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タイのチェンライで地震連続──チェンマイで知った阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件

 5月5日朝5時18分の地震は、比較的地震に平気な私が久々に恐怖を感じるものだった。

 ところが知人のブログを読んだら、当然彼は寝ている時間だから、ベッドの中で「ん? 地震か? なんとか治まったな、たいしたことない、眠い」というレベルだったらしい。関西人の彼がすっきり起きていたらかなりびびるほどの揺れだったと思うのだが、寝ていたらそんなものか。

 翌日、タイの地震を知る。



 タイ北部チェンライで地震約60回、M5以上7回 余震か
2014年5月6日(火) 11時16分

 タイ気象局によると、5日午後6時にマグニチュード(M)6・3の地震が発生したタイ北部チェンライ県で、6日午前8時までに余震とみられる地震が約60回発生した。

 このうちM5以上は7回で、最初の地震発生から1時間半以内に3回、6日午前4時から8時にかけ4回、発生した



 5日の文章に「地震のほとんどない国から来たひとには文字通り〝驚天動地〟の衝撃だろう」と書いた。フランスから来た知人が初めて体験する日本の地震に恐怖の叫び声をあげたことを思い出す。フランスからドイツのあたりは世界でも最も地震のすくない地域だ。そりゃこれまた文字通り「磐石不動」のはずの大地が揺れるのだから、生まれて初めて味わう恐怖はいかほどのものであったろう。その気持ちはわかる。

 タイも地震はすくない。私はタイで地震を経験したことがない。滞在した月日を合計すると4年ぐらいになるのだが一度もない。なのに5日の午後6時に大揺れがあり、その後もマグニチュード5以上が7回、餘震が60回もあったのだからチェンライの人々は怖かったことだろう。餘震60回にこの世の終りと死まで覚悟したひともいたのではないか。 



 私は阪神淡路大震災のときタイ北部のチェンマイにいた。 
 チェンライはチェンマイよりさらに180キロほど北のミャンマー寄りになる。長期滞在はない。長くても一週間程度だった。レンタカーやレンタルバイクで何度も走った。チェンマイから3時間ぐらいか。かなりの山道である。チェンマイ・チェンライとペアで考えそうだが、ちょうど、もろに「一山越える」形なので、交通の発達していなかったむかしはその山によってかなり距たっていたのだろう、けっこう文化がちがう。チェンマイ美人、チェンライ美人もびみょうにちがう。

 タイ語で地震はペンディンワイแผ่นดินไหว。日本人であるからかなり早い時期に学習した単語だ。およそ日本で発売されているカセットテープ附き、CD附きのタイ語教本はぜんぶ買ったが、そのどれにもペンディンワイは載っていた。それだけ日本人にとっては身近な単語なのだ。それはすぐに覚えた私にも言える。私が地震をほとんど経験していなかったらスッと入っては来なかったろう。また日常でよく使うディン(大地、地面)がワイ(揺れる、動く)ということで、覚えやすい単語でもあった。と書いて思う、タイでだけ発売されているタイ在住の日本人が作った教科書もみな買ったが、それにはあったかどうか? たぶんあった。日本人だと「じ」の項目で(本来は〝ぢ〟だが)すぐに「地震」を思いうかべてしまう。

 タイ語の勉強を初めてかなり早く覚えた「地震というタイ語」ではあったが使う機会はなかった。だって地震がないのだから。こちらが口にすることもないが、耳にすることもなかった。その機会がない。
 1995年1月7日、朝の9時、親しいタイ人から何人も「ユキ、日本で大地震があったぞ、知ってるか!?」と話し掛けられた。初めて聴くタイ人のแผ่นดินไหวだった。テレビのニュースで知ったらしい彼らの険しい表情から並の地震ではないとわかった。それであの大惨事を知った。

 羽生六冠が七冠完全制覇を目ざしたこの年、被災した谷川が意地を見せて王将位を防衛したのだった。

 二ヵ月後、3月20日に今度は地下鉄サリン事件が起きた。このときも私はタイにいた。といって居続けではない。帰国してまたソンクラン(水掛け祭)を愉しむためにやってきたのだ。この事件は、地震とちがって日本人が初めて遭遇する毒ガステロだったので、異国にいた私にはよく理解できなかった。興味を持って教えてくれようとするタイ人もまたわからなかった。これまた歴史的殺戮の大事件である。思えば1995年の冬から春はこんな大事件が連発したのだった。





 地震を想定していないから、あちらの建物にはやくざなものが多い。それはそれでしかたない。地震はないのだ。万が一のそれを想定して基礎を堅固にしたりする発想はない。地面の上に、置いたようにポンと建っている。崩壊したものも多いのではないか。すっかりタイ関係のサイトとも疎遠になったが、今日はチェンライ在住の日本人ブログでも探して被害状況を確認してみよう。

「関西人は地震慣れしていないので、地震に悲鳴を上げる。平然としている関東人をかっこつけていると批難する」と書いた。これは事実だ。でも阪神淡路大震災以降関西人の感覚も変ったにちがいない。
 これだけの揺れと餘震が続いたら、チェンライのひとびとの感覚も変ることだろう。家を建てるとき、基礎工事をしっかりするようになるのではないか。「災害で学ぶ」のはかなしい学習だが、それが人間の歴史でもある。

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【追記】──検索してみた

 こちらに被害写真等が掲載されています。思った通り家屋の崩壊が多く、また道路の地割れ陥没も多々あったようです。人身事故はすくないようで、それが救いになります。 



【追記.2】──史上初の出来事

 タイの地震観測史上初の出来事なのだとか。いままでタイではこんな地震が記録されたことはないのだ。ということはチェンライの70歳、80歳のお年寄りにとって、「生まれて初めて知る恐怖」だったことになる。そしてそれが大地震一発ならともかく、これでもかと餘震が続き、そこに今度こそ決め手のような感じでデカいのが混じる。いかほどの恐怖だったことだろう。一晩中眠れず、心労による心臓麻痺で亡くなったかたもいたのではないか。

 地震になれている私がチェンライにいたなら、そういう恐怖にふるえるひとたちに「だいじょうぶだ、気を強く持て、もうすぐ治まる」と声を掛け、誘導できたように思う。「地震に慣れている」なんてなんの自慢にもならないが、こんな時には役だったはずだ。 心優しいタイのひとびとが恐怖に震えたとき、役立てなかったことが悔しい。現地にいた「地震に強い日本人」は、パニックになりおろおろするタイ人を励まし、勇気づけて感謝されたにちがいない。
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  1. 2014/05/07(水) 07:09:51|
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がんばれ福島!──福島の野菜を食って放射脳庭山よりも長生きしてやる!

近所に酒と野菜の安売りの店がある。不思議な組合せのような気もするが、酒と野菜で生きている私には最高だ。

時折信じがたいほど安い野菜が売られていたりする。
昨日はすばらしいキュウリが大袋に入って安売りされていた。
私がいつも買うキュウリは3本198円とか、そんな値段。いまは旬だからもうすこし安いか?
それが10本ぐらい入って98円だった。投げ売りに近い。 
案の定産地を見ると福島だった。
同じく美味そうな中玉トマトがあったが、それもめちゃくちゃ安い。ラベルを見ると「JA全農福島」とあった。

他の産地と同じ値段でも私は買うけど、一般には売れないのだろう。胸が痛くなった。キュウリとトマトを買う。もっと買いたいが食べきれない。こんな安い値段でも、買うことは応援になるのだろうか……。



写真は秋葉原での福島フェア。

fukushimafair





















これに対して、

こんなところで一般人に売らずに、東電に全部買い取ってもらえばいいのに。

不死身なのかどうか知りませんが、あえて「食べて応援」したい人もいるようですから、応援してあげてください。東電を


とコメントしているのは、あの群馬県桐生市の市会議員をクビになった庭山とかいう放射脳バカ女。元文はここ
最後の「東電を」の後には笑顔マーク。気の利いた皮肉のつもりらしい。

おう、食べて応援してやるぜ、文句のない安全食品だってことを証明してやる!

てめーみたいなクソ女とは日本人としての心懸けがちがわあ! てめーが群馬県人の恥ってことを自覚しろよ(笑)。恥ずかしいな、群馬県人。おれはこんな女と同県人でなくて、ほんとよかったわ! 

福島の野菜や果物を食いまくって、福島を貶めるこの庭山なんてクソゴミよりも長生きしてやる。

がんばれ福島県民! 日本全国のみんなが応援している!
こんな元市会議員みたいなサヨク非国民ばかりじゃないからな、たのむぞ、へこむな、がんばれ!
  1. 2012/08/03(金) 10:53:50|
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「放射脳」から脱した白井由佳さんのTogetter──感想・そうなるひとにはそうなるだけの理由原因がある

ライブドアブログの世話になっているので、ライブドアが押しつけてくるニュースを見せつけられる。くだらない芸能ネタも多く煩わしいけど、たまには勉強になることもあるからあながち否定も出来ない。

今日はその中から、「日本人は自らの宗教性にいいかげん気付くべき」というのを読んだ。多くの日本人が自分を無宗教、無宗派と思い込んでいるが、そうではなく、日本人はかなり宗教的、という意見。
「因果応報」の考え、万物に魂が宿るというアニミズム的な考えがそもそも宗教的なのだという主張。
まあ、そうだわね。そのことはここで読んでもらうとして。


このブログの下部に「白井由佳が放射脳パニックになった理由─Togetter」というのがリンクされていたので行ってみる。すると大震災時44歳の女が放射脳になってしまった流れとそこからの脱却がまとめられていた。あまりこの種のことに興味はないのだが、このまとめに関しては興味深く読んだ。

と、最新のニュースだと思ったのだが、この本人による「まとめ」が作られたのが4月23日だというからもう10日以上前。寄せられているコメントもそのころに書きこまれている。このひとが「放射能」として活動していたのはさらにその前になるのか。なんにもしらん。関わらなければ関わらずにいられるということなんだな。Twitterをやめてよかったとあらためて思う。

(ATOKでは「放射脳」を辞書登録して作った。Google日本語入力ではすんなり出る。さすが流行り言葉に強いGoogleだ。)


これも全体はリンクしたところを読んでもらうとして。
私に印象的だったことを少しだけ書くと。

白井さんというひとは、「日本沈没」のような災害パニック映画が大好きだったとか。

私は嫌いだった。
小松左京、星新一、筒井康隆のSF御三家時代に学生時代を送っている。むさぼるように読んだものだ。全作品を読んでいる小松だが「日本沈没」にはもえなかった。なんで自分の国を沈没させ、消さなければならないのかがわからない。自虐的日本人の典型だろう。

それが話題になり、「日本沈没だあ!」と、まるで楽しみなお祭でも待つようにテレビも新聞も雑誌も大はしゃぎしているのが不思議だった。「日本人て、なんかヘンじゃないか!?」と思った最初かもしれない。

小松が亡くなったとき、訃報として思い出をここに書こうと思ったけど、なにもせずやりすごしてしまったのは、一時はあんなに夢中になって読んだひとなのに、書きたいことがなにも浮かんでこなかったからだった。それと、ふくぶくとした容姿しか記憶になかったから近年のやつれた写真を見ておどろいたこともある。

このころの私は日教組の教育による自虐史観に染まっていて、支那人や朝鮮人を見たら土下座して詫びねばならないと思って生きていた。自虐的だったが、かといって「日本を沈没させること」にはもえなかった。映画は見たがつまらなかった。その後は再度映画化されたものもテレビ版も見ていない。さいとうたかをの劇画も途中で投げた。一応入手して、見よう、読もうと思うのだがどうにもその気になれない。「日本が沈没して消えてしまう。たいへんだあ」と右往左往する映画のどこがおもしろいのかわからない。「日本以外全部沈没」は小説も映画もおもしろかったが。



東北で発生した地震は、私の脳に直撃しました。『次は関東だ!関東が崩壊する!』そう思い込んだのです。
仕事も何もかもやる気を失いました。どうせあがいても、関東は壊滅するんだと。日本は大混乱に陥り経済も崩壊するだろうと。地震で壊滅する前に、放射能汚染で人々は死に絶えるかもしれないし。

なんでこうなるのか私にはわからない。でも<きっこさん>なんかと同じ考えだね。

しかし、正直、嬉しい気持ちもあったのです。「放射能と地震で、私の苦しみが解放される」という矛盾する気持ちも、沸いてきたのです。

ああ、なるほど、現実逃避か。地震と放射能で日本全体が滅亡するのだと思えば、日々の悩みなんてどうでもよくなるね、たしかにそれは。

私は44歳でした。その数年前から幾つかの大きな壁を迎え、困惑していました。

その「壁」や「困惑」とは、容姿の衰えだったのだとか。「おばさん」なのだけど、おばさん扱いされるのを拒んでいたとか。なんだかね。



白井さんは自分のことを「私は野心家な上、目立ちたがり屋。ドデかい仕事をして世間をアッと言わせたい。長年そんな願望があり」と書いている。

ここもわからない。私にはそんな気持ちが微塵もないからだ。野心もない。目立ちたくもない。ドでかい仕事で世間をアッと言わせたくもない。

「本当の私って能力ないのでは?」と現実的に気が付き始めたのです。私は劣等感の強い人間。苦手なことが沢山あります。だけれどそれを認めたくない。だから身の丈に合わない目標を設定して妄想に浸ります。

こういうひとは、そりゃなっちゃうだろうなあ。いつも爪先立ちしてたら疲れるし。
私は白井さんのように野望もないかわり、強い劣等感もない。自分の能力は知っているつもりだし、苦手なこともすなおに認める。だから、身の丈に合わない目標を設定もしないし、妄想に耽ることもない。逆に言えば私には、「放射脳になる能力がまったくない」ことになる。「能力がない」「資格がない」と書くと、すこし悔しくなったりして(笑)。



白井さんのTogetterを読んでいて、統一教会に染まった飯星景子のことを思った。
彼女があれに走ったのも、白井さんのような発想が根幹のはずである。彼女は当時、すこしばかり知った競馬をテーマにした連載小説を書き、それを単行本にしたりしていた。目の当たりにしていたので、そのへんのことがよくわかるのだ。それはとてもレベルの低いひどいものだった。父の名がなければとてもメジャーな小説雑誌に連載できるものではなかった。彼女はきっと、自分の美貌、筆力、可能性に関して自信をもっていたが、同時に自分が無能であることも人一倍自覚していて悩んでいたと思う。実際無能だったし。そういう心のひとが、統一教会に走ったのは自然な流れだった。娘を取りもどすために闘った父飯干晃一は立派だったが、そういう娘にしてしまったのも父ではある。



白井さんは「44歳の容色の劣化」に触れているから、若い時はそれなりにきれいだったのだろう。そういうひとが齢をとって衰えてくると、必ずこの問題にぶちあたる。最初からブスだとそれはないのか、な? 

Twitterで私に因縁をつけてきたバカ女も、きっとこうなってゆく気がする。美人でもないのに異様に自分の容姿とスタイルにこだわっていた。 白井さんは子持ちだからまだそこに逃げ場があるが独身の女はもっとひどく錯乱する。
女がこどもを産まないまま産めない女になってゆく恐怖というのはたいへんなものだろう。「産めない」はいい。諦められる。「産まない」もいい。考えはひとそれぞれだ。産みたいと思う気持ちがありつつ、産める躰をもっているのに、縁がないまま、産めない躰になって行くのは辛い。追い詰められると野田聖子になる。



この種の問題を起こすのは、男も女も、自意識過剰の傲慢な自信家だ。そして一方では自分は無能ではないかと怯えている。 みな同じタイプのニンゲンである。

ここから白井さんはカルト系団体と接してゆくらしい。とにかくまあ「そうなるひとは、元々そういう資質を持っているのだなぁ」とよくわかる話だった。

白井さんは今はそこから脱し、客観的にこういうふうに自分に関してまとめたのだから、これはこれでいいのだろうけど、こういうひとは一生同じ事を繰り返すのではないか、とも思った。だって、「ならないひとは絶対にならない」し、「なるひとは、何度も同じ事をする」から。


最初のブログの話に戻って。
ここには白井さんのリンクの前に、「大阪市の育て方が悪いから発達障害になる条例案」へのリンクがある。発達障害は育て方によって防げる、直せるという意見だ。ブログ主はそれに疑問を呈している。「発達障害は先天性」と知見が得られている、と。

放射脳に陥ってしまった白井さん自身による「まとめ」を読んで思ったのは、「なるひとは、なる」だった。「先天性」とはすこし意味が違うけど、私はこの種の問題に関して意外を感じたことがない。そうなるひとには、そうなるだけの理由、原因がある。なるべきひとがなるべくしてなっている。その点では世の中はすっきりしている。

---------------

【追記】──デマッターに踊らされるのは被害者か!?

放射能恐怖に陥っている人は、必ずしも私の様に「心の闇」を持った人だけではない。情報検索が得意ではなく、子どもへの心配が大きすぎて冷静ではいられず、人間関係も苦手。そのような人は、別な側面から「原発と放射能」を考えられない状況下にいる。デマッターに操られている完全な被害者だと思う。

う~ん、デマッターなんてものに操られることのない私には、こういう「完全な被害者」というような発想は理解できない。

白井さんは、この前に「私は人の気持ちを読むのが苦手。暗黙の了解が分からないタイプの人間。しかも横暴。その為、被災者を冒涜したり、子どもを利用したり、不安を拡散したり、数々の害毒行為を行ってきました」と自身の反省を述べている。ずいぶんひどいことをしてきたんだろうなあ。このひとがどんな発言をし、それに対する批判があり、さらにそれに対してやりあうという醜い泥仕合が目に浮かぶ。

こういうひとをきちんと批判してくれるひとがいないと困るわけだが、私が思うのはただTwitterから身を引き、そういうひとたちと関わらずにいられてよかったというそれだけだ。



自分は「心の闇」を抱えているので、そんなことをしてしまったが、世の中にはそういう自分とはちがうタイプの、デマッターに操られる純粋な被害者がいるというのだが、私はその辺に関してはやさしくなれない。

假りにそれをツイッターとするなら、情報を判断する能力がないなら、そんなものには関わるなと言いたい。
「でも不安なんです、放射能のことが知りたくて、パソコンなんて苦手でも、ついついツイッターを始めてしまい、そこにあるデマで踊らされてしまったんです」というなら、「元々パソコンが苦手で、そういう世界のことも知らずに参加したのだから、そうなって当然だ」としか言えない。

いわば泳げないひとが川に飛びこんで溺れたようなもので、それは川があることが悪いのではない。みんなが飛びこんでいるからと、ろくに泳げもしないのに飛びこんだひとの責任なのだ。

そりゃまあ、川の真ん中で「浅いよ、水は温いよ、早く飛びこんだほうがいいよ」と誘っているデマッターは断罪されるべきだが、そんな誘いに乗って泳げないのに飛びこむひとは、けっきょく何をやってもそうなんじゃないの。

この辺の白井さんの論理展開にも、いかにもこういうことに染まってしまうひと独自の身勝手な論理が見えて興味深い。



自分の恥を晒し、ここまでの反省文を書いたのだから白井さんはもうだいじょうぶだろうか。
本人が、今後は「アンチ放射能活動」にすがってしまうのではないかと自身のことを案じている。 
そういうことなのだろう。 

九条を神のように崇めたてまつる連中には、戦前戦中は軍国少年だったひとが多いとか。
絶対的なものを必要としているので、それを天皇から九条に変えたのだ。

白井さんもきっとそういうものが欲しいひとなのだろう。
となると今後の展開は読めている。
懐の深い恋人でもできるといいのにね。
  1. 2012/05/05(土) 01:00:36|
  2. 地震
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大震災の記録──現実とは思えない恐怖

shinsai

 大震災以前だったなら、この写真を本物と思う人は誰もいなかったろう。映画「ディープインパクト」に代表されるパニック映画の特撮と思うはずだ。波の盛りあがりや、クルマがおもちゃのようであるところなど、作り物としか思えない。だがこれが現実に起こったのだ。

 大震災を放射能と結びつけてアフィリエイト商売をやっているような鬼畜をつぶすためにも、このような写真と正面から対峙せねばならない。

 今回の被災では、素人が携帯電話で撮った動画が貴重な資料となった。
 私は電話機としてしか使っていないが、何かの時のために、それぐらいは覚えておこう。
  1. 2012/04/09(月) 11:30:30|
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「震災がれき受け入れ反対」はエゴか!?──“大政翼賛”的な横並びの社会傾向←これまたバカの一つ覚え(笑)

siso.gif

 ▽「震災がれき受け入れ反対」はエゴか? 

──「受け入れに反対するのは非国民」とでもいうような雰囲気ができつつある。それこそが、反対派が最も反発し、私も危惧する“大政翼賛”的な横並びの社会傾向だ。

http://www.47news.jp/47topics/himekuri/2012/03/post_20120313144821.html

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 でました、またもバカのひとつ覚え「大政翼賛会」。
 ヒトラーとこれさえ使えばいいと思っていることばの貧しい連中。あとは〝軍靴の響き〟か。
 こんなクソ文を読んで、「そうだ、これじゃまるで戦前の大政翼賛会のようだ!」と憤慨するサヨクがまだ生存しているのか!?



 十数年前、ホームページの掲示板にどこがどう捩れたのかこういうのが間違ってやってきて、トンチンカンなことを書きこみ、無視され、無視されたことに腹を立て、私に対し「姑息だ、卑怯だ、大政翼賛会だ!」と喚いて去って行ったことがあった。たかが私のタイの思い出話が気に入らないことが、なぜ大政翼賛会になるのか(笑)。
 正体はトモダチがひとりもいない大阪のサヨク教師。早期退職して今はタイのチェンマイで現地妻と暮らしている。私が人生でただいちど「まるで大政翼賛会だ!」と叫ばれた貴重な経験になる(笑)。



 そういう狂人はべつとして、あらためて、政治家を始め談話や文章を発表したりするひとは、もっとこの種のことばに慎重になるべきと感ずる。安易にヒトラーや大政翼賛会を連発することは、そのひとのレベルの低さ、言語センスの貧困を露すだけだ。

 いくら中身のあることを言ったとしても、こういう安易な比喩をしたら薄っぺらになってしまう。というような心配はいらないか。こんなのを連発するようなのは元々中身のあることは言ってないから(笑)。
  1. 2012/03/14(水) 04:00:34|
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政府主催の東日本大震災追悼式──台湾代表に献花の機会なし

siso.gif 


 野田首相は12日の参院予算委員会で、11日の政府主催の東日本大震災追悼式で、台湾代表に献花の機会がなかったことについて、「本当に申し訳ない。行き届いていなかったことを深く反省したい」と陳謝した。

 自民党の世耕弘成氏への答弁。台湾からの震災義援金は官民合わせて約200億円と世界トップクラスだった。

 世耕氏は追悼式で、天皇、皇后両陛下がご退席になる際、場内が着席していたとして、「どこの国でも全員起立するものだ」と批判。藤村官房長官は「(議事進行は)事務方で詰めてきたものを直前に聞いた。おわびするしかない」と謝った。

(2012年3月12日18時40分 読売新聞)


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 なんでこんな失礼なことができるのだ。あれほどの気持ちに感謝する心はないのか。
 どうなっているのだ、この国は。

 台湾のみなさま、申しわけありません。失礼をお詫びします。
 このような連中は必ず落選させ、もっとまともな政府にしますのでお許しください。
 日本国民はみなさまの心に深く感謝しております。



 天皇陛下に対する無礼には、怒りを通りこして呆れるばかりだ。
 ただ、被災地でも、膝行する陛下にアグラで応じたり、写メを撮ってる無礼者もいたから、日本がもうそんなものなのだろう。そういうのが選んで作った内閣だ。
  1. 2012/03/13(火) 04:30:24|
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夜明けのバーボン──あらたな気持ちで──大震災から1年

あの日から1年。
土日は斎戒沐浴。ひたすらじっとしていた。
いろんな特番があるのは知っていたが、テレビは一切見なかった。



日附が変った月曜の明け方、猛烈にバーボンが飲みたくなった。
日本酒と焼酎とビールはあったが、それではダメ、バーボンだ。
ウイスキーでもない、ミホノブルボンのブルボンだ、バーボンだ。臭いあの酒が飲みたくなった。

明け方にコンビニに行く。
コンビニの酒は高い。安売り酒屋と比べたら三割ぐらい高いのではないか。
背に腹は替えられない。こういうときこその便利屋だ。
Jack Danielsを買う。正しくはこれはテネシーウイスキーでケンタッキーのバーボンではないが、それは茨城と栃木のどっちの「ダッペ」が本物かというぐらいくだらないどうでもいいこと。無視する。

年齢確認を求められる。「わたしは二十歳以上です」のOKボタンを押す。
自分が年齢よりも若く見えることは自覚しているが、まだ十代に見えるのだろうか。ちょっと照れる。



バーボンのつまみはチョコレートかチーズと決めている。
いいチーズはコンビニにはない。あきらめる。チーズは臭くなくてはならない。チーズは×××の××××のように、臭いからこそ味わいがある。
アーモンドチョコを買ってきた。あと、干しレーズン。バターレーズンが欲しいのだがコンビニにあるはずもなく。

冷蔵庫には日本酒用の特上の明太子も、手製の「松前漬け風のスルメ」もあるのだが、今回は出番がない。バーボンとは手合い違いだ。



窓を開けはなち、震えながら、明け方の冷気の中でバーボンを飲む。チョコレートをかじる。
もちろんストレート。バーボンはストレートでないと意味がない。43度が咽を焦がす。水割りにするぐらいなら飲まない方がいい。

といって、Straight No Chaser--by Thelonious Monk--とはゆかず、チェイサーはいる。水をたっぷり飲む。これじゃ胃の中で水割りにしているようなもので、あまり威張れないが、ともかく胃の中まではストレートで入れる。

あの日から一年。その日が明けた。
今日からあらたな気持ちで頑張ろう。
  1. 2012/03/12(月) 05:00:35|
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あの日から一年──被災地の皆様のご健勝を祈ります

今日は一日、喪に服します。

被災地の皆様のご健勝を祈ります。



福島を差別する鬼畜の絶滅を願います。
台湾のみなさんの暖かい心を思うほどに、同じ国内にいる人非人に対する怒りが増します。



各局がそれぞれ工夫した特番を見て、あの惨禍をあらためて心に刻むべきなのかもしれませんが、どうにもテレビを観る気にはなれません。その時間にはひとり黙祷して、テレビや音曲とは無縁の一日を過ごすつもりです。





【芸スポ萬金譚】──あの日から一年──テレ東の美学?
  1. 2012/03/11(日) 04:00:18|
  2. 地震
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「将棋の日」の思い出──「がんばろう岩手!」の将棋の日

 徳川幕府八代将軍徳川吉宗が「お城将棋の日」を11月17日に定めたことを受けて、日本将棋連盟は11月17日を「将棋の日」として毎年イベントを行っている。今年で37回目を迎えた。

 第1回将棋の日は昭和50(1975)年11月17日に大相撲の本拠地である蔵前国技館で開催された。メインイベントは土俵上で行われた大山・中原の対局である。土俵の上で、読賣主催の十段戦(今の竜王戦の前身)の対局が行われた。
 江戸時代の「将棋の日」の11月17日は旧暦だから、今とはほぼ1ヵ月ずれる。12月のもっと寒いころだった。
将軍の前で、時の名人の対局が行われた。

 徳川家は神君家康公からして将棋が好きだった。その中でも第十代将軍の家治の棋力がずばぬけている。棋譜は嘘をつかないから家治が強かったことはたしかだ。

 江戸城なんて寒かったろうなあ。広々とした空間で暖房器具は火鉢だけである。天守閣なんて震え上がるほどだったろう。江戸時代の将軍より今の庶民のほうがずっと贅沢だ。
 将棋のすばらしさは、すでにこの時期に今と同じ形ができあがっていたことだ。当時の名局・名棋譜は、今も同じ価値を持ち、尊重されている。詰将棋の名作もすでにこの時期に完成されている。



 私はこの昭和50年に蔵前国技館で開催された第1回将棋の日に出かけている。入場無料だった。入場者全員に白い紙袋入りの黒のボールペンがプレゼントされた。白文字で「第1回将棋の日」と入っていた。その後、10年間ぐらいは大事にもっていたのだが、今は手元にない。残念だ。まあ当時としても、いかにも安物の貧相なプラスチックボールペンであり落ちてても拾わない程度の品ではあった。文房具好きの私は使うに値せずと一度も使っていない。でも9千人ちかい入場者全員に無料でプレゼントしたのだから将棋連盟はがんばった。この8700人というのは将棋連盟の発表なのだが、そんなにいたかなあ。ちょっと水増しっぽい。



 昭和50年はカブラヤオーが皐月賞、ダービーを制し、牝馬はテスコガビーが桜花賞、菊花賞を制した思い出深い年だった。
 この年、私は初めて大阪の地を踏んでいる。枚方だ。当時は「ひらかた」を知らず行くまで「まいかた」だと思っていた。春休みの土方バイト。道路工事。しかしよく考えてみると、たかが道路工事になんで東京から派遣されたのだろう。地元がやればいいだろうに。利権なのか? ともあれそれで「スチャラカ社員」「てなもんや三度笠」を見て憧れていた大阪の地を踏めたのだからありがたい。桜の花びらが舞う枚方の街頭テレビで見た「後ろからはなあんにも来ない!──テスコガビーのぶっちぎり桜花賞」は忘れがたい。それってもう4月半ばだ。新学期は始まっている。なのにそんなことをしていたのだから留年して当然である。

 蔵前国技館は後に取り壊され、昭和60(1985)年からは新築の両国国技館になる。大相撲といえばお江戸のころから両国だし、こちらのほうが本筋だろう。今では国技館といえば誰だって「両国」である。でも私は★1父のために徹夜で並んで大相撲の切符を買ったり、この「将棋の日」に出かけたり、猪木のプロレスを見に行ったりしたのがみな「蔵前」なので、国技館といえば両国より蔵前の印象が強い。



 「将棋の日」は、その後の何年間かは律儀に「11月17日」を厳守したが、当然のごとくそれは平日が多かったから、そうそう来られる将棋ファンばかりではない。やがて「その前後の日曜日」に開催されるようになった。開催場所も毎年異なった全国の都市になってゆく。いつしか「11月17日の将棋の日」は、「だいたい11月の第三日曜日のあたり」というあやふやなものになってしまった。これは競馬の「春の天皇賞」が、曜日を問わず昭和天皇の誕生日である4月29日に行われていたのに、崩御のあと、4月最終週だったり5月1週だったり、「そのあたりの日曜日」になってしまったのと似ている。

 今年で37回目だが、私は第1回目しか行っていない。1回目に行ったのは自慢だが1回しか行ってないのは恥ずかしくもある。★2理由は明白だ。



 「将棋の日」に関して特筆しておくべきことは当時の大山康晴将棋連盟会長の尽力だろう。現在の東西の将棋会館建設も、この「将棋の日」も大山会長の獅子奮迅の活躍があって実現したものだ。もちろん大山会長ひとりの実績ではなく、懐刀の丸田を始めとするその他の棋士もみなご苦労しているわけだが、将棋会館建設のための寄附募りなどは大山会長が足繁く名だたる会社の社長クラスを訪問しての寄附要請という実績抜きには語れない。
 大山は実績は歴代一位だが、棋士としての人気は兄弟子でありライバルだった升田幸三に敵わなかった。今も羽生を始め多くの棋士が「もしも叶うなら」と夢の対戦を願うのは升田がダントツだ。いかに秀でた感覚の棋士であったことか。私ごときでも升田の棋譜には心躍るものが多い。なんという異能感覚の優れた棋士なのだろうと感嘆する。
 それと比すと大山は最強ではあるが地味だった。だが、だからこそ、将棋連盟の一大イベントとしてすっかり定着したこの「将棋の日」のために奔走した大山の名を覚えておきたい。升田は「一棋士」としての立場にこだわり、大山のような将棋界全体のため、将棋普及のための活動はしていない。まあ不仲の弟弟子がそうだったから、という兄弟子としての反発もあったろうが、ともあれこの種のことに関しても大山の功績は偉大だ。



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 今年の将棋の日は岩手県盛岡市で開催された。11月13日の日曜日。テレビでは12月4日の午後、Eテレで2時間特番が放送された。月遅れのこの項はそのテレビを見てのものである。
 私はそれを大震災後の東北復興にあわせたすばらしい企画だと思った。そのことを絶賛しようと筆を取ったのだが、すこし調べて、どうやらそれは穿ち過ぎなのかもと気づいた。
 ここのところ将棋連盟はこの「将棋の日」を売り興行にしていると知る。それは将棋連盟のサイトに明記されている。つまり「将棋の日を開催したいと思う都市はありませんか?」と募っているのだ。そこには「棋士の交通費、宿泊費を負担してくれること」のような条件も明示されている。

 「がんばろう 岩手!」と題された盛岡で開催された今年の「将棋の日」を、私は、大震災後の東北復興のために将棋連盟が手持ち弁当で立ち上がった麗しい企画と解釈し、「やるじゃないか米長会長!」と感激しそうになったのだが、実際は昨年秋に募集され、盛岡市が応募し、当選して開催されたという、ただそれだけのことであるらしい。いや、正確にはわからない。わかったら修正する。ただ今年ももう11月から来年度の開催地を募集している。去年も当然秋から募集していたろうから、年明けぐらいには決まったのではないか。3.11を過ぎてもまだ決まらず、復興支援のために盛岡にしたとはちょっと考えにくいのだが……。でももちろんそれならそれでうれしい。どっちにしても岩手の盛岡開催はうれしいできごとだった。

 棋士は、震災後に千駄ヶ谷(将棋会館がある)駅前で募金を行ったり震災復興に積極的に行動しているから、おそらく出演料を募金に回すような義捐はしているだろう。でも「大震災があったから盛岡」ではなかったと思う。



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 秋の最大棋戦である竜王戦は、今年は「東北シリーズ」と呼べるものだった。第一局が山形県天童市、第二局が大阪市吹田市、第三局が富山県黒部市。そして、一番盛り上がった11月24日、25日の第四局が福島県福島市、決着のついた12月1日、2日の第五局が青森県八戸市だった。大阪以外はみな北日本だ。
 上の写真は福島県福島市で行われた第四局である。

 これもまた前年度から決まっていた日程と場所だったのだろうが、なんとも、最高に盛り上がった時期に福島、青森という開催地はタイムリーだった。
 福島を穢れたものでもあるかのように差別して悦に入るクズがいる世相に、将棋界と最強棋士は、福島で対局することで誠意を見せた。そのことが一将棋ファンとして誇らしい。

 竜王戦は海外でも開催する。名人戦を超える箔付を意識していることもあり、今までにロンドン、パリ、ニューヨーク、北京と、名だたる世界の大都市で開催してきた。その後、毎年恒例の海外対局は二年に一度となり、今年は国内開催の年だったのだが、世界のどんな都市で開催されるより、福島・青森は価値があったように思う。

 盛岡で開催された「将棋の日」も、福島・青森の竜王戦も、偶然でしかないのだろうが、東北の復興を心から願う身には、なんともうれしい開催地だった。

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 それは、たとえば開催地が、「西日本に疎開したという設定で放射能不安を煽り、アフィリエイトで稼いでいる鬼畜のエア疎開場所である山口市だったら」「福島のこどもを差別して悦に入っていた鬼女の住む札幌市だったら」と考えるとより明確になる。

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追記──ATOK話

 ATOKが「神君」を変換できなかった。不可解。ろくでもない芸能人の名前よりはよほど意味のある日本語だと思うが。

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追記──盛岡開催に関して──2012年1月6日

 『将棋世界』2012年2月号を読んでいたら、こんな記事があった。「平成26年の将棋の日の開催地募集」である。応募受付は5月末日。発表は今年の平成24年12月である。2年前からもう動いている。

 ということから、平成23年の将棋の日・盛岡開催は平成21年にはもう決定していたことがうかがえる。
 よって、東関東大震災の年に東北の盛岡開催となったことは、大震災と復興とは無関係だったことになる。でもその偶然がうれしいことに変わりはない。上記したように山口や札幌でなくてよかった。
  1. 2011/12/06(火) 08:12:33|
  2. 地震
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突如「日本人」と言い始めたへ──ニポンへ帰れ!

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こういうのが今更なにを言おうとどうでもいい。だから中身には触れない。だが、表記にはこだわりたい。
今まで常に日本と日本人のことを「ニポン」「ニポン人」と表記して、真っ当な日本人を不愉快にさせてきたくせに、こんなときだけ都合良く「あたしは日本に住む日本人だから」はやめろ。

あんたは「ニポン」に住む「ニポン人」だ。断じて日本人ではない。ニポンでなら、西ニポンの山奥に疎開していてもTokyoのADSLでTwitterができる。あんたは今も魑魅魍魎が跋扈する「ニポンに住むニポン人」だ。軽々しく私達の母国・日本の名を出さないでくれ。

私達日本人は、あんたを日本人とは認めない。滅びて世界の反面教師になるのは「ニポン」であり、死にたえるのはあんたのような「ニポン人」だ。

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【参考】──ニポン人<きっこさん>の発言例


《福島第一を止める唯一の方法は、あたしが震災直後から言って来たように、福島沖までアメリカ空母に来てもらい、戦闘機を発進させて小型の核弾頭ミサイルを福島第一にぶちこみ、すべてふっ飛ばすしかありません。 こうすれば日本の3分の2以上は死滅しますが、北半球の7~8割は助かります》

モーニング娘の「ラブマシーン」の替え歌。

ニッポンの未来は~ウォ~ウォ~ウォ~ウォ~原発爆発~ウォ~ウォ~ウォ~ウォ~ セシウム飛び散る~~ウォ~ウォ~ウォ~ウォ~もう~ダメじゃないのさ~♪

「手のひらを太陽に」の替え歌でこんなのもやっている。

僕らはみんな~被曝する~何を食べても被曝する~僕らはみんな~被曝する~~♪
  1. 2011/11/09(水) 19:21:20|
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大震災から四ヶ月──忘れることなく

あの日から今日で四ヶ月目。
2011/3/11は永遠に忘れられない記憶だ。
あれほど緊張し苦痛に満ちた時間を過ごしたのに、時が流れれば、いまも苦しむ東北のみなさんがいるのに、いつしか怠惰な日常に戻りつつある自分がいる。
しっかり戒め、真に復興するまで、背筋を伸ばした生きかたをしよう。
  1. 2011/07/12(火) 23:56:27|
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大震災話──ひさびさの縦揺れ恐怖

今日の午後18時58分の地震は怖かった。
最初にドンという縦揺れがあったからだ。
これは怖い。私は地震慣れしている方だけど、あの縦揺れの恐怖は別格だ。

パソコンに入れている緊急地震速報ソフトが警報を発し始めた。
ドンとあった数秒後、来るなと覚悟する。
建物がメキメキとなるかなりのものだった。

マグニチュード4.7の震度3だからたいしたことはないのだろうが、震源地が千葉とちかくだったものだから、数字以上のものを感じた。

地震に備えて私はなんの準備もしていない。水も食料もない。最低限のものは用意してバッグに入れておくべきなのだろう。水、乾パン、懐中電灯、ラジオ、電池、ヘルメット。今日の地震はそんなことを考えさせられた。

世の話題は放射能だけど、私は大地震がもういちど来るような気がしてそちらが怖い。

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20時半にまた来た。今日は揺れる。
  1. 2011/06/18(土) 19:49:59|
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3.11から三ヵ月

6月11日。
今日で三ヵ月か。

あの日を忘れないように記録しておこう。
  1. 2011/06/11(土) 08:48:44|
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ありがとう台湾──台湾紙に記事掲載

 「ありがとう、台湾」。東日本大震災で多くの被災地支援を行った台湾に対し、日本在住の「有志一同」約6千人が3日付の台湾紙、聯合報と自由時報の2紙に、日本語を交えた感謝の広告を掲載した。

 台湾に謝意を伝えたいとする女性デザイナーが短文投稿サイト「ツイッター」などを通じて広告を提案。約240万円の広告掲載料を捻出するため、1口千円の募金を呼び掛けたところ、1900万円以上が集まった。差額は被災地へ義援金として送るという。

 台湾からの義援金は先月27日までに約55億5千万台湾元(約157億円)に達している。


http://sankei.jp.msn.com/world/news/110503/chn11050318070001-n1.htm





 すこしだけほっとした。参加してよかった。我愛台湾。永遠的朋友。
  1. 2011/05/03(火) 20:15:55|
  2. 地震
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ありがとう台湾──日本から感謝の心──台湾の2ちゃんねる



「謝謝(ありがとう)台湾」 感謝広告の募金に1800万円、ツイッターで広がる 

 「謝謝(ありがとう)台湾計画」。東日本大震災で米国や中国を上回る多額の義援金を寄付してくれた台湾に感謝の気持ちを伝えようと、フリーデザイナーの木坂麻衣子(37)さんが、地元2紙への感謝広告費約240万円の募金を呼びかけたところ26日午前までに1800万円が集まった。すでに1紙に広告料を支払い、5月上旬にも掲載する方向で調整を進めている。

 台湾は震災発生後からテレビなどを通じたチャリティー活動を行い、現地メディアによると、今月13日までに総額約148億円が集まった。米国の約104億円(4月初旬)や中国の3億4000万円(3月末)を上回る規模。

 日本政府は今月11日、米ウォールストリート・ジャーナルや中国人民日報など7紙に支援に対する感謝広告を掲載する一方、台湾には外交ルートで馬英九総統らに謝意を表した。外務省は7紙を選んだことについて、「義援金の総額ではなく総合的な理由」としている。

 「台湾にも感謝広告を出してきちんとお礼をしたい」。感謝広告は木坂さんが11日夜、短文投稿サイト「ツイッター」で何気なくつぶやいたのが始まりだった。共感の声が寄せられたため、台湾に詳しい知人などを通じて話しを進めてみたところ、台湾紙「聯合報」と「自由時報」が広告スペースを提供してくれることになった。(以下略)


http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110426/dst11042612210018-n1.htm

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20日から22日まで開催されていた「台北國際安全博覽會」を訪れたネットユーザーが、同博覧会に出展していた某日本企業の社員たちが、台湾人に感謝するメッセージが書かれたTシャツを着ていたと、掲示板「PTT」に写真とともに紹介したのだ。

 背中側に中国語で「日本国民を支援してくれた、台湾人のみなさまに、心より感謝します、ありがとう」という文章と、日本と台湾の旗がプリントされているこのTシャツを見た「PTT」ユーザーたちは、「感謝してもらいたいわけではないが、実際にこういうメッセージを見ると胸が熱くなる」「日本人と台湾人の絆が一層深まった」などと称賛。


http://news.livedoor.com/article/detail/5520487/?p=1

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 以下のサイトが、台湾の2ちゃんねるのようなものへの書き込みを訳して紹介してくれている。台湾の若者の心情だ。中には「南京大虐殺」なんて言い出すのもいて、必ずしも日台友好ばかりでもない。

 日本の2ちゃんねると投稿内容の流れがあまりに似ていておどろく。日本も「台湾ありがとう。涙が出た」と書き込みがあると必ずその後にはチャンコロがどうのこうのと否定的なことを書き込んだりするのがいる。台湾のそれも同じだった。それでこそ健全?なのだろう。がっかりしたというか安心したというか……。

 手間暇かけてこういうことをやってくれるひとに感謝。ぜひ読んでみてください。

http://mantou.at.webry.info/201104/article_1.html
  1. 2011/04/29(金) 20:31:18|
  2. 地震
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大震災話──またも天皇陛下の前であぐらの男──宮城県

天皇皇后両陛下が宮城県の被災地を訪れた。
またも跪坐する天皇陛下の前であぐらの男がいた。
いま、19時のNHKニュースで見て呆れている。

前回の武道館に避難してきた福島県の若い男ふたりはただのバカと解釈できる。
無智な若者にとって両陛下は見知らぬ年寄りでしかなかったのだろう。
無学なバカだからしょうがないとも言える。彼らの親や教師には何を教えてきたのだと腹立つが。

陛下はそこまでのお覚悟をなさっていた。そういうこともあろうと。
あのバカ者を思うといまだに立腹するが諦めるしかない。
そういう日本だ。石原都知事の言うように一度国全体を洗いなおした方がいい。



今回の宮城でのあぐら男は、目のギョロっとした50歳前後だった。
無智ではない。いわゆる確信犯である。
跪坐する天皇陛下にあぐらで接しようと待ち構えていたのだ。

百歩譲って、福島のバカは、今回のことで気づき、今から勉強してまともになる可能性がある。
対して宮城のあぐら男は、してやったりとばかりほくそ笑んでいるだろうからどうしようもない。
日教組でもあるのか。

百万歩譲って、あのあぐら男が、足を痛めていたとする。正座できないような。
しかしそれはありえない。それだったら、自分は陛下の前で正座できないからと遠慮するからだ。
どう考えてもあれは、東京での福島の若者のニュースを見て、「おれもやったる」と待ち構えていたとしか思えない。なにより顔がそう語っていた。正座できないような体調なら、その申し訳なさが顔に表れる。あの男の顔はそうではなかった。

ああいうのはこれからも出る。
だから陛下はそこまでなさる必要はない。陛下のお身体のほうが心配だ。

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【ATOK話】──跪坐を変換できないATOK

ATOKは「跪坐」が変換できない。前回の時、それができなかったので、「ひざまづかれる陛下」と書いた。
今回サ変名詞として辞書登録した。

くだらん芸能人の名前の変換を誇るならもうすこしまともなコトバを揃えて欲しい。
ジャリタレの名やくだらない流行りことばの収録に熱心なようだが、そっち方面ではどんなにがんばっても無料のGoogle-IMEに適わない。なにしろATOKが一年毎のVersion Upなのに対してGoogleは毎日更新している。長年のATOKファンである私も、芸能人やスポーツ選手の名を書くような文章ではもうGoogle-IMEに切り替えて使っている。ぜんぜんちがうのだからしょうがない。

唯一の有料IMEとして生き残りたいなら、ATOKを支持してくれている購入層がなにを望んでいるか真剣に考えるべきだ。人名等では絶対にGoogleに敵わない。なら何を売りにすべきかだ。



跪坐と脆弱

先日、脆弱(ぜいじゃく)を「きじゃく」と読んだ女アナの話を書いた。
跪坐の「跪」は、作りからの読みで「き」が正解になる。その他にもこの構成で「き」と読む漢字は多い。
脆弱をぜいじゃくと読むためには脆弱ということばを知っていなければ不可能だ。
女アナがすこし気の毒になった。聞くところによると英語が堪能だとか。二十代でそんなにスーパーマンにはなれない。失敗を励みにすることだ。
  1. 2011/04/27(水) 19:19:25|
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大震災話──好奇心の減少──椎名さんの「赤マント」から

今日、『週刊文春』の椎名誠さんの随筆を読んでいたら、大震災以降、世の中に対する興味が減少したというようなことが書いてあった。週刊誌にいくつもの連載随筆を持つ椎名さんは毎日が締切日だ。でもそのネタに苦しんだことはないという。自分の随筆を「ゴミバコのようなものだから」と謙遜しつつ、疲れきった日でも、「あれを書こう」と思いつくとすぐに机に向かってきたことや、あまりの疲れから書きながら机で寝てしまったこと、目覚めるとまた書き続けて仕上げたこと、その満足感を綴っている。

ところが大震災以降はそういう世の中のあれやこれやに対する興味が薄まり、書く気力が失せている、ネタに困っているとか。そう書いた後、「これはグチだ」と気づき、「長年の物書き生活でグチだけは書かないようにしてきたのに」と反省している。
そのあともうひとつ、かなりの活字中毒者なのに、ここのところ本を読んでいないと書いてあった。



それを読んで、自分も大震災以降世の中に対する興味、好奇心が失せていることに気づいた。二十年ほどパソコンにつけている日記も、ここのところ何時に起きた、何を食った、何時に寝たと、無趣味の独居老人の日記みたいになっている。元気があるときは政治から芸能まであらゆることを書きまくっていたのに。

ホームページもブログも更新が滞っている。馬券を買うことは義捐に繋がるのだと思いつつもかつてのような熱気はない。毎日チェックしてくださるかたがいるので最低限の更新はしているが……。

本も読んでいない。私の読書ペースは、時折狂ったように一ヶ月間毎日一冊ずつ読了することもあれば、一週間十日まったく読まないときもある。平均すると週に二冊ぐらいだろうか。それがここ一ヵ月半で読んだ本は一冊だけだ。日記を調べてみて、大震災以前はたしかに週に二冊は読んでいたと確認した。こんなところでもショックを引きずっているようだ。この随筆を読んで、椎名さんでもそうなんだから、とすこし救われた気がした。

昨夜、というか今朝方、午前二時から六時までかかって小説を一冊読了した。ひさびさの徹夜読書である。渇いた心がじんわり湿った気がした。たぶんそのことでいささか昂揚し今こんな文を書いている。



読書をしないとはむろん小説に関しての話。単に活字なら新聞、雑誌の類は以前にも増して手にしている。さいわい計画停電が中止になり図書館が開館するようになったので毎日読みまくっている。大嫌いな「週刊朝日」「週刊金曜日」まで読んでいる。インターネットでの政治、大震災、原発等に関するニュースも頻繁にチェックしている。でもそれは「読書」ではない。



読書をしない時期、私淑している高島俊男先生の本ばかり読んでいた。電車の中、晩酌をしつつ、風呂の中でも、ずっとそればかりだった。あとは『将棋世界』や将棋の戦術書を読んでいた。
これは「逃げ」だろう。
「世間で話題になっている本を読む。おもしろかった(つまらなかった)、読んでよかった(貴重な時間を無駄にした、腹が立った)」が興味であり好奇心だ。よかれあしかれ心に波風が立つ。それを避け、ぜったいに安心できる定番のモノに縋っている。高島先生の本は例の「もしも無人島に」の質問に即答するぐらいの座右の書だし、読むたびに新鮮な発見がある(というか忘れている)ので当然だとしても、それに縋るほど今精神は非常事態ということなのだろう。将棋本も同じで、その世界に飛びこむとこの世の憂さを忘れられるのである。やはり「逃げ」と思わざるを得ない。

今日、図書館から五冊ほど借りてきた。藤原正彦さんの本。あとはすこしこ難しいのもある。そういう興味が湧いてきたから私なりに立ち直ってきている気がする。
  1. 2011/04/21(木) 16:57:19|
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大震災情報──深夜の餘震──気象庁の餘震一覧

午前2時37分に地震。
がっくんと揺れる強烈な一発だった。
昨日入れた地震速報ソフトがすぐに教えてくれる。
マグニチュード4.3。
寝てたひとも起きたろうな。
それとももう慣れてこれぐらいじゃ平気か。

地震予報速報ソフトは予測の時に不粋なアラームが鳴る。
いまのは予知できなかったらしく、揺れと同時に速報が来ただけだった。アラームは鳴らずじまい。それでもほぼ同時に教えてくれるだけでもすごいが。

昨日は一日中パソコンに向かっていた。その間、5回ぐらいアラームが鳴った。
楽しいものではないけれど、油断しないためには使った方がいいのだろう。

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気象庁の餘震情報サイトで餘震の一覧を見てみる。

http://www.jma.go.jp/jp/quake/quake_local_index.html

ほぼ私の感じた回数と同じだ。数えてはいないけれどだいたい合っている。自分の感覚が狂っていないことに安心する。毎度書くが、私がいまいちばん怖いのは、地震恐怖症のようなものから、来てもいない地震を感じてしまうことだ。精神的な病気である。それほどの恐怖はもっていないし、どこにも逃げだすことなくこの地で死ぬ覚悟も出来ているから、そんなことになるはずはないと思うのだが、一日に二十回も餘震を感じると、いくらなんでも多すぎて、自分の感覚はおかしいのではないかと心配になる。

昨日、速報ソフトをインストールすると「餘震の詳細は気象庁のサイトで確認を」とあったので、初めて気象庁のサイトに行ってみた。このソフトに教えてもらわないと、私には気象庁のサイトに出かけるという発想はなかった。そこにある餘震一覧を見て、自分の感覚がごく正常だと知って安心した。

都心で電車に乗っていたり道を歩いていたりしたら、震度1,2の餘震には気づかないだろう。気づくほどの大きいのは一日に数回か。私は三階建てアパートの三階の閑かな部屋でパソコン作業をしているだけだから、震度1でも確実に感じる。3以上じゃないとテレビでも流さないから、あまりにそれが多いと、自分がおかしいのかと思ってしまうのだ。でも速報ソフトの設定を「マグニチュード1から通知」にしたら、見事に私が感じるのと同じくソフトも地震だと教えてくれた。それにしても多すぎる。あまりに不気味だ。
  1. 2011/04/19(火) 02:45:51|
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大震災情報──台湾に礼を言わない政府

「台湾に義援金のお礼の広告を出したい」。あるデザイナーのインターネットでの呼び掛けが注目を集めている。政府は海外7紙に、支援に対する感謝広告を出したが、台湾の新聞には掲載されなかった。その代わりという意味も込められているらしい。

東日本大震災から1か月たった4月11日、英国、米国、中国、韓国などの海外7紙に、菅直人首相の「絆に感謝します」というメッセージ広告が掲載された。しかし、中国への政治的な配慮からか、台湾の新聞には掲載されなかった。台湾からの義援金は官民合わせて100億円以上。人口や経済力を加味すると、他国より格段に多く、日本国内では「なんで台湾の新聞には広告を出さないんだ」「台湾に感謝を伝えたい」との声が上がっていた。


http://www.j-cast.com/2011/04/13093010.html?p=all

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日本を心配し真っ先に立ち上がってくれた親友に、なんという失礼なことをするのだろう。
恥ずかしい。申し訳ない。なさけない。しみじみ腐った政府だ。「中国への政治的な配慮」ってなんなんだ! 「絆」をいちばん強く感じさせてくれたのは台湾じゃないか。
ただし河野洋平のようなのもいるから自民党政府だったとしても同じ事が起きた可能性はある。

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だが台湾では、別の形で菅首相からの謝意が届けられたようだ。
と以下のサイトにある。

http://www.j-cast.com/2011/04/12092867.html?p=2

台湾へは表には出さず、裏からソッと感謝の意を伝えたらしい。よけいに失礼だ。

そして中共へは表からも他国とはちがう特別の謝辞を含んだ礼をしたとか。
「中国には、地震発生直後の3月13日に救援チームを派遣していただいた」「3000万人民元相当の物資、ガソリンやデイーゼルオイル1万トンずつを緊急援助として被災地にお送りくださった」と支援内容を具体的に挙げ、胡錦涛国家主席が天皇陛下に、地震の犠牲者に対する哀悼の意を表すメッセージを送ったことにも触れた。

完全な土下座外交になっている。赤い官房長官・仙谷の中共に対する異様な叮嚀語尊敬語を思い出した。
  1. 2011/04/14(木) 13:46:45|
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大震災情報──中国の本音──辻元清美が「災害ボランティア担当首相補佐官」という悪夢

 中国紙、「日本の大震災と不況入りは中国にとって千載一遇の機会だ」
「中国企業が基幹部品や素材の供給先として日本の地位を一気に奪える」とホンネ


********************************

 中国の経済専門新聞「第一財経日報」(3月29日)は、「日本の大震災と不況入りは中国にとって千載一遇の機会であり、これを契機に中国企業が基幹部品や素材の供給先として日本の地位を一気に奪える」とホンネにしたがって扇情的な報道をした。

また日本経済の“空白”に中国が食い込む好機として、経営難に陥る日本企業の買収が近道だとした。
理由は被災した東北地方にIT関連や自動車の部品メーカーなどが密集しており、買収が容易になると予測した。
(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)


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一党独裁共産国家が、ここまですなおに本音を語ってくれると不快を通りこしてさわやかですらある。
この報道に対し宮崎さんはこんなご意見を書いている。

 あけすけにホンネを表現するあたり中国のメディアらしいが、これは中国の願望を述べただけであって、実現はたいそう難しいだろう。

 第一は品質の問題があって、中国経営が日本で部品を展開しても、エンジニアの確保が難しいうえ、被災した多くは下請け系列が明確で、外国資本が食い入る余地は極めてすくない。

 第二はとくに東北地方は中国資本をいやがる。仙台市がチャイナタウン構想を拒否したように。

 第三に日本人は今次大震災により、救援活動、義援金、ボランティアなどで大きな団結をみせたばかりで、外国人が入り込む余地はすくないうえ、日本人の情緒はむかしから火事場泥棒的遣り方を好まないのである。


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こんな火事場泥棒に負けてなるものかと心底から思う。
天が日本に課した試煉なら今こそ日本人の底力を見せてやろう。
あんな下衆な共産国家と日本はちがう!
漢民族に日本人は負けない!

だが日本には日本の滅亡を願うサヨクがいる。
獅子身中の虫だ。
共産国家などより遙かにたちがわるい。
「わたしは国議員です」と誇らしげに自称するツジモトキヨミは、大臣の味が忘れられず社民党を抜け、民主党に擦りより、いま災害ボランティア担当首相補佐官だ。民主党入りも間近いだろう。
こんな悪夢のような人事をする政治を許してはならない。
  1. 2011/04/05(火) 06:27:45|
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大震災情報──ひざまづく陛下の前であぐらの若者

都内の避難所を天皇皇后両陛下が訪問してくださった。
なのに、両陛下がひざまづいて声をお掛けになっているのに、あぐらで対応している若者がいた。

新潟のときだったか、お声を掛けてくださる両陛下に、タレントに群がるように写メを撮っているのが大勢いて腹立った。

私は、両陛下はここまでしてくださらなくてもいいと思う。皇居の中で自主的に停電してくださっていると知るだけで充分だ。両陛下のお身体の方が心配である。

それこそ、こういうことは若くて体力のある皇太子御夫妻にお願いしたいのだが、あちらはまたこの種の事には興味がないようだ。

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【附記】NHKニュースで見て、怒りで頭がくらくらした。二十代の若者ふたりと記憶している。しかし一瞬の映像だったし、ネットの新聞社のニュースでは、そのことに触れたものがない。むしろ「両陛下が自分達の前から去っても正座を崩さずにおふたりを目で追っていた。涙ぐんでいるひともいた」のようにみな好意的だ。
もしかして私の勘違いかもと検索してみた。「天皇陛下 避難所訪問 あぐら」で検索するとすぐにヒットした。やはりかんちがいではなく現実だった。いまも信じがたい。多くのひとが無礼だと怒っているので安心したが、中にはよくやったとはしゃいでいるサヨクもいた。
  1. 2011/03/31(木) 02:21:45|
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大震災情報──むごさから目を逸らしてはならない

過日、「ツイッターバカ」について書いた。
今回の震災においてツイッターは大きく役だったが、同時に晩飯のおかずを案じるのと同じ感覚で被災地について語っているツイッターバカも目についた。
そのとき「遺体を映せ」と書いた。そうすればこういうバカもさすがに気づくだろうと。

外国のメディアはやっている。
以下はニューヨークタイムズのサイト。
下のURLにはむごい写真もある。
津波による遺体は損傷も激しく痛々しい。
大震災と正面から対峙するために、瓦礫の山だけではなく遺体にも向きあわねばならない。

http://www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html#99
  1. 2011/03/30(水) 13:05:19|
  2. 地震
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大震災情報──「泥酔論説委員の日経の読み方」から山内教授の適確な指摘

「さるさる日記」に「泥酔論説委員の日経の読み方」というのがあります。勉強になるので愛読しています。

http://www3.diary.ne.jp/user/329372/

 その泥酔さん(ご本人も自分のことを「泥酔」と称します)が日経紙に載った山内昌之東京大学教授の首相を批判した文章が当を得ていたと引用していました。私もよくぞ指摘してくれたと孫引きさせていただきます。



「最高指導者は指揮所からみだりに動くべきでなく、たとえ善意の督励であっても現場に出かけるには時機を見計らい慎重でなければならない」


「人びとは、メディアを通して首相の言葉や振る舞いをいつも注視しており、喜怒哀楽の過剰な露出は国民をいたずらに不安にするものなのだ」

「菅首相に問われるのは、政策的総合力と全体的判断力であり、いかに重要であっても個別の事象にのめりこんで他の重要な課題を忘れてはならない」


「この期に及んで市民運動家めいた細々としたパフォーマンスは必要ないのだ」


「必要なのは決断と責任である」


「真の政治主導とは、責任は大臣に、賞賛は現場に、であろう」


「国家の危機を救うために命がけの自衛隊・消防・警察の隊員に加え、危険な現場で不眠不休の作業にあたる東電と関連企業や日立製作所・東芝などの勇敢な職員の成功を祈りながら、菅首相は最終的に政治責任をとる覚悟さえもてばよいのだ」


---------------

 カンナオトという市民運動出身の政治屋は、カイワレをむしゃむしゃ食うパフォーマンス程度の男でした。それはわかっていたけれど(わかってないひともいたようですが)、それをこの非常時にもやられたのではたまりません。東電に乗りこんだり、福島に行こうとしたり、演説中に涙ぐんだり、愚者としか言いようがありません。


 この時期には喜怒哀楽を抑えることが為政者としての務めなのに、それを出すことが受けるのではという勘違い感覚にはうんざりします。まるで落ち目の芸能人の復活パフォーマンスです。引用した文章は、それらすべてを短く適確に指摘しています。
  1. 2011/03/26(土) 22:23:08|
  2. 地震
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大震災話──連続する微震

一日に何十回も微震を感じる。
といって部屋中が揺れるようなものではない。壁がみしみし言うようなのは日に一、二回だ。
問題はその他の何十回もあるかすかな揺れである。
私の勘違いかも知れない。
地震を恐怖するあまり、そうなってしまう病気があることを知っている。それだったら、それはそれで怖い。

重めのネジを糸で吊し、ガムテープで止めて、パソコン用ディスプレイからぶら下げてみた。フルタワーケース用のネジがちょうどよかった。

すると私が「ん? 地震か!?」と思うときは、たしかにそれも揺れていた。どうやらそういう精神障害ではなく、アパート三階の部屋がほんのすこし揺れる程度の微震が一日に何度となくあるようだ。

これからどうなるのだろう。

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四年に一度の地方首長選が始まった。
いつもは興味津々なのだが今年はとてもそんな気になれない。
非常事態宣言を発して延期すればいい。いまはそんなときではないだろう。

本来なら失政続きでこの春には引きずり下ろされていたはずのカンナオトは、一日でも長くやりたい総理大臣を、この未曽有の災害を背景に、まだ続けられそうだ。うれしくてたまらないだろう。

内閣支持率が上がったのは決してほんとうに支持したからではない。
非常時に、しっかりしてくれというせつないエールなのだ。
あいつらに通じるとは思えないが。
  1. 2011/03/25(金) 15:08:56|
  2. 地震
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大震災情報──茨城のモラル

割り込み、暴言、違法駐車 給油行列、モラルも枯渇
県内スタンド対応に苦慮 店員「みんな助け合って」

 給油を求めガソリンスタンドに行列が続く中、トラブルも多発している。交差点の多い場所では列の切れ目からの割り込みが絶えず、客同士のけんかや誘導する従業員への暴言は日常茶飯事。
割り込みを注意して暴行を受けるといったトラブルもあり「開店するのが怖い」と話す店舗も。
休日返上で働く従業員らはこうした“マナー違反”への対応に苦慮している。

「このままではストレスで胃に穴が開く」。水戸市内のガソリンスタンドで働く男性従業員(38)は苦笑いする。店舗では、列の途中と最後尾に従業員を配置、細かい誘導や案内をしている。
「もうきょうは在庫がありません」と説明し、行列をしないよう客に求めても「まだあるだろう」と譲らないケースなど、多い時には1日で数十件のトラブルが起こるという。

http://www.ibaraki-np.co.jp/news/news.php?f_jun=13007182080102


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 私は父方母方ずっと茨城の(なんの自慢にもならん)純血茨城県人なのだが、南限北限のぶつかる豊かな大地は誇りつつも、こどものころからどうにもこの地が好きになれなかった。モラルの低さである。

 その想いは成人し日本中を旅行するようになってますます強くなった。そして思うのは、ホームページにも何度も書いているのだが、東北のひとのやさしさだった。
 厳しい冬を知っている東北のひとは春のありがたさを知っている。どの町を訪ねても、街角の共同花壇で、草花をいつくしみ、いとしんで育てていた。開花はよろこびの春の訪れだった。
 一方、自然に恵まれた茨城のひとは、そのありがたさを感じていない。花なんてのはその辺にかってに咲くものだと思っている。みんなで面倒を見るはずの街角の花壇は誰も手を出さず荒れはてている。昼日中から通いつめるのはパチンコ屋だ。

 父母の死後、相続した土地をみな手放し、完全に縁を切った地とはいえ18まで育ったことは否定できない。私の中に流れている血は100%茨城だ。こんなニュースを読むと、さもあらんと思いつつ赤面する。
  1. 2011/03/22(火) 19:52:06|
  2. 地震
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大震災情報──中国で塩の値段高騰

【3月19日 AFP】中国で、福島第1原子力発電所から漏れた放射能による被ばくを防ぐにはヨウ素が有効との風評が広がり、人びとが食塩の買いだめに走っている。ヨウ素欠乏症を防止する国家政策により、中国では、ほとんどの食塩にヨウ素が添加されているからだ。

 仏小売大手カルフール(Carrefour)の上海(Shanghai)店舗では17日、開店から30分で塩が売り切れた。同店を訪れた客の話では、塩の価格を6倍につりあげた店もあるという。

 南部・広州(Guangzhou)のスーパーでも、塩の需要が急増したため、1人当たり2袋までの購入制限を設けた。

 海を隔てた隣国の日本で起きた原発事故が、中国で人体に影響することはないと中国政府は強調しているが、放射能汚染に対する国民の不安はおさまっていない。ヨウ素添加塩を摂取することで、少しでも放射能被害を食い止めようと必死だ。(afp bbニュース)


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 この話はニュースになる前から妻の電話で知っていた。いきなり塩の値段が10倍になったと。雲南の山奥である。何事が起きたのかと苦笑した。そのときはまさか日本の原発と関係があるとは思いもしなかった。

 なんともかなしくなる話である。
  1. 2011/03/21(月) 10:43:24|
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大震災情報──牛乳が消えた

スーパーから牛乳が消えた。いやはや。

テレビのニュースで牛乳が不足とやっていた。
牛乳そのものの生産は問題ないのだが紙パック等の生産に支障があるのだとか。

そのあとスーパーに行くと見事になくなっていた。牛乳の棚が空っぽなのは初めて見た。
なくなると聞いてふだんは牛乳を飲まないひとまで買いに走ったのだろう。
風評に踊らされる心理だ。

ミネラルウォーターの棚も空になっていた。

それに、これは重要なことだが、確実に物の値段が上がり始めている。

---------------

誰もがこんなことで日本人はつぶれない。必ず立ち上がると信じている。
だが同時に、このままではすまず、もう一撃、あるいは二撃あるのではと予測している。
そのための準備だ。買い占めに走る人の気持ちは、それはそれでわかる。
私はしない。痩せ我慢でしない。それを被災地への心とする。

海外放浪していたひとが書いていた。
「トイレットペーパーがなくなっても平気になりました」
あんなものなくてもなんてことはない。

「買い占めたひとが正解だった」という結末にならないよう願う。
  1. 2011/03/21(月) 10:29:28|
  2. 地震
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大震災──内田裕也のパワー・トゥ・ザ・ピープル

内田裕也ら渋谷で義援金呼びかけ練り歩き

ロック歌手内田裕也12 件(71)が19日、ジョー山中、近田春夫、白竜ら約20人とともに東京・渋谷で、東日本大震災への義援金を呼びかけた。内田は「日本全体から元気がなくなっている。直接呼びかけて、行動をみんなと共有したかった」。「HELP」の横断幕を掲げ、ジョン・レノンの楽曲「パワー・トゥ・ザ・ピープル」を歌い、渋谷駅ハチ公前からC.C.Lemonホールまで約1時間かけ練り歩いた。


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「パワー・トゥ・ザ・ピープル」の歌詞内容は、虐げられている労働者階級に革命をけしかけるもの。またオノ・ヨーコの影響でフェミニズムも含まれている。一見そのタイトルから、被災地の人びとを励ますのに適切なようだがかなりの見当ちがい。リビアの人びとに送るならいいが被災地のひとには的外れ。ふさわしい名曲はいくらでもあるのに……。
内田裕也のズレ具合がよくわかる。まあ蓮舫に花束を贈るひとのセンスはこんなもの。
  1. 2011/03/20(日) 16:22:14|
  2. 地震
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大震災──ツイッターバカ

関西に住む知人のツイッター。いま失業保険で暮らしている。一日中ツイッター三昧。

朝、いつもの仲間に「おはようございます」と語り掛けることから始まる。「ここのところ寝坊ばっかり」なのだとか。

昼からカンチューハイを飲みつつ、あれやこれやに口を出す。

夕暮れには「今晩の献立です」という仲間のつぶやきに、「××がおいしそうですね」と書きこむ。「ぼくもスーパーでそれを買ってこようかな」と。

それはそれでいい。ほのぼのとしたそういう世界と言える。



だがその合間に大震災のことが語られるのがたまらない。
政府を批判し、原発を憂い、被災者を案じる。
それは「寝坊」や「晩ごはんのおかず」の話題と並列に語られている。

彼にとって大震災は、テレビドラマ「24」を見ている感覚なのだろう。

ツイッターは被災者にとって大きく役だった面もある。
一方でこういうツイッターバカが何十万だか何百万だかいるのもたしかだ。

テレビは遺体を映すべきだ。
100人が、千人が死んでいる現場が、いかに悲惨であることか。
それを一目すればこんなツイッターバカは消える。

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辰巳琢郎さんのブログ。ぜひ御一読を。

http://ameblo.jp/tatsumitakuro/entry-10831822328.html
  1. 2011/03/19(土) 19:13:17|
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大震災情報──友の明暗

仙台の友人と連絡が取れた。
一週間電気のない闇の中にいたそうだが元気な声だった。
無理をしての元気だろうが、その気持ちを酌んですなおに元気と表現する。

福島の友人は連絡が取れないまま。
ほぼ壊滅地域だけに、家族全員最悪の覚悟もせねばなるまい。
いやほんとはもうせねばならないのだ。でもまだ思いきれない。
また希望を捨てきれない。生きていてくれ。



12時から16時まで計画停電。
信号のない街を知人のクルマで走る。

停電なのでガソリンスタンドも閉店。
長い長い列もない。

クルマはほとんど走っていない。
交叉点でも互いに譲りあう。
日本人の美しさ。

と思ったら事故を見かける。
なんでこんな場所で……。
そういえばここは、自転車で走っているといつも危ない目に遭う場所だ。マナーの悪い運転手が多い。
まだ救急車も来ない時点。
近所のひとが出て助けあっていた。
さいわいケガはたいしたことないようだ。



友が波にさらわれるとき、なにも出来なかった無力感にうちひしがれる。
だけど、なにもできやしない。自然のあの脅威の前に、ひとは無力だ。
  1. 2011/03/18(金) 16:33:32|
  2. 地震
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大震災情報──ガソリン泥棒

埼玉県の学校10校で、防災倉庫から発電機やガソリン缶ばかりが盗まれる事件が相次ぎました。

 上尾市の瓦葺中学校では、16日夕方から17日朝にかけて防災倉庫の鍵が壊され、保管してあった発電機1台が盗まれました。また、隣のさいたま市見沼区の見沼小学校では、ガソリン缶8缶や工具セットなどが盗まれました。見沼区や上尾市などでは、このほかにも小中高校8校で、発電機やガソリン缶ばかりが盗まれる被害が相次いでいます。いずれも、16日夕方から17日朝にかけて起きていることなどから、警察は、同一犯の疑いもあるとみて捜査しています。テレ朝ニュースより


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 とうとうこういうカスが出始めた。自分さえ良ければ、というやつだ。
 それはしかたない。みんないいひとなんて幻想だから。
 願わくば同一犯で、カスはこいつひとりであって欲しい。

 こういうのが生き残る世であってはならない。
 天網恢々疎にして洩らさず。いずれ天罰が下る。
  1. 2011/03/17(木) 21:09:34|
  2. 地震
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大震災情報──冷凍食品不人気

今日の停電は15時から19時。
20時にちかくのスーパーへダメモトで出かけると開いていた。
その間、休んで、19時から再開店したらしい。ありがたい。

当然欲しい食品はみな売りきれだった。それは15時前に勝負がついたのだろう。
残っていた切り餅を2パック買うことが出来た。それと焼きのり。
これがあれば当座は凌げる。

でもこれはもち米粉で作った安物。もち米100%の本物とはぜんぜん味が違う。以前買ってまずさに閉口した。二度と買うまいと思ったほどだ。だから売れのこっていたのだろう。それでも棚の奧に隠れるように2パックあっただけ。いまはこれがあるだけでもありがたい。誰か同じ餅好きが来たときのために1パックだけ買った。

一日2回の計画停電が始まって冷凍食品は不人気になった。
一時は棚が空になっていたのに今日は売れのこっている。
停電で冷蔵庫が止まり溶けてしまうからだろう。一度溶けた冷凍食品は不味くなる。
代わりにカップラーメンの棚が完全に空になっていた。これは元々人気商品だが冷凍食品の不人気によりよけいに人気が出たようだ。同じく、うどん、蕎麦、スパゲティの乾麺が人気になり棚が空になっていた。
停電で冷蔵庫が頼りにならないということから、お湯だけで調理できる物に人気が出たようだ。

オール電化の家って、こんなとき悔やんでいるだろう。
私もカセット式ガスコンロがあることが頼もしい。これで餅を焼けば一日中停電になってもなんとかなる。とはいえボンベはいま入っている1本のみ。思うことはみな同じでどこにもない。買い溜めも買い占めもする気はないが、このボンベだけはなんとか3本ぐらい入手しておきたい。米はあるから鍋で炊いて乗りきれる。

三寒四温と呼ばれる天候が不安定な時期だが、それにしても昨日と今日の風の寒さは異常だ。神様は意地悪をしているのか。

東北は雪が舞っている。
瓦礫のしたに埋まっているかたと家族の対面が叶いますように。
埋まったままでは天国へも行けまい。
かなしくて食が進まない。食料が乏しいからちょうどいいか。


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【附記】──冷凍食品人気復活(3/25日)

計画停電の3時間というのは冷凍食品が溶けずに保つ時間を計算しているのだとか。
そのこともあってか再び冷凍食品が売れだした。棚はカラッポだ。
冷蔵庫がなんとかなるのなら冷凍食品は便利だ。
とはいえ夏に計画停電が実施されたら保つまい。
やはり乾麺が便利か。
  1. 2011/03/17(木) 20:45:51|
  2. 地震
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大震災情報──計画停電の夜

北風が吹き荒ぶおそろしく寒い日だった。
うなりをあげて吹く風の様子が怖ろしく、おどろおどろしい。
これだけ風が強ければ雲が吹き飛び空は晴れるはずなのだがどす黒い。そのあと、雹のような氷粒が舞った。

ガソリンを求めて並ぶ長蛇の列。
食品のないスーパー、コンピニ。

18時から22時まで停電。
そのまえにインスタントラーメンを食った。
半年前に買ってあったもの。一日一食。
といって友人は案じてくれなくていい。
被災地を思う心情はひとそれぞれ。
私は粗食と節電をそれとしている。
今夜は冷えこみ暖房がないと寒いが被災地のひとを思えばなんのこれしき。

掠奪や暴動が起きないことは日本人として誇らしい。
しかし東京都民のこの買い溜め買い占めは……。

19時に外を見ると真っ暗だった。
初めて見る景色になる。

22時に通電したが、そのまま横になっていた。
午前3時起床。
寒さで何度か目が覚めた。
真冬でも暖房なしで12度ある部屋なのに8度。
いままででいちばん寒い。

余震がないのでひさしぶりに眠れた。
いやあったのかも知れない。ただ激しい揺れに跳びおきる昨日のようなのはなかった。
ここのところ睡眠が3時間程度なので起きるのが辛かった。今日はスッキリの目覚め。寒さを感じる感覚といい睡眠に対する反応といい躰は正直なものだ。

被災したみなさんの苦労を思うと安らげない。
  1. 2011/03/17(木) 05:29:54|
  2. 地震
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大震災情報──競馬中止・王将戦開催・相撲神事・サンドウィッチマンの発言

12日、13日の競馬は中止になった。その分の代替開催日程案が発表になる。あくまでも予定だ。
こういう時期に何が競馬だという意見はあろう。
競馬は一年を基本にループを繰り返す川のようなものだから、一度流れを止めると何もかもが狂ってしまう。是正に、より苦労することになる。とにかく流さねばならない。競馬会としては批判を覚悟で実施したいのだろう。
何もかも自粛するより、こういう時だからこそ開催して、売りあげから義捐金を送った方が経済の活性化にも役立つという意見もある。
その種の意見を展開している競馬評論家はそれなりにえらいと思う。私は競馬のことなど考える気にもなれない。



将棋の王将戦第6局は14日、15日に予定通り行われた。場所は升田事件で有名な神奈川県の老舗旅館陣屋である。
将棋界は7つのタイトル戦が一年間のスケジュールで動いている。三月は年度末でもありぜひとも開催したかったろう。が、こういう非常時だ。その気になれば自粛することは簡単だった。競馬ほど多くの人間が関わっているわけでもない。私は延期かと思っていた。
主催の毎日新聞社と日本将棋連盟はあえて開催に踏みきった。悩んだ末の決断だったろう。自粛の方が容易だった。対局前に大震災で亡くなったかたへの黙祷があった。

阪神淡路大震災のとき、神戸で被災した谷川が苦労して上京し、対局したことがひとつの勇気となった。
開催決断の根拠にはこのときのことがあったかもしれない。

さいわい私はまだインターネット中継で観戦できる立場にある。久保王将と挑戦者豊島六段の将棋を堪能したが、余震があり、放射能拡散のニュースがあり、いつものようには楽しめなかった。



故郷宮城で被災し、間一髪のところで助かった漫才師サンドウィッチマンのインタビュウが流れていた。テロップがサンドイッチマンとなっているのがテレビ局の混乱を表している。
伊達は「こんなときにお笑いのできることなんてすこししかないですし」と神妙に語っていた。本音は「こんなときにお笑いはなにもできません」だったろう。彼らの十八番である「宅配ピザ」も、宅配ピザ業者、それを受けとる家庭が存在していて笑える話だ。いまみなそれがない。家が損壊し家族が行方不明の状況でお笑いは無力だ。冷静に自分達の立場を表現した伊達の発言に好感を持った。これがなんでもかんでも前進の猪木だとプロレス開催をして東北のひとを元気づけようになってしまう。



13日の日曜は本来なら大相撲春場所の初日だった。相撲界はいま八百長騒動で先の見えない闇の中にいる。
元力士が「相撲は神事だ。相撲を開催しないからこんなことが起きる」とブログに書き、非難されて謝罪した。
軽率な発言だが相撲には被災者の力になりうるものがあったようにも思う。青森出身の高見盛や安美錦、若の里らの熱戦は、東北の被災者に元気をあたえたのではないか。



昨日はたいへんな混雑で入ることも出来なかったスーパーが今日はがらがら。今日はゆっくり買い物が出来るのかと入ったら品物がない。がらがらのはずだ。棚という棚から食物が消えている。何も買えずに出た。明日の食糧がない。しかしたいしたことではない。一日二日食わずとも平気だ。被災地のひとの辛苦を思えばこれぐらいがなんだ。むしろ私は買い溜めに走らなかった自分を誇りたい。

ガソリンスタンドに長い列。朝の開店前にも見かけたが、日暮れの夕刻時にもまだ長い列だった。



午後10時半、棚からものが転げ落ちる大きな地震があった。震源地は静岡。
何十年も前から必ず来ると言われている大本命、東海沖大地震がついにやってきたのか。いまこれが来たら日本は亡ぶ。
  1. 2011/03/16(水) 00:56:22|
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大震災情報──震源地は東京湾

地震でとびおきた。
4時59分。
テレビを点ける。
震源地は東京湾とか。
いよいよ関東だ。
6時から停電になる。
  1. 2011/03/15(火) 05:10:15|
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大震災──友のありがたさ

神戸や名古屋の友人が案じるメールをくれた。
友の情が身に染みる。

朝、ちかくのコンビニに行くとパン類がひとつもなくなっていた。

被災地の苦労を思えば二三日の絶食なんてたいしたことはない。
それでも水だけは汲み置きしておこうか。
  1. 2011/03/14(月) 06:19:06|
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大震災情報──電車が止まった!

計画停電のため電車が止まった。
首都圏が身動きできなくなっている。

国鉄のスト以来だ。
あれは悪質な人災だった。これとはちがう。

途中まで来て動けなくなったひとたちがタクシーを待っている。
私の住む町の電車も止まり、どこへも行けなくなった。
このあと生活の電気も止まるのか。

未曽有の危機の中にいることを実感する。
  1. 2011/03/14(月) 06:08:03|
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大震災──田老町の努力を無駄にした大津波

速報形式の大震災ニュースも一息ついたのか、NHK総合が過去のビデオを素材にした番組を流していた。
岩手県の田老町(たろうちょう)の話は衝撃的であり残念で悔しく思った。

Wikipediaからの引用。田老町は《リアス式海岸の湾の奥に位置し、幾度も津波の被害を受けているため、総延長2.5kmにも及ぶ高さ10mの防潮堤を建設するなど、津波に対して強い街づくりを進めている》。

明治時代の大津波で村民が全滅した過去をもつ田老町は、現在の金額に換算して30億円にもなる工費を掛けて高さ10メートルの防潮堤を作った。世界に類がないという。

この備えが今回役だったらどんなにうれしいことだろう。備えあれば憂いなしの手本になった。だが千年に一度と言われる大地震が起こした津波は楽々とその防潮堤を越えてきた。

10メートルの防潮堤を築きあげたとき、それは「まさかのときのため」のものであり、その「まさか」はいつ来るか判らないし、来なければ無用の長物だし、世間の目は決して好意的なものだけではなかったろう。転ばぬ先の杖だが、それは異様に大きく頑丈な杖なのだ。
今回NHKは震災前の防潮堤の映像を持っていた。それは「こういう備えをしている地域もあります」という紹介用だったろう。そのときは、これほどの重装備は必要なのかという視点もあったにちがいない。
それらもすべて受けいれて、この建設に踏みきった人びとは、「いざというときには役立つ」と期していた。

それを悪魔の大津波は凌駕した。世界一の10メートルの防潮堤を乗りこえ町を呑みこんだ。
ならどうすればいい。次は海が見えないほどの目隠しのような20メートル、30メートルのものを作れと言うのか。私のようななにも備えずその日を生きている者は有事の際には死ねばいい。なにも備えていないのだから自業自得だ。
しかしそれを想定し、乏しかったであろう財源から捻出し、慎重すぎるほどのものを用意しておいたのに、それでも自然の脅威の前に無力だったひとびとは無念であろう。

自然が人間を嗤っているように感じる。
だが愚かな人間ではあるが支えあう心もある。

日本は他国の災害に精一杯の援護をしてきた。
いま多くの国が日本を救えと声をあげてくれている。
自然の前に人間はちいさなものだ。
でも捨てたもんじゃないと思えるのが希望だ。

【参考】──田老町の悲劇

---------------

真っ先に義捐の声をあげてくれた台湾のような友人もいれば、こういう声名もある。

【カブールAFP=時事】アフガニスタン南部カンダハルのグラム・ハイダル・ハミディ市長は12日、声明を出し、東日本大震災の被災者に義援金5万ドル(約400万円)を送ると表明した。
カンダハル州は反政府勢力タリバンとの激戦が続く地域だが、アフガン復興を支援してきた日本に対し「市民を代表して地震と津波の被災者を支援したい」と声明は述べている。

時事通信(2011/03/12-23:59)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011031200714


内戦で殺戮が続き、自分のところがたいへんなのに、こちらを案じてくれる心。その義侠心に感謝する。金額もあちらの事情からしたらたいへんなものだ。

韓国とシンガポールから救助犬チーム来日
 東日本大震災の被災地で救援活動に当たるため、韓国とシンガポールの救助犬チームが12日、羽田空港と成田空港に相次いで到着した。在日米軍を除けば初の外国からの救援で、日本側と派遣先を調整している。


そう、宮城沖には米軍が駆けつけてくれた。
困ったときはひとのあたたかさが判る。絶望せず頑張ろう。

============================================

【豆知識】
「ぎえん」は「義捐」と書くのが正しい。戦後、当用漢字(当面用いるがそのうち全廃する予定の漢字という旧時代のモノの意)が「捐」の字を使えなくしたので同じ音の「援」の字を当てた。意味の通らない当て字である。今はパソコンでも出るようになったのだから「ぎえん」は「義捐」と書いて欲しい。
  1. 2011/03/13(日) 21:14:41|
  2. 地震
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大震災──スーパーの売りきれ品

19時半、ちかくのスーパーに買い物に行ったらパンがみな売りきれだった。
冷凍食品もほとんどなかった。

昨日の朝、コンビニで菓子パンを買おうと思ったら3段の棚に5個しかない。
大震災の影響でまだ入荷していないのだとか。

スーパーのパンにもその可能性はあるが、ここはすなおに「買い溜め」と解釈していいのだろう。
いつも棚一杯の冷凍食品がほとんどなくなっていたのだから。

毎日その日分の買い物をしている。たくわえが何もない。
いざというときのために準備しておくべきなのだろう。
いまそういう状態になったら、私には明日の飲物も食物もない。
「チャンポン」や「あんかけラーメン」とか、気に入っている冷凍食品がいくつかあるが、ライフラインが止まったら調理できない。
いやいざとなったら溶けただけの冷凍食品でも充分にご馳走になるが。

今日も余震があった。
被災者の救出が最重要課題だが、次の一撃にも備えねばならない。
  1. 2011/03/13(日) 20:13:08|
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プロフィール

fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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