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Windows8.1Previewが完成、今日からダウンロード可能──早速やってみます!

 いまMSからお知らせメールが来た。

1











 Windows8.1のPreview版の準備が出来たという連絡である。
 コード名「Windows Blue」と呼ばれ、8の失敗で早々に出る次世代OSの「Windows9」と言われていた。やがて実態は8のSP1であり、8.1のようなものとの噂が流れる。それはほんとうのようだが、それでもWindows Blueのような名前で行くのだろうと思っていたから、なんと正式に「8.1」と名づけられ、「8購入者に無料で今年8月に配付される」と発表された。8.1ねえ。あまりにべただ。8の迷走そのままなのだけど、ともあれMS-OSを使い続けてきた身には、よかれあしかれ楽しみではある。
 それの実験版が完成したというお知らせだ。ひどい目に遭うことの覚悟があればいち早く体験できる。



 はっきりと、パソコンに詳しいひとだけがやってくれ、自信のないひとはやめてくれと言っている。

1-2

 これは8購入者全員にメールされたのだろうか。それとも、こういう情報を送ってくれと、インストール時にそれをチェックした私のような好き者にのみ来たのか。まあ後者だろうね。私はこの種のものは、今まで自分から探して行っていたので、あちらから教えてもらったのは初めてになる。新鮮だ。
「このプレビューは主に経験豊富なPCユーザーを対象にしているため」と言われたら、経験豊富なPCユーザーだと自負しているこちとらは引っこめない。



 私は、あたらしいOSが大好きで、正規版も出るのを待ちかねて買ってきたが、やがてそれよりも早く実験版というものがあると知ると、今度はそれまでDownloadして使ってきた。競馬で、競馬場につくやいなや興奮してしまい、検討していないレースを買ってハズれることを〝飛び込み自殺〟と言うが、OSでもそれをやっていたわけである。いわゆる〝人柱〟だ。
 7なんか全バージョンもっている。7は大好きだから、もう使うこともないし、というか使えないだろうけど、いまだにDownloadして焼いたDVDのRT版を保持したりしている。無意味なのでそのうち捨てるが。

 8ももちろん大きな期待を寄せてR版から関わった。Vistaは不満だった。でもその改良版の7はすばらしかった。だったら8は、どんなに! と期待した。しかし8は、その段階でもう「だめだこりゃ」だった。失敗作とすぐにわかった。削除して7に戻した。
 8は、Win-me以来の嫌いなOSになる。meは98のちょい改良型だった。それでも新製品として出した。98に不満だらけだった私は急いで買った。ひどいシロモノだった。その思いがあるので、今回もBlueが8のちょい改良型であるのは知っていたが、正式に9として製品にするのではと思っていた。それが無料配付。MSにもすこしは良心があるらしい。

 しかし製品発売日には、値段の安さからやはり購入してしまう。OS中毒のかなしい性。「安定しているXPで充分。よけいなものはいらない」という発想のひとが正しい。そう思いつつも出るたびに買ってしまう。まあ性分だからしかたない。
 それでもやっぱりだめなものはだめで、ずいぶんとこのブログでも8の悪口を書いた。いまも変らない。大嫌いなOSである。今にいたるも褒めるところがない。それは私に限らず世間一般もそうで、だからこそこんな無料の8.1を急いで出すのだろうが。



 初期の安い時期に買ったので、いま高い値段で売っているのを見ると、なんだか得したような気分になったりする。私の買った5300円がいま正規だと27000円だ。でも嫌いなものはやっぱり嫌いで、得したというより嫌いなものを買ったのだからやっぱりそれは損だろうと思ったり。
 しかしまあ5300円でも不満だらけなのに、27000円にしたら売れんわなあ(笑)。
 一番安いDSP版でも8900円する。

 メーカー製品にプリインストールされるので、それなりに8のシェアは伸びているが、いまだ褒めるひとにあったことがない。それとこの「メーカー製品にインストール」もウソらしい。購入時にOSのダウングレードインストールが選択可能なので、みな7にするという。だから実際に増えているのは7なのだが、OS出荷数としては7にグレードダウンされても、「8が出荷」とカウントされるのだとか。だから8はシェアを伸ばしているけど、あれは数字マジックであり、実際は増えてないらしい。

 ともあれ、世界各国の有志が開発してくれた「8のイヤな部分を7のようにするユーティリティソフト」を使いまくり、7のようにして、今はそれなりに落ちついて使っている。
 メインは7だが、デュアルブートにして、3対1の割合で8も起動する。UIのちがいは気分転換になる。もっとも私の8を見ても、誰も8とは思わないだろう。それぐらい8らしさは消している。3対1の割合といっても、7が一日中使っているのに対し、気分転換で8にするが、1時間でうんざりしてまた7に戻るから、実質は10対1以上だ。



 やっと落ちついた8を、またここで「どうなるかわからない8.1」にするというのは愚かであろう。
 8を生のまま使っていて、不満だらけなら、わかる。多くの点が8.1で改善されたかも知れない。
 しかし私は、使いにくい8をいじりまくって、スタートボタンからエクスプローラーから、ぜんぶ7のようにして、それなりに使いやすい環境に修正したのだ。8.1が8をどこまで改良して、どこまで使いやすくなったかは定かではない。でも勘で分かる。というか、公開されている情報からも読める。スタート画面などは同じだ。あれだけ不評なのになぜ続けるのだろう。それはやはり8に近いものであり、8を7のようにするために苦労したように、私はまた8.1を7のようにするために苦労するにちがいない。

 それがわかっていても、ここで、この使いやすくなった8を、8.1にするのか!?
 実質SP1とはいえ、新OSと言われたぐらいだから、やはりそれとはちがう。このお知らせメールでも、8とは大きくちがうと謳っている。なんだかまた見知らぬ世界に行ってしまい、戻るのに苦労しそうだ。それでもするのか!?

 する。
 それが私の生きる道。
 いまから8.1を挿れる。



 次のこのブログは、
「8.1は最高だぜ!」という報告になるのか。
「おら、とんでもねえことしちまった……」という嘆きになるのか。

 いまこれは、そういういじくりまわして、やっと使いやすくなった8で書いている。
 一応USBディスクに「回復ディスク」は作った。もしもひどいことになったら、ここからまた8に戻せるというのだが、どうも自信がない。「やらなきゃよかった」になるような気もするのだが、やるしかない。

 でもまあこういうことが出来るのもデュアルブートだから。改良tune upして磨きあげたUltimate7は、私にとって世界一のOSだ。何が起きようとそれは無事なのである。実験的に突っこむのは、元々不満だらけの8なのだ。行くしかない。

 ほんとに、つい今しがたMSからメールが来たばかり。人柱としてもかなり早いだろう。無事成功といきたいが……。 

 いまインストールファイルDownload中。確認、Downloadサイズは2.44GBとか。大きいね。やはりSP1よりは新OSにちかい。 どうなることやら。
 愛人の電話に「今から突撃しまーす!」と吹きこんだのを世間に晒され恥を掻いた棋士がいたっけ。
 私も今からWin 8.1実験版に、人柱として突撃しまーす!
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  1. 2013/06/27(木) 09:33:04|
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Windows版ドラクエ10、テストベータ版──遊び始め

 大好きな福島瑞穂たんの社民党と、心から尊敬する真の国士である小沢一郎先生の生活の党が都議選で大躍進、圧勝し、過半数を制したので、両党を応援しているネット界の高名な廃人<きっこさん>もさぞお歓びだろうと、都議選の結果が確定した6月24日、ひさしぶりにTwitterを覗いてみた。するとそこにこんなつぶやきが。
 
kikkodq




 <きっこさん>はほんとに情報通だなあ。なんでも知っている。そうかあ、Windows版が出るのかと、情報に感謝しつつ調べてみる。
 ところで「ドラクエ10」は正しくは「ドラクエⅩ」だが、私はもう面倒なので「10」と書く。最初のころはローマ数字がかっこよかったが、5を越える当たりから面倒になってきた。<きっこさん>もきっと同じ考えだろう。



 私は<きっこさん>と同性同世代なので、お笑い芸人からなつかしのテレビ番組まで感覚が共通している。<きっこさん>のなつかしいギャグ(たとえばレッツゴー三匹、ルーキー新一)や、懐かしいテレビ番組(宇宙家族ロビンソン)のネタを読むとうれしくなる。若いひとは知らないだろうなあと、積み重ねてきた歳月を誇りたくなる。

 スピッツの「ロビンソン」を聞いたとき、タイトルと「宇宙の風に乗る」という歌詞に「宇宙家族ロビンソン」から取ったのかと思った。間違いだった。考えて見りゃ草野はあの番組は見ていない。若すぎる。見ているのはきっこさんや私の世代だ。しかしそのあとに知る真実はもっとうれしかった。あれはタイを旅行したときの「ロビンソンデパート」から取ったのだとか。タイ語の発音は「ローンソン」だ。

 テレビゲームに関しても<きっこさん>の「テレビゲームは大きなテレビ画面でするもの。だからあたしは携帯ゲームはやらない」と私も同意見になる。テレビ画面でやるからこそ愉しい。 



 ただ私は、大震災のあと、西日本に疎開するため現金8千円を手に、布団を被ってふるえている<母さん>と一緒に初めて新幹線に乗った<きっこさん>とちがって、海外に出ることが多かったから、退屈凌ぎのために携帯ゲーム機もGAMEBOYからやっている。海外でやったGAMEBOY ADVANCEの「ダビスタ」がなつかしい。
 しかし基本は<きっこさん>と同じく「大きなテレビ画面で遊ぶもの」だったし、なにより外国にいるとき携帯ゲームをやるほど退屈しなかったから、持参はしたがほとんど使用していない。
 本格的な長期滞在者は、日本からスーファミを持ってきて、変圧器を使って電圧を変え、マルチテレビ(PALでもNTSCでも対応する)を買ってプレイしていた。当時のマルチテレビは高かったし、外国だからまだ14インチが主流だったけど、それでもGAMEBOYとはぜんぜんちがう。私もちいさな画面が嫌いだったから、スーファミでドラクエやFF、マリオをやっているひとたちの気持ちはわかった。

 その後も、DSもDSiも買った。それは「ファイアーエンブレム」をやるためだった。そのときも「どうして据え置き型で新作を出してくれないのか」と不満だった。このころからもうゲームは携帯の時代に入っていたのだろう。
 DSi-LLを買ったのは、「ドラクエ9 星空の守り人」をすこしでも大きな画面でやるためだった。携帯ゲーム機嫌いの<きっこさん>は、ドラクエ9がDS用ソフトになったのに失望し、ここでドラクエとは縁が切れたと記憶している。私もDSでドラクエをやる気にはならず逡巡した。しかし買った。すこし大型のLLなら出来るかも知れないと。実際LLなら遊べたのだが、そこでまた失敗している。「星空の守り人」のオープニングというか天界での話はまだるっこい。最初あの時点で投げてしまった。失敗作だと結論した。だいぶ経ってから、機中で暇潰しに始め(私は「人生で退屈したことはない」が持論だが、さすがに機中12時間とかはキツい)、それからはまった。天界をクリアして地上に落ちてからはおもしろかった。

 3Dに興味はなかったけど、「FE覚醒」をやるためには3DSを買わねばならなかった。どうせならとこれも3DS-LLのほうを買った。
 私は<きっこさん>と同じく携帯ゲーム機嫌いなのだけど、結果的には任天堂系列はぜんぶもっていることになる。だから<きっこさん>よりは携帯ゲーム機に関してすこし詳しいだろう。
 据え置き型では、GAMECUBEを買ったのは「FE蒼炎の軌跡」をやるためだったし、Wiiを買ったのは、その続篇の「暁の女神」をやるためだった。「メトロイド」もあったし。バランスボードも買った。ゲーム機ってのはソフト次第だとあらためて思う。SonyはPS2までで3を持っていない。PSPもない。やりたいゲームがないのだから自然にそうなる。PS2でやっていた『激指』は、より強いPCでやるようになった。



 ゲームと縁遠くなってゆく中、ドラクエとFEは特別だった。「ドラクエ10」がオンラインゲームになると知ったときは落胆した。これまた<きっこさん>と同じく、私はそれが嫌いだったからだ。すでに持っているWiiで遊べるけど、ドラクエ10用にグラフィック性能があがったWii Uを買おうかというぐらい楽しみにしていたのに、オンラインゲームと知って興味をなくした。よっていまだに遊んでいない。あの「課金制度」ってのもなあ。「30日」とか期限を切られるのも……。

 そんなところに<きっこさん>に教えてもらったWindows版「ドラクエ10」のニュース。
 9月発売。無料でテストベータ版を遊べるというので参加してみた。



dq10sanka














 これはありがたい企劃だった。いきなりポンと発売されても、なにしろオンラインゲームに抵抗があるし、買うかどうか迷い、けっきょく買わなかったと思う。Wii版も買ってない。
 ところが無料のこの実験的な企劃(バグ直しなのかな?)があったものだから、それならと関わることが出来た。(いま気づいたのですが、Wiiの時もこれはあったのですね。知りませんでした。いや、思い出しました。たしかにありました。オンラインというだけで興味をなくしていたようです。)



 まずは「ドラクエ10専用ベンチマークソフト」をDownloadする。これがzipファイルで196MBある。むかしだったらこれだけでたいへんだ。ついそう思ってしまう。どうもいまだに時代がズレている(笑)。これでPCのハード性能を調べ、ドラクエ10が遊べるPCかどうか確かめるわけだ。対象OSからXPが外れている。

dqbench













 ここですこし恥ずかしい思いをした。私の自作機のWindowsエクスペリエンスインデックスは、CPUからメモリ、プライマリハードディスク(Intel SSD使用)まで、すべて最高点だがグラフィックだけ低い。ゲームをやらないので、どうにもそこは手抜きになる。ビデオカードだけ2世代前。ほんとの自作オタクだと、ゲームをやらなくても、そこも凝り、ベンチマークテストの数字を見てはニンマリするのだろうが、そこまでオタクでもない。

 この「ドラクエベンチマーク」を、「最高品質」にして、解像度もFull-HDを指定して走らせた。最高級条件である。ビデオカードが弱いのはわかっていたから少し心配でもあったが、CPUパワーでなんとかなるだろうとも読んでいた。すると、「問題なく遊べるレベルだが、たまにもっさりする。標準品質に落としたら?」と言われてしまった(笑)。恥ずかしい。これは恥ずかしい。ジサカーとしては赤面だ。
 でもまあそれは先日ここにも書いたが、近々NVIDIAのGTX660に換装するつもりだから、その時に解決するだろう。いい目標が出来た。換装したら真っ先にこのドラクエベンチマークをやろう。



 これに合格すると「ドラクエ10テストベータ版」のDownloadが許可される。これの容量は1.1GB。いまHDDの総量は6teraあるからなんてことないんだけど、ここでもまた「むかしならなあ」とギガを越える巨大ファイルにおどろく自分がいる。なかなかこういう感覚は消えないものだ。何度も書くが、「15MBのiTunesをDownloadするのに一晩かかった」のである。正確に言えば一晩では終らなかった。その記憶が消えない。1.1GBを十数秒でDownloadする(現実にいましている)時代になっても。

 年寄りの昔話ってのはこんな感じで芽ばえるのだと実感する。むかしの競馬は魅力的だったとか、むかしの棋士は個性的だったとか、むかしのテレビドラマはおもしろかったとか、昔礼讃をする連中が周囲にいっぱいいる。私は一切言わない。ちっともむかしをいいと思わない。だけどパソコンに関しては昔話をしてしまう。とはいえここでも「むかしはよかった」ではない。むかしのパソコン環境はオソマツだった。それを覚えているから凄すぎる今に実感がない、というお話。



 テスト版をインストールすると、「オフラインモード」と「オンラインモード」があり、誰もがまずオフラインモードをやらねばならない。キャラ設定やゲームの基本を学ぶためだからしょうがない。オフラインモードが「ドラクエ9」の「天界」に相当する。
 これをクリアして、やっとオンラインモードに行ける。いま私はその地点。

 グラフィックが美麗なのはもちろんだが、音もいい。このテストベータ版は「シンセサイザー音源」であり、製品版では「オーケストラ音源」になるという。まあそこそこいいサウンドカードをつけていることもあるし、ここのところSSWでDTM(いまはDAWと言うらしいけど、わたしにゃこの和製英語のほうが好き)をやっているから、VST音源の音に慣れていることもあって、これでもう充分。フルオーケストラサウンドになって、これがもっとよくなるのか! とにかく、グラフィックも音もテレビでやるよりずっといい。ドラクエは2頭身キャラとテレビのチープな音でいい私には凄すぎる。
 ただしすでにWii版で遊んだひとは、「ベタな、そのまんまWiiからの移植。グラフィック最低!」とか言っていた。こういうひとは「Wii Uは最悪。買う必要はない」と書きこんだりしている。あれってただの本音なのか。任天堂嫌いの粘着者なのか。でもWii Uも買っているみたいだから、ただの悪口屋でもないんだろうし……。

 今日からいよいよ本格的にオンラインモードで遊べる。こどものことを考えている?のか、平日はオンラインモードは、12時から18時までに限られている。まともなひとは遊べない時間だがまともじゃない私は出来るはず。



sn オフラインモードのクリア時間は、ネット検索すると、「1時間程度」とみなさん書いているが、私はテンキーでキャラを操作するのが初めてだったので、2時間ちかく掛かってしまった。しかしまあテンキー操作もなれるもので、2時間もやっているとずいぶんと速くなった。私は30年前にブラインドタッチをマスターしているが、数字打ちこみの文とは無縁なのでテンキーの操作は下手だ。ゲームコントローラーは必要だな。あれじゃないとゲームの気がしない。

 それと私はこの種のゲームは寝転んでやるのが好きなのだが、PCの前だとそれは出来ない。そこが不満。慌ただしいアクションゲームは寝転んでは出来ないけど、RPGやSRPGはそれが出来る。だから好きなんだ。寝転んでやっていて経験値を稼いで、ボスクラスとの対決になると、思わず起き上がってコントローラーを握る手にも力が入る。そんな流れがいい。

 左の写真は、オフラインモードでひさしぶりに会ったスライムナイト。スライムから降りている姿は初めて見た。ここから騎乗して戦う。これは正しい姿勢だろう。以前のスライムナイトはスライムの下半身を持った騎士だった。いわば合体してしまった化け物である。今回のこれで、スライムは別の生き物で、それに馬のように乗って戦うという形になっていた。



 ところでこのゲーム、本体は3990円ということだけど、あれでしょ、これにまた「30日間3千円」とかの接続権利を買わねばならないんでしょ? オンラインゲームに疎いので知らないんだけど。やっぱそれは馴染めない。オンラインじゃなくて、最初から8千円のゲームだとしても、それに不満はないけど。なんだか、最初は安いけど、それから「愉しく遊びたいならもっと払いな」になるシステムがぼったくりみたいで嫌いだ。すでにもうDSの「ドラクエ9」も、アイテムとかストーリーとかをネットから購入する形式になっていた。「FE覚醒」もそうだった。そのシステムが嫌いなのだから、だからもう私は、ゲームからは卒業なのか。いや卒業じゃなくて退学か。
 とにかくこのテストベータ版でオンラインゲームが好きになれるかどうか試してみよう。



 テストベータ版の感想と、9月発売の本物を買うかどうかの決断は後日書くとして。
 この情報を教えてくれた<きっこさん>に感謝しつつ、こちらからも<きっこさん>に情報。

<きっこさん>、Windows版発売を知って、「やった~! って思ったのもトコノマ、オンラインゲームと知ってガックリ」ということですが、このゲーム、オンラインじゃなかったとしても、あなたの安物ノートPCでは動きません。最低でも「Core2 Duo 1.6GHz」です。メモリも最低2GBを要求されています。それよりも低性能のあなたのノートじゃ最初から無理です。ベンチマークテストで落第です。買っても動きません。「せっかく買ったのに、あたしのPCじゃ無理って言われた!」と怒るより、オンラインゲームと知って諦められてよかったのですよ。「ドラクエ10」のことは忘れて、これからもアフィリエイト商売と24時間Twitterに励んでください。あなたの安物ノートはそれがお似合いです。
  1. 2013/06/27(木) 06:29:22|
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ことば考──「劣化」について──たしかにそれは失礼な表現ではあるが

 Twitterで「女性の容姿に〝劣化〟と使うのは失礼だ。誰だって齢を取れば老化する」というフツーのおばさんのツイートがあり、その意見に賛同したのか、フツーのおばさんたちがRTしていた。



 容姿に対して劣化などと言うのはまことに失礼であり、慎むべきだろう。
 だが数回使ったことのある者として、こちら側の意見も言いたい。

 私が今までにこの言葉を使ったのは、【芸スポ萬金譚】に書いた 山口美江と、ナスターシャ・キンスキーの2回だ。ともに大好きなきれいなひとだった。それがこれでは、いくらなんでもあまりに、というような意味あいで使った。 

 そちらの記事、というか画像を見て頂きたい。私は若者言葉や流行り言葉が嫌いだから、まずめったに使わない。しかしこれらを見たとき、真っ先にそれが浮かんだのだからしょうがない。

 同じようなテーマで、松嶋菜々子の目尻の皺のことを書いたことがあるが、ここではそんな言いかたはしていない。39歳にしては目尻の皺が目立つけれど、充分にきれいであり、それは劣化とはちがうからだ。



 言いたいのは、女性の容姿に関して〝劣化〟と使うのは、それなりのモノを認められたひとに限って使われる、いや「使われるべきモノではないか」ということである。
 それは2ちゃんねる等で連発されている場合にも共通している。十代のときの輝くばかりのアイドルが四十代になり、かつての面影がなく、ひどいことになっているような場合に使われている。その〝落差〟に対して。ただし、いうまでもないが、その〝落差〟は難病とかではない。そんなことには誰も言わない。生きかたから来る容貌の衰えだ。
 三十代でも四十代でも、いやもっともっと齢を取ろうとも、年相応の魅力で輝いている人に、そんな言いかたはしない。



 と書いて私はいま、八千草薫さんを思い出した。有名人は呼びすてが基本だが、思わず〝さん〟をつけてしまった。こども心に「きれいなひとだなあ」と憧れた今年御年82歳の大女優だから見逃してくれ。むかしもいまも魅力的な八千草さんに、老化も劣化もないのは当然として。
 私は八千草さんの私生活を知らなかった。いまWikipediaで調べたら、宝塚をやめた後、26歳の時に19歳年上の45歳の監督と結婚して、50年添いとげたんだな。76歳の時に95歳の旦那を送っているわけだが、3度目の結婚だったというこの旦那も、八千草さんにはぞっこんだったようだから、しあわせな結婚生活だったのだろう。なんだか自分に照らしあわせて胸が熱くなった。

 では八千草さんと同じく「ウィークエンダー」の頃から、というか、もっと前のギター漫談(ウクレレ漫談の牧伸二の弟子)の頃から見ている泉ピン子に関して、劣化とか老化とか言うかというと、そういうこともない。なにひとつ興味がない。すると、それすら出て来ない。泉ピン子が実年令より若く見えても老けて見えても、なんの興味もない。ということは、老化であれ劣化であれ、口にするのは、それなりに興味があるからだ、ともなる。



 つまり、フツーのおねーさんが、フツーのおばさんになっても、誰もそれを〝劣化〟とは言わない。ただ年とったなと思うだけである。「娘十八、番茶も出花」という酷い言いかたがあるが、並の容姿でもそれぐらいの年齢の時は輝いて見える。それが四十になっておばさんになったからといって、「劣化したなあ」とは言わない。もし言うひとがいたら、それはこのコトバの使いかたを間違っている。

 私はTwitterでそれをつぶやいたひとを「自意識過剰」だと思う。「そうだそうだ」と賛同してRTしたおばさんも同じく。
 誰もあんたら並の女が年とったって、「年とったなあ。老けたなあ」と言うだけで、「劣化した」とは言わない。それは、よくもわるくも、ある種の選ばれた女に使われる言葉なのだから。



 と書いて、私は間違っているかも、と気づく。
 ツイートしたひともRTしたひとも、「フツーのおばさん」としたが、私は会っていない。彼女等の容姿を知らない。単なる推測だ。
 彼女等は、劣化というコトバに反応しているのだから、そう言われたことがあるのだろう。ということは、若い頃は山口美江やナスターシャ・キンスキーに勝るとも劣らない絶世の美女だったのかも知れない。
 当時の美貌の信奉者に「劣化した」と言われて傷ついたのだろうか。それに同意してRTしたひとも、それだけの美女だったのだろう。
 とするなら私は自分の不明を詫びる。恥じる。すまん。私は、あなたたちが美女であることを知らない。

 しかし、〝劣化〟と使うほどの美女が、それほど世の中にあふれているとも思えない。

 田嶋陽子が、「夫婦茶碗は女のほうがちいさい。男女差別だ」と喚いていた。あきれた。それと同じテイストをこのツイートしたひとにも感じる。まずまちがいない(笑)。本能でそう感じる。この感覚が見当違いだったら私に生きている意味はない。

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【追記】──男の場合、自分の場合──6/24

 つい女性の場合に限って書いてしまったが、もちろん男も同じである。〝劣化〟と使うなら、水も滴る美男子が、ひどいことになった場合だろう。ただしこの場合、ハゲなんてのは関係ない。年相応に禿げるのは、むしろ年月を感じさせて男の魅力を増している。
 劣化は、髪の毛の量なんかには使わない。内面である。目許涼しい美青年だったのに、ろくでもない人生を送ったのか、目つきの悪い悪相のおやじになったりしたときに使う。



 髪の毛といえば、私がオヅラのようなカツラ使用者を嫌う理由もその辺にある。〝いい男〟の条件に髪の毛の量は関係ない。いい男であるためには髪の毛が必須、とカツラ擬装しているヤツが、本物のいい男になれるはずがない。むしろオヅラのような立場のひとは、薄毛を晒して、それでもカッコいいことで存在価値をアピールすべきなのだ。なのにカツラ。それも、白髪を交えた、いかにも年齢相応に工夫したカツラであることが、ますますものがなしい。
 ビートルズ世代のオヅラはギターコレクターでもあり、一度それをテレビで見たが、かなりのものだった。自身でもそれなりの演奏をする。でもそういうプラス面もカツラであることで、みなマイナスに作用する。政治の汚職、業界の擬装、何を語ってもそこに通じる。自分の存在価値を、カツラで壊していることに気づかないひとは、それだけでもうダメだ。ハゲは自分の生きてきた道筋であり、その人生の過程を隠しているひとが、いくらジャーナリスト然として、しかつめらしい発言をしても重みはない。



 と以上は世間話。次は自分のこと。
 先日、引きだしの奧にあった期限切れパスポートを手にした。何冊だったか、7冊かな。
 私はモノに執着しないのでいらないものはみな捨ててしまう。特に電子系のものは、パソコン類のハードもソフトも楽器のシンセサイザーやエフェクター等も捨てまくってきた。ぜんぶ持っていたらさぞ壮観だったろう。
 さすがに本を捨てるときは最初は戸惑ったが、一度割りきれると、高名な作家の高額の(これは後に知った)初版本から文庫本まで、捨てに捨てまくり、いまや「蔵書」と呼べるものは皆無の状態だ。筒井康隆、藤沢周平、高島俊男があるぐらい。厖大なマンガ蔵書もほとんど〝自炊〟して電子化した。いまHDDに150GBある。それでも初期のいがらしみきお(「ぼのぼの」より前ね)なんかは捨てられないのだから、まだすこしこだわりはあるらしい。それだけ〝天才〟いがらしに衝撃を受けたのだろう。
 パスポートは捨てられなかった。そこにあるスタンプだけで当時を思い出す手懸かりになるからだ。いわば良質の日記でありアルバムだ。捨てられなかったけど手にすることもなかった。引き出しの奥に眠っていたものを、たまにする整理で、たまたま手にした。



 外国で作ったのも2冊ある。日本製との完成度のちがいが目立つ。先端技術の日本製パスポートは精緻だ。最新のは顔写真等を収めたICチップが入っている。偽造は不可能だ。これ、当然ながら発展途上国で再発行してもらったら入ってないだろう。
 以前有効期間がすくなくなり、そういう国で作ったそれは、当時もう日本製は偽造されないように、顔写真がパスポートに溶けこむようになっていたのだが、外国で作ったそれは、ごくふつうにペタンと糊で写真が貼りつけられていて、いかにも偽造されたインチキのようである。これはこれでいとしい。
 そういやあやしい国で、よくパスポートを売ってくれと言われたものだ。日本人のパスポートは世界一の価値がある。



 貼られてある歴代のパスポート写真を見ていたら、かなしくなった。そこには何十年もの時の流れ、たしかな老化があった。問題はその老化の質だ。

 いまの自分を鏡で見て生きているから、私にとって顔はいつでも今の顔である。過去の写真を見て懐かしむ趣味もない。十代二十代の時のギターを抱えたコンサートの写真なんてのは他人を見るようで現実感とはまた別。
 歳月による老化は必然だが、趣向によってごまかされるものもある。たとえば今の私でも、大好きな猫に頬擦りした写真なんかだと、猫好きのいい表情をしているような気がする。しかしパスポートにあるのは「正面からのただの顔写真」である。これはごまかせない。そこにはむごい現実があった。

 私は、内面的輝きをもった男になりたいと願い、それなりの努力もして生きてきた。当時から今まで、それは結実するものと信じていた。疑いを持ったことはない。だが歴代のパスポート写真を見ると、そこにあったのは、成熟も充実もない、ほぼ5年毎の、「並の男の並の老化の記録」だった。若さが失われる分、それに代わるものが滲み出てくるのが成熟だが、それがない。むしろ智性が加齢と共に顔から消えている。どういうことだろう。精一杯努力してきたのだが……。ここにあるのはただの「老化」だ。いや、そこそこあった智性が消えているのだから、これは並の男の並の老化だが、紛うことなく劣化である。

 三十代のころの写真はなかなかだ。それなりの智性とやる気が顔に出ている。眼にも光がある。この男がこのまま年を重ね教養を身に着けて行けば渋くて智性的ないい男になるのではないかと期待できる顔をしている。
 ところが現実に齢を取った今、パスポート写真は「万引で捕まったおっさん」のような貧相な顔になっている。智性のかけらもない。交番の前に貼ってあってもおかしくない。泣きたくなった。
 そういや最新のパスポートは急いで作らねばならなくなり、深酒をした翌日、浮腫んだ顔で出かけたのだった。シャツもよれよれだ。ひどすぎる。いやこれが現実なのだ。認めねばならない。

 亡父の三十代と五十代の写真を比べると、劣化はない。七十代の父は枯れたいい顔をしている。
 私はなぜ劣化したのだろう。髪が薄くなったり、顎の線が弛んだり、目蓋が垂れてきたり、老化はしかたないが、脳と心磨きにはそれなりの努力をしてきたつもりなのに、なぜ顔から智性と品が消えているのだ。

 廃棄処分としてパンチで穴を開けられた古いパスポートと近年のパスポートとの差がひどすぎる。それを確認したときのかなしい気持ちは今も覚えている。美しく年を取るのは、男も女もむずかしい。

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【追記.2】──消えた智性の理由発見!──6/27

 三十代のパスポート写真からはそこそこ感じられる私の目の輝きと智性は、どこに消えてしまったのだろう、消えた原因は何だろうと考えていたら、この自分の文を読み返して、その原因に気づいた。

 上に「あやしい国でパスポートを売ってくれと言われた」とある。日本人のパスポートは世界中どこにでも行けるから世界一価値がある。偽造パスポート、闇の世界ではダントツの人気であり、高額で流通している。言わずもがなだが、アメリカのパスポートは人気がない。経済的にも軍事力でも世界一だが、同時に世界一敵の多い国でもあるから、通行証としてはあまり価値がないのだ。いかに日本というのが特殊な国であることか。

 日本大使館があり、再発行が可能な国でなら、闇業者に自分のパスポートを売り、紛失したとして再発行してもらえば、その差額が儲けになるわけである。いくらだったかもう忘れてしまったけど(当時の旅日記を探せばわかるが)、再発行費用が2万円だとして、闇業者の言ってきた値段が5万円なら、3万円の儲けになるわけだ。闇業者はそれを何十万かで売るだろう。

 闇業者は、小金欲しさにパスポートを売る心の弱い旅行者を探している。蛇の道は蛇で、顔を見ればすぐにわかるのだろう、しつこく言い寄られているのがいた。私も、貧乏旅行者が巣くっているホテルに滞在したから、そのたびに声を掛けられた。だがすぐに「あ、こいつはちがう」と寄ってこなくなった。私は貧乏旅行者ではないのに、そういうところも見ておくべきだろうと取材感覚で泊まっていたから、彼らの嗅覚で見抜かれたのだろう。

 当時の私は、假りにそれをすれば百万円儲かるとしても一顧だにしなかったし、そういうことをしようとする日本人旅行者がいたら激しく怒っていたろう。日本人としての誇りを持てと。



 時は流れて、いま「5万円ぐらい儲かるのだろうか」と薄ぼんやりと考えているクソバカがいる。こいつは5万円欲しさにそんなことをやりそうだ。なるほど「万引で捕まったおっさんのような顔」にもなるはずである。私の顔から智性と品が消えたのは、紛れもなく私の責任だった。人間、貧すれば鈍するのである。かなしい確認をしたかなしい朝。怖くて鏡が見られない。
  1. 2013/06/24(月) 05:00:53|
  2. ことば
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辛坊事件──海上自衛隊パイロットの技術、US2性能の誇り

shinbou ついこのあいだ出港したばかりだったので、あまりに早い遭難におどろいた。
 私はあのような冒険になんの意味があるのかわからないのだが、それとこれとは別。無事救助されてほっとした。心からよかったと思う。

 遠慮会釈なく他者を斬る辛坊氏なので、この結末には色々な意見が飛びかっているようだ。これから彼の自衛隊に対する発言はどうなるのだろう。マスメディア復帰第一声が注目される。



 個人的には、涙ぐみながらの「こんな言い方がいいかどうかわかりませんけど、この国の国民であって良かったなと思いました」に、助かって良かったなあと思いつつ、すこしばかり引っ掛かりを感じた。

 なぜ「こんな言い方がいいかどうかわかりませんけど」という前置きが必要なのだろう。なぜ「この国」なのだろう。ごくすなおに「〝日本〟の国民でよかった」ではまずいのか。そのほうがより多くの日本人の共感を呼んだろう。そういう前置きを言ってから発言すること。日本ではなく「この国」と言うこと。
 救助され帰国してすぐの応答である。飾っている暇はない。本音が出る。あのような状況での発言だ。このコメントには、辛坊治郎というひとの本質が凝縮されている。



us2 風速15メートル、波高4メートル、訓練ですらやったことがなかったという劣悪な状況で、着水を敢行し救助した海上自衛隊の技術と勇気が誇らしい。日本の、日本人の誇りである。

 荒れくるう大海原で遭難し、命の灯が消えようとするとき、遙か彼方から駆けつけてくれる日本軍。「助かった!」と思う瞬間。どれほどの感激だろう。辛坊氏は得難い経験をした。理窟とは異なる世界を経験したろう。

 そして日本製US2の優秀さ。パイロットの技術。自国製飛行艇の能力。あいする自国に誇りを持てるのはうれしいことだ。アメリカからの押し売り品じゃない。日本製だ。

 これを完成させるまでの苦労話を読んでいたので、まさかこんな形でUS2の優秀さを目の当たりにするとは思わなかった。開発者のひとたちは胸を張ったことだろう。兵庫県宝塚市の新明和工業である。

・zakzak──世界一の〝救難飛行艇〟誕生に男泣き!

・Wikipedia──US2

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【追記】──まことに不謹慎ながら、冒頭のふたりの写真「M1、1回戦に出場したとき」でも通じますね。
  1. 2013/06/23(日) 05:46:49|
  2. テレビ
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パソコン話──「将棋ソフト」コピー──PC9800 MS-Dosの思い出

geki12 珍品を贈ってくれたかたにお礼として、『AI将棋』や『激指』等の私の所持する将棋ソフトをコピーしてお返しとした。
 サヨク系アナログのかただが(一応ブログと電子メールはやっている)、PCの将棋ソフトに触れたことはないらしい。それでも、敵?を知らねばならないという気持ちもすこしはあったらしく、ほどよいプレゼントになったようだ。うまくインストール出来たろうか。

 市販ソフトウェアは購入者ひとりにひとつが基本であり、DVDを複製しシリアルナンバを添えてプレゼントすることは違法なのだが、ここはお目こぼし願いたい。

 関西のかた、ドキっとした?(笑)。常習犯だと問題だが、ここ30年で数回しかしていないので許してくれ。お目こぼし使いではなくソフトコピーの話。お目こぼしなんて言葉もここ30年で数回しか使ってないが。

 ソフトウェアをコピーしてプレゼントしたことには、クルマの走っていない交叉点でも、信号が青になるまで待つ典型的小心者几帳面日本人として、罪悪感がある。しかしすこしばかり居直って言うと、最強のボナンザやGPS将棋がネットで無料対戦できる時代だ。長年大枚をはたいてこれらを買い続けてきている。ここはひとつ、見逃してください。常習犯じゃない。たまたまである。いや初めてである。

 以下、MS-Dos違法コピーという饒舌な話。毎度の一代記。



pc9800 30年前、私はPC9800を買って、どんなもんかとドキドキしながらスイッチを入れた。すると真っ暗で何も出ない。どうやらOSというものを別に買わないとパソコンてのは動かないらしい。という言いかたにもすこしウソがある。そんなものだと購入前に知っていた。知ってはいたが、買わなかった。「ほんまかいな」と電源を入れたら、ほんまに何も出来なかった。それがなくても、なにかいくつかは出来るものと思っていた。
 ところで今、つい「ウイーンという音と共に立ち上がったが画面は黒いまま」なんて書きそうになった。書いたらウソ。当時のパソコンに回転モノは入っていないから、そういう音はしない。

 月賦の丸井で、30万のパソコンを買うことにした。高い金利手数料は不承不承納得したが、OSというものをさらに別途3万円払って購入せねばならないことが不満だった。あくどい商売だと感じた。あくどいというか、商売として不自然である。

 選択肢があるのならわかる。OSというものがいくつもあり、どれを選ぶかはユーザーに任せるという今のような時代なら。しかしこのNECのPC9800は、NEC-PC9800用のMS-Dosでしか動かない。だったら挿れておくべきだろう。それが商品を売る側の礼儀ではないのか。当時のパソコンメーカーは、OSは別個であり、当社とは関係ありませんという立場だったのか?
 せっかく買ってきたのに、映らないテレビ、洗濯できない洗濯機、冷えない冷蔵庫、なんにでも例えられるが、なんともひどいと思った。今と比すと隔世の感がする。



 ところで、ビンボな私が利用していた「丸井」「緑屋」という月賦屋の金利手数料は高かった。30万のものを10回割賦で買うと3万円10回で30万円かと言うと、そんな単純なものではない。手数料がついて高くなる。10回ではキツいからと24回払いにしたりすると、いろいろ金利が附いて、30万は35万ぐらいになる。
 この30万という値は今で言う「メーカー希望価格」であり、秋葉原で現金で買えば25万円だ。それがこれらの店では現金でも正価の30万円なのである。すでに5万円高い。ここも現金なら25万であり、月賦だと30万になるのならわかる。そうじゃない。現金で30万と高く、さらに割賦金利が5万円もつくのだ。じつにどうも10万円の差である。しかし貧乏人がPC初体験するにはそれしかなかった。待てなかった。どうしても欲しくて悩んだ末に踏みきった。 

 先日、90年代に「モーニング」に連載されてヒットした「ナニワ金融道」を再読した。共産主義者のマンガ家が書いた読んでいるだけで暗い気持ちになる作品だ。なぜあんなマンガがヒットしたのか未だにわからない。それを読みながら当時の割賦制度を思い出した。むかしのあれは高利貸しと変らない。今は知らないが、すくなくとも表向きはソフィストケートされていると推測する。



 割賦制度に関しては、貧乏人が購入するにはそれしかないのであり、25万の品が総額35万になろうとも、月々の少額の割賦金でそれを手にすることが出来るのだから割り切った。貧乏人はそうするしかない。それどころか、それがなかったら手にできないのだ。コツコツ貯めるとしたら(それが私には出来ない)何年後かになる。その「何年」という時間を買うのだと思えば、10万円の差額は腑に落ちた。



 と書いてまた脱線するが、「小泉政権以降、格差社会になった」なんてことをしかつめらしく主張するひとがいる。サヨク系の近視眼だ。

 人間社会というのは、コミューンとして始まったときから格差社会である。原始時代からキリスト歴21世紀のいまに到るまで一貫している。なにも変っていない。なにが「この十年」だよ(笑)。そんなに簡単に社会が変るか。部落差別から学歴差別、給料格差、いつだって格差が人間社会の基本だ。

 高度経済成長と島国社会で実現した人類歴史上唯一絶対の珍妙「樽型社会」が異常だったのだ。その甘い夢が忘れられないサヨクが現状認識できず騒いでいる。それだけである。ピラミッド型が正しい。小泉政権なんて関係ない。小泉さん、人間世界の構造をいじれるほどのすごい人じゃない(笑)。異常に浮腫んでいた体が本来の姿にもどっただけである。

 人間のみならず動物社会だってそうだ。オットセイの帝国、猿山のボス、どこだって格差社会である。ニワトリだってそうだ。大きな小屋に10数羽を入れておくと、必ずいじめられて毛を毟り取られ、無惨なのが出て来る。かわいそうだとそいつを隔離してやると、今度は別のがいじめられるようになる。生き物社会はそんなものである。

 脚の遅いシマウマ、脚を折って走れなくなったシカから、先に肉食獣に喰われる。そのことによって脚の速い種、丈夫な脚が優性として残って行く。何万年も繰り返されてきた自然の掟だ。
 脚を折って走れないシマウマが、周囲に「みんなでライオンからオレを護れ。護れないシマウマ社会は誤っている」なんて声高に叫ぶ世界のほうが狂っている。脚を折ったシマウマはライオンに食われるのが定理なのである。ヒューマニズムという美しくも滑稽な世界。血の滴るような牛豚の肉を食いつつ、「処分される犬猫を救わねば」と熱弁する矛盾。ヒューマニズムという気味の悪いものが人間世界を狂わせている。最近、洋食屋でゴネて話題になったかたわの問題で、そのことを強く感じた。



msdos3









 現金なら25万のパソコンが月賦だと35万になる、までは納得したが、どうにもそれを動かすためのOSなるものを別途3万円で購入せねばならないことに得心がゆかなかった。

 しばらくそのままほっておいた。しかしせっかく買ったものだ。もったいなくもある。誰彼となく嘆いていた。ある日の夜、ひさしぶりに電話の掛かってきた友人にそれを話したら、「ああ、それならコピーしてあげますよ」と言ってくれた。大学の後輩だ。もう故郷の北海道札幌に戻って家業を継いでいた。金持ちの彼はすでにPC98もMS-Dosも持っていたのだ。すぐに郵送してくれた。フロッピーディスク2枚のMS-Dos。当時はプロテクトがかかってなくて、すぐにコピーできた。正規に購入してもアクティベーションの面倒な今とは段違い。
 2枚組だが実際は1枚しか使わない。これで3万円。パソコンを使おうと思ったら必ずこれを買わねばならない。これを売るヤツはは儲かるだろうなあと思ったらすぐに世界一の金持ちになった。



 上揚の写真はそのMS-Dosパッケージについてくる説明書。ネットにあった。ありがとう。感謝。
 立派な、大きくて重いパッケージに入ってくる。分厚い辞書のようなパッケージ。さすが3万円の価値だ。しかしそれは説明書の重み。肝腎のOSはフロッピーディスク1枚。言うまでもないが、いやこれは当時を知らないひとには誤解されているかもしれないが、PCにそのフロッピー1枚のOSをインストールして使うのではない。毎回FDDにそれを入れ、そこから立ち上げるのである。そもそもこの当時、HDDがまだない。



 ここにも卑近な格差社会がある。金持ちはパソコンもOSも即金で安く買っている。貧乏人は月賦で高い金利を払って買わねばならない。そういうものだ。むかしから同じ。そしてまたそれをヒットさせて大儲けする商人。いつだって世の中は格差社会である。なにが「この十年」だ。

 やっと本題に戻った。この「金持ち友人がコピーして送ってくれたフロッピーディスクのMS-Dos」が、私の「違法コピー初体験」である。当時は違法なんて意識もなかった。そして当然ながら、私の最初で最後の体験になる。その後は正規品を待ちかねて買いビル・ゲイツに貢ぎまくっている。
 これは貰った例。今回の将棋ソフトはあげた例。これぐらいしか記憶にない。



 OSのMS-Dosを挿れたらパソコンが起動した。ワープロのモノクロ画面に慣れていた身には、カラーであることだけで感動した。しかし起動しただけ。何も出来ない。何かをしたかったら、そこからまたソフトを買わねばならなかった。OSは入手したが、まだなにもできない。
 日本語の文章を書きたいと思ったら、それ用のソフトと、それと同時に今度は「日本語を入力変換する辞書ソフトウェア=当時はFront End Processor=FEP(フェップ)と言った」を購入せねばならない。初めて手にしたパソコンとは、おそろしく何も出来ないものだった。
 そしてもちろんWindows以前だからGUIはない。すべてアルファベットで命令を打ちこんで作動させる。
 購入するソフトウェアはA4判の美麗なパッケージなのだが、軽い(笑)。仰々しい包装を解くと、中から出て来るのはフロッピーディスク1枚。それで1万円以上する。

 当時、いくつものFEPが販売されていた。これの好みは紙の辞書の何が好きか、に通じる。私の好きなのは「WX」「WXG」だった。ATOKはその次だった。やがてWindowsにIMEが附いてくるようになり、みな潰れていった。ATOKだけが生き残った。ATOKの辞書はあのころから育てている。だからいつ遊んだのか記憶にない『AI将棋2』なんてのがユーザー辞書に登録されていたりする。
 日本語入力ソフト「WX」「WXG」を売っていたのは「エーアイソフト」。『AI将棋』を売っていたのは、エーアイソフトではなく「アイフォー」。アイフォーの商品もずいぶんと買った。



 いま当時のIMEソフト「WXG」の画像がないかと検索したら、いきなり私の田舎の家の柿の木の写真が出てきたのでおどろいた。このブログにアップしたものである。自分で撮ったものだから一瞬でわかる。何年か前、田舎の追憶話をしたとき、大量にPCソフトを焼却したことに触れ、そのときも「当時の私が好きなFEPはWXGだった」と書いたのだろう。すると検索に引っ掛かり、そこに添えられたまったく関係のない柿の木の画像が抽出される。というか田舎の家の果樹について書いた文で、WXGのほうが1回だけ出て来る無関係な単語なのだが。

 なるほど、検索ってそういうことなのか。勉強になった。毎度、たとえば「某美女タレント」のことを調べると、トップにはその美女の画像があり、ありがたく利用させてもらうのだが、下に行くに従って、「なぜこんなのが?」と思う無関係な画像になってゆく。そうか、文章中にそのコトバが出てきたら中身は関係なくすべて網羅してしまうんだ。古いIMEソフトの画像を探したら、自分のブログの柿の木の写真が出てきて、その辺の流れがやっとわかった。「網羅」か。なるほど、ネットだな。
 今どき「WXG」の画像を探すひともいまいが、もしもいたら、「なぜここに柿の木の写真が?」と悩むだろう。



 いろんなソフトを買いまくった。田舎の家の上下二段の押入がそれで埋まるほどだった。ソフト本体は初期はフロッピーディスク、後期はCDだったから、1千万円以上買った総量でも、十数年分でちいさな段ボール一箱程度だろうが、美麗で豪華なケースがある。それが嵩張り、それほどの量になった。
 いまWXGの写真が手に入らないのを知り、ソフトオタクだった私こそがそういう商品の写真を撮っておき、アップする立場になるべきだったと反省する。パソコン好きとして唯一世間に役立てる機会だった。デジカメも初期から使っていたし、それぐらいはやってもいいはずだった。

 ただ私は、やっと満足できるOSのWindows2000が出ると、もうあのフリーズする思い出とは縁を切りたいと美麗なWIn95、Win98を、CDも解説書もパッケージごと焼却してしまうような性格だったから、過去に愛用したソフトを処分前に写真に撮っておくというような発想が出来なかった。世の中には、自分がWin2000になったら、95や98を誰かに安価で売ろう、というような発想をするひともいる。オークションなんてのが流行っているのはそうなのだろう。私にそれはない。他人の古物など欲しくないし、自分の古物を他人に押しつける気もない。

 そんな私の数少ない役だったこと。PC9800時代に愛用していたテキストエディターソフト『章子の書斎』(株テグレット)のパッケージ画像。検索すると最初に出るし、まちがいなく私のサイトからの画像だ。このソフトにはほんとにお世話になったから、古いソフトにこだわらない私も、これだけは廃棄する前に写真を撮ったらしい。『章子の書斎』に思い入れのあるひとには喜んでもらえると思う。しかしそんなひとが日本全国どれぐらいいるのか。お知り合いになりたいものだ。そのころの王者は『VZエディター』だった。「あきこ」と打てば『章子の書斎』が、「ぶいぜっと」と打つと、『VZエディター』に変換される。そのころから育てている辞書なのだなあとしみじみ。


 
 当時両手の人指し指2本でワープロ『書院』を打っていた私は、パソコン購入をきっかけにブラインドタッチを覚えようと思い、それの練習用ソフトを買った。7千円ほど。これまた豪華なパッケージに入っていた。フロッピーディスク1枚。おそらく容量は350kとかそのていど。ベルトコンベアで流れてくる荷物に書かれている文字を打つ。規定時間内に打たないと荷物が落ちてしまう。今ならフリーソフトでも誰もDownloadしないレベル。しかし当時は新鮮だった。ギター弾きだったこともあり、指先は小器用だったから、熱心に練習し、かな入力、ローマ字入力、ほんの数日でブラインドタッチは完璧になった。

 両手の指でブラインドタッチし、キイボードを見ないで済む快感は格別だった。筆圧が異常に強く、手書きでは一日10枚が限度だったが、ワープロのお蔭で30枚以上になり、パソコンのブラインドタッチを覚えて、50枚でも100枚でも書けるようになった。
 しかし文章としては確実に下手になったように思う。手書きの時は構成を考え、極力書き直しのないように慎重に歩を薦めたが、パソコン使いになったら、「まずは書く」になった。消しゴムカスが出ることなく、いくらでも修正書き直しが出来る。だらだらと「とにかく書き」、それからまとめる癖がついた。

 古稀を過ぎて私からワープロを習った亡父にとって、ワープロは清書機械だった。それこそ比喩ではなく本当に「チラシの裏」に、手書きで文章を書いては直し、完成したものをワープロで清書するのだった。文章の書き方として父のほうが正しかったようにも思う。私にはもう出来ないけれど。



 パソコンとはそんなものなのだろうと割り切り、以降あれこれソフトを揃えて行く。ハマった。それは苦にならなかった。秋葉原に買い物に行くのが楽しみだった。パソコン雑誌を見ながら、来月ギャラが入ったら、あれを買おうこれを買おうと楽しみにした。ソフトウェアオタクとなってゆく。
 そのすこし後、「パソ通」なるものが話題になる。ファンレターをくれる雑誌読者からぜひ参加してくれと熱心に誘われたが、頑なに関わらなかった。私は通信機器としてのパソコンを拒んだ。



 体験により感覚も変って行くが、しかし、どのようなジャンルであれ、商品の常識として、最低限OSと、誰もが必要とするであろう日本語入力装置として、テキストエディターとFEP(後にIME=Input Method Editorと呼ばれるようになる)ぐらいは附けるべきとの想いは変らなかった。OSのないパソコンはハンドルを別個に買えという自動車のようなものであり、テキストエディターもFEPもないのは、「夜間に走りたかったら別個にライトを買ってください」と言われるようなものだった。(まあ初期のクルマはそうだったろうけど。)

 その後、市販のパソコンを買えば、ひととおり揃っているようになったのはいうまでもない。それ以前は、なにもついてない歪んだ時代だった。
 やっと「買ってきたらそのままで最低限のことは出来る」というまともな時代になり、やがて今度は、あらゆるソフトがインストールしてあることが売りの時代になる。これまた異様な時代。日本人らしい。使うことのないものまで入っている。それも飽和状態になり、今度はOfficeのあるなしを撰べるような選択の時代となる。これが本当のまとも。あんなもの、使わないひとから見たら無用の長物だ。その分安くするというのは正しい発想である。
 振り返れば、迷走蛇行失敗を繰り返しつつも、すべてはまともになりつつある。「むかしはよかった」を連発するひとがいるが、私は今がいい。



 私はこの当時の独占企業であるNECの傲慢を嫌っている。互換機を出しているEPSONいじめは陰湿だった。よってWindows時代になってからは、一切NEC製品は使っていない。

 脱線するが、いま一番嫌いな企業は東電だ。大震災は関係ない。前々から貧しい一市民として、高圧的で傲慢な東電が大嫌いだった。絶対的に必要なものを独占しているのだから高飛車にもなるだろう。早く、電力会社を撰べる時代にならないか。料金が高くて、たとえ蛍光灯が暗くても?、私は東電以外の会社と契約する。



 将棋ソフトコピーを送ったひとからお礼のメールが来た。
「いともたやすくコピーしてしまう知識と技に感服」「この知識を別方面に活かしたらどうか」とある。
 どうやら彼にとってDVDを複製することは驚嘆のスキルであるらしい(笑)。彼我の差を感じる。アナログ系サヨクとの感覚の違い。そりゃ「この十年の格差社会」とか言うはずだ。



 前々から「理想の政治家、菅直人」と言っているひとがいた。あの目立ちたがりカスが市川房枝を利用して愛想笑いを振りまいていた頃である。時が流れ、民主党政権が誕生したとき、彼は万歳し、菅直人が首相になったときは、ついに夢が実現したと興奮していた。世の中、いろいろだ。いまあのひとは何を思っているのだろう。ブログをやっているが、民主党が下野してから政治のことは一切書かなくなった。といって目が覚めたわけではない。こういうひとは生涯覚めない。「今は逆風だからじっと耐える」と思っているだけだ。救いようがない。

 MS-Dosの思い出の結びがまさかカンナオトになるとは(笑)。なんたるまとまりのない構成。赤面。でもこれが私の本質なのだろう。
 将棋ソフトをコピーしてプレゼントした話から始まり、初めてそれに関わったMS-Dosの思い出を中心に書いたが、いちばん心に残ったのは、民主党を支持し自民党を否定するその〝将棋駒蒐集家〟との政治感覚の差だった。最も強く感じたことが結びになるのは自然でもある。

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kanren6 
 尾崎豊「卒業」の思い出──2011 /11/18


 この文章に登場する大学の後輩Nが、MS-Dosをコピーしてプレゼントしてくれた。 52歳で死ぬのは早すぎる。

 上記画像のMS-Dos3.1の分厚い解説書はネット検索してお借りしたものだが、これは私も持っていた。明確に覚えている。間違いない。ほとんど読まなかったが。

 ということは、私は正規のMS-Dos3.1も持っていたのだ。彼がコピーして送ってくれたMs-Dosを使っていたが、なにしろ毎回使うものであるから、何かのミスで壊してしまい、もういちどお願いするのもあれなので、自力で買ったのだった。いや、彼にコピーして貰ったのは3.0で、私は3.1を買ったのだったか。
 それは、すんなり買えるぐらい金回りが良くなりつつあったとも言えるが、それ以上に「OSの価値」というものを見直したからだろう。最初は「なんでこんなものに3万も」と立腹したが、パソコンに慣れてくると、それこそが「キモ」なのだと理解した。 

 IBMは「OSの開発なんて面倒だ。下請にやらせよう。パソコンはハードが命」と、OS部門開発を下請けにやらせた。それを受けたのが弱小会社のMSだった。自分の所でやっていればIBMこそが世界一の金持ちだった。コンピュータ史に残る大過失である。 
  1. 2013/06/14(金) 05:00:21|
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パソコン話──昨今のフリーソフトDownload事情──ダウンロード管轄ソフトのいやらしさ

 フリーソフトのDownloadは、以前は作者のサイトから直接出来たが、近年はDownload専門のソフトが管轄するようになってきた。いろんな商売があるものである。
 しかしその存在理由は世事に疎い私にも推測できる。

 便利ソフトを開発する。フリーで公開する。「Donate──寄附希望」と書いても、なかなかそれをしてくれるひともいまい。
 そこにこの「管轄ソフトサイト」の登場である。フリーソフトウェアのDownloadをここが管轄する。フリーソフトをDownloadしようとすると、この管轄しているソフトのサイトに行く。というか行かされる。


dl-2 なかなか賢い商売である。何千何万とあるフリーソフトのDownloadを管轄し、Downloadするには自分のところを通さねばならないようにする。そこに有償の体験版等をくっつける。それによって金を得る。フリーソフトの開発者も、自分の所からDownloadされても一銭にもならないが、ここに預託すれば、Download数に応じてそれなりの金がもらえるのだから、よろこんで預けるだろう。
 
「管轄ソフト」側も、自分達の苦労はなにもない。多くのフリーソフトと契約し、スポンサーを得て、フリーソフトファンのDownloadを待つだけである。
 同じような形で儲けるアフィリエイト商売というのは、一応自分の人気、能力に依存するが、これの場合は、他人の開発したフリーソフト人気に便乗するだけである。自分の手を汚さない。汗を流さない。いかにもネット時代のおいしい商売だ。

 しかし利用者にとっては不便になった。ブロードバンド時代だから、直接出来るなら、ほんの数秒でDownload完了し(フリーの便利ソフトだから容量はちいさい)、すぐに解凍してインストール。数分後には使い始められたのに、今はこの「管轄ソフト」のDownloadに時間を取られる。どんなちいさなソフトのDownloadでも、まずはこの「管轄ソフト」のDownloadから始めねばならない。そしてその後が面倒なのだ。いやな時代になった。


dl-1 フリーソフトをDownloadしようとして行かされるこの「管轄ソフト」サイトの構成が判りづらい。悪質だ。そのソフトをDownloadしたくて行ったのだから、そこに一番目立つように大きく「Download」とあったら、そのソフトだと思う。しかしそれはちがう。このサイトが契約している有料ソフトの体験版だ。その罠が二重三重に用意されている。自分のDownloadしたいソフトにたどり着くまでに疲れてしまう。それは目立たなく、一番下のほうにちいさく表示されていたりする。
 
 それもまあ商品陳列の基本として、利幅の大きいものを前面に出すのは当然だろうからリクツとしてはわかる。しかしいやな時代になった。短気な私はもうこの辺でめげそうになる。
 
 それでも私はこの種のことに慣れているからだまされないけど、不慣れなひとはこの「Download」に引っ掛かって、不要なソフトをいっぱいPCに挿れてしまっているだろう。
 そしてまたこれらのソフトは、挿れようとしていないのにかってに入ってくるぐらい図々しいから、出ていってくれと言ってもすなおには出て行かない。「アンインストール出来ない。困った。教えてくれ」というSOSがネットに溢れている。 


 今朝、Win8にSIWを挿れようと思った。7には挿れてあるが8にはない。
 ビデオカードを替えたい。NVIDIAのGT660にしようと思うのだが、今のはRADEONのいくつだったか。ゲームをやらないので自作機のパーツとしてビデオカードは凝っていない。エクスペリエンスインデックスでも一番数字が低い。SIWでRADEONのそれを確認したい。

 以前なら簡単に出来たSIWのDownloadが複雑になっていて、上記のような苦労をした。振りまわされ、戸惑い、苦労した。Download管理ソフトとは無縁にDownloadしたかったが、やはりそこからするしかなかった。しかたない。

 かってにくっついてきて浸入しようとするよけいなソフト「レジストリィをどうたらこうたら」「あなたのPCを劇的に速くするうんぬん」「とっても便利ななんとかツールバー」には、「要りません」とハッキリ拒み、デフォルトのチェックを外してインストールしたが、気づけばぜんぶ入っていた。それどころか自動起動して「あなたのPCチェック」とかを始めた。急いで「スキャン停止」を押し、そのソフトを閉じる。
 今時のこの「挿れるか挿れないか選択出来る。チェックを外せば入ってこない」は形だけのマナーのようだ。私は毎回そのチェックを外しているが、全部入ってきている。


siwそれでもなんとかSIWをインストール出来たから、パーツ確認をするかと起動したら、「Not Support Your OS Windows6.2」と出て起動しない。6.2とはWin8のことである。6.0がVista、6.1が7。ちなみに5.0がWin2000、5.1がXP。じゃあWin98は4かというと、そういうものでもない。NTの話。
 7も8もVistaの改良型だ。今夏のWindows Blueは、9(6.3)ですらなく、8のSP1と言われている。
 
 しかしなぜサポートしないのだろう。Vistaも7もしているのだから、同じ路線の8に合わせることがむずかしいとは思えない。
 肝腎のソフトは起動せず、かってに浸入してきたソフトは元気よく活動を始めるという踏んだりけったり。
 自分のPCがそんな状態になっているのは不快だ。よってアンインストールソフトで駆除をする。Your Aninstaller Proで、浸入されたレジストリィもすべてクリーンにする。


 朝っぱらから、目的のソフトは使えず、不要なユーティリティソフトやツールバーの駆除に小一時間掛けるという不毛な時間となった。

 しかし真の嘆きは記憶力の衰えだろう。空虚なアンインストール作業を続けている内に思い出した。私は去年の10月にWin8を導入した後、すぐにSIWをインストールしようとして、そのときにも今回と同じく拒まれた。「8はサポートしていない」と。
 当時はサポートしていなかったが、8ヶ月経ってフォローした可能性もあるから、あながちすべてが無意味とも言えないが、なんとも虚しい作業だった。さわやかな朝(でもないか、梅雨で空気が湿りすぎている)の5時から6時、失った1時間が悔しい。
  1. 2013/06/10(月) 06:41:17|
  2. Windows8
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訃報──「森田将棋」の森田さんは昨年亡くなっていた──「森田将棋」「AI将棋」「極」「激指」の思い出

将棋ソフト開発者の森田和郎さん、12年7月に死去
 
 森田和郎さん(もりた・かずろう=コンピューター将棋ソフト開発者)が2012年7月27日に死去していたことがわかった。57歳だった。葬儀は近親者で営まれた。

 富山市生まれ。将棋ソフトプログラマーの先駆者的存在で、1985年に発売された「森田将棋」シリーズはヒット商品になった。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0603/TKY201306030400.html 

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 マイナビの将棋ツイートで知った。今週号の「週刊将棋」に記事が載るらしい。
https://twitter.com/mynavi_shogi/status/340737463716806656

 しかし一年近くも前なのに、どうして今まで伏せられていたのだろう。弟の森田高さん(元国会議員)も有名人だし、ふつう伝わってくるけどなあ。不可解である。



 「森田将棋」の歴史。Wikipediaから。

morita













 1982年にNECのPC9800を買ったのが私の「PC事始め」である。明確な目的はなかった。まだ文章はシャープのワープロ『書院』で書いていた。『書院』の「1ファイル最大2万字」のリミットがじゃまになり、PCの『一太郎』に移るのはこの数年後だ。
 PCを買って自作曲を自動演奏させることを夢見ていた。当時から「音楽、グラフィックはMac」だったので、憧れていたが高くて手が出せなかった。あのとき無理をしてMacにしていたら、今ごろ私も口汚くWindowsを罵る雁屋哲や茂木健一郎になっていた。彼らを観ると、Macにしなくてよかったと心から思う。Macのどんな利点美点よりも、ああいう人間と同じでないことに安心する。所詮私のやりたい音楽なんてPC9800で充分だったし。

 PCはすでにあったが、この1985年の「森田将棋」はやっていない。私の「森田将棋」初体験は1987年のファミコン版になる。最初のソフトをやっていないことを残念に思うかというと、それはまったくない。むしろやっていたら「最低最悪のゴミだった」とここに悪口を書いていた。それほど当時のソフトはひどかった。これより後に市販された、これよりも確実に強かったはずの、コンピュータ将棋選手権で優勝した将棋ソフト「極」に悪い思い出しかないのだから、そうに決まっている。やらなくてよかったと思う。



 ここには載っていないが、スーファミ用の「森田の詰将棋」もあった。将棋は弱くて相手にならなかったが詰将棋は楽しめた。思えばあのころからPC、ゲーム機は詰将棋向きだった。

 このころの将棋ソフトのBGMには、尺八とか琴とか鹿威しの音とか「いかにも和風」なものが多く、14インチのテレビから流れでるチープなそれが物悲しく、音を消して遊んだことを思い出す。
 いろいろ買ったが20世紀の将棋ソフトは弱くて話にならなかった。まさかこんな時代が来るとは思わなかった。



 2003年に出たPS2用『激指2』が強く、それまでの将棋ソフトのイメージを一新した。私は一時、将棋ソフトに愛想を尽かして離れていたが、自分よりも強いソフトが出たので、またここからいろいろ買い始める。
 『激指』の強さは、古くからの「森田将棋」等のおなじみソフトを忘れ去ることでもあった。

moritashogi ここにあるソフト発売の流れからも、「森田将棋」が先駆者ではあったが、過去のソフトになっていたのが見える。
 2007年にDS用を出したのが実質的な最後になる。
 DSの将棋ソフトはすべて弱い。今の時代のソフトとは思えない。90年代のよう。将棋の強さがCPUに左右されることがよくわかる。



 ここのところ<AI将棋17>の「奨励会」で遊んでいる。9級から始めて(というか9級から始めねばならない)いま2級まで来た。ここまでは連戦連勝(笑)。あまりに弱い相手に王手飛車をかけて勝ってもつまらない。むかしの弱いソフトを思い出した。ちがうのは、むかしのソフトは本気でも弱かったのに対し、いまのこれは、強いコンピュータが「弱い設定」になっているだけだ。勝たせてもらってもうれしくない。

 いよいよこの辺から壁が立ちはだかる。なんとか初段にはなりたいものだ。三段で指していた新宿将棋センターの名誉のためにも。

 この「奨励会」は近年の『AI将棋』の売りらしい。昇級昇段の規定は本物の奨励会と同じであり、級差があると駒落ち戦もある。負けが続くと降級点もある。果たして四段になり待望の棋士になる日は来るのだろうか。ま、とにかくまずは初段目標。



 むかしから<AI将棋>のグラフィックがいちばん好きだった。いまもしっくりくる。嫌いなのは「東大将棋」。でもずいぶんとよくなった。むかしのはほんとにひどかった。
 これはちいさなことだが、毎日のように遊ぶものだからけっこう大きい。駒は錦旗か水無瀬にする。嫌いなのは一文字駒。

 そういえば、ATOKの辞書を30年ちかく育てているので、「えーあい」と打つと、『AI将棋2』『AI将棋3』とユーザー辞書から変換される。ここのところ遊び始めたので、<AI将棋17>は、いま辞書登録したところ。
 これはいつごろのソフトなのだろう。忘れてしまった。Win95のころか? 弱いソフトだったのはまちがいない。現物ももちろん持っていない。不要なものはソフトもOSもためらわず捨ててきた。本を捨てるときはかなりためらうのにPC系に未練がないのは、確実に古くなった不要なものだからだろう。7万円もしたインチキ翻訳ソフトを捨てるときは、さすがにすこし悔しかったし、このことを書くのはもうこのブログでも5回目になるが、「メモリ1メガ1万円の時代」に、DynaBookに8メガ8万円で増量するのは冒険だった。まあコンピュータそのものがそういう時代なのだから、ソフトが弱かったのもしょうがない。

 私は2003年に発売された「PS2の『激指2』に負けた」ことは死ぬまで忘れない。それだけ鮮烈な経験だった。始めて将棋ソフトに負けたのである。
 一方こういう記憶にないソフトもある。『AI将棋2』や『AI将棋3』はユーザー辞書登録してあるのだから、それなりに気に入ったソフトだったのだろう。完全に忘れていることがショックだ。



kiwame 好きなものばかりではなく、Win3.1の時の「極」のように、あまりにだらしないのでよく覚えているソフトもある。一手指すのに思考が画面に現れ、バーっと流れる。何時間も待たされる。そこまで考えて指した手が間抜けで弱い(笑)。でもあのころは最高峰だった。
 私はコンピュータ将棋ソフトは強くなるだろうと思っていたし、8ビットファミコンと16ビットのDynabook(38万円した)は値段からも桁違いだったから、この将棋ソフト最高峰の「極」には負けることを覚悟して購入した。その落胆は大きかった。

 強い2003年の『激指』とあまりにだらしない1991年の「極」は覚えているが、『AI将棋3』あたりは覚えていない。でも『AI将棋2』『AI将棋3』と辞書登録してあるってことは、私は2も3も買ったのだ。当時はそれなりに気に入っていたのだろう。辞書登録してあるのだから。
 いまWikipediaの『AI将棋』(YSSシステム)の項目を読んだのだが、どこにも『AI将棋2』『AI将棋3』のことは書いてない。

「極」は辞書登録してない。「きわめ」と読む。1991年秋、これをOS-Win3.1のDynabookに挿れて、タイのチェンマイの日本食堂でいじっていたら、将棋好きのひとが、「その〝ゴク〟っては強いの?」と問うてきたのを思い出す。思考がバーっと画面に流れるから、コンピュータを知らないひとには、とんでもない未来の映像にように思えたらしい。「極」は後の「金沢将棋」である。



comshogi 左は1991年の第2回コンピュータ将棋選手権の参加ソフト。
 http://www.computer-shogi.org/wcsc/csc2.htmlより


「もりたしょうぎ」も辞書登録してなかった。つまりは『AI将棋2』ほどにも認めていなかったことになる。

「森田将棋」は、この「極」あたりが大活躍していた「コンピュータ将棋選手権」のころに、ずっと上位入賞をしていたと賞讃されている。しかしそれは黎明期であり、あの時代の将棋ソフトはどうしようもなかったから、先駆者ではあったが強くはなかった、となろう。結論として。



 いまの私はPC版「東大将棋無双Ⅱ」や『激指12』に歯が立たない。惨めで泣きそうになるので(笑)、やらない。PS2の『激指2』には四段設定でもなんとか勝てたが、Core i7 3770を4.3GhzにOCしているデスクトップ機の『激指12』では初段設定でも負けることが多い。相手は〝秒指し〟である。1秒もかけずに指してくる。こちらも向きになって秒指しをすると、ミスが連続しあっと言う間に負ける。惨め。本気で将棋を辞めたくなる。
 たぶん、死に物狂いでやれば、私はまだ『激指12』の初段には勝てる。負け惜しみじゃなく。でも齢を取ってくるとその「死に物狂い」が出来ない。秒指しに秒指しで対抗し、優勢に進んでいたのに、終盤、角道に飛車を成り込んで素抜きされて投了したりしている。
 将棋の実力以前に精神力の問題だ。あらためて、69歳で生涯A級だった大山名人の偉大さ、というか異常さを思い知る。

 もう縁側で日向ぼっこしつつ、渋茶をすすりながら、升田大山の棋譜を並べて昭和を偲ぶ将棋ファンに撤しようかと思う。私は大野源一九段の振り飛車が好きだった。大野さんの棋譜でも並べて将棋ソフトとは縁を切ろうか。



geki12 ところで、将棋ソフトが強くなりすぎたことは、売りあげの面では問題なのではないだろうか。

 私は『激指』が好きなのでずっと買い続けているけど、『激指12』の売りである「七段の力を確かめろ」など遙か彼方の出来事であり、『激指7』の二段にすら勝てないのだから、12の七段などどうでもいいのである。
 つまり「新バージョンを買う必要がない」のだ。新バージョンを買う必要のあるひとがいるとしたら、それは「『激指10』にも『激指11』にも最強設定で勝った。さてさて、今度の『激指12』は、どれぐらい強くなったかな」というひとだけだろう。実際私は、将棋ソフトに全勝時代、今度のはどれぐらい強くなったろうと、あれこれ買いまくっていたわけだし。しかし今、こんな強い将棋ソフトに対し、そんな将棋ファンがどれぐらいいるだろう。いや、ひとりもいないのでは……。

 もう『激指』も今回の12で打ち止めにしよう。私が13以降を買うとしたら、この12の七段に勝ってからだ。そしてそれは「まずまちがいなく」永遠に来ない。

 プロよりも強くなってしまった将棋ソフトは、ある意味、商品としては終ってしまったとも言える。過日、ふつうのPCに挿れたふつうのこの『激指』に、プロが負けた話を見かけた。じゃ私の場合、「まずまちがいなく」じゃなく「絶対」だな。



 四段ならぬ餘談。若いファンには知らないひともいるようだが「銀星将棋」は北朝鮮人が開発し販売しているものである。コンピュータ将棋選手権に突如参戦してきたときは不思議な感慨を持った。なぜ北朝鮮が将棋ソフトなのだろうと。(このころはこの名は名乗っていない。この名は商品化してからである。)

 私も持っているのだが、あまりグラフィックが好きではないのでやっていない。パチンコや焼き肉屋と同じく、これの儲けも北朝鮮に送金されているのだろうかと考えると複雑な思いがする。パチンコもやらないし焼肉も食わないけど、銀星将棋を買ったことは北朝鮮送金に荷担しているのだろうか。
 そういうこともあって辞書登録していない。いちいち「ぎん」「ほし」と変換して「ぎんせいしょうぎ」を出すので面倒だ。



 「森田将棋」の思い出を語るはずが、その他の将棋ソフト話になってしまった。「森田将棋」の思い出は、ファミコン時代の弱くてどうしようもなかった時代になってしまうからしかたない。でも森田さんのがんばりがあって道が開けたのは事実である。森田さんが「ファミコンやパソコンで将棋を遊べる」という道を開拓してくれた。
 というところでやっと「森田将棋」の思い出らしきものを思い出したので書いておこう。

 北海道で馬産をしている友人の息子は、小学生時代にファミコンの「森田将棋」で将棋を覚えた。ファミコンに勝てるようになって自信をもった彼は、父親が将棋を指せないこともあって、遊びに行った私に、将棋を指せるかと問い、挑んで来た。小遣いで盤と駒を揃えていた。ファミコンに連戦連勝し、自分を無敵だと思っていた彼は、何度やっても私に勝てないことに、ものすごいショックを受けていた(笑)。

 それは、おとなになってからこどもと遊んだことのない私にも興味深い体験だった。
 こどもだから攻め駒を集中して攻めてくる。でもそれは防御が手薄になることだ。そこを突くと簡単に勝ってしまう。それと、2の攻めを2で受けると、攻めきれない。そのためには3の攻めが必要だ。それも3で受けると攻めきれない。彼はその数の論理がわからない。こどもってこんなものかと思った。ファミコンにも友だちにもこの戦法で勝てるのに、なぜおじさんには勝てないのだろうと真剣に悩んでいた。懐かしい。その彼ももう三十半ばだ。

 森田さんは偉大な先駆者だった。ご冥福をお祈りします。

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【追記】──『将棋世界』7月号に特集されていました──6/5

shogisekai20137 私は毎月『将棋世界』は発売日の3日に購入するのですが、今月は今日5日になってしまいました。するとそこに詳細な「森田さん追悼の記事」がありました。「柿木将棋」の柿木さんを始め、森田さんと親しかったかたたちの座談会形式を、田名後編集長がまとめる形で4ページもの特集でした。『将棋世界』で4ページの追悼記事というのは凄いことだと思います。森田さんは棋士じゃないですし。

 森田さんは自分のソフトの内部を公開しました。この追悼座談会で瀧澤教授のおっしゃっている
「アイデアをオープンにするという森田さんの姿勢は、柿木さんや山下さん(YSS─AI将棋)、鶴岡さん(『激指』)、保木さん(ボナンザ)らに受け継がれています。だからこそ、ここまで急速に将棋プログラムが進歩できたのだと言えますね」
 は、森田さんへの最高の賛辞でしょう。天国の森田さんもニッコリしたと思います。 



 私は、1年近く前にお亡くなりになっていたことを将棋関係のツイートで知り、おどろき、知らないかたが多いだろうと、情報提供のつもりで上記のへたくそな文を急いで書きました。たしかにその時には、意外なニュースという感じがありました。でも専門誌がきちんと追悼座談会を組むぐらい知られた情報だったのですね。冷や汗ものです。

 本来ならこの【追記】だけにして上記の文は削除したいところですが、身勝手な思い出を書いた文も、これはこれで森田さんへの感謝になるかと思い、赤面しつつ残すことにします。 
  1. 2013/06/04(火) 05:58:47|
  2. 将棋
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大阪生野通り魔事件──在日朝鮮人の通名と本名報道──麻木久仁子ツイートを振り返る

 在日朝鮮人の犯罪に関する麻木久仁子のツイートを知ったときは白けた。
 以下のようなモノ。投稿順番は下から。ちょうど1年前の2012年5月のものである。

 なおこの画像は、検索して下記のURLからお借りしました。私は、麻木をフォローしているわけでもないので今更自力で現物を見つけるのはたいへんだったと思います。感謝して記します。

  http://blog.goo.ne.jp/fukudaikichi/e/ea3d52082ae55e292b53ecd4a95a391b

asagitweet























 麻木の意見は「在日朝鮮人は、悪いことをしたら本名(朝鮮名)で報じられ、よいことをしたら通名(日本人的な姓名)で報じられる」というもの。

 現実はまったく逆である。在日朝鮮人が、残虐な殺人事件、精神異常の狂気の犯罪等を起こした場合、日本のマスコミは、通名という日本的な名前で日本人として報じ、在日朝鮮人が、駅で線路に転落したひとを助けたというようなよいことをしたら、ふだんは通名で生きているひとでも、あえて朝鮮名の本名も掲載し、「心温まるいい話」として報道する。

 これが日本のマスコミの現実であり事実である。つまり、「悪いことをしたときは本名を伏せてやり、よいことをしたときは本名を出してやる」と朝鮮人に気を遣ってやっているのだ。
 なにをどうすれば麻木のような事実とは正反対の解釈が出来るのか。


 
 残虐な殺人事件が起き、犯人の名前が新聞や週刊誌で報じられる。日本人の名前だ。それからしばらくして、「じつはあの残酷な殺人事件の犯人は朝鮮人だった」と、通名と共に朝鮮名が世に出て来る。このことに最も積極的なのは『週刊新潮』だった。朝鮮人擁護のアサヒシンブン的なものはそれを批判する。

 ここで重要なのは、朝鮮寄りのアサヒシンブン的なメディアがそれをしないことは当然だが、週刊実話、週刊大衆、週刊アサヒ芸能のような一見スキャンダラスな週刊誌も、決してそれをしないということである。理由は簡単だ。ヤクザが週刊誌のことを「ジツワ」というように、これらの週刊誌はヤクザ(=朝鮮人)が数多く読むからだ。顧客を大事にして、顧客が不快になるような記事を載せないのは商売の基本だ。
 そういう意味でも、週刊新潮の踏みこみのよさはたいしたものだった。

 今の時代はインターネットがある。犯罪者の知りあいや同級生がすぐに本名や通名を広めてしまう。マスコミが隠しても、一般人が在日朝鮮人犯罪者の本名を知るのはずいぶんと早まった。それは、それを売りにする週刊誌の価値が落ちるということだから、やはり週刊誌を落ち目にしたのはネットなのか。



 私は、そういう歪んだ現在の報道体制も、おとなの日本人の対応として、それなりに意味はあると思っている。
 もしも逆に、在日朝鮮人の犯罪に対し「残酷な殺人事件があった。犯人は在日朝鮮人だ。先日の残虐な事件もそうだった。またしても朝鮮人だ」と朝鮮名で報じ、よいことは「こんないい話がありました。日本人の誰それさんです」と通名で報じたなら、日本人の朝鮮人嫌いはますます昂じるだろう。

 テレビや新聞で事件を知る程度のひとは、通名で報道された犯人が、在日朝鮮人とは知らないままである。多くの日本人がそうだろう。現に田舎者の私の親兄弟親戚等は、もろにその「NHKニュースと新聞で知る程度」のひとたちだったから何も知らない。報じられる通名をそのまま日本人として受けとめている。私は知っていてもそれを伝えなかった。親兄弟の朝鮮人への憎しみを煽っても意味はない。

 ただ、婚家の影響を受け、熱烈なアサヒシンブン信奉者となってしまった姉が、麻木的な意見を言っているときは、それを教えてやろうかと、喉元まで出かかった。姉を洗脳した亭主(私の義兄)が高校の校長(すでに定年退職)なのだからおそろしい。朝礼で何をしゃべっていたのやら。生徒が気の毒だ。
 


 言うまでもなく正当なのは、わるいことでもよいことでも、本名で報じることである。もちろん、よいことをした在日朝鮮人の当事者が「自分は通名で生きているので本名の公開はしないでほしい」と願ったら抑えるのが礼儀だ。

 私は、日本における少数派である在日朝鮮人に対する多数派の日本人の憎しみが昂揚しないように、残虐な事件の際に本名を抑え、通名報道することにも、それなりの正義はあると思っている。

 だが、麻木のような脳内妄想としか思えない事実を無視した意見、いや事実とは正反対の意見は否定する。
 もしも現在の報道姿勢を肯定するとしても、ここに書いたように、「それはそれでしかたない面もあるからね」のような意見までだろう。ところが麻木は、「それは事実ではない。事実はこうなのだ」と事実とは正反対のことを主張しているのである。「朝日新聞だけが正当」としているところに、このひとの病巣が見える。小賢しい女はみなこのパターンに陥る。そして口先だけの男にだまされる。

 麻木にこういう感覚を植えつけて培養したのは、あの毎年何千万円も貢がせていたもてもてのハンサムジャーナリスト(笑)なのだろうか。ツジモトキヨミなんてのも極左の男に洗脳されて貢ぎ続けるかなしい存在である。いや、好きな男に尽くしているのだから、ある種かわいい女と言えるのか。



 麻木は上のツイートで「在日コリアンの犯罪率が高いという信仰が背景にある」と、在日コリアンの犯罪率が高いという現実を〝信仰〟と言いきり、お花畑で夢見ている。
 しかし日本の総人口の0.5%しかいないにも関わらず、芸能界やスポーツ界、はたまたヤクザの世界において、在日朝鮮人が異常に高いパーセンテージで君臨しているように、在日朝鮮人の犯罪率が高いのは事実である。「記憶に残る残虐な事件」を、アトランダムに30件ぐらい並べて犯人名を列挙していったら、かなりの確率で犯人は朝鮮人という事実が浮かびあがる。
 私の感覚だと30件の内、7割ぐらいがそうだとなるが、假りに3割だったとしても、なにしろ「全人口の0.5%」しかいないのだから、その比率はたいへんなものである。



 こういう事実も麻木のようなひとは決して認めない。事実を列挙して認めざるを得なくなったら、今度は「日本人がかつて朝鮮民族に酷いことをした報いだ」のような見当違いの反論をしてくる。会話が成立しない。
 
 これに関しては私は「民族気質のちがい」と解釈している。半島から密航してきた貧しい朝鮮人がヤクザになるしか道はなかったというような現実はあろう。そして激情的で闘争能力にすぐれる朝鮮人は力尽くで勢力を伸ばしていった。
 私はたびたび「朝鮮民族の歌のすばらしさ。挌闘技における才能」を絶讃している。食文化のちがいからもわかるように、彼らは日本人よりも、よくもわるくも情熱的で激しい民族なのだ。それが残虐な事件に繋がっているのだろう。

---------------

「大阪生野通り魔事件」に関する「不自然な報道姿勢」のことを書こうと思ったのに、簡単な前振りのつもりの麻木久仁子に関して論じてしまった。まあ問題の基本は同源だからいいんだけど。

 この事件に関しては、上記のブログに正確にまとめられているのでご参照ください。

生野区通り魔事件と通名報道について



 大阪で、在日朝鮮人の起こした殺傷事件を、国営放送から民放まで、まず多くの局はニュースとして報道しなかった。
 これはすごい。あることをないことにしてしまった。見て見ぬ振り。アサヒシンブンは「従軍慰安婦」のような「ないものをあることにする」のが得意なのに逆もやるんだ(笑)。

 もしも日本人の起こした事件だったら、複数のひとにケガを負わせたのだから、それこそ「大阪通り魔事件」として速報で流すぐらい大騒ぎしたろう。しかしみな示し合わせたかのようにしらんふり。

 テレビ局、新聞社において、この事件はすぐに「犯人は在日朝鮮人」と確認されたのだろう。なにしろ「おまえは日本人か」と確認してから犯行に及び、「日本人なら何人も殺してやろうと思った」のような発言まで流れたぐらいだ。テレビ局、新聞社は一瞬にして「在日朝鮮人の気違いによる犯行」とわかったろう。「在日朝鮮人」と「気違い」と彼らにとってのタブーがふたつも重なっている。よって、これまた瞬時にして「しらんふり」が決まったのは間違いない。犯人が「ふつうの日本人」だったら、大きく報道したはずである。



 次ぎに、報道はしたものの、「犯人の男」としか言わなかったパターンがある。「しらんふり」よりは良心的と言えるだろうか。しかし事件を正確に伝えるのが使命のマスコミに対し「良心的」もないものだが。

 今日(23日)ネットで、関西テレビの「スーパーニュースアンカー」を見た。昨日夕方の放送だ。水曜日は青山繁晴さんの出演する日なので見るようにしている。
 そこでこのニュースを取りあげていた。それはあたらしい事件としてMCから簡単に触れられていただけで、「北朝鮮を訪問した飯島秘書官」を論ずるのがテーマの青山さんは無関係だった。詳しい流れを知っていたら青山さんは厳しい意見を言ったことだろう。

 ここでも「犯人の男」としか言わなかった。それは確認した。
 ただし、この日にまとめられた関西テレビの「文章のニュース」では、「韓国籍男」までは言ったらしい。
 以下はそれ。タイトルに「韓国籍男」と出ている。

---------------

大阪市生野区無差別通り魔 逮捕の韓国籍男「日本人を殺す」

22日朝、大阪市生野区で60代の男性と女性が相次いで刺され大けがをした事件で、逮捕された男は、「日本人を殺す」などと供述していることがわかった。
無差別通り魔事件の現場で、容疑者の韓国籍の男(31)に話しかけられたという男性は、「『日本人か?』と2回聞かれて、刺されそうになったから逃げて」と証言した。

男は、さらなるターゲットを物色していたのか。
22日午前5時15分ごろ、大阪市生野区のマンションで、新聞配達員・川口修一さん(61)が、見知らぬ男に、いきなり包丁で刺された。
マンションで男に刺された川口さんは、マンションの外に逃げたということだが、路上にはまだ血痕が残っていた。そして、逃げる際には、自ら110番通報をして助けを求めたという。

その後、男はおよそ120メートル離れた路上で、ビル清掃業・越智 美智子さん(63)を刃物で刺したところを、通報を受けた警察官に発見され、殺人未遂の現行犯で逮捕された。目撃者は「片手に刃物持ってたから、『えっ』と思った矢先、女性に声をかけて、後ろから羽交い締めにして刺した」、「みんなが馬乗りになって、(男は)手を地面につけられて、すぐにパトカーに乗せられた」などと話した。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00246505.html




 韓国で日本人の気違いが同じような事件を起こしたら、あちらでどんな報道をされるだろう。それこそ日章旗が燃やされ大使館にデモが突入し、たいへんなことになる。大統領も併合時代にまで及んだ怒りの声明を出すだろう。それが彼らの民族性だ。

 あちらの毎度の大騒ぎは当然としても、それ以上に「こちら」がたいへんなことになる。アサヒシンブン的マスコミが大騒ぎし、国会で民主党や社民党が喚き、首相がお詫びの声明を出すような大事件になるのは確実だ。 なのに朝鮮人の気違いが日本でこんな事件を起こしても、日本じゃ「しらんふり」である。「なかったこと」にしている。なんて心の広い「おとな」なんだろう。そしてまた、なんて都合の悪いことにはしらんふりする「ずるい」おとななんだろう。

 本気で腹を立ててもしょうがない。あちらが何をしようと苦笑するだけだが、「こちら」のマスコミの姿勢は看過できない。毎度の結論だが、日本の敵は日本の中にいる。獅子身中の虫だ。

============================================

【追記】──麻木のそれらしいまとめのブーメランを笑う──6/2

 前記の麻木のツイートの結びはこうなっている。

《叩きやすそうな属性とか集団を十把一絡げにdisってりゃ何か御大層な意見を言った気になれるって、どーなんでしょう》

 ブーメランである。
「朝鮮人の本名報道と通名報道」「日本のマスコミ報道はへん。正しいのはアサヒシンブンのみ!」と見当違いなことを言うのは、見事に日本のマスコミという「叩きやすそうな属性とか集団」を「disっている」のであり、その事実無根、的外れの意見で、「何か御大層な意見を言った気」になっている。滑稽だ。救われない。でもこういうひとは自分に酔っているから、悩むことなく正義に燃えて、しあわせに死んで行くんだよね。うらやましい人生か。



【追記.2】──記憶に残る残虐事件の例

 例えば

・麻原彰晃:オウム真理教
・宅間守:大阪池田小学校の児童殺害
・東慎一郎(酒鬼薔薇聖斗):神戸の首切り
・林真須美:和歌山毒入りカレー事件
・関根元:埼玉の愛犬家連続殺人事件
・織原城二:英国人女性ルーシー・ブラックマンさん殺害
・和田慎一郎:早稲田大学強姦グループ「スーパーフリー」
・福田孝之:山口県光市の母子殺人の元少年
・市原達也:英国人女性殺人、2年半逃亡生活

 これらがみなそうなのだから(ハーフ、帰化済みも含む)やはり「異常に高い確率」と言える。 

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kanren1
イギリス人女性殺しの市原が映画化──誰が見るのか?

「しまむら土下座事件」考

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【追記.3】 ──韓国籍の通り魔に不起訴処分──2013/11/15

大阪市生野区で5月、男女2人が刺され重傷を負った事件で、大阪地検は14日、殺人未遂容疑で逮捕された韓国籍の無職の男(31)について、精神鑑定の結果、心神喪失により刑事責任能力は認められないとして不起訴処分とした。

大阪地裁は同日、心神喪失者等医療観察法に基づき、鑑定入院命令を出した。

男は5月22日早朝、生野区新今里の自宅マンションや近くの路上で、新聞配達員の男性(61)とビル清掃員の女性(63)を相次ぎ刺した疑いが持たれていた。 

時事通信 11月14日(木)20時46分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131114-00000151-jij-soci 



 気狂いならなにをやっても許される世の中なのか。 
 
  1. 2013/06/04(火) 04:42:14|
  2. 朝鮮
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
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2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
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メールは、moneslife2000
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