンバーが沖縄の歴史を知らされて驚く」のと同じ滑稽さでしかない。

 もっとも、滑稽とか矛盾で言うなら「島耕作」はそれに満ちていて、久美子にしても、初芝創業者吉原初太郎の寵愛した芸者に産ませた一人娘であり、母は巨額の株をゆずり受けた大金持ちである。正妻とも一人娘とも不仲の吉原が真に愛したのは、その芸者の愛人と久美子だけであり、久美子の婿に初芝を継がせるのが吉原の願いだった。久美子は後々世界の社交界にデビューし、将来は初芝の社長夫人となるお姫さまなのだ。
 なのになぜか登場時は短大卒の初芝の経理社員である。ソロバンが得意というわけのわからなさ。ここではそんな設定だったのだろう。しかしまた久美子も独自の動きを始める。島耕作のラブアフェアの相手として設定した女子社員が、これまた弘兼さんの「掣肘を阻」んで「吉原初太郎の隠し子」というひとり歩きを始めてしまった結果、世界の初芝を継ぐセレブレディが、名もない短大を出たそろばんの得意な娘という矛盾が出た。あちこち「後付け」だらけの矛盾に満ちた物語ではある。でもそれがまたいとしい(笑)。



 島耕作が出世するに従いつまらなくなったなと思っていた頃に「ヤング篇」が始まる。これはおもしろかった。でもズルい。だって「未来を知っている」のだから。何が流行り何が廃れるか、どんな夢のような商品が開発されるかも、そしてその夢の商品ですらもより新たな製品に押し遣られて消えて行くことも、すべて知っている。家庭用ビデオが開発された時代だ。それの普及もテープがHDDになることも、すべて知っている。家庭用電気製品の廃棄処理が問題になる、なんてことまで読んでいる。あれはちょっとやり過ぎだと思った。あの時代にあそこまで読んでいたひとはいないだろう。

 たとえば「鉄腕アトム」では、人型ロボットのアトムが空を飛ぶ時代なのに電話はダイヤル式の黒電話だ。
 たとえば「バビル2世」では、はるか未来の図書館で調べ物をするとき、相変わらずぶ厚い本を拡げている。
 後付けじゃないからひとりひとりが携帯電話をもつ時代とか、電子チップへの情報処理まで想像が出来ない。
 その点、後付けは強い。

 しかしまた後付けであるから矛盾が生じる。弘兼さんが意図してやったのかボケたのか知らないが、「課長」篇で会長宅に呼び付けられ「初めて吉原初太郎に会った」というシーンがあるのに、「ヤング篇」では、新入社員時代にもう親しく話したりして、自分で自分の作品を壊している。

 私は「課長」「部長」時代の島耕作と「ヤング」が矛盾することを、弘兼さんなりに割り切って遊んでいるのだと好意的に解釈することにした。そういう大きな心がないと「島耕作」は楽しめない(笑)。
 たとえば「課長」後半になって登場する重要な脇役であり、私がいちばん好きなキャラの「中沢部長」なんかも、「ヤング」時代に、すでに中沢課長のころから知っていたりする。そのころから中沢課長は、さすが将来最年少で社長になるぐらいの才覚を現している。中沢部長もまた弘兼さんの手を離れてひとり歩きしたキャラであり、弘兼さんもお気に入りなのだろう、だからこんなことをする。「課長篇」とは矛盾しても、それは弘兼さんの読者サービスであり弘兼さん自身の楽しい遊びでもあるのだろう。そう解釈している。



 しかし以下のものなんかは完全にボケているんだろうなあ。海外でノートパソコンに挿れて持っていった自炊ファイルを読んでいて思った。世界中いろんなところで「島耕作」を読んでいる(笑)。そういえば海外の日本人の溜まり場に置いてあるマンガは、日本の理髪店と同じく『ゴルゴ13』『美味しんぼ』『静かなるドン』がベスト3だが、ここのところ『島耕作』も増えてきた。読者は最も島耕作と遠い人生を歩んできたひとたちだが。

 小説の場合も思うのだが、こういうミスって編集者は気づかないのだろうか。あるいは描いているスタッフは。本人はしかたない。そんなものだ。いわば遮眼革を掛けた状態。まっすぐしか見えない。しかし周囲はちがう。それを指摘してやることはできないのだろうか。

 中国の電機メーカー「出発」の社長・孫鋭に、日本の女「男全(おまた)マキ」が近づき子供を産む。孫鋭は「出発」の創業者、オーナー社長、大金持ち。独身。こどもはいない。後に日本留学時代に芸者に産ませた娘がいることになる。これまた大きな矛盾なのだが、それはまたべつにして、この時点ではこどもはいないことになっている。
 男全マキの生んだ子は孫鋭の莫大な財産を受け継ぐ権利を持つ。そのために近寄り、そのために産んだ。金のためだ。悪女である。念のために書いておくがこどもはこれひとり。最初が女で二番目が男とか、そういう話ではない。

 下は、その念願のこどもが生まれたときのシーン。出産したのはインドである。携帯電話で中国にいる孫鋭に報告している。「常務篇」のひとこま。なおこの男癖のわるい悪女のことは孫鋭も疑っていて、すぐに医者にDNA鑑定をするように依頼している。

shima-musume

 それから数年後、成長したこの「娘」が中国で誘拐される。身の代金目当てだ。こちらは「社長篇」の中の一篇。するとこんなシーンが。ここでは孫鋭もかわいがっているから、DNAの結果は自分のこどもだったのだろう。

shima-honryu

 誘拐される前の食事シーン。落ちつきのないこどもは食事途中でその辺を走りまわり、その際に攫われてしまう。「本龍」という名前から男の子と思われる。しかしインドで産まれたのは上の画にあるように「女の子」なのだ。とすると女の子なのに「本龍」なんて男っぽい名前をつけたのか。そこに誘拐犯から電話が掛かってくる。

shima-musuko

 やはり「息子」のようだ。とするとインドで産まれたときは「女の子」だったが、そのうち次第に「男の子」になったのだろう。一般社会でもよくあることだ。って、ないか(笑)。

 しかし気づかないのかなあ。誰かひとりが「先生、産まれたときは女の子設定でしたよ」と言えばすむことなのに。編集者もスタッフも気づかないのだろうか。ほんとに不思議だ。
 産まれたのが「常務篇」、その次ぎに「専務篇」が5巻あり、そして「社長篇」だから、画の通り赤ん坊から幼児まで作品中でも現実でも5年ぐらい経過しているのか。弘兼さんがボケて勘違いしたのはしかたないとしても、スタッフも編集者もみな忘れてしまうものなのだろうか。信じられない。



 しかしこんなことに腹立っていたら「島耕作」は楽しめない。成りゆきにまかせ、大らかな心で読むのが正しい。こういうこともまた楽しみのひとつなのだ。
 私は上掲3枚の画像を探すのに苦労した。「たしかこんな矛盾があったはず」とは覚えていても、それが何篇の何巻にあるかまでは記憶していない。よって「部長」の後半から「取締役」「常務」「専務」「社長」と探しまくった。閑人である。それもまた「島耕作」を読む楽しみだ。

 閑人と言えば、「課長篇」で登場するハーバード大卒の切れ者の八木が、出世とともに人格が変貌して行き、「社長篇」ではロシアで悲惨な殺されかたをする。容貌の変化もまたひどいことになっている。その変化を画像で並べたいと前々から思っているのだが、さすがにそこまで暇でもない。



 12月から始まるという「学生篇」だが、さてどうだろう。
「課長篇」初期において回顧される「学生島耕作」は、普通に学び遊び雀荘に入りびたったりする、あまり勉強に熱心ではないノンポリ学生だった。そもそもそういう「凡庸なサラリーマン物語」のはずだった。
 対して、後にフィリピンで死んでしまう樫村という早稲田の同期学生が、ESSのリーダーで優秀な男という設定だった。ところがキャラがひとり歩きを始めると、島耕作もまた英会話に堪能な優秀な学生だっことになり、さらには僚内の集会で、理想論をぶつサヨクの先輩を論破したりする秀でた存在として描かれる。これはきちんとした保守思想を持っている学生でありノンポリではない。これまた「課長篇」の否定だった。

 おそらく「学生島耕作」は、若者らしい軽さやおっちょこちょいな部分を見せつつも、一面においておそろしくスーパーな存在にも描かれるのだろう。なにしろ「後付け」だから。世界の初芝の頂点に立つ男の「後付け青春時代」だから、その辺はもうわかっている。「ヤング」「主任」「係長」と読めば読むほど「島耕作ってこんなにすばらしいひとだったのか」と感心することばかりだ。やりすぎ(笑)。
 40年後の世界をすべて知っているのだから恐いものなしだ。ソ連が崩壊することも北朝鮮の真実の姿も、すべてわかっている。わかっていて、北朝鮮が医療も教育も無料の夢の国とされていた時代を描く。

 前記、ヤング篇で、県人寮のようなところに住んでいた島耕作は、そこのサヨク集会に缺席がちだとサヨク先輩に怒られるが、きちんと筋立てて彼を論破する。私の憧れである。私も当時のサヨクを論破したかったが無智なので出来なかった。自虐史観には染まっていたが私はサヨクではなかった。周囲はサヨクだったがサヨクになりきれなかった。北朝鮮を夢の国と讃美する感覚に疑問を持っていた。しかしまたそれに対抗できるだけの智識も智慧もなかった。今までに「ヤング篇」の中で何度か回顧的に描かれた「学生島耕作」は私の理想の学生になる。しかしあの時代、あんな正しい学生はいなかった。いるはずがない。アサヒシンブンの報じることをみな正しい情報と思い込んでいた時代だ。あくまでもあれは「今という時代を知っているひとの描く理想の学生」である。いわば「少年H」の滑稽さと同じである。

 これから描く「学生島耕作」は、弘兼さんにとっても理想の学生であるにちがいない。今は保守思想である弘兼さんだが、学生時代にサヨクを論破する島耕作ほどの強さはなかったろう。「もしもあのころ、おれもこれぐらいしっかりしていたら……」。その視点で描かれるにちがいない。
 島耕作と同じ多くの団塊の世代が、当時を偲びつつ懐かしく読むのだろう。そこには元サヨクも数多くいるにちがいない。現役サヨクは読まないだろうけど(笑)。



「ヤング島耕作」の連載が始まったとき、私は「これを待っていた」と喜ぶと同時に、心の片隅で「これをやっちゃあおしまいよ」とも思っていた。その気持ちはいまも変らない。「学生島耕作」も同じく反則である。でも楽しみだ。

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【追記】──「会長島耕作」の老け顔

 前々から島耕作の容姿が「若すぎる」と批判があったのを気にしてだろうが、初めて「会長」を読んだら老けているので驚いた。画で老けさせるにはシワを挿れるしかない。それだけで一気に老けるが加減が難しい。「会長」には両方の目尻に2本ずつシワが描かれていた。すると島耕作が一気に老けておじいちゃんになる。66歳になる設定だからそれ相当かもしれないけど、 若々しいひとだっているし、あんなに老けさせる必要もないと思うけどな。



【追記.2】──作家と編集者--浅田次郎の凡ミス

 女の子で産まれたのにいつのまにか男の子になってしまうミスをなぜ弘兼さんのスタッフや編集者は気づかないのだろうと思っていたら、浅田次郎のことを思い出した。

 今夏、「島耕作」と同じく海外で浅田次郎のエッセイを何冊も読み返したのだけど、そこではくどいほどに、自分がいかに真剣にゲラチェックするか、遣り手の、厳しいけれど有能な編集者に恵まれているか、いかに優秀な校閲が存在しているかを語っていた。いわば〝チーム浅田〟自慢のようなものである。

 その発端は、それを知らないマスコミに攻撃された際の反論だった。
 有名な話だが、直木賞を受賞した翌日に、「直木賞受賞第一作」という帯が着いた本が平積みされた。「活動冩眞の女」だったか。それを「不自然だ」と批判した記事があった。受賞翌日にそんなことが出来るはずがない。もう受賞は決まっていて用意していたのではないかと。
 それに対し浅田は、もちろん「直木賞受賞作『鉄道員』」、「直木賞受賞第一作『活動冩眞の女』」という帯は受賞を予測して作ってあったのは当然として、その帯掛けは、「受賞決定の夜に、編集者がみな徹夜でやってくれたのだ。朝一番で本屋に届けてくれたのだ。彼らは天使なのだ」と反論した。

 チーム浅田自慢のもうひとつの流れとしてインターネット批判がある。浅田はインターネットをやらない。さらにはワープロとも無縁の今も手書きのひとである。当然インターネットとは距離を置くというか、批判的な視点で語る。世の中には検閲を受けず、他人のチェックを通さず流通するインターネット文章のようなものがある。自分が関わっている世界はそんなものとはちがうのだ。多くのすぐれた人間が、職人が、誇りを持ってチェックしてくれているのだ、という主張である。

 しかしそんなに優秀な人々に恵まれ、本人も何度もゲラチェックしている割には、彼の小説には常識的な用語の誤用が多い。周囲は直せないのだろうか。信じがたい。本人はしょうがない。知らないのだから。間違いに気づかない。これは誰にもあることだ。だけど周囲が指摘してやればわかるだろう。あまりに簡単な誤用の連発を見ると、私は彼は既に〝浅田天皇〟になっていて誰も忠告できないのかと思えてくる。
 でもあのシリーズエッセイはビッグになる前のものである。直木賞をまだ受賞していない40代の浅田さんになら編集者は言えると思うのだが……。浅田さんの誤用という恥はチーム浅田の恥でもあるのだし。彼の自慢する腕利きの編集者ってなんなのだろう。彼の編集者礼讃を読むと、私はただの身内の褒めあいにしか思えない。本当に優秀な編集者なら、ベストセラー作家であろうと誤用を指摘してやるだろう。本人のためになるのだし。

 つい最近の『新潮45』にも著作権を守るための文を書いていた。あの「自炊代行業者」訴訟である。つい先日勝訴したようだ。そこではネット世界を、自分達のような二重三重の校閲も校正もないから、誤った情報が垂れ流しだと批判していた。その事はまったくその通りなのだけど、彼のいる紙メディアには、そういう自慢するような優秀な校閲や校正がいるのなら、なぜ彼の文章にはあんなに誤りが多いのだろう。これまた不思議でしょうがない。
  1. 2013/10/04(金) 16:58:23|
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旧いThinkPadのキイボードの使い勝手に感動!──これを廃したLenovoの罪

 毎度同じようなことばかり書いて恐縮だが。
 数日前から旧ThinkPadのWin7が不調になったので、今日思いきって消し、8を挿れた。シングルコアの旧ThinkPadには7のUltimateは重そうだったし、8のほうが軽いから、そのほうがいいと判断した。それを言うならXPにしてやるのが一番だがさすがにもう2006年から使っていないXPを使う気にはなれない。いまもXPのオフィスは多いようだが。

 なんとか最低限の状態(CapsLockと左CTRLキーの交換、ATOKのインストール、StartIsBackによるスタートボタンの復活、Ribbon Disablerによる旧型エクスプローラーへの復帰、Google Chromeを挿れてデフォルトブラウザにし、〝同期〟してログイン)をして、いまやっと使える状態になりつつある。
thinkpadold

 なにしろ旧型であるから、この程度のことをしているだけでもタスクマネージャは常にCPU使用率100%になり、本体もかなり熱くなっている。この時代、シングルコアはきつい。せつなくなる。

 8.1の無償配付が10月17日と迫ってきた。果たして完成版はよくなっているのだろうか。Preview版ではひどい目に遭った。まあ所詮8がゴミであり、それの改良版なのだからたいしたことはないだろう。



 IP電話を掛けるのと文章を書くぐらいしか用途のないほぼ現役引退の旧ThinkPadだが、あたらしいOSを挿れた記念に、すこし文章を書いてみた。
 すばらしいなあ、このキイボードは。しみじみと感動する。芸術的とすら思う。ノートパソコンで、ここまで使いやすいキイボードがあるだろうか。指に吸いつくようだ。なのにLenovoはMacを真似たアイランド型にしてしまった。日本的美は支那人には通じなかったのか。

ThinkPadnew

 最新の能力を持ったノートパソコンで、このキイボードを備えたものがあったら真っ先に買うのだが。詮ない夢だ。この旧ThinkPad、おしゃかになっても捨てられないな。 

 私はBluetooth対応の「ThinkPadキイボード」を購入したのだが、ぜんぜん使っていない。アイランドタイプのThinkPadからキイボード部分をそっくり抜きだしたような製品(上写真)で、iPadの入力等には力を発揮するだろうが、日常では使う魅力がない。ただの使いづらいノートパソコンキイボードでしかない。トラックポイントの魅力はあるけれど……。

「ほんとにいいものが次第に失せて行く。かなしい」のような愚痴は極力言いたくないのだが、やはりあのLenovoのThinkPadキイボードの廃止(モデルチェンジ)は悪行だったと思う。 

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kanren6 
LenovoのThinkPadキイボードがMacbook型に


ThinkPadワイヤレスキイボード発売!



 
  1. 2013/10/03(木) 17:41:56|
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インターネットラジオの愉しみ──Smooth Jazz考──Abusolutery Smooth Jazz-Sky FM讃歌

 PCに向かいながらいつも音楽を流している。最近はSmooth Jazzばかりになってしまった。ぎっとぎとのBluesばかり聞いたいたむかしなら「こんな腑抜けな音楽!」と拒んだろうに、変れば変るものである。しかしそれでもそれなりのこだわりはある。



「ジャンルに貴賤なし、されどジャンル内に貴賎あり」とは「私、プロレスの味方です」当時の村松友視さんの名言だ。他スポーツファンからのプロレス蔑視に「ジャンルに貴賤なし」と「野球、サッカー、ボクシング、プロレス、それらに貴賎はない」と反論しつつ、それらすべてのジャンル内には、感動に価する試合や唾棄すべき試合もあり、そこには「貴賎あり」と喝破したものだ。



 Smooth Jazzとひとことでくくると、ヘビーなJazzファンからはお気軽なEasy Listeningと蔑まれそうだが、それはそれで認める。だって私は軽く快適なものでないとBGMに出来ないし、BGMで興奮したりしていては仕事にならないから、それがそうであるのは事実なのだ。そういう用途でいま世界中で支持されているのだろうし。
 たとえばまともな本屋のBGMはクラシックと決まっている。でもSmoothJazzなら代役が適いそうだ。「まともな本屋」とは本や文房具を売っているだけの店である。<TSUTAYA>のような複合店はレンタルビデオやレンタルCDが一緒だから、本屋でもJ-popなんてのをガンガン鳴らしていて、私はそれがうるさくてあの種の店には行かなくなってしまった。いや今も必要なときには行くが、急いで用事を済ませて逃げるように帰ってくる。本屋の中であんな騒々しいものを流されてはたまらない。もちろん好きなひとには、本も読めて好きな音楽が聴けて二重に楽しいんだろうけどね。



 さてSmoothJazz内における「貴賎」の話。
 CDをよく買ってくる。図書館でも目にすると借りてくる。いいものを繰り返し聞くのもいいが、とにかくたくさんのものを耳にしたい気持ちがある。私はCDを買ってきてもすぐにPCの中に挿れてしまいmp3で聴いているのだから、だったらもっと安いDownload購入をしたらいいと思うのだが、それが出来ない。現物のCDが欲しい。ジャケットの魅力もあるし。そういう意味じゃむかしのニンゲンである。
 そんな中にはずいぶんといいかげんなものも多い。いわゆるcompiアルバムだ。掘り出し物があるかもと安物のそれを買うこちらにも責任はある。ヒット曲をイージーに演奏しただけ。サム・テイラーの吹く演歌みたいなものだ。いやいや、あれはあれでコンセプトがあったから、あれと一緒にしたらサム・テイラーに失礼か。日本のジャズマンはみな彼を嫌ったし、彼も商売と割り切ってやったのだろうけど、あれはあれでサックスという楽器の官能的な魅力を日本人に知らしめた意味で、それなりの価値はあったろう。演歌のこぶしと吐息を表現するのに一番適した楽器はサックスだった。たしかに最も人声にちかいんだろうな。
 売らんかなと、そういう粗雑な「サックス名曲集」のようなモノもみな今、「The Best SmoothJazz30」なんて題しているからタチが悪い。
 
 私は「歌のない歌謡曲」と揶揄される松居慶子の音楽を長年聴いている。そういう評価よりはずっと上質のものと思う。ただひさしぶりに良質のSmooth Jazzを聞いた後に耳にすると、アメリカで成功するためにはしかたないのだろうが、オリエンタリズムというか、アメリカ人の思うオリエンタリズムのようなものを強調しているのが鼻につく。つまり、なんというか、アメリカ製忍者映画で感じる違和である。だから、それはそれなりに認めるが、ジャンルの貴賎で上位にはおけない。



 とまただらだら書いていると際限なく長くなるので先を急ぐ。
 私の音楽リスニングは、ここのところインターネットラジオのSHOUT cast Radioが多い。数年前にも朝から晩まで聞いていたから復活である。これは私の愛用ソフトであるMedia Monkeyでも、縁を切ったiTunesでも聞けるが、昔から私がこれを聞くのにいちばん愛用しているのはWinampだ。今回もこれで聞いている。

winamp



 インターネットラジオで音楽を聴くようになったのはいつからだったろう、2005年からか。そうだ、思い出した、私は2005年に引っ越し、そこでやっとADSL回線に出来た。そのことによってインターネットラジオを聞くことが可能になったのだった。それまでの接続ではぶつ切れで快適に聞くことは不可能だった。

 最初はもの珍しくいろんなジャンルを聞いてみたが、やがて当然のごとくJazzとClassicしか聞かなくなった。まあ文章を書く際のBGMだから当然だ。本気で没頭するときは音楽も止めてしまう。

winampgenre

 ジャンルはこれだけある。いま私の聞くのはこの中のJazz部門だけであり、そこからもまた絞られている。
 長年毎日のように聞いているのはAbusolutely Smooth Jazz--Sky FMである。

skyfm

 PCに向かって作業しているときはいつもここの音楽を流していた。SmoothJazzの智識が次第に増えてくる。私がJ-waveのプロデューサーであるM先輩から試聴版CDを貰って愛聴していたJonathsan ButlerやEarl Klughが、この分野では私の思っているよりもずっと大物らしいと知ったのもこのころだ。彼らを聞いたのは運転するときのBGMだったし、日本で彼らの熱烈なファンと接することもなかったので、まことに失礼ながら私は彼らを小物だと思っていた。大物と言えばGeorge Bensonだった。そこから勉強し、CDを聞き、PCの中に「Smooth Jazz」というジャンルで蒐集して行き、それなりに私も語れるぐらい智識を得た。



 今回、数ヵ月前から、自分のPCの中の曲ばかり聴いていては井の中の蛙になってしまうだろうとひさしぶりにインターネットラジオ──Sky FMを聴き始めた。すると、「ほとんどの曲がいつも聴いているのと同じ」なのであるる。

 私がいま自分のファイルから適当に選別して流すのは、たとえば前記のJonathan Butler,Earl Klughであり、Paul Brown,Jessy J,Acoustic Alchemy,Bob James,Chris Botti,Fourplay,Norman Brown,Peter White,Rick Brown,The Rippingtonsあたりだ。

 このSky FMからは、彼らの音楽ばかりが流れてくる。この他、あと10人ぐらいの音楽が頻繁に流れてくるのだが、それもみな保っているから、Sky FMは私にとって極めて快適なSmoothJazzラジオ局だった。毎日24時間私の好きな何千曲の中から好きなものを選んで流してくれるようなモノなのだ。

 私は自分の気に入っているものを集めてまとめ、それをシャッフルして聞くようなことはしない。再生ソフトFittleからアルバムとして流す。そのままにしておくとAcoustic Alchemyのアルバムが5枚でも10枚でも有る限り流れてくる。さすがに数枚聞いたらミュージシャンを替える。
 ところがこのSky FMの快適さは、ほとんどぜんぶが私の保っているアルバムとはいえ、ミュージシャン30人(30組)のアルバム150枚から、1曲ずつ適当に取りあげて流してくれるようなものである。これは快適だ。

 知らない曲、保っていない曲なんて、まずめったに流れない。私は自分のSmoothJazz蒐集もラジオ局と並ぶほどになったかと満足しつつ、まるで専属DJがいるようだとほくそ笑み、しかしこれでは見知らぬ曲を知ろうとラジオを聞く意味がないなあなどと傲慢なことを思ったりした。



 長々と書いてきて、やっと今日書きたかったこと。
 今日、それこそ最初の頃は聞いていたが、やがてSky FM一辺倒になったので長年聞いていなかったSmoothJazzの他局、The Jazz Groove.comというのを聞いてみた。

thejazzgroove
 
 するとそこでは私の見知らぬ曲を数多く流れていた。3曲に1曲は「これ、誰が演奏してるの!?」と確認のために文章を書く手を休めWinampを開くほどだった。印象的な曲はメモするようにしているので、こうなると気楽に聞きながすBGMではなくなってくる。

 そうそう、これも大事。書いておかないと。ここではOscar Petersonも流していた。Smooth Jazz専門局で聞くオスカーもうれしかった。Sky FMがSmoth Jazzと呼ばれるジャンルが確立されてから(Grover Washington Jrの「Winelight」がヒットした1982年ぐらいか)の作品を流しているのに対し、こちらはそれ以前のJazzでもSmooth Jazz的要素をもった作品はそう解釈して流しているようだった。たしかにオスカーのその種の作品は薄っぺらなKenny GあたりよりもSmooth Jazzとしても優れている。

 と書いている今はGrant Greenが流れている。やるなあ。そうか、Grant GreenのギターはSmooth Jazzとしても通用するのか。さっきはWes Montgomeryだった。まあ、Wesはどこでも流れるけど。「Smooth Jazzのギター」と言ったらイコール「オクターブ奏法」だから、そりゃ元祖のWesは流れる。オクターブ奏法だと速いフレーズは弾けないけど、音に厚味と深みが出る。Easy Listening的なSmooth Jazzには速さは必要じゃないから、オクターブ奏法が主流になったのは自然な帰結だった。あまりにギターがそればかりなのですこし食傷気味(笑)。
 Smooth Jazzのサックス方面の創始者がGrover Washington Jrだとすると、ギターはもちろんGeorge Bensonになるけど、その前にWesがオクターブ奏法というもので土台を築いていたことになる。



 インターネットラジオでSmooth Jazzを聞くようになった頃(Smooth Jazzそのものは1990年代から聞いている)、Sky FMから流れてきたPaul Brownの「Wine light」に衝撃を受けた。サックスの名曲をギターでここまで再現できるのかと身震いするほど感激した。いまいちばん好きな女性サックスプレイヤーJessy Jを知ったのもここだった。

 そこからSky FMに惚れこみ、SmoothJazzに耽溺し、Sky FMで耳にした名曲を蒐集するようになる。私はその行為、流れを「SmoothJazz全般が好きになった」と解釈していたのだが、そうじゃなかったことに今回やっと気づいた。

 私はPalu Brown的なSmoothJazzを求めて「Absolutery SmoothJazz-Sky FM」を聞いていたのだが、「Abusolutery Smooth Jazz-Sky FM」とは、「Paul Brown的なSmoothJazzを流す局」だったのである。

 Paul Brownは今でこそギタリストとしても名高いが、もともとは辣腕の音楽プロデューサーである。この局で流れているアーティストの多くは彼がアルバムプロデュースをしている。Jessy Jも彼が発掘して育てた娘のようなものだ。私がJessyの冗舌でないサックスプレイが好きなのも、ひとつひとつの音を考えぬいてむだにしないPaulの教えによるものだろう。だったら私が彼女を好きになるのは当然だった。幼稚なたとえだが、大きなスーパーに行って鮮魚コーナーはあるかなと思ったら、あるどころかなんと店内全部が魚売場で魚しか売っていない。魚好きの私は大感激した。しかしそれはスーパーではなく大きな魚屋だったというオチのようなものだ。魚屋なのだから魚ばかりなのは当たり前である。
 YouTubeにあるSky FMのライブ映像からも、Paulはここの経営者?でもあるのだろう。



 The Jazz Groove.comは、Abusolutery SmoothJazz-Sky FMとは選曲の傾向が違う。私の知らないSmooth Jazzの名曲が次々と流れてくる。なんとも新鮮だ。Sky FMの選曲があまりに自分の所有しているものばかりなので、「おれはもうSmooth Jazzの名曲と呼ばれるものを網羅してしまったのか!?」とゴーマンかましたのが恥ずかしい。これからまた初心に戻って勉強できそうだ。

kanren6 YouTubeのPaul Brown{Winelight}
 
  1. 2013/10/02(水) 18:13:07|
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「文字打ち内職」の思い出②──知人の紹介で始まる寸前まで──【補稿】の不自然な打鍵の遅さ

 腰を痛めて何ヶ月も寝た切りになり餓死寸前まで追い詰められた頃、このバイトを紹介してくれた知人がいた。私はそんなアルバイトがあることを知らなかった。トイレに行くだけでも激痛にのたうちつつ這って行く状態だったが、腹の上に載せたノートパソコンで文字打ちなら出来る。幸いにして頭の方はまともであり、貧困で痩せ細り、よけいな脂肪が落ちてむしろ冴え冴えとしていた。こんな仕事があったのかと天の恵みに感謝した。



 紹介してくれた知人は、長年勤めた会社が倒産し派遣社員をしていた。その他にもこれを、すこしでも家計の足しにと自宅で何年ももうやっているらしい。学生の息子と娘がいて、彼らのためにも一円でも欲しいとがんばっていた。
 私の悲惨な状況を知り、この仕事なら出来るのでないかと教えてくれた。とてもギャラが安いバイトであり、勧められるようなものではないのだが、と遠慮しつつ、もしもこれでいいなら紹介しますと言ってくれた。







 彼は、「文字打ち内職」の納品をしているひとの連絡先を教えてくれた。そのひとは個人でやっているようだった。そのひとから「指令」が来て、それに従った「文字打ち」をする。それをメールでそのひとに届ける。翌月、それに応じたギャラが支払われる。そういうシステムのようだった。
 会社組織ではないようだ。ということはもっと複雑な構成になっているのだろう。彼が子受けであり、紹介してくれた知人や私は孫受けになるのか。でも早速そのひとからPDFの契約書のようなものが送られてきて、電子メールのやりとりではあるが、きちんとした仕事であることは確認できた。


 知人が私のことをどう紹介したのか知らないが、というか知人は私がどんな生きかたをしてきたか知らないのだが、それでも適当に褒めてくれたのだろう、「納品するひと」のメールには、「あなたは実績があるようだから特別に高いレベルの給料を払ってあげましょう」のようなことが書いてあった。


 それによると「初めての人は1000字200円からだが、あなたは文章書きの実績があるようだから、特別にベテランと同じ1000字300円からのスタートにします。実績を積むと1000字500円まであげることが可能です」とあった。



 私がライターとして活動を始めた30年数年前の稿料は400字原稿用紙換算で「1枚3千円」が多かった。これが私の経験した最低稿料になる。その後もそれ以下は経験したことがない。だいたいは「1枚5千円」、景気のいい会社だと「1枚7千円」だった。広告系や会員系の特殊雑誌だと「1枚1万円から2万円」くれた。私が「1枚7千円」で落ちついている頃、年下の新人ライターが「1枚2000円」だと嘆いていた。エロ雑誌に編プロ経由で書くとそんなものらしい。私は編プロというのとは関わったことがないのでわからない。
 2ちゃんねるの「きっこスレ」というのを読み始めた頃、そこに「編プロを知らないヤツはライターじゃない」という意見がありおどろいた。長年ライターをやってきたつもりだったが、私は編プロ経験がないからライターじゃないのかと思った。原稿というのは編集部から発註され編集者と打ち合わせをして書くものと思っている。いまだにこの「編プロを経験してないヤツはライターじゃない」という意見は意味が解らない。

 コピーライターとしての私の格は、ひとつで10万ぐらいだった。シリーズ物として長年やってそれなりに稼いだ。楽で儲かるようだが、コピーは要求がキツく、ボツが多いし打ちあわせも面倒なのでそうとも言えない。そしてまたNGだと言ってくるスポンサーからの意見が「本気かよ!?」と思うようなアホなものが多かった。私は好き勝手に書ける原稿のほうが楽しかった。同じく上記広告系の原稿は率がいいが、やはり制約が多い。自由が一番だと思ったものだ。M先輩が廻してくれる地方ラジオ局の仕事はギャラは安くても楽しかった。感覚の合うひととやる楽しい仕事が一番だ。
 ラジオの構成料の方は月極めだ。1本の契約が10万円だとすると1週25000円。量は原稿用紙換算で5枚ぐらいだったから、やはりここでも「1枚5000円」ぐらいだったことになる。バブルのころは1本が20万円だったりした。







 そんな感覚でいたから、「文字打ち内職」が安いことは覚悟していたが、「1000字300円」には戸惑った。原稿用紙に字数換算すると「1枚120円」である。それだって新人は「1枚80円」なのを特別に高くしてくれているらしいから文句は言えない。他人の書いた文字を書き写すだけだから安くて当然である。クリエイトではないのだ。指先の肉体労働である。


 1時間に3000字打てば時給900円のバイトになる。肉体労働の現場が時給850円の世相だから、私のような寝た切り廃人のかたわが出来る仕事としては最高の部類になる。寝た状態でお腹に載せたノートパソコンでは「1時間3000字」は無理かも知れないが、椅子に座れるようになり、自作のデスクトップ機とキイボードに向かえば、それは楽々とクリア出来る数字である。腹の上に載せたノートだと1時間2000字、時給600円かも知れないが、それでも8時間やれば4800円になる。そういう気力はある。なんとありがたい仕事を紹介してくれたのだと知人の住む方向に両手を合わせた。



 その知人は派遣の肉体労働をしていた。早朝から夕方まで働き、くたくたになって帰宅し、食事のあと、眠るまでの数時間をこの内職に当てている。打鍵も速くなく、一日に出来るのは千円程度だという。2時間で3000字ぐらい打つのだろうか。月に3万円にしかならないが、妻と息子娘のためにがんばっている。もちろん奥さんもパートに出ている。







 「納品するひと」から連絡が来た。最初の仕事だ。知人に負けないよう私もがんばらねばと、気合を入れて起き上がろうとする。寝た切り状態から、ノートパソコンを両手でお腹から降ろす。ゆっくりとゆっくりと、まずは躰を裏返し、次いで片ひざを突き、慎重に四つん這いになる。この辺のかっこうはよくある比喩だが「産まれたばかりの仔馬」のようだ。それからすこしずつ上体を起こし、くの字型のかっこうで、襖のへりを掴んで立ち上がる。躰はプルプルと震えている。すこしでも多く打てるデスクトップ機でやろうと思った。なんとか立ち上がって机までたどり着きたい。だがすぐに激痛が走り呻き声をあげつつうずくまる。やはりノートでやるしかないようだ。この辺、志村けんの演じるよいよいのじいさんとまったく同じである。他人から見たら滑稽なことだろう。腰痛はおそろしい。足が1本なくても松葉杖で歩けるが腰痛は両足があっても歩けない。


 なんとしてもがんばらねばならない。こうして私の「文字打ち内職」は始まった。いや、始まるはずだった。(続く)

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【補稿】──内職でも高給な<きっこさん>──なのになぜ打鍵が遅いのか!?

 私は<きっこさん>のツイッターをフォローしていない。ほとんどツイッターをやらないので、<きっこさん>の「文字打ち内職」の細かな〝設定〟を知らなかった。

 2ちゃんねるの「ニュース議論」板に<きっこさん>スレがある。もうPart45までいっている。3年前まで知らなかった。あるにちがいないとは思っていたが、「ニュース議論」は盲点だった。
 ここには全国の<きっこさん>ファンが集い、<きっこさん>への熱い想いを語っている。私もたまに参加させてもらう。2ちゃんねるで書きこむことのある唯一のスレだ。URL はこちらです。<きっこさん>ファンはぜひ読みに来てください。



 そのスレに、<きっこさん>の文字打ち内職に関するコピーがあり、<きっこさん>は「100字で50円から70円」なのだと知った。正直おどろいた。その理由は私の上の給料と比較すればわかる。
「100字で50円から70円」ということは、1000字では500円から700円。1時間に3000字は打てるから、すると時給は1500円から2100円。1日10時間働ければ日給15000円から21000円。土日を休んで月に22日働くと月給は33万円から46万円。土日も5時間は働くとして6万から84000円のプラス。すると月給は39万円から54万円になる。通勤ラッシュとは無縁に、在宅でやる内職としては破格の高給になる。西日本に放射脳エア疎開をしている<きっこさん>は、こんな率のいいバイトをどこで見つけたのだろう。

 やはり<きっこさん>は私のような便所虫(copy by kikko)下層階級とちがって「文字打ち内職」でも格が違うと思い知った。私の契約書では、上記したように最高額でも「1000字で300円」、それも特別に普通は200円なのに優遇してもらったものだ。1時間に3000字打っても900円が精一杯である。いま東京都の最低時給は869円。アベノミクス効果で、この10月に850円から19円あがった。それが現状である。
 なのに<きっこさん>は遊び遊びやる内職ですら時給1500円から2100円だ。私なんかとは格がちがう。しみじみとすごいひとだなと思った。



 しかしまたへんなことにも気づいた。<きっこさん>はそういう「100字で50円から70円」という私なんかからすると羨ましいほど率のいい内職をしているのに、「月曜から金曜まで毎日6~8時間働いて月収5万円」と書いているのである。月に20日間働いて5万円ということは一日2500円。8時間働いて2500円ということは時給300円。「100字50円から70円」で時給300円ということは、<きっこさん>が1時間に書く文字は、400字から600字となる。これはかなりというか、相当に変である。<きっこさん>は、おそろしく打鍵が遅いことになる。あれだけツイートしまくり、長文のブログ文を書いている人が、そんなに遅いとは考えがたい。
 <きっこさん>は、あの森羅万象に通じた智性と諧謔とオリジナリティに満ちた麗しいブログ文を書くときでも1時間に2000字は軽いだろう。3000字は行っていると思う。麗しいオリジナルネタを書くのですらそれぐらい速いのに、なぜ単にすでに書かれている文を打ちこむだけの内職で、こんなに遅くなるのか。いくらなんでも不自然すぎる。
 ツイートは140字限定である。1時間に400字というのは、丸々一時間かけてツイートみっつ書けないということだ。いくらなんでもこれは……。またまたお得意の〝設定〟ミスか!?



 ちなみに現在健康な私は、このブログ文のような好き勝手なことを使い慣れた自作デスクトップ機で書く場合、時間6000字は書ける。それは「原稿用紙区切り」というのを表示してくれるテキストエディターで確認している。正しくは「原稿用紙15枚」だから6000文字はないけれど。(まったくどうでもいい話だが、私はその辺にあるパソコンで書けと言われてもなにも出来ない。あまりに自分用パソコンをカスタマイズしすぎ、自分のパソコンでないとなにも出来ないヒトになってしまった。CapsLockを左Ctrlに入れ替え、長年使っているATOKがあっての話である。)

 と書くとかなりの早書きのようだが、ラフに書き上げたそれを、用語を直したり、連続する語尾を修正したり、並びを入れ替えたり、インサートしたりして、何時間もかけて仕上げるから、平均時間にしたら時間5枚ぐらいになるだろう。でもこういう「文字打ち内職」にそんなものはいらない。ただ機械的に打つだけである。あれだけ長文のブログを長年書き続けてきた<きっこさん>が時間400字はありえない。それは沈思黙考しつつ原稿用紙に万年筆で、一発勝負(=書き直し、修正のない)の随筆を書くときの速さだ。「文字打ち内職」がそれでは稼ぎにならない。



 まさかまた知りもしない「文字打ち内職」のことを、適当に「これぐらいの値段だろう」と〝設定〟して書いてボロを出したのだろうか。<きっこさん>の美貌にあこがれる男のひとりとして、そんなことは考えたくない。私の夢は、ダービーの日、東京競馬場6Fの優駿特別室(豪華な酒肴が用意されている)に<きっこさん>と<母さん>を招待し、石川喬司先生と一緒に4人で歓談することである。いや、4人でハッパを回しのみするのもいいなあ。石川先生も<きっこさん>の美貌には興味津々のようで、お会いする日を楽しみにしていた。この「特別室に<きっこさん>と<母さん>を招待」は石川先生の力をもってすればすぐにでも叶う。簡単だ。いやそれこそ今秋の天皇賞でもジャパンカップでもすぐに出来る。問題はお二人がそれを受けてくれるかどうか。受けないだろうなあ。来ないだろうなあ。絶対に受けられない理由があるから(笑)。
 憧れの<きっこさん>が、知りもしない内職を適当にでっちあげたとは考えたくないのだが……。
  1. 2013/10/01(火) 14:43:17|
  2. きっこ
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「文字打ち内職」の思い出①──のツイートから

 <きっこさん>が今やっているという文字打ち内職のことをツイートしていた。一日2500円とか。毎週月曜から金曜まで5日間、毎日6時間から8時間それをして、合計20日で月に50000円ほど。なのだとか。
 それに続くツイートによると、<きっこさん>の収入の6割以上は馬券の儲けらしい。ということは文字打ち内職の50000円を40%とするなら馬券的中の収入60%は月に75000円ほど。合計12万5千円が<きっこさん>の月収になる。毎月75000円を確実に勝っている競馬好きはそうはいない。毎月100万円ぐらい買っていて、「先月は10万ぐらい浮いたな」ならいる。かつての私だ。毎月100万以上買って払い戻しは50万もなかった。たまに浮いても10万ぐらいだった。やればやるほど負けは増える。いったいどれぐらいJRA銀行に預けてあるだろう。それが競馬ファンの実態だ。なのに<きっこさん>だけは勝ちまくる。天才である。

 なにしろ<きっこさん>の資金は毎週2500円、月に1万円なのだ。それで75000円のプラス。つまり回収率750%ということになる。いや、それは浮きだから、85000円の払戻で投資の1万円を引いて、プラスが75000円なのか。すると回収率850%。やはり<きっこさん>は世界一の馬券名人になる。予想会社からスカウトは来ないのだろうか。生活が苦しい苦しいと嘆いているが、週の資金を1万円にするだけで、月のプラスは4倍の30万円になり、生活は楽になる。なぜそれをしないのか。不思議でならない。

 それに、「月曜から金曜まで毎日8時間も文字打ち内職をしている」のに、毎日休むことなく倦きることなく16時間はツイッターをしまくっている彼にそれは可能なのだろうか。ツイッターも周囲にいる会社の上司の悪口を書きこむようなのではなく、幅広くあちこちのネタを拾ってきては紹介したりしている。ラジオを聞いては政治関係原発関係のネタを紹介したり、おもしろいYouTubeを紹介したり、アニメを見て号泣したり、どう考えてもあのツイッターが「文字打ち内職」の片手間に出来るものとは思えない。あれは「専念」して初めて出来ることだ。

 ということから私は<きっこさん>の「文字打ち内職」はウソだと思っている。ついこの間まで「芸能人のブログの代筆をして収入を得ている」としていた。それがなぜか突如として「文字打ち内職」に変った(笑)。ほんとに思いつきでコロコロ変る。本気で信じているひとはどれぐらいいるのだろう。



 他人様の懐具合なんてどうでもいいし<きっこさん>の矛盾を指摘していったら切りがない。収入の6割を占めるという競馬にしたってほんの数年前までボロクソに言い、寺銭25%の公営競技全般を否定し、絶対やらないと言っていたのに、今では狂ったようにやっている。それはそれでひとの考えは変るものだからかまわないけど、そういう〝設定〟を補強しようと、こどものころの父さんとの競馬思い出を創作し、中学の時には離婚して月に一度しか会えない競馬好きの父さんに気に入ってもらおうと、数々の馬券必勝法まであみだしたりして、ずっと競馬が好きだった、思い出の馬はタマモクロスだという〝強引後付けキャラ〟はあんまりだ。ネット上にそういう矛盾した事実が文章として残っているのによくも平然と出来るものである。


 てなことを書いていたら切りがない。書きたいのは<きっこさん>のことじゃない。そのツイートで思いだした「文字打ち内職」のこと。「文字打ち内職」か。すっかり忘れていた。思い出すと懐かしい。その思い出。と言ってもやったことがないのだから思い出ではないか。やりそうになった経緯、当時の思い出、である。当時疑問に思い、未だよくわかっていないことなので、《「文字打ち内職」というものに対する素朴な疑問》でもある。(続く)
  1. 2013/10/01(火) 13:22:08|
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