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ディランにノーベル文学賞──拒まないかな(笑)

●ディランにノーベル文学賞

【ロンドン=岡部伸】スウェーデン・アカデミーは13日、2016年のノーベル文学賞を米国のシンガー・ソングライター、ボブ・ディラン氏(75)に授与すると発表した。授賞理由は「偉大な米国の歌の伝統に、新たな詩的表現を創造した」としている。有力候補に挙がっていた村上春樹氏は受賞を逃した。

 スウェーデン・アカデミーの委員は現地でのインタビューで、「伝統を具現化し、50年以上、新たなアイデンティティーを創造することに、自らの心血を注いだ」と評した。

 フォークソングの代表格として知られ、反戦運動や人権活動にも大きな影響を与えた。メッセージ性の強い「プロテストソング」を次々と発表し、「風に吹かれて」「ライク・ア・ローリング・ストーン」など、数々の名曲は日本を含む世界各国で広く知られている。

 2008年にはたぐいまれな詩の素晴らしさと、米国文化への貢献などが評価され、ピュリツァー賞の特別賞を受賞。12年には米国で文民最高位の勲章となる「大統領自由勲章」を受章。ノーベル賞でもしばしば名前が取り沙汰されていた。

 1941年、ミネソタ州ダルース生まれ。ミネソタ大学中退後、音楽活動に専念するためニューヨークに移った。62年にアルバム「ボブ・ディラン」でデビューした。

 賞金は800万クローナ(約9400万円)。授賞式は12月10日ストックホルムで行われる。(産經新聞より)

---------------

 どうでもいい文化人(笑)やミュージシャンの日本人コメントが連発されている。タクローとか泉谷も大はしゃぎ。誰もが絶讃している。我が事のようによろこんでいる。なんだか不思議な気分。ノーベル賞ってそんなにすごいの(笑)。

 いま聞きたいのはディラン自身のことばだ。
 なんと言うだろう。興味津々。個人的には拒否して慾しい。
「ダイナマイト屋に褒めてもらうために歌を作ってきたのではない」と。

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  1. 2016/10/14(金) 06:01:00|
  2. 音楽

平浩二「ぬくもり」歌詞盗作問題・考

平浩二の「ぬくもり」という歌の歌詞がミスターチルドレンの「抱きしめたい」の盗作ではないかと問題になっているとか。
2ちゃんねるで知った。
「ぬくもり」も「抱きしめたい」も知らない。
でも長年「盗作」には興味があり、話題になったものの「本歌調べ」は何十年もやっている。

比べてみた。
同じだった。
ひどい話である。
こういうことをするのは人間のくずだ。
盗作した作詞家は、沢久美という名前らしい。

●平浩二「ぬくもり」歌詞盗作問題
  1. 2015/12/13(日) 12:00:48|
  2. 音楽

勤労感謝の日──三田祭のころ──ここを過ぎると冬──ギターの手入れ

 11月23日。祝日。勤労感謝の日になると毎年三田祭を思い出す。卒業後、後輩達がコンサートをやっている何年かは行った。その後はもう何十年も行ってないし、これからも行く気はない。なのにこういう若いときに刻まれた想いというのは強烈で、お恥ずかしい話、毎年毎年この日が来るとワンパターンの記憶がよみがえり、同じ事を思う。文化祭でのコンサートの準備、あれこれあった四日間、そして撤収。
 以下の話はもう何度かサイトで書いたことの繰り返しになるが。



 私が一年生の時に三田祭実行委員長をやっていたのがいま民主党代表の海江田万里さん。四年生かな、五年生だったように思うのだけど。海江田さんはベ平連の活動をしていて、そのころから目立っていたひとだった。所属していた音楽サークルの関係から私も三田祭前夜祭の警備員のようなものに借りだされた。当時の学祭というのはだいたいにおいてサヨクが仕切っていた。中核だの革マルだのある中で、慶應でのみ隆盛だったフロント派というののヘルメットを被らされた。土方のバイトでヘルメットを被ったことは何度もあるが、学生運動のヘルメットを被ったのはこれが最初で最後になる。私は当時いまで言う「自虐史観」に染まっていて、シナ、朝鮮に対して罪悪の意識を持っていたが、マルクスレーニンには染まらなかった。



 前夜祭に、村八分、吉田拓郎、南正人、外道、豊田勇造等が来た。本祭には頭脳警察、遠藤賢治らが来た。彼らの全盛時代だ。当時のことを思うと、私にはいま40歳の<きっこさん>が村八分や頭脳警察を好きなことが理解できない。彼らも彼らのファンも団塊の世代だろう。まして彼らの世代にちかい私でも彼らを好きではなかったし、あれはかなりマニアックなひとの好む音楽だ。思えば思うほど<きっこさん>がわからない。

 前夜祭の吉田拓郎の警備を任された。控室(という教室)の前にヘルメットを被って立った。出番が来たのでたくろーさんにそれを告げた。その距離、1メートル。今までの人生、吉田拓郎までの最短距離。

 いまネット検索したら、こんなこと(=この年の三田祭の中身)までも記録されている。すごい時代だな。前夜祭にはっぴいえんどが来たとある。覚えていない。たくろーさんの警備でステージを離れていた時間だろうか。たくろーさんが「馬」を歌ったのは覚えている。中津川で話題になった後だったので、「『人間なんて』を歌え!」と声が飛んだが歌わなかった。頭脳警察も前夜祭に来ているとある。私の記憶にあるのは階段教室で開催された本祭での頭脳警察だ。当時は売れっ子だったから両方来たのか。当時の私は心情的左寄りのウスラバカだが、頭脳警察に感じるものはなにもなかった。

 前夜祭で私が最も感動したのは豊田勇造のギターテクだったブルースを弾き語りでやっていて、なんともかっこよかった。影響を受け、それから彼のスタイルを模倣した。そのことからデルタブルースにはまってゆく。ということで「豊田勇造さんて現役なの?」と検索したら、いまも旺盛に活動されているらしい。御同慶のいたり。ネットですこしだけ見た豊田さんの今の演奏スタイルは当時私が憧れたものとはちがっていた。そりゃ40年も経てば音楽スタイルも変るか。

 三十年後、タイのチェンマイの日本食堂『サクラ』で、南正人さんと知りあう。



 この時期に「秋の天皇賞」があった。府中の3200メートル。秋の大一番。トライアルには目黒記念、オールカマー、毎日王冠があった。最重要トライアルは同舞台2500メートルの目黒記念。昭和56年にジャパンカップが創設されることになり、秋天もトライアルも距離、日程も変更されいまのようになった。三田祭のときに参戦した天皇賞がなつかしい。慶應にも競馬研究会があり、その部屋にもぐりこんで、そこのテレビで観戦した。早稲田の競馬研究会からは多くのひとが競馬評論家となって活躍しているが慶應からはひとりもいない。あのころの慶應の競馬研究会のメンバーはいまなにをしているのだろう。大手商社に勤めて、出世して、今はリタイア、であろうが……。

 故・大川慶次郎さんはあたらしい体制になってからも「京都よりも府中の3200メートルのほうが実力が発揮されて天皇賞にふさわしい」と語っていた。府中の芝2000はコース的に問題がある。しかしJCを最高峰と据えたら秋天はトライアルとなり距離短縮はしかたなかったのだろう。後にメジロマックイーン問題が起きている。
 といって私に懐古趣味はないから、あの当時の枠連しかない競馬をたのしかったとは思わない。いまのほうがずっといい。しかしまたそれとはべつにあのころの思い出は胸に刻まれ消えることはない。

 競馬業界に就職するつもりは毛頭なかったが、就職掲示板に日刊競馬の募集があったことを妙に鮮明に覚えている。



 毎年「11月23日前後は文化祭開催時期として遅いのではないか」と思う。多くの大学がそうであるように11月3日の文化の日前後が最適ではないのか。ほんとにこれ、毎年毎年この時期になると思う。かといって当時が恋しいとか、三田祭に出かけてみたいとかではない。それはない。まったくない。だけどそれこそ季節の風物詩のように、毎年この日を迎えると条件反射というのかバカの一つ覚えというのか、「この季節は学園祭開催の時期としては……」と考えている自分がいる。それを知って赤面する。毎年(笑)。なんなのだろう、これ。
 学生のときは他大学と時期がちがうことを誇りに思っていた。日吉と三田のキャンパスに舞う銀杏の葉がうつくしかった。うん、あれはきれいだった。学生時代の風景をひとつだけ選べと言われたら、私は日吉の銀杏並木になる。

 いま地球温暖化で冬が暖かい。それは実感する。こどものころの冬はもっと寒かった。ならこの11月23日前後はどうだったのだろう。十分今も寒いように思うのだが、学生だったあの頃は、いまよりも寒かったのか。
 還暦を迎えてもまもっているあのころの感覚がある。「三田祭が終るまでコートは着ない」。いまも11月23日が過ぎるまでは秋であり、冬はそのあと、と思い、どんなに寒くても冬装備はしない。痩せ我慢をつらぬいている。明日からは自転車に乗るとき、手袋をしたり、毛糸の帽子を被ったりできる。

 塾生それぞれの「母校に対する想い」があるとしたら、私は福澤翁の本も精読していないし、商社マン的な世界の連帯とも無縁だったし、日吉も三田もご無沙汰の、どうしようもない劣等生なのだけれど、この「毎年勤労感謝の日に三田祭を思う」が、唯一のそれになるのかもしれない。



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 今年の「勤労感謝の日=新嘗祭」は、秋晴れのいい日だった。午後の陽射しの中、A・ギターを引いていたら3弦が切れた。だいぶ旧くなっていた。ごめんよと謝る。こういうのが〝不精〟であり〝堕落〟だ。かつて、激しく弾いて切れるのはともかく、旧くなって切れるまで使ったことはなかった。定期的に交換していた。6弦ぜんぶ張り替える。ついでにテレキャスもZO-3も張り替えた。もう1本のA・ギターとセミアコのE・ギターは今回は勘弁してもらう。弦がない。買わないと。フラマンも替えるかと思ったがもう何年も触ってないのでこれまた勘弁してもらうことにする。ウクレレは夏に買えたからいいや。

 西東京の外れに住んでいると楽器や弦の購入で不自由する。さいわい今は通販があるのでなんとかなるが、それとはまた別に、たまに行く御茶の水での買い物もたのしみだ。やはり触って選びたい。年内になんとかまた御茶の水に行き、それら小物をまとめ買いしたい。小物も数が嵩むと値が張る。JCを当てないと。

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 ひさしぶりにZO-3を手にして、casio DG20のリズムボックスをバックにすこしあそんだ。こういうオモチャもいっぱいもっている(笑)。弦に張力がないのでDG20は楽器としていじる気にはならないが、こんなときの手軽なリズムボックスとして役立ってくれている。

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 テレキャスの写真を探していてこれを見つけた。なつかしい。2000年ごろか。初めて液晶ディスプレイを買った頃だ。17インチで10万円以上した。三菱製品。田舎の家の二階。あちこちスダレが見えるから夏仕様だろう。陽当たりが良すぎて、とんでもなく暑い部屋だったから、夏は「海の家」みたいな総葦簀張にしていた。
 私のPC生活はWindows2000で激変した。初めて出会った満足できるOSだった。だから私的PC史は「Windows2000以前、以後」となる。これは2000を導入した後だろう。なら2001年か。

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 PCはもう自作機だがディスプレイはまだ1台だった。それ用のマザーボードにCPUをふたつ載せてDual CPUの自作機を組んでいたころだ。上の写真がそれ。Dual CPU用のマザーボードにCPUをふたつ設置している。ひとつ35000円ぐらいした。もちろんCPUファンもふたつ必要。この青いCPUファンがちいさくて高速回転だからキーンと鳴ってうるさくてねえ(笑)。いまじゃ安物の5000円ぐらいのCeleronだってひとつで2coreだ。Core i7や5は4Core、AMDには8coreまである。なんともはやこの分野の進歩はすごい。当時としては最高級の性能の電気食い爆音Dual CPUだったが、その性能はいまの安物Celeronにすらかなわない。

 部屋の写真を見ると、ディスプレイ、キイボード(ThinkPad型)、マウス、スピーカー、電気スタンド、イスがオシャカ。廃棄。
 あ、サイドテーブルの上にある白いのはCANONのスキャナーだ。このころスキャナーに凝ってた。本から読みこませた文を修正(ソフトがまだ未熟で読み取りミスが多かった)してサイト(まだホームページと言っていた)にアップし、それへの意見を書いたりしていた。まだいわゆる複合機は出ていない。もちろんこのスキャナーもオシャカ。
 スピーカーの前にある赤いのは「運気をあげるアップル」とかで、秋葉原で980円で買ったのではなかったか。あがらなかったけど(笑)。

 PC机とテレキャス、ギタースタンドは現役だ。そうか、このPC机ってこんな前から使っていたんだ。かわいいな。いまも手元にある。それで書いている。秋葉原のラオックスで買ったのをつい昨日のことのように覚えている。階下に住んでいた父母も最愛の猫も、みな鬼籍に入ってしまった。



 そういや<きっこさん>は改造オールドテレキャスを所有しているのだった。金欠のとき知りあいの楽器屋でオークションに出してもらったら40万円だか50万円だかの値がついた逸品だ。「ピックアップをハムバッカーに換装したオールドテレキャス」である。以前はブログ話に頻繁に登場していた。ぜひとも見せて欲しい。夜中に数分だけ顔の見えない自身の姿をアップするのもいいが、私はぜひともそのオールドテレキャスが見たい。さぞすばらしいものだろう。<きっこさん>だって愛器を見せたい気持ちはあるだろうし、どうして公開してくれないのだろう。私のテレキャスも買ってから30年経ち十分オールドだが、こういうのはいくら旧くなってもオールドテレキャスとは呼ばない(笑)。<きっこさん>に本物を見せてもらいたい。つうかもうここのところギターの話なんかぜんぜん出て来ないな。オールドテレキャスピックアップ換装ハムバッカーモデル所有なんて〝設定〟はもう忘れたのか。母親のことすら忘れるぐらいだからギター設定なんてどうでもいいのか。



 明日は振替休日。25日火曜からは「冬」として、今日は部屋の掃除をしよう。冬モードだ。こたつも設置するか。仕事もせねば。さて「ハーツクライをどう書くか」。
  1. 2014/11/23(日) 20:53:51|
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藤圭子&沢木耕太郎『流星ひとつ』考⑭──アルバム「新宿の女」の青さ、時代の輝き──裏ビデオ、ドリー・ファンク・Jr

shinjuku-album アルバム「新宿の女」のジャケット

 藤圭子のファーストアルバム「新宿の女」が発売されたのは1970年の3月。これが20週連続アルバムチャートの1位となる。それを抜いて1位になるのが7月に発売されたセカンドアルバム「女のブルース」で、これが17週1位。この37週1位はあまりに有名な記録。さらには今回調べ物をして、このあと前川清との共同アルバムが4週連続1位となり、合計41週という記録をもっていると知る。まさに社会現象だった。

 私の大好きなデビュー曲「新宿の女」が発売されたのは1969年の9月だが、それはさほどの話題にならず、真の藤圭子ブームは、シングル「女のブルース」が出た1970年の2月、このアルバムが発売になった3月という1970年になってからの爆発であることが確認できる。



 アルバム「新宿の女」の収録曲は以下のもの。オリジナルは「新宿の女」と、そのB面であった「生命ぎりぎり」の2曲しかない。あとは大ヒット演歌のカバーアルバムである。しかし前記したように石坂まさをのトラウマであり怨みである「夢は夜開く」はすでに収録されている。

「新宿の女」に続いて出したシングル、オリジナルの「女のブルース」が大ヒットしているときに、その次の曲としてファーストアルバムに収録されていた「夢は夜開く」を引っ張りだしてくるのだから、いかに石坂がそれにこだわっていたことか。

 そしてまた、20週連続1位の記録を作るこのアルバムは、ほとんど全部がカバーなのだから、ここには石坂の力はさほど関与していない。石坂の提供した楽曲の力ではなく、このアルバムは「歌手藤圭子の力」で売ったものであることがわかる。



アルバム「新宿の女」収録曲

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 私は今回大きな期待を持ってこのアルバムを聴いた。今までも何年に一度か、たまに思い出すたびに聞いてきたのは「新宿の女」だけである。その他のカバーは、当時のラジオをべつにすれば長年聞いたことがなかった。
 そこにはあの時代と天才歌手藤圭子の輝きが詰まっているはずだった。ところが、まあたしかにあのころの時代は感じたものの、社会現象とまでなったはずの身震いするような感動は存在しなかった。それらはみた元歌よりも劣っていた。

 私は「カスバの女」が好きなので、YouTubeで集めたいくつかのテイクを持っている。藤のそれは、本家のエト邦枝や、カバーしたキム・ヨンジャにも劣るものだった。青江三奈作品も同じ。カバーの多い「あなたのブルース」も同じく。



anatanoblues

 本家・籔危険──ATOKには「籔が危険」となるらしい──矢吹健の「あなたのブルース」は、なんだか幽霊が出て来そうな気味悪いアレンジでどうにも苦手なのだが、当時寺山修司が、「『あなたのブルース』の〝あなた〟は、その数だけの通りすぎた男である」なんて解釈を書いていたことに影響を受けて私のお気に入りだった。つまりこの歌、サビの部分で「あなたあなたあなたあなた あーなあた」と「あなた」を連呼するのだが、寺山の解釈だと、この「あなた」は今好きなひとりを呼んでいるのではなく、通りすぎた男達でありあなたの数だけの男なのである。そう言われると、すさんだ暮らしのホステスが、「あなた」と呼ぶたびに男の写真がパッパッと代って行くような映像が目に浮かび、う~む、と寺山の感覚にうなったものだった。

 そういえば「課長島耕作」でも、馬島典子が「今までに惚れた男ベストテン」のビデオを自分で作ってもっているって話があった。みんな大金持ちなのだが、最後にただのサラリーマンである島が1位で登場する。けっこうほろりとするいい話だった(笑)。

 いろいろなひとのカバー「あなたのブルース」を持っている。本当は矢吹の歌唱が一番いいのだが、どうにもあのアレンジは好きになれない。作詞作曲の藤元卓也さんには敬意を表するが、いったい誰があんな気味悪いアレンジをしたのだと調べたら、編曲も藤本さんだった(笑)。



 今回大きな期待をして藤圭子バージョンを聞いた。結果、青江三奈の足もとにも及ばないと知る。ここにあるのは、独特の嗄れ声が魅力的だが、「唄の巧い18歳の娘さんの歌」でしかなかった。ひと言で言えば、若い、青い。

 思えばたまに聞く「新宿の女」も、もう何度も聴いているから慣れてしまったが、初めて、それこそ何十年ぶりかで聞くときは、あのころ五木寛之の言った〝怨歌〟を意識して、どれほど興奮するものだろうと思って接したが、そこにあったのはやはり「唄の巧い18歳の娘さんの歌声」でしかなかった。単なる「懐かしい唄」だった。

 やはりあれは衝撃的な社会現象だったのだと、あらためていま、思う。端整な美貌、それとは対象的などすの利いた声、噂される特異な出自、まさに流星のごとき突如の出現、それら全体のミックスが、あれほどの大きなムーブメントとなったのだ。だがこのファーストアルバムを聞く限り、五木の言う〝怨歌〟というほどのどろどろしたものはまったく感じない。



 しばらく前になるが、スポーツ紙の記者をやっている知人がこんなことを言っていた。
「裏ビデオの名作って、いま見るとぜんぜんつまらないよね」と。「『洗濯屋ケンちゃん』なんて、つまらなくて見られない」と。

 裏ビデオが出るまでは、そういうモロ映像は、ブルーフィルムと呼ばれ、映写機を保有し、独自の入手経路を持っているごく一部の金持ちだけの楽しみだった。それが誰でも家庭で見られるようになった、とんでもないエポックメーキングな電化製品だった。だが裏ビデオが与えた影響は、ただそれだけのものではない。その前から高級な趣味の嗜好品として家庭用小型ビデオデッキは完成していた。しかし高いし、さほど売れなかった。消耗品のテープも高かった。それが爆発的に普及したのは裏ビデオのお蔭と言われている。普及により値段も下がった。その経済効果は計り知れないものがある。裏ビデオとは、日本経済史からも無視できない存在なのだ。

 その代表的名作と呼ばれたものに「洗濯屋ケンちゃん」というのがある。見ていないので強くは言えないが、知人の言う「今じゃつまらなくて見られない」には同意見である。似たような経験はしている。そういうものだ。当時の衝撃的なものも、時代が過ぎるとそうなってしまう。



 同じような例をもうひとつ。
 1969年、昭和44年に初来日したNWA世界チャンピオン、ドリー・ファンク・Jrは、私にとって特別な存在だった。前チャンプ、ジン・キニスキーや前々のルー・テーズと比べると、型破りの27歳の若さ、ウエストテキサス大学を卒業し高校の物理教師の免状を持っているというインテリ。同行した金髪のジミー夫人の美しさ。それまでのプロレスの印象を一新する新チャンプだった。すでに若禿だったが、それを補ってあまりある智性が魅力的だった。というか私は、ハゲってかっこわるいというイメージを、ドリーで覆されたように思う。

 ジン・キニスキーからベルトを奪ったのが13回目の挑戦であり、政治力によって成り上がったひ弱なチャンプではないかという噂もあった。父のシニアがセコンドにつき、わざとらしい過保護でそれを盛りあげた。
 しかしドリーは、大阪で猪木と0対0の60分フルタイムの闘いをすると、とんぼ返りの東京で、今度は馬場と1対1のまたも60分フルタイムの試合をやってのけた。このとき馬場がドリーから一本奪ったのが、初公開のランニングネックブリーカードロップだった。それまでこの形の技はクロスラインしかなかったので、馬場の新決め技に興奮した。ひ弱どころかすさまじいスタミナである。そして帰国。翌日からはまたアメリカ各地を転戦しての防衛戦である。NWAチャンプの苛酷なローテーション。馬場や猪木が日本ローカルのチャンピンオンだと知らされた。忘れられない名勝負だ。あのときドリーにもらった感激はいまも忘れない。

 私はどんな有名人と会っても、いわゆるあがるという感覚はないのだが、ずっと後、馬場さんの好意で(というか竹脇さんの力で)後楽園ホールの控室でドリーと会わせてもらい、高校生時代からの大ファンであることを告げて握手してもらったときは天にも昇る気持ちだった。隣にはそのころ人気絶頂のテリーがいたが目に入らなかった。テリーが、地味な兄にもこんな熱狂的なファンがいたのかと喜んでいたのが印象的だった。つまりこういうものは「そのひとをいつ知ったか、いつファンになったか」が重要なのである。

 後に知りあった一回り年下のプロレスファンから、「さんざん名勝負と聞かされていたので楽しみにレンタルビデオで見たが、2試合ともじつにつまらない試合だった。期待外れだった」と言われて傷ついた(笑)。ちょうどビデオデッキが普及し、レンタルビデオ店が続々と出来てきた頃である。

 言われて見れば、今の常識で言うなら、2試合連続フルタイム、共に引き分け、も、日本のチャンピンオンを傷つけないNWAチャンプの常道である。格下の猪木にはワンフォールも許さず、格上の馬場には一本与えることも、すべて決まっていたことであり、日本でベルトを取られてしまうのではないかとリング下から過剰にちょっかいを出したりするシニアのそれもシナリオ通りである。そしてまた今時の器械体操的跳んだり撥ねたりからすれば、というか四天王プロレスのころと比べても、とんでもなく技も地味であった。ドリーはこのあとロビンソンと闘ってダブルアームスープレックスを覚えたりして技が多様になって行く。あのひとはチャンピンオンになってから強くなった。だがこのころの決め技は父親譲りのスピニングトーホールドだけである。この技も「なぜスピニングする必要があるのか」という哲学的命題を内包している疑問点の多い技なのだった。
 そいつにそう言われて当然だった。こちらとしては腹の中で「あの時代を知らないヤツに、あのすばらしさがわかるか」と居直るだけである。そうなのだ、「時代」で語るべきものは、後からの「今」で解釈しても意味がない。



 音楽を裏ビデオやプロレスの試合と同列に並べるのは失礼とも思う。
 1950年代のマイルスを始めとするJazzの巨星の演奏は、いまも色褪せないし、私の好きなジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリの演奏など、録音も楽器の音色もひどいものなのに、そのポテンシャルと輝きはいつ聴いても陶然とする。
 裏ビデオやプロレスの名勝負は「時代そのもの」であるが、音楽を時を超えている。未だにリスト以上のピアニストはいないと言われるように。

 だからこの比喩は藤圭子に失礼かとも思う。だが正直な気持ち、当時あれほど衝撃を受けた藤圭子の歌唱に、いまさほどの感激をしないのもまた事実だった。特に〝怨歌〟というような凄味は感じない。あれは五木寛之さんも時代に躍らされた勇み足だったのではないか……。



 ただ、このこともまた書いておかねばならない。私が大きな期待を寄せて、それほどでもなかったと書いているのは1970年3月発売の藤圭子のファーストアルバムについてである。当然吹きこみはそのかなり前だったと思う。
 いまYouTubeで、藤圭子が1970年10月23日に渋谷公会堂でやったというコンサートの音を聞いている。どなたかがアップしてくれたものだ。これはもうファーストアルバムとはぜんぜんちがう。たった一年で、この「しゃがれ声の唄の巧い娘さん」は、一気に「プロの歌い手」になっている。そこにはファーストアルバムで感じた若さ青さはもうなく、円熟の中年歌手の雰囲気すら感じる。駆け足で生きたひとなんだなとあらためて感じる。(続く)
  1. 2014/08/04(月) 20:50:19|
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クラプトン「Old Sock」を聞く──なぜかレゲエ色

oldsock




















3月20日に発売されたばかりのクラプトンの新作。

レゲエ色が強い。全12曲中3曲がレゲエアレンジ。



ジャズのスタンダード・ナンバー「All of Me」がある。私のいちばん好きなのはダイナ・ワシントンだが、クラプトンのこれも定番として聞くようになりそうだ。このひとが味わい深いヴォーカリストだってことに、旧くからのファンにはいまだに実感がなかったりする。
あの「枯葉」から、ますます自信をもっているみたいだ(笑)。

いまAmazonのページを開いたら、「All of Me」について「1931年に誕生したGerald Marks / Seymour Simons作によるジャズ・スタンダード・ナンバーのカヴァー。ビング・クロスビー、ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラ、ディーン・マーティン、エラ・フィッツジェラルドといった錚々たるレジェンドがこぞってカヴァーした超スタンダード」とあった。どうしてダイナ・ワシントンの名を入れないのだろう。私はビリー・ホリデイのファンだが、この曲に関する限り超絶名歌唱はあれに尽きると思うが。



「Goodnight Irene」のドブロがいいですね。ブルースの名曲。
「Bone To Lose」はカントリーのハンク・ウイリアムスの曲。いかにもなペダルスチールがいい。



「Our Love Is Here To Stay」。ご存知ガーシュインの名曲。Jazzyなアレンジで歌いあげています。

もうすぐワールドツアーに出るそうだけど、いまのクラプトンのステージってどんな感じなのだろう。知りたいのは演奏している曲だ。こんな渋い歌はやってないんでしょ? 前回の日本公演でやった曲なんてのも検索すればわかるのかな。検索下手なので方法すら思いつかない。



基本はお馴染みのナンバーをカバーしたヴォーカルアルバム。明るいレゲエ調と、渋いジャズヴォーカルがミックスしていて楽しめる。このカバージャケットとレゲエアレンジで能転気な明るさばかり想像されそうだが、思ったよりもずっとウェットだ。

今日は雨降り。クラプトンのレゲエで南国の青い空を夢見ることにします。
  1. 2013/04/02(火) 09:00:51|
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小物話──電子チューナー初体験

tuner ギターのチューナーと言えば笛である。50年前から使ってきた。

 いまセッションもしないし、音楽遊びの基本はDAWだ。そのソフトから正確な音が拾える。チューナーの必要はなくなっていた。

 啓蟄も過ぎて、引き篭もりでもギターを弾きたくなる季節になった。キリっとした空気の冬が大好きだ。空気が乾いていて、季節的に冬は演奏に適しているのだが、全体暖房なしで過ごすので、かじかんだ指では弾けない。

 ひさしぶりにアコースティックギターを弾こうと思い、いちいちパソコンから音をもらうのも何だから、やはりチューナーが欲しいなと思った。押入をひっくり返せば写真のような笛が出て来るだろうがそれも面倒だ。それに何十年も前の品である(笑)。

 検索してみる。このとき私の頭にあったのは相変わらずの昔の「笛型」だった。携帯にも便利だし、シンプルイズベストなのだ。というかもうAの音叉があればそれでいいんだけど。



korg 「チューナー」で検索してみて、なんだかとんでもない時代になっていると知る。いまの若者はこんなものでチューニングしているのか。いやはやまさに浦島太郎の気分である。まったくしらなんだ。

 ただ、私が現役だったころにも、同じ趣旨の大型のものはすでにあった。音に反応してメーターの針が動くタイプだ。電圧計みたいなヤツ。あたらしいモノ好きなので、とりあえず買ったけど、大きくて携帯には不向き。それにバンドをやっているときはキイボードに合わせてチューニングするから、そんなものは必要ない。

 しかしそれらとはもう時代が違う。モノがちがう。こんなにちっちゃいのをヘッドにくっつけてやる時代なのか。
 早速Amazonに注文する。写真のKORG製。KORGはシンセとかいろいろもっていたけど、ずいぶんとひさしぶりだ。



korg3 先程届いた。いいなあAmazonは。ヤマトの宅急便で送料無料。
 取りつけてみた。写真はAmazonのもの。私ではない。
 と書いて気づいた。これペグが四つしかない。ベースなのか。

 なるほど便利だ。精度もいまのところ問題なし。
 これから外国に行くときもこれを持って行こう。軽くてちいさくて助かる。問題はコイン型電池だ。CR2032か。いくつか買っておこう。とまたAmazonを開く。

 そしてまた思う。電池も要らず永遠に使える音叉がいちばんなのではないか。この製品の利点は「目視できる」点にある。うるさいスタジオやステージでは音叉の音は聞こえない。だからこれが役立つ。でもそれは私にはいま無縁なのだから音叉でいいのではないか。と今度は通販の音叉を捜しはじめる。

 こんなあたらしい小物ひとつでけっこうわくわくするから通販はありがたい。しかしこんなもの、興味のないひとから見たら何の意味もないゴミだよなあ(笑)。 
  1. 2013/03/29(金) 20:45:37|
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「Summertime」三昧の冬版はなし

去年の夏《去り行く夏に「Summertime」三昧──ハイフェッツからマイルスまで》というのを書いた。
自分のもっているガーシュインの名曲「Summertime」をあれこれ聞き比べたという話。感想の横にはスキャンしたりして、アルバムジャケットを並べた。
このブログに書いた私の文ではいちばん画像が多く、最も制作に疲れた文章になる(笑)。
長文を書くことはちっとも苦ではないが、画像をアップしたりサイズを揃えたりする作業は疲れる。向いてないのだ。それをこまめにやっているかたのブログにたまに接すると、えらいなあと感心する。



結果、夏に「Summertime」をやったから、冬には「枯葉」でやってみるかと書きつつ、やらないままになってしまった。

この種のファイルは、苦労が多い割に益がすくない。益とは何かと言えば、やはり他人様に公開しているブログなのだから、アクセスとか感想のメールとかになるのだろう。それがない(笑)。 
なのになぜやるのかと言えば、自分自身の整理みたいなものだからだ。なにを保っているか、その中でなにが好きかという個人話だ。そんなことで他人様に誉めてもらおうということ自体が図々しい。だから不評なのはしかたない。



でも自分の思い出整理には有功だから、面倒だけどぼちぼちやって行こう。
「枯葉」は今秋にして、さて春はなにをやろう。「April in Paris」なんかやってみたい。
パリも長年行ってないなあ。もぐらみたいな生活はいつまで続くのだろう。啓蟄っていつだっけ。
  1. 2013/03/05(火) 05:00:26|
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お詫び──映画「ディパーテッド」のリンクを修正しました

ライブドアのブログパーツに「人気記事」というのがあると知ったので、どんなものかとやってみた。
ブログ内のよく読まれている記事を自動でランキングしてくれるのだ。それは右側にある。
初めてなのでもの珍しく、おもしろい。自分の感覚と世間の違いに感心したりしている。



今日の昼、それを見ていたら《映画「ディパーティッド」感想とエンディングのロイ・ブキャナン》が上位にあったので嬉しくなり、「おお、おお、こんなの書いたっけな」と、そこを呼びだし、リンクをクリックしてみた。私にも思い出深い気に入っている文章だった。ロイ・ブキャナンファンが読んでくれたのならうれしい。
「こういうのが人気記事になるなら、おれのブログも捨てたもんじゃないな」と勇んでクリックした。

すると「そのようなファイルはありません」とリンクミスになっていた。作ったときは問題ないし、確認もしているから、その後の何かでミスが起きたらしい。どこでどうなったのか。もちろん責任は私にある。

ということで修正して繋がるようにした。 



興味をもってクリックしてくれのたにリンクミスになっていて不快になられたかたもいるでしょう。失礼しました。
きちんとリンクしたので、よかったら読んでください。上の青字から行けます。ちょうど一年前、2011年8月の文章です。基本は音楽ネタなので、それなりに詳しい人でないと楽しめません。
  1. 2012/09/04(火) 05:39:13|
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去り行く夏に「Summertime」三昧──ハイフェッツからマイルスまで

porgy and bess 夏も終りなので昨日から「Summertime」を、まとめ聞き(笑)している。夏の終りに、気怠く物悲しいこのメロディはよく似合う。
 
 もうクーラーを使うこともないだろうと今日は朝からクーラー全開。ささやかな贅沢。
 黒ビールを飲みつつ。

 ジョージ・ガーシュインの名曲。もともとはミュージカル。映画化されて「Porgy and Bess」。オープニングは、このメロディから。でも今は歌を聴く気はないのでサラ・ヴォーンはパス。

 CD棚から好きなモノをいくつか並べてみる。



heifetz まずは渋いところでハイフェッツ。ロシア生まれの天才の中の天才。
 Complete Collectionに入っている。

 夏の日のヴィオロンの溜め息。

 いろいろな楽器を好きになればなるほどViolinの深さがわかってくる。









Sidney Bechet 次いで、Sidney Bechet。
 Bechet(ベシェ)はこの曲をヒットさせて有名になった。
 ソプラノサックスがせつなく歌いあげる。

 正統派で歌いあげるこのメロは圧巻。テディ・バンのギターとの絡みが絶品。

 ところで彼の名Bechetだが、クレオール(仏系)なので、英語風な「ベチェット」のトの発音はない。英語でも呑みこむ音だが。
 かといって日本のジャズファンが強固に主張する「ベシェ」とも思わない。現地での発音は「ブゥシェッ」ぐらいだ。

 そもそも外国語を日本のカタカナで完全に再現するのは不可能なのであり、そういうことにこだわるひとを見ると、くだらんなと思う。外国人の名は該当する外国文字でしか表現できない。



barney kessel ギター代表で、バーニー・ケッセル。モントルーのライブ。
 テンポが早くリズミカル。

 ここまで来ると映画やミュージカルとは別の世界。いわゆる「曲がひとり歩き」を始めている。バーニーのギターはさすが。










chetbaker summertime トランペット代表でチェット・ベイカー。
 なんとも、モダンジャズらしいテンポ。
 あっさり風味がいい。

 一部に熱狂的なファンをもつ、このひとのネトっとした歌を、私は好きではない(笑)。









coltrane summertime 大傑作アルバム「My Favorite Things」からコルトレーン。
 しかしもうこれは吹きすぎだよなあ。ドラッグでイッチャッテル音楽だ。まさに音のシャワー。コルトレーンしか出来ない音楽。
 マリファナでもやりながら聞いたら最高だろうが……。

 むかしはその圧倒的技倆からすなおに尊敬していたバードとコルトレーンだが、このごろすこし感覚が変ってきた。肉好きが魚好きになるようなものか。







sonnyrollins summertime コルトレーンを出したら巨人のロリンズも出さないと。「The Complete RCA Victor Recordings」から。

 吹きまくるコルトレーンとは逆に、なんだかロリンズは、おとなしいSummertime。でもそれがまたいい。










joe henderson テナーサックスのジョー・ヘンダーソンはサンババージョン。
 1997年だから比較的あたらしい録音。原曲をかなりくずして好き放題にあそんでいる。こういう愉しいのを聞くと、あらためてまたBechetのシンプルなのが恋しくなるのがおもしろい。











mccoy tyner ピアノ代表でMcCoy Tyner。
 タイナーはこの曲が好きなのかいくつものテイクがある。
 私はこの「Bon Voyage」のが好き。












oscar peterson ピアノと言ったら大好きなオスカー・ピーターソンを入れておかないと。
 この「Plays The George Gershwin Song Book」は、きれいにまとまった佳作だ。オスカーが弾きまくることなく抑えているのがいい。ガーシュインへの敬意か。











George Shearing Summertime ピアノでもうひとり、George Shearing。いかにも白人らしいクールジャズ。盲目のピアニスト。シアリングらしい、ゆったりとした弾き語りタイプのSummertime。












charley mingus ベース代表でCharie Mingus。人種差別と闘った反骨の闘士。
 でも女房は一人目も二人目も白人。それって劣等感の裏返し?

 気難しい人間性が音楽にもあらわれている。音楽性の高さからマニアには絶大な人気を誇るが私はさほどfavoriteではない。リスナーを楽しませるというよりも自身の音楽を追究したタイプ。









jimmysmith summertime オルガンだったらJimmy Smith。煖炉の火のように暖かいスミスのオルガンは私には夏ではなく冬の定番。アルバム「Jazz Profile」から。

 でもせつないメロディを吹きあげる主役はアルトサックスのLou Donaldson。オルガンはこんなタイプの曲では主役を張れない、のかな。










miles summertime いちばん好きなのはやっぱりこれ。マイルス。
 ミュート・トランペットがたまらん。
 このひとのリリシズムは永遠。












Folder 「こんなのもありますよ」と、ひとひねりしたものでは、もうすぐメンバーのひとりが新党の党首になるという旬なYMO(笑)。

 しかし真面目な話、聞く気にならんのでパス。
 やはり役者とかミュージシャンが極端な思想に走るのはよくないな。

 いや、走る気持ちはよく解る。アメリカにも多い。ドン・ヘンリー(イーグルス)のあまりの民主党贔屓にうんざりして聞く気を失くしたものだった。アメリカのミュージシャンはみな民主党支持。共和党支持はカントリー系(日本で言うなら演歌だ)のみ。
 日米の歴史をすこし勉強すればわかるが、日本に一貫してひどいことをしてきたのは民主党だ。 

 三年前の選挙のときは日本でも多くのミュージシャン、芸術家が民主党支持を表明した(笑)。挌闘家の前田日明まで。



 坂本の場合も、YMOの坂本龍一がサヨクに走ったのではなく、サヨクの坂本龍一がYMOに参加したのだった。一貫性はある。彼は高校生の時からデモに参加するサヨクだった。

 そう解っていても、どっちらけで聞く気にならないのも確か。むずかしいね。
 でも逆に今回のことで「ますます好きになった」ってひともいるんだろうからバランスはとれている。



 歌物でもっているのは、サラ・ヴォーン。これは正統派。「歌唱サマータイム」と言ったら真っ先にこのひと。
 私の永遠の歌姫ビリー・ホリデイ。古いから音がわるいけど、彼女の場合はそれを凌ぐ天分が酔わせる。
 なにをやっても天才のポール・マッカートニー。これはロック調のSummertimeでなかなか。
 デンマークからセシリア・ノービーの歌声。はまるひとも多いらしい。

 ハービー・ハンコックをバックにジョニ・ミッチェル。いつ聞いてもたまらない気持ちになる。

herbie hancock












 日本人では森田葉月、七月姉妹。



 夏が終り秋になれば「枯葉」の季節。晩秋には保っている限りの「枯葉」でも並べてみるか。ベストワンはマイルスに決まっているが。

 近年のものではクラプトンにノックアウトされた。いろんな解釈がある。まったく、まさかクラプトンの「枯葉」に酔うとは、いや、クラプトンが「枯葉」をやるとは……。

 画像のすくないブログなので、たまにはこうやってジャケットを並べると美的にもいい。
 すげえ面倒な作業だったので半年に一度でいいや。つかれた(笑)。

 それでも、詮ないことをツイッターで垂れながすよりはましと思っている。あれを見ているとやたら痰を吐くシナ人を思い出す。いくら痰を吐いても、それが湖になるわけでもなく。
 ブログを書くことが荒れ地に毎日バケツ一杯の水を撒くようなことだとしても、ツイッターよりは生産性?があると信じている。

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【追記】──Summertimeだけを集めたオムニバスCDがあるのだとか 8/27

 「Summertime」だけを14曲集めたオムニバスCDがあると知る。でもなにが入っているか(なにが入ってないか)まではわからなかった。いちばん古い(1939年)Bechetのものは入ってないとか。
 奇しくも私がここに並べたのも器楽曲14曲だった。その他で歌物が6曲。
 
 しかしいくら「Summertime」が名曲であり、大好きでも、私は、それだけを14曲集めたCDを買う気はない。今回のこれも年に一度の遊びだからやってみただけで。

 音楽をあれこれ聞いていたらいつしかこれぐらい集まっていた、でいいのではないか。
 ほんとに名曲だから、そういうアルバムを出してみようという発想はわかるけど。そのアルバム、売れたのだろうか。

 この「Summertime」を器楽曲、歌、あわせて20曲もっているというのは、何十年もかかって作りあげた私の「宝物」なのだが、 今の時代、これらのほとんどはYouTubeで聴けるだろう。聴けないのもいくつかあると思うが、どうかな?

 なんともはや、すごい時代である。 かといって私の「宝物」が色褪せるわけではないが。
  1. 2012/08/26(日) 10:28:19|
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夏の朝にJessy J──Dulfar、Abairに続く大物女サックス吹き!

●夏の朝、Jessy Jを聴く!

女サックス吹きといえば、Mindi AbairとCandy Dulfar。偶然にも同い年。1969年生まれ。
デビュウはCandyが1989年だから、実質2003年のMindiよりだいぶ早い。私が本格的にCandyを聴き始めた1993年の「Sax a Go Go」からでも10年の差がある。

Candy Dulfer - Sax a Go Go (1993) front

「Sax a Go Go」のときCandyは24歳だから、当然Mindiも24歳で、活躍時期が34歳からになるMindiは遅咲きになるのか。

あえてふたりのどちらが好きかとなれば、いまのところ私はエイベアのほうになる。ダルファーがFunkyなのに対してエイベアのほうがJazzyだと感じるからだ。

ふたりのアルバムはほとんどぜんぶもっているが相変わらず漫然と流し聞きしかしていないので詳しく語る資格はない。ただエイベアの経歴を見ると、ジョナサン・バトラー、ピーター・ホワイト、クリス・ボッティと好きなミュージシャンの名が次々と出て来るし、アルバム「It Just Happens That Way」のギターアレンジはわくわくするほど大好きなパターンだし、私の感覚はたぶんダルファーよりエイベア寄りなのだろう。

mindi

Peter Whiteとのジョイントコンサートはぜひ行ってみたい。2007年、2011年と行きそびれた。いつも終ってから気づく。そういうことをチェックする習慣もなくなってしまったし、まあしょうがない。

今回のこの文はPeter Whiteがきっかけだった。彼のギターを聴いていて、Mindiとの日本での共演を思い出し、連想でダルファーとなり、ふたりももう42歳か、からJessyが出てきた。



ふたりももう42歳かあと思っていたら、ひさびさに若い活きのいいのが出てきたと知る。
Jessy J。これ、まぎらわしいのはJessie Jというシンガーソングライターもいるのだ。Wikipediaにはこのシンガーソングライターの「Jessie」のほうだけで、サックス吹きの「Jessy」のほうはまだ載っていない。このふたりも24歳で同い年らしい。まあ名前が同じだけで音楽に共通点はないが。

Jessy Jのデビュウアルバム「Tequila Moon」は、プロデューサーが私の大好きなギタリストであるポール・ブラウンだから、気に入るに決まっている。

JessyTequila

いま聴いているのはアルバム「Hot Sauce」。若いのに正統派だ。
三人の女サックス吹きに関してすこしばかり音楽的な解釈を試みてみたいものだが、漫然と聴いている限り永遠にむりのような気がする。でもまあ評論は嫌いだからそれでいいんだけど。
マウスピース楽器は中学のとき吹奏楽部でトランペットをやってたから一応吹けるけどリード楽器は触ったこともない。吹けもしないのにえらそうなことは言いたくない。

FRONT

涼しい朝にJessyのサックス。遠くミンミンゼミの声。
  1. 2012/08/07(火) 10:12:26|
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Tuckの「Europe」──YouTubeの魅力

Tuck & Pattiのことをすこし書いたので、ひさしぶりに彼を「見たくなった」。
聴けるけど映像はないので。

YouTubeを探したら「Europe」があった。
サンタナの名曲を弾いている。

Aメロをアルペジオでやっているときは聴きいってきた客が、Bメロでギターを叩き始めると一気に沸く。
Gibson-L5も叩かれて本望だろう。

私もギターを叩きたくなってきた。朝っぱらから弾くか。

タックの妙技に酔ってください。

Tuck Andress - Europe
  1. 2012/06/13(水) 09:09:57|
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ナベサダMorning islandのエリック・ゲイル──Stuffの思い出

nabesada

 ナベサダの「Morning island」を流していたら、みょうに気になるギターが出てきた。
「このギタリストを知っている」
「あれだよ、あれ。ぜったいにあれだよ」
 出て来ない。

 CDはない。もう処分してしまった。mp3でHDDに入っているだけだ。
 まとめ買いした中の一枚でほとんど聞いていない。今回聞いたのは何年ぶりだろう。10年ぶり、もっとか。
 誰だっけ、このギタリスト。このピッキング、個性的なフレーズ、ぜったい知っている。でも名前が出ない。



 インターネットに繋いで検索した。こういうとき頼りになるのはやはりオフィシヤルサイトだ。

1. MORNING ISLAND
2. DOWN EAST
3. SERENADE
4. WE ARE THE ONE
5. HOME MEETING
6. PETIT VALSE POUR SADAO
7. SAMBA DO MARCOS
8. INNER EMBRACE
渡辺貞夫 (as,fl,sn) , Dave Grusin (p, el-p,per) , Jeff Mironov (g) ,
Francisco Centeno (el-b) , Steve Gadd (ds) , Rubens Bassini (per) ,
Eric Gale (g)with Brass and Strings

Recorded Mar.1979 in New York


 そう、これはDave Grusinが中心になって作ったナベサダのアルバムだ。同じくグルーシンがサポートした前作の「California Shower」はけっこう聞くのに、なぜかこっちはほとんど聞かなかった。あっちはリー・リトナー。それは覚えている。こっちは明らかにちがう。このひと、誰だっけ!? えっ? ギターはJeff Mironov。知らないや。じゃあ知ってるギタリストだってのは勘違いか。

 と思って下部を見て驚喜。そう、Eric Galeだ。あの音はEric Galeの音だ。まちがいない! 犬作の口癖が口を突く。しかしエリック・ゲイルの名が出て来ないって……。

 Stuffは聞きこんだものなあ。コーネル・デュプリーとエリック・ゲイルはわかる。わからんとおかしい。
 ささいなことだが、これでEric Galeの名がなかったら、おれの耳はどうなっているんだとかなり落ちこんだ。

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【追記】──デビュウ作のジャケット

stuff

 1976年のデビュウ作のジャケットをネットで探す。あった。シンプル。懐かしい。
 私はこれをFM東京でディレクターをやるようになったM先輩から借りてカセットテープに落として聞いた。先輩は仕事でこの種のものがレコード会社からもらえるようになっていた。うらやましかったものだ。まだレコードの時代。

 2005年に田舎を引き払うとき、そうして集めた何千本ものカセットテープを処分したので、この音はいまの私にはない。あのカセットテープの処分はかなしかった。何十年もの思い出である。このレコードの出た1976年のころは部屋の本棚にずらりと並べて、いわば私の宝物だった。それをぜんぶ焼却処分した。
 それはそれで私の、親が死に、もうこの地には二度と戻らないという決意だった。

 いまDownload購入して聞いている。あれこれ思い出す。荏原中延にいたころ。
 一流のスタジオミュージシャンが集って結成したバンドだ。Stuffという名はそこに由来する。いまも色褪せない音に感嘆する。

 ああ、武蔵小山に飲みに行きたくなった。「日の出」に。
  1. 2012/06/07(木) 21:30:27|
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波の音、小鳥の鳴き声でやすらぐのか!?──リラックス音楽考──Music Bee

musicbee

Music Bee」という音がいいことで有名な音楽再生ソフトはどれぐらい普及しているのだろう。ここを読んでいるひとで使っているひとはいるだろうか。不覚にもこの種のフリーソフト大好きを自認していながらつい先日まで知らなかった。ここのところMedia Monkeyゴールド版とFittleで満足していて新手を探すこともしなかった。



サウンドカードをあたらしくした。春のPCミニ改造。やはりいいものを挿れると音が良くなる。先日、靖国神社の帰りに御茶の水でギター弦をたっぷり買ってきたので、今日は張り替えたzo-3を手にしてPCと一緒に遊んだ。こういうとき、アンプを繋がなくても遊べるzo-3は便利だ。今日はテレキャスをかかえるほど元気じゃなかった。FL Studioからリズムを流しての適当な遊び。

そこからの流れで、「音がいいと言われている再生ソフト=Music Bee」を知った。インストールしてみた。




musicbee2

冒頭の若いディランが写っている画像は、Music Beeのサイトから。
上のは『窓の杜』の紹介写真。最初これにしようと思ったのだけど、これのミュージシャンの部分をアップするとこうなる。

musicbee3

音楽に偏見はないつもりだが、この「ライブラリ」が私のモノだと思われるのはいやだった(笑)ので、本家のディランの画像をコピーしてきた。

しかしこれ、誰のライブラリなのだろう。『窓の杜』のだから、このソフトレビュウを書いたPCライターのものなんだろう。邦楽だけを聴く、アイドルの大場久美子や柏原よしえに憧れたおじさん、なのかな。小島麻由美や浅森坂と同世代の四十前後か。失礼ながらあまり趣味はよろしくない。でもいかにもPCライターらしい、かもしれない。私はもちろん古い森進一や八代亜紀を聞く姿勢を評価する。南沙織の「17歳」が「ローズガーデン」のパクリだとか知ってるかな。もちろんパクったのは筒美京平で南沙織に罪はない。

毎回同じ事を書いて恐縮だが、と言いつつ今後も書き続けるだろうけど、Google日本語入力は「小島麻由美」も「浅森坂」も一発で出してくれる。これをATOKでやることがいかにたいへんなことか。「八代亜紀」ですら出せない。まったく「この酒の人名に関して」は、神様のようにすばらしいIMEだ。「この種」を「この酒」とするぐらい一面ではバカだけど。

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ああまた長い前置きになってしまった。すまんすまん。以上はどうでもいい話。以下が本題。

で、いつもはFittleでもMedia Monkeyでも「アルバムで聴く」のを基本にしているのだけど、あたらしいサウンドカードにあたらしい音楽再生ソフトだから、Music Beeでアトランダム再生をしていた。この方法のほうがサウンドカードやあたらしいソフトの魅力を発見するのには役立つ。クラシックのチェロの音はよく出るけど、ロックのベースの音は響かないとか、そんな場合もあるのだ。



すると「波の音」や、しばし「小鳥の鳴き声」などを聴かせ、それからBachが流れてくるようなのが連続した。それがちっとも楽しくない。

調べると、「Relax音楽」「やすらぎの音楽」「読書の音楽」「眠りの音楽」とか、そんなのだった。Genreとしては「Easy Listening」に分類してある。
たしかにそれはワゴンセールのようなので安CDを買い集めたり、図書館などからも借りてきて、せっせとmp3化してHDDにいれ、私が「Easy Listening」に分類したものだった。一時期「気持よく仕事が出来るBGM」に凝っていた。



当時の思い出だと、「なんでこれが心が安らかになる音楽なんだ?」と思うようなのも多かった。著作権のないクラシック音楽を、どこかの大学の心理学教授なんてのが「監修」した寄せ集め安物CDだ。実際には「名義貸し」だけで関わっていないのだろうけど。

たとえばBeethvenのViolin Sonata No.5「春」がある。Beethvenの作品では比較的お気楽音楽と言われているが、あのひとがお気楽だけの音楽を作るはずがない。師事したHaydnの音楽をそれで否定したひとである。Haydnはパトロンの貴族を気持ちよくさせる音楽作りに徹した。音楽を聞いてひたすら気持ちよくなりたいだけの私には最高の音楽家になる。

Beethvenはそれを否定した。だからお気楽と言われる「春」でも、楽しいだけでは終らせない。恋する青春の悩みも突如天候が変る春の不穏当さも表現している。これを聴いて「やすらいだり」「眠りについたり」は出来ない。よほど鈍い人でないと。

Beethvenの音楽は心を揺さぶるから最もEasy Listeningとは遠い音楽だ。多くのひとは音楽で心を揺さぶられたいと願いBeethvenを至上の音楽家とする。安寧でいたい私は、心を揺さぶってくるBeethvenは避けたい音楽になる。揺さぶられるのだから理解出来ないわけではない。揺さぶられてもいい状況になったら正面から聴くつもりだ。



そんな一連の「心やすらぐ音楽収集」の中に、この「自然音シリーズ」があった。
集めただけで聞いていなかった。それがアトランダム再生で偶然流れてきた。ちっともやすらがない。それどころかイライラする。波の音などわずらわしいし、小鳥の鳴き声もわざとらしい。風の音など不快になるだけだ。みな削除した。

私は高校生時代、背中にギターをしょってバイクで海辺にゆき(家から10キロほど)、一晩中波の音を聞きながらギターを弾いていたぐらい海が好きだし(と赤面しつつ書いております)、親の世話をした田舎時代は野鳥を餌付けしていたし、ツバメが室内に巣を作ったので、寒くても部屋を開けはなしていたし、草原を吹き抜ける風の爽やかさも知っている、つもりだが、なぜかこれらを受け入れない自分がいた。



理由のひとつとして、深夜から明け方なので「音量がちいさいこと」はあろう。大きな音で流して、酒でも飲むのなら、海辺にいる気分になれて楽しいのかもしれない。あたらしいサウンドカードのお蔭で充実しているし。
ちいさな音だから、波の音など「ザーッ、ザーッ」とノイズのようでしかない。小鳥の鳴き声や風の音も。

でももっと大きな理由は「ニセモノ」であり「不要」だからだ。
私はいま波の音が聞こえない地域に住んでいるのだから無理に波の音を聞く必要はない。それが私の基本姿勢になる。

波の音が聞こえる地に行ったなら、すんなり受け入れるだろうし、このあと夜明けに、ベランダに小鳥がやってきて鳴いたなら、それはとても爽快だろう。つまりは「無理してそんなことをしてどうする」になる。

「おれって、ずっと海辺で育ったからさ、波の音がないとさみしくていられないんだよ。いま山のほうに住んでるだろ。だからPCやってるときも、いつも波の音をBGMで流してるんだ」なんてひともいるだろうけど、ともだちにはなりたくない。山に住んだら山の音を聞け。それが基本だ。
いや実際にそういうヤツを知っている。嫌いだった。そのカッコツケが。彼は波の音を欲していたのではない。波の音を恋しがる自分を演出して酔っていただけだ。

波の音を聴いてもちっとも楽しくなく、むしろいらいらして削除してしまったのは、私が「そういう考え」であり、そういう「反発」があったからなのだろう。



それを消して、しばらくSmooth Jazzを聴いていた。こういうのも本物?のJazzファンから見たら腑抜けの音楽なのだろうが、でもこれだけ普及したところに、求められている音楽である現実がある。実際私の場合、bebapでももううるさすぎる。

音楽を消すと、明け方の4時、PCファンの音が耳についた。4月になって急に暖かくなったものだから、先日、夏に備え水冷CPUクーラーにファンをひとつ増設した。Speed Fanで見てみると、2月には20度ぐらいだったCPU温度が30度を超すようになっていた。室温がそれだけあがっているのだから当然だ。ラジエーターの冷却は12センチファンが「吹きつけ」だけだったのを、対面にも同じく12センチファンを「吸い込み」で附けた。これでなんとか夏を乗りきれるはず、なのだが……。

ファンをひとつ増やしただけでずいぶんとノイズレベルがあがった。音楽を止めるとかなり気になる。
夜明けの時間。ファンの回転音と、キイボードを叩く音、やがて遠くから始発電車の音が聞こえた。それが私のこの時間の生活の音であり、ここに人造の波の音はいらない。「自然音」を録音したものだから「人造」ではないのだけど、でもそれをここで再生して流すのは「不自然」だ。



しかし消してしまったのは早計だったか。あとで、たまらなく波の音に飢える時が来るのかもしれない。そのときはそのときだ。あらためてまた入手すればいい。もしも飢えるなら、それはそれでまた楽しみである。
  1. 2012/04/12(木) 03:00:55|
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スティーヴィー・ワンダー「Love Songs 20 Classic Hits」──CDウォークマンのころ──坂本冬美の魅力

stevie20 BGMとして歌を聴くことはまずめったにないのだが、先日のJ.D.Southerの「Your Only Lonly」から、当時彼の恋人だったLinda RonstadtsのJazz Album「Round Midnight」を聴いたりして、ここのところまた歌を聴く(聴ける)ようになっている。

 今日はStevie Wonderを聴いた。Media Monkeyを開き適当にクリックした。そりゃまあ本気で聴くなら、傑作の誉れ高い「Key of Life」とかになるのだろうし、個人的には「Master Blaster」が思い出の一枚になる。いやそんなアルバムはないのか、あれはなんだっけ、「Hotter than July」がアルバムタイトル。その中の一曲が「Master Blaster」か。いちばん好きなのはこれになる。



 スティーヴィー・ワンダーと言えば、むかし名古屋から中央入りし、阪神大賞典やダイヤモンドステークスを勝ったステービーワンダーという名の馬がいた。活躍時が1970年だから馬名がついたのは1967年ぐらい。スティービー・ワンダーは1950年生まれだからそのとき17歳。リトル・スティーヴィーとしてもう音楽活動をしていた。つまりジャクソン5時代のマイケルみたいな活躍をすでにしていたわけだけど、この馬主がかなりのポップス通であったのはまちがいない。早くもこの時期にこの馬名である。

 当時地方競馬では馬名に小文字が使えなかった。だから「ステービー」。「スティービー」と書いたら間違いになる。
 今は「ヴィ」が使えるから「スティーヴィー・ワンダー」か。11文字だから馬名は無理。

 大井から中央入りして活躍した馬に「ミサキネバアー」がいる。重賞は勝てなかったが春天でモンテファストの2着している。これもネヴァービート系からとった名前だが、小文字の「ァ」は使えない。だから「ネヴアー」だ。父の名はネヴァービート(Never Beat)と表記され、ちいさい「ァ」があるが、息子はネバアだ(笑)。

 しかしだからといってこういうのを今風に「ミサキネヴァー」と書いてしまったらそれは誤記になる。「ネヴアー」が正しいのだから「ミサキネヴアー」と書かねばならない。



 いま旧い競馬の調べ物原稿を書いているのだが、吉川英治の活躍馬で「チリオ」がいる。中央で13勝した名牝。どう考えても「チリオ」であり、関係者もそう呼んでいたのだろうが、登録上の正しい馬名は「チエリオ」になるから、「チリオ」と書いたらまちがいになる。

 同じく当時は旧かな使いなので、菊池寛の持ち馬の「トキノチカ」は、これも読みはトキノチカイであり、誰もがそう呼んでいたろうが表記は「ヒ」になる。
 これはむしろ「旧かな遣いの時代かあ」と好感を持つが。



steviehotter スティーヴィーのアルバムはほとんど持っているのに、適当にクリックしたので名盤ではなく、寄せ集めアルバムを聴きだしてしまった。結果としてそれがアタリになる。
 念のため、左の写真は私のいちばん好きな「Hotter Than July」。寄せ集めアルバムの写真は冒頭。

 Media Monkeyでチェックすると、私がHDDに収めているスティーヴィーの曲は、731曲、3.8GB。そんな中から偶然にこの買ったことすら忘れていた寄せ集めアルバムを聴き始めた。期待していない。すぐに切り替えるはずだった。

 が、Beatlesの「We can work it out」が流れてきて背筋がゾクッとする。名曲のスティーヴィー流の解釈だ。天才の作った名曲を天才が独自の解釈で歌っている。



 私はBeatlesのこの曲を当時普及し始めた最新鋭家電・留守番電話機(笑)のBGMにしていた。「Life is very short」の部分。
 私はケータイは電話にしか使わないし、着メロはデフォルトのままだが、このころ留守番電話のBGMを毎週のようにチェンジしていたから、「着メロに凝る感覚」はわかる。私が今高校生だったら毎日のように凝った着メロをダウンロードしては替えていたろう。そういう性格だ。

 この初期の留守電は、そんなことをしようと思ったらぜんぶ自分でやらねばならなかった。ふつうの電話機に、外附けで留守番電話機を繋いだ。カセットテープを内蔵した「留守番電話機」はビデオデッキぐらいの大きさがあった。ラジカセから音楽を流し、自分でメッセージを吹きこむ。そのBGMの音楽撰びに凝った。毎週替えていた。つまらんことに時間を使った。でも楽しかった。

 留守電はあっと言う間に普及し、ちいさく安くなった。ふつうの電話機を買うともうその機能がついていて、電子音が受け答えをしてくれる時代になる。短くもはかない「つまらんことに凝った、でも懐かしい時期」になる。

 この「Life is very short」のときに、間違い電話が吹きこまれていた。きれいな声の女で、「あ、間違って掛けてしまいました。ごめんなさい」と謝った後、「でも、とってもステキな曲ですね」と感想を述べていた。性格のよさが出ていた。思わず、もういちど間違い電話を掛けてこないかなと思った(笑)。

 あれやこれや当時の状況が浮かんでくる。



sakamotolovesong むかし、NHK総合の明け方に時間潰しの手抜き番組があった。適当なBGVと適当な音楽を流すだけ。緊急事態が起きたらすぐに対応すると構えているのが見えた。阪神淡路大震災のあとぐらいか。緊張していた時期だったのだろう。去年今年に通じる感覚だ。

 いまはこの時間帯にもしっかりした番組を流しているようだが、当時は毎日3時から5時まで連日そんなのを流していた。当時の私はその時間まで仕事をして、明け方にセブンイレブンまでクルマで行き、おでんとかのツマミを買ってきて、明け方にそれを流しながら、雑誌を読んだりしつつ、一杯やって寝る生活だった。

 手抜きのチープな番組だったがそれはそれで息抜きにとてもよかった。外国の美しいビーチの景色に、それふうの音楽をかぷせる。ブラジルあたりの海辺の保養地の映像が流れたりしたから、NHKの番組ではいちばん露出度が高かったかも知れない。心地良いBGMにビキニの美女の映像だったりするから、とりあえず流しておくのにとても適していた。
 ここで強調しておきたいのは「そのBGVはとてもレベルが低かった」ことだ。どこかから安く買ったのだろうか、その海辺の保養地の、ビキニの美女が闊歩したり、こどもたちが波を被ったりしている映像は、素人が撮ったこどもの運動会のようだった。あまりにへたなので妙に鮮明に覚えている。

 ある朝、息抜きにそれを点けたら、そういう景色にかぶせて、スティーヴィーの名曲「I Just Called to say I love you」が流れてきた。歌っているのは女。聴きほれた。声に艶があり、たまらない。なんてうまいのだろう、これは誰なんだと思った。クレジットを見て仰天する。坂本冬美だった。以来ファンになった。演歌歌手の底力はすごい。アメリカもすぐれた歌唱力の女歌手はカントリー(まあ日本の演歌だ)出身が多い。Lindaもそうだし、LeAnn Rimesも。

 といって私は坂本冬美の演歌のヒット曲はいまだに一曲も知らない。このへんは微妙だ。何度も書いているが紅白歌合戦もレコード大賞も何十年も見ていないし。
 歌手としての彼女の能力を高く評価しているのだが、かといって彼女の典型的な演歌を聴く気もない。

 彼女が日本の名曲をカバーしたアルバム(写真)は持っている。でもこれはかなりの部分「コブシを回しすぎ」と感じる。もっと抑えて欲しかった。あまり感心しない。彼女としては自信を持った今の時期だからこそ敢えて「演歌歌手」を前面に出したかったのか。そんな気がする。以前の彼女のこの手の歌は、演歌歌手であることを隠している感じがした。だから私には「とんでもなくうまい覆面歌手」だったわけだ。いまは全面的になにを歌おうと「演歌歌手の坂本冬美です」と出している。いいのかわるいのか。



stevie2 この「Love songs 20 Classic Hits」というかっこわるいタイトルのアルバムは何なのだろうと調べる。いつどこで買ったのかすっかり忘れている。スティーヴィーのdiscographyには記載されていない。Amazonで調べて、

1963~71年に発表された楽曲の中からセレクトされた20曲のラブ・ソング。CMに起用されリヴァイヴァル・ヒットした「LIFE~ステイ・ゴールド」をプラスしたベスト・アルバム。

 と知る。発売は1985年。スティーヴィーは、シングル「パートタイム・ラヴァー」がヒットした年だ。
 スティーヴィとは思えないようなこどもっぽい声があって、ほんとにスティーヴィなのかと思ったが、13歳なら当然だ。

 左が収録されている曲名。13歳から21歳までのスティーヴィーのアルバムから、彼がカヴァーした他者のヒット曲を抜きだして集めたモノ、のようだ。まだシンガーソングライターとして完成されていない時期だ。

 安易な企画物だが、御本尊が歌唱力抜群のスーパースターだから優れた出来になっている。
 なんて、20数年ぶりに聴きなおして、というか偶然触れて、いまさらのことを言っているだけだが。



discman ということからいきなり記憶が浮かんでくる。CDウォークマンの頃だ。ソニーのあれの初期の名称は「Discman」。私の買ったのにもそのロゴがあった。

 茨城と東京の二重生活をしていた。クルマには10連装CDチェンジャーを詰み、上京帰郷する電車の中ではディスクマンを聴いていた。最新の製品で5万円もした夢の機械(笑)だったから、電車の中で聴いていると、下校時の高校生が憧れの目で見ていたものだ。ほんと。

 競馬関係者は音楽に疎いから、競馬場の記者室でこれを聴いていると、「それはなにをするものなのだ」と質問されたりした。ほんと。

 私はCDウォークマンはこの一台だけ、このあとのMDウォークマンも一台しか買っていない。カセットテープのウォークマンはそれこそ何十台買ったか覚えていないほどだが。
 このあとの90年代がいちばん外国に出かけた時期になる。旅先ではまだカセットウォークマンのほうが便利だったから、最新型のCDからまたそっちに戻っている。欧米ではもうCDの時代になっていたがアジアではまだカセットが主流だった。旅先で5千円もしないまがい物ウォークマンを買い、現地の音楽をそこで購入したカセットテープで聞いた。帰国するとき、タイやベトナムやカンボジア、ラオス、ミャンマーの親しくなった人たちにあげてきた。これがいちばん実践的だった。

 MDウォークマンというのはかなり日本的なもので、当時の若者がやっているのを真似て、私も自分の好きな音楽をMDに編集したりしたけど、そういう「国内的な使いかた」しか出来ず、すぐに厭きてしまった。外国では使い物にならない。MDのソフトなんて日本でしか売ってないし。
 今もほぼ新品のまま残っていて、これも5万円ちかくした高級品だけに捨てるには忍びない。しかし使い道はもうまったくない。こういうのも困ったものだ。

 あのころ、好きな音楽を好きなだけ入れて携帯できる今のiPodがあったらなあ、と思う。旅の楽しみは何倍にもなったろう。私は毎回カセットテープを最低でも30本は持参していた。嵩張った。今ならiPodだけでいい。



 このスティーヴィの寄せ集めCDは、帰郷するとき、電車の中で聴くBGMとして、上野駅構内にあったいいかげんなCD屋(失礼)で適当に買ったものだった。思い出した。割安だったから、出たばかりの1985年ということはない。2年ぐらい経っていたろう。でもワゴンセールの安物じゃなかったな。

 私は明確な意図を持って制作されたオリジナルアルバムが好きだ。これを買ったときは、電車の中で本を読むときの雑音消しBGMぐらいにしか思わなかった。
 それから20年以上経ってあらためて感嘆させられた。十代のスティーヴィに。

 それは、この種の寄せ集めアルバムを楽しめる齢に私もなった、ということなのかもしれない。オリジナルアルバムしか認めないというのは、純粋ではあるがそれはそれで餘裕のない固い考えでもある。幅が拡がったのか堕落したのか、いまだ判らないけど、以前の私はこの種のアルバムを受けつけなかった。

 もっと歌を聴かないと……。
  1. 2012/03/21(水) 03:00:49|
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ボトルネック奏法──YAMAHAの真鍮製スライドバー──デルタブルース──私の三大変節記

ひさしぶりにA・ギターを弾こうと思った。全体暖房をしていないので冬場はA・ギターはキツい。かじかむ。指が痛い。その分、空気が乾いているので音はいい。弾きたくなる。でもキツいから避ける。安易に走る。ならエレキ。

ここのところヘッドフォンでZo-3ばかり弾いていた。Rolandのチューブアンプとマルチエフェクターを通して弾く。リズムマシンと同期すれば、それなりに練習にはなる。ひとりジミヘン。

このZo-3も初代だから古いなあ。1990年製。20年以上前か。パソコン大好きでも、やっていることはまだアナログ感覚。啓蟄が近づくとA・ギターを弾きたくなる。それが私の春まぢか。

guitar-zosan


楽器関係の小物入れからYAMAHAのボトルネック用のスライドバーが出てきた。ふたつ。真鍮製だ。すごいな、緑青が出ている。

P1010004

ひとつを紙やすりで磨く。きれいになった。もうひとつを磨く前に緑青の出た状態を写真に撮る。磨いてきれいにするのは簡単だ。けど緑青を出すのには何年もかかる。そう、緑青の浮きでた、腐りかけた、このうす汚い状態こそが自慢(笑)。これぞ「真鍮製のスライドバー」を購入して、「30年以上経った誇り」なのである。いや、誇ってませんけどね。むしろ恥じてます。頻繁に使っていた頃はもちろんきれいだったし、その後もけっこう使っていたつもりなんだけど、気づいたら緑青が生じてました。
ここで「緑青」を読めず意味も知らないひとも、もしかしたらこのブログを読んでいるかも知れないけど、そのへんは無視。

YAMAHAの刻印もある。

P1010006




調べてみると、YAMAHAの製品はいまステンレス製だけで、この真鍮製は売っていないらしい。また形としても、いまはみな「突きぬけ型」であり、こういう「サック型」は珍しいようだ。
slidebar


でも真鍮製は重くて、それなりに価値がある。私がこれを買ったのも程良い重さが魅力的だったからだ。
するとちいさな工房が、やはり出していた。

slidebar3

ステンレス製が1200円ほどなのに対し、こちらは3500円。色も重さも真鍮製には高級感がある。これはこれでいいんじゃないか。まあ高いのを使えばうまく弾けるというものでもないが、そのことによって練習が熱心になる可能性はある。体験からもそれは言える。

ただしこの製品の価値はA・ギターのミドル以上のゲージで光るものだろう。この重さはE・ギターのライトゲージだったりしたらマイナスなのではないか。その場合はプラスチック製の軽いもののほうがいいように思う。



私はこのYAMAHAのスライドバーを買ったときのことを、とてもとてもよく、覚えている。
場所は渋谷道玄坂のYAMAHAだった。聞くところによると何年前かに閉店したという。なんかせつなくなった。まぎれもなくYAMAHA渋谷店は私の青春の地のひとつだった。あそこでどれほど楽譜を買ったろう。ホーナーやトンボのマウスハープ、その他の楽器小物。想い出は尽きない。ほんとうは御茶の水のほうがいいのだが、遠い。近場の渋谷のここには頻繁に通った。

なぜたかがスライドバーのことを明確に覚えているか。
私は大のYAMAHA嫌いだった。音楽を商売にする姿勢が許せなかった。あのころ、音楽をやっている若者の傾向は大きくふたつに分かれた。YAMAHAのコンテストを利用して世に出ようとする連中と、そういうYAMAHAの姿勢を嫌悪する連中と。私は典型的な後者だった。

よいギターを作るには、マホガニー等の乾いた年代物の素材が必要だ。YAMAHAはそれを確保するために、アメリカの古い教会を買い占めているという噂もあった。教会の古い長椅子の木材が役立つのだ。私はそういう姿勢を嫌った。



私と同様にYAMAHAを嫌いつつも、YAMAHAのA・ギターを使うひとは多かった。それは親しいひとにもいた。あのころYAMAHAのFGシリーズはマーチンを買えない連中にとって名器だった。実際ベストセラーのFG18等、コストパフォーマンスにすぐれていたと思う。私は嫌いだったけれど、認める点は認める。

私のYAMAHA嫌いは徹底していたから、ギターを使わないのはもちろん、絃からピックから、とにかくもうYAMAHA製品は一切使わなかった。といって私もマーチンやギブソンを愛用できる身分ではなかったから(周囲には金持ちの子弟も多く、それらを持っているのは多々いたが)他の日本製品を使った。私はyairiが好きだった。後にはTAKAMINEが救いになる。とにかくYAMAHAは嫌った。一切使わなかった。

そんなピック一枚でも死んでも使わないというほどのYAMAHA嫌いの私が、初めて買ったYAMAHA製品がこのスライドバーなのである。渋谷YAMAHAで、手にしてすぐ魅せられてしまった。すでに市販されているスライドバーはすべてといっていいほど持っていた。ステンレスもあった。透明プラスチックもあった。が、これは別格だった。しっくりくる重さがたまらなかった。「長年貫いてきた絶対にYAMAHA製品は使わないという信念をここで枉げるのか」とさんざん迷ったが、結果として購入していた。以来手放せなくなった。

前記「渋谷YAMAHAは青春の地」と書いたが、もちろんそれはこのスライドバーを買い、YAMAHA嫌悪がなくなってからの話である。それまでの私はYAMAHAの店にすら入らなかった。はるばる御茶の水まで出かけていた。いちばん好きなのは石橋楽器だった。



私はそういう小物に凝る方だから、デルタブルースを弾くようになると、スライドバーもあれこれ買った。市販されている品はほとんど買っている。憂歌団の内田が「ハウスの唐芥子のびんがいい」と言ったら、それを買ってきて、唐芥子を捨てて、ラベルを剥がして使ってみたりした。

tougarasi

ええ、念のために書いておくと、内田がそう発言したかは定かでありません。そういう発言はありましたが、それがハウスの唐芥子であったかもいいかげんです。要するに、高名なボトルネックギターの巧いひとがその種の発言をすると、すぐにやってみた、という話です。
確かなのは、いま唐芥子が大好きで、唐芥子がないと食事できないほどなのに、当時の私はそれほど好きではなく、迷うことなく新品の中身を捨ててびんだけ利用したという事実です。私の唐芥子好きはタイから来ていて朝鮮料理は関係ありません。

朝鮮で思い出したのでついでにもうひとつ、私は「朝鮮民族は音楽と挌闘技にすぐれている」と何度も書いていますが、憂歌団もまたそれを証明しているひとたちと言えます。日本の芸能界のすぐれた歌唱力のひとたちを羅列していったら、ほとんどが朝鮮人になるのは絶対的事実です。私はそれをすなおに礼讃しています。感情的に否定するひともいますが、それはやめるべきでしょう。好き嫌いと絶対的な事実は別問題です。彼らはそういう面において確実に秀でた民族なのです。



世を席巻しているダイナの馬が嫌いだった。馬名を見るだけで消していた。しかし圧倒的多数で勝ちまくる。消したこちらは負けまくる。ますます嫌いになる。悪循環。
そんなある日、中山のパドック。下級条件のダート戦でギャロップダイナと出会った。丸くてころころした馬だった。目があった。かわいかった。その瞬間にダイナ嫌いが消えた。ダート馬だったギャロップダイナは後に芝実績のないままシンボリルドルフを負かして天皇賞を勝つまでに出世する。このときのギャロップダイナの単勝配当はいまも天皇賞のレコードだ。

成金土建屋のアドマイヤの馬主が嫌いだった。アドマイヤの馬はぜんぶ馬券対象外にしていた。シャダイの高馬を買って走らせる日の出の勢いの新興馬主であり、重賞戦線で大活躍する時期だった。ハズレまくった。それでもまあこれはダイナとは規模がちがうし、それほどでもなかったが、それでも有力馬主を嫌うことは馬券を狭くする。でも嫌いなものは嫌いだ。
そんなある日のパドック、芦毛のアドマイコジーンと目があった。かわいかった。アドマイヤ嫌いが消えた。朝日杯3歳ステークス快勝。だがそこから2年以上もの長いスランプ。6歳になって安田記念を勝つ。後藤浩輝初G1制覇。後藤が干されているときに応援して起用したのがアドマイヤの馬主だった。ふたりが抱きあって泣く。もらい泣き。

それとYAMAHAのこのボトルネック用スライドバー。
順序としてはこれが一番早いけど、ギャロップダイナとアドマイヤコジーンとYAMAHAのスライドバー。私の「三大変節」になる。



デルタブルースという馬がいる。父はダンスインザダーク。鞍上岩田で菊花賞を勝った。2004年。このとき岩田はまだ園田所属。地方競馬所属騎手が中央の馬に乗り中央のG1を勝った最初の例になる。後に内田や戸崎も実現している。

さらには2006年にオーストラリア最大のレース、国民の祝日にもなるメルボルンカップを勝つ。メルボルンカップがいかに親しまれているかはオーストラリアにゆけばよく解る。私は初めてオーストラリアに行ったとき、競馬の仕事をしていてメルボルンカップにそこそこ詳しいことがだいぶ役だった。世間一般のひととの話題になるのである。日本でこれは不可能だろう。メルボルンカップはオーストラリア人にとって、それほどおおきなイベントなのだ。

だがデルタブルースは、晩節を汚し種牡馬になれずじまい。メルボルンカップを勝った時点で引退していれば種牡馬にもなれ、オーストラリアでも讃えられたろうに。なんとも残念である。退き際の重要さを思う。



私はデルタブルースが好きでボトルネックを始めた。サンハウスやロバート・ジョンソンの流れだ。だから、E・ギターでボトルネックをやるギタリスト(たとえばデュアン・オールマン)の音楽とは、ちょっと流れがちがう。
デルタブルースという響きだけで胸が熱くなる。まさかそれを名乗る日本馬が現れるとは。

馬名を知ったときから注目していた。この馬の名は母の父Dixieland Band、母Dixie Splashから来ている。そこに父ダンスインザダークのダンスを加えての、日本馬には珍しい洒落た名になった。馬主はサンデーレーシング。ギャロップダイナに出遭うまでの宿敵「ダイナ」の共同馬主クラブである。冠号ダイナで勝ちまくり、もう宣伝の必要はないと冠号をやめていた。

ダイナ嫌いだった私は、その馬主であるダイナースクラブの会報『SIGNATURE』に書く旅行記で世界中のあちこちに行かせてもらうようになっていた。



伊集院静がエッセイを書き、西原理恵子が絵を添えるシリーズ本がある。週刊誌の連載エッセイをまとめたものだ。競馬通であり大の馬券好きである伊集院が、当時そこのある回で、「デルタブルースという名の馬がいる。変な名前だ」と書いていた。彼にとっては意味不明の馬名だったらしい。「あ、このひと、ぜんぜん音楽を知らない」と思ったものだった。



アコースティックなデルタブルースの奏法だと、むかしむかし「笑っていいとも」に出た景山民夫が、ニューヨークで弾き語りをしていたことを自慢して、あの「ともだちの輪」を生演奏で歌った。あの程度の腕前でニューヨークで弾き語りができるなら私もいますぐできると自信を持った。

なにかの特番で(NHKだったかな)山崎まさよしというのが、そのデルタブルースの故郷を訪ねるという企劃があった。私はその時、山崎まさよしというミュージシャンを知らなかったが、番組表の「ブルースの故郷を訪ねる」に惹かれて見た。
ニューオーリンズまでゆき、存命している黒人の老ミュージシャンと一緒に山崎がA・ギターでデルタブルースを弾いた。リアルにその場で弾く山崎のギターは下手だった。私のほうがはるかに巧い。でもデルタブルースに興味を持っている日本の若いミュージシャンがいるのだということはうれしかった。それから彼の音楽を入手して聞いてみた。CDではとてもギターが上手だった。どういうトリックなのか。



と、あれやこれや思いつくまま。
思うのは、このスライドバーが30年以上前の品であること。いまももちろん現役。息子に伝えて、孫子代代の品にもなる。すばらしい。

そしていつもの結論。それと比すとパソコンてのは、パソコンソフトってのは……。
日進月歩の製品てのはむなしい。

とはいえこのスライドバーは、ただの真鍮の固まりだ。私の息子や後裔がボトルネックギターを弾かなかったらただのゴミである。何の役にも立たない。

それでも30年以上前に買った品が今も現役であり、百年後もその可能性があると思えることは希望的だ。私の曾孫がボトルネックギターを弾き、ステージで喝采を浴び、これは曾爺さんからの代代のものなのだとかざす日が来るのかも、と思うだけで楽しい。
  1. 2012/03/02(金) 07:30:02|
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音楽の好き嫌い──Ronny Jordanを聞きながら──YouTubeのDjango弾き

ronnyjordanquiet

Media MonkeyでRonny Jordanを聞きながら【芸スポ萬金譚】に「世界の秘境で大発見! 日本食堂」をアップ。

その間、Ronnyが歌い始めると、そのファイルを削除。Rapまでやっている。削除。

毎度思うのだが、私が「こんなものいらない」と削除してしまう音楽が一番好きというひともいるわけで。私が「うるさい」と不快になるRapが流れてきたら、わくわくするひともいるわけで。

ほんと、ひとの好みはいろいろである。
彼我の差を確認するのはたいせつな事だ。



これをやっているとアーティストによっては曲が激減する。1枚のアルバム10曲収録なのに8曲削除して2曲だけ、なんてことにもなる。現にそうなったひとも数多い。CDではできない。あくまでもmp3としてHDDに入れているからできることだ。削除しても元歌はCDに残るのだから遠慮なくできる。

Ronny Jordanのアルバムは7枚もっていて、曲の合計は75曲ほど。いま61曲まで減っている。このまま流していると、最後にはきっと30曲を切るだろう(笑)。それもまたPCでの楽しい遊びだ。

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とかやっているうちにさすがにRonnyに飽きてきた。こういうカフェラッテみたいなモノは、うまいけど、さすがに5杯も飲めば厭きてくる。その点、ストレートのウイスキーは酔うまで倦きないからたいしたものだ。

次は何にしようかと考えて、ふいにDjango Reinhardtを聞きたくなった。



先日YouTubeで気分のいいギターを聞いた。
きっかけは何だったのだろう、ツイッターか。ちがうかな、私はもうツイッターをやっていないから。
とにかく何かで「このギター、うまい!」のようなのを見てクリックしたらYouTubeにつながり、そこで今風の長髪の若者が小型アンプをそばに置き、路上にすわってストラトを弾いていた。ストリートミュージシャンである。街はたぶん新宿。おそらく携帯電話で撮った動画のアップと思う。

リズムセクションを打ち込みで作ってきて流し、それにあわせている。抜群にうまいのだけど、なにより曲がDjangoの作品だったことが新鮮。しばし聞き惚れた。いますぐ新宿に飛んでいって彼に話しかけたかった。この若者はどんなきっかけでDjangoに興味を持ったのだろう。自分が生まれるよりもはるか前のジプシーのギタリストに。人嫌いの私がそんなことを思うほど魅力的だった。ネットで見た見知らぬ若者とともだちになりたいと思った。

YouTubeに行ったのがそういう脈絡のない始まりだったのでアドレスをなくした。私はもういちど彼のギターを聞きたいのだが、どこにゆけばいいのかわからない。おそらくDjangoではヒットしないだろう。だって「ギターの巧いストリートミュージシャン」として紹介されていただけで曲名までは書いてないから。動画をアップした人はDjangoを知らないと思う。

こういうのってどうやって探すのだろう。YouTubeをストリートミュージシャンで探せば見つかるのだろうか。

front
Djangoを聞きながら、そんなことを考える。
いま流れているのはStephan Grappelliとの「Djangology」。

Media Monkeyを使っていると、しみじみiTunesの傲慢さが伝わってくる。縁を切りたいがiPod用に入れておかねばならない。まあMedia MonkeyでもiPod接続はできるけど専用ソフトはやはり専用が便利。
マッカーにイヤな奴が多いことに納得する。なんとも、不遜なソフトである。体質がマックそのものだ。まあPicasaを使うと、これもまたGoogleそのものだが(笑)。

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【追記】──人名アルファベット綴りのこと

ホームページでは何度か説明しているのですが、ひさしぶりなのであらためて。
なぜジャンゴ・ラインハルトやステファン・グラッペリをアルファベットで綴るか。バカオヤジの私が綴りを覚えておきたいからです。
むか~し、ジャンゴをJで調べて見つからず焦ったり、そんな恥ずかしい過去もあります。Djangoと綴っていればDから始まるのを忘れないでしょう。ジプシー語の綴りですが。

でもじゃあボブ・ディランも必ずBob Dylanにするかというとそういうこともなく。ぜったいにまちがえない自信があるからこだわらない。もうMozartもBeethovenもだいじょうぶだからカタカナ綴りでもいいかな。

だから私の文章で人名や曲名がアルファベット綴りだったら、「あ、こいつ、この綴りに自信がないんだな」と笑ってください(笑)。
  1. 2012/02/18(土) 09:56:39|
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尾崎豊「卒業」の想い出──友人Nの命日をまえに──ATOK話 織田哲郎の魅力

Twitterに以下のようなことを書き込んだ。

ozaki


この歌が発売されたのは1985年の1月らしい。初めて耳にした時のことはよく覚えている。
旗の台のアパートにいた。昭和大学病院の近くだ。深夜、ラジカセからこの歌が流れてきた。見知らぬ歌手の初めて聞く歌だった。声もいいし歌もうまい。私は三連符のこの種の曲が好きだから思わず耳を傾けた。歌詞内容にも注目した。そんなこともめったにないから、それはそれでよく出来た曲なのだと思う。ほんの数回しか聞いたことはないが今もメロディが残っている。たぶんカラオケで歌えと言われたら「ほぼ」歌えるだろう。歌わないけど。



心に残るメロディはひとによってちがう。ほんの数回しか聞いたことがないのにほぼ覚えているのだから「卒業」のメロディは私好みだったことになる。

▼日本の三大メロディメーカー

小室哲哉というひとは「日本音楽史上シングル盤売り上げ三大作曲家」なのだとか。今までの売りあげ順は、筒美京平、小室哲哉、織田哲郎になるらしい。筒美はグループサウンズから郷ひろみ、Kinki Kidsまでぜんぶ知っている。南沙織の曲を始めやたら盗作が多いが、それもまあこのひとの味だ。クリーム(クラプトンね)のベースラインから盗んで一曲仕上げるのだから、それはそれで同じ盗作でも近田春夫あたりとはものがちがう。
作家の郄橋源一郎はカラオケに行くと筒美作品しか歌わないそうだ。こういうカラオケの愉しみ方もあるのだろう。私も筒美京平作曲のヒット曲なら100曲ぐらいは歌える。歌わないけど。
彼の曲は「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「よろしく哀愁」のように、譜面にした時の音符の並びがうつくしいのが特徴だ。

筒美は別格として織田と小室の好みの差は興味深い。興味深いもなにも単に私個人の好き嫌いの話だから(笑)、読んでいるひとに「そんなの知るか!」と言われたらそれまでなのだが。
私は織田がヒット曲を提供したアーティストとは無縁だったので何も知らない。無縁というのは、そのころはもうJazzとClassicしか聞かない時期に入っていたからだ。中学生高校生のころは人並み以上に日本の流行り歌に興味があったし詳しかった。大学から二十代後半までは自分が曲を作るために外国音楽を勉強した。この時期の洋楽ヒット曲はよく知っている。同世代のおじさん連中とカラオケをやると、こどものころからこの時代までの歌に関してはあまりにいろいろと知っていて驚かれるほどだ。たしかに小川ローザ(Oh! モーレツのCMね)や風吹ジュンのヒット曲?を歌える人もそうはいない。

そのあとJazzとClassicに走り、邦楽も洋楽も「歌」について完全な無智になった。空白期間。当時から今に至るまで私は日本語のヒット曲をまったく知らない。それこそ「いくらなんでもこのヒット曲は知っているだろう!?」と思うようなものも知らない。だってなんども書いているけど「紅白歌合戦の小林幸子の巨大衣装をただの一度も見たことがない」のだから。一年の半分を外国巡りをしていたこともあるが我ながらこの件に関してはフツウの日本人ではないと思う。もちろん悪い意味です。常識の欠如ね。

そういう私なのに、街角から流れてくる歌や、テレビのCM等で耳にして「いい曲だな」と思うのが結果的にみな織田哲郎の曲だったので、いつしか彼の多くのヒット曲を覚えていた。ZARDが活躍していた時期を知らない。見たこともない。だから私は早世したリードヴォーカリストの彼女に街であったとしてもわからない。ステージを知らない。でもヒット曲のメロディはほとんど知っている。織田作品として後から記憶したからだ。

一方、小室というひとは逆で、彼が安室奈美恵を始めとする一派の大ヒット曲を多く作っているという知識はあり、テレビでも目にしたことはあるのだが、彼のメロディが響いてこなかった。今に至るも彼の曲を知らない。サビですら口ずさめる曲がひとつもない。三大作曲家の2位と3位でこんなに好き嫌いに差があるのかと不思議な気がする。

日本のシングル盤売り上げで記録をもつ三人のメロディメーカーに関して私は、筒美はとても詳しく、織田はそこそこ詳しく、小室はぜんぜん知らないという極端な結果になった。
筒美をとても詳しいのは彼の全盛期に青春時代を過ごしたからであり人生すべてにしみこんでいるが、私の好みとしていちばん好きなメロディは織田作品になる。筒美のヒット曲は世間のヒット曲として押しつけられるように耳に入ってきたが、織田の曲は、私のほうから「この曲を作ったひとは誰なのだろう」と興味を持って接した。この差は大きい。耳にしてもなにも感じない小室作品は問題外になる。



▼ATOKの織田鉄労

尾崎話から三大作曲家話に脱線しているのに、さらにまた脱線。いつものATOK話。
ATOKが「織田鉄労」と旧国鉄の労働組合のような変換をしたのでおどろく。その点、Google日本語入力はやたら人名に強い。一発で正しく変換する。だから私もこの種の文章を書くときはGoogleに切り替えている。「安室奈美恵」だってGoogle日本語入力にそのまま頼っている。自力で書けと言われたら、ぜんぜん知らない人なので書けるはずもない。あ、でも彼女がまだ素人のころ、「元気の出るテレビ」に出たとこは見ているんだけど。「沖縄の空手少女」だったか。

しかし我の強い両ソフトの主導権争いは激しい。Google系のソフトがなんでもかんでも自分をデフォルトにしてしまうのは有名だけど(Appleソフトもすごいね)ATOKも負けていない。Googleで書いていてもいつしかまたATOKに戻っていたりする。Google日本語入力によって正しく変換されていた「織田哲郎」がいきなりまた「織田鉄労」になったので何事かと思ったら知らないうちにまたATOKに切りかわっていた。「このパソコンの日本語入力の正妻はわたし。他の女の存在は認めない!」って感じだ。

ということを今またGoogle日本語入力に切り替えて書いていたら、今度は「鉄労」が変換できない(笑)。
しかたないのでそこのところだけATOKに戻った。さすがにこのことばをGoogle日本語入力に辞書登録する気にはなれない。そりゃまあ今時、旧国鉄の労働組合の略称を使うひともいないだろうから、出ないことは、それはそれでわかるのだが、かといって、それでも困る気がする。
いや私だって個人的文章で「鉄労」なんて使うことはないが、あの毎年タチの悪いストをやった国鉄には今でも怨みがあり、みっつの組合のそれぞれの略称が、動労(国鉄動力車労働組合)、国労(国鉄労働組合)、鉄労(鉄道労働組合)であったことぐらいは覚えておきたい。

もっともGoogle日本語入力は、Google検索で多用されることばを用語として蓄積して行くから、いま「鉄労」が出なくても、今後なにかでそれが話題になり頻繁に検索されたなら、そのときにはすんなり出るだろう。この辺、融通無礙でシステム的には最強である。こんな便利なシステムを無料でやられたら有料商品は太刀打ち出来ない。

無料のGoogle日本語入力、OSを買えばついてくるMS-IMEがある中、今後有料のATOKはどうなってゆくのだろう。長年愛用しているからこそ心配になる。流行語、新語に関しては、毎日辞書更新しているGoogle日本語入力に、一年ごとのVersionUpでは絶対に敵わない。

個人的には、差別語(と呼ばれる一群のもの)を一切入力できないようにしている時点で「言語の入力装置」として終っていると厳しく糾弾したい。それらを使うかどうかは利用者の良識に任せるべきであり、言論統制の御上じゃあるまいし、Just Systemに最初から規制されるのはまっぴらごめんだ。



▼やっと本題の「尾崎豊の卒業」話

「尾崎豊の卒業」の話に戻って。
ラジオから流れてきて初めて聞いた日。いい曲だと思って真剣に聴いていたが、ツイートしたあたりの歌詞で「はあ?」となってしまった。
「信じられぬおとなとの闘い」はわかる。私にだってあった。だけどそれで学校の窓ガラス割って廻るのはただのバカだろう。なんたる甘えだ。それを歌詞にするか? 暴力の方向性をまちがえている。いい声で、歌も上手く、好きなタイプの曲だっただけに、このときの脱力感は強烈だった。いい歌だなあと思っていたものが、いきなり失笑の対象になってしまった。だからこそ強力に刻み込まれたのだが。

発売になったのが1985年の1月21日で、すぐに大ヒットしたらしい。私が耳にしたのは2月ぐらいか。深夜だった。私はこのころはまだ深夜にラジオを聞いていたのか。いや、もう聞いてない。ほんとにたまたまだ。毎日レンタルビデオを見まくって映画の勉強をしていた頃である。同じく、やっとJazzが解るようになって、CDを買いまくり、レンタルビデオ屋の名盤ジャズを借りてきては、解説書片手にせっせと勉強していた。砂地に水の感覚でJazzが染みこんでゆくのが心地よかった。
たぶんそんな中、「耳休め」に珍しくラジオをつけたのだ。その意味では縁があったことになる。



さて、そういう好きでもない古い歌の想い出を今ごろ書いた理由。ここからが本題。

この歌が大ヒットしている頃、私は初めての競馬取材で北海道日高地方に行った。初めて行く冬の北海道が怖くて、札幌の事業家である友人に相談した。大学の音楽サークルの後輩であり、学生時代に親しかったのはもちろん、卒業後も彼が東京に来るたびに会っていた。とはいえそれは年に一度ぐらいになりつつあった。

私は冬の北海道が怖かった。なにしろおしっこも出ると同時に凍ってしまうため、男便所にはトンカチが、女便所には釘抜きが用意されているという信じがたい極寒の地だ。
それはまあこどものころ落語で覚えた冗談だが、じつにもうほんとの話、私は彼に防寒着と防寒靴、防寒帽、マフラー等を宅配便で一式送ってもらったのである。嘘みたいなほんとの話。彼はたぶんあまりに冬の北海道を慄れる私を笑っていたろうが、快く新品を買い揃え宅配便で送ってくれた。いま思うと大げさで恥ずかしい。でも一式詰まった段ボール箱が旗の台のアパートに届いた日をいまも覚えている。感謝した。実際に行った冬の北海道はなんの問題もなく、室内は関東よりも暖かった。トイレにトンカチもなかった。釘抜きのほうは確認していない。とはいえ北海道では温暖な日高地方ではあるが。だからこそ競走馬の生産が可能だった。本来北海道は馬の生産には向いていない。寒すぎる。あれは地域おこしとして始まったものだ。

これを機に、私は毎月のように日高取材に行くようになり、学生時代と同じ交友が復活した。取材が終り札幌に戻ると、いつも一緒に飲み歩いた。
私は二十代のときから北海道には行っていたけれど当然貧しかったから歓楽街は知らない。彼は学生時代からスカイラインGTに乗っていた裕福な学生だったが、このときは早世した父を継いでいくつもの会社の社長になっていたから、よりグレードアップしていた。いわゆる「ススキノ」を案内してもらった。北海道は夏しか知らなかったが冬もまた美味しいものがいっぱいあって楽しいのだと知った。



彼自身も学生の頃から競馬好きだったので、私の日高取材に同行して、一緒に牧場に泊まったりした。彼のクルマ──えーと、なんだっけ、ホンダのいい奴、レジェンドか──で千歳から日高まで走ってくれるのだからありがたい。ベンツを買えるのにベンツでないのがいい。そのとき私は飲み助だからと自重して免許をもっていなかった。後に牧場取材に必要と急いで取ることになる。それからは外国でのドライヴが趣味のひとつになった。

彼からしても、ひょんなことから競馬の仕事をするようになった先輩に同行して、一般ファンでは不可能な憧れの名馬や有名牧場主に会えるのだから楽しかったにちがいない。今も思うのだが、中央競馬会機関誌優駿の取材、というのは強かった。怪しい競馬雑誌には応じないひともみな気持よく話をしてくれた。しみじみ恵まれていたと思う。私は取材に向いていない弱気な「へたれ」であり、それでいて短気だから、冷たい応対をされたら途中で挫折し、この仕事からは足を洗っていたろう。
後に彼は馬主にもなった。親しくなった牧場との半額出資のような形だったけど。

そんな彼とレジェンドで日高に向かう道すがら、なぜか前記「卒業」の話になった。カーラジオから流れてきたのか。彼もCD派だったからラジオから流れてきたのではないと思うのだが……。
とにかくそれが話題になり、私は今回ツイートしたのと同じく、「おとなへの反感はわかるけど、だからといって学校の窓ガラス割って廻られたらたまらんよなあ」と呟いた。すると彼がガハハと大口を開けて笑い、「それはもうまったくそのとおりですね」と言ったのだった。
そのときのことを鮮明に覚えている。どうでもいい歌のどうでもいい感想であるから、他の誰ともこんなことを語ったことはない。だから私にとって「尾崎豊 卒業」の想い出は、彼と交わしたこの会話「たったひとつ」なのである。



その彼が二年前、52歳の若さで突如逝ってしまった。早世した父親と同い年である。なんとも早世の家系というのも残酷だ。15歳年下の奥さんと、まだ高校生のひとり息子を残して……。

その彼の命日がちかづいている。
スポーツ紙に「尾崎豊記念館が取り壊される」とあった。彼が不審死を遂げた民家がひと部屋を尾崎ファンに開放し、彼の遺品を陳列していたのだとか。今回改築することにし、その部屋も壊すらしい。
そのことから「尾崎」「卒業」「早世した友人」と想い出が繋がっていった。

偲ぶことが供養になると思っている。こんな形でも想い出を語ることは彼によろこんでもらえるだろう。そう思って書いてみた。
  1. 2011/11/18(金) 08:40:25|
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映画「ディパーテッド」感想とエンディングのロイ・ブキャナン

映画「ディパーテッド」感想とエンディングのロイ・ブキャナン

ディカプリオと山崎邦生の相似。太ったアレックス・ボールドウィン。ロイ・ブキャナンの「スイートドリームス」。アルバート・コリンズとの共演。フライングVのロニー・マック。
  1. 2011/08/05(金) 06:17:20|
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たまには音楽ネタ──ツイッターとの連繋

6月末からずっと「ボサノバ」のことを書きたかった。音楽ネタだ。ほんとにほんとに書きたかった。なのに書いていない。それ以上に先行すべき政治ネタが出現したから優先順位で後まわしになった。手抜きでもある。

「もう早くも猛暑なので、水風呂で涼を取り、BGMはスタン・ゲッツのボサノバ」
と6月に感じた。実行した。朝から晩までBGMはボサノバ。
昼日中に死にそうなほど暑い状況になり、水風呂で涼を取り、かろうじて生きていた。
でもこれは毎年書いているネタであり、どうでもいいことでもある。そう、私は10年以上続けているホームページで、毎年この時期になると「夏だ、ボサノバだ、スタン・ゲッツだ!」と書いているワンパターンオヤジなのである。ただしほとんどの場合はクーラーをがんがん効かせたり、外国に行っていたりしたのだが、ここ4年は、クーラーのない熱中生活に甘んじている。その事に対する羞じらい(う~ん、美しい!)があり、書くことに躊躇した。



といって、このくだらないどうでもいい生活話が、菅内閣批判の政治話より格下、というものでもない。と思う。ここは私のブログなのだから、クーラーのない生活をしている私が今年、入浴剤クナイプバスソルトに目覚めてしまい、湿布薬みたいな臭いのなかで暑気払いをしているというネタは、それはそれで、あってもいい。



今日7月28日、早朝、ツイッターでAmy Winhouseのことを書いてみた。
amy1










Amyの2枚のアルバムを聴いた後、彼女の憧れであるBillie Holidayを聴き、さらにはいま最もBillieの歌声にちかいと言われるMadeleine Peyrouxを聴いた。マデリンがそのことを否定しているというのが不思議でならない。どう考えても真似ている。

amy2













彼女の代名詞である大ヒットアルバム「Back to Black」は、音楽ジャンルで言うなら、いわゆるリズム・アンド・ブルースになる。いいメロディの曲が多い。ホーンの使い方が決まっている。大ヒットして当然だった。60年代を思わせるようにわざとチープな音にしてノイズを入れたりしている藝も細かい。
私はあの年のグラミー賞でこのアルバムが「最優秀楽曲賞」を取ったのがうれしかった。エイミーの声と歌唱力が抜群なのは言うまでもないが、とにかく彼女のアルバムは、曲とアレンジのセンスが図抜けている。

一方、テビュウアルバムの「Frank」はジャズ色が濃い。というか何曲かは完全なジャズナンバーでありエイミーの歌もジャズヴォーカルだ。iTunesは「Soul」とジャンル分けしていたが。
このひとの歌唱力が並外れていることは、むしろデビュウアルバムの方が鮮明だ。二十歳の娘っ子とはとても思えない。天災は夭折する。でもこれだけの作品を残したのだから永遠でもある。
amy3













四六時中音楽を流しているが今、「歌」はまったく聴かない。早朝から午後までずっと「歌」を聴いていたなんて何年振りだろう。
ラジオを聞かないので知らないが、グラミー賞主部門を独占した歌手が27歳で死ぬというのは、まして麻薬絡みとなると、ジミヘンやジャニスの死に匹敵するスキャンダラスな大事件だから、FM局なんてずいぶんと特集したんだろうな。

気分転換に、ひさしぶりに「歌」を聴いたのだが、音楽よりもむしろ、そのことを書き込んだツイッターが気分転換になってくれた。
  1. 2011/07/28(木) 15:32:54|
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小林よしのりのAKB讃歌──裸の王様は誰?

00twitter.jpgでこんなことをつぶやいた。


akb










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私はAKBに興味がない。小林が「鈍感だなあと感心する」おっさんなわけだ。AKBに夢中のガキンチョから何を言われても構わないが、同世代の小林にこんな言いかたはされたくない。とりあえずツイッターでは「鈍感なおっさんでけっこう」とだけ反論した。ここで細かく書いておきたい。
元記事は以下のようなものらしい。

グリコのCMでAKB48のセンターに突如、江口愛美 という美少女が抜擢された。ううむ、江口愛美かーーーー。一瞬、「レッド・クリフ」に出てた台湾の女優リン・チーリンに似てると思った。リン・チーリンは好きなんだが、江口愛美はダメだ。江口愛美はAKBのアイドルの美の価値観から逸脱している。さしこまでが9位になるところにAKBのパワーがあるのだと、わしは思っている。さしこがともちんの一つ下に迫る。そんなことがあるはずないのに総選挙ではそんな結果が出てしまった。

AKBにおけるアイドルの評価は一筋縄ではいかない。現実的には江口愛美がAKBに入ったら台無しになるとわしは思うのだが、話題作りでは画期的だと認めざるを得ない。
こういうアイデアを出す人が、今AKBの周囲にはどんどん寄ってくるようになってるのだろうな。

まったくすごい。未だにこのすごさに気づかない人たちって本当に鈍感なんだなあと感心する。脳の右半球がダメなんだろうな。つまり 感性がダメ。脳の側頭葉言語野だけで思考している。前頭葉が働いていないのだ。

まあ、おっさん化してもいい人もいる。普通はおっさん化する。いや、おっさん化は平凡人として当然のことなのだ。だがわしはじじいになってもおっさん化しない。子供のままじじいになる。「王様は裸だ」と言い続けるのがわしだからだ。(後略)

https://www.gosen-dojo.com/index.php?action=pages_view_main&active_action=journal_view_main_detail&post_id=480&comment_flag=1&block_id=13#_13

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AKBなるものの経済効果は認めるし秋元康の商売のうまさも相変わらず。たいしたものだ。だが、それに詳しいことが自慢で、自分は時代に敏感だ、まだ老けてないと主張する小林はみっともない(笑)。さらには前頭葉がウンヌンと自分を正当化し始まるともうお笑いである。これはたんに小林が音楽を知らないだけだ。他人事ながら恥ずかしくなる。

私は「ゴーマニズム宣言」を『SPA!』時代から読んでいる。今も『SAPIO』や『WILL』の連載を読んでいるし、かつては単行本も全巻購入していた。「台湾論」「戦争論」等の何冊か以外は捨ててしまったけれど、かなり熱心な読者だと自負している。だからこそ自信を持って言えるが、このひとは音楽を知らない。音楽センスのカケラもない。いや「知る」「知らない」で言うと語弊があるので別の言いかたをする。「もっている」で語ることにする。

ふつうに生きていればどうしても時代とともに「自分の音楽」をもってしまう」。小林はもっていない。おそらく音痴なのであろう。あの鼻に掛かったかん高い声で音感がいいとは思えない。いや音痴だって、それはそれで「自分なりの音楽」をもっているからなあ。音痴だから音楽を知らないとはリクツとして万全ではないが。
とにかくこのひとの作品や発言には、年齢相応の積み重ねた音楽を感じさせるものが微塵もない。もっていないのだから当然だ。音楽とは完全に無縁な類い希なひとなのだろう。

だから若者音楽に擦りよる。これは一種の「体制に媚びる」に通じる。そのことでもって、理解できる自分の感覚を確乎たるものにしようとする。これはもう過去の「ゴーマニズム」でもうんざりするほどやってきた。
「ゴーマニズム」ファンだと若いミュージシャンが名乗り出る。愛読者だ、勉強になった、目覚めた、と知る。
するとすぐに彼の「おぼっちゃまくん」を読んで育ったというそのミュージシャンの作品を取りあげ、「ゴーマニズム」内で歌詞や曲を誉めたりする(笑)。内なる音楽智識がないから、その歌詞や曲が過去の名曲のパクリだったりしても気づかない。



小林はそれを「若者の感性を理解できる自分の若さ」と自画自賛するのだが、単にそれは音楽の基礎教養がないことに拠る尻の軽さでしかない。
人間世界は常に世代抗争である。音楽も同じ。社会を支配している中高年の音楽を否定して若者が反発の音楽を作る。その若者が中高年になると同じく否定の若者が出て来る。その繰り返しだ。それはスカートの長さと同じような時代的な流行でしかない。ひとはそれを繰り返してきた。

社会を知らないこどもに、おとなは厳しい態度で接し、礼節を教えねばならないように、おとなは若者の理想論的主張と対立するのが正しい構図だ。
一例として、「この世から核兵器をなくそう」と主張するのが年相応の若者の理想論であり、それを「ないほうがいいけれど、力の対立においては必要なのだ」と否定するのがおとなの現実論になる。対立して当然だ。それが若者とおとなの正しい構図なのである。やがてその若者も社会の構成を知れば核兵器肯定論者にもなろう。いわゆる「二十歳前に共産主義にかぶれなかったらバカ。二十歳過ぎてまだかぶれていたらもっとバカ」の世界になる。

57歳の小林は、AKBを否定し、自分達の世代にはもっと凄いものがあった、AKBファンの若者よ、これを聴いてみろ、これがおれたちの世代の底力だ、と主張するのがホント。もちろんそれが客観的に観てAKBより優れていても劣っていてもどうでもいい。そういうこだわりがあって世代抗争は正しく動いてきた。小林のその他の論法はそれに則っている。なのに音楽だけこんなざまだ。自分の音楽をもっていないからである。



若者に理解を示し、自分を若者側に置こうとするのは小林の「支持者獲得」の方法でもある。
そりゃもうあれだけ次から次へと年輩の論客と「親しくなる。ケンカして絶交する。悪口を書きまくる」を繰り返してくれば、年上には仲間になるひとはいない。残っていない。かといって支持者なしには闘えない。となると若い連中に信者を作るしかない。

それにしてもこのひと、今までいったいどれほどの数の、「親しくなる。持ちあげる。絶交する。悪口を書く」を繰り返してきたろう。『SPA!』時代から読んできて、そのことに疲れてしまった。
いま小林と親しい論客には誰がいるのか。女系天皇容認の学者ぐらいしか思いつかない。しかしこれだって小林のその考えが変ったらすぐに絶交だ。今まで温和に描かれていた顔も醜く描かれて悪し様に罵られる。「ゴーマニズム宣言」とは一言で言えば、ただそのことの繰り返しだけだった。

ひととひとのつきあいには合わない部分もあろう。その部分は呑みこんでの人生だ。誰だって同じである。小林は自分と意見の異なり始めた相手は徹底的に否定する。よってかつては連帯した論客もみな否定し絶縁となる。結果、自分に盲従するスタッフを率いて流浪する。なんだか雪の山野を彷徨する絶滅間際の連合赤軍を思い出す。小林を好きでいるためには、ひたすら彼を崇拝し彼の意見を全面的に受けいれるしかない。反対意見や疑問は許されない。
新興宗教には仏教やキリスト教も認めてしまうゆるいのもあるが、よしりん教はイスラム的絶対世界だ。



「王様は裸だ」と言い続けるのがわしだからだ》と大見得を切っているが、いちばん恥ずかしい裸の王様は、57歳でありながら年輪を重ねた自分の音楽をもたず、AKBがわかることで自分は敏感だ、おっさん化していないとはしゃぐ小林なのである。これほど恥ずかしい絵柄もそうはない。

小林は「早く年寄りになりたかった」としばしば口にする。自称が「わし」なのも、そこから来ている。年寄りへの憧れだ。
僧侶だった祖父を語る。この祖父が関わっている戦争映画「南の島に雪が降る」を、私は小学校の上映会で観た。幼心に感動した映画のひとつだ。小林の自慢する祖父、そしてまた共産党員だった父、この辺はみな筋が通っている。

それと同じように「筋の通った小林よしのりの音楽」をもっていたらどんなによかったろう。
たとえば祖父が浪曲好きで、小林も影響を受けて浪曲が好きだとする。音楽イコール浪曲で浪曲以外認めない。その代わり浪曲の蘊蓄は半端ではない。いいことだ。筋が通っている。
あるいは共産党員だった父親は湿度の高い日本の演歌を否定し、ロシアに憧れチャイコフスキーとロシア民謡ばかり聴いていた、その影響で小林も本格的思考に耽るときは必ずチャイコフスキーを聴く、ふとくちずさむ歌は今もロシア民謡が多い、なんてのでもいい。

だが音楽と無縁だったこのひとには何もなかった。語るべき音楽が何もないままここまで来てしまった。無惨である。それでこの齢になってAKB讃歌である。武道館の総選挙にまで出かけたとか。



「自分の音楽」とは謂わば「鎧のようなもの」である。鎧にするために音楽を好むひとはいない。空気のようなそれは年月とともに鞏固となり、いつしか他者と闘うときの「鎧のようなもの」になっているのだ。
それをもたない小林は「音楽世界」では裸のまま生きてきてしまった。闘うとき、「年齢相応の音楽という鎧」をもっていないことに気づく。

するとどうなるか。急いで即製の鎧を作らねばならない。いま若者のあいだで流行っているいちばん丈夫な鎧は「AKB鎧」というらしい。それを武道館のAKB商店に出むいて購入しようとする。

若者に媚びる路線。恥ずかしい。小林の論調として最も恥ずべきものではないか。
だが語るべき自分の音楽をもっていないこのひとは、その恥ずかしさにすら気づかない。AKBを否定し(肯定し)、自分の知っている古き(あたらしき)音楽を肯定する(否定する)のが、それぞれの世代の音楽なのだが、小林はそれをもっていない。語るべきそれをもっていないから、AKBを礼讃してその「権威」に縋ろうとしている。それが「寄らばアメリカの核の影」と同じで、小林の最も嫌う路線になっているのにすら気づかない。

スタッフと信者という自分を讃える者ばかりを順えて生きてきた小林王国には、「よしりん王様は裸です」と言うこどもがいない。いま小林に必要なのは、他人を裸だと叫ぶことではなく、自分に裸だと言ってくれる友人であろう。それにしても上掲の文章は恥ずかしい。バカの居直り、音痴の絶叫である。


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ところで、もしもこの文章を読むひとの中に彼の熱烈な信奉者がいるとしたら(いないと思うが)、私をアンチ小林と思うのだろうか。そうではない。前記したように私は「ゴーマニズム宣言」を全巻読んでいる。アンチではそれはできない。彼は無智から始まって勉強を続けてここまできた。私も同レベルの無智だった。彼と一緒に成長してきた。彼の努力を最も正当に評価しているひとりのつもりだ。
だからこそ言えるのである。AKBを評価して若ぶるのはみっともないと。つまり私は「よしりん王様は裸だ」と叫んでいるこどもになる(笑)。

音楽と言えばワンパターンの古い演歌しか歌えないひともいる。だけどAKBを引き合いに出してこんなことを言っている小林よりは、よほどかっこいい。

『週刊新潮』に連載エッセイを書いている漫画家の柳沢きみおが、ビールや音楽に関する自分流のこだわりを書いている。彼は以前も日本で一番売れている銘柄のスーパードライをうまくないビールだと断言し、エビスやモルツをもちあげた。いいことだ。年相応にロックやジャズの好きな彼は、「J-Popはぜったいに聴かない」と書く。柳沢はAKBは聴かないだろうし、武道館の総選挙にも行かなかったろう(笑)。
私は柳沢ファンでもなければアンチ小林でもないが、年相応の男として、柳沢のほうがずっとまともだと思う。

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【附記】──設定を逆にして考えると? 8/15追記

この問題は設定を逆にして考えるとわかりやすい。
つまり「小林が自分の音楽を持っていて、敵対する連中がAKB48好きだったら?」というifだ。

小林が歳相応の自分の音楽をもっているとする。フォークでもロックでもジャズでもクラシックでもなんでもいい。とにかく小林が「語るだけの音楽」をもっているとする。

一方、彼の論敵がそれをもっていないとする。
たとえばいま「男系天皇論」を唱えて小林と対決している八木秀次だ。対決というか、一方的に小林に攻撃され、反撃しているにすぎないが。かつては八木の自宅に小林が行ったりしたほど親しかったらしい。古い「ワシずむ」を読んだらふたりが出席している仲のよい座談会があった。離合集散は世の定めとはいえ、なんともむなしい。



もしもそうだったらどうなるか。なにしろ自分と意見のちがう相手は、戯画を利用して、あらゆる方法で貶める小林である。西部邁から八木にいたるまで、今までどれほど多くの論客が笑いものにされたことだろう。

八木の場合も、その姓から「ヤギ=山羊」にされ、メーメー鳴いて走りまわる姿にされている。なんとも幼稚な戯画化だが、それが気に入らないものに対する小林の本質でもある。

小林が薀蓄を傾けるほど自分の音楽を持っていて、論敵の八木にはそれがなくAKB48を好きだったとする。
するともう自分は歳相応の音楽をもっている。それが男の人生だというところから始まり、いい齢をこいてAKB48なんてものが好きな八木がいかに男として低俗かと、AKB48の設立の経緯から音楽性まで語り、当然ながら八木はAKBのメンバーのような扮装をさせられ、一緒に踊らされて、笑いものにされるだろう。眼に見えるようだ(笑)。



ところが実際は小林は自分の音楽がないものだから、AKB48を礼賛し、それを理解できる自分は若い、その凄さがわからない連中は脳が老いている、とやっているわけだ。まことこの歪みは度し難い。いや滑稽だから哂えばいいだけだが。

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念の為に書いておくが、私は彼の「戦争論」「台湾論」は傑作だと思うし、新旧の「天皇論」も価値あるものと思っている。彼の著書で教えてもらったことも多いし、彼を否定したり嫌っているわけではない。ただこの「AKB48讚歌──この凄さがわからないひとは脳が老いている」は、音楽を知らない人の程度の低い暴論だと言いたいだけである。
  1. 2011/06/20(月) 17:55:44|
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ドラムソロ嫌い&ラップ嫌い──年輪となってゆく音楽

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私はジャズのドラムソロが嫌いだ。
なぜかはわからない。
思い起こせばこどものころに見た石原裕次郎、フランキー堺、ハナ肇らのドラムソロも、ちっともかっこいいと思わなかった。彼らが汗びっしょりになって叩きまくる。これみよがしにやる。ソロのあとは大きな拍手が沸く。どんなもんだという晴々しい顔。こどもはああいうものに憧れて興味をもってゆく。当時日本中にはきっとバケツや樽を並べて棒切れで叩いて裕次郎気分になった田舎の少年がたくさんいたことだろう。そしてそれを原点としてドラムを志したひともいたにちがいない。
なのに私は基本中の基本である「かっこいいなあ」をそれに感じなかった。ベンチャーズはかっこいいと思ったし、「While My Guitar Gently Weeps」なんて、ほんとにギターが泣いていると背筋をゾクゾクさせて感動した。
当時から今までいろんな楽器に手を出したがドラムにはまったく興味がない。



それでも十代から二十代のRock好きの時代にはGinger Bakerとか、ドラムにもそれなりに注目した。
三十代になりJazzがわかるようになると、Modern Jazzではドラムソロは必須パターンだったからいやでも聞かねばならなかった。
しかしRockにしろJazzにしろおとなしくそれらを聞いたのは、初心者の謙虚な学習姿勢としてであり、自分なりにそれがわかってきて我が出るとまたちがってくる。私はやはりドラムは嫌いだった。



私はいま圧縮音楽ファイルでHDDに入れてある5万曲を適当に流して聴いているが、これでもかというぐらいのドラムソロが流れてくるとそのファイルを削除してしまう。ドラムソロ好きのひととは対立してしまうが、好きなひとにとっては快感でもこちらにとっては不快なのだからしょうがない。好き嫌いとはそんなものだ。

というのにはすこし嘘があるか。Modern Jazzのライブではそれぞれのソロパートを入れるからドラムソロを嫌ったらほとんどの曲が聞けなくなる。ドラマーであるArt Blakeyのライブなど全否定になってしまう。
せっかくこつこつ集めた50年も前の音楽をそうして消してしまうのには抵抗がある。まあこれから好きになることもまずないだろうから消してしまっても問題はないのだが、そこは未練というやつだ。音楽的なことを発言する場合の資料でもある。もったいない。

で、どうするかというと、聴かなくなった。聴いたら不快になる。削除するか。それにはまだすこし未練がある。なら聴かない、という結論。よってここのところほとんどModern Jazzを聴いていない。いきおいFusionやSmooth Jazzになる。こちらにはこれでもかというようなドラムソロはまず絶対にない。Sophisticateされた音楽は一面腑抜けのようであり物足りなく感じることもあるのだが、ドラムソロよりはいい。



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いま自分の感覚を確かめるためにCannonball Adderleyの「In The Land of Hifi」を聴いている。1956年の作品。やはりドラムをうるさいと感じる。自己主張が過ぎる。しかしこれは私の意見が無茶か。メンバーがそれぞれの自己主張をする音楽なのだから当然だ。

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そのあと同じくAdderleyの歴史的名作「Somethin' Else」を聴くとうっとりする。感動する。こちらは1959年の作品。これは実質的リーダーのMilesが緊張を保って統制しているからだ。ドラムはMilesのLyricismを支える裏方に撤している。それがいい。
でも最後の6曲目にうるさいドラムソロがある。おそらくその他の曲でじっとブラシで支え裏方に撤してきたArt Blakeyに1曲だけあばれさせてやったのだろう。これはもうずっと前に削った。よって私の「Somethin' Else」は5曲のアルバム。



たとえるなら、私の嫌いなジャズは、「朝まで生テレビ」とか「たかじんのそこまで言って委員会」のような番組で、複数の人間が同時にしゃべり、うるさくてたまらないシーンのようなものだ。あれはあれでジャズ的なセッションとも言える。他人がしゃべっているのに横から口を挟み横取りして自分の番にしてしまうのもいれば、妨害にも負けずひたすらしゃべり続けて相手を退けるのもいる。

ジャズのそれぞれのソロは他人のじゃまをすることなくきちんと順番を待ってするから、あんなニワトリのケンカみたいなのと比べたら失礼だが、それでも演奏中に「負けるもんか」「おれはここにいるぞ」と、気の強い目立ちたがり屋はいて、やたら相手のおいしい部分をもってゆこうとする。
私はそういうジャズが嫌いだ。うるさいドラムというのは、強引に他人を仕切って不快にさせる「朝生」の田原みたいなものであり、あるいは品性の下劣さが正面に出ている勝谷誠彦の叫きのようなものなのである。



もうひとつ生理的に受けつけず聴かないのにラップがある。
聴かないからそれでいいのだが、今や一大ジャンルだからいろいろとコラボしてくる。
たとえばCandy Dulferを聴いていると、2000年以降のアルバムだと、やたらラップと絡んでいる。この種の音楽は惜しいとは思わないので出て来るたびにズバズバ削除して行く。すると10曲入りのアルバムで残ったのは2.3曲なんてことになったりする。この辺は割り切るしかない。というかそんなにまでして聴かなきゃいいのだが。CandyのAlbumはぜんぶもっているが1枚の収録曲がやたらすくない(笑)。



George BensonのAlbumも同じ。私は彼のギターが聴きたいのにやたら歌うものだから、歌を削除してしまう。するとこれまた10曲入りのアルバムが3曲ぐらいになったりする。

削除の方法は2種類あり、iTunesからのDeleteはiTunesからのみの削除。HDDに音楽ファイルは残る。FittleでのDeleteはHDDからも削除する。これを使い分けている。Candyのラップは完全削除。Bensonは表面的削除だ。



若いときの広く浅い趣味は、齢を重ねる毎に狭く深くなってゆく。
いまだにRockオンリーという友人もいる。それはそれでいい。
私はClassicとJazzだけになってしまった。Rockはまず聴かない。
それはそれで私の年輪だ。
そうしてやっと本物にたどりつける。

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ここで「小林よしのりが年齢相応の音楽をもっていなくて気の毒だ」というのを書き始めたのだが、これはこれで長くなりそうなので別項にしよう。
  1. 2011/06/20(月) 17:03:32|
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庄司理紗の魅力とリベルタンゴ

【芸スポ萬金譚】にフィギュアスケートの庄司理紗さんのこととアストル・ピアソラの名曲「リベルタンゴ」について書きました。興味ある方は読んでください。

http://blog.livedoor.jp/moneslife3/
  1. 2011/03/08(火) 01:21:50|
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Jessica Jay{Broken Hearted Woman}--中島みゆき「ルージュ」-王菲「容易受傷的女人 」-吹きぬける感傷



 1990年代にタイを旅した人なら、Jessica Jayの「Broken Hearted Woman」は忘れられない曲だろう。前代未聞というか、すさまじいヒットだった。大都市から片田舎まで、どこに行っても、どんなところでも流れていた。タイ語のVersionも続々と発売された。

 私はこのころ、一ヵ月契約で借りたレンタカーで、北部のチェンコン、チェンカム方面を走っていた。タイの田舎のドライヴ旅行は楽しい。どこに行ってもこの曲ばかりなので、躰に染み着いたような気がしたものだった。聴く音楽はカーステレオから流す持参したカセットテープだった。厳選して選んだものだ。現地でもだいぶ買い足していた。でも食堂や旅社のテレビ等、どこからでもこの曲が流れて来るものだから、いつしか覚えてしまい、知らず知らずのうちに口ずさんでいる自分に気づいて苦笑したりした。

 いま、なぜか当時のことを思い出し、「Thai Music」と分類されているフォルダを開いて聞いている。タイの音楽を聴くこともほとんどなくなった。ひさしぶりにPCから流していると、一気にあのころにタイムスリップする。なつかしい。音楽の力は偉大だ。



 シンガポールのジェシカ・ジェイが歌い、ダンスナンバーとして東南アジアを席巻した。各国で自国語のカバーが発売された。





 本歌は中島みゆきの「ルージュ」。ちあきなおみ用に提供したものだ。本人はアルバム「おかえりなさい」で歌っている。そういう漠然とした知識も「おかえりなさい」も持っているが、さすがにもう年代はいいかげん。いま調べたら、ちあきに提供したのが1977年、中島のアルバムは1979年とか。





 ちあきの歌はヒットしなかった。この歌を有名にしたのは中国語でカバーしたフェイ・ウォン(王菲)がヒットさせたからだった。タイトルは「容易受傷的女人」。

 中島の唄い方は、いつも通り地味で暗い。まあこのころは女の怨念のような歌を得意にしていた時代だ。ユーミンが明で中島は暗だった。

 フェイ・ウォンは女の情感をしっとりゆっくり歌いあげている。アジアでヒットしたのがよく分かる。
 聞くところによると、意外にちあきは軽く歌っているのだとか。未聴。



 すべての賞讃はこの曲を作った中島に捧げられるべきだが、この一見地味でおとなしい曲の起伏に富んだメロディに着目し、ダンスナンバーに仕上げたジェシカ・ジェイのスタッフも讃えられるだろう。



 ところで、ジェシカ・ジェイって何ものなのだろう。まったく知らない。血統的にどうなのか。父母は何人なのか。国籍はどこなのか。オリジナルの髪は何色なのか。

{Youtube}に動画はいくつかあるのに、その種の情報はない。彼女の作品で感じるのは、スタッフのアレンジのうまさ、商売上手という点であり、歌手としての彼女に魅力を感じないのでどうでもいいが。



 アルバム{Broken Hearted Woman}には、その他、郷ひろみの「哀愁のカサブランカ」、喜納昌吉の「花」もダンスナンバーにアレンジされて収められている。



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 四月のような風が吹いたので、ふとかつて旅した地域に思いを馳せた。またドライヴしたい。そう、「行ってみたい」ではない。また「ドライヴしたい」のだ。常夏のタイの田舎を、窓を全開にして走るのは楽しい。あの熱い風こそがタイだ。

 チェンカムの村外れ、粗末な服を着た少女が、ちいさなラジカセから流れる{Broken Hearted Woman}に合わせて踊っていた。
  1. 2010/02/26(金) 07:37:28|
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神戸のロックカフェ.7──最強牝馬Zenyyatta、テリー・リードを聴く

 いまアメリカでは牡馬勝りの最強牝馬2頭が話題になっている。そのうちの1頭ゼニヤッタ(Zenyyatta)は、14戦全勝内G1-8勝現在G1-4連勝中。昨秋はブリーダーズカップ設立26年目で初のクラシックの牝馬優勝を成し遂げた。獲得賞金は4億。日本のウオッカは13億。いかに日本の賞金が高いことか。ブリーダーズカップも26回か。鳴り物入りで始まった第1回がつい昨日のような気がする。

 ゼニヤッタと聞けば誰もが反射的に思い出すのはPoliceのアルバム「ゼニヤッタモンダッタ」。1980年。来日会見で、記者がスティングに「どんな意味ですか?」と聞いたら、「キミらの方が知ってるだろ」と応えて爆笑になった。そのままの日本語だ。

 この馬名はそれからとっている。それだけなら命名した馬主や関係者がPoliceファン、音楽ファンだという話でしかないが、なんとオーナーであり名付け親はPoliceのプロデューサーだったジェリー・モス。A&Mの創設者なのだ。本物である。

 Policeをプロデュースして成功したことも、友人とふたりの頭文字を社名にして始めたレコード会社が世界的なものに成長したこともうらやましいとは思わないが、この歴史的最強牝馬Zenyyattaのオーナーであることには羨望の眼差し。うらやましくて涎が垂れる。「一国の首相になるよりダービー馬のオーナーになる方が難しいとチャーチルが言った」というのはガセだが、それぐらい最強馬のオーナーになるのは確率が低い。馬主を50年、親子二代で70年やってもダービー馬のオーナーになれないのに、昨年のロジユニヴァースのオーナーのように、馬主を始めて初年度に持った馬がダービーを勝つ人もいる。

 最強馬によくあるパターンでZenyyattaも安馬。ゼニに明かして買った高額馬が活躍したのではない。運のある人はなにをやっても運があるのだなと溜め息が出る。

 というわけで神戸のSさんの影響で続いているささやかなマイブームはまだ継続中。私はもう何年も「歌」を聞いていなかったから私にとってはかなりの珍現象になる。現在のBGMはもちろんPolice。「ゼニヤッタモンダッタ」。私もずいぶんと馬券にゼニヤッタモンダッタ。



 毎週金曜日に友人のYさんと馴染みの店で飲み、共通の趣味である競馬の予想もするのであろうSさんは、そのあとふたりで「ロックカフェ」に寄る習慣が出来たようだ。もうすっかり常連。ロック通。

 先々週は、私がこの「神戸のロックカフェ」で取りあげたアルバムからリクエストしようと思い、ディランの「Desire」をお願いしたとか。とてもよかったとメールをくれた。
 以下は昨日くれたメール。先週の話。





 四字熟語やってみました。『暴走師匠』と出ました(笑)。一字離すと『帰宅宣言』でした。面白いですね。

 先週の金曜日は、ロックカフェでテリー・リードという人のレコードを聴きました。Y が「おすすめありますか」と聞いて、どんなのが好きか訊ねられ、「ジョンメレンキャンプやブルーススプリングスティーンが好きなんです」と答えると出してくれたものです。カッコよかったです。




 「四字熟語」とは下記にある「四字熟語メーカー」のこと。

 う~む、テリー・リードか。渋い。早速聞いている。ひさしぶりだなあ。
 このひとの「ベストアルバム」ってなにになるのだろう。よくわからない。
 検索したらこんなサイトがあった。詳しい。すばらしい。世の中にはすごいひとがいっぱいいる。

気になるRINGO

 その中の一節。
《1980年代にはセッションミュージシャンとしてドン・ヘンリー、ジャクソン・ブラウン、およびボニー・レイット等と仕事をしています。 》
 みんな大好きなミュージシャンだけど、たとえばボニーのアルバムに参加したりしているのだろうか。ライブのときセッションしているだけでそれは関係ないのか? ボニーのアルバムはぜんぶ聞いているけど、ボニーしか興味がないので参加ミュージシャンを知らない。ドン・ヘンリーはソロアルバムを持っていない。イーグルスとしてしか知らないことになる。その理由は彼の政治活動。まこと思想とはやっかいなものだ。でもSさんから刺激を受けてひさしぶりにテリー・リードを聞いたのだから、ここはドン・ヘンリーのソロアルバムも聞いて、テリー・リードが関わっているのか確認してみよう。もっともヘンリーはドラマーである以上にヴォーカリストだ。同じヴォーカリストのテリーを必要としないように思うがどうか。それともハモっているのか。
 いま聞いているのは{Seed of Memory}という1973年のアルバム。ホーンがいい。テリー・リードはいま60歳か、するとこのときは27歳。さすがに若い。私もこのころはこんな髪形だった(笑)。
 Sさんが次ぎに刺激を与えてくれるミュージシャン名は誰だろう。それまで私のマイブーム勃起は持続するのか。
  1. 2010/02/23(火) 14:24:20|
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神戸のロックカフェ.6──餘裕の経営


 Sさんの話に刺激を受けてしばらく遠ざかっていたロックを聴くマイブームはまだ継続中。現在BGMはニール・ヤングの「ハーベスト」。学生時代の思い出の一枚。全曲名曲。掛け値なしの歴史的名盤である。「ハート・オブ・ゴールド」はディランとはちがうマウスハープの形を作った。ギター自慢がよく「ダメージダン」を弾いていたものだ。

 神戸で整骨院を経営するSさんは、前から気になっていた「ロックカフェ」に入ってみた。そこで気さくなマスターと知りあう。(「神戸のロックカフェ」1~5)
 近所にそんないい店があるなんてうらやましいです。とSさんにメールを書いた。Sさんはそれまでの状況を詳しく教えてくれた。
 Sさんからのメール

 ロックカフェは最寄りの駅前通りの2階にあって、小奇麗だけれど賑わっている気配はなく、下を通るたびに気になっていました。僕は毎週金曜日にその駅の近くの安い店で友人と飲むのですが、いつも行く焼き鳥屋が満席で、それではということで、思い切ってこの店に飛び込みました。下にチャージ料なしと書いていたので、一、二杯飲むだけなら二人で3,000円あれば足りるだろうと。

 暗い中大きな音でハードロックが流れている店を想像していたのですが、中は静かな喫茶店のような感じでした。そこに六十代くらいの白髪で革ジャンを着たおじさんと、若い美人の女の人がいました。他に誰もいなかったので最初は落ち着きませんでしたが、二人とも接客がすごく丁寧で、楽しく過ごせました。

 ブログに書いたLP2枚(註・ジョニー・クーガー。ミッシェル・ポルナレフ)を聴いて、ビリージョエルのレーザーディスクを見ました。
 最初に僕がコロナビール、友人がギネスビール。つまみがフィッシュ&チップス、おつまみ3種。次に僕がコロナをもう一本、友人がジントニック。すると店の女性が「カクテル勉強中なので100円でいいです。感想を聞かせてください」と言ってきました(もちろんちゃんとしたものが出てきました)。ならばもう一杯と、僕がジンリッキーで友人がサイドカー。

 これでいくらだったと思いますか?二人で1,500円でした。ビールも含めてドリンクを100円で計算してくれたみたいです。「えっ、いいんですか?」と言うと、「勉強中ですから」と女性。マスターにも「おいしかったんで普通にとってください」と言うと、「いえいえ。また勉強させてください」。途中で来てすぐ帰った中年カップルは、カクテルを一杯ずつ飲み、200円でした。
 帰りは女性が下まで見送ってくれました。そのとき聞くと、勉強中というものの、もう開店して2年経つということでした。(註・後日、最近喫茶店からバーにリニューアルしたと判明。)

 この話をうちの利用者(註・Sさんの整骨院の患者さん)の人にすると、そこはもともと何十年もやっていたレコード屋だったと教えてくれました。当時その人が「ふきのとう」というフォークソングのアルバムを探していると、マスターが、だったらこれも好きじゃないかなと、別の歌手のアルバムをくれたりしていたそうです。長年の商売の成果なのか、それほど目先の採算にこだわらなくていいようです。

 また近々行ってみたいと思います。帰りにマスターが「今日は他に人がいて言えませんでしたけど、ポルナレフのすごい話がありますから」と言ってましたし。まあたぶん聞いてもどこがすごいが僕は全然ピンとこないでしょうけど(笑)。


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 なるほど、趣味的な餘裕の経営なのですね。しかしマイナーなフォークの「ふきのとう」まで知っているとは幅が広い。元レコード屋で納得です。さすがですね。これがロックバカの経営するカフェだったら排他的になるので、こんないい味は出ないように思います。ジャズやクラシックの話も出来そうです。私はますます行きたくなりました。神戸宝塚方面に行くとしたら、桜花賞、宝塚記念、JCD……、そのうち行けそうです。
  1. 2010/02/23(火) 12:26:54|
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Hindi Zahraを聴く──なんでもあるYoutube!

 早朝、窓を開けるとうっすらと雪景色。駐車場のクルマの屋根が白い。寒い朝。吉永小百合。これが十八番の知りあいがいるのでつい連想(笑)。



 Hindi Zahraを聴いていた。ガットギター一本での弾き語りがいい。彼女もそこそこ弾けるようだが、たぶん別のギタリスト(男)が弾いているだろう。むずかしいことはやっていないが、かなりのものだ。こういう一見(一聴?)簡単に聞こえるジャジーなギターは自分で弾くとむずかしさがわかる。たとえるなら、100メートルを10秒台で走れるひとが、ゆっくり15秒で流している感じ。本気になるとすごいのが見える。

 ふと、「もしかして」と思い{Youtube}を検索した。あった。おどろいた。{Youtube}ってなんでもあるんだな。私は彼女の動画を見るのは初めてだった。ギターはやはり男が弾いていた。

 逆に考えるのか、「日本ではまだ無名でも{Youtube}なら外国からのアップで、ある!」と。これをアップしたひとも感想を書きこんでいるひともまちがいなく外国人だ。しかも英語圏じゃない。





 Beautiful Tango--Hindi Zahra

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 気怠い雰囲気は大好きなMadeleine Peyrouxと同じ系列。



 コリーヌ・ベイリー・レイとマデリン・ペルー
  1. 2010/02/14(日) 20:42:37|
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神戸のロックカフェ.5──ポルナレフのこと

Sさんのブログで《ロック》を読んだあと、すぐにメールを書いた。あれこれ寄り道をしてしまい、もう「5」だけど、読んですぐに書いたので話の筋としてはこれが「2」になる。


 ブログ読みました。相変わらずうまいですね。ロックをしらないことを逆手にとったオチが抜群です。ジミー・ペイジはレッド・ツェッペリンのギタリスト。ツェッペリンはあの飛行船のツェッペリン。レッドはleadで鉛。「鉛製の飛行船」。「すぐに落ちるでえ」「落ちる以前に飛ぶかいな」というしゃれですね。これを音楽の事などなにも知らないのに、知ったかぶりで「赤い飛行船」と書いて赤っ恥をかいたのがターザンで(と以下しばらくターザン山本批判が続く。つまらないひとのことを書いたつまらない文なので略)。

 しかしそのロックカフェ、ポルナレフがあるとはまた幅が広いですね。彼は当時の分類だと「フレンチ・ポップス」という括りになり、ロックとはまたちがうように思います。「 ノンノン人形」は記憶にありません。どんな曲だっけ。当然ジミー・ペイジが参加しているのも知りませんでした。マスターは物知りですね。私にとってポルナレフは「シェリーに口づけ」からです。調べたら、これが大ヒットしたのが1971年。「ノンノン人形」ってのはデビュウ曲で1966年なのですね。この曲以前にまだジミー・ペイジも知らない時です。

 ポルナレフは奇抜なかっこうで売り出しました。日本では息の長い活躍をしたわけではないし、私の中ではキワモノ的なイメージが強いです。十年ほど前フランスに行ったとき、フランス人の友人に「あのひとは今」的な訊きかたをしたら、今でも人気があり、彼も大ファンだと目を輝かせたので戸惑ったことがありました。まあかっこうはともかく音楽はきわめてまともでしたけど。

 次回行ったときは、マスターに「ポルナレフはフランスでは今でもスター」とお伝えください。ごく近所にこんないい店があるSさんを羨ましく思います。



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 メールを書いたあと、ポルナレフマニアのサイトを発見。熱心なひとはいるものだ。感動した!


http://michelpolnareff.seesaa.net/



 深夜に書いたこのメールに、翌朝Sさんが返事をくれた。それはほのぼのとする「ちょっといい話」だった。それを読んで、私はもうれつにこのロックカフェにゆきたくなったのだった。
  1. 2010/02/12(金) 03:55:48|
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神戸のロックカフェ.4──清志郎の息子──ミホノブルボンのダービー

 Sさんのロックカフェの話を読んでいたら、渋谷道玄坂のロック喫茶「ブラックホーク」を思い出し、宮益坂のフォーク喫茶「青い森」を思い出し、さらには下北沢で出会った清志郎のことを思い出した。

 下北で飲んで街を歩いていたら、一緒にいたマンガ家が誰かに声を掛けて話しはじめた。知りあいのようだった。午後十時ぐらい。酔顔で近づくとこどもを抱いた清志郎だったのでおどろいた。清志郎におどろいたのではない。こどもを抱いていたことにだ。彼ほど赤ん坊を抱くことが似合わないひともいない(とそのときは思っていた)。奥さんが寄りそい、画に描いたようなしあわせな三人家族だった。そういえば初めてのこどもが出来たとかいう記事を読んだような気がした。酔っていた私は、「いやあキヨシローさんがこどもを抱いてる姿は想像できなかったなあ、ワッハッハ」とか失礼なことをやった気がする。恥ずかしい。

 時は競馬ブーム。清志郎も競馬をやっているとかで、こちらが専門家?と知ると、あれこれ質問された。これもまた意外だった。15分ほどの立ち話。



 そんなことを思い出した昨日、タイミング良くこんなことが記事になっていた。

昨年5月に亡くなったロック歌手の忌野清志郎さん(享年58)の愛息である大学生の栗原竜平さん(21)が、清志郎さんの新アルバム「Baby ♯1(ベイビー・ナンバーワン)」(3月5日発売)にコーラスで初参加したことが、分かった。竜平さんは小さいころから清志郎さんに連れられてステージに上がったり、「子どもの声」でレコーディングに参加したことはあったが、本格的な参加は今回が初めて。

http://www.ntv.co.jp/zoomin/enta_news/news_1610379.html?list=1&count=2



 息子の年から逆算すると、私の出会ったのは18年前だろうか。1992年、平成4年。ミホノブルボンの年だ。ダービーから夢の新馬券・馬連が発売になった年である。50万負けた。勝ったミホノブルボンから行ってるんだから馬連を1万円ずつ総流ししておけば、17万が295万になっていたのに。なにやってんだか。一緒にいたかなざわいっせいは、ミホノブルボンと、世話になっている川上悦夫牧場の生産馬マヤノペトリュースとの馬連10万円一点勝負で同じく負けていたが、充分10万円分の価値のある、ひとに自慢できるハズレ馬券だった。私もミホノ・マヤノは10万円持っていたからゴール前は力が入った。4馬身千切ったミホノブルボンが勝ち、先行したライスシャワーが粘るところにマヤノペトリュースが追いこんできた。流れとしては差し馬有利なのだが、どうにも2着にライスシャワーが残ったような気がして、それでも淡い期待を抱いて、かなざわといっしょに掲示板を見詰めたものだった。
 マヤノペトリュースはハナ差の3着。1番人気のミホノブルボンが勝ったが、18頭立て16番人気のライスシャワーが2着となり、馬連馬券が新発売になった記念ダービーは295倍の大荒れとなった。

 私はバラバラバラバラろくでもない馬連をあちこち買いまくり、なぜか締切直前に「新馬券発売の年はゾロ目が出る」という当時親しくしていた馬券作家・片岡勁太さんの理論を思いだし、最後の小銭で枠連7-7を2千円買い足した。7枠はミホノブルボンの枠だが同枠に4番人気のゴールデンゼウスがいて、これとの馬連はもうたっぷりもっていたのだから、どうせならもう1頭の16番人気ライスシャワーとの馬連を買えばよかったのだ。そうすれば2千円が58万になってわずかだがプラスにしてくれたのに……。

 7-7の枠連が13倍。当たった。50万2千円馬券を買って2万6千円の払い戻し。むろんそれを最終に突っこんでオケラ。馬券歴36年、さんざんみっともない馬券をやって来ているが、このダービーはワーストスリーに入る。恥ずかしくて書きたくない。書いてしまった。



 キヨシローに会ったのはそのころだ。春の東京開催のあとの飲み会だった。下北に行ったのは「競馬盤」という予想ソフトを作っている上野さんの会社がそこにあったからだろう。と、書いているうちにあれこれ思い出してくる。いや、もしかして会ったのは19年前か。となるとトウカイテイオーのダービーの年だ。でもそれを書いても、多少金額と買い目が違うだけで、同じようなハズレ馬券の内容になる。どっちでもいいか。ただ、「キヨシローに会った年」は、トウカイテイオーではなくミホノブルボンのような気がする。

「清志郎 息子」で検索し、以下のニッカンスポーツのインタビュウ記事を見つけた。

 38歳で初めて父親になる戸惑い。生まれてからの愛情。すばらしい記事である。


http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/interview/2005/sun050515.html


 私はこのインタビュウにある、清志郎の反体制でいようとする姿勢を支持する。藝人は基本としてそうあるべきと思っている。清志郎も心底からのサヨクではなく、「そうあらねば」と意図しているのが伝わってくる。ぜひとも彼の「民主党という体制に対する反体制ソング」を聞きたかった。

 渡辺えり子に代表されるように演劇人にも反体制は多い。あの種の劇団の伝統?であるし、それはそれでよい。だが彼らはみな反体制というより、単なる「反自民党」でしかない。民主党の体制になったら鉾先がにぶっている。それはおかしい。自分達と考えの違う政府に自民党も民主党も関係ない。サヨクが小沢一郎を必死にかばっているのを見ると笑ってしまう。

 清志郎の「反民主党ソング」を聞いてみたかった。彼は体制になった民主党にどんな態度を取ったろう。典型的アメリカのロックミュージシャンのように民主党を熱烈に支持したのか。確認は叶わない。
 Sさんの記事にあるミッシェル・ポルナレフの話をする予定が清志郎に寄り道したが、これもこれでロックだ。

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【追記】──生きていてくれたら<きっこさん>のことを質問できたのに

 私はこのとき名刺を渡し、後に彼はなんどか電話をくれている。競馬の話だった。
 そのとき彼は私に電話番号を教えてくれたわけではないが、そうして何度かかかってきて話しているから、機械が覚えている。

 ネット世界に<きっこ>と名乗る気味の悪いのがいる。清志郎のマンションに泊めてもらったことがあり、「あたしは、やられてもいいと思ったけど、キヨシローはなにもしなかった」なんて書いている。生きていてくれたら電話してまことかウソか訊けたのに、残念だ。もちろんウソに決まっている(笑)。だって<きっこ>って女は存在しないんだから。オカマの妄想である。

kanren6

<きっこ>のキヨシローへの妄想文章

■2004/05/24 (月) 老体ロックンロール 3
あたしは、清志郎さんが大好きで、高校生の時に、大晦日の浅草ロックフェスで会って、打ち上げに連れてってもらって、それから親切にしてもらって、あたしのバンドのライブにも2回も来てくれて、近田春夫さんも来てくれて、渋谷陽一さんも来てくれたんだけど、やっぱり清志郎さんが一番ステキだった。
当時、246沿いにあった清志郎さんのマンションにも遊びに行った‥‥ってゆ~か、酔っぱらって夜中に行ったら、泊めてくれた。あたしはヤラレてもいいと思ってたのに、清志郎さんは、あたしに何にもしなかった。嬉しいのと悲しいのとが入り混じり、あたしの乙女心は複雑だった(笑)
  1. 2010/02/11(木) 09:10:25|
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神戸のロックカフェ.3──リクエスト考

 私にとってのロック喫茶は、渋谷道玄坂の「ブラックホーク」になる。csnyの時代ぐらい? 

 反対の宮益坂にはフォーク喫茶「青い森」があって、泉谷しげる、RCサクセッション、古井戸等が出ていた。陽水も出ていたらしいが私は見ていない。十数年前、初めて清志郎と話したとき、「青い森で見ていましたよ」と言ったら、「それは古いですね」と微笑んでくれた。あのとき赤ちゃんを抱いていた。あのこはいまいくつになったろう。

 クラシック喫茶は「ライオン」。リクエストはあのころからBachやMozartだった。三つ子の魂。いまも好みは変わっていない。

 Jazzはまだぜんぜんわからなかった。周囲にColtraneを絶賛する連中はいたけれど。いや正直に言えば、そいつらがうさんくさいから私のJazz好きは遅れたのだ。Jazzってのは、今はどうか知らないけど、あのころ、中身のない奴の鎧みたいなアイテムだった。

 あらためて自分の青春の街は渋谷なのだと気づく。ヘビースモーカーだった(恥)。



 リクエストってなんだろう。いま、好きなものはみな持っていていつでも聞ける状態にある。家で聴けるものを神戸のロックカフェでリクエストするのはナンセンスか。渇望している幻の珍品を願うべきなのか。なんかあったかなと考える。思い浮かばない。きっとあるんだろうけど……。でも無理矢理思い出してリクエストってのもヘンだ。



 真っ先に思い浮かんだのはSRVの「Little WIng」だった。写真の「The Sky is Crying」に収録されたバージョン。アンプの焦げる匂いまで伝わってくるこの渾身の演奏は大音量で聴かねばならない。音域をカットしたMDや圧縮したmp3ではダメだ。iPodではダメだ。数えきれないほど聴いているが、いま大音量再生装置のない私はそれをしていない。まああったとしても環境的に無理だ。ヘッドフォンになる。よって文句なしの第一候補。



 リクエストの変化には携帯音楽プレーヤーの発達も影響しているように思う。

 私は「究極のウォークマン」についてずっと考えてきた。



 究極のウォークマン



 20年前から10年前ぐらいまでのことを8年前にまとめた文章だけど、もう完全に浦島太郎。いやはやすごいことになっている。8年前に本気で考え、したり顔で書いたことが失笑噴飯物になっている。iPodの変えた音楽環境は大きい。

 北海道取材に毎回愛用の黒革バッグを担いで行った。中身のほとんどはあちらで聞くためのカセットテープ。その20年前がつい昨日のようなのだが、今はiPodひとつでバッグどころかコンテナ一杯の音楽を携帯できる。



「大量の音楽を手軽に携帯できるようになったこと」は、ロックカフェでのリクエストの形まで変えたように思う。

 上記「究極のウォークマン」にくどいほど書いたことだけれど、携帯できる音楽量の変化は私には大事件だった。文字通り「歩きながら音楽が聞ける」ウォークマンの登場は画期的だったが、すぐに慣れた。「それは当たり前の時代」になった。CDウォークマン、MDウォークマンになっても実態はたいして変わっていない。やはりmp3の登場が大きい。これによって「携帯できる音楽量」が桁違いになった。しかも桁はひとつではなくみっつぐらいちがった。



 初期のiPod。容量20GB。4000曲収録可能。こんなちっこいものに4000曲。カセットテープやCDなら400枚。それがこの中に入る。しかも分類され簡単に呼びだせる。ついにここまで来たかと身震いするほどの感動だった。



 神戸のSさんのところに遊びに行くとする。そのロックカフェへ行くことを楽しみにして。

 新幹線で向かう私はラップトップとiPodを所持している。ふたつで10000曲ほど。以前なら旅先に持って行けるのはウォークマンと数本のカセットテープ(CDでもMDでもいいけど)程度だった。せいぜい300曲。この差はとんでもない。

 携帯している10000曲の中に私の聞きたい音楽は全ジャンル詰まっている。デスクトップの32000曲の中から自分の好きなものを10000曲移してもってきた。その中には私のお気に入りが、音楽だけではなく落語や昔懐かしい演歌まで入っている。至れり尽くせりだ。



 ロックカフェでリクエストし、スピーカーから大音量で聞くことと、車窓から景色を眺めつつiPodから音楽を聴くことは異なる。まったくちがう。だがそれは「なにをリクエストするか!?」に影響を及ぼす。

 前記、学生時代の「ブラックホーク」なら、持っていない名盤の曲や、欲しいけどまだ買えない出たばかりの話題の新曲をリクエストした。いまは名盤も話題の新曲ももっている。手元のiPodに入っている。なら何をリクエストする!?

「さっきまで新幹線の中で聞いていた曲をあらためてリクエストする」なんてこともありうる。それはむかしはなかった「形」である。



 てなことを書きつつ、ひさしぶりにダイアーストレイツを聞いている。作品から歌いかたまでいまさらながらDylanの影響を感じる。「悲しきサルタン」がヒットして、憧れのディランから声を掛けてもらえるようになる。ディランにとってもマーク・ノップラーの存在は得難いものだった。

 するとディランの「Slow Train Coming」が聞きたくなった。指弾きノップラーのストラト。

 Dylanはすべて聴いているが、この「DESIRE」あたりの音楽がいちばん好きだ。



 いまネット検索したら、「Slow Train Coming」は宗教への偏向が露骨で批判を浴びたのだとか。そうだっけ? ディランはこの時期に改宗している。「このアルバムは旧来のファン離れを招いたものの、売れに売れてグラミー賞も獲得した」とはWikipediaの文言。「ボブ・ディラン訳詩集」を買ったりしてディランの歌詞に傾倒していたのはこれよりも早い時期。このあたりになるとそのへんもいいかげん。このアルバムはLPで持っていたが処分してしまった。もったいないことをした。いまあるのはCDから入れたHDDのmp3のみ。いわれてみればたしかに宗教臭い気もする。でも所詮キリスト教内の話。いわば内輪もめ。イスラム教になったり仏教になったりしたわけじゃない。
 音楽の完成度は高い。だから売れた。けっきょく日本人が洋楽を判断するときはそっちが主になる。「王様」がやってくれたが、「かっこいいハードロックの歌詞」のなんとアホらしかったことか。その点ディランはいつだって水準が高い。歌詞の細かい部分までは覚えていないが、2枚とも大好きな「音」であるのはまちがいない。



 ここ数日、Sさんのブログから刺激を受けて連日ロック三昧である。
 でもすぐに終るだろう。ロックを聴き続けるには体力気力が必要だ。「あさだちやしょうべんまでのいのちかな」で、軟弱な私はもうすぐしぼむ。せめてたっているあいだにあれこれ書いておこう。
  1. 2010/02/10(水) 22:23:52|
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神戸のロックカフェ.2──抑制の魅力

Sさんの整骨院があるのは芦屋にちかい神戸。友人とふたり、ロックカフェに行った話を読み、身近にこんな店があるのはいいなあと、しばし神戸方面に想いを寄せた。耳を澄ますと、聞こえてきたのはレッドツェッペリン……ジミー奏でる「天国への階段」のイントロ。ではなく宝塚記念のファンフォーレと手拍子。まああっち方面で知っているのは阪神競馬場だけだからしょうがない。ムハハハ。とSさんふうのオチ。



 Sさんはとても文章がうまい。しかも必ずストンとオチをつける。サービス精神なのか関西人の性なのか。それが毎回きれいに決まっているので読むたびに感心する。今回もロックに詳しくないのを逆手にとったリストロックは見事。思わずギブアップ。「やってるやってるぅ」「がんばれよ」「おまえもな」。

 ロックにまったく詳しくないのに、「ロックに詳しいわけではまったくないのですが」という「おまえ、平田だろ!」的な言い回しがSさんらしいストロングスタイル。ここで外野から「Sさんなら何でも許されるのか!」と前田的に詰め寄られると私もベロを出して玉虫色失神。

 しかしこれは両刃の剣。演劇や映画、挌闘技に詳しいSさんが趣向に走り過ぎると巧さと智識がかえって嫌味になる。ところがこれは院長としてのブログなので趣味人としてのSさんを前面には出せない。読者には通院してくる年輩の患者さんも多い。それを意識しての節制が渋い味わいになっている。まるで頭突きを封印した大木金太郎のようだ。必殺の頭突きを封印して、そのかわり得意の、その代わり、なにもないな。じゃあバックドロップを使わないルー・テーズのようだ。これなら文句あるまい。フライング・ボディシザース・ドロップでスリーカウント。バックドロップが出なくて物足りないけど強さと巧さのアピールは抜群。出さなくてあれだけ強いんだから、とテーズファンには幻想が脹らみ、地元挑戦者のファンは、敗れはしたがノックアウトはされていない、それにあのスリーカウントはちょっと速かったのではないか、よおしこの次こそ、と希望を持つ。それが次の通院に繋がる商売繁盛スープレックス。テーズではたとえが古い? Sさんに気に入ってもらうなら「キックを封印した初代タイガー」。とジェシー・おベンチュラ。



 もしもSさんとその店に行ったら私はなにをリクエストするのだろう。



 とりあえずジミヘンのロイヤルアルバートホールでのライヴを聞きつつ、ロックカフェにいる気分を味わう。いまJazzとClassicしか聞いてない。Rockを聞いたなんて何日ぶりだろう。刺激をくれたSさんに感謝。
  1. 2010/02/10(水) 20:39:45|
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神戸のロックカフェ.1──Sさんのブログから

 神戸で整骨院をやっている友人のSさんのブログから。

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《ロック》

 昨夜は初めて近所のロックカフェに行ってきました。ロックに詳しいわけではまったくないのですが、なんとなく気になっていた店です。

 棚にズラリと並べられたLPレコードが、いい雰囲気を演出していました。

 他にお客さんもいなかったので、マスターが「好きなのかけますよ」と声をかけてくれました。一緒に行った友人が「僕はジョン・クーガー・メレンキャンプが好きなんですけどありますか?」と訊ねると、「その前のジョニー・クーガー時代の『俺がクーガーだ』ならありますよ」と出してくれました。ジャイアンばりのナイスな邦題をつけられたそのアルバムを、友人は感激して聞いていました。

 せっかくなので私もなにかかけてもらおうと、分からないなりに棚を探ると、ミッシェル・ポルナレフのアルバムを発見。大好きな『愛の願い』を大音量で聴くことができました。曲が『ノンノン人形』に変わると、マスターが「このギターは実はジミー・ペイジが弾いていてね」と教えてくれました。とはいっても音楽知識のない私は、ジミーといえば“スーパーフライ”ジミー・スヌーカと“平成の山下清”ジミー大西しか知りません。しかしまあ物事には流れというものがあるので、「おおっ、あのジミーですか。意外ですねぇ」と、どの「あの」かどこが「意外」か自分でも分からないままに相槌をうってしまいました。ムハ。ムハハハ。

 ロック通を連れて、また行きたいと思います。
  1. 2010/02/10(水) 18:03:11|
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音楽ファイル──ミュージシャン名のまちがい

 iTunesの整理。本来ならRockやJazzになるべきジャンル分けがみなCountryになってしまい、ため息つきつつ整理中。



 と、iTunesのことを書くつもりが、そこから下記の政治の話になってしまい、そちらを優先したのだった。



 音楽ファイルのミュージシャン名にスペル間違いが多い。これはなぜなのだろう。iTunesに表示されるミュージシャン名がかぶっている。

 いまGonzalo Rubalcabaを聴いている。キューバの天才ジャズピアニスト。キューバは奥深い。その上にGonzalo Rubalacbaというのがいる。これはどう考えてもミスだろう。だってこれじゃ発音がむずかしすぎる(笑)。cba。

 Mils Davilsがあった。失礼な。嘘のようなほんとの話。こういう間違いはコンピアルバムに多い。

 それでもこれは明らかな間違いだからまだいい。Barney KesselとBarney Kessellがいて、誤っている後者を正した。それでもまだBarney Kesselがふたり表示されている。Propertyを開き、じっくり考えた。もうこうなると謎解きである。
 その結果わかったのは、片方は「Barney Kessel」もう片方は「Barney Kessel 」だったのである。って書いてもわからないよね。後者は名のあとに不要な半角スペースが入っていたのだ。これだけでPCは別名と判断してしまう。コンピュータの律義な面、融通の利かない面の典型である。



 これらの異なった綴りは、片方に30曲、もう片方に3曲だったりするので、多い方が正しいのだろうと推測できる。だいたいがそうだ。

 いま目の前に「Kenny G」と「KennyG」が別人として表記されている。曲数は同じぐらい。これも半角スペースの問題。ひとつにまとめたいのだが、さてどっちが正しいのだろう。常識的にはスペースありの方だろうけど、文章を書くときはスペースなしのKennyGの方が楽。まあKennyGなんて聞かないからどうでもいいけどさ。



 Sonny Clarkにもうひとり、Sonny Clakeがいるのを発見。確認に走る。写真は1958年に発表された彼の大ヒットアルバム。あまりに有名なこのジャケット。当時、いかに斬新でセクシーだったことか。

 初歩的な綴り間違いなのだが、それをしているのが大好きなコンピアルバム「Modern Jazz 名曲!名演!」なので、もしかしたらClakeが正しいのかと一瞬思ってしまった。CDというより講談社発売の「CD附き本」である。初心者の入門用アイテムだ。
 三十路になったとき、それまでわからなかったJazzが突如心にしみこんできた。あの感動はいまも忘れない。正当に理解しようと、この種の入門CDを買っては一所懸命勉強した。一人前になるとこういう入門CDは気恥ずかしくなり遠ざけてしまうものだが、いまもこれは気に入っている。いい選曲だと思う。

 しばらく、文章書きの合間に、この「iTunesミュージシャン名直し」が気分転換に役立ちそうだ。あのストレス発散のプチプチ潰しみたいな効果である。
  1. 2010/02/08(月) 18:52:11|
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グラミー賞──マイケル{This is It}

 そうだ、書きたかったのは歯ぐきのことではない。テイラー・スウィフトと「マイケルのこども」についてだった。52回グラミー賞で、マイケル・ジャクソンは特別功労賞を受けた。そして受賞の場に息子と娘が現れた。まるっきり白人の容姿である彼らを観ておどろいた。その感想。その前に遺作ビデオについて。





 マイケルの遺作ビデオ「This is It」が話題になっている。昨年11月のロードショー公開時からもう絶賛の嵐だったが、1月27日のDVD発売でまた盛りかえしている。どれぐらい話題になっているかというと、音楽のことなどなにも知らないターザン山本さん(いやご本人はかなり音楽に関して自信があるらしいが)ですら何度も日記で取り上げ絶賛しているほどだ(笑)。



 私はこれを日本公開前に入手し、かなり早くに見ていた。昨年11月にM先輩と会ったとき、見てきたばかりの先輩がこの作品のすばらしさを語っていた。それを拝聴しつつ、すでに見ているヤツだなと確認した憶えがあるから、やはりそれよりも前に見ている。

 すでに見ているのに黙っていたのは、マスコミ用試写会でいち早く観てきた先輩よりも引き篭もりの私がさらに早く見ていることの説明が億劫だったからだ。それと、熱心に対峙して観劇してきた先輩と違い、あまりマイケルに興味のない私は漫然とBGVとして流していただけだった。語る資格がなかった。



 すばらしいエンターテイメント作品だ。なのに今まで一切触れなかったのは、ホームページを始めて十年、「音楽」としてまとめた項目にかなりの量の音楽に関する種々雑多な話を書いておきながら、マイケルのマの字も書かなかったのに、死んだからといっていきなり取りあげ、礼讃するのはみっともないと判断したからだった。それじゃ山本さんと同じになってしまう。

 もちろん私は彼の音楽をジャクソンファイブ時代から知っている。彼の主だったアルバムはぜんぶ聴いている。今も持っている。だからこの遺作を友人から勧められて観て、いきなり熱くマイケルを語りだした山本さんよりはましだと思うけれど。

 でもけっしてマイケルの音楽を愛聴はしていない。好きなミュージシャンを選んでいったら50位までにも入らない。たとえばあの世界的ヒットアルバム「スリラー」も、マイケルへの興味より、好きなギタリストであるスティーブ・ルカサーやTOTOの連中を確認したくて聴いたようなものだ。



 こういう場合、自分の感覚を確かめるには「生きている」と思えば判る。

 マイケルはまだ生きていて、来日してこのビデオと同じコンサートを東京ドームでやる。それに行くかどうかだ。私はノラ・ジョーンズやダイアナ・クラルのコンサートは行きたいが、マイケルの東京ドーム公演には行かないだろう。DVDで充分だ。

 マイケルがまだ生きていて、このリハーサル風景を収めたビデオがアメリカで発売になった。私はそれをいち早く入手した。一般の日本の音楽ファンはまだ見ていない。私は知ったかぶりでレビュウを書くか? 書かない。

 そういう私のようなのがこれに関して書いてはいけない。それじゃ「死人商売」になる。感想は、マイケルが大好きで、その死に涙した、全財産をはたいても公演を見たいというマイケルファンが書くべきなのだ。「とか言いつつ書いたじゃないか?」いや書いてない。これは書かないという姿勢の説明だ。
  1. 2010/02/04(木) 02:33:46|
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グラミー賞最優秀アルバムにテイラー・スウィフト「Fearless」──Lady Gaga、臥牙丸、小柳ルミ子、石野真子、由紀さおり、上原、マイケルのこども

 52回目のグラミー賞。年間最優秀アルバムはテイラー・スウィフトの『フィアレス』。これは伏兵になるのか。



 世界最大の音楽の祭典「第52回グラミー賞」の授賞式が1月31日(日本時間1日)、米ロサンゼルスのステープルズ・センターで行われ、最優秀アルバム賞に米女性カントリー歌手、テイラー・スウィフト(20)の「フィアレス」が選ばれた。

 カナダ人女性歌手、アラニス・モリセット(35)が1995年に記録した20歳7カ月を抜き、史上最年少の20歳1カ月で受賞。「年をとっても、私の孫に何度も何度も今日のことを話すでしょう」と興奮気味にあいさつした。

 米カリスマ歌手、ビヨンセ(28)らと争った末に“新歌姫”を襲名。女性カントリー・ボーカル・パフォーマンス賞、最優秀カントリー・ソング賞、最優秀カントリー・アルバム賞を合わせて4冠を獲得した。

 出演映画「バレンタインデー」(12日公開)のPRを兼ね、14日に初来日することも決まった。
msnサンケイ





 Lady Gagaのファンは「なんで実力派のガガではなく、あんなかわいいだけの歌の下手なヤツが」と怒っているようだ。私はダンス音楽はあまり好きではない。ガガと聞くとLady Gagaより臥牙丸を思い出すほうなのでそれはなかった。



 念のため、臥牙丸とは大相撲の力士。「ががまる」と読む。愛称ガガ。グルジア出身。黒海、栃ノ心に次ぐグルジア第三の男だ。初場所では十両優勝した。







 テイラーはかわいい。かわいいことはいいことだ。二年前、エイミー・ワインハウスが受賞したとき、あの手の音楽がいちばん好きだから心から拍手を送った。「リハブ」なんて毎日聞いていた。そのとき書いたことだけど、リハビリテーションの略が日本だとリハビリ、欧米だとリハブ、この差はおもしろかった。東京のマック、大阪のマクドみたいなものか。

 エイミーは楽曲も歌唱も最高だったが、何個所もの刺青と、いかにもジャンキーのようなやつれた顔と貧弱な体つきは好きになれなかった。若い頃はそういう不健康さすらも魅力に映る。年を取るとすなおにきれいなものがよくなる。

 その点テイラーはいまがかわいい盛り。白人は老けるのが早い。彼女もあと数年したら笑うと額にシワになるのだろう。すでにその徴候がある。なんで白人てあんなに早く額にしわがよるのだろう。私はカントリー系音楽が好きだからテイラーの受賞を祝福している。テイラーが音楽を始めたのはリアン・ライムスの影響、こどものころ聞いていたのがドリー・パートン。う~む、満点である。

 いまデビューアルバム収録の「Teardrops On My Guitar」を聞いているが、バックに控え目にアルペジオのバンジョーが流れていて、ペダルスチールの使いかたなんて初期のイーグルスみたいだ。リンダ・ロンシュタットを思い出す。アメリカのカントリーは日本の演歌になる。こういうソフィストケイトされたカントリーはアメリカ白人音楽の王道であり、今回のテイラーのアルバム賞受賞は先進的なダンス音楽よりも本家が優先されたということなのだろう。最多部門受賞はビヨンセだから、全体としては「新」アメリカの勝ちだが、最後の1部門は「旧」アメリカにしたのだ。それがバランス感覚。

 テイラーはこどものころ、カントリー音楽が好きなことを友人にからかわれたそうだ。周囲はダンス音楽やラップ音楽ばかりだったのだろう。
 音楽や映画の受賞作品と世相を結びつけて語るような視点は嫌いなのだが、世情不安の不況の時代には王道回帰になるのはまちがいない。



 テイラーの美人度を前面に出したプロモーションビデオを見ていると、あらためて「歯並び」のことを考える。テイラーはもちろん真っ白なきれいな歯をしている。

 小柳ルミ子がアメリカ進出をしようとしたとき、受け入れ先から八重歯の飛びでた歯並びの矯正を指摘された。彼女はそれで売り物だった?八重歯を抜いた。アメリカ的な感覚を是とするつもりもないのだが、「相手に不快感を与えないように歯列矯正」という考えはすなおに理解できる。その基本には「ハゲは遺伝だからしかたない。でもデブは自身の問題」がある。目が小さい、鼻が低い、口が大きい、それらは「個性」だ。でも歯並びが汚いことは個性にはならない。

 八重歯なんて醜いものが魅力と解釈されるのも島国のほぼ単一民族の感覚だろう。あんなものどう考えても鬼である。私がこどものころからそういう「八重歯の魅力」を売り物にする芸能人はいたが、こども心にもすこしもいいとは思わなかった。いま廃れたのはまことにうれしい。いまでこそすべて差し歯できれいな歯並びだが、石野真子(長渕の最初の嫁)なんてひどい乱杭歯だった。あんなものをアイドルとしてデビュウさせる事務所がまず理解できない。あのひどい乱杭歯を今のようなきれいな歯並びにするのは、もうとんでもない大工事だったろう。ほとんどの歯を抜いたのか。想像しただけで眩暈がする。それもこれもこどものとき親がほっておいたからである。こどものときに治してやればよかったのだ。親の責任である。

 このごろ日本でも歯列矯正のチェーンを捲いている少年少女を見かけることが増えた。いいことだ。成人でも見かける。まだ間に合う。やるべきだ。きれいな歯並びは世界中どこでもプラスに作用する。



 しかし歯はまだいい。治せるから。気の毒なのは歯ぐきだ。あれは治せない。すばらしい美男美女なのに笑った瞬間、ニュッと歯ぐきが出てすべてぶち壊しになるひとを見ると、しみじみ「惜しい!」と思う。

 これで思い出すのは由紀さおりか。彼女は素直に笑うと下品な歯ぐき全開になる。それが原因で映像向きではないと判断した事務所の方針で音声方面の仕事をしていた。今で言うジングルだった「スキャット」が話題になり、歌詞をつけて「夜明けのスキャット」に化けて大ヒットした。その後もぜったいにそれを出さないよう常に唇を歯に被せて歌い、話すときも歯ぐきが出ないように気を遣っているのを見ると、たいへんだなと同情する。ひとりになったときは思いっ切り歯ぐきを食いだしているのだろう。くつろいで欲しいと心から願う。あの安田姉妹は、妹がチマチョゴリの似合う卵形の典型的朝鮮美人なのに、姉さんの方はエラの張った典型的朝鮮ブスだ。全姉妹なのにうまくゆかんものである。

 歯ぐきと言えば元巨人の上原なんてのも「惜しい!」と思う。テイラー・スウィフトのグラミー賞受賞の話から上原の歯ぐきになってしまった。テイラーのPVでも見て気分を直そう。そうだ、書きたかったのはマイケルと、こどものことだった。
  1. 2010/02/02(火) 18:35:08|
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5月8日はテレサの命日──VDownloaderで動画をDownload

【芸スポ萬金譚】



5月8日はテレサの命日


http://blog.livedoor.jp/moneslife3/archives/50966394.html

  1. 2008/05/05(月) 22:43:19|
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突如「We Can Work It Out」を聞きたくなった──Life is very short

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 ドラッグストアであれこれ買い物をしての帰り道、なぜか無性にビートルズのアレが聞きたくなった。「Life is very short」ッてえ、アレである。


 三十年近く前、初めて留守番電話用応答機器を買ったとき、うれしくて毎週留守電のBGMを換えていた。初期の留守番電話応答機器はカセットテープを2本使い、ヴィデオデッキぐらいの大きさがあった。それを電話機に接続して使う。
 
 ラジカセで音楽を流しつつ、留守電のメッセージを録音する。
 そのときの一曲にこの「Life is very short」があった。最初にいきなり「Life is very short」のメロディを流し、しばらくしてから応答する。
 ある日、見知らぬ女からのメッセージが入っていた。それは、間違い電話を掛けてしまいました、ごめんなさい、でもとてもいい音楽ですね、誰が歌っているのでしょう? というものだった。声のきれいなひとだった。きっと美人だろう。


 これはいかにもポールらしいメロディの、ポールの才能がきらきらしている名曲である。あの「レノン&マッカートニー」ってやりかたはよくない。ポールが怒るのもわかる。



 聞きたい聞きたいと早足で帰る。帰宅してiTunesを起動する。すぐに聞けると思った。
 ところが、ない。ビートルズのアルバムは全部もっているし以前はCDからmp3に変換して全曲挿れていた。しかし聞き飽きているので聴くことなどめったにない。それどころかパーティシャッフルで「イエスタデー」や「イマジン」が流れてくるとうんざりして止めるほどだ。

 どうやらハードディスクがクラッシュしてあらたに構成したとき、DVDにまとめておいたビートルズのmp3は挿れなかったらしい。なんとなく思い出す。それはそれで正解だ。挿れたとしても聞きたいと思ったことがなかった。今日までは。

 段ボール箱に入れたままのCDをかき回してこの曲を探し出すのは面倒だ。だいたいが何というアルバムに入っていたのか覚えていない。いやそれより正規のタイトルが浮かんでこない。Life is very shortはサビの部分の歌詞だ。(「さび」は「わさび」から来ている日本語だからカタカナにしちゃいかんのだけど。)



「Beatles──Life is very short」でネット検索し、曲名が「We Can Work It Out」であることを思い出す。便利だなあ。むかしだったら音楽好きの友人に電話をして、このサビの部分を歌って曲名を教えてもらうところだ。

 すでにその時点で{Youtube}に映像つきであることがわかった。


 というわけで今、モノクロの映像を見つつ聞いている。ありがたい時代だ。インターネットがなかったら、いまごろ押入れの段ボール箱と挌闘していた。
 突如こんなことがあるからビートルズも挿れておこう。


http://jp.youtube.com/watch?v=mSu6SMBBBpk&feature=related


 スティービー・ワンダーやチャカ・カーンのものまで揃っているようだ。素人の凝ったカヴァーも多数あった。すごすぎるよ、ようつべさん。


 

  1. 2008/03/28(金) 18:43:50|
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Crossroads Guitar Festival 2007──満足度100%

mu-crossroad
 ネットにもう秀逸な解説・感想があふれているので、いまさら私が口を出すことはない。すばらしい音楽DVDである。いわゆる「ぜったいに損はしない一品」なのでお勧めする。


 解説サイトは多々あるが、本家のここがいちばんだ。英語だけれど懇切丁寧。


http://crossroadsguitarfestival2007.com/


 
 別項に書いたが、すべてがすばらしいけれど、中でも私はアルバート・リーのカントリーギターに感激した。とにかく多士済々である。
 


 デレス・トラックスの指弾きギターは初めて見た。しぶい。クラプトン世代、先輩世代、後輩世代が出ているわけだが、これは後輩世代。こういうひとからエルモア・ジェイムスの名が出てくると新鮮だ。
 


 やつれたドリー・ファンク・ジュニアがいるなと思ったらジョニー・ウインターだった(笑)。いすにすわっての演奏。だいぶ体力が落ちているようだ。そういやSRVはジョニーに認められて世に出たのだった。
 


 ジェフ・ベックは、指弾きストラトでヴァイオリン奏法。噂の天才少女ベーシストがいる。彼女を見られたのは収穫だった。


 名前を書いているだけでページが埋まってしまう。

 とりはバディ・ガイがつとめる。
 セッションの「スウィート・ホーム・シカゴ」
 会場はシカゴの「トヨタ・パーク」
 キイボードではヤマハががんばっている。
 でもギターはストラトとテレキャス。


 ホームページであらためて書く。
 この種のものじゃ、あの「ラスト・ワルツ」以来の満足度になる。

  1. 2008/03/25(火) 14:35:25|
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ソフトバンクCMのジミヘン──Voodoo Chile

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 ブラッド・ピットが出ているソフトバンクのCMに、ジミヘンの「Voodoo Chile」が流れる。イントロのみ。とても40年前の演奏とは思えない新鮮さ。


 あれはどのテイクなのだろう。ジミヘンの音楽は海賊版もぜんぶ持っていて、HDDに入っているから聞き比べればわかるだろうが、ありすぎてこんがらがっている。とっさに判別できないのが悔しい。さすがにCMはえらいと思うのは、いちばんいいテイクを使っている。
 ジミヘンの音楽は毎日聴くものではない。ライヴの出来不出来の差も激しい。「Voodoo Chile」もあのイントロはかっこいいがそれほど好きな曲でもない。それでもあのCMが流れてくるたびにピクンと反応してしまう。


 iTunesを起動して調べたら、ジミヘン以外にSRVとClaptonがあった。いまClaptonとSteve Winwoodの「Voodoo Chile」を聴いている。先月MSGでやったライヴ盤だ。
 このふたりの競演では「Little Wing」もやっている。それがClapton風のソフィストケートされたもので、なんともいい。これは真っ先に聴いたが「Voodoo Chile」はたいして好きな曲でもないから聴いていなかった。
 ああ、この「Voodoo Chile」もそうだ。17分もの長尺だが、見事にクラプトンの音楽になっている。


 円熟期のクラプトンが今やるコンサートで、ジミヘンの曲を2曲も取り上げていることが、その価値を物語っている。(もっとも、意地の悪い解釈をするなら、円熟期、老境に入ったからこそ、あの青春時代の思い出の曲を、と採ることも出来るだろう。)

  1. 2008/03/13(木) 19:29:34|
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「悲しき願い」──どこのCM?──Santa Esmeraldaと知る

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 なにかのCM、クルマか? で、「悲しき願い」を使っている。イントロが流れてきただけでわかる。でもオリジナルじゃない。あれはなんだろう。

 まずはなにのCMかから確認しないと。しかしなつかしい。でもイントロを聴くだけでもいい曲だ。[Youtube]にあるかな?
 


------------------------------
 


【附記】


 ホンダの新車のCMと知る。
 


【附記・2】
 新車はSPADA。またこの「悲しき願い」はSanta Esmeraldaのヴァージョンのようだ。1978年のヒット。

  1. 2008/02/16(土) 22:05:48|
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The 50th Annual Grammy Awards を見る!

ハービー・ハンコック最優秀アルバム賞受賞を知ってファイルを探し始め、三日かかってDownload完了。
フルスクリーンの美麗な映像で見る。700MBのaviファイルだが画質極めて良好。
これは重要なことだ。[Youtube]やニコニコ動画はちいさくて汚くて見る気になれない。


プレゼンターが豪華絢爛。いきなり最初からキャロル・キング登場。
きら星のごとく現在のスター、かつてのスターが登場したが、今回の存在感最高はエイミーか。
と書ききれないのでホームページにまわす。満足度100%。

  1. 2008/02/15(金) 10:54:11|
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グラミー賞最優秀アルバム賞にハービー・ハンコック

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リヴァー~ジョニ・ミッチェルへのオマージュ  ハービー・ハンコックの「River:The Joni Letters」が、グラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞した。うれしい。ジョニ・ミッチェルに捧げたアルバムである。
ノラ・ジョーンズ、コリーヌ・ベイリー・レイも参加している。私の場合それが目的で聴いたのだが(笑)。ノラとコリーヌ、あとマデリン・ペルーがいたら今の私のお気に入り三大女性シンガーが勢揃いした。

ティナ・ターナーとルシアーナ・ソウザも参加。ティナは大御所。ルシアーナはボサノヴァ・シンガー。(すでに来日したことがあると知っておどろいた。引きこもっているので何も知らない。いまの日本、何でも聴ける、誰でも会えるんだな。)
レナード・コーエンも渋い語りを披露。渋い。渋すぎる一枚。

昨年初めて聴いたときからすばらしい傑作と思っていた。なんとも粋な選出だ。アメリカの良心を感じる。(誰もが想定外の老雄の受賞らしい。アサカディフィートか。)


ハービーのアルバム写真をクリックすると彼のサイトに飛び、試聴できます。
ぜひジョニの青春の名曲をトリビュートした名アルバムの音に触れてください。


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エイミー・ワインハウスの5部門受賞も当然。入れ墨と薬物が好きなあぶないネーチャンだけど、この人のヴォーカルは独自のものだ。アメリカへの入国を拒否されイギリスから衛星中継で歌ったそうだ、ドラッグのリハビリ病院から抜け出してきて(笑)。
その映像は入手できないものか。「グラミー賞授賞式」で検索するとヒットするだろうか。やってみよう。あちらでテレビ放送があったなら、アップされているはずだ。アメリカのテレビショーファイルでずいぶんと貴重な音楽を聴かせてもらった。これもブロードバンド時代の恩恵だ。


エイミーの音楽評に「ロックファンにもわかりやすいかも」というのがあった。同感である。ブラスの使いかた等R&Bだが直線的な音楽を好む人でも許容できるのではないか。(本当は直線的な音楽しか理解できない人、と書きたいのだがここは妥協。)
これを聴いていると、Blues>Rockという自分を確認する。
白人のやるR&Bとしては最高品質だ。イギリスの底力。
衛星中継の授賞式では「この賞をロンドンに捧げます」と言ったとか。
ほんとうにいいアルバムである。


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エイミーとともに今回多部門受賞で話題になったのはラップの人。わたしラップはわからないのでパス。


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先日ベルリン映画祭にストーンズが登場して話題になっていた。あれの映像を見ることが出来た。なかなか質のよい映像で、ミックとキースのしわの深さまで克明に見られた(笑)。外人は老けるのが早い。日本人で言ったら八十歳の容姿だ。しわしわのおじいさんである。でも「不良中年」だって(笑)。正しくは、中年は三十代、四十は初老だったのに、ずいぶんと伸びたものだ。
演奏はなく、周囲に愛想を振りまくだけのものだったので、もう消してしまったけれど。


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そんなわけで今日は朝からハービー・ハンコックとエイミー・ワインハウス三昧。エイミーは{Youtube}でヴィデオクリップが見られると知る。早速いま、「Rehab」を見ている。この人、ディランやバーブラに似た典型的なユダヤ顔だね。ピュアなユダヤ人なんだから当然だけど。


「Rehab」ってリハビリのことなんだって。リハビリテーションをリハビリと四文字に約す日本と、リハブと約すあちらの感覚の差がおもしろい。日本でもそのうちリハビリをリハブって言うようになるのかも。
なんでも動詞にする感覚ではすでに「リハビってる」と使われているのか? とすると「リハぶる」は一般的にならないか。
「リハ」とする人もいるようだが、これは私なんかにはリハーサルの方が強い。


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合間にチェックしたワイドショーはまたも一家惨殺のような悲惨な話だった。見ない。
韓国の南大門延焼は残念。貴重な建築物だった。南大門市場は楽しい。ナンデモンシジョンだっけ? 発音は。行きたいなあ、冬の韓国。ソウルよりプサンのほうが海鮮物が豊富でいい。プサンのオンドル部屋で一週間ぐらいのんびりしたい。
(つい先ほどのニュースで放火と知る。気違いによる文化財の消失だ。まことに気違いほどこわいものはない。私もネットで気違いに絡まれさんざんいやな思いをしたので気違いの怖さは知っている。コメント欄を開けてくれというメールは多々いただくが、どうにもそのことがトラウマになっていて思い切れない。)


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【附記】 意外に簡単に


「Grammy Awards TVshow」で検索したら、すぐにアメリカで放映されたテレビ番組のビデオが見つかった。現在Download中。海外からのこれは毎回時間がかかる。Downloadが完了し、見られるのは二日ぐらいあとか。楽しみである。(pm.5.00)

  1. 2008/02/12(火) 08:54:04|
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ラビィ・シャンカールを聞く

 ラビィ・シャンカールを聞く



 世界の音楽を聴くための調べものをしていた。トルコ音楽を聴きたいのだが素材がない。ネットで調べると出入りの図書館にあるようなので(こういう方面に関して図書館は強い)出かけてみた。

 ふと「インド音楽」に目をとめ、大御所のラビィ・シャンカールの1枚を手にする。その時点では借りる気はなかった。いま私が必要としている音楽は、気持ちよく仕事をさせてくれるBGMである。その点シタール音楽は瞑想世界に入ってしまうから好ましくない。あと、打楽器中心のアフリカ音楽は仕事にならないので敬遠である(笑)。

 なのにその1枚を手にしばし感慨に浸ったのは、そういうこともやがてあるであろうと思っていたことが現実に起きていたからだった。べつに不思議でも何でもない。ごくふつうのことだ。CDジャケットにこう書いてあったのだ。
《実娘、ノラ・ジョーンズの世界的活躍によって再注目されている、シタールの巨匠、ラビィ・シャンカール》と。
 ノラの活躍によってシャンカールと結びつけるCDが出るであろうとは思っていたが、すでにもうこんな惹句が使われていたのだった。とはいえこれをノラのファンが手にし、「エッ、この人が父親なの!?」と手にして購入することはあるまいと思うが(笑)。そんな人は知っていて探した人だろう。なにも知らない人がシャンカールのCDを手にして……ということはあり得まい。第一置いてある場所が全然違う。

 その後にはこう続く。《活動65周年を迎えた彼の、1970年代後期から80年代初期に録音された代表的ナンバーの初ワールドメイドCD化です。》
 ノラが生まれたのは79年3月30日である。ラビィ69歳の時の子供だ。「生後すぐに別居」とされているから詳しい状況は知らないが、お腹に中にいるころは父が隣にいたのか。これはそのころ作られた音楽である。ガンジーに捧げられた一作だ。売らんかなとはいえ、そしてまたどんな形であれ、すぐれた作品が売れて世に出て多くの人に聞かれることはよいことだ、とはいえ、シャンカールのこの時代の音楽が「ノラの父親」として売られることには、なんとも複雑な思いがする。でもそれは一応両方を知っているからであって、シャンカールファンがノラを知ればそれはそれでうれしいし、それよりも、ノラのファンがノラの父親ということでこのインド音楽を知ったなら、やはりうれしいことだと思う。

 ノラはアメリカ育ちである。物心着いたノラが、身近に父のいない自分だが、父はインドの高名な音楽家であると知り、父の音楽を好んだことは間違いあるまい。もしも公的に「母親は一切聞かせなかった」とされているなら(なのかどうか知らないけれど)、だったらノラの音楽の深みは血の成せる業としか言いようがない。ノラの奥深い魅力にインドからの、父からの影響があるのは確かなのだ。
 その辺のことを語ったノラのロングインタヴュウはあるのだろうか。ぜひとも知りたい。

 かつての音楽仲間・金沢のKに初めてノラを聞かせたとき、「カントリーですよね」と言った。どこからどう聞いても大好きだったリンダ・ロンシュタッドやドリー・パートンと同じ魅力的なカントリーの歌手としか思えなかったようだ。それはまだ聞き込んでいないから奥深い味が解っていないのだろう。一聴しただけではノラはアメリカの肉だ。カントリーに過ぎない。充分にうまい最高の肉だが。
 だがかみしめるほどに独自のスパイスが味を出す。ノラの尊敬する優れたカントリー歌手であり最高級のシンガーソングライターであるドリーは、ソングライターとしてはともかく、歌手としてはアメリカ人受けするカントリー歌手の範疇から飛び出すことはなかった。ノラはそんなものを簡単に超えて世界的な存在になった。違いは何か。奥深いスパイスである。ドリーはうまいハンバーガーでしかない。見た目は同じでもノラにはその奥にもうひと味あるのだ。

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 いやいやノラ・ジョーンズのことを書くのではなかった。お恥ずかしい。
 というわけで昨夜から私は、今も、ずっとラビィ・シャンカールを聞きっぱなしなのである。

 亡父のためにあげている線香の匂いがよく似合う。まこと幻想的な音楽である。
 この音楽が仕事のやる気を増すのか削ぐのか、結論はまだ。

  1. 2006/04/14(金) 06:22:55|
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ロック五十年史

 ロック五十年史 


 夜、BS2で「ロック五十年史」をやる。数日前に何気なく回したとき、予告編で知り、ずっと意識していた。だいたいにおいてこういうふうに意識はしていても、ふと気づくと終っていたとか、テレビを点けたときには半分以上過ぎていたなんてことが多いのだが、先日の談志演芸史と今回のこれは珍しくしっかり覚えていた。
 理由は単純で『作業日誌』を書いていないからである。これをやっていると、なにしろあらゆる思いつくことを全部詰め込む場だから、三時間ぐらいの熱中はざらで、一時間後に見るつもりだったテレビはとっくに終っていたりする。
 いまもこうして書いてはいるが、公開していないし、のんびりとやっているから餘裕がある。
 午後11時から0時半まで、たっぷり90分、楽しんだ。

---------------

 12日は第一回目。1956年のエルビスから69年のウッドストックまで。エルビスはA・ギターでバックのベースもウッドだったんだなと思ったりする。そんなの当たり前でだからこそ当時の雰囲気を出した後々のストレイキャッツが好きだったりしたのだが。
 当時のモノクロ映像は貴重だ。でもギターをもっていてもアンプに繋がるコードのない、いわゆる「口パク」だから、あまり燃えない。このあとの日本でもそうだった。口パクはねえ……。

 ビートルズ、ストーンズと続く。アメリカからはモンキーズ。この辺は見飽きている。ボブ・ディランも登場。「フリーホイーリン」あたりから紹介して、ずいぶんとロック五十年史の巨人としてもちあげていた。
 なんといってもこの日の圧巻は69年のジャニス・ジョプリンとジミ・ヘンドリックス。

 構成も良い。萩原健太という人はNHK-FMでけっこう聴いている。NHKの作りだからシンプルだ。それにCMが入らない。これが民放だったら、人気タレントをずらりと並べて、スポンサから金を引き出すためにショーアップしようとする。しらけるコメントが続く。さらにその合間にはサラ金の「わすれないで お金よりもたいせつなものがある」なんてCMが入る。NHKでよかった。

 毎回ふたりぐらい日本のミュージシャンを出すらしい。1分程度。それぞれギターを弾いて(キーボーディストも出るのだろうか)短いコメントを口にする。今回はキヨシローと野村のヨッチャン。キヨシローはなにを弾いたのか、なんて言ったのか記憶にない。嫌いなものは自然に拒める。ヨッチャンは虎の目サンバーストのレスポールでジミヘンのリトルウイングを弾いて、「永遠に追いつけない年下」と言った。いかさま。(←これは池波正太郎的使いかたね。)

---------------

 13日は2回目。ヤードバーズから始まり、クラプトン、ジェフベック、ジミーペイジを取り上げる。ジェフ・ベックのあんな演奏ヴィデオは初めて観た。
 ディープパーブルはけっこう笑えた。いやこれは「王様」で彼らの歌詞の中身を知ってしまったから一所懸命がアホっぽくて。王様も罪作りである。
 この辺はもちろん楽しめたが、そのあとの「プログレ」になると一気に興味を無くす。
 クイーンになると完成度で聞けるのだが、デビッド・ボウイあたりでまたどうでもよくなる。
 そのあと西海岸。ジャクソン・ブラウンが懐かしい。

 萩原健太個人の解釈なのかどうか、イーグルスの「ホテルカリフォルニア」を「内部告発の歌」として、それはすでにロック魂を失ったものだとしていた。
 そういう商業主義が来たとし、ロックの巨大商品化の例として、ピーター・フランプトンとボストンを流していた。ひさしぶりに見たなフランプトン。
 それを取り戻そうと立ち上がった男としてブルース・スプリングスティーンを高く評価。
 今日はこの辺りまで。

 漫然と見ていて思ったのは、イーグルスはもともとカントリーバンドだったし、オールマンブラザースのような、アメリカンロックの、いくらかカントリーの入った音がぼくは好きだということだった。対してヨーロッパのリクツっぽいロックは生理的に受け付けないようだ。
 アルビン・リーのギターはつまらなかった。
 他人事風にそんなことを思った。

---------------

 日本人ミュージシャン1分勝負でチャーが登場。「ジェフズブギー」を弾いてジェフ・ベックを絶賛。うまいわ、この人。超テク。それだけだけど。ひとことコメントは「ロックはこれだ」とギターを突き出す。
 もうひとりは「王様」。「スモーク・イン・ザ・ウォーター」をやって、ひとことコメントは「ロックよ、長生きしてくれ」と英語で。

 せっかく構成がシンプルでよいと昨日褒めたのに、今日のは最悪。ローリー寺西だっけ? 彼と評論家の伊藤政則の対談仕立てにして、プログレが生まれた世相的な背景、なんて話。つまらないのでチャンネルを替えた。これをしつこく何度もやっていた。明日もやるらしい。いやだな。
 チャンネルを戻すとキッスが演奏していた。その辺で消す。まだ15分ぐらいあった。

 これって何回やるのだろう。3回目は80年代か。80年代はまだ興味があるが、90年代になるともうまったく知らない。知りたくもない。ジャズとクラシックになってしまった。2000年以降はなにひとつ知らない。
 調べてみると3回のようだ。とするとに明日は一気に80年代、90年代、そして今と駆け足でやるのか。まあ当然だな。とにかく見るけど。

 しかしストーンズ、ポール、クラプトン、ディラン、長い活躍期間だ。しみじみ巨人であると痛感する。

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 14日の3回目はセックスピストルズあたりをやっていた。パンクである。
 パンクの、いわばタテノリとでも言うべきヴィデオクリップを見ていたら、これはもう自分の興味のない世界だと見る気が失せた。1分間登場する日本人ミュージシャンは楽しみにしていたのだが、ギターをコードでかき鳴らすこれまた興味のない青年だった。(ウルフルズの誰とか。)

 もしもDVD録画していたなら太陽誘電のメディアがもったいないと思ったろう。
 三日とも録画しなかったのだが、再放送を見かけたら、一応HDDに録って、そのあと好きな部分だけを編集して残したい。

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 いなくてもよかったローリー寺西だが、彼の語っていたコトバは残った。
 彼がロックに興味を持ったのは小学生のときの友人の影響だという。その友人は小学校三年ですでにプログレを聴いていて(笑)、寺西に「最初はこれでも聴いてみたら」と1枚を貸してくれたという。それがピンクフロイドだったかELPだったか忘れたが、そうして寺西のロック体験は始まった。
 ぼくが興味を持った話はそのあとである。そのあまりに進んでいる友人の少年は、中学生になるともうロックを卒業してしまい、マイルスを聴いたりしてジャズに走ったという。三十過ぎてからやっとジャズがわかったぼくからすると天才的に早熟な人だ。中学生のときはグループサウンズに夢中だった(笑)。

 かといってそれをうらやましいとは思わないし、自分は遅れていたと恥じるとかそんな感覚もない。二十歳になったからタバコをやめるという青年もいようし、四十過ぎてからタバコを喫いだす談志のような人もいる。人それぞれだ。

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 三夜連続の番組を見て思ったのは、ロックの繰り返しだった。ちょうどいまくだらないヤツに関わっていて「無限ループ」なるものに興味があるのだが(笑)、ロック音楽のスタイルは、スカートの丈のように短くなったり長くなったりを繰り返しているだけだなと感じた。

 来年はモーツァルトの生誕250年なのでクラシックも盛り上がっている。この番組を見ていたらやたらとモーツァルトが聴きたくなって、そのあとしばし没頭した。

  1. 2005/12/16(金) 04:41:27|
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パット・メセニーの「Don't Know Why」──ノラ・ジョーンズの名曲をパットが

 
 季節柄クリスマスソングばかりなので、すっかりインターネットラジオを聴かなくなった、というのは事実なのだが、かといって自分のiTunesばかりでもつまらない。1万曲入っていてもほとんどは聴いたことのある曲だ。時折ラップが紛れ込んでいて急いで削除したりする。

 まったくクリスマスも罪作りである。というのがヘンか。キリスト教の国にとっては一年でいちばんのお祭りなんだものね。そこからのラジオ放送なのだから当然だ。

 そんなことから、今日は数日ぶりにインターネットラジオSmooth Jazzを聴いた。するとかっこいいソロギターが流れてきた。曲はノラ・ジョーンズの「Don't Know Why」である。いやはやじつにかっこいい。それでいて超絶技巧というわけでもなく(そうかもしれないがぼくにはそれを見抜けない)、メロディを大事に歌い上げているのだ。いったい誰なのだろうと急いでSmooth Jazzのサイトに繋ぎ(といってもワンクリックで出来る)アーティストを調べる。パット・メセニーだった。意外である。ぼくとしては。

 先日M先輩から「いま日本で最も観客動員力のあるギタリスト」として彼の名を聞いていた。これも意外だった。ぼくの知っているフュージョン時代の彼はそんなに大衆受けするギタリストではなかったからだ。逆に当時ナンバーワンだったリー・リトナーなどは今、ちいさなライヴハウスでしか日本公演できないようである。これまた意外だった。まあぼくは出不精なのでこの辺は感覚は狂っている。

 今回のこれを聞いて理解した。これなら観客動員力ナンバーワンも納得できる。
 アルバムタイトルは「One quiet night」。早速入手することにしよう。
  1. 2005/12/10(土) 03:43:38|
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クリスマソング嫌い──Depapepe 矢野沙織

クリスマスソング嫌い──Depapepe──矢野沙織



   パソコンに向かうときいつも流しているインターネットラジオSmooth Jazzを、ここのところ切っている。11月末からひっきりなしにクリスマスソングを流すようになったからだ。
 
  現代音楽はキリスト教抜きには語れない。そんなことはわかっているしバッハやヴィバルディ、ビゼーの教会音楽は大好きだ。来年生誕250年で盛り上がっているモーツァルトは最も尊敬する人のひとりなのだが、それとこれとはまた別。



 キリスト教徒にとっては教祖様の誕生日を祝う一年でいちばんのお祭りなのだから浮かれるのは当然。そうじゃないのに浮かれている日本人は不自然だ。その心の広さといいかげんさが日本人の一大特質なのだけれど。


 インターネットラジオがダメだから、ひさしぶりにiTunesの出番となっている。
 ぼくはとにかくクリスマスソングが嫌いで、大好きなオスカー・ピーターソンのクリスマスソング集というアルバムも削除してしまったほどだ。受け付けないものはしょうがない。

 テレビでA・ギターデュオのDepapepeを見た。前にも見ていいなと思っていた。朝の情報番組だったか。
 
 いま聞いている。なかなかよいぞ。このジャンルはGontitiが大成功したように、うまくゆけばまだまだ宝の山が眠っている。(この宝の山はリスナーのぼくにとってではなく、プレイヤの彼らにとって大もうけできるジャンルって意味ね。)


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 夜BSで、矢野沙織を見た。19歳のアルトサックスプレイヤである。チャーリー・パーカー的な音色が心地よい。なにより若い娘がスカート姿でサックスを吹いている姿は新鮮である。ぼくは彼女のことをまったく知らなかったのだが、一聴して、「ああ、パーカーが好きなんだな」とわかったからたいしたものだ。(もちろん彼女がね。)キラキラしている音色は天性のものだろう。期待大である。
 これはただの情報番組であり、その中でゲストとして2曲やっただけだった。
 音楽に映像は興味ない方なのだが、もしも彼女の音楽を手に入れるなら、映像つきがいいなと思った。


 

  1. 2005/12/04(日) 11:49:49|
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日本未発売のノラのライヴ──flacファイル

7eeec4d7.jpg 日本未発売のノラのライヴ


2002年10月2日、ドイツのハンブルグでのライヴである。世界ツアーの一環。一ヶ月前のこの9月に日本公演をやっている。とするとメンバーは同じか。
 ただどう考えても、6月にやったあの「Live in NewOrleans」とはギターが違う。どうなのだろう。好みとしては、こっちの方がブルージーで、ボトルネックギターなどデビュアルバムの音に近くて好みである。メンバーチェンジをチェックするような細かいことは苦手なんだけど、調べてみるか、そのうち。


 Amazonにある日本で発売されているノラの38枚のアルバムにこれの名はない。なぜだろう。すばらしい音質の傑作なのに。

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 これはflacファイルだった。初めて接するものなので戸惑う。先日はoggファイルで苦労したし、ほんと、いろいろありすぎる。
 まず最初、Download前にこのファイルは300MBあると知る。音楽にしては大きすぎ映像としては小さすぎる。いかにも半端な容量だ。それで「今までの音楽アルバムがmp3でぜんぶ入ったものか」と推測した。よくあることだ。
 開いてみると10曲だけだった。1曲が30MB前後。mp3の10倍もあるがwaveの半分である。見慣れぬflacの文字。曲名も入っていない。なんだろう、これ。聞けるのかと不安になった。

 愛用の再生プレイヤKb MediaPlayerでクリックする。多くのファイル形式に対応しているのですんなり再生できた。一聴してぶっとんだ。すごいいい音なのである。ノラの歌はもう毎日毎日聞き飽きるぐらい聞いているので、聞き飽きてはいないけれど、流れていて当然というぐらい生活になじんでいる。なのに初めて「Don't Know Why」を聞いたときのように、しばし聞き惚れてしまった。

 どういうことなのだろうと、まずは疑問の最初、flacファイルなるものから調べる。するとこれが圧縮ファイルなのだが、CDの音質をまったく劣化させず、それでいて容量は半分になる劃期的なものだと知る。なるほどたしかに300MBはCDの半分だ。いやはやいい音である。感激した。

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 しかしここで素朴な疑問として、私はそんなことを識別できるほどの音楽的状況にあるかとなる。凝り性だから自作パソコンの最初のころはサウンドカードにもスピーカーにも凝った。だがすぐにパソコンで音楽を聴くわけではなし、単にBGMとして低い音で流しているだけだからと割り切り、いいかげんになった。サウンド機能はマザーボード附属に依頼し、スピーカーもローランドのたいしたものではないのを使っている。もちろん話題の5+1chなんてやっていない。
 それに今よりもよい音楽再生環境のとき、タイで買ってきたmp3音楽ファイルと、まだ圧縮することを知らずふつうに入れていたCDを混在させて再生している。つまりmpとふつうのCD(wavefile)が混じり合って掛かっていた。そのとき「さすがはCDだな」と思ったことも、また逆に「やっぱりmpって音が悪いな」とも思ったことはない。なのに今回だけ思ったのはなぜだろう。

 私なりに推測すると、やはりCDの音はmpよりもよく、私にもそれを聞き分けるぐらいの耳はあったのだと思う。そしてまた貧弱な再生装置でもわかるほど、あきらかに両者の音に違いはあると思われる。
 なのに今までそれを経験していなかったのは、HDDに生のまま入れていた50枚ほどのCDがすべて50年代のマイルス等の古いレコードだったからではないか。中にはモノラルもあった。名演奏ではあるが音は悪い。なにしろ時代が時代だ。
 その後も図書館で借りてきて挿れたものは昭和30年代の落語のように古い物ばかりだが(笑)、中には今風の良い音質のものもあったろう。cobaとか宮本文昭など。だがCDとして聴かず一気にmp3に変換してパソコンに入れてしまっている。CDとしてはクルマの助手席においたラジカセで聴いたがこれは騒音の中の安物ラジカセだ。ラジオ以下である。

 だから両者の音質の差に気づかなかったのだ、と思うが、それとはべつにこのノラのライヴが優れた音であるのは事実だろう。だってこんな貧弱な音楽環境で感激するぐらいなのだから。
 しかし結果的に、私はCDとmpとしてもっていたいので、「CDと同じ音質で容量は半分」というこのflacファイルの価値はあまり意味ないことになる。600MBの音を300MBに圧縮し音質が落ちないというのは劃期的なのであろうが、むかしとちがい容量に苦労しなくなった時代では、それほどの意味を持たないのではと思う。1枚のCDに2枚入れられると考えるとそれなりに魅力的ではあるが。

  1. 2005/10/31(月) 05:02:42|
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イージーリスニング調のLittle Wing

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 インターネットラジオを聴いていたらイージーリスニング調にアレンジした「Little Wing」が流れてきた。なるほど、こんな料理法もあるのかと感心する。SRVのやったジミヘンを凌ぐジミヘンとはまた違った味付けだ。
 調べると「Ottmar Liebert + Luna Negra」という演奏者らしい。ネットで情報を集めようと思ったが日本ではあまり人気のないフラメンコ系のギタリストらしく欲しいものが集まらなかった。
 サイトに繋いで検索したがどこにも見あたらず。該当作品なし。う~む、不人気なのか。AmazonにあるCDも輸入物ばかり。参考になりそうなレビュウもひとつもなし。前途多難。

 ジミヘンが死んだのは1970年の9月。ちょうど35年か。奇態ばかりが目立つ人だったが天才プレイヤであったことが時とともに輝きを増すのだからすばらしい。SRVのような天才ギタリスト(彼は寝るときもギターを手放さず努力の人との評もあるが)が彼を慕うのは当然としても、いい曲でないとこんな形での復活はありえない。Ottmarは間奏の部分もジミヘンをなぞっていた。もっともLittle Wingは全部込みでLittle Wingなのだが。

 そんなにジミヘンを認めるなら毎日のように愛聴しているかとなるとまた話は別。タイで買ったLP詰め合わせセットCDを持っているのでたっぷりとジミヘンは入っているのだが、仕事中iTunesから彼の荒っぽいテイクが流れてきたりするとジャマなのでとめてしまうことの方が多い。志ん生じゃないが駄テイクも多い人だ。それと、ジミヘンもやはり麻薬で死ぬように決まっていたように思う。生きていてくれたら……とは思わない。生きていてもまだ63歳なのだけれど。

 Amazonで試聴をやっているようだからそれで確認し、3曲以上気に入ったら買おう。1曲がいいからと安易にアルバムに手を出すと苦い思いをする。まあフラメンコ系のギタリストがフュージョンのようなことをしたのだから、まさか大嫌いなRapがあるはずもないし、だいじょうぶだろう。こういうのはレンタルヴィデオ屋にはない。売れ線を置くのだから当然だけどひどい品揃えだと思う。でも中高生がメインならああなるか。M先輩に見本盤をもらえる当てもない。先輩は不要の見本盤をくれるのだがこれは先輩のところにも来ないだろう。図書館にも来るはずはない。とはいえ「もしかしたら」はここがいちばん可能性があるかもしれない。時に妙なモノがあったりするから。
 となると自分で買うしかない。

  1. 2005/10/05(水) 04:07:17|
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初めて見たマーク・ノップラーの指先

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 初めて見たノップラーの指先


 クラプトンのライヴDVDを観る。不勉強なのでクラプトンとマーク・ノップラーの競演がヴィデオになっているなんてまったく知らなかった。ということで調べてみたらクラプトンの映像ってDVDで百種類も出ていると知る。ぼくは10枚ももっていない。映像蒐集には興味がないし、その傾向はこれからも変わらないだろう。
 


 マーク・ノップラーのライヴ映像を観たことがなかった。今ほんのすこし観ただけだが、うれしい気分で書いている。ぼくもエレキを指引きするので彼の奏法を目にすることは興味津々だった。


「悲しきサルタン」の発売は1978年。オーストラリアのラジオのパワープレイで火がつき、本家のイギリスでヒットし、全米シングルチャート4位になったのが1979年だから、ぼくがシングルレコードを買ったのはたぶんこのころだろう。あのノップラーのストラト指引き早弾きは新鮮だった。

 Dylanの「Slow Train Coming」は最高だったし、彼を起用したディランの眼力にも感服した。
 彼はその後ソングライターとしても活躍する。だが元々ディランに傾倒していただけあって難しい路線に行ってしまったようだ。強く記憶に残る人だったがその後のアルバムは追いかけていない。



 近年チェット・アトキンスとの競演盤を入手して愛聴していた。一見意外なようだが流れとして十分にありうることだった。ノップラーのあの奏法の基本はトラビス奏法の流れをくむカントリー系のテクニックだ。


 クラプトンがサイドギターを弾きつつ「Cross Road」を唄い、ノップラーがスリーフィンガーでリードを弾くのを観るとはまさに至福の時間である。


 まだほんの始まりの部分を聴いたばかり。このあとどんな展開が待っているのか。
 


-------------------------------
 


 このDVDは1988年にサンフランシスコで開催された「Plays Shreline」のライヴ。Amazonの78枚の作品リストに載っていなかったのだ。この写真も外国のサイトから探してきた。
 この年の12月にこれとほぼ同じメンバ(つまりクラプトンとノップラー)で日本公演をしていることも初めて知った。と書いて、友人が大騒ぎしつつこれに行ったことを思い出した。忘れていた。
 もう17年も前である。ノップラーは49年生まれだからこのとき39歳。だいぶ薄くなっている(笑)。今はどうなのだろう。

 先日Jazz Lifeで見たラリー・カールトンのハゲ頭には心底おどろいたものだった。金髪長髪のかっこいい時代しか知らない。でもベースを息子が担当しているのだから時が流れているのは当然だ。髪の毛を失うのとは男の自然。要はその代わりに何を得るかだ。

  1. 2005/10/04(火) 03:30:23|
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コルトレーンの「stardust」

「バラード」の前の「バラード」

 先週M先輩と渋谷であったとき、ジャズCDを20枚ほどもらった。先輩があまたある見本CDの中からぼくが欲しがるだろうと思うものを選んでくれただけあって逸品ぞろい。今日は夕方、図書館に本を返しに行ったがCDを借りる気はまったくなかった。聞かねばならないものが山とある。急いで帰ってきた。

 このCDはコルトレーンの名盤の誉れ高い「バラード」の前に吹き込まれていたテイクを集め、死後35周年ということで再構成したらしい。プレスティッジ時代の吹き込みである。「バラード」が1961~62年の吹き込みなのに対し、これはその前の1958~59年のものだ。共演者も違っている。当然ながらそれは今頃出てくることでも判るようにコルトレーンがアルバムコンセプトをもって演じたものではない。悪い言いかたをするなら、倉庫整理のとき見つけたものを、死後35周年にかこつけて寄せ集め、「Stardust」と題して発売したようなものである。

 だが、いい。抜群にいい。レッド・ガーランドのピアノもいい。ポール・チェンバースのベースもいい。名人達人揃いだ。「バラード」のマッコイ・タイナーのピアノやジミー・ギャリソンのベースよりもむしろ私には好みになる。なんとも上品な味わい深い作品集である。
 もうひとつの特典は「バラード」がコルトレーンのワンホーンなのに対してフレディ・ハバートのトランペットがあることだ。これが「バラード」の取りようによってはちょっと甘すぎる点を引き締めてくれている。やはり音質の違うホーンがあると世界が拡がる。

 コルトレーンの「バラード」に関しては以前書いた。日本でいちばん売れた、今も売れている彼の作品である。だが通と呼ばれる人からは評判が悪い。あんなものはコルトレーンではないと。上記一応「名盤の誉れ高い」と書いたが駄作と評するジャズマニアも多い。
 このマニアの評価の差と現実の売れ具合、というねじれ現象はおもしろい。いかにもジャズだ(笑)。

 コルトレーンはまさにジャズの求道者と呼ぶのにふさわしい人だった。自分を突き詰めるようにして限界に挑んでいった。とどまるところを知らず次から次へと新しいものに挑んで行き、その力を引きずり出してくれたドラッグにすべてを吸い出され、干からびて死んだ。形が違うしこんなことを言うと両者のファンから非難されそうだが、死に様は枝雀と似ている。両方とも私からすると「あそこまでいっちゃったら死ぬしかないよな」で共通している。
 求道者コルトレーンの後期の音楽は絵でいうとピカソのようである。そのピカソがさわやかな水彩画風景を描いたのが「バラード」だった。ピカソ自身もふつーの絵(?)を描いたらふつーにうまかったことは誰でも知っている。あたりまえだ。天才レヴェルの話である。
 コルトレーンがふつーにバラードを演奏したらふつーに最高であることはわかりきっていたことだった。そしてまたそれが一般に受け入れられ売れることも。でもそうなると求道者コルトレーンを支持する人たちはそれがおもしろくない。これもまたわかる心理だ。

 私は、コルトレーンの「バラード」を聞き、段階的にむずかしいコルトレーンに進んでいった人がいるとしたら、心からうらやましいと思う。私の場合は勉強の一環としていきなりポンと既成のジャズを破壊するかのように一心不乱に精進するコルトレーンに触れてしまった。私がいまもむかしも一番好きなのは50年代のBapである。マイルスとやっている頃のコルトレーンが好きだ。でも目覚めたばかりの勉強中であるその当時はそこまで言い切れない。とにかく何事も勉強だとこっちも一心不乱にコルトレーンの作品集を聞きまくった。

 既成のものを壊しあたらしいものを想像する姿勢はわかったが私には馴染まない。そのことから私は、コルトレーンが私なんぞの理解できない高見にいる人なのだと認めつつ(実際常にあたらしいモノを目指しての上昇志向は驚嘆と尊敬に値する)、自分とは合わない人なのだとも決めつけていった。おおきな障害となったのはコルトレーン好きの存在である。どうもこの人たちとは肌が合わない。
 だからこそまた彼らの推薦する名盤よりも「バラード」が売れている現実にはほくそ笑んでしまう。それは東大卒の共産党員が貧しい無学な庶民に対し、「あなたたちのために」と理想社会を説いているのに、肝腎のその「あなたたち」は地元出身の自民党議員を選ぶ現実と似ている。

 と言えるのは今だからであって、当時の私は読みまくっていたジャズ書に影響されていたから、そこで否定されていた(意図的に無視されていて評価の対象にすらなっていなかった)「バラード」は聴かなかったのである。恥ずかしい。もしもあの当時、コルトレーンについて訊かれたら、そのまんまジャズ解説書のセリフを言ったろう。「バラード」を否定したはずである。仮定するだけで赤面する。
 つい昨年だったか、iTunesから流れてきたオーソドックスな一曲を聴き、「いいなあ、うまいなあ、これ。誰なんだろう」とチェックして、それがコルトレーンの「バラード」の中の一曲と知ったのだった。むずかしいものの食わず嫌いになるならともかく、わかりやすい素直なモノを食わず嫌いしていたのだから、これは頭でっかちになりやすい人間にとっては肝に銘ずるべき反省になる。ずいぶん遠回りをしたものだ。この「スターダスト」を素直に楽しめたのは言うまでもない。

 まったくもってジャズと落語は似ている。
 極論すると「バラード」は三平や『笑点』になる。
 ネットで落語好きの文を読むと、まずは『笑点』の否定から始まっている。それはそれで正しいのだろうが、同時にまた明らかな間違いであるようにも思う。心寂しいとき、三平の明るさにいかに救われたことか。死にたくなるような惨めな時間、喜久ちゃんの毒のない笑いにいかに心和んだことか。
 『笑点』を毎週見ていても落語をわかったことにはならない。だがかといって『笑点』を鼻で嗤い、落語の通ぶる人にはもっと本質的な何かが闕けている。どんなに寄席に通い音源や映像を蒐集し、頭と心に落語を溜め込んでも、日曜五時半の『笑点』を楽しみに待つ田舎の年寄りの感覚を理解しない限り、落語をわかったことにはなるまい。コルトレーンの「バラード」を否定するジャズマニアと同じように。
 というのが今の私の落語とジャズに関するひとつの結論になる。
  1. 2005/09/15(木) 07:04:11|
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アコースティックなベンチャーズ


 アコースティックなベンチャーズ
 「ベンチャーズ アコースティック・ロック」を通聴しての感想。
 これ、結果的になかなかの掘り出し物であった。私はBGMとして聴くベンチャーズのインストが好きであるが、かといって彼らの売りであるアームやあのテケテケ(これ音楽用語でなんていうんだっけ、忘れてしまった)は好きでない。だから今までにもっているアルバムの中でも、iTunesのパーティシャッフルでたまに流れてきたとき、ああいいなあと聞き惚れるのは「夕陽は赤く」とか「ふたりの銀座」等をごくオーソドックスにシンプルに演っているものになる。
 このアルバムでは彼らの持ち曲を演奏するのではなく、これようにあらたに選んだ。それがいい。「アメリカンパイ」「悲しきサルタン」等。
 いま「リビィン・ラ・ヴィタ・ロカ」が流れてきた。リッキー・マーチンの、というか日本では郷ひろみのアチチアチチの方が有名だ。これ、どう書くんだ。Livin'  La Vida Locaか。ついでだから覚えておこう。ベンチャーズを聴いているうちに本家リッキーが聴きたくなったのでそっちも聴く。こんなことがすぐにできるからコンピュータは便利だ。郷ひろみは残念ながらない。スペイン語の「Vida  Loca」を日本語の「だろか」にしてしまった訳詞センスのいい加減さはかっこよかった。
 ベンチャーズがこれを取り上げたのも郷ひろみが日本でヒットさせた曲だからだろう。なにしろこのアルバムの9割方は日本で売れたはずだから。解説に「世界で一番有名なインストゥルメンタルグループ」とある。「日本で」だね。



 ベンチャーズの「パイプライン」(オリジナルはザ・シャンティーズ)を聴いていたらStevie Ray Vaughanのを聴きたくなった。HDDに1万曲入れているとすぐにこんなことが出来るから助かる。もしもCDを出し入れせねばならないなら私は探し出すその手間暇を惜しんで断念するだろう。いいなあ、スティーヴィ、いつ聴いても惚れ惚れする。なんとも荒々しい。

 ベンチャーズというとロックファンが「エレキ」というものに対する過去の誤解の象徴のように取り上げることが多い(かつて多かった)ものだが、こういう作品を聴くと、彼らがいなければスティーヴィのこれもなかったのだと先駆者の偉大さを確認する。
 一部の曲のギターの音色に不満はあるが、傑作といえる1枚だろう。


 ネットの感想文を探したら「ベンチャーズがこんなふうにがんばっていると自分もがんばろうと思う」というのがあった。そんな効果もある。

  1. 2005/07/28(木) 16:09:57|
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fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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