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ウィグル自治区を圧迫する中共(漢民族)の手法──民族同一化政策

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
   平成25年(2013)5月28日(火曜日)
    通巻第3952号 <前日発行>
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 タクラマカン砂漠の寒村が65万人の新都市となっていた
  甘粛省の地震被災者や河南省の農地を失った農民が大挙して入植

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 新彊ウィグル自治区において地元ウィグル人が比較劣位になりつつある。人口動態で、漢族の比率がいまや40%(ウィグル自治区の人口は2200万人)。
 すべては新彊ウィグルへ強制移住させられた満州族と、革命後、毛沢東がおいやった人民解放軍の生産大隊、その家族、子孫。そして新しく入植してきた貧困層の漢族。

 この列に王楽泉・前新彊ウィグル自治区書記時代に夥しい山東省の娘らを騙して「新彊によい就職先がある」といって移住させ、結婚を奨励した。生産大隊の軍人らが家庭を持ち、子供をつくったのは、こうした移民政策が背景にある。

 これらの人々が、石油と瓦斯がでる砂漠に入植し、なんとタクラマカン砂漠にマンションをおったて、天山山脈の雪解け水を利用するための運河を開墾して、水道、電気のライフラインも整備させたのだ。

 タクラマカン砂漠のほうぼうに入植者向けのマンションがたちならび、たとえばシヘジ(漢語名は石河子)という古い地図に載っていない田舎の村が、いまや65万人の都市となった。新移民が入植したためで、しかもシヘジの95%が漢族である。

 また入植した新移民のなかには四川省大地震などで自宅をなくした甘粛省の被災者や、貧困な河南省で都市開発のため農地を失った農民が大挙して入植したという(英誌『エコノミスト』、2013年5月25日号)。
 これではイスラム教徒であるウィグル人と漢族入植者との心理的軋轢は解消される筈もないだろう。

新彊ウィグル自治区に駐屯する人民解放軍の生産大隊は、純粋な軍人が十万余。彼らが漢族の安全をまもり、ウィグル人を弾圧する暴力装置だ。

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 愛読している宮崎正弘さんのフリーメルマガから。みなさんもぜひ読んでください。
 宮粼さま、いつも感謝して拝読しています。



 チベットと並んでウィグルは、支那(漢民族)とは無関係の地である。モンゴルも。
 それを力で征圧し、無理矢理「自治区」として管理している。

 ウィグルに行くとおどろくのは、イスラム教文化だから、街の佇まい(モスク等)からして街の雰囲気がちがうが、それ以前に、碧い目のひとが多く、「ああ、これは漢民族じゃないよ」としみじみ思う。ここは中共ではない。



 異民族の地を力で抑えつけている〝帝国〟にとって、「民族」と「宗教」は最悪の火種だ。中共漢民族帝国はそれを潰しにかかる。その手法がこの「民族同化」だ。漢民族は世界制覇を目指している。その手法は、世界中を漢民族にすることだ。
 漢民族の中共に憤懣を持つのは異民族だから、そこに進出して、漢民族を住ませ、漢民族の文化、漢民族の地にする。そうすればもう不満は起きない。大多数だ。
 地元の民族と結婚させて漢民族の血を入れ、漢民族に染めて行く。それはチベットでもウィグルでもそうしているし、その他の60もある少数民族に対してもそうである。それが彼らの世界制覇の基本戦略だ。

 先住民族を根絶やしにし、自民族の血を行きわたらせるのは古来より支配の方法として最も有効な方法だ。支配された地では先住民族は滅亡にちかいまでに激減する。それは南米の歴史に顕著である。
 人類の歴史上、唯一の例外は、日本の支配下にありながら数を増やした朝鮮民族だけだ。いかに日本の「併合」という政策が白人の殖民地政策とは異なっていたことか。



P7120439_1 私の詳しい少数民族について書くと、漢民族が支配している中共だから、上部組織はもちろんだが、こういう少数民族の自治区の村においても、身近な役人(村役場職員のようなもの)から公安(警官)まで、ポイントとなる職種(=おいしい仕事)はみな漢民族が独占している。下級官吏だが、山国の一農民から見たら、役人も警官も、とんでもない権力者である。なにしろ民主国家ではない。

 公務員は給料が良く安定しているし、警官は権力を持ち裏世界にも通じているから、村の百姓娘からすると憧れの職業である。よって、純粋な少数民族の村長の娘が、漢民族の役人と結婚することになる。盛大な結婚式だ。それは政府から褒められることでもある。報賞金が出るのか? ここで少数民族の純血が途切れる。いわば手本である。

 続いて、少数民族一の美人が、貧しい同一民族の青年との恋愛を捨て、漢民族の警官と結婚したりする。立派な官舎に住み、村に一台しかない自家用車に乗ったりして得意満面だ。これを見た娘達も、貧しい少数民族同士の青年と結婚するより、漢民族の役人との結婚を夢見るようになる。連鎖する。私が見聞してきた現実である。当然、漢民族と結婚した少数民族の娘は古来の伝統である民族衣装を捨てる。毛沢東は英雄であり日本は鬼と学んで行く。こうして文化が滅んで行く。
 こういう形での「漢民族同一化政策」は進んでいる。



 写真は「傣族自治州」における看板。漢字と一緒に古来のタイ文字が並記されている。もう習うひともいないし書けるひとも老人だけになってきた。間もなく漢字表記だけになるだろう。力によって文化が殺されて行くのを見るのはつらい。それはキリスト教が世界中でやってきたことでもある。



 チベットの卑近な例は知らないが、仏典を焼きはらったりする漢民族を憎み、抵抗はしていても、政治は力である。漢民族が進出してきて、すべてを牛耳っている。権力を持っている。漢民族の役人にチベット美人が嫁ぐような形も起きているだろうと推測する。戦後の日本でも、GHQの米兵と結婚する日本人娘がいたように。それは力の流れとして自然である。



 毛沢東の有名な言葉がある。アメリカとの戦争について。「中国は8億人、アメリカは2億人。ひとり1殺で殺しあえば、アメリカは絶滅しても中国にはまだ6億人残る」という表現。漢民族の発想をよく顕わしている。
 この発想において漢民族は、「同朋が2億人も死ぬ」ということは一切気にしない。残り6億の捨て石としてなんら感傷的にはならない。そもそも孔子の時代から漢民族の発想は、「上と下」であり、上が生きのびるために下が死ぬのは当然であり、痛くも痒くもないのである。

 侵掠地を支配するのに最も有効な方法は、その地を同朋の血で支配することだが、なかなかそれだけのことは出来ない。そんなに使い捨てに出来るほど人民はいないからだ。
 だがいまの支那にはいる。それだけ人間の命が餘っている。だから「タクラマカンの寒村が65万人の新都市に」なんてとんでもないことも平然と出来る。
「人は石垣、人は城」である。石垣と城を使い放題なのだから無敵だ。



 いまこの漢民族の「数こそが力政策」に最も脅えているのはロシアだろう。人口のすくない国境の地はもう漢民族だらけ。法的にはロシア領土でも、越境してきた漢民族が数多く住み、漢字の看板が立ちならび、住人のほとんどは漢民族という漢民族の地になっている。これをやられたら抗える民族はいない。「住んでいるひとがいちばん強い」のだから。ゴキブリに制された台所だ。
 一匹二匹ならまだしも、いや30匹ぐらいまでならゴキブリホイホイやバルサンで対抗できるが、2DKの台所に、溢れんばかりの黒山となった1万匹のゴキブリがいたら、こちらが逃げだすしかない。漢民族の戦略とはそれである。



 日本にもこのゴキブリ戦法は迫ってくる。公称13億、戸籍のない連中をいれると15億人いる。1億や2億死んでもへとも思わない民族だ。思うだけで目の前が暗くなる。尖閣も沖縄も風前の灯である。やつらは平然と、「50年後の日本? そんな国は消えてるよ」と嗤って言う。ほんとに「日本省」にされている気がする。なにしろ「日本列島は日本人だけのものではありません」なんてのが総理大臣になる国だ。
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  1. 2013/05/27(月) 20:46:00|
  2. 政治
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抗日映画で残虐な日本兵を演じる日本人役者──役者以前に日本人としての誇りはないのだろうか!?

中国の反日ドラマ批判殺到?──荒唐無稽な演出より、問題は日本人の描き方だ!」に画像を入れようと検索していて、以下のようなところを知った。とても有名らしいが私は知らなかった。まあ支那のことなど知りたくもないし、今後もここの記事を読むことはないだろう。

recordchinaRecord China 日本最大の中国情報サイト

 そこにこんな文章があった。中国の抗日映画に出演している日本人役者の話である。

 気分の悪くなる話なのでコピー転載はしない。興味のあるかたはそちらで読んでください。上にリンクを貼りました。



 さて、なぜ気分が悪いかということ。 
 この文章にはこんなタイトルがついている。 

《抗日ドラマで悪辣な日本兵演じた日本人俳優、「こんなことありえない」と監督に抗議も聞き入れられず―中国》

 中身は、このタイトル通りに、荒唐無稽な抗日映画というか憎日映画に出演した日本人役者(日本では無名)のことだ。日本兵に扮した彼は、極寒の中、支那人女を強姦する演技を要求された。「こんな寒い状況でそんなことをするひとはいませんよ」と反論したが、「むかしの日本兵はやったんだ。文句を言われずにやれ」と支那人監督に言われてやったのだとか。

 役者はそういう自分達の苦渋を語り、このサイトの論調も「中国映画はひどい。役者が気の毒だ。だが彼らは精一杯抗ったのだ」のような姿勢を取っている。だけどそうだろうか。



 もしも彼ら(支那の抗日映画で日本人兵役として売れっ子の4人)が、「とてもじゃないけど、あんな無茶な演出には我慢なりません」とケツを捲って帰国したのなら、今回の意見にも納得する。そうじゃない。彼らはいまもその「抗日映画」で、ありえない日本人の蛮行を演じて支那から金をもらっているのである。売れっ子なのだ。これは日本のために戦った英霊を貶める国賊である。

 役者として「映画に出たい」という以前に、「日本人としての誇り」があろう。そもそもそうなることはわかっているのに、このひとたちはなぜ支那の映画を志したのだろう。共産党独裁国家中共の映画事情も知らずにオーディションを受けに行ったのか!? なら役者バカならぬただのバカ役者である。



chinanihon5 彼らがヒダリ巻きで、彼ら自身が反日であり、こういう映画に出て日本を貶めることが喜びだというのならまだわかる。しかしこういう矛盾を感じながら、それでも監督に言われるまま日本人を冒涜する国辱的な日本兵の演技を続けているのだ。それは反日を生きがいとしているサヨク連中よりもたちがわるい。

「なんのためにやっているのだ」と問われたら、出演料という金をもらうため、以外には答えようがあるまい。金のために日本人としての誇りを売っているのだ。しかも現在の支那であるから粗製濫造抗日映画のギャラなどたかが知れている。日本で何をやってもそれぐらいは稼げるだろう。雀の涙金で日本人の誇りを売っている最低の連中としか思えない。

 こういう一見「ちょっといい話」「へえ、そうなのか」的な話題がいちばん悪質だ。

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【追記】──基本的姿勢の問題──5/24

 私はビートたけしの「芸人は、自民党政権なら自民党にすりより、共産党政権になったら共産党にごますって生きるのが本道。芸人なんてのはそんなもん」という「芸人論」を支持している。役者も同じ。それでいい。

 だから彼らが、「おれは日本で役者を演りたかった。だけど日本では仕事がなかった。日本人はおれに役者をやらせてくれなかった。それで中国に来た。中国で史実とはちがう日本兵を演じることを批判するひとはいるだろう。でもおれは役者がやりたいんだ。批判されても、かまわない。これでいい。これがおれの選んだ道だ」と言うのなら、なんも文句はない。 「てめーのようなのは日本人じゃねえ!」と悪罵するが、それはそれでそいつの生きかただ。

 だけどこいつらは「いやあ、ひどいんですよ。こんなことありえないですよねえ。まったく、困ったもんです」と言いつつ、その演技を続け、支那から金をもらって生きている。 そのダブルスタンダードが気に入らない。



【追記.2】──見ればわかる!──5/29

 私のこの意見を、支那まで行って役者を演じている同じ日本人に対して、厳しすぎると感じるかたがいるとしたら、それはこれら「抗日ドラマ」とやらを見たことがないからだと断言する。一度でもあのインチキ映画を見たら、まともな日本人なら怒りに震える。全員支那人俳優でやっているならともかく、それを演じている日本人の存在など許せないと怒るはずだ。 

 韓流ドラマなんてくだらない恋愛ものや捏造歴史物(一例・朝鮮の白しかない時代にカラフルな服を着ている)なんかを流すなら、中韓のこの「憎日ドラマ」を流せばいい。お花畑のキレイゴトを言っている連中も、これらを視聴すればやつらの本音がわかるだろう。
 もしも私が、これらを見ながら育った支那人や朝鮮人だったなら、私は毎日日本人を皆殺しにする夢を見て成長しただろう。国策としてこんなことをしている国となかよく出来るはずがない。 
 それでも、ほんのすこしだけだが朝鮮や支那にも「親日派」はいる。奇蹟である。 
  1. 2013/05/24(金) 05:00:55|
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数字の表記──の3~40人に【追記】

yaguchi数字の表記について──<きっこさん>の3~40人──に【追記】

 巨人と小人の結婚で話題になった芸能人が小人の浮気で別居だそうです。
 それはどうでもいいのですが、そこに「2~3,000人」という<きっこさん>のような表記を見つけたので追記しました。


 
  1. 2013/05/22(水) 21:54:45|
  2. ことば
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「名前に子のつかない女政治家」「中国語〝軟微〟の意味」「ブータン国王夫妻を侮辱したフジテレビ」

 ブログ整理をしていたら【芸スポ萬金譚】でおもしろいのを見つけた。2008年のもの。
 お暇なときに読んでください。
 読む前に答を考えたほうが楽しめると思います。
 このころはこんなにテレビを見ていた自分に唖然(笑)。

・ネプリーグ──「名前に子のつかない政治家の名を5人あげよ!」

・アッコにおまかせ──「中国語〝軟微〟の意味は?──ヒント・会社名です」

・ネプリーグ──笑えないおバカ解答──「人口10億人以上の国の名をあげよ」



 以上は軽い話だが、まじめなところでは、2011年12月の、

・ブータン国王夫妻侮辱「笑っていいとも」の無礼──節操のないテレビ局感覚

 を読んでいたら、あらたに怒りが湧いてきた。

 国会で、あの感動的な演説をしてくださったブータン国王を揶揄した番組である。
 そこにも書いたが、支那や朝鮮に対しても同じ姿勢なら文句はない。そうじゃない、彼らには卑屈と思えるほど気を遣い、人口70万のブータンならヒステリックな抗議は来ないと読んでのやりかたなのが汚らしい。いかにもテレビ局らしい杜撰と傲慢の悪臭がする。

 こういう無礼と無節操を「軽チャー」と名乗って得意満面でやっていたこのテレビ局が落ち目になったのはまことに理に適っている。
  1. 2013/05/21(火) 11:00:19|
  2. テレビ
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武井咲の「咲」に関するの笑い話──無学が隠せない

 武井咲というタレントの「咲」という名について【芸スポ萬金譚】に2題書いた。

・タカトシの時間ですよSP──誤って伝わった漢字「笑う」と「咲く」について

・再び「笑う」と「咲く」について──武井咲を「えみ」と命名したひとのセンスのよさ

 ここでの千原ジュニアと塚地の勘違いは、私にとって大きなテーマになる。漢字というのは日本語の当て字にすぎない。日本語と漢字は同列ではない。もともとあった日本語に、借り物の漢字を無理矢理当てはめたのが現状なのだ。その基本を勘違いしている。

 ただし、そこから産まれた日本製漢語は優秀であり、現在の支那は日本製漢字抜きではなにもできない。正規の国名「中華人民共和国」の内、元々の漢語は「中華」だけ。「人民」も「共和国」も日本製漢語である。本家ではあるが、それがないと国名すら名乗れない。



 今回、元有名ブロガー、現アフィリエイト商人として有名な<きっこさん>が、こんなことをツイートしていると知った。

kikko-takei





 まあ、それはそれでいい。おっちゃん、いちゃもんのプロフェッショナルとして、あらゆるものにいちゃもんをつけ、政事から競馬までしったかぶり全開だが、なんとも基本がお粗末である。
  1. 2013/05/20(月) 03:45:03|
  2. きっこ
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中国の反日ドラマに批判殺到?──荒唐無稽な演出より、問題は日本人の描き方だ!

chinanihon 抗日ドラマ、もう飽きた! トンデモすぎる表現に中国国内から非難の嵐

  中国のお茶の間で大人気の日中戦争を舞台とした「抗日ドラマ」について、政府当局が検閲による規制に乗り出すという。


 中国のネットメディアなどが報じた。空手で日本兵を真っ二つにしたり、手榴(しゅりゅう)弾を地上から投げて戦闘機を撃墜したりする、荒唐無稽で奇天烈(きてれつ)なドラマが粗製乱造され、中国の視聴者もさすがに飽き飽きして非難が噴出しているためだ。

 ネット上には、「視聴者をバカにしている」「日本人がみたら爆笑するだろう」といった書き込みがあふれており、ブームは去り製作本数が激減しているという。

 規制強化を報じた「騰訊ネット」などによると、メディアを管轄する当局は6月にも、 視聴者の多いゴールデンタイムを対象に、大げさな作り話やおもしろおかしく仕立てたドラマの放送を禁じる。すでに審査が厳格化され、放送が認められなかった番組もあるという。


chinanihon4 抗日ドラマへの批判は、三つ編みの若い女性が全裸で中国兵に敬礼する後ろ姿のシーンが先月、中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」に投稿されたのがきっかけだった。
 「(このドラマの)監督は俺たちをばかだと思っている。無防備な女性が自分の体を国のため犠牲にする必要があるのか」「抗日ドラマは大好きだが、この場面は何だ?。歴史を破壊し子供たちを悪の道に引き入れたいのか?」

  ストーリーとは関係ないお色気路線に対し、ネット上では非難の嵐が吹き荒れている。
 荒唐無稽な抗日ドラマは世界的にも注目を集め、市民ニュースを伝える欧州の非営利サイト「グローバル・ボイセズ」は、微博に投稿された番組を特集。素手で日本兵を縦に真っ二つに引き裂いたり、銃で武装した大勢の日本兵を少女がカンフーで皆殺しにしたり、抗日のヒーローが地上から空を飛ぶ戦闘機に手榴弾を投げつけ墜落させるといったシーンを紹介した。

 中国当局はテレビ番組や映画に厳しい検閲を行っているが、抗日ドラマは審査が緩く通りやすいことが、粗製濫造の背景にある。中国紙「エコノミック・オブザーバー」(英語電子版)によると、大手放送局が昨年、ゴールデンタイムに放送したドラマ200本のうち抗日ドラマが70本を占めた。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130517/chn13051708240000-n1.htm

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 この記事を読んで、支那人に惘れ、蔑み、嗤った日本人は多いだろう。それは以下の、

・空手で日本兵を真っ二つにしたり
・手榴(しゅりゅう)弾を地上から投げて戦闘機を撃墜したり
・銃で武装した大勢の日本兵を少女がカンフーで皆殺しにしたり


 という荒唐無稽な部分であろう。



 だがこの記事は触れていないが、問題はそっちにあるのではない。
 ヤツらのやっている「日本兵の描き方」こそが問題なのだ。

chinanihon2 毎日流れている抗日テレビドラマ。
 平和な支那人一家のところに日本兵が乱入してくる。暴虐の限りを尽くす。
 こどもや孫をあいし、質素だが平和な暮らしをしている、いかにも好々爺然とした老人が、助けてくださいと泣きながら頼む姿に、ニヤっと憎々しげに笑った日本兵が銃剣を突きさす。「ギャアー!」という断末魔の声を上げて絶命する支那人の好々爺。その瞬間、チョビヒゲを生やした鬼のような顔をした日本兵の顔のアップ、そこに真っ赤な返り血がこびりつく。

 女は必ず集団で犯す。強姦してボロボロにする。犯された女は結婚を約束していた恋人への詫びの手紙を書いて自殺する。

 日本兵は、殺した死体から肝臓や心臓を取りだして〝生で〟喰う。血塗れの口許。悪魔だ。鬼である。とんでもない鬼として描かれているのだ。
 テレビを見ている母親や娘は悲鳴を上げて目を背け、父親や男の子は、わなわなと震えつつ憎い日本への復讐を誓う。



 上記の滑稽とも言えるスーパーヒーローヒロインの登場はその後だ。ひどい目に遭わされ、我慢に我慢を重ねた末に登場する。以前は正義の味方はワンパターンの毛沢東軍と決まっていたが、それじゃあまりに芸がないとこんなのが登場するようになった。そりゃ毎日毎日朝から晩までこんなのばかり流しているのだから、毛沢東軍だけでは倦きてくる。

 日本民族に対していかに無礼であることか。大仰な表現に苦笑するどころの話ではない。こんなものを毎日見て育った支那人が、日本人となかよく出来るはずなどない。日本人は鬼であり畜生であり生涯の仇敵と思い込む。

 在日支那人の残虐な犯罪が目立つ。元々漢民族はそういう性質だが、さらにはこんなものを見て育っているのだ。日本人など殺して当然と思っている。それがやつらの国策なのである。

 島国根性日本人の最も基本的な勘違いは、「こちらが頭を下げればあちらも下げる」である。
 こちらが頭を下げたら、「よし、わるいのを認めたな。おれは正しい」とふんぞりかえる民族がいるのである。だから絶対に頭を下げてはならない。


 
 残虐な日本軍に抗う支那人ヒーローが、上記のような大活躍をして日本兵をやっつける。それにやつらは拍手を送る。
 毎日毎日それを見てきた連中から、さすがにあまりに荒唐無稽ではないかと批判が出始めたと産經は報じているわけだが、問題とすべきなのは、そんなどうでもいいお遊び部分より、上記のような日本兵の描き方であろう。

 現に私はこういうテレビドラマを見ている複数の支那人から、「日本人は殺した相手の肝臓や心臓を喰うらしいな」と問われている。そしてまたそれは日本人ではなく彼ら支那人の習慣であるから、彼らはそれを汚らしく批判して言うのではなく、「人間の肝臓を喰うことは自分の肝臓にいいらしい。どれぐらいうまいのだろう」と興味をもって問うてくるのだ。彼我の差に愕然とする。

 もっとも日本でもレバ刺しなんて牛の生肝臓を好むひともいる。喰えなくなる前は行列が出来ていたようだから支那人と同種の日本人もいることはいる。



 上記のようなトンデモな部分などどうでもいい。問題は、物心つく頃からこういうものを見て育つ支那の子供だ。日本人を好きになるわけがない。なれるはずがない。悪魔の人種だと思っている。憎悪している。江沢民のそういう政策のもとに育ったいまの20代30代がそれになる。

 もうひとつ、先日も書いたが、日本軍と戦闘して祖父や父、伯父が死んでいるという漢人のことはしかたないと言える。だが支那は多民族の国である。日本軍との戦闘とは無関係であり、中には日本がどこにあるかすら知らないような無学な少数民族のひとびとも多い。そういうひとたちが毎日テレビでこれを見せられ、会ったこともない日本人を、この世で最も憎むべき悪鬼として怨念を深めているのだ。それがなんともたまらない。



 この鬼のような日本兵は、なにをするには「バカヤロ」と言う。支那人俳優のヘンな発音だ。善良な支那人を擲り、殺し、女を犯すときにも、やたらめったら「バカヤロ」を連発する。だから日本がどこにあるかすら知らない無学な連中でも「日本語知ってる。バカヤロ」と言う。支那の老若男女にいったい何回「バカヤロ」と言われたことか。こちらが日本人らしいと知ると、まず「バカヤロ」と言って顔色をうかがってきたりする。

 江戸っ子と自称する大橋巨泉という芸人は、「むかしの東京じゃバカヤロは挨拶みたいなもんでね。会ったらまずバカヤロだったよ」と朗らかに語っている。しあわせなひとだ。支那人にさんざん言われてきた私は、とてもとても「バカヤロ」を軽い気持ちで聴くことは出来ない。それどころか支那では口に出来なくなってしまった。



 どうか上記の記事を読んだかたは、「だから中国人てのはバカなんだよなあ、ワハハ」ではなく、この裏に潜んでいる、もっともっと深刻な問題を考えていただきたい。
 こういうことを国策として、国是としてやっている隣国がある。永遠の憂鬱だ。なかよくなど出来るはずがない。もうひとつの国も同じだけど。

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okotoba5【追記】──むかしの支那人はよかったらしい!?──5/20

 私は自分の体験からどうにも支那人は好きになれないのだが、私淑している高島俊男先生の『お言葉ですが…別巻5』を読んでいたら、岡山大学時代の30年前の支那からの留学生(先生の教え子)をみな「好人物」として褒めていた。明るく気さくで勉強好きで満点だとか。気難しい高島先生が褒め、いまもおつき合いがあるらしいから本当なのだろう。

 江沢民の「日本人憎悪教育」が徹底しない前の支那人は、今よりもずっとまともだったらしい。やはりおそろしいのは教育である。




kanren6
中国映画で日本兵を演じる日本人役者──日本人としての誇りはないのか
  1. 2013/05/19(日) 11:00:18|
  2. 政治
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飲食話──中国産食品の危険度──使用野菜を答えない牛丼屋

牛丼大手5社を徹底検証! 中国産食品の危険な実態 使用度が高い食材は…


gyudon 残留農薬、日本では認められていない防腐剤の使用など中国産食品の危険な実態が注目されている。

 1杯の牛丼に「メード・イン・チャイナ」はどれだけあるか。

 調査対象として選んだのは、業界トップ3の「吉野家」「松屋」「すき家」と、新規参入以降、3年で135店(2013年5月16日現在)まで急拡大した「東京チカラめし」。それに首都圏を中心に展開する「神戸らんぷ亭」を加えた5社。

 まず牛丼(並)を4月中旬から280円に値下げした「吉野家」。運営する吉野家ホールディングス(東京都北区)は、牛丼に添えられる玉ねぎを「季節によって使用」。牛丼以外のメニュー「焼鳥つくね丼」の鶏肉で「中国産を使用」と回答した。

 「松屋」の松屋フーズ(東京都武蔵野市)は使用食材について、「時期や販売地域によって異なる」としつつ、ホームページ(HP)に食材の産地情報を記載。そのHPによると、主力商品の「牛めし」で、国産と中国産の玉ねぎを併用し、「豚バラ焼肉定食」で、青ねぎの一部を中国産でまかなっている。

 新規参入組の「東京チカラめし」を展開する三光マーケティングフーズ(東京都豊島区)は、米について「中国産米と国産米、中国産米と米国産米と国産米などのブレンドを使用している」と説明した。

 一方、牛丼業界最大手「すき家」のゼンショーホールディングス(東京都港区)は「当社の取り組みを部分的に抜粋して報じられると消費者に誤解を招く可能性がある。そうした趣旨から回答を差し控える」とコメントした。同社のHPでは「お米、牛肉、レタス、キャベツ」に限って産地を公開。いずれにも「中国産」の表示はない。牛丼に欠かせない玉ねぎについては「現時点で公開していない」(同社広報)としている。

 社名と同じ店舗名で首都圏に展開する「神戸らんぷ亭」(東京都台東区)は「担当者が不在で回答できない」(5月15日現在)。同社の場合は、HP上でも食材の産地公開をしていない。が、「お客さまから問い合わせがあれば個別に対応している」(同社)と答えた。
 「牛丼チェーンで使われることが多い中国産食品は玉ねぎ。現地では日本のマーケットに出すことを想定して集中的に大量生産している。牛丼に限らず、外食チェーンのほとんどで使われているはずだ」

 厚生労働省の輸入食品監視統計(11年度)をみると、玉ねぎやにんにくなどが含まれる「ゆり科野菜」の中国からの輸入量は36万1551トンで、2位の米国(5万2220トン)を大きく引き離している。

 危ない中国産食品。われわれはそれとは知らず、すでに食べているのかもしれない。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20130517/dms1305171810024-n1.htm

gyudon2

















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 すき屋の「回答できない」と、神戸らんぷ亭の「担当者が不在でコメントできない」はお粗末だ。回答すべき責任がある。

 彼らが警戒するように、よくわからんマスコミを名乗るモノ(この記事は産経のzakzakだから身許はしっかりしているけれど)に問われるまま一々応対していたら、意図的な批判記事を書かれる可能性が高い。有名なのが「週刊金曜日」というサヨク雑誌がやった「買ってはいけない」だった。薬用クレオソートを電柱の腐食防止に塗るコールタールと混同し、「あんなものを飲んだらたいへんなことになる」と煽り、信者達が大騒ぎした。「企業テロ」と言われたものだった。

 企業防衛としてこういうふうに突き放す応答をする気持ちも判る。だがまたこういう時代なのだから、いつでも明確に応答できる準備をしておくのが企業としての姿勢である。しかしこの場合事情は明確だ。中国産野菜をたっぷり使っているからそうせざるを得ないのだ。正直には言えない。

 毎度のことだが、この文章の結び「危ない中国産食品。われわれはそれとは知らず、すでに食べているのかもしれない」ってのも、定番ではなあるが苦笑する。「かもしれない」じゃない、食べてるよ、誰もが。



 牛丼は私は一切食べないから関係ないのだけど、事はそんなものではない。身近に「危険な中国産食品」は溢れている。昨日はひさしぶりに新橋の居酒屋をハシゴしたが、そこで食べたものの多くも中国産であったことだろう。たとえば「ぎんなん焼き」なんて喰ったが、ぜったい中国製だ。御徒町の「多慶屋」で、ぎんなんを買ったりしたが、みなそうだったし。でもまあぎんなんはさほど毒の心配をしなくていいだろうけど。「しいたけ焼き」もそうかも知れない。こちらはかなり怖い。
 コンビニの弁当の材料もそうだろうし、スーパーの食品もいかに中国産が多いことか。日本産だけを選んで買うことのほうがたいへんだ。



 中国産の食品は食べないほうがいい。私は現実に中国の農業に接してきた。農民自身がその怖さを知っており、野菜など異様に慎重に洗う。自分達でやっていることだから、いかに汚染しているかを知っているのだ。私はふつうの感覚で野菜をさっと洗い、生で喰おうとしたら激しく叱られた。死ぬ気なのかと。 
 米を作る田んぼにもたっぷりと劇薬の農薬を撒く。今回入ってみた。一見澄んだ水でのどかだが、そこは「死の世界」だった。生命体がいない。寒気がした。



 しかしそれは中国だけの話ではない。無智でがさつなあの国の連中の今が度を超しているだけで、日本の農民にそれを嗤う資格はない。

 こどものころ、農薬だらけになる前の農村を知っている。田んぼには、田螺、鰌、小鮒、タナゴ、メダカ、アメンボ、カエルとなんでも揃っていた。夏にはホタルが舞った。
 それらが農薬で全滅した。農薬の使用で農民の仕事は信じがたいほど楽になった。夏場の、毎朝暗い内から手作業でせねばならなかった草取りなど、いっさいしなくて済むようになった。農薬さえ撒いておけば草は生えてこない。朝は寝ていてもいい。農薬様々である。雑草を一切生やさない劇薬が米にだけ無関係のはずもない。
 私は茨城の農村地帯の育ちだからかなり実状を知っている。この辺のことを詳しく書くと現場の農民から抗議が来るだろうから筆を押えるが、日本の農民だって「今の中国農民を嗤えない」のである。時が流れ、洗練され、中国ほどではなくなった、というだけで。

 あのころ、「農薬自殺」というのがよくあった。それだけの劇薬なのである。いま飲んで死ぬほどの農薬はすくなくなったし、簡単には買えないようになった。「今の中国」とは「むかしの日本」なのである。それだけにすぎない。あの悲惨な「イタイイタイ病」のような時代なのだ。



 作っている農民が自分達で食べるものがいちばん安全である。作る農民は、安全なものしか口にしない。農民はハッキリとそれを分ける。金を稼ぐための「出荷用商品」と、「自分達の食べる安全食品」を。それは日本でも同じだった。今の程度は知らない。かつてほどではないかも知れない。だが私の知っている10年ほど前までは、農家は農薬たっぷりの商品を出荷し、自分達は農薬など使わない自分達用の食品を作って食っていた。その内実は、また書くこともあるだろう。

 それが中国になるともっと極端だ。まずは初めて便利な農薬を知ったむかしの日本人同様、農作業を劇的に楽にしてくれる農薬を大量に使う。無智だから、適量を入れて、すこし草が生えてきたら、いっぱい入れれば生えてこない、もっと楽になる、と考える。たっぷりと入れる。しかし毒であろう事は本能で知っているから、自分達の喰うものには入れない。あくまでも出荷品だけだ。
 さらには、こどものときから鬼畜生だと教わって育った日本人への出荷品である。愛情も責任もない。憎しみはある。だからああいう「毒入りなんとか」なんてのが出て来る。



 私は、「たとえ寿命が十年縮まっても、自分の好きなものを好きなだけ喰って死ぬ方が、あれやこれや規制ばかりの中で生きるよりはいいのではないか」ぐらいに考えている。タバコなんかもそうで、私は煙が流れてきただけで不快になる方だが、それとはべつに、好きなひとは、他者に迷惑を掛けないことを前提に、好きなだけ吸ったらいいだろう。健康のためにあれもこれも我慢するのは精神的に不健康だ。もともと人間なんてのは不健康な存在なのだから。

 ただ、そういう考えの私も、中国産食品を食うほどの〝度胸〟はない。現場を見ているから猶更だ。
 たまに、ロールキャベツを喰いたくなることがある。スーパーに冷凍食品がある。みな中国産だ。中国製のロールキャベツが出来るまでの過程を考えたら、とてもとても購入する気にはなれない。
  1. 2013/05/18(土) 11:30:50|
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パソコン話──かってに入ってくるDelta Search(Babylon)のしつこさ──に「ジャストシステム話」を【附記】

ichitarou《パソコン話──かってに入ってくるDelta Search(Babylon)のしつこさ》に「ますますジャストシステムがわからん」を【附記】しました。

 徳島のベンチャー企業ジャストシステムに関して勉強していなかったので、2009年にもう創業者夫妻は経営から手を引き、以降はまったく別会社となっていたことを知りませんでした。

 そういえば、IBMのホームページ・ビルダーの販売を始めたりしたのも、この経営権が代わったころだったことを思い出します。「なぜジャストシステムがホームページ・ビルダーを?」と思ったのですが、経営陣が一新され、あらたな路線を踏みだしたのですね。

 IMEが「差別語を打てなくする」というのは越権行為だと思います。
ことばをどのように使うかはユーザーに委ねるべきであり、ソフト制作者が規制すべき事ではないでしょう。
 ATOKに対するこの不満が消えることはありません。 
  1. 2013/05/16(木) 06:03:43|
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「久米宏が国民栄誉賞を〝人気取り〟と安倍首相を批判」に【追記】。

「久米宏が国民栄誉賞を〝人気取り〟と安倍首相を批判」に【追記】。

くだらんことですが、私にとっては大事。
そういうことです。
ご理解ください。


  1. 2013/05/15(水) 02:00:51|
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久米宏が国民栄誉賞を〝人気取り〟と安倍首相を批判──あいかわらずのイチャモンバカ──「長嶋様」だって(笑)

久米宏、「天下の長嶋様を利用するなんて…」。長嶋・松井両氏への国民栄誉賞に苦言!

プロ野球読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄氏と、巨人や大リーグ・ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏への国民栄誉賞授与に日本中が沸き立ったゴールデンウィーク。しかしフリーアナウンサーの久米宏は、今回の受賞について不快感を口にした。

11日放送の『久米宏 ラジオなんですけど』(TBSラジオ)でのことだ。5日に東京ドームで行われた国民栄誉賞表彰式の話題になると、久米宏アナウンサーは「松井が投げて、長嶋様が打つのはいい」としたうえで、「なぜ審判があの人なのだ」と安倍首相に対しての不快感をあらわにした。久米アナは、安部首相は国民栄誉賞を“人気取り”にしか考えていないと語り、「天下の長嶋様を利用するなんて許せない」と声を荒らげた。

共演するTBSの堀井美香アナウンサーがこの空気を読み、急いで次の話題に移した後も「全員、国民栄誉賞の話が来たら断りましょう」と過去の国民栄誉賞も全て政治家の“人気取り”に利用しているとの自説から、納得出来ないといった様子だった。

今夏には参院選も予定されている。「“人気取り”なのでは?」と憶測されても仕方がないことだろう。加えてネットなどでは受賞の基準があいまいなだけに、「なぜ今?」、「なぜこの2人?」といった違和感も多く見られた。せっかくの嬉しい話題だけに、このような批判が出てしまうのは長嶋・松井両氏にとっても大変残念なことだろう。
(TechinsightJapan編集部 佐々木直まる) http://news.livedoor.com/article/detail/7670937/

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 いまだにこんなことを言っているバカがいる。

・久米アナは、安部首相は国民栄誉賞を“人気取り”にしか考えていないと語り

 「国民栄誉賞」ってのは、そもそもそういうものだ。福田赳夫内閣のときに、政権の人気取りが目的で設置された。最初のそれはホームラン本数で世界一になった王選手だった。王選手人気にあやかって政権の人気取りに利用したのである。以降いまに到るまで「国民の人気取り」が目的だ。その場に首相がでしゃばるのは当然だ。そのために作られたモノなのだから。一切の矛盾はない。
 久米はそれがわからないのかと思いきや。

・過去の国民栄誉賞も全て政治家の“人気取り”に利用しているとの自説から、納得出来ない

 へんなことを言うひとだ。国民栄誉賞はもともとそういうものだし、「過去もみなそうだ」という〝自説〟なら、一致していて不満はないだろうに。筋が通っていると納得できるだろう。おまえの大好きなカンナオトがなでしこジャパンにやったのだってそうだし、スッキリしてるじゃないか。
 「納得できない」という言いかたは、「設置されたときから、××政権の誰それまでは正しかったが、××年以降はは誤った方向に進んでいる」のようなときに使うものだろう。しかし、そもそもが政権の人気取りに設置されたものであり、最初から今に到るまでぜんぶそうなのだから文句のつけようがあるまい。なぜ納得できないのだろう。

 それとも、国民栄誉賞ってのは本来政権とは関係のないすばらしいものなのに、政治家が人気取りに利用しているのは誤っている、とでも言いたいのか? 
 しかし、この種の表彰、メダルに関して、他国の過去の例を見てもわかるように、いやいやもう「人類の歴史」と言っても過言じゃない、政治家が国民にこんなものをやるときってのは、みな政権の人気取り目的だぞ。それを知らないインテリ久米さんじゃあるまいに。



 クメは、長嶋、松井の国民栄誉賞授与の場に安倍首相がいたのが気に入らないとイチャモンをつけているが、国民栄誉賞は、政権の人気取りアイテムとして設置されたのだから、そこに時の首相が登場するのは当たり前だ。そのために作ったんだから。国民栄誉賞の主役は、それを与える首相なんだから。
 松井が投げて長嶋が打つという見せ場に、授与した首相が審判として参加して目立とうとするなんてわかりきったことだ。だって主役なんだから。

 松井が投げて長嶋がバットを振る場に安倍首相が審判としているんじゃない。国民栄誉賞を授与する安倍首相が審判をして目立つために、松井に投げさせ、長嶋にバットを振らせたのである。それぐらいわかれよ、クメさん(笑)。

 イチャモンの方向性が狂っている。国民栄誉賞を授与し、日本中から注目される場に首相はいてはならない、なんて決まり事があったら、国民栄誉賞を授与する政権なんてなくなるよ。最初の受賞者の王のときだって、ホエホエの福田が懸命に目立っていたじゃないか。
 どうせイチャモンをつけるなら、「国民栄誉賞なんてやめてしまえ!」「過去の受賞もすべて無効にしろ!」「長嶋よりもおれに寄こせ!」ぐらい言えよ。



 あいかわらずのこいつのイヤらしさは、長嶋のことを「長嶋様」などともちあげる切り口だ。長嶋好きの日本人に対し、「私もあなたと同じく長嶋さんが大好きです、もう〝様〟をつけてしまうぐらい大好きなんです」とアピールし、長嶋ファンを味方につけるようにして、それから「その長嶋様を自分の人気取りに利用した安倍首相は許せん!」ともってゆく。長嶋ファンに、「長嶋ファンのみなさん、聞いてください、安倍首相はあなたの好きな長嶋様を冒涜しているんです!」と訴えている。

 すべてはアンチ安倍からの拍手をもらうための伏線だ。小賢しいタレント路線からなにも変っていない。こいつの本質は、生放送の「ぴったしカンカン」で、二度続いた航空機事故の報が入ったら、満面の笑みで「二度あることは三度あると申しますが」と気の利いたことを言っているつもりだった軽薄さにある。いまだに「ニュースステーション」で勘違いバカサヨクに支持されていた栄華の時代が忘れられないらしい。もう大好きなチクシテツヤのところに行けよ。あの世でふたりで盛りあがれ。

 自分の自民党嫌いに賛同を得ようとして長嶋の名を利用しているのはおまえじゃないか。
 安倍首相は授与する当事者なのだからあそこにいて当然だ。それに対して〝長嶋様〟なんて言葉を使ってまで首相批判をしようとするおまえのほうが狂っている。



 国民栄誉賞ってのは、時の政権が人気取りに役立てようと作られた。
 いま思うのは、よくぞ長嶋が残っていた、ということだ。
 ハトヤマやカンの時に授与されたらと思うとゾッとする。

 野田元首相もどうせなら大好きな小橋建太にやるとか、思いっ切り総理の我が儘をやってから辞めればよかったのにな。総理にはその権限がある。国民栄誉賞なんてその程度のものだ。短期政権であることはわかっていたのだから、小橋に授与すればよかった。田中直紀を防衛大臣にするより罪が軽い。

 野田元首相の決断がなかったら、今年の9月までまだ民主党政権だった。思うだけで吐き気がする。



 しかしまた久米以上にオソマツなのがこの記事の文章だ。

・今夏には参院選も予定されている。「“人気取り”なのでは?」と憶測されても仕方がないことだろう。
 参院選は「予定」なのか。「予定は未定」というワンパターン返しがあるが、やらない場合もあるのか? こういう場合は既定ではないのか? 「臆測されても仕方がないだろう」って予測も嗤える。

・このような批判が出てしまうのは長嶋・松井両氏にとっても大変残念なことだろう。
 いちばん残念なのは、このような文を書いているあなたである「ことだろう」。

「このような批判」は必ず出る。それが商売だし、それが目的だし、それをするために生きてるひとたちなのだから。なんなんだこの「長嶋・松井両氏にとっても大変残念なことだろう」って結びは。



 むかしテレビの安物ドキュメンタリーが、「果たしてこれでよかったのかどうか。私たちはもういちど考えなおさねばならない時期に来ているのかも知れません」というくだらないワンパターン結びを連発していたが、これまたこの種のバカ文の典型的な安易結びだ。
 長嶋も松井も久米のこんなくだらんイチャモンなんて聞いてない。知ったとしても残念になんか思わない。ザンネンなのはこんな安易な結びを未だにかっこいいと思って書いているライターのセンスだ。

 おそらくこいつは若い。若いのに既にこういう「こんな結びでいいのだろう」というパターニックな思考に陥っている。まことにザンネンなことだ。すくいようがない。まさかこの筆名で年輩者ということはあるまいが、それならそれでまたザンネンになる(笑)。

 でもまあ世の中にはこういう発言に、「そうだそうだ、よくぞ言った久米さん、さすが久米さんだ!」とはしゃぐ連中もいる。さしずめ久米と同世代のサヨク──たとえば<きっこ>──なんてのは大喜びだろう。

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【追記】──主張の一貫性について──5/15

 この種の意見に関して大切なのは一貫性だろう。
 今回の件では、「支持する安倍総理」と「嫌いなクメヒロシ」の話である。でも例えばそれが「大嫌いなカンナオト」と、「大好きなビートたけし」だったとしても、私の主張は同じである。
 つまり、長嶋と松井に国民栄誉賞を授けたのがカンであり、カンが審判を務めた、とする。それに対してたけしがクメのような意見を言ったとする。

 私はどうするか。大嫌いなカンの出しゃばりを大好きなたけしが切りすててくれた。よくぞ言ってくれたとはしゃぐか!?

 それに対しても私はまったく同じ事を言った。書いた。
「国民栄誉賞なんてのは首相が人気取りにやるものだ。首相のカンが審判役をやって目立とうとしたのは当然である。たけしはなにを寝惚けたことを言っているのだ」と。假定の話であるが。

 そこのところをご理解願いたい。



 <きっこ>という、女にナリスマしている団塊世代サヨクオヤジは、「嫌いなヤツの意見にケチをつけること」が基本だ。
 まず最初にそれがある。「嫌いなヤツの意見に、なんでもケチをつける」。日々嫌いな他人の悪口ばかりを書いている。それはそれで性格だからしょうがないとしても、一貫性がないので、昨日言ったことと今日言うことが矛盾していたりする。

 私はむかしからクメヒロシが大嫌いだけど、クメヒロシだからケチをつけたのではない。ヘンなことを言うのがいるな、と思ったら、たまたまそれがクメだったのである。それだけだ。
  1. 2013/05/14(火) 11:00:54|
  2. サヨク
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パソコン話──かってに入ってくるDelta Search(Babylon)のしつこさ──イスラエルと中共の象徴──ATOKの差別語規制

 Firefoxの検索エンジンがDelta Searchになっていた。いつ浸入したのだろう(笑)。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。インストールしたフリーソフトに附いてきたのだろうが、私は確実に「挿れません」とチェックを外し、拒んでいるから、どうやらもうこの種のものと契約したフリーソフトは、「挿れたら附いてくる、かってに入ってしまう」と覚悟せねばならないようだ。チェックを外しても入ってしまう。これは経験から確認している。外せば拒めるという、もうそんな柔な時代ではないようだ。
 一応企業イメージを考慮して、「チェックを外してインストール不要を選ぶことも出来ます。強要はしません」としているが、その実、「いらない」と言っても、しっかり入ってくる。悪質だ。



 こうなると、その種のフリーソフトの便利さを取るか、あとからBrowserの設定や拡張機能を操作したり、ファイルを開いて不要項目を削除する面倒さを嫌い、それを拒むかの問題になる。

 私はいまのところ、「フリーソフトの便利さ」を取っているが、それはまだこれらを削除できるからで、さらにしつこく巧妙になってきたら、もうフリーソフトを捨てるしかない。レジストリをいじれば駆除できるが、そこまでして使い続ける気はない。

 しかしそこそこの知識があり削除出来るからいいようなものの、出来ないひとにとっては不快だろうなあ。気違いに勝手に部屋の中に居すわられるようなものだ。



 それにしてもこのイスラエルのBabylonという会社のしつこさは異常だ。世界中で話題になっている。悪評ふんぷんだ。でもいっこうに改めない。
 もうひとつのしつこさで話題なのがBaidu(百度)で、こちらは中共製。イスラエルと中共という問題のある国を象徴しているかのようだ。

 そんなに嫌われてもまで進出しても、けっして好印象は与えないと思うのだが。
 もっとも削除することが出来ないひとは侵掠されたまま、これを使って行くことになるのか。
 竹島も尖閣諸島も対馬も沖縄も取られてしまうように。
 そう考えると泣き寝入りは出来ない。



 Firefoxに浸入して「標準検索エンジン」として居すわったBabylonは、検索窓にある▼をクリックして「検索エンジンの管理」を開き、いつのまにか入っていたBabylonを削除しても、起動のたびにまた復活してくる。臭い匂いは元から断たなきゃダメだ。

 Firefoxのフォルダを開くと、「searchplugins」の中にしっかり鎮座している(笑)。ほんとになあ、よくやるよ。
これを削除すれば消える。次回起動時からも出なくなる。



 あれこれ入ってくるToolbar削除にToolbar Cleanerを挿れておくと便利だ。これが悪質だったらミイラ取りがミイラになるが、ここ4カ月使っていて、それを感じたことはない。いまのところ「とても便利」が結論になる。
 なんだかBabylonとBaiduのせいでフリーソフト恐怖症になりそうだ。

toolbar












 Jane StyleやJanetterのYahooとの連繋もいやだ。でもそれは使わなければすむ。2ちゃんねる閲覧ソフトやツイッターソフトはたくさんある。私はV2Cにして、だいぶまえにJaneとは縁を切った。
 初代Open Janeのころからの長いつきあいだったけど、検索エンジンをYahooに限定されるのがたまらない。もちろんそれを切り替える情報はネットに溢れている。さほど難しくはない。しかしそれをしてまでJaneを使う気になれなかった。Jane開発者が孫正義にひざまづくのは自由だが、それとは関わりたくない。つまり、Yahooと結託したことがイヤなのだ。裏テクで検索エンジンをYahooでないようにすれば解決するという問題ではない。

 この意見は前にも書いたけど、もういちど書いておこう。

「JaneやJanetterはフリーソフトだからYahooからもらう金は貴重だろうし、使用者にそれを強要してくるのはしかたないと思う。こちらも無料で使わせてもらっているのだから割り切るしかない。でも、有料ソフト、それも決して安くないJust System製品が、Yahooと結託してYahoo Toolbarをインストールしてくる姿勢は容認しがたい」

 Just Systemってのは、ATOKの差別語規制も異常だし、トップの考えがよく見えない。ヒダリなの?
 フリーのGoogle日本語入力がますます充実してきて不自由しない。縁切り時なのだろうか。でも長年ATOKを使ってきたからなあ。慣れ親しんでいる。

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ichitarou【追記】──ますますジャストシステムがわからん──5/16

 『一太郎』について書こうと思い、調べていて、ジャストシステム創業者は2009年にもう退社していることを知った。『一太郎』やATOKの開発者である。2009年以降の製品には「創業者の精神」は関係ないことになる。いまのジャストシステムは経営権からなにからなにまで当初のジャストシステムではないのだ。IBMのホームページ・ビルダーを販売するようになったのもこのころか。

 創業者は身を引いたけど、ATOKの異様な差別語規制に反感を持ったのはそのずっと前だから、私の反感は「創業者の制作姿勢」と関連している。
 そもそもATOKなんて最初は辞書などほとんどないちいさなソフトだった。当時、私の最愛FEP(もちろん有料)はWXGだった。

 ATOKはますます充実し、大きな容量のソフトとなってゆく。やがて『一太郎』から離れ、単体で販売されるようになる。そんなある日、「差別語(と言われるもの)が一切打てない」と気づいた。だからそれはまちがいなく開発者・創業者の社長の方針のはずである。



 今回Wikipediaを読んで、ATOKのシンボルカラーである「赤地に白」は「日の丸をイメージ」と知る。20年以上使ってきて、そんなことも知らなかった。言われてみればたしかにそうだ。だから好きだったのか。
 とすると上記の「サヨクなの?」は当たらない。サヨクは日の丸大嫌いだからぜったいに使わない。この件から推測すると愛国者となる。
 しかしまた、そのプログラマーである社長が開発したATOKであるから、異様な差別用語規制等には社長の姿勢が反映されている。創業社長の方針と考えるのが自然だろう。創業者でありソフト開発者でありワンマンなのだから無関係のはずがない。



 と書くと、「差別語を規制したらサヨクなのか!?」と問われそうだ。
 いちがいにそう言えるものではないが、かなりの部分、それが現実の一面でもある。
 たとえばサヨク区長の品川区では、「五体満足という言いかたは差別用語です。使うのはやめましょう」のようなことを区のページでやっている。こういうことをやっている連中を追い掛けて行くと、見事にサヨクと護憲にたどりつくのも事実だ。
 そのことは私のサイトのここにまとめたので、興味のあるかたは読んでください。2006年の文章です。



 今の時代、こういうこともネット検索を駆使すれば、そこそこわかるのだろうか。検索下手なので知りようもない。
 ともあれ、この件に関しては、長年ATOKに不満をいだいている。
「差別用語」と呼ばれるものを、ひとつひとつ辞書登録するのも惨めだ。べつにそんなことばを好んで使いたいわけではない。だけど「盲」「気違い」ぐらいはふつうに使う。それが何十万語だかしらんけど、巨大な辞書をもっているはずなのに、そこから打てないのだ。出て来ない。日本語ではないと削除されてしまっている。そのようなことばを使うか否かはユーザーに委されるべきであってソフトが規制することではない。こどもに対しては、エロや残虐シーンは規制してやらねばならない。しかしATOKユーザーはこどもじゃない。ATOK辞書にある差別語を使って問題を起こしたのがいたとしても、誰もそんなことばを辞書に含んでいるATOKの責任とは言うまい。

 今はジャストシステムを去ったという創業者御夫妻は、この件に関してどう考えているのだろう。知りたいものだ。

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kanren6 Baiduとは何なのか!?
  1. 2013/05/10(金) 08:45:27|
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音楽話──YouTubeのPaul Brown「Winelight」──「ようつべ」にはなんでもあるんだなあ!

 ここのところずっと音楽再生ソフトはMedia MonkeyのGoldを使っている。有料版だけあって文句なしだ。サブとしてMusic Bee。もうiTunesを使うことはないだろうが、一応最新版をDownloadして持ってはいる。先日すこしいじったが、あれって、益々使いづらくなってないか? なにを考えているのやら。もう縁切りしたからどうでもいいんだけど。



 Winampの最新版をDownloadしてみた。こちらもしばらくご無沙汰だ。ただしこちらは嫌いなiTunesとはちがって、その多機能を使いこなせない私に問題がある。
 ひさしぶりにDownloadし起動したらオープニング画面がインターネットラジオになっていた。しばらく聞いてないなあとAbusolutely Smooth Jazzをクリックしてみる。

 するとまあなんというタイミングであろう、いきなり大好きな「Winelight」が流れてきた。サックスだが本家のGrover Washington Jrとはちがう。誰かと演奏者の欄を見るとRocco Ventrellaというひと。不勉強にして知らない。今度買ってみよう。それよりももっとこのラジオを聴いて幅を拡げないと。ここのところ持っているものしか聴いてない。それでもありすぎるほどなんだけど。



paul brown そのあと、自分の持っている本家G.W.JrとギターのPaul Brown、Nick Colioneの「Winelight」を聴く。Paulがアルバムに収めたのは2005年だからNickの1999年のほうがずっと先だ。本家G.W.Jrの発表は1982年。1999年は〝スムースジャズの父〟と言われた彼の亡くなった年である。

 しかしNickのを聴いても最初に聴いても私は感激しなかったろう。それはギターで演っている独自の「Winelight」に過ぎない。いやそれはとてもすばらしいのだけど、聞きのがしていた気がする。私がPaulのこれに惹かれたのはPaulの解釈のしかただった。ギターでサックスを模倣するような不思議な感覚だった。さすが名プロデューサーだけにそのへんがうまい。



 そこでふとYouTubeのことを思った。あそこで日々多くのものを得ているひとは不思議に思うかも知れないが、どうにも私にはいまだにYouTubeに毎日接するという感覚がない。

 出かけて、Winelightで検索すると、本家はもちろんだが、なんとPaul Brownのライヴ映像まであった。しかもJessy Jが参加している。ふたりが親しいのはJessyのアルバムをPaulがプロデュースしているのだから当然としても、こんなものまであるのかと感嘆し溜め息が出た。すごいなあYouTubeって。ほんと、なんでもあるんだ。(このセリフ、このブログだけでも相当の回数書いているような気がする。これからもまた何度も書くのだろう。)



 インターネットラジオから流れてきたPaul Brownの「Winelight」に衝撃を受けたのは2006年だった。感激してサイトに長々とそのうれしさを書いた。サックス吹きが作ったサックス用の曲を忠実にギターで再現しあたらしい世界を構築しているのがなんとも新鮮だった。
 Smooth Jazzの名プロデューサーが、年をとってからいきなりギタリストとしてデビュウしたのが不思議で、「数数のヒット番組のディレクターだったテリー伊藤が近年タレントに変身したようなモノか」と私なりの例えで表現している(笑)。



paul brown2 Paul Brownの演奏姿を見るのは初めてだった。ロンドンでのライヴらしい。なんともありがたい時代である。あまりにありがたいのでパソコンに感謝して拝んでしまった(笑)。

「Winelight」のアレンジは基本として、というか本家のG.W.Jrからもう伝統的に、ギターがオルタネイトなミュートアルペジオで伴奏し、サックスが自由に踊るものだ。あの伴奏をやれと言われるたらきつい。倦きてしまう。指がつる。ほんとにほんとの引き立て役の「伴奏」だから。Paulはギターでリードを取るので、それをエレピにやらせていた。
 Jessyとのダブルリードだと思ったが、Jessyは師匠格のPaulを立てて、一歩引いている。いい雰囲気だった。5分過ぎ、最後のJessyのソロがいい。



 こういうものを見ると、毎回「もっとYouTubeに行こう。もっと利用して勉強しよう」と思うのだけど、すぐに忘れてしまい、また何ヶ月後かに同じようなことを書いている。やはり「ネットをやるためにパソコンを始めた」というひとと比べるとどうにもそのへんが鈍い。なにしろ常時接続なのに、いまだに知らないことはインスールしてあるいくつもの辞書で調べ、それでハッキリせず、「こまったこまった」と悩んでいて、「そうだ、ネットで調べてみよう!」と大発見のように思ったりする。最初からネットで調べる感覚のひととはおおちがいだ。

 ともあれDownloadさせてもらった。しばらくは毎日のように聴くだろう。とはいえ夜っぽい雰囲気の曲だから昼間は聴かないだろうけど。



 Paul Brownの「Winelight」を知らないひとのためにリンクを貼っておきます。

・YouTube──Paul BrownとJessy Jの「Winelight」ロンドンライヴ

JessyTequila そのあとMedia MonkeyでJessy Jを開き、連続して聴いた。あいかわらずJessy Jの情報がすくない。検索してもなにも出ず、このブログに当たってしまった(笑)。検索して自分のブログを見つけてもしょうがない。でも懐かしかったので読んだけど。

・「夏の朝にJessy J」

 Jazzを聴くとバーボンをストレートで飲みたくなるというバカっぽいワンパターンをなんとかしないと。



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【追記】──Paulはライヴよりアルバムがいい!?──「Foreign Xchange」を聴きながら

Paul Brown & Marc Antoine - Foreign Xchange
 これは2009年の「Foreign Xchanges」。親しいギタリストのMarc Antoineとの共演。Paulの最新アルバムは2012年に「The Funky Joint」というのが出ているらしい。それはもっていない。

 ライヴのビデオを見たあと、これを聴いていてしみじみ思ったのだが、Paulはライターよりスタジオ録音のアルバムのほうがいいと感じた。あそびのない1音1音計算尽くのような無駄のないフレーズがいいのであり、ライヴの饒舌な音とは似合わないように思う。

 単なる私の好みだが、もともと敏腕プロデューサとして多くのヒットアルバムを手掛けてきたひとだ。ギタリストとしても、ライヴでよさが発揮されるというタイプではない。この感想、あながち的外れでもあるまい。
 もちろんそのことと、YouTubeのお蔭で貴重なロンドンライヴの映像を見られた感激は別物だ。
  1. 2013/05/09(木) 06:43:23|
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酒話&競馬話──「越後桜 大吟醸」を飲んでみた──「コダマはカミソリの切れ味、シンザンは鉈の切れ味」──「ならメイヂヒカリは日本刀の切れ味だ!」

echigosakura 私はあまり「大吟醸」は呑まない。日本酒にフルーティな香りは求めない。むしろ苦手なぐらいだ。フルーティな大吟醸が好きだという女も多いが、好きじゃないという日本酒好きの男もまた意外に多い。

 昨日、宮城県産の旨そうなかつを切り身を見かけた。
 かつを刺身なら日本酒だ。日本酒は生魚に合う世界一の酒だ。こういうのに白ワインのひともいるが、私は生魚や生貝類をワインで楽しむ味覚とは意見があわない。



「コダマはカミソリの切れ味、シンザンは鉈の切れ味」という武田文吾調教師の言葉は有名だ。これは昭和39年にシンザンが無敗で皐月賞を制したときに、昭和35年に同じく無敗で皐月賞を勝ったコダマとのちがい(共に武田調教師が管理)を問われ、武田師が言った比喩である。

 この言葉の意味は誤解されていて、私は機会があるたびに書くようにしているのだけれど。
 コダマはダービーも勝って無敗の二冠馬となる。レコードタイムで駆けぬける駿馬だった。母はシラオキであり名血だ。菊花賞は5着に敗れて三冠はならなかった。
 対してシンザンは地味な馬だった。血統でも注目すべき点はない。
 皐月賞の時点で、2頭の無敗の皐月賞馬のトレーナーとなった武田師は、両馬の評を問われて、そう応えた。武田師の中でコダマとシンザンの評価は雲泥の差があった。それが「カミソリと鉈」なのである。
 人間の評価に例えるなら、コダマを「1を聞いて10を知る天才やね」と絶讃し、シンザンを「1を聞いても1しかわからんけど、一歩一歩着実に歩んで10を知る努力家や」と言ったようなものである。

 ところがシンザンは多くの二冠馬(クモノハナ、トキノミノル、クリノハナ、ボストニアン、コダマ、メイズイ)の叶えられなかった夢を叶え、セントライトに続いて日本競馬史上二頭目の、戦後初の三冠馬となる。さらには天皇賞、有馬記念も勝って〝五冠馬〟なんて新語まで生みだすスーパースターとなった。当時は八大競走外だったが宝塚記念も勝っている。天皇賞が今のように勝ち馬も出られる制度だったらまちがいなく2勝しているだろう。するとGⅠ7勝の先駆である。JCもあったらGⅠ8勝の記録を作っていたか。

 誤解とは、その圧倒的戦歴(19戦15勝2着4回)から「鉈」が過大評価されてしまったのだ。「カミソリは切れ味鋭いが脆い。その点、鉈はどんな籔でも切りひらいて行く。歯が缺けることはない。すごいぞ、シンザンは鉈なんだ!」のように、シンザンを知らない世代から崇め高められ、名言が見当違いのひとり歩きを始めてしまったのである。
 そうじゃない。武田師は、あきらかにカミソリよりも切れ味の鈍い、格下の存在として「鉈」を使ったのである。
 後に、「シンザンは〝カミソリの切れ味をもった鉈〟だった。シンザンに失礼なことを言った」と述べている。
 私は、機会ある毎にこのことを書いて誤解を消すようにしているのだが、ひとり歩きが早すぎて追いつけない。
 最近は、それはそれで名言の味だから、これでいいのかと諦めている。



 てなことを書いたのは、これに隠れたもうひとつの名言を書きたかったから。
 メイヂヒカリの蛯名武五郎である。
 メイヂヒカリの成績はこちら。菊花賞、天皇賞、有馬記念を勝っている。

「メイジ」じゃなくて「メイ」なのが美しい。「明治」の「治」は「チ」なのだから、どう考えても「ヂ」が正しい。このころのかなづかいはまともだった。当時のものを読むと、「親父」もしっかり「オヤ」になっていて感激する。なんで「チチ」なのに、「オヤジ」になるのだ。いまこのかなづかいをするとATOKに「誤りです」と指摘される。

 成績表はいつものように「優駿の蹄跡」からお借りした。私は長年「馬事文化賞」を「優駿の蹄跡」に授けよと主張しているのだが未だに叶わない。あの審査員じゃ無理か。きっこと親しい石川喬司(笑)。

meijihikari













 メイヂヒカリはスプリングSで故障発症して春のクラシックは出られなかった。
 朝日のころはセントライト以来の三冠馬かと期待された大物だ。なおこのころはただの「朝日」であり、「朝日3歳ステークス(現朝日杯FS)」ではない。この成績表の表示は誤りである。でももちろんここはこれでいいんだけどね。こんなことでケチをつけたら罰が当たる。
 ただ私はこれなんかを自分が競馬をやっていたときの「朝日杯3歳ステークス」と書いてしまい、あちら様から「朝日盃」と直されるような仕事環境にいるので、すこし気になる(笑)。
 最後の「中山グランプリ」は有馬記念のこと。これが第1回目。これを創設した競馬会理事長の有馬さんが急逝したので、翌年の第2回から「有馬記念」と名前を変える。その意味では貴重な唯1頭の「中山グランプリ馬(有馬記念馬ではなく)」である。



 メイヂヒカリに騎乗し、史上最強と信ずる関東の蛯名武五郎騎手は、関西の武田師の「コダマはカミソリの切れ味、シンザンは鉈の切れ味」を伝え聞くと、「ならメイヂヒカリは日本刀の切れ味だ」と言った。
 これ、比喩として最強だろう。日本刀ほど美しく凄まじい切れ味のものはない。

 その地の酒は、その地の刀に似ている。サーベル、青龍刀、シャムシール。

 日本刀と日本酒は世界最強である。毛唐かぶれにはわからない。



 日本酒はうまいのだ、洋酒なんかに負けていないのだ、ということを言おうとしたらコダマやシンザン、メイヂヒカリに脱線してしまった。
 むかし「私、プロレスの味方です」がヒットして、アントニオ猪木と初めて対談をした村松友視さんは、猪木の話しかたを「ブーメラン話法」と言った。プロレスの話をしているのに、どんどん脱線してゆき、南米大陸をぶっこぬく新幹線を作るなんて話になり、いったいどうなるのかと心配するのだが、最後にはきちんと本題に繋がり、うまくまとまるのだという。それを「ブーメラン」としたのだ。
 私のも、日本酒の話からいきなり「武田文吾調教師は」になってしまったので、何事かと思ったかたもいただろうが、一応ブーメランではある(笑)。

 やっと本題の「大吟醸 越後桜」の話。



 かつを切り身を買い、酒屋を覗く。四合瓶を買おうと思っていた。ちょっと高めの旨そうなヤツ。
その時点ではいつもの「純米酒」にしようと思っていた。それが、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード部門金賞2年連続受賞」と札の掛けてあるものがあったので手にしてみる。それが「大吟醸 越後桜」だった。

3nen いま思えば「ワイングラスでおいしい日本酒ってなんなんだ」なのだが、そのときは深く考えず、モンドセレクションのようなものかと思ってしまった。モンドセレクションといえば「日清のバターココナッツ」である。そんな審査を崇拝しているわけではないが、ここのところ気に入っている「博多の華 三年貯蔵」のように、これをきっかけに手にしてハズレを引いた記憶はない。



 宮城沖のかつをは旨かったし、大吟醸越後桜もすいっと入り、酔い心地もよく、文句はなかった。ただ、すこし薄く感じた。しかしそれはしかたない。なぜなら私が大吟醸なんて普段はあまり飲まないものを呑んだのは値段だったからだ。四合瓶で980円だったのである。この値段で大吟醸はちょっと無理だろう。安くても四合瓶で1500円はする。馬券敗戦が続き苦しい台所事情なので、つい手を出してしまった。

 文句はなかったが、なんか残った。すこしだけ、疑問が。たぶんそれは値段による品質なのだと思う。山田錦50%精米であり、香りもいいのだが、ほんのすこしだけ、なんかちがうなと頭の片隅に引っ掛かっている。
 しかしそれは値段を知っているからかも知れない。もしもこれが四合瓶で2500円の品だったら文句は言わないのかと自分に問い掛けてみる。いややはりそれでも同じ事を感じたと思う。90%文句はないのだが、なんかどこかに違和感を覚えるのだ。



 翌日、越後桜の酔いも醒めてから、検索してみた。するとこんなサイトがあった。 

酔い人「空太郎」の日本酒探険──「越後桜 大吟醸」

 なるほどなあ、安くするために醸造用アルコールを足しているから、こんな感じになるのか。
 でも安いのだからしかたない気もする。
 このかたは、すばらしい日本酒博士である。これからも参考にさせてもらおう。博学に感謝。



echigosakura 私は「大吟醸 越後桜」を貶しているのではない。そこは誤解しないでいただきたい。フルーティな日本酒を好むひとには値段も手ごろで、とてもいいのではないかと思う。ふだん大吟醸を飲まない私がたまに愉しむならこれで充分だ。でも本格的な大吟醸好きのひとには不満が残るだろう。しかたない。安いのだから。

「ワイングラスで飲む日本酒アワード」というのも調べてみた。知って白けた。文字通り「ワイングラスで飲むとうまい日本酒大会」である。小規模だし、近年出来たばかり。この企劃に大賛成してくれていると民主党議員が紹介されていて、ますます白けた。

 でもワイン好き日本酒嫌いの女に対して、こんなアプローチも必要なのだろう。とは思う。でも女の酒飲みでも、まともなのは日本酒がわかるから、こういう「ほら、日本酒でもワインみたいでしょ、飲みやすいでしょ」という迫りかたは、なんか卑屈でイヤだ。「日本酒の価値はバカ女にはわからない」でいいんじゃないのか。わしはそう思う。いや商売だから、そんなバカ女に「ね、ワインみたいでしょ」と言って買わせねばならないのか。底辺を拡げねば始まらないのか。それこそが大前提か。いやいや、所詮バカ女はバカ女だから、そこまで腰を低くして奨めても、すぐにまた「やっぱワインよねえ、ぜんぜんちがう」とか言っていなくなると思うぞ。だからやはり「バカ女にはわからない日本酒の価値」でいいんじゃないのか。



 デフレスパイラルで庶民はみな質素な生活をしている。
 アベノミクスでどれだけ経済が活性化するだろう。期待して待ちたい。
 着道楽のひとはがんばって稼いで着るものの質を落とさないように努力している。私は、衣類は暑さ寒さを凌げればいいと割り切っているので、日々質素な安物中共衣料品で暮らしている。惨めではあるがそこは割り切らねばならない。

 ただ食品の質は落としたくない。特に野菜と酒にはこだわりたい。中共からの輸入食品は食わないほうがいい。これはまた別項で詳述する。
 酒も、毎日を週に三日、いや一日に落としても、いいものだけを呑みたいと心懸けてはいる。
 景気が良くなり、収入が増え、酒飲みが、すこし高いが良質の本物の酒を飲むことが望ましい。酒造メーカーは本物だけを作っていればいい。本物っぽい安物の贋物に凝る必要はない。それが時代の理想なのだが……。
  1. 2013/05/07(火) 23:42:58|
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週刊誌話──「たけしFriday襲撃事件」のころ──部数衰頽原因は不景気!?

takeshi2「週刊誌話──男性週刊誌部数激減」の続き。



 1986年、ビートたけしの「Friday襲撃事件」というのはまことに時事的な事件だった。
 あのころも行き過ぎたマスコミの取材姿勢を批判し、たけしを支持する意見と、彼を犯罪者とする意見に輿論は二分した。私はもちろん当時「たけし、よくやった!」と思ったひとりであり、いまも彼を支持している。覗き趣味としか思えない写真週刊誌なんてのがバカ売れしていた時代である。私は週刊誌大好きだったけど写真週刊誌だけは受付なかった。逆に、週刊誌は一切読まないけど写真週刊誌は大好きというひとも知っている。好みはひとそれぞれだ。



 
たけしに同情する輿論に対して、林真理子が「ビートたけしは英雄か!?」と『週刊文春』に書いたっけ。たけしと不仲の林はたけし批判の視点。その前、
たけしのやっていた対談番組「気分はパラダイス」に、林がゲストとして登場したが、ひどく盛りあがらない白けた回だった。東京っ子のたけしからすると、林は大嫌いな「成り上り田舎者ブス」だったのだろう。林真理子が13回目(?)の見合いで結婚した話を、「じゃあそのまえの12人はどんなヤツ
だったんだ」と笑いのネタにしていたのだからしっくりはこない。だったらゲストに呼ばなきゃいいのになと思った。



 Wikipedia的なまとめものの表記もたけしにやさしくなっ
ている。「知りあいの女性への取材姿勢に怒り」のような書きかたをしている。「知りあいの女性」じゃないよね。たけしのファンだった女子高生の時から長年つきあって
こどもまで作った20歳年下の愛人だ。あのこどもはいまいくつになるのだろう。1986年に事件てことは、もう成人している。
 たけしは今奥さんと一緒に、離婚した長女の子を育てて、じいちゃん役を楽しんでいるらしいけど、あの愛人の子とは会っていないのだろうか。私生活も含め、なんでもあけすけに語っているようでいて、このことには決して触れない。それだけデリケートな問題なのだろう。

 沢田研二がザピーナッツとのあいだに作った男の子に「ひとり」と名づけた週刊誌記事を読んだ記憶がある。たしか漢字で「一人」だった。あの男の子ももう30代だ。
 それと吉田拓郎の一人娘の彩さん。女性週刊誌的な興味があるのはこの三人になる。どんな人生なのだろう。いままでもこれからも表には出ないからこそ興味が湧く。


 
 
そういや、たけしの浮気に対抗するかのように幹子夫人も浮気して、家を出て浮気相手と同棲を始めたことがあった。そこにたけしが乗りこんで、自分の浮気を謝罪し、奥さ
んに土下座して家に戻ってもらった。土下座してうんぬんは、それこそ「週刊誌で読んだんだけどさ(「時間ですよ」樹木希林)」になる。
女性週刊誌の記事だった。
 浮気相手は関西の無名の落語家。週刊誌には顔写真が出ていたが私は知らない芸人だった。数年後にその落語家がぽっくり死んだときは、たけしが裏の力で消したのかと本気で思った。

 たけしはいま自分のことを、あのころ浮気ばっかりしてたから、いま奥さんと食事に行ってもそのころのことを責められて、奥さんがいきなり泣きだしたりしてたいへんなんだ、と笑いにしているが、それは自分を悪役にすることによって事実を隠す演出であり、たけしのやさしさなのだろう。



 週刊誌の衰頽は「インターネットのせい」と、どこでも解釈は一致している。時代的な流れだ。それはまちがいない。週刊誌の価値が「情報を得る」にあるなら、それはすべて今ネットで得られる。
 もうひとつ、正面からの意見として、「読むに価する雑誌がすくなくなった」というのもある。これもまた正鵠を射ていて、「わざわざ金を出してまで読む記事でもない」になる。

 しかし私はもうひとつ「不景気」も大きいと思う。
 当時の私は一年の半分近くを外国を放浪しているいい御身分だった。ジャーナリストじゃない。旅行記のような仕事はごく一部。ほとんどはただの享楽だった。結果、見事にいまキリギリスになった。
 残りの半分は茨城で老父母と猫と暮らしていた。正しくは外国に行くあいだ猫を預かってもらうために疎遠だった父母を頼ったわけで、そのことにより日本にいる間は田舎で足のなかった老父母の面倒を最後まで見ることになったから、これはこれでいい帰郷だった。

 そのころ私は、複数の週刊誌やスポーツ紙を毎日買っていた。ポスト、現代、文春、新潮、宝石、漫画誌はビッグ、オリジナル、スピリッツ、モーニング、プロレスの『週プロ』と『ゴング』、パソコンの『週刊アスキー』。スポーツ紙は朝はサンスポとニッカン、夕方は東スポとゲンダイ。毎日買うので週刊誌の発売日がない日は物足りなかった。完全に生活のリズムの中に週刊誌がくみこまれていた。あとは月刊誌がある。文藝春秋、『新潮45』、『正論』、『諸君!』、パソコン雑誌はぜんぶ買っていた。月にそういう雑誌代だけで5万円ぐらい使っていた。
 なぜか「SPA!」はあまり読まなかった。「週刊サンケイ」がSPAになったのは1988年。当時「SPA!」に「ゴーマニズム宣言」が連載されていたのだが、私は単行本で買っていた。後に、小林と宅八郎の確執から『SAPIO』に移籍することになる。『SAPIO』も創刊号から缺かさず買っていた。
 サンデー毎日とか週刊朝日なんてのは興味対象外。「週刊ナントカ」という新聞社名のついた週刊誌とは無縁だった。



amidana 
週に一、二回、茨城から東京に出る日は、電車での読物として、ちょっとかための週刊誌(文春、新潮)とやわらかめのもの(宝石、ポスト、現代)、あるいはビッグやモーニング等の漫画誌、ス
ポーツ紙、缶コーヒ-を買った。私に限らず、そんな時代だった。網棚には読みすてられた週刊誌や漫画誌がいっぱい放置されていた。ケチなひとは網棚を漁る
だけで何でも読めたろう。ちかごろは見かけることもない。



 紙メディアの衰頽は事実だが、同時に、そういう「電車に乗るとき、週刊誌を読み捨ててもいいだけのおこづかいがサラリーマンにあった時代」とも言えよう。あるいは「週刊誌に読まれるだけの価値があった時代」と言うべきか。
 
いま電車の中で週刊誌的な情報を得たいと思うひとはみな携帯の画面を見詰めている。それはモバイルギアによるインターネット世界が充実したからでもある
が、キオスクで350円の週刊誌を買い、20分ほど乗る電車の中でそのいくつかを読み、網棚に捨てて行く「贅沢」が出来ない時代ということでもあろう。



 
私は電車の中で携帯画面を見ない。そもそもが通話専用のガラケーだし、そういう契約もしていないから見たくても見られないがあんなちっこいものを見つめる気も
ない。3DSやiPod、モバイルノートは常に携帯しているが万が一の退屈凌ぎ用であり、まず開かない。文庫本や将棋本を読んでいることが多い。
 私がいま週刊誌を買わない読ま
ないのは「あんなものに350円を捨てる気にはなれない」からなのだが、むかしからあんなものではあった。なのに買いまくっていた。それだけ餘裕があったのだろう。よって私にとって週
刊誌を読まなくなった理由は「350円の価値」になる。いま350円だと麦芽100%のエビスビールが買える。百円ショップならみっつも買える。週刊誌よりそっちを選ぶ。



onna 週刊誌に中身がないなんてのは今に始まったことではない。不景気になったとき、理髪店のような「我慢できる習慣」が一気に影響を受けたように、週刊誌を読むこともそれにちかかった、ということだろう。

 生き残るために週刊誌も中身を変えて必死だ。上記「かための文春とやわらかめの宝石を買って」と書いたが、今は文春が「女が嫌いな女芸能人ワースト10」なんて、かつてなら宝石がやったような軟弱企劃を目玉にしている時代だ。立ち読みする気にすらならない。実際しない。でもネットで「1位は和田アキ子」と情報だけは得てしまうが(笑)。
 この順位を知りたいという気持ちはすこしある。しかし週刊誌を買って、その記事を読みたいとまでは思わない。つまりそこが週刊誌衰頽の理由なのだろう。



 
コンビニの雑誌の本棚がさびしい。豊満が魅力的だった女が痩せこけたのを見るようでつらい。とはいえ、毎日週刊誌を買っていた私がいま、まったく
買わないのだから痩せこけて当然だ。
 全種類と言ってもいいぐらい買っていたパソコン雑誌も次々と廃刊になった。これまた私のようなのがまったく買わなくなったのだか
ら当然である。紙メディアの衰頽は著しい。「おれはこんなに買いまくっているのに何故こんなに廃れるのだろう」という矛盾はない。

 経済が復興すれば、生きのこっ
ている雑誌は、そこそこ部数は復活するとしても、紙メディアのもうかつてのような栄華は無理なのだろう。これが世の流れなのか。
 小説もモバイルギアで読む
時代だ。これはもう10数年前から旅先のパソコンで読むために「新潮社の100冊」なんてCDを持参していたぐらいだから抵抗はない。今回モバイルパソコンで読む自炊マンガにも目覚めたし、今後私もそっち方面に走るのだろうか。
 しかし夏場、水風呂の中で読む紙メディアには独特の魅力がある。みなふやけてしまうのが難点だけど。
 これも読書用モバイルギアが防水になればいいことなのか。



shogisekai20135 昨日発売されたばかりの『将棋世界』を読みつつ、私もそのうちこれをiPadで読むようになるのだろうかと考える。(『将棋世界』はすでにiPad用として配信されている。)

 そしてまた最近の充実している『将棋世界』を買うことに逡巡したことはないのだから、週刊誌が売れないのは週刊誌の中身の問題なのだろうと、結論的に思う。どんなに高かったとしても、いいものはみな買うのだ。売れないのは、インターネットや不景気も原因だろうが、魅力が失せたことがいちばんだろう。
 『将棋世界』も、かつて編集方針が気に入らず買わない時期があった。でもよくなったのでまた買うようになった。週刊誌にそれが出来るだろうか。すくなくとも近年の『週刊文春』の芸能路線などは私の好みと正反対になる。それが人気企劃だというのだから縁遠くもなる。

 私の経済状況がむかしのようによくなったとしても、あのころのように週刊誌を買うことはもうないだろう。縁切りは、懐事情とは関係なくあの種のマスコミからの卒業でもあったから。
  1. 2013/05/03(金) 19:00:01|
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週刊誌話──男性週刊誌部数激減──週刊朝日廃刊間近!?──ハシシタ問題

かつて全盛を誇った男性週刊誌の衰亡ぶりは凄まじい。2000年下期(6月~12月)と2012年下期を比較してみると、主要週刊誌6誌(ポスト、現代、文春、新潮、朝日、毎日)だけで、実売が総計285万部から177万部まで実に「108万部」も減らしている(37・8%減)。

具体的に見てみると、
週刊ポストが65万7000部から31万8000部へ、
週刊現代が64万3000部から42万4000部へ、
週刊文春が63万部から48万部へ、
週刊新潮が50万6000部から36万5000部へ、
週刊朝日が30万9000部から13万部へ、
サンデー毎日が10万8000部から6万部へ、という具合だ。

週刊誌の時代は終わったのか──門田隆将」

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 なるほどなあ、こんなに落ちているんだ。
 一時100万部を越えていた光文社の「週刊宝石」は、まだ50万部ぐらい売れているのに先は暗いとばかりに当時のトップの判断で休刊になった。先見の明と言えるのだろうか。いま実売で50万部売れている男性週刊誌はないし、中身のないあの週刊誌は間違いなく先細りだったろうから、あそこでの決断はやはり先見の明か。

 「週刊宝石の休刊ていつだっけ」と調べて、2001年1月と知る。同じ光文社の写真週刊誌「Flash」も一緒だった。休刊になった日をよく覚えている。最後の一冊だからと買ったっけ。あれから12年も経つのか。
 ということは、ああいうものを読むのは二十歳過ぎだろうから、「週刊宝石というものがあったことを知らない三十代男性」がいっぱいいることになる。私にはなんとも不思議な感覚だ。

 週刊宝石について、Wikipediaには「一貫して反権力の姿勢を貫いた」とかっこよく書いてあるが、その他検索して行くと、当時記者として関わっていたひとたちが、取材費を好きなだけ使わせてくれた時代に感謝しつつも、「内容のないくだらん週刊誌だった」と書いているのが嗤えた。たしかにまあ記憶に残る企劃は「処女捜し」と「あなたのおっぱい見せてくれませんか」だったからなあ。
「反権力」ってのはポーズだ。売るための。いま『日刊ゲンダイ』がさかんにやっている。
 1981年創刊2001年休刊は、真ん中にバブルを挟んで、いい時代に存在したってことか。なんだか私の「愉しかった時代」と合致してる(笑)。



asahihatoyama「サンデー毎日」の6万部ってのは週刊誌としてはもうとうのむかしにデッドラインを越えている。未だに出しているのは老舗新聞社の意地(笑)なのだろうか。受験偏重を批判しつつ「有名大学合格高校一覧」を唯一の売りにしているあのくだらん週刊誌が休刊になるのももうすぐだ。

 そのあとはアサヒ。こちらももう出版に意味はないが、「朝日ジャーナル」が廃刊になり、いまはこれしかないから(隔週刊の『AERA』があるが)これまた意地でも廃刊には出来ないのか。



asahikan 民主党勝利の際は鳩山や菅の凛々しい表情を取りあげた美麗な表紙にして、自民党に関しては安倍や麻生の顔に文字を被せた無礼で下品な表紙にする偏向週刊誌である。
 なにをどう考えたら、安倍や麻生の顔に文字を被せる失礼が思いつくのだろう。理解不可能だ。いかに下種で心の腐った連中が作っているかがよく見える。まともな人間性があったら、こんなことは出来ない。

 佐野眞一という盗作作家を起用した、あの下劣な内容の「ハシシタ問題」も記憶にあたらしい。赤っ恥を掻いただけの醜態だった。
 左の表紙写真を見て欲しい。民主党に対する2枚、自民党に対する2枚、いかにちがうことか。こんなことをしている新聞社が〝日本のクオリティペーパー〟なんぞであるはずがない。一日も早く廃刊になることを願う。

asahiabe 雁屋哲というサヨクが、あの「ハシシタ問題」に関して、橋下市長は立腹することなく、あれをきっかけに部落差別問題に取り組むことによって、のようなイカれたことを書いていた。

 差別問題以前に、あの記事で問われるのは、「はしもと」と名乗っているひとを、あえて「ハシシタ」とカタカナのタイトルにまでして書いたあまりに下種な文章にまず問題がある。そのことに触れず自分に都合のいい部分だけを取りあげて正論のようなことを言うのもこの種のサヨクの特徴だ。雁屋のこのブログ文も、橋下の心の痛みなどまったく理解せず自己流の正論だけを主張するサヨクの狡さがよく出ている。

asahiasou もっともあの「ハシシタ問題」は、盗作作家の佐野眞一というゴミを抹殺する効果があったから、それはそれで認めてやるべきか。

 それにしても下劣だった。惘れた。どれほど惘れたかと言えば、あれほど興味ある事件だったのに、私はここに書いていない。ツイッターで、この記事を全文写真でアップしてくれたひとを紹介し、こんな週刊誌は買う必要はないが、この文だけは読んでおいて欲しいと流しただけだった。惘れすぎて書く気にすらならなかった。アサヒが下衆であることは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。それほど愕きかつ惘れた。

asahihashishita アサヒは、大嫌いな橋下を潰しに掛かるのなら、だからこそ冷静に品良く迫るべきだろうに、元々の下劣な品性が丸だしだった。ふだんは上品を装っているが、興奮して本性が出たのだ。その意味では、橋下市長は不愉快だったろうが、アサヒの品性を世に知らしめた点で、価値あるものだったとは言える。あれで廃刊にならなきゃウソだよな。

 そういやこの表紙、いちばん上に「一生ボケない脳はこう作る!」とある。こんな特集をやる週刊誌の脳がもうボケていたのだから嗤える。

 下の見出しで「ハシシタは衆愚の王か」と謳っているが、「衆愚の王」は衆愚にクオリティペーパー、オピニオンリーダーと思われ購読されているアサヒシンブンだろう(笑)。

 ま、もうすぐ採算割れになるだろう。一日も早くこのクソ週刊誌が廃刊になることを願う。



 「週刊金曜日」(正しく隔週刊だけど)は実数どれぐらい出ているのだろう。採算は取れているのか。でもああいうサヨク週刊誌は図書館がしっかり応援しているから案外固定部数と郵送で買う固定読者で安泰なのか。共産党が新聞赤旗の売りあげで資金があるように。
 役所の図書係ってのはどうしてあんなにサヨクばかりなのだろう。安易に安定した公務員の道を選んだ心情サヨクってことではわかりやすいが。



 週刊現代の発行部数は、
1959年創刊号は35万部、
1967年には100万部を突破、
1973年に130万部を発行、
1995年に150万部を発行して、
 いま上記のように42万部らしい。100万部突破のいい夢を見て、いま原点に戻ったってことか。

 週刊誌の衰頽というより、下品な覗き趣味の写真週刊誌「Focus」なんてのが週に200万部も売れていた時代のほうが狂っている。毎日のように週刊誌を買っていたが写真週刊誌というのは買ったことがない。思えば、私の「週刊誌卒業」は写真週刊誌の覗き趣味、写真の暴力にうんざりしたのがきっかけだったかもしれない。

「たけしのFriday襲撃事件のころ」に続く。
  1. 2013/05/03(金) 13:07:40|
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皇太子妃殿下、オランダで御両親と面会──そうだったのですか……

オランダを御訪問中の皇太子ご夫妻のもとを雅子さまの両親で現在、オランダで国際司法裁判所の判事を務める小和田恒さん夫妻が、面会に訪れました。

現地時間の1日夜、皇太子ご夫妻が宿泊されているアムステルダム中心部のホテルに雅子さまの両親である小和田恒さんと優美子さんが訪れました。小和田さんは現在、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所の判事を務めていてオランダに在住しています。

小和田さん夫妻は車でホテルに到着すると関係者に誘導されながら足早に皇太子ご夫妻の部屋に向かいました。宮内庁によりますと皇太子ご夫妻と4人でお茶をともにしたということでおよそ4時間にわたり、水入らずの時間を過ごしました。

小和田さん夫妻は「無事にご大任を果たされたので、ご挨拶に伺いました。ご訪問について話をさせていただきました。両殿下とも無事にお務めを果たされて、ほっとされているご様子でした。また、オランダ側の各種配慮により、出席することができ、このような配慮に感謝されていました」とのコメントを記者団に寄せました。

一方、夕方には同じホテルでオランダ在住の日本人との懇談が行われ、皇太子さまが出席されました。
雅子さまは、この場には出席されませんでしたが宮内庁によりますと懇談終了後、出席者のうち、以前から知り合いだった外務省勤務時代の先輩女性とハープ奏者の女性の2人を呼び寄せホテル内で面会されということです。
(註・正しくは「された」でしょうね。ママです。)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5321656.html

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 園遊会にもずっとご出席なさっていないのに、どうして海外へ出かけられるのかと首を傾げておりました。オランダでご公務が出来るのかと心配しておりました。でも国内という頚木から離れるのは精神的によいことなのかもと希望的に考えてもおりました。

 そうだったのですか。なんだかなあの結末でした。

 軽井沢での(皇室の別荘があるのに)小和田家別荘使用が警備等の問題から有名ですが、ご実家との距離をおかないと快癒はむずかしいと思います。そもそも妃殿下に庶民と同じ「実家」はないわけですが……。いえ、それよりも、小和田家はなぜこんなに表に出て来るのでしょうか。正田家というすばらしいお手本があるのに……。

 私は妃殿下を御名前で呼ぶような非礼はおかしません。どのような意見を述べる場でも、その一線だけは遵守したいと思います。
 デヴィ夫人のやっている無礼な「署名運動」のようなものにも関わりません。
でも……。

 天皇皇后両陛下の御健康と御長寿を心からお祈りいたします。
 両陛下が国民のために祈ってくださるように、ひたすらそれだけをお祈りしたいと思います。

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【追記】──小和田夫妻は日本からオランダに向かった──5/9

オランダでの王位継承行事ご出席のため、皇太子ご夫妻が日本を出発した4月28日の翌日夜9時半過ぎ、都内の隠れ家的な寿司店を1組の老夫婦が訪れた。この老夫婦こそ雅子さまのご両親・小和田恆(ひさし)さん(80才)と優美子さん(75才)夫妻だった。
外務省のエリート官僚として事務次官や国連大使などを歴任した恆さんは現在、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所判事を務め、基本的には優美子さんとともに同国で暮らしている。

この日、夫妻は大好きだというお寿司を心ゆくまで堪能すると、「明日、朝10時の飛行機でオランダに戻らなきゃならないの。また夏に帰ってくるわ」と女性客や店主に言い残して店を後にした。
そして翌4月30日、朝7時半過ぎ、小和田邸前に迎えに来たハイヤーに乗り込み、ふたりは娘・雅子さまを追ってオランダへと旅立っていった──。

即位式の翌5月1日夜──皇太子ご夫妻が宿泊されていたホテルを、小和田夫妻が訪ねた。皇太子ご夫妻と一緒にお茶を飲みながら、3時間ほど前日の即位式について歓談されたという。

この面会は、新聞・テレビでも報じられたが、誰もがオランダに赴任中の小和田夫妻が、自分たちの住む国へ久々のご公務としてやってきた娘を訪ねたものと、思ったはず。
しかし現実は、雅子さまを追いかけて、2日遅れで日本からオランダへと渡り、現地で面会したのだった。


小和田夫妻が日本にいたのには理由がある。それは、今回のオランダ訪問が決まるまでの約1か月間、休暇を取って日本に戻り、雅子さまと直接相談のやりとりをするためだった。
オランダ側から招待を受けたのは3月初め。回答の期限は3月上旬だったが、雅子さまは逡巡を繰り返され、その回答を1か月以上引き延ばされた。これには風岡典之宮内庁長官からも異例の苦言が呈されるなど、波紋を広げることとなり、雅子さまの悩みは大きくなるばかりだった。そんな雅子さまを支えたのが、小和田夫妻だったのだ。

「小和田さんは3月下旬に帰国されました。恆さんは帰国して間もない3月27日に、安倍晋三首相と面談しています。このとき、雅子さまのオランダ訪問について首相に相談されたそうです」(外務省関係者)
その後はずっと東京に滞在していたのだが、3月末には、都内の高級中華料理店で皇太子ご一家と一緒に食事をされてもいる。

「皇太子ご一家、さらに雅子さまの妹の池田礼子さん一家もお誘いになって食事会を開かれたようです。1人3万円のコースを召し上がったみたいですね。そこでもオランダ訪問の件が話題になって、恆さんが“行けそうですか?”と質問すると、皇太子ご夫妻は“そのつもりです”とお答えになったそうです。

しかし、やはり雅子さまは困惑の表情をされていたみたいで…。恆さんは心配になったようで、それからオランダ訪問が決まるまで、雅子さまを励ますために何度も電話をしていたそうです。
優美子さんも、ひそかに雅子さんのもとを訪れていたという話もあります」(前出・外務省関係者)

さらに恆さんは、オランダ王室への根回しも行っていたという。
「小和田夫妻としては、雅子さまがオランダ訪問という“成功体験”をされることが、病状の快方にとってとても重要なことだと考えたようです。そのため、恆さんは自らのルートを使って、オランダ王室に“返答はギリギリまで待ってほしい”とか、“オランダに行ってからも行事への出席が直前になって取りやめになる可能性もあるが理解してほしい”などと説明したそうです。
小和田家にとっても、今回のオランダ訪問は、雅子さまの健康回復のための大きなチャンスと考えていたんです」(前出・外務省関係者)


http://news.mynavi.jp/news/2013/05/09/019/index.html
  1. 2013/05/02(木) 10:01:12|
  2. 皇室
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「日露共同記者会見のTBSオガタ」を擁護する竹田圭吾の感覚──よっ! 商売上手の売国奴!

tbs



















 この世界で喰って行くためには、こういう発信も必要だ。いい反応だよ(笑)。これでテレビ局の覚え目出度くなったな。よかったな竹田。媚中親韓のテレビ局から仕事もらえるぞ。電波芸者なんだからな、そのへんはうまく立ちまわらないと。



「TBSグッジョブとしか言いようがない」
「アホか。ブチ切れさせてなんぼでしょうが」
「記者が会見で空気読んでどうするんですか」
「批判的なリプがいくつか飛んでくるが、そのほとんどはロシアが昔ソ連という国だったことを知らない」


 アホはおまえだよ。ネット住人のほうがずっとまともだ。

 ぶち切れさせてなんぼ?
 空気読んでどうする?

 外国首脳との記者会見で、礼を守らず相手をぶち切れさせてなんぼなのか?
 国益など関係なく、空気を読まず、その場をぶちこわすのが仕事なのか?

 おまえらの得意なセリフは「破壊」だものな。
 ツジモトキヨミが自分を「国議員だ」と自慢気に言ったように。
 空気を読まず、ぶち切れてさせて任務完了か。
 そういうおまえの意見に逆らうヤツはロシアが旧ソ連と知らない無智ばかりなのか?

 でも喰って行くためだものな、いろいろあらーな。
 おまえのツイートをRTしてるバカもいっぱいいた。
「お気に入りにいれました」なんてクズもいた。
 よかったな、同じ国賊がいっぱいいて。

 ニューズウイーク出身だものな(笑)。あのころから首尾一貫してるよ。
 中共はおまえを気に入ったと思うよ。おめでとう。これで中共絡みの仕事が増えるな(笑)。

---------------

 【追記】
 いま知った情報。
 オガタにあの原稿を読ませたのはTBSの政治部長「龍崎孝」なのだとか。
 日露を不仲にし、安倍政権の失点にするのが目的か。いかにもTBSの浅智慧(笑)。
 書類を持った左手をプルプル震わしながら質問したオガタはグッジョブなのか!?
 まともな日本人の怒りを買っただけとしか思えないが。
  1. 2013/05/01(水) 10:14:26|
  2. サヨク
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「プーチン大統領が安倍首相に冷水」と酷評する中共の姿勢(笑)

露大統領が安倍首相に冷や水…中国紙が酷評

読売新聞    2013年05月01日07時40分

【北京=牧野田亨】4月29日の日露首脳会談について、30日付の中国主要紙は具体的な成果がなかったとして、「プーチン大統領が安倍首相に冷や水を浴びせた」などと酷評する新華社電を掲載した。

 習近平(シージンピン)国家主席が3月末、主席就任後初の外遊で訪露した後とあって、対抗心をあらわにした形だ。

 記事は、日露首脳が北方領土問題を巡る交渉の加速化で合意したことは伝えたが、欧米メディアの論評を引用する形で、「安倍氏が言う『大きな成果』は具体性がなく、共同声明は問題解決に向けた政治的意欲と外交姿勢を示しただけだ」と指摘。プーチン氏が共同記者会見で、領土問題について「明日にでも解決するという意味ではない」と述べ、慎重姿勢を崩さなかったことを強調した。

http://news.livedoor.com/article/detail/7638359/

---------------

 日本とロシアに仲よくなられて困るのは中共だ。
 予想通りのたのしい意見(笑)。
 うまくこれを外交に活かさないと。
  1. 2013/05/01(水) 08:32:03|
  2. 政治
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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