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「課長島耕作」話に追記──その他の作品への感想

課長島耕作に少年篇が」を大幅に書き直しました。
ゴールデン街のモデルになった店に関して質問のメールをいただいたからです。 半端な文章だったので、わかりやすくまとめました。つもり。

ついでに、弘兼マンガを「島耕作」しか読んでいないと思われると悔しいので(笑)その他の作品に関する感想も大ざっぱに書きました。私は弘兼さんがビッグコミック大賞に応募してきた素人時代の作品から読んでいます。
マンガは評論家が出来るほど読んでいるけど、評論家ほどきらいなものはないので、極力評論はやめています。映画も音楽も。私のは「感想」です。

なおきといえば、「課長島耕作」のスタッフに「唐沢なをき」の名があるのは印象的ですね。有名な話ですけど。あのころ弘兼さんのところでアシスタントをしていました。



golgobest
『ゴルゴ13』は、全作リアルタイムで読んでいて、それこそ第1話のころは高校生だったのだから、長年の友人のような親しみはあるけれど、かといって上記の本で著名人がやっているように自分流の「ベスト13」を選ぶほどの熱心さはない。この『広辞苑』みたいに分厚い「Best13」は、ファンの礼儀として買ったけど、とにかく重い。風呂の中で左手で開いて見るには無理(笑)。文庫本てのは便利なアイテムだ。

すらすらと感想を書ける「島耕作」は、かなり好きなマンガなのだろう。と思う。 



浦沢直樹が大好きで全作品読んでいるけど、「20世紀少年」じゃ筋書きがわからなくなったし(笑)、いまの「Billy Bat」もわかりません(笑)。大好きだった筒井康隆に「虚構船団」のあたりからついてゆけなくなったように、ウスラバカは天才には置いてけぼりをくうようです。

まだなんとか「社長島耕作」についてゆけているのがなぐさめ。つうかもうノウハウマンガだからついて行くとかの問題じゃない(笑)。興味が持続するかどうかの話。だからこそ長年の恋人の久美子のガンは久々に新鮮なネタだった。
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  1. 2012/07/27(金) 08:15:20|
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小沢一郎考──デヴィ夫人、田嶋陽子、、ホモのかっちゃんまでみんなに愛されるスーパースター小沢一郎──「たかじん」を見ながら

月曜の朝5時、何年ぶりかで小林よしのりの「台湾論」を読んで感激する。名作だ。李登輝総統のことばに何度も涙した。うぃ~。

taiwanron


よしりん、いまはもうAKBに夢中で別世界にいっちゃったけど、こういうのって、「『だいじょうぶだあ』の田代まさしの名コントと覚醒剤中毒の田代まさしは別だ」のように、分けて考えるべきなのか!? 
よしりんは、『戦争論』を始め、いい仕事を一杯やってきたものな。

田代まさしだって窶れたハゲ姿で逮捕されたけど、今見ても『だいじょうぶだあ』はおもしろい。志村けんを見事にひからせている。あれほどの脇役はその後もいない。ちなみに著作権の問題から未だレンタル作品になっていない『だいじょうぶだあ』を全部ビデオで録画して保っているのは私のささやかな自慢。



私が東京では見られない関西圏日曜午後放送の「たかじん」をネットで見るのは火曜が多い
いまは月曜の早朝だから時間的にまだ無理かなと思いつつ動画倉庫に行くと、意外にも昨日の午後の番組の「たかじん」があっさりと、しかも砂時計連発もなく、すんなりと見られた。ありがたい。感謝。

いま、「田嶋陽子の小沢讃歌」に苦笑してストップしたところ。このあとどんな展開になるにせよ、この「デヴィ夫人と田嶋陽子の小沢好き」は書いておかねばならない。

このふたり、なにを話しても、容姿から経歴から思想から、ありとあらゆる面で共通点はない。
でもなぜかふたりとも「小沢好き」なのだ。見事な唯一の一致点。
小沢一郎というひとは類い希な魅力をもった男なんだろうね。究極の色男だ。デヴィ夫人と田嶋陽子と小沢の3pビデオが出たら買います!


すみません、ウソつきました。見たくないので買いません。

デヴィ夫人と田嶋陽子は表裏一体、一覧性ソーセージ!?←どんなソーセージなんだかね。一覧してもわからん。



小沢の魅力は、ホモのカッチャンや田中康夫も虜にしている。すごいよ、これは。
あ、忘れてた、ネット界の妖怪<きっこ>と名乗るジーさまも小沢好きだ。ババア、ジジイ、ホモ、妖怪、すべてに好かれる小沢一郎の魅力。

カッチャンと田中と小沢のホモ3pのビデオが出たら……すみません、買いません。



わたしゃあの醜男が、無理な笑顔で、「ニカーっ」と笑っただけで、吐き気がする。 
これは小沢の好き嫌いとは別に別項で真剣に書きたい。すなわち「政治家のイメージ戦略」の話として。

あの憎々しげな顔の醜男は「笑わない」を売り物にすべきだった。それが唯一の朝鮮醜男顔の光らせかただった。ところが周囲に奨められたのか、スタッフの結論だったのか、いつごろからかニカーッと歯を喰いだした気味の悪い作り笑顔を連発するようになった。「小沢先生は笑わないので怖いというイメージがあります。女性層の人気を獲得するためにもっと笑いましょう」なんて意見に流されたのか。
絶対に笑わない悪代官顔で通せば別の展開があったろうに。

私が参謀だったら、ぜったいに笑わせなかった。本当に意味のあるときしか笑わない、年に一度もない、を売り物にした。たまの笑顔を光らせた。それが最善だったはず。
小沢は周囲のそういう奨めもあり、鏡の前で笑顔の練習をしたのだろう。歯を喰いだしてニタッと笑う自分に気味が悪くならなかったのか!?

鼻糞くっつけた森なんとかいうブスが、「ふだんはとってもよく笑いますよ。こわいなんてことはありません」と意図的に何度もしゃべっていたから、世間からの「怖い、笑わない」というイメージを覆そうと努力したのはまちがいあるまい。でもそれは逆。こんな時代だからこそ「笑わない怖いオヤジ像」で売った方が正解だった。笑顔の似合わない顔なのだから。作り笑顔と思われる笑顔はやめたほうがいい。

※ 

田嶋陽子のようなのが、憎んで憎んで憎むのが小沢一郎のはずなんだけど、なぜか支持者になっている。
それは田嶋陽子というのが浅いバカの証拠でもあるんだけど、それとはべつに、小沢と通じあう琴線?があるのだろう。朝鮮か。あれやこれや、デヴィ夫人もこのキイワードでぜんぶ氷解するけど。

ともあれ私には、国の贈答品だったデヴィ夫人、親のDVを経験して捩れた田嶋陽子、両親が離婚し貧しい母子家庭育ち(という設定)の<きっこさん>、それらみんなが小沢一郎好きというのは、学生だったら卒論にしたいぐらいの興味深い話になる。

---------------

さて、これから「たかじん」の後半を見よう。
  1. 2012/07/23(月) 06:32:41|
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島耕作話──「社長」で終るはずの島耕作に「少年篇」が!──アメトークの「島耕作」──西原理恵子「人生画力対決4」

morningshima

 「課長」で始まった「島耕作」は、「部長」「取締役」「常務」「専務」と出世して行き、今はとうとう「社長」をやっている。団塊の世代の夢の象徴として、「あの島耕作がついに社長になった」と新聞記事にまでなったほどだった。

 それとはべつに平行して「ヤング島耕作」が始まった。「課長」の前の、新入社員、平社員の島耕作である。あとづけであるからなんでもできる。なにしろ未来を知っているのだからスーパーマンだ。新人時代に早くも将来の「家電廃棄処理問題」について先見の明を発揮していたりする。「おまえは神様か」と言いたくなるほど(笑)。
 でも神様なんだよね、20年後、30年後、40年後の世界をぜんぶ知っているんだから。ちょうど家庭用VTRの1号機が出る夢の時代を描きつつ、VTRがやがてHDDレコーダになることまで知っているのだから。

 あのころ私は「すこしでも安いVTRテープ」を買おうと思い、また「テープが貴重だからCMの時は録画ストップ」をした。まさかそれから30年後にダンボール箱に入れたビデオテープを何千本も捨てる時代が来るとは想像できなかった。

 初めてCDを手にしたときは宝物のように扱った。傷を付けては大変だと細心の注意を払った。まさかすぐに雑誌の附録にもついてくるようになり、ジャマになり、まとめて捨てるようになるとは思いもしなかった。


 あとづけで若い頃の島耕作を描くことで「島耕作シリーズ」にはいくつもの矛盾点が出てきた。たとえば「島耕作と初芝の創立者吉原会長との初対面」だ。「課長」の何話かに上役と一緒に吉原邸を訪問した際の初対面が描かれている。雲の上のひとである経営の神様との間近での初対面に「課長島耕作」はコチコチである。が、「ヤング」が始まると新入社員の研修中、ショップの不法投棄に逆らっているところにいきなり吉原会長が現れる。通りかかったのだ。これじゃ課長時代のあれはどうなるのだ、となる。島耕作ファンなら誰でも気づく矛盾だ。

 最初は「弘兼さん、ぼけたのか!? スタッフは気づかなかったのか!?」と思ったが、その後同じような矛盾が連続するから、最初の時はともかく、これはもう割り切って楽しんでいるのだろうと解釈することにした。初期の「課長」時代の矛盾には目を瞑ってもらうことにして、今を楽しもうとしているのだ、と。

 なにしろ始まったばかりの「課長」のころなど、島耕作はどうしようもないヘタレである。小心翼々を画に描いたようなつまらない男だ。そんな凡才のサラリーマン話として弘兼さんも連載を始めた。ところがそこからなぜか方向転換して社長にまで駆け上がるスーパーサラリーマンになってしまう。

 「あとづけ島耕作」は矛盾だらけだが、私としてもいちばん好きなキャラである中沢部長(後に社長、あっさり逝去)の課長時代が見られて愉しい。不満はない。というか、この「あとづけ」がいちばんおもしろい。中沢部長のフルネームは「中沢喜一」。ヨーダに似たどこかの総理大臣を思い出す名前で、それだけが不満(笑)。


 名前と言えば、中沢部長は、アメリカの「コスモス映画」の買収に成功したという実績が大抜擢の基本になる。この「コスモス映画の変人オーナーの名はバクスター・ゴードン。弘兼さんはハワード・ヒューズからイメージとエピソードを得たと語っている。

 「島耕作」の売りのひとつに章のタイトルが名曲というのがある。「課長」の途中からJazzの名曲がタイトルになった。そのことで弘兼さんもスタッフもJazzに詳しくなっていっただろう(笑)。バクスター・ゴードンの名はサックス奏者のデクスター・ゴードンから取っている。こんなあそびが見えるのも「島耕作」の楽しみの一つだ。


 平社員の「ヤング」から始まった流れは「主任篇」になり、いまの「係長篇」が最後になると言われている。そりゃそうだ、次は「課長」だからすべての人生を描いたことになる。ぐるりと環が繋がる。

 この「あとづけ」で始まった「ヤング」「主任」「係長」の島耕作は、人格的にも知識、正義感、すべてにおいてすばらしく、ますます連載初期の「ヘタレ課長島耕作」の矛盾が浮き彫りになる(笑)。

 たとえば「ヤング」で、学生運動出身の先輩が初芝の新人寮でアジテーションする場面がある。あまり乗り気でない島耕作は集会に遅れ、組合運動の若いリーダーである早稲田のその先輩になじられるのだが、ハッキリとその青臭い学生の革命理論に対して反論を述べる。論破する。島耕作のかっこよさに惚れ惚れするシーンだ。
 
 でもそれはあとづけの島耕作、「人間交叉点」を経た今の弘兼さんだからできること。最初の設定の島耕作は、フィリピンで死んでしまった樫村がESSの生真面目リーダーであったのに対し、雀荘に入り浸ったり、雰囲気サヨク(私なんかもそうだったが)だったり、いいかげんを絵に描いたような学生生活なのである。なんだか「あとづけ島耕作」があまりにかっこよく、読んでいて気恥ずかしくなる。


 と、今現在の流れの「社長」と、あとから描いている若き日の「係長」連載終結で、「大河マンガ島耕作」大団円かと思っていたら、今週特別編として「少年島耕作」が載った。冒頭の写真。社長の島耕作が高校生15歳の島耕作を自転車に乗せているという時を飛んだいい絵である。
 
 三週連続でやるらしい。そうか、この手もあったのか。「社長」の次の「会長島耕作」は誰でも思いつくし、その後の「相談役島耕作」「老後島耕作」も、もう「部長」のころから楽しい笑い話にしたものだが、「ヤング」以前の島耕作は考えてなかった。「少年」が出てきたなら、次は「園児島耕作」か(笑)。さらに溯れば「島耕作の父」もかける。「島耕作」が生まれる前の両親の話。


 というのは冗談。なぜここで「少年」が出てきたか!?
 前回の「社長」で、島耕作シリーズのマドンナ大町久美子がガンになる展開になった。下腹部を指した久美子が「ここにゴルフボール大の腫瘍があるの」と言う。子宮癌か。ここのところ企業漫画に徹していた島耕作シリーズの私生活における久々の大事件である。泣きながら久美子が結婚して欲しいと言う。死にたくないと。そこでふたりはついに入籍した。大手術前のふたりだけの結婚届だ。長い長い春だった。

 ふたりの出会いは課長の40歳と短大を出たての新入社員20歳の時。あれから25年。課長だった島耕作は社長となって今は65歳、初芝の創立者吉原初太郎が芸者に産ませた隠し子であり、吉原の株を相続して大金持ちの性に奔放な久美子も45歳になった。そしてガン。なかなかの大河ドラマである。すくなくとも国営放送の大河ドラマと称しているものなんかよりははるかに大河だ。

 でもこれなんかも、晩年の吉原初太郎が最愛の女に産ませ、将来初芝の社長となる男と結婚させ自分の後継者にしようと思っていた久美子であり、母親も吉原から一千万株をもらい大金持ちという設定なのだから、なんで短大卒で初芝に就職してくるのか疑問。「世界的社交界にデビュウさせる」というプランも後に実行される。だけどだったら名のある四年制大学からイギリスやフランスに留学となるはずで、なんで名もない短大卒の一OLとして初芝に就職してくるのか。

 これも「課長島耕作のオフィスラブの相手として、若い美人の部下の大町久美子」を設定し、そこから「もしも久美子が吉原初太郎の隠し子だったら」と、「もしももしも」で路線変更していった矛盾なのだろう。

 いや矛盾と言ったら失礼か。いわゆる「キャラの一人歩き」だ。見事なキャラの設定により、作者を無視して一人歩きを始めたのだ。久美子や中沢部長の一人歩きはクリエイター冥利に尽きる愉しみだろう。


 弘兼さんは登場人物を殺すのが好きだ。読者に人気のあるキャクラクターをばんばん殺す。読者から批難が殺到するのを楽しんでいるかのようだ。果たして久美子を殺すのか。

 「少年島耕作」は、そんなヒロイン大町久美子のこれからを描くという大仕事の前にワンクッションおいたのだろう。

 吉原初太郎も、木野会長も、大泉社長も、中沢部長も、みな死んでしまった。フィリピンの銃撃で死んだ同期の樫村もいたなあ、ニューヨークで作ったハーフの娘のニャッコも死んじゃったし……。「課長」時代の八木なんて有能ないい部下だったのに、なぜか「社長」では、島耕作に絡んでくるとんでもなく悪相のイヤなヤツになってロシアで殺された……。ポイントは中国篇なのかな。中国を理解しようとしない高飛車なやつに描かれていた。

 読み返してみていちばんおもしろいのは、やはり「課長」になる。いいかげんだからこそ面白い。経営マンガ、薀蓄マンガになったら、おもしろさは目減りする。けっきょくは課長の島耕作と久美子の物語だ。
 その久美子をどうするのか!? 45歳でやつれさせてガンで殺すのか……。


 いずれにせよ「社長篇」も、あとづけ連載で始まった「ヤング」からの流れの「係長篇」もともに大詰めだ。弘兼さんは「社長篇が最後」と明言している。大河漫画の完結もまぢかい。

 いろいろ言うひとはいるし、たしかに「幸運な偶然」が多すぎるけど(笑)、私はこの作品をリアルタイムで楽しめたことに感謝している。

 先日何度目かのまとめ読みをした。テレビは見ないしインターネットも極力やらないようにしているので時間がある。かといって<きっこさん>みたいに、星を見上げたり、虫の声に耳を傾けたりするような風流な趣味もないので(笑)、マンガを読む時間が増えた。とはいえこれとか、「パイナップルアーミー」「マスターキートン」等の限られた好きな作品の読み返しだ。私の基本はビッグコミック(小学館)系なので、講談社系のモーニング連載作品はこれぐらいだ。もちろん「バガボンド」とか有名作品はぜんぶ読んでいる。読んでいることと好きはまた別。


 ひさしぶりに読み返してしみじみ思ったのは、目につく矛盾よりも、リアルタイムでこれらを読んできたという過ぎ去った時間への愛しさだった。1984年からだから28年を並走したことになる。この時間は大きい。

 たとえば、「島耕作」の名は「弾厚作」から取っている。加山雄三(も芸名だけど)の作曲するときの筆名だ。田舎の少年だった弘兼さんにとって加山雄三はあこがれのスターだった。後に対談している。うれしそうだった(笑)。そんなもの。子供のときのあこがれのスターはいくつになってもスターだ。

 弾厚作という筆名は、加山の好きな作曲家、團伊玖磨と山田耕筰から合成している。こういうことはいくらでもあとから知識として得ることはできるが、加山雄三が登場した時のかっこよさは、時代を知らないとわからない。
だからやっぱり、最後部の【餘談】に書いたけど、「アメトークの島耕作大好き芸人」の企劃は無理だった。

※ 

 たとえば、木野会長と大泉社長の決断で、取締役35人抜きで中沢部長が次期社長に決定する。これはソニーをモデルにした。あまりの行天人事に固持する中沢部長を「社長を受けてください。社長になってください」と「課長島耕作」が口説く店は、新宿ゴールデン街の古びた店だ。店名は伏せられているが、モデルとなった店を知っている身には、なんともたまらない設定である。

 「課長島耕作究極の謎」とか、そんな本があるらしい。私は読んでいない。同じような内容であろう『ゴルゴ13』のものは読んだが。
 弘兼さんは、その本が前記の店を特定したのでおどろいたと単行本「課長島耕作」のあとがきで書いていた。正解だ、と。でもゴールデン街に出入りしていたひとなら、あの店を断じるのは難しくはない。

 後に「島耕作部長」と「中沢社長」は、思い出のその店を訪ねる。するとすでにつぶれて、ない。でも同じ場所に「Chaco」というワインバーが出ている。弘兼さんはモデルにした店の名を口にしていないが、この店の名前「チャコ」からモデルとなった店の名を暗示している。

 このChacoのママは以前の店の女将の娘で、外国から戻ってきたばかりのワイン通、という設定だ。その後の「九州篇」「ワイン篇」「中国篇」にも関わってくる。
 この辺は純粋な弘兼さんの創作だが、現実にその店の女将にも娘はいて、私の知人と同棲したりしていたから、なんとなくこのへんもくすぐったい。


ハロー

 「島耕作」を語るなら弘兼さんの最初のヒット作である「ハロー張りネズミ」は避けて通れない。そういや弘兼さんのデビュウのきっかけは「ビッグコミック大賞」への応募だったけど(佳作だった)、このあたりからもう講談社系だ。「ハロー張りネズミ」には「島耕作」でも肝腎の所で絶大な働きをする「グレさん」こと私立探偵の「木暮久作」が登場している。というかほぼ主役。弘兼さんもよほど好きなキャラなのだろう。

 大ヒット作であり弘兼さんの代表作となっている「人間交差点」はビッグオリジナル連載。これは小学館。弘兼さんのことをこの作品で語るひとは多いが、これは原作の矢島正雄の作品だ。絵師としての弘兼さんの力がなければ成立しないほど密接につながっているとはいえ、根本の思想がサヨクの矢島のものだ。たとえば「あの戦争」がテーマとして何度も出てくるが、そこでは日本は紋切り型の「アジアに迷惑をかけた悪い国」である。それは弘兼さんの感覚とは異なっている。

 この連載で絵師として「矢島思想」にじっと従っていたからこそ、その後の「島耕作」も「課長」と「部長」のあいだに書かれた政治漫画「加治隆介の議」も、まっとうな弘兼さんの政治思想が表に出たのだろう。「加治隆介の議」は「島耕作」なくしては誕生しない作品だった。別の言いかたをするなら、「島耕作を描いていれば加治隆介を描くのは必然だった」となる。まあこれも主人公の政治家加治隆介が、カンボジアとか韓国でアクション映画みたいな大活躍をしていて、おもしろいけどやりすぎだとは思うシーンも多いけど(笑)。


 「部長」以降の「島耕作」は、音楽業界に出向したり、ワインの輸入に関わったりしてゆく。私は、このへんから次第に興味を失っていった。音楽業界もワイン輸入もつまらなかった。
 唯一、九州博多での活躍は面白かったけど、あの「今野輝常」にまでもやさしくしてやるのは人間が出来過ぎと感じた(笑)。
 みんないいひとになって大団円になってゆく中、なぜ「八木尊」はあんな悪相になってロシアで殺されねばならなかったのか、ほんとに謎だ。訊いてみたい。ただあれもキャラがひとり歩きを始めたようにも思う。悪相になって殺されるところまで暴走を始めた八木を作者の弘兼さんも止められなかったのか。

 「社長」になってしまうと、やっぱりつまらない。権力があるからとかではなく、完全な企業マンガになってしまったからだ。松下がPanasonicになるように、初芝をTecotにするとか、松下と三洋の吸収合併の話とか、発電産業に参加する予定だったが東日本大震災で諦めるとか、もう時代に沿った企業マンガであり、やはり主人公は課長ぐらいがいいのだなと感じる。逆に「加治隆介の議」は、総理大臣になってからの加治隆介も、すこし読みたいなと思ったものだが。


 「島耕作」と並ぶ代表作である「黄昏流星群」には、「島耕作で培った知識」があちこちに出てきて興味深い。ワインの薀蓄とか。これは小学館。「人間交差点」以来のビッグの連載。
 ここには「ハロー張りネズミ」のころから弘兼さんが大好きであり、でもマジメな「島耕作」では使えなかった「タイムスリップ」「心霊現象」「呪術」「空間移動」とかが出てくる。そういう意味で、「ハロー張りネズミ」で始まった弘兼憲史のマンガ歴史は、絵師としての「人間交叉点」で方向性を確立し、思想として「島耕作」「加治隆介の議」で結実し、すべてを含んだ遊びとして「黄昏流星群」で完成を見たというのが「論」として正しいように思う。



【追記】──中国蘇州篇「周紅梅」の呪縛について──7/29

 「島耕作シリーズ」には、弘兼さんの大好きな「呪術」「呪縛」が出ないと書きましたが、この「周紅梅」に呪縛が出てきますね。忘れていました。ほんとにほんとにこういうネタの好きなひとだから、さすがに「フランス ワイン篇」なんかでは出せなかったけど、中国篇になったら、しんぼうたまらん、という感じで描いてしまったのでしょう。すごくマジメな島耕作ファンからブーイングだったと思います(笑)。



 「黄昏流星群」は中編のアンソロジーだから、出来不出来に差があり、大好きだからこそがっかりした作品も多いと批判するひともいるが、まあそれはしょうがない。どんなすぐれた作家も短編すべてが満点とはゆかない。

 さて、じゃこれから「黄昏流星群」でも読もう。私も好き嫌いがあるので好きなのだけを選んで。

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【餘談】──アメトークの「島耕作」

 私は「アメトーク」が好きだけど、中身の好き嫌いにはかなり差がある。好きな中身のときは録画して保存するが、中身次第では見ない回も多い。

 「島耕作大好き芸人」だったか、そんなタイトルの回はひどかった。楽しみにして見たのだが、出演した芸人が「島耕作大好き、詳しいですよ!」と言うには、あまりに若いのだ。30歳そこそこの麒麟の川島が島耕作マニアとしてしゃべるのは無理がある。実際知識も浅いのが見え見えだ。かなり無理な企劃だった。連載が始まったときは赤ん坊だろう。いくら若くても、「20歳の大学生のときから読み始めて28年経って、いま48歳」ぐらいでないと話にならない。もちろん最適なのは島耕作(=弘兼憲史)と同じ団塊の世代だ。

 お笑い界にそんな世代はいないのか。年齢的には西川きよしだ。西川きよしは島耕作を読まないだろうし、読んだとしても中学を出てがんばって、24歳の時には家を建てていたと自慢するあのひとでは「島耕作」は楽しめないか(笑)。

 川島世代のお笑い芸人だからこそ他人事風に楽しめたと言えるのもしれない。一種の夢物語として。ま、あたらずとも遠からず、冬来たりなば春遠からじ。冬の来ない春はない。来週も「少年篇」を読まないと。

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【追記】──西原の「人生画力対決」 ──弘兼、柴門ボロクソ(笑)

saibarogaryoku4

 過日、西原の「人生画力対決」の3と4を買って読んだ。もちろん1,2も持っている。
 これが連載されている「スペリオール」は「あずみ」終了以降読んでない。すっかり「雑誌派」から「単行本派」になってしまった。今回この「画力対決」はUstreamネット中継があると知る。まあそこまで関わる気もない。単行本だけでいい。

 「岳」の石塚真一が登場していて興味深かった。「ほんとは山マンガでなくJazzマンガが描きたい」のだとか。楽しみに待とう。その割りにはマイルスの画がへたすぎだったが(笑)。「岳」が高い評価を受けたので、書き続けることがきつくなっているのだろう。わかる心理だ。

 「画力対決」には登場しないのだが、パーティで顔を合わせた弘兼憲史が出てくる。西原は前から弘兼をボロクソに言っている。ついでに「こいつの女房(柴門ふみ)のマンガがまたつまらなくて」と、怖いものなし状態(笑)。ほんとすごいな、西原って。大笑いした。
  1. 2012/07/21(土) 19:53:09|
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橋下キャバクラスキャンダル考②──やっぱりデヴィ夫人は怒ってくれた(笑)

予想した通り、やはりデヴィ夫人が橋下市長との下半身問題を暴露したホステスを叱ってくれた(笑)。



橋下さん こんな事に 屈するな! 許せない 北新地の女




北朝鮮さえ絡まなければ、昔気質の正論を吐くほんとにいい女なんだけどなあ。いやほんと。
でもひとたび北朝鮮が絡むともう愛は盲目のしょうもないおばあちゃんになってしまう。でも嫌いじゃない(笑)。



私のこのブログでいま一番人気があるらしい「正気とは思えないデヴィ夫人の北朝鮮讃歌」に書いたけど、橋下市長や石原都知事を支持して正論を言っていても、こと朝鮮が絡むとデヴィ夫人は、「 大好きな 石原都知事と 橋下大阪市長は在日に対し 強い態度でいます。 これは間違いです。」になってしまう。絶対的愛の北朝鮮が絡むとすべての論理がめちゃくちゃになる。これじゃ何を言っても意味がない。

「今の日本で真の政治家は三人だけ。小沢一郎さん、石原慎太郎東京都知事、橋下徹大阪市長」というデヴィ夫人だけど、石原と橋下は在日朝鮮人に厳しいので失格となり、真の政治家は朝鮮にやさしい小沢一郎だけになる。まあ「やさしい」というより、お忍びでよく墓参りに行っているらしいから、すこし意味がちがうと思うけど。



でも私には、それでもデヴィ夫人を「いいおんなだなあ」と思う部分がある。
デヴィ夫人と北朝鮮の関係は、「元ホステスが、新人時代に親身になってくれたパトロンの恩を今も忘れない」と同じだ。ホステスはいま立派な料亭の女将となり、パトロンはホームレスになってしまったが、あのころの恩を忘れず今でもホームレスの面倒を見ているようなものだ。恩を忘れないのはデヴィ夫人の大好きな犬のようでえらい。北朝鮮忠犬デヴィ公。

そういうデヴィ夫人だから、6年前の肉体関係を、週刊誌から大金をもらって得意気に語る元ホステスは許しがたかったろう。手厳しく批判した。北朝鮮さえ絡まなければこのひとの意見は正論だ。





宇野宗佑首相は
「これでおれの愛人にならんか」と、 神楽坂の美人芸者の指を3本握った。その話を芸者自身がマスコミに持ち込みスキャンダルとなって退陣する。一説には自分の容姿に自信のあった芸者は3本指を「月300万」と思ったら「30万」だったことに憤慨したと言われている。真偽はともかく、芸者がそれを自らバラすというのは、かつての花柳界では信じがたい掟破りだった。
宇野宗佑はこれでいっきに凋落して行く。文人政治家の彼の能力を高く買うひとは今も多い。しかし69日で終ってしまった短命内閣では評価のしようがない。

田中角栄の一件では「蜂の一刺し」なんてくだらない話もあった。

山崎拓の変態話も、基本は愛人が週刊誌から金をもらって、そういう仲の男の性癖をバラしただけのこと。これは野中広務の指示を受けた週刊文春が小泉内閣を崩壊させようと仕掛けたもの。

かつて大手マスコミがそういう仕掛けをしたら、まず成功していた。政権を動かせた。「田中金脈研究」から宇野首相の一件など最たる例だ。時の政権を崩壊させた。彼らも自分達こそが真の権力者という王様気分だったろう。

ところが山崎拓変態話あたりから変ってきた。小泉政権の重鎮だったはずの山崎を追い落としたのに小泉政権は揺るがなかった。
決定的なのが「文春新潮聯合軍の橋下叩き」だった。あれだけのことをしても橋下人気は落ちなかった。時代は変った。

「蜂の一刺し」も、山崎告発の女も、よせばいいのに、その後、醜い裸を晒している。いやはや汚かった。見てんのか(笑)。
告発のリクツは表向き「正義感」だが、そんなのはただの御題目であり、実質は目立ち根性と目先の金であったことは、その後の生きかたが証明している。



私がデヴィ夫人に関してとても印象的だったのは、将棋の中原名人と愛人関係にあった元女流棋士の林葉直子がテレビのワイドショーでその暴露話を始めたとき、強くそれを叱ったことだ。好きでつき合っていたのだから、今更そんな暴露話はするなと。デヴィ夫人のその姿勢は一貫している。北朝鮮愛と同じぐらい。

今回の橋下スキャンダルも本質はそれと同じだから怒ってくれるだろうと期待していたら期待通りになった(笑)。



デヴィ夫人がブログで書いているように、橋下と身の下関係にあったホステスはいま結婚しているらしい。亭主もこどももいる女が、今ごろ6年以上前のそんなことを告白することに何の意味があるのか。まあ文春の呈示した金に転んだとしか思えない。300万ぐらいかなあ、これは常識的な額だけど、関電や労組から桁違いに出たのか。

しかし、この身の下スキャンダルに橋下徹を墜落させる威力はない。

既存マスコミはいま曲がり角に来ている。
「オレたちがその気になれば国民なんてどっちにでも動かせる」と思っていたろうが、アサヒやヨミウリが論陣を張り、文春と新潮が結託しても思うようにはならない。かつてないあたらしい時代が来ている。裸の王様も気づいたろうか。いや、まだ気づかないのか。気づかないからこんなことを得意気にやっているのか。

自分達に注目させようと金切り声で叫ぶ「ハシズム」「ヒトラー」がむなしい。



官邸前デモに参加して粋がるハトポッポよりはデヴィ夫人のほうが信頼できる。
北朝鮮さえ絡まなければ(笑)。

しかしハトポッポ、あんたは「民主党の元総理大臣」なんだぞ。あまりのいいかげんさに惘れてくらくらした。
同じ選挙区から松山千春に立候補されて落選するの(笑)。

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【補記】──橋下項目、デヴィ夫人項目を作ります

ここに来るひとのほとんどは「橋下ネタ」「デヴィ夫人ネタ」を読みに来るらしい。ライブドアが親切に教えてくれるので私もそれを理解した。圧倒的な数字だ。わたしゃそれだけが楽しくて書いているのでもないが。

それで分類を独立させることにした。私も嫌いなネタではないので(笑)。
思えば、仲間うちでひっそりとやっているこのブログに腰を抜かすほどのアクセスがあり、何事かとうろたえたのは、あの「報道2001の橋下知事と黒岩キャスター」だった。私は府知事に対して無礼な黒岩が許せず、番組終了前にはもうUPしていた。それが同意を得たのか──タイミングがよかったのだろう──なんだかとんでもないことになったのだった。時は流れて、黒岩はいま神奈川県知事だ。

今まではみな「政治」カテゴリーになっていた。そこから独立させる。

7年分なのでたいへんですがボチボチやって行きます。数日後には「橋下徹」「デヴィ夫人」という項目でまとめ読み出来るようになるでしょう。すこしお待ち下さい。
  1. 2012/07/21(土) 14:38:13|
  2. デヴィ夫人
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橋下キャバクラスキャンダル考──マスコミの見張る下半身──民主主義というバケモノが産みだした歪んだ時代

大阪市長選前に行われたマスコミ聯合による「橋下徹ネガティブキャンペーン」

■ZAKZAK
 国民の関心が高まっている大阪ダブル選だが、ここにきて、衝撃的な報道が炸裂した。「新潮45」や「週刊新潮 」「週刊文春」が、橋下氏の出生や血脈に関する記事を一斉に掲載したのだ。

 某政党の大阪市長選に関する世論調査で、橋下氏と平松氏はほぼ横一線に並んでいるという。
果たして、「大阪秋の陣」の勝者は…。

■週刊新潮

血の雨が降る「大阪決戦」!
「同和」「暴力団」の渦に呑まれた 独裁者「橋下知事」出生の秘密


■週刊文春

暴力団組員だった父はガス管をくわえて自殺
橋下徹42歳 書かれなかった「血脈」
バットで人を殴り殺した従兄弟と、元暴力団組員の叔父が「橋下」の名を利用して…


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父親は部落民出身でヤクザでガス自殺、父の弟もヤクザ、その息子(橋下からすると従兄)は人殺し。本来の「はしした」という部落民名字の読みかたを「はしもと」に変えて……と、日本を代表するマスコミである文春と新潮にさんざんネガティブキャンペーンをやられたのに、それを「ヤクザのオヤジでけっこう、けっこう毛だらけ」「あのクソ文春が、バカ新潮が」と、平然と跳ね返してみせたのが橋下だ。
「金脈研究」で時の首相田中角栄を引き摺り下ろした文春が、ライバル新潮と最強タッグを組んでの、みっともない、恥ずかしい恥ずかしいネガティブキャンペーンをして、それでも堕とせなかった最強の男である。

いや、橋下が勁いのは確かだけど、この件に関しては、そういう愚かなマスコミのキャンペーンに日本人(この場合は大阪府民!)が踊らされなかったということだろう。
アサヒシンブンを始めとするマスコミは、「国民の意識などおれたちの誘導でなんとでもなる」と驕っているが、確実にそんな時代ではなくなりつつある。



そんなところに出たのが今回のこれ。

bunshunhashimoto

その橋下を、今更キャバクラのネーチャンと何発やったとかで堕とせるものでもないだろう。まことにくだらん。「疑惑の銃弾」のころから愛読していた週刊文春を、野中広務後援会長の息子が編集長になり、くだらん小泉ネガティブキャンペーンを始めたころに愛想を尽かし、読まなくなった。それでも『お言葉ですが…』だけは立ち読みしていたが、いまはそれもない。今回など読んでいないことをしみじみ誇りに思うほどのくだらなさだ(笑)。



6年前の「茶髪時代」のこの程度の遊びがいかほどのものか。たっぷり金を稼いで、テレビに出て顔も売れて、奥さんと7人(当時はまだ6人、いや5人か?)もこどもを作るぐらいの精力絶倫なのだから、むしろなにもなかったほうが不思議だ。

なぜ今までこのネタが出なかったのだろう。「このタイミングを狙って」なんて言うつもりはない。そんなバカなことを言っているのではない。あれだけ話題のひとなのだから足を引っ張る連中がもっと早く、それこそ前記の「出自ネタ」以前にこんなのが複数出て当然だと思う。遅い。なぜこんなに遅れたのか。該当の女を見つけて裏を取るのに時間が掛かったのか。女も6年前のセックスを語るだけでいい小遣い稼ぎになったろう。デヴィ夫人に叱ってもらわないと(笑)。

そういえばこの女の告白では、初めての時、「ラブホテルなんて何年ぶりだろう」と橋下が言ったとか。〝茶髪の風雲児〟(笑)は、下半身に関してはそれほど風雲児でもなかったのか。



早稲田時代から同棲していた奥さんとのあいだに7人の子のある愛妻家であり、奥さんもまた暗殺の危険すらある亭主をクルマで送迎しての夫唱婦随ぶりだった。イメージダウンは必至。女性支持者が離れる?

正直私も夫婦仲のいいふたりの支持者だったので多少このことには落胆している。でも彼ほどのひとが〝一穴主義〟ってのも不自然だから、一面ではほっとしている(笑)。こういうことのふたつみっつあってこそ人間だ。

このスキャンダルで政治家としての彼に対する期待が落ちることはない。
政治家に限らず世に出る男はみな精力絶倫だ。スポーツ選手は言う迄も無いが、意外なところでは将棋の棋士もそう。棋士もまた頭脳を使う体力勝負だ。脳を酷使し、一局が終われば3キロも痩せるほど体力を使う。非力なモヤシが勝ちぬける世界ではない。だから後援者は、若くして金があって精力絶倫の名人候補を、そっち方面で身を滅ぼさないよう早めの結婚を仕掛ける。中原名人なんかもそうだった。24歳で名人だが、これはもう頂点。その前の日の出の勢いの20歳から21歳の頃、すでにサラリーマンの何倍もの収入を得ている。ありあまる精力をもてあます。連日のソープ通いを噂されたりした。周囲は急いで結婚させる。なんとかそれで落ちついたはずだったが、ろくでもない女とのスキャンダルで晩節を汚してしまった……。



私は、すぐれた為政者なら愛人なんて何人居てもかまわないと思っている。というか、歴史はみなそうだった。むしろそれぐらい精力絶倫であり、同時に複数の女を波風立てずに操縦できるぐらいの男でなきゃ政(まつりごと)なんて出来るはずがない。

そういうことで足を引っぱろうとする連中はむかしからいる。
三木武吉の対立候補は、立会演説会の席上で「三木は愛人が三人もいる」と指摘した。
三木は反論した。「三人ではなく五人です」。そして続けた。「いずれも今は老来廃馬のごとき有様で、役にたちませんがこれを捨てるに忍びなく、現在も面倒をみております」。ババアになった愛人を見捨てることなく今も面倒を見ていることが評価され、会場は拍手喝采となり三木は当選した。



というような政治家と愛人に関する私の考えはともかく。今回言いたかったのは以下のこと。

他者を批判するときには一貫性をもちたい。これだけである。そのためにこの項を書いた。



田中角栄の愛人、そのあいだに作ったこども。
年上の本妻とのあいだに眞紀子。そのうえに小沢一郎と同い年の息子がいた。これが早世したことが角栄の人生最大の悔いだろう。小沢は父が急逝して急遽出馬した。父はいない。死んだ息子と同い年の小沢を角栄は父親がわりとなってかわいがった。
芸者をしていた愛人とのあいだに息子二人。息子の髭を生やした顔は父親そっくりだった。このふたりを最初にマスコミに登場させたのは月刊プレイボーイだったか。眞紀子は異母弟のふたりを憎み、角栄の葬儀の際には焼香さえさせなかった。鬼である。
さらに〝越山会の女王〟とのあいだに娘ひとり。この娘も近年マスコミに登場したが、自分の出自に悩み、ドラッグに走ったり苦しんだようだ。どんなに経済的に恵まれていても、そういうものは引きずるらしい。



小沢一郎が愛人のあいだに作った息子。
なにもそんなところまで角栄を真似なくてもいいだろうに(笑)。
いやこれは正確に書かないと。

小沢には結婚前からの恋人がいた。その女との結婚を父親がわりの角栄に反対され、しかたなく見合結婚をした。それが和子夫人。その後も恋人とは続いていた。本来は恋人だが、小沢は結婚したから〝愛人〟になる。
こどもを産んだのはこの愛人ではない。

女房がいて、愛人(本来の恋人)がいて、その間に若いテレビタレントに手を出してこどもを作った。しかしその女に結婚するのでこどもを引き取ってくれと言われた。それで愛人の養子という形にして面倒を見てもらうことにした。なかなか懐の深い愛人である。長年の恋人だった自分とではなく見合いで他の女と結婚したことがそもそもの裏切りなのに、さらに自分とつきあっているあいだに他の女とこどもを作った小沢を許し、そのこどもを頼まれるまま養子にしたのだから。
近年の情報だとこの愛人(料亭の女将)も数年前に結婚したという。計算するといま65歳、結婚は60歳のときだ。

小沢の隠し子であり、いまは愛人の養子になっている青年は二十歳過ぎ。彼の抱える闇はどれほどのものだろう。胸が痛む。〝越山会の女王〟の娘の手記を読んでいるだけに想像がつく。小沢は角栄の悪い点を全て真似た。それでいて角栄のような人望はない。



石原慎太郎が銀座ホステスとのあいだに作った子供。認知済み。
慎太郎さんはむかしからこの種のことにオープンで、回想録を読むと、ベトナムに行ったときベトナム娘とそうなったことや、有吉佐和子とのギリギリのこと、都知事候補時代に、そういうサービスを受ける機会があり、自分は拒んだが、美濃部が平然と受けていたとか(笑)公表している。読んでいて、ベトナムのことなんか書いていいのかと思ったものだ。美濃部の裏表ある人格は十分想像できたことだが。



そういう流れの一環に今回の「橋下キャバクラ」や、「細野豪志のモナ男」とか、ちっちゃいスキャンダルがある。前記のように「政治家は政治が出来れば身の下スキャンダルは無関係」という考えである私には、すべてどうでもいいことだ。

上記ふたつのしょぼいスキャンダルなら、私はむしろ「中井ハマグリの議員宿舎ラブホテル事件」のほうがずっと悪質だと思う。前記ふたつが「私的」であるのに対し、ハマグリは公館に関係しているからだ。「私生活のだらしなさ」と「国会議員の権利濫用」はちがう。



この種のスキャンダルなどどうでもいい私が今回これを書いたのは、上記の「一貫性」の問題である。
以前ここに「週刊文春の小沢夫人の手紙」に関して書いている。それを書いておいて同じ文春の今回の「橋下キャバクラ」を書かなかったら、「小沢スキャンダルには一切触れず、細野や橋下のことを悪し様にしつこく書いているひとと同じ」になってしまう。そういう卑怯なことはしたくない。

繰り返すが。
私は、政治家の下半身スキャンダルに興味はない。どうでもいい。日本を動かすぐらいのエナジーのあるひとなら、愛人が二、三人いて当然だと思うし、その種のスキャンダルを追いもとめる今のマスコミはしみじみゴミだと解釈している。ただしマスコミとは「民意の反映」だけどね。

小沢スキャンダルも橋下スキャンダルもどうでもいい。そのことでふたりに対する評価は変らない。
でも小沢スキャンダルをここに書いたので、橋下スキャンダルも書かないとバランスが崩れる。だから書いた。それだけ。

政治とそれは別、としているフランスはオトナだ。しかしなにもフランスのことなど出さなくても、「むかしのまともな日本」はそうだった。



小沢一郎は大嫌いだが、愛人問題や外でこどもを作ったことは無関係。私はそれをマイナス要素として責めることはしない。むしろあの朝鮮醜男顔で、よくぞ若い女を口説いてこどもを作ったと褒めてやりたい。ベッドの中では「いちろーたん、さみちいの」なんて赤ちゃんことばで言ったりして。けっこうあの顔で甘え上手だったりしてな。

夫人は8年前に発覚した隠し子がいることにショックを受けたと言われるが、ほんとうのショックは、自分との結婚前からの恋人(結婚することによって愛人と呼称は変わるが、本来はこちらが恋人だ)と未だに続いていたことだろう。しかもその恋人は、小沢が他の女とのあいだに作ったこどもを養子として受けいれている。どう考えても夫人よりも、この結婚前からの恋人との関係のほうが〝深イイ〟。それは、ショックだったろうなあ。今までの人生の全否定だから。そりゃ別居もするわ。

早くきちんと離婚して、「小沢は最低の男です。日本のことも、岩手のことも考えていません。考えているのは、自分の保身と金もうけだけです」と記者会見で言ってくれ。



政治について発言したいことはいっぱいある。でもこの種のテーマでは書きたくない。
しかし今回は書かないと片手落ちになってしまう。バランスを取るために書いた。
結論は書く前から決まっている。政治家は、愛人でも浮気でも隠し子でも大いにやれ。もちろん本業をこなしたうえで。
政治というストレスのたまる激務をこなすのだから、その夜は息抜きに高級ソープで3Pぐらいしたいだろうに。それのできない時代は不幸だ。私は政治家の下半身暴走を支持する。クリントンだって世界一の権力を手に入れたんだ。学生時代からの古×××じゃなく、たまにはあたらしいのとしたかったろう。

「政治家ってのはよく愛人を作るよな。おれたちの税金で」なんてしたり顔で言うバカがいるが、これは本末転倒。政治をやりたいと思うような男はもともと性慾が強いのだ。精力絶倫なのだ。そしてそういう男でないとやれないのが政治なのだ。



私は安倍晋三支持者だが、あのひとの嫌いな点は、女房と手をつないでタラップを降りてくるような姿勢だ。
まあこどもがいないから、いまだに友達夫婦、というような演出なのだろうが……。

安倍晋三が子沢山で、しかも愛人が二、三人いて、隠し子もいるような精力絶倫男だったら、もっともっと好きだった。
というか、安倍さんがそれぐらいの男だったら、あんな形で政権を投げ出さなかったろうし、民主党政権なんてのも誕生していなかったろうけどね。
安倍晋三の精力の弱さは、いわば「岸王朝」の衰頽である。かつては兄弟で総理大臣を勤めたりした長州の岸王朝は、ここにきて勢力ならぬ精力が衰えたのだ。



二世三世政治家の問題点は、精力が落ちている点だ。
競馬だとこういう場合、繁殖牝馬を入れ替えたりして「血の活性化」を試みる。試みることが出来る。せねばならない。そういう世界だ。
でも現実の人間世界ではそれが出来ない。それどころか力のある政治家や商人が二世同士の政略結婚をしたりするから、ますます血は弱くなって行く。子のいない安倍晋三はその象徴だろう。

日本の政治の危機はそこにある。インブリードによる血の飽和だ。特に山口はもうダメ。私は長州大嫌いだからうれしいけど(笑)。
だからこそアウトブリードの橋下徹は魅力的なのだ!



橋下市長が愛妻家であるのはいいが、ただの〝一穴主義者〟だったらがっかりしていた。これは前記の「夫婦仲のいいふたりが好きだったので落胆した」と矛盾するが、正直なところだ。維新を目ざすひとが下半身に関して現状肯定ではつまらない。暴れん棒でないとね(笑)。

しかし今回のスキャンダルで、橋下さん、第一線を退くまで女房以外の女とはもうやれないな。
残酷な時代である。
英雄色を好むのに発散の場がないのだ。
発散の場がない英雄がそれで萎んでしまったらどうする。
英雄と色と、業績と精力は、分枝できないタッグなのだ。

地位と名誉のある男には、自由を与えない。
それが地位と名誉のない庶民の復讐。そのために産みだしたマスコミという見張り。
民主主義というバケモノの産みだした歪んだ時代。

民主主義なんて気味悪いコトバを連発する奴にまともなのはいない。
  1. 2012/07/19(木) 17:07:15|
  2. 橋下徹
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6年ぶりにクーラーのスイッチを入れる日②──節電生活──34度は楽々クリア──がんばれ56度の群馬!

さすがに今日は暑かった。全国で猛暑日認定が連発したらしい。
午後、私の部屋もデジタル温度計を見ると34度になっていた。しかし扇風機を回すだけで楽々クリア。クーラー要らず。これは意外だった。

私はここに書いてきた「室温」に関して、すこしばかり「上方修正」せねばならない。
はたしてこんなことに「上方修正」なんてコトバが適切なのかどうかはともかく(笑)。



2007年からのクーラーのない生活は、私としても20数年ぶりだったので、新鮮で珍しく、だいぶ詳しくサイトに書いてきた。

一昨年の数字的には記録的猛暑と言われた年は、その暑さよりも「ゴキブリ異常繁殖」で記憶している。日記には「今までの人生で見かけたゴキブリの総数よりも今夏ひと夏で目にしたゴキブリのほうが多い」とある。それぐらいとんでもないことが起きた。

世の中には挌闘技の達人だったり、そっち方面のこわもてだったりするのに、ゴキブリを怖がるひとがいる。私にそれはない。その気になれば手掴みできるほどだ。だってかぶと虫やクワガタが好きで手に載せたりするのに、ゴキブリだけ怖がるってのはへんだ。さすがにタイでメンダー(タガメ)を喰うのには抵抗があったが(笑)。
でもマジメな話、昆虫は食糧難の人類が食糧として真剣に考える対象だろう。栄養価も高いし。ビタミンなんて昆虫で全部摂れる。なにかの番組で石坂浩二が同じ事を言っていた。ほんとにあのひとは何に関しても知識が深い。

ゴキブリなんて半年に一匹見かける程度で、それもたぶんどこかから浸入してきたヤツだ。なのにこの年の夏は、明らかに私の部屋で繁殖したらしいのが何十匹も台所を這いまわっていた。そしてその記録的猛暑に関係あるのだろうが、みな病弱そうな?ゴキブリだった。元気いっぱいに駆けまわられても不快だが、よれよれ、よたよたしたゴキブリの群れというのも気味が悪かった。異常気象による異常繁殖だったらしい。

この5年間、クーラーのない生活で猛暑を凌いできたが、ゴキブリ異常繁殖は一昨年だけだ。だからたしかにあの年は、数字的にもとんでもない年だったのだろう。



そういう現実の温度とは関係なく私にとっての猛暑とは2007年になる。20数年ぶりのクーラーのない夏である。しかも知りあいなどひとりもいない初めての地だった。都落ち。引越し先にエアコンがなかった。外した跡があった(笑)。買うかどうか迷っている内に夏が来た。あまりの暑さになにをしたらいいかわからない。そんな中から苦しまぎれの生活の知恵で、海辺で着がえるときに使うのであろうタオル地の腰巻を使用することや、水風呂に飛びこむ智慧?などを発見していった。

「タオル地の腰巻」とは、タイやミャンマーのロンジーの代わりである。かの地でも、もの珍しさから身に着けたことはあったが、暑さに追い詰められてのものではない。遊び半分だから有り難さはわからなかった。慣れると快適だった。椎名誠さんも「暑い地でロンジーの快適さを知ったらズボンなんか履いていられない」と書いている。民族の智慧とは偉大だ。

水風呂も、それまでただの一度も考えたことはなかった。想定外である。アイディアとしてなかった。私はサウナでも水風呂は苦手だった。しかし「扇風機では暑さを凌げない。どうしたらいいんだ!?」というところまで追い詰められたとき自然に思いつき、飛びこんでいた。あまりの暑さでぬるま湯だった。

20数年ぶりの最初の年がいちばんキツかった。苦心してそういう生活の知恵を身につければ、2年目、3年目は、假りに数字的にきつかったとしてもたいしたことではない。慣れている。「かかってきなさい」の気分。1年目の暑さには、「だめだ、今からでもエアコンを買おう」と何度思ったろう。でもクリアしてしまうと、2年目には「もう1年だけクーラーなしでやってみようか」と思い、3年目にはクーラーのない夏を楽しみにするようになっていた。だから私には一昨年の、それこそ「観測史上初の」という数字が連発した年に、体感としてさほどの記憶はない。ゴキブリだけだ。



さて「upward revision」の話。あ、最新の辞書つきATOKはなぜか最初に日本語を訳した英語の候補を出してくる。いまも「じょうほうしゅうせい」と入れたら自動で翻訳してきた。これが優先されていて日本語に変換するのに苦労したりする。まあ英語の勉強にはなるけれど私には有り難迷惑。上方修正の話。

部屋には4コの温度計がある。湿度計もついているのは2コ。みなアナログなので数字はだいたいだ。今年はデジタル温湿度計を導入したので正確な数字が出る。これ、楽しい。もっと早く買えばよかった。

昨年までの体験を、私はもう室温32度ぐらいで限界になり、34度では水風呂だと思っていた。
ひと夏で何度か体験した極限の暑さ「扇風機の風が痛い=体温より室温のほうが高い」も、36度ぐらいと思っていた。

でも今日34度を扇風機だけで楽々とクリアしたのだから、室温34度はわたし的には猛暑日ではない。
となると、水風呂に飛びこまずにはいられなかった猛暑日は室温36度、扇風機の風が痛いという異様な日は、室温38度ぐらいになっていたのではないか。と数字を上方修正する。

実際に何度なのか、もうすぐわかることだが、とりあえず34度はクーラーなしでクリアした。さて、「しんぼうたまらん」とクーラーのスイッチを入れる日はいつになるのか!?



zubrowka
いま明け方の4:07、室温28度。湿度72%。すこし蒸し暑いが、私の部屋では、一日のうちでいちばん涼しく過ごしやすい時間。

じつは先程からひとつの誘惑に駆られて困っている。
なぜかカレーうどんが食いたくなったのだ。めんくいとして、ここのところ「冷やし山菜うどん」を作って食ったりしている。酒は日本酒だ。それがなぜか「冷やし」ではなく「熱い」のを喰いたくなった。猛烈に「カレーうどん」を。

冷凍の具入りカレーうどんもあるし、さぬきうどんを茹でてレトルトカレーを掛けてもいい。すぐに作れる。
私の場合、食い物を酒なしで食うということはあり得ない。私にとってすべての食い物が〝酒の肴〟なのである。ズブロッカをロックで飲もう。冷凍庫で冷やしてある。

そのためにはクーラーが要る。ぎんぎんに効かさねばならない。蒸し暑い部屋でカレーうどんを喰う気はない。
熱々のカレーうどんを25度以下の、ちょっと涼しすぎるってぐらい冷やした部屋で喰う。飲むのは冷凍庫で冷やしたズブロッカだ。うまいだろうなあ。もちろんカレーうどんであるからして新品の白シャツを着て喰わねばならない。ワイルドだろう↗



てなことを考えていて、昨日の群馬の温度を知る。56度である。しかも前日比-1度であるから、前日は57度だったのだ。世界中いろんなところに行ったが、私はかつてこの温度を経験したことがない。
私の部屋が異常に暑いとはいえ群馬と比べたら20度も低い。群馬の皆さんの苦労を思ったら、クーラーを効かせてカレーうどんを食おうと思った自分を愧じた。今夏は室温56度になるまでクーラーは封印だ。

gunma56

下のほうに「スッキリ」と出てるから日テレのテリー伊藤が出ているやつか。見たことない。なんでこんなミスをするのか理解に苦しむ。一目でわかるだろうに。なんとも雑なスタッフだ。

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【追記】──7/26

このあとも涼しい日が続き、特に20日前後は寒いほどだった。しまっておいた厚地のジャージ上着を出したほど。

23日も「涼しいので熱いお茶を飲む。うれしい」とあるから、まだ涼しい。日中は室温30度になるのだが暑くはない。世間は猛暑日と騒いでいるが、真の猛暑日を体験した身には、ちっとも暑くない。

今日26日、室温が33度になり、初めて「暑い夏」を感じた。あらためて室温の31度と33度の差を感じる。ぜんぜんちがう。
水風呂に入るが、寒いとは感じなかった。やっとまともな猛暑日。

その辺のことを知ろうと夕方のワイドショーをつけて見ると、「室温が28度を超したら室内でも熱中症の可能性。クーラーをつけましょう」とやっている。
私の場合、室温31度までは軽々クリアを確認しているので、ハードル?をあげる。室温34度になったらクーラーを入れてみるか。明日辺り、来るかな。
  1. 2012/07/17(火) 19:24:50|
  2. 節電
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「眉をひそめる」の使いかた──日経の記事から

kotoba.gif

 愛読している日経ニュースメールに以下のような記事があった。シャープの液晶を作っていることで名高い三重県亀山市で、就職率100%だった高校の就職率が低下してきているという話だ。

卒業生の4割が就職する地元の県立亀山高校。鈴鹿山脈を目前に臨む、のどかな公立校に異変が起きている。希望者の就職率は毎年ほぼ100%。11年には文部科学省から県内で唯一「キャリア教育優良学校」として表彰されるなど、先生の熱心さで知られる。そんな就職強豪校をもってしても「近年は非常に厳しくなってきている」と進路指導部主任の前川明男は眉をひそめる。



 卒業生の就職率がわるくなってきているという事実に対して、進路担当の教諭は「眉を曇らせる」だろう。「眉を顰める」は一読しておかしいと感じた。

 いくつかの辞書を引いてみた。
 学研の国語辞典は「眉を顰める」を以下のようにしている。

まゆをひそめる【_眉を_顰める】《慣用句・ことわざなど》心配事や他人の不快な行為のために、顔をしかめる。口に出しては言わないが、心の中でいやだなあと思う。

 私が「眉を顰める」で真っ先に思うのは下線部分になる。
 就職担当の先生の気持ちは、就職率の低下を、「口に出しては言わないが、心の中でいやだなあと思う」だったかも知れないから、「眉をひそめる」もあながちまちがいではないだろうが、

まゆをくもらす【眉を曇らす】──心配や不快の思いで、暗い顔つきになる。 

 のほうが適切だろう。



 ただし広辞苑は、 ○眉を曇らす──心配や不快の思いで、暗い顔つきになる。眉を顰める。
 と、末尾に「眉を顰める」を足して、ふたつの表現を同義としている。

 これは「従軍慰安婦」なんて気味の悪いアサヒシンブンの造語を収録している最新の第六版でも、そういう造語がないので長年愛用している第四版でも同じだった。広辞苑の見解ではふたつの表現に差はないらしい。

 まあむきになるほどのことでもないが、わたし的には「眉を顰める」は、「マナーのわるいものを見て、しかめっ面をする」という感覚なので、卒業生の就職率がわるくなっていることにたいして教師が「眉を顰める」とは使う気になれない。デヴィ夫人のブログだと、「皆さんの御意見をお聞かせ下さい」と結ぶところだ(笑)。 
  1. 2012/07/16(月) 15:26:41|
  2. マスコミ
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ローリンド・アルメイダとチャーリー・バードの「Tango」──梅雨空にタンゴ

laurindotango

なんだかハッキリしない天気。梅雨空。蒸し暑い。
この時期の定番のBossa Novaを聞こうかと思ったが目先を変えてTango。 

といってもAstor Piazzollaは聞かない。あのひとの音楽は心を波立たせ平穏ではおかない。BeethovenとPiazzollaは気楽に接するとヤケドする。
このふたりの天才は聴き手の心を波立たせない音楽は音楽ではないと思っていたのだろう。イージーリスニングのような寛がせる音楽は音楽ではないのだ。ふたりの天才には。
多くの音源をもっているのに最も聞かないのがこのふたりになる。今の私はこのふたりを聞ける心境にはない。早く聞けるようになりたいものだ。



Laurindo AlmeidaもChrlie ByrdもBossa Novaのほうが有名だが、この「Tango」という名のTangoアルバルは秀逸。
生粋のブラジル音楽家であるアルメイダと比すと、バードは白人のジャズ・ミュージシャンが異国の音楽であるボサノバに興味をもったという感じ。スタン・ゲッツとの「ジャズ・サンバ」で初めてアメリカにボサノバを紹介した。偉大な業績だ。衝撃的だったろう。
「ジャズ・サンバ」は、レコード時代の表現を借りると「擦りきれるほど聞いた」になる。すでにCDだったし、そのあとはHDDに挿れたから、擦りきれようはない。いい言いかただ。これに匹敵する表現はなにがあるのだろう。

そのふたりがTangoをやるのだから興味深い。ふたりともTangoの中にどっぷり浸かっているわけではない。真ん中にTangoを置いて左右からちかよってゆく感じ。だから、いい。

「Moon was Yellow」のソロで、1ヵ所だけチョーキングが登場する。ジャズでもタンゴでもチョーキングは掟破り。たった1ヵ所だけ。それがものすごく新鮮。これはなんだろうなあ、出てしまったの? わざと? 不思議だ。いや、よく聞いてみると、この曲では何ヵ所かチョーキング気味のところがあるから意図的なのか。でもブルーノートで、本来ならスライドすべき箇所を、いかにもブルース風のチョーキングをするのは1ヵ所だけ。これは効く。



「ひとのふりみて」の感覚はつよい。
鳩山民主党を、ついに日本にも真の民主政権が誕生したと、その就任演説からして絶讃していたひとが、それをすっかりなかったことにして、最初から否定していたかのように書いているのを見るとあきれる。それはすまいと思う。

競馬をボロクソに言っていたひとが、ずっとまえから競馬が大好きだったかのようなことを書いて競馬三昧しているのを見ると鼻白む。
フジテレビの競馬中継があまりにひどいことも相俟って、ここのところすっかり競馬熱が冷めている。今日も休み。なによりフジテレビの競馬中継を見たくない。あれさえまともなら新潟競馬そのものには興味津津なのだが。

いきおい音楽を聴きつつデスクトップ機にむかう時間が増える。ここのところ自炊しておいた名作漫画を読み返している。思うことが多い。そのうちそれを書こう。
音楽とマンガの日々は、それはそれでよいことだろうが……、下手な馬券好きは、新潟の直線に想いを寄せて溜息を吐く。それにしてもフジテレビの競馬中継はひどい。ひどすぎる。トータルテンボスすら嫌いになってきた。



思いっ切り部屋を冷やして、スタン・ゲッツのボサノバを流したい誘惑がある。
節電して我慢しよう。まだ家を追われたままの東北のひとは大勢いるのだ。
しばらくは蒸し暑い梅雨空を見あげながらタンゴを聞こう。

かんかん照りの室温34度越の猛暑日になるまでこれは封印。

jazzsamba


  1. 2012/07/15(日) 13:27:30|
  2. 世相
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突如不良SSDが優等生に(笑)──アニミズム的不思議

あたしは、パソコンや楽器のような気に入っているモノに、人格的に接する、いわゆるアニミズムのようなことが好きでよくやっている。
今回それで笑えることが起きた。

パソコンネタのSSDの項目に書いたことの続きになる。元ネタはこちら。

SSDの寿命と健康度!?



adatassd

あたしの自作デスクトップ機のSSDの話。
今日ブログに追記したのは「ADATA(以下A)のSSDは健康度が24%なんてひどいことになって、時にはブルー画面になって落ちたりする。もうSilicone Power(以下SP)のSSDに替えるしかない」ってことだった。

Aのそれは健康度が低くて問題なのだが、SPのほうはプチフリがひどくてやたら固まる。ふたつもハズレを引いてしまった。ふだんハードもソフトも当たりのほうなので、たまにこんなのを引くと悩む。ハズレの多いひとは平気だなんだろうけど。それは馬券でハズレ慣れしているから想像できる。

あたしは、「まともに動いているけど、健康度が極端に低下して、たまにブルー画面になるA」を、「ブルー画面にはならないが、プチフリ連続でイライラするSPよりはマシ」と優先していたわけだが、一日に二度もブルー画面をやられるとさすがに不快になる。それで、「健康度100%のSPを仕込めばAよりもまともになるのではないか!?」と考えを変えた。

これはアニミズム風に人格化していうと、Aにとってはクビになる危機、SPにとっては出世のチャンス、となる。



ところがこのあと、ほんとに笑ったのだが、そんなことをノートで書いてブログに【追記】としてUPし、Aを外してSPに替えようとデスクトップ機を立ちあげ、念のために「健康度」を見ると、買ったばかりの新品の時ですら80%の健康度であったAが見たこともない100%を示していたのである(笑)。ほんと、クビになる危機を察したSSDが「えらいこっちゃ」と必死に健康度をあげ愛想笑いをしているように感じた。初めて見たよ、Aの100%を。

しかし所詮「腹の出たオヤジが息を吸って腹をへっこませているようなもの」だから、10分後にはいつもの80%になっていた。
「おまえはそういうヤツなんだよな」と、ここはクールに予定通りSPへの換装を進める。「そんな、そんな」とAが泣いてすがるのが聞こえたが冷たく突き放す。第一線から身を退くと、暗い引きだしの中で「予備」としての人生を送らねばならない。まあしばらくは療養に専念して健康度を上げなさい。自分で捲いた種。実から出た鯖だ(笑)。



spssd

SPに換装して(といってもすでにコピーの済んでいるSSDだから簡単至極、接続するだけ)再起動する。無事立ち上がった。
しかし前回と同じ、プチフリの連続。日記をつけるだけなのに、その間にも頻繁に固まって無反応になる。不愉快。イライラする。これならブルー画面になるAのほうがまだマシだったか。

以前のあたしなら迷うことなく再インストール=クリーンインストールなのだが、いまのこのWin7-Ultimate-64bitOSはかなりの時間を掛けて磨きあげたものなので、迷う。クリーンインストールからここまで磨くのはたいへんな労力だ。再インストールはちょっとつらいな、と思う。

ここで「イメージバックアップ」と考えるひともいるだろう。インストールされているOSをバックアップしてあるファイルに置きかえるのだ。7月10日のOSだとプチフリでも6月30日のOSならうまく動くかも知れない。そういうことはよくある。
それはすでにやっていた。それでもプチフリなのだ。初期不良として交換してもらうというほどひどくないからまたタチが悪い。



と、そこで別の考えが浮かんだ。
Win8である。

別項で書いているように、あたしは誰にも負けないぐらいあたらしいもの好きで、新OSなんてβ版のときから参加して人柱になり、そのことによる失敗ですら楽しみに変えてしまうほど何にでも手を出す。OSに安定を求め未だにXPのひととは正反対になる。(この「正反対」は今時なら「真逆」と書くのだろう。あたしにとって〝真逆〟は「まさか」なので、あたしは「まぎゃく」というコトバは使わない)。

ただそんなあたしもWin8にだけは興味がなかった。あれはスマートフォン的なタッチパネル使用者への阿りであり、あたしは8は使わず、ずっと7で行こうと決意していた。そしてまた8は失敗OSとなるだろうと予測していた。
とはいえそういう性格だからすでに8にはかなり早い時期に接している。食わず嫌いではなく喰ってみて吐きだしたのだ。

いま配付されている8の実験版は7に上書きインストール出来る。
7は、健康度の問題から時折ブルー画面になるがAに入っているし、これからもAで使うことにして(ノート2台も64bitの7だし)、このプチフリ連続のSPに8を上書きインストールしてみようかと思ったのだ。ハードとソフトには相性がある。7でプチフリ連続のSPが8にしたらスムースに動くようになることは充分に考えられる。

あたしはMSのサイトに行き、8をDownloadしてインストールする気になった。その作業を始めた。
そのときSPはすこしグズった。「ぼくはこのままがいい。7がいい。8なんか挿れないでください」と言った。
ような気がした(笑)。

「しかしなあ、こんなにプチフリ連続じゃ使い物にならないだろ。おれだって8なんか使いたくないけど、プチフリ連続を解消するためならなんでもやるわ」

冷たいようだが、あたしにも経営者?としての責任がある。10分働いて5分休むような怠け者を雇っている餘裕はないのだ。




インストール前に8が、こちらのパソコンの能力やインストールされているソフトとの互換性チェックのようなことをあれこれやっていた。

互換性のないソフトとしてDaemonが指摘された。やなOSだね。
あ、そうか、そうだった、8は自身で假想CDソフトを含むのだった。だから8からはDaemonやMagicDiscのようなソフトは不要になる。

假想CDソフトってのにも長年助けられてきた。Win98のころからか。OSをインストールすると、すぐにこれを4つぐらい作り、そこに辞書ソフトをマウントしたものだった。心から感謝するフリーソフトになる。HDDがteraの時代になり今ではその種のソフトも一気に挿れてしまうようになった。この「マウント」というのも過去の用語になりつつある。

と、そこまでやって、気づいた。

なんとなんと、先程からプチフリがまったくないのだ。
どうやら8を挿れられるのがいやなSPが心を入れ替え、プチフリしないようになったらしい(笑)。
10分に一度はタバコ休憩をやっていた怠け者が、昼休み以外は休まず働くようになったのだ。



とまあそれだけの話なんですけどね。
ただ、それで一晩明けたらまた戻っていた、では話にならないので、一晩この話は寝かせてみた。

そして今朝起きて起動すると、もうプチフリ連発だった頃がウソのようにサクサク動く。もちろんSPのほうだから健康度は100%。



ま、出来のわるいのにも、諦めず、たまには威してみることも役に立つというお話。

そういや小学生の時、悪ガキだったあたしは父に「感化院に入れるぞ!」と威された。
そのときはただの嚇しだろうと「入れられるもんなら入れて見ろ」とふて腐れたのだが、仕度をさせられ、ほんとに連れて行かれそうになったら急に恐怖を感じ、泣いて謝った。こわかった。
いま思えば単純な嚇しだとわかるのだが、あのときはほんとに「感化院」という怖ろしい所に入れられてしまうのかと恐怖に震えた。 そんなことを思い出す。

あたしのSSDも、SSDというHDDよりも遥かに速いことに慢心していたような気がする。健康に問題があったり怠け者だったりしたら、いくらSSDでもクビになるのだと知ったことは、彼ら?のためにもよかったと思う。

引きだしの中のAも、暗い場所でしばらく反省し療養すれば、そのうち健康になって戻ってくることだろう。

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デスクトップ機もノート2台もSSD換装が済み、いまのところやることがない。自作派としてはいじることがないのはすこしさびしい。
そろそろあたらしいデスクトップ機を組みたい。マザーボードはもちろんAsusだ。
  1. 2012/07/11(水) 19:31:03|
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山田五十鈴の死、パンダの赤ちゃんの死、かなしい時間──国民の生活が第一だよん!

山田五十鈴が死んだ。
いくつになっても同い年の死は悲しい。
ご冥福を祈る。30年もすればあたしもそっちに行く。125までは生きる。



パンダの赤ちゃんが死んだ。95歳。偉大な芸能人だった。
いくつになっても同い年の死は悲しい。

動物園の園長が泣いていた。大笑い。
ライオンやトラに喰わせるために多くの動物が殺されている。
そっちのためにも泣いてやれ。
なんでパンダの赤ん坊が死んだら泣くんだ。最低だね。

原発推進者が生きていてパンダの赤ちゃんが死なねばならないのか!?
あまりにこの世は理不尽だ。なんてことはぜんぜん思わない(笑)。
とりあえず形だけ5年前に死んだ母さんと抱きあって号泣した。涙がとまらない。 
ごめんね日本中のこどもたち、なにもしてあげられなくて。
なにかしてやる気がそもそもないんだけど。



いまからレバ刺しを食いつつ、死んだパンダの赤ちゃんの映像を見ながら号泣しよう。
パンダの赤ちゃんの姿煮ってうまいのかな(ゴクっ)。
誰が喰うんだろう、当然園長にその権利が……。

あ、大好きな小沢さんの会見が始まった。
新党の名前は何になるのかな?

隠し子と愛人の名前も言うの? どきどき。
放射能から逃げたことも言うの? わくわく。

と思ったら「国民の生活が第一」だって(笑)(笑)(笑)。



バカも窮まれり(笑)。 

がんがれよー、2年保つかな。楽しみ楽しみ。

次の選挙が第一!!!

でもみんな落ちるけど(笑)。

小沢を落とせないなら、それは岩手が呪われているってことだ!

岩手県民、気を引き締めろ。真剣に考えろ。
まともな日本人になれるか、小沢の奴隷のままか、重要な岐路だぞ!!!
地元利益誘導が政治家の意義なら、所詮あんたらはそこまでのニンゲンてことだ!

これは大震災以上に、あんたらの日本人としての覚悟が問われているんだ!
  1. 2012/07/11(水) 18:09:28|
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パンダの赤ちゃんのレバ刺し──ひとを喰う話

そんなわけで、テレビ嫌いのあたしだけど、小沢さんのことがあったから、ここのところずいぶんとテレビを見てしまった。
テレビというのはあらゆる情報をまとめて送ってくるからタチが悪い。テレビのある生活に慣れていると気にならないけど、あたしのようにいろんなことに好き嫌いがハッキリしている(ハッキリしてしまった)ものには、クソミソ一緒くたに押しつけられるのは苦痛でしかない。



なんでもレバ刺しが6月一杯で食べられなくなるとかで、6月30日には「最後のレバ刺しを楽しむ」とかの街の様子を流していた。いろんな局でやっていた。「食べられなくなるから今日は食い溜めです」なんて笑顔で語る善男善女が映っていた。

「レバ刺し」ってのは、殺した牛の肝臓を生で食うことだ。自分では殺せない動物は食べないという主義のあたしからすると薄気味悪い行為になる。よくもそんなものが食べられる。

牛タンなんてのも同じで、あれは牛の舌だ。牛の下は解体して切り取ると、縦横10センチ、長さ25センチぐらいの肉塊になる。それをスライスして食うなんて、なんて悪趣味だろう。ニンゲンてのは罪深い。

トン足なんてのも信じがたい。豚の足そのものである。あれを囓るひとの感覚が信じられない。生きている豚を知っているひとには、とてもトン足なんて食えたものではない。

朝鮮語では日本人を侮蔑するのに「チョッパリ」と言う。「豚の足」という意味だ。足袋を履いた日本人の爪先が豚の足のようなのでそう言うようになった。
豚の足(チョッパリ)が豚の足を食う図。なんとも醜悪だ。



同じ日に、アメリカのカリフォルニアではフォアグラが禁止されるとかで、レバ刺しと同じようなニュースを流していた。
フォアグラは、ガチョウやカモに無理やり大量の餌を飲み込ませ、脂肪肝を人工的に作り出したものだ。わざと病気の肝臓を作りだして食うのだから悪趣味だ。その方法が動物虐待ということからカリフォルニア州では禁止になったらしいけど、脂肪肝になろうがなるまいが喰われて死ぬ運命に変りはない。いかにもアメリカ的な、というかキリスト教的な偽善で吐き気がする。

それにフォアグラの作り方が動物虐待というのなら、「肉がやわらかくなるからとビールを飲ませて育てる松阪牛」は虐待ではないのか。同じようなものだろう。そもそも殺して喰う物に対して虐待もクソもあるものか。

毛皮は生きたまま剥がす。動物の苦しみはたいへんなものだ。それに対して動物虐待だから麻酔を打って剥がせと言っているようなくだらん独り善がり。「そもそも」の話だ。

ヨーロッパは土が貧しく牧草ぐらいしか育たない地域が多い。よって植物から栄養は取れないので、牧草を育て、それで育った動物を喰って栄養を取るようになった。
日本はちがう。土壌が豊かだ。総理大臣になるぐらい豊かだ。食物は植物と魚だけで充分だった。なぜこんな食生活になってしまったか。欧米に憧れたからだ。同じ事をするのが進化だと勘違いした。

むかしの食生活に戻るのが正しい。



その数日後には、パンダの赤ちゃんが生まれたとかでトップニュースでやっていた。どの局も延々とそれをやっていた。めでたいめでたい、かわいいかわいいと大騒ぎだ。借り賃8千万円でシナから貸借し、一日の食費2万数千円、年間1千万円の食費を使い、冷煖房完備の小屋で大切にされるパンダ。赤ちゃんが生まれたら、新聞からテレビまで、トップニュースとして報じられるパンダ。

一方で、殺されるために生まれ、生で肝臓を食われ、ベロをスライスして食われる牛、ぶったぎった足を齧られる豚。


 
いつも言うことだけど、あたしがシナ人を認めるのは、あの国では「それを隠さない」。
市場では、豚の頭が目鼻みんなくっついて、そのままで売っている。初めて見たときはギョッとした。そこから切り取って食う豚の耳と、調理した形でしか出さないミミガーでは、またちがってくる。

日本ではみんな隠してしまう。肉はスライスされ、発泡スチロールに並べられた「原形を残さない肉片」として存在する。

テレビで、若い娘が「肉、肉」と叫ぶCMを流していた。あの娘は、豚肉でも牛肉でも、生きている豚や牛が「自分の好む肉という形になるまでの過程」をつぶさに見たら、とてもあんなに能天気に「肉」とは言えなくなるだろう。いやCMに出ていた娘以前に、現実をきちんと学んだなら、ディレクターやプランナーの考えまで変るだろう。



デヴィ夫人がブログで、動物実験で殺される動物や、飼い主やペット業者によって捨てられ命を落とす動物を救おうと提案していた。

でもあのひと、たいへんな量の高額な毛皮を持っているのではないか。
豚肉、牛肉、羊肉、なんでも食うのではないか。

犬猫の命を救えということを、毛皮を着て、豚牛を食いながら言っても矛盾ではないのか。
殺されて食われるために生産される豚牛と、ニンゲンに愛される犬猫とでは命の重さがちがうのか。

デヴィ夫人よ、動物愛護を訴えるなら、まず最初にあなたが菜食主義者になりなさい。話はそれからです。



福島の事故で、多くの〝野良牛〟が出た。餌がもらえず餓死する牛も多数いた。ほとんどが肉牛だ。
飼い主が避難していなくなり、やせこけて町を放浪する牛を救えという声があった。
その場は救えても、そのあと殺されてニンゲンに喰われる運命は同じ。



ワイドショーのニュース。
高速道路の交通事故で運搬車から豚が逃げだす。クルマに撥ねられる事なく全頭が捕まった。
「ブタくんにとってはトンでもない災害でしたね」とMCが言えば、「よかったですね」とアシスタントが笑顔でフォローする。これから屠殺場に行くのだ。何が「よかった」のだ。



考えれば考えるほどにわからなくなる。
わかっているのは、あたしは自分で殺せない動物は食わないということだ。

今から鯨の缶詰で一杯やる。
これはあたしが捕まえて料理して缶詰にした鯨だから矛盾はしていない。
筋だけは通す。民主党が政権を取ったらこうなるとあたしは選挙前から宣言していた。

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そうしてあたしはひとつの結論に行き着いた。

ひとがひとを食うのが最善だ。地球の食糧危機問題もこれでクリア出来る。
あたしの本音は「地球を蝕む人類は破滅すべし」だけど、それはおいといて、増えつづける人口問題と食糧問題を解決するとしたら、これが最良の方法だろう。

ひとがひとを食う。これがベスト。



葬式では、故人を偲びつつ、みんなで故人を食する。

レバ刺しが好きな人は肝臓をいただく。
ハツが好きな人は心臓を。
モツやホルモンが好きな人は小腸、大腸を。 
トン足が好きな人は爪の附いた足を丸かじり。
ミミガーが好きな人は耳を切りとって。

すると葬式にも人気の差が出てくる。
若くて生きのいいのが死んだらたいへんな人出だ。
レバ刺しなんて取り合いになる。

年寄りが肝臓癌で死んだ場合など、レバ刺し好きは香奠すら持ってこない。 

ビール好きのデブが死んだら、松阪牛の例から、意外にロースがうまいかもと人気になったりする。

そうなることが、罪深いニンゲンにとって最善とあたしは考えている。

ひとはひとを喰え! これはひとを喰った話ではない、人を食う話だ。
  1. 2012/07/11(水) 15:30:55|
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2012年7月11日、国民の期待を背負って「小沢新党」発進!www

小沢新党への大いなる期待(笑)で、7月はずいぶんとテレビを見てしまった。
まずは7月2日の離党届である。朝からわくわくだった。

小沢一郎は民主党への離党届を出した。
まだ和子夫人との離婚届は出していないらしいが(笑)。 

預かっていた40人分の離党届を出したら、離党しないというのが早速ふたりも現れて笑わせてくれる。
なんだかなあ。預けたら出すだろう。私は小沢嫌いだけど、これにはどうも。



あらためて感じたのはテレビを見られなくなっている自分の体質だった。だって政治芸能スポーツ世相すべてごちゃまぜである。見たいのは政治だけだから、こまめにチャンネルを替え、CMや芸能スポーツのときには音声を消す。1を見るために見たくない9に接するというのは苦痛だった。



msn産經ニュースに「有田さん、鳥越さんに問う」という記事が載った。いや記事だと思ったら花田紀凱の随筆だった(笑)。それはここにあるので、個々に読んでいただくとして。

話はシンプル。有田ヨシフ・スターリンや、鳥越切り傷だらけ俊太郎が、週刊文春に載った「小沢一郎夫人の手紙」をニセモノだと騒いでいるのに対し、花田が疑問を呈したという話。それは結びのこの文だけで十分。

《「離縁状」がデッチ上げというなら、小沢氏や和子夫人がなぜ抗議して、法的措置でも何でもとらないのか。》

まったくそのとおりなのである。それだけのことなのだ。
あの手紙がニセモノだというのなら、小沢が女房と一緒に記者会見して、「あれはニセモノです。中身も事実無根です。私に愛人がいるとか、愛人とのあいだに成人したこどもがいるとか、放射能が怖くて逃げ出したとか、すべてウソです」と言えばいいのだ。ついでに「女房ともこんなに仲がいいです」とディープキスでもしてみせればいい。それだけの話だ。そうすればデヴィ夫人からきっこさんまで、多くの小沢信者も安心して胸を撫で下ろすだろう。
なぜしないのか!? 出来ないからだ。事実だからだ。



さてここで問題です。下線部分の意味を答えなさい。
 
1.
猫も杓子も 
2.
ピンからキリまで 
3.メクソハナクソ
4.
ババアからジジイまで

きっこさんと言えば、細野だったか、山本モナとのキスシーンが写真週刊誌に載ったことを、不倫をしているようなのは議員の資格がないとしつこく攻撃していたが、小沢が愛人とのあいだにこどもを作ったことはしらんふりか。既婚者の妻への裏切り行為として、細野よりも小沢のほうがはるかに罪深い。



7月2日の小沢一派の動きを見ていて苦笑したのは、スポークスマンが山岡賢次だったことだ。夕方のフジテレビにも生出演してしゃべりまくっていた。その他の番組にも出ていた。

しかし山岡賢次と言えば、怪しい朝鮮人であり、通名「金子賢次」を、作家山岡荘八(筆名、本名は藤野)の娘(実娘ではなく養子)の入り婿となって「藤野賢次」に替え、さらにはなぜか義父の筆名である「山岡」を名乗って、名作「徳川家康」を書いた山岡荘八の息子になりすまし、悪徳マルチ商法をやっているという、「不審な政治屋投票」をやったらダントツで一番になるであろう最悪のカスである。小沢の代わりにテレビに出て小沢新党を語る人物がこれしかいないのか。これしかいないというところに小沢泥舟の先が見える。

それにしても山岡賢次はないだろう。どんな一年生議員でも山岡よりはましだ。



7月9日、10日の衆院中継はおもしろかった。たのしんだ。午前9時から、昼休みを挟んで、午後5時まで。
それによって大相撲中継がなくなってしまったのだが、ちっとも気にならなかった。だってエンタテインメントとして、こっちのほうがおもしろかったから。

なんといっても笑えたのは「小沢新党」の連中の民主党攻撃。
このときNHKはすでに質問する「小沢一派」の議員の肩書きに、「国民の生活が第一党」と挿れていた。会派だから?
党名は今日11日の午後に発表になるのだが、これはどういうことなのだろう。やたらそればかり言うものだから、「次の選挙が第一のくせに」という揶揄と共に、「もうここまできたら〝国民の生活が第一党〟にしたら」という冗談を多くのひとが口にしていたが、ほんとにそれになるのか!? ここは笑うところなのか!?



小沢一派の牧というのが民主党を攻撃する。ターゲットは岡田だ。やるべきことをやっていないではないか、と。指名された岡田の、「それは牧先生が中心となって先日までやっていたことではないですか」には笑った。
「最近町内が汚れている。町長としてどう思うか!」と迫ったら、「先週の掃除当番はあなたじゃないですか」と言われたようなもの。みっともないやりとり。

鼻糞くっつけているみたいな顔のブスな女議員も、舌鋒鋭く食いつくのだが、それはほんの数日前まで長年自分の属していた党の批判なのだから、それが正鵠を射ているほどに、なんのこっちゃとなってくる。なんとも物悲しくなる質疑応答だった。



新党発足記者会見は今日の午後だ。何時からだろう。
私は小沢新党に期待している。
輿論調査の期待度の低さなんてのは関係ない。
民主党というどうしようもない寄せ集め世帯が分列するのはよいことなのだ。
同じ〝期待〟でも小沢信者とは中身か違うけれど。

これで政界再編が進むといいが……。 

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【餘談】──石原伸晃の「こえいろ」

昨日、民主党の鳩山の議員資格停止問題に関して石原伸晃が、声色(こわいろ)を「こえいろ」と言っていた。次の総理を目ざす自民党幹事長がこんなことを言っていたら麻生のようにやりだまにあげられるぞ。しっかりしろ。

  1. 2012/07/11(水) 10:17:48|
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「SSDの健康度」に【追記.3】

「SSDの健康度」に【追記.3】を書きました。



いま室温27度、湿度65%。きわめて快適。
なんだかこのまま気楽に夏が過ごせそうな気がするが、そんなこともないんだろうなあ。あの地獄の猛暑はいつやってくるのだろう。

今日は小沢新党の発足日。「次の選挙が第一党」。記者会見は何時からだろう。楽しみだ。

月曜、火曜は、国会中継に大相撲とNHKばかり見ていた。私のテレビ視聴時間は、1時間から2時間見る日が、週に1.2回だから、平均したら一日に30分もないだろうに、連続して6時間ぐらい見たのだから異常。それぐらいおもしろかった。民主党と飛びだした連中のやりとりが(笑)。それはまたあらためて書こう。
  1. 2012/07/11(水) 08:32:12|
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Babylonのしつこさ──かってに浸入してくる検索エンジンを意地でも撃退する(笑)

 フリーソフトをインストールすると不要なものが入ってくる。

代表的なのがYahooツールバーだ。インストール時にインストールするかしないか撰べるのはまだ良心的なほうで、デフォルトでインストールされてしまうことが多い。Yahoo大嫌いの私はかってに入ってきたこれのアンインストールを何度したことだろう。100回以上か。



 無料のフリーソフトがYahooから小銭をもらうためにやっているのはまだしも、Just Systemが契約しているのはいただけない。一太郎やATOKをインストールするとこれが附いてくる。さすがにチェック項目があるので外せるが、なにも考えずインストールしたらそのまま入ってくる。

 ※



 最悪なのはそれだと思っていたが、ここのところそれ以上に強烈なのに出会って苦労した。Babylonだ。
 いまもって何に附いてきたのかわからない。とにかく今はその種のものがフリーソフトはもちろん有料ソフトにまでついてくるので油断がならない。



 過日ここに「ChinaのBaidu(百度)というIME」のことを書いたが、あれもいろんなソフトに附いてきて、インストールの際に「デフォルトのIMEをBaiduにする」なんてのにチェックが入っている。あぶなくてしょうがない。さすがにIMEに関しては慎重なので、いまだこの失敗はしていないが。



 そういえばライブドアブログがしばらく前から、「あんたのブログでよく読まれているベストスリーはこれだよ」と教えてくれるサービスを始めた。そこにいつも上記の「Baidu(百度)」が入っている。これのしつこさに悩まされているひとがそれだけいるということだろう。




 ChromeのサーチエンジンがBabylonになっていた。いつどこから入って切り替えたのか。検索エンジンの管理を見ると、入れた憶えはないのに一覧に入っていて、しっかりと一番上に鎮座している。削除してGoogleに戻す。


 Firefoxの新規タブを開くとBabylonの検索ページが開く。これも調べると、Optionのタブの項目が、「新規タブを開くとBabylonの検索ページになる」になっていた。それを削除して元に戻す。

  1台のPCと、ひとつのブラウザだけだったとしても、かってに設定を変えられたら不快だが、私の場合、自作デスクトップ機とノート2台に、ブラウザは、Chrome、Coolnova、IronというChrome系みっつと、FirefoxとWaterfoxも入っている。これらがぜんぶBabylonだらけになり、それをひとつひとつ元に戻すだからかなり面倒だった。自室を見知らぬ他人にかってに模様替えされたようで不愉快だ。ひどいソフトである。 





 この種のソフトは、こういう図々しさでシェアを伸ばしてゆくのだろうか。シナ人の図々しさのようでじつに気分が悪い。それなりに詳しい私でもこれらを消し去るためにFirefoxのタブ設定等では苦労したから、なんも知らないひとは、いつのまにかTopPageをBabylonにされ、検索エンジンをBabylonに変更されても抗えないままなのだろう。こういう暴力的なソフトには、セイタクアワダチソウやブラックバスを駆除するのと同じ感覚で対抗せねばならない。

 私は自力で駆除出来たが、世間はどんなものかと検索してみた。
 以下のサイトが削除方法を示していて好評のようだ。苦しんでいるかたはここを参考にするといい。

 http://plaza.rakuten.co.jp/okaimonokansou/diary/201109150000



 もうひとつ、ここも親切に対抗方法を書いている。無神経なBabylonに苦しんでいるひとは多いようだ。

http://airy.s19.xrea.com/memo/?itemid=785



 それにしても、しつこい、イヤなソフトである。



 私は今回このソフトを初めて知ったのではない。これは翻訳ソフトとして前々から有名だった。無料版とかお試し版とかがあった。その種の物が大好きな私は当時早速関わっている。しかしこれを入れるとあれやこれやたいへんだった。いろんなものが附随してきて居すわろうとするのである。削除し、関わらないようにした。当時から一度入れてしまうと削除するのがたいへんな粘着ソフトだった。

 そのときはそんなものを挿れようとしたのだから私の自己責任になる。今回はなにもしないのに入ってきたのだからたまらない。





 私は2ちゃんねる閲覧にはJane Styleを使っていたが、あそこがYahooと結託したので縁を切った。Janeで2ちゃんねるを閲覧していて、そこにあることばを検索しようとしたらYahooに繋がる設定になったのである。そのときJaneとYahooの結託はちょっとした話題になったものだった。

 Janeはとても良質なフリーソフトだからYahooと契約してすこしばかり儲けようとしても責められることではない。それ以上に価値のあるソフトだ。でもYahooも孫も嫌いな私は、それでJaneとは別れた。もちろん検索エンジンを変更する方法があるのは知っている。しかしそこまでしてJaneにこだわる必要もない。より美麗なV2Cもあるし。



 ところで今回、FirefoxをVersion Upしたら自然にBabylonになっていた気がする。これはBabylonがFirefoxに忍びこんだのか。それともFirefoxがBabylonとそんな契約をしたのだろうか。そうは思いたくないのだが……。

 いややはりそれはないか。だってChromeは検索の最大手Googleのブラウザである。なにがどうあろうとGoogleが自分のところのブラウザの検索エンジンをGoogleからBabylonに替えるはずがない。現実にそれが起きた。それはGoogleに関係なくBabylonがやったのだろう。ならFirefoxもそうだと考えるのが自然だ。

 このあとのFirefoxのVersion Up等を見ていれば結論は出る。そのときは続報を書きたい。それにしても他人のPCの設定を自分を優遇するようにかってに書きかえるソフトってのは悪質だ。


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【追記】──OperaとSafari無事だった


 一応インストールしてもっているがほとんど使わないOperaとSafariも調べてみた。こちらはまだBabylonに侵されていなかった。よかった。見直した。


 独自エンジンのふたつがBabylonの侵掠を拒んだのか、それとも、単にシェアがちいさいのでBabylonの攻撃対象に選ばれなかったのか。
 

 私はこれらをほとんど使っていないから被害を受けていないのであって、デフォルトブラウザとして頻繁に使用しているひとは、Babylonに侵されたひともいるのか。このことも今後注目してみよう。

  1. 2012/07/10(火) 09:51:36|
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6年ぶりにクーラーのスイッチをいれる日──節電生活

PCに日記をつけている。いつしか15年分がたまった。これがあるとむかしを振り返るときに楽だ。といってそんなことはめったにしない。忘れたいことのほうが多い恥多き人生。
が、ここのところ頻繁にやっている。当時の天候、温度を確認しているのだ。

今夏、2007年から無縁だったクーラーを6年ぶりに使う。とはいえ節電生活をしているから極力使用を抑えたい。以前は外出するときも「帰ってきたとき部屋が冷えていたほうがいい」と点けたままだったりした。チェンマイでは24時間つけていたら電気代が部屋代より高くなったこともあった。



節電というのはできるものなんだねえ。やってみて感心した。
私の電気代は月9千円ほどだが、同じような間取りで4千円台のひとがいると知った。もっと広い間取りで4千円台のひともいたが、それはもうせつなくなるほどの努力をしている。それは無理としても、私もすこしだけ減らす努力をしてみようと思った。
結果、月9千円が6千円にまで落ちた。パーセンテージでいったらとても大きい。3千円分減らすため意図的な努力をしたかというと、たいしたことはしていない。

やったのは、通年で使っていた電気ポットをやめたこと。熱いものを飲むときだけ小型の電気ケトルを使うことにした。四六時中電源を入れっぱなしで使う電気ポットは、最新の節電型が「電気代は年間8千円」と安いことをアピールしているぐらいだから、旧型の私のはまちがいなく年間12000円以上していたろう。月千円はこれでカットできた。

あとはテレビを見なくなったこと。ブラウン管の大型テレビだからかなり喰っていたはずだ。今はたまにゲームをするときに使う程度。
それと、電子レンジやIHクッキングヒーターをコンセントに繋ぎっぱなしだったのを抜くようにした。これはインターネットで、「IHクッキングヒーターは繋いでおくだけで30wの蛍光灯を点けっぱなしにしているのと同じ電気を食う」と知り、やってみることにした。

たったこのみっつのことを実行しただけで月3千円も節電できた。逆に言うと、今までいかに無駄が多かったかだ。



現在私の生活でいちばん電気を食っているのは、フルタワーのデスクトップ機だろう。ディスプレイも2台使っている。これを封印してノートにすればより節電できるはずだ。でもこれは無趣味な朴念仁の唯一の趣味みたいなものだからやめがたい。この文章もそれで書いている。チューンナップされた自作機の大型画面でないと何もやる気になれない。平机でノートを開きメールチェックをしたあと、返事を書くのにわざわざパソコンデスクに行き、椅子にすわり、どでかいデスクトップ機を起動するぐらい偏愛している。これでないとパソコン作業をする気になれない。11.5インチのFWXGA(1366*768)ですら狭くてイヤなのだから私にiPadやスマートフォンは無理。

それでも以前はそのメールチェックをするためだけにデスクトップ機を起動していた(というか24時間起動していた)ぐらいだから、当時と比すればまともになってきている。ノートでメールチェックして、緊急に返事を書くメールはないと確認したらデスクトップ機は起動しない。これだけでもデスクトップ機を通年起動していたときよりは遥かに節電している。

書いて気づいた。いまインターネットはメールチェックだけで日に1時間も使わないのに24時間ルーターの電源を入れている。これも切った方がいいのか。
とまあ節電を意識するとこんなことを思うようになる。ルーターは12VのACアダプターだ。こまめに切れば月10円ぐらいの節約にはなるか。面倒だからしないけど。(いや、1時間使うためだけに23時間を無駄にしているのはかつての電気ポットと同じだ。やるべきなのか。)



せっかく根づきつつある節電生活だから、クーラー入れまくりで元のだらしない生活には戻りたくない。
デジタルの温湿度計を購入して日々タイミングを計っている。安物のアナログ温湿度計とはちがって細かく数字を出してくれるので説得力がある。

真冬も暖房いらず(炬燵だけで充分だがそれすら要らない日も多い)というぐらい暖かい私の部屋は、夏場は自慢できるほど暑くなる。34度はザラ。いちど扇風機が効かなくなった(=扇風機の風が熱風で痛い)ぐらいだから、あのときは体温を超していたことになる。36度以上か。

そんな日は水風呂の中で読書をして過ごす。
それは7月の何日だったか日附を確認するために、ここのところこまめに記録的猛暑と言われた一昨年や昨年の日記を読みかえしている。と、ここでやっと冒頭の一行に繋がった。



一昨日、本格的真夏日になった。室温は31度、湿度69%。
かなり暑かったが、これぐらいは扇風機1台を弱で廻すだけで楽々パス。猛暑をクーラーなしで乗りきってきたからだいぶ暑さに強くなっている。
34度のときは腰巻バスタオルで上半身裸、躰の両側から2台の扇風機を強で廻しそれでも青息吐息だったから、この3度の差がいかに大きいかを知る。
これで耐えられなくなったら最終兵器の水風呂だ。

今朝は涼しかった。5時起床。室温23度、しかし湿度79%!
いま8時半。室温27度、湿度70%。扇風機も要らない。



6年ぶりの初クーラーはいつになるだろう。
昨年の今日の日記を読むと、もう日に3回も水風呂に入っている。一昨年のを読むと、7月5日にはもう水風呂だ。3年前の今日は「熱帯夜で暑くて眠れなかった」とある。
今年が例年より涼しいのはまちがいないようだ。

極力使用を抑え節電生活を続けたいが、楽に慣れるとくずれるのは早い。どうなることやら。

---------------

【追記】──昼に水風呂という贅沢

今どきクーラーなしの貧乏人がそれを手にしたなら、生活は向上➚である。一般的には。 
しかし私の場合はちがう。クーラーを導入し、人並みの生活時間にせねばならない事態に追いこまれたのだ。わたし的には凋落➘になる。

真夏の平日の昼間、クーラーがなくて暑い暑いと嘆きつつ、水風呂に漬かって読書する。
暑くて眠れなかったら好きなことをしつつ、眠くなるまで起きている。眠くなったときに寝る。そんな生活。
それはクーラーの効いたオフィスで仕事することよりも贅沢だったのだと今になって気づいた。



【追記.2】──28度設定?

今日は7月10日。いま室温29度、湿度60%。扇風機もいらない。きわめてすごしやすい温度。
先日の31度で扇風機がいる程度だった。
となると私の部屋では、室温34度、35度になる猛暑日に、クーラーで30度にするぐらいが適切か。

クーラーが効きすぎて、女子社員が真夏にひざ掛けを使うなんて狂った時季もあった。まことにくだらん。社内と社外、あるいは駅の暑さ、電車の涼しさ、躰が体温調節に苦労する。そしてまた真夏でもスーツにネクタイという愚。その後、クールビズだの28度設定だので、いくらかはましになったようだ。 

いまのところ私には28度でも涼しすぎるぐらいだから30度設定にでもするか。クーラーの30度設定ってのもけっこう笑える気がする。 でもそれは室温35度を知らないから。それはそれはキツい。
おそらく私は室温35度になる焼けつくような猛暑日に、クーラーで30度に下げて天国を味わうのだろう。それで充分だ。
  1. 2012/07/07(土) 09:10:57|
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