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パット・メセニー「One Quiet Night」──ノラ・ジョーンズからの流れで

Front






















 Pat Methenyの「One Quiet Night」を聞いている。 

 2003年に出た古いアルバムだが、私は入手してからまだ2年ほどでしかない。
 きっかけはインターネットラジオから流れてきた「Don't Know Why」だった。いま調べたら2005年の12月10日にそのことをサイトに書いている。「CDを手に入れるぞ」と決めてからずいぶんとも時間が掛かっている(笑)。

 大好きなノラ・ジョーンズの歌の中でも特に好きな一曲だ。それがA・ギター一本でじつにきれいに演奏されている。低音が異常に強いからバリトンギターなのだろう。鳥肌が立った。誰がやっているのかと調べるとパットだった。

 パットの実力は知っているし、それなりに音も持っている。いまチェックしたら、PMGのアルバムは4枚ある。でもみなグループものだった。というか、パット・メセニーと言ったらPMGだろう。このひとはひとりでやってもこんなに凄いのかと感嘆した。そりゃまあ巧いひとはなにをやっても巧いんだけど、こんな取組みかたをしたアルバムがあるとは知らなかった。2005年12月10日には(笑)。



norah ノラ・ジョーンズのデビューは新鮮だった。夢中になった。あれほど女性シンガーにいれこんだのは20代のときのリンダ・ロンシュタット以来だったように思う。
 あのインドのシタール奏者ラヴィ・シャンカールが59歳の時に白人女性とのあいだにつくった娘である。そのラヴィも昨年亡くなった。ビートルズに影響与えた人だから、ジョンやジョージと比べたらずいぶんと長生きだった。享年92歳は私の父と同じだ。

 ただ、私のノラ好きは──「ノラ好き」と書くと内田百輭の「ノラや」を思い出す──サイトに詳しく書いたけど、初期のアルバムの〝作品〟が始まりだった。
 ビリー・ホリデイを聞いて育った彼女のジャジーなヴォーカルセンス、父から受けついだオリエンタルな味わい、そしてこれも私には大事なのだが、彼女にはカントリーの下地もあった、そういう歌手としての彼女が大好きだったのだけど、それと同時に、彼女に提供された楽曲が大好きだった。
 日本で言うなら、ZARDの歌声以上に織田哲郎の曲が好き、に通じる。

 その後彼女は全曲自分で作詩作曲するようになりシンガーソングライターとして自立する。しかし今でもいちばん好きな曲はと聞かれたら、私はこの初期の周囲から提供された作品になる。



 ノラが初来日したのは2002年。まだ世界的ヒットは出していない。プロモーションとしての来日だ。そのあと日本で数回のコンサートをやっている。まだキャパのちいさなホールだ。このとき観られたひとはしあわせだ。うらやましい。
 J-waveのプロデューサーであるM先輩はこのとき局に挨拶に来たノラに会ったとか。新人のノラはとてもきさくだったらしい。今じゃ大スターだけれど。
 今日はひさしぶりにノラのライブDVDでも見ようかな。



 ところで、たしかにパットのこのアルバムは深夜や明け方に愛聴しているのだけど、かといって急いでここにアップするほどのことでもない。なぜそんなことをしたかというと、下の社民党の醜いポスターを見るのがイヤだったから。それが自分のブログのトップにあるのが我慢できなかった。
 パットとノラのアルバムジャケットをトップにもってこられてほっとした。 
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  1. 2013/04/25(木) 07:41:45|
  2. Jazz
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生活雑記──春らしい朝にマイルスのRelaxin'──靖国神社の奉納大相撲

milesrelaxin 予測通り、雨が上がったら春らしい日になった。しかし桜はもうほとんどない。桜好きにとって今年は決してよい春ではなかったろう。被災地のみなさんは桜を愛でることが出来たろうか。テレビを見ないのでそんなニュースにうとい。

 珍しくあわただしい一日になりそうなので早朝から全開で雑事を片づけている。 やるべきことはほんの8コなのだがメモ用紙に書きだし、クリアするごとにチェックをいれる。それをしないと何か一つぐらい忘れそうで不安なのだ。劣化がひどい。むかしはメモ要らずだったのだが。

 昨夜は締切間際のキャッチコピーが浮かばず苦しんだ。かつてそんなことはない。これもまた劣化なのか。しかしそれは対象の問題のようにも思うのだが……。
 それでもなんとかそれをこなし、深夜に送信完了。気分は楽。春らしい今日と明日を楽しんでこよう。

 二日ほど家に戻れない。ケータイとデジカメの充電はやってあったがiPodの充電を忘れていた。いまその充電完了を待ちつつ、マイルスの「Relaxin'」を聞いている。



 携帯電話機とデジカメとmp3音楽再生機。「スマートフォンならひとつでぜんぶ出来るよ」と言われそうだが、そういうものでもない。

 私はデジカメにこだわりがあり、写したものは自分なりに加工してからアップする。知人がブログに日々の写真をアップしているが、携帯電話で撮ったままの写真を見ると、臨場感はあるけど、ここをこうしたらいいのに、と思ってしまう。必ず思う(笑)。傾いていたり、無駄な餘白を見たりすると、トリミングしたくなる。彼はPCを使えないからしょうがないのだが、でもブログのケータイ写真はそんなものでいいのだろう。私にはズーム機能のあるそれなりに能力の高いデジカメが必要だ。写メ遊びをしたいのではない。わかるひとはわかってくれるし、わかってくれないひとは、変なヤツだと思うだろうが本音。

 しかしSDカードの16GBってのはすごいな。今回、写真を撮りまくってもまだまだ餘裕だった。私のこの種の保存メディアはスマートカードの2MBから始めていて、スマートカードは128MBでも大容量だったから、ギガには実感がない。基本、動画用なのだろうが。



ipodclassic 音楽も最低でも1000曲ぐらいは保っていないと不安なのでiPodは必須だ。電車の中や歩いているときも音楽を聴いている若者は、スマートフォンやミニプレイヤーで好きなアルバムを繰り返し聞いているのだろう。音楽とはそんなものだし、それは正しい。私も若いときはそうだった。

 でももうだいぶ前から、「この風景、この状況に似合う音楽はなにか!?」を楽しむのを主にするようになった。1991年にタイ・ミャンマー・ラオスの接するゴールデントライアングルと呼ばれる地域をレンタルジープで走ったころから芽ばえた感覚のように思う。あのころはバッグの中にカセットテープを100本ぐらい入れていた。大荷物だった。

 それがいま小さな機器に収まる。夢のような時代になった。iPod Classic 160GBに、音楽と映像、写真をびっしり入れて行くのは、やっと叶った夢の時代への執着みたいなものだ。その夢の機器である小型HDDを使用するiPodも、フラッシュメモリの時代になり、「Classic」と呼ばれるようになっている。HDDは震動に弱いから携帯にはフラッシュメモリのほうがいい。私もそのうちそちらに移行するだろう。SDカードが大容量化しているので、この種の保存メディアにもうHDDの必要はないようだ。



 終戦前後の物資不足時代に空腹の少年期を送ったアイカワキンヤというサヨクは、食に対する異様なこだわりがあり、番組収録中にもポケットに菓子を入れ、いつも何かを喰っているのだという。好きなだけ食べられなかった少年期のトラウマであり、また食べられなくなるかも、という恐怖である。

 私がたかが二日間出かけるだけなのに、いつどこでも聴きたい曲が聴けるようにとiPadに1万曲も入れて持参するのは、彼のその饑餓感覚に似ている。外国でさんざん「ああ、いまこの景色で、あの音楽が聴きたい」と思って叶わなかった口惜しさだ。「ここに地終り、海始まる」の碑があるポルトガルのロカ岬で感じたそれは20年以上経ったいまも覚えている。

 そしてまたもちろんのことだが、私は電車に乗っているときや街を歩くとき、音楽は聞かない。ぼけっと考え事をしているか本を読んでいるかだ。それが愉しい。電車のゴットンゴットンという軋み音と、周囲のひとの会話とか、そんな雑音が似合いの音楽なのであり、イヤフォンを耳にする気はない。つまり「iPodの1万曲」には、まず出番がない。それでももっていないと不安になる。アイカワキンヤなのである。



3nen 今日これからの予定は、秋葉原に出かけ、パーツ買いをして、新橋で仕事の打ち合わせをして、それから飲み、大塚の友人宅に泊めてもらい、明日は靖国神社の奉納大相撲の観戦だ。

 奉納大相撲は昨年が初めてだったので雰囲気を知らなかった。場内でも酒とおでんを売っていたが、好みのものがなく、コンビニまで買い出しに出かけた。そのことでせっかく早い時間に行って確保した場所を放棄せざるを得なかった。

 その反省もあり、今年は万事そつなく準備した。去年、コンビニに日本酒がワンカップしかなくて往生した。コンビニのワンカップとサキイカじゃ、せっかくの奉納大相撲の場で惨めである。今年は「朝懸けの酒」と、焼酎はここのところ気に入って愛飲している「博多の華 三年貯蔵」をポットに入れて持参する。
 
 さてiPod Classicの充電が完了したようだ。出かけるとするか。
 忘れもののないように「持参品」と書かれたメモを見る。昨日購入した『将棋世界五月号』も電車の中の読書用にバッグに入れよう。 毎年五月号は年度末の特集でおもしろい。これはまた別項で書こう。
 日曜は桜花賞か。春だな。 

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kanren6 靖国神社春の例大祭 奉納大相撲2012体験記
  1. 2013/04/04(木) 09:45:33|
  2. Jazz
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涼しい夏──朝のBill Evans──Earl Klughの「My Foolish Heart」──Coltrane話

5時起床。さわやかな朝。扇風機も要らない涼しさ。
いまだ「猛暑」「熱中症」と縁遠い感覚でいる。誰にも負けないぐらい暑い部屋に住んでいるのに。

2年前の記録的猛暑の夏に異常なゴキブリ大量発生を経験した。しかしそのゴキブリはみなひ弱だった。黒光りしている強烈なヤツはいなかった。よたよたしているようなのばかり。

今夏の夏の陽射しに同じものを感じる。 午後1時のいちばん暑い時間にあえて外に出てみた。暑い。すぐに汗が噴きだしてくる。だが陽射しの強さに猛々しさを感じない。真の夏の陽射しには噛みついてくるような兇暴さがあるものだが。

まあ、海に出かけているひとには、文字通りの「噛みつくような陽射し」を感じていて、私のこの文に「こいつ、なにを言ってるんだ?」と感じるひともいるかも知れない。でも正直な感想。

一日中テレビを見ていれば、中には「今年は暑いって言いますけど、去年一昨年と比べたら、ずいぶんと過ごしやすいと思いますよ」と発言している芸能人や評論家もいるはずと信じているのだが、見ないからわからない。孤立している。

私には奇妙な夏である。



ぬるま湯風呂の中で読書して、あいかわらずクーラーは入れていない。痩せ我慢ではなく必要がない。
悩みは、本がみなふやけてきたことだ(笑)。

古い『将棋世界』を読みかえし、いまの一線級の連中の奨励会時代を懐かしんだりしている。
みなふにゃふにゃになってきた。でも「積ん読」よりは本だって本望のはず。

そしてまたあらためてそうして味わう自然の涼しさは人口的なものよりも快適だと確認する。 



クーラー大好きだったのに、このごろ膝下が冷えるのを不快に感じるようになった。なんかジーンと痺れるようになって気分が悪い。クーラーの効き過ぎを避けて膝掛けをするというOLの気持ちがすこしわかった。

タイのチェンマイで知りあったおじさんにはクーラー嫌いが多かった。通勤電車のクーラーだけで気持ちがわるくなるというひともいた。みなクーラーを使わずに過ごせるチェンマイの夏を楽しんでいた。4月の水掛け祭のころはかなり暑くなるが(7,8月は雨季に入るので涼しい)、北部なので湿度が低い。日本よりもずっと過ごしやすい。いまはリタイア組で溢れているらしい。

当地で24時間クーラー入れっぱなしのような生活をしていた私は、彼らの部屋に遊びに行くと暑くて困った。
いまはなんとなくその気持ちがわかる。自然の涼しさとクーラーの冷え冷えはちがう。 



Earlklughカルピスを飲みつつEarl Klughの「Spice of Life」を流していたら「My Foolish Heart」が流れてきた。しばし聴きほれる。

Earl Klughを知って長い。 デビュウが1976年だからもう36年になるのか。

Fusionブームで出てきたアコースティックギターで気持ちの良いフレーズを弾くひとである。ギトギトのブルース好きだった私は、こういう形のさわやかで気持ちのいい音楽を全面的に受けいれられなかった。そしてまたこのひとが長持ちするとは思えなかった。

でも見事に生き残り、ステータスを高めている。みんなに気持ちのいい音楽を送り続けてきたのだから当然だ。そんなひとは例外なく成功している。日本で言うならGontitiか。アメリカでの松居慶子の成功なんてのもその範疇だろう。

私も感覚が代わり、「聴いて気持ちのいい音楽」を好むようになった。心を波立たせる音楽は避けるようになった。青春も朱夏も越えて白秋なのだから当然だ。



熱烈なColtraneファンには「Balldasしか聞いてないヤツは気の毒。Coltraneがわかっていない」というひとが多い。私もそうだった。日本ではBalladsばかりが売れている。

だけど白秋になるとその意見も変ってくる。たしかにBlue TrainやGiant Stepsの奔流のような音の波にこそ求道者としての彼の追いもとめたJazzがあるにせよ(あれはDrugなしにはあり得ない音だ)、逆にまたそんなColtraneが「Ballads」をやった(これも出来る!)というのは医大なのでは内科と思うようになった。(すごい誤変換だなATOK。悧巧なのかバカなのか。偉大なのではないかと思うようになった。)



いかんいかんColtraneに脱線していたら切りがない。Earl Klughの「My Foolish Heart」の話だった。アール・クルーも極力アルファベットで綴るようにしている。クルーがKlughなんて、書かなくなったらすぐに忘れるから。



billevanswaltzEarl Klughの「My Foolish Heart」はギターでは珍しい名演になる。
この曲ならやはりピアノであり、Bill Evansだろう。アルバムは「Waltz For Debby」。ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ。

しかしこのlyricismは夜のものだ。

音だけ聞いていると、朝露のようにさわやかで、いまちょうどさわやかな夏の朝だから似合っているんだけど、ライブだから曲の終わりにパチパチパチなんて拍手が入ると一気にタバコの煙とウイスキーの香りに包まれた1961年のライブハウスになってしまう。

これはカルピスを飲みながら聴く音楽じゃない。
音楽と食と酒は私の中で密接に繋がっている。というか長年の習慣で条件反射になってしまっている。もうバーボンしかない。
かといって朝っぱらからそれは……。いくら外道とはいえ……。
カルピスを止めてバーボンには出来ない。それは人の道に外れている。いまはさわやかな夏の朝なのだ。

さあ、どうする。
朝露のようなカルピスのさわやかさの今から、1961年のニューヨークの夜、グリニッジ・ヴィレッジのライブハウスへのタイムスリップ。手にするのはバーボンウイスキー。

どうするどうする! って娘義太夫か(笑)。志ん生が聞きたくなったな。「寝床」。でもそっちだと今度は日本酒だ。

なにかいい方法はないものか。カルピスの朝とバーボンの夜を丸く収める……あっ!




















バーボンのカルピス割りならすべてうまくゆくような……。むふふ。
なんというハイブリッド解決策。
  1. 2012/08/03(金) 08:03:48|
  2. Jazz
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パソコン話──Windows8とはタッチパネルOS──Tuck & Patti

 私はMS-Dos3.1からパソコンを始めた。フロッピー2枚で25000円。
 それからOSがUpgradeされると律義に買い続けてきた。
 Windowsは3.1から。CDではなくフロッピータイプを買った。フロッピー23枚のOS。
 95や98のあとにmeなんてひどいのもあったが、発売と同時に買った。
 不満があった。不満があったから新OSはそれを解決してくれるのではないかとゲイツに貢ぎ続けた。

 2000で初めて満足した。
 XPがあり、Vistaにもすぐ飛びついた。
 5年ぶり新OSは、要求されるハードのスペックがXPとは桁違いで、多くの問題を起こしたが、その欲求を満たしてやれば、XPよりもはるかにかっこいいOSだった。でも全面的に変更された実験作だからあちこち缺陥だらけ。それはそれでしかたなかったかとも思う。独占企業にお情けは禁物だが。

 それを修正したのが7。VistaはWindows6。7は7じゃない。正しくは6を修正した6.1。
 だけどこの6と6.1の差は大きい。
 毎度書くけど、ふところに餘裕があればVistaのひとは7にしたほうがいい。Vistaに対して誰もがすなおに感じる細かい不満を改良したのが7だ。Vistaを使っていて不満を感じないひとはそれでいいが(そういうひとも多いものだ)、「なんでこうなの? ここをこうできないの!?」のように感じるひとは7にしたほうがいい。きちんとそれが解消されていることに気づくだろう。
 フロッピーOSの時代から使ってきて、私が撰ぶMSのベストOSは、2000と7になる。



 今年末には正規発売になるという8もR版のころにDownloadして使っている。
 いつもなら今の時期、私は7と試用版8をデュアルブートにして、早く8の正規版が出ないかなと待っている状況。それぐらいあたらしいもの好きのだまされるタイプのバカ。フリーソフトは新バージョンが出るとすぐVersion Upする。人柱大好きだ(笑)。賢いひとはこういうことはしない。いまもXPだったりする。

 でも8は私には興味のないOSだった。好きになれずインストールしてすぐ早々と削除した。その後の製品版にちかい改良版にも関心がない。今年末に発売になっても買わない。

 Windows8とは「タッチパネルOS」である。スマートフォン等で慣れていて、液晶を指でいじることが好きなひとには楽しいOSになることだろう。デスクトップやノートパソコンもタッチが主流になるのだ。逆に私のようにそれに抵抗があり、好きでないものには、関心外のOSになる。それだけ。ただそれだけの話である。

 MSは、「将来パソコンからキイボードは消える」との発言もしており、スマートフォンやiPad使用者の取り込みを目論んでいるようだ。
 Mac系は、MacノートやiPad、iPhoneで、それぞれOSがちがい、そのことによる不便があるらしい。MSはそれを統合し、MS系の機器を使うひとは、デスクトップ機、ノートパソコン、タブレット端末、スマートフォンまで、みな共通のOSでOK、操作も同じならアプリも共通、ということを売りにしたいらしい。その尖兵がWindows8になる。



 過日、私と同世代の<きっこさん>が、液晶を指で触って操作する形式を嫌い、画面が指紋でべたべたになるから、あたしはスマートフォンはぜったい持たない、のようなことをツイートしているのを見かけた。彼の言うとおり、これに対する好き嫌いは極端に分かれる。基本として私たちの世代は好まない。私も液晶に指で触れて操作することには抵抗がある。だって初めてのノートを買ったとき、同時に液晶保護シールを買って貼ったほど液晶に対して神経質(?)な、あるいは崇高(?)な感覚をもっている世代なのだ。あれを指で触るのには抵抗がある。

 私は今もデスクトップ機の液晶ディスプレイを専用のクロスでこまめに拭くし、プラスチックブラシで頻繁にホコリを払う。2台並べて使っていて、正面に23インチ、右側のサブが19インチと変則的なので、角度をつけている。すこし折れまがった感じ。角度を直すとき、ディスプレイ周囲の黒枠に指紋がつくと専用クロスで即座に丁寧に拭き取る。拭き取るときにまたついてしまったりするから慎重にやらねばならない。三日に一度はディスプレイ専用クリーナー(スプレータイプ)で磨いている。そういう身には「液晶に触って操作」は無理だ。触るたびに拭かねばならない。

 でもそんなことに抵抗があるのは私や<きっこさん>の世代までで、電車の中で見かける若者や、中には私と同世代の若者じゃないひとまで、もうみなスマートフォンのようだから、「タッチパネル全盛になり、キイボードは消える」は止められない流れなのだろう。



 8を嫌うからWindows7とは長いつきあいになりそうだ。不満がないので8を買うことはない。おそらく8は、よくもわるくも物議を醸す。その「姿勢」が問われる。MS-OSの今後の「軌道」を示したものだからだ。それを受けた9がどうなるのか。

 私としては、出るたびにあたらしいのを買ってきて、そういう自分にはしゃぎつつ、嫌ってもいたから、次の新OSに興味がなく買う気がしないというのは初めての経験になる。ステップアップしたようで気持ちがよい。やっと洗脳から解放されたような。



 BGMはウインダムヒルレーベルの「Midnight Groove」。これはなかなか豪華でセンスのいい選曲。
 今日はAmazonから藺草ゴザが届いた。雨降りだから藺草のにおいにつつまれて読書でもしよう。

midnightgroove

 Tuck & Pattiが懐かしい。M先輩と一緒に青山のブルーノートで見たのはどれぐらい前だろう。90年代はまちがいないが何年だったか。

 黒人女シンガーと白人男ギタリストのコンビ。女が年上。夫婦。息の合った夫婦漫才のよう。一年の半分をワールドツアーで廻っている。仲のいい夫婦なんだろうね。

 ブルーノートで見たとき、Pattiの歌に聴きほれるべきなのだが、私はTuckのギターテクばかり見ていた。フルアコをパッティングする独自のもの。
 ふたりのアルバムはもっているが、調べたら、近年出たTuckのソロアルバムがあるらしい。聞いてみたい。
  1. 2012/06/12(火) 20:01:14|
  2. Jazz
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ジャック・ルーシェ時折トーマス・ハーディン──神山純一の魅力

thomas2


今朝の音楽はこれ。Thomas Harden Trioの「Jazzで聞くクラシック」シリーズのAdagio篇。
トーマス・ハーディンなんてジャズ・ピアニストは存在しない。日本人・神山純一がプロデュースしているBGMシリーズだ。日本人が日本人のジャズやクラシック初心者に向けて制作しているアルバムだから、当然のごとく「Jazzで聞く桑田佳祐」なんてのも出てくるわけで、その他も宇多田ヒカルとか浜田省吾とかいろいろあるようだ。
私はそれには興味はない。クラシックシリーズしか聞かないし、中でもこのAdagioがいちばん気に入っている。これはほんとによく出来ていて、いつ聞いても気分が良くなる。選曲がいい。

しかし売れ線なのはきっと日本人のそれのほうだ。たぶんこういうCDを購入するひとは、クラシックの名曲がJazzyに演奏されているものよりも、自分のよく知っている桑田やユーミン、陽水の曲を好むのだろう。それにしても神山純一の名を隠してThomas Harden Trioと名乗るあたり、なんとも商売上手だ。ファン心理がわかっている。



クラシックをJazz Pianistが演奏しているシリーズといえばJacques Loussier(ジャック・ルーシェ=フランス人)が有名だ。それはホームページのここに書いたので興味のあるひとは読んでください。2008年12月の文章。

でも、これが言いたいことなのだが、本物であり先達であるジャック・ルーシェよりも、神山純一を聴きたくなる時があるのだ。それは「Lady Borden」よりも「明治エッセルスーパーカップ超バニラ」が食べたくなるときに似ている。高価で乳脂肪率とかも高いレディボーデンの方が本物のアイスクリームで、安売りなら100円以下で買えることもある超バニラは〝もどき〟なのかも知れないが、それでもいま食べたいのは超バニラなのだ。そんなときがある。(でもだからといって、「ビールじゃない、発泡酒が、第三のビールが飲みたいんだ!」と思うことはないなあ。)

架空のトーマス・ハーディンの方が本物ジャック・ルーシェよりも確実にすぐれていると感じるのは、「気持よく聞いてもらおう」ということに徹している点だ。ルーシェの場合は「クラシックをジャズで演る」ということに使命と誇りを持っている。またトリオであることも意識している。よってベースやドラムにも活躍の場を与える。つまりジャック・ルーシェに取っていちばん重要なのは「ジャック・ルーシェトリオが演奏している」ということなのだ。それはもう真に誇り高いジャズミュージシャンとして当然だろう。

一方神山純一は、自分の名を消して、架空の「トーマス・ハーディントリオ」なんて外人名のジャズトリオを設定するぐらいだから、商売と、お客さまに「気持ち良く聴いてもらうこと」を第一義にしている。だからジャック・ルーシェトリオみたいに、いきなり太鼓がドタンバタンと活躍を始めて、「ど、どうした、何事が起きたんだ!」と驚くようなことはない。生演奏のホテルのラウンジでグラスを傾けているように、ひたすらこちらを心地良くしてくれる。それがもう、ほんとに気持ちがいい。こんなのを聴いていたら朝から酒が飲みたくなる。

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00twitter.jpg


これ、ほんとはツイッターで「今朝の音楽は」とつぶやきたかったことである。「今朝はこれを聴いている。とても気分がいい。朝から酒が飲みたくなった」と140字以内でまとめ、それで終りのはずだった。でも私の日の丸仲間はみな熱く政治を語り、フジテレビの韓国ベッタリを批判し、燃えていたので、そこに「今朝の音楽はトーマス・ハーディン・トリオ」と書きこむのは失礼な気がして遠慮した。

こういうのはどうしたらいいのだろう。音楽を語るだけの別のアカウントを作ればいいのか。いやいや、そんなことをしてまでツイッターにこだわる必要はないな(笑)。ここに書けばいいことだ。
たぶん音楽のアカウントを作ってそっちでつぶやきを始めたら、坂本龍一からキヨシローまで、あっちにはサヨクが多いから、別の悩みが生じるだろう。ま、これ以上ネットに関わるのは自粛しないと。意見の合う日の丸仲間を大切にしよう。どうやらかなり隠れ創価学会がいるようで憂鬱になっているが。

来週ディスプレイが届いてデュアルに戻ったらまた感覚も変るだろう。シングルディスプレイはひとつのことしか出来ないから、やるべきことがあるときには集中できていいが、ひとつのことしか目に入らず心が偏るとも言える。デュアルディスプレイは、複数のことを同時にやるから、あちこち目移りしてふわふわしているが、その分、心の偏向は防げる。

デュアルディスプレイにもどったらネットに依存しなくてもパソコンの自由度が増えるから、その分ネットと距離をおけるようになる。楽しみだ。何事も「なくなって価値がわかる」というが、デュアルディスプレイが私のパソコン生活でいかに重要であるかよくわかった。早く戻りたい。来週だ。待ち遠しい。
  1. 2011/07/30(土) 11:38:19|
  2. Jazz
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冬はオルガン

 冬はオルガン


冬はオルガン。寒い日にはあたたかい音色がよく似合う。
Jimmy Smith,Jack McDuff、毎度の定番。


これも毎年書いてるなあ。人生は繰り返し。


一年ぶりのサウンドが懐かしい。

  1. 2007/12/08(土) 20:41:27|
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名曲名演Winelight


 名曲名演Winelight

 その曲がSmooth Jazzから流れてきたとき、しばし私は聞き惚れた。メロディを取っているのはギターである。アレンジもいい。ブレークもいい。すべてが完璧に思えた。演奏者はPoul Brown。
 早速調べてみた。

Poul Brown

http://www.universal-music.co.jp/jazz/artist/paul_brown/index.html



 なんともおもしろい経歴である。錚々たるアルバムをプロデュースしてきた音楽プロデューサなのだ。その人が今になって自分でギターアルバムを出してしまった。「元気が出るテレビ」のプロデューサだったテリー伊藤が裏方から突如タレントになったようなものか。
 とにかくすばらしいアルバムである。ライナーノーツにあるように2004年のベストであると思う。

---------------

 が真に書きたいのはそのことではない。私はPoul Brownの演奏する「Winelight」という曲に惚れ込んだ。それを見知らぬ曲と思っていた。しかしそれは勘違いだった。念のために音楽専用HDDを検索すると本家本物の演奏を数Version持っていたのである。
 本家とはこの曲を作曲し演奏しているGrover Washington Jrだ。彼がサックスで演奏する「Winelight」を私はすでに持っていたのだった。しかもいくつかのパターンで。だが心に残ってはいなかった。持っているその数パターンをあらためて聴いたが、さして惹かれはしなかった。これはどういうことなのだろう。

 おどろいたのは、Poul Brownはほとんど原曲を崩さず、Grover Washington Jrのアレンジそのままに演奏していたことである。つまりたいしたことのない曲を独自のアレンジで生き返らせたわけではない。なのに原曲は私の心に響いてこないのに、どうしてPoul Brownのギターはしみこんでくるのだろう。不思議でならない。
 よくあることのようで私にはほとんど経験のない出来事だった。
  1. 2007/01/19(金) 18:47:40|
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プロフィール

fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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