インターネット制限中

いまインターネットを使わないようにしている。たいして意味はない。ただ、かなりの中毒だなと思ったのでやってみた。そういうことが好きなのだ。私は25年ほど前にそれまで一日三箱喫っていたタバコをいきなりやめたのだが、それも同じ理由だった。ひどい中毒者だった。ひっきりなしに喫っていた。タバコがないと生きられない自分に腹が立ってやめた。つらかった。文字通り畳の目を掻きむしって苦しんだ。しかしそこまで苦しいといかに重度の薬物中毒かが確認できる。一週間もすると体調が変ってきた。水の違いがわかるようになった。空気の色さえちがってきた。躰からニコチンタールが完全に脱けきると別の躰になったようだった。
今回も流れは同じ。あまりにインターネットに依存している自分が不快になった。インターネットなどなくてもおれは平気なのだと確認したくなった。

といっても日曜の夕方までは競馬IPATをやっていたのでまだ4日目でしかない。繋ぎたくならないように、デスクトップ機からケーブル類も抜き、ルーターも外してしまった。



つらい。かなりつらい。インターネットを契約して12年ほどだが、初期のは遅いし、どうでもいいとしても、6年前のADSL、4年前のブロードバンドからは常時接続だ。この6年間の「ネット依存症」はかなりのものだったと知らされた。
パソコンで文章を書いていても、すぐに何かを閲覧しようとする。新聞社サイトでもなんでもいい。サボり癖だ。繋いでないんだっけと気づいてあきらめる。
わからないことがあるとすぐにネットで調べようとする。繋いでないと気づき、ここはあきらめるではなく、すこし悩む。アナログで調べるかどうか。いますぐ調べないと「なにがわからなかったのかすら忘れるから」だ。これはつらい。「先程オレはなにかわからないことがあって調べようとした。それはなんだったか」で悩むのはしみじみ惨めになる。ボケ防止には、とにかくすぐやる癖をつけておかないとまずい。



いま西村賢太を読んでいる。今春「中卒」「前科者」「父親は犯罪者」という経歴で話題になった芥川賞作家だ。純文学の私小説だから、やたら難読の漢字が出てくる。
私は私淑している高島俊男先生の教え通り「和語は極力かなで書く」ようにしているので、難しい漢字を使ったわざとらしい当て字が大嫌いだ。でも「嫌い」と「読めない」は別。読めないと悔しいので調べる。読めて書けるけど「使わない」が正しい。
で、条件反射でネットに行こうとする。切っていると気づく。ひさびさに漢和辞典を引いた。でかいし重いし面倒だ。でももともとはこうだったんだよなあと思い出す。

いや漢字以前に、図書館から西村賢太をあるだけ借りてきて(やっと借りられる時期になった。でも芥川受賞作はまだ遥か先まで予約がいっぱい)、本にある経歴だけじや不十分なのでWikipediaに行こうとした。もう癖になっている。繋いでないのだと気づく。あきらめる。イライラ。これ、精神衛生にかなり悪い。



いまのところ7月24日でテレビと縁を切る予定だ。予定じゃなくてあちらから切られるのか。あれって24日の午前0時になると、それまで映っていたものがいきなり砂嵐になるのだろうか。楽しみだ。これって、もう地デジにしているひとには味わえない楽しみになる(笑)。

軟弱者なのでテレビがないといられないとなったらすぐに買うだろうし、その金がなければ地デジチューナーを買って接続する。その辺、最安値のものから高級品までしっかり調べてある。昨年三ヵ月ほどテレビのない生活をした。平気だった。外国に行っているときはどうせ見られないのだし。
ただ「見られるけど見ない」と「機器がなくて見られない」はまたちがう。ハード好きなので、この「機器がなくて」の部分が微妙にプライドをつっつく。かといって「機器があって見られるのに見ない」というほどストイックになるつもりもない。どうしよう。とりあえずテレビもチューナーも買わず24日を迎えることは決定している。



インターネットを切ったこの4日間、テレビを見る時間がすこし増えている。
朝起きて真っ先にやるのはスリープ状態のデスクトップ機を起こしての日記づけ。起床時間と昨夜のことを書く。だいたい晩酌をしてそのまま寝てしまうので、その前後のことは翌朝に記入する。それからネットでニュースを読む。というかホームページがiGoogleなので様々な話題をあちらから教えてくれる。
いまはインターネットを切っているのでそれがない。いきおいテレビのニュースをつけることになる。とんでもない大事件は起きていないと知ればすぐに消してしまうのだが、「朝起きて、まずはテレビを点ける」という習慣は拒んできたので、私には珍しい。

よけいなお世話だが、「朝起きたらまずなにも考えずにテレビを点けて朝の情報番組を見る」という習慣のひとは、ほんの一週間でいいから、それをやめてみるといい。ずいぶんと日常の風景がちがってみえる。テレビに依存した生活がいかにくだらないことか。



タバコとは完全に縁を切ったが、インターネットと別れるつもりはない。
ネットのない生活にイライラしなくなったら、ぼちぼちまた始めようと思っている。
あくまでもこちらのスタンスの問題だ。

これは今、図書館で書いている。
持参したノートパソコンに無線LANが自動で繋がってしまうので使わざるを得ない。
といいつつよろこんで使っている。
せっかく繋がったのだからブログをアップしようと思って書いた。
昨日の競馬ブログもそう。図書館から。
なにしろ6年間繋ぎっぱなしだったのだから慣れ親しんでいる。
こんなに愉しいのになんでやめているんだろうと思う。

でもいま部屋ではインターネットをしていない。痩せ我慢。
どこまで我慢できるか。

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★友人諸兄へ。

そういうわけで、緊急のメールを戴いてもいつものようすぐに返事は出来ません。
もしもなにかありましたら電話でお願いします。
  1. 2011/06/30(木) 19:28:24|
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小林よしのり的迷路──思想家の行きつく先

00siso.gif  長年「ゴーマニズム宣言」を読んできて思うのは、思想家とはみなこういう運命なのかという「さびしさ」だ。
 政治思想的なことに興味のなかった小林よしのりさん(以下敬称略)の勉強と上昇にずっとつきあってきた。私も、作品中に登場する人物の本を読んで勉強したりした。しかし彼は、あまりにひとと対立する。いや対立はいいのだ。敵とは本格的にやって欲しい。バカサヨクをこてんぱんにやっつけてくれるのは快感だった。

 だが、このあいだまでの味方がいきなり敵になってボロクソに貶されるから、読者としてのこちらも切換がたいへんだ。ついこのあいだまで絶讃していたひとが、数ヶ月後には槍玉に挙げられ、手厳しく批判されている。あまりのこのパターンの連続に、次第に私はついてゆけなくなった。



 「朝生」で同席した西部邁が「電車の中でマンガなど読んでいてはいかん」と発言したことに対して「マンガを侮辱された」と怒ったときは、私もマンガ好きなのでその点には共感したのだが、「ゴーマニズム」の中で、西部を思いきり滑稽に描いて笑いものにしているのを見たときは、イヤな気分になった。やりすぎだった。粘着質の復讐に思えた。

 その後、小林の考えは変り、西部と親しくなる。小林の方から「電車の中でマンガなど読んでいてはいかんのです」と言って握手した。西部の本を愛読していた私は、ふたりが親しくなってよかったなと思った。それからの西部は知性的に描かれる。が、しばらくの蜜月状態の後、また方向性がちがい絶縁する。いったいこういう形で、何人のひとと親しくなり、絶縁してきたことだろう。

 「あたらしい教科書を作る会」でも同じ。
 「皇室問題」でも同じ。

 親しくなり、きれいな似顔絵で讃え、やがてケンカして、絶縁し、醜い似顔絵で批判する。



 旧くは、「薬害エイズ問題の川田龍平」だ。
 小林は川田を応援していた。やがて川田や川田の後援者が政治的な活動を始めたので批判側に廻る。
 私はもともと川田の母親が熱心な共産党員でありサヨクだったので川田に興味はなかったが、ただ小林の描く川田が、それまでの「さわやか好青年」から、敵対したら「ニヤっと笑う悪人顔」になったのには、何とも言えない苦いものを感じた。



 共産主義者は意見の異なる仲間を粛清する。それは、ソ連のような国家指導者から連合赤軍の内部分裂まで共通している。

 連合赤軍事件の時、私が最も理解できなかったのは、あの仲間内での殺しあいだった。すくない仲間なのに、考えが合わないからとあんなふうに殺していたらいなくなってしまうだろうに。



 小林にもそれを感じる。保守論壇の連中と親しくなっては次々と対立し絶縁して行く。変らないのはスタッフだけだ。7割、いや9割意見が同じでも、気に入らない1割で対立し、批判し、絶縁して行く。これでは友好的な論客などいなくなってしまうだろう。彼に言わせれば、その1割は9割をも支配している重要な核の部分、となるのだろうが。

 1万から9000を嫌って1000。1000から900を嫌って100。100から90を嫌って10。10から9を嫌って1。
 小林の歩んできた道はそれだ。自分だけの1になるのは自明だった。

 それではやってられないから新顔を集めて10に増やす。でも9を嫌うからまた1。
 また10に増やして……。
 自転車操業状態だ。

 最近はまた1万にもどるために、大票田のAKBなんてのに手を出してみたりしている。



 世の中には、私と同じようにずっと「ゴーマニズム」を読んできて、小林と同じようにいろんなひとを嫌い続け、いまも小林とまったく同じ考えのひとはいるのだろうか。そういうひとは小林と同じように、西部さんを好きになり、櫻井よしこさんを好きになり、いまは批判する立場にいるのだろうか。

 私は、この「親しくなったひととすぐに敵対する」について行けなくて、小林ファンをやめた。いまも『SAPIO』や『WILL』を図書館で読んではいるが、かつての単行本をすべて購入していた時期とはもうちがう。



 現実世界では、7割嫌いのひとともつきあってゆかねばならない。100%一致しなければ絶縁という生きかたは出来ない。でも思想とはそういうものなのかも知れない。日常生活とはちがうのだ。
 いつも一緒の、家族以上のスタッフがいるから、小林にとって他者との絶縁はつらいことではないのかも知れない。

 こちらは、見ているだけで胃が痛くなるけれど……。

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 ある政治的な主張が中心のブログをやっているかたにもそれを感じる。
 民主党、社民党を批判するのは当然としても、同じ形で自民党もボロクソに言う。
 その他の政党も気に入らない部分を批判する。

 このかたのブログを愛読していたが、「ゴーマニズム」に感じたのと同じく、「そんなにあらゆるものを否定していたら自分しかいなくなるのではないか」と案じた。

 そうなるともう自分が政党を結成して政治家になり、総理大臣を目ざすしか道はなくなる。
 実際そういう活動に走り始めたようだ。だけどそれは単なる泡沫候補に過ぎない。
 読むのがつらくなってやめた。

 見ているだけの私より、現実の活動に走った彼の方がえらいのかも知れないが。



 生きることにおいて、多少の妥協はしかたないのではないか。日常生活のみならず政治思想においてもだ。

 私はいま半端ヴェジタリアンだ。自分から屠殺された四つ足動物の肉を食うことはないが、マヨネーズやチーズは食している。牛乳も飲む。街中で食するラーメンやうどんには動物のだしが入っていることもあるだろう。これ以上徹底するつもりもない。

 ヴェジタリアンはヴェジタリアンでいいが、「豆腐で作った味も見た目も本物そっくりのステーキ」なんてのを食するようなのはビョーキだと思う。そんなに食いたいなら牛を食えよと言いたくなる。肉が食いたいのに我慢して菜食してもしょうがないだろう。

 また「きっこの日記」の「きっこさん」のように、ほんの数年前からヴェジタリアンになったひとが、肉を食うひとや畜産業者をボロクソに言うのもピョーキだ。というかこれは人間性の問題だが。



 小林の生きかたを「藝」として、「仕事」として見れば理解できる。でもあれはストレスのたまるつらい「仕事」に思える。絶対的信奉者を得ることは、それ以上の快感があるのかも知れない。私にはわからない世界だ。

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【補記】──Google-IMEに失望


 この文章のように人名が多く登場する文章を書くときはなんといってもGoogle-IMEが便利。ということでATOKから切り替えて使ったのだが「にしべすすむ」が変換できなかった。がっかりした。たぶんAKBのメンバーなら全員正しく変換するだろう。ひとりも知らないので試しようがないが(笑)。

 しかしそのことでGoogle-IMEを批判するのはお門違いか。このIMEはネット上で多用されたコトバを蒐集して自動的に辞書に加えてゆく。「にしべすすむ」が「西部邁」に変換されなかったのは、ネット上でそれを使うひとがいなかったからであり、Googleに罪はない。私ががっかりするとしたら、それはネット使用者が西部邁さんに興味がないということの方になる。

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【補記・2】──川田ズル顔に賛成!

 川田の母親を共産党と書いて、民青だからまちがいないよなと思いつつ、一応ネットで調べた。そこで川田龍平が憲法九条サイトでクソバカ意見を言っているのを読んだ。とんでもねえカスだ。さすがミンコロの息子だ。
 ということで、ズル顔に書いた小林に賛成。「さわやか青年顔」が本質的間違いだ。
  1. 2011/06/24(金) 10:36:19|
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鳩山だましに暗躍した平野──鳩山邦夫の発言から

00siso.gif6月4日に「菅直人、鳩山だましの舞台裏」というのを書いた。
意外だったのは、鳩山だましに鳩山の腹心の平野元官房長官が噛んでいたことだった。
バカも悪もズルもみんな嫌いだけど、日本人は裏切り者のズルが一番嫌いだ。
鳩山の幇間をやることによって出世したのに、なんともこの裏切りは気分が悪かった。ズルの菅に荷担したズルの平野である。
上記6月4日の文章に「補記」として、それを書いた。



その辺のことが昨日の鳩山邦夫を囲む会であらためて明らかにされた。

ライブドアニュース
《鳩山氏が「騙された」真相は? 弟の邦夫氏が暴露 2011年06月22日11時40分

内閣不信任案可決に必要な民主党造反議員の数は82人。鳩山が自派の20人を引き連れて小沢派(71人)と合流し、それは成るはずだった。だが鳩山に従うのが3人しかいず、鳩山小沢聯合軍は闘う前に菅仙谷岡田枝野に敗れた。否決しないとたいへんなことになると不安を煽って「3人しかいない」という状況にしたのが鳩山の側近である平野なのだと鳩山邦夫は語っている。

私が『週刊新潮』を読んで知ったのは、その「3人しかいない」までだった。鳩山の人望のなさを浮き彫りになって呆れたが、同時にどんな政権であろうとここにしがみつけば国会議員でいられるのだから、鳩山派の大多数がそうなるのは自然な人情?だろうとも思った。それはそうなのだとしても、それは自然な流れではなく、現実に「ここで賛成したら解散総選挙になりますよ。落選しますよ、ここは否決にいれたほうがいいですよ」と触れまわった「鳩身中の虫」がいたわけで、それが平野だったのが判明した。なんとも薄汚い。

前記の文にも書いたが、私が平野という政治屋の顔を覚えたのは、政権交代の気運が盛りあがり、鳩山が頻繁に記者取材を受けるようになったころだった。いつも鳩山の背後に控えていて、肩口のあたりから顔を見せている。鳩山が意見を言うたびに、大きくうなづくのだから目立つ。まるでSPのようなのだが、SPにしちゃ貧弱だし、まあSPは政治家の意見にうなづいたりはしないけど、こいつは何なのだろうと思った。それが平野だった。そうして内閣官房長官という大抜擢である。官房機密費使い放題の党の重役に、とんでもない茶坊主が就いたことになる。
その平野に裏切られるのだから、鳩山もあわれだ。

しかし日本人はこういう裏切り者を嫌う。平野はそれを知らないのだろうか。



何日か前の新聞に、「ポスト菅に平野氏意慾」と出ていた。平野は代表戦に出る気があるらしい。総理大臣になるつもりなのだ。
国民はもちろん内輪の議員にも支持者はいないだろう。これまた勘違いバカのひとりである。
代表戦に出馬する「神輿」になるためには、担ぐひとがいなければならない。
まともな感覚を持った議員なら、平野を担ぐ愚を知っている。日本人は裏切り者を嫌う。沈むとわかっている泥舟を担ぐのはいまい。

ああいう無能な人間も官房長官なんて花形を経験するとさらにまた欲が出て来るらしい。
呆れはてた話だ。
  1. 2011/06/23(木) 15:35:05|
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6月なのに猛暑日──6月22日の記憶

00sei.gif6月22日水曜日の暑さは異常だった。
この時期に猛暑日となったのも異常なら、梅雨の真っ只中で湿度が高かったから、まさに蒸し風呂。こんな不快は記憶にないほどだった。

午後、出かける前、風呂に入ろうと思った。
明け方に入った風呂の湯が張ってあった。もちろん冷えて水になっている。
冷たいと感じない。そのまま入った。
真夏にはよく水風呂に入るが、6月は初めてだ。

夏至。一年で一番昼が長い日。
早朝型の生活なので、いつも暗いうちに起きて夜が明けるのを見ている。
冬から春にかけて、一気に夜明けが早くなってくるの様は圧巻だ。

そしてこの時期、あきれるほど夜明けが早い。
これからまた冬至に向けて短くなって行く。



ティーシャツ一枚で出かけた。
冷房の効いた電車の中や雀荘では寒くなるだろうと長袖シャツをバッグに入れた。
節電の電車の中、ティーシャツ一枚でほどよく、山手線の駅で降りてからは、それでも暑かった。
けっきょく長袖シャツを着ることはなかった。



麻雀の合間、メンツに、いかに今日が暑かったことかと話しかけたかが同意は得られなかった。
冷房の効いている環境で仕事をしていた彼らにはさほどでもなかったようだ。



23日朝。
6時51分の岩手沖地震は、津波警報が発令され、テレビもみな緊急速報体制に入る非常時となった。
関東ではほとんど揺れは感じなかったが、6時50分から8時ちかくまでずっと、テレビがみな非常時報道体制だったので緊張した。津波を捉えようとヘリコプターからの沖合いの映像が流されている。またあの地獄絵図になるのかと覚悟した。さいわいにも大きな被害は出なかったようだ。よかった。



23日午後。
テレビのワイドショーで、22日がいかに記録的猛暑であったかを知る。麻雀メンバーから同意を得られず首を傾げていたが、私の体感は正しかったわけだ。熱中症でなくなったかたが大勢いたと知り、さもありなんと納得する。とにかくとんでもない不快な暑さだった。
昨日に続き今日も真夏日で暑いらしいが、昨日と比べればなんてことはない。

異常天候が不気味だ。
  1. 2011/06/23(木) 15:14:51|
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携帯用文章──短いセンテンス──不要な心配?

00pc5.gifひさしぶりに都心に出て麻雀をやって終電で帰宅した。
穴蔵ひきこもりが久々に社会に出たので新鮮な発見がいくつもあった。
といってそれは毎日通勤通学しているふつうのひとにはありふれたことでしかないのだが。
そのことはまたべつに書くとして。

帰宅してパソコンを開くと異常にブログアクセスが多い。またなにかあったのかと思う。いやあったのだ。
ネット事情に疎いので以前はそういうことに詳しい友人に原因捜しをしてもらわねばならなかった。
いまはブログに用意されている「アクセス解析」というのを使えば私でも推測がつく。
どうやら2ちゃんねるのどこかにAKBに関する文章のURLが貼られたらしい。アクセスが集中している文章はそれ。来ているひともみな2ちゃんねるからだった。
原因が分かればひと安心。



さて。
それで知ったのは、このブログ、かなりの数、もしかしたら半数以上が「携帯電話で読まれていること」だった。
世の中、そんな時代なのか。なにしろ携帯電話は電話にしか使わないので疎い。
しかし私の「ふつうに書かれた長文」は携帯電話では苦しかろう。



自称〝博打屋〟の知人、Kさんが「携帯電話で作るブログ」をやっている。
最初は競馬関係者から頼まれてのブログ開設であり、ノートパソコンを無償寄贈された。
使いこなせない。でも約束は護らねばならない。苦しまぎれに携帯電話で文章を書いてアップした。

やがてそれに慣れる。次第に文章は長くなり、写真をアップする方法も覚えた。
頼まれてやっていたブログは無事1年間の契約を終了したが、いつしかKさんがブログをやる楽しみにはまっていた。
私設ブログを始めた。覚束なかった携帯電話で書く文章ももう早打ちになっている。
携帯電話だけで作るブログとしては、それなりの長文ブログとなった。
まっとうな文章を書いている。ご本人もそれを自負している。



でもそれはあくまでも「携帯電話だけで作るブログとしては」の話。
パソコンで見るこちらからすると携帯電話ブログであるのは一目瞭然だった。

携帯小説に関する注意書を読んだことがある。
「センテンスは短めに」
「改行の多用」
が二大基本のようだ。
だろうねえ、あの狭い画面で読むのだ。
ちょっと長いセンテンスにしたら一画面を隙間なくびっしりと文章が占領してしまうだろう。
短い文章にして、改行を入れて隙間を作らないと。

Kさんの文章もセンテンスが短い。改行が多くて、やたら空間が多い。
典型的な「携帯電話で書いた文章」だ。

とはいえアラカンのKさんが読者向けにそんなことを意識してやっているはずもない。
携帯電話の狭い画面で文章を書いていたら、いつしかセンテンスは短くなり、自分が見やすいように書いていたら、いつしか改行が多くなっていった、というだけの話だろう。
携帯電話がKさんの文体を変えたのだ。

猟をするとき、獲物の巣穴にもぐりこみやすいように人間の手で掛けあわせられ、胴長短足にされてしまったのがダックスフントだが、Kさんは巣穴にもぐるのが好きで遊んでいるうちに、自然に胴長短足になっていたようなものだ。



もしもKさんがパソコンの広い画面でブログ文章を書いていたとしたら。
元々文学部卒に誇りを持ち、小難しい表現を好むひとで、さらには頑固だから、たぶん「携帯電話からは最も読みにくい文章」になったろう。そしてそれを読者が指摘したら、たちどころに雷が落ちたはずだ。「読んでくれなくてけっこう!」と。
Kさんの場合、いくつもの意味で、パソコンを使えないことがいい目に出ているように思える。新味の開発だ。



私は携帯電話で読むひとが読みやすいようにという気配りをする気はない。
それでもこの文章などはブログの書き込み欄から書いているのでセンテンスが短く改行も多い。ブログにある専用のそれは画面がちいさいから、いきおい文章はそうなる。全画面の広々としたテキストエディターで書く文章とは異なってくる。こういうことをしていると、私は携帯電話ではメールすらしないのだが、携帯電話で書く文章がそうであることがよく理解できる。
「何で書くか」で文章まで変化する。



昨日電車の隣席で、スマートフォンで小説を読んでいるひとを見た。
私の旧式携帯電話と比べると解像度が高く、フォントもちいさい精細な画面だった。
あそこまで行くともう「短いセンテンス」「改行の多用」なんて気にしなくていいのかも知れない。
1ページに表示される文字数からしてちがっている。
「私の文章は携帯電話からは読み辛いだろう」という私の心配そのものが時代遅れなのか。

KさんもiPhoneにでもしたら、センテンスの長さがまた変るかも知れない。
ハードによって変る文章。
それはそれで楽しみだ。
  1. 2011/06/23(木) 08:49:35|
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ブログの便利さ──旧態ホームページの終焉

00pc5.gif
今さらだけどブログって楽だなと思う。
あまりに楽なので、ここのところずっとホームページ・ビルダーで作っているホームページを更新していない。
と書いて思うが、自分のサイト制作を「ブログから始めたひと」には、こんな言いかたすら通用しないのか。今の時代、そういうかたが大多数だろうし。なにしろ日本とアメリカが戦争したことを知らない「大学生」がいる時代だ。
かなりアナクロな意見になるが、通じるひともほんのすこしはいるだろうと思って書こう。



「ホームページ」という「勘違いによって普及したコトバ」も、今では誰もが正しく認識するようになった。
上記「ホームページを更新していない」のような言いかたは誤り。「サイトを更新していない」が正しい。
ホームページというコトバを使うなら、「私はブラウザのホームページをiGoogleにしている」のようになる。

が、以下正しくは「サイト」と使うべきところも「ホームページ」で進める。旧態の「ホームページ」が絶滅寸前だという話だから、そのほうがわかりやすい。



hb15
10年以上愛用しているホームページ・ビルダーだが、これが「朱鷺」のように、最後の「ホームページ」というコトバの砦になるのではないか。
そのホームページ・ビルダーも、懸命に「ブログとの連携。ブログ作りに便利」をアピールして生き残りを画策している。プロ用のサイト制作ではDreamWeaverに敵わないから、どうしてもそっち方面のアピールしかない。

しかしどうなのか。売り上げの推移は知らないけど(今年から制作販売がIBMからJustsystemに移行した)、ブログは特別なソフトを使わなくても作れるので、ブログ制作のためにホームページ・ビルダーを買う人はいないだろう。いるしたら、私のように旧型ホームページをやっているのがブログを始め、ホームページ・ビルダーの活用を考えた場合だ。

だがこれペケである。ホームページ・ビルダーで作るブログはちっともよくない。それどころか改行等がうまく折りあわず使いづらいことこの上ない。もしかして便利かもと使ってみたが、今では投げている。ブログはブログから書くのがいちばんだ。

「ホームページ作成ソフト売り上げナンバーワン」を謳っているが、市場そのものがちいさくなっている。売り上げは最盛期と比べたら落ちているだろう。そもそもかつては何種類もあった「ホームページ・ビルダーもどき」のソフトがみななくなってしまった。私はソフトオタクだから全部買い揃えたものだった。ホームページ・ビルダーが駆逐した、ともいえるが、旨みがないので撤退した、が正解だろう。



dream
ホームページ・ビルダーは、ブログのなかった時代に、初心者がホームページを作るためのソフトとして売り上げを伸ばした。当時からプロ用はMacroMediaのDreamWeaverだった。いまこれもAdobeに買収された。

プロ用のDreamWeaverは高価だった。操作が難しかった。初心者用ホームページ・ビルダーは廉価に設定された。誰でも扱えた。
私は両方購入したが、DreamWeaverは使いこなせなかった。といってそのことを恥じてもいない。それほど洒落たものを作る必要もなかった。ホームページ・ビルダーは私の身の丈に合ったすばらしいソフトだった。出会えたことを感謝している。この10年、どれほど活用したことだろう。いまも日々の日記はこれで書いている。

私は「ホームページは、DreamWeaverで作ったプロ系と、ホームページ・ビルダーで作った素人系に二分されてゆく」と予想した。
そうじゃなかった。ブログという新種が登場し、素人系ホームページは絶滅の危機に陥るのだった。これは予測できなかった。

ブログはいわば「簡易ホームページ作成機能をもった無料ソフト」だから、これに普及されたらホームページ・ビルダーのような有料ソフトは厳しい。そこには「有料ソフトでしかできないこと」がなければならない。
あるのだろうか。あるのかも知れない。あるだろう。でもそれは誰もに必要な機能なのか。重要なのはこっちだ。
私には必要ない。たとえばFlashで作る動く画像とかなんの興味もない。今の私はVersion Upのたびに多機能になったホームページ・ビルダーの機能の半分も使っていない。
私は毎年ホームページ・ビルダーを購入している熱心なユーザーだが、ある意味最もホームページ・ビルダーを買う必要のないひととも言える。ブログ附属の機能で十分なのだ。その程度のことしかやっていない。



ホームページ・ビルダーで作る旧態の個人ホームページが絶滅の危機にあるように、ホームページ・ビルダーというソフトもまた危機に瀕している。
かつてホームページ・ビルダーでホームページを作っていた友人もみな、いまはブログに移行した。するとホームページ・ビルダーのようなソフトは必要なくなる。いま最新のホームページ・ビルダーはVersion15だが、彼らがかつて愛用していたのはVersion6や7の時代だ。日本中に、使われなくなった旧いホームページ・ビルダーの屍が累々としていることだろう。

ブログ全盛となり、開発し販売してきたIBMが投げだしたそれを拾ったのが、無料IMEの時代に唯一有料IMEとして闘っているATOKのJustsystemだというのは興味深い。それはThinkPadのLenovo身売りとは意味が違う。

もうひとつ興味が湧いた。私のように10年以上愛用しているのではなく、もしも今「わたしは初めてホームページ・ビルダーを買いました」というひとがいたなら(いるよね、それは確実に)、そのひとは何が目的なのだろう。無料ブログで気に入ったデザインを選べば、ブログからの意見発信はすぐに出来るのに、あえて1万円以上のソフトを購入したのは何故なのだろう。訊いてみたいものだ。もしもここを読んでいたらメールください。いないか(笑)。

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というようなことを昨日書いた。すこし補足して今日のアップ。

先ほど【芸スポ萬金譚】に「安倍元総理と浅田真央は似ている」と書いた。
とりあえずアップし、その後、文中に「プロレスラー三沢光晴と日本テレビのひと(名前失念)は似ている」と書いたので、その名前失念のひとの名を探そうと検索を掛けた。

すると、なんと、驚くべきことに、その検索にすでに私のその文章が出てきたのである。
つまり、「三沢光晴 似ている」で検索したら、そのコトバが含まれているつい数分前にアップした私の「安倍元総理と浅田真央は似ている」がヒットしたのである。茫然とした。なんという速さだろう。



一方私がfc2で書いているホームページの方は、我ながらなかなかいいことを書いたなと思うこともあるのだが、どんなネタも検索にはヒットしない。この10年、ただの一度も見たことがない。いや正確には、ヒットはするのだと思う。ロボット検索を拒んではいないから。でもきっと該当記事が2万件あるとしたらケツの方に位置するのだ。誰もそんなところまで探してはくれない。

対してこの【木屑鈔】など、引っ込み思案の私には恥ずかしいぐらい上位でヒットする。それはライブドアブログの力なのだろう。あるいはGoogleの設定順ということなのか。
【木屑鈔】の検索ヒット率10は私には出来過ぎなので7ぐらいに減らしてもらって、代わりに0のホームページを、せめて3ぐらいにしてもらえないか、と思う。いくら目立つのが嫌いでも、検索完全無視のホームページはかなしすぎる。



私はホームページを自分史として書いている。日記であり、自分がこの世にいなくなったあと息子に読んでもらいたいとの願いで書き綴っている。だから頻繁にDVDにも焼いているし、自分と息子のためのものだから世間に認知されることには興味がない。

それでも、「こういうコトバ使いはおかしい」と書いたら、やはり同感覚のひとに読んでもらい同意を得たいという気持ちはある。
ブログにはそれがある。Vividにある。即座にある。旧態のホームページにはない。まったくない。
いきおい、いくら自分史として書いているのだ、誰も読んでくれなくていいのだ、と思っていても、ブログに書きたくなってくる。だってすぐに反応があるのだから。その魅力には抗しがたい。

書くのに楽で反応がある。検索にもヒットする。世間がブログ一色になるはずだ。遅ればせながらあらためていま、それを感じている。
それでもなんとか「朱鷺」になって、最後の「旧態ホームページ」を守りたい気持ちはあるのだが。
  1. 2011/06/22(水) 04:12:21|
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小林よしのりのAKB讃歌──裸の王様は誰?

00twitter.jpgでこんなことをつぶやいた。


akb










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私はAKBに興味がない。小林が「鈍感だなあと感心する」おっさんなわけだ。AKBに夢中のガキンチョから何を言われても構わないが、同世代の小林にこんな言いかたはされたくない。とりあえずツイッターでは「鈍感なおっさんでけっこう」とだけ反論した。ここで細かく書いておきたい。
元記事は以下のようなものらしい。

グリコのCMでAKB48のセンターに突如、江口愛美 という美少女が抜擢された。ううむ、江口愛美かーーーー。一瞬、「レッド・クリフ」に出てた台湾の女優リン・チーリンに似てると思った。リン・チーリンは好きなんだが、江口愛美はダメだ。江口愛美はAKBのアイドルの美の価値観から逸脱している。さしこまでが9位になるところにAKBのパワーがあるのだと、わしは思っている。さしこがともちんの一つ下に迫る。そんなことがあるはずないのに総選挙ではそんな結果が出てしまった。

AKBにおけるアイドルの評価は一筋縄ではいかない。現実的には江口愛美がAKBに入ったら台無しになるとわしは思うのだが、話題作りでは画期的だと認めざるを得ない。
こういうアイデアを出す人が、今AKBの周囲にはどんどん寄ってくるようになってるのだろうな。

まったくすごい。未だにこのすごさに気づかない人たちって本当に鈍感なんだなあと感心する。脳の右半球がダメなんだろうな。つまり 感性がダメ。脳の側頭葉言語野だけで思考している。前頭葉が働いていないのだ。

まあ、おっさん化してもいい人もいる。普通はおっさん化する。いや、おっさん化は平凡人として当然のことなのだ。だがわしはじじいになってもおっさん化しない。子供のままじじいになる。「王様は裸だ」と言い続けるのがわしだからだ。(後略)

https://www.gosen-dojo.com/index.php?action=pages_view_main&active_action=journal_view_main_detail&post_id=480&comment_flag=1&block_id=13#_13

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AKBなるものの経済効果は認めるし秋元康の商売のうまさも相変わらず。たいしたものだ。だが、それに詳しいことが自慢で、自分は時代に敏感だ、まだ老けてないと主張する小林はみっともない(笑)。さらには前頭葉がウンヌンと自分を正当化し始まるともうお笑いである。これはたんに小林が音楽を知らないだけだ。他人事ながら恥ずかしくなる。

私は「ゴーマニズム宣言」を『SPA!』時代から読んでいる。今も『SAPIO』や『WILL』の連載を読んでいるし、かつては単行本も全巻購入していた。「台湾論」「戦争論」等の何冊か以外は捨ててしまったけれど、かなり熱心な読者だと自負している。だからこそ自信を持って言えるが、このひとは音楽を知らない。音楽センスのカケラもない。いや「知る」「知らない」で言うと語弊があるので別の言いかたをする。「もっている」で語ることにする。

ふつうに生きていればどうしても時代とともに「自分の音楽」をもってしまう」。小林はもっていない。おそらく音痴なのであろう。あの鼻に掛かったかん高い声で音感がいいとは思えない。いや音痴だって、それはそれで「自分なりの音楽」をもっているからなあ。音痴だから音楽を知らないとはリクツとして万全ではないが。
とにかくこのひとの作品や発言には、年齢相応の積み重ねた音楽を感じさせるものが微塵もない。もっていないのだから当然だ。音楽とは完全に無縁な類い希なひとなのだろう。

だから若者音楽に擦りよる。これは一種の「体制に媚びる」に通じる。そのことでもって、理解できる自分の感覚を確乎たるものにしようとする。これはもう過去の「ゴーマニズム」でもうんざりするほどやってきた。
「ゴーマニズム」ファンだと若いミュージシャンが名乗り出る。愛読者だ、勉強になった、目覚めた、と知る。
するとすぐに彼の「おぼっちゃまくん」を読んで育ったというそのミュージシャンの作品を取りあげ、「ゴーマニズム」内で歌詞や曲を誉めたりする(笑)。内なる音楽智識がないから、その歌詞や曲が過去の名曲のパクリだったりしても気づかない。



小林はそれを「若者の感性を理解できる自分の若さ」と自画自賛するのだが、単にそれは音楽の基礎教養がないことに拠る尻の軽さでしかない。
人間世界は常に世代抗争である。音楽も同じ。社会を支配している中高年の音楽を否定して若者が反発の音楽を作る。その若者が中高年になると同じく否定の若者が出て来る。その繰り返しだ。それはスカートの長さと同じような時代的な流行でしかない。ひとはそれを繰り返してきた。

社会を知らないこどもに、おとなは厳しい態度で接し、礼節を教えねばならないように、おとなは若者の理想論的主張と対立するのが正しい構図だ。
一例として、「この世から核兵器をなくそう」と主張するのが年相応の若者の理想論であり、それを「ないほうがいいけれど、力の対立においては必要なのだ」と否定するのがおとなの現実論になる。対立して当然だ。それが若者とおとなの正しい構図なのである。やがてその若者も社会の構成を知れば核兵器肯定論者にもなろう。いわゆる「二十歳前に共産主義にかぶれなかったらバカ。二十歳過ぎてまだかぶれていたらもっとバカ」の世界になる。

57歳の小林は、AKBを否定し、自分達の世代にはもっと凄いものがあった、AKBファンの若者よ、これを聴いてみろ、これがおれたちの世代の底力だ、と主張するのがホント。もちろんそれが客観的に観てAKBより優れていても劣っていてもどうでもいい。そういうこだわりがあって世代抗争は正しく動いてきた。小林のその他の論法はそれに則っている。なのに音楽だけこんなざまだ。自分の音楽をもっていないからである。



若者に理解を示し、自分を若者側に置こうとするのは小林の「支持者獲得」の方法でもある。
そりゃもうあれだけ次から次へと年輩の論客と「親しくなる。ケンカして絶交する。悪口を書きまくる」を繰り返してくれば、年上には仲間になるひとはいない。残っていない。かといって支持者なしには闘えない。となると若い連中に信者を作るしかない。

それにしてもこのひと、今までいったいどれほどの数の、「親しくなる。持ちあげる。絶交する。悪口を書く」を繰り返してきたろう。『SPA!』時代から読んできて、そのことに疲れてしまった。
いま小林と親しい論客には誰がいるのか。女系天皇容認の学者ぐらいしか思いつかない。しかしこれだって小林のその考えが変ったらすぐに絶交だ。今まで温和に描かれていた顔も醜く描かれて悪し様に罵られる。「ゴーマニズム宣言」とは一言で言えば、ただそのことの繰り返しだけだった。

ひととひとのつきあいには合わない部分もあろう。その部分は呑みこんでの人生だ。誰だって同じである。小林は自分と意見の異なり始めた相手は徹底的に否定する。よってかつては連帯した論客もみな否定し絶縁となる。結果、自分に盲従するスタッフを率いて流浪する。なんだか雪の山野を彷徨する絶滅間際の連合赤軍を思い出す。小林を好きでいるためには、ひたすら彼を崇拝し彼の意見を全面的に受けいれるしかない。反対意見や疑問は許されない。
新興宗教には仏教やキリスト教も認めてしまうゆるいのもあるが、よしりん教はイスラム的絶対世界だ。



「王様は裸だ」と言い続けるのがわしだからだ》と大見得を切っているが、いちばん恥ずかしい裸の王様は、57歳でありながら年輪を重ねた自分の音楽をもたず、AKBがわかることで自分は敏感だ、おっさん化していないとはしゃぐ小林なのである。これほど恥ずかしい絵柄もそうはない。

小林は「早く年寄りになりたかった」としばしば口にする。自称が「わし」なのも、そこから来ている。年寄りへの憧れだ。
僧侶だった祖父を語る。この祖父が関わっている戦争映画「南の島に雪が降る」を、私は小学校の上映会で観た。幼心に感動した映画のひとつだ。小林の自慢する祖父、そしてまた共産党員だった父、この辺はみな筋が通っている。

それと同じように「筋の通った小林よしのりの音楽」をもっていたらどんなによかったろう。
たとえば祖父が浪曲好きで、小林も影響を受けて浪曲が好きだとする。音楽イコール浪曲で浪曲以外認めない。その代わり浪曲の蘊蓄は半端ではない。いいことだ。筋が通っている。
あるいは共産党員だった父親は湿度の高い日本の演歌を否定し、ロシアに憧れチャイコフスキーとロシア民謡ばかり聴いていた、その影響で小林も本格的思考に耽るときは必ずチャイコフスキーを聴く、ふとくちずさむ歌は今もロシア民謡が多い、なんてのでもいい。

だが音楽と無縁だったこのひとには何もなかった。語るべき音楽が何もないままここまで来てしまった。無惨である。それでこの齢になってAKB讃歌である。武道館の総選挙にまで出かけたとか。



「自分の音楽」とは謂わば「鎧のようなもの」である。鎧にするために音楽を好むひとはいない。空気のようなそれは年月とともに鞏固となり、いつしか他者と闘うときの「鎧のようなもの」になっているのだ。
それをもたない小林は「音楽世界」では裸のまま生きてきてしまった。闘うとき、「年齢相応の音楽という鎧」をもっていないことに気づく。

するとどうなるか。急いで即製の鎧を作らねばならない。いま若者のあいだで流行っているいちばん丈夫な鎧は「AKB鎧」というらしい。それを武道館のAKB商店に出むいて購入しようとする。

若者に媚びる路線。恥ずかしい。小林の論調として最も恥ずべきものではないか。
だが語るべき自分の音楽をもっていないこのひとは、その恥ずかしさにすら気づかない。AKBを否定し(肯定し)、自分の知っている古き(あたらしき)音楽を肯定する(否定する)のが、それぞれの世代の音楽なのだが、小林はそれをもっていない。語るべきそれをもっていないから、AKBを礼讃してその「権威」に縋ろうとしている。それが「寄らばアメリカの核の影」と同じで、小林の最も嫌う路線になっているのにすら気づかない。

スタッフと信者という自分を讃える者ばかりを順えて生きてきた小林王国には、「よしりん王様は裸です」と言うこどもがいない。いま小林に必要なのは、他人を裸だと叫ぶことではなく、自分に裸だと言ってくれる友人であろう。それにしても上掲の文章は恥ずかしい。バカの居直り、音痴の絶叫である。


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ところで、もしもこの文章を読むひとの中に彼の熱烈な信奉者がいるとしたら(いないと思うが)、私をアンチ小林と思うのだろうか。そうではない。前記したように私は「ゴーマニズム宣言」を全巻読んでいる。アンチではそれはできない。彼は無智から始まって勉強を続けてここまできた。私も同レベルの無智だった。彼と一緒に成長してきた。彼の努力を最も正当に評価しているひとりのつもりだ。
だからこそ言えるのである。AKBを評価して若ぶるのはみっともないと。つまり私は「よしりん王様は裸だ」と叫んでいるこどもになる(笑)。

音楽と言えばワンパターンの古い演歌しか歌えないひともいる。だけどAKBを引き合いに出してこんなことを言っている小林よりは、よほどかっこいい。

『週刊新潮』に連載エッセイを書いている漫画家の柳沢きみおが、ビールや音楽に関する自分流のこだわりを書いている。彼は以前も日本で一番売れている銘柄のスーパードライをうまくないビールだと断言し、エビスやモルツをもちあげた。いいことだ。年相応にロックやジャズの好きな彼は、「J-Popはぜったいに聴かない」と書く。柳沢はAKBは聴かないだろうし、武道館の総選挙にも行かなかったろう(笑)。
私は柳沢ファンでもなければアンチ小林でもないが、年相応の男として、柳沢のほうがずっとまともだと思う。

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【附記】──設定を逆にして考えると? 8/15追記

この問題は設定を逆にして考えるとわかりやすい。
つまり「小林が自分の音楽を持っていて、敵対する連中がAKB48好きだったら?」というifだ。

小林が歳相応の自分の音楽をもっているとする。フォークでもロックでもジャズでもクラシックでもなんでもいい。とにかく小林が「語るだけの音楽」をもっているとする。

一方、彼の論敵がそれをもっていないとする。
たとえばいま「男系天皇論」を唱えて小林と対決している八木秀次だ。対決というか、一方的に小林に攻撃され、反撃しているにすぎないが。かつては八木の自宅に小林が行ったりしたほど親しかったらしい。古い「ワシずむ」を読んだらふたりが出席している仲のよい座談会があった。離合集散は世の定めとはいえ、なんともむなしい。



もしもそうだったらどうなるか。なにしろ自分と意見のちがう相手は、戯画を利用して、あらゆる方法で貶める小林である。西部邁から八木にいたるまで、今までどれほど多くの論客が笑いものにされたことだろう。

八木の場合も、その姓から「ヤギ=山羊」にされ、メーメー鳴いて走りまわる姿にされている。なんとも幼稚な戯画化だが、それが気に入らないものに対する小林の本質でもある。

小林が薀蓄を傾けるほど自分の音楽を持っていて、論敵の八木にはそれがなくAKB48を好きだったとする。
するともう自分は歳相応の音楽をもっている。それが男の人生だというところから始まり、いい齢をこいてAKB48なんてものが好きな八木がいかに男として低俗かと、AKB48の設立の経緯から音楽性まで語り、当然ながら八木はAKBのメンバーのような扮装をさせられ、一緒に踊らされて、笑いものにされるだろう。眼に見えるようだ(笑)。



ところが実際は小林は自分の音楽がないものだから、AKB48を礼賛し、それを理解できる自分は若い、その凄さがわからない連中は脳が老いている、とやっているわけだ。まことこの歪みは度し難い。いや滑稽だから哂えばいいだけだが。

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念の為に書いておくが、私は彼の「戦争論」「台湾論」は傑作だと思うし、新旧の「天皇論」も価値あるものと思っている。彼の著書で教えてもらったことも多いし、彼を否定したり嫌っているわけではない。ただこの「AKB48讚歌──この凄さがわからないひとは脳が老いている」は、音楽を知らない人の程度の低い暴論だと言いたいだけである。
  1. 2011/06/20(月) 17:55:44|
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ドラムソロ嫌い&ラップ嫌い──年輪となってゆく音楽

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私はジャズのドラムソロが嫌いだ。
なぜかはわからない。
思い起こせばこどものころに見た石原裕次郎、フランキー堺、ハナ肇らのドラムソロも、ちっともかっこいいと思わなかった。彼らが汗びっしょりになって叩きまくる。これみよがしにやる。ソロのあとは大きな拍手が沸く。どんなもんだという晴々しい顔。こどもはああいうものに憧れて興味をもってゆく。当時日本中にはきっとバケツや樽を並べて棒切れで叩いて裕次郎気分になった田舎の少年がたくさんいたことだろう。そしてそれを原点としてドラムを志したひともいたにちがいない。
なのに私は基本中の基本である「かっこいいなあ」をそれに感じなかった。ベンチャーズはかっこいいと思ったし、「While My Guitar Gently Weeps」なんて、ほんとにギターが泣いていると背筋をゾクゾクさせて感動した。
当時から今までいろんな楽器に手を出したがドラムにはまったく興味がない。



それでも十代から二十代のRock好きの時代にはGinger Bakerとか、ドラムにもそれなりに注目した。
三十代になりJazzがわかるようになると、Modern Jazzではドラムソロは必須パターンだったからいやでも聞かねばならなかった。
しかしRockにしろJazzにしろおとなしくそれらを聞いたのは、初心者の謙虚な学習姿勢としてであり、自分なりにそれがわかってきて我が出るとまたちがってくる。私はやはりドラムは嫌いだった。



私はいま圧縮音楽ファイルでHDDに入れてある5万曲を適当に流して聴いているが、これでもかというぐらいのドラムソロが流れてくるとそのファイルを削除してしまう。ドラムソロ好きのひととは対立してしまうが、好きなひとにとっては快感でもこちらにとっては不快なのだからしょうがない。好き嫌いとはそんなものだ。

というのにはすこし嘘があるか。Modern Jazzのライブではそれぞれのソロパートを入れるからドラムソロを嫌ったらほとんどの曲が聞けなくなる。ドラマーであるArt Blakeyのライブなど全否定になってしまう。
せっかくこつこつ集めた50年も前の音楽をそうして消してしまうのには抵抗がある。まあこれから好きになることもまずないだろうから消してしまっても問題はないのだが、そこは未練というやつだ。音楽的なことを発言する場合の資料でもある。もったいない。

で、どうするかというと、聴かなくなった。聴いたら不快になる。削除するか。それにはまだすこし未練がある。なら聴かない、という結論。よってここのところほとんどModern Jazzを聴いていない。いきおいFusionやSmooth Jazzになる。こちらにはこれでもかというようなドラムソロはまず絶対にない。Sophisticateされた音楽は一面腑抜けのようであり物足りなく感じることもあるのだが、ドラムソロよりはいい。



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いま自分の感覚を確かめるためにCannonball Adderleyの「In The Land of Hifi」を聴いている。1956年の作品。やはりドラムをうるさいと感じる。自己主張が過ぎる。しかしこれは私の意見が無茶か。メンバーがそれぞれの自己主張をする音楽なのだから当然だ。

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そのあと同じくAdderleyの歴史的名作「Somethin' Else」を聴くとうっとりする。感動する。こちらは1959年の作品。これは実質的リーダーのMilesが緊張を保って統制しているからだ。ドラムはMilesのLyricismを支える裏方に撤している。それがいい。
でも最後の6曲目にうるさいドラムソロがある。おそらくその他の曲でじっとブラシで支え裏方に撤してきたArt Blakeyに1曲だけあばれさせてやったのだろう。これはもうずっと前に削った。よって私の「Somethin' Else」は5曲のアルバム。



たとえるなら、私の嫌いなジャズは、「朝まで生テレビ」とか「たかじんのそこまで言って委員会」のような番組で、複数の人間が同時にしゃべり、うるさくてたまらないシーンのようなものだ。あれはあれでジャズ的なセッションとも言える。他人がしゃべっているのに横から口を挟み横取りして自分の番にしてしまうのもいれば、妨害にも負けずひたすらしゃべり続けて相手を退けるのもいる。

ジャズのそれぞれのソロは他人のじゃまをすることなくきちんと順番を待ってするから、あんなニワトリのケンカみたいなのと比べたら失礼だが、それでも演奏中に「負けるもんか」「おれはここにいるぞ」と、気の強い目立ちたがり屋はいて、やたら相手のおいしい部分をもってゆこうとする。
私はそういうジャズが嫌いだ。うるさいドラムというのは、強引に他人を仕切って不快にさせる「朝生」の田原みたいなものであり、あるいは品性の下劣さが正面に出ている勝谷誠彦の叫きのようなものなのである。



もうひとつ生理的に受けつけず聴かないのにラップがある。
聴かないからそれでいいのだが、今や一大ジャンルだからいろいろとコラボしてくる。
たとえばCandy Dulferを聴いていると、2000年以降のアルバムだと、やたらラップと絡んでいる。この種の音楽は惜しいとは思わないので出て来るたびにズバズバ削除して行く。すると10曲入りのアルバムで残ったのは2.3曲なんてことになったりする。この辺は割り切るしかない。というかそんなにまでして聴かなきゃいいのだが。CandyのAlbumはぜんぶもっているが1枚の収録曲がやたらすくない(笑)。



George BensonのAlbumも同じ。私は彼のギターが聴きたいのにやたら歌うものだから、歌を削除してしまう。するとこれまた10曲入りのアルバムが3曲ぐらいになったりする。

削除の方法は2種類あり、iTunesからのDeleteはiTunesからのみの削除。HDDに音楽ファイルは残る。FittleでのDeleteはHDDからも削除する。これを使い分けている。Candyのラップは完全削除。Bensonは表面的削除だ。



若いときの広く浅い趣味は、齢を重ねる毎に狭く深くなってゆく。
いまだにRockオンリーという友人もいる。それはそれでいい。
私はClassicとJazzだけになってしまった。Rockはまず聴かない。
それはそれで私の年輪だ。
そうしてやっと本物にたどりつける。

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ここで「小林よしのりが年齢相応の音楽をもっていなくて気の毒だ」というのを書き始めたのだが、これはこれで長くなりそうなので別項にしよう。
  1. 2011/06/20(月) 17:03:32|
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旬の食卓──茗荷の季節

日本に生きていると四季に操られていることをしみじみ感じる。
四季を楽しんでいると言いたいが、どうにもあちらが王様で、振り回されている感覚だ。
私は俗な人間なので、生涯四季には振り回され、「四季を楽しむ」にはなれない気がする。
それでじゅうぶんだけど。



冬場は湯豆腐だ。春になり、夏日になった四月には、いよいよ夏到来と冷奴にしたりする。
でも梅雨冷えにはまた湯豆腐にもどって、まだ湯豆腐を楽しめることを喜んでいる。

今朝は肌寒いので、晩酌ならぬ寝る前の朝酌を、お湯割り焼酎レモンハイにしたが、そのあとこれまた夏の定番のアイスコーヒーを作って飲んだ。そういうバラバラもこの季節の特徴。
もうすぐ冷房のない私は水風呂の季節に突入する。
さすがに湯豆腐はこれから半年以上出来ないだろうから、半袖では寒いいま、もう一回やっておこうか。



大好きな茗荷が旬を迎え安くなっているのがありがたい。
夏が旬の茗荷に湯豆腐というのもこの時季ならでは。乙なものだ。
生姜を擦り、香りに柚子は缺かせない。これは冬のものなので乾燥柚子だけれど。
料理とすら呼べない単純な食物の、奥の深さに感嘆する。
温かい豆腐と、生姜と茗荷とかつを節の香りを満喫する。



茗荷はなぜか昔から「あまり食べるとバカになる」と言われてきた。なぜだろう。
特にこどもには、田舎では厳禁だった。
神童だった私がただのバカオヤジになったのは茗荷好きだったせいか。

茨城で老父母の面倒を見ていたころ、旦那さんに早く死なれ、こどもたちも寄り付かなくなってしまった近所のひとりぐらしのおばあさんが、母と茶飲み話をするために、庭で栽培していた茗荷をおみやげに持ってきてくれた。スーパーで茗荷を見るたび、買うたび、そのことを思い出す。父母もそのおばあさんも鬼籍のひととなった。

反日売国奴雁屋哲(マンガ「美味しんぼ」の原作者)は大嫌いだが、彼が「美味しんぼ」の一篇で書いた、「日本を何十年も離れていた日本人が帰国して、味覚として残っている幼い頃の郷愁の味を探す→それが主人公山岡にもわからない→あれこれやって、やっとわかった→それは茗荷の香りだった」という話には同感する。私も茗荷のない国で暮らし、十年ぶり二十年ぶりに茗荷の香りに接したら泣いてしまうだろう。それは決して大好きなパクチーでは感じないものだ(笑)。パクチーを好きになったのは成人してからだから。



大の漬物好きなので、スーパーの漬物に満足できず、とうとう自家製のぬか漬けを始めた。といっても冷蔵庫の中で出来る「簡易ぬか漬け」だが。それでも既製品とはちがう。うまさがちがう。こんなにもちがうのかとおどろいた。それはまあ工場で大量生産して──ここまではしかたないとしても──ビニールに詰めて日が経ったものとは、自分で漬かり具合をチェックして好みの時期に食べられるのだからちがって当然だ。
この胡瓜や蕪、茄子のぬか漬けに、すりおろしの生姜、刻んだ茗荷、水で戻した乾燥柚子をふりかけて食うと、なんというか、しみじみと日本人を感じる。酒はもちろん日本酒だ。で、池波正太郎の食のエッセイを読む。

この楽しみは牛豚の屍肉を食うのとは別次元にある。
  1. 2011/06/19(日) 08:19:43|
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疎開の嘘がバレた「きっこさん」──「少年H」との共通点──エア疎開(笑)

放射能から逃げるために九州方面に疎開し、のどかな山村から、東京にいることの危険をさんざん煽ってきた「きっこさん」が、多くのひとが推測していたとおり、じつは東京にいたことが判明した。「疎開」は大嘘だったわけである。

《山口県なう。やっと全部の連絡が取れてホッとした。朝イチで岡山に向かって、岡山の友人に三ノ宮まで車で送ってもらう。関西エリアの友人宅で一泊。日曜日には海でのんびり。月曜日もちょっと先の海でのんびり。火曜日に東京入り。火、水、木で東京のマンションを引き払って、パンダで西日本に帰還》

という筋書きだったらしいけど「山口県なう」が東京都から発信されていてはおかしいよね(笑)。

うまくおびきだして証明した経緯はこちら。
罠を仕掛けてくださったかた、ありがとうございます。お疲れ様でした。無責任なデマの拡散に憤っていたひとりとして、御礼を言わせて頂きます。

またすでに6月3日に俳句関連のteacup掲示板に投稿し、そこでのソースからも東京にいることがバレていたことが判明した。もう絶対に言い逃れできないところに追い込まれている。

その情報は2ちゃんねるの「きっこさん」スレの730番にある。こちらもお疲れ様でした。感謝です。



ご本人はインターネットで懸命に調べては嘘の山村生活を演じていたが、ここのところそれも苦しくなっていた。
嘘ってのはほんと、ひとつつくと、それをカバーするためにみっつつかねばならないから、ねずみ算的に増えてゆく。どんなに頭のいいひとでも辻褄があわなくなって破綻する。

「疎開ネタ」に行き詰まり「東京に戻る旅」を演出。
昨日から今日にかけて岡山から兵庫へと実況中継。
いま明石を通っていると明石海峡大橋の写真をツイッターにアップすれば、「その写真、日付が3月21日ですよ」とファイル情報を読まれて赤っ恥をかき、「写真を見せると約束していたひとがいたのでつい以前の写真をアップしてしまった」と苦しい言い訳。でも明石だか三宮だか神戸だかにいるひとのリモートホストが「東京都」と証明されては逃げられない。それも見知らぬ東京都なら「代役で友人に書いてもらっていた」なんて嘘もつけるが、長年愛用しているADSL(笑)なのだからごまかしようがない。



このひとは「調べ物」と「後付け」で、あらゆる方面に嘘をつきまくってきた。私にも見抜けたものがいくつかあったが、最もよくそれを確認できたのは競馬だった。こちらは40年近くほんとうにやっている。一応職業の一ジャンルでもある。馬券で地獄も見ている(笑)。

そういうこちらからは、競馬などまったくやってこなかったひと(実際ほんの数年前の日記では大好きなパチンコと対比して競馬競輪を否定している)が、「4歳の時の父との思い出ホワイトフォンテンの日経賞」という「始まり」を創り上げ、そこから「たまにしか会えない離婚した父親」との話題のために「中学生時代にはいろいろな必勝法を考案した」とか「競馬大好き少女」まで創作し、嘘を重ねて虚構の「競馬好き人間」を構築してゆく流れが明確に見えた。いつしかタマモクロスやメジロマックイーンとか、あたかも時代体験しているかのように名馬の名まで上げ、その設定に自分自身も酔い始めていた。要するにそういう性格なのだろう。「きっこさん」は自分の嘘に酔うひとなのだ。



もう40年ほど前、「森進一と婚約していた。捨てられた。中絶させられた」と訴え出た女がいた。ひどいブスで、いくら森進一が女癖が悪くてもこんなのには手は出さないだろうと思ったものだ。だって芸能界の美女とやりたい放題なのだから。
だが、出会いからセックスまで涙ながらに克明に語るこのブスに一部週刊誌はだまされ、森進一を悪人にして報道した。後に狂言とわかる。ああいう気違いというのは妄想を重ねているうちに現実との区別が付かなくなり、ほんとに森進一とつきあい、セックスをし、捨てられたと思い込んでしまうのだろう。その迫力が芸能レポーターを信じさせることになった。
私が妄想気違いの怖さを知った最初になる。その後も今にいたるまで思い込み人間の怖さは共通だ。一貫している。



「きっこさん」は、一度思い込むとその方面に猪突する。調べまくる。凝る。その熱意はそれなりに才能だろう。
エアギターのように、今回のニセ疎開をネット用語では「エア疎開」と呼ぶらしいので、それに倣えば「きっこさん」の創り上げた「エア競馬好き少女」は、競馬のことを何も知らない人がインターネットで情報を掻き集めて作り上げた後付け虚像としてはなかなかよく出来ていた。それこそ半端な競馬歴10年程度の人なら簡単にだませたのではないか。かなりがんばって急速に競馬知識を身につけていたし、そういう努力が自然に出来てしまうのが「猪突猛進型妄想人間」の特質なのだろう。

ごく短期で酒談義なら私なんかとでも競馬が話せるぐらいの知識を身につけたのはたいしたものだ。それはどんな客とでも話せるよう多方面の話題を身につける一流銀座ホステスの資質に通じる。
でも私は即座に気づいた。これは競馬を知らない人がインターネットで掻き集めた知識で作った虚像だと。
あまりにきれいによく出来ている嘘は嘘とバレやすい。



「少年H」というまったくのデタラメ反戦インチキ本を思い出した。戦争を知らない世代はだまされ、大ベストセラーになったが、ほんとうに戦中を体験してきたひとはみなその嘘に気づき、告発本が連続した。なにしろ戦後になるまで発表されなかった軍事機密さえも片田舎の小学生が知っていて戦争を嘆いているのである。なんと滑稽な珍本であることか。

だが、これが言いたいことなのだが、著者の妹尾河童は、嘘で構築するインチキ本であるからこそ、バレないようにと気を使い、講談社の「昭和二万日の全記録」を精読して、多くの事実を引用したのである。それが裏目に出た。平成になってから出版された「昭和二万日の全記録」には書いてあるが、当時の国民には知らされてなかったという絶対的事実を、知っていることとして羅列してしまっては、「エア戦中少年」であることがバレてしまう。「昭和二万日の大記録」が後付け本であることを知らず、無意識で後付けをやってしまったのだ。ネット風に言うなら「ソースにだまされた」になる。正直に、ろくにものを知らない田舎の少年のままで書いていたらバレなかった。嘘を嘘と見抜かれないよう小細工を連発したものだから、嘘がバレてしまった。

「きっこさん」も似ている。「エア疎開」を本物に見せようと、九州(あるいは四国)と思われる地の天候や風習や料理について、それらしきことを書けば書くほどニセモノっぽくなった。今回の「エア帰京」も、さっと帰ればよかったのである。よせばいいのに、「西日本に疎開しているというウソ」を本物らしく見せようと、実況中継というインチキを始めて墓穴をほった。嘘の手法と、それがバレた流れが「少年H」と酷似している。

思い上がりも共通だ。妹尾河童も「きっこさん」も、そういう手法でだませると思い込んでいた。他人を甘く見ていた。一度はそれなりにだませているからこそ、バレたあとは惨めだ。



さて今後の流れはどうなるのか。三ヶ月間積み重ねてきた嘘がバレた「きっこさん」は、その対策を考えているのか現在は沈黙中である。
嘘つきは嘘を認めずさらにまた嘘をつく。今度はどんな嘘をついて逃げようとするのか。けだし見ものである。

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ただし「きっこさん」には「複数説」があるので、そのうちのひとりが東京だったというのはありでしょうね。今回の一件でよりそれが明確になってきた気がします。
今回の総括は「ネット知識のないひとが餘計なことをして墓穴を掘った」に尽きます。そういう役割分担によって「バレない」ことに自信があったのでしょう。ほどほどにしておけばよかったのに「調子に乗りすぎ」です。
どんな天才詐欺師だって、ネット社会で千人万人を敵にまわしたら勝てないって(笑)。

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【補記】──「きっこさん」にだまされるタイプ──石川喬司さんのこと

本気で競馬をやってきたなら「きっこさん」の即製競馬にはだまされないのだが、世の中には、石川喬司さんのように競馬歴60年以上もの業界の大家なのに、ころっとだまされているひともいる。親しくメール交換し、著書をプレゼントし、「親孝行で聡明な女性」と褒めている。こういうのを明き盲と言うのだろう。
私はこの事実でまたひとつ石川さんというかたの本質を見た気がした。競馬で辛酸をなめてきたひとなら「きっこさん」のエア競馬に気づかないはずがないのだ。

なのに「4歳のわたしが父と一緒に見たホワイトフォンテンの日経賞の時、石川先生も寺山修司さんと一緒に競馬場にいらっしゃったのですね。感激です」なんてメールをもらうとイチコロだ。うまく手の平に載せられていじられている。あの種の人間をだますのは簡単だ。「おれおれ詐偽」が成功するはずである。これは決して石川さんが八十翁だからではない。惚けたのでもない。分別盛りの五十歳の時でもだまされたろう。いわゆる「ツボ」なのだ。詐欺師の「きっこさん」は、この手の人間をだますツボを知っているのである。

石川さんのようなかたは、「4歳の時、父と行った競馬場。そこで目に止まった白い馬。父に勧めた。その馬が勝った。大穴的中。父と一緒に食べたご馳走。その後両親は離婚した。幼い頃の父との思い出」のような話に弱いのだ。これぞ競馬ロマンと思っている。きちんと文章を読めば、あちこち矛盾だらけで、「きっこさん」の語る「父母の話」がいかにおかしいかすぐに気づくはずなのだが。



ついでに言えば私もホワイトフォンテンの日経賞の時には競馬場にいた。ホワイトフォンテンはハイセイコーの同期馬だ。タケホープの勝ったダービーにも出ている。父はノーアリバイ、母はレベッカの弐。こういうのも空で言える。芦毛の逃げ馬であることと、ノーアリバイという父の名から「白い逃亡者」と呼ばれた。テレビの「逃亡者」、リチャード・キンブルが高視聴率だった時代だ。初心者のあのころは母馬のこの「レベッカの弐」という名が不思議だった。なにしろカタカナ基本の馬の名なのに漢字交じりである。

私は地を這う競馬をしてきた。石川さんのように特観席から高尚な競馬を語っていたのではない。だから「きっこさん」の嘘が一発で見抜ける。
私はこういう「初めての競馬場。4歳の娘が白い馬に惚れる。父にその馬を推奨する。父がその馬の単勝馬券を買う。それが大穴的中になった」のようなわざとらしい「物語」が大嫌いである。石川さんは大好きだ(笑)。実質的な優駿エッセイ賞審査委員長として、今までもこの種の嘘にだまされて、何度もそういうのに大賞を授けている。授けた後、それが競馬なんてぜんぜん知らない女の賞金狙い作り話と解って、だまされたと頭を抱える。でもその後も同じ失敗を繰り返す。「ツボ」を突かれると即昇天なのだからしょうがない。



突如として「きっこの日記」に石川さんの名が登場し、「こじつけ予想」を基本に、親しい交友が語られ始めたとき、「ああ、まただまされてら」と思ったものだ。でもある意味、石川さんに罪はない。「おれおれ詐偽」でだまされる田舎の老人がそうであるように。
罪はないが、かなりみっともない。

おそろしいのは、「こいつなら騙せる」と標的を定め、確実に落とす詐欺師の感覚だ。「きっこさん」は石川喬司さんを自由に操れることを本能で察知していたのだろう。詐欺師のカモを見つける目はさすがである。
安部譲二、石川喬司と、「きっこさん」のジジー転がしは見事だ。

しかしここでまた思うのは、騙されて欲しくないと願うひとは騙されていないという事実だ。
安部譲二、石川喬司、所詮詐欺師「きっこ」に騙されるレベルのひとである。



★どうでもいいことだけど「レベッカの弐」の答。未出走馬なのですね。牧場で生まれたとき、母親レベッカの弐番目の仔ということで「レベッカの弐」と呼ばれます。そこから育成させ、競馬デビュウするときにカタカナの競走馬名がつくわけですが、脚部不安等で厩舎入りすることなくそのまま繁殖牝馬になると「レベッカの弐」という仔馬の時の呼び名が生涯の名前になるわけです。あのころは知らんかった。不思議な名前だと悩んだものです。
  1. 2011/06/18(土) 22:44:55|
  2. きっこ
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大震災話──ひさびさの縦揺れ恐怖

今日の午後18時58分の地震は怖かった。
最初にドンという縦揺れがあったからだ。
これは怖い。私は地震慣れしている方だけど、あの縦揺れの恐怖は別格だ。

パソコンに入れている緊急地震速報ソフトが警報を発し始めた。
ドンとあった数秒後、来るなと覚悟する。
建物がメキメキとなるかなりのものだった。

マグニチュード4.7の震度3だからたいしたことはないのだろうが、震源地が千葉とちかくだったものだから、数字以上のものを感じた。

地震に備えて私はなんの準備もしていない。水も食料もない。最低限のものは用意してバッグに入れておくべきなのだろう。水、乾パン、懐中電灯、ラジオ、電池、ヘルメット。今日の地震はそんなことを考えさせられた。

世の話題は放射能だけど、私は大地震がもういちど来るような気がしてそちらが怖い。

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20時半にまた来た。今日は揺れる。
  1. 2011/06/18(土) 19:49:59|
  2. 地震
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ディスプレイ故障──反省して原点復帰

00pc5.gif喉元過ぎれば熱さを忘れる。
いつしか原点を忘れていた。
3月11日のあの地震。
戦後最悪となった大被害。
計画停電が実施され、ガソリンスタンドには長い列が出来た。
スーパーからもコンビニからも品物が消えた。

それを経験してきたのに。
被災地を想い、決して買いだめなどしなかったのに。
すこしばかり生活が落ち着くと、ディスプレイが1台になったのでつまらないなどとたわけたことを言っている。
計画停電の時はパソコンなど使えなかったではないか。

競馬などとてもやる気になれず、再開されてもずっと自粛していた。



原点に戻ることにした。
あのころの気持ちを持ち続ける。

常時接続のネットは切り、こういうアップの時だけ繋ぐことにする。
どうしてもネットで調べねばならないときもあろうが、実際にはほとんどない。
たとえば漢字を調べたいと思ったとき。
漢字辞典は手元にある。それを引けばいい。でも分厚いそれを開くよりネットの方が楽で早いからついついやってしまう。それだけのことだ。

インターネット料金が高かった頃のように、調べたいことがあったらメモしておき、一日に一度一時間ぐらい接続するようにしよう。思えば、インターネットの便利さに埋没することにより、生活がだらしなくなった面も多々ある。

ディスプレイが壊れたのは単に寿命だろうが、自堕落な自分への戒めなのだと解釈することにしよう。
便利なデスクトップは高性能すぎるので、ここしばらくはすこしばかり旧型のノートブックだけを使い、それしかないのだという環境で生きることにする。またノートを持って図書館通いでもするか。
  1. 2011/06/18(土) 06:12:20|
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ブログ考──ネタを案じてくれる親切なライブドア──竹脇さんとプロレス

livedoor2




ライブドアブログにログインし、文章を書こうと思ったら、上部にこんなのが表示されていた。

livedoor

ブログを書くネタのないひとにテーマを提供してくれているらしい。
その右端には「シャッフル」とあるから、それをクリックするとちがったネタを掲示してくれるのだろう。

でもブログってそんなにまでして書くものか?
「なんとしても書かねば。でもネタがない。なにも思いつかない。なんとかならないか」と苦しむようなものでもあるまい。
まあ惚け防止としてブログを書くことを日課にしていて、それでいてネタに困っているるひとには役立つだろうが。

世の中にはブログを始めては見たものの数日書いただけで抛りだしているひとも多い。
こういうライブドアの心遣いが役立つことがあるのだろうか。



もう三十年ぐらい前の話。
竹脇無我さんとFM東京の番組をやっていた。竹脇さんがナレーター。私が構成していた。7年続いた。
毎週土曜午前10時。「光と風のアラベスク」。

竹脇さんも私も大のプロレス好きだった。
まだ馬場猪木全盛の時代。
竹脇さんの人柄から推測できるように竹脇さんは全日派。猪木とは合わない。

収録は月2回。2本取りした。
その合間、いつもプロレスの話で盛りあがった。会場にも一緒に行った。
馬場夫人が竹脇さんのファンでいつも特等席を用意してくれた。
テレビカメラに映る席である。夫人は竹脇さんが馬場派であることをアピールしたい。
時は新日全日大戦争時代。ブッチャーを引き抜かれてシンを引き抜き返したりしていたころだ。
当時のヴィデオを見るとリングサイド最前列に竹脇さんと私が並んで映っていてくすぐったい。

竹脇さんと私がプロレス話題で盛りあがるのに参加できないディレクターが、自分もプロレスを好きになりたいから、連れていってくれ、その魅力を教えてくれ、と言いだした。
竹脇さんも私も、なんとなく、黙ってしまった。

プロレスでも競馬でも、好きになるひとはいつしか自然に好きになっている。
ああいうものは努力して理解するものではない。
竹脇さんも私もそれを知っていたから、ディレクターの申し出にとまどったのだった。
その後も、彼をプロレスに連れて行くことはなかった。
いまも自信を持って言える。あのディレクターがプロレスを好きになることはなかった。
それは本能でわかることだ。



ブログも、好きなひとは自分でネタを見つけて書いて行く。
続かないひとは、ネタを掲示してやっても、やはり書かない。
「馬を水ぎわまで連れて行くことは出来るが」と同じ事だ。

自分のところを利用しているブロガーに、より頑張ってもらおうとするライブドアの姿勢は好ましいが、残念ながらさほどの効果はあるまい。
  1. 2011/06/17(金) 05:23:32|
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ディスプレイ故障──不便にもどれない

00pc5.gifいやあつまらん。なんともつまらん。なんもやる気になれない。
シングルディスプレイ生活がこんなにつまらないものだとは思わなかった。
どれぐらいつまらないかというと何もする気になれない。
ブログを書く気もない。
ここ数日、なあんもしとらん。困った。深刻だ。



もともとパソコンで同時にいろんなことをやるのが好きだった。
NECの9800時代、OSはMS-Dosで不便な時代だった。ソフトの起動はいちいちコマンドを打ちこんで命じねばならなかった。それでも、テキストエディターで文章を書きつつ電子辞書が引けるようになったときはうれしかった。

Windows時代になり、98のころは複数のソフトを起動させては640kのユーザーリソースの壁で固まりまくっていた。音楽はまだ背後のラジカセから流していた。
ユーザーリソースの壁が2000になって解決された。テキストエディターと辞書ソフトを同時起動させ、パソコンからmp3に圧縮した音楽を流しつつ作業できるようになった。マルチタスクの実現である。あのときの感動はいまも覚えている。

インターネットは、まだ値段も高く、そして遅かった。15MBのiTunesをDownloadするのに、午後11時から午前5時までの使い放題という契約で、6時間掛けても完了しなかった。それがつらいので、友人にアップルストアで入手したiTunesをCDで送ってもらったりした。

iTunes最新版を調べたら200MBあるらしい。10倍以上になっている。しかしブロードバンドは当時のアナログ4k/sの何倍になったろう。そんなもの一瞬でDownloadする。

日々CDをmp3に変換してハードディスクに入れた。HDD内の音楽が「3000曲を突破した」と友人に鼻高々で書いたものだった。いま5万曲を越えている。



デュアルディスプレイにした5年前は、ADSLを契約したころだ。高速回線による本格的インターネット時代の到来だった。
いま一面ディスプレイになったとはいえ、あの感動したWin2kの時よりも遙かに便利な環境にいる。なによりインターネットの充実が凄い。自作パソコンの能力も桁違いだ。
あのころ30GBのハードディスクは大容量で高価だった。私はそれをOS用、Data用、音楽用と3台使っていることがちょっとした自慢だった。いま私のHDDは2.5TBだから何倍になったろう。

そういやデュアルCPUのマザーボードを買ってきて組みあげたっけ。CoreをふたつにするにはふたつのCPUを使わねばならなかった。今はひとつのCPUに4コ、6コのCoreがある時代だ。隔世の感。
ハードやソフトにずいぶんと金を使った。そのことに悔いはないが何一ついまに繋がってないのはすこしくやしい。だって衣類だって自動車のような機械だって大事にすれば今でも現役だ。なのにパソコンときたら……。

あのころとは比べものにならないぐらい便利な環境にいて、2台使っていたディスプレイが壊れて1台になっただけなのに、この喪失感はなんなのだろう。この程度のことでやる気をなくしている自分に腹が立つ。



自己弁護しつつ分析してみる。
私は日々のパソコン作業を、正面の仕事ディスプレイで3割、右側のサブディスプレイで遊び7割で、やっていた。その7割がなくなってしまったのだから辛い。なくなってしまったとはいえ音楽を流しっぱなしには出来るし、ブラウザを起動したままにしておいてチェックも検索も出来る。しかしいつも常時サブディスプレイで表示されていたそれらはいま見えない。それを見るには、テキストエディターを隠して、あらたにそれらをクリックせねばならない。その切換が煩わしくてたまらないのだ。



私にとってパソコンは仕事と遊びの両方だった。それを同時進行させるから愉しかった。
一般にはパソコンは1画面で、みな会社では仕事、自宅では遊びに使っているのだろう。
私は自宅仕事だから1面を仕事、1面を遊びに使っていた。その遊びが使えなくなった。いや、使えるのだがいちいち切り替えねばならない面倒な状態になった。

解決法は簡単だ。分離させればいい。
2時間文章を書き、30分インターネット閲覧で遊ぶ、のように。
それはわかっている。そうすればいいだけの話だ。

だが、10時間ぐらい連続でパソコンに向かい、文章を書くこと、辞書を引くこと、音楽を聴くこと、インターネット閲覧をすること、ブログを書くこと、ツイッターすること、マンガ(電子書籍版)を読むこと、メールすること、メールの返事を書くこと、映画を見ること、Downloadしたテレビ番組を見ること、料理のレシピを探すこと等をぜんぶ同時進行させる生活をしてきた。最後の「料理のレシピ」は最近始めたのだが、酒の肴を作るのにインターネット情報はほんとに便利だ。
これらの中で正面のディスプレイでやるのは、「文章を書くこと、日記を書くこと」だけだ。あとはぜんぶサブの領分だった。

テキストエディターで仕事文章を書きつつ、サブディスプレイで友人へのメールを書き始める。そのことで疑問に思った用語があったのでネットで検索する。そのことから思いついた音楽家がいたのでWikipediaで勉強する。iTunesの中を探し、それを流し始める。聴きながら、それらのことをこの十数年闕かさずホームページ・ビルダーにつけている日記に書く。友人へのメールを書きあげて送信する。テキストエディターでの作業に戻る。

のようなことを同時にするのが愉しかった。それは2面のディスプレイで流れるように進んだ。
いまは大渋滞だ。1面しかないのに2面のときと同じようにしようとするからすべてがうまく行かない。



Windows2000の時の感激を思い出し、しばらくはインターネットも切り、辞書を引きつつ文章を書くこと、BGMを流すこと、だけにすればいいのかも知れない。

まいった。5年間の生活習慣とは大きいものだ。たかがディスプレイが1台壊れただけでこんなに困るとは思わなかった。やる気がないものだから部屋の掃除もしていない。洗濯もしてない。生活そのものが荒れはじめている。

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★「だったら馬券なんかやめてディスプレイを買いなよ」はまた別の話。
  1. 2011/06/17(金) 04:58:49|
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白川道「祈る時はいつもひとり」──またしてもタバコタバコ、ピースが煙い(笑)



鮮やかに甦る激動期の香港。自由と友情と愛を賭けて、男は黒い勢力にひとりで戦いを挑んだ。祈りを込めて―。

バブル崩壊前、今や伝説となった仕手株「風」を動かしていた三人の男たちがいた。ひとりは謎の事故死を遂げ、ひとりは巨額の金とともに姿を消した。残されたひとり―茂木彬は愛する女のために、失踪した親友の捜索に乗り出す。
幻冬舎 上下巻 各1785円。




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 デュアルディスプレイの一台が壊れてシングルディスプレイになった。パソコンがつまらないので本を読んだ。小雨のぱらつく梅雨時の天気だったし。
 図書館で借りたものの、すこしだけ読んで、つまらないので投げだしていた一冊。上下巻だから二冊か。返却日が迫っていた。
 昨年10月発売。1995年に小説雑誌に連載した作品を15年後に加筆修正して出版したもの。香港返還が1997年だった。変換前の香港もすこし出て来る。
 白川さんの作品と言えば1ページに一度は出て来る喫煙シーン。最近の作品でも喫いまくるが、それでも近年は禁煙の場所が多くなったのでいくらかは減っている。作品の中で「禁煙なので吸えなかった」なんて出て来る(笑)。よほど立腹しているようだ。
 その点これは15年前の作品だから、それはもう喫いまくる。今回のこだわり銘柄はピース。やたらめったらありとあらゆる場所でとにかくピースを喫わないとこのひとの話は進まない。重度のニコチン中毒だ、本人も作品も。なんともそれが……。



 ネットの感想文をいくつか読んだ。ブログにアップするぐらいだから当然白川ファンなのだろう。美点のみ取りあげて絶讃している。ファンは痘痕も靨でなんでも受けいれてしまうらしい。すぐに目につく缺点に対する指摘もなかった。白川道さんの小説はずいぶんと雑だ。愉しければそれでいいやといういいかげんな読者の私ですら目についてたまらないのだから辛口の書評家ならもっと辛辣になるだろう。作家が雑だとファンも雑だ。



 そんな中、「いったい何本ピースを吸っているのか数えたくなった(笑)」という感想を見かけ、すこしだけ溜飲を下げた。わかるひとはわかっている。それほどしつこくページ毎と言えるほど「ピースに火を点けた」が出て来る。

 二十代の時、自分もニコチン中毒だったからわかる。薬物中毒だから、ひっきりなしに吸う。吸わずにいられない。まずは朝起きて一服し、さて出かけるかと部屋の中で喫い、道路に出たら歩きながら吸い、電車を待つ駅で吸い、電車が着いたらまたその駅で吸い、と行動の区切りにいつもタバコがあった。

 白川さんはご自身が今もそうであり、嫌煙の流れを嫌い、死んでもタバコはやめない主義らしい。それはそれでいいが、小説の登場人物がぜんぶそのパターンなのは作家として失格だろう。タバコを喫うシーンがないと場面転換も推理も会話も恋愛も何もかも出来なくなっている。作品自体がニコチン中毒だ。

 ピースの香りや、あの群青色の小箱や、鳩の描かれたデザインのことが、何度も何度も出て来る。ハードボイルドタッチの作品の暴力シーンと「平和の象徴の鳩」を絡ませるのがお気に入りのようだが、これでもかというぐらい同じ比喩が出て来るのがなんとも陳腐に思えてしょうがない。まあこういうのも肯定派からみると「たまらない魅力」「しゃれた演出」になるのだろうが。

 それに学生時代に空手をやっていたとはいえ、その後なんの習練もせず、酒と煙草ばかりの自堕落な四十男が、いきなり昔取った杵柄でいまも空手の達人なのには哂ってしまう。体を鍛えるシーンなどまったくない。鍛えていない。失踪した親友を本気で捜しはじめ、襲い来る日本ヤクザ支那ヤクザと闘うのだから、せめて酒と煙草を断って躰を鍛えなおすシーンぐらい入れて欲しい。あまりに雑。ご都合主義。疑問を持たずこんな小説を読める人は問題だ。

 そういえば二日間だけ酒とタバコを断つときがあって、それで主人公は顔つきからして変るのだが、んなアホな、である(笑)。



 それでも自分の関わっていた株の世界を舞台にしているから、なんとも雑な設定で読むに耐えなかった「最も遠い銀河」あたりよりは破綻がすくない作品と言えるか。

 白川道「最も遠い銀河」感想

 とまあ毎度文句を言いつつ読んでいるのだから、私は私なりに白川ファンなのだろう。

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【附記】──一例としての〝雑〟


 せっかくの大作を雰囲気だけで貶しては失礼なので一例を。
 主人公は巻末近くでいよいよ「悪の日本人ボス」と対峙する。70歳代の老人だ。そのとき思うこと。その表現。

《××(日本人ボスの名。伏せておきます)が重い瞼の下から、射るような目で私を見た。
 その目の光は、先日会ったときに見せたものとはまったく別の色を帯びていた。その目の光は、呉や、「日亜時事通信社」のビルの窓で一瞬だけ見た、あの鴻池の目の光を私におもい起こさせた。》


 なかなかいいですね。ついに意外な日本人ボスにたどりつき対峙します。その日本人ボスの鋭い目の光は、主人公がかつてリンチされたことのある香港の支那人ボスの呉というヤツや、一度だけ見たことのある戦後闇社会を牛耳ってきた日本人大物鴻池(モデルは小佐野賢治かな)を思い出させた、というものです。いいシーンです。なおこの「おもい起こさせた」は、正確にそのまま再現しています。「おもい」がカナ、「起こさせた」が漢字交じりです。こだわりなのか単なるミスなのか。その他にカナの「おもう」はないのですが。

 ラスボスとの対決を前にわくわくするシーンです。ご本人ものって書いているのでしょう。
 でもまともな読者ならここで「一瞬だけ見た鴻池の目の光」という表現に疑問を感じます。

 友人の謎の失踪を追う主人公は、いよいよ敵一味と本格的な闘いが始まる前、戦後闇社会の大物であるこの謎の老人を一目見ておこうと「日亜時事通信社」のあるビルを張ります。道路の看板の蔭からビルを見あげていると、じつに偶然に四階の窓が開き、そこから老人が顔を出します。それを見て主人公は、「あの禿頭の老人が鴻池か」と思うわけです。それが主人公が鴻池という大物を見た唯一の瞬間です。

 いま70歳代の日本人ボスと対峙し、自分を射るように見詰める目の前の男に、一瞬だけ見た80歳代闇社会ボスと同じ目の光を見たと書いているわけですが、主人公がその闇社会大物老人を見たのは、雑踏の路地裏から見あげた四階の窓、そこで一瞬だけ見た禿頭なのです。「鴻池の目の光をおもい起こさせた」って、四階の窓から顔を出した老人の顔を一瞬見ただけなのに、なんで「目の光」までわかるんだ、いったいどんな凄い視力なんだって話になります。視力10.0ぐらいないと無理です。

 でもそれ以前にこの禿頭は息抜きに窓を開け、のんびり空を見あげたのですね。背後から部下に声をかけられ、すぐに引っ込んでしまいます。ほんとに一瞬見かけただけです。
 どんな「目の光」も、それは対象によって変るものでしょう。この日本人ボス70歳と、戦後の闇社会で生きてきた80歳が、ともに地獄を見てきた老獪な鋭角的な目をしている、という解釈はわかりますが、それは主人公のような敵を目前にしたときのものでしょう。
「ついにオレのところまでたどりついたか。さすがだ」なんて感じで睨みつけてくる目の前の日本人ボスと、「ふああ、今日もいい天気じゃわい」なんて感じで四階の窓から顔を出したのを一瞬だけ見た老人の「目の光」を結びつけるのは、やっぱり無理があります。どうしてもふたりに共通した「目の光」を使いたいのなら、ホテルのロビーでニアミスするとか近距離での出会いにすべきであり、「路地から見あげた四階の窓」は、いくらなんでも不自然です。

 とまあ白川道さんの小説はこんなふうに〝雑〟なんです。上半身ダンディなのにズボンを履きわすれているような。それが魅力とも言えます。
 毎度思うことですが担当編輯者はなにを考えているのでしょう。こういうことを作家に意見して、よりよいものを作るのが彼らの仕事でしょうに。あきれます。私の「作家と編輯者は二人三脚」というのは古き良き時代への幻想なのでしょうか。

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【附記・2】──「冬の童話」のモデル

 ネットの感想文を読んでいたら、一応白川さんの全作品を読んでいるつもりでしたが、知らない作品タイトルに出逢いました。出たばかりの作品で「冬の童話」というタイトルのようです。筋書は「辣腕編集者が大手出版社を辞めて自分だけのちいさな出版社を作る。すぐに大成功する。そんな遣り手の中年男が若い娘と知りあっての恋愛小説」だとか。
 これを読めば誰でもこの主人公は、白川さんの本を出している幻冬舎の見城徹さんをモデルにしたのだと気づきます。見城さんは角川書店から独立して幻冬舎をつくり、ヒットを連発して一流会社に育て上げました。世話になっている身近な友人をモデルにしたイージーな設定ですが、だからこそ楽屋落ちもあって愉しいかも知れません。乗り掛かった船なので読んでみることにします。全作品読んでいるのにひとつだけ読んでないのもしゃくですから。

 ここのところ白川さんの本をあまり図書館で見かけません。この「祈る時はいつもひとり」も「冬の童話」もWikipediaの白川さんの経歴に書いてありませんでした。Wikipediaの早い項目は、たとえば芸能人が事件を起こしたりすると、その日の内に更新されます。いまだに「最も遠い銀河」から更新されていないのは、Wikipediaの白川さん担当も厭きてきたということでしょうか。

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【附記・3】──香港の描写&年齢差

 憎まれ口ついでにもうひとつ。香港の描写が安易です。いかにも小説のために事実婚の女房(中瀬ゆかり)を連れてロケハンにゆき、そこで見聞した景色や食事を書いているのがみえみえ。映画「慕情」の香港島のこととか観光案内のようです。

 それと、主人公は舞台である1995年に40歳の設定。45年生まれの白川さんはこのとき50歳ですから主人公と10歳年齢差があります。10歳上の白川さんが主人公に自分をかぶせるものだから、この主人公、ちょっと感覚や知識が古いです(笑)。
 上記の映画「慕情」でも、あの有名なテーマ曲「Love Is A Many-Splendored Thing」に思い込みのあるのは白川さんの世代で、主人公の世代にはないでしょう。まして学生時代は空手バカの設定なのだから。この10歳の落差は大きいですね。

 でもまあこれは楽しい笑いでケチをつけているのではありません。私も一応全作品を読んでいるのですから、この文を読んで立腹した白川ファンがいたなら、こいつはこいつなりに白川ファンなのだろうと思って許してやってください。
  1. 2011/06/15(水) 04:30:38|
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ディスプレイ故障──シングルディスプレイの不便

00pc5.gif5年ぶりのシングルディスプレイのつまらなさは予想以上ですっかりパソコンが楽しくなくなった。困った。

デュアルディスプレイだと、ブラウザも複数起動させておいて両面で見る。
するとたとえば、あるひとの馬券予想が当たっているかどうかを確認する場合、右にJRAの結果サイト、左にそのひとの予想を表示させておいて、比べながらチェックできる。シングルディスプレイだとそのふたつを切り替えねばならない。ブラウザの複数起動は今までと同じように出来るが、それを表示するディスプレイが1台しかないのだから意味はない。

携帯電話に慣れると電話番号を覚えなくなるように、何も考えずふたつのブラウザで見比べることに慣れていたものだから、予想を記憶(たとえば馬の名を5頭)して、サイトを切り替えて結果を見ねばならないことが面倒でならない。記憶したはずのその5頭の名があやふやだったりして、戻ってまた確かめたりする。なんとも面倒だ。



しかしこれは便利さに慣れた堕落であり脳のためにはそういう努力をしたほうがいいらしい。
私の生活で言うと、スーパーで10品を買ってきたとして、それを家計簿(笑)につけるとき、8品しか思い出せない場合、あとの2品がなんだったのか懸命に考えるのは脳のためにとてもいいのだそうな。苦しいのでいつもレシートを見てしまうが、この苦しさが脳の老化防止に役立つらしい。
そう割り切れば、見くらべるのに前者を記憶せねばならないシングルディスプレイの不自由さも脳の活性化に役立つとなるのだが……。



Download入手した「たかじん」を流しつつ日記をつけたりブログ文章を書いたりする最近の楽しみも、二面ディスプレイによる「ながら」だからこその楽しみだった。わかっていたことだがあらためて確認した。一面だと正面から見ねばならない。そのことに専念することになる。田島陽子の気違いじみた発言を苦笑してやりすごせるのも、あくまでもサブディスプレイの餘興映像だったからだ。一面しかないディスプレイで正面からあの顔と赤い意見に接するのはきつい。私はテレビが好きではないから、かわいい自作デスクトップ機をテレビの再生専用装置にすることにも抵抗がある。あくまでも横っちょのディスプレイからBGV風にちいさな画面で流れているのがいい。
 ブラウザ複数起動のようなことが出来なくなる不便は覚悟していたが、こういう遊びまですべて出来なくなったのでまいっている。



懸念していたとおり競馬は厳しいことになった。
株をやっている人が4面、中には8面も使っているように、こういう「情報取得」は多面ディスプレイの独擅場だ。
インターネットラジオの競馬中継を聴きつつ、JRA-Vanを起動してオッズをチェックしたり、I-PATで馬券を買い、その間、オッズをコピーしてExcelに貼りつけて「馬券日記」を書く。レース映像はレース後数分でアップされるから、すぐにその再生もする。情報が多く時間に追われる。二面でも足りなく、もっと欲しいと思っていたぐらいだから、いきなり一面になったのは辛かった。イライラしたので、いつもはいろんな情報を仕入れ、直前まで購入せず検討するのだが、今日はもう昼前に買ってしまい、パソコンを止めて、午後はレースまで読書をしていた。

そのことからJRAから80円振りこまれるという初体験(正しくは振りこまれたことをメールで知らされるという初体験)をした。

00kanren.gif「JRAから振りこみがありました」



金欠病から脱出して新システムを構成した日を夢見ると、「23インチ2面」になるのだろうか。私は23インチのワイド画面が好きではない。そもそもワイド画面とは一面ですこしでも多く情報を表示するためのものだ。私は大きな一面よりちいさな多面を好む。いまここで書いている愚痴も、19インチ一面にテキストエディターと以外のものを表示するのがいやだという話だ。いわば区別というか区切りの話である。だから極端な話、50インチぐらいのでっかいディスプレイがあったとしても、それでも満足できないことになる。一面にあれこれ表示するのがいやなのだ。
大きさは今の4対3サイズの19インチでいいから次は4面にしたい。いや17インチでもいい。競馬は愉しいだろうなあ。
ただそうなるとディスプレイを固定する可動式アームが必要になる。別の出費も覚悟せねばならない。いやそれ以前に今のマザーボードの出力は2面までだからパソコンを作りなおすことになる。こうなるともうまったく別の話になってくる。やはり23インチ2面か。

しかしここまで不便だともうどんな安物でもいいから、それこそサイズが合わなくて不恰好でもいいから、とりあえず2面に戻りたい。中古の17インチでも買ってくるか。
こんなにも不便だとは……。5年間の慣れは大きい。
こういうのって「ノート派」にはわからないだろうなあ。

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★馬券をやらなければそのお金で簡単に買えるのだけど、それとこれとはまた別の話。
  1. 2011/06/13(月) 03:08:22|
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内閣不信任案否決の裏側──『週刊新潮』より

00siso.gif
昨日読んだ『週刊新潮』に書いてあったのでメモしておこう。れいの6月3日の内閣不信任案に関する裏事情だ。
不信任案可決に必要な造反の数は82人。小沢が71人集め、鳩山派が20人だから、それで可決決定。なのに直前になって鳩山が仙谷枝野岡田の策略にはまって否決になった。

そう思ってそう書いた。
でも『週刊新潮』によるとそうではないらしい。

鳩山が自分の会派20人を集めて造反決起をしようとしたら、みんなから諌められたのだという。
造反して不信任案を可決し総選挙になったら皆落選する。それが怖い。今のままならあと2年国会議員でいられる。もういちど菅と話しあってくれと連中は鳩山に迫ったのだとか。
鳩山に従って造反賛成するのはたった3人だけ。鳩山はすぐに小沢に連絡する。この時点で82人に足りないことが決定した。小沢の敗北決定である。

真実がどうなのか知らないし知りたくもないが、どうやら鳩山派の足並みが揃わなかったのは事実のようだ。となると、鳩山がだまされての大逆転劇と思ったのだが、そうでもなかったのだろう。
しかしたった20人も引き連れられないとは、しみじみ人望のない「元総理」だ。
  1. 2011/06/11(土) 12:15:09|
  2. 政治
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ディスプレイ故障──ディスプレイご臨終

00pc5.gif
今朝、突然ディスプレイが壊れた。
右側のサブにしているほう。
電源が入らなくなった。
ちょっと焦げくさい臭いがしたからコンデンサが壊れたか。
昨夜までなにひとつ問題はなかった。



デュアルディスプレイにしたのは5年前だった。
17インチ三菱が壊れて19インチのAcerを買った。台湾製。三菱と比べると格下の格安品だったが不満はなかった。
秋葉原で安いのを見つけて衝動買いする。Cruceという見知らぬメーカー。19インチで29800円。当時としてはとんでもなく安かった。

私にとって液晶ディスプレイとは10万円以上する高級品だった。Acerも三菱が壊れて買った安売り品だが、それでも6万円した。三菱は液晶がまだ出始めたころで17インチで15万円している。このころはまだメーカーがすくなかった。
どうもこのころの感覚が強い。安くなってから買ったひとは液晶ディスプレイを高級品と考える私を笑うだろう。Cruceの29800円はもちろん目玉商品で「10台限り」とあったので急いで買った。19インチ液晶ディスプレイが3万円以下で買えるなんてとんでもない話だった。

デュアルディスプレイに憧れていたわけではない。あれは株とかをやるひとのもので、ごくふつうのユーザーである自分には無用と思っていた。いわば「あれこれ比較するひと」のものであり、なにも比較するもののない私には関係ない。

安いディスプレイを見つけて衝動買いしたことから始まった。きっかけとしては本末転倒である。しかしやってみると便利だった。嵌った。



元々私は自作のデスクトップ派で、ノートは旅先とか図書館に持参したときぐらいしか使わない。それがより極端になった。19インチを二台並べて使う味になれたら、狭い画面ひとつのノートはもう使う気になれなかった。

ノートはいわばバイクである。その簡便さと小回りが魅力だ。
対してデスクトップは乗用車だ。自作歴も10年を超えた。私はデスクトップを自分用にカスタマイズしている。
デュアルディスプレイの高性能デスクトップはトイレやシャワーまで完備したキャンピングカーのようだった。



目の前のAcerで文章を書きつつ、右側のCruceにiTunesやFittle等の音楽ソフト、広辞苑等の辞書を表示している。
ここのところずっとネットで入手した「たかじん」を右側のディスプレイで流しつつ「ながら族」をやっていた。50本ぐらい入手した。旧いものが多いが中身が充実しているので飽きない。それが今日から出来なくなった。



いまFittleからBeethvenのViolin Sonata「春」を流しながら書いているのだが、ディスプレイひとつなのでそれは表示されていない。音楽を流しっぱなしにしていて、「ん? これなんだっけ?」と確認するのが愉しい。

いや、あまり楽しいことばかりでもない。正直に言うと自分のバカさ加減に腹が立つ。確認すると「ああ、そうそう、××作曲の、歌劇××の中の××ね」と思うのだが、どう考えてもそれはしばらく前にもやっていたのである。つまり覚えない。同じ事を何度も繰り返している。これがもしも「試験」であり「課題」だったなら、真剣に取り組み一気に覚えるだろう。ところがおっさんになって何もかも「漫然」とやっているから、いつまで経っても覚えないのである。それでもまだそうして答がすぐにわかるからいい。これ、確認できなかったらつらいだろうなあ。「あの曲なんだっけ。誰のなんていう曲だっけ」と悩みつづけるのはつらい。

そう思っても、いままでは右のディスプレイを見れば即座に答がわかった。いまはあらためて音楽ソフトをクリックして表示させねばならない。これはデュアルに慣れた身には面倒だ。5年前まではそうだったのにもうすっかりそれを忘れている。便利に慣れると不便に戻れない。トイレ付きキャンピングカーに慣れてしまうと、トイレのためにどこかに寄ることが面倒になるのと同じだ。



価格comで調べたら、いまは23インチが2万円程度で買えるんだねえ。いやはや安い。信じがたい。

押し入れに電源が入らなくなった17インチの三菱のディスプレイがある。なぜ捨てないかというと15万円という買ったときの値段にある。15万円の品は壊れてもなんか捨てるのはもったいないのだ(笑)。液晶ディスプレイとはそういう高価なものだった。高額だったテレビが観音開きで豪華だったように15万円の17インチ液晶ディスプレイは、フレームのあたりがやたらがっちりして高級感を出している。そういう時代だったのだろう。押し入れを狭くしているので処分せねばならないのだが。
その点このCruceは安物なので未練なく捨てられる。安物だけに発色も気に入らずあまり好きではなかったが、一台だけになってしまうとまともに動いていた時期が懐かしい。

ヒューズ?が飛んだ程度だから故障としてはちいさい。だがこれを修理するとなると確実に1万円以上取られる。なにより梱包して送るのが面倒だ。それぐらい自分で直したいものだが……。
やはり修理よりも新品購入ということになるのだろう。新品の23インチが2万円で買えることを考えたら、5年前の品を同じ金額で修理する気にはなれない。
モノを大事にする物保ちのいい私としては不本意だが、あれこれ考えたらそれがいちばんとなる。それが資本主義であり消費生活なのだ。つい先日プリンタで経験した苦い体験をディスプレイでも繰り返すことになった。



金欠なので当面は一台で行くしかない。しかし、ふつうのひとは一面なのだ。一面で十分なのだ。本来一面のものなのだ。でも二面に慣れてしまうと不満が募る。

一面でも端っこに音楽ソフトや映像ソフトを表示させることは出来る。それはしたくない。画面が狭くなって不愉快だ。
一面が文章用作業スペース。その他のものはもう一面に、に慣れてしまうと元にはもどれない。これってトイレと風呂が別にこだわるのと同じだろう。ユニットバス嫌いだ。

さて、5年ぶりのシングルディスプレイ生活。どれぐらいで慣れるものか。
  1. 2011/06/11(土) 10:50:05|
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ロンブー淳の政界進出に賛成

私はロンドンブーツ田村淳の政界進出に本気で賛成しています。
http://blog.livedoor.jp/moneslife3/archives/51641714.html
  1. 2011/06/11(土) 09:39:19|
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3.11から三ヵ月

6月11日。
今日で三ヵ月か。

あの日を忘れないように記録しておこう。
  1. 2011/06/11(土) 08:48:44|
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日本の政局──バカ(鳩山)とズル(菅)とワル(小沢)

 ポスト菅直人をめぐる混乱、みていても馬鹿馬鹿しい。
 要するに史上空前の馬鹿とワルとずるの喧嘩である。それでも日本人は馬鹿とワルには、いたく同情することがある。横山ノックが当選したり、金丸信が不動の地位だったり。しかし日本人はずるは許さない傾向が強い。
 馬鹿がずるをペテン師と呼ぶのは自由だが、ワルのほうは裁判が始まるので、いまやレースから脱落、のこるは「自民党に政権を渡さない」だけが民主党の存在理由となる。(「宮崎正弘の国際ニュース・6月11日通巻第3348号)


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00siso.gif バカとズルとワルか。かなしくなさけなくむなしいが、日本の現実である。
 最悪のみっつの中で、さらに最もきらいなのはなんだろうと考えてみた。

 やはりズルがいやだ。
 バカ(鳩山)はバカでしょうがない。政治家なんてものにならなければ、関わらなければ、無害だ。
 ワル(小沢)はワルで、いまでも多くのひとが勘違いしているように、マイナスをプラスにすれば魅力的となる。でもワルはどこまで行ってもワルだけどね。いまだに〝剛腕〟とか言って幻想を抱いているひとをみると、しみじみアホだと思う。私の周囲にもいる。ワルはそれなりに魅力的らしい。

 ズル(菅)はなあ……。学生運動をしているころから、ええとこどりのズルだった。痛い思いや汚れ仕事はせず、おいしいとこだけをいただくズルだった。うまくズルをして総理になった。いま、その座にしがみついている。
 やっぱり一番きらいなのはズルだ。
 それがいま我が国のトップにいる。

 自分が、宮崎さんの分析する「日本人はバカとワルには甘く、ズルを嫌う」そのままなのに笑った。
  1. 2011/06/11(土) 07:49:44|
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日本と中国のちがい──日本の支那化

武田教授が日本と支那のちがいについて書いている。

http://news.livedoor.com/article/detail/5625175/

ごく簡明に触れているだけだが正鵠を射ているのでわかりやすい。
武田教授は、いま日本人が支那人化していると警告している。



支那は秦の始皇帝の時代からずっと「覇者」がいただけだ。それを次の強者が倒せば前政権の関係者は皆殺しにしてあたらしい覇権を築く。その繰り返し。それは絶対的存在である天皇のいた日本とは異なる。日本では最強の覇者となってもそれは天皇からお墨付きをいただく「征夷大将軍」まで。国家の主にはなれなかった。だからこその安定があった。それは強者の交代により何もかもがひっくり返ってしまう支那とはちがう。



これは高島俊男さんが「中国の大盗賊」でも書いている。支那における前記の「覇者」とは、みな「盗賊」だった。その中で最も成功したのが毛沢東になる。名もないひとりの百姓でも暴力集団を率いて天下のトップに立つことが出来る。それまでのすべてを否定して何もかも壊せる。日本では秀吉にまではなれても、その上に天子様がいる。過去の否定はできない。その差。





支那人と接していると同じ人間とは思えないほどのちがいを感じる。よく言われることだが、支那人となら外見の異なる紅毛碧眼の連中のほうが、マナーとか道徳観とか、よほど近しい。

日本人が支那人と仲良くつきあうのは無理だが、極力衝突をすくなくするために、大事の際にも最善の対処ができるように、そのちがいを正当に理解しておくことが肝要だ。

まず捨てるべきは「見かけが似ていることから抱く親近感」と「漢字文化圏」という愚かな勘違いだ。多くの識者が指摘しているようにこれは幻想である。

支那人は自分たちとは共通項のない人種なのだと認識することからすべてが始まる。



連続性のない支那の歴史だが、それでも各王朝の残したものを重ねて〝文化〟を築いてきた。
毛沢東の共産政権は、それをぶち壊した。破壊した。消滅させた。
支那の「盗賊王朝」の中でも最悪といわれる所以である。
どんな支那好きも、いまの共産党政権だけは容認できない。

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【補記】日本の将棋の独自性

日本の将棋は捕獲した相手の駒を次は自軍として使える。インド発祥の将棋でこんなルールは稀有である。チェスのように使えないのがふつうだ。そのことによって将棋は分岐度合が増え、難易度が桁違いになっている。

日本の歴史において最も安定していた江戸時代の藩にもそれが現れている。大名は親藩、譜代、外様と分別され、本来なら覇者にさからった外様も、大名(地方の政権担当)として活かされている。将棋と同じだ。支那なら外様は、いや中立だった譜代も、皆殺しにされている。重用されるのは親藩の、それも血縁のあるごく一部だけだ。支那と日本はちがう。その理解から一歩が始まる。



帰国した中国残留孤児が日本社会でうまくやれない。問題が連続している。流れる血は日本人でも支那で育てば支那人なのだ。育ちは血よりも濃い。
  1. 2011/06/10(金) 17:30:11|
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私のブログの「きっこさん」まとめ

ツイッターを読んで「きっこさん」に関する文を読もうと来てくださった方へ。
私は今まで「きっこさん」について2回書いています。
一度目は下記。3月22日。「きっこさん、疎開」です。
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51620550.html

二度目は下記。3月30日。「不安を煽るきっこさんのツイート」です。
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51622659.html

このあと4月5日に、「きっこさん」のあまりに高飛車で独善的な言いかたに憤慨し三度目の文を書きます。これはかなり過激だったので削除しました。内容には責任を持っていましたが、異様にアクセスが増えたのが気味悪かったからです。ライブドアブログの「アクセス解析──キイワード」というのを開くと、「きっこ」がとんでもない数字で一番でした。私には有名人でアクセスを増やす趣味はなく、むしろ逆の感覚なので急いで削除しました。ネット上に存在したその文章の時間は数時間だけでしたが、それでも覚えているひとがいて、再掲してくれとメールをもらいました。多くのひとが反発している今ではタイミングを逸しましたが内容は正当なので機会があったらやりたいと思います。

もうあんなものに立腹しないようにしようと思いつつも、無責任に放射能不安を煽りたて、福島のこどもを心配するポーズを取りつつ、自堕落な生活からツイートを繰り返す姿勢に苛立ちを覚えていました。
そんなときに2ちゃんねるの「ニュース議論」板に「きっこさんスレ」があることを知りました。いま日記を見ると4月21日です。

私は2ちゃんねるのニュースは「ニュース速報」と「芸スポ速報」しか読まないので「ニュース議論」という板を知りませんでした。見知らぬそこに何がきっかけで出かけたのか未だに不思議です。
ともあれそれからはそこにある多くのひとの批判を知り、ツイッターでのkikko botzさんの活躍もあって溜飲を下げました。私がやろうとしていたのは「きっこさん」の無責任なつぶやきを俎上にあげてブログで批判することでしたが、kikko botzさんがTogetterなるもので、より多くのかたと連帯して始めてくれたので安心しました。

というかもう私ごときがブログに書かなくても、「きっこさん」が疎開設定の矛盾から、「不可能なパスポート申請」、「不自然な田舎暮らし」と自滅の道をひた走り始めたので何もする必要がなくなっていました。



「きっこさん」について書いたのは今回の文が四度目ですがいまブログにあるものでは三度目になります。3月30日以来ですから70日ぶりです。

「狂乱きっこさんと革マル枝野」
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51641186.html


もしも以前のものをお読みでなかったらついでに読んでください。3月22日ですから「疎開きっこさん批判」としてはそこそこ早かったと思っています。



じつはずっと前から私がいちばん書きたい「きっこさん批判」は、氏の戦争に対する意見です。ブログに書かれた「祖父」に関することです。
このことに対する反論をアップしようとしていたら、大震災があり、「疎開」した「きっこさん」が、ブレーキの壊れたダンプカーとなって暴走を始めたので保留しているのが現状です。
「きっこさん」がまた「帰京」して、いつものブログに戻ったならアップするつもりですが、もう完全に下劣な品性がバレて自滅してしまったので、その機会は永遠にないのでしょう。

なお「きっこさん」といつもカッコつきでかくのは、氏が性別年齢を始め正体不明だからです。それら全体をさして「きっこさん」としています。私にはどう考えても「38歳の女」とは思えません。
  1. 2011/06/09(木) 11:09:28|
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ツイッター考③──狂乱「きっこさん」と革マル枝野のこと




あまりにひどい政治状況に絶望。書く気が失せた。楽しみにしているから毎日更新してくれと励ましのメールを戴いたがどうにもその気になれない。「自民党、大連立にやる気?」「谷垣総理の可能性も?」はぁぁ……。「次の総理大臣、1番人気は枝野官房長官?」 これだけは許せない。



ツイッターに書いたことから引用してみる。これはツイッターに嵌った「きっこの日記」の「きっこさん」がやっているのを見て、私もやってみようと思っていた。

「きっこさん」は日々つぶやいたことを週に一度ぐらいブログにまとめていた。その気持ちはわかる。「つぶやき」は一瞬にして流され消えて行く。その意味でツイッターはむなしいものだ。「きっこさん」は真面目な意見や得意のダジャレをブログにまとめておこうとした。つまりそのころはまだ「きっこさん」のつぶやきが、「まとめられるぐらいまともだった時代」になる(笑)。

その後「きっこさん」はツイッターに嵌りすぎてしまい、「福島原発から1000キロ以上離れた西日本の疎開している農家」で、「厚意で使わせてもらっている農家のパソコン」から、夜通し焼酎を飲んで「チンコチンコ、まんこまんこ」とつぶやき、反対意見には「ウジ虫野郎!」「便所虫!」「イカ臭いんだよ!」と罵詈雑言の嵐という狂乱状態になる。

ブログに書く長文は時間が掛かる。何度も読み返して推敲する。そのことによって冷静さが保たれる。手間暇掛けねばならない「長文」ということが良い方向に作用している。

だが「疎開している西日本」から書きこむツイッターは酔った勢いで書きこむ短文だ。反対意見には即座に感情的に対応する。

そのことによって「インターネットの世界ではちょっとした有名人(ご本人のツイートによる)」の「きっこさん」が本性を現し始めた。まるで「ドラクエ」のラスボスが攻撃を受けて倒されるたびにグロテスクなバケモノに変身して行くのを見るようだった。
ついには「福島第一を止める唯一の方法は、あたしが震災直後から言って来たように、福島沖までアメリカ空母に来てもらい、戦闘機を発進させて小型の核弾頭ミサイルを福島第一にぶちこみ、すべてふっ飛ばすしかありません。 こうすれば日本の3分の2以上は死滅しますが、北半球の7~8割は助かります。」という完全気違いとなる。

私も面識のある石川喬司先生は「きっこさん」と親しくメール交換をしているらしいが、このへんの意見に関してはどう思っているのだろう。

さすがに「ウジ虫野郎!」や「便所虫!」をブログにまとめる気にはならないのか最近ではこの「ツイッターまとめ文」はすっかりやらなくなった。ブログの更新も途絶えている。あれだけ「疎開している西日本の農家から借り物のPC」で、「焼酎を飲みながら一晩中ツイッター」していたら、まとまった文など書く時間はないだろう。ましてその間には「農作業の手伝い」や「アルバイト」もしているらしいから(笑)。

競馬も、G1前日にはつまらないこじつけ予想を延々と書いていたのに、ここのところまったく書かなかった。もっとも「エヴァンゲリオン予想」とかいうこじつけでシンジがどうのこうのと言っているのでは毎週「藤田を買うかどうか」だけになってしまうが(笑)。たまたま一度当たったそれでは息切れして当然だ。もともと競馬知識なんてつけ焼刃で、後出し丸だしだった。
「きっこさん」の語る競馬を見ていると、ネット時代では、ネットから情報をかき集めて「後出しのキャラ」を創りだし、知ったかぶりが出来るんだなと感心する。しかしそれは長年やっているものからすると一発で見抜ける。いくら当時の時勢と活躍馬と自分の年齢を重ねて「物語」を創っても、それがウソなのは丸わかりだ。

「きっこさん」は「ツイッターで品性が露わになり自滅した有名人」の代表だろう。「有名人」とはいえその他の方々とちがい「ネット世界のみの正体不明の有名人」ではあるが。
品性を剥きだしにする効果においてツイッターは強烈だ。今までもいろいろと舌禍事件を起こしてきた「きっこさん」だが、この世界から消えるとき、最も悔いるのは「酔ってツイッターに関わったこと」になろう。

【後日註】──その後、西日本に疎開という設定そのものが大嘘であることがバレました。九州での「農作業の手伝い」や「おいしい郷土料理」も、みな東京のいつものADSLから発信されていたことが証明されました。安部譲二さんや石川喬司さんの御意見を聞きたいところです。




それを他山の石としたわけでもないが、私はツイッターで、いわゆる「お早うございます」の挨拶で始まり、「いま××を食べています」「いま××を観ています」のような「日常的つぶやき」はやっていない。やらないことを前提に始めた。といって我慢しているわけではない。やりたくないしやる必要もない。

私はツイッターを「140字文章習練」と決めて対峙している。さっと書いて160字になってしまったら140字まで削らねばならない。知らない人のために書いておくと、160字だと「-20」と20字オーヴァーであることを教えてくれる。一文字削るごとにその数字が減ってゆく。それを見つつ0になるように調整するのは愉しい作業だ。

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edano
これは私の意見と言うよりネットで知った情報を書きこんだもの。いまのところこのパターンはこれが唯一。

ひどかった。呆れた。ほんとうに知らないのかどうか不明だが、質問に対して木で鼻を括るようなじつに失礼な応対。未見のひとはぜひとも{Youtube}の映像を見て欲しい。

その辺の若者ならともかく、時の政権の官房長官であり、東北大学卒の弁護士資格を持つ47歳の政治家が、今上天皇が何代目であるか、いまが皇紀何年であるかを問われ、「しりません」「ぞんじません」と不快げに応えているのだ。信じがたいモノを見て寒気がする思いだった。

しかしそれは枝野は革マル派であるからいいとする。思想上、知っていても知らなかったふりをしたのかも知れないし、それもいいとする。問題はそれを「次の総理大臣」として期待する国民がいることだ。声を大にして言いたいのはそのことだ。

繰り返すが、ここを読んでいるひとでも今上天皇が第125代であることや、西暦に660年足して現在が皇紀2671年であることを知らないひとがいるかも知れない。それはそれでしかたない。そういう教育をしていないのだから知ろうと意識し努力したひとしか知らなくてもしょうがない。私が「西暦にプラス660年」を覚えたのは三十間近だったし、年輩の方がすらすらと空で言う「神武」から始まる歴代の天皇の名も私は空で言えない。

だが前記した経歴の内閣官房長官が国会で質問され、125代であることと皇紀2671年を平然と「しりません」と応えるのは許されることではない。

「しりません」にもいくかつの形がある。私は枝野が「不勉強で知りません。すみません」と言ったなら、それはそれで認めた気がする。内閣官房長官として許されることではないが、サヨクとしてそんなのもいると思うからだ。しかし枝野の態度は、そんなものではなかった。ふて腐れ居直っている。あれは「知っているけど答えたくない」ということなのだろうか。とにかく映像を見てください。

枝野がどのような人間であるかを知らしめ、山谷氏の質問はじつに効果的だった。これを見て、それでも枝野を次の総理大臣にと思うひとはいるのだろうか。



先日、フジテレビの朝のワイドショーで、かつらを被っている司会者が、「クリントン外務大臣」と言っていた。大臣は君主から任命されるものである。よってアメリカや支那のような国には大臣はいない。職名は「長官」や「部長」等が適切である。現に支那は「外交部」といい、そこの長は「部長」だ。そういう表現をしている。それらを「大臣」にしてしまうのは日本の悪弊だ。外交部を外務省などと「省」にするのもまちがい。このかつらの司会者も還暦を過ぎたろうに、毎度ひどすぎる。

私は、国会議員でないのなら、「枝野幸男という東北大学卒のサヨク弁護士47歳」が、第125代天皇のことも皇紀2671年を知らなかったとしても不満はない。あまりに無智と呆れるがサヨクとはそんなものだ。

だが枝野は日本の国会議員なのだ。内閣の一員なのだ。日本の政府は天皇陛下のもとにある。天皇陛下から任命された内閣の一員として、日本の国会議員として、枝野の態度は許されるものではない。



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ごく私的な餘談。十数年前、私は自分の小説本の巻末の著者経歴に「皇紀2612年生まれ」と入れた。これだけだとわからないひともいるだろうからと隣に昭和何年生まれかも入れた。

ところが若い編集者がこの皇紀の数字を間違えた。出来上がった本を楽しみに手にして、これを知り、怒りでくらくらした。つまり巻末の著者の生年月日が二種類あることになってしまったのだ。

もともと無能な編集者だったので本文の方は目を皿にして誤植がないかゲラチェックした。たとえば「一所懸命」と書いたものを得意気に「一生懸命」に直してきたりするので気が抜けない。完璧にチェックしたつもりだった。が、巻末の著者経歴の部分はゲラが廻ってこなかった。それはまあほんの数行のものだし……油断した。まさかこんなところに落とし穴があるとは……。

平謝りされた。怒りは治まらなかったがもうどうしようもない。本は出来上がってしまったのである。友人に贈呈するときは巻末のそこを一冊一冊書きなおした。みじめだった。

たいして売れなかった本であり、このみっともないミスを公的に指摘されることはなかったが智識のある人なら一瞬で解ることだ。私は脅えていた。

つい先日図書館で「日本の競馬小説ガイド本」のようなものを手にしたら、そこで編著者からハッキリこのことを指摘されていて耳まであかくなった。編著者は皇紀と昭和の年号が合わないことを指摘し、私のことを「いったいいくつなのだろう」と疑問を呈していた。と同時にそこには「知りもしない皇紀などいれなさんな」と言う意見が見え、思わず著者に「あれは編集部のミスで」と手紙を書きたくなったほどだった。

いま書いていても悔しくなる出来事である。あ、悔しくなるのはもちろんミスをしたバカ編集者に対してですよ。指摘してくれた方には恨みはありません。まちがっているのはこちらなのですから。



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長くなったので続きは別項にします。
  1. 2011/06/09(木) 09:09:00|
  2. きっこ
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ことば──石原伸晃のヒトラー、谷垣禎一の東条内閣

不信任案投票前の石原伸晃の演説。菅内閣批判。
「これじゃまるで共産主義の不安を煽って独裁したヒトラーと同じじゃないですか!」

ここのところこれが気に入っているらしく地方での応援演説でもやたら「ヒトラー」を連呼。
愛知首長選でもやっていた。
それさえ出せば受けると思っている。
なんとも貧しい言語感覚。

与党時代、さんざん野党から言われた反発なのか。
気に入らないものをヒトラーと呼べば、民衆の恐怖を煽り、支持が得られるという勘違い。
親父と比べるとなんとも小粒。

こういう場合、悪しき例としてスターリンとか毛沢東の名を出すとロシアや支那に角が立つ。
その点、ユダヤ支配の現状だから、ヒトラーならどこからもケチはつかない。
それに則った貧困語彙。



谷垣が菅内閣について語ったひとこと。
「敗戦前の東条内閣と同じでなかなか倒せない」

これまた定番。
悪役の東条内閣に例えて相手をイメージダウン。
これで支持を得られと思い込んでいる。



しかしまた新聞がこれにはしゃぐ。
「石原氏、『河村市長はヒトラー』」
「菅内閣は末期の東条内閣と谷垣氏」

これを読んで本人は、してやったりと思っているのか。
得意満面で思っているのだろうなあ。
バカの掛けあい漫才。



相手を悪に例えてイメージダウンを図る手法はもうやめたほうがいい。
ましてそこに刮目するだけの語彙センスがあればともかく、毎度毎度のヒトラーと東条内閣では、聞いているこちらが惨めになってくる。



自民党が復権したら、今度は民主党がまた以前のように、ヒトラーや東条内閣で攻撃するのだろう。
目に浮かぶようだ。
センスのない政治屋ばかり。
  1. 2011/06/04(土) 16:42:02|
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菅直人、退陣ほのめかし鳩山だましの舞台裏

「退陣」ほのめかし、前夜作戦=不信任否決の舞台裏-民主執行部
 内閣不信任決議案否決に大きく響いた菅直人首相の「退陣発言」。その作戦は、採決を翌日に控えた1日夜、民主党の岡田克也幹事長や枝野幸男、仙谷由人正副官房長官ら政府・民主党の幹部10人で練られたものだった。採決前の舞台裏を追った。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011060300911

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いやあおもしろいなあ。わらっちゃった。昨日のこの欄で私は、菅の「辞任ひけらかし鳩山だまし」は、あの女房に「辞めるふりをしてだませ」とでも入れ知恵されたのだろうと推測したのだが、実態はもっと周到に用意された策略だったのだ。
岡田、仙谷、枝野らが「退陣をほのめかして鳩山をだます案」を思いつく。鳩山を呼ぶ。
すでに小沢一派が71人集って不信任案賛成を決定している。そこに鳩山派の20人を加えれば造反議員は82人を越えて不信任案可決だ。つまり鳩山を懐柔すれば可決はない。そこにだまされに鳩ぽっぽがやってくる。

立会人岡田のもとであの文書が作られ、そのあと《「文書には「退陣」の文言も日付もなかったが、できるだけ意義を強めようと、鳩山氏が「署名をいただけますか」と迫った。これに対し、首相は「2人の信頼関係の中ですから(署名なしでも)全く問題ありません」とかわした。結局、鳩山氏が「信じます」と折れた。》のだそう。

鳩ぽっぽはひとがいいんだろうな。それに対してあちらは悪辣。今までのつきあいを前面に出せば鳩山は折れる。鳩山が転向したら小沢はもうどうしようもない。数が足りない。敵前逃亡した。みっともない。

そうしてあの大差の勝利になり、辞任を約束したと鳩山が勝利宣言のつもりで言えば、菅の方は「辞任なんて言ってない。そもそもあの文書にも署名すらないじゃないか」と居直る。だまされた鳩山は笑いものだ。
立会人岡田が辞任なんて総理は言ってないと言ったことに、「ウソをついてます。ウソはいけません」と鳩山は気色ばみ、岡田は「わたしは政治家には珍しくウソの言えないタイプ」と、あの気味の悪い顔で嘯いた。なんともしたたかな仙石一派の策略だった。ばかだなあ鳩山は。

鳩ぽっぽがだまされなければ不信任案は可決された。総選挙をしたら民主党は元の100人程度に減ってしまうから、おそらく内閣総辞職をして総選挙にはならなかったろうが、それでもその可能性を鳩山の人のよさがつぶしてしまった。
敵前逃亡してもう落ち武者のような小沢なのに、岡田は処分を強硬に主張したという。腰ぎんちゃくの日教組輿石が土下座して阻んだらしいが、戦争で言うなら「残党も探しだして皆殺しにしろ」という感覚だ。こわいひとだね、顔だけじゃなく。こんなのに甘ちゃんの鳩山が勝てるはずがない。その岡田が次の総理の有力候補なんだとか。一方自民党は後藤田がホステスと不倫して議員会館に泊めたとスキャンダル。なんともはや。溜め息しか出てこない。

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【補記】──鳩山を斬った平野

上記リンクより、こちらのほうが詳しいですね。読み応えたっぷりなのでこちらをお勧めします。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110604/plc11060401170000-n1.htm

私がちょっとおどろいたのは「鳩山だまし」の一員に平野がいたことでした。
平野といえば鳩山政権の官房長官です。鳩山が総理になる前から鳩山インタビュウではいつも必ず背後にガードマンのように付き添っていて、鳩山が何か言うたびに「うんうん」とウザいほど大仰にうなづくので、私は「この男はなんなのだろう」と思って調べ、名前を覚えました。無名の彼の官房長官は大抜擢でしたが、それを見ていたので、鳩山は最も信頼できる忠実な部下を就かせたのだろうと解釈しました。

その平野が菅側の一員として「鳩山だまし」に一役買いました。鳩山が署名を迫りつつも折れたのは平野がそう言ったからのようです。いやはや百鬼夜行魑魅魍魎の闇の世界です。こわいですね。
私は官房長官として無能だった平野が政治家として嫌いでしたが(それまでは意識したことのない政治家なので好き嫌い以前でした)今回の件であらためて、人としての平野が嫌いになりました。側身に裏切られる鳩山もその程度なのですが、かといってやはり、裏切り者は醜いです。平野にすれば解散総選挙にでもなったら落選するので保身のために必死だったのでしょう。

また、これによると「小沢を除籍しろ」というのは、菅が岡田に命じたとのこと。真に悪辣なのは権力亡者の菅ということのようです。と書くと私が小沢好きと誤解されそうですが、大嫌いですから、そこのところだけは誤解のないように。

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【補記】──6/5

いま「真相報道バンキシャ」で鳩山に話を聞いている。それによると、菅と話したあと鳩山はすぐに小沢に電話したのだとか。すると小沢は「確実な辞任の日付けを言わせたか。一筆取ったか」と言ったという。さすがに闇の世界を生きてきた小沢はそのへんシビアだ。いかに鳩山が甘いことか。
  1. 2011/06/04(土) 04:27:15|
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鳩山、菅をペテン師呼ばわり

鳩山氏「首相はペテン師」「不信任案賛成すれば良かった」

 鳩山由紀夫前首相は3日午前、菅直人首相が早期退陣を否定していることについて「きちっと約束したことは守るのはあたり前だ。それができなかったらペテン師だ」と述べ、激しく非難した。都内の自宅前で記者団に語った。

 鳩山氏は2日昼の民主党代議士会直前に首相と面会した内容に関し「復興基本法案の成立と平成23年度第2次補正予算案の編成のめどがたったら(首相の座から)お引き取りいただくということに、首相は『結構だ』と言った」と強調した。

 その上で「不信任案(採決の)直前には辞めると言い、否決されたら辞めないと言う。こんなペテン師まがいのことを首相がやってはいけない」


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110603/plc11060310470009-n1.htm

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国会中継。14時。

山本一太が菅に「辞任すると言ったろう」と迫るが菅はのらりくらり。辞める気などないのだから当然だ。鳩山は長年菅とつきあってきて、菅の性格も知っているだろうに、何故こんなに簡単にダマされるのだろう。

「菅首相、辞任表明」は、新聞の一面にでかでかと載り、海外のメディアにも伝えられた。山本がその新聞を振りかざして迫る。しかし菅は「それはマスコミの解釈。私の意見ではない」と「解釈のちがい」にするのだからじつにもうなんというか。

私見としては「だまされた鳩山がバカ」になる。



毎度思うが山本は貧相だなあ。時代劇だと岡っ引きの顔。岡本信人的な役回り。

支那人も朝鮮人も顔を大事にする。印象を重視する。支那の政治家は黒々と髪を染め、白髪という老いはぜったいに見せない。白髪で痩身で飄々とした政治家なんてのはいない。整形大国の朝鮮は言うまでもない。朝鮮のタレントがみなスタイル抜群なのは当然だ。スタイル抜群なのをスカウトして顔を成形する。顔は直せるがスタイルは直せない。なにしろ大統領まで整形している国だ。整形してあれだけ不細工なのだからもとはどんなだったのだろう。北も同じ。独裁政権の後継者がでっぷりと太らされ、顔を祖父に似せて整形して登場した。日本風の痩身美男は支那や朝鮮では貧相となる。

山本は日本に生まれたから国会議員になれた。支那や朝鮮では無理。顔だけで立候補できない。自分なりの決め台詞の時だけ声を張り上げるのが滑稽。私は政治家としての山本は嫌いではない。あくまでもこれは容姿と質問が貧相だということ。




CNNの伝えた菅の勝利。Easy Winだって。

菅は「辞めるとは言ってない」と主張して総理の椅子にしがみつく気だろうが、海外にも「辞任の意向」は流れてしまった。するともうあちらは軽視する。そりゃ辞めるヤツと先の話はできない。
辞任をちらつかせて鳩山をだまし、うまく居座ったが、その情報が世界を駆けてしまったから、けっきょくは辞めざるをえないだろう。政友を騙してまで居座ろうと「辞任」という劇薬をつかったのだから副作用はあるに決まっている。


というところで西田昌司登場。期待しよう。
  1. 2011/06/03(金) 15:08:01|
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ことば──カタカナになったメド──鳩山、菅がメド連呼

鳩山は菅が「大震災復興にめどがついたら辞める」と言ったから一派を率いて不信任案否決にまわったと言う。
その場に同席していた岡田は「辞任の話は出ていない」と記者団に語った。
「ウソをついています。ウソをついてはいけません」と鳩山は気色ばむ。

さきほど日テレに出ていた岡田は、そのことを問われると、「そんな話はありませんでした。わたしは政治家には珍しくウソのつけないタイプで」と冷笑して居直っていた。
否決しちまえばこっちのものである。約束事の紙っペラには辞任のジの字もない。強いのは現職だ。



鳩山は菅の言った「めど」を、復興基本法と二次補正予算案の成立が「見えてきたとき」であり、成立以前にも菅の辞任があるとしている。早ければ六月中(今月!)だと。

一方、菅の「めど」は、それらの法案が成立してからであるのはもちろん、「原発が冷温停止するまでが総理の責任」らしい。これだと来年一月だ。
で、来年一月になったら「まだめどがたっていない、ここで辞めるのは無責任」と総理の椅子にしがみつくのだろう。

ふたりの「めど」にはずいぶんと差がある。



今朝の菅との対談に意義があり、政界のキーマンになったつもりの鳩山は、今月中にも辞任とかってに解釈した。
来年まで居座るつもりの、いやほんとうはもっともっと総理でいたい菅は適当に鳩山をあしらった。同席していながら辞任の話などなかったと岡田はすっとぼける。これ、一筆取らず密室の言質だけで勝ったつもりになった鳩山のミスだ。ひとのいいハトポッポがだまされた図。絵本にできる。

岡田は強硬に小沢処分を提案したとか。かつては同じ自民党から始まり、ともに流れ流れた仲の良い親方と手下だったのだが。
小沢の配下の日教組輿石が必死になって反対してなんとか治まったらしい。輿石が手下ということからも小沢の怪しさがわかる。
結果として菅や岡田、仙谷枝野の圧勝となった。小沢の落ち目がなんとも哀れだ。このまま民主党でしょぼくれるのか。追い出されて自由党規模の党首になるのか。



鳩山は、何度も不信任案賛成を表明していた昨夜から、二日朝に菅と対談し、午前中に急転直下、反対に転向した。それで小沢一派も総崩れである。

鳩山というのが相手が読めず、武将だったら真っ先に死ぬどうしようもない駆け引き音痴であるのがよくわかる。やはり「恵まれた家庭に育った(by 鳩山本人)」おぼっちゃまは政争には向いてないのだろう。さっさと引退して細川みたいに趣味の世界で生きたほうがいい。



菅に踊らされたピエロ鳩山によってこんな結果になった。民主党議員はみな喜んでいる。総選挙になったら落選するのは自分がいちばんわかっていたことだ。これでこのまま国会議員でいられると喜色満面だろう。

たしかなのは、この国難の時期に、日本国民はこれからも歴史的無能首相の菅直人を担いでゆくということだ。むなしい。

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てなことはもうどうでもいい。真剣に考えたら気が狂う。とにかく東北の民のために一日も早く復興法案を成立させてくれ。

書きたかったのは「めど」のこと。

鳩山と菅がやたら「めど」を連発するので、今日のニュース番組のテロップは、カタカナの「メド」の連発だった。

めどの当て字は目処だが、これだと読めない連中もいる。
「めど」だと前後のひらかなに囲まれて読みづらい。
よって目立たさせるために「メド」とカタカナにしたようだ。
しかしこれだとメールアドレスのメアドのごとく、外来語と思うのも出てこよう。

なんとも奇妙なカタカナのメド連発だった。

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【参考】──鳩菅覚書


一、民主党を壊さないこと

二、自民党政権に逆戻りさせないこと

三、大震災の復興並びに被災者の救済に責任を持つこと

 1、東日本大震災復興の基本方針及び組織に関する法律案(復興基本法案)の成立

 2、第二次補正予算の早期編成のめどをつけること

(※鳩菅覚書、引用掲載)


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 順番がひどい。一番目にあるのは民主党のことだ。大震災の復興より自分たちの民主党が第一であることがよくわかる。そのことにも気づかずこれを公開してしまう無神経。
 ここまで国民に失礼なことがよくも出来るものだ。
 ここまでされて、これでも民主党支持者はいるのか!?
  1. 2011/06/03(金) 00:07:00|
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内閣不信任案否決──大山鳴動して松木謙公一匹

いま6月2日の15:37。
昨夜から注目していた内閣不信任案は昨日までの接戦の予想とはことなりダブルスコアに近い大差で否決となった。

昨夜、小沢集会に集った数は72人。可決に必要な造反数は82。焦点は「あと10人」だった。
それを握るのは「20人を有する鳩ポッポ」。
その鳩ポッポが昨夜の時点では不信任案に賛成すると明言したのだから盛り上がる。

これは朝のワイドショーあたりまでは続いていた。
私も寝ずの番である。いまとなっては恥。しみじみ恥ずかしい。



しかし今日の昼、菅と何を話し合ったのか、自分の作った民主党がかわいい鳩ポッポが突如否決する側に回る。代議士会では一転して、民主党は一致団結して否決して欲しいと熱弁した。

それはまあわかる。ここで分裂して総選挙にしたら民主党は確実に負ける。
議席数は半減するだろう。
また野党に戻る。
菅から「そのうち辞める」という言質を取れたなら、それでいい。
なによりも大事なのは民主党政権維持だ。
でも、だったら、昨日までの言い分は……。



するとれいによって病弱小沢は雲隠れ。大好きな「いっちゃん」支持のタナカマキコも欠席のため議事堂から出る。
13時からの国会中継の頃はもう否決決定となっていた。

昨夜までの混沌が嘘のような展開。解散総選挙かとすこしばかり期待してドキドキした自分が恥ずかしい。



投票直前の国会中継は、(NHKから民放まで全局)菅内閣批判に熱弁をふるう?野党議員ではなく、唯一賛成票を投じるのではないかと言われる小沢側近の松木謙公に近寄り、耳を寄せて囁いたり、肩を抱いたりして懐柔する原口あたりを映し出している。
その後は、投票に向かう松木の、握り締めている拳のアップだ。手の中の木片は白か青か。バラエティ番組で胸が自慢の女タレントの胸元を狙うのと同じレベル。しみじみ虚しくなる。横粂や松木の白票に拍手。これまたなんとも。



大山鳴動して鼠一匹と言ったら大山に失礼だが、小山から駈け出してきた鼠は松木謙公一匹だけだった。松木は民主党除名になっても次の選挙では立候補地で筋を通したとプラスになるだろう。それを考慮して岡田や枝野がイヤミで除名しなかったりして(笑)。



今回、小沢鳩山が菅支持に回ったのは菅から「そのうち辞める」という言質をとったからだ。小沢鳩山にしても大事なのはやっと奪取した政権だ。それを維持するのが第一義である。菅が辞めてそれが続くのならこれで満点となる。小沢のしたで総理を狙う原口あたりが従ったのは当然だった。よってダブルスコアにちかい大差での信任となった。



だが、「席」は就いているものが強い。菅の同意は「その場しのぎ」であり、人一倍権力の座が大好きなこの男がすんなり明け渡すはずがない。それこそあの尻に敷かれている従姉妹女房に「とりあえず、すこし後に辞任すると言っときなさい。あいつらそれでダマされるから。言っといて辞めなきゃいいのよ」とでも言われたのだろう。数ヶ月後にはまた「被災地の処理も済んでおらず、いまここで辞めることは無責任と思われ、私は責任を果たすことこそが総理の勤めであり」なんて言っている菅の姿が見える。



前記、神奈川の黒岩知事が朝鮮高校への補助金を出すことにしたと書いた。半日教育をする朝鮮高校への補助をやめようとしたら(というか今までやっていたことですら信じがたいのだが)、朝鮮高校が「拉致被害のこと等を教えるようにする」と言ったので、今年もまた6000万円もの補助をすることにしたという。こういうのもとりあえず補助をもらってから、約束を破り、指摘されると、「準備に手間取ってうまく行かなかった。来年こそ必ず」なんて言ってまた来年金をもらえばいいのである。お人好し日本を騙すのは簡単だ。朝鮮人高笑い。
菅も同じ。「そのうち辞める」は、その場しのぎだろう。その場さえしのげばなんとでもなる。今夜は仙谷や枝野と勝利の美酒か。

しかしまあこの朝鮮高校に関しては、そんなことを授業に取り入れるとかなんとかより、補助金を出すというそのこと自体が気狂いじみている。アメリカで言うなら、アメリカ国内のビンラディンを崇拝しアメリカテロを推奨するイスラム教徒の学校にアメリカ政府が補助金を出しているようなものだ。日本という国はどこまでマヌケなのだろう。



菅は総理大臣という最高権力者の地位を確保した。これは強い。仙谷もいる。枝野もいる。赤い智慧者が支えている。二階から糞を投げ落とすのと下から二階に糞を投げる闘いで、どちらか有利かは言うまでもない。いずれにせよ糞まみれだが。
菅(実質仙谷支配)と小沢の差は前回の代表選では6-4ぐらいだったがこれで8-2にまで拡がったろう。今回小沢にすりよった茶坊主前原はこの結果をどう見ているか。



テレビが報道していたのは、一貫して「こんなときにこんなことをしていていいのか」という不信任案に対する国民の不満や、それに続く総選挙(は恫喝であり実行はしなかったと思うが)に対する批判ばかりだった。

被災地からの声も、みな「わたしたちは困っているんでする。そんなことをしているときじゃないでしょう」ばかりだった。私は被災者の中にも、「私たちは苦労しています。とんでもない状況です。でも今の政府には希望がありません。選挙になることを願っています」というひともいたと思う。だがそんな声は流されなかった。



これからまた具体的政策がなにも実行されない暗愚政治と慨嘆の日々が続く。
そんな中で消費税アップだけが具現化されてゆく。
私はこの弱体化した國を救うためなら消費税アップそのことには反対しない。だが、その前にやるべきことが山積されている。

日本国内はもちろん世界各国からあれだけ集まった義捐金がいまだに被災者に届かずみな困窮している。国民の質は世界に誇れるものだが、この國の政治は最悪だ。
だが、憎まれ口を叩くなら、政治もまた国民の鏡である。こんな政府を作ったのは国民でもある。
  1. 2011/06/02(木) 16:28:04|
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神奈川県黒岩知事、朝鮮学校へ補助金

神奈川県の黒岩祐治知事は1日、神奈川朝鮮学園(横浜市神奈川区)に対する県の補助金約6300万円を今年度も払う方針を明らかにした。県がこれまで問題視してきた同校の高校生が使う歴史教科書について、拉致問題などの表記を学校側が改訂したり副教材で補ったりする約束を県側にしたためという。http://www.asahi.com/national/update/0601/TKY201106010657.html

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さすが「報道2001」キャスター時代に橋下大阪府知事を格下扱いし、「あなたとは意見が違う!」とやりあっただけあって筋の通った政策ですな(笑)。日本にミサイル向けてる独裁狂人国家を礼賛する朝鮮学園に補助金です。フジテレビアナの時代から、その程度の男と思ってましたが。
神奈川県民はなんでこんなのを選んだのだろう。まともな対立候補がいたら勝てなったのに、どこまでも悪運が強い。
  1. 2011/06/02(木) 00:45:22|
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北朝鮮は夢の国!?──国民幸福度指数ランキング

先日、北朝鮮の朝鮮中央テレビが独自の国民幸福度指数ランキングを発表した。ランキングによると、中国が幸福度指数100で1位、続いて北朝鮮が98で2位、キューバが93で3位だった。一方の韓国は幸福度指数18で152位、アメリカは3で最下位の203位だった。この結果について中国大手検索サイト百度の掲示板にさまざまな感想が寄せられた。以下に中国語のBBSを日本語に翻訳して紹介する。( )内は編集部による素朴な感想。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0601&f=national_0601_086.shtml
-------------------------------

親分の中共を1位にして2位と引いているのが奥床しい、のかな?
いまこういうニュースを読むと笑い話のようだけど、この「北朝鮮夢の国幻想」は、60年代から70年代にはアサヒシンブンを初めとして日本の多くのインテリ(笑)が信じていたことだ。私も学生運動に熱中している知人から「教育費も医療費も無料の北朝鮮は夢の国」を口角泡を飛ばして熱弁されうんざりしたものだった。その知人は卒業と共に転向して今は立派な社畜となった。ああいうひとはいつ目覚めたのだろう。そして今、こういう記事を読んで何を思うのだろう。
  1. 2011/06/01(水) 17:31:35|
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静寂という贅沢

若い頃は静寂という贅沢に気づかなかった。
都会の雑踏も楽しかったし、眠るときも音楽を流していた。

齢を重ねて静寂こそが贅沢なのだと知った。
といって、軽井沢の山荘のような静謐は望んでいない。
いまの住まいは、クルマの走行音も聞こえるし、夜は、遠く電車の走行音も響いてくる。
それでいい。十分満足。遠く聞こえる電車の走行音なんてむしろ好ましい。

問題は工事音だ。

昨年、九月初旬から隣の八階建てマンションの全面外装工事が始まった。
日曜以外は連日朝の九時から夕方五時まで。あのガガガ、ゴリゴリゴリというドリル音。
うるさくてたまらない。ノイローゼになりそうだった。
毎日ノートパソコンをもって図書館に避難していた。
「なんの関係もないオレが、なんで」と不満が募った。
それでも一ヵ月程度の我慢かと思って耐えていた。
十月になっても終らない。
どういうことなのだと工事の看板を見に行ったら十二月末までとなっていた。眩暈がした。
いま思い出しても滅入ってくる。ひどい三ヵ月だった。

今朝、また近所で工事が始まった。あのドリルの音がしている。たまらない。
音消しに音楽を流す。
いまピアニストBadura SkodaのMozartを流している。Sonata。K281。
しかしなあ、工事の騒音を消すための音楽は惨めだし、こんな聴きかたはアマデウスにもうしわけない。

遮音の完璧な家に住んでいればこんなことにも悩まない。
まこと静寂を手にするには金が掛かる。贅沢である由だ。

---------------

【補記】

①ノイローゼ
はいま使わないらしい。じゃあなんて言うの? 神経症、自律神経失調症、統合失調症? どれもピンと来ない。ふつうに普及していたノイローゼを死語にするのも人権からか。この國はサヨクの活動家により、まともなひとの権利よりも気違いの人権を重視する。ひとを殺しても気違いなら無罪になる。気違いは根絶やしにすべし。

②糖質
先日2ちゃんねるで「あいつは糖質だろ」なるものを見かけた。貶し言葉だ。しばし考える。「糖質=とうしつ=統合失調症の略=当て字=2ちゃんねる用語」と何とか理解できたが、くだらない言いかたである。「どや顔」を使わないように、こういうものには関わりあいたくない。

③Kナンバー
はMozartのKochelナンバーだが、加山雄三も自分の作った曲を加山の名から取って「kのいくつ」と記録しているらしい。EXILEと共演した番組でそれをしゃべっていた。最大のヒット曲「君といつまでも」が十八番に通じるk18なのだとか。それを自慢たらしくしゃべっているのに、誰も「おっモーツァルトですね」「kって、ケッヘルナンバーと同じじゃないですか」と突っこまない。無智は困ったものだ。突っこみがあるものと思っていた加山も痛し痒しだろう。

④10年前、親の世話で茨城にいたころ、今の季節、朝の5時ごろ風呂に入っていると、鴬の鳴き声が聞こえてきた。徹夜で仕事をして、朝風呂に入っているときに聴く鴬の鳴き声はなんとも風情があった。鴬というとすぐに「梅に鴬」と冬の終りから初春の鳥となるが、初夏の六月でも啼いているのだと知った。これは田舎暮らしで知った智識になる。いや十八まで田舎で育ったのだが、そんなことに興味のない時期、そのことに気づかなかった。
  1. 2011/06/01(水) 10:33:42|
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不信任案は可決か否決か!?

 内閣不信任決議案をめぐる民主党内の攻防が激化している。小沢一郎元代表らは、不信任案賛成を示唆して菅直人首相を自主的退陣に追い込む作戦。菅首相や党執行部は「解散総選挙」「党除籍(除名)」をチラつかせて小沢グループを屈服させたい。殺るか殺られるかの「菅vs小沢・最終戦争」の行方が注目されている。 http://news.livedoor.com/article/detail/5599205/

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 可決には民主党から81人の造反が必須。いまのところ60人ぐらいしかいないようだ。そりゃ菅や枝野から「可決されたら解散総選挙だぞ。選挙になったらおまえは落ちるぞ」と威されたら民主党議員はびびる。いま選挙になったら落選する民主党議員は200人ぐらいいるだろう。元の100人ほどの政党にもどる。それが正しい姿だ。菅政権を支持すればあと2年は国会議員でいられる。選挙になって落ちたら返り咲く目はほとんどない。そう考えたら我が身可愛さで否決に廻るだろう。

 選挙には800億円かかるとか。「この時期にそんなことをしていいのか、する必要はあるのか、東北のひとは投票するような状況にすらない」は正論だ。かといって最悪の菅直人で我慢しろと言う意見は問題がある。濁流を渡らねばならない覚悟の時だからこそ馬を替える必要がある。大震災のとき「これであと二年は総理が出来る」と言った権力しがみつき男のままではこの危機は乗りこえられない。
世の中には「期待していたが失望した」というひともいるが、私は市民活動出身の菅直人を若手のころからまともと思ったことはない。あんなのが総理大臣になったことが信じられない。しかもこの非常時に居すわって世迷い事を連発している。悪夢だ。いまもこれは悪い夢なのではないかと思うことがある。

「解散総選挙をするぞ」はあくまでも嚇しで、不信任案が可決されてもしないだろうな。というか出来ないだろう。それをしたら落選が相次ぎ民主党は政権を失う。小沢の信念であるように政治は数だ。
言うまでもないことだが私は小沢支持者ではない。手下の議員150人をひきつれて中共に媚びに出かけたり、天皇陛下の御予定を自分の都合で中共の副主席のために替えようとした国賊だ。だが民主党を政権の座から引きずり下ろすには小沢が党を割るのがいちばんだろう。総選挙になれば、現民主党よりは、そこを飛びだした小沢新党の方が票は入るだろう。そう読んで小沢につく議員がどれぐらいいるかだ。

 この時期、解散総選挙を望むのは無謀だろうか。それでも私はそれを望む。それがあればあらたな国民の審判が下る。権力にしがみつくだけの無能な菅直人が首相をやり、真っ赤っかの仙谷、革マルの枝野がほくそえむ現政権はもういやだ。選挙になれば日教組の輿石も落選して消えるだろう。やはり総選挙を望む。でも不信任案が可決されても解散総選挙にはならないのか!?
  1. 2011/06/01(水) 07:54:25|
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Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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