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テレビ話──舞の海の体験から──朝鮮人老婆の親日事実をねじ曲げるテレビ──韓国取材の現場

世論に埋もれる声なき声  2014.9.25 11:57

 いま国技館がわいている。新大関やモンゴルの若き大器がおり、遠藤人気もある。なにより土俵際でもつれる相撲は面白い。だが、ほんの数年前まで角界は存続の危機にあると言われていた。
 2011年2月、八百長問題が発覚。「ファンの理解を得られない」として、日本相撲協会は翌月の春場所を中止した。開催反対派の声の大きさに「不祥事と本場所開催は別」というかぼそい声は埋もれてしまった。夏場所は技量審査場所となり、NHKによる中継も行われなかった。

 同じ頃、東日本大震災が起き、5月に報道番組の取材で宮城県の被災地を訪れた。そこで、避難所をとりまとめている男性にかけられた言葉が忘れられない。
 避難している体育館には小さなテレビが1台。画面にはドラマが映っていた。「年を取ると耳が遠くなるから、ドラマを見ていても内容がよくわからない。こんなときこそ相撲をやってほしいのです。舞の海さん、お願いしますよ」
 特に地方で大相撲は2カ月に1度行われる季節の風物詩となっている。熱狂的に誰かを応援するのではなく、家事の合間に何げなくテレビをつけ、中継を見る。不祥事に腹を立てている人ばかりではなかった。

 引退して間もない頃、韓国・ソウル郊外の山里で、サムゲタン(参鶏湯)を食べるテレビのロケがあった。出迎えてくれた老母は感激して、初対面の私を抱きしめてくれた。「あなたたちは私の息子だ。よく来てくれた」と流暢(りゅうちょう)な日本語で話し、「故郷」や「旅愁」などの唱歌を何曲も口ずさんでくれる。
 聞くと、日本統治時代に本土からやってきた校長に習ったという。「素晴らしい先生で恩を感じているのです」という。韓国の田舎で、日本人と韓国人との間に生まれた縁に心が温まった。
 ところが、テレビ局のディレクターは「すみません、日本語で話さないでください」という。理由は「日本が植民地化していた当時を視聴者に思い起こさせてしまうから」らしい。何とあさましい了見か。ありのままの姿を伝えるべき、と思った私はその場をこらえて、打ち上げの席で猛抗議し、楽しい夕食の場を台無しにしてしまった。

  そういえば中学時代、社会科の授業で「日本軍が朝鮮半島で人さらいをした」という話を何度も聞かされた。
 そういう歴史を信じて疑わない子供が教師となり、また子供たちに教えていく。他国からだけではなく、内側からもせっせとわが国をむしばんでいくかのように。
 世の中をふわふわと漂う世論をかきわけ、谷底に沈んでいる声なき声にこそ耳を傾けていきたい。(元小結 舞の海秀平)

http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140925/mrt14092511570003-n1.htm

---------------

 産經新聞の舞の海(敬称略)の文章より。元力士の場合、名前の前に最高位をつけるのが礼儀だ。舞の海だと「元小結舞の海」になる。
 毎場所NHK大相撲中継のレギュラーとして、北の富士と舞の海はお馴染みだからその必要もあるまいが。グルコサミンのテレビCMにも出ているようだし。

 舞の海は現在『正論』等のオピニオン誌にも登場する保守論客でもある。ここでもマスコミの歪みを指摘してくれた。

 引用のマナーとして、必要な箇所のみを引き、あとはリンクにすべきなのだが、しばらく後、ここを読んで興味をもってくれたかたがリンクをたどると、もう削除されていたということが多い。失礼と知りつつも全文引用させてもらった。読んで欲しいのはもちろん以下の部分。



 引退して間もない頃、韓国・ソウル郊外の山里で、サムゲタン(参鶏湯)を食べるテレビのロケがあった。出迎
えてくれた老母は感激して、初対面の私を抱きしめてくれた。「あなたたちは私の息子だ。よく来てくれた」と流暢(りゅうちょう)な日本語で話し、「故郷」
や「旅愁」などの唱歌を何曲も口ずさんでくれる。
 聞くと、日本統治時代に本土からやってきた校長に習ったという。「素晴らしい先生で恩を感じているのです」という。韓国の田舎で、日本人と韓国人との間に生まれた縁に心が温まった。

 
ところが、テレビ局のディレクターは「すみません、日本語で話さないでください」という。理由は「日本が植民地化していた当時を視聴者に思い起こさせてし
まうから」らしい。何とあさましい了見か。ありのままの姿を伝えるべき、と思った私はその場をこらえて、打ち上げの席で猛抗議し、楽しい夕食の場を台無し
にしてしまった。




 朝鮮人の老婆に日本に対する敵意はない。それどころか当時を偲んで日本への感謝のことばを口にしている。それを封じて、事実とは異なる映像を作ろうとするのが日本人ディレクターである。なんともなさけない。
 でも日本人じゃなかったかも知れない。テレビ局のスタッフには、ディレクターからカメラマン、タイムキーパーの女子にいたるまで、おどろくほど朝鮮人が多い。そしてまた芸能人もほぼ朝鮮人である。テレビ局で朝鮮の悪口は言えない。

 そのディレクターが日本人なのか在日朝鮮人なのか知らないが、いずれにせよテレビは「こういう形で創っているもの、事実を自分達に都合よく歪めているもの」である。こういう形で創られているものをすんなり信用しているひとはバカである。国民的にテレビ離れが進んでいることはまことにめでたい。

 海外に住んでいる朝鮮人には、いまの朝鮮の反日の姿勢がおかしいこと、自分達は日本を怨んでなどいないことを明言するひとが多い。しかしそれは半島に住んでいないからこその発言の自由である。あの国にいて、流れに身を任せ、周囲に同調して生きようとしたら、とてもそんなことは口に出来ない。



 舞の海の経験したそれは、現在の半島での、日本統治時代を知る老婆の、自然にしめしてくれた態度である。貴重な体験になる。それを歪めて報道するテレビ局のディレクターという存在。なんともうんざりする。

 しかし私はこのディレクターを反日のサヨク分子とは思わない。こいつはごく平凡な業界人だろう。自分の担当番組で波風を立てたくないだけだ。政治意識などかけらもない。朝鮮料理の取材というから娯楽番組だ。下請制作会社の契約ディレクターかも知れない。彼の頭にあるのは自分の担当した「朝鮮料理取材番組」を一丁上がりにすることだけだ。わずらわしいことには絡みたくない。日朝の歴史などなにも知らない。ただ「朝鮮系の番組は腫れ物に触るように作らねばならない」とは意識している。朝鮮人の老婆が「日本大好き」なんてのをそのままの形で収録して、朝鮮贔屓の局の上司(というか帰化朝鮮人)からクレームがついて放送中止になったらたいへんだ。朝鮮贔屓のスポンサー(というか朝鮮企業)からの文句もこわい。なにかあったらギャラが入らない。次の仕事がなくなる。運よくそのまま放映できたとしても、民団だか総連だかの朝鮮組合から抗議されたりしたらまた問題だ。要するにこのディレクターは、自分がかわいいだけであり、その判断レベルは、「臭い物に蓋」以前の、「臭いかも知れないものには匂いも嗅がずにぜんぶ蓋」なのである。サヨク以前のものすごくレベルの低いただのバカギョーカイ人であろう。そんなのばっかりである。今までの経験から自信をもって断言する。



 視点をかえると、この番組が事実のままに収録されて日本で放映され、もしも半島に流れたなら、この老婆はひどい目に遭っただろう。憎むべき日本を好きだと言った国賊として周囲から吊しあげられたに違いない。朝鮮はそういう国だ。そういう民族だ。その程度の連中だ。親日朝鮮人は、正しい朝鮮人にとって不倶戴天の敵である。「もしも半島に流れたら」と書いたが、いまはインターネットでなんでも見られる。特に支那のYOUKUと朝鮮のPANDORAはやりたい放題だ。日本のテレビ番組をすべて支那と半島で見られるようにしている。朝鮮人老婆の「すばらしい先生で恩を感じているんです」というシーンが放映されたら、たちどころに「親日的な発言をした、どこそこに住む姓名××、××歳」とすぐにつきとめられ、容赦のないバッシングに遭ったろう。だから、このディレクターのやったことは、日本人としては誤っていても、日本好きの韓国の老婆に気配りをしたという意味では正解だったとも言える。

 日本を好きな朝鮮人が、日本を好きだと発言することが許されない国は、まともな国ではない。あの国は、そういう自分達の愚かしさに気づくことがあるのだろうか。千年はないだろう。この場合の千年は「永久」と言って過言ではない。
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  1. 2014/09/26(金) 21:06:26|
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テレビ話──「新報道2001」──覚醒剤使用世代の推移、というアホらしさ──在日自衛隊員

 いま「新報道2001」を見ていたら、例の芸能人覚醒剤使用に関して、「1997年当時は覚醒剤逮捕者の43%が20代であり、20代が中心だったのに、2014年では50代が中心になっています」とグラフを出して説明していた。毎度のパカコメンテータが「管理世代となりストレスのたまる年齢ですから覚醒剤に逃げたくなるのでは」としかつめらしく口にする。まるで世の中の変化により覚醒剤に中毒する世代が推移しているかのようである。

 社会の変化もストレスのたまる世代も関係ない。「1997年当時20代だった覚醒剤大好き世代が30年経って50代になってもまだやっているだけ」である。そういう「世代」というのがあるのだ。ひとは、初めて染まった時期を引きずる。「みんながやっていたから、あまり抵抗がない」というような言いかたも出来よう。

 むかし「大学生が電車の中でマンガを読んでいる」と話題になった。それは「あたらしい光景」であり、智性的であるべき大学生のとんでもない姿だった。それを受けて昨今「ところがいま、なんと電車の中でマンガを読む60代のひとが増えているのです」とやるのも同じ。電車の中でマンガを読み始めた大学生である団塊の世代が60代になってもまだ読んでいる。それだけの話である。



 テレビはあいかわらずだなとすぐに消した。視聴時間4分。
 数日前、去年の11月から映らなくなったままほっておいたBS/CSを、ふと思いつきでアンテナの角度を変えたらきれいに映るようになった。故障と思っていたが単に風で方向がズレていただけらしい。とまあそれぐらいテレビには興味がない。
 とはいえYouTubeがテレビで見られるようになった(見られるテレビを手にした)ので、けっこう「映像再現装置」としては利用している。「ロック、ギターリフ100」なんてのを見るのは楽しい。
 BS/CSが映るようになったので、これを機会に「もうすこしテレビを見るか」と努めたのだが、つまらないものはやはりつまらない。先日ひさしぶりに「行列」を録画して見たが、つまらなくてすぐに削除した。以前は毎週録画して楽しみに見ていた。あちらは変っていない。変ったのは私のほうだ。どうやらこの〝卒業〟は本格的らしい。離れるばかり。テレビを見ないので【芸スポ萬金譚】のほうはずっと書いてない。催促も受けた。しょうがない。書きたくなるネタがない。



 今回覚醒剤で逮捕され話題となっている芸能人は、日本語の歌が禁止されていた大韓民国で、「日本人による日本語の歌の韓国公演」を初めて達成した偉人?である。日本語で歌いはしたが残念ながら日本人じゃない。だからこそ実現した公演でもある。

 肝腎なのはそれよりも、彼の父親が自衛官だったことだ。自衛隊には帰化朝鮮人がいっぱいいる。老いも若きも。よく知っている。防衛大卒もいる。そのことのほうがこわい。芸能人やスポーツ選手が朝鮮人ばかりなのは、もともとが彼らの分野なので当然と思っているが、さすがに政治家、自衛隊、国営放送局員が元朝鮮人だらけなのは気になる。

 帰化をして日本国籍を得た日本人なのだから、と信じたい気持ちもあるのだが、あの半島気質、半島愛がそう簡単に変るとは思えないのだ。獅子を食い殺すために獅子の身に飛びこんだ身中の虫なのではないかと、その疑いが消せない……。
  1. 2014/05/25(日) 08:08:14|
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辛坊事件──海上自衛隊パイロットの技術、US2性能の誇り

shinbou ついこのあいだ出港したばかりだったので、あまりに早い遭難におどろいた。
 私はあのような冒険になんの意味があるのかわからないのだが、それとこれとは別。無事救助されてほっとした。心からよかったと思う。

 遠慮会釈なく他者を斬る辛坊氏なので、この結末には色々な意見が飛びかっているようだ。これから彼の自衛隊に対する発言はどうなるのだろう。マスメディア復帰第一声が注目される。



 個人的には、涙ぐみながらの「こんな言い方がいいかどうかわかりませんけど、この国の国民であって良かったなと思いました」に、助かって良かったなあと思いつつ、すこしばかり引っ掛かりを感じた。

 なぜ「こんな言い方がいいかどうかわかりませんけど」という前置きが必要なのだろう。なぜ「この国」なのだろう。ごくすなおに「〝日本〟の国民でよかった」ではまずいのか。そのほうがより多くの日本人の共感を呼んだろう。そういう前置きを言ってから発言すること。日本ではなく「この国」と言うこと。
 救助され帰国してすぐの応答である。飾っている暇はない。本音が出る。あのような状況での発言だ。このコメントには、辛坊治郎というひとの本質が凝縮されている。



us2 風速15メートル、波高4メートル、訓練ですらやったことがなかったという劣悪な状況で、着水を敢行し救助した海上自衛隊の技術と勇気が誇らしい。日本の、日本人の誇りである。

 荒れくるう大海原で遭難し、命の灯が消えようとするとき、遙か彼方から駆けつけてくれる日本軍。「助かった!」と思う瞬間。どれほどの感激だろう。辛坊氏は得難い経験をした。理窟とは異なる世界を経験したろう。

 そして日本製US2の優秀さ。パイロットの技術。自国製飛行艇の能力。あいする自国に誇りを持てるのはうれしいことだ。アメリカからの押し売り品じゃない。日本製だ。

 これを完成させるまでの苦労話を読んでいたので、まさかこんな形でUS2の優秀さを目の当たりにするとは思わなかった。開発者のひとたちは胸を張ったことだろう。兵庫県宝塚市の新明和工業である。

・zakzak──世界一の〝救難飛行艇〟誕生に男泣き!

・Wikipedia──US2

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【追記】──まことに不謹慎ながら、冒頭のふたりの写真「M1、1回戦に出場したとき」でも通じますね。
  1. 2013/06/23(日) 05:46:49|
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「名前に子のつかない女政治家」「中国語〝軟微〟の意味」「ブータン国王夫妻を侮辱したフジテレビ」

 ブログ整理をしていたら【芸スポ萬金譚】でおもしろいのを見つけた。2008年のもの。
 お暇なときに読んでください。
 読む前に答を考えたほうが楽しめると思います。
 このころはこんなにテレビを見ていた自分に唖然(笑)。

・ネプリーグ──「名前に子のつかない政治家の名を5人あげよ!」

・アッコにおまかせ──「中国語〝軟微〟の意味は?──ヒント・会社名です」

・ネプリーグ──笑えないおバカ解答──「人口10億人以上の国の名をあげよ」



 以上は軽い話だが、まじめなところでは、2011年12月の、

・ブータン国王夫妻侮辱「笑っていいとも」の無礼──節操のないテレビ局感覚

 を読んでいたら、あらたに怒りが湧いてきた。

 国会で、あの感動的な演説をしてくださったブータン国王を揶揄した番組である。
 そこにも書いたが、支那や朝鮮に対しても同じ姿勢なら文句はない。そうじゃない、彼らには卑屈と思えるほど気を遣い、人口70万のブータンならヒステリックな抗議は来ないと読んでのやりかたなのが汚らしい。いかにもテレビ局らしい杜撰と傲慢の悪臭がする。

 こういう無礼と無節操を「軽チャー」と名乗って得意満面でやっていたこのテレビ局が落ち目になったのはまことに理に適っている。
  1. 2013/05/21(火) 11:00:19|
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テレビ番組構成のワンパターン──なぜ自局だけの独自性を出さないのだろう


 テレビ局の番組編成はなぜみな似たり寄ったりなのだろう。いつも同じ時間帯に同じような番組をぶつけ、それで視聴率を競っている。不思議でならない。ずらしたほうが効率的に決まっている。
 たとえば朝や夕のワイドショーがある。同じような顔触れで同じ事を扱って数字を競っている。構成も同じ。旬の話題(最新の殺人事件等)があり、政治ニュースがあり、芸能スポーツニュースがあり、あらかじめ取材してあった「話題の店」なんてのを流して、天気予報があっておしまいになる。
  あの時間にドラマを流したら、確実に観る人がいるだろう。それはすこし前の「TBSの全日視聴率で、最高は夕方4時からの『水戸黄門』再放送だった」という事実で証明されている。

 昭和天皇の崩御で全局が喪に服し、モノクロの「昭和を振り返るニュース映像」で番組構成している中、唯一カラーの「懐メロ」を流して高視聴率を稼いだテレビ東京の例がある。目立ちたいなら他とちがうことをやればいいのに、なぜかテレビ局というのは「同じ時間に同じ事をして競う」というへんな習慣がある。


 それは一日の構成だけでなく週間でも同じだ。今日土曜日の午前午後は「くつろぎ路線」らしい。これまたどこも同じような番組をやっている。テーマはみな「旅」とか「食」とかに限られている。そしてまた明日日曜日の午前は今度はやたら政治番組が多い。土日で極端に色が違う。なぜそんなにワンパターンなのだろう。なぜそんなにそれを頑なに順守するのだろう。

 都知事選と衆議院選挙があるので私は今日、政治番組を見たいのだが、ない。逆に明日の日曜午前はありすぎて、朝からずっとそれ一色になる。そしてまた午後はスポーツ一色だ。マラソン、サッカー、ゴルフばかりだったりする。なにゆえさほどにパターンを厳守するのだろう。

 今日土曜の他局がみなその路線なら、一局だけ日曜にやっている政治番組をもってきたらどうなのか。そういうものを好む私のようなのは決してすくなくないだろう。そして日曜のその時間には逆にアニメやドラマを流せば、これまた政治番組嫌いの連中に支持されるだろう。そのほうがテレビマンにとって命よりも大事らしい視聴率とやらを稼げると思うのだが。


 思うに、テレビマンとは仲間意識と業界意識が過剰に強く、そこから脱出出来ない人種なのだろう。「そういう時間にはこういう番組」という擦りこまれた思いがあり、それを避けるのは「逃げること」であり、彼らにとって屈辱なのだ。
 かつて斬新なことをやったテレ東も、当時は視聴率競争の最弱局で、「三強一弱一番外地」と呼ばれていた時代だった。番外地だからこそ自虐的にそれが出来た。
 いまはちがう。同列だと誇りをもっている。だから他局が「開票速報」をやるときはテレ東もやるようになった。最高視聴率を取ったりした。他局と同じ事をすることがテレ東にとって「出世」だったのである。テレビ局にその意識があるかぎり、この形は今後も続くだろう。

 いま今日のテレビ番組表を見ているのだが、まるで「土曜の日中は政治的な番組は一切流しません」と取り決めがあるかのようである。なんとも不自然だ。(唯一日テレの「ウェークアップ」があったのだが見逃した。)
  
  
 この編成は  「通知表」でたとえるなら、「オール5を取りたい」という感覚である。そこには「テレビという誰からも誉められ認められている優等生」という自意識がある。優等生の「テレビ君」はすべてに満点を取りたい、取らねばならないと思っている。たしかにかつてはそうだった。テレビは王者だった。
  でももう時代がちがう。気づいていないのはテレビマンだけだ。これからのテレビはもう「体育(英語、図工)だけ5で、あとはぜんぶ1」のような個性的な路線を歩まねばならない。「昭和の香り」というのは否定的な意味あいのようで、その使いかたには憤懣があるが、それに倣うなら、テレビこそが昭和からなにひとつ変っていない。
 
  ネット中継された政党論戦がいかにおもしろかったことか。なにしろ時間にもCMにも縛られない。その点でもうテレビはネットに絶対に適わない。
 「テレビ君」はもう誰もが憧れた美男の優等生ではないことを自覚すべきだ。全教科に満点を目ざさなくてもいい。自意識過剰の勘違いは滑稽だ。(5枚)
  1. 2012/12/01(土) 12:59:59|
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6月17日の「たかじん」──宮嶋茂樹、かっこいい!

いま、昨日の「たかじん」をYouTube動画倉庫で見たところ。
上祐の巧みなことばで思わず納得してしまいそうになるところに、硬い表情で否定的な意見を言う〝不肖〟宮嶋がかっこよかった。 それに乗ってくる勝谷がうざかったが。

高橋逮捕というタイミングでの上祐出演で、とても視聴率がよかったとか。視聴率はいいけど中身のない番組もある。これはとてもよかったと思う。毎週リアルタイムでこれを見られる関西のひとがうらやましい。
とはいえネットのお蔭で見られるようになったことに感謝。
しかしほんとにテレビ要らずだなあ。おまけにCMもないし。

若松の「右でも左でもない」には笑った。おまえはヒダリだよ!
  1. 2012/06/18(月) 15:59:36|
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10年遅れのテレビ三昧──キムタクドラマ「HERO」「MR.BRAIN」感想

キムタクドラマ「HERO」「MR.BRAIN」感想。

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中身──

「HERO」「MR.BRAIN」感想。「CHANGE」との比較。
マンガ「島根の弁護士」。
父親市川染五郎「野バラ咲く路」。娘松たか子のタイでの人気。
大地真央、無惨。綾瀬はるかとの対比。

「トニイホロヘハ・ヘロホイニトハ」は一般的か!?
ヴァン・ヘイレン「JUMP」。知らん。
  1. 2012/01/11(水) 21:42:29|
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キリンビールCM「ラ党の人々。」──お蔵入りになった勝新太郎主演、つかこうへい演出の作品

 大のつかこうへいファンである友人が、かの有名な「お蔵入りになったキリンビールCM」のことを教えてくれた。年間CMとして、勝新太郎主演、演出つかこうへいで1年分がすべて完成したのに、放映する寸前に勝のあの「パンツの中」事件が起きてお蔵入りになったものである。1990年。もう21年も前になる。厳密には、第1回分は数日流れたらしい。と書いて思い出す。私はテレビで見た記憶がある。

 お蔵入りになったのであるから私はその後の中身を知らない。このころは外国巡りの愉しさを覚えて旅行ばかりしていた。つかファンの友人は、この映像を以前YouTubeで見たことがあるのだという。すぐに削除されてしまったのでダウンロードしておけばよかったと悔いたとか。

 今回ひょんなことからまた知ったので私に教えてくれた。勝新主演、つか演出のお蔵入り年間シリーズCMだから、そりゃ垂涎モノだ。おもしろいに決まっている。添えられた友人のひとことが更に興味をかきたてた。友人は「鯖街道の構図のようにも思えた」と書いていたのだ。「鯖街道」はつかの遺作となったものだ。半端なまま、つい先日遺作として公開された。そのことは《文學界9月号──つかこうへいの遺作「鯖街道」》として、このブログにも書いた。

 つかは好きな設定を大事にする。何度も繰り返す。「鯖街道」は遺作とはいえ目新しいものではない。何十年も繰り返してきたテーマだ。それはこのCMにも活かされているのか。

rato


 シリーズ名は「ラ党の人々。」。一年分。総計6分42秒。
 女房が死んで四十九日。勝新が息子娘に若い後妻をもらうと宣言するところから始まる。後妻になるのは松坂慶子。息子の同僚。息子の憧れのひと。それが母親となって家にやってくる。すごい設定だ。もろに「鯖街道」である。「鯖街道」とは一言で言えば「息子の女を親父が寝取る」である。
 他に出ているのは誰だ? 国広富之、手塚理美、富田靖子あたりはわかったが……。

 勝新は社長。おそらく創業社長で自社ビルだ。成り上がり。息子たちはそこで働いている。自分の家に来る若い後妻が憧れの松坂だと知った息子が社内ですれちがうときに言う。松坂は社長秘書なのかな? 
「待ってください、オヤジがどんな人間か知っているんですか!」。戸惑う表情の松坂。社長室のドアが開いて勝新。ニヤっと笑って「こんな人間だ」。そして飲むキリンラガー。このときは缶ビール。

 上の映像から切り取った画は、後妻として入った松坂が、「社長、あたし父も母もいなくてひとりぼっちなんです。出て行けなんていわないでくださいね」と言って、勝新の手に触れるシーン。勝新が握り返し、ゴクゴクッと喉を鳴らしてコップのキリンラガービールを空ける。「男が、キリンラガービールを飲んで、そんなことは言えんだろ」。なんともたまらない(笑)。
 むかしのベストセラー、キリンラガービール専門のCMだから、当然のごとく「キリンビール」ではなく必ず「キリンラガービール」と言っている。わざとらしい(笑)。



 これはいわば落ち目のベストセラーの復活を期しての企劃だ。世は熱処理をしていない「生ビール時代」。右も左も「びん生」ばかり。寡占のガリバー企業だったキリンを、サッポロ、アサヒ、サントリーがびん生で追い上げる。それに対抗してキリンもびん生を出したが、どうも売上げはかんばしくない。だったらここは居直って、時代を凌駕しキリン寡占時代を作り出す原動力となった「キリンビンビール」に、業界用語の「ラガービール」を敢えて冠して大プッシュに出たのだった。

 本物の生ビールではなくフィルターを濾過することで作り出した疑似生ビールがベストセラーとなった。では熱処理している従来のビールはなんと呼ぶのか。そこでラガービールという名称が出る。プロ以外知らない言葉だった。それを逆手にとっての「ラガービール売りだし大作戦」である。

 こんな不謹慎な、それでいておもしろいCMが許されていた時代。勝新の飲むビールが美味そうで喉が鳴った。



 むかしを懐かしむ気はないが、それでもあのころのCMはおもしろかった。それは景気が良く餘裕があったからだろう。大企業はこういう懐の深いCMを流していた。今は実務一点張りみたいなものだ。

 同じシリーズCMとして、このCMとあの無意味に不快なソフトバンクの犬CMを比べればちがいがわかる。このCMは重くて毒があるようでいて爽快だ。犬CMは軽くて可笑しいようでいて、朝鮮人の劣等感が背景にあって陰湿だ。
 また、このシリーズCMでは、主役の勝と松阪から、結婚している息子夫婦や、恋愛中の娘のカップルとか、主役がうまく展開して行く。そのパターンも犬CMより先走っている。

 私がテレビを見なくなったのは、テレビというメディアから得る情報に興味がなくなったからだが、不快なCMに耐えられないことも理由として大きい。毎度言うがトイレの洗剤や生理用品のCMなんてのはイメージCMで十分なのであって、CGを使って具体的にやることではない。なんか方向性を間違えている。和田アキ子のパチンコ屋のCMなんて吐き気がする。

rato2




 ところで、本来ならこういう紹介をしたのだから、ここにそのYouTubeの映像にリンクを貼ったり、あるいは私も貴重な資料としてダウンロードさせてもらったから、自分のサイトで再生できるようにしてリンクすべきなのだろう。

 だが、商品のCMであり、著作権の生じるものだからか、このYouTubeの映像も仲間内での限定公開となっている。表のYouTubeからは見られない(ゆけない)ようになっていて、YouTubeにこういうシステムがあることを初めて知った。広まりすぎると削除要請が来るのだろう。

 そもそもキリンビールの内部資料であるこれが何故流出したのかがわからない。お蔵入りになったCM1年分なのである。広告会社の関係者が流したのだろう、と私は推測する。おそらく、あまりによくできたこれらが眠ったままということが悔しかったのではないか。

 私がその「仲間」なら、アップした当人に自分のサイトからリンクを貼ってもいいかと問い、許可をもらって実行するが、私は直接の知り合いではなく「友人の友人がアルカイーダ」ぐらいの遠い関係なので迷惑はかけられない。ということで「おいしいものがありますよ」と言っておきながら、そのおいしいものを見せないという不親切になってしまったがご理解願いたい。やってもいいの? いやだめだよね。この種のインターネットのルールを知らない。知らないなら自重ですね。


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【追記】──出処元? 12/14 6:55

 ここを読んだ上記「大のつかファン」の友人がメールをくれた。それによると、つかの演劇を見に行ったとき、「『ラ党の人々。』のビデオプレゼント」というのがあったそうだ。当選者はほんの数人だったらしいが。
う~む、これはディープな情報である。行ったひとしかわからない。たまにやるそうである。私はまだ経験したことがない。

 私はこの映像をアップしたのは、「こんないいものを作ったのに日の目を見ないのは悔しい」という制作会社のひとと推理した。どうやらそうではないようだ。おそらくこれは、このビデオを入手したつかファンがアップしたのだろう。急速にそう思えてきた。まちがいない!(虫の息のi田d作先生の口癖)。



【追記.2】──時々人気になる不思議(笑)──2014/4/4

これを書いたのが2011年12月13日。その後どういう理由なのか知らないが2013年2月に、隣の「人気記事」にランクインした。なにかあっての懐メロヒットである。
 懐かしいので2年半前の記事を読み返してみた。ここの文は覚えていたがリンクしている「鯖街道」に関する文をまったく忘れていたので、「自分の書いた文に感激するという惚け現象」というのを書いた。

 今回またまたランクインしているのでおどろいた。でもこれはアクセス解析ですぐに原因がわかった。どなたかがFacebookでここをリンクしたらしい。だって今ここを読みに来ているひとのすべてがFacebookから来ている(笑)。
 どなたがどんなふうにリンクしてくれたのか見に行きたいが私はFacebookに参加していないので行けない。
 
  1. 2011/12/13(火) 20:03:38|
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韓流偏重フジテレビ問題考──淳とたけしの「見なきゃいいじゃねえか発言」私見

ツイッターのフォローしているひとの書き込みで、ロンブー淳が暴言を吐いて話題になっていると知る。そこにあったサイトに言ってみた。それはここ

話題になっている淳の発言とはこれだった。

atsusi




その前にこのことを書いておかねばならない。今回の件は「それ」の続きだからだ。「それ」とは《フジテレビの韓流偏重に関する淳とたけしの『だったらテレビなんか見なきゃいいじゃねえか』発言》である。このことを書かねばと思っているうちに第2ラウンドが始まってしまった。以下しばらくタイトルとはちがう内容になるがご容赦を。

いや、この第1ラウンドを先に書いておこう。タイトルも「とくダネ! TPP問題──ロンブー淳の暴言?」として書き始めたのだが直すことにした。

---------------

●フジテレビ問題──淳とたけし「見なきゃいいじゃねえか」に関する私見──

淳は「フジテレビ韓流偏重批判」に対して、「だったら見なきゃいいじゃないか。他にもチャンネルはあるんだし」と発言して「フジテレビ韓流偏重批判のかたがた」から激しく批判された。世間全般でどうだったのかは知らない。私がTwitterでフォローしたりブログを読んだりするひとは思想的にみな「韓流偏重批判のかたがた」であるから、そこでは彼のこの意見は全否定だった。
この「見なきゃいいじゃないか」は淳よりも先にビートたけしも言っていて、これまた私の閲覧するようなサイトではボロクソに言われていた。



後日挿入部分──私の文章に何度も「フジテレビ韓流偏重問題に、『見なきゃいいじゃない』とTwitterで発言した淳」と出てくるが、彼のTwitterを読んでいない私は、又聞きで正確な表現を知らなかった。今回の件で検索し、正しくはなんと言ったのかわかったので貼ります。このように言ったようです。

atsusitweat




私の意見は、「あまりに韓流偏重であり、そこに韓流歌手の音楽著作権のような利権も絡めているフジテレビはおかしい」であり、それ以前の基本として「ぼろぼろの國旗を掲揚しているフジテレビは不快だ」になる。「フジテレビへのデモ」も「花王不買運動」も意義あることと思っている。と、自分の意見を明確にした上で。

一方で、淳とたけしの「だったら見なきゃいいじゃねえか」も、テレビで食っている芸人の発言として極めて妥当と感じた。反感は一切なかった。
テレビ局の韓流偏重には、過去のドラマの再放送にも著作権や出演料が発生する今現在では、それよりも安くすむという経済的な理由があり、それが不快ならたしかに「見なきゃいい」のである。現に私はテレビのあったときから韓流ドラマも韓流アイドルも見たことがない。地デジ化以降はテレビもない。あっても韓流ドラマを見ることはない。これは言い切れる。日本製ドラマも日本のアイドルも見ないのだから当然だけど。でもべつに時代遅れのおじさんてわけでもない。karaの尻振りダンスも知ってるし歌えるし(笑)。

紅白歌合戦の出場メンバーだとか、大河ドラマの内容とかの話題がある。週刊誌やスポーツ紙も報じて大きな話題になったりする。それらを一切見ていない私には遙か彼方の火事でしかない。いや火事ですらない。けっきょく、こういう問題に一喜一憂するひとは、こういうのを見ているんだろうなあと思うだけだ。
高視聴率の音楽番組に韓流アイドルばかり出ている、偏重だと怒っているひとがいた。J-PopよりK-Popを重用している姿勢が気に入らんということのようだが、両方共興味のない私にはどうでもいいことだった。
「韓流偏重フジテレビ問題」はテレビ好きだけに関わらず、国として、マスコミのありかたとして論じられるべき問題だが、このことで騒いでいるひとたちの多くが「テレビ大好き人間」であり、テレビが自分好みでないことが気に入らんと不満を唱えているのも事実だろう。テレビを見ない私からはそう思える。

が、それはおとなの私の意見。自分のこども時代を振り返るとまた異なる。
小中学生の頃、私は下校したあと夕方の再放送の時代劇を見て育った。それは良い意味での栄養になっている。今の日本にもそういうこどもはいるかも知れない。そういう子の見ようとする時間に流れているのが韓流ドラマであってはならない。『水戸黄門』のほうがいい。そういう大局観からは、いかに韓流ドラマが安く上がろうとも、テレビ局は無理しても勧善懲悪の時代劇を流したほうが日本の未来には繋がるから、ぜひそうして欲しい、となる。



けっきょくこの問題は「今の日本人の気質」を映している。むかしの日本人は自分の美学のためにやせ我慢をした。お腹が空いていても、それを口にすることはみっともないと思ったら満腹のふりをした。今はいつでもどこでも空腹なら空腹と言うのが自然となっている。
テレビ局が「安く上がるから」と韓流ドラマを大量に流すのは「空腹(不景気、金がない)だからしょうがない」と言っているのと同じだ。美学のない姿勢である。

電車の中で化粧する女は、そのことによって30分長く睡眠時間が取れると「効率」を主張する。効率のために人前で化粧するという恥の感覚を捨てたのだ。韓流ドラマで安く上げるテレビ局の姿勢もこれに通じる。

テレビ局にはマスコミの美学としてやせ我慢をして欲しいが、民間企業であり「経済効率が第一」と彼らは言う。それは「腹が減っては戦ができぬ」の満腹至上主義だ。するとここで「今もテレビ局の社員の年収は平均1千万を超えている」という意見が出る。ちっとも空腹ではないじゃないか、と。
だがその生活水準に慣れてしまったひとはそれを落とすことができない。



テレビ局を父親とし、視聴者を家族やペットとするなら、「フジテレビの韓流垂れ流し」は、収入が減った父親が、自分のためのクルマやブランデーの質を以前と同じに保つために、家族の食事や衣類、ペットフードの質を落としたようなものだ。

ペットとは、テレビがないと生きられないひとですね。テレビを拒んだ私は、さしづめ、この父親に愛想を尽かして家を出て、自力で生きている野良猫ってところでしょうか。

家族はベンツを国産車に、ブランデーを焼酎にして、家族の食事は今までと同じ水準にして欲しいと願うわけだが、父親にはベンツに乗っている自分のステイタスを保つことが、家族の生活よりも大事なのだから話は通じない。

淳やたけしは、この父親から仕事をもらって食っている職人だ。このひとから仕事をもらえなくなったら食って行けない。「だったら見なきゃいいじゃねえか」は、小遣いを減らされたと父親を批判する高校生の息子に、その下で働いている職人が、「文句ばかり言わずにアルバイトでもしろ」と言ったようなものだ。

反原発運動の山本太郎は、「自分はベンツに乗っていて、奥さんやこどもさんに苦労させている親方にはついてゆけない」と、この父親の会社を辞めた職人になる。

さて、職人としてどっちが正しいのか。
淳やたけしは、現状をクールに肯定したとも言えるし、安定を望んでズルいとも言える。山本太郎は、男気があるようだけど、仕事と親方一家の内実は関係あるまい、とも言える。



フジテレビ問題で最も印象的だったのは、YouTubeにアップされていた「フジテレビに抗議の電話をかけた際のやり取りの音声」だった。電話をかけたひとは、ごくふつうに叮嚀に、「あ、もしもしフジテレビさんですか、私は××と申しますが、今回の韓流偏重のことについてお聞きしたいんですが」のように話している。それに対してフジテレビ社員はつっけんどん。「あんた、誰? ああ、ネットで騒いでるひと、そんなことにいちいち応えられないからね。切るよ」のような、いわゆる木で鼻を括ったような応対。チンピラ口調。電話を掛けたひとはめげずにまた掛けるから(笑)、「なんなの、またあんたなの!」と益々ヒートアップして行く。まあ一例から結論づけることはできないにせよ、今回の問題をフジテレビ側は、「とんでもないキチガイ連中に絡まれて迷惑している」という被害者意識で解釈しているのがよくわかった。



月刊誌、週刊誌を読むと、エッセイストや作家にも「最近韓流ドラマにはまってます」と書くひとは多い。もうずっと前にブームの先取りのように得意気に書いたひともいれば、つい去年今年でも「今までどんなにブームだとかおもしろいとか言われても興味なかったが、つい見てしまった。いま××にはまっている。おもしろい。最高だ」のようなことを書くひともいる。私はテレビは見ないが雑誌はよく読むので、その辺は詳しい。そういうことからも、依然としてそれなりに「韓流ブーム」とやらは続いているのだろう。

そのことで思うのは、なにも考えずただひたすら韓流が好きなおばちゃんねえちゃんは別にして、「韓流ドラマにはまっている」と書くような作家、エッセイストは「日本は韓国に悪いことをしました。すみません」という考えのひとばかりだったことだ。

もしも「日韓併合は歴史的必然であったが両国にとって不幸だった。日本は朝鮮に対して教育インフラを整備して朝鮮民族の発展におおいに寄与した。それは欧米のやった植民地政策とその結果と比せば一目瞭然だ。植民地化された国の民族が増えているというのは世界史にも例がない。もしもロシアの植民地になっていたら朝鮮はいまも李氏朝鮮時代の暗黒のままであり朝鮮民族は絶滅寸前だったろう。現在のような経済立国はありえなかった。すべて日韓併合のお蔭なのである。なのにひたすら日本に対して恨みつらみだけを発するのはおかしい。国家としてそういう教育をしているのは歪んでいる」という私と同じような考えのひとが「最近韓流ドラマにはまってます」と書いていたら、純粋にドラマとしてすぐれているのだろうと見なおしたが、残念ながらそんなひとはいなかった。



私は朝鮮人の友人が送ってくれたDVDで「冬のソナタ」だけは見ている。興味はなかったが(興味があったら自分で見ている。電通が仕掛けて盛り上げたたいへんな話題だったのだから)NHK-BS放送を録画して全話送ってくれたのに見ないわけにはゆかなかった。しかしそれは恋人同士の片方が交通事故で記憶喪失になり、別人として生きていてのすれちがい、ある日また交通事故にあって今度は記憶がもどり、と、おそろしくレトロな荒唐無稽なバカドラマだった。

一般にこれは「むかしの大映ドラマ」と評されるようだが、私は当時人気だったその大映ドラマ(よく知らんけど、山口百恵や堀ちえみが主演していたあれでしょ?)もバカらしくて見ていないから、こんなものを楽しめるはずがなかった。逆に言うと、それが好きだったひとは、大好きなものがまた帰ってきた、ということで楽しめたのだろう。はしゃぎまくったおばちゃんたちは、娘時代にそれを見た世代なのか。

「ヨン様」とか言ってはしゃいでいるおばさん連中は気味悪かった。このころは私も朝のワイドショーをけっこう見ていたようだ。日テレの朝のワイドショーを司会していた麻木久仁子が「冬のソナタ」を、ほんのひとこと批判するようなことを言ったら(それはリアルタイムで聞いた)、テレビ局に抗議が殺到したというあのころである。



脳科学者というのが持ちネタの茂木健一郎という名の芸人が、以前こんなことをつぶやいていた。あまりにも衝撃的な内容なのでカットして保存しておいた。よくとっておいたと自分を褒める。2011年の7月のようだ。ツイートなので、下から順に読んでください。

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この茂木健一郎という芸人は、韓流ブームを擁護し、反発されると「みなさん、ぼくはこんなふうに攻撃されています」と、韓国向けに英語のツイートを連発したほどの大の朝鮮贔屓なのだけど、その理由はここに書いてあるように、朝鮮を下に見ているからなのだ。弱い下の存在だから、強くは言えないと書いている。哀れなものに対する憐憫の情だ。このひとの韓流好きは、雨に打たれている捨て犬に餌をやり、その自分のやさしさに酔っているようなものだ。朝鮮人はこういう日本人にこそ怒らねばならない。憐れみほど失礼なものはない。

しかしTwitterてのは怖い。いくらこのひとが三流芸人(いや民団での講演から創価学会の太鼓持ちまで見境なくこなして年収はかるく億をこす、その意味では超一流芸人だけど)でも、きちんとした著書(きちんとしたものを見たことがないが)では、こんなことは書けまい。Twitter芸人としてやたらめったら呟いているようだから、ついこんな本音モデル。すごいなあGoogle日本語入力。本音モデルってどんなモデルだ。業界では珍しい本音しか言わないモデルか。本音も出る。たしか夜中のつぶやきだ。いまも残っているのかな。このひとは朝鮮人を見下している自分の醜さに気づいているのだろうか。そのことに酔っているんだから気づいているはずはないか。

小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」の初期に、「相手が部落民だとわかったら、急いでそのひとのコップの水を飲み、差別していないとアピールする」という話があった。こういうのが一番失礼である。茂木の朝鮮贔屓はそれと同じだ。



フジテレビの姿勢は問わねばならないとしても、嫌いならまず「見ない」が基本であり、私は淳やたけしの言った「テレビ局も経済でやっているんだ。文句があるなら見なきゃいいじゃないか。他にもチャンネルはあるんだし」は一理ある意見と思う。誰もが見なくなり視聴率が取れなくなればいくら安くても流れなくなる。というかもうテレビなんて24時間流している必要はないと思うんだけどね。見ないから関係ないけど。

それに対する非難にはお粗末なのが多かった。淳を「出っ歯野郎」と言ったり、たけしには「おまえのような前科者が」「なにしろこいつは講談社に乗り込んで暴力事件を」と、そんなことを書きこんでくる。
たけしが自分たちの気に入る意見を言ったなら、「さすが、たけし」と讃え、「明治大学の工学部ですからね、そのへんのバカ芸人とはちがうよ」と持ち上げ、気に入らないことを言ったら「前科者。講談社殴り込み」と貶すのにはうんざりした。

淳の「ロンドンハーツ」が韓国でも流れることを知ると、「そんなに韓国が好きなのか」と批判する。それはちがうだろう。台湾にも流れているし、韓国は市場が狭いので音楽でも日本をターゲットにする。韓国の番組が日本でたくさん流れているのに、あの国はついすこし前まで日本の音楽が流されることすら許さなかった。ロンハーが韓国で流れるようになったのはむしろ快挙と讃えるべきだ。出演者にも朝鮮人が多いのだし。みな母国で流れるようになってうれしいだろう。

私がTwitterでフォローしフォローされているのは、いわゆる「日の丸アイコン」のかたがたなのだが、玉石混交でお粗末なのも多いと知った。

基本として、意見の異なる相手を口汚く罵ってはならない。それじゃ日の丸を焼く朝鮮人と同じレベルになってしまう。自分とはちがう考えに接した時ほど冷静であるべきだ。



ということで、これが書かねばと思いつつまだ書いてなかったこと。これを前振りとして今日の「とくダネ! TPP問題に対するロンブー淳の発言」になる。ここまでで原稿用紙20枚を越えてしまった。項目をあらためる。
続きは今日中に書いてアップします。

http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51672981.htmlに続きます。


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★IME話──木で鼻を括る

「だんいくま」を「段位熊」と変換したATOKに呆れ、「團伊玖磨」と正しく変換したGoogle日本語入力を讃えたが、Google日本語入力は「木で鼻を括ったような」を変換できなかった。「木で花をくくったような」「気で鼻をくくったような」になる。Google日本語入力はGoogle検索で多用される日本語を辞書として自動登録してゆくから、世間一般ではこんな慣用語はいま使わないということだ。ATOKに切り替えると一発で変換した。たまにはATOKを誉めよう。
  1. 2011/10/27(木) 17:15:23|
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テレビのない生活──嫌いなCMを見ないですむうれしさ

テレビのない生活──嫌いなCMを見ないですむうれしさ

http://blog.livedoor.jp/moneslife3/archives/51657991.html
  1. 2011/08/15(月) 11:01:14|
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テレビのない生活一週間目──2005年のヘキサゴン

テレビのない生活一週間目──2005年のヘキサゴン。登場するのは橋下弁護士。麒麟。眞鍋かをり。
  1. 2011/08/01(月) 05:28:48|
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地デジまでカウントダウン

今朝テレビを点けると画面左下に大きく「地デジ放送開始まであと23日」と出ていた。
みのもんたの番組だった。
番組独自のものかと思ったがチャンネルを替えてみると他局も同じだった。7月から始まった新企劃(笑)らしい。
すでに地デジ対応テレビにしてしまったひとは、この新企劃を見られないのか。もったいない。

今までも上下のラインでしつこく警告されていたのに、これからは左下で数字のカウントダウンが始まるらしい。かなりおおきい。画面4分の1よりはちいさいが、6分の1ぐらいはあるだろう。
(後日註・よくみて計算したら画面の9分の1でした。)

一応半透明になっているので元画面はなんとか透けて見えるが、この大きな数字はじゃまだ。なにより興をそがれる。充分にもうわかっているこちらとしては、いいかげんにしてくれという気分。

世の中にはビデオ予約すらできないひとがいっぱいいるみたいだし、お年寄りにはこれぐらいしつこくやらないと、いきなりテレビが映らなくなったとパニックになるひともいるのだろう。
でもなんかそういう「親切」「心配り」というよりは、「やるだけのことはやったもんね。ずいぶんと前から充分にやったもんね。それでも対処しないひとが悪いんだもんね」という、トラブルが起きたときの「役所仕事の逃げ」を感じるが。

実際これだけしつこくやっているのに、24日に「いきなりテレビが映らなくなった、どうしたんだ、なにが起きたんだ」と抗議するひともいるんだろうな。とにかく信じがたいクレーマーがいるのは事実だから、その点で上記の「役所仕事の逃げ」もわかる。
まあここまで来ると気狂いの類だ。クレーマーなんて横文字つかわなくても気狂いとかバカでいいんだけどな。

7月23日で残り1日となり、24日になるとテレビ放送は映らなくなる。私のテレビはDVDやビデオ再生、PS2やWiiのゲーム画面専用機械になるわけだ。待ち遠しい。

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といいつつデスクトップ機用PCI接続地デジチューナーの値段調べをしている矛盾。

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★7/2補記

 左下の「カウントダウン数字」は画面の9分の1と確認できたので直しました。
 アナログテレビで映像が見られなくなるのは7月24日の正午のようです。

 NHK二局と民放では画面左下の表示が異なり、NHKは白抜き数字なので画面が見やすく、というか、なんとか我慢できて見られますが、民放のは太字のでっかい数字なので、番組に流れるテロップもかぶってしまい見えません。ひどい状態です。
いずれにせよ、上下の注意に1割ずつ取られて8割になった画面が、さらに6分1取られて、でっかい文字と数字が表示されるので、とても心安らかに見られる状態ではありません。私はテレビ嫌いだからどうでもいいけど、もしも金銭的な都合かなんかでまだ切り替えてなくて、テレビが大好きなひとだとしたら、この状況はきついでしょうね。そんなひといないか。
  1. 2011/07/01(金) 16:48:42|
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月9「CHANGE」感想──国会議員選挙が町会議員選挙になっている(笑)

tv.gif  テレビを見てこんな長文の感想を書いてるおれってよほどの閑人なんだなと恥ずかしくなった(笑)。


http://blog.livedoor.jp/moneslife3/


 

  1. 2008/05/13(火) 07:24:05|
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「報道2001」のサイドワインダー

今日から「報道2001」が模様替え。


スタジオのセットも替わっていた。


今までの政治一色から離れ、すこし手を拡げるようだ。


今日の放送内容を示すオープニングで、リー・モーガンの「サイドワインダー」が流れていた。トランペットの名曲、1963年のヒット曲。なかなかいい選曲センスだ。スタッフも変ったのだろう。朝っぱらから「サイドワインダー」を聞くとは思わなかった(笑)。
こういうのもあたらしい試みになる。



あいかわらず仕切りすぎの黒岩が不快でチャンネルを替えると、TBSのセキグチの番組に出ている慶應のキムコ教授の不細工な顔を見てしまった。見たくない顔である。せっかくのカフェオーレがまずくなる。急いでまたチャンネルを替える。


しかしまあサヨク思想に真に染まっているならまだしも、頭の中カラッポなのに、商売としてサヨクっぽい言動で稼いでいるセキグチヒロシなんてのは本当にみっともない。
 いや、バカがリコウのふりをするには最も楽な方法だから、かしこい、と言えるのか。バカなのはこんなニセモノにだまされる視聴者だ。いやいや、それはだまされて当然の心情サヨクだからどうでもいいか(笑)。


いろいろあるが、フジ、日テレが、テレ朝、TBSより好きなことにかわりはない。

  1. 2008/04/06(日) 10:08:38|
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朝夕のニュースショーの構成

tv
 長時間のニュースショーは繰り返しだ。たとえばみのもんたの朝のワイドショーは5時半から8時半の3時間番組だが、1時間番組を3回繰り返すだけである。メインは時間帯や他局を意識した7時半から8時半の部分にせよ、5時半から6時まで見れば、今日なにをやるか=昨日なにがあったか、はわかるようになっている。見ずにすむこともあって助かる。


 夕方のそれも同じだと思っていた。午後5時から7時までの2時間番組も、1時間番組の2回繰り返しであり、5時から見ても6時から見ても同じだろうと。
 ちがうことに気づいた。ニュースは5時からである。大事件があったら6時からも繰り返すのだろうが、そうそうそういう日もない。よってテレビ局は6時からのためにテーマを決めた特集を毎日用意している。それはうまいラーメンや安い寿司屋の「食」であったり、ケチケチ生活や大家族のような「生活」であったり、鬱病や乳ガンのような「病」であったりする。

 夕方のニュース番組で、その日一日の事件を知ろうと思ったら6時からでは遅い。チベットのことを知ろうとしても、「ラーメン」や「鬱病」の話になってしまっている。いつまで待っても出てこず、7時前定番の天気予報になって終る。この時間にニュースを見たいと思ったら4時55分ぐらいから始まるそのときに合わせねばならない。夕方の2時間ニュース番組は、1時間のニュースと1時間の特集という2部構成なのだ。
 ここを逃すと午後10時、11時の番組までニュースは見られなくなる。毎日午前2時起床の私はその時間にはもう寝ているので夕方のこれが勝負(?)になる。


 PCに向かってのっているとき日課とはいえテレビのニュースチェックはわずらわしい。いつも5時になると見ていたのだが、ここ何度か「5時からでも6時からでも同じだ」と思い、そのままPC作業を続け、6時過ぎに見る日が続いた。ぜんぜん傾向が違うことにやっと気づいた。チベット問題を見たい私に鬱病や花粉症特集は無意味だ。
 みのもんたのそれが「1時間番組3回繰り返し」と気づいたときは、すこし賢くなった気がしたのだが、なかなかうまくゆかんものである。(投稿予約原稿)

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  1. 2008/03/24(月) 19:05:00|
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池波正太郎とジェームス──侍の自称

tv.gif

 高島俊男さんの一文にあったこと。あ、古い話ですよ、このこと自体は。

 高島さんが台所で洗い物(笑)をしている背後で、NHKテレビの「大河ドラマ」が流れていたそうな。高島さんは「大河ドラマ」を見ないけれど(私も見ません)、ニュースを見たあと、テレビをつけたまま洗い物をしていると、そのBGVになってしまうことがたまにあると書いていた。


 そこで八代将軍徳川吉宗が、家来に対して「この吉宗が」とか「吉宗にとって」と、自分のことを「吉宗」と自称して大見得を切るものだから、呆れてしまったという話。
 これは「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」をすなおに受け入れている人にとっては、「なにがへんなの?」と思うようなことだろう。でも絶対にあり得ない話だ。将軍の吉宗が今時のネーチャンみたいに「ミキはねえ」「ユミってばぁ」のように、自分の名を一人称にするはずがない(笑)。


 高島さんは同じく劇中で武士が気軽に「家康様が」と言ったりするのにも呆れていた。恐れ多くもかの大御所を名前で呼べるはずがない。徳川幕府が成立して百年以上経っている。開祖の家康は神様である。神君だ。常識的に「大権現様」とかであろう。「家康」なんて名を軽々しく口に出来るはずもない。


 たしかこの脚本はかの高名なジェームス三木だった(笑)。
 こういう話を読むと、高島さんが小説を読まない、テレビを見ない、という気持ちが分かる。私もテレビの時代劇はまったく見なくなってしまった。映画はまだ見るが見るたびにストレスが溜まる。
 一方でまた私には「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」を楽しめる人をうらやむ気持ちもある。こだわりは不幸を呼ぶ。目をつぶるのも勇気だ。その辺が師匠とは違っている。(私淑だけれど。)


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 さて、ジェームス三木が斬新なことをするはずもない。そこまでの才能もない。先人の真似をしたのだ。よりどころがあるはずだ。
 すると池波正太郎が「剣客商売」で、田沼意次に、やたら「意次が」と言わせていることに気づく。


 田沼意次というと、私などは高校時代、賄賂政治の汚い政治家と学んだ。しかし彼の経済活性化の実蹟が見直され、近年ではめちゃくちゃくに評判がよくなっている。「白川の清きに魚の住みかねて元の田沼の濁り恋しき」と戯れ歌にあるように、人の世は清ければいいというものではない。すでに昭和四十年代にこの悪評紛々の田沼を一方の主役にしていたのだから池波の炯眼はさすがだ。


 しかしなあ、いくら池波ファンでも、田沼意次が自分のことを「この意次が」と多用したとは思えない。
 そうなると、将軍が自分の名を自称する噴飯ものの「この吉宗が」は、実はジェームス(純日本人なのにこんな名前って恥ずかしい)が、池波の真似をした可能性が高い。


 池波ではないかもしれないが、ジェームス(笑)は、池波クラスの先人の真似をしたのであり、池波も手本のひとりであることはまちがいないだろう。すこし憂鬱である。


 でもまあ池波作品はほんと娯楽作であり、「剣客商売」だって、小兵衛のスーパーマンぶりにまじめにケチをつける気なら、いくらでも出来る。どんな剣豪も小兵衛と対決したなら「むうん……」と言って気絶するのだ。気にしちゃいかんのだろう。ただジェームスと池波を同格に語りたくないので、どうもまだもやもやしている。

  1. 2008/03/06(木) 03:19:39|
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難病映画は嫌いだ

tv.gif たまにテレ東の「午後の洋画劇場」を見る。自分に対する褒美である。ずいぶんと貧相な褒美だが(笑)、いまの私にはたいせつなものだ。
 毎日これを見ていると引退した年金生活者になってしまう。そんな優雅?な暮らしではない。夜明けから昼までに、そこそこの作業をしたと判断したとき、「今日は見てもいいな」とテレビに向かう。
 今日はそんな日だった。

 なのにテレビ欄を見たら大嫌いな「難病もの」だった。落胆。

天国の青い蝶
◇04年、カナダ・英合作。ウィリアム・ハート。
余命いくばくもない10歳の少年と、彼と一緒に世界で最も美しいといわれる青いチョウを探す旅に出た昆虫学者の触れ合いを、実話を基に描く。
少年の母親はチョウを見たいと切望する息子を車いすに乗せ、世界的な昆虫学者に直談判する。レア・プール監督。


 餘命いくばくもない10歳の少年を見る気はない。
 こういう映画を見て、泣く快感に酔う趣味もない。

 かつては複数枚のレンタルヴィデオ屋のカードを所持していたが、ここに越してきてからは近くのレンタルビデオ屋一軒のみ。先日それがつぶれたので今は一枚もない。
 こんなときのために一店ぐらいは確保しておくべきか。

 でもこの「ご褒美」は、安易に見られるテレビだからいいのであって、寒風の中、DVDを借りにいって見るのとは意味合いが違う。

 気に入った仕事が出来て、「よしよし、今日はご褒美だな」とテレビをつけると、二十年前に見た気に入った作品をやっていたり、(21世紀に入ってからはほとんど映画を見ていないので)見たことのない2003年製作のアメリカB級映画をやっていたりする。それがいいのだ。いい加減さの楽しみである。明確な目的を持ってレンタルにゆくのとはそもそもが違う。

 だからおもしろそうだと思って見たのが大外れだったとしても、それはそれでいい。「ご褒美」と思ったお菓子がまずかっただけである。要は「よしよし、ご褒美だな」の流れであり、テレビ映画は附属だ。
 だけど最初から大嫌いな難病ものなのでテレビをつける気にすらならない、は困る。美味しくても不味くてもご褒美なのに、それではご褒美以前である。


 今までで気に入ったのは、たとえば西部劇。あれも白人の勧善懲悪ものなので先住民族を悪役にしたものは見ないが、「大いなる西部」「昼下がりの決闘」とか、ひさしぶりに見て楽しめた。
 まあまあなのが「エイリアン」等。かつてはわくわくしながら映画館で見たり、新作レンタルを心待ちにしたものだった。今は「バッカじゃないの」の感想。敵をやっつけることでしか燃えられないハリウッド映画が、ナチスもソ連もなくなったから、宇宙に出て行ったとしか思えない。こういう感想の変化は人としての成長なのだと思う。だよね?
 そして最悪なのが上記のような「難病もの」になる。見ない。

 最善の解決策は衛星放送の契約か。これならかなりの確率で「たまにはご褒美」と思ったとき、気持ちよく応えてくれそうだ。ご褒美をねだる時間もずいぶんと広がりが出る。願いは、あたたかい冬の陽が差す午後に、なんでもいいから映画を一本見てくつろぎたいだけなのである。

 衛星放送に関してはとんでもなく時代遅れになってしまった。いま住んでいる集合住宅でも上下左右どこにもアンテナがある。ないのは私だけだ。
 仕事がなく朝から晩まで衛星放送の映画ばかり見ているという競馬ライターがいる。毎日3本、時には5本は見ているとか。そんな話を聞いたらますます怖くて契約が出来ない。なんだか自分もそうなりそうで。

 狂ったように映画ばかり見ていた時期があるので言い切れる。あれは非生産的だ。数多く映画を見ているとなにかを身につけたような気になるが、実はなにも学んでいない。無為な時間である。こうしてブログに駄文を書き連ねている方がまだ生産的だ。

 月曜から木曜、午後一時半から三時半。テレ東の「午後の洋画劇場」。
 今度また「ご褒美」と思ったとき、「難病もの」でないことを願う。

 

 

  1. 2008/02/07(木) 06:00:10|
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狭くて広い世界──日テレ55周年

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 テレビ局のジングルはどこも凝っていておもしろい。いま私のお気に入りは日テレのこれ。

開局55周年というこの画像に合わせて「ゴー、ゴー、日テレ、ゴーゴー」と流れる。

曲はもちろんChuck Berryの「Johnny B. Goode」。


 


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 そして、曲に合わせてこのアニメが、ダック・ウォークするのである(笑)。なんともいい雰囲気だ。出るたびに見てしまう。


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という楽しさを、ここを読んでいる30人の友人と分かち合いたいと思った。


だが考えてみると、これは日テレ限定。狭い日本でも関西の讀賣テレビでは流れていないだろう。四国九州北海道ももちろん。
まして外国の人にとっては無縁のものだ。たった30人なのに解ってくれる人は5人程度か。
狭いようで広い世界。共通の楽しみは難しい。


 

  1. 2008/01/30(水) 03:49:00|
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豪華盛りだくさんの時間

tv
  日曜午後十時。

NHK「サンデースポーツ」は優勝した白鵬が生出演。
日テレの「おしゃれイズム」はV6の岡田准一。
TBSの「ウルルン」はタイのスリンの象祭り。
フジの「報道プレミアム」は当選した橋下弁護士出演。
テレ朝は「男はつらいよ」。


何を見るか迷う。
「男はつらいよ」は全作見ているからパス。この吉永小百合がマドンナの「寅次郎 恋やつれ」をいま流すのは、同じく吉永が主演しているあのヤマダヨウジの映画の宣伝のためだろう。共産党色の強い(笑)。


スリンの象祭りは行ったこともあるし、さんざん見た映像だ。なによりヒサモトの下品な顔と声に関わりたくない。芸能界に学会員増殖中だな。


とふたつを切っても、まだ見たいのが同時にみっつもある。
以前なら全局録画して、あとでまとめて見ていた。
やはり時間によっては複数台の録画器が必要だ。
そんなことももうあるまいとすべて処分してしまったのは早まったか。

  1. 2008/01/28(月) 02:45:46|
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ヨコミネ暴走

00-seso
 ヨコミネ暴走



25日の日テレ、民主党のヨコミネ参議院議員はひどかった。
{Youtube}等にしっかり映像も出回っているようだ。もうあんなことをしたら一過性のものとして猫っかぶりは出来ない時代になった。


元々嫌いな人だし興味はなかったが、いくらなんでもあれはひどすぎる。書きたくないが書いた。詳しくはホームページで。


http://monetimes.web.fc2.com/ez-seiji07.htm#yokomine

  1. 2007/12/27(木) 07:29:25|
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「SP」の音楽──菅野祐悟の魅力

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「SP」の音楽──菅野祐悟の魅力


 


 土曜フジテレビの「SP」がおもしろい。毎週缺かさず見ている、と書きたいがもう2回も見逃してしまった。決まった時間にテレビドラマを見るという習慣がないので部屋にいても忘れてしまうのである。それと、土曜の午後11時台で前の番組によって放送時間がずれたりする。録画予約というわけにもいかない。DVDになったらまた見よう。


 キャストもシナリオもカメラもすべていいが、音楽がまたすばらしい。日本のテレビドラマでこんなに重厚でかっこいい音楽を聴いたことがない。それで菅野祐悟という名を知った。東京音大でクラシックを学んだ人のようだ。どんなに音楽が良くても他がわるかったら光らない。すべてが良くできているからであるが、この音楽は凄い。街中で聴いて一瞬でドラマを思い出すテーマ音楽なんていつ以来だろう。


「まるでアメリカのテレビドラマのようだ」という褒め言葉は、芳醇な日本酒を「まるでワインのようだ」と評するのと同じくよくないことなのだろう。だが見るほどにアメリカ製作のドラマを思う。スタッフも「日本のドラマ離れ」を意識したのはまちがいあるまい。


 始まりは岡田と金城の友情らしい。岡田はこの役のためにかなりマッチョになったとか。最初から岡田をイメージして書き下ろしのだからはまっているのは当然だ。


 堤真一がいい。この人、ふつうより腕が長いのだろうか。両手をだらんとさせて歩く背広姿は、武道の達人のようでかっこいい。まあ壊れたロボットのようでもあるが。
 本人もどこかで「(この作品では)大きく見せるようにしている」と語っていたから意識した演技なのだろう。JAC出身だというからアクションは得意なのか。


 私にとってさいわいだったのは、テレビドラマをまったく見ないから、役者に固定観念がなかったことだ。ほとんどみな真っ白である。堤は大活躍している役者らしいから多くの当たり役があるのだろう。へたにそれを知っていたらこんなに楽しめなかった。たとえばコミカルな彼を知っていたら、上層部と現場のはざまで悩む彼にここまで惚れられなかった。


 もっともそれはまたそれで「××の△△役より、今度の方がはまってるよね」「あいつにこんな演技が出来るとは思わなかった」のような評価を通は通で楽しむのだろう。
 私は今回のドラマをリアルっぽく楽しみたかったから、それがないことがありがたい。SPのひとりが「電車男」に出ていたのは知っているが。


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 浅田次郎原作に西田敏行がこれでもかというぐらい主演することに反対である。反対を通り越してもうくだらないから見ない。よくもわるくもイメージの固定している西田に、多種多様な珠玉の短編の主人公を片っ端から演じさせることに意味があるとは思えない。「角筈にて」なんて、どう考えても西田ではあるまい。「天国までの百マイル」も。これで西田が役作りのために30キロ減量しましたなんていうならまだ支持できるが、どの役をやるときもあのでっぶりした体である。


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「SP」が敵役に無名の役者を使っているのもいい。
 コロンボの真似をした「古畑」みたいな有名人起用のあそびもあろうが、ここは酷薄そうな無名の犯人像が望ましい。
 警察上部の連中も見慣れない顔なのがいい。これは一貫した姿勢なのだろう。どうしてもひとりぐらい大物役者をおきたくなるものだ。


 今後、岡田の両親を殺された経緯と現総理との絡みをどう料理してくるのか、金城のお手並み拝見である。


 

  1. 2007/12/18(火) 23:59:13|
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激しい××の持ち主

 激しい××の持ち主


平成教育委員会(今は学院か?)で、「彼女は激しい××の持ち主だ」「××衛星ひまわり」に同音異義語を入れろと出題されていた。すぐに「きしょう」だとわかる。気性と気象。


シンキングタイムのあいだに「紀章」を思いついた。
彼女は激しい「紀章」の持ち主である。この場合、「彼女」は若尾文子に限定される。

  1. 2007/12/03(月) 06:07:46|
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オシム監督の極東島国時代!?

 オシム監督の極東島国時代!?

 TBSの午後のワイドショーが先日脳梗塞で倒れたオシム監督の経歴を紹介していた。生まれたときから現在までが年譜として大きなボードに書かれている。そこに現在の監督のいる場所として「極東島国時代」とあった。なぜこんなことをするのだろう。

 それまでは「ユーゴスラビア(現ボスニアヘルツェゴビア)時代」「フランス時代」と国の名で来ている。だから現在も「日本時代」でなんら問題はない。というかそのほうが自然だ。なのになぜかそこだけ「極東島国時代」なのである(笑)。心の歪んでいる人たちというのは困ったものである。

 極東=Far East、東の外れとは、言うまでもなく西洋から見た呼称である。ヨーロッパが中心の地図で見ると、我が国は右の端になさけない形で描かれている。それもユーラシア大陸から落ちないようしがみついているようで、あれは日本人として悔しくなる一瞬だ。極東の島国もしかたない。


 しかし日本が真ん中に描かれた世界地図では、堂々と世界の中心に位置している。上のユーラシア、下のオーストラリア、極東のアメリカ、左のアジア、極西のヨーロッパを従えて堂々としている。地図とはそういうものだ。どこの国の地図だって自国が中心である。その国の国民は、自国を世界の中心と考えて発想する。だから西洋人が日本を極東と言うのは自然だが、それを真似て日本人が自らそう言うのは極めて不自然である。まして日本のテレビ番組で(軍事問題を論ずるときでもあるならまだしも、こんなバラエティ番組で)使う必要などまったくない。

 東南アジアも日本中心の地図なら西南アジアだが、そこまでは言わない。便宜上、極東も東南アジアも認めよう。しかしそれらを意味なく使用するとなると話は違ってくる。それが上記だ。「ユーゴスラビア時代」「フランス時代」と国の名前で来たなら「日本時代」が正しい。なぜそこだけ国名がなくなり、「極東島国時代」と西洋から見た地域を表す言葉になるのか。この大きなパネルを作った人間はなにを考えているのだろう。いやなにを考えているか解るけれど(笑)。

 これでもしもオシムさんに韓国での監督経験があったら「極東半島時代」と書くか。書くまい。日本を「極東島国」と貶めることは大好きでも、韓国を「半島」と言ったりはしない。それがこのパネルを作った人の精神である。韓国での監督時代があったなら、ごく素直に「韓国時代」と書き、いくらなんでもそのあとに「極東島国時代」とは書けないから、「日本時代」と書いたろう。ということは、この人の精神を覗き見るために、韓国時代がなくてよかったことになる(笑)。

 こういうことをかっこいいと思ってやっているTBSのひとは、かっこわるいと思う。

  1. 2007/11/21(水) 13:12:36|
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円楽『笑点』復帰と千秋楽

円楽『笑点』復帰と千秋楽
 


 3月26日から『笑点』に円楽が復帰だと知った。落語家の円楽が好きなわけでもなく『笑点』に関しても近年のボケ司会はひどいものだったから、彼の復帰を待ち望んでいたわけではない。しかしながら40年近くも前から(なんとなくではあるが)見てきた番組だから、そこそこの興味はある。特に近年、落語に本格的に興味を持ち、好事家のあいだで『笑点』を否定することが通の基本のように言われていることを知ってからは、みょうに贔屓になったりしている。その理由はよそにも書いたが、病気で気弱になっているようなとき、『水戸黄門』の単純な勧善懲悪に心が癒されるように、ああいうものには独自の効用があるということに尽きる。たぶん「演歌」等にも共通のモノがあるのだろう。まだ未経験だが。(『笑点』は1966年開始だから今年の5月で丸40年となるようだ。)

 なにがどうであれ良きマンネリの最たるモノが復活するのだからめでたい。長寿の年寄りが生きていてくれるだけでありがたいのと同じだ。
       その日は6時過ぎに都心で待ち合わせがあった。折しも朝青龍と白鵬の優勝決定戦があるかも、という千秋楽である。録画予約をして出かけようと思っていた。
     
       以前のようにヴィデオデッキを6台ももっているときならともかく今はすべて処分してしまってHDDレコーダ1台だけである。とはいえこれは1台でHDDとVTRに同時録画できるスグレモノなので両番組を録ることは可能だ。だがそこまでする必要はあるまいと判断した。HDDレコーダに馴れてからVTRは面倒で触っていない。
       私の判断は、午後4時から5時45分まで大相撲を録画、45分から6時まで『笑点』録画、である。これで朝青龍と白鵬のどちらが優勝してもそのシーンを録画でき、円楽復帰の大喜利も録画できると判断した。
       相撲の45分以降は表彰式のはずだ。テレビも「決定戦の可能性があるので取り組みの開始をいつもより早くしている」と言っている。たとえ決定戦かあったとしてもこの判断で間違いあるまい。
     
       録画して出発しようと思ったが好取組が続き相撲から目が離せない。今場所は15日間缺かさず観戦してきた。しかも十両時代から応援してきた白鵬の初優勝がかかっている。相撲に関する文章でいちばん白鵬のことが多い。それだけ好きな力士の出世の瞬間だ。今から出てももう遅れるのは確定だ。ここはもう腰を据えてリアルタイムで見るべきかと居直る。
      
       そこに電話が来る。何時に着くかと。あちらはもう近くまで来ていると思っている。まだ家を出ていない。出発せねばならない。でもテレビから目が離せない。私は遅れることを告げて了承してもらった。あちらの家を訪問するのでその点は気楽である。もしもこれがどこかの店での待ち合わせであり遅れてはならない状況だったらと思うとゾっとする。いや後にゾッとした。
      
       白鵬が魁皇に負けた。朝青龍の優勝かと思ったら朝青龍まで栃東に負けた。魁皇の大関残留が決まり、栃東の来場所への横綱昇進の夢が繋がった。白鵬の大関昇進は決定している。そして優勝決定戦が見られると万事丸く収まったかのような結末。
       それはそれでめでたいがこれで10分間の休憩をとって決定戦というときにもう5時45分。HDDレコーダは『笑点』の録画を始めた。重要度が違う。私はそれを止め、大相撲を録画状態にして『笑点』を見ることにした。相撲の方は対決に向かっての細かな緊張感の盛り上がりをじっくり見たい。決定戦のヴィデオもゆっくりと鑑賞したい。対して『笑点』の方は円楽復帰の瞬間を見て、「よかったね」と祝福するだけでいいのである。どちらを録画するのかに迷いはなかった。
      
       『笑点』は、どういうことなのか司会は歌丸のままだった。円楽はどうしたのか? また体調を崩して復帰はお流れか?
       相撲の方は朝青龍優勝。
       そこまで見て外出。遅れたお詫びを言って飲みに出かけた。
      
       もしも当初のままの録画設定だと、いよいよ優勝決定戦というところで録画が終り、円楽の復帰していない大喜利を録画するという最悪の事態となっていた。
       優勝決定戦はニュースでも見られたろうが、乱れた髪を直したりして盛り上がってゆく流れが楽しいのだ。勝負だけを伝えるダイジェストなんてのは相撲じゃない。それは見直して確認する。ひとときも休まず体を動かして決定戦へのやる気を見せる白鵬。初優勝への興奮からこれは動かずにはいられなかったのだろう。対して朝青龍は沈思黙考している。こちらには15回優勝の経験がある。
       それらを見られて、結果として助かったが冷や汗ものである。最悪の事態と紙一重だった。
      
      ---------------
      
       その後も私は円楽のことを知らなかった。ふと気になり調べてみたら、「大喜利司会は歌丸に任せて、進行の部分のみの復帰」と知る。なんだ、そういうことだったらしい。なら26日も予定通り出ていたのか。私は「大喜利司会復活」とばかり思いこんでいた。
       円楽の判断は正しい。倒れる前から呂律がおかしく当意即妙な反応が出来なくなっていたのだから降りた方がいい。当意即妙もなにも精緻な台本があるのだから本来はそんな能力は必要ない。与えられた役を演じるだけでいいのである。それすら出来なくなっていた。
       3月26日も冒頭のオープニングでは登場していたのだろう。45分番組が30分番組になってからますますつまらなくなり、この演芸の部分はいつも見ていない。じゃあ大喜利がおもしろいのかというとそういうわけでもないのだが、近所のおじいちゃんの元気な姿を確認して安心するような気持ちで、毎週家にいるときは必ず確認?してきた。春秋の競馬シーズンになると日曜のこの時間は競馬場周辺で飲んでいることが多くなり、それすらも出来なくなる。
      
       ということで4月2日。今度は冒頭からしっかり見た。すると円楽が出てきて呂律の回らない舌で、簡単な挨拶と芸人紹介を懸命にやっていた。これで精一杯だろう。
       ともあれ復帰おめでとう。 長寿番組記録更新を心から願う。

  1. 2006/04/04(火) 13:18:21|
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テレ朝の編集マジック

  意図的なテレ朝


 夕方のニュースショーを見る。新人国会議員の引っ越しがテーマだ。片山さつき、佐藤ゆかり、出戻りのスズキムネオ等。
 新たに自分の部屋となった場所で引っ越し整理をする片山さつきに「先生と呼ばれる気分はどうですか」とワイドショーの記者が訊く。昼のワイドショーでも見た光景だ。新聞記者、テレビ記者、来るたびに朝からもう何度も同じ質問をされることにうんざりし、またついこのあいだまで主計局で働き、防衛予算を削減して話題になっていた誇りもあるのだろう、「あまり何度も初歩的な質問はしないで下さい」「わたしに質問するのなら、もっと違うことがあるのではないでしょうか」「わたしはまったく違う分野から来たわけではないですから」と片山は反発する。もっともだ。片山は、まちがって当選してしまい、「料亭に行ってみたい」「歳費でベンツが買える」と叫んでいたバカ杉村太蔵とは違う。その自負もあろう。今までも第一線だったのだ。私は片山に同情し、相手のバックグラウンドを考慮せず、片山にも杉村にも同じ質問をするテレビ局の浅はかさを嗤った。


 どこのテレビ局でも流れた映像だった。どこもこの「先生と呼ばれる気分は」から片山がキレてしまうところまでを連続して流していた。それを見た人は私と同じような感想を持ったろう。だがテレビ朝日だけは「きょうは国会議員の引っ越しです」とテーマを紹介した後、「中にはこんな人も」と、いきなり片山のキレルところから流してイヤな女を演出していた。これじゃ片山はただの癇癪持ちである。そうじゃなくても女の東大卒で、しかもミス東大だったとか言われて反発も多い。ますます嫌いになった人も多かったろう。さすがテレ朝、狡猾に人心を操作するものである。怖い話だ。
 かくいう私もテレ朝しか見ていなかったら、「やな女だな」と思ったろう。もともと好きな人ではないけれど。それにしてもあんまりだ。ほんとに怖い。
 テレビは編集でなんとでもなるのだと、こんなことを日常的にしているんだなあと、不快になった映像だった。


 殺人事件やスポーツ芸能ニュースに興味がないので、この種のニュースショーを見ていると、私はひっきりなしにチャンネルを替える。落ち着きのないバカオヤジだが、たまにこんな意図的な操作が見えたりして意味がある。

  1. 2005/09/21(水) 05:58:17|
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懐かしのウリナリ


 ウリナリのビビアン・スー──DVD移植話
 1998年の「ヴァラエティ」と題されたVTをダビングしていたら「ウリナリ」が出てきた。ネットで探すとさいわいにもまだ日テレが残していた。2002年3月末に終ったらしい。しっかり最終回も見てヴィデオに録っているが何年だったかはもういいかげんになっている。2002年3月を最終回として「7年間ありがとうございました」とあるから1995年からやっていたのか。2002年3月から更新されていないサイトが哀しかった。ほんとにもうこの世界は終ったらおしまい。あっという間に忘れ去られてゆく。

 あのころはしっかりダウンタウンと五分を張っていたのに最近じゃすっかりウンナンはゴールデンタイムの冠番組から消えてしまった。そういやあまだ売り出し中のころ、フジにダウンタウンとウンナンの4人でやっている番組があった。みな出来もしない楽器を演らされて苦労していたっけ。それでもウンナンはこのときの南原のサックス、内村のキイボードをその後に活かしているがダウンタウンはまったく関わっていない。ふたりはなにを担当していたんだ? 思い出したくもない過去なのだろう。

 ダウンタウンとウンナンの違いを自分なりに考えてみると、むかしはともかくダウンタウンの今は、さんまと同じく、他者をいじくるパターンである。その巧さで活躍している。ウンナンは自分たちがなにかをやる形であり、他者をいじらなかった。いじれなかった。だから社交ダンスをやり、楽器をやり、ドーバー海峡横断をやり、登山をやりと、あらゆることにチャレンジしてきたが、自分たちでなにかをやるのには限界がある。オーソドックスな他人いじりのダウンタウンやさんまに負けてしまった。
 これは小説家が行き詰まるのに対し、評論家が評論分野を拡げてますます活躍してゆくのに似ている。さんまが「踊る! さんま御殿」でおもしろさを発掘し人気者になったタレントがどれほどいることか。いわばさんまやダウンタウンは球の跳ね返ってくるあたらしい壁を次々と発掘していった。投げる球の球速や球種は同じでも壁の方が変化してくれればおもしろさは変化する。ウンナンは球を投げて自分で拾いに行く。それじゃ疲れる。

 大好きだったビビアンももう三十になるのか。いまどこで活躍しているのだろう。すっかりテレビで見なくなった。南原の愛人と知ったときはけっこうショックだった。
 ビビアンの応援サイトがあるので覗いてみたが、やはりテレビから消えた2002年からは更新されずほったらかし。ファンサイトなんてこういうものなのだろう。


 最初に出来たのが内村、千秋、ウドのポケットビスケッツ。これといって売り物のなかった千秋はここで歌手として名を売った。そこからの派生で南原、ビビアン、天野のブラックビスケッツが出来た。天野は当時改名したばかりの新日の天山と同じように牛の角の帽子を被り天山(あまざん)を名乗ったものだった。いやこれは南原が先に蝶野を真似ていた流れからか。そういえば南原が「リングの魂」をやっていたころだ。あれもしっかり録ってある(笑)。ちょうど深夜の新日中継の前だったので録りやすかった。

「脱退」とあるのは上海から来たケディか。上海でのオーディションシーンはけっこうおもしろかった。隠しカメラで応募者を撮る。わざと待機室からオーディション部屋への通路にモノを倒しておいたりゴミを置いたりしておく。するとカメラの前では愛想がいいが、そういうものには一切気を遣わない娘もいれば、おとなしくて自己アピールはもう一歩なのだが、きちんとそれを片付ける娘もいる。ケディはそういうことがポイントになって合格したのだった。もう上海に帰ったのだろうか。

 これは数年前のことになるが、十数年前のVTを見ていたら、素人物まね番組に千秋が出ていたのでおどろいたことがある。藤倉千秋とかそんな本名で出ていた。なんの物まねをしていたのか忘れたが、平安時代の顔だと司会にからかわれていたことは覚えている。私もヘンな顔だと思った。多くのタレントが消えてゆく中で、千秋はいまはココリコ遠藤の女房となり、ママさんタレントを上手にアピールして地位を築いている。消えていったビビアンやケディがせつない。問題は「ことば」か。昨今のようにクイズ番組が増えてくると日本語に不自由だと役に立たない。

 ウリナリの最末期に小池栄子がレギュラになっている。しかしまだ持ち味は発揮されず、彼女こそオッパイの大きさ以外に能がなく消えてゆくのかと思ったら、しっかりと頭の回転の良さを発揮して活躍している。おもしろいものだ。

 ダビング中に早送りしていたら「踊る! さんま御殿」に前田日明が出ていた。よく覚えていない。きっとおもしろくなかったのだ。前田は昨年の年収が12万円だと言っていた。今年はのブロデュースでぐんと跳ね上がることだろう。前田の復活には勇気づけられたものだ。ぶれずに歩いていればいいこともある。オーニタみたいなのばかりが出世して前田が不遇ではたまらない。オーニタの「初監督作品」だという映画がスポーツ紙に載っていたが、いったいいつ監督したのやら。名前を貸しただけだろう。
 VTからDVDへのダビングが終ったらこんなことを書くこともない。思いついたことはこれからもメモしてゆこう。
  1. 2005/08/24(水) 06:57:37|
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テレビ時代劇


 ちづるにお静はちとキツい
 広島のカメイの対抗馬として東ちづるの名が浮上した。その報を聴いたカメイは「じゃあ鶴亀対決だ」とシャレていた。彼としては最上級。よくできました。

 先日、「銭形平次」を見た。と言っても午前中の再放送。いまやっているのがまた新シリーズで始まるので、前シリーズをプロモーションのように流していたようだ。事実、番組の前後で「いよいよ平次が帰ってくる」と何度も謳っていたし。この平次をやっている背の高い俳優はなんていうんだっけ、しらんふりして先を急ごうと思ったけど失礼だから一応調べるか、村上なんとか、弘明か。
 二回ほど見たがつまらなかった。美術はとてもきれいだと感じたが、箕輪の万七あたりのキャスティングと演出がひどい。アリとキリギリスも。やっぱり万七親分は遠藤多津朗だよなあ。

 そんな中、村上と東の夫婦は美男美女でなかなかよいと思ったが、やはりちょっと東の齢が気になる。どうみても年上だ。今回の選挙関係で45と知る。彼女ももうそんな齢か。ここは二十代の女優を起用すべきだろう。かといって誰がいいとは思いつかないが、東ではちとキツい。しかもこのお静がでしゃばりで次々と事件に関わって行く。そういう切り口の「銭形平次」なのだろうが、どうにも不可解だ。お静は内助の功がいい。テレ朝がやるとこうなるのか。

 テレビ時代劇を一切受け付けなくなってしまっている自分をあらためて感じた。「平次は橋蔵だ。フジテレビだ。水曜夜八時だ。舟木一夫だ」のようなこだわりがあるわけでもない。私の中の感覚の変化だ。それにいちばん近い感覚は、「『PRIDE』を見るようになってからプロレスが見られなくなってしまった」になる。
 あの時代の十手持ちがどういう立場であったかを学べば、与力以上の権限を持って捜査に出しゃばる平次を不自然だと思うし、剣術に関する知識も増えてくれば、町人の平次が短い十手でもって長尺の剣を持った浪人五、六人をひとりで捌くという荒唐無稽な場面に酔えなくなってくる。
 じゃあ酔っている藤沢周平の世界は『PRIDE』なのかというとそんなこともない。あれもあれで藤沢流のプロレスである。だがこちらの納得度合いが違う。読者を納得させるだけの手練手管が尽くされている。十手ひとつで武士五、六人を相手にする平次は、当たっていない猪木の延髄切りでフォールされるマードックのようで、いくらプロレスでも、なあにがストロングスタイルだよと苦笑するのみである。そういう意味の権力と武技という点では矛盾が少ないから、鬼平なんかは平次ほどの反感もなく見られるのだろう。(とはいえ原作を壊していて腹立つから見ないという池波ファンを何人も知っている。)

 もうテレビ時代劇を楽しむことは出来ないのかと思うと、なんだか大切なものを失くしてしまったような気分になる。レンタルヴィデオ屋に並んでいた鬼平を借りてきてコピイして雲南に持って行きたい気持ちがある。でもこんなのは無理して妥協するものでもないし……。
  1. 2005/08/22(月) 05:06:12|
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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