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Baidu IMEとは何なのか!?──やっと「百度」ときづいた(笑)──いかにもシナらしい強引さ

 無料IMEの新手であるBaidu IMEというのがやたら接近してくる。フリーソフトをインストールすると一緒に入ってこようとする。拒む。新手のIMEに興味はあるが無遠慮なのは好きではない。なんだかやたら図々しい無料ソフトだ。こういうのは当然フリーソフト側に金を払うのだろう。フリーソフト制作者もダウンロードされるたびにお金が入ってくるならこんなうれしいことはない。

 お世話になっているライブドアブログにも接近しているようで、ブログをアップすると、無事完了の合図に毎回こんなのが出る。

baidu


 これはちょっとひどいと思う。こういう少女アニメキャラみたいなものが好きなひとは楽しいだろうが、Baidu IMEとも、こんなキャラとも接したくない私には、ブログアップのたびに毎回見せられるのは苦痛だ。ただで使わせてもらっている身であり強いことは言えない立場だが、文章末尾に入れる広告と、こういう絶対に逃れられない場に入れる広告では意味が違う。これは広告を入れてはいけない場だと思う。

 ブログをやっている以上、ライブドアブログ利用者150万人がアップのたびに見ざるを得ないから、広告主に対しては「150万人が毎日必ず目にする広告=効果絶大」ということで強気に行ける。稼ぎ頭か。しかし迷惑だ。
(文句があるならCMのない有料版にすればいいのか……。)




 IMEがまだFEPと呼ばれ有料だった頃、あれこれ買い揃えたものだった。あまりにバカなのであのころは「白地図」ならぬ「白辞書」が流行った。完全に辞書をなくし、FDに自分の使用する単語を記録して行くのである。初期のIMEであるからまともな変換はできない。連文節どころか単語もできない。暴走族の「夜露死苦」みたいな単漢字当て字変換になってしまうので、それを「宜しく」とか全部自分で辞書登録してゆくという方法だ。とんでもない誤変換よりはよほどましで、私もけっこう熱心にやった。「よろしく」を「夜露死苦」のような誤変換をされ、ひらかなに直すのに苦労するなら、「よろしく」は「よろしく」としか変換できないようにしてしまうほうが快適なのだ。そんな時代もあった。



 あたらしいもの大好きで、かつてはFepオタクというぐらいIME好きだったのだから、いまもATOKとGoogle日本語入力を使い分けているように(MS-IMEは削除している)、さらにこのBaidu IMEを入れてもふしぎではなかった。いやいや、入れて当然なのだ。使いこなせもしないのにAdobeの重いソフトを入れたり、DAWソフトも複数入れているからProgram FilesとUserfileが肥大して私のOSは今80GBを越えている。
なのにこれにはまったく興味がなかった。それはこのキャラからもわかるようにアピールポイントが私とはずれていたからだ。

 私が芦田愛菜ちゃんの名を入力することはめったにないだろうし(笑)、それにこれはGoogle日本語入力が最も得意とするところだからまにあっている。

baidu2


 顔文字を使うことはないのでこれも不要。これもGoogle日本語入力が得意だ。いまATOKからGoogle日本語入力に切り替えた。
「にこにこ」で ^^;、 (^_^;)、 (^O^) (*^_^*) といくらでもやってくれる。
「むっ」で ( `_ゝ´)ム とか(笑)。こんなものを使うことは一生ないが。

baidu3




 まったく興味のわかないIMEだった。まともな連文節変換でATOKに立ち向かえるはずもないし。とはいえそれはATOKの弱い人名、流行りモノの部分をGoogle日本語入力がカバーしてくれているからであって、これがないときに出て来たなら、芸能人名には強いようだから重宝した可能性は高い。その意味ではタイミングがわるかった。

 そしてまた思うのはGoogle日本語入力の地味なアピールだった。今でこそ動画も用意しているようだが、最初はこれだけだった。

googlejp


 私はこの地味さに惹かれてインストールした。もしもGoogle日本語入力が今回のBaiduのようなアニメ路線だったらインストールしなかった。
 後発のBaidu IMEは、文節変換ではATOKに敵わないし、人名や流行りことばではGoogle日本語入力と五分だし、ということから派手なアニメキャラを設定しての若者向け展開としたのだろう。それでインストールした若者も多いだろうし、それで拒んだ私のようなのもいる。それは戦略だ。プラスマイナスはしかたない。



 興味がなかったのでどうでもいい存在だった。ライブドアブログがアップのたびに上の絵を出すというひどいことをしなければ、そのうち私は忘れていた。しかしここまでくどいことをされると、「いったいこのBaiduって何なのだ!?」と興味を持つ。その点では広告の効果はあったことになる。ただしけっして好意的なものではなかった。むしろ反感の原因探りに近い。

 調べて、シナの検索エンジン最大手「百度」とわかった。なんだ、そういうことだったのか。「百度」がよりグローバルになるために漢字を捨て「Baidu=バイドゥ」となっていたのである。「バイドゥ株式会社」という日本法人もある。支那語の百度の発音がバイドゥなのを知っていたのに、迂闊にも私は「百度」と「Baidu」の聯想ができなかった。ヒャクドと読む癖がついていたからだ。

 検索エンジン百度には苦労させられている。登場したときからいかにもシナらしい強引さで、いつのまにか浸入し、規定の検索エンジンをGoogleから百度に変更された。徹底的に排除した。かってなことをされればこっちもむきになる。
 いや「いつのまにか浸入し」は失礼だから訂正する。フリーソフトを入れるときに附いてくるのである。だから「いつのまにか」ではない。拒むことは出来た。そのフリーソフトのインストール時に、デフォルトで「規定の検索エンジンを百度にする」にチェックが入っている。そのチェックを外さないと実行されてしまう。一度インストールして、使い物にならないとすぐにそのフリーソフトをアンインストールしても、検索エンジンは百度になったままだ。これがもう何度もあった。フリーソフト側もそのDownload数で金になるのだろうから最初から「Baidoを検索エンジンにする」にチェックを入れているのだ。

 いまはもうそれに注意しているのでだいじょうぶだが、最初の頃は、まさかフリーソフトのインストールで検索エンジンを変られるとは思わないから「いったいいつの間に」と悩んだ。そういう方法による普及にもそれなりの効果はあるのだろうが、イメージとしては甚だよくない。ズルいと感じる。



 このBaidu IMEをインストールすると、個人情報がみなシナに送られるというまことしやかなデマが流れたらしい。それを精査した人がいる。

 そのブログはここ

 このかたは《私は中国に好意があるわけではないですが、根拠のないあからさまな敵意みたいなのに対してはちょっと引いてしまいます。中国尖閣諸島の船長が『取調べで暴行を受けて、尖閣諸島が日本の領土であることに署名を迫られた』という嘘ついてるのと大差ないと思います》としている。冷静で知性的な姿勢だ。いかにシナが嫌いでも根拠のない中傷はよくない。

 ただ、日本の情報が日本で集められたとしても、そのあと本部のシナに送られることはまちがいないし、そもそもこれってGoogle Chromeが出たとき、情報がみなアメリカに送られると話題になったことと同じだ。私もそれはやはり不快で、同じChrome系のブラウザで、その機能のないSRware IRONやChrome Plusを使ったものだ。

 そういうシステムのモノを使う以上、それは覚悟せねばならないことでもある。Google日本語入力や、このBaidu IMEが流行りことばに強いのは(Baiduは使ったことがないので推測だが)、検索エンジンで使用されたコトバを収集しているからであって、利用する以上それを分析されることからは逃げられない。



【追記】──この文章を書いたのは2011年12月26日。ちょうど2年後の2013年12月26日、Baidu IMEが利用者に無断で情報収集をしていたことが露見し、事件となっている。
 私は上記で、「いくら嫌いな中国でも、根拠のない中傷はよくない」と書いたひとを支持したわけだが、甘かったことになる。根拠のある噂でありデマではなかった。事実であり、中傷ではなかったのだ。まだまだ甘かった。反省。とりあえず、使わなかった自分にほっとする。



 そういう怖れを抱くひとにATOKはいい。いまだに「あしだまな」を変換すると「脚玉名」になる(笑)。その時代遅れ感は、それはそれでいとしいともいえる。さすがにこれではそっち方面の文章を書くひとに愛想を尽かされると脅えたのか、次のVersionからはネット接続による細かなフォローを始めるらしい。

atok


 そりゃまあ無料のIMEに対して1万円前後もするのだから当然だ。私もこのサービスがあればまたATOKだけで充分になるので購入するつもりでいる。人名入力のときだけGoogle日本語入力に切り替えるのは煩わしい。しかし「専任スタッフが選別」とあるのが心配だ。おそらくAKB48の人名はすぐに出るが、私の必要とする落語家や力士の名は出ないということになるのではないか。

 上記、Baiduのデマに対して正当な意見を述べていたかたは《といいつつ、愛用してるのはIME2010なのでした》と書いている。私には、あんなクールなすばらしい意見の持ち主がMS-IMEで平気なことが信じがたい。ATOKにも不満だらけであるが連文節変換で図抜けているのは確かだ。

 さて書きあげたのでアップ。また冒頭のBaidu IMEの画を見なければならない。うんざり。

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追記──こんな感じで入ってくる(笑)──2012/1/15


 これはベンチマークのフリーソフトCrystal Disk Markのインストール画面。ふつうにインストールするとYahooツールバーや「キングソフトOffice体験版」、Baido IMEが入ってくる。デフォルトでチェックされているから、このチェックをすべて外さねばならない。こういうフリーソフトが山とある。Yahoo嫌い、Baido嫌いは気をつけねばならない。

crystal




 映像再生ソフトGom Playerにも気をつけて(笑)。デフォルトでインストールになっている。これ、朝鮮製のソフトである。やはり朝鮮はシナの手先なのか。

baidogom

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【追記.2】──とうとう入られてしまった!──2012/9/13

 「キングソフト辞書」というフリーソフトがある。むかしから利用している。それの反応が鈍くなったのであらたにDownloadして上書きした。ソフトの不調はこれで元に戻ることが多い。
 上書き再インストールして、確認すると使いやすくなっている。安心して作業に戻ろうとしたらなんか変だ。

 タスクバーを見ると、IMEのATOKのところが見知らぬ物になっている。開く。Baiduだった。これだけ気をつけてきたのに、とうとう侵入されてしまった。キングソフト辞書にもついてくるようになっていたのだ。しかもステルスだ。私はこんな使い慣れたソフトでも慎重に確認しながら再インストールを進めた。そこには「インストールの確認」は一切なかった。あったら気づいている。上記ふたつのソフトの例のように、チェックを外す項目など出て来なかった。いま、「キングソフト辞書をインストールすると、一緒にBaidu IMEも入ってしまう」。これはひどい話だ。



 キングソフト辞書はそれによってBaiduから金をもらっているのだろうが、これで大きく評判を落とすだろう。愚かなことだ。私はいまからキングソフト辞書をアンインストールする。それがこんなとんでもないことを平然とやる企業に対するせめてもの抗議だ。もう二度と使わない。

 その前に一刻も早くBaiduを消さねば。



 アンインストールしようとしたら、こんなのが出た。

baidu4


















 すごいな、この粘りは。「もうすこし」もなにも1秒も使っていない。浸入されたとわかって即アンインストールだ。
柔道の試合で、日本人がイッポン取って勝ったので、力を抜く。勝敗は決した。しかし外国人選手は投げられてイッポン取られているのにしつこくしがみついている。引っぱられて思わず日本人がしりもちをついてしまった。するとそのしりもちがイッポンにされたという信じがたい試合があった。

 それを思い出した。ここまで粘るべきものなのだ。外交問題も同じだ。このしつこさがなくてはならない。
 このあとさらに「ひきとめ」が出るのだが、画像を紹介する気力もない。

 とにかく、PCユーザーになんの承諾を得ようともせず、自分と一緒にBaiduを挿れてしまうキングソフト辞書には怒りを覚えた。

 と書いて気づいた。Crystal Disk Bench Markの時に「キングソフトOffice体験版」がBaidu IMEとペアになっている。この会社、グルなんだ。関わった私がバカだった。反省。

 先程、いきなり検索エンジンがBabylonになっていておどろいた。急いで「検索エンジン管理」から消して、もとのGoogleにもどす。完全に消し、検索エンジン一覧からも削除したはずなのだが、いったいどこから沸いてくるのか。おそらくこのキングソフト、Baiduとの連係だろう。こちらの嫌いなものはみな仲がよいようだ。よくできた話である。

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【追記.3】──とうとう入られてしまいました、二度目──2012/11/10

 KMplayerという南朝鮮製の動画プレイヤーを入れている。上記Gomplayerも同じ。
 これが「Version UpしたのでDownloadしてインストールするか」と自動で問うてきたので、つい「はい」と応えてしまった。すると知らないうちにBaidu IMEになっていた。今からアンインストールするところ。
 PandoraTVも一緒に入ってきたらしい。うんざり。ほんとに朝鮮はシナの手先だ。

baidu5

 しつこく食いさがる。




baidu6

 なんとかアンインストール完了と思ったら、ブラウザがかってに開き、質問してくる。









baidu7































 これぐらいやらなきゃ後発のIMEは普及しないのだろう。たいしたもんだ。ここまでやられると感心する。

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【追記.4】──中共でBaiduを体験してきた──2013/3/12

 シナの130元(2000円強──日本だと1万円のビジネスホテルぐらいの設備)のホテルに泊まろうとしたら、160元だと「電脳房」なので、それにしてみた。同じ部屋だから、30元がパソコン代金になる。部屋にパソコンがあり、インターネット接続されているらしい。

 部屋に入るとデスクトップ機がおいてあった。ディスプレイは23インチのワイドであり、ここまではなかなかよい。
 OSはXP。回線はADSLだろうか、遅くていらいらした。
 検索エンジンはしっかり百度=Baiduだった。やはり中共のデフォルト検索エンジンはBaiduらしい。

 中共では情報制限がされていて、日本では簡単に調べられることも、政府に都合が悪いことは検索できないと言われている。たとえば「天安門事件」だ。それを確かめたかったが、時間がないのと、遅いのに苛ついてできなかったのが心残りだ。

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【追記.5】いったいいつの間に、殺しても死なない──2013/10/8

 一昨日、文章を書こうと思ったらIMEがBaiduになっていた。ATOKに切り替えようとしてもしつこく居すわる。いったいいつの間に入ったのだろう。覚えているのは、Gomplayerという韓国製の動画再生ソフトにVersion Upしたのでアップするかと問われ、インストールしたことだ。そのときに確実にこういうものを挿れるかどうかのチェックを外し、「いらない」と断っているのだが、入ってしまう。Your Uninstallerを使いアンインストールする。

 そして今日。いきなり「規定のIMEをBaiduにしますか」と問われた。寒気がした。完全に削除したはずなのだ。まだどこかに残っているのか。調べると本体は消したがレジストリに残っていた残滓が問うてきたらしい。おそろしい。気味が悪い。闘いはまだまだ続く。

 ATOKも高い金を払って買っている有料IMEなのだから、そんなのに浸入されたら「規定のIMEがATOKから異なるものに替えられるようとしています。どうしますか?」と問うぐらいの能力をもってくれ。敵ながら、ここまでやるものかと惘れ、感心している。しかし図々しい。BaiduとBabylonはすごい、いろんな意味で怖い。

kanren6
Delta Searchの異常さ

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【追記.6】──Winampにもついてくる──2013/11/4

 ひさしぶりにWinampを挿れた。インターネットラジオを聞くのにはこれがいい。最近の私はJazz部門のSmoothJazzしか聞かないが。
 すると「Baidu IMEを挿れますか」と聞いてきた。しっかり「いいえ、いれません」にチェックを入れる。すると固まった。1分ぐらい固まっていた。何事かと思う。

 Winampを起動する。その瞬間、IMEがBaiduになっていた。あれだけ拒んだのにインストールされている。
 IObit Uninstallerを起動して確認する。有料のUninstallerももっているが、IObitのこれはフリーソフトなのに優秀だ。愛用している。
 するとあれだけしっかり拒んだのに、「Baidu IME」が79MBで入っていた。いやはやなんとも。いま削除した。パワースキャンでレジストリもきれいにしたはずなのに、まだタスクバーのATOKの横をクリックすると「使えるIME」で存在を主張している。まだ残っているファイルがあるのだろう。なんとしてもきれいにせねば。しかししつこい。

「本当にアンインストールしますか? お別れするのがつらいです」の画面では、かわいい少女が涙を流して別れたくないと言っていた。なんでそこまで熱心なんだ(笑)。図々しさと、しつこさと、わざとらしさ。新興宗教の折伏のしつこさを思い出す。

 エクスプローラーで確認したら、Program fileにまだBaiduというのが残っていた。ここにdllがある。これを消さないといつまでも存在を主張するだろう。消そうと思ったらなかなか消せない。「他のソフトが開いているから出来ない」といやいやをする。言われるまま、ブラウザ、Winamp、アンインストールソフトを閉じて、やっと削除出来た。しかしまだタスクバーの「使用できるIME」の欄には、完全に削除したのに「Baidu IME」が表示されている。呪われているのか。なんなんだこのしつこさは。

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【追記.7】──Baidu IMEの情報収集発覚!──2013/12/27

 いまニュースでやっている。Baidu IMEが情報収集をしていたのがバレた。200万人もの日本人が、特に大学を中心にして使用していたという。なんという脇の甘さだろう。あきれる。気狂いを気狂いと見抜く目さえなくなっているのか。

●Baidu IMEが情報送信──やっぱりね

 今回話題になったことで、ひとりでも多くこの異様なソフトの怖さに気づいてくれるといいが……。

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【追記.8】──Baidu IMEに日本政府が使用禁止の呼び掛け──2014/1/2

 それに対してシナの反論が嗤える。それはこちらにまとめました。
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  1. 2011/12/26(月) 19:53:47|
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障害者・障がい者・障碍者──正字を復活させよ!──未だ敗戦国のままの精神

障害者の「害」が「害悪」や「害毒」の悪い意味の漢字であり、障害者に失礼だから「障がい者」という表記にしようという流れがある。サヨク系の区長、市長の地域ではもう実行しているようだ。

このこと自体には納得する。「害」は悪い字だ。自分への呼称に、社会に害をなすの「害」を入れられたら誰だって不快になる。でもかといって「障がい者」というカナ交じりもイヤな感じである。



元々は「障者」だった。漢字制限で「碍」の字を使えなくし、音の同じ「害」を当てはめた醜態がこんな問題を生んでいる。
戦勝国は、あなたがたには二度と逆らいませんという自分達に都合のいい憲法もどきを敗戦国に押しつけた。

あまりに強靭故に怖れた日本人の精神力には漢字が関係があるとの解釈から漢字使用も制限する。GHQのもと、昭和21年に当用漢字が告示される。公文書や新聞等で使用する漢字は1850字に制限された。

これによって多くの無意味な当て字が生まれた。「廃」が「退廃」、「交点」が「交点」等が代表になる。音は同じだが熟語として意味をなしていない。すたれて行く「頽廃」に「退く」意味はないし、交わるところである「交叉点」に「差」はない。表意文字が無意味な表音文字になっている。「障害」もそのひとつだ。いやこれは、さしさわりがあり害をなすというあたらしいコトバになっているか。なんとも「障害者」とはひどいコトバだ。



これらのことは今までさんざん書いてきたことであり今更の話題になる。「障がい者」という気味の悪い表記が横行していることを区役所務めの友人に教えてもらい初めてホームページに書いたのは2003年だった。

00kanren.gif
「障がい者」2003年5月5日

私は「障碍」が「障害」になったのも戦後直だと思っていた。それ以降はメディアに登場する漢字は「障害」なのだろうと。私は学校で「障害」しか習っていない。

ところが今日、仕事の下調べで昭和39年の『優駿』(日本中央競馬会機関誌)を読んでいたら、「障害レース」も、みな「障碍レース」と表記されているのを知った。レースに限らず、「数数の障碍を排除して施行した」のようなその他の文中でもみな「障碍」だ。
いま現在は一昨日行われた「中山大障害」に代表されるレース名もすべて「障害」で統一されている。昭和39年は1964年、東京オリンピックの年である。戦後初の三冠馬シンザンが誕生した年だ。この時期にまだ「障碍」が使われているとは知らなかった。



餘談ながら「中山大障害」は「おおしょうがい」が正しい呼称であり、放送前に資料で正しく学んだ競馬アナ等はきちんとそう発音していた。しかし世の流れからか競馬ファンの多くが「だいしょうがい」と呼ぶようになったので、数年前、競馬会が正式に「だいしょうがい」と呼称を改めている。私自身は競馬を始めた学生時代は「だいしょうがい」と言っており、仕事として関わるようになってから学んで「おおしょうがい」と言っていた。「消耗(しょうこう)」をツクリの「毛」から「しょうもう」と読むようないわゆる「百姓読み」が正規に勝った例になる。

なお言うまでもないがこの場合の「百姓」とは「世間の人びと」という意味であり「農民から工芸師、漁師まで民衆全体」を指している。本来百姓とはその字からもわかるようにそういう意味であったのに言葉狩りの流れで「農民を差別するコトバ」にされてしまった。シナでは今も「大衆酒場」の意味で「百姓酒場」という看板がそこいら中にある。「百姓」というコトバも言葉狩りで消されたひとつになる。



意味も正しい正字の「障碍」は、いつから害をなす「障害」にされてしまったのだろう。
『優駿』の場合は一般的な雑誌ではないし、世間は「障害」だが、頑固に「障碍」を使用していたという可能性もある。そのうち時間があるとき、図書館で昭和39年当時の他の雑誌を調べてみよう。ん? 新聞は可能だが地元の図書館じゃ当時の雑誌は無理か。国会図書館か大宅文庫に行かないとだめか。とりあえず新聞だけでも見てみよう。

ともあれ「障がい者」という意味不明のカナ交じりにするよりは、正字の「障碍者」を復活させた方がいい。それだけの話だ。とんでもなく画数の多い漢字だと煩わしいが「碍」の字は画数もすくなく石偏であることから意味も判りやすい。ツクリも得の字と同じだから誰でも書ける。

が、それが出来ない。そんなことですら出来ない。
戦後は終っていない。それはあの「憲法もどき」を未だに改正出来ないことからも明白だ。いつまでこの頚木の中で藻掻かねばならないのか。岸信介がやろうとした憲法改正が孫の安倍晋三の代になってもまだ出来ない。何なのだ、この国の政治は。あの憲法もどきをいまだに変られずにいることに最も驚いているのは押しつけたアメリカなのに。



しかしこの問題は「碍」の字の使用以前に「障碍者」というコトバ自体がひどいと思う。「害」ばかりが問題になるが「障」も差し障りがあるということだ。ここにも敗戦がある。コトバが英語的な説明になっている。

「びっこ」というコトバは、それを知らないと意味の推測が出来ない。「足の不自由な人」とは辞書に於ける「びっこ」の説明のコトバだ。「どもり」「おし」も同じ。「吃音症」「聾唖者」は漢字による説明言葉だ。

「かたわ」もカナで書くと意味が想像できない。あらためて「不具者」。こうなると字面から想像できるようになる。さらにあらためて「障碍者」になるともう「Handicapped」の直訳である。日本語の英語化だ。電車の優先席の説明英語を見るたびにそれを思う。まともな自主憲法すら未だにもてない国がそうなるのは当然だ。戦争に負け、アメリカに占領され、昭和27年に一応独立したことになっているが、いまだ精神は占領された敗戦国のままである。その種の消されたコトバを復活させろと言っているのではない。しかし「障がい者」の表記問題には、漢字制限があり、それが敗戦の尾を引いたものであるのは事実だ。
  1. 2011/12/26(月) 01:50:05|
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パソコン話──私のハードディスク史──シーゲイト社、韓国サムスンのHDD事業を買収

サムスンのHDD事業の買収完了 米シーゲイト

2011/12/21 20:15

【ソウル=尾島島雄】米シーゲイト・テクノロジーは韓国サムスン電子のハードディスク駆動装置(HDD)事業の買収を完了したと発表した。今年4月に買収方針を明らかにしていた。シーゲイト株の譲渡を含めた対価の総額は約14億ドル(約1100億円)。買収によりパソコンなどのデータを記憶するHDDでシーゲイトの世界シェアは約3割から約4割となり世界首位に浮上する。

 ただ、日立製作所からHDD事業の買収を決めている米ウエスタン・デジタル(WD)が来年1~3月期に作業を完了すればシェアは5割近くに達して逆転し、再び世界首位に立つ。世界のHDD事業でシーゲイトとWDの2強体制が鮮明になっている。

 事業買収に伴いシーゲイトはサムスンを株主に加え関係を強化。サムスンはパソコンなどに使うHDDをシーゲイトから安定調達する。シーゲイトはHDDよりデータの読み出し速度が速い記憶装置「ソリッド・ステート・ドライブ(SSD)」に必要な半導体メモリーをサムスンから調達する。(日本経済新聞)


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seagate&samusun


SamusunのHDDサイトに行ってみると、Seagateのサイトに繋がり、上記のような表示が出ていた。もうSamusunのHDDはなくなったことになる。



 初めてHDDを買ったのはNECのPC9800時代。28年前。富士通の外付けタイプで大容量の80MBだった。7万8千円。640KBのFDに1年分の放送原稿が入ったから、80MBというのは気の遠くなるような大容量だった。生涯の文章を入れても埋め尽くすことはできない。もう一生HDDを買う必要はないのだと思えば、ちっとも高いと感じなかった。ほんきでそう信じていた。しかしPC9800時代の終りが先に来た。



 初めて買ったHDD内蔵のデスクトップ機は富士通のFM-Vだった。HDDは(後に分解して知るのだが)ウェスタンデジタル(以下WD)の1.4GBだった。1400MBである。あまりに巨大だった。このWDがガリガリゴリゴリとうるさい。たまらなく不快だったがHDDとはそういうものなのだろうと我慢する。でも不愉快だった。ファンのついているパソコンも初体験だった。これがちいさなファンの高廻転なので電源を入れるとウィーンと唸り出す感覚。パソコンに向かうのが唯一いやになった時期だ。いま思ってもあれは失敗作だろう。
 このFMVはメモリを4MBしか積んでなかったのでやたらスタックした。自分で16MBに増設した。1MB1万円の時代だ。これで最強マシンを組んだ気がした。これまた本気で。

 いまDDR3の4GB(4000MB)が3千円で売っているのを見ると使う予定もないのに買いしめたくなる。だってむかしなら4千万円なのだ。1MB1万円のむかしが戦前でもあるならともかくまだ20年も経っていない。



seagate2
 

 このFMVに「ゲタを履かせる」と言われた形のCPU換装をした。それで自作に目覚める。すると初めて単体で買ったMaxtorのHDDがとても静かだった。WDのそれがハズレなのだとやっと気づいた。一気にWDと、そんなものを入れていたFM-Vが嫌いになった。以降はデスクトップ機はみな自作。その後東芝のDynabookから始まって、シャープ、ソニー、IBM、Dellといくつものメーカーのノートパソコンを買ったがFM-Vのノートだけは買っていない。トラウマだ。

 同じくNECのノートを買っていないのは、PC9800でずいぶんと楽しいパソコン生活も体験したが、それ以上にNECの殿様商法には不愉快な思いをしており(だってライバルがいず独占なのだから、そりゃ強気の商売だった)反感があるからだ。Windows時代になり、他のメーカーの選択が出来るようになってから、NECのエの字も考えたことがない。



 Maxtorはマクスターと呼んでいたが「マックストア」が正しいのだと知る。
 その後に買ったQuantumの30GBもハズレでゴリゴリとうるさかった。1台で懲りた。同時に買ったSeagateの20GBは静かでアタリだった。あくまでも私の体験だがSeagateのHDDは発熱が多いように思う。

 このころからIBM派になる。何台も買ったが一度もハズレがなかった。デュアルCPUのパソコンを自作し、IBMの当時最大容量だった30GBを3台積んだときは、しばらくはこれで大丈夫と思った。甘かった。
 3台の合計90GBを凌ぐ120GBのHDDが出た。時代はもう100GB以上になりつつあった。そういえばこのころ、Windows98が128GB以上のHDDを認識しないことが問題になっていた。私はWindows2000なので無関係だったが。



 以降IBMのHDDを愛用してきた。とはいえ浮気性なので、その間にSamusunを買ってみたり、Seagateを買ったりもしている。で、ハズレを掴み、悔み反省して、またIBMに戻ったりした。

 その間、ひとつだけいいこともあった。6年前、自作機が壊れたとき、緊急用に安物のデスクトップ機(e-machine)を買ったのだが、その中に入っていたのがWDの120GBで、これがアタリだった。富士通のFM-V時代から引きずっていたWDアレルギーが直った。HDDのアタリハズレをメーカーで決めていたが、どうやら品物によるのだと知る。まあIBMにハズレなしは事実だったが。

 MaxtorがQuantumを買収合併してブランドが消えたときは驚いたが、その波がなんとIBMにもやってくる。IBMのHDD部門を買収したのは日本の日立だった。それまで私は日立のHDDをノート用の2.5inch製品でしか知らなかった。
 大好きなIBMのThinkPad部門も売られてしまう。ThinkPadは、アメリカのIBMとは関係なく、日本IBMが開発したノートパソコン史に残る傑作だ。売られた先はシナのLenovoだった。コンピュータイコールIBMだった私は、IBMのこの切り売りになんとも複雑な思いを抱いた。

 シナの品になったThinkPadとはつらい別れを迎えたが、日立になったIBMとはその後も付き合いが続く。社名はHGSTとなった。日立・グローバル・ストレージ・テクノロジーズの略だ。これが2003年。以来ずっとHGSTのHDDをメインに使ってきた。



 HDD業界のリーダーだったMaxtorがSeagateに買収される。2005年だ。私からすると金魚が鯉を呑みこんだみたいで奇妙な感じだった。MaxtorはQuantumのHDD部門を呑みこんでいたから、Seagateはふたつの部門を呑みこんだことになり、さらにはこんどはSamusunだ。すごいな。

maxtor


 MaxtorがSeagateに呑みこまれたと知ったとき、私の中ではMaxtorのほうが格上だったので、なんとなく釈然としないままMaxtorのサイトに出かけてみた。すると上のようになってSeagateのサイトに繋がった。今回のSamusunと同じである。



 高性能で評判の良い東芝のHDDは2.5inchしか知らない。ノートパソコンを買って真っ先にやるのはHDDを大容量に換装することだった。いつも東芝だった。一度安かったのでSamusunに浮気して失敗した。それからは東芝一筋。東芝の2.5inchでただのいちども厭な思いをしたことがない。いまも絶大な信頼を寄せている。その分すこし高い。2009年に富士通のHDD部門を合併している。



 さらに時は流れ、そのHGSTがWDに買収されることが発表された。来年2012年3月期だ。HGSTの銘柄も消える。
 その前に今年実行されたこの「SeagateがSamsunを買収」のニュースを私は知らなかった。いや見かけたがすっかり忘れていた。浮気性とはいえSeagateとSamsunのハズレにはさすがに反省し興味をなくしていたからだ。

 今秋、私のHDD史ではちょっと衝撃的なことがあった。信頼していたIBM→HGSTの流れで初めてハズレを掴んだのだ。IBM系のHDDを15年ぐらい、20台以上使ってきて初めてになる。それほど私とは相性が良かった。
 いまもデスクトップ機で働いている現役なのだが、このHGSTの1TB(いつしか時代はメガからギガになり、さらにテラの時代に入っていた)がハズレだった。かつての私の大外れ、WDの1.4GB、Quantumの30GBと並ぶ三大ハズレになる。ガリガリゴリゴリと四六時中鳴りつづけている。CPUクーラーを水冷に替え、ビデオカードをファンレスにしたので、今の私のパソコンは静音だ。ほとんど無音の中、この音だけが深夜や明け方に鳴りひびいている。どれぐらいひどいかというと、デスクトップ機のある洋間から離れて、和室のこたつの中で本を読んでいても聞こえてくるほどだ。とんでもないハズレである。

 そして10月に買ったばかりのWDの2TBがアタリだった。私はFMVに入っていた1.4GBのもの、e-machineに入っていた120GBのものと、ふたつのWDのHDDに接しているが、単体として買ったのは初めてになる。数えたことはないが3.5inch、2.5inchあわせて50台は買っているはずだから、その中にただの一台もないということは、1.4GBのときのトラウマがいかに大きかったかである。

 ここにおいて私の中でWDの悪夢は完全に消え、評価は一気に高まった。Windows7 Ultimateの64bitをHGSTに、32bitをWDに入れてデュアルブートにしているのだが、32に切り替えるとHGSTのゴロゴロが聞こえなくなり、別のパソコンのようになる。しかしOSは64に慣れると32は使えない。AdobeのCS5やDAWソフトをつかっているとちがいがよくわかる。ゴロゴロガリガリがイヤだが、けっきょくは64に戻ることになる。

 早くもう1台WDの2TBを買い、それを64bitOS用にして、うるさいHGSTをテレビ録画用にでも転用したい。たかが12000円だからすぐにでも買えるじゃないかと言われそうだが、タイの洪水被害前は同じ品が6000円だった。10月に6000円だった品が11月に12000円になった。それを知っているから差額が口惜しい(笑)。だって2台買える値段なのだ。値がまた落ちつくまでじっとガリガリゴリゴリに耐える。来年1月下旬から2月初旬には落ちつくと言われている。もうすこしの我慢。80MBのHDDを7万8千円で買った過去がありながら2TB(20000MB)の1万2千円に躊躇する。

 もしも80MBが7万8千円のままだとしたら、計算すると、2TBのHDDは1950万円になる。
 逆に2TBが1万2千円なら、80MBのHDDは48円だ(笑)。



 若い頃、日本の銀行がこんな再編成になるとは夢にも思わなかった。同じく、まさかHDD業界がSeagateとWDの2社に収斂されて行くとは考えもしなかった。来年春には、両社でシェアは9割を超えるらしい。

 やたら発熱した印象の強いSeagateが、新品の時から健康度が低くて不安だった韓国のSamusunと合併し、最初の印象は最悪だったがここにきて大好きになったWDが、ずっと印象のよかったHGST(=IBM)と合併なのだから、今後私の買うHDDはWDに決まった。ノート用の2.5inchは東芝。これで決まり。
  1. 2011/12/22(木) 01:44:55|
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THE MANZAI 2011──不快なカットイン──無意味なゲスト顔の挿入

THE MANZAI 2011──不快なカットイン──無意味なゲスト顔の挿入

いやはやひどかった。初期のK1中継を思い出した。おもしろいものを、よくぞここまで不愉快に演出できるものだ。さすがフジテレビである。
  1. 2011/12/20(火) 05:46:08|
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金正日(キム・ジョンイル)総書記が死亡──NHKがニュース速報

12月19日のNHKニュースの速報で、朝鮮中央テレビが、北朝鮮の最高指導者である朝鮮労働党中央委員会総書記のキム・ジョンイル総書記(69)が急病で死亡したと発表したことを報道した。

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先日の江沢民死亡の時は香港の有力紙が報じたということで産經新聞は号外まで出して赤っ恥だったのだが、今回のこれはネタ元が朝鮮中央テレビだというのだから本当なのだろう。

金正日は万病を持つ男だったからいつ死んでもおかしくないし、すでに死んでいて、今のは影武者だという説も強かった。金正恩への後継体制が整ったので死を発表したと勘ぐることも出来る。
この「急病で死亡」というのが不自然だ。



ということでいまKey Hole TVを点けたらNHKが特別ニュースを流している。なら確定だ。

今日はひさしぶりに、というかテレビのある生活復帰後初めて、ミヤネ屋を見てみよう。でもテレビじゃなくてもいいな、Key Hole TVで。ほんとにテレビと縁が切れている。いいことだ。

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いま北朝鮮のテレビでおなじみのおばさんニュースキャスターが映った。黒のチマチョゴリを着て、涙を浮かべながらしゃべっているから、こりゃ本物だ。アメリカではまだ未確認情報として流しているそうだが、もうまちがいない。しかし金正日が金正恩になって何が変るのだろう。皇帝を否定する共産主義が世襲になるのは笑える。

このおばさんの大げさな話しかたを聞いているとタモリの四カ国麻雀を思い出す。



日経の速報を読んだら、死んだのは17日だという。金日成の時もそうだが2日、間をおいて発表したことになる。

朝鮮の泣き女は強烈だ。身を振り絞って泣きわめく。しみじみ異なる民族だと思う。金日成のときに見てあっけに取られたが今回もすごいのが見られそうだ。葬儀は28日らしい。

島根県ぐらいのGDPしかない、国とも言えないような小国なのだが、核ミサイルをもてば腫れ物に触れるように接せねばならない。外交下手の国に生まれるとストレスがたまる。核武装して原潜を何隻か配備すればあんな狂人小国ごとき歯牙にもかけないのだが。
  1. 2011/12/19(月) 13:22:30|
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漢字解釈の滑稽──「吐」という字は、口へんにプラス、マイナスと書きます

ちなみに「吐」という字は、口へんにプラス、マイナスと書きます。ここからマイナスを取り除けば「叶」という字になります。「夢は見るものではなく、叶えるもの」という信条を掲げる澤は、プラスのことだけを口にし続けて、「吐く」のではなく「叶える」を実現してきたといえるでしょう。http://news.livedoor.com/article/detail/6129184/

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私はこういうセンスが大嫌い(笑)。いわゆる「武田鉄矢的ガッツ石松的」な解釈になる。読んでいるだけで赤面する。こういうのが得意な田舎の中学教師もいるだろう。結婚式のスピーチで十八番にしているおやじもいそうだ。
「金八」なんぞを見て育った世代の教師が、「いいかあ、吐くという字は口偏にプラスとマイナスと書く。ここからマイナスを取ると、叶うになるんだ。いいか、みんな、マイナスを取って夢を叶えるんだ」なんて金八気どりでやってそうだ。

本人は気に入ってるんだろうなあ。「ちなみに」と始まるからには、この解釈を披露して、すこしばかり得意気なのか。澤の実行力を自分の漢字解釈と結びつけた文に、「う~む、決まったな」と満足しているのだろう。

この記事は、女子サッカーの澤穂希の著書を紹介したものであり、澤は無関係。澤の言ったことを否定するとファンに怨まれそうだが、これは澤ではなくこの文を書いたライターが言ったこと。誤解なきよう。
  1. 2011/12/19(月) 10:21:25|
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明け方ひとり鍋──柚子の思い出──父母の育てていた草花

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柚子が好きだ。季節外れの時期にも乾燥ものを買って愛用しているぐらいだから、旬のこの時期はたまらない。
そしていつも思うのは、庭に柚子がなっていた時代への郷愁だ。
外門のあたりにかなり大きな柚の木があった。それをもいで父が柚子湯にした。春の菖蒲湯と冬の柚子湯は忘れない。大根との漬物も好きだった。当時の私はまだ酒を飲まないから柚子の本当の魅力はわかっていなかった。それでも柚子と言えば真っ先にこの木を思い出す。これを兄があやまって切ってしまう。写真は、晩年に父母が購入した鉢植えのもの。柚子は観賞しても風情がある。

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親が果樹好きで、物心ついたときから、庭に数多くのものがあった。そのことを今になって感謝する。でもそのころはその価値に気づいていない。柿、蜜柑、金柑、柚子、枇杷、無花果、石榴、梅、桃、グミ、一時は父が葡萄や梨も作っていた。父は勤勉な教員だったが、よくぞそのあいまに果樹つくりもやったものだ。あとはなにがあったろう。

百日紅(さるすべり)の花も思い出深い。つるつるの木肌で、猿すべりとはよくぞ名づけたものだと子供心に思った。



桜も吉野から八重からいろいろあった。果樹じゃないけど。これは黄色の八重桜。

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これは鉢植えの蜜柑。
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柿の木の若葉は美しい。
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が、晩秋の枯葉もまた絶妙の味わいがある。
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父が林檎の木を植えたが実がならなかった。気候がよすぎて出来ない果物もあると初めて知った。
ああ、キウイもあった。あれがマタタビ系というのは愛猫が幹にしがみついてゴロニャンするのでよくわかった。そこいら中の猫が寄ってきて幹を引っかいてしまうので、キウイの木の下部には金網を捲いて防いでいた。

キウイというのはニュージーランドの果樹だ。タイのチェンマイに豪邸を建てて住んでいる友人が、キウイ大好きで庭に植えたのだが、チェンマイでは実らないと嘆いていた。温暖ならいいというものでもないらしい。我が家で林檎が実らなかったのもそれになる。同じく温暖すぎるタイでは林檎がならないので高級品だった。ならないのだからタイにはリンゴという単語はない。アップルをタイ風に発音したエップンがそれになる。タイのオネーチャンと親しくなるとエップンを買ってくれとよくせがまれたものだ。日本からの輸入物だった。いまは支那からの輸入が増えてだいぶ安くなった。20年以上前の話。

ニュージーランドは日本に似た四季があると言われている。それがあっているのか、我が家のキウイはいつも食べきれないほどなった。キウイの写真がなかった。残念。下の写真の斜め右上のあたりに直径10センチほどのオスメスが二本ある。オスとメスがないと結実しない。

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私の育った家は、本来二軒分の屋敷だったのだが、一軒を東京から来た祖父の後妻がもっていってしまったので、やたら庭が広かった。そこに父母が好きな果樹を植えたものだから、柿の木なんて屋敷内に8本もあるほどだった。田舎の没落地主によくあるように、家の周囲の田んぼと畑はみな我が家のものだった。それらはみなひとに貸していたがやがて休耕田になる。果樹のいくつかはそこにあった。桃や柿の木の何本かはそっちだった。
写真は桃の花。桃はあんなに甘くておいしいのに花まできれいだ。もぎたての桃の甘さも忘れがたい。

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そういう環境で育ったことを今になって感謝する。



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これは、ナナカマドだっけ? 7回かまどにくべても燃えないほど堅いのでナナカマド。



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しかしひねくれ者の私は、いつもないものねだりだったので、庭にある豊富な果樹よりもアメリカからやってきたコカコーラや怪しい着色のお菓子を好んだ。
誰も食べないままくちてゆき、蜂がたかっている無花果が、東京で高価なのを知ったときは愕いた。キウイも食べなかったなあ。好きだったのは枇杷と桃ぐらいか。

木になって熟した味を覚えるとスーパーのものは食えなくなる。いちばんそれで思うのはトマトだ。木で自然に熟したトマトはほんとうにおいしい。青いのをもいで流通の時間で赤くしたのとは別物だ。
父は退職後、家の前の畑に西瓜を作ったりもした。あれはうまかった。なにしろ一年に3コの貴重品だ。

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母が異様な草花好きだったのでいつも家中、庭中に花が咲いていた。ホームページに書いたことだが、一年に一晩だけ咲く月下美人というサボテンがある。夜に咲いて朝には散ってしまう。一年に一夜だけだ。あれなど小学生のときから経験していた。母がうれしそうに「今夜咲くぞ」と楽しみにして、咲いたら私にも感動を強要したが、私は「ふ~ん」てなもんだった。東京に来てから、感動の一夜として語られている随筆を読んだりして、自分がいかに貴重な体験をしていたかを知る。

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父は草花は菊だけ。懸崖とか、かなり凝っていた。秋は毎年、父を乗せて、水戸や笠間の菊人形展を見に行った。「菊人形」というのは知らない人には想像もつかないだろう。

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べつに当時を恋しいとは思わない。最高の果樹よりもコーラを好んだ自分を愚かとも思わない。ひとは、そんなものだ。だから「青い鳥」みたいな物語も生まれる。

でも1個200円から、やっと値下がりしてきた柚子を手にしていると、庭からもげた時代のしあわせをぼんやりと思う。せっかくの庭になっている豊富な果樹も、私には宝の持ち腐れだったけど、それに接して育った感謝の気持ちはもっている。

「桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿十八年」と言う。柚子が実るまでには時間がかかる。

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私は写真があまり好きではなかった。銀塩カメラは高校時代からもっていたがほとんど使っていない。現像に出すという面倒さ。そこから仕上がってくるまでどう撮れているのかわからないまだるっこさ。デジカメはこれをすべて解決した。1997年にデジカメを買ってからは、物珍しさでかなり撮るようになった。写真は富士写真フイルムのClip-itという初期の製品。Fine-Pixの前の機種だ。今の製品から見るとおもちゃのようなものだが、外国旅行や、この花や果樹の写真、父母の写真、猫の写真、どれほど私の人生に役だってくれたろう。これらの写真が消えたら生きて行けないほど落ちこむから、CDやDVDに焼いて複数複製を所有している。

父母はもういない。田舎の家は兄のものになったが兄夫婦は都内のマンションに住んでいて、月に一度程度空気を通しに帰るぐらいだ。庭は荒れ放題。花はみな枯れはてた。あるのは柿の木と桃、梅、桜、そういう手入れのいらない樹木だけ。庭師が入っていないので枯山水のあたりもひどいことだろう。その意味でこの写真は貴重なものになる。
私には姉と兄がいるがふたりとも草花にはまったく興味を示さなかった。私は少年の頃、母に教えてもらってかなり花を作った。父母からはおまえがいちばん草花好きだと言われていた。もちろん彼らはこんな写真は一枚ももっていない。私がプリントしてあげると言っても興味がないからいらないと断るだろう。
父母の作品である草花や果樹の写真を何百枚と持っている。その一部をブログに載せた。すこしは供養になったろうか。

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IHクッキングヒーターは便利だ。写真のものは20センチ四方。ガスのカセットコンロと比べたら、いかにちいさくて便利なことか。なにより安全だ。もちろん電気がないところでは使えないが。それと、ちょっとうるさい。

明け方に、これでやるひとり鍋が好きだ。わざと窓を開け放し、寒風に顫えながら、お湯割焼酎に柚子を入れてすすっていると、わびしさがしみこんでくる。でもそれは決して不快なわびしさではない。ほっとするひとときだ。お湯割焼酎の温かさがありがたくて、ありがとうと両手の中のカップに礼を言ったりする。

12月は父母の命日がある月だ。まとまってくれたので親不孝な私もさすがに忘れない。今日はふたりの命日の真ん中ぐらい。父母の命日は書けない。なぜなら銀行カードの暗証番号からウェブサイトのパスワードまでぜんぶそれだからだ。ハッキングされたら私の巨額な銀行預金──たしかいま4350円ぐらい──が危機にさらされる。

さて、鍋が煮えたようだ。いま午前4:41。大原庄助さん状態に突入。
  1. 2011/12/18(日) 04:47:23|
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Chrome15がIE8を抜き首位! 世界ブラウザー市場──ブラウザ変遷史

Chrome15がIE8を抜き首位に、世界ブラウザー市場

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 Webアクセス解析などを手がけるアイルランドStatCounterは現地時間2011年12月15日、世界のWebブラウザー市場に関する調査結果を発表した。それによると、11月第4週に米Googleの「Chrome 15」が初めて米Microsoftの「Internet Explorer(IE)8」を抜き、バージョン別首位に立った。

2011年12月5~11日の世界Webブラウザー市場(StatCounter調査)
 11月21~27日における世界のWebブラウザー使用状況は、Chrome 15がシェア23.6%で、IE8の23.5%をわずかに上回った。11月28日~12月4日はChrome 15が23.7%、IE8が23.1%。12月5~11日はChrome 15が24.6%、IE8が22.2%と推移している。12月16日23時 日本経済新聞 

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興味のないひとにはどうでもいいことかもしれないが、Microsoft Internet ExplorerとNetscape Navigatorの闘いを見てきた身には何とも心にしみいる事件になる。共に有料だった。あのころはBrowserもIMEもすべて有料である。

ふたつのBrowserの闘いの歴史はWikipediaにまとめられている。
簡単に言えば、圧倒的に強かったネスケが、共に無料となってからは、IEに逆転され、没落し、消えてゆくのである。ネスケの歴史は、大航海時代に世界中の富をかき集めて栄華を誇った国が、やがて時の流れと共に本来の小国に落ちぶれてゆくのに似ている。

決定的な差がつき、ネスケがギブアップしたのは1998年ころのようだ。Windows98である。95もずいぶんと大きな波だったが、やはりOS最大の波はこの98だろう。パソコン使用者も圧倒的に増えた。このあたりからもうBrowserとはWindowsに無償でついてくるものであり、イコールIEのこと、となったのだろう。

それでもこのころはまだ外国のインターネットカフェに行くと、「ブラウザはIEにしますかネットスケープにしますか?」と尋ねられた。まだネスケもバリバリがんばっていたのだ。このころのウェブサイト(まだホームページと言っていた。ブログはまだない)日記には、「ネットカフェでInternetExplorerかNetscapeかと尋かれた。InternetExplorerが大嫌いな俺は即座にネスケを指名する」なんて記述が散見されたものだ。

わたし的には、当時の外国のインターネットカフェのキイボードは当然カナ入力など出来なかったから、ローマ字入力でやるのだが、それでもうまく行かず、文字通りローマ字でメールしたことを思い出す。Genkidesuka Nihongoga Utenainode Roma-ji de kakimasu なんてやっていた。



ネスケはギブアップ宣言をする。だがその血はMozillaと名を変えて生き続けることになる。

大河ドラマとして見るなら、今回ついにIEを追い越したのがMozillaの血を引き継ぐFirefoxであったほうが物語としてはよりおもしろかったろう。だがFirefoxは善戦はしたがIEの牙城を崩せなかった。巨大な無敵戦艦となったIEを破ったのは、まったく別路線から登場したGoogleのBrowserだった。果たしてOSの世界でも打倒MSは叶うのだろうか。Googleの無料OSが普及したらMSは真のピンチを迎えることになる。

なお、引用した記事の最後は、Chromeが逆転したのはIE8であり、全体的にはまだIEのほうがわずかに1位としている。IE6や7の利用者がけっこういるのだ。すでにIE9が出ているが最大利用者は8であるらしい。
いまのIEはずいぶんと使いやすくなったようだ。IE9を挿れているが使ったことがない。


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●MS嫌い

私はWindows2000のころから(あのころはIE5であるらしい)IEを使わなくなった。当時は革命的だったNetCaptorというタブブラウザを使い始めたからだ。タブブラウザの便利さには驚嘆した。その感想と教えてくださった方への感謝はここに書いている。2003年の文章だ。今でこそIEもタブブラウザになったが、そうなるまでどれほどの時間を要したろう。王者の傲慢で、すぐにでも対応できるのに、あんなものはくだらんと対応しようとしなかった。どちらが正しかったかは今対応していることでわかる。

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私はIEが嫌いでNetCaptorの使い手になったのではない。それが純粋に桁違いに便利なスグレモノだったから利用しただけだ。MSの傲慢さには長年腹立たしい思いをしているが、かといってそれだけでいちばん便利なものを遠ざけてまで不自由な思いをするというような根性はない。またそれを美しいとも思っていない。すなおによりよいものを使うだけだ。IEがそうだったならそうした。しかしそうではなかった。だから使わない。また、よりよいものがあるのに、それを探したりせず、あるいは教えられてもそれに移ることなく、ただ与えられたものだからとIEを使っているようなひとを嫌っているのも確かだ。それは生きる姿勢にも通じる。

ブラウザの使用者数がどうのこうのなんて、じつにもうどうでもいい話だが、ついに、あの、横柄尊大驕慢なMS帝国に一矢を報いる存在が現れたということは、私には乾杯したくなるような大事件だった。本当はいますぐ乾杯したいが今日は仕上げねばならない仕事があるので今夕まで我慢。
  1. 2011/12/17(土) 10:02:43|
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リコー杯女流王座戦アクセス増加--のうれしさ

あいかわらずマイナーブログとしては異常にアクセス数が多く不気味な思いをしている。「野田聖子ファイル」だ。いまだに原因がわからない。なにがあったのか?  ただ私なりに本音であり力作?と自負しているから、珍奇なアクセス異常ではあれ怖くはない(笑)。受けて立ちます。



その不気味さを調べていたら、「リコー杯女流王座戦--奨励会1級・加藤桃子女流王座に!」へのアクセスが増えているのを知った。うれしい。加藤桃子の女流王座就任を書いた記事は多いが、短文のおざなりなのが多かった。私なりに誰にも負けないぐらいの熱を入れて書いたつもりでいる。いやもちろんもっともっとすばらしい将棋ファンのブログがあるのは承知している。私のは将棋専門ブログではなく片手間だ。でも並以上の水準と知識だとは思っている。今回の文も調べ物なしで一気に書いた。それから確認のための調べ物をした。それが将棋ファンからそれなりに読んでもらっているらしい。うれしい。

王座になって、桃子ちゃんはどんな朝を迎えたのだろう。王座についた実感は、これからじんわりくるんだろうなあ。天国のお父さんに報告しただろうか。なんだかもううれしくてたまらない。
  1. 2011/12/14(水) 13:05:22|
  2. 将棋
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リコー杯第一期女流王座戦のポスター--日本人よ、この美を堪能せよ!

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これは将棋史上に残る美しい傑作ポスターだ。凛とした清水市代、清冽な加藤桃子。和服の清水のりりしさ、加藤の少女らしいふくよかさ。これぞ大和撫子、究極の美。畳、正座、座布団、将棋盤。世界に誇れる完成度。将棋ファンすべての誇り。すばらしい! このポスターを作ったリコーに、すべてのスタッフに拍手。
  1. 2011/12/14(水) 12:43:09|
  2. 将棋
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「永遠に不滅です」「友達の友達がアルカイーダ」──思い違い勘違い

仕事の関係で寺山修司の古い本を読んでいた。長島の引退に触れた項があって「巨人軍は永遠に不滅です」とあった。私もリアルタイムであれを見ていたのに長年勘違いしていたのだが、正しくは「永久に」だ。

ああいう勘違いはどうして起きるのだろう。私も長島引退から十数年「永遠に」だと思っていた。疑ったことがなかった。その種のよくある番組で映像を流し、長島が現実に「永久に」と言っているのに、それでも「ウソ!」と思ったものだった。寺山が勘違いしたまま書いているのを見て、あらためて不思議な気がした。音の感覚として「エイキュー」ではなく「エイエン」だったのだろう。



昨日、れいの鳩山弟のトンデモ発言「ともだちのともだちはアルカイーダ」を、たいして意味もなく引用するとき、「あれは本当に〝ともだち〟だったのか?」と疑問を持ち調べた。そのときの記者会見の様子がYoutubeにあった。外国人プレスとの会見。通訳を通している。「ゆうじん」だった。「友人の友人がアルカイーダ」と鳩山弟は言っている。これもまあどうでもいいことだが覚えておこう。<きっこさん>も「友達の友達」と書いているようだから教えてあげたい(笑)。
これも「ゆうじん」よりも、音として「ともだち」なのだろう。「笑っていいとも」の「ともだちのともだちはみなともだちだ」なんてのの影響もあろう。「ゆうじんのゆうじん」とはあまり使わない。でもそっちが正解。



「エイエンとエイキュー」「トモダチとユウジン」。こういう勘違いはおもしろい。どうでもいいことではあるが、今は便利なネットというものがあるのだから、書く以上はできるだけ正確に書いて行きたい。
  1. 2011/12/14(水) 05:18:48|
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キリンビールCM「ラ党の人々。」──お蔵入りになった勝新太郎主演、つかこうへい演出の作品

 大のつかこうへいファンである友人が、かの有名な「お蔵入りになったキリンビールCM」のことを教えてくれた。年間CMとして、勝新太郎主演、演出つかこうへいで1年分がすべて完成したのに、放映する寸前に勝のあの「パンツの中」事件が起きてお蔵入りになったものである。1990年。もう21年も前になる。厳密には、第1回分は数日流れたらしい。と書いて思い出す。私はテレビで見た記憶がある。

 お蔵入りになったのであるから私はその後の中身を知らない。このころは外国巡りの愉しさを覚えて旅行ばかりしていた。つかファンの友人は、この映像を以前YouTubeで見たことがあるのだという。すぐに削除されてしまったのでダウンロードしておけばよかったと悔いたとか。

 今回ひょんなことからまた知ったので私に教えてくれた。勝新主演、つか演出のお蔵入り年間シリーズCMだから、そりゃ垂涎モノだ。おもしろいに決まっている。添えられた友人のひとことが更に興味をかきたてた。友人は「鯖街道の構図のようにも思えた」と書いていたのだ。「鯖街道」はつかの遺作となったものだ。半端なまま、つい先日遺作として公開された。そのことは《文學界9月号──つかこうへいの遺作「鯖街道」》として、このブログにも書いた。

 つかは好きな設定を大事にする。何度も繰り返す。「鯖街道」は遺作とはいえ目新しいものではない。何十年も繰り返してきたテーマだ。それはこのCMにも活かされているのか。

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 シリーズ名は「ラ党の人々。」。一年分。総計6分42秒。
 女房が死んで四十九日。勝新が息子娘に若い後妻をもらうと宣言するところから始まる。後妻になるのは松坂慶子。息子の同僚。息子の憧れのひと。それが母親となって家にやってくる。すごい設定だ。もろに「鯖街道」である。「鯖街道」とは一言で言えば「息子の女を親父が寝取る」である。
 他に出ているのは誰だ? 国広富之、手塚理美、富田靖子あたりはわかったが……。

 勝新は社長。おそらく創業社長で自社ビルだ。成り上がり。息子たちはそこで働いている。自分の家に来る若い後妻が憧れの松坂だと知った息子が社内ですれちがうときに言う。松坂は社長秘書なのかな? 
「待ってください、オヤジがどんな人間か知っているんですか!」。戸惑う表情の松坂。社長室のドアが開いて勝新。ニヤっと笑って「こんな人間だ」。そして飲むキリンラガー。このときは缶ビール。

 上の映像から切り取った画は、後妻として入った松坂が、「社長、あたし父も母もいなくてひとりぼっちなんです。出て行けなんていわないでくださいね」と言って、勝新の手に触れるシーン。勝新が握り返し、ゴクゴクッと喉を鳴らしてコップのキリンラガービールを空ける。「男が、キリンラガービールを飲んで、そんなことは言えんだろ」。なんともたまらない(笑)。
 むかしのベストセラー、キリンラガービール専門のCMだから、当然のごとく「キリンビール」ではなく必ず「キリンラガービール」と言っている。わざとらしい(笑)。



 これはいわば落ち目のベストセラーの復活を期しての企劃だ。世は熱処理をしていない「生ビール時代」。右も左も「びん生」ばかり。寡占のガリバー企業だったキリンを、サッポロ、アサヒ、サントリーがびん生で追い上げる。それに対抗してキリンもびん生を出したが、どうも売上げはかんばしくない。だったらここは居直って、時代を凌駕しキリン寡占時代を作り出す原動力となった「キリンビンビール」に、業界用語の「ラガービール」を敢えて冠して大プッシュに出たのだった。

 本物の生ビールではなくフィルターを濾過することで作り出した疑似生ビールがベストセラーとなった。では熱処理している従来のビールはなんと呼ぶのか。そこでラガービールという名称が出る。プロ以外知らない言葉だった。それを逆手にとっての「ラガービール売りだし大作戦」である。

 こんな不謹慎な、それでいておもしろいCMが許されていた時代。勝新の飲むビールが美味そうで喉が鳴った。



 むかしを懐かしむ気はないが、それでもあのころのCMはおもしろかった。それは景気が良く餘裕があったからだろう。大企業はこういう懐の深いCMを流していた。今は実務一点張りみたいなものだ。

 同じシリーズCMとして、このCMとあの無意味に不快なソフトバンクの犬CMを比べればちがいがわかる。このCMは重くて毒があるようでいて爽快だ。犬CMは軽くて可笑しいようでいて、朝鮮人の劣等感が背景にあって陰湿だ。
 また、このシリーズCMでは、主役の勝と松阪から、結婚している息子夫婦や、恋愛中の娘のカップルとか、主役がうまく展開して行く。そのパターンも犬CMより先走っている。

 私がテレビを見なくなったのは、テレビというメディアから得る情報に興味がなくなったからだが、不快なCMに耐えられないことも理由として大きい。毎度言うがトイレの洗剤や生理用品のCMなんてのはイメージCMで十分なのであって、CGを使って具体的にやることではない。なんか方向性を間違えている。和田アキ子のパチンコ屋のCMなんて吐き気がする。

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 ところで、本来ならこういう紹介をしたのだから、ここにそのYouTubeの映像にリンクを貼ったり、あるいは私も貴重な資料としてダウンロードさせてもらったから、自分のサイトで再生できるようにしてリンクすべきなのだろう。

 だが、商品のCMであり、著作権の生じるものだからか、このYouTubeの映像も仲間内での限定公開となっている。表のYouTubeからは見られない(ゆけない)ようになっていて、YouTubeにこういうシステムがあることを初めて知った。広まりすぎると削除要請が来るのだろう。

 そもそもキリンビールの内部資料であるこれが何故流出したのかがわからない。お蔵入りになったCM1年分なのである。広告会社の関係者が流したのだろう、と私は推測する。おそらく、あまりによくできたこれらが眠ったままということが悔しかったのではないか。

 私がその「仲間」なら、アップした当人に自分のサイトからリンクを貼ってもいいかと問い、許可をもらって実行するが、私は直接の知り合いではなく「友人の友人がアルカイーダ」ぐらいの遠い関係なので迷惑はかけられない。ということで「おいしいものがありますよ」と言っておきながら、そのおいしいものを見せないという不親切になってしまったがご理解願いたい。やってもいいの? いやだめだよね。この種のインターネットのルールを知らない。知らないなら自重ですね。


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【追記】──出処元? 12/14 6:55

 ここを読んだ上記「大のつかファン」の友人がメールをくれた。それによると、つかの演劇を見に行ったとき、「『ラ党の人々。』のビデオプレゼント」というのがあったそうだ。当選者はほんの数人だったらしいが。
う~む、これはディープな情報である。行ったひとしかわからない。たまにやるそうである。私はまだ経験したことがない。

 私はこの映像をアップしたのは、「こんないいものを作ったのに日の目を見ないのは悔しい」という制作会社のひとと推理した。どうやらそうではないようだ。おそらくこれは、このビデオを入手したつかファンがアップしたのだろう。急速にそう思えてきた。まちがいない!(虫の息のi田d作先生の口癖)。



【追記.2】──時々人気になる不思議(笑)──2014/4/4

これを書いたのが2011年12月13日。その後どういう理由なのか知らないが2013年2月に、隣の「人気記事」にランクインした。なにかあっての懐メロヒットである。
 懐かしいので2年半前の記事を読み返してみた。ここの文は覚えていたがリンクしている「鯖街道」に関する文をまったく忘れていたので、「自分の書いた文に感激するという惚け現象」というのを書いた。

 今回またまたランクインしているのでおどろいた。でもこれはアクセス解析ですぐに原因がわかった。どなたかがFacebookでここをリンクしたらしい。だって今ここを読みに来ているひとのすべてがFacebookから来ている(笑)。
 どなたがどんなふうにリンクしてくれたのか見に行きたいが私はFacebookに参加していないので行けない。
 
  1. 2011/12/13(火) 20:03:38|
  2. テレビ
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野田聖子ファイルへのアクセス集中

なんだか異様にアクセスが多い。内柴問題の流れかと思った。時節柄そう考えるのは自然だ。するとそうじゃなく、なぜかずいぶんと前に書いた「野田聖子のこどものこと」にアクセスが集中していた。野田の発言かなんかあったのか? 「徹子の部屋」「波瀾万丈」「金スマ」みたいな番組に野田がでたとか? 赤ん坊の具合が悪くなったとか? なぜいま野田聖子なのだろう。ちょっと不可解。気味が悪い。原因を知りたい。

アクセスが集中しているのはこれです。8月9日の文章。

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追記──12/14

どうやら、その後も野田は相変わらずの発言を続け、それをサイゾーというのが手厳しく批判したので(その視点は私と同じ)ネット上で話題になったらしい。そこからのアクセスと判明した。まあ来たのは基本的に私と同じ考えの人だから悪い意味ではないと解釈することにした。
  1. 2011/12/13(火) 16:05:14|
  2. 野田聖子
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「今年を漢字一文字で表す」という無意味

「今年一年を漢字一文字で表すと」という遊びは、誰がいつ始めたんだったか。まったく興味がない。なにより嫌いなのは、ここには「気味の悪い漢字讚歌」がある。いわゆる「人という字は、人と人がよりそって」とか「信じる者と書いて儲けるになる」とかの、武田鉄矢とかガッツ石松的なバカ要素が見える。私は「金八先生」とかを見て、したり顔でしゃべる連中を信じない。あんなもの、見たこともない。気味の悪い小山内脚本をまともに見られるはずがない。まあ裏番組の猪木を見ていただけなのだが(笑)。プロレス中継がなかったとしても、あるいはすでにビデオデッキをもっていたとしても、見なかったと断言できる。その後も見ていないし。

しかしこの手の話題が好きな人は多い。「今年を表す漢字一文字、自分だったらこれにする」と長々と書いたりする。他人の決めたそれを否定する。自分から切り口を作ることができない暗愚にとって、こういうテーマを与えるくれるものはありがたいのだろう。それに乗ればいいのだから誰でも遊べる。
興味はないがテレビを見なくてもホームページにしているiGoogleにその手のニュースが流れてくるから知りたくなくても知ってしまう。今年は「絆」なのだとか。
毎度思うのだが、これはどう考えても「きづな」だよなあ。「きずな」はおかしい。「つな」関係だろう。「すな」関係ではない。



こういうのって紅白歌合戦がくだらないと言いつつ出演者に一喜一憂しているのと同類だ。私はもう何十年も見たことがない。「絆」同様、今年は韓流枠があるとか、知りたくなくても知ってしまった。それを怒っているひとがいたけど見なきゃいいだけの話。フジテレビの悪口を延々と書いているひとを見ると、ほんとにフジテレビが好きなんだなあと感心する。愛と憎しみは表裏一体だ。好きじゃなきゃ悪口は言い続けられない。私はこのごろ<きっこさん>への愛情が薄れたのか、あまり書く気がしなくなってきた。

最後にレコード大賞を見たのはいつだったろう、橋幸夫の「霧氷」のころか。レコード売り上げ等、舟木一夫の「絶唱」で決まりだったのに、作詩の西条八十がピストル不法所持で問題となり、ダークホースの「霧氷」になったのだった。あのころからそういう関係ないことで左右されるくだらなさはあったんだなと今頃思う。今はもう出来レースなのは常識のようだが。いやさすがに「霧氷」が最後ってことはないか(笑)。ジュリーの「危険なふたり」とか尾崎紀世彦の「また会う日まで」あたりは見ていた気もする。

しかしそれにしてもGoogle日本語入力は人名に強い。芸能人は何でもでる。楽だなあ。



とか言いつつこんなことを書いていたら、それはそれでまた関わっていることになる。
将棋の名人位を挑戦者の升田八段は「名人なんてゴミだ」と言った。
むっとした名人の木村は聞き返す。「名人がゴミなら、君はなんだね?」
一拍おいて升田は言った。「ゴミにたかるハエだ」。

「今年を漢字一文字で表すと」や「紅白歌合戦出場歌手」というゴミにたかるハエになりたくないので、ここでもうやめる。ゴミにたかるハエよりは死にそこなった季節はずれの蚊のほうがまだいい。
  1. 2011/12/12(月) 23:16:38|
  2. 世相
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リコー杯第1期女流王座戦──奨励会1級・加藤桃子、女流王座に!──凛とした清水市代、清冽な加藤桃子の美!

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奨励会員の加藤が初代女流王座に 将棋リコー杯

3勝2敗で清水六段を破る将棋の第1期リコー杯女流王座戦(特別協力・日本経済新聞社)の五番勝負第5局が12日、東京都渋谷区の将棋会館で指され、先手の加藤桃子奨励会1級(16)が清水市代女流六段を破り、対戦成績3勝2敗で初代女流王座を獲得した。女流棋士資格を持たない奨励会員が女流タイトルホルダーとなるのは初めて。
日本経済新聞 18時5分。

棋譜は清水が投了し、加藤が初代女流王座に着いた瞬間。

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五番勝負。第一局は10月22日。加藤桃子を応援していた。2勝1敗とリードしたとき、4戦目の12月6日に決めてしまえと願ったが、有利な将棋を、歩の打ち所をまちがえて逆転負けした。5六歩と控えて打てば完勝だった。それによって即詰みに討ちとらねばならなくなった。詰まなかった。今日は2勝2敗からの決勝戦。泣いても笑っても今日で決まる。緊張した。私が緊張してもしょうがないが(笑)。



私は羽生を応援している。二十代の渡辺に負けたときは落胆した。谷川の復活を願っている。イチローの200本安打記録が途絶えたのを嘆き、なんとか武豊の24年連続GⅠ勝利記録が達成されないかと祈っている。
そういう保守派?としては、羽生と同世代の最強女流棋士として長年棋界に君臨してきて、ここのところ立て続けに〝出雲の稲妻〟里見香奈に敗れて無冠になってしまった清水市代を応援するのが筋だろう。

清水は無冠になったとはいえ今年も、倉敷藤花戦の挑戦者になり(里見に2連敗で敗れる)、年明けから始まる女流名人戦も挑戦者決定リーグ9戦全勝で挑戦者になっている。元々は全冠保持していて「女羽生」と言われた最強女流棋士だ。ここのところの失冠は、いわば「2着続きのブエナビスタ」みたいなもので、本来なら私は清水を応援せねばならない。



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これは将棋史上に残る美しい傑作ポスターだ。凛とした清水、清冽な加藤。和服の清水のりりしさ、加藤の少女らしいふくよかさ。これぞ大和撫子、究極の美。世界に誇れる完成度。将棋ファンすべての誇り。すばらしい!



ましてこのリコー杯は、今回が創設されての第一期。優勝賞金は女流最高の500万円(マイナビ女子オープンと同額)。第一期なのでトーナメント戦。勝ち上がったふたりの決勝戦が女流王座を決める5番勝負になる。最強清水の復活の舞台として最高ではないか。いつもなら清水を応援したろう。



が、加藤桃子の魅力はそれをしのいでいた。
現在、奨励会1級。だいたい女子は3級ぐらいで頭打ちになる。日本中の将棋の天才が集う奨励会で、ここまで来るだけでたいしたものなのだ。女子としては図抜けている。

3級ぐらいで頭打ちになった女子は、奨励会を退会し「女流」になる。男子に混じって指す奨励会出身は3級ぐらいでも女流としてはトップクラスだ。すぐにタイトル戦に絡み、タイトルを奪取したりする。それは過去にも千葉や矢内が証明している。そもそも初代女流名人の蛸島さんも奨励会出身だ。林葉も中井も奨励会に在籍していた。タコちゃんだけさんづけしてしまった(笑)。しょうがない、別格だ。

一方、奨励会とは関わらず純粋に女流としての道を歩み、最強の座についたのが清水になる。高校生の頃からつよいひとだったが、このひとは純粋なアマチュア出身だ。眼鏡を掛けていた高校生時代の清水をよく覚えている。
林葉、中井と三強と呼ばれていたが、いつしか一強になっていた。獲得タイトル数は群を抜いている。これはこれで「奨励会出身(=退会者)ではないという誇り」をもっていることだろう。

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いま女流棋士最強の里見は、逆に女流の枠を飛び出して奨励会に挑戦した。これも立派だった。女流として栄誉栄華の中にいるのに、女子として初のプロ棋士(奨励会三段リーグを勝ち抜いて四段になったものだけに与えられる称号)に挑むべく19歳で奨励会1級試験に挑んだのだ。奨励会2級の連中との勝負での勝ち越しが合格ラインだった。その相手の中に16歳の加藤桃子2級もいた。

里見は18歳で女流三冠を達成したヒロインだった。日本将棋連盟機関誌の『将棋世界』でもカラーグラビアで扱われている。男子高段者との特別対局も組まれたりしている。
奨励会とは無給の棋士養成所である。華やかな女流三冠とは対照的な場だ。そこで加藤は腕を磨いている。女として初のプロ棋士になるために。

その自分たちの研鑽の場に、女流三冠が降りてくる。敢えてその場に挑んでくる里見も立派だが、迎え撃つ加藤も燃えていたろう。自分は奨励会の一員なのだと。自分には「女流」という肩書きはないのだと。

里見の奨励会1級合格条件は、2級の3人と指し、2勝することだった。里見は2勝1敗で合格し、奨励会1級となる。このとき里見に唯一土をつけたのが加藤桃子2級だった。後述する伊藤沙恵は里見に敗れている。

今回の奨励会員加藤桃子の王座戦登場も里見が作ったもの、とも言える。
林葉直子を始め、女流棋戦を盛りあげるため奨励会と女流のかけもちを許されたものも過去に何人かいた。しかし弊害もあり禁止された。
それが今回、里見三冠の女流と奨励会かけもちを認めるという特例措置から、その他の会員にも全面的に認める、ということになった。これがなければ加藤と伊藤の活躍はありえなかった。



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加藤桃子は父親から将棋の手ほどきを受けている。父は高校教諭。将棋部の指導をしていた。こどものとき、一時奨励会に在籍している。母もアマチュア女流名人戦に出場したほどの強豪だ。父母は将棋を通して知り合い結婚した。そして生まれてきた桃子は英才教育を受ける。すぐに才能を発揮して、父の夢を叶えるため小学校6年の時、奨励会に入る。

その父が、3年前、桃子が13歳の時に急逝した。51歳だった。女流に転向すれば華やかにやって行けるだろうに、桃子はプロ棋士の四段になることにこだわる。「お父さんとの約束だから」。応援せずにいられるか。



今年から規約が変わり、「奨励会在籍の女子は女流棋戦に出場できる」とされた。当然のごとく加藤桃子と、同じく1級に在籍しているライバルの伊藤沙恵は女流棋士を破って勝ち上がっていった。準決勝でふたりは対戦した。トーナメント組み合わせによっては十分に加藤と伊藤の決勝戦もありえた。ヒロインになっていたのは伊藤かも知れない。
(ここまですべて人名を変換できたGoogle日本語入力が「いとうさえ」だけ正しく変換出来なかった。残念。がんばれ伊藤沙恵、もっとメジャーになれ。)

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初戦で、女流王将だった千葉四段を破る。千葉もかつては奨励会に所属していた。二回戦で、里見三冠を破った岩根二段を破る。岩根もかつて奨励会に所属して1級まで昇進している。これは女子の最高記録になる。
この時点での加藤も伊藤もまだ2級。このあとの奨励会の成績で1級に昇級する。

女流棋界の錚々たるメンバーが揃っている。このトーナメントは「本戦トーナメント」である。この前に一次トーナメント、二次トーナメントがあった。タイトル保有者や清水、中井、矢内のような実績のある棋士はみな二次トーナメントから。加藤や伊藤はアマ代表も参加している一次トートナメントから勝ちあがってきた。
そのふたりが準決勝でぶつかっている。ここまで奨励会におけるふたりの戦績は加藤の5勝4敗。ここで勝って6勝4敗となる。
これらを見れば、いかに加藤がいま充実しているかが解る。本物なのだ。偶然やシンデレラガールなのではない。



現在女流将棋界は里見の一強時代だ。清水は勝ちまくっているが、どうしても里見には勝てない。これは大山が全棋士に強いのに中原にだけは勝てず中原時代になってしまったのと似ている。だからもう清水時代の復活はないのだろう。むしろ40代になりながらあれだけ勝ちまくっていることに感動する。

里見以外のタイトルホルダーには、マイナビ女子オープンと女流王位の二冠を保持していた甲斐智美がいる。これはともに清水から奪ったものだ。清水がタイトルを独占していたから清水を負かせるようになればタイトルに手が届いた。その甲斐から女子オープンのタイトルを奪った上田初美がいる。清水が復権するとしたらこのあたりだろう。上田は清水との対戦成績は圧倒的に悪い。だが清水は里見には勝てない。いや来年早々女流名人戦が始まるのにこんなことをいま言っては失礼か。

私は里見の将棋が好きだ。男っぽい力将棋だ。ゴキゲン中飛車での攻めにはぞくぞくする。それでいて、ふっと手を戻したりする。そのへんの距離感が女流では抜けているように思う。これからさらに強くなるだろう。



その里見に勝てる逸材が登場した。加藤桃子だ。これまた男っぽい。ゴリゴリ音がするような攻めをしたかと思うと、詰みなしと読みきって相手に手を渡したりする。今日の決勝戦も最後はそれになった。盤にかぶさるようにして躰を揺らしての長考など、とても16歳の娘には見えない。同じ加藤だから一二三さんの系列か(笑)。

里見も一強時代はつまらないだろう。奨励会入会試験でも敗れた真のライバルが檜舞台に登場してきたのだ。ふたりが争うタイトル戦もそのうち実現する。
でも加藤の狙うのは女流のタイトルではない。父の夢だったプロ棋士だ。女子としてまだ奨励会で段持ちになったのはいない。加藤桃子と伊藤沙恵はいま、手の届く所まで来ている。

これまで奨励会で1級まで進んだ女子は、蛸島彰子、岩根忍、甲斐智美のみだった。林葉、中井、矢内、千葉(旧姓・碓井)らも届いていない。その3人はみな女流に転身した。女子から初のプロ棋士という夢は、加藤、伊藤、そして転入してきた里見の3人にかかっている。

亡き父の夢を叶えるまでの道は遠い。果たしてどこまで登れるか。女流での成績とは関係なく、奨励会員として応援してゆきたい。
今夜は、天国のお父さんもよろこんでいるだろう。お母さんもうれしいだろうなあ。娘が頂点に立ったのだ。
おめでとう。ますますの活躍を!

女子の奨励会における最高クラスは、蛸島彰子が優遇措置を受けて初段になっているが、厳密には最高位は1級である。私はそう解釈している。よって「女子で初段まであがった者はいない」とした。

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追記・──上記、「お父さんとの約束」と書いたが、この16歳の娘さんは今回の王座戦での記者会見では、きちんと「父との約束ですから」と「父」と言っている。礼儀正しく言葉遣いがしっかりしているのを複数のひとが誉めていた。育ちがよいのだ。亡き父の薫陶か。
現在は静岡県で暮らす母と離れ、母の実家の東京で祖母とのふたり暮らし。高校は通信制で日中は将棋の勉強に没頭している。一緒に暮らすおばあちゃんも今回の優勝はうれしかったことだろう。

リコーは長年将棋普及に熱心な会社だった。学生強豪も数多く入社している。今回初めて自社の冠をつけた棋戦を作ったのだが、あれだけの社会人強豪チームを擁する会社としては遅すぎるぐらいだった。第一期の女流王座にふさわしいひとを得たと思う。望ましい大団円だ。



追記・2──12月13日。今日はさすがにニューヒロイン誕生ということで多くの紙がこのことを報じていた。サンスポでは競馬に強い同紙らしく、デビューから2戦目でG1を勝ったジョワドヴィーヴルに掛けて「強い乙女」を強調していたが、将棋ファンに伝わったかどうか(笑)。



追記・3──女流棋界の現状──2012/1/6

無給の奨励会と対比する文章の綾で「華やかな女流棋界」のようになっているので補足。
女流棋界はたいへんな世界である。対局料が安く、対局数そのものがすくない。対局から得る収入は年に30万円から50万円という女流棋士はざらだ。普及のためのイベントに出て稼いだり、親掛かりのひとも多い。年収1千万以上になるのはタイトルを複数所持する里見三冠クラスのみ。
その辺はわかって書いているのだが、なんとなく客観的に読むと、やたら女流棋界を華やかな世界とかんちがいしているヤツが書いているような気がしたので(笑)蛇足ながら。
  1. 2011/12/12(月) 20:30:13|
  2. 将棋
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続続《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》──デヴィ夫人の意見─賛成して削除された開業医のブログ文章

 いま10:16。前記「開業医ブログ」の記事が削除されたことを確認しました。今朝の7時、8時にはありましたから、消されてすぐですね。私の前文のリンクをクリックすると、白紙のページが出て来ます。批判のコメントが寄せられることに脅えたのでしょう。でも私が見た時点で9件であり、長文のきちんとしたものが6件、くだらない汚いことばのものが3件でした。さほど脅えるほどのものとも思えませんでしたが……。
 そういう商売をしていて、デヴィ夫人の意見に賛成したりしたら、そうなるのは目に見えていたことでした。このひとはネットの怖さを知らなかったのでしょう。これはこれで勉強です。あまりに当然すぎる結末と言えます。

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 いま16:13。
 今朝書きこんだときは、この開業医をブログ初心者と思っていたのですが、昼の書きこみを見てヴェテランだと知ります。

 昼休みに「炎上?」と題して、今回の件に関する感想が書きこまれました。

 私はこの開業医のかたの意見に賛成です。でもデヴィ夫人の文章の全文引用は安易でした。この今日書かれた文章でもデヴィ夫人を「デ○ィ夫人」と一文字だけ伏せています。このことに何の意味があるでしょう。こういう姿勢は、攻撃するひとを益々攻撃的にさせるだけです。お医者さんとしてはかなり無神経と言えるでしょう。いや、医者って無神経なのかな? そういえば、私もネット関係で医者から見当違いの抗議を受けたことがありました。それがもうほんとにバカとしか言いようのない見当違いでした。そのいきさつはこのブログにも書きました。「名札をぶらさげたおとな

 この開業医は、引用の責任を取り、デヴィ夫人とそのままで書くか、あるいは完全に伏せるべきであり、一文字だけの伏せ字は、いわゆる「コバカにしている」になります。なんかこのひとの感覚がわかりません。



 また、ひとにはいろんな意見があるのだから大目に見て欲しいと書きつつ、そのあとに「私もあんまり書き込まれたコメントよく読んでません」と書いています。これもひどいです。私は第三者ながらこのブログに書きこまれた9件の批判コメントを叮嚀に読みました。内柴容疑者を断罪するのはまだ早いと発言した石原都知事を支持するとブログに書いたので、内柴容疑者を擁護したデヴィ夫人を肯定するひとのブログに寄せられた批判も読むべきと判断したからです。セカンドレイプということばが乱発されての開業医批判の文章は、あまりに攻撃的で愉快な文章ではありませんでした。でもみなきちんと読みました。

 なのにこの開業医は、自分のブログに寄せられた批判コメントを「よく読んでません」と言い、自分の文も、それらのコメントもみな削除してしまった(読めないようにしてしまった)のですね。あまりにやっていることが雑です。こういうひとが名医とは思えません。批判コメントには「こういう医者にはかかりたくない」というのもあり、そのときは「なにもそこまで」と思いましたが、今は私もそういう気分です。

 リンクした「炎上?」という文章にこういう箇所があります。

サービス業なんて言われる医療業界。

職員にも

「患者さんを不快にさせたら、こっちが正しいと思っていても、不快にさせたことに対しては陳謝しなさい。」

と教育しています。(中略)

医者なのに…っていう的を得ていない書き込みもありましたが、医者も人間です。


 医者も人間であり誤診や手術の失敗もあるでしょう。大事なのはそのあとの処置であり姿勢です。文章もコメントもいきなり削除して、その後のこの文章を読んでいると、どうにもこの開業医の姿勢には納得できません。その文章を削除したら、関係ない他のところにコメントが書きこまれたとかで、投稿できないように設定を変えていました。なんだか支持したことが(いやかってにしたんですけどね)恥ずかしくなってきました。あまりにベタなので触れたくないですが、「的を得ていない」は意味不明の誤字ですね。「当を得る・的を射る」です。このことからもあまり頭のいい医者ではないとわかります。

 上記引用のように「こっちが正しいと思っていても、不快にさせたことに対しては陳謝しなさい」と本当に思っているのなら、「みなさんから寄せられた貴重なコメントをよく読んでみました。そして思ったのですが」と書けばいいでしょう。なんで「私もあんまり書き込まれたコメントよく読んでません」と正直に書くのか(笑)。おそらくこのひとが指導している職員が陳謝しても謝られた相手は納得していないでしょう。それが形式的な陳謝であり内心では「こっちが正しい」と思っているのが見えるからです。杜撰だなあ。書けば書くほどボロが出る、というパターン。医者ってのは知れば知るほどがっかりする。

 あまりに安易な姿勢からブログ初心者かと思ったら、文から推測するに十年以上やっているヴェテランです。  十年前にも炎上したとの文があります。鹿児島の田舎の医者ブログなのでさほど批判されずにすんできたのでしょう。



 削除された元文を保存しているので掲載するのは簡単ですが、じつのところ中身はありません。デヴィ夫人の文章の全文引用に、冒頭にほんのすこし、末尾にほんのすこしを附け足しただけで何も書いてないのと同意です。

冒頭にあった文。

特に普段は芸能人のブログを眺めることはしないんですが・・・

ニュース関連でデヴィ夫人のブログにたどり着いたらナイスなコメントが!

http://ameblo.jp/dewisukarno/

そこで12月7日の内容です。

タイトルは

「内柴選手を なぜ 逮捕する?  私は 彼の味方をする! 」

***以下は全文です。***


この後デヴィ夫人の全文が引用され、そのあとに以下の文が書き足されます。

さすがデヴィ夫人!

男の私が書けない視点から

女性が書くから重みがあるコメント!


 まあ、デヴィ夫人の文章を全文引用しただけで、なにも書いてないのと同じなのですが、たったこれだけで「炎上」するのだから、ネット世界は怖いです。というか異常です。デヴィ夫人の意見に反発するひとが駆けつけたのでしょう。でもたった9件だったんですけどね。



 いまデヴィ夫人のブログを覗いたのですが、問題となった文が見えません。削除したのでしょうか? でもこれは社会的に話題になったものですから、限りなくコピーがあるでしょう。私も持っています。

代わりに読者からの意見が特集されていました。それは12月7日12月8日の項目にあります。

 これはこれで意義のある応答だと思います。



 昨今、痴漢冤罪が多発しています。私などこわくて満員電車に乗れないほどです。若くて美しい女性にさえないおっさんが痴漢よと騒がれたらまず終りです。

 内柴容疑者の女癖が悪かったのは事実のようです。おそらく「合意の上」で関係を持った女は複数いたのでしょう。それは妻子ある指導者として人倫から外れています。でも今回の件が「準強姦罪」に該当するのかどうかはまだ籔の中ですし、非難は抑えるべきでしょう。

 この開業医の文章水準の低さには失望しましたが、デヴィ夫人のような意見を言ってくれるひとの存在は貴重だという意見に変りはありません。

============================================

 いま22:13。

 上記の「炎上?」という文章が削除されたようです。さらに調べると、ブログそのものを削除か停止したようですね。存在しなくなっています。医院の案内も外観の写真等を削除して住所と電話番号だけになっています。そんなにたいへんなことになったのでしょうか。
 9件のコメントの中には、「レイプを容認するということは、あんたの奥さんがレイプされても文句はないということだな」なんて脅しも入っていました。いやな時代です。でもそれもまたお気楽にこどもの写真をアップしたりする姿勢が原因とも言えそうです。
  1. 2011/12/12(月) 10:40:49|
  2. 石原慎太郎
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続《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》──デヴィ夫人の意見──賛同する開業医のブログ

 内柴容疑者を擁護した意見としてはデヴィ夫人がいちばん有名か。

 この意見を全文引用して、「ナイスなコメント。さすがはデヴィ夫人」とやった開業医がいた。
 そのひとのブログはここ。デヴィ夫人のブログにもリンクを張ろうと思ったが、上のブログが全文引用なので省略。

 このブログには9つの反対意見が寄せられている。賛成はひとつもない。
 2ちゃんねるの「芸スポ速報」板に《【柔道】石原都知事、内柴容疑者の表彰取り消しについて「もし無罪だったらどうするんだ」「一種の人権侵害」》というスレがある。ほとんどが石原都知事の発言を否定するものだ。中には「石原の意見は正論」のようなものも散見されるが大半は石原都知事の悪口である。

 そこにこの開業医のブログが取りあげられ批判されている。私はそれで知った。開業医は医院の場所や愛妻、幼い娘の動画などもアップしていて、それらもみなリンクで晒されていた。まだ平穏のようだが、今後いわゆる炎上から削除となる可能性もあろう。



 なんとも、もの言えば唇寒しの感だ。事実が解明されていないのだから、こういう意見もあってしかりだ。何故こうも直截的に否定に行くのだろう。まあブログという形で、この開業医も自分の意見を世間に問うているわけだから当然と言えば当然なのだが、幼い娘の動画をアップしたり、あまりに無防備なのではないか。

 さいわい私のこのブログは平穏なままだ。それはこの開業医がデヴィ夫人の「女の側に問題があったのではないか。私は内柴選手を信じる」という意見を全面的に支持しているのに対し、私の意見は、内柴容疑者を支持したのではなく、内柴容疑者の断罪をするのはまだ時期尚早とした「石原都知事の姿勢を支持」だからであろう。

 開業医ブログには、「レイプというものがいかにひどいものであるか、あなたはその実態を知っているのか」というような意見が寄せられている。テーマは強姦であり、それを犯した男をおまえは擁護するのか、になっている。
同じように、もしも私のところに反対意見が来るとしたら、それは「おまえは石原都政をどう思うのだ」というようなものになるだろう。開業医ブログと私のブログでは、そもそものテーマが異なっている。



 デヴィ夫人の意見をまとめると、「女の側にも油断、問題があったのではないか」になる。
 これも一理ある。未成年者に酒を飲ました時点で内柴は指導者として問題になるわけだが、しかしそれは二人きりの場で、酒を飲めない人間に無理矢理飲ませたのではない。7人での会食だった。すくなくともその女は、飲めません飲めませんと拒んだのに、無理矢理顔を抑えつけられ、口を開けさせられて、酒を流しこまれたのではない。そのあとみんなでカラオケに行くのだから、自分の意思で酒を飲み、そこまではまともだったのだろう。

 デヴィ夫人の意見は多くの場で非難されているが、私はこういうことを言ってくれる彼女の存在は貴重だと思う。みんなが右というときに、ほんとに右でいいのかというひねくれ意見はそれなりに大切なのだ。

 今回「準強姦容疑」が問題になっているわけだが、一般にこれが適用されるのは、相手の知らないあいだに睡眠薬を飲ませて眠らせ、その間に……というパターンだろう。おそらく被害者となった娘は、18だというから、酒の飲み方もまだ知らず、弱く、酔ってしまい、送っていった(飲み潰れていたので背負っていった)内柴容疑者が送り狼になった、ということのようだ。そこで娘は必死に抵抗したが、酔っていて躰が動かず、というのが女側の言い分であり、「合意の上」とするのが内柴容疑者の言い分になる。それはもう本当に当事者でなければわからない世界になる。酩酊状態で必死に抵抗する娘を内柴容疑者が力尽くで抑えこんだのか、抱きついた内柴容疑者に娘の方も抱きついてきたのか。



 ということで思い出したことがあり、続きを書きたいのだが、時間がない。あとでまた書き足す。
  1. 2011/12/12(月) 07:52:11|
  2. 石原慎太郎
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《内柴正人容疑者に対する石原都知事の見解》を支持する──橋下当選YouTube報道の力

「逮捕されたといっても、これから裁判があり、無罪になるか有罪になるか分からない。表彰を取り下げるというのはフライングじゃないですか。もし無罪だったらどうするんだ」

準強姦容疑で逮捕、送検された柔道の五輪金メダリスト内柴正人容疑者。
熊本県が県民栄誉賞を取り消したほか、中川正春文部科学相もスポーツ功労者顕彰の取り消しを含めて検討を口にするなか、石原慎太郎知事はこんな見解を語った。
内柴容疑者には平成16年と20年に都栄誉賞が贈呈されている。

「都栄誉賞については」と尋ねる記者に、開口一番「なんだっていうんだ」と応じた石原知事。
「あなたがたがたきつけている。メディアは喜ぶかもしれないが、法治国家なんだから。一種の人権侵害じゃないですか」といさめた。


http://sankei.jp.msn.com/region/news/111210/tky11121018140002-n1.htm

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 内柴容疑者は、未成年の教え子に酒を飲ませた時点で指導者として失格になる。今後の焦点は彼の主張している「合意」の判断だが、妻帯者でありながらそういう「行為」があったことは認めており、この点からも道徳的に擁護はしがたい。

 ここにきて以前からの彼の女癖の悪さが連続的に報じられている。内柴は金メダリスト・石井慧の柔道に対する姿勢を前々から厳しく批判してきた。石井の側からすればオリンピック時に、同室の自分を追いだして女を部屋に連れこんだ非常識な内柴に言いたいことは山とあろう。彼の女癖の悪さは事実のようだ。

 また、窃盗と暴行で実兄が服役中であること。幼い頃に父母が離婚し、兄は母に、内柴は父に引き取られたこと。そのため、母方の姓を名乗っている兄と、父方の姓である内柴では苗字がちがうこと。内柴を引き取った実父は、その後も何度も結婚離婚を繰り返したので、内柴の母親は何人も変ったこと。それらの屈折した育ちによる性格の歪み、というようなマイナスイメージの情報も流出している。オリンピックで連続金メダルをとった英雄の堕ちた姿として、世は内柴批判一色だ。



 だが、それでも、いやだからこそ、今の時点で一斉に内柴容疑者を断罪し、与えた賞を取消しに走るのは早計と思う。熊本県等の対処を急ぎすぎていると感じていたので、都知事のこの意見には納得した。私は石原都知事の見解を断固支持する。

 今までの女癖の悪さ、未成年に飲酒を勧めたこと、妻帯していながらそういう行為があったこと、それらの状況から彼は限りなく真っ黒にちかい灰色である。だが、「真っ黒」という断定までは、もうすこし間があってもいい。
 そう断定し、突き放し、火の粉が自分に降り掛かってこないようにするほうが、立場のある人は楽だ。自分が汚れないために汚れたものを遠ざける。地位のあるひとはみなそうする。政治家は特にそうだ。熊本県の処置の早さもこれと同じ。

 都知事の発言は、都知事という立場からも、このことによってこれから逆境に立つ可能性を含んでいるのに、侠気のある発言だ。
 ブログや掲示板には「これだけ状況証拠が揃っているのに、ジジー、惚けたのか」というような石原批判の書きこみが目立つ。それもまたそれで真っ当な意見であろう。なにしろ「限りなく真っ黒に近い灰色」なのだ。これを庇うのはひねくれ者だ。みなと一緒に引かれ者に石をぶつけるほうが楽に決まっている。
 都知事も若いときだったらもうすこし安全な発言をしたかも知れない。だがいま、日本に缺けている「正当な頑固爺」として、メディアの誘導尋問を正面から弾きかえして見せた。その存在をうれしく思う。
 そのうち内柴が完全に黒となったら、それこそ鬼の首でも取ったようにアンチ石原は騒ぎたてるだろう。それでもいい。今この時点でこの発言をした石原都知事の姿勢を私は支持する。


 
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 都知事の意見を新聞で知ったとしても私の感想に変りはなかったが、偶然点けたMXテレビでリアルタイムで見ることが出来た。文字と映像では印象が異なる。「質問する記者と都知事のやりとりの雰囲気」を自分の目と耳で確認できたことは大きかった。
 アナログ放送が終了した7月24日からつい先日までテレビのない生活をしていた。それ以前も今の住まいではMXテレビは映らなかった。品川に住んでいたころは見られて馴染んでいたから、この定例都知事会見と、大レースのときにある大井競馬中継は見たいと思っていた。

 11月6日に地デジチューナーを繋ぎテレビのある生活に復帰した。するとMXテレビが映るようになった。それがうれしくて(笑)たまにMXテレビを点けて見たりする。健康食品の通販みたいなのばかり流していて、すぐに消してしまうのだが、今回はそういう気まぐれが役立った。都知事の定例会見は「毎週金曜日15時から16時」のようだ。私がたまたま点けたのはこの時間だったらしい。



 質問した記者は、都知事に、内柴批判と、それに賞を与えた反省を口にをさせようとしていた。

 こういうのに簡単に乗ってしまう政治家もいる。たとえば鳩山弟だ。地デジ化のCMキャラに起用していた草磲剛が夜の公園で酔って裸になり大声を出した。その翌日、詳しい事情も知らないまま記者の挑発に乗り、「メチャクチャな怒りを感じる。最低の人間だ。絶対に許さない」とテレビカメラに向かって発言した。

 これもリアルタイムの映像で見た。その瞬間、短慮だと感じた。私は草磲になんの興味もないけれど、ストレスの溜まった三十男が深夜、酔って公園で裸になり高歌放吟したという、その程度の事件であることはすぐに分かった。それを大臣という地位にあるひとが、テレビ画面で全国に向けて「絶対に許さない」はないだろう。なんとも底の浅い男だと呆れた。これで東大首席卒業なのだとか。あそこで一拍ためられない男に政治家の資格はない。これじゃ直情径行のチンピラである。ヤクザでも親分にはなれない。

 内柴のことを問うた記者には、都民栄誉賞を与えた都知事の責任を追求しようという気配が見えた。敵対しているアサヒなのかどうか知らないが。それこそが真の狙いだ。口の悪い都知事だから、鳩山弟のように「すぐに取り消す、最低の男だ、あんなのに都民栄誉賞をやったのは失敗だった」ぐらい言わせたかったのだろう。

 しかしそれに対して都知事は一喝するかのごとく前記のような応答をした。記者はぐうの音も出なかった。まことに痛快である。これは見ていないとわからない。紙面からはそこまでは読めない。リアルタイムで見る映像の力をあらためて知った。
 
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●橋下当選を報じたYoutube

 11月27日。大阪の橋下当選を私はYoutubeの生放送で見た。午後8時から。
 橋下が会場に到着したのは8時40分ぐらいだった。
 そこにはアンチ橋下のマスコミもいっぱいいる。そこから3時間続く質問には橋下支持者なら不快になるような色々なパターンがあった。

 午後10時からフジテレビの報道番組を見た。宮根のやっているやつだ。2時間の時間差があるから、会場での質疑応答を編集して流した。テレビ局がいかに自分たちの都合のいいように番組を作るかがわかる。なるほど、あの質問は切って、この質問を流すのか、のように、すべてをそのまま流していたYouTubeを見ていたから、フジの作為が見えた。あらかじめ用意された選挙戦の映像では、演説する橋下に野次を飛ばす聴衆を何人も映し、平松のほうは、演説のあとに路上のゴミ拾いをする後ろ姿を映し「いいひと」を演出していた。それは後日のワイドショー等でも同じ。まあ怒ると言うより作為が露骨すぎて笑えたが。



●総理退任時の佐藤栄作

 佐藤栄作は首相を辞めるとき新聞記者と対立した。あんたらの書くことは信用出来ないと溜りに溜まっていた憤懣を口にした。新聞記者も反発して全員退席する。この辺もNHKは映していた。会場から記者が退席していく様子を覚えている。佐藤は誰もいない会場から、テレビカメラに向かってしゃべった。国民への挨拶として、それが佐藤の撰んだ手法だった。

 翌日、新聞は佐藤をボロクソに書いた。当時私はアサヒシンブンを読む「どちらかと言えばヒダリ」の大学生だったが、それを通りこして、佐藤の感覚を支持した。発言は、切り口と構成でいじられる。そこに新聞記者の意見が加えられる。マスコミが輿論を作るのだ。佐藤の怒りはもっともだと思った。8年も我慢してきたのだから、最後の最後はあれをやりたかったのだろう。



 あれから幾星霜。テレビカメラもまたノーカットでやってくれない限り大嘘となった。新聞と同じじ都合のいいように編集される。前後をカットし、一部を取り出し、そこを何度も繰り返せば、イメージ操作などたやすい。
 しかしここに心強い味方としてネット配信が現れた。編集することなく、ただそのままを流してくれる。新聞雑誌の報道にうんざりしていた小沢一郎がそこに走ったのは自然な流れだった。(私は小沢大嫌いです。念のため。)

 今後ますますこの流れは拡大する。

 橋下当選の日にYouTube生放送がなかったら、私はあちこちのワイドショーを見て、あれを足し、これを引き、自分の考えをまとめねばならなかった。だが嘘偽りのないノーカットの映像を2時間も見られたから、意図的に編集されたワイドショーなどもう見る必要がなかった。あたらしい時代になっている。泉下の佐藤栄作は羨んでいることだろう。佐藤がいまの時代の政治家だったら、新聞を無視して、インターネットの映像で直接国民に語り掛けていた。

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【メモ】──泉下(せんか)

 Google日本語入力では「泉下(せんか)」が出なかった。Google検索で使われるコトバから辞書を作っているから、使うひとがいないのだろうとこれは納得。ところがATOKでも出ないので困る。「もしかしてそんなコトバはないのか」と不安になる(笑)。広辞苑を引いたらしっかり載っていたので安心。「あの世のこと」である。
  1. 2011/12/11(日) 11:07:36|
  2. 橋下徹
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パソコン冬支度──背景はたき火──たき火への想い

デュアルディスプレイの背景を写真の「たき火」にした。冬支度である。

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これを23インチ2面で赤々と燃やしていると、寒い朝は手を翳したくなる。
だいたい午後9時就寝午前3時起床の生活なので、真冬の朝はかなり冷えこむ。私は全体暖房をしない。こたつの部分暖房だけだ。ホットカーペットも贅沢と自粛。でもデスクトップ機のある机の下に小型の電気ヒーターは置いている。さすがに真冬の明け方は、これがないと寒い。厚着をすれば上半身はなんとかなるが足もとの冷えはいかんともしがたい。
足もとを温めてもキイボードを打つ手は悴む。そんなとき、手を擦りつつ、ディスプレイのこの絵に手を翳す。



夏場の背景は逆にこんなのを使う。クーラーのない猛暑の日々なので、この寒々とした雪景色で、せめてもの涼を願う。

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そんなものに何か効果があるのかと問われたら、それはまあないと言うしかない。たき火背景のディスプレイに手を翳しても暖かくはない。わたしとしては、こんなことが好きなんです、と、ついでに、こんなことが好きな自分が好きなんです、と「恥ずかしながら(by 横井庄一)」応えるだけだ。

真冬の朝、悴む指を、フルタワーの自作機のほんのりと暖かいハードディスクに乗せて暖を取ったりするのが好きだ。なんか、たのしい。夏場は不快なハードディスクの発熱も、冬場はいとしくなる。

1月から2月、あまりに寒い朝、しんぼうたまらんとガスファンヒーターを点ける。あっというまに春のようになる。すると、「いかんいかん、こんなことをしてはいかん」という感覚が芽ばえ、急いで消す。私のようなカスが、そんな贅沢な環境にいてはならないという戒めの意識は強い。

これから真冬を迎えるにあたり、室内で厚着をして、暖房はこたつだけ、といういつもの生活予定に不満はない。むかし、品川時代、ガスストーブで春のような室温にし、冷えたビールやアイスクリームを愉しんだ真冬もあった。それは私にそういう資格があったからだ。今の私にそれはない。今年もホットカーペットとガスファンヒーターは厳禁としよう。



18まで田舎で育ち、そこから東京に出た。40過ぎに老齢の父母の面倒を見るために田舎にもどった。東京のアパートは借りたままの二重生活であり、年の半分は外国だったから威張れたものではないのだが、私なりに父母の世話をした自負はある。
50を過ぎて、二親を見送り、また東京に戻った。

こどものころから、とにかくもう大嫌いな田舎であり、親のいなくなったいま、思い出すことすら忌わしいが、いまも唯一いとしいものがある。たき火だ。田舎の没落地主によくあるように私の家の周囲の土地は我が家のものだった。時節がらみな休耕田である。その広々とした田んぼの真ん中でたき火をした。冬の夕暮れ、倦きることなく、一時間も二時間も火を見つめていた。夏場もやった。真夏、汗だくになりながら炎を見つめていた。炎は何故にあれほどひとを惹きつけるのだろう。

いまもそれに対する熱烈な憧憬がある。
たき火をしたい。

たとえば「本」の焼却。何十冊もの本を紐で縛って収集のゴミに出すのと、一冊ずつ焼くのでは感覚が異なる。
それなりの理由があって廃棄すると決めた本を、一冊ずつ燃やし、灰になって行くのを見つめるのは趣がある。

私にもういちど「たき火」の愉悦は訪れるのだろうか。
ディスプレイで、赤々と燃える火を見つめながら、そんなことを考えた。

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【附記】──たき火のかたち

こういうことを書いたあと、敢えてひとに嫌われる附記を書くのは愚かなことですが、ただきっと発生する誤解だと想うので念のために書いておくと、都会のちいさな建売住宅の庭での「たき火」と、私の願っている「たき火」は違います。それは主張させてもらいます。この文を読んで、「あ、このひと、たき火が出来ないんだ。ウチはできるもんね」と思う人がいるかもしれませんがそれは勘違いです。私の好きなのは、そういうのよりはもうすこし豪快なものになります。
  1. 2011/12/09(金) 05:05:16|
  2. 生活
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「将棋の日」の思い出──「がんばろう岩手!」の将棋の日

 徳川幕府八代将軍徳川吉宗が「お城将棋の日」を11月17日に定めたことを受けて、日本将棋連盟は11月17日を「将棋の日」として毎年イベントを行っている。今年で37回目を迎えた。

 第1回将棋の日は昭和50(1975)年11月17日に大相撲の本拠地である蔵前国技館で開催された。メインイベントは土俵上で行われた大山・中原の対局である。土俵の上で、読賣主催の十段戦(今の竜王戦の前身)の対局が行われた。
 江戸時代の「将棋の日」の11月17日は旧暦だから、今とはほぼ1ヵ月ずれる。12月のもっと寒いころだった。
将軍の前で、時の名人の対局が行われた。

 徳川家は神君家康公からして将棋が好きだった。その中でも第十代将軍の家治の棋力がずばぬけている。棋譜は嘘をつかないから家治が強かったことはたしかだ。

 江戸城なんて寒かったろうなあ。広々とした空間で暖房器具は火鉢だけである。天守閣なんて震え上がるほどだったろう。江戸時代の将軍より今の庶民のほうがずっと贅沢だ。
 将棋のすばらしさは、すでにこの時期に今と同じ形ができあがっていたことだ。当時の名局・名棋譜は、今も同じ価値を持ち、尊重されている。詰将棋の名作もすでにこの時期に完成されている。



 私はこの昭和50年に蔵前国技館で開催された第1回将棋の日に出かけている。入場無料だった。入場者全員に白い紙袋入りの黒のボールペンがプレゼントされた。白文字で「第1回将棋の日」と入っていた。その後、10年間ぐらいは大事にもっていたのだが、今は手元にない。残念だ。まあ当時としても、いかにも安物の貧相なプラスチックボールペンであり落ちてても拾わない程度の品ではあった。文房具好きの私は使うに値せずと一度も使っていない。でも9千人ちかい入場者全員に無料でプレゼントしたのだから将棋連盟はがんばった。この8700人というのは将棋連盟の発表なのだが、そんなにいたかなあ。ちょっと水増しっぽい。



 昭和50年はカブラヤオーが皐月賞、ダービーを制し、牝馬はテスコガビーが桜花賞、菊花賞を制した思い出深い年だった。
 この年、私は初めて大阪の地を踏んでいる。枚方だ。当時は「ひらかた」を知らず行くまで「まいかた」だと思っていた。春休みの土方バイト。道路工事。しかしよく考えてみると、たかが道路工事になんで東京から派遣されたのだろう。地元がやればいいだろうに。利権なのか? ともあれそれで「スチャラカ社員」「てなもんや三度笠」を見て憧れていた大阪の地を踏めたのだからありがたい。桜の花びらが舞う枚方の街頭テレビで見た「後ろからはなあんにも来ない!──テスコガビーのぶっちぎり桜花賞」は忘れがたい。それってもう4月半ばだ。新学期は始まっている。なのにそんなことをしていたのだから留年して当然である。

 蔵前国技館は後に取り壊され、昭和60(1985)年からは新築の両国国技館になる。大相撲といえばお江戸のころから両国だし、こちらのほうが本筋だろう。今では国技館といえば誰だって「両国」である。でも私は★1父のために徹夜で並んで大相撲の切符を買ったり、この「将棋の日」に出かけたり、猪木のプロレスを見に行ったりしたのがみな「蔵前」なので、国技館といえば両国より蔵前の印象が強い。



 「将棋の日」は、その後の何年間かは律儀に「11月17日」を厳守したが、当然のごとくそれは平日が多かったから、そうそう来られる将棋ファンばかりではない。やがて「その前後の日曜日」に開催されるようになった。開催場所も毎年異なった全国の都市になってゆく。いつしか「11月17日の将棋の日」は、「だいたい11月の第三日曜日のあたり」というあやふやなものになってしまった。これは競馬の「春の天皇賞」が、曜日を問わず昭和天皇の誕生日である4月29日に行われていたのに、崩御のあと、4月最終週だったり5月1週だったり、「そのあたりの日曜日」になってしまったのと似ている。

 今年で37回目だが、私は第1回目しか行っていない。1回目に行ったのは自慢だが1回しか行ってないのは恥ずかしくもある。★2理由は明白だ。



 「将棋の日」に関して特筆しておくべきことは当時の大山康晴将棋連盟会長の尽力だろう。現在の東西の将棋会館建設も、この「将棋の日」も大山会長の獅子奮迅の活躍があって実現したものだ。もちろん大山会長ひとりの実績ではなく、懐刀の丸田を始めとするその他の棋士もみなご苦労しているわけだが、将棋会館建設のための寄附募りなどは大山会長が足繁く名だたる会社の社長クラスを訪問しての寄附要請という実績抜きには語れない。
 大山は実績は歴代一位だが、棋士としての人気は兄弟子でありライバルだった升田幸三に敵わなかった。今も羽生を始め多くの棋士が「もしも叶うなら」と夢の対戦を願うのは升田がダントツだ。いかに秀でた感覚の棋士であったことか。私ごときでも升田の棋譜には心躍るものが多い。なんという異能感覚の優れた棋士なのだろうと感嘆する。
 それと比すと大山は最強ではあるが地味だった。だが、だからこそ、将棋連盟の一大イベントとしてすっかり定着したこの「将棋の日」のために奔走した大山の名を覚えておきたい。升田は「一棋士」としての立場にこだわり、大山のような将棋界全体のため、将棋普及のための活動はしていない。まあ不仲の弟弟子がそうだったから、という兄弟子としての反発もあったろうが、ともあれこの種のことに関しても大山の功績は偉大だ。



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 今年の将棋の日は岩手県盛岡市で開催された。11月13日の日曜日。テレビでは12月4日の午後、Eテレで2時間特番が放送された。月遅れのこの項はそのテレビを見てのものである。
 私はそれを大震災後の東北復興にあわせたすばらしい企画だと思った。そのことを絶賛しようと筆を取ったのだが、すこし調べて、どうやらそれは穿ち過ぎなのかもと気づいた。
 ここのところ将棋連盟はこの「将棋の日」を売り興行にしていると知る。それは将棋連盟のサイトに明記されている。つまり「将棋の日を開催したいと思う都市はありませんか?」と募っているのだ。そこには「棋士の交通費、宿泊費を負担してくれること」のような条件も明示されている。

 「がんばろう 岩手!」と題された盛岡で開催された今年の「将棋の日」を、私は、大震災後の東北復興のために将棋連盟が手持ち弁当で立ち上がった麗しい企画と解釈し、「やるじゃないか米長会長!」と感激しそうになったのだが、実際は昨年秋に募集され、盛岡市が応募し、当選して開催されたという、ただそれだけのことであるらしい。いや、正確にはわからない。わかったら修正する。ただ今年ももう11月から来年度の開催地を募集している。去年も当然秋から募集していたろうから、年明けぐらいには決まったのではないか。3.11を過ぎてもまだ決まらず、復興支援のために盛岡にしたとはちょっと考えにくいのだが……。でももちろんそれならそれでうれしい。どっちにしても岩手の盛岡開催はうれしいできごとだった。

 棋士は、震災後に千駄ヶ谷(将棋会館がある)駅前で募金を行ったり震災復興に積極的に行動しているから、おそらく出演料を募金に回すような義捐はしているだろう。でも「大震災があったから盛岡」ではなかったと思う。



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 秋の最大棋戦である竜王戦は、今年は「東北シリーズ」と呼べるものだった。第一局が山形県天童市、第二局が大阪市吹田市、第三局が富山県黒部市。そして、一番盛り上がった11月24日、25日の第四局が福島県福島市、決着のついた12月1日、2日の第五局が青森県八戸市だった。大阪以外はみな北日本だ。
 上の写真は福島県福島市で行われた第四局である。

 これもまた前年度から決まっていた日程と場所だったのだろうが、なんとも、最高に盛り上がった時期に福島、青森という開催地はタイムリーだった。
 福島を穢れたものでもあるかのように差別して悦に入るクズがいる世相に、将棋界と最強棋士は、福島で対局することで誠意を見せた。そのことが一将棋ファンとして誇らしい。

 竜王戦は海外でも開催する。名人戦を超える箔付を意識していることもあり、今までにロンドン、パリ、ニューヨーク、北京と、名だたる世界の大都市で開催してきた。その後、毎年恒例の海外対局は二年に一度となり、今年は国内開催の年だったのだが、世界のどんな都市で開催されるより、福島・青森は価値があったように思う。

 盛岡で開催された「将棋の日」も、福島・青森の竜王戦も、偶然でしかないのだろうが、東北の復興を心から願う身には、なんともうれしい開催地だった。

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 それは、たとえば開催地が、「西日本に疎開したという設定で放射能不安を煽り、アフィリエイトで稼いでいる鬼畜のエア疎開場所である山口市だったら」「福島のこどもを差別して悦に入っていた鬼女の住む札幌市だったら」と考えるとより明確になる。

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追記──ATOK話

 ATOKが「神君」を変換できなかった。不可解。ろくでもない芸能人の名前よりはよほど意味のある日本語だと思うが。

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追記──盛岡開催に関して──2012年1月6日

 『将棋世界』2012年2月号を読んでいたら、こんな記事があった。「平成26年の将棋の日の開催地募集」である。応募受付は5月末日。発表は今年の平成24年12月である。2年前からもう動いている。

 ということから、平成23年の将棋の日・盛岡開催は平成21年にはもう決定していたことがうかがえる。
 よって、東関東大震災の年に東北の盛岡開催となったことは、大震災と復興とは無関係だったことになる。でもその偶然がうれしいことに変わりはない。上記したように山口や札幌でなくてよかった。
  1. 2011/12/06(火) 08:12:33|
  2. 地震
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敬宮愛子内親王の表情……

12月1日は敬宮愛子内親王の誕生日だった。
テレビはほとんど見ないのだが、偶然つけたニュースでそれを知る。皇太子御夫妻と愛子内親王三人の映像が流れていた。
愛子内親王の表情が気になる。失礼ながら、「意地悪な」「ひねくれている」そんな感じを受けてしまう。
だいじょうぶなのだろうか。心配でならない。

愛子内親王は大相撲が好きだ。好角家としてはまことにうれしい。
御両親と一緒に国技館に観戦にも訪れている。皇太子殿下に力士の説明をしてあげるほど詳しい。熱心に星取表をつけていた。
中でも贔屓は大関琴光喜だった。
琴光喜はあんなことになってしまったが……。

そのころの愛子内親王の表情に、今回のような印象をもったことはない。
年相応のあいらしさだった。

あれから、学習院での出来事とか、いろいろとあった。
皇太子妃殿下が内親王を溺愛しているのは知られている。公務よりも内親王の世話を優先していると批判もされた。それは皇太子妃殿下として問題であろうが、ただ、遅くできたひとり娘を溺愛する母の心理としては判る気もする。

だけど、なら、あの内親王の表情は何なのだろう。ちっとも楽しそうじゃない。陰鬱とすら感じる。
それらがみな悪い方向に作用しているのではないか。
杞憂であるといいのだが……。
  1. 2011/12/03(土) 08:05:01|
  2. 世相
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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