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皇太子妃殿下、オランダで御両親と面会──そうだったのですか……

オランダを御訪問中の皇太子ご夫妻のもとを雅子さまの両親で現在、オランダで国際司法裁判所の判事を務める小和田恒さん夫妻が、面会に訪れました。

現地時間の1日夜、皇太子ご夫妻が宿泊されているアムステルダム中心部のホテルに雅子さまの両親である小和田恒さんと優美子さんが訪れました。小和田さんは現在、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所の判事を務めていてオランダに在住しています。

小和田さん夫妻は車でホテルに到着すると関係者に誘導されながら足早に皇太子ご夫妻の部屋に向かいました。宮内庁によりますと皇太子ご夫妻と4人でお茶をともにしたということでおよそ4時間にわたり、水入らずの時間を過ごしました。

小和田さん夫妻は「無事にご大任を果たされたので、ご挨拶に伺いました。ご訪問について話をさせていただきました。両殿下とも無事にお務めを果たされて、ほっとされているご様子でした。また、オランダ側の各種配慮により、出席することができ、このような配慮に感謝されていました」とのコメントを記者団に寄せました。

一方、夕方には同じホテルでオランダ在住の日本人との懇談が行われ、皇太子さまが出席されました。
雅子さまは、この場には出席されませんでしたが宮内庁によりますと懇談終了後、出席者のうち、以前から知り合いだった外務省勤務時代の先輩女性とハープ奏者の女性の2人を呼び寄せホテル内で面会されということです。
(註・正しくは「された」でしょうね。ママです。)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5321656.html

---------------

 園遊会にもずっとご出席なさっていないのに、どうして海外へ出かけられるのかと首を傾げておりました。オランダでご公務が出来るのかと心配しておりました。でも国内という頚木から離れるのは精神的によいことなのかもと希望的に考えてもおりました。

 そうだったのですか。なんだかなあの結末でした。

 軽井沢での(皇室の別荘があるのに)小和田家別荘使用が警備等の問題から有名ですが、ご実家との距離をおかないと快癒はむずかしいと思います。そもそも妃殿下に庶民と同じ「実家」はないわけですが……。いえ、それよりも、小和田家はなぜこんなに表に出て来るのでしょうか。正田家というすばらしいお手本があるのに……。

 私は妃殿下を御名前で呼ぶような非礼はおかしません。どのような意見を述べる場でも、その一線だけは遵守したいと思います。
 デヴィ夫人のやっている無礼な「署名運動」のようなものにも関わりません。
でも……。

 天皇皇后両陛下の御健康と御長寿を心からお祈りいたします。
 両陛下が国民のために祈ってくださるように、ひたすらそれだけをお祈りしたいと思います。

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【追記】──小和田夫妻は日本からオランダに向かった──5/9

オランダでの王位継承行事ご出席のため、皇太子ご夫妻が日本を出発した4月28日の翌日夜9時半過ぎ、都内の隠れ家的な寿司店を1組の老夫婦が訪れた。この老夫婦こそ雅子さまのご両親・小和田恆(ひさし)さん(80才)と優美子さん(75才)夫妻だった。
外務省のエリート官僚として事務次官や国連大使などを歴任した恆さんは現在、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所判事を務め、基本的には優美子さんとともに同国で暮らしている。

この日、夫妻は大好きだというお寿司を心ゆくまで堪能すると、「明日、朝10時の飛行機でオランダに戻らなきゃならないの。また夏に帰ってくるわ」と女性客や店主に言い残して店を後にした。
そして翌4月30日、朝7時半過ぎ、小和田邸前に迎えに来たハイヤーに乗り込み、ふたりは娘・雅子さまを追ってオランダへと旅立っていった──。

即位式の翌5月1日夜──皇太子ご夫妻が宿泊されていたホテルを、小和田夫妻が訪ねた。皇太子ご夫妻と一緒にお茶を飲みながら、3時間ほど前日の即位式について歓談されたという。

この面会は、新聞・テレビでも報じられたが、誰もがオランダに赴任中の小和田夫妻が、自分たちの住む国へ久々のご公務としてやってきた娘を訪ねたものと、思ったはず。
しかし現実は、雅子さまを追いかけて、2日遅れで日本からオランダへと渡り、現地で面会したのだった。


小和田夫妻が日本にいたのには理由がある。それは、今回のオランダ訪問が決まるまでの約1か月間、休暇を取って日本に戻り、雅子さまと直接相談のやりとりをするためだった。
オランダ側から招待を受けたのは3月初め。回答の期限は3月上旬だったが、雅子さまは逡巡を繰り返され、その回答を1か月以上引き延ばされた。これには風岡典之宮内庁長官からも異例の苦言が呈されるなど、波紋を広げることとなり、雅子さまの悩みは大きくなるばかりだった。そんな雅子さまを支えたのが、小和田夫妻だったのだ。

「小和田さんは3月下旬に帰国されました。恆さんは帰国して間もない3月27日に、安倍晋三首相と面談しています。このとき、雅子さまのオランダ訪問について首相に相談されたそうです」(外務省関係者)
その後はずっと東京に滞在していたのだが、3月末には、都内の高級中華料理店で皇太子ご一家と一緒に食事をされてもいる。

「皇太子ご一家、さらに雅子さまの妹の池田礼子さん一家もお誘いになって食事会を開かれたようです。1人3万円のコースを召し上がったみたいですね。そこでもオランダ訪問の件が話題になって、恆さんが“行けそうですか?”と質問すると、皇太子ご夫妻は“そのつもりです”とお答えになったそうです。

しかし、やはり雅子さまは困惑の表情をされていたみたいで…。恆さんは心配になったようで、それからオランダ訪問が決まるまで、雅子さまを励ますために何度も電話をしていたそうです。
優美子さんも、ひそかに雅子さんのもとを訪れていたという話もあります」(前出・外務省関係者)

さらに恆さんは、オランダ王室への根回しも行っていたという。
「小和田夫妻としては、雅子さまがオランダ訪問という“成功体験”をされることが、病状の快方にとってとても重要なことだと考えたようです。そのため、恆さんは自らのルートを使って、オランダ王室に“返答はギリギリまで待ってほしい”とか、“オランダに行ってからも行事への出席が直前になって取りやめになる可能性もあるが理解してほしい”などと説明したそうです。
小和田家にとっても、今回のオランダ訪問は、雅子さまの健康回復のための大きなチャンスと考えていたんです」(前出・外務省関係者)


http://news.mynavi.jp/news/2013/05/09/019/index.html
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  1. 2013/05/02(木) 10:01:12|
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Enya「Amarantine」を聴く──皇后陛下のお気に入り──意味不明のWikipediaの文章

Enya-Amarantine Enyaを聴いている。アルバム「Amarantine」。ひさしぶりだ。歌物を聴くなんて、ここのところめったにない。器楽曲ばかり。

 仕事のあいま、BGMとしてシャッフルで適当に流していたら、Enyaの歌声が聞こえてきた。「おお、エンヤだ。なつかしいな」と、しばし聴きいる。彼女の音楽にはアイルランドがある。それはもうあきらかにイギリスとはちがう音楽だ。それで私は音楽ソフトで整理する彼女の音楽ジャンルをPopsとかではなく「World」にしている。世界中で好まれているから適切だろう。

 それから彼女のWikipediaに行ってみた。彼女の音楽が話題になったころからずっと聴いてはいるが、語るほどの知識はない。癒し系音楽として漫然と聞いてきただけだ。
 すると以下のような文があった。



2005年5月9日、アイルランドを訪問した今上天皇・皇后美智子夫妻天皇皇后両陛下は、ダブリン市長公邸にて彼女を含めたアイルランド文芸関係者と歓談し、特に彼女が皇后の希望で招かれ、彼女の音楽を夫妻が楽しんでいることを知り、感激していた。



 皇后陛下はエンヤがお気に入りなのか。お慕いしているもののひとりとして、とてもうれしい。いいご趣味だなあ。なんとも清々しい気分。Enyaも日本の宮廷で自分の音楽が聴かれていると知ったときはうれしかったろう。
 ダブリンか。もう20年も行っていない。でもあの街は変っていないだろう。初めて行ったのに懐かしくなるような街だ。今夜はEnyaを聴きつつギネスでも飲むか。

 あ、うまそうな静岡産のしらすがあったから、しらすおろしにしようと大根と一緒に買ってきたのだった。かつをの切り身も。今日は日本酒の予定だった。
 しろすおろしと生姜醤油のかつをとギネス。ミスマッチか!?
 でも皇后陛下を和食の美の象徴として、Enyaをアイルランドの美のギネスとすれば、それほど不自然な組合せでもない。
 両陛下の御健康と御長寿を願って乾杯しよう。 

---------------

 このWikipediaの文、誰が書いたか知らないが「今上天皇、皇后美智子夫妻」と、ここに皇后陛下の御名前を挿れるのは無礼である。「天皇皇后両陛下」とするのが正しい。 不快だったので直した。Wikipediaも直したいが、どうやって参加するのか知らん。

 両陛下がアイルランドを訪問され、ダブリン市長宅で歓談したこと、そこに皇后陛下のご希望で特別にEnyaが招かれたこと、Enyaが、自分の音楽が両陛下に好まれていることを知って感激したことを、節を分けて書けばいいのに、一息にみっつのことを書こうとしてひどい文になっている。 主語が誰かわからん(笑)。悪文の極みである。尊敬叮嚀語がないのはアサヒシンブンの教育なのだろうからしかたないとしても。
 私流に修正してみた。

2005年5月9日、アイルランドを訪問されていた天皇皇后両陛下は、ダブリン市長公邸にてアイルランド文芸関係者と歓談の場をお持ちになった。そこには皇后陛下のご希望で特別にEnyaも招待された。両陛下が日本でEnyaの音楽を聴かれることを知り、Enyaは感激したという。

 このほうがだいぶ読みやすい。
 と書いて、もしかしたらそれは「英文の直訳」なのかも知れないと思った。そうであってもWikipediaの文が悪文であることにかわりはないが、責任の所在はだいぶ薄らぐ。

 調べてみたら、英文のEnyaの項目には日本の天皇陛下のことなどひとことも出て来ない。だからこれは日本人が日本人用のWikipediaのために書き足した文になる。
 と書いて、また思った。このひどい日本文を英文に訳すことは不可能である(笑)。だって主語と目的語がめちゃくちゃなんだもの。だから、この主語のない悪文が英文の日本訳である可能性は最初からないのだった。だって英文では主語からまず始まるのだから。

 知らなかったことを教えてくれたことには感謝するが、なんともひどい文である。いろんなひとがいるもんだ。まあWikipediaは元々そういう場ではあるけれど。
  1. 2013/04/19(金) 20:04:27|
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天皇皇后両陛下、福島県川内村を御訪問──防護服は着られずに村民とお話

よくご無事でいらしてくださいました。お体大事にね

天皇皇后両陛下は13日、原発事故で村の外に避難した住民の帰還を進めている福島県川内村を訪れ、避難先から戻ったあとも仮設住宅で生活を続ける被災者を励まされました。

両陛下は13日午後1時前、ことし4月に再開された川内村の小学校に到着し、村長らから復興状況の説明を受けられました。
続いて近くの地区に足を運んで、先月から進められている除染作業を視察し、高圧の水で住宅の屋根を洗う様子などをご覧になりました。
このあと、村の呼びかけで帰村したものの、原発から20キロ圏内にある自宅に住めない人たちなど、高齢者を中心に100人近くが暮らす仮設住宅を訪問されました。川内村では役場や学校を再開して住民の帰還を進めていますが、震災前にいた3000人のうち4分の1しか戻っていません。
両陛下は原発事故以来、自宅に戻れない人たちや、復興に向けて努力する人たちを励ましたいという気持ちを持ち続けてきたということで、仮設住宅の間を縫うように歩きながら、被災者一人一人に声をかけて回られました。
天皇陛下は10か所の避難先を点々としたという一人暮らしの85歳の女性に、「10か所もですか。大変でしたね」と言葉をかけられていました。
皇后さまは89歳の女性に、「よくご無事でいらしてくださいました。お体大事にね」と声をかけ、励まされていました。
両陛下は13日夜、東京に戻られます
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121013/k10015720821000.html


両陛下、福島の除染現場を初視察 仮設住宅もお見舞い

天皇、皇后両陛下は13日、東日本大震災で被災した福島県川内村を訪れた。
東京電力福島第一原発事故による放射能汚染の除染現場を初めて視察したほか、自宅が旧警戒区域にあるため戻れず、仮設住宅で暮らす人たちを見舞った。
いずれも福島第一原発から24~25キロ。両陛下の福島県訪問は昨年5月11日以来。

両陛下は早渡(はやわた)地区で民家3軒の除染作業を視察。裏山の木を伐採したり、土を入れ替えたりする作業を見て、担当の村職員に「(放射性物質は)ほとんどセシウムですか」「芝を刈ると(線量が)下がりますか」
と尋ねた。天皇陛下はジャンパー姿。「付近の放射能レベルは問題ない」として防護服は着なかった。

http://www.asahi.com/national/update/1013/TKY201210130343.html



両陛下「一日も早く戻れるといいですね」 川内村で除染作業ご視察

 天皇、皇后両陛下は13日、福島第1原発に近い福島県川内村を訪問し、除染作業の様子を視察された。同村は一部が原発から20キロ圏内の旧警戒区域に含まれたことなどから、一時的に全村避難が行われた。再び故郷に戻って復興に向け歩み出した人々を、両陛下は心から励まされた。

 川内村では今年1月に、帰村を訴える「帰村宣言」が出され、村民約3千人のうち約750人が戻った。しかし、民家の除染は、20キロ圏外部分でも約6割しか済んでいない。

 両陛下は、9月下旬に民家の除染作業が始まったばかりの同村上川内早(はや)渡(わた)地区で、村の業者などでつくる事業組合の除染作業を視察された。陛下は放射線量について「ほとんどがセシウムですか」「だいぶ下がっているんですね」などと現場責任者にご質問。作業員に「どうもご苦労さま」と声をかけられた。皇后さまも陛下とともに住民に励ましの言葉をかけられた。
 同地区で除染が完了しているのはまだ1戸のみで、住民の不安を増す一因となっている。ある住民は「両陛下に励ましていただいて、本当にありがたかった」と話した。

 自宅が20キロ圏内にあるため、村には戻れても自宅には帰れない人も多い。両陛下は、そんな住民約100人が暮らす仮設住宅もご訪問。陛下は「体の方はいかがですか」と住民に声をかけられた。皇后さまが89歳の女性と乳児の手を握りしめ励まされる場面もあり、涙を浮かべる住民もいた。

 除染作業を復興に向けての重要な要素として深い関心を寄せ、視察を望まれたという両陛下。復興状況を説明した遠藤雄(ゆう)幸(こう)村長は、「『一日も早く戻れるといいですね。子供たちが戻れる環境をつくってください』と励ましていただきました」と語った。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121013/imp12101319070005-n2.htm

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 記事をほぼ全文コピーして貼るのはマナー違反だが、この種の記事は、2,3年後にここのリンクをクリックしても「見つかりません」となり読めなくなる。新聞社系の記事はタイムリミットを設けているようだ。
福島県川内村を訪問した
天皇皇后両陛下の御心を記憶して頂きたいのであえてマナー違反をした。リンク先の記事が消えた数年後に意味を持つと確信している。



 二番目の記事はアサヒシンブン。
 両陛下に対する敬意の闕如が乱暴な駄文によく出ている。
 皇族に対して敬語を使わないというのはアサヒシンブンの社是なのだろうが、御高齢の
両陛下が、日帰りで福島までおでかけになってくださったことに、このような言いまわしが出来る神経を疑う。日本人ではない。なんとも不快な赤新聞だ。



 1日18時間ネットに貼りつき政治芸能から下ネタまでありとあらゆる反日ネタをツイートしている珍サヨクは、こんなすばらしい出来事には知らんふり。そりゃ自分だけ西日本に疎開して焼酎と競馬三昧の人間のくずに、
両陛下の崇高な御心は眩しすぎて近寄れないだろう。
  1. 2012/10/14(日) 12:12:33|
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天皇、皇后両陛下が、10月13日、福島県川内村の除染作業現場へ



 図書館で、読みたい雑誌がみな読まれていたので、一冊だけ残っていた『AERA』を読んだ。
 読むたびに不愉快になって後悔する雑誌だが。

 するとこんな記事。

 ネットで調べるとYahooが取りあげていたのでコピー。URLはこちら。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121004-00000004-sasahi-soci

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 東京電力福島第一原発事故による放射能汚染対策に苦悩する村へ異例のご訪問を熱望された天皇、皇后両陛下。その真意とは。

「川内村へ両陛下がおいでになりたいということです」
 9月半ば、福島県秘書課から役場の助役席にかかってきた電話に、遠藤雄幸村長(57)は耳を疑ったという。

 今なお予断を許さない福島第一原発から20~30キロに位置する川内村は、昨年3月11日の震災後、全域が警戒区域と緊急時避難準備区域に指定され、村民約3千人ほぼ全員が避難し、役場も郡山市に移転した。今も場所によっては、空間線量は毎時2マイクロシーベルトに達し、国と村が除染作業に苦闘している真っ最中だ。

「帰村して除染作業に取り組んでいる川内村を訪ねたいというのは、少し前からの両陛下の強いご希望でした」

 宮内庁関係者はこう明かす。
 秋は例年、国賓の来訪や叙勲・褒章、新嘗祭など、天皇陛下のスケジュールはぎっしり詰まっている。わずかに余裕があった10月13日に、関係者の都合が一致し、ご希望が実現することになったという。

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 福島県川内村の場所はここである。

kawautimura 福島第一原発にちかい20キロ圏内に、あえてご希望を出され、川内村の除染作業視察に出かけてくださる両陛下の御心のうつくしさ。その決意。



 福島原発の事故を知り、「こわいよお、東京に放射能がくるよお」と布団の中でぶるぶるふるえて、西日本に逃げだしたばあさんがいた。
「小型の核弾頭ミサイルを福島第一にぶちこみ、すべてふっ飛ばすしかありません。こうすれば日本の3分の2以上は死滅しますが、北半球の7~8割は助かります」と言った、そのばあさんの四十になる娘がいた。
 母娘でいま西日本に疎開し、アニメを見ては号泣し、ふたりで花札をやったりして、愉しく暮らしているらしい。

 がれき処理は受けいれないと表明した市長がいた。
 その処理は正しい、おれたちの安全を守ってくれたと賛同する市民がいた。

 北九州市のがれき受入に反対し、「それを燃やしたら九州は終りなんです」と叫ぶ坊主頭にマスクのあんちゃんがいた。



 いかなる下々の醜態を見ても、日本の象徴であられる
天皇陛下の御心はゆるがない。いや、あまりの国民の醜態に、あえてもこのことを決意なさったのだろうか。

 10月13日の両陛下の川内村訪問は、多くの日本人の心に訴えかけるだろう。
  1. 2012/10/04(木) 14:46:16|
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天皇陛下の埋葬形式を変更──行きすぎた簡素化には反対という『産經抄』の意見

天皇陛下が火葬を申し出られたことに関して、『産經抄』が以下のような意見を書いている。



『産經抄』──4月28日


一部を抜粋。

▼大震災や少子高齢化によって国の財政事情が逼迫(ひっぱく)する中、御陵建設などで多額の税金が使われるであろうことに胸を痛め、天皇陛下自ら火葬を申し出られたという。
 
▼ただし、行き過ぎた簡素化には反対だ。葬儀は、亡くなった人を弔うだけでなく、故人と縁ある人々の絆を確かめるためにあるからだ。
 
▼昭和天皇の「大喪の礼」では、平安朝風の装束をつけた男たちが、柩(ひつぎ)を「葱華輦(そうかれん)」と呼ばれる古式ゆかしい輿(こし)で葬場殿に運んだが、海外の特派員たちは「わたしたちは歴史の特等席に招待されている」と驚嘆気味に打電した。

---------------

 私は、
天皇陛下が、質素なジャンパー姿で、被災地を見舞ってくださり、あぐらを搔いたままの連中や、写メを撮ったりする無礼な連中と接するのを目の当たりにして、「そこまでしてくださらなくていいです」と思った。

今上天皇は、戦後の民主化教育の影響もあり、「庶民的な皇室」というのか、そこをお考えになってくださるのはありがたいが、やはり私は「そこまでしてくださらなくてもいいですから」と思ってしまう。

今回の件も、
天皇陛下ご自身の発案であるから、意見は控えると書いたけど、『産經抄』のような意見は意義がある。
このような時代だからこそ簡素にという意見もあろうが、このような時代だからこそ世界的にも例のない最古の皇室の伝統と格式の威厳を世界に発するべきとも感じる。



shincho2012

園遊会「天皇陛下」を至近でパチパチ撮る非常識なご夫人の名前

 『週刊新潮』最新号。読んで気分が悪くなった。写真入り。バカ女が園遊会で陛下を間近で写真撮りまくり。『週刊新潮』の取材に対しても、私はルールを護って撮ったと平然と反論。不敬という感覚が闕如している。こんなのを呼ぶな。左巻き裁判官の女房のようだ。



 その関連で、2006年の『週刊新潮』が、

和田アキ子、園遊会で最前列に横入りして宮内庁から注意」と週刊新潮報じる
「週刊新潮」は今月18日号で、和田アキ子(56)が先月行われた「春の園遊会」に出席した際 宮内庁関係者から顰蹙を買ったと報じた。


 という記事を見かけ、当時を思い出した。
 こんなのを呼ぶな。どういう人選をしているのだ。そりゃ文盲の両親のもとで育った在日朝鮮人が園遊会に呼ばれれば割りこんでも目立とうとするだろう。呼んだ方がわるい。
  1. 2012/04/30(月) 17:30:08|
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天皇陛下の埋葬を変更──皇后陛下への敬愛──「昭和の日」に武蔵野陵へ

宮内庁は、天皇や皇后が逝去した際の埋葬方法について、天皇皇后両陛下の意向を受けて、土葬から火葬に変える方向で具体的に検討を進めることになりました。
 
天皇と皇后を一緒に埋葬する合葬も視野に入れるということで、350年余り続いてきた埋葬方法が大きく変わる見通しです。

天皇や皇后が埋葬される場所は「陵(りょう)」と呼ばれ、昭和天皇の場合、東京・八王子市の武蔵陵墓地に皇后の「陵」と隣り合う形で造られています。
 
天皇の埋葬は、350年余り前の江戸時代初期から、ひつぎごと埋葬する土葬で行われ、1つの「陵」に1人が埋葬されてきました。
 
両陛下は、みずからを埋葬する「陵」は、大きさを含めできるだけ簡素なものとするほか、埋葬方法は社会では一般的な火葬が望ましく、「喪儀(そうぎ)」についても国民生活への影響を少なくしたいと述べられているということです。NHKニュース

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 今上天皇はここまで気を遣ってくださっている。
 この時期にこのことが明らかになったのは、目前の「昭和の日」を意識されてのことだろう。

 毎週ヘリコプターに乗られて、東北の被災者を見舞ってくださったときのことを思い出して胸が熱くなった。あのときの、膝行する陛下の前であぐらを組んでいた無礼者には今も憤慨するが、時が過ぎれば、あいつらも、いかに自分達が稀有な体験をしたかを知り、陛下のありがたさに気づき、人生の膝を正すだろう。そう信ずる。

 このニュースと連係して、昭和天皇の武蔵野陵(むさしのみささぎ)、香淳皇后の武蔵野東陵(むさしのひがしのみささぎ)のことを調べて勉強した。



 それで思ったのは、昭和天皇の崩御は鮮明に覚えているのに香淳皇后に関する記憶がないことだった。
 天皇陛下の崩御は国を挙げての一大事だし、私自身も皇居に弔問記帳に出かけたから覚えていて当然なのだが、そういうことではなく、私自身の香淳皇后に対する興味のなさである。亡くなった年も覚えていなかった。2000年6月16日、97歳とのこと。平成12年か。言われてみれば、あのころか、と思い出す。

 宮内庁の公式記録には「在りし日の昭和天皇をお偲びになりながらの穏やかな日々をお過ごしになり」とあるが、そうだったか、本当は惚けたんじゃなかったっけ。と、すこし思い出した。

 香淳皇后に対する私の思いは、皇后陛下を庶民出身といじめたという、それに尽きる。周囲の女官達からも執拗なそれはあり、護ったのは当時の皇太子殿下だった。

 それはすなわち、私の敬愛する皇室において、皇后陛下の存在がいかにおおきいかということになる。
 皇太子御夫妻の時代、沖縄でのあの火焔瓶事件に、咄嗟に身をもって皇太子を庇おうとなさった。不意の出来事だったからこそ、決意のうつくしさに感動する。夫に危害が及ぼうとしたとき、反射的に自分が身替わりになろうとする妻がどれほどいるだろう。妻を庇おうと、夫を庇おうと、決意しているひとたちはいるだろう。だが現実のその場で、瞬間的に対応できるひとが果たしてどれほどいることか。

 欧米諸国に倣って、首相の外交に夫人を同伴するのが恒例となった。佐藤栄作の時が始まりのように記憶している。総理夫人が日本版ファーストレディとして表に出て来た。せいいっぱいおしゃれした。佐藤夫人はひざの見えるミニスカートを着用して話題になった。みっともなかった。たたずまいが、威厳が、
皇太子御夫妻とはちがいすぎた。世界が讃えるPrincess Michikoの美しさとファッションセンスがどんなに誇らしかったことか。
 


 私がいままで最もマスコミを憎んだのは、皇后陛下を失語症に追いこんだ事件だった。「宝島30」と「週刊文春」だ。

 私は「失語症」と覚えてきたが、ここでは「失声症」になっている。なるほど、コトバを忘れたのではなく、お声が出なくなってしまったのだから、そのほうが正確か。

『SAPIO』のサイトから引用。

 93年10月20日、美智子皇后は59歳の誕生日の祝賀行事に出席される直前に、お倒れになった。声が出なくなる「失声症」になられたのである。

 原因は一部の月刊誌、週刊誌によるバッシング報道だった。たとえば、こんな具合である。

「美智子様は宵っぱりで、午前1時、2時になってもインスタントラーメンを注文したりするので、当直職員は気を許すことができない」

「パーティーなどの計画も、美智子様がウンとおっしゃらないと話が進まない」

「皇后陛下のご希望で、昭和天皇が愛した皇居自然林が丸坊主」

 なんとも不快である。それをされても皇后陛下に反論の機会はない。皇后陛下を失語症に追いこんだマスコミに対するあらたな怒りがまた湧いてくる。

 しかしこれらの文章も皇后陛下を御名前で呼んでいるが、その不敬を知らないのであろうか。



 今回の陛下ご自身の提案による変更で、土葬から火葬になるという。そのことで御陵の広さや維持などの経費節減になると陛下は判断されたようだ。

天皇陛下も火葬の時代になるようだ。上記、「合葬」は好ましい。仲のいいお二人にはそれが似合う。個人的には、
天皇陛下は土葬が好ましいと思うが、陛下ご自身が国民の負担を考慮してそう決断なさったのだから意見は控える。

 しかし、今上天皇の崩御されたあとの時代を思うと、それだけで気が滅入る。健やかに長生きしてください。いてくださるだけで希望です。




musashinomisasagi


 29日の「昭和の日」は、武蔵野陵(写真)に出かけてみよう。見学できるようだ。まだ未体験だった。
 今年は初めて靖国神社の奉納大相撲も見たし、記念の年になる。

 最寄り駅は高尾。品川時代ならちょっとためらうぐらい遠いが今はちかい。懇切丁寧なこのサイトのお蔭でゆきかたもよくわかった。方向音痴の私も迷わず行けそうだ。

 昭和天皇にご挨拶するのは、記帳の日以来だから24年ぶりになる。

 午前中に御参りして、午後は競馬の天皇賞を楽しもう。今年はちょうど昭和天皇の誕生日である4月29日に施行される。むかしは4月29日が何曜日であろうと、春の天皇賞は4月29日だった。あのころがなつかしい。
 寺山修司の逆説的名言。
「天皇陛下はいいな。天皇賞に日に生まれていいな」 
 しかしもうそれはない。今年のようにたまに偶然があるだけで。

降る雪や 明治は遠くなりにけり──中村草田男

 昭和も遠くなったなあ。 
 寂寥ではない。
 なつかしむ時代を持っている歳月の重さに酔う。
 この句の深みがやっとわかるようになった。 
  1. 2012/04/27(金) 03:43:52|
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春の園遊会:陛下「台湾ありがとう」──陛下の御心

春の園遊会:陛下「台湾ありがとう」…駐日代表に

【台北・大谷麻由美】台湾の駐日大使に相当する馮寄台(ひょう・きたい)台北駐日経済文化代表処代表は19日、東京・赤坂御苑で開かれた
天皇、皇后両陛下主催の「春の園遊会」に招かれた。

台湾の駐日代表が園遊会に招かれるのは、日本と台湾が1972年に断交して以来初めて。
東日本大震災では、台湾から義援金約200億円が寄せられた。
外交筋によると、
陛下は馮代表に対して「台湾ありがとう」と声をかけた。(元記事


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 政府が朋友の台湾に失礼な対応をした分を、
天皇陛下が、気遣ってくださった。ありがたくて涙が出る。
 
 駐日大使もよろこんでくれたことを確信する。
 民主党政権は腐っていても、日本には、
天皇陛下がいてくださる。 



 しかしひどい文章である。
陛下が「台湾ありがとう」って、投げ台詞みたいにおっしゃるはずがない。
 それもそのはず、元記事は国賊のマイニチシンブン。 
 陛下に対しても敬語を使わない。

陛下がどのような御言葉で話されたのか、それに駐日大使がどう応じたのか、正しい情報を得たい。 
  1. 2012/04/20(金) 19:29:01|
  2. 皇室
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なんで天皇陛下が中共主席のホテルまで……

胡主席に両陛下がお別れ


5月9日






 国賓として来日中の胡錦濤中国国家主席夫妻の関西訪問を前に、天皇、皇后両陛下は9日午前、夫妻が滞在している都内のホテルを訪ね、お別れのあいさつをされた。

 宮内庁によると、天皇陛下が「大変お忙しい日程のようでしたがいかがですか」と気遣うと、主席は「大丈夫です」と返答。主席が「福田総理との間で成果に富む会談ができました」と述べると、陛下は「それは良かったですね」と応じた。

 最後に、陛下が「日中関係がさらに発展することを願っております」と締めくくると、主席も「私も全く同感です」と答えたという。(時事通信)


 


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 とうとう天皇陛下が出掛けていってあいさつか。
 なにがなんだかもう。
 論ずる気にもなれん。憂鬱だ。



 
  1. 2008/05/11(日) 05:59:23|
  2. 皇室
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天皇陛下を朝鮮の大統領と会見させる政治的利用の愚

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天皇陛下に訪韓を要請・韓国大統領



 天皇、皇后両陛下は21日午後、皇居・宮殿で来日中の李明博韓国大統領夫妻と会見された。


 天皇陛下は李大統領から韓国訪問の招請を受け「自分の外国訪問は政府が検討し決定することになっている。招待には感謝します」と応じられた。

 天皇陛下の訪韓は盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領をはじめ歴代の韓国大統領が来日時に要請してきたが、実現していない。


 会見は午後2時半すぎから約20分間、宮殿「竹の間」で行われた。

 宮内庁の原口幸市・式部官長によると、陛下は「貴大統領の今回のご訪問によって、日韓関係がさらに増進することをうれしく思います」と発言。

 大統領は「福田康夫首相ともよい会談ができた」として日韓間の若者交流の強化を説明し、陛下は「それはよいことですね」と述べられたという。


 会見を前に、両陛下は玄関の「南車寄」で大統領夫妻を乗せた車を出迎え、2人が到着すると笑顔で握手を交わして宮殿へ。

 見送りの際も両陛下と夫妻は通訳を介して和やかに談笑し、大統領は別れ際に日本語で「ありがとうございました」と謝意を表した。(Nikkei Net)



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 天皇陛下が朝鮮の大統領に会う必要はない。福田首相で十分だ。民間外交には民間で応えるのが正しい。まして両陛下がお出迎えされたり、西洋の挨拶である握手など言語道断である。日本には御辞儀という挨拶がある。





 敗戦後、昭和天皇が地方を行幸されたとき、ひとりの庶民が「天皇陛下も私と同じ人間であるなら、私と握手してください」と申し出た。
 昭和天皇は、「それじゃお互いに御辞儀をしましょう」と言ってそのひとと互いにお辞儀をしあった。



 という話がある。真贋は定かでない。よくできた作り話のようにも思うが(実際そうらしい)、話として気に入っている。「同じ人間だ、握手しようじゃないか」という粗野な申し出を、やんわりと日本古来の御辞儀で交わしているところがいい。





 象徴のはずの天皇陛下になぜこのような政治的御役目を押しつけるのか。

 1941年に大阪で生まれ、1945年の敗戦後に朝鮮に帰国したという李明彦(イ・ミョンバク)大統領は、

天皇陛下に謁見し、赤貧洗うが如しだったという日本時代を振り返り、なにを思ったか。土建屋として成功し、ここまで登りつめた自分をどう思ったろう。
 日本のあの

天皇陛下が朝鮮人の自分を出むかえるのだ。クルマに乗った自分を、夫婦でいらっしゃいませと出むかえ、どうもどうもと握手を求めてくるのだ。





 故国の民の人気取りのため、勇んだ朝鮮大統領が天皇陛下に来朝を申し出るのは毎度のことだし、それを陛下が上記のような理由でお断りになるのも自明だ。

 なぜこのような心労を体調万全でない陛下に毎度毎度強要するのか。なぜこのような愚行を繰りかえすのか。


 民間大統領には民間首相でいい。福田がお似合いだ。
 天皇陛下と朝鮮人を握手させないでくれ。



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【附記】──念のため、「握手」について

 朝鮮人も漢民族も関係ない。白人でも黒人でも同じ。政治的外交に天皇陛下を利用しないでくれ、というのが主旨。西洋の挨拶である握手でなく、お辞儀で充分だろう、が意見。念のため。



 もっとも西洋コンプレックスから始まった明治維新により、天皇陛下はモーニングを着て、来客はフランス料理でもてなす。日本の迎賓館はベルサイユ宮殿を模して造られている。なにやってんだか。そこいら中、矛盾だらけだが。

  1. 2008/04/25(金) 13:54:33|
  2. 皇室
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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