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Amazonや楽天メールのしつこさ──追いかけシステムを切る──「悩ましい」初体験

Amazonや楽天のお知らせメールが頻繁に届く。

「以前あなたがお買いになったこういう製品に、こんな新製品が出ました。どうでしょう?」

「以前あなたがお買いになった商品の関連商品でこんなものがありますが、どうですか?」 

「以前あなたがお買いになった商品が、今回特別に3割引です。いかがですか?」

 こちらの情報をプールしているから痒いところに手の届く親切さだ。 
 その親切がわずらわしい。
 まあ親切も何も自動で機械的処理なのだろうけど。
 3番目はひどい。2万円で買った品が14000円で買えると知らされても、もうひとつ必要なはずもなく。
 



 金のないときだと、「うるせえ、買いたくても買えないんだよ!」とすぐに削除して問題ないのだが、すこしだけ金のあるときはけっこう問題だ。つい見てしまう。
 もともと興味のある製品群なのだから気になるに決まっている。
 
 ほとんどはPC関係だが、先日電気ポットを買ったものだから、ここのところそんなのも頻繁に来ている。そんなにポットはいらない。 炊飯器もいいって。たこ焼き器なんて興味ないよ! ほんとしつこい。

 私はPCパーツを多くのショップで買い、そこのメルマガを申しこんでいる。そういうところから届くものも多い。でもそれはふつうに「お知らせメール」として常識的なものだ。

 そういう中、Amazonと楽天は、格別に図々しい。なんともいやらしい。いきなりフルネームで呼び掛けてくる。「××××様、今回だけです。あなた様にだけです。特別情報です」のように。

 私は「情報メール」が迷惑だと言っているのではない。むしろ楽しみにしているのもある。アキバオーのメルマガなんて、店と同じように雑然としていて、秋葉原の店に行ったような気になれて楽しい。

 Amazonと楽天のやりかたが不快なのだ。でもAmazonと楽天は二大王者だから、そのやりかたは正しい、となるのか?
 多くのひとは、上記のようなフルネームで呼び掛けられることを快適と思っているのだろうか。



 私は以前楽天で「あぐら座椅子」というものを買った。ノートパソコンは平机で使っている。正座がきつくなってきたので、これは重宝した。棋士は5時間でも10時間でも正座が出来る。すごいなと思う。

agura
 するともう楽天が、私がどのサイトを覗きに行っても、しつこく「あぐら座椅子関連商品」を勧めてくる。
 今だからこそ笑えるが、そのころ私はあまりのそのしつこさにノイローゼになりそうになった。だって、買い物サイトで、何を調べようとも、常にあぐら座椅子が顔を見せているのである。これは気味悪い。

 あぐら座椅子はいい買い物だった。感謝して使用していた。かといって、これからもみっつもよっつもあらたにあぐら座椅子を買う予定はないし、関連商品にも興味はない。心底うんざりした。

 そのときの私は楽天のその追い掛けてくるシステムが切れるとは知らなかった。あまりに不快なので、なんとかならんのかと調べ、その解決法を知った。やっと解決できた。
 楽天は、あの「追っ掛けシステムを切る方法」をもっと表に出すべきだ。それを知らず不快な思いをしているひとは多いだろう。なかなかわからないようになっている。心底腹立ったものが懸命に探してやっとわかるようになっている。ひどい。切ったら一気に快適になった。

 親切を通りこして気味の悪いシステムである。まるで監視されているようだ。ストーカー被害に苦しむ人の気持ちがわかる。



roland




 RolandのUA1010。6万円弱。いいんだろうなあ、これ。
 Midiキイボードを繋いでの打ちこみ関連の品だ。私は打ちこみキイボードはYAMAHAを使っている。それには満足なのだが、安物のTascamのインターフェースが物足りない。そろそろ買い替えたい。
 
 でも私にこれを買う資格はあるのか。ない。
 Cubaseもろくに使いこなせていない。所詮SSW程度のヤツがなにを偉そうに。
 初音ミクを上手に使いこなしている若者は、どの程度の機材を使っているのだろう。まあ機材よりセンスなんだけど。ストリングス系のいい音源も欲しいなあ。

 録画しておいた「銭形金太郎」を見たら、貧しい青年が天然ボケで、その貧乏度合とボケぐあいに、スタジオも爆笑だったのだが、うまいボサノバギターを披露したら、一転して歓声と拍手に変った。音楽の力。
 と思いついたので私もボサノバギターを弾いてみる。歓声が聞こえる(笑)。YAMAHAサイレントギターのClassic用も欲しいなあ。

 買えるけど今は買ってはならない状態。 なのに物慾は消えない。悩ましい。

---------------

どうでもいい【附記】──悩ましい

「悩ましい」の意味は、 広辞苑第6版によると、

なやまし・い【悩ましい】
〓形〓〓なやま・し(シク)
〓なやみを感ずる。難儀である。くるしい。顕宗紀「吾が父の先王は、是れ天皇の子たりと雖も、〓〓なやましきに遭遇あひて、天位に登りたまはず」。「―・い問題を突きつけられる」
〓病気などのために気分がわるい。源氏物語帚木「いと―・しきにとて大殿ごもれり」
〓官能が刺激されて心が乱れる。「―・い視線」
 
となる。

大辞泉だと、

なやまし・い【悩ましい】[形]
_なやま・し[シク]《動詞「なや(悩)む」の形容詞化》_悩むことがあって苦しい。難儀である。「焦りと苛立ちの―・い日々を送る」
_官能が刺激されて、心が平静でいられない。「―・い姿態」「―・い調ベに誘われる」
_病気などで気分が悪い。「―・しく侍りて、内へも参らず」〈宇津保・忠こそ〉[派生]なやましがる[動五]なやましげ[形動]なやましさ[名]

いずれも「悩む、苦しむ」を最初にあげている。
ブログ等を読むと、誰しも今ではそういう意味で使っているようだ。

しかし私にとっては、というか昭和において常識的に、「悩ましい」とは、広辞苑の3番目、大辞泉だと2番目にある「官能が刺激されて心が乱れる。「―・い視線」 ──だった。チャーの「気絶するほど悩ましい」である。私もそういう形でしか使用したことがない。

だから今回、私が「悩み、苦しむ」の意味で「悩ましい」を使うのは初体験になる。ちょっとドキドキした(笑)。
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  1. 2012/03/31(土) 20:28:54|
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猫ひろし問題──国籍変更を仕掛けたのはホリエモン

 猫ひろしがカンボジア国籍でオリンピック出場に到る流れ。
 その疑問点とされるもの。2ちゃんねるの「猫ひろしスレ」でまとめられていたものをコピーさせてもらう。



●猫ひろしの疑問点

1.国籍変更には7年間住んでクメール語が話せないといけないのになぜか変更できた。
2.奥さんと子供は日本国籍のまま?

3.不自然なライバル選手の出場辞退が続出。何名も辞退した。
4.猫ひろしよりタイムの良いカンボジア人がいる。

5.ドキュメンタリー番組・制作の話がでている。
6.出場決定後スポンサーがすぐついた?
  ttp://www.transtechnology.co.jp/gps/ARES/develop.php

7.再ブレイクのネタとして五輪出場はホリエモンが発案した?
  ttp://ameblo.jp/izutada/entry-11203856662.html
 
8.カンボジアドリームという会社があやしい。
 
9.そうかそうか

10. オリンピック特別枠の本旨に反する?




 まずは素朴に1の問題がある。その国の国籍を取得するための基本として、その国の言葉を話せること、その国の文字での読み書きができること、がある。猫ひろしはそれを満たしていない。なぜ簡単にできたのか。元の国籍が「経済大国」だからか。
逆だったらどうか。

 日本国籍を取得する条件は厳しい。特例として一般よりもはるかに優遇される名のある力士やサッカー選手でも、ことばと読み書きはそれなりに重視される。
 猫ひろしはまったくできない。そんなひとの国籍取得はおかしい。



cambodia 私はカンボジア語は独学だがかなり熱心にやったので、すくなくとも猫ひろしよりは話せるし、すこしなら読み書きもできる。というか、猫ひろしってカンボジア語でこんにちはもさようならも言えないんだろう。ひどい話だ。

 カンボジアで購入して勉強した思い出深い本の写真をアップしたいのだが、いまスキャナーが壊れていてできない。写真の本は定番だが当時はまだなかった。

 いまも印象的なのは、カンボジア滞在時、プノンペンの本屋で売られていた日本語のカンボジア語教本を2ドルで買って勉強したのだが、帰国後、八重洲ブックセンターに行ったら、それが4900円で売られていたことだ。物価の差というものを思い知った。
 それ以前にも、タイで120バーツ(400円ぐらい)のものが日本だと2500円とか経験していたので、そういう智識はあったが。

 しかしそれはそれで適正価格だと思う。当時カンボジア語の日本語教科書はそれだけだった。日本にいてカンボジア語を本で学ぼうと思ったら、それしかないのだから、この場合「それしかない」と考えるより「それがある」と前向きに解釈すべきだろう。あることのありがたさだ。だったら4900円は高くない、となろう。私はその本を作ったかたを心から尊敬している。いつも手放さず持ち歩いた。
 逆だったらどうなのかな。日本で4900円で買っていってプノンペンで同じものが2ドルで売っているのを見たら。

 カンボジア語の教科書なんてふつうの本屋じゃ売っていないから、八重洲ブックセンターの語学コーナーでそれを見たときは感激した。なんでもあるんだな、と思った。何百回通ったことか。あそこはいい本屋さんだ。

 と書くと私が語学修得に熱心なように思われるが、まあ熱心は熱心なのだが、すこし意味あいがちがって、私の場合、「あれこれそろえたい」という趣味のようなものだ。それは「あれこれそろえると上達が早いのではないか」という勘違いから来ていて、いまも部屋中に語学教科書が溢れている。スペイン語、ポルトガル語もやった。タイ語やベトナム語は、もうその種の語学教科書、カセットテープ附き、CD附きの本は、日本で発売されているものはぜんぶ買ったのではないか。カンボジア語は、そもそもがすくないので、3種類しかもっていないが。
 小説類をみな捨ててしまったので、今の私の本棚を見たら、「語学関係のかたですか」と言われそうだ。

 で、いっぱい持っている割りにへたである(笑)。語学は耳だ。耳のいい人は教科書なんかなくてもマスターする。でも耳では読み書きは覚えられない。耳で覚えて外国語のうまいひとを「かけ足の早いこども」とするなら、私のような流暢に話せない分を、彼らの苦手な読み書きをマスターして対抗するのは、「足は遅いけど、算数が得意なこども」みたいなものになる。
 そういう個性は何事にもつきまとう。それを活かすのが教育だ。だからやはりどう考えても、「そういうふたりがお手々繋いで一緒にゴールイン」という発想は誤りだ。




 国籍取得の不可解という1の疑問に対し「2000万以上国に払えば、1の条件を満たす必要なし」という書きこみを見かけた。根拠がないし、なにより2000万に単位が附いてない。リエルなのかドルなのか円なのか。こんないいかげんな情報は無視する。でもありそうな話だけど。しかし大金を払ってカンボジア国籍を取得するのはかなり特別な人だろう(笑)。なんの意味があるのか。まあ行ってみればわかるが日本人が暮らすにはキツいところだ。あらゆる意味で。



 十数年前、タイで知りあった人の中から、カンボジアに永住するとプノンペンに移る人が何人かいた。私が初めてカンボジアに行ったのも、彼らを訪ねる旅だった。
 発展途上国独自の猥雑な空気を好む人には、タイはもう垢抜けすぎていたのだろう。その気持ちはわかる。タイがおもしろかったのは90年代半ばまでだ。私なんかよりももっと古い通は90年代そのものを否定するようだが。でも92年ぐらいはまだおもしろかったと思う。


 プノンペンに渡った彼らはみな故人になっている。寿命を縮めてまで暮らす国じゃない。「故人」といっても70代80代じゃないよ。みな50代で死んでいる。まあ心臓発作とか脳梗塞とかいろいろだし、それが寿命だったとも言える。それをカンボジアのせいにしては失礼だけど。


 GDPは111億ドルで山口県下関市程度とか。基礎知識はもっているが、こういう「山口県下関市と同じ」なんて例えはWikipediaで教えてもらわないとわからない。
 北朝鮮のGDPがよく「鳥取県程度」と例えられる。でかいことを言っているくせに、いかにショボい国かとネタになるが、カンボジアは北朝鮮の半分以下だ。日本の県とすら比較できない。市、だ。その弱い国を〝経済大国〟からやってきた芸人が蹂躙した。どう考えても不愉快になる。



 2の問題。彼はオリンピック後も日本に在住し、「カンボジア人が日本のビザを取得して定住という形」になると明言している。芸能活動をするからワーキングビザになるのか。ついでに「外タレ扱いでギャラがあがるのではないかと楽しみ」とも発言している。先日生まれた娘は「ハーフだ」とはしゃいでいた。

 国籍ってなんだろう。

 カンボジア語を覚えて、カンボジアでネタをやりたいとか、カンボジアに住むとか、これからもカンボジアのために役立ちたいとかの発想はカケラもない。ひとことも出て来ない。あくまでも「オリンピックに出たいために国籍を替えた」という方法論である。

 私は、せめて、オリンピック後に、カンボジアで、「カンボジア代表としてロンドンオリンピックのマラソンに出場した猫ひろしです。カンボジアと日本がこれからも仲よくやってゆけるよう努力します」ぐらいの挨拶を、カンボジア語でやるぐらいの礼は尽くして欲しいと願う。最低限の礼儀だろう。出来るなら行く前にやって欲しい。
 無理か? それができるひとは、そもそもカンボジア国籍でオリンピック出場なんて発想をしないか。

 スポンサーがついて得る億を超える収入は、どちらに納税するのだろう。日本かカンボジアか。カンボジア人なんだからカンボジアだよね。カンボジア陸連が好意的なのは、それが理由か?



 3と4も重要。
 猫ひろしよりタイムのいい、本来ならカンボジア代表になるべき選手が、連続して棄権とか不可解な状況が連続した。すべての状況が「猫ひろしが出走できる流れ」で動いていた。
 また、昨日も書いたが、「猫ひろしの持ちタイムがずば抜けていてメダルが取れそう」なら話は違う。しかしそれはまず絶対にない。どう考えてもこれは「札束で横っ面を引っぱたいて」という流れになる。

phnompenh
















 この件に関してカンボジアの代表紙「プノンペンポスト」が批判的な記事を書いたという話が2ちゃんねるにあった。和訳も添えてあった。

 その和訳文はいま手元にあるのだが掲載は控える。理由は、そこからリンクされている上の英文プノンペンポスト紙のサイトに行ったのだが記事を発見できなかったからだ。

 私は原文の英文を読み、自分で和訳した文を載せようと思った。探したが該当記事が見つからない。
 いかにも新聞記事の和訳らしいよく出来た文なのだが、だからこそ2ちゃんねる的な冗談捏造の可能性を考慮せねばならない。あそこに出入りする愉快犯のレベルは高い。



 2ちゃんねるのそういう「よくできた作り物」に引っ掛かって恥を掻くひとは多い。高名なブロガーである<きっこさん>もよくやっている。

kikkoao




 2ちゃんねるに「NHKラジオがこういうニュースを流していた」とある。<きっこさん>はそれが自分の意見に都合がいいので、すぐにその内容をツイートする。「ソースは?」と質問が入る。「NHKラジオのニュースです」と応える。よせばいいのに「わたしは聞きました」と。

 しかしそんなNHKニュースはなかった。それ自体が2ちゃんねるの捏造だった。見事に引っ掛かって笑いものである。 流れてないものを聞いている「空耳アワー」。しかしむろんカエルのつらになんとやら。反省などあるはずもなし。しらんふり。
 私は顔に小便をかけられたら気にするカエルなので、確認できるまで掲載は控える。�

 本物なら、猫ひろしとオリンピックのありかたについてプノンペンポスト紙が正面から批判したいい内容なのでぜひ紹介したい。でもあまりに出来すぎているから、きっと作り物だろう。

 もしもニセ物なら、バレた原因は和訳が見事すぎたことだ。いかにも英文を訳したように、もうすこし下手な文にした方がいい。



 なお、この種のニュースでは、必ず「カンボジアの代表的新聞プノンペンポスト紙」とあるが、カンボジア庶民は新聞など読まない。そんな餘裕はない。日本とは状況が違う。政府関係者や一部の金持ち、高学歴者が読むだけだ。

 「カンボジア国民は怒っているのではないか。我が身に置きかえてみろ。どれほど不快なことか」というような論調は、いまの日本の国情を基本にしている。その意見には賛同するが、現実のカンボジア庶民にとって、オリンピックそのものがどうでもいいことであり、ましてマラソン代表が誰かなんて犬の糞をふんづけたこと以下の事件でしかない。

 同じく、「カンボジア人の8割が猫ひろしのオリンピック出場に好意的だ」なんて意見もどうでもいい。なにしろカンボジア人の99%にとって「どうでもいいこと」なのだ。いやそれ以前の状況、「知らないこと」なのだ。
 プノンペンの住人でもふつうのひとは知らないし興味はないだろう。このことを知っているごくごく一部のひと10人に意見を聞いたら8人が好意的だった、なんて程度のアンケートに意味があるはずがない。

 だから私は「カンボジア国民が怒っている」という視点では語らない。私の言いたいのは、「日本人が他国に対して失礼なことをした」に尽きる。
 要は「日本人のありかた」だ。今回の出来事は、あまりに「美しくない日本人」である。そのことに立腹している。�



 7の「ホリエモンが関与」はホント。該当記事はこの件が話題になり、早速削除されたが、私はこの「猫ひろし問題」は、かなり前から不快で追い掛けていたテーマなので、コピーをもっている。以下、紹介する。

タイトルは「泉忠司のボーダレスで行こう!」2012-3-26 から抜粋。

「猫ひろしが国籍を変えてマラソンでオリンピックに挑戦」という企画は、2009年8月28日にDMM.comで生放送された『ホリエモン想定外のなんでお前なんだよ!!』という番組の中から生まれました。

「ホリエモンと猫ひろしが組んでM-1グランプリに出場」
「選挙に出る」
「ツイッター芸人としての立場を確立」

といった企画が次々と飛び出しました。ちなみに、この日の番組終了後に、控え室で猫さんはツイッターを開設したのですが、その開設手続きをしたのが、ホリエモンなんですよ。

このような流れから「国籍を変えてオリンピックに挑戦」という話題に発展。
「猫ひろしロンドンオリンピックへの道」の種が生まれた瞬間です。その後の過程はニュースなどで随時報じられてきたとおりです。そして、ついにオリンピック出場が決定しました。

 くだらん話である。
 この泉というのもホリエモンと一緒の仕掛け人らしく、それが自慢らしい。「ボーダレスで行こう」なんて行ってるだけあって、節操と礼儀がボーダレスだ。廃棄すべきはこいつらである。

「猫さんのオリンピック出場に対し、心からの賛辞と敬意を送ります」

 と書いたのだから堂々としていればいいのに、即座に削除している。腰抜け。

※�

 9はまあさんざん書いているのでパスして。�

 やはりこだわりたいのは10だ。
 どう考えても「人としての道」に悖っている。
 人じゃないのか、猫か。

 猫はもっとまとも。猫と言いたくない。
 醜い人もどき。

(好きな猫だからいやなんだよなあ、犬ひろし、豚ひろし、牛ひろし、馬ひろし、鳥ひろし、なんでも気にならないんだけど。)

---------------

【追記】──東国原のTwitter

東国原英夫 (@higashimototiji)
12/03/26 12:15
猫君がオリンピックマラソンカンボジア代表に決定しました。おめでとうございます。
一部批判や疑問もあるみたいですが、今後、カンボジア人として、国や地域にどれだけ貢献できるかで真価が問われると思います。頑張って頂きたいと思います。


かつてのお笑い芸人として、おめでとうを言いつつも、しっかり皮肉も言っている(笑)。�
  1. 2012/03/29(木) 05:02:58|
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猫ひろし、スポンサー契約でボロ儲け──カンボジアが「猫ひろし従軍慰安婦」で賠償を求める日

カンボジアからのオリンピックマラソン代表になった猫ひろしがスポンサー契約でボロ儲けなのだとか。
元記事はこちら。 



NHKまで夜のニュースで大々的に取り上げていたが、オリンピック出場が決まった猫ひろしは、この先、一体いくら稼ぐのか。
「昨年末、スポーツ用品メーカーなど数社からスポンサー契約のオファーがあったが、猫ひろしサイドは断ったそうです。オリンピック出場が決まった後のほうが、商品価値が高まり、契約金が跳ね上がると計算したのでしょう。イチかバチかの賭けが、成功した形です。はやくもスポンサー候補として、味の素やニューバランスの社名があがっています。ニューバランスからは靴を提供されている。

オリンピック出場となれば、スポンサー料は3000万円程度になるでしょう。5社集まれば1億5000万円。最低でも1億円は稼ぐでしょう」(広告業界事情通)

カンボジア国内では話題になっていないから批判も起きていないが、広く知られるようになったら批判が噴出するのじゃないか。 (日刊ゲンダイ)

※ 

カンボジア国内で批判が起きていないのは、好意的だからではなく、庶民はオリンピックだとか、それのマラソン代表だとかに興味を持つようなゆとりなどないからである。そんなことは知らない。テレビのない家庭も多いし、ニュースでも流れない。假りに流れてもどうでもいいことだ。今日の飯とは関係ない。それほど貧しい。どういう国かは行けばわかる。

そういう国に対して「日本の猫ひろしという芸人」は、「記録には無関係で男女ひとりずつの出場枠」というオリンピックの「空白の一日」みたいな規則の裏を掻き、「国籍移動」という方法で愚弄したのだ。ホント、江川の「空白の一日」を思い出す。

医学を知らない貧しい若者に、「腎臓ってのはふたつあるから、ひとつとっても平気なんだよ。ひとつちょうだいね。お金あげるから」と言ってだましたようなものだ。

カンボジアの陸連の誰とかが言った「経済大国から来た猫ひろしさんの努力がありがたい」は、「大金がもらえて、家族がうまいものを喰えて、感謝してます」ってとこか。その旨いものは、おまえの息子の腎臓代金なんだよ。

このような恥ずかしい行為を、「快挙」ともちあげるひとの気がしれん。


ただし。
日本がカンボジアのような国だったら、どこかの経済大国からこんなことをされるだろう。国の強弱とはそんなものだ。
そして、そういう貧しい日本に住む貧しい私が、そのことに腹立ち、こういうことを書くこともない。だってそんなこと知らないし、その日を生きるのに精一杯なのだから。常時接続のインターネットなんてないんだから。

「所詮ニンゲンは弱肉強食。国の関係とはそういうものなのだ」と割り切れば、どうでもいいことか。 

そういうことをされた屈辱に腹立つのは、生活に餘裕の出来るずっと先のことだ。
そうなったらカンボジアは「猫ひろし従軍慰安婦」なんてのを捏造して日本に賠償金を求めるだろう。
世界中のあちこちに「猫ひろし従軍慰安婦像」を建立して日本を批難する。ニャ~。

わたしたちは、カンボジア代表だから、カンボジア人にしてくれって抵抗したんです。オリンピックはそれでこそ意味があると。なのに猫ひろしに力尽くで……。一晩に何万人もの少女が猫ひろしに犯されました。わたしたちは、わたしたちは、この残酷な行為を許すことはできません!」 

続いて、「猫ひろし大虐殺」。
残虐な猫ひろしが30万人を殺しまくった。賠償せよ! 補償せよ!

冗談じゃないよ。どっかの国とのつきあいを見れば解る。
不衛生で早死にの文盲ばかりの国に、衛生観念を教え、教育を与え、インフラを整備し、識字率を高め、平均寿命を大きく伸ばし、人口も増やしてやったのに、敗戦で認識をころっとかえ、未だに逆恨みされている。ありもしないことまで作られて世界中で誹謗中傷されている。

カンボジアが「経済大国の猫ひろしさんが」と言っているのは今の国情だから。
強くなったら「あの屈辱を忘れない」と何を言いだすかわかったもんじゃない。



彼のやったことは「快挙」ではない。彼は「英雄」でもない。
「国」の立場、強弱を利用し、「営利行為」を具現した醜さの象徴だ。 

でもニンゲンというものを直視するいい機会だったかも知れない。

さすがD作先生の教えは味がある。 深イィ。か?

---------------

 そうかの広告がつきまとう……呪われてる…… 
  1. 2012/03/28(水) 13:35:12|
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日米をジョンとポールに喩える野田総理のセンス──批判する方も「やっちまったなあ」──常田富士男「私のビートルズ」

野田総理が講演で「日本がポール・マッカートニーなら米国はジョン・レノンだ。ポールのいないビートルズはありえない。この2人がきちんとハーモニーしなければいけない」なんて言ったらしい。

ご本人は「ビシっと決めたぜ!」とご満悦かもしれないが、これはもうクールポコで言うと「やっちまったなあ」状態(笑)。国民は、泣きそうな顔で「そんな総理がいたんですよぉ」と言わねばならない。



ジョンとポールと言えば真っ先にこの歌を思い出す。

tokita
常田富士男「私のビートルズ」

♪禿山の、禿鷹が、私を少し噛ったからハッシッシ、ハッシッシ、ハッシッシをあげたのさ~。おぅ、夢見るふたり~。
バラの花をベッドに敷きつめて、ジョンとポールがあいしあっているぅ~。


mp3はこちらにアップ。この歌を知ってるひとがどれぐらいいるのか。
ちょっと検索したら、この歌を知っているのだが、背景を知らず、それを問うているひとがいた。詳しく教えてあげたいけど、私は見知らぬひとのブログにコメントなんて怖くて書き込めない。でも間違ったことを事実のように書き込んでいるひともいて、それにブログ主が「ありがとうございます。そうだったんですか」なんて返事をしているのを見ると気の毒になる。常田富士男を「まんが日本昔ばなし」でしか知らないんじゃ無理。演劇。

ひとつだけ言っておくと、当時を知らない若者?が、この歌のことを「誰にも知られることなく時の中に埋もれた」とかいかにもで書いていたが、そんなことはない。あのころの深夜放送じゃ毎晩かかっていた。私が歌詞もメロディもふつうのヒット曲として覚えているのが証拠だ。すんなり歌える。ゴールデンタイムの歌番組で歌われた歌じゃないけど。

Fuzzをかけたギターとベースのユニゾンフレーズ。このころはまだDistortionもOverdriveもない。ファズが正しい。きちんとホーンも入れて本家を意識している。いいアレンジだ。サイケデリックだぜぇ!(スギちゃん風)。




「野田政権の存在意義」、「ジョンとポール」??~耐えられない野田総理の言葉の軽さ

いくつかの記事を読んでみた。上記のブログがことば巧みにそれを批判している。上手だ。
といって感心するほどでもない。

というのは、ここで指摘されている、

・ビートルズのデビュー前の1957年から、解散する1970年までの長期間よきパートナーであったジョンとポール

・なのに昨年8月に首相に就任してから野田総理は、オバマ大統領と殆ど信頼関係を築けていない

・野田総理とオバマ大統領の関係は、ビートルズ解散直前のジョンとポールの関係のよう

・ビートルズ解散の原因の一つは、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの不仲


これらは誰でも書けることだからだ。
逆に言うと、この比喩には誰でも突っこみたくなる。

日米関係に限らず、「社長と専務は」「委員長と副委員長は」「隊長と部下は」でもなんでも、ジョンとポールに喩えて繁栄や安定を願う言いかたをしたなら、彼らを知っている世代はもう脊髄反射で「でもその不仲が解散の原因なんだけどね」と口にするだろう。そのあとは、ジョージはリンゴは、となる。あまりに定番。

そういう意味で、上記の上手なブログは、言葉巧みに野田総理の発言を手玉に取ったようでいて、じつは野田総理に踊らされているとも言える。「アホが見る」とふられて思わず「ブタのケツ」と反応してしまったようなものだ。こういう批判文章を書いたこと自体がまた「やっちまったなあ」でもある(笑)。
(私は関東人なので「アホが見る」と振られても、「え?」と、すぐには反応できないのだけど。)



困るのは、野田総理はこれを「かっこいい」と思ってやっていることだ。
政治の比喩にビートルズを持ちだした自分を「やるじゃん」と思っている。「おれって新しい。今までの総理とは一味ちがう」

残念ながらそれはとてもかっこわるい。
政治的な微妙なことを音楽バンドになんぞ喩えてはならない。ましてあちらは麻薬やらなんやらある。ポールなんてマリファナ所持で日本に入国できず成田から追い返されている。そんなひとを日本国に喩えてどうするんだ(笑)。しみじみ譬喩のセンスが悪い。
まだしも人種問題を黒鍵と白鍵に喩えたポールとスティーヴィの「Ebony & Ivory」のほうがましだ。まあこれもあまりにベタだけど。

私も、「じゃあジョンとポールの不仲を決定的にしたおじゃま虫のヨーコはどの国?」と定番の突っこみを入れておこう。「ポール側から見たら不愉快だったかもしれないけど、ジョンがほんとうにあいしたのはヨーコなんだよ」と。
まさかヨーコはシナだったりして。

野田総理が、見かけはどっしりしているが、中身が軽いことがよく解る発言だった。

(以上、本文終り。以下餘談。)

-------------------------------

ま、私の場合、タバコをやめられないというだけでこのひとはダメだ。
18の時から吸い続けている(国会で質問され20歳じゃなくつい事実を言ってしまった)それほど中毒しているものだからこそ、総理になったことをきっかけにキッパリやめたとか、それぐらい見せてくれないと。
いまストレスでますます本数が増えているらしい。あの肌の汚さは喫煙が関係あろう。顔からしてヤニ臭い。

周囲にもたらすタバコの害毒とかは関係ない。彼の健康のこともどうでもいい。
指導者として、中毒している薬物をやめられるかどうかという意思の強さである。
その気になれば、これほど中毒しているタバコだってキッパリやめられる。その心意気を見せて欲しかった。

いまのところ見せている意志の強さは、なんとしても消費税をあげるという決意だけだ。
竹下と同じくそれで歴史に名を残したいのか。

---------------

 そうかのその字も書いてないのに広告が消えない。呪いか。すぐビートルズが出たのはさすがだな。
  1. 2012/03/27(火) 03:00:08|
  2. 総理大臣
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猫ひろし、カンボジアからオリンピック出場──創価学会の栄光──アイネスフウジンと「ナカノコール」

olympic2012
カンボジア国籍を取得してロンドン五輪出場を目指すタレントの猫ひろし(本名滝崎邦明〈たきざき・くにあき〉)さん(34)が男子マラソンの同国代表に決まった。カンボジア・オリンピック委員会のワット・チョムラーン専務理事が25日、明らかにした。他の競技の代表とともに4月に正式発表する見通しという。



 五輪の陸上では、参加標準記録を突破した選手が1人もいない国・地域は、男女1人ずつがいずれかの種目に出場できる「特例」がある。カンボジアはこれに該当し、猫さんは自己ベストが2時間30分26秒で標準記録に届かないものの代表に選ばれた。

 夢が実現することになるが、国籍を変更しての出場は論議を呼びそうだ。
http://www.asahi.com/sports/update/0325/KYD201203250001.html  





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nekohirosi瀬古氏は「本当におめでたい」有森さんは「複雑」

猫ひろし五輪代表決定


 猫ひろしのカンボジア代表決定について、往年の名ランナーで日本陸連理事の瀬古利彦氏は「本当におめでたいこと。五輪は参加することに意義がある。選ばれた以上、カンボジア国民の夢を背負って頑張ってほしい」とエールを送った。

 猫の自己記録は2時間30分台で女子のトップ選手にも及ばない。それでも日本陸連強化委員会の木内敏夫統括ディレクターは「最近の成長を見ると、ただの市民ランナーの走りではない」と評価した。


 国籍を変更しての五輪出場に批判的な意見もある。マラソンを通じてカンボジアとの国際交流に尽力する五輪メダリストの有森裕子さんは「心情的にはこれが本当にいいことなのか複雑だ」とコメントした。


 カンボジア国内ではあまり話題になっておらず、今のところ強い批判は起きていない。同国陸連のペン・ブティ専務理事は「猫さんは経済大国から来てくれた。猫さんのような日本人がカンボジアのために身をささげ、努力してくれることは、カンボジアにとって誇りだ」と歓迎した。(共同)
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/03/25/kiji/K20120325002906760.html 
 





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 日経賞でネコパンチが逃げきったのはこういうことだったのか。

 勝利騎手インタビュウで江田照が猫ひろしのまねをして「ニャンニャン」てやってた。

 私が猫ひろしを嫌いな理由のひとつにこれがある。彼の芸名は「舘ひろし」の「タチ」を「ネコ」にした言葉遊びから来ていて(タチとネコの意味がわからないひとは調べてください)猫とは無関係。芸名が「ネコ」になったので漢字の猫を当て、そこから「にゃ~」とかやっているが、猫好きではない。猫好きでもないのに猫を名乗られて、愛猫家として極めて不快だ。



 猫も、馬のネコパンチも大好きで、ナンミョーは大嫌いなブロガーの<きっこさん>は、この「猫の名を騙るナンミョー」のことをどう思っているのだろう。

 <きっこさん>のTwitterに出かけてみる。<きっこさん>は、この件に関して意見を言ってるだろうか。

 

<きっこさん>のtwitter 

kikkoao




 すでに就寝されていたようだ。残念。



 過日、朝、起き抜けにテレビを点けてしまった。テレビは今ごく限られた番組を見るだけなのだが、寝惚けていると月に一、二回は未だにこんなことをしてしまう。何十年もの習慣はこわい。いわゆる「起きたらまずテレビ」ってヤツだ。

 朝のワイドショーだった。昨日、猫ひろしがフルマラソンを走り、自己新を出したことに対し、「快挙ですね。がんばってます。うまくオリンピックに出られるといいですね。私達も応援してます!」とニコやかにやってたので急いで消した。たしか羽鳥だったからテレ朝か。
 猫ひろしのオリンピック標準記録には程遠い自己新で騒いでいたようだから、カンボジアの代表として出場が確定した明日月曜は、各局とも朝から大はしゃぎだろう。



 しかしこれってカンボジアにとっていいことなのか。恥ずべき事ではないのか。大金持ちの創価学会から裏金でも動いたのか。
 カンボジアには14年前から三度ほど行っている。ずいぶんと怖い思いをした。何度か銃を向けられている。あそこの政府と軍人に対していい印象はない。
 このことでまた嫌いになった。どう考えてもおかしい。経済大国からやってきたのを出場させることで何か見返りを期待しているのか。それとも水面下でもうもらっているのか。

 水準記録を満たしていない弱小国には男女ひとりずつ出走枠が与えられる。オリンピックを運営している、いわゆる先進国(イヤなコトバだ)からのお情けだ。
 オリンピックというのは、その先進国が金を出しあってやっている〝営業〟である。利権もある。委員になったりしたらもうたいへん。キレイゴトではない。そのことを忘れてはならない。

 出場の時点でもう負けることは判っていても、だからこそ未来のカンボジアのために、カンボジアの若者に経験させるべきだ。彼が教師になり、自ら体験したオリンピックの雰囲気を語り続けるだけで、青少年の国威発揚に繋がる。未来のカンボジアの夢になる。それこそがオリンピックの価値だろう。

 日本のお笑い芸人が国籍を替え、カンボジア代表として出走して、2時間7分ぐらいの優勝者の後に2時間30分でゴールする。何十位だろう。ビリから何番目。ビリ? 
 残るのは「おれはオリンピックに出たことがある」という猫ひろしの自己満足だけだ。まさかオリンピックが終ったらまた国籍を日本に戻すなんてことはしないだろうな!? そういや猫ひろしって結婚している。女房は日本国籍のままか。するとこれって国際結婚? 先日生まれた娘はハーフか?

 これがもしも純粋なカンボジアのランナーだったなら、たとえビリでも、カンボジアのこどもたちは中継を見て、口惜しさに唇を噛みながらも、「いまにきっと!」と思うだろう。それがオリンピックだ。それが「参加することに意義がある」だ。
 瀬古の言っていることはおかしい。参加することに意義があるのはカンボジアの青年が挑むからであって、日本のお笑い芸人が話題欲しさに国籍を替えて参加することに意義はない。

 ということで思い出した。
 女子100メートルの第一次予選に、そういう国の選手が出ていた。メダルを争うような国の選手のやる気満々の勝負服とはちがいジャージ姿。何十メートルも遅れてゴールする。でも彼女は国では一番速い選手なのだろう。あれはあれでオリンピックの味わいだった。
 カンボジアはどんな競技でもいいから、ビリになろうとも自国の選手を送るべし。断じてそれは猫ひろしではない。



 もちろん金メダルを狙えるような場合は別になる。日本からの出場枠ではメダルが狙えないと判断したアスリートが、アメリカやロシアに国籍を移して出場しようとするケースがある。それはおおいにやればいい。猫ひろしの場合とはちがう。

 個人的には、そんなことまでしてオリンピックに出てなにが楽しいのだろうと思う。
 だってオリンピックのおもしろさは「国別対抗戦」だ。国を背負うからおもしろい。ゆとり教育の歪みで「わたしなりのオリンピックを楽しんできます」なんて勘違いバカが増えたが。

 そこがあやふやになったらおもしろくない。オリンピックじゃない。
 国体で、主催県を優勝させるために所属県を移動する国体プロ(笑)がいるが、それと同じだ。
 より卑近な喩えをするなら、「クラス対抗戦」も「学校対抗戦」も、いつも所属しているクラスや学校があるからおもしろいのであって、それが不鮮明では盛りあがらない。

 在日朝鮮人で帰化していないのが韓国からオリンピックに出ようとすることがある。レスリングの長州力とか柔道の秋山成勲とか。
 けっきょく韓国で差別されて傷つくことになる。そりゃ韓国人だって都合のいいときだけ「韓国人でござーい」ってやってくる日本在住のヤツより、自分の国で育った連中を応援するだろう。そもそも日本で生きていて、朝鮮語もしゃべれないくせに、そんなことをしようとするヤツが狂っている。これまた国籍がわかっていない。まあ「国とはなにか」を考えるきっかけにはなるだろう。



 猫ひろしがぶっちぎりで優勝し、表彰式でカンボジア国家が流れるならまだしも。
 うん、それなら認める。猫ひろしに日本代表になれる力があり、それどころか世界最高タイムを持っていて、金メダルは確実と言われている。なのに国籍をカンボジアに移す。初めて行ったときに感動したカンボジアという国に初の金メダルをもたらし、勇気を与えたいと。

 表彰式で金メダルを胸にした猫ひろしとともに、カンボジア国歌が流れたなら、カンボジア国民は、それが日本から国籍を移して出場した元日本人だと知っていても、自分達のためにそれをしてくれたのだと喜ぶだろう。感動してマラソンを始める青少年も増えるにちがいない。
 だけど猫ひろしがそれぐらいの記録を持っていたら日本から出るに決まっている。これはお笑い芸人の売名行為でしかない。「国籍」をアイテムにした……。

 これは日本国、日本人にとって、いいことなのか。
 カンボジア人にとってうれしいことなのか。
 猫ひろしにとっていいことなのか。
 そもそも国籍ってそんなものなのか。

 長年日本に住み、日本語しかしゃべれないのに、頑なに帰化を拒み、日本の悪口を言うことをアイデンティティとしている在日朝鮮人に、猫ひろしの国籍変更について問うてみたい。

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【追記】──長谷川理恵、猫ひろしを絶讃!──3/28 5:45

タレントの長谷川理恵が27日、東京・文京区で行われた「美筋アワード2012」の授賞式で「第1回 美筋アワード」を受賞した。同賞は美しく健康的な筋肉を持つ人に贈られるというもの。長谷川は、長年続けているマラソンで培われた健康的な肉体美や、その美しい筋肉を保ち続けていることから受賞に至った。

 美筋アワードを受賞した長谷川は「10年以上マラソンを続けてきて良かったなと思いました。本当に光栄です」と笑顔。

 また授賞式では、カンボジア代表としてロンドンオリンピック出場が内定したタレントの猫ひろしについて質問が及ぶと「大尊敬します。並大抵のことではないので、本当に練習されていた姿も知っていますし、夢がかなって本当によかった」と祝福した。

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 カス同士、よく通じあうようだ(笑)。

 以上で、「猫ひろしのオリンピック出場に関する話」はおしまい。以下は創価学会と競馬のこと。興味のないひとはとっとと帰ってください。

00kanren.gif 
 カンボジアからオリンピックに出ようという猫ひろしという名の国辱


聖教新聞の猫ひろし──「オリンピック出場の夢は諦めない」







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 この胸糞の悪くなる話で、ただひとつたしかなのは、創価学会にとってはいい宣伝材料ということだ。学会員の芸人が異国からオリンピックに出ることは、布教の面からも、まさしく「快挙」である。
 熱心な学会員はロンドンまで応援に駆けつけることだろう。久本雅美とか柴田理恵がレポートするのか。WAHAH本舗だから、そもそも猫ひろしの入信は久本絡みだろう。あそこには創価でないといられない。
「猫ひろし、オリンピックまでの道」なんて特番が作られ、ビリでゴールインする猫ひろしに久本が涙ぐちゃぐちゃの醜い顔で抱きついて、よくやったよ、よくやったよと号泣するシーンが今から目に浮かぶ。

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【追記】──すでにもう番組は始まっているらしい。さすがはTBS(笑)。──3/26 21:30

TBS 炎の体育会
「芸人・猫ひろし 五輪への道
完全密着900日 独占放送」
ロンドン五輪挑戦「カンボジア人として」

それと、記者会見で猫ひろしが「事務所の先輩タレント・久本雅美から祝福を受けたといい「『よくやった』とメールをいただいたんですが、ロンドンに来てくれるかと聞いたら『それはない』と言われました」と明かしている。
でもぎりぎりで行くと思う。感動のゴールに久本と柴田の涙はかかせない。 

【追記】──おわり

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 創価学会はそういうことに関して熱心だ。最高の宣伝になる。
 調教師や騎手が学会員のアイネスフウジンがダービーを優勝した際、それを讃えるため競馬場に駆けつけていた学会員が、学会員騎手・中野の名を叫び始めた。
 周囲の軽薄な連中に伝播して、伝説的な「ナカノコール」となり、翌日の聖教新聞の一面を飾った。

 私はあの現場にいて、「附和雷同」とは、なんと怖ろしいのだろうと身を竦めた。「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」である。
 また、その後も今に至るまで、この醜悪な宗教的儀式を「感動の一瞬」として語り続け流布している鈴木淑子というひとの鈍感に惘れる。学会員ならともかく。学会員なのか?

  あれから「騎手のコール」が起きると気味が悪くなって耳を塞ぐ。本人がイタリアのダービーを勝ったときより感動したと言う「ミルココール」のミルコ・デムーロが創価学会員とは思わないが(笑)、あの気味の悪い現象の始まりは確かにそれだった。



 私が今年オリンピックで見たいものは何があるだろう。ボルトの陸上と柔道ぐらいか。
 もともとオリンピックオタクじゃないからどうでもいい。関わらなければ遠い話だ。

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──私は当時、馬主のKさんも学会員だと思っていた。調教師、騎手、馬主と創価学会トリオだと。
 実際そういう例は多い。そりゃ学会員の馬主だったら学会員の調教師に預け、学会員の騎手を乗せたい。自然な感情だ。安田、中野、中舘etc……。彼らの絆は強い。それこそ狂信的に。

 しかしそのK調教師とつきあい(取り引き)のあった生産者がきっぱりと否定したので今は認識をあらためている。
 創価学会員の調教師と取り引きをする生産者は聖教新聞を取らされる。私と親しいその生産者も二部取らされていた。おつき合いだ。読まないまま納屋に積みあげられた何年分もの聖教新聞を見たときは寒気がした。
 いまやマイニチ新聞よりも発行部数が多く、数字的には讀賣、アサヒ、聖教が日本の三大新聞だが、聖教の部数にはだいぶこういうのが上積みされているのだろう。またマイニチ新聞が聖教の印刷で口を糊しているのも有名な事実。批判など出来るはずもない。

 彼のところにも馬を見に馬主のKさんは訪れており、その際、創価学会の悪口を言い、はっきりと自分はちがうと否定したそうだ。この「悪口」というのは重要。一種の踏み絵であり、会員はぜったいに悪口は言わない。
 Kさんは、若い新米馬主だった。馬主になってたった二年でダービーを勝った強運のひとである。そんな新米馬主Kさんの安馬アイネスフウジンを預かってくれる厩舎はそこぐらいだったのだろう。その縁で、彼らから熱心に折伏されたことは想像に難くない。ヤツらはそれこそ馬が活躍しなかったら「あなたが入信していないからだ」と言い、活躍したら「入信すればもっと走る」と言う。その憤懣も溜まっていたのか、知人の生産者に語ったKさんの創価学会批判はかなりのものだったらしい。

 ベンチャー企業の起業者だったKさんは後に破産しラブホテルで、同じく起業家だった盟友ふたりと一緒に首吊り自殺している。その栄枯盛衰は大きな話題になった。後にこのホテルが、「自殺が大きく報道され客足が減った」と遺族に損害賠償の裁判を起こしたことも報道された。
 Kさんの死を知ったとき、ヤツらは「入信さえしていればこんなことには」と語ったであろう。

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どうでもいい【附記】──メモ代わりに

 Twitterをやめた理由はいくつかあるのだが、そのひとつにこんなのがあった。
 相互フォローをして、何度かやりとりしたひとが、「おつきあいで取っている聖教新聞がウンヌン」と書いていたのだ。
 う~ん。上記のような商売上の「おつきあい」はわかるが、一般家庭の主婦(そのひとはそうだった)が、おつきあいであんなものを取るとは考えにくい。新聞は落ち目で好きな新聞でさえ取らないひとが多い時代なのだ。取った以上読むだろうし、読まないなら読まないで、家庭では置いておくだけでも嵩張る。
 そもそも、おつきあいであれ、あの信者以外はとてもじゃないが読めない新聞を取っていることはかなり異常だ。もしも本当なら、かなり鈍いひとになる。そんな鈍いひとと私は「おつきあい」したくない。

 「おつきあい」はウソなのだろう、と解釈した。学会員なのだ。そこがわからず悪口を言ったら相手の気分を害する。それはしたくない。そっとフォローを外した。何かを感じたらしく、向こうも外した(笑)。このパターンは多い。相手がとんでもないひとだとわかったら離れるしかない。
  Twitterはむずかしいな、と感じたひとつになる。

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↓ 覚悟したことですが、早速創価学会関連の広告が入っています。うんざり。
  これを消すためには、無関係な新記事をアップするしかありません。早く書かないと。
  1. 2012/03/26(月) 01:21:35|
  2. 宗教
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「岳 みんなの山──石塚真一」を読む──麻生太郎のマンガ好き

gaku 2008年のマンガ大賞に撰ばれた「岳 みんなの山──石筭真一」を読み始めた。
 こどものころからいまに到るまで自慢できるぐらいマンガは読んでいるが、ここのところ定着気味。定番ばかり。マンネリ。

 それを恥じてはいない。自然と思っている。いまも毎週「少年ジャンプ」を読むという麻生太郎のほうが異常だ。私は小学生のときから読んできた少年サンデー、マガジンを、三十代で卒業した。これでもかなり問題だろう。実際当時私は「おれはこのまま一生サンデーマガジンを読み続けるのだろうか」と自問した。といってタバコのように苦しんでやめたのではない。次第について行けなくなり疎遠になった。そりゃ小学生向けに二十代の漫画家が描いている少年漫画誌を三十代の男が楽しむというのは歪んでいる。卒業は自然だ。マンガにも年相応がある。

 麻生さんはよくもわるくも怪物である。といって私は、麻生さんのようにジャンプを読みたいとは思わない。何事も世代はある。だからこそビッグコミックもあんなに分派した。

 しかしそのことで言うと、(麻生さんはこのことにだけは触れられたくないようだが)、マンガというのは、おとなが子供向けに描くものだから、どうしてもコトバは難しくなる。その分、カナ(ルビ)が振られているので、わかりやすい。だからマンガ好きの子供は、コトバでは大人びる。大のマンガ好きだった私は小学校3年ぐらいのとき、近所の不勉強な中学3年生より、コトバでは大人びていた。

 まあ、あまりにレベルの低い地域の話なので、私がすぐれていたというより、周囲が遅れていたのだが。でもあのころ手塚治虫の「鉄腕アトム」には、「ヴァン・アレン帯」なんてコトバが登場していた。地球内部の「マントル層」とかもマンガで覚えた。それらを知っている小学校低学年の私と、マンガを読まず知らない中学生のあいだに智識差があったのは事実だ。
 マンガ好きの麻生さんがなぜ漢字を読めなかったのか不思議でならない。

 ここで、もしかして「その後の鳩山や菅もひどいひどいと言われながら麻生のようなことはなかった。麻生が飛びぬけてバカだった」と思っているひとがいるかもしれないので、念のために書いておくと、麻生の赤っ恥で懲りたことから鳩山や菅の原稿は、それこそスタッフにより小学生でも読める漢字にまでカナがふってあった。あれはあれで屈辱だったろう。それだけの話。

 麻生は「TVタックル」や「たかじん」に出演するが、絶対にこの話題にだけは触れさせない。彼なりに強烈なトラウマなのだろう。でもマンガ好きとしては「未曽有」を「みぞゆう」ではなく「みぞう」と読むなんてのは、マンガのフリカナで学ぶ典型例だと思うのだが……。 

kanren7●三年遅れの「麻生太郎漢字誤読論」

 


 と、最初から脱線してしまった。麻生さんじゃなくて「岳」の話。
 ビッグコミックをレギュラーを始めとして創刊号からぜんぶ読んでいるというのは私の数少ない自慢だ。
 しかし時の流れと共にいちばん好きだったオリジナルも今は買わくなくなった。コンビニで「風の大地」と「黄昏流星群」を立ち読みする程度。後々それらは単行本を買って読む。「毎週買う派」だったのに、すっかり「単行本派」になってしまった。スピリッツやスペリオールは手にすることもない。あとはモーニングやイブニングの「島耕作」ぐらい。
 それは正しいと思っている。いまの私がスピリッツの最新人気漫画に詳しいことは、AKB48の曲をカラオケで歌って若ぶるおっさんと同じぐらい滑稽だ。



「岳」のことは知っていたが立ち読みもしていない。そもそも立ち読みって申し訳ないと思うから5分以上しないし。
 その立ち読みも、「千円買い物したから5分の立ち読みは許されるかな」とか気を使う典型的小市民感覚(笑)。ほんと私は「今日はモーニングの島耕作を立ち読みしよう。その代わり何か買わないと。何か買う物はあるだろうか」と確認してから出かける。律義だ。



 マンガ大賞に撰ばれた秀作であることはもちろん、ストーリーも画風も確認してから、いわゆる「おとな買い」で入手し、読み始めた。漫画家志望ではなかったのに、浦沢直樹や弘兼憲史の絵を見て独学したと言うだけあって、浦沢的なタッチが随所に顔を出す。私にとって好みの画風というのは大事で、どんなに世間的に話題の作品でも自分好みでないと受けつけない。

 これはドラマでも同じ。どんなに話題の、おもしろそうな作品でも、役者が嫌いだと見ない。というか見られない。
 先日十数年遅れで松嶋菜々子と堤真一の「やまとなでしこ」を見てたのしんだ。でもどんなにおもしろいラブコメでも、あれが久本雅美と武田鉄矢だったら見ない。



 さんざん検討した結果の購入であるから当然なのだが、アタリでよかった。年をとると、「ハズレを嫌う感覚」が強くなる。

 私は山岳関係の本やマンガはけっこう読んでいる。楽しんでいる。マンガだと村上もとかの山岳モノが好きだ。沢木耕太郎の「凍」を読んだときは、指を失う恐怖に震えた。山登りに興味はない。多くのひとが魅せられるようにすばらしいのだろうとは思うけど、楽器演奏が好きな者として、凍傷で指を失う恐怖には耐えられない。浅田次郎の「プリズンホテル」にも指のない豪気な山男が出てくるが、やはりなじめなかった。



 いま「岳」一巻目の「写真」まで読んだところ。いい話だ。泣いた。
 どんどんひとが死ぬ。全員助かってのハッピーエンドはない。きつい。読んでいてつらい。でもそれが現実だろう。とても酒を飲みつつ読める作品ではない。
 15巻まである。じっくりゆっくり読んで行こう。

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【補記】──作者は茨城出身

 作者の石塚さんは茨城出身なのだとか。どこなのだろう。毎度言うが、茨城も福島寄り、栃木寄り、千葉寄りで、あれこれちがうのである。私の田舎は利根川を挟んだ千葉寄り。
 なんとなく気になる。でも「茨城県出身」という以上の情報はない。石塚というのはけっこうあった苗字なので、もしかしたら、と思う気持ちがある。いま41歳。アメリカの大学に行った……。もしかしてあの石塚さんちの息子なのではないか!?

【追記】──私なりの感想をこちらに書きました──2014/06/22

 『岳』に関してまともなことが書いてあると期待してここに来たかた、すみませんでした。すこしまともな感想をこちらに書きましたので読んでください。

●マンガ『岳 みんなの山』の感想──三歩は死ぬ必要があったのか!?
  1. 2012/03/25(日) 03:00:34|
  2. 漫画
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のTwitterに異変!?──なんかちょっとヘン、心配だ!──みなさん、ぜひ読んでみてください!

私が、心から尊敬し崇拝し〝友愛〟を感じているかたに、高名なブロガーの<きっこさん>がいる。文筆家として俳人として類い希な才能を発揮している現代の奇蹟とも呼べる美神であり才媛である。
私も一応モノカキのハシクレなのだが、私の文章のほとんどは<きっこさん>の模倣だ。影響を受けた作家を問われたら、真っ先に、そして唯一<きっこさん>の名を揚げる。私はいまも<きっこさん>にすこしでも近づけるよう日々精進している。

それと、これはちょっと恥ずかしいのでちいさな字で書くが、そういう憧れから、いつしか<きっこさん>に恋心を抱いているのも事実だ。毎晩<きっこさん>のことを想像して……。

ところがなにがあったのか、ここのところ<きっこさん>のTwitterが今までと雰囲気がちがう。

なにがあったのだろう。心配だ。アンチからの妨害工作でもあったのか。クソ田舎者便所虫が私のマドンナになにか不愉快なことをしたのかと思うといてもたってもねてしまう。痔は立ったまま眠っている。
8万人もいたフォロワーがなぜいきなり13人に減ってしまったのだろう。私は<きっこさん>信者としてすぐにフォローさせていただきました。14番目。ブロックされても文盲です。

みなさんも是非<きっこさん>のtwitterを読んでください。下のリンクをすぐにクリックしてください。<きっこさん>の力になるためにフォローしてください。
気づいたことがあったら教えて欲しい。<きっこさん>は変節したのだろうか。それとも覚醒したのか。気になってならない。いったい何があったのだ!?

蒼ざめたきっこを見よ! 

00twitter.jpg<きっこさん>のtwitter
  1. 2012/03/24(土) 03:48:11|
  2. ツイッター
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の八百万の神──複数だから神々に──単称複称へのこだわり

00kotoba.gif

 ひさしぶりに、高名なブロガーの<きっこさん>の文を拝読した。
<きっこさん>のことで知りあったネット知人が、 「ぜひ読んでください」とメールをくれたからだ。

八百万(やおよろず)の神について書かれていた。3月16日の絶品の名文。
森羅万象に通じた<きっこさん>らしいすばらしい内容だった。感動で涙が止まらない。号泣した。
<きっこさん>は智と美を兼ね備えたネット界の女神である。



結びはこうなっている。

‥‥そんなワケで、ここまで書いてきて今さらだけど、「八百万の神」って言い方はおかしいと思う。複数なんだから「八百万の神々」って言うのが正しいと思う‥‥ 

その姿勢に感嘆する。
<きっこさん>は日本語の表現にこだわる。
言の葉を追及してきた俳人としての誇りもあろう。

「八百万の神」の「神」は、英語で言うならGod。
でも八百万もいるのだから、それではおかしい。
ここは「Godsにすべし」という主張。
言葉に厳しい<きっこさん>の姿勢に、あらためて感服する。
日本語の人称の問題。<きっこさん>の追及はシビアだ。

単称、複称にはこだわらねばならない。
単勝の130円を100円当てれば30円儲かる。複勝は元返し。
今年の目標は百円均一! いや一攫千金!

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00kanren.gif  松田聖子の「思い出たち」



単称複称の問題。
「きっこさんたち」?

  1. 2012/03/22(木) 03:40:45|
  2. きっこ
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WindowsをMac風にするソフト──気分転換に

00-pc8 
 WindowsのデスクトップをMac風にできるソフトの話。かなり前からある。10年以上前にもやったことがある。

 ひさしぶりにやってみた。雰囲気が変わるから気分転換にはなる。
 むかしのとちがってかなり本格的。これってむかしのヤツの発展系なのか、まったく別物なのか。

そのソフトはここにあります。

 すこし重くなるので、非力なPCのかたはやめたほうがいいでしょう。



00kanren.gifひさしぶりにデスクトップをMac風にしてみた+窓使いの自由度について
  1. 2012/03/22(木) 03:00:45|
  2. パソコン
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スティーヴィー・ワンダー「Love Songs 20 Classic Hits」──CDウォークマンのころ──坂本冬美の魅力

stevie20 BGMとして歌を聴くことはまずめったにないのだが、先日のJ.D.Southerの「Your Only Lonly」から、当時彼の恋人だったLinda RonstadtsのJazz Album「Round Midnight」を聴いたりして、ここのところまた歌を聴く(聴ける)ようになっている。

 今日はStevie Wonderを聴いた。Media Monkeyを開き適当にクリックした。そりゃまあ本気で聴くなら、傑作の誉れ高い「Key of Life」とかになるのだろうし、個人的には「Master Blaster」が思い出の一枚になる。いやそんなアルバムはないのか、あれはなんだっけ、「Hotter than July」がアルバムタイトル。その中の一曲が「Master Blaster」か。いちばん好きなのはこれになる。



 スティーヴィー・ワンダーと言えば、むかし名古屋から中央入りし、阪神大賞典やダイヤモンドステークスを勝ったステービーワンダーという名の馬がいた。活躍時が1970年だから馬名がついたのは1967年ぐらい。スティービー・ワンダーは1950年生まれだからそのとき17歳。リトル・スティーヴィーとしてもう音楽活動をしていた。つまりジャクソン5時代のマイケルみたいな活躍をすでにしていたわけだけど、この馬主がかなりのポップス通であったのはまちがいない。早くもこの時期にこの馬名である。

 当時地方競馬では馬名に小文字が使えなかった。だから「ステービー」。「スティービー」と書いたら間違いになる。
 今は「ヴィ」が使えるから「スティーヴィー・ワンダー」か。11文字だから馬名は無理。

 大井から中央入りして活躍した馬に「ミサキネバアー」がいる。重賞は勝てなかったが春天でモンテファストの2着している。これもネヴァービート系からとった名前だが、小文字の「ァ」は使えない。だから「ネヴアー」だ。父の名はネヴァービート(Never Beat)と表記され、ちいさい「ァ」があるが、息子はネバアだ(笑)。

 しかしだからといってこういうのを今風に「ミサキネヴァー」と書いてしまったらそれは誤記になる。「ネヴアー」が正しいのだから「ミサキネヴアー」と書かねばならない。



 いま旧い競馬の調べ物原稿を書いているのだが、吉川英治の活躍馬で「チリオ」がいる。中央で13勝した名牝。どう考えても「チリオ」であり、関係者もそう呼んでいたのだろうが、登録上の正しい馬名は「チエリオ」になるから、「チリオ」と書いたらまちがいになる。

 同じく当時は旧かな使いなので、菊池寛の持ち馬の「トキノチカ」は、これも読みはトキノチカイであり、誰もがそう呼んでいたろうが表記は「ヒ」になる。
 これはむしろ「旧かな遣いの時代かあ」と好感を持つが。



steviehotter スティーヴィーのアルバムはほとんど持っているのに、適当にクリックしたので名盤ではなく、寄せ集めアルバムを聴きだしてしまった。結果としてそれがアタリになる。
 念のため、左の写真は私のいちばん好きな「Hotter Than July」。寄せ集めアルバムの写真は冒頭。

 Media Monkeyでチェックすると、私がHDDに収めているスティーヴィーの曲は、731曲、3.8GB。そんな中から偶然にこの買ったことすら忘れていた寄せ集めアルバムを聴き始めた。期待していない。すぐに切り替えるはずだった。

 が、Beatlesの「We can work it out」が流れてきて背筋がゾクッとする。名曲のスティーヴィー流の解釈だ。天才の作った名曲を天才が独自の解釈で歌っている。



 私はBeatlesのこの曲を当時普及し始めた最新鋭家電・留守番電話機(笑)のBGMにしていた。「Life is very short」の部分。
 私はケータイは電話にしか使わないし、着メロはデフォルトのままだが、このころ留守番電話のBGMを毎週のようにチェンジしていたから、「着メロに凝る感覚」はわかる。私が今高校生だったら毎日のように凝った着メロをダウンロードしては替えていたろう。そういう性格だ。

 この初期の留守電は、そんなことをしようと思ったらぜんぶ自分でやらねばならなかった。ふつうの電話機に、外附けで留守番電話機を繋いだ。カセットテープを内蔵した「留守番電話機」はビデオデッキぐらいの大きさがあった。ラジカセから音楽を流し、自分でメッセージを吹きこむ。そのBGMの音楽撰びに凝った。毎週替えていた。つまらんことに時間を使った。でも楽しかった。

 留守電はあっと言う間に普及し、ちいさく安くなった。ふつうの電話機を買うともうその機能がついていて、電子音が受け答えをしてくれる時代になる。短くもはかない「つまらんことに凝った、でも懐かしい時期」になる。

 この「Life is very short」のときに、間違い電話が吹きこまれていた。きれいな声の女で、「あ、間違って掛けてしまいました。ごめんなさい」と謝った後、「でも、とってもステキな曲ですね」と感想を述べていた。性格のよさが出ていた。思わず、もういちど間違い電話を掛けてこないかなと思った(笑)。

 あれやこれや当時の状況が浮かんでくる。



sakamotolovesong むかし、NHK総合の明け方に時間潰しの手抜き番組があった。適当なBGVと適当な音楽を流すだけ。緊急事態が起きたらすぐに対応すると構えているのが見えた。阪神淡路大震災のあとぐらいか。緊張していた時期だったのだろう。去年今年に通じる感覚だ。

 いまはこの時間帯にもしっかりした番組を流しているようだが、当時は毎日3時から5時まで連日そんなのを流していた。当時の私はその時間まで仕事をして、明け方にセブンイレブンまでクルマで行き、おでんとかのツマミを買ってきて、明け方にそれを流しながら、雑誌を読んだりしつつ、一杯やって寝る生活だった。

 手抜きのチープな番組だったがそれはそれで息抜きにとてもよかった。外国の美しいビーチの景色に、それふうの音楽をかぷせる。ブラジルあたりの海辺の保養地の映像が流れたりしたから、NHKの番組ではいちばん露出度が高かったかも知れない。心地良いBGMにビキニの美女の映像だったりするから、とりあえず流しておくのにとても適していた。
 ここで強調しておきたいのは「そのBGVはとてもレベルが低かった」ことだ。どこかから安く買ったのだろうか、その海辺の保養地の、ビキニの美女が闊歩したり、こどもたちが波を被ったりしている映像は、素人が撮ったこどもの運動会のようだった。あまりにへたなので妙に鮮明に覚えている。

 ある朝、息抜きにそれを点けたら、そういう景色にかぶせて、スティーヴィーの名曲「I Just Called to say I love you」が流れてきた。歌っているのは女。聴きほれた。声に艶があり、たまらない。なんてうまいのだろう、これは誰なんだと思った。クレジットを見て仰天する。坂本冬美だった。以来ファンになった。演歌歌手の底力はすごい。アメリカもすぐれた歌唱力の女歌手はカントリー(まあ日本の演歌だ)出身が多い。Lindaもそうだし、LeAnn Rimesも。

 といって私は坂本冬美の演歌のヒット曲はいまだに一曲も知らない。このへんは微妙だ。何度も書いているが紅白歌合戦もレコード大賞も何十年も見ていないし。
 歌手としての彼女の能力を高く評価しているのだが、かといって彼女の典型的な演歌を聴く気もない。

 彼女が日本の名曲をカバーしたアルバム(写真)は持っている。でもこれはかなりの部分「コブシを回しすぎ」と感じる。もっと抑えて欲しかった。あまり感心しない。彼女としては自信を持った今の時期だからこそ敢えて「演歌歌手」を前面に出したかったのか。そんな気がする。以前の彼女のこの手の歌は、演歌歌手であることを隠している感じがした。だから私には「とんでもなくうまい覆面歌手」だったわけだ。いまは全面的になにを歌おうと「演歌歌手の坂本冬美です」と出している。いいのかわるいのか。



stevie2 この「Love songs 20 Classic Hits」というかっこわるいタイトルのアルバムは何なのだろうと調べる。いつどこで買ったのかすっかり忘れている。スティーヴィーのdiscographyには記載されていない。Amazonで調べて、

1963~71年に発表された楽曲の中からセレクトされた20曲のラブ・ソング。CMに起用されリヴァイヴァル・ヒットした「LIFE~ステイ・ゴールド」をプラスしたベスト・アルバム。

 と知る。発売は1985年。スティーヴィーは、シングル「パートタイム・ラヴァー」がヒットした年だ。
 スティーヴィとは思えないようなこどもっぽい声があって、ほんとにスティーヴィなのかと思ったが、13歳なら当然だ。

 左が収録されている曲名。13歳から21歳までのスティーヴィーのアルバムから、彼がカヴァーした他者のヒット曲を抜きだして集めたモノ、のようだ。まだシンガーソングライターとして完成されていない時期だ。

 安易な企画物だが、御本尊が歌唱力抜群のスーパースターだから優れた出来になっている。
 なんて、20数年ぶりに聴きなおして、というか偶然触れて、いまさらのことを言っているだけだが。



discman ということからいきなり記憶が浮かんでくる。CDウォークマンの頃だ。ソニーのあれの初期の名称は「Discman」。私の買ったのにもそのロゴがあった。

 茨城と東京の二重生活をしていた。クルマには10連装CDチェンジャーを詰み、上京帰郷する電車の中ではディスクマンを聴いていた。最新の製品で5万円もした夢の機械(笑)だったから、電車の中で聴いていると、下校時の高校生が憧れの目で見ていたものだ。ほんと。

 競馬関係者は音楽に疎いから、競馬場の記者室でこれを聴いていると、「それはなにをするものなのだ」と質問されたりした。ほんと。

 私はCDウォークマンはこの一台だけ、このあとのMDウォークマンも一台しか買っていない。カセットテープのウォークマンはそれこそ何十台買ったか覚えていないほどだが。
 このあとの90年代がいちばん外国に出かけた時期になる。旅先ではまだカセットウォークマンのほうが便利だったから、最新型のCDからまたそっちに戻っている。欧米ではもうCDの時代になっていたがアジアではまだカセットが主流だった。旅先で5千円もしないまがい物ウォークマンを買い、現地の音楽をそこで購入したカセットテープで聞いた。帰国するとき、タイやベトナムやカンボジア、ラオス、ミャンマーの親しくなった人たちにあげてきた。これがいちばん実践的だった。

 MDウォークマンというのはかなり日本的なもので、当時の若者がやっているのを真似て、私も自分の好きな音楽をMDに編集したりしたけど、そういう「国内的な使いかた」しか出来ず、すぐに厭きてしまった。外国では使い物にならない。MDのソフトなんて日本でしか売ってないし。
 今もほぼ新品のまま残っていて、これも5万円ちかくした高級品だけに捨てるには忍びない。しかし使い道はもうまったくない。こういうのも困ったものだ。

 あのころ、好きな音楽を好きなだけ入れて携帯できる今のiPodがあったらなあ、と思う。旅の楽しみは何倍にもなったろう。私は毎回カセットテープを最低でも30本は持参していた。嵩張った。今ならiPodだけでいい。



 このスティーヴィの寄せ集めCDは、帰郷するとき、電車の中で聴くBGMとして、上野駅構内にあったいいかげんなCD屋(失礼)で適当に買ったものだった。思い出した。割安だったから、出たばかりの1985年ということはない。2年ぐらい経っていたろう。でもワゴンセールの安物じゃなかったな。

 私は明確な意図を持って制作されたオリジナルアルバムが好きだ。これを買ったときは、電車の中で本を読むときの雑音消しBGMぐらいにしか思わなかった。
 それから20年以上経ってあらためて感嘆させられた。十代のスティーヴィに。

 それは、この種の寄せ集めアルバムを楽しめる齢に私もなった、ということなのかもしれない。オリジナルアルバムしか認めないというのは、純粋ではあるがそれはそれで餘裕のない固い考えでもある。幅が拡がったのか堕落したのか、いまだ判らないけど、以前の私はこの種のアルバムを受けつけなかった。

 もっと歌を聴かないと……。
  1. 2012/03/21(水) 03:00:49|
  2. 音楽
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田中直紀の頭の体操──このボンクラを早く辞めさせろ!

tanakanaoki本当に心配になってくる田中防衛相
 今に始まったことではないが、田中直紀防衛相の国会での答弁ぶりを見ていると、本当に心配になってくる。平成24年度予算案は12日から参院予算委員会で審議を始めたが、田中氏の迷走答弁のたびに審議はストップし、目も当てられない。この人が防衛省のトップなのだという事実を改めて思うと、背筋が寒くなってくる。

 田中氏の場合、言い間違いのレベルを超越している。質疑を聞いていると、明らかに見当違いの答弁を返していることがよく分かる。

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田中防衛相が「頭の体操」、北ミサイル迎撃準備を検討

田中直紀防衛相は17日、北朝鮮による事実上の長距離弾道ミサイル発射実験の予告について、平成21年4月の長距離弾道ミサイル発射時と同様に、ミサイル防衛(MD)システムによる迎撃準備を検討していることを明らかにした。

 田中氏は同日、視察先の空自百里基地(茨城県小美玉市)で記者団に対し、「前回の事例を参考に、頭の体操をして準備している」と語った。


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田中防衛相 「さらなる研鑽」も防衛政策への悪影響増す

 田中直紀防衛相の不安定な答弁ぶりが収まらない。16日の衆院安全保障委員会でも、みっちりと官僚の事前レクチャーを受けたはずが、しどろもどろな答弁に終始した。委員会直前には、北朝鮮が「衛星」打ち上げを予告。日本周辺の安全保障環境を脅かす事態となったが、その姿勢からは「国防を預かる責任者」としての風格はみじんも感じられなかった。

 「粉骨砕身、誠心誠意、質疑に答えていきたい。さらなる研鑽(けんさん)を積んで、納得していただける答弁が果たせるように努力したい。今日は(安保)委員会も始まるので、さらなる努力をしていきたい」田中氏は16日の閣議後記者会見で自身の不適格な答弁が野党の批判を招いていることを記者団に問われ、こう強調した。今後の答弁で野党の信頼を得られるよう努める決意を示したわけだが、委員会が始まるとその勢いは早々に吹き飛んだ。


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お笑い頭の体操。

デヴィ夫人、及びそのシンパは、いまも田中直紀を応援しているのだろうか。

デヴィ夫人ブログ──リンチ大好きな 貧しい日本 がんばれ 田中直紀防衛大臣!

デヴィ夫人のブログは、コメントを検閲して肯定派だけを載せるようだが、それにしてもここに寄せられている田中支持の意見を読むと寒くなる。防衛大臣なのだ。「いいひとそう」とか「あたたかく見守りたい」ではない。

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デヴィ夫人の田中直紀擁護は滑稽──おんなの暴走
  1. 2012/03/20(火) 18:48:14|
  2. 政治
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野田聖子先生、出産と子育てについて語る──死にかけてる子供がいるのに仕事をするのはツラい

自民党の衆議院議員野田聖子先生が出産と子育てについてインタビュウにお答になった。
記事はこちら

――10年間にわたる不妊治療は苦行でした?

野田:塗炭の苦しみね。最初は普通妊娠を目指していたけど、なかなかできないから、不妊治療を始めて。漢方薬を服用したり、排卵を誘発する注射を打ったりで薬漬け。
この注射は、“アレ”の10数時間前に打つので、当時の夫に「今日は早く帰ってきて」と強要してしまう。すると、「俺はお前の子供をつくる道具じゃない」なんて言われて


――“同業者”から批判されたことはありました?

野田:表だって言わないですよ。ズル賢い人たちですから。

――「障害を抱えた子が生まれるのを承知で子供をつくるなんて、エゴだ」と、だいぶ批判もあったようですね……。

野田:出産自体、エゴじゃない? 子供の側から見れば。親がエッチして、世に送り出されちゃって。ネット掲示板に「基地外」だ「ババアは引っ込んでろ」だの書かれたときは、ずっと泣いてましたよ。何だか日本人が汚く見えて。

---------------

 野田先生もネット掲示板をお読みになったりするのですか?
 そうですか、ずっと泣いていたのですか。日本人が汚く見えたのですか。
 出産自体、エゴなんですか? 親がかってにエッチして作るのですか? こどもみたいなリクツですね。それだけ先生は純粋なのですね。
 不妊の苦しみを一緒に語れる三原じゅん子議員は親友ですね。
 同業者ってのは同業の政治家のことですか?
 そうですか、ズル賢い人たちなのですか。
 障碍児の子育てと国政の両立はたいへんですね。

---------------

野田:私だって死にかけてる子供がいるのに、仕事をするのはツラいですよ、本当に。

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 岐阜県民のみなさん、野田先生を子育てに専念させてあげてください。これ以上先生を苦しませないでください。
 「死にかけてる子供がいるのに仕事をするのはツラい」と先生はおっしゃっています。みなさんの力で楽にしてあげてください。先生を死にかけてる子供の子育てに専念させてください。よろしくお願いします。先生を子育てに専念させてあげる力は岐阜県のみなさんだけがもっているのです。

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「子は親を撰べない──野田聖子議員の子作りに思う」

「子は親を撰べない──野田聖子議員の子作りに思う──【追記】郄田夫妻のこと」
  1. 2012/03/19(月) 13:18:03|
  2. 野田聖子
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吉本隆明の責任を追及する五十嵐仁という人──新左翼の暴力はリューメーのせい!?

 吉本隆明が死んだそうです。最大級の評価と追悼の言葉が、テレビや新聞で報じられています。

 昨日の朝7時のNHKニュースのトップが、吉本の訃報でした。夕刊各紙も、多くの紙面を割いて業績を紹介したり、その死を惜しむ言葉を掲載しています。
 「戦後思想の巨人」とか、「戦後の思想界を代表する評論家・詩人」だなどという賛辞が溢れていました。


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 という書きだしで、「あっちもこっちも吉本の死を惜しんでいるが、暴力的な新左翼に大きな影響を与えた吉本の責任をなぜ誰も追及しないのか」と問題提起をしたのは五十嵐仁というひと。知らない。

 このライブドアブログにログインするにはライブドアニュースのページを通過せねばならない。なかなかうまい方法だ。読みたくなくても、ついつい見てしまう。そんな中にこの「吉本隆明氏の人を狂わせた〝責任〟」という見出しがあった。全文はこちら



 言っていることはわかるのだが、なんかしっくりこない。五十嵐仁というひとを調べてみた。Wikipediaによると、彼の主だった考えは、

・国内政治
自民党から左派政党による政権交代の必要性
現在の小選挙区制は中選挙区制に戻すべき

・外交・安全保障問題
自衛隊は違憲。縮小、撤廃し、災害の救援などの非軍事的な組織に改組すべき。防衛省は海外戦争省である
北朝鮮による核実験はアメリカ政府の責任
中国・韓国における“反日”デモはすべて日本側の責任

・歴史認識
首相の靖国神社公式参拝は憲法違反(靖国神社問題)
在日コリアンの少なくない人々が日本政府に強制連行された


 というひとらしい(笑)。タジマヨーコと同じ事を言っている(笑)。
 そりゃ私とあうはずもない。あうのは中選挙区制だけ。あとはみな反対。
 ここまでくると笑ってしまう。出身校は都立大。サヨクだらけのあの大学は困ったものだ。



 なぜ都立大や市立大のような公立大学にサヨクが多いかというと、授業料が安いからだ。よって、そこそこ頭のいい貧乏人の子弟が集まってくる。ほんとはちがう大學に行きたいのだが授業料の問題でそこにしか行けない。ひねくれて当然だ。

 横浜市立大学出身の知人がいた。早慶など目をつむっても入れるぐらい成績は良かったとか。そういう私立に行き大好きな音楽をやりたかった。でも家庭の事情で当時日本で一番授業料の安かった横浜市立しか行けない。しかたなく行った。ちいさな大学でつまらなかった。そんなひとのキャンパスライフが充実するはずもない。この世を怨む。金持ちを憎む。世が世なら。金さえあったら。体制が憎い。みな捩れてサヨクになる。
 橋下市長に大阪市立大を解体してもらいたい。あそこは国の税金で国賊を育てている最低の大学だ。



 五十嵐というひとの好き嫌いとは別に、その主張に整合性はあるか考えてみる。
 このひとは新左翼運動で片目を失明しているとか。
 そういう暴力的な学生運動を煽り、思想的な支えになったのが吉本であり、死んだからといって、やたら讃歌するだけではなく、マイナスの責任も追及すべきなのではないか、という意見だ。

 私は吉本が嫌いだから賛成したい気もする。しかしじっくり考えると、どうにもこのひとの意見にも賛成しかねる。「吉本絶讃ばかりはおかしい」という部分には同意するが、意見の基調がバカサヨク独特の論理なのだ。



 この種のひとの意見は、「軍隊があるから戦争が起きる。軍隊をなくしてしまえばこの世から戦争はなくなる」というようなものだ。そうではない。人類という愚かな存在は戦争をするのだ。いま現在、便利なものはみな戦争から生まれた。戦争がなかったらいまだに鉄器すらなかったのではないかと言われている。戦争がいいわけがない。だけど縄張り争いと利権は人類の常。きれいごとでは片付かない。そういう醜い生き物なのだ、ニンゲンは。自分達を護るために軍隊は缺かせない。
 これは「ナイフがあるから殺人事件が起きる。この世からナイフをなくせば殺人事件はなくなる」というリクツと同じだ。

 私は吉本に染まらなかった。ヨシモトリュウメイというナイフは購入したが、それで殺人はしていない。
 五十嵐の意見は、ヨシモトナイフで殺人をしたひとが、「あのナイフさえなかったなら」と言っているように聞こえる。

 永山則夫という殺人鬼が「家が貧乏でなかったら、毛沢東やマルクスを勉強できる環境にいたら、人殺しはしなかった」と強弁した。永山よりも貧乏でも人殺しをしていないひとはいっぱいいる。マルクスレーニンの勉強が出来ないほど貧乏だったからと連続殺人を肯定されたらたまったものではない。貧乏人は殺人鬼になると決められたら貧乏でも清く正しく生きているひとはどうなるのか。殺人鬼の責任転嫁である。



 吉本は嫌いだが、「吉本が煽ったから新左翼は暴力的になった。私は竹棒で突かれて失明した。吉本にも責任がある」という五十嵐の意見には同調しかねる。
 吉本ごときに染まって暴力的になったのがいたなら、それは元々その程度のニンゲンということだ。
 吉本も新左翼も並列関係だ。上下関係ではない。上下関係だったというひとがいるなら、それはそのひとの缺陥である。

 じつにもうなんというか、「おれがバイク泥棒になったのは尾崎豊のせいだ」と言ってるレベル。 
 オウムに狂った連中の病巣は麻原の存在以前に信者それぞれの精神の闇にある。
 
 卑近なことで言えばオセロ中島問題も同じ。占い師だか霊能者だかが悪いのではない。問題は中島自身が抱える病巣。ハエは腐ったものに寄ってくる。今回のそれを周囲が遠ざけても、中島の病を治療しない限りまた同じ事を繰り返すだろう。

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【追記】──博打で生計を立てていて自分を博打屋と称しているひとのブログから

吉本隆明については博打屋は語る資格がない」と書きだしたのだから書かなければいいのに、

吉本隆明・87歳の人生だったが、これほど次世代に影響を与えた作家もあるまい。
60年・70年代の若者に多大な思想を与えた人と言って差し支えないばかりか、博打屋が知る限り、あらゆる権力を否定し、大衆として生きる事を実践した作家と言って違いはなかろう。
博打屋が狭義であれ、学んだ事はこの事に尽きるような気がする。


と、語る資格がない割にはずいぶんとしったかぶり。いろんなひとがいるものだ。下線部分では噴いてしまった。
この博打屋さん、民主党支持者。民主党が政権を取ったときは世界が変るとはしゃいでいた。理想の政治家は市民運動出身の菅直人。あれが首相になったときは積年の夢が叶ったと大喜びだった。どの程度の人間かよくわかる。ま、よくもわるくもというか、わるくもわるくも筋は通っている。典型的心情サヨク団塊の世代。
  1. 2012/03/18(日) 04:00:19|
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棋王戦四局目──雨の日の将棋観戦──J.Dの「Your Only Lonly」

Shogi.gif

今日は棋王戦第4局。会場は栃木県宇都宮市。
郷田の奪取なるか、角番の久保が凌ぐか。

雨模様なのがいい。
陽当たりのいい部屋なので、快晴で陽光キラめくと、さすがの引き篭もりも出かけたくなる。いや正しくは、出かけるべきなのではないかと悩んでしまう。温室みたいな部屋で、窓辺のハイビスカスの蕾はもうふくらみつつある。春はすぐそこ。
ほんと、春雨とインターネット将棋観戦はよく似合う。

棋譜中継はこちら
ニコニコ生放送は、豪華な解説陣で盛りあがっている。それはこちら。ここはプレミアム会員が来ると無料会員は追いだされるので、その不安に脅えるのがイヤ(笑)。
それと2ちゃんねる将棋板「棋王戦スレ」で、それぞれのファン同士の罵りあいを見ながら観戦すると万全。

私は、指し手があると「パチっ」という駒音で知らせてくれる棋譜中継だけで十分。
サブディスプレイに表示させておき、メインでは自分のことをする。



jdとはいえ今日はあまりやる気がなく、音楽を流してぼけっとしている。J.D.Souther。「もうひとりのイーグルス」。

昨夜、なぜか猛烈に彼の「Your Only Lonly」が聞きたくなった。なつかしの名曲。その前に聞いていた大滝詠一の流れなのだと思う。大滝とJDはべつに繋がっていないが、パクリの寄せ集めの大滝を聴いていると本物が恋しくなる流れか。

このアルバムでは、この曲と「White Rhythm and Blues」が好きだ。Lindaのカバーもよかったな。あのころふたりは恋人同士。JDの才能にLindaがぞっこんだった。Linda Ronstadt。ドイツ系のスペル。dが入る。イーグルスはリンダのバックバンドだった。

そのあとYouTubeで探したらライブの映像があった。映像のJDを初めて見た。もともと歌もギターもうまいひとではない。SingerではなくSong Writerとして尊敬されているひとだ。それでも全盛期?のこのレコードの歌唱はすばらしい。それが近年の映像だと齢を取って声が出なくなっているので、ちょっと私には見るのがつらかった。それを味わいと言うひともいるのだろうが……。年を取ると咽の筋肉が衰えて声域が狭くなってくる。私もG#まで出たがいまはFがやっとだ。



毎度同じ事を書くが、タイトル戦をリアルタイムでネット観戦できるなんて夢のようだ。
いいかげんこの感激から冷めてもよさそうなものだが、まだまだ夢の中。
そして、いつも思う。最初からこの便利に慣れているひとはかわいそうだと。

私は、テレビのない時代、テレビが我が家にやって来た時代、モノクロからカラーに代わった時代、東京に出て自分だけのテレビを持てた時代、という流れを知っている。それは、物心ついたときには自分だけのカラーテレビをもっていた、という今のひとよりも、ずっとしあわせだと思っている。パソコンも同じく。クルマも同じく。

モノは、その流れを知っているほうがたのしい。
「ケータイのない時代なんて信じらんない」よりも、ケータイという夢の機器が誕生するまでの流れにいたほうが楽しい。誕生はしたが、やたら通信エリアが狭かったことを知っているほうが。



てなことを脈絡なく思っていたら、視線の先にバーボンが……。
ん? いやいやいや、まさかこんなまっ昼間から。ん?


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【追記】──郷田、棋王位奪取! 19.40

kiousen4

























18時40分、久保が投了し、郷田が3勝1敗で棋王位を奪取した。
久保は二冠から、王将を佐藤に、棋王を郷田に奪われ無冠となった。A級も陥落している。つらい春になった。

名人を森内、棋聖、王位を羽生、王将を佐藤、棋王を郷田と、40代の羽生世代が五冠をもった。20代から今まで常にトップに君臨するとんでもなく強い世代である。こんな例はかつてない。
残る竜王と王座をもつのが27歳の渡辺。唯一羽生世代に対抗している。

久保の無冠転落で関西にタイトル保持者がいなくなった。
振り飛車の第一人者久保の連続失冠は、振り飛車の危機でもある。



棋王戦が終り、雨が上がって春になると、名人戦の季節。
森内に、昨年の雪辱を期して、順位戦全勝で羽生が挑む。
森内は絶不調で昨年の勝率は3割。こんなひどい成績の名人はいたことがない。
誰がどう考えても羽生の復活なのだが、こと名人戦にのみ異常に強いのが森内。
さてどうなるか。
  1. 2012/03/17(土) 13:46:27|
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吉本隆明に捧げる渋谷陽一の追悼文──世代で語られる口惜しさ

いつかこの日が来ると覚悟はしていたけれど、何か自分を支えていた大きなものが失われた喪失感が重くのしかかっている。
これまで何度も書いて来た事だが、僕は吉本さんに影響されなかったらロッキング・オンを創刊しなかった。
創刊してからも、これは吉本さんが見たらどう思うのだろう、叱られないだろうか、といつも誌面を作りながら思っていた。


---------------

くだらねえな。そんなことを思いながら作っていたのか。
どうりでつまらないはずだ。

二十代の頃、この音楽雑誌を何冊か買ったことがある。そういう時代の、そういう流れの中にいた。
好きになれなかった。なにか自分とはちがうものを感じてザラついた。
だけどそれを口に出すことは憚られた。そういう場にいた。

今その事に納得する。
直感てのは正しいんだ。自分を確認できた。



一応吉本も読んでいる。そういう時代だった。そういう流れのそういうひとたちとつきあっていた。
感想は同じ。
共同幻想論(笑)。

父親とそっくりの不細工な娘のブンガクには興味がなかった。そう言える齢になっていた。
出久根達郎が激辛の評をしている。
無味乾燥で文が死んでいると。

「刺青入浴事件」「新幹線こども事件」に、よく人柄が出ている。
世界各国で翻訳されている高名なブンガクらしいが、どの程度の人間かはこれでわかる。



背よりも高い籔の中をすり傷だらけで迷走する左右が見えない時季でも感じるものはある。
それが正しかったのだと後々確認できることは、もう間に合わない遅さだったとしても、やはりうれしい。


僕と同じ気持ちの人達はたくさんいると思う。
その人達の吉本さんに影響された仕事は、今の日本の表現状況に於いて決定的な存在感を持っていると思う。
きっとこれからも何かを作る度に、吉本さんはどう思うのだろうと僕は考え続けるのだと思う。


「決定的な存在感」は、持っていない「と思う」(笑)。
還暦を過ぎた男が87歳の人間の死に捧げる文ならもうすこしまともなものを書いて欲しい「と思う」。
こんなんじゃ大好きなツェッペリンに嗤われるぞ、「と思う」。

吉本隆明がいなければロッキング・オンも、ロッキング・オン・ジャパンも、ロック・イン・ジャパンもなかったと考えると、この巨大な思想家の存在がどんなものか感じてもらえるのではないだろか。

なんか自分のことを勘違いしているのでは「ないだろか」。
この駄文は、「ぼくがこんな凄いことができたのは吉本さんがいたお蔭」と、故人を偲ぶ形で自分自慢をしているわけだが、凄いことをしたと思っていないひとからすると、ただの勘違いしたバカの自慢話でしかない。まことに醜悪。
  1. 2012/03/17(土) 06:35:40|
  2. マスコミ
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Twitterのフィッシング詐欺──Hello... some person is posting very bad stuff about you

twitter


ツイッターにダイレクトメッセージが着ているとGmailが教えてくれた。
英文である。

Hello... some person is posting very bad stuff about you

送り主は日本人。DMが来るぐらいだから相互フォローである。とはいえ、どういうかたか詳しくは知らない。
なぜ英文なのだろうと考える。これは私に忠告してくれているのだろうか。遠慮して英語なのだろうか。

送り主のサイトに行ってみた。レストランを経営しているかただった。どう考えてもこのかたが私に上記のような英文を送ってくるとは思えない。これは悪質なウイルスとかなんか、そんな関係なのだろうと判断して削除した。
昨年いちどそんなのに巻き込まれたことがある。あれも英文だった。



それが朝。
昼になって、あるかたから私の名でそれが送られてきていると連絡が来た。私を責めるのではなく、「アカウントがあぶないようです。気をつけて下さい」と注意してくれた。

これには戸惑った。たしかこの種の問題は、そういう英文をRTかなんかすることによって起きるのではなかったか。私はすぐに削除している。なのになぜ。

そのあとすぐ、Twitter本部?から、「あなたのアカウントが乗っ取られている可能性が高いのでパスワードをリセットしました。あたらしいパスワードを設定してください」とメールが来た。
いまあたらしいパスワードを設定したところ。



いやはやたいへんである。
Twitterに夢中ならまだわかるのだが、私はすでに昨年11月末でやめている。
昨年春に始めてすぐ自分とはあわないと解った。あわない流行りモノに手を出した自分を恥じた。
止めようと思いつつ止め時を迷っていたのだが、とんでもなく頭の悪い癇癪女と関わってしまったのをきっかけに、そんなのと関わった自分に腹立ってスッパリやめた。

shima3-green.jpgただ、140字勝負だと思っていたので、字数を計算し何度も書き直して、一所懸命書き込んだものもあるし(そもそもこのへんからしてTwitterの使い方を間違えている気がする)、愛猫の写真に日の丸を組み込んだ画像に未練もあったので、アカウントは削除しないままだった。

いまは連携しているこのブログの「アップ自動お知らせ」としてだけ機能している。私は書き込んでいない。
それがよくなかったのか。毎日何十も書きこむようなひとは乗っ取られないのか。
そのへんの事情はどうなっているのだろう。
いや、昨年同じような問題が起きたときは、けっこう毎日書き込んでいた時期の気がする。
するとそれは関係ないのか。何をしていようとターゲットにされたらおしまいなのか。



Twitter本部はパスワードを、「アルファベット、数字、記号を組み合わせた盗まれにくいものにしろ」と言うが、そんなことは重々承知なので、私はそのみっつを組み合わせて作っている。それでも乗っ取られるのではこれ以上対処のしようがない。

私の名で上記の英文が送られて来たというかたがいるかもしれないが、そういうわけですのでご理解ください。私にはもうどうしようもありません。どんな形で荒れ他人様に迷惑を掛けるのはいやなので、もう一度こんなことが起きたらアカウントを削除するつもりです。

============================================

【附記】──フィッシング詐欺の説明 16:56

このブログがとても叮嚀にフィッシング詐欺について説明してくれています。心当たりのあるかたはぜひ読んでみてください。

該当ブログ主様、無断リンクをお詫びします。役立つ情報をありがとうございました。



【附記.2】──30件ほど 23:41

今日はこの事件があったので、今年初めてTwitterをやってしまいました。といっても信じているふたりとだけですが。
いまMensionというのですか、それを開いたら、30人前後のかたが(面倒なので数えません、それぐらいでしょう)、私に上記赤字の英語メッセージを送ってきていました。被害者は多いようです。

ひとつひとつ削除するのは面倒ですが、身を引いているTwitterとはいえ、こんなものが残っているのは不快ですからやります。
この種のものとは、みなさんと力を合わせて闘かうしかありません。みなさんも、あらためて、気をつけてください。私も細心の注意を払うようにします。
  1. 2012/03/16(金) 15:17:15|
  2. インターネット
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松田聖子「あなたに逢いたくて」の中の「思い出たち」──複数形の「たち」──FE「蒼炎の軌跡」

kotoba.gif
以前ホームページに「〝たち〟が多すぎる──英語劣等感の歪み!?」というのを書いた。「鳥たち」「虫たち」という、そんなものにも「たち」をつける近年の傾向にうんざりしていたら、ちかくのスーパーで「野菜たち」と流していて行く気がしなくなった、という話。
それと、ファイアーエムブレム「蒼炎の軌跡」のなかの「たち」について。



毎度のIME話。こういう固有名詞のゲームタイトルはATOKは苦手。出せない。出そうとしたらたいへんな手間暇。そもそも「蒼炎」がない。結局は辞書登録になる。そしてGoogle日本語入力は抜群に強い。もう「そうえん」の時点で予想変換で「蒼炎の軌跡」を出している。
迷った末、私は最新版ATOK2012を購入したが、それは心情的な応援感覚で、このへんの差はもうどうしようもない。しかしまた固有名詞以外ではGoogle日本語入力がオバカサンなのも確かで……。
両方を切り替えて使っているのでなんとかなっているが、無料のGoogle日本語入力にATOKのようになれとは言えない。だから、がんばってくれATOK。もっと固有名詞に強くなってくれ。



今日、松田聖子の「あなたに逢いたくて」の「思い出たち」を知ったので、以下のような文をそのファイルに附記した。1996年のヒット曲だというから16年前。もうその頃からこんな言いかたはあったのか。

「日本語は単数と複数があやふやだ。その点英語は」という誤った考えにもう歯止めは利かないのだろう。
1pon,2hon,3bon,4honと、こんな変化に富んだおもしろいことばはないのにな。


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【附記.2】 松田聖子の「あなたに逢いたくて」の中の「思い出たち」 2012/3/14

mazudaseiko
 私は松田聖子の「あなたに逢いたくて」をサビの部分のメロディしか知らない。何年のヒット曲かも知らない。たぶんその時期、私は日本にいなかった。
 YouTubeをうろついていたら何故かそれに出会った。なんで松田聖子になったのか今以て判らないのだが、これはこれで縁だと思って聞いてみた。すると「思い出たち」という歌詞が出てきた。おどろいた。新鮮だった。でも不快でもあった。こんな日本語は認めない。



 それから調べて、この歌詞を書いたのが松田聖子であり、これが彼女の最大のヒット曲(CD売りあげ)なのだと初めて知った。アイドル絶頂期の曲のほうが売りあげが大きいと思っていたので意外だった。

 YouTubeにあったのはPVなのか、もろにマドンナへの憧れとアメリカコンプレックスが出ている醜い映像だった。1996年だから彼女は34歳。離婚したのはいつだ? 調べる。翌年の97年。外人男とのセックスに狂って話題になっていた時期か。アメリカ進出を企ててがんばっていたころ。まあ藝名も自動車のmazudaと時計のSEIKOから来ているのだからアメリカでは受けると自信満々だったのだろう。しかしまあ飽くなき上昇志向である。このひとの異常なまでのエナジーはどこから来ているのだろう。

 私は彼女のデビュー曲を一聴したときから、この娘は大スターになるとあちこちで吹聴したほどの支持者だった。思った通り大スターになったけれど、それとはまたべつに、なんだかとんでもないひとになってしまった。マドンナって(笑)。



 1996年は1年の半分が外国巡りだった頃だから知らなくて当然だ。いや、そういう私がサビの部分だけでも知っているということから、いかに大ヒット曲だったかがわかる。自慢じゃないが私は「えっ!? ほんとにこの曲知らないんですか!」と驚かれるぐらい日本のヒット曲を知らない。同じくテレビドラマも。
 何度か書いているけど、だから「あのNHK朝ドラのヒロインが脱いだ!」なんて話題も、「脱いだ!」には興味があるのだが、NHK朝ドラを知らないから、せっかく拝見(笑)しても、ただの見知らぬネーチャンの裸でしかない。

 松田聖子はアメリカコンプレックスが強いから、このへんの作詩も、自分のヒット曲「Sweet Memories」から、Memories→思い出たち、なんて思いついたのか。当時、多くのファンが「思い出たちのたちってとこがいいよね」と話しあったことだろう。くだらん。

 ともあれ100万枚を超す大ヒット曲であり、映画「めぐり逢う時間たち」より6年も早いのだから、いまの日本語の異常な「たち」について語るなら、これは無視できない例題になると思って附記した。
  1. 2012/03/16(金) 04:30:41|
  2. ことば
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「震災がれき受け入れ反対」はエゴか!?──“大政翼賛”的な横並びの社会傾向←これまたバカの一つ覚え(笑)

siso.gif

 ▽「震災がれき受け入れ反対」はエゴか? 

──「受け入れに反対するのは非国民」とでもいうような雰囲気ができつつある。それこそが、反対派が最も反発し、私も危惧する“大政翼賛”的な横並びの社会傾向だ。

http://www.47news.jp/47topics/himekuri/2012/03/post_20120313144821.html

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 でました、またもバカのひとつ覚え「大政翼賛会」。
 ヒトラーとこれさえ使えばいいと思っていることばの貧しい連中。あとは〝軍靴の響き〟か。
 こんなクソ文を読んで、「そうだ、これじゃまるで戦前の大政翼賛会のようだ!」と憤慨するサヨクがまだ生存しているのか!?



 十数年前、ホームページの掲示板にどこがどう捩れたのかこういうのが間違ってやってきて、トンチンカンなことを書きこみ、無視され、無視されたことに腹を立て、私に対し「姑息だ、卑怯だ、大政翼賛会だ!」と喚いて去って行ったことがあった。たかが私のタイの思い出話が気に入らないことが、なぜ大政翼賛会になるのか(笑)。
 正体はトモダチがひとりもいない大阪のサヨク教師。早期退職して今はタイのチェンマイで現地妻と暮らしている。私が人生でただいちど「まるで大政翼賛会だ!」と叫ばれた貴重な経験になる(笑)。



 そういう狂人はべつとして、あらためて、政治家を始め談話や文章を発表したりするひとは、もっとこの種のことばに慎重になるべきと感ずる。安易にヒトラーや大政翼賛会を連発することは、そのひとのレベルの低さ、言語センスの貧困を露すだけだ。

 いくら中身のあることを言ったとしても、こういう安易な比喩をしたら薄っぺらになってしまう。というような心配はいらないか。こんなのを連発するようなのは元々中身のあることは言ってないから(笑)。
  1. 2012/03/14(水) 04:00:34|
  2. 地震
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政府主催の東日本大震災追悼式──台湾代表に献花の機会なし

siso.gif 


 野田首相は12日の参院予算委員会で、11日の政府主催の東日本大震災追悼式で、台湾代表に献花の機会がなかったことについて、「本当に申し訳ない。行き届いていなかったことを深く反省したい」と陳謝した。

 自民党の世耕弘成氏への答弁。台湾からの震災義援金は官民合わせて約200億円と世界トップクラスだった。

 世耕氏は追悼式で、天皇、皇后両陛下がご退席になる際、場内が着席していたとして、「どこの国でも全員起立するものだ」と批判。藤村官房長官は「(議事進行は)事務方で詰めてきたものを直前に聞いた。おわびするしかない」と謝った。

(2012年3月12日18時40分 読売新聞)


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 なんでこんな失礼なことができるのだ。あれほどの気持ちに感謝する心はないのか。
 どうなっているのだ、この国は。

 台湾のみなさま、申しわけありません。失礼をお詫びします。
 このような連中は必ず落選させ、もっとまともな政府にしますのでお許しください。
 日本国民はみなさまの心に深く感謝しております。



 天皇陛下に対する無礼には、怒りを通りこして呆れるばかりだ。
 ただ、被災地でも、膝行する陛下にアグラで応じたり、写メを撮ってる無礼者もいたから、日本がもうそんなものなのだろう。そういうのが選んで作った内閣だ。
  1. 2012/03/13(火) 04:30:24|
  2. 地震
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ナベツネが橋本市長をヒトラーと懸念──バカのひとつ覚え(笑)

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読売新聞グループ本社の会長で主筆の、ナベツネこと渡辺恒雄氏(85)が、月刊誌「文藝春秋」最新号でほえている。橋下徹大阪市長の発言に対し「ヒトラーを想起」と懸念。
http://news.livedoor.com/article/detail/6361838/

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出ました、バカの一つ覚え、気に入らないものはみなヒトラー。右も左もバカの定番。
与党自民党に野党民主党が連発すれば、立場が逆になると今度は自民党が連呼。

「バカの壁」の養老孟司なんてのは、自分のヤニ中毒を正当化しようと、「チャーチルとルーズベルトは喫煙派。ヒトラーとムソリーニは嫌煙派」と叫きたてる。戦勝国の指導者を味方につけてまでテメーのヤニ中毒を正当化したいのか。それがおまえの越えられないバカの壁だ。

しかしナベツネは橋下をヒトラー呼ばわりする以前に、おまえが読賣のヒトラーなんじゃないのか。
あ、ちがうか、失礼、たとえるなら、読賣のスターリンだな。

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【追記】──橋下がナベツネに反論 2012/03/18 20:52

橋下がナベツネのヒトラーにツイッターで反論したとか。当然だ。J-castニュース

「僕なんかね、制度で雁字搦めに縛られ、維新の会以外の多数会派とメディアの厳しいチェックも受けて、独裁なんてやりようがないですよ。所詮、ローカルの大阪市役所の所長ですしね。それに比べれば、渡辺氏の方が読売新聞社だけでなく政界も財界も野球界も牛耳る堂々たる独裁じゃないですかね!」
  1. 2012/03/13(火) 03:53:46|
  2. 橋下徹
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夜明けのバーボン──あらたな気持ちで──大震災から1年

あの日から1年。
土日は斎戒沐浴。ひたすらじっとしていた。
いろんな特番があるのは知っていたが、テレビは一切見なかった。



日附が変った月曜の明け方、猛烈にバーボンが飲みたくなった。
日本酒と焼酎とビールはあったが、それではダメ、バーボンだ。
ウイスキーでもない、ミホノブルボンのブルボンだ、バーボンだ。臭いあの酒が飲みたくなった。

明け方にコンビニに行く。
コンビニの酒は高い。安売り酒屋と比べたら三割ぐらい高いのではないか。
背に腹は替えられない。こういうときこその便利屋だ。
Jack Danielsを買う。正しくはこれはテネシーウイスキーでケンタッキーのバーボンではないが、それは茨城と栃木のどっちの「ダッペ」が本物かというぐらいくだらないどうでもいいこと。無視する。

年齢確認を求められる。「わたしは二十歳以上です」のOKボタンを押す。
自分が年齢よりも若く見えることは自覚しているが、まだ十代に見えるのだろうか。ちょっと照れる。



バーボンのつまみはチョコレートかチーズと決めている。
いいチーズはコンビニにはない。あきらめる。チーズは臭くなくてはならない。チーズは×××の××××のように、臭いからこそ味わいがある。
アーモンドチョコを買ってきた。あと、干しレーズン。バターレーズンが欲しいのだがコンビニにあるはずもなく。

冷蔵庫には日本酒用の特上の明太子も、手製の「松前漬け風のスルメ」もあるのだが、今回は出番がない。バーボンとは手合い違いだ。



窓を開けはなち、震えながら、明け方の冷気の中でバーボンを飲む。チョコレートをかじる。
もちろんストレート。バーボンはストレートでないと意味がない。43度が咽を焦がす。水割りにするぐらいなら飲まない方がいい。

といって、Straight No Chaser--by Thelonious Monk--とはゆかず、チェイサーはいる。水をたっぷり飲む。これじゃ胃の中で水割りにしているようなもので、あまり威張れないが、ともかく胃の中まではストレートで入れる。

あの日から一年。その日が明けた。
今日からあらたな気持ちで頑張ろう。
  1. 2012/03/12(月) 05:00:35|
  2. 地震
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あの日から一年──被災地の皆様のご健勝を祈ります

今日は一日、喪に服します。

被災地の皆様のご健勝を祈ります。



福島を差別する鬼畜の絶滅を願います。
台湾のみなさんの暖かい心を思うほどに、同じ国内にいる人非人に対する怒りが増します。



各局がそれぞれ工夫した特番を見て、あの惨禍をあらためて心に刻むべきなのかもしれませんが、どうにもテレビを観る気にはなれません。その時間にはひとり黙祷して、テレビや音曲とは無縁の一日を過ごすつもりです。





【芸スポ萬金譚】──あの日から一年──テレ東の美学?
  1. 2012/03/11(日) 04:00:18|
  2. 地震
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大震災一周年──台湾への感謝映像──ありがとう台湾!──多謝多謝台灣 謝謝很多的援助 我愛台灣!

【台北時事】台湾のみなさん、ありがとう―。東日本大震災の被災者に多額の義援金を寄せてくれた台湾の人々に感謝するため、震災発生から丸1年となる11日から、被災者本人の出演するテレビCMが地元主要局で1週間放映される。

企画した日本の対台湾窓口交流機関、交流協会台北事務所(大使館に相当)によると、こうしたCMを放映するのは世界でも台湾だけという。

CMには、震災当日に生まれた乳児と両親、漁師、木工職人といった被災者が出演。復興しつつある自身の生活を紹介するとともに、「台湾のみなさんのおかげで元気になれた。支援をありがとう」などとするメッセージを伝える。
CMはテレビのほか、インターネットの動画投稿サイト「ユーチューブ」や屋外モニター、地下鉄でも放映される。
(時事通信)

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taiwan2







謝謝台湾 日本311大震災一周年 元氣篇 30S A

謝謝台湾 日本311大震災一周年 元氣篇 30S B

謝謝台湾 日本311大震災一周年 元氣篇 60S


謝謝台湾 日本311大震災一周年 元氣篇 4M50S

台湾のみなさん、ありがとう。あなたたちの心を日本人は忘れません。
腐った政府は、みなさんへの感謝の心を忘れていますが、私達日本国民は、みなさんが緊急時に過大なほどの支援をしてくださったことへの恩を決して忘れません。
日々増えて行く過剰なほどの義捐金に、真の友人がいた事のうれしさに、どれほど日本国民は泣いたことでしょう。
両国の永久の友好を心から願っています。

taiwan1












台湾のみなさんが日本を愛してくださることは、先人のみなさんとの交友が正しかったことの証左です。
そのことが、敗戦国として虐げられてきた私達に勇気を与えてくれます。
みなさんが日本を思ってくださるように、私達もみなさんのことを思い、末長く、親しい友人であることを願っています。ありがとう。ほんとうにありがとう。心から感謝を込めて。

3.11東日本大震災一周年前日に。
  1. 2012/03/10(土) 15:42:48|
  2. 台湾
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裏覚え、うる覚え──うろ覚えが幅を利かす時代

kotoba.gifあるひとのブログに「覚え」とあった。
うろ覚え」とはべつに「裏覚え」なんて日本語があるのかと首を傾げる。あるいは「うろ覚え」の当て字なのか。何度も読んでみる。意味としては、「うろ覚え」の意として使っているようだ。そうとしか思えない。

しかし「うろ」と「裏」は音が似ているだけで意味に通じるものはない。「裏覚え」と書いて「うろおぼえ」と読ませることには無理がある。なら明らかなまちがいである。

それとも若者言葉として「裏覚え」というものがあるのか。裏でこっそり記憶したもの、の意味で。
とまで考えるのは、私はその「あるひと」を、「若いけどしっかりしている」と評価していたからだ。そのひとがこんな凡ミスをするとは信じられなかった。



検索してみたら、じつにもう多くのひとが、「うろ覚え」を「裏覚え(うらおぼえ)」と間違って──それこそうろ覚えのまま──誤用しているのだった。
これは「うろ」という日本語を知らないから、知っている「裏」だと思って使ってしまうのだろう。
「表覚え」の反対の「裏覚え」らしい。「表覚え」なんてコトバもないが。
「裏情報」とか、その種のコトバからの連想なのか。

コトバはいつでも多数決だ。「うろ」が日常ではほとんど使われない日本語であるのに対し「裏」は一般的だ。「裏情報」から「表情報」があると考え、「表覚え」というコトバがあり、その対として「裏覚え」もあると考えたのか!?

やがて「うろ覚え」は「裏覚え」となり、辞書にも「裏覚え(うらおぼえ)──本来は「うろ覚え」であり、裏とは無関係だったが、音が転訛して「うらおぼえ」となった、とでも記されるようになるのか。

「あらためる」「あらたにする」と同じく「あらたしい」が正しかったのに、ふざけて使った「あたらしい」が定着してしまうのがコトバというものである。「うろ覚え」が消え「裏覚え」になる可能性は大いにある。本来深いなコトバの「耳障り」が、漢字を置きかえて「耳触り」として辞書に載るようになったように。

このサイトで、さらには「うる覚え」というまちがいがあると知る。これは「うろ」の「ろ」と「る」が似ているから? いやはやなんとも。

日本を代表するクォリティペーパー(笑)の朝日新聞や、国営放送(笑)のNHKが、「閑話休題」を「ちょっと一休み」の意味で使う時代だから、そんなことはどうでもいいのか。
  1. 2012/03/10(土) 03:53:37|
  2. ことば
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佐藤康光、王将位奪取!──終始完璧な指し回し

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3月8日、9日に、河津桜の咲く静岡県河津町で行われた王将戦7番勝負第五局は、佐藤が勝ち、4勝1敗で久保王将から王将位を奪取した。佐藤の王将位は2002年以来だから10年ぶりになる。
2009年に無冠になったが、それは久保に棋王を取られてのものだから、久保から奪っての復活は念願だったろう。

私は振り飛車党の雄・久保のファンでもあるので、彼も応援していたし、7番全部見たかったけれど、今回の佐藤の充実ぶりは半端ではなかった。それは久保の敗戦の弁「エースで勝てなかったので」が物語っている。後手番ゴキゲン中飛車を完璧に粉砕した。

振り飛車と敵対する居飛車党の代表に渡辺竜王がいる。「ゴキゲン中飛車を消滅させる」とまで口にしている。この強気が渡辺の魅力だ。
だが渡辺は昨年、久保棋王に挑み、先手番三間飛車、後手番ゴキゲン中飛車に敗れている。

佐藤は渡辺とちがい居飛車しか指さない棋士ではない。後手番三間飛車もやったりする。
だが今回ほど見事で、そして完璧なゴキゲン中飛車潰しは見たことがない。
振り飛車党を心胆を寒からしめたのではないか。



先日十数年前の『将棋世界』を読んだ。ふるい将棋雑誌を読むのは私の楽しみだ。
A級が羽生世代で占められ、ほとんどが二十代だった。渡辺はまだ奨励会だった。

時が流れて今、やはり羽生世代がほとんどで、みな四十前後。二十代は渡辺ひとりのみ。
羽生世代というのは歴史に残る特別な世代だ。20年前から今に至るまでずっと中心にいる。こんなことはかつてなかった。
その中でもビッグスリーが、羽生、佐藤、森内になる。

久保は羽生世代より5年ほど下の、次の世代になるが、いま棋王戦でも郷田に1勝2敗と追いこまれている。これは5番勝負だから角番だ。郷田もまた羽生世代の雄。久保が失冠すると、七冠のうち六冠を羽生世代が占めることになる。するとまた唯一羽生世代の挑戦を退けて竜王を維持している渡辺の強さが目立つ。



雨の日に、パソコンで作業しつつ、インターネットで将棋のタイトル戦を観戦できるのはしあわせなことだ。
王将戦が終ると春が来る。春になると名人戦が始まる。将棋にも季節がある。
  1. 2012/03/10(土) 02:03:44|
  2. 将棋
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名古屋と南京──河村市長の覚悟を問う

【北京共同】名古屋市の河村たかし市長が旧日本軍の「南京大虐殺」を否定する発言をしたことについて中国江蘇省南京市の当局者は7日、北京市で記者団に対し、河村市長が発言を撤回して謝罪すれば、中止している行政当局同士の交流を復活させることができるとの認識を示した。当局者は「南京大虐殺を否定した発言は重大な問題だ」とあらためて河村市長を批判した。南京市は発言に抗議する形で、名古屋市との交流を中止している。(共同通信)

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河村が、本物なのか、どこまでの男なのか、いま試されている。
  1. 2012/03/08(木) 04:33:27|
  2. 政治
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モザイク今昔──むかしNHK、いま民放──隠されると覗きたくなるこちらの心理

テレビにおける商品名のモザイクの話。
むか~し、NHKが頑なに隠していた。
NHK教育テレビの子供番組。実験。電池が出る。誰が見ても一目で判るナショナルHi-Top。ベストセラー。独自のデザイン。

hitop


その商品名、会社名が黒マジックで消されている。今のようなモザイクなんて洒落たものはない。いや〝モザイク〟が洒落ているかどうかは別問題として、とにかく、無骨に黒マジックでそこだけ塗り潰されていた。
どうせなら全体を真っ黒に塗り潰してくれるといいのだが、消されているのはそこだけで、あの赤と銀のデザインでナショナルHi-Topと判るものだから、その半端な消し具合を不可解に感じたものだった。

キリンビールなんかもそう。

kirin

この有名なラベルから名前の部分だけ黒く塗り潰している。でも誰だってキリンビールだとわかる。どうせやるならラベルを全部剥がしてビンだけにすればいいのにと思った。



その点、民放は緩やかだった。もちろんトヨタがスポンサーの番組では主役はトヨタのクルマに乗った。「平四郎危機一発」で平四郎が乗るのはロータリーエンジン。スポンサーはもちろんマツダ。東芝がスポンサーの番組では、お茶の間にあるのは東芝のテレビだった。

当時から日本の財閥系資本は確立していたし、そういうこだわりはあったが、主人公がスポンサーであるトヨタや東芝と系列のちがうビール会社のビールを飲んだり、ましてスポーツ新聞とか競馬新聞なんてどうでもいい小物に関してはフリーパスのような状態だった。

それは自然だったと思う。自動車会社がスポンサーの番組で資本系列のちがうナショナル乾電池が映ったとしても、それこそライバルの東芝や日立がスポンサーの番組でもない限り、意識的に消す必要はなかったろう。松下電器と無縁のテレビ局なんてありえなかったし。古き良きおおらかな時代だ。

だが、NHKの執拗なそういうこだわりを見て育ってきた私は、「NHKこそが公共放送として、メーカーにこだわらず、ブランド名を出していいのではないか」。むしろ民放こそが「資本系列にこだわって隠すのが正解なのではないか」と思ったりもした。



NHKは日本の国営放送であるからどうでもいいのである。国営放送のもとでは全民間企業が平等だ。開けっ広げでいいのだ。だからたとえばドラマの中で、ナショナルの乾電池を映したとしても、主役がサッポロビールを飲んだとしても、次回の放送では、今度は東芝の乾電池にして、キリンビールを飲めばいい。そういうことにこだわらないのが国営放送の基本、おおらかさなのではないか、と思えてきた。

一方、民放は民放である。営利企業なのだから、それには思いっ切りこだわったほうがいい。
たとえば「ふようグループ」で言うなら、自分達のスポンサードした番組には「全面的にふようグループ色」を出す。グループ以外を拒む。
日産自動車提供のドラマ番組なら、登場する乗物がニッサンであるのはもちろん、小物としての飲物も系列のサッポロビールで統一する。金欠の主人公が金を下ろしに飛びこむのはもちろんみずほだし、アパートで喰うカップラーメンは日清。ラップもクレラップ。冗談のように一瞬映る小物のコンドームもオカモト。街角のロケで、他社のクルマや飲物の自動販売機が映るシーンでは、それにモザイクをかけて消す。そういう徹底が民放だ。NHKは映す。民放は消す。それこそがNHKらしさ、民放らしさなのではないか!?
 そんなことを思うようになっていた。



ふと気づくと時代はそうなっていた。NHKが開けっ広げ。民放がモザイクの時代。
予想していたのだから、先見の明と誇るべきなのだが……。

民放夕方のニュース番組。
大震災被災地を芸能人が訪ねる。
被災から立ち直って再開した居酒屋の話。
「なんとか、またがんばって、再開できました」にほろりとする。

が、客の飲むびんビールラベルにモザイクがかかっている。艶消し。でもサッポロ黒ラベルだなと判ったりする。
もちろんスポンサーはビール会社ではない。なぜここでビールラベルにモザイクがかかるのか。そのビール会社とは資本系列のちがうスポンサーだからか。それとも一貫してスポンサーではない商品名は隠すようにしたのか。そういう気配り。
もう民放はそういう「気遣い」の時代のようだ。

そうなるのが当然と思っていたが、なったらなったで、また複雑な思いである。
変らない真実は、むかしの塗り潰し、いまのモザイクを見ると、「この商品はなんだ!?」と注目してしまうことだ。それがなければべつに気にならないのだけれど。スカートのチラリズムと同じ原理か。

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【附記】──フジテレビの競馬新聞

フジテレビのドラマに競馬のシーンが登場するとき、競馬新聞は必ず「競馬エイト」である。この徹底ぶりはなかなかだ(笑)。「GTO」「やまとなでしこ」、このあたりの細かな場面でもしっかり徹底している。これは「スポンサー様」とはまた別に、発刊がフジサンケイグループという「身内意識」からなのだろう。苦笑するほど、「競馬新聞はエイト」に撤している。まあこれなんかはほほえましい話だ。



【附記.2】──へんなところにリンクが(笑)──2013/4/27

一年以上前に書いた地味なテーマのこの文に妙にアクセスがある。地味ではあるが好きなテーマだから、本人としてはうれしい。でもなぜなんだろうと思って調べてみた。そして原因がわかった。それをここに書きました。
  1. 2012/03/06(火) 10:08:57|
  2. 世相
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佐川急便の問題点──ガラパゴス速報「佐川が嫌がらせしてきた」

ライブドアブログを利用しているので、くだらん内容のライブドアニュースを読まねばならない。でも「無料で使わせてもらっている」感覚だからしょうがない。

たまにはいいニュースもある。それがこれ。
私も佐川急便にはさんざんイヤな思いをしてきたので、この話題には同感した。
ひどい話である。佐川と頻繁につき合うと、こんなのはしょっちゅうだ。
不快感をもっているのは私だけではないと知って、すこし安心した。

「佐川が嫌がらせしてきた」
  1. 2012/03/04(日) 21:21:04|
  2. 世相
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ボトルネック奏法──YAMAHAの真鍮製スライドバー──デルタブルース──私の三大変節記

ひさしぶりにA・ギターを弾こうと思った。全体暖房をしていないので冬場はA・ギターはキツい。かじかむ。指が痛い。その分、空気が乾いているので音はいい。弾きたくなる。でもキツいから避ける。安易に走る。ならエレキ。

ここのところヘッドフォンでZo-3ばかり弾いていた。Rolandのチューブアンプとマルチエフェクターを通して弾く。リズムマシンと同期すれば、それなりに練習にはなる。ひとりジミヘン。

このZo-3も初代だから古いなあ。1990年製。20年以上前か。パソコン大好きでも、やっていることはまだアナログ感覚。啓蟄が近づくとA・ギターを弾きたくなる。それが私の春まぢか。

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楽器関係の小物入れからYAMAHAのボトルネック用のスライドバーが出てきた。ふたつ。真鍮製だ。すごいな、緑青が出ている。

P1010004

ひとつを紙やすりで磨く。きれいになった。もうひとつを磨く前に緑青の出た状態を写真に撮る。磨いてきれいにするのは簡単だ。けど緑青を出すのには何年もかかる。そう、緑青の浮きでた、腐りかけた、このうす汚い状態こそが自慢(笑)。これぞ「真鍮製のスライドバー」を購入して、「30年以上経った誇り」なのである。いや、誇ってませんけどね。むしろ恥じてます。頻繁に使っていた頃はもちろんきれいだったし、その後もけっこう使っていたつもりなんだけど、気づいたら緑青が生じてました。
ここで「緑青」を読めず意味も知らないひとも、もしかしたらこのブログを読んでいるかも知れないけど、そのへんは無視。

YAMAHAの刻印もある。

P1010006




調べてみると、YAMAHAの製品はいまステンレス製だけで、この真鍮製は売っていないらしい。また形としても、いまはみな「突きぬけ型」であり、こういう「サック型」は珍しいようだ。
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でも真鍮製は重くて、それなりに価値がある。私がこれを買ったのも程良い重さが魅力的だったからだ。
するとちいさな工房が、やはり出していた。

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ステンレス製が1200円ほどなのに対し、こちらは3500円。色も重さも真鍮製には高級感がある。これはこれでいいんじゃないか。まあ高いのを使えばうまく弾けるというものでもないが、そのことによって練習が熱心になる可能性はある。体験からもそれは言える。

ただしこの製品の価値はA・ギターのミドル以上のゲージで光るものだろう。この重さはE・ギターのライトゲージだったりしたらマイナスなのではないか。その場合はプラスチック製の軽いもののほうがいいように思う。



私はこのYAMAHAのスライドバーを買ったときのことを、とてもとてもよく、覚えている。
場所は渋谷道玄坂のYAMAHAだった。聞くところによると何年前かに閉店したという。なんかせつなくなった。まぎれもなくYAMAHA渋谷店は私の青春の地のひとつだった。あそこでどれほど楽譜を買ったろう。ホーナーやトンボのマウスハープ、その他の楽器小物。想い出は尽きない。ほんとうは御茶の水のほうがいいのだが、遠い。近場の渋谷のここには頻繁に通った。

なぜたかがスライドバーのことを明確に覚えているか。
私は大のYAMAHA嫌いだった。音楽を商売にする姿勢が許せなかった。あのころ、音楽をやっている若者の傾向は大きくふたつに分かれた。YAMAHAのコンテストを利用して世に出ようとする連中と、そういうYAMAHAの姿勢を嫌悪する連中と。私は典型的な後者だった。

よいギターを作るには、マホガニー等の乾いた年代物の素材が必要だ。YAMAHAはそれを確保するために、アメリカの古い教会を買い占めているという噂もあった。教会の古い長椅子の木材が役立つのだ。私はそういう姿勢を嫌った。



私と同様にYAMAHAを嫌いつつも、YAMAHAのA・ギターを使うひとは多かった。それは親しいひとにもいた。あのころYAMAHAのFGシリーズはマーチンを買えない連中にとって名器だった。実際ベストセラーのFG18等、コストパフォーマンスにすぐれていたと思う。私は嫌いだったけれど、認める点は認める。

私のYAMAHA嫌いは徹底していたから、ギターを使わないのはもちろん、絃からピックから、とにかくもうYAMAHA製品は一切使わなかった。といって私もマーチンやギブソンを愛用できる身分ではなかったから(周囲には金持ちの子弟も多く、それらを持っているのは多々いたが)他の日本製品を使った。私はyairiが好きだった。後にはTAKAMINEが救いになる。とにかくYAMAHAは嫌った。一切使わなかった。

そんなピック一枚でも死んでも使わないというほどのYAMAHA嫌いの私が、初めて買ったYAMAHA製品がこのスライドバーなのである。渋谷YAMAHAで、手にしてすぐ魅せられてしまった。すでに市販されているスライドバーはすべてといっていいほど持っていた。ステンレスもあった。透明プラスチックもあった。が、これは別格だった。しっくりくる重さがたまらなかった。「長年貫いてきた絶対にYAMAHA製品は使わないという信念をここで枉げるのか」とさんざん迷ったが、結果として購入していた。以来手放せなくなった。

前記「渋谷YAMAHAは青春の地」と書いたが、もちろんそれはこのスライドバーを買い、YAMAHA嫌悪がなくなってからの話である。それまでの私はYAMAHAの店にすら入らなかった。はるばる御茶の水まで出かけていた。いちばん好きなのは石橋楽器だった。



私はそういう小物に凝る方だから、デルタブルースを弾くようになると、スライドバーもあれこれ買った。市販されている品はほとんど買っている。憂歌団の内田が「ハウスの唐芥子のびんがいい」と言ったら、それを買ってきて、唐芥子を捨てて、ラベルを剥がして使ってみたりした。

tougarasi

ええ、念のために書いておくと、内田がそう発言したかは定かでありません。そういう発言はありましたが、それがハウスの唐芥子であったかもいいかげんです。要するに、高名なボトルネックギターの巧いひとがその種の発言をすると、すぐにやってみた、という話です。
確かなのは、いま唐芥子が大好きで、唐芥子がないと食事できないほどなのに、当時の私はそれほど好きではなく、迷うことなく新品の中身を捨ててびんだけ利用したという事実です。私の唐芥子好きはタイから来ていて朝鮮料理は関係ありません。

朝鮮で思い出したのでついでにもうひとつ、私は「朝鮮民族は音楽と挌闘技にすぐれている」と何度も書いていますが、憂歌団もまたそれを証明しているひとたちと言えます。日本の芸能界のすぐれた歌唱力のひとたちを羅列していったら、ほとんどが朝鮮人になるのは絶対的事実です。私はそれをすなおに礼讃しています。感情的に否定するひともいますが、それはやめるべきでしょう。好き嫌いと絶対的な事実は別問題です。彼らはそういう面において確実に秀でた民族なのです。



世を席巻しているダイナの馬が嫌いだった。馬名を見るだけで消していた。しかし圧倒的多数で勝ちまくる。消したこちらは負けまくる。ますます嫌いになる。悪循環。
そんなある日、中山のパドック。下級条件のダート戦でギャロップダイナと出会った。丸くてころころした馬だった。目があった。かわいかった。その瞬間にダイナ嫌いが消えた。ダート馬だったギャロップダイナは後に芝実績のないままシンボリルドルフを負かして天皇賞を勝つまでに出世する。このときのギャロップダイナの単勝配当はいまも天皇賞のレコードだ。

成金土建屋のアドマイヤの馬主が嫌いだった。アドマイヤの馬はぜんぶ馬券対象外にしていた。シャダイの高馬を買って走らせる日の出の勢いの新興馬主であり、重賞戦線で大活躍する時期だった。ハズレまくった。それでもまあこれはダイナとは規模がちがうし、それほどでもなかったが、それでも有力馬主を嫌うことは馬券を狭くする。でも嫌いなものは嫌いだ。
そんなある日のパドック、芦毛のアドマイコジーンと目があった。かわいかった。アドマイヤ嫌いが消えた。朝日杯3歳ステークス快勝。だがそこから2年以上もの長いスランプ。6歳になって安田記念を勝つ。後藤浩輝初G1制覇。後藤が干されているときに応援して起用したのがアドマイヤの馬主だった。ふたりが抱きあって泣く。もらい泣き。

それとYAMAHAのこのボトルネック用スライドバー。
順序としてはこれが一番早いけど、ギャロップダイナとアドマイヤコジーンとYAMAHAのスライドバー。私の「三大変節」になる。



デルタブルースという馬がいる。父はダンスインザダーク。鞍上岩田で菊花賞を勝った。2004年。このとき岩田はまだ園田所属。地方競馬所属騎手が中央の馬に乗り中央のG1を勝った最初の例になる。後に内田や戸崎も実現している。

さらには2006年にオーストラリア最大のレース、国民の祝日にもなるメルボルンカップを勝つ。メルボルンカップがいかに親しまれているかはオーストラリアにゆけばよく解る。私は初めてオーストラリアに行ったとき、競馬の仕事をしていてメルボルンカップにそこそこ詳しいことがだいぶ役だった。世間一般のひととの話題になるのである。日本でこれは不可能だろう。メルボルンカップはオーストラリア人にとって、それほどおおきなイベントなのだ。

だがデルタブルースは、晩節を汚し種牡馬になれずじまい。メルボルンカップを勝った時点で引退していれば種牡馬にもなれ、オーストラリアでも讃えられたろうに。なんとも残念である。退き際の重要さを思う。



私はデルタブルースが好きでボトルネックを始めた。サンハウスやロバート・ジョンソンの流れだ。だから、E・ギターでボトルネックをやるギタリスト(たとえばデュアン・オールマン)の音楽とは、ちょっと流れがちがう。
デルタブルースという響きだけで胸が熱くなる。まさかそれを名乗る日本馬が現れるとは。

馬名を知ったときから注目していた。この馬の名は母の父Dixieland Band、母Dixie Splashから来ている。そこに父ダンスインザダークのダンスを加えての、日本馬には珍しい洒落た名になった。馬主はサンデーレーシング。ギャロップダイナに出遭うまでの宿敵「ダイナ」の共同馬主クラブである。冠号ダイナで勝ちまくり、もう宣伝の必要はないと冠号をやめていた。

ダイナ嫌いだった私は、その馬主であるダイナースクラブの会報『SIGNATURE』に書く旅行記で世界中のあちこちに行かせてもらうようになっていた。



伊集院静がエッセイを書き、西原理恵子が絵を添えるシリーズ本がある。週刊誌の連載エッセイをまとめたものだ。競馬通であり大の馬券好きである伊集院が、当時そこのある回で、「デルタブルースという名の馬がいる。変な名前だ」と書いていた。彼にとっては意味不明の馬名だったらしい。「あ、このひと、ぜんぜん音楽を知らない」と思ったものだった。



アコースティックなデルタブルースの奏法だと、むかしむかし「笑っていいとも」に出た景山民夫が、ニューヨークで弾き語りをしていたことを自慢して、あの「ともだちの輪」を生演奏で歌った。あの程度の腕前でニューヨークで弾き語りができるなら私もいますぐできると自信を持った。

なにかの特番で(NHKだったかな)山崎まさよしというのが、そのデルタブルースの故郷を訪ねるという企劃があった。私はその時、山崎まさよしというミュージシャンを知らなかったが、番組表の「ブルースの故郷を訪ねる」に惹かれて見た。
ニューオーリンズまでゆき、存命している黒人の老ミュージシャンと一緒に山崎がA・ギターでデルタブルースを弾いた。リアルにその場で弾く山崎のギターは下手だった。私のほうがはるかに巧い。でもデルタブルースに興味を持っている日本の若いミュージシャンがいるのだということはうれしかった。それから彼の音楽を入手して聞いてみた。CDではとてもギターが上手だった。どういうトリックなのか。



と、あれやこれや思いつくまま。
思うのは、このスライドバーが30年以上前の品であること。いまももちろん現役。息子に伝えて、孫子代代の品にもなる。すばらしい。

そしていつもの結論。それと比すとパソコンてのは、パソコンソフトってのは……。
日進月歩の製品てのはむなしい。

とはいえこのスライドバーは、ただの真鍮の固まりだ。私の息子や後裔がボトルネックギターを弾かなかったらただのゴミである。何の役にも立たない。

それでも30年以上前に買った品が今も現役であり、百年後もその可能性があると思えることは希望的だ。私の曾孫がボトルネックギターを弾き、ステージで喝采を浴び、これは曾爺さんからの代代のものなのだとかざす日が来るのかも、と思うだけで楽しい。
  1. 2012/03/02(金) 07:30:02|
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インターネット断ち──という難問──〝名器〟の木嶋事件

ひととちがう生活時間で生きているが、昼頃には一服することが多い。午前3時からPCに向かっていると、午前8時にひと休み、二度目がちょうどその頃だ。
ここ数日、そんな休み時間にKey Hole TVでサブディスプレイの片隅にワイドショーを流している。
音は出さない。音楽を聴いている。たまに画面をチラッと見て、興味のある話題だったら音を出して見る。というつもり。
Key Hole TVのちいさくて見にくい画面だがこれで十分。



ところがその中身は、洗脳されたオセロ中島と、自称〝名器〟の木嶋という人殺しの話ばかり。
音を出さずチラ見しているだけでもうんざりして、けっきょくは見ることなく消す。

私は殺人事件が嫌いなので近寄らない。「ミステリー」と呼ばれる分野の小説を読まないのも、そういうテレビドラマを見ないのも、それが人殺しの話だからだ。
木嶋という女の人殺しに関してなにも知らない。
なのに、肝腎の殺人事件の経緯を知らないのに、本人が法廷で供述したという「女としての機能そのものが優れていると相手に言われた」とかの「名器発言」は知っているのだからインターネットはこわい。知りたくなくても情報があちらから押しよせてくるので知ってしまう。迷惑と思いつつ、その迷惑度合に慣れ親しんでいるのも事実。



私は山奥で隠遁生活をしている「つもり」なのだが、たとえ「つもり」でも、その徹底のためにはインターネットを切らねばならない。Key Hole TVは、あまりにテレビを見なくなったからあえてやってみた気まぐれにすぎない。テレビは一切なくてもいいけど、もうインターネットのない生活は出来ない気がする。すっかり常時接続に毒されている。

出来るか出来ないかの実験は今すぐに出来る。「これから一週間ネットに繋がない」とか宣言してケーブルを抜けばいいのだ。

とりあえず今は毎日メール連絡の必要な仕事があるからそこまでは出来ない。でもそれだって、「常時接続を切り一日2度メイルチェック」で充分だから、やはり言い訳か。それで間に合わないほどの緊急の場合は電話が来る。そういう事態の発生はほとんどない。だからやっぱり言い訳だ。

以前は頻繁に海外に出ていたので、そのことが「インターネットのない生活」、「新聞雑誌のない生活」、「テレビのない生活」の実験になった。
いまは日本で好き放題の生活だから、そのへんの情報選択はすべて自身の克己心に委ねられる。「新聞雑誌のない生活」「テレビのない生活」を実践しているが、それらはみな「インターネット」で代役されているのだから意味はない。テレビのない生活をしていたときもYouTube動画倉庫で適当に見ていたから、それは「テレビ受像機のない生活」でしかなかった。



昨年11月末にTwitterをやめた。
人の振り見て我が振り直せ、である。
四六時中ツイートしているひとを見たら気味が悪くなった。正気ではない。
半年ほどの短い関わりだった。

そういうひとよりはまだましだと思うが、私も「常時接続」という名の中毒ではある。
3時から8時まで机に向かって一心不乱かというとそうでもなく、2時間に一度ぐらいのわりあいで、5分10分、ニュース読みに出かけたりしている。ホームページにしているiGoogleには様々なニュースや「急上昇ワード」が表示されているし、ブログを利用させてもらっているライブドアからも、どうでもいいような内容のメルマガが送られてくる。それらで前記の「名器発言」等を知ってしまう。(私はこういう「させてもらっている」というような表現が嫌いだし、この種のものは相身互いだから「利用している」と書きたいのだが、なんかブログに関しては「させてもらっている」感が強い。利用料金を払っているプロバイダのホームページにはこんな表現はしないのだが。)

振り返って、そういう自分に気づく。癖になっている。嫌っているようで好きなのだ。毒されている。
もしも常時接続でなかったらこんなことは出来ない(起きない)から、デスクトップ機を離れ、こたつに行ってお茶を飲み、雑誌を読んだりする息抜きの時間になる。かつてはそうだった。常時接続前はそこまでインターネットはこちらを巻きこんではいなかった。そちらにもどりたい。そちらのほうが正常だと思う。今更むかしのように机の上に何冊も辞書を置いておく生活にはもどれないが、その辺は電子辞書があれこれ挿れてあるし、なんとかなるだろう。



う~む、「常時接続を切ってのインターネット断ち」か。難問だ。かつての遅かったインターネットでは生じないテーマだ。ブロードバンド時代になっての問題である。インターネットをやめろと言っているのではない。常時接続を切り、インターネット接続を一日1時間とか、そんなふうに制限しろという自身に課すテーマ。

私は電車の中でひたすら携帯電話の画面を見詰めているひと、歩きながらも携帯電話の画面を見詰めているひとを軽蔑している。病人だと思っている。
しかし私もまたインターネット常時接続という病人ではないのか。

ここから離れるのは、ある意味、薬物中毒のタバコをやめるより難しい。
と書くと、チャレンジ精神が疼いてくる。
四半世紀前、一日二箱喫っていたタバコをやめた。
ある日突然、タバコに依存している自分に腹が立ったのだった。
ひっきりなしにタバコを喫わないと生きていられない。そんな自分が許せなかった。
いきなりその日、やめた。一週間、のたうちまわって苦しんだが、やめた。以来一本も喫っていない。

出来ないはずがない。やってみるか。

------------------------------

【追記】 いま7:55。Key Hole TVで「みのもんた」を点けてみた。木嶋の話。急いで消す。ダメだこりゃ。

【追記.2】 いま17:11。ターザン山本さんのブログを読んだら、木嶋をテーマに友人と語りあい、〝毒婦〟としてブログテーマにしていた。そんなに話題のひとなのか。くだらんと言って見ない私が世間とズレているのか。たしかにまあ、あのようなブスが〝いい女〟として、複数の男から金を巻きあげるという事件は、現代のさびしさ症候群を語るにはかっこうのテーマなのだろうが。
  1. 2012/03/02(金) 04:44:43|
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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