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名曲名演Winelight


 名曲名演Winelight

 その曲がSmooth Jazzから流れてきたとき、しばし私は聞き惚れた。メロディを取っているのはギターである。アレンジもいい。ブレークもいい。すべてが完璧に思えた。演奏者はPoul Brown。
 早速調べてみた。

Poul Brown

http://www.universal-music.co.jp/jazz/artist/paul_brown/index.html



 なんともおもしろい経歴である。錚々たるアルバムをプロデュースしてきた音楽プロデューサなのだ。その人が今になって自分でギターアルバムを出してしまった。「元気が出るテレビ」のプロデューサだったテリー伊藤が裏方から突如タレントになったようなものか。
 とにかくすばらしいアルバムである。ライナーノーツにあるように2004年のベストであると思う。

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 が真に書きたいのはそのことではない。私はPoul Brownの演奏する「Winelight」という曲に惚れ込んだ。それを見知らぬ曲と思っていた。しかしそれは勘違いだった。念のために音楽専用HDDを検索すると本家本物の演奏を数Version持っていたのである。
 本家とはこの曲を作曲し演奏しているGrover Washington Jrだ。彼がサックスで演奏する「Winelight」を私はすでに持っていたのだった。しかもいくつかのパターンで。だが心に残ってはいなかった。持っているその数パターンをあらためて聴いたが、さして惹かれはしなかった。これはどういうことなのだろう。

 おどろいたのは、Poul Brownはほとんど原曲を崩さず、Grover Washington Jrのアレンジそのままに演奏していたことである。つまりたいしたことのない曲を独自のアレンジで生き返らせたわけではない。なのに原曲は私の心に響いてこないのに、どうしてPoul Brownのギターはしみこんでくるのだろう。不思議でならない。
 よくあることのようで私にはほとんど経験のない出来事だった。
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  1. 2007/01/19(金) 18:47:40|
  2. Jazz
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船戸与一とドビュッシィ

 ドビュッシイの夜想曲
 船戸の『山猫の夏』を読み返していたら、顔にハエがたかる暑い暑いブラジルの安酒場で、ジュークボックスからドビュッシイの夜想曲が流れてくる場面があった。
 印象的なシーンだったのでそれと同じドビュッシィをCDからハードディスクに入れ、何度か聞いているのだが、どうもしっくりこない。



 こういう「ん?」、あるいは「おっ!」と思うシーンは、実際に取材の過程でそんな組み合わせと出会い、「うん、これは使える!」という場合と、それこそ机上で「こんなシーンがあったらおもしろい」と作り出す絵空事の場合がある。この場合、どうにも現実とは思えない。すぐにそれは本来のジュークボックスに入っているようなボッサノヴァになるのだが、あるのか? ブラジルの田舎、人口二千人の町の酒場のジュークボックスにドビュッシイのピアノノクターンが?
 行ったことないからなあ。今もドビュッシイ聞きながら、いくらなんでもそれは、と思うのだが……。

【附記】
 その後『夜のオデッセイア』を読んでいたら、これはアメリカ南部の放浪物だが、ここでも「ドビュッシイの夜想曲」が登場していた。「夜想曲」だからカタカナで書くと「ノクターン」になる。この頻繁さから船戸がこれを大好きであることは間違いない(笑)。しかしニューオーリンズやブラジルの田舎で現実に耳にすることがあるのかどうか。これは我が身で確認するまでわからない。ドビュッシイねえ……。

  1. 2007/01/18(木) 14:15:25|
  2. 読書
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インターネットトラブル──Yahoo地域障碍


 金曜日の夕方からインターネットが出来なくなった。モデムを見ると反応していない。何かトラブルが起きたようだ。そのうち直るだろうとほっておいた。週末は競馬が忙しいので関わっている暇もない。


 土曜の夜、24時間ぶりにパソコンに触った。まだ直っていない。
 接続できなくてもたいしたことはないと思っていたが、3時間ほど仕事をしていると、いつものようネットで調べものがしたくなる。iTunesで音楽を聴いているのだが、インターネットラジオのSmooth Jazzに接続したくなったりする。しかしそれは適わない。そのことに気づいて苛つくことが何度かあった。極力便利な世界に浸りきらないようにと牽制しつつ、私もいつしか常時接続とネット検索の魔力に囚われていたようだ。
 


 BGMもiTunesで自分の音楽を聴くよりインターネットラジオでジャズやクラシックを聞くことの方が多くなっていた。まあこれはHDD内に1万曲も収録してあるのだからなんとかなる。調べ物だって何冊も入れてある辞書や百科事典でなんとでもなる。つまりこれは不便ではなく「いつものようではない違和感」でしかないのだ。気分を切り替えた。以前のようなダイヤルアップ接続であり、今は繋がっていない状態なのだと思うことにした。

 すると今度は丸一日以上メイルチェックをしていないのが気になり始める。それに原因がわからないのも不安だ。
 これらも感覚的なものだ。いま緊急のメイル連絡などないし、急ぎの仕事がひとつあるが、それもケイタイで連絡すれば済むことだ。いかんいかんすっかり常時接続に慣れ親しんでいる。


 欧米や豪州、タイや中国の旅先でもインターネットに接続してきた。欧米や豪州ではホテル、タイや中国では街のネットカフェが多かった。と書いて、欧米や豪州に頻繁に行っていたのはまだホテルからしか出来ない時代、タイや中国はネットカフェがどこにでもある近年のことだと思いつく。しばらくヨーロッパも行っていない。


 いつもそうしていたなら今回ももっと不安だったろうが、年末から一月にかけての雲南があった。あの山奥で「丸々一ヶ月インターネットなしの生活」をしてきた。電話は通じており、ローミングの方法すら調べてなかったが、いざとなったら国際電話で繋いでしまえばやることは出来た。なのに飢えることもなく一ヶ月を過ごせた。ついでに言えばテレビも新聞も雑誌もなにもなかった。それでいて平気だった。その実績があるから今回も甘く見ていた。
 


 だがいつもと同じ環境にあり、モデムに電源も入っているのに通信できないというのは思った以上に気になると知る。そういうものらしい。たぶんプロバイダ契約を解除してしまったなら(今時それはもうあり得ないが)それはそれでスッキリするのだろう。そうではないから、点滅しなくなっているモデムを頻繁に見る自分がいる。パソコン作業をしていても30分おきぐらいにモデムのランプを振り返ってしまう。


 ここのところ永井龍男を読んでいるのだが、その間も気になってモデムを見たりする。読書に打ち込めない。こりゃだめだと覚悟を決めた。自然に直るまで待っていられない。
 


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 日曜の午前中、Yahooに電話をした。私はいま普通電話を取り外している。IP電話だ。ネット不通なのだからそれが使えない。ケイタイからは0120は使用できない。近くのコンビニまで行き公衆電話から掛けた。ケイタイの普及により急速に公衆電話が減っているが、こういうときにありがたさを痛感する。


 午前9時に掛けたら人間が応答するのは10時からと機械に言われる。この辺、インターネットなどなくても平気だと言いつつけっこう焦っていたのか。10時からとわかっていたのに早い時間に出かけてしまった。たった一日半インターネットが出来ないだけでうろたえている自分を恥じて落ち着く。
 


 あらためて夕方に掛ける。すぐに通じた。Yahooへは以前2度ほど掛けたことがあるのだが同じくすぐに通じている。いろいろと評判の悪いYahooだがこの点は評価できる。相当数の回線が用意されているのだろう。パソコンソフトウェア会社の電話には、毎日何時間掛けても話し中なんてのがざらにある。いまはインターネット時代になり、メイルで問い合わせると返事をくれるようになった。たぶんちいさなソフト会社は担当者は一人なのだろう。電話での応対が話し中なのはわかる。その点メールは暇なとき返事を書けるし、手の空いた担当外が担当してもいい。この「いつも電話中の相手に、相談事がメールで通じる」というのはメールの大きな利点だろう。

 Yahooの方からケイタイに掛けてくれるというので急いで部屋に戻る。この点も親切だと感謝した。


 どうやらこの地域で障碍が発生しているらしい。多くの人から抗議が寄せられているのかと問うと「20人ほど」との応え。ずいぶんすくないと思ったがこの地域では契約者が22人しかいないのだという。とすると全員同じ目に遭っているようだ。全プロバイダの中で最大契約者数を誇るYahooだがこの辺の契約者数はそんなものであるらしい。ともあれその抗議からも地域的トラブルであるのは間違いないようだ。
 万が一のモデムトラブルも考えて最新型モデムに交換してくれることになった。それが着くのが火曜日。モデムの故障とは考えていないのでそれは関係ないだろう。いやモデム故障であり、交換したらすぐに通じた、が望ましい。
 まだインターネットのない日々は数日ほど続きそうだ。これからもっと苛立つのだろうか。それとも雲南の日々のように、なけりゃないで落ち着くのか。私の初めてのプロバイダ契約は1999年だったか。こんなトラブルは初めての経験である。メンテナンスのために半日通じないというのはよくあったが。


 とりあえず問題が起きないよう急ぎの仕事関係に10件ほど電話をした。緊急の用事はメイルでなくケイタイで頼むと。
 それでなんとかなるはずである。(日本における)インターネットのない日々を自分がどう感じるのか、興味津々である。

  1. 2007/01/17(水) 18:55:46|
  2. インターネット
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モノの価値の変化


 ビデオテープのDVD化が進み、寝室に六個ある白のカラーボックスのあちこちにだいぶすきまが出来てきた。こりゃもうだいじょうぶだなと目測して黒のカラーボックスふたつのビデオテープを白に移すことにした。土曜の早朝。すこしきつくなったが読みもしない本20冊ほどを天井近くの収納家具の隙間に詰めたら無事黒のそれをふたつ空にすることができた。



 隣室に運び出す。寝室から黒のカラーボックスふたつが消えた。たったそれだけでずいぶんと部屋がスッキリし明るくなった。消えたといっても今の時点では隣のキッチンに移しただけでこれをバラし有料の粗大ゴミとして処理するまで先は長い。空になったカラーボックスを運び込まれたキッチンは狭くなり興ざめである。ともあれ本来田舎で燃やしてくるはずなのにこちらの収納家具不足で予定変更して持ってきた黒のカラーボックスふたつが無事使命を終えることが出来た。


 光の入らない暗い部屋なので極力明るくしようと努めている。持ち主があつらえた収納家具は木目調だ。補助のカラーボックスは白である。これは前住人の持ち物を流用している。濃いアイヴォリィに黄ばんだ四方の壁は本来は白だとわかったので(笑)白ペンキを塗ることにした。実験的にすこしやってみたら驚くほどきれいになる。



 そうして懸命に明度を上げてすこしでも明るい部屋にしようとしている中で黒のカラーボックスふたつはあきらかに流れに反していた。なんでこんなものがあるのだと忌まわしいぐらいである。しかしこれは田舎で自分が選んで買ったものだ。田舎の部屋では調和がとれていた。それだけ三方が窓の田舎の部屋は明るく、モノ入れのこれは黒でちょうどいいぐらいだった。白のモノ入れを置くなんて考えたこともなかった。ヨーロッパ受けするためにわざとらしく白をアピールしたたけし映画のように部屋中がハレーションを起こしたようになったろう。部屋の雰囲気でこういう好みも変るものかとおどろく。私がここに引っ越してきて今から家具を買うとしたらすべてを白で揃える。


 しかし、ところが、である。前住人はこの部屋を黒で統一していたのである。引っ越してきたとき、彼は私に多くの家具を遺していった。それは善意であったのだが私にはいらないものばかりだった。寝室は黒の家具ばかりだった。家具と言うほどのものではなく彼が日曜大工で作ったモノをみな黒に塗っていたのである。黒で統一、といえば聞こえがいいが、光の入らない部屋をさらに黒で統一するこの感覚はどう考えても屈折した心理であったろう。それは彼の置かれた立場に触れることになるからことばは押さえる。


 引っ越してきて最初に私がやったことは、読書やテレビを見ていちばん多くの時間を過ごすことになるであろう居間兼寝室から、彼がペンキ(墨のように思える)を塗りたくって作った真っ黒な木製の家具類をバラしてベランダに運び出し、使われていない白のカラーボックスを運び入れることだった。真っ黒な家具類は今もベランダに積み上げられたままである。粗大ゴミとして処分するには数万円かかるだろう。未だ手を着けていない。これを片づけてベランダを広くすれば入る光も増えるはずだから早急にせねばならない。有料粗大ゴミは部屋まで取りに来てくれないと知った。一階の置き場まで私が運び出さねばならないようだ。


 ともあれ今の彼は遅めながらも生涯の伴侶を得てここから脱出した。新築マンションだという新居はきっと光に満ちた明るい部屋であろう。心からよかったと思う。この暗い部屋を黒で統一していた彼の屈折を思うと他人事ながら辛くなる。入居した当初、私はここに入れるきっかけを作ってくれたS未亡人に感謝し、ここを汚れ放題にしていたフリーターの息子に批判的だったのだが、いまは後妻をもらって新生活を始めた父に反発していた息子の方に同情的である。


 ちいさなことだが寝室から黒のカラーボックスふたつを追い出せたのは私にとっておおきな一歩だった。しかしまた何事もアニミズム風にとらえる私は黒のカラーボックスの嘆きを思ってしまうのである。
 彼(?)は好まれて買われた。望まれてここまで来たのだ。田舎の部屋では和気藹々だったのである。それが状況によって邪魔者にされてしまう。追い出せたのはおおきな一歩だったなどと言われている。田舎から整理に役立とうとはるばるクルマに積まれて運ばれてきたのではなかったか。助勢を頼まれたそのときの彼は意気揚々としていただろう。私も心強い味方を得たつもりだった。まさか田舎の部屋では似合っていた彼がこんな不似合いな邪魔者になるとは思いもしなかった。無常というと大げさだがそんなことまで思ってしまう。これは物語的に言うなら、田舎時代は最高の美人と思っていた恋人を東京に呼び寄せたら、やってきた彼女は、なんの魅力も感じない色あせた田舎娘でしらけてしまったとか、そんなことに通じるだろう。



 その辺は割り切るしかない。
 部屋がほんのすこしだが、広く明るくなった。うれしい。

  1. 2007/01/15(月) 19:29:47|
  2. 生活
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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