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KeyMouXrを知る──Ctrl+を設定できるフリーソフト──作者・村田浩一様に感謝を込めて

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ひょんなことからフリーソフトのKeyMouXrを知った。Ctrl+の設定を変られるソフトである。その便利な効用やDownloadの詳細は以下のアドレスに任せて、私自身の思い出と苦労話だけ書く。

『窓の杜』──[Ctrl]+各種キーを別のショートカットキーに入れ替えられる「KeyMouXr」

keymouxr



私はCtrl+を多用する。早打ちにはかかせない。重要なのはCtrlキイの位置だ。左手小指の横になければならない。あたらしいパソコンを組んだりOSを再インストールしたとき真っ先にやるのはキイボードのCapslockと左Ctrlキイの入れ替えになる。これはむかしから便利なソフトがいくつか出ている。NEC9800とMacは左手小指の部分にそれがある。Windowsキイボードの設計者はなにを考えてあんなところに配置したのか。小指が捩れて使いにくい。左手小指の位置にあれば、それこそ鍵盤楽器を弾くようにスムースに打てる。

多用するとはいえかなり限られたものでしかない。むしろ私はパソコン歴からするとショートカットキーの使用は下手なほうだ。使うのはごく常識的なCtrl+A.S.C.V.X.O.Wぐらい。その中でも絶対にないと困るのがCtrl+G.H.M.のみっつ。GがDelete、HがBackspace、MがEnterだ。これは多用する。これがないとやっていられない。打鍵の速さは十分の一になる。



私のいま愛用するパソコン文房具は、商業文を書くテキストエディターの「QXエディター」とアウトラインプロセッサの「Vertical Editor」、日記と自分のサイト用文章を書くホームページ・ビルダーのみっつだ。その他の電子筆記具も山ともっているが毎日必ず使う筆記具はこのみっつのみ。Adobeの高額なソフトなんて、ほんと宝の持ち腐れになる。IllustratorもPhotoshopもDreamweaverも持っているが使いこなせない(泣)。
このブログは以前はテキストエディターで書いてからライブドアブログのエディターに貼っていたが、ちかごろは使い慣れてきて直接ここに書くようになった。



ホームページ・ビルダーでサイトを更新するよりブログのほうが楽なのでここのところブログに書くことが多い。やはりあっという間に普及しただけあってブログには利点が多い。でも最近ネットで知り合ったかたに「以前のホームページもおもしろいですね」と過去形で言われたが、あくまでも本店はあちらのつもりだ。ブログは支店。ブログでは波風が立つようなことはあちらで書いている。
なんだか知らんけどGoogle検索するとこのブログはやたら上に出る。タイムリーなネタを書くと異様にひとがやってくる。びびる。みな上に出るように努力しているのだからこんなことを言ったら罰が当たるが、私は波風を立てたくない。目立ちたくない。だからなるべく耳目を集めるようなネタは書かないようにしている。野田聖子のことを書いたのは失敗だったがあまりに不快で腹が立ち書かずにいられなかったのだからしょうがない。



そのみっつの筆記具の内、<QXエディター>や「Vertical Editor」はキイ設定が独自に出来る。Ctrl+も自由に変更可能。私好みに設定してある。快適だ。
問題はホームページ・ビルダーだった。これはキイ設定をいじれない。それでも標準設定になっているから、上記の私の愛用する一般的なCtrl+のほとんどは出来る。困ったのはただひとつ、なぜかCtrl+Gが「ファイルオープン」に当てられていたことだった。標準のCtrl+Oもファイルオープンである。なぜだろう。それが変られない。

その他にも困ったことはあって、たとえばCtrl+Fが標準の「検索」に当てられている。これはこれで便利なので愛用している人は多いだろうが、私は長年これを「→」に、Ctrl+Dを「←」に変更して使ってきた。<QXエディター>も「Vertical Editor」もそうなっている。検索や置換なんてめったに使わない。それと比べたら左手で→と←が使える方がずっと便利だ。その癖で→のつもりでCtrl+Fを押し、無用な「検索窓」を出してしまうことが連発する。

でもこれって通算しても数千回程度だろう。一日に1回、あるかないか。「ホームページ・ビルダーではCtrl+Fは使えない」というのは、割合早く指に教え込めた。
Ctrl+GをDeleteのつもりで押し「ファイルオープン」してしまったのは何万回にもなる(笑)。いや大げさではない。もうホームページ・ビルダーを使い始めて15年ぐらい経つし、毎日これで長文の日記をつけていて、サイトの文章も書いている。それはそれはもうたいへんな量を書いてきた。その間、同じ失敗を繰り返している。
私は興が乗ったら一心不乱に熱中し長文を一気に書き上げる。それから何度も何十回も読み返して仕上げてゆく。その一心不乱の時、自慢できるほどの速さでキイボードを叩きまくるのだが、指癖だからどうしてもCtrl+Gをやってしまう。ファイルオープンになる。しまった、いまはテキストエディターじゃない、ホームページ・ビルダーだったと恥じて閉じるのだが、指癖は直らない、何度も何度も繰り返す。そのたびに思考停止になる。急ブレーキだ。同じ失敗を繰り返す自分にうんざりする。

これって客観的に見たら笑えるだろう。私はホームページ・ビルダーのファイルオープンの状態を、もう10年以上続けているサイトでありファイルの数も多いから画面一杯になるように設定している。ちいさいとスクロールが面倒だからだ。ホームページ・ビルダーでCtrl+Gをやると23インチのディスプレイ全面がファイルオープン状態になる。もしも私がキイボードを打っているのを後ろから観察していたら明らかに誤操作をしたのだとわかる。文章を書いている画面にいきなりファイル一覧が全画面で出て、打っている私は、それが開くと「あっ」という感じでうろたえ、急いで閉じて、また作業に戻るのである。それを5分に一度ぐらい繰り返すのだから、後ろから観察していたら、こいつ、何度同じまちがいを繰り返すのだと笑えるだろう。それこそ時計を見つつ「そろそろやるぞ、やるぞ、ほおらやった!」になる。でももう何十年もの指癖であり、ホームページ・ビルダー以外では問題のない操作だから、どうしても直らない。一日に10回、いや5回だとしても、年に1800回、15年だとやはり万は越えている。



それがこのKeyMouXrというソフトのお蔭で解消された。これからまたホームページ・ビルダーを使ってサイト更新する意慾が増してきた。ほんとにほんとにありがたい。

知ったのは昨夜、偶然だった。いまポメラ100にするかNECのLifeTouch NOTEにするか迷っている。両者共にATOKが入っているのがポイントだ。もうひとつ肝心なのがこのCtrlキイの位置になる。ポメラは変更できる。それは確認していた。問題はLifeTouch NOTEだ。それを検索していたら以下の山田祥平さんのレビュウに行き着いた。LifeTouch NOTEもキイチェンジが出来るらしい。よかった。

見知らぬひとを思わず「さん付け」で読んでしまったが、パソコンソフトオタクとして、あまりに長年数多くこのひとのレビュウを読んでいるので他人の気がしない(笑)。顔も知らないのに。

ポメラ100はPCのATOKユーザー辞書を読み込めるらしい。しかもポメラ20まではその数がすくなかったが100は2万項目まで出来るというから魅力的だ。LifeTouch NOTEのATOKは出来るだろうか。残った問題はそれだけになった。なにしろ二十年以上育ててきた先祖代々の糠味噌みたいなATOKユーザー辞書だから、これまたこれがないと何も出来ない。

LifeTouch NOTEが持つ3つのプラスアルファ

そこにこんな箇所があった。

個人的にはPCでのテキスト入力は、「秀丸エディタ」を使っていて、自分自身で使いやすいようにキーアサインを割り当てている。秀丸登場以前から使っているワープロやエディタを含めて、同じキーアサインで四半世紀、文章を書いてきた。そして、Wordなどのワープロソフトを使うときも、マクロで割り当てた同じキーアサインだし、その他のソフトも、以前、ここで紹介したユーティリティ「KeyMouXr」を使って、同じキーアサインでテキスト入力ができるようにしている。自分自身では、文字入力時のミスタイプがきわめて多く、常に、Ctrl+Hでカーソル直前の文字を削除できないと、入力効率がガタ落ちになってしまうので、より正確にタイプするように心がけるより、間違えても、瞬時に修正できる環境を作ることを選んでしまった。

Ctrl+Hの箇所を読んで、より親しみを感じた(笑)。でも山田さんの愛用IMEはMS-IMEなのだとか。ここのところだけ白けた。いるんだよなあ世の中には。ATOKは使いづらい、MS-IMEがいちばんだと言うひとが。

愛用エディターは秀丸か。パソコンライターだとみな横書き文章だから秀丸でいいのだろう。私は縦書きのできるテキストエディターでなければならない。たとえ横書きで書きあげた文章でも、縦書きで活字になるときのことを考えて、縦書き表示にして仕上げなければ感覚が掴めない。『QXエディター』も『VerticalEditor』も縦書きが売りだ。

この文章だけではよくわからないのだが、それでも「もしかして、そのKeyMouXrというソフトを使えば、ホームページ・ビルダーのCtrl+GをDeleteに出来るのか!?」と希望の灯がともった。早速Downloadしてインストールしてみる。ちょっと設定に戸惑った。どうしてもCtrlにチェックを入れてしまう。その必要はないのだ。
ホームページ・ビルダーの文章がCtrl+GでDeleteになったときの感激はなんとも言いがたいものがあった。15年以上悩んで苦しんできたことが解決したのだ。次いでCtrl+Fを→に、Ctrl+Dを←に変更した。これもあっさりクリア。うれしかったなあ。



いったいいつ開発されたソフトなのだろうと調べる。山田さんが2010年8月にレビュウを書いており、その週に発表されたものだと知る。こういう便利ソフト大好きなのに2年半も遅れてしまった。もったいないことをした。しかししかたない。当初は探した。ない。やがて私はそんなソフトなどあるはずがないともう諦めて探すことすらしなかった。ひたすら自分に「ホームページ・ビルダーではCtrl+Gを使うなよ」と言い聞かせて作業していた。そして相かわらずの「ファイルオープン」の日々……。

2003年にホームページに「心から感謝を込めて──Alt IME」というのを書いている。1995年頃から使用しているCapslockと左Ctrlキイを入れ替える「AltIME」というフリーソフトに対する感謝の文だ。多くのフリーソフトに助けられていて、あちらこちらに感謝する日々だが、今回のKeyMouXrはそれ以来の格別の感激となった。

作者は村田浩一さんというかた。お礼のメールを書きたいがアドレスがわからない。
ありがとうございます。心から感謝を込めて使わせていただきます。

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【附記】──O's Editorも!──2/4.19.00

私はシェアウェアO's Editorのデザインが好きで初期の時に購入し使用している。便箋設定なんてこのエディターがいちばん美しいのではないか。中身のある手紙を書いている気分にさせてくれる。

しかしこれも現在は映画監督であるひとがシナリオライター時代に自分用に開発したものなので、自分用に特化した特殊なキイ設定があり、こちらの自由にはならない部分がある。シナリオを書くには便利なのだろうが……。

O'S EDITOR-1のときに作者に質問のメールを出した。このキイ設定は替えられないのかと。やはりCtrl+Gの問題だ。「残念ながら」と返事をもらった。作者にとってはそれが最も使いやすい設定であり、なぜそれを替えねばならないのだ、となるのだろう。だが私には重要問題だった。ホームページ・ビルダーと同じような失敗を繰り返す。イライラする。そのことから近年は疎遠になっていた。

KeyMouXrのおかげでそれも解決した。いまO'S EDITORを起動してやってみたら、当然ながらすんなり変更された。なんとも気分がいい。せっかくお金を払って購入しているシェアウェアだ。使えるなら使いたい。もともとデザインは気に入っている。使いたいのだ。それがまた可能になった。

すばらしいソフトである。あらためて感謝したい。
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  1. 2012/01/31(火) 16:04:55|
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早稲田で講演した鳩山由起夫の間抜けぶり──怒号は飛ばなかったのか!?

「東アジア共同体で真の和解を」 鳩山氏、早大での講演で中国観語る
2012.1.30 16:25 [鳩山由紀夫]

 民主党の鳩山由紀夫元首相は30日、東京都内の早稲田大学で講演し、「かつて日本がアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えてしまった歴史がある。真の和解が達成されたとは考えていない」と述べ、持論の東アジア共同体の実現によって「歴史認識問題の克服」を図るべきだとの考えを示した。

 鳩山氏は「EU全体は戦争のない状態にある。東アジア共同体をEUにならいながら構想し、二度と戦争が起きない関係を作ろうではないか」と述べた。具体的には、日中間で交渉が中断している東シナ海のガス田共同開発の条約締結交渉を取っかかりに関係を発展させるべきだとの認識を示した。

 鳩山氏は「日本にとって、これから中国が大変大きな意味をもつ」と強調。平成22年9月に沖縄・尖閣諸島沖で発生した中国漁船衝突事件を「衝突事故」と表現した。(MSN産経 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120130/stt12013016310005-n1.htm)


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 こんな考えのヤツが総理大臣やってたんだものなあ。今更ながら心寒くなる。こいつらにとって「アジア諸国」とはシナと朝鮮でしかない。多くのアジアの国々が独立への勇気をもらったと日本に感謝していることなど眼中にない。

 早稲田の学生はこんなバカの講演を黙って聞いていたのか。怒号は飛ばなかったのか。信じがたい話である。いやそもそも早稲田の連中はなんで鳩山由起夫の講演なんて企劃したんだ。悪い冗談か。「日本列島は日本民族だけのものではない」と言った気違いだぞ、こいつは。

 亭主の浮気に悩んだ母親は、人生の目標をこどもの教育に向けた。就学前から学課別の複数の家庭教師をつけて育てた。兄弟は見事にふたりとも東大に入った。かわいくてしょうがないので、タイヤ屋の娘で金持ちの母親は、息子が政治家になると60過ぎまで毎月1500万円の小遣いを与えた。それが鳩山兄弟だ。兄も弟も見事に狂っている。
 次は落選させろよ、北海道民。
  1. 2012/01/30(月) 22:30:08|
  2. 政治
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大相撲理事選挙──貴乃花、再選! 八百長千代の富士の落日

北の湖理事長復帰、不祥事再発防止の徹底表明も課題山積

 kitanoumi

2012.1.30 18:26


 任期(2年)満了に伴う日本相撲協会の理事選挙が30日、東京・両国国技館で投開票され、元理事長の北の湖親方(58)=元横綱、本名小畑敏満=らが当選し、改選理事による理事会では同親方を満場一致で第12代理事長に互選した。

 北の湖親方は弟子の大麻問題で引責辞任した平成20年9月以来、4年ぶりの理事長就任で、相撲協会トップの復帰は史上初めて。同親方は昨年4月、弟子が八百長に関与したとして理事も辞任していた。(MSN産経)


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 改革を叫び二所一門から追いだされた貴乃花は再選が危ないと言われていた。すくない数だから票読みは容易だ。落選はひとりである。
 談合の世界だから無風選挙を好む。最初から定数立候補による無投票にするのだ。それが定番だった。

 そもそも前回貴乃花が二所一門を破門されたのも、周囲の反対を押しきってその無風選挙に打ってでたからだった。平成の大横綱である貴乃花は、順番を待っていれば確実に理事になれる。北の湖や千代の富士に次いで、やがては理事長の座も手に入ったろう。だが貴乃花は、腐りきった体制を改革するのに50過ぎまで待っていることは出来なかった。どんなに説得されても首を縦には振らず三十代で立候補した。落選を予想されたがぎりぎりで当選する。そのときも「謎の支援者」が話題になった。一門を裏切ってまで貴乃花を支持した親方がいたのだ。



 今回の票読みはこうなっていた。

出羽 3議席(10票、10票、10票)
二所 2議席(13票、12票) 
時津風-高砂連合 3議席(10票、10票、9票)
立浪 2議席 (9票、8票)

----落選-----

貴乃花1議席 7票


 貴乃花の票は、自身の他には音羽山、常盤山、間垣、大嶽、二子山、阿武松の6票。合計7票。いちばんすくない。このままでは落選確実だ。

 錣山、湊、時津風の三人は貴乃花と親しく、貴乃花の角界改革案に心情的には賛成している。しかし時津風一門である。義理人情としがらみから一門を裏切ることは出来ない。そう言われていた。

 だが、貴乃花は11票で当選した。これは尾車の13票、楯山の12票に次ぐ票数だった。大番狂わせである。時津風の三人に、さらに立浪も加わっての7+4の11票である。予想外の大勝となった。
 一門からの叱責や不仲を覚悟の上で貴乃花に投票した、錣山(寺尾)、湊(湊富士)、時津風(時津海)、立浪(旭豊)の胸中を思うと胸が熱くなる。一門とのいかなる決別があろうとも貴乃花の角界浄化の姿勢に賛同したのだ。あの古い社会で、これは革命的な出来事である。一門という絶対的な箍が大きく軋んだ。
 前回、貴乃花はギリギリの票で当選した。それでも読みよりも1票多かった。誰だろうと噂された。立浪、というのが濃厚な線だった。本人は黙して語らなかったが、今回明らかになったことになる。もう隠さないだろう。革命に立ち上がった11人の志士だ。



 最低票数の7票でなんとか最下位当選したのは九重(千代の富士)。人格も品格も人望もない心貧しい八百長横綱に対する心ある親方衆の姿勢が結果に現れている。八百長千代の富士の落日とガチンコ貴乃花の擡頭はまさに時代の象徴だ。この流れが変ることはもうあるまい。

 6票で落選したのは友綱。もともと魁皇を育てたという実績だけでのしあがった人だった。唯一の売りだった魁皇が引退したのだから表舞台から消えるのは当然だろう。力士として実績のないこのひとが陽の目を浴びているのを見るたび、名力士をひとり育てればあんなにでかい顔が出来るのかと感嘆したものだった。



 相撲の話である。本来なら【芸スポ萬金譚】の分野だ。でもこの話題は私には〝政治〟であり〝時代〟になる。うれしい夜になった。11人の親方衆に今から乾杯しよう。
  1. 2012/01/30(月) 21:48:21|
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朝まで生テレビの橋下対アンチ──仕切る田原のあみだくじ

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1月27日、金曜日の夜に「朝まで生テレビ」があり、橋下徹大阪市長が香山リカを始めとする連中とやりあったと知る。
検索したらYouTubeにあったので見始めた。
11に分割されていてCMカットだからリアルタイムで見るより見やすい。

アンチ橋下の連中があまりに幼稚で苦笑する。
橋下が公約した一点にケチをつける。橋下が構造的な面からきちんと説明しようとすると、そんなことは訊いていないと否定する(笑)。まるでこどもである。
橋下が言うように、大阪市という行政を変えても大阪市に生きてきた人たちのコミュニティが消えるわけではない。それを理解しようとはしない。言葉尻、揚げ足取りになっている。



もっと見たかったが我慢できず消した。その理由は彼らのそれではない。田原だ。
彼らの橋下否定があり、それに橋下が応対する。それは一応一本の線だ。そのまま見せてくれればいい。
ところが田原はそれでは自分の存在価値がないからやたら口を出す。不必要に仕切る。
結果、何本かの線があみだくじになってしまい、無意味にこんがらがってゆく。ぶつ切りで味のないものになってゆく。
この番組はどうにもそれが我慢できず見なくなったのだが、何年ぶりかなので見られるかと思った。やはり無理だった。

漫才番組で、そのまま漫才を見せてくれればいいのに、やたらゲストの顔をカットインしたり、カメラを切り替えたりして、それが不快で見られなかったと【芸スポ萬金譚】に書いた。これも同じ。ふつうに論争を見せればいいのに、よけいなカメラ割りと同じく田原が仕切ってぶち壊しにしている。



香山リカ&その他のイチャモンに腹立っていた橋下は、念願だった直接討論を実現させてくれた田原に感謝しているのか、その仕切りにおとなしくしたがっていた。一本の線をぶつぎりにされて最も害を被っていたのは主役である橋下だ。

田原は橋下寄りらしい。平松前大阪市長は投票日直前の橋下との討論会を逃げた。それが致命的な敗因だったと言われている。理由は司会の田原が橋下寄りだからとのこと。真相は知らないが、こういう番組が成立することや橋下が田原にさんざん話を遮られてもおとなしくしているのだからきっとそうなのだろう。
本来の橋下なら、激昂し、「ちょっと田原さん、待ってください、最後まで言わせてくださいよ!」となる場面でも、田原に遮られるとすぐに黙っていた。このあとは知らない。私は11/1と11/2を見ただけだ。20分程度か。それでもう限界だった。



「たかじん」に出た時も田原は「朝生」と同じように好き勝手なことをしようとしたが、三宅を始めとする連中に許されなかった。あれは気分のいい出来事だった。もっとも「たかじん」にも田原的な辛坊というのがいるが。

田原のあの仕切りがおもしろくて見ている人も大勢いるのだろう。でなきゃ「朝生」があんなに続くはずがないし田原が地位を保てるはずもない。あるいは田原の仕切りを不快と感じつつ、それに腹立つ自分を楽しんでいるのか。世の中にはたしかにそんな人がいる。腹が立つ、不愉快だと悪口を言いつつ必ず見るひとだ。古い話だと11PMの巨泉がいる。巨泉がきらいだ、言うことひとつひとつに腹が立つと言いつつ欠かさず見ているひとがいた(笑)。あれはあれでファンなのだろう。犬猿の仲という親友か。いずれにせよ私には理解出来ない感覚である。私は嫌いなものにはちかよらない。

橋下があの連中をどう捌いたか興味があるが田原のいる映像では見られない。どこかに文字があるはずだから、それで楽しむことにしよう。

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【附記】 被害を被る

読み返したら「被害を被る」と書いていたのを発見。赤面して訂正。すでにかぶっているのにまたかぶってもしょうがない。しかし『広辞苑』第4版で調べたらまちがいではないようだ。

ひ‐がい【被害】
損害をこうむること。危害を受けること。
また、受けた損害。「―をこうむる」


でもこういう「違和感を感じる」のような並びはうつくしくないから使いたくない。「こうむる」とひらかなにすればいいのかな。
  1. 2012/01/29(日) 10:26:37|
  2. マスコミ
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王将戦第二局──コピーライター原田八段の思い出──久保利明・さばきのアーティストに流れる淡路不倒流の血

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今日は王将戦第二局二日目。久保利明王将対佐藤康光九段。先日の第一局がおもしろかった。今日のも凄い展開になっている。挑戦者丸山が弱くてつまらなかった竜王戦とはちがって充実している。



久保の愛称〝さばきのアーティスト〟が普及してきたとき、原田八段のことを思い出した。将棋界の名コピーライターである。死後、贈九段だが、なじみのある八段で書く。

中原自然流、内藤自在流、大内怒涛流、有吉火の玉流。原田八段の名づけたこれらに親しんで育った。注目される新人が出て来ると、原田さんがなんと名づけるか注目した。これらは成功品。

ぜんぶが成功しているのではない。特に米長さわやか流なんてのは的外れだった。あのひとはさわやかではない。後に自ら泥沼流を使いだすが、こちらのほうがあっている。

晩年のものでは森内優駿流なんてのもひどい。森内は母方の祖父が京須八段だ。将棋界には珍しい名血だと言いたいのだろうが、もうひとつピンとこない。



形に囚われず斬りこんで行く谷川の終盤を〝光速の寄せ〟とし、普及していった谷川光速流は、谷川の輝く才能を表した最高にかっこいいコピーだが名づけ親は原田さんではない。それは元『将棋世界』編集長の大崎善生さんも書いている。多用して広めたのは編集者だった大崎さんだが最初に使ったのはちがうひとだ。誰もが納得し絶讃した最高の愛称である。とにかく原田さんは無関係。

いまWikipediaを見たら原田さんの項目で、谷川光速流と名づけたと書いてあった。ほんとWikipediaはまちがいが多い。このへんはかなり初歩の知識なのだが。

光速流という表現のかっこよさには棋士もみな憧れたようだ。森内は一時その堅実な棋風から「鉄板流」と呼ばれた。光速流のかっこよさと比して「泣きたくなった」と述懐している。たしかにね「鉄板流」と言われてもうれしくない(笑)。
原田さんの名づけた優駿流も、どなたかが名づけた鉄板流も、けっきょくは使われず消えて行く。名づけたからといってファンに浸透し支持されるわけでもない。




羽生にはそれがない。ないことがよくわかる。凄すぎて、そんな「なんとか流」なんて範疇を超えているのだ。
私も、将棋界で驚いたのは谷川の出現までであり、羽生になるともう凄すぎてわからない。万能すぎて色がない。「なんとか流」とは色をつけることであり、色を超越している羽生をそんな旧態のくくりで縛るのは不可能だ。



〝さばきのアーティスト〟は、軽やかな独自のさばきを見せる久保の振り飛車を見事に表現したコピーだ。それまでの「なんとか流」でないところもあたらしい。

ところがこの〝さばきのアーティスト〟は、局面が不利になると、そこからすさまじいまでの粘りを発揮する。軽やかなさばきとはあまりに違うその落差は話題になった。さんま風に言うなら「竹を割ったような性格なんやけど、中に餅が入ってた」になる。
表の顔は爽やかな〝さばきのアーティスト〟だったが、裏の顔は師匠淡路から引き継いだ〝不倒流〟だったのである。淡路はもう粘って粘って粘りぬいて勝つ。「長手数の美学」なんてわけのわからん賛辞もあった。将棋の平均手数が120手ぐらいのころ、決着まで200手を越すのはざらだった。決め手がないとしか思えなかった。私はもちろん短手数の「光速」を支持した。谷川はその平均120から140手の時代に50手とか、とんでもない斬新なことを始めたのだった。あの衝撃は忘れがたい。

谷川のやったのはプロレスで言うならハイスパートレスリングである。それまでは「60分フルタイム」が美とされていた。序破急がみな含まれた様式美である。谷川光速流とは、いきなり大技が炸裂し動きっぱなしで、10分以内に決着のつくハイスパートレスリングだった。このおもしろさを知ったら様式美プロレスはやたらのっさりもっそりしているように見えてしまう。その旧態然ののっそりもっそりの代表が淡路不倒流だった。



久保の表の顔の〝さばきのアーティスト〟は谷川光速流の系譜だ。不可能と思われるところから強引とも思える過激な局面打開を試み、それを繋いで手にしてしまう。だから〝さばきのアーティスト〟。伸び盛りの若手棋士もそう呼ぶ。アーティストというところにプロ棋士からの賞讃が感じられる。だがしくじって追い詰められると、もうひとつの淡路不倒流が顔を出す。

一般に将棋界の師匠と弟子は名前だけの場合が多い。師匠を決めないと奨励会に入れない。だから師匠を決める。名前だけの関係も多い。あまり将棋を教えてもらうことはない。入門の時に儀礼として教えてもらい、あとは数局程度、公式戦で何度か対局し、とかそんなものだ。

久保は淡路の将棋教室に通い幼い頃から手取り足取り教えてもらっている。なんと幼児の時に19枚落ちから教えてもらっているという。上手は王様だけの形だ。その後も六枚落ち、大駒落ち、何百局も教えてもらったと語っていた。こんな師匠と弟子はまずいない。苦しくなったとき、〝さばきのアーティスト〟をかなぐり捨てた久保が「淡路不倒流」に変身するのは擦りこまれた血の重みなのだろう。これぞ師弟の絆である。師の粘りが弟子のピンチに役立っている。



淡路不倒流は原田さんの命名だ。〝さばきのアーティスト〟というコピーは原田さんの感覚とは程遠く、もし御存命であったとしても原田さんには命名できないセンスだったろう。だがその中にも原田さんの名づけた〝不倒流〟の血は脈々と息づいている。生きている。
原田さんのコピー作品として、マイナーだけれど、淡路不倒流と森安達磨流は、棋風を適確に表した名品だ。


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午後7時16分、124手までで佐藤の勝ち。二連勝。すごい将棋だった。佐藤のすさまじい読みが炸裂していた。二枚龍に追われ、駒損で、見た目には久保有利なのだが、しっかりと佐藤は敵玉までの距離感を計り抜いていた。しかし80手から100手まで久保が追い詰めている。ひっくり返されたのはそのあとだ。最後は追い詰めだが即詰みである。久保は指運がなかったが、諦めず応じた佐藤のつよさか。前局に続いての名局である。すばらしい。ふたりの熱戦で王将戦は盛り上がりを見せている。
いい将棋を見ると一日が豊かになる。第三局目が楽しみだ。

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【附記】──〝玉損の攻め〟──原田泰夫 

将棋連盟会長を務め、名コピーライターとして将棋の普及にも大きな功績のあった原田八段ご自身のコピーは〝玉損の攻め〟だった。これまたどなたが最初に名づけたのか、なんともかっこいいコピーだ。
将棋は王様(玉)を取りあうゲームである。玉を取られたら終りだ。〝玉損の攻め〟とは、「健康は命よりも大事」的な成立しない比喩になる。それがまたなんとも原田さんの激しい攻め将棋を顕していて、じつにいいキャッチコピーになっている。

私が将棋に夢中になったときはもう原田さんは好々爺とした解説が売り物になっていた。私は激しい攻め将棋の〝玉損の攻め〟を知らない。棋譜で知るのみだ。

原田さんの解説でいちばん印象に残っているのは、香頭の玉を否定していたことだ。将棋の筋として常に強調していた。その解説を聞いて育ったから、それを根底から否定した〝米長玉〟にはおどろいた。私は米長玉のとんでもない発想だけで米長邦夫を認める。むかし先崎にインタビュウする仕事があったときも、真っ先に訊いたのは彼が米長玉をどう評価しているかだった。
  1. 2012/01/27(金) 13:34:27|
  2. 将棋
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娘のおしゃれ心──チェンマイのセーター

 タイのチェンマイの冬。冷えこんだ日。日本人の私からすると11月ぐらいの気候。ちっとも寒くない。涼しくて過ごしやすいと思うぐらいの日。でも若い娘達は真新しいセーターを着こんで寒い寒いと大騒ぎ。
 なんのことはない「セーターという冬の衣料品を着たい娘心」なのである。彼女たちも映画やテレビで見て雪や氷を知っている。そんなときにはそういうファッションをするのだと憧れている。買って持っている。でもそれを着る機会はない。常春であり雪も氷も無縁だ。だから、ほんのすこし冷えこんだ日、とっておきの用意しておいたそれを着るのだ。一年で2.3回しかない貴重な冷えこみになる。

 当然のことながら、触らせてもらったそれは、一見モコモコして暖かそうだが、じつにもう暑くないよう気を遣った薄い毛糸(化繊かな)の、涼しそうなセーター?だった。国の気候とよくあっている。イギリスのセーターは目が細かく、隙間がなく、防寒具であることがよくわかった。お国柄だ。もともと油脂を抜いてないセーターなんて極寒の地の上着だし。

 おしゃれしたい娘心は世界共通なのだと感心した。イヌイットの娘にもビキニ水着を着たいと憧れているのはいることだろう。
  1. 2012/01/27(金) 12:36:16|
  2. 旅行
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不可解なCMセンス──派遣会社のサイボーグ022──サムス・アラン

haken


インターネットで見かけた派遣会社のCM。やたら出てきて困る。見たくない。
写真の女が腕利きのサイボーグで、仕事が片づかず困っているときに現れて一気に解決してくれる、というものなのだが、絵柄はなんとかならなかったのだろうか。

実際の映像では、書類の整理がまにあわずてんやわんやしているところに現れて、この腕からクリップを発射して、あっという間に完了、となるのだが……。

どう考えてもこの腕からはガトリング砲を思い出す。銃口だろう。なにより絵柄が「グロ」だ。ちっともさわやかじゃない。モデルの娘が気の毒になる。
これを見て「我が社にもこんなサイボーグが欲しいなあ」と思うひとがいるだろうか。どう考えても殺人マシンである。こんなのが隣にいたら皆殺しにされる恐怖が先立つ。なにより醜い。

「派遣社員のCM→仕事の出来るサイボーグ」というコンセプトで、「改造した腕に特殊銃を身につけている」というアイディアしか湧かなかったのだろうか。なんとも貧困だ。

haken2


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【附記】

 初めて見たときから何かに似ていると思っていたのだが「メトロイド」のサムス・アランだと気づいた。やはりどう考えてもこの腕は「武器」である。
metroid
  1. 2012/01/25(水) 12:25:36|
  2. CM
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列を守れないシナ人、恨みを忘れない朝鮮人──外交は民族気質にあわせて変るべし!

 愛読している宮崎正弘さんのメルマガから

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
      平成24(2012)年 1月25日(水曜日)貳
     通巻第3546号

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 この「ユーロ安」につけ込め、中国企業は欧州で企業買収の大攻勢
  海外で207社を買収し、430億ドルを注ぎ込んだ「龍の鼻息」は荒い

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 欧州で目立つのは旧正月休みを利用した中国人観光客の群れ。
 グッチ、オメガ、ディオールと手当たり次第に有名ブランドを買いまくり、このため各空港の免税手続きカウンターは中国のツアーで長い長い列ができる。

 じっと辛抱強く一時間待っても順番が来ないうえ、中国人が横から列に入るので、そのまま免税手続きをしないで帰国する日本人観光団が多いそうな。


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 経済ニュースなのだが餘談の下線部分に笑ってしまった。
 まったくシナ人の割りこみには呆れる。何年か前、北京空港の荷物預け所で、きちんと列に並んでいたら、次々に割りこみがあり、いつまで経っても自分の番が来ない日本人青年(たぶん学生)が、「なんなんだよ、中国人てのは! 割りこみばかりじゃないか!」と日本語で叫んでいるのを見て苦笑したことを思い出す。彼は確実にシナ嫌いになるだろう。



 私も初めての時は驚き呆れ戸惑った。でもそれが彼らの「大陸的」性格であり、日常なのだから、そこで生きて行くのには、「島国根性」の私も郷に入ったら郷に従わねばならない。だからまあやるにはやったが……。

 地方のバスの切符売り場だ。日本の宝くじ売場みたいなちいさな建物。
 切符が売りだされると、ちいさな窓口に100人ぐらいが殺到する。先頭の20人ぐらいの闘いは熾烈を極める。押しのけ、突き飛ばし、紙幣を握った腕を我先にと窓口に突っこむ。
 毎度の譬えだが、ニワトリを放し飼いにしていて、どんぶりのような餌箱に餌を入れると、そんな感じでニワトリが殺到する。それと同じ。他人を突きとばし、押しのけ、時には上に覆い被さって、金を掴んだ手を窓口に突っこむ。その金を毟り取って、中の係員が切符を渡す。切符を入手した者は、勝者として、意気揚々と、得意げに、そこから去る。次から次へとその形で殺到する。

 たかがバスの切符買いで修羅の場である。かといって、そのことで揉めたりすることはない。押し合いへし合い、突き飛ばしたり、とんでもない争乱なのだが、小突かれたヤツが小突いたヤツとケンカになったりすることはない。乱暴に突き飛ばされてもそのことには怒らない。だってすぐに自分もまた他人を同じように突き飛ばすから。
 これはとても重要なことだ。日本人からみたら、殴りあい、殺しあいになってしまうのではないかというとんでもない騒乱だが、決してそれで揉めたりはしない。つまり、それが彼らの「マナー」であり、「順番」というものなのだ。それはそれで「調和」であり「日常」であり「普通」なのである。このことを理解せねばならない。すなわち民族の気質だ。

 日本の祭りにもそんな形で宝を奪い合う似たようなのがある。テレビでも放映され評判になる。日本人は普段あんなことをしないから「祭り」なのだろうがシナではそれは日常だ。私はそれに接してうんざりしているから、日本のああいう祭りの映像を朗らかな気分では見られない。

 しばらく見学していた。なんとまあ醜い民族だと呆れた。仏教が伝わった当時、日本はシナを尊敬していた。多くの僧侶が勉強に出かけた。しかしやがてコバカにするようになる。チャイニーズをもじったチャンコロなんて差別用語も出来た。それは直にシナ人と接するようになり、あまりの民度の低さに「だめだこりゃ」と投げたからではないのか。しかしそれは「大陸的」と「島国根性」のちがいでしかない。

 何本かバスをやりすごした。長距離寝台バスで1時間に1本ぐらい出る。どうやらそれをしないといつまで経ってもバスには乗れないと知る。なんとしても行かねばならない目的地があったから、私も意を決しニワトリとなって突進した。みじめだった。しみじみとこの国にはいられないと思った。



 それは庶民の乗る安いバスだった。底辺の世界である。だがシナ人(チャイニーズ=漢民族)の本質的な気質であるから金持ちになっても変らない。空港のような金持ちの場でも、誰かがそれを始めるとスイッチが入ってしまい(笑)老若男女我先にと殺到する。生きて行くための本能だ。民族の血だ。前記の日本人青年が遭遇したのはそういう場だった。

 私はこのとき荷物預けとは無関係だったので他人事風に見物していた。
 ニワトリ的殺到をする連中の中に、上品なアイボリー系のスーツを着た娘がいた。シナ人はスタイルがいい。タイトスカートの見惚れるような美女である。その美女も髪を振り乱しニワトリ的殺到をしていたのだが、日本人青年の絶叫にビクっとし、我に返ったというか、ちょっと恥ずかしそうな顔をして、突撃を辞めた。あれは妙に印象的だった。

 たぶん彼女は高等教育を受けていて、他民族と比したシナ人のマナーに反省をもっていたのだろう。欧米に出かけたときは順番を守り優雅にふるまっていたのかも知れない。だが故郷のシナで、同民族の連中と一緒にいてスイッチが入ったら民族の本性が出てしまった。あの恥ずかしそうな顔はそうだったのだと思う。



 尖閣諸島におけるシナ人の態度、シナ人政府のやりかたに、日本政府は日本人相手のように応じようとしている。日常でも他者を押し退け掻き退けて我先にと殺到する気質のシナ人に、震災の時でもきちんと列をなす日本人の礼儀で接しようとしている。まさに外交ベタの島国根性である。異国人も日本人も同じと思っている。

 恨の思想でもって今でも豊臣秀吉を憎んでいる朝鮮人に、日本人特有の「すべてを水に流す」感覚で接している。日本人は死んだら水に流す。みな神様になる。だが朝鮮人は、いみじくも長州力が発言したように、憎い相手には、死んだあとでも怨みを忘れず「墓石にクソをぶっかける」のである。気質がちがうのだ。

 無差別大量殺人をやられたのに、その国を恨むことなく「二度とこういう悲劇は起こしません」と反省している。自分たちだけが常に正義だと思い込んでいる国を理解していない。
 こういうのはもう外交下手とか外交音痴とかを通りこして、民族の違いを理解できないただのバカである。

「平和憲法を護り、もしも侵略してくる国があったら逆らわず殺されましょう。そういう美しい国があったと、後々の歴史で讃えられはずです」なんて戯言を言うのがいる。
 歴史は勝利者が綴って行く。そんな愚かな国もどきがあったことなどどこにも記されない。

 シナ人はシナ人として正しい。朝鮮人も朝鮮人として正しい。アメリカ人もアメリカ人として正しい。誤っているのは民族の違いを正しく理解できない日本人だ。
  1. 2012/01/25(水) 10:40:42|
  2. 中共
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把瑠都、初優勝!──誤用「号泣」が多すぎる──号泣とは大声をあげて泣くことである!

把瑠都、全勝V逃すも母、新妻に感謝の号泣

barutonamida


 13日目で悲願の初優勝を決めた大関把瑠都が、土俵上での優勝インタビュー中に号泣した。(デイリースポーツ)

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 いくらなんでも誤用の「号泣」が多すぎる。あっちもこっちも号泣ばかり。

ごう‐きゅう【号泣】ガウキフ
大声をあげて泣くこと。「悲報に―する」(『広辞苑』第4版)


 「号泣」で検索すると出てくるタレントのそれには私も見聞したものがある。
 過去の苦労話をしていて、感極まり、ことばに詰まり、そっと目尻を拭ったりする。「あ、涙が出たのかな」と思う程度。なのにそれが「たかじん、号泣!」なんてタイトルになっている。おかしいよ、日本語が。

 号泣とはその文字からもわかるように「大声をあげて泣くこと」だ。「おーいおいおい」と、あの朝鮮の葬式の泣き女のように、声をあげ、身を震わせて泣くことだ。
 目尻の涙をそっとぬぐったり、まぶたを押さえたりするのは号泣ではない。声をあげまいと唇をかみしめ、滂沱と涙が頬を伝うのも、どんなに水量が多くても号泣ではない。
 号泣の必須条件は「声」だ。声をあげることだ。

 上記把瑠都も、最初はそっと目尻を拭うだけだった。そこに国技館に来ていたお母さんと奥さんへの拍手と歓声でさらに盛り上がったものだから頬を涙が伝っていた。しかし声は出していない。

 假に把瑠都が「ウッウッ」と声を出したとしても、それは「嗚咽を漏らした」だ。「号泣」ではない。
 素人ブログならともかくマスコミ人として、記者として、あまりにコトバに雑すぎる。報道の基本は事実を伝えることだ。事実を針小棒大に膨らまして煽ることではない。
  1. 2012/01/23(月) 20:03:03|
  2. ことば
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粉雪の朝──Google急上昇ワード、野田聖子1位!

 いつものよう午前3時起床。
 さほど寒くない。暖房いらず。薄地のダウンジャケット。膝掛けで十分。ほんとうに冷え込むと身体はだいじょうぶでも指先がかじかんでキイボードが打ちにくくなる。それもない。快調。

 編輯部から送ってもらった資料分析。戦前の調べ物。古い資料を読む。印象的な部分を見つけたら蛍光ペンでチェック。テキストエディターにメモ。
 戦前のかな遣いは、しっかり「政治」は「せい」なんだねえ、今の醜悪な「せい」じゃなく。あたりまえのことだけど、今更ながらあらためて感心する。
 サトウ・ハチローの書いている「おや」も新鮮。「親父」の「ちち」の濁りなんだから、「おやじ」じゃない。「ぢ」だよね。むかしの正しかった日本に触れてうっとりする。



 いま6時半、だんだん明るくなってきた。
 東京西部は今日も粉雪。さらさらと雪が舞っている。

 Google急上昇ワードは昨夜21時に眠るときから今に至るも「野田聖子」が1位。
 昨夜の番組は話題になったのか。良くも悪くも注目はされたようだ。

 見たくもないものを見かけてしまい、戦前のサトウ・ハチローの世界から現実の野田聖子の世界に引き戻されてしまった。



 私の知る限り、番組放送前から私と同じように野田のやったことには批判的なひとが多かった。刺々しい自分のことばづかいを反省しつつ、それでも書かずにはいられなかったのだが、そんな私が苦笑するほど、もっともっと激烈なことばで野田を罵倒しているひともいた。

 そんな中、「番組を見ながらのTwitterでは野田さんを擁護するひとが大半だった」という情報を見かける。まあ、ソレをどんと出されて、ヨヨヨと泣いたりすれば、そっちに流れるひとは多いだろう。病気の赤ん坊の映像はつよい。とんでもない映像であることは想像がつく。全身チューブだらけの……。まともなら生存できない物体を現代医学の力で無理矢理生存させているのだから。
 それは野田を支持するというより、それを見て、気持ちよく泣いている自分の肯定でもある。



 私はここで野田の出自から来歴、過去のハナヤカナ実蹟?を羅列してどうこう言うつもりはない。
 ただ、こんな問題を起こすひとは、元々そんなひとだということは指摘しておきたい。
 ふだんは常識的なとてもいいひとが、唯一いきなりとんでもないことをしたのではない。いかにもそんなことをやりそうなひとがやっただけの話である。その意味で辻褄はあっている。

 その番組などもちろん見ていないが、視聴率はどうなのだろう。
 よかったらフジテレビはまちがいなくパート2を制作する。それこそ「大家族シリーズ」だかなんだか、あんな感じで毎年恒例のシリーズ物にするだろう。野田ももちろんのる。ヒロイン気取りなのだから。全身缺陥品のこどもは死ぬまで晒しものだ。
 それがテレビ局であり、それが政治屋だ。

 その醜悪さにフジテレビも野田聖子も気づかない。
 地獄に堕ちるな。



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 嫌われるのを覚悟で餘計なひとことを言っておく。
 見たアナタも同罪だ。
 アナタのようなひとが見るからフジテレビは制作する。
 今後も同じ。
 アナタがどんなに野田聖子に批判的であろうと、見る限りテレビ局は制作する。
 それが唯一の寄る辺なのだから。

 映画「エレファントマン」のテレビCMは、「頭巾をとる瞬間」を、これみよがしに流した。バケモノの正体のように。なんとも胸くその悪くなる煽りだった。
 アナタはきっと怖いもの見たさであの映画を見ただろう。
 野田の番組も同じ。

 私はエレファントマンもエレファントノダも見ていない。

 韓流偏重のフジテレビを批判したアナタは、「だったら見なきゃいいじゃねえか」と言ったビートたけしとロンブー淳に反発した。不愉快に感じた。その反発はどこから生まれたのか。それを考えなければアナタは野田聖子と同類だ。

kanren6
子は親を撰べない──野田聖子議員の子作りに思う
  1. 2012/01/21(土) 09:15:45|
  2. 野田聖子
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野田聖子特番が放送されるらしい──薄気味悪い話は忘れよう

更新もしないのに朝からアクセスが殺到しているので何事かと調べたら昨年夏に書いた「子は親を選べない──野田聖子議員の子作りに思う」のファイルだった。

(いまリンクするのにこのファイルのありかをさがした。ブログ内部から昨年8月のファイルをさがすのはとても面倒なのだが、「野田 子作り」でGoogle検索すると真っ先に出てくるので、その方法で見つけてリンクした。)



テレビは見ないしラジオも聞かないが、常時接続のパソコンでiGoogleやライブドアニュースを目にする(目にさせられる)ので、それなりに世間のことは知っている。知りたくなくても知ってしまう。昨日は録画して楽しみに見ようと思っていた大相撲の波乱を見る前に知らされてしまった。インターネットは便利だが不粋だ。今度からそういうことをするときは接続を切っておこう。

野田聖子は同棲している男の種と、金を払って見つけた見知らぬアメリカ白人女の卵子の受精卵を体内に宿して出産体験をした。自分の体験したいことのために命を弄んだ鬼である。
しかしそんな自覚はまったくなく、全身病気だらけのこどもを演説のネタにしたりして晒し者にしてきた。それがいよいよテレビの特番にそのこどもを出演させるという。その話は目にしていた。ネットで。これまた目にしたくなくても飛び込んできてしまう。

私のブログに今朝かなりのアクセスがあるということは、昨夜それが放送されたのかと思う。私はまちがってもそんな気味の悪いものは見ない。
調べてみると放送は今夜のようだ。ならなぜ今アクセスがあるのだろう。すでに前煽りでそんなに盛り上がっているのか。



野田聖子のような人間にだけはなりたくない、と思う。
野田聖子の息子のような形での生は受けたくない、と思う。
百万歩譲って、野田聖子の「出産体験」を容認したとしても、缺陥だらけのその子を政治的思惑に利用し、晒し者にする感覚は、なにをどう考えても理解出来ない。なぜひっそりとしていないのだ。なぜこどもを晒し者にするのだ。こどもの将来を考えていないのか。

このような形で「製造」された「生命体」が、多感な思春期を平穏に過ごせるとは思えない。自分を製造した血のつながっていない戸籍上の母親へは憎悪しか感じないだろう。なにより納得できないのは、「そのことを売り物にしていること」だ。それも得意気にだ。厚顔きわまれりである。今夜の特番を将来その「生命体」は感激して見るとでも思っているのか。これからのいくつもの大手術を耐え忍び、もしも成人するまでその「生命体」が生き長らえたとしても、そこから生まれるのは屈辱と憎悪だけだろう。



高視聴率をとって世間では売れ入れられるのだろうか。涙涙の感動の番組になるのか。
こんなものを企劃するフジテレビにもあきれるが、嬉々として受け入れ出演する野田はもう人間ではない。それとも野田がテレビ局に持ち込んだ企劃なのか!? だとしたら鬼畜ぶりに拍車がかかっている。
でも怖いもの見たさで高視聴率になるのか。



私の見聞してきた庶民の実態に「他人の不幸を見て自分の幸福を確認する」というのがある。いわゆる「他人の不幸は蜜の味」に通ずる。
何十年ぶりかで初めて実の親に会う、のような番組を見て、かわいそうにかわいそうにと泣きつつ、「こういうひとと比べたら、自分はなんてしあわせなのだろう」と確認する。「私の見聞してきた」などと他人事風に書いたのは、私には若い時から今に至るまでその感覚はぜんぜんないからだ。自分のしあわせの確認は自分の中ですべきもの、いわば絶対的なものであって相対的なものではない、と思っているので、その種の番組を見たことすらない。あんなもの誰が観るのだろうと思っていたら、二十代後半のとき、後輩の家を訪問したら、じじばばから高校生の弟妹まで、一家揃ってそれを見て泣き、自分たちのしあわせを確認していた。ああ、こういう人たちが、こういう視点で観るものなのだと学んだ。
そういや暴力団とのつきあいが露呈して芸能界を引退したチンピラは、この種の番組の司会でハンカチで涙を拭い、いいひとを演じてのしあがってきたのだった。後輩一家が見ていたのはその種のものだった。



野田聖子の息子(というか、野田聖子が腹の中で育てた他人のこども)ほど気の毒な存在はない。今夜は日本中の多くのひとが、かわいそうにかわいそうにと涙を流し、これと比べたら自分はしあわせだと胸をなでおろすのだろう。

今夜、気持よく晩酌をしているとき、あの女が自慢顔で涙の感動秘話を語っているのかと思いだすと気分が悪くなる。もうこの話は忘れよう。野田聖子という鬼の存在自体を忘れよう。
  1. 2012/01/20(金) 10:40:15|
  2. 野田聖子
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今日は電王戦の日──がんばれ米長!

1月14日は米長永世棋聖(将棋連盟会長)対将棋ソフト「ボンクラーズ」の電王戦。
現在、ニコニコ生放送で観戦中。
渡辺竜王の解説はストレートでいいなあ。矢内の聞き手もいい。
米長は定跡を外して駒落ちのような駒組み。後手ゴキゲン中飛車のような最先端戦法では定跡通のコンピュータに勝てないと踏んだのだろう。

午前11時に公式サイトで見始め5分で追い出された。有料会員が来ると無料会員は追い出されるらしい。

2ちゃんねるの「将棋板」でミラーサイトがあると知る。
ニコ生なんて見たことないから、そんなものがあるのを知らなかった。
この後どうなるかわからないが、とりあえず今は有志が流してくれているそれで見られている。感謝。

対局料やら設営費等の1千万円はニコ生を運営しているドワンゴが出している。
現在12万人が視聴中。月額500円の有料会員がどれぐらいいるのかわからないが、十分採算は取れるのだろう。将棋人気も捨てたものではない。

これから外出するので見られなくなる。こういうときスマートフォンでネット契約していると電車の中でも見られていいなと思う。世の中の過半数はいまそういう時代か。私のケータイは電話するだけの道具だ。メールもしない。写真も撮らない。
スマートフォンは欲しくないけど、そろそろタブレッド端末を買う時期か。iPadじゃなくてAsusか東芝あたりがいい。

深夜に結果を知ることになる。米長会長、がんばれ! いまのところ作戦勝ち、優勢だ。

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米長会長が将棋ソフトと対決 2011/10/7

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追記──1/15 16.00

ということで24時間ぶりに帰宅。結果は今朝、友人宅で知った。米長惨敗。まあ覚悟していたことではあったが……。
  1. 2012/01/14(土) 12:57:40|
  2. 電王戦
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私は肉を食えるだろうか!?──焼肉店の新年会

友人夫妻が新年会をやろうと誘ってくれた。五六人での食事会だ。寒い時期でもあり、引きこもっている穴蔵から都心まで出てゆくのは面倒なのだが、実態は新年会に名を借りた落ち込んでいる私を励ましてやろうというありがたい催しである。私は会費免除の招待客。実質私が主役なのだから断るわけにはゆかない。心の中で手を合わせ喜んで出席させてもらう。

どこでやるのだろうと思っていたらなんと焼肉店なのだという。さて困った。
ここのところ私はもう何年も四足動物の肉を食っていない。といってもこの期間に餃子を食ったことはあるし(なるべく野菜餃子のようにして避けてはいるが)、ラーメンのだしにも入っているだろうから徹底しているわけではない。魚を食うからヴェジタリアンでもないし、じつに緩いいいかげんな肉嫌いだ。
でも形状からして四足動物の「肉」とわかるものはもうずっと食っていない。テレビで肉をジューっと焼いて「わあ、おいしそう!」なんてシーンを見ると気持ち悪くなって急いで消す。スーパーのそういう売場もそれを目にするのがイヤで避けて通っている。つまり、「これは四足動物を殺して切り刻んだ肉ですよ」という形状を受けつけなくなっている。テレビを見なくなったのも、牛肉を見て「わあ、おいしそう」と、仔牛を見て「わあ、かわいい」という矛盾するふたつが同時に成立している世界だったことが大きい(「じつはそれは理論的に矛盾してはいないのだ」なんて反論はなしね)。ともあれこれからも私が自分から四足動物の肉をうまそうに頬張ることはないだろう。身辺からも革ジャンを捨てたり、出来る限り節制している。でも靴だけはなあ……。
と思っていたらいきなりの焼肉である。だいじょうぶだろうか。



脱線して。
生まれてからこのかたずっと中肉中背でダイエットなんてものとは無縁だったのだが、運動不足の不摂生でお腹がつまめるようになってしまった。客観的に見てまだぜんぜん太ってはいない。数字的にも並以下だ。むしろ見た目は細身か。それでもお腹の肉がつまめるという屈辱的な出来事が初体験なので気になってしかたがない。初めてダイエットもどきを始めた。方法はいろいろあるらしいが何も知らない。とりあえずカロリーを落とせばいいのだろうと、ここのところずっと野菜と豆腐と蒟蒻の鍋ばかりやっている。うどんに入れていた大好きな野菜コロッケとか掻き揚げ天とかの油ものも断った。その代わりがノーカロリーの蒟蒻だ。これは効果があり目に見えてお腹周りがスッキリした。その気になれば痩せるなんて簡単なことだ。痩せられないと嘆くひとって食うもんなあ。あれだけ食ってりゃ痩せないよ。さすがに毎日同じ味には飽きてきたが。



ひさしぶりに生ビールをたらふく飲めそうなので、それにはもう今から喉が鳴る。願うのは、その焼肉屋のビールサーバーのメンテナンスが良好なことだ。それによって味はまったくちがったものになる。もともと利きビールが出来るほどビールの味にはうるさいほうだったが、二十代の時、飲食店にそれを指導して回るバイトをしてから、ますます気になるようになってしまった。生ビールの味はサーバーのメンテナンスで天と地ほどもちがう。だから私はその状況が判断できない初めての店ではビンビールしか飲まない。

いくら半端菜食主義とはいえ、みんなにご馳走してもらう焼肉店で、「ビールとキムチと野菜焼きだけ」はまずいだろう。企画してくれた人に恥をかかせることになってしまう。どうなることやら。
  1. 2012/01/14(土) 02:46:08|
  2. 飲食
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広島刑務所脱走犯逮捕は速報で36分も報道するものなのだろうか!?──NHK報道の不可解

逃走容疑で李容疑者を逮捕 小学校付近で身柄を確保

 広島市中区の広島刑務所脱走事件で、広島県警は13日、逃走容疑で、身柄を確保した李国林(りこくりん)容疑者(40)=中国籍=を逮捕した。

 捜査関係者によると、李容疑者は広島市西区天満町の市立天満小学校付近で発見された。発見当時、ニット帽に作業着、白マスク姿で、職務質問して身柄を確保したという。

 李容疑者は11日午前10時半ごろに姿が見えなくなり、作業服が脱ぎ捨てられていた。約45分後に付近の住民から「塀の外にいた白い服の人が東の方に走っていった」と連絡があり、李容疑者が脱走したと判断、県警に通報した。

 李容疑者は脱走後、刑務所から西に約1キロ離れた広島市西区南観音の民家に空き巣に入ったことが判明。近くの会社事務所が荒らされたほか、車上荒らしも2件発生していたことから、県警は付近を重点的に捜索していた。
(産経新聞)1.13 17:12

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 16時半にテレビを点けた。NHK総合テレビ。大相撲中継。
 16時50分に上記「広島刑務所脱走犯が逮捕された」と速報テロップが流れ、すぐに「番組の途中ですが」とスタジオに切り替わった。
 それから延々と30分間、17時20分までこのニュースが流された。

 兇悪な支那人犯罪者の脱獄である。重大だ。脱獄が報じられた時、広島市民は恐怖に震えたことだろう。夜もおちおち眠れなかったにちがいない。それが逮捕された。手錠を掛けられて警察に連行される姿が報じられた。よかった。安心する。

 もうそれでいいのではないか。逮捕されての速報だからまだ詳しい情報も映像もない。よって「何時何分、どこそこで逮捕された」ということ、その連行される様子が何度も何度も報じられるだけだ。中身がない。私は実質5分ほどしか見ていないが、その間でも「広島刑務所を脱走した李容疑者が逮捕された」と何十回耳にしたことだろう。
 
 私は16時50分から5分ほど見て概要がわかった。過去の事件で警官に向けて発砲したこと、過去の逮捕の際にも脱走を企てて逃げまわったこと。懲役が23年だったこと。
 その5分ですら同じ事を何度も繰り返していた。つまらないので民放に回す。民放はみな内閣改造の話題をやっていた。こっちのほうが正当だ。テレ朝のそれを見ていて、17時になったのでNHKにもどる。まだやっていた。普段でも17時から5分はニュースの時間だからしかたないかと思い、また民放の内閣改造ニュースを見る。17時5分になったがNHKはまだそれをやっていた。同じ事を言い、同じ映像を流していた。17時10分になっても、まだ同じ事を繰り返しているので、「いつまでやるんだよ」と思わず口にしてしまった。やっと終ったのは17時20分である。じつに30分間、正味1分程度のニュースを繰り返し続けていた。


 
 これは単なる相撲ファンの戯言である。大相撲中継はBSで流していたはずで、このニュースに飽きた人はそちらを見たのだろう。BSを見る環境にないテレビ環境時代遅れが喚いているにすぎない。NHKがここまでやったのも「相撲を見たい人はBSで」という判断があったからだろう。過去にもそういうことはあった。それは納得できる大事件だった。

 相撲が見たいのに見られない相撲好きの憤懣でしかないのだが、それでも私はこのニュースの長さは不自然だったと思う。「兇悪犯が脱走したので注意してください」というニュースならしつこく流すべきだ。支那人ほど兇悪で残虐な人種はいない。まして脱走状態だから更に何をするかわからない。現にこの支那人は留守の家に侵入して飯を食ったり冷蔵庫のビールを飲んだりしている。「脱走してまだ捕まっていない、気をつけてください」というニュースはくどいほど流すべきである。

 でももう捕まったのだ。捕まったという事実があり、そしてそのことに関して詳しい事情はまだわかっていない。なら「無事逮捕しました」と報じて、あとはすぐそのあとの午後6時のニュースに任せていいのではないか。定番の7時のニュースもある。簡便な報道では犯人逮捕が伝わらないというのならテロップを流しっぱなしにすればいい。14時50分から17時20分まで30分も大相撲中継を中断して延々と繰り返すほどのおおごととは思えない。

 BSを見られない環境の相撲好きが相撲中継が30分も中断されて不愉快だったというただそれだけの話なのだが、ニュースショーをやっていた同時間の民放すべてがテロップをさっと流しただけで予定通りの放送をしている中、まるで「独占中継」のように声高に大騒ぎしているNHKの姿は不可解だった。

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【附記】1/15──正しくは36分!

今日の新聞に載っていた。NHKが相撲中継を中断してこのニュースを流していた時間は正しくは「36分」だとか。やはり異常と思う。タイトルを「30分」から「36分」に変更した。
  1. 2012/01/14(土) 01:35:33|
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10年遅れのテレビ三昧──キムタクドラマ「HERO」「MR.BRAIN」感想

キムタクドラマ「HERO」「MR.BRAIN」感想。

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中身──

「HERO」「MR.BRAIN」感想。「CHANGE」との比較。
マンガ「島根の弁護士」。
父親市川染五郎「野バラ咲く路」。娘松たか子のタイでの人気。
大地真央、無惨。綾瀬はるかとの対比。

「トニイホロヘハ・ヘロホイニトハ」は一般的か!?
ヴァン・ヘイレン「JUMP」。知らん。
  1. 2012/01/11(水) 21:42:29|
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ことば二題──「閑話休題」の誤用──新党「きずな」「きづな」

00kotoba.gif


ことば・NHK「大逆転将棋」──「閑話休題」の誤用

ことば・新党「きずな」から「きづな」へ
  1. 2012/01/11(水) 18:01:03|
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プロフィール

fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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