スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

今日の修正──「立川談志の死」の「新日」──訃報に接する態度

いつものよう午前3時起床。
「人気記事」を見ると、「立川談志の死」が入っている。今度は誰かが落語話を引っ張りだしてくれたのか(笑)。というかこれは分類的には「訃報」か。
ということでチェックしていたら、プロレスの「新日」を「親日」と書いているのを見つけて修正。
これは逆も良くやる。気をつけよう。 



心優しい日本人は、なんでも水に流す。
村八分でも、火事と葬式の二分は例外である。
知らないひとでも、とりあえず死んだと聞いたら哀悼する。
それはきっといいことなのだろうが、ひねくれ者の私には不可解でもある。



16年間暮らした最愛の猫を失い、埋葬した家の隣の畑で泣き濡れていたら、実家に帰ってきた姉(実家に帰るの正しい使いかた)とその娘が、線香をあげようと畑にやって来た。事勿れ主義者でなんでも適当な私だけど、そのとき反射的に激しく拒んでしまった。一瞬で反応した自分におどろいた。

おとなげないと言われるだろうし、他者の好意を無にしていると嗤われるかも知れない。
東京で一緒に暮らしていた猫は、私が外国旅行に行く間に両親に預かってもらうようになった。老父母は猫をかわいがってくれた。いまも感謝している。そして猫の存在は、私とあまり仲の良くない母とのあいだもとりもってくれた。これは猫に感謝することだ。

猫嫌い、というか動物嫌いの姉は、自分の実家に猫がいることを嫌った。臭いとか気味が悪いとか、あれこれ言っていた。その娘(姪)も同じ。姉(母)が動物嫌いで飼わないから娘ふたりも動物嫌いになっている。まこと、親の影響とは大きい。そんなふたりに、死んだからと言って神妙な顔で線香をあげに来られたらたまらない。

ほんとにもう事勿れ主義であらゆる摩擦を嫌い、誰とも揉めたくないと思って生きてきた私だが、線香を手に神妙な顔で現れた姉と姪を「やめてくれ!」と激しい口調で拒んだ。よろこんで受けいれられると思ってやってきた姉と姪は予想外の事態に驚いた顔をした。ふつう線香をあげに行けば、それこそ故人の殺人者でもない限り受けいれるのが日本の常識だ。姉は常識にそって行動した。それが拒まれた。

しかしいちばん驚いていたのは私自身だった。そういう激しいことが自分に出来るとは思っていなかった。でもそれだけあいした猫だった。自分が汚されてもかまわないが、彼を護るためならなんでも出来た。自分を臭いとか気味が悪いと嫌っていた人間に線香を上げられても彼は喜ばない。恥だらけの人生だが、あのときのあれは、私には珍しくよくやったと思っている。



日本人は死んだらなんでも許してしまう。
朝鮮人の長州力は、自分の嫌いなヤツ(安生だったか)に対し、「あいつが死んだら、墓に行ってクソぶっかけてやる」と言った。「あんなヤツ、死ねばいい」ではない。死んだ後にも墓に行ってクソぶっかけるのである。まさに朝鮮人の恨の思想をよく顕わしている。時勢とはいえ、こんな民族を併合してしまったのだから、あと何百年経とうと憎まれ続けるだけである。日本人はそこを理解せねばならない。死んだら水に流す自分達とはちがうのだ。



しかしまた日本人の何でも許してしまう感覚にも問題はある。
原爆を落とされ、大量無差別殺戮をやられたのに、その相手を責めることなく、「二度と過ちはおかしません」と碑に刻む自省はヘンなのではないか。



談志が死んだとき、談志の落語など一度も聞いたことのない連中が、いかにも神妙に、かなしげに語っているのは、私には不快だった。しみじみ心の狭い人間だと恥じいるが、この感覚を当の談志は支持してくれるだろう。この「立川談志の死」という文は、熱烈な談志信奉者には嫌われるだろうが、談志本人には気に入ってもらえると思っている。

長州力のように、死んだ後に墓にクソをぶっかけに行くほど嫌いなヤツはいないが、興味のないひとが死んだとき、死んだというそのことだけで哀悼するようなことはやめようと思っている。興味のないひとには、その死にも興味を持たないのが礼儀であろう。
スポンサーサイト
  1. 2013/01/30(水) 06:42:58|
  2. 落語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

今おもしろい落語家──1位柳家喬太郎







 文春ムックの順位で、1位柳家喬太郎、2位立川志の輔だった。私の順位と同じでうれしくなった。

 昨年からその事を書こうと思いつつ、本屋で見かけたこの本がなんだったのかわからなくなっていた。何度も検索し、やっと文春ムックと知った。ひとと同じ事を喜ぶ気質ではないが、多くの落語ファンと同じ意見だったことはすなおにうれしい。続きはホームページで。




 「今おもしろい落語家──1位柳家喬太郎」
  1. 2010/01/31(日) 05:04:20|
  2. 落語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

落語の朝──正蔵と小米朝

rakugo
落語の朝──正蔵と小米朝



 16日はTBS落語研究会があった。午前4時25分から5時15分まで。こんな時間に誰が見るのだろう。「落語特選会」のころは見ていたが今はまったく見ていない。あれは深夜一時半ぐらいからだったからまだ充分に夜だった。これはもう夜とは言い難い。見なくなった。今回も偶然である。
 通例として朝は五時からで、この時間は日曜の朝ではなく土曜の28時25分と表記するらしい。視聴者は早起きしてみる年寄りの方が多いだろう。


 
 正蔵が「ぞろぞろ」、小米朝が「七段目」。興味深かったのは正蔵が長年やってきた、というかそれだけでもってきたような「海老名家ネタ──三平から兄弟姉妹まで」を一切やらず、前振りなしで本題に入ったこと。そして逆に小米朝が、「米朝ネタ」をマクラとしてたっぷりやったこと。
 国立劇場とはいえ客には「ウチの人間国宝がこのあいだ骨折しまして」「なにしろわたしは国宝の息子ですから」とアクション混じりでくだけた話をする小米朝のほうが受けていた。


 正蔵を襲名したこぶ平が、毎度の三平を引き合いに出してのマクラ(天国のお父さん、ぼくどうしよう、落語が出来ないんだ──せがれよ安心しろ、おれも出来なかった、のような)を一切封印しているだろうことは予測できた。
 だがまだそこには「もう正蔵なのだから。国立劇場だから。テレビ録画だから」の意気込み、かたさが見えていた。おどおどしているように見えた。まだまだである。
 対して小米朝はなんら迷うことなく米朝ネタを開陳してすなおに笑いを取っていた。
 正蔵が自分の藝に自信を持ったなら、やがてまたむかしのように堂々と三平ネタをやるようになるだろう。最近なら絶好の小朝泰葉離婚ネタがあった。それでこそ本物である。今の封印もまたわかる。先は長い。
 なんとも意味深なふたりの組み合わせだった。


------------------------------


 次いで5時15分から45分までNHK「日本の話芸」。ざこばの「子は鎹(かすがい)」。関東では「子分かれ」の演目。私は「芝浜」とか「子分かれ」は嫌いだ。それはともかく。
 ざこばはかんでばかりいるし滑舌もわるく、ひどい出来である。といって今回がそうというのではなくいつもそう(笑)。この人の持ち味。
 かすがいを知らない人もいるだろうからと実物を見せて説明する。うしろの人は見えにくいだろうといきなりより大きなものを取り出して笑いを取る。この辺は関西藝人のサーヴィス精神。「わたしこれ、自前で買ってきました。落語のためならお金は惜しまないんです」って、たかがかすがいで(笑)。


 不思議なもので好みは変る。最近の私は立て板に水の流暢なものよりこんなのを好む。CDでも志ん朝や文珍の流麗なものはまったく聴かず、志ん生の登場人物の名前も忘れたような投げやりなもの(笑)ばかり聴いている。それと昭和三十年代のラジオを思い出す、思い出すというかもろに当時のものだが、金馬の落語。それらがあたたかくてほっとするのだからしょうがない。落語の好みもこちらの精神状態によって変る。


------------------------------


 というわけで、偶然落語を連続して聞いて(見て)しまった夜(朝?)だった。いつ以来だろう。二年ぶりぐらい。


◎「早指し将棋選手権」の思い出
 見終わって思ったのは、毎週この時間は夜更かしであれ早起きであれ、テレ東の「早指し将棋選手権」を見ていたなあ、ということ。終ってもう何年になるのだろう、放映時間は微妙に変わったが、日曜明け方の思い出として体にしみこんでいる。
 不人気だったらしく、日曜の朝の九時からだったのに六時からになり、五時からになった。六時はまだ朝だったが五時になるともうついゆけない。(ゆけたが)。このままじゃ四時台になり三時台になるのじゃないかと心配していたら五時代で打ちきりになってしまった。競艇の笹川さんのようなスポンサーがいなくなったらもう打ち切りしかなかったのだろう。

 長年ヴィデオに取りため、数年前DVDに移植したものが何十枚もある。どれぐらいだろう、50枚以上100枚未満。当時はビデオテープもけっこう高かったから、つまらない勝負だと録画したあと上書きして消したりしている。HDDレコーダの便利さを痛感する。とはいえそういうふうにセコく上書きしたビデオテープの消しのこりCMなんてのが味になる。
 いつしか見ることがあるだろう。四段になったばかりの中学生の羽生が、若い森内が、佐藤がいる。王者の中原、谷川がいる。咳払いをし、体を揺する加藤がいる。貴重な二上会長の二歩による反則負けの一戦もある。大山の映像は宝物だ。


 と、ひさしぶりにテレビで落語を見たのだけれど、想いとしてはそのあとぼんやり思った「早指し将棋選手権」への郷愁の方が強かった。衛星放送を契約すれば将棋番組なんて一日中見られるし、見たければそういうものと契約しろという時代だ。まだする気はない。

  1. 2007/12/17(月) 17:32:04|
  2. 落語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

三平の思い出

 三平の思い出
 明け方、『竹林亭白房』を読む。三平の話が懐かしかった。
「昭和54年は亡くなる一年前」ということは三平は55年に亡くなったのか。今年は昭和80年だからもう25年前になる。月日のたつのは早いものだ。西暦で1925年生まれの80年死亡。享年55歳だから早い死だ。
 いっ平に「昭和のスターはおれと美空ひばりとおまえの父さんの三人だよ」と言って感激させた石原裕次郎は1934年生まれの87年死亡で53歳。美空ひばりは1937年生まれで1988年死亡だから51歳か。昭和の三大スターはみな早死にだ。
 長島は1936年生まれか。三大スターよりぼくには長島の方が偉大だ。

 三平が苛酷なリハビリを根性で制して復帰したのを見たのは「徹子の部屋」だった。chikurinさんが見たというヴィデオで、昭和54年に元気に高座を勤めているのなら、ぼくの観たまだ麻痺の残っている痛々しい状態で出た「徹子の部屋」は何年なのだろう。

「徹子の部屋」の放送開始は1976年(昭和51年)2月2日と知る。来年で30年か。たいしたものだ。ぼくが見たのを昭和52年か53年と仮定すると、ぼくは荏原町にいたときになる。なにしろ学生時代に武蔵小山に6年、卒業して荏原町に3年、そのご旗の台に20数年、とそれがぼくの東京住まいのすべてにる。三カ所とも歩いて20分以内。東京に三十数年住んだといっても品川のごく一部しか知らない。
 時間的には荏原町になる。でも見たという想いがない。どうしても旗の台になる。とするなら、昭和54年に旗の台に引っ越しているから、三平の出演はchikurinさんが見たVTの高座と近くて、快気祝いの宣伝も兼ねた昭和54年のように思える。ぼくの感覚ではそうだ。まあこういうのもネットで調べればわかることか。

 と、ここでぼくの見たその「徹子の部屋」の三平がヴィデオで発売になっていると知る。36分で3800円とか。いろいろやっているんだねえ。その他、故人シリーズが続々発売になっているようだ。死人で商売か。そのうち黒柳自身が故人になるだろう。でも好きな人には貴重な映像になる。だったら月日もわかるはず。と下手な検索だがすこしがんばってみる。
「徹子の部屋 応援サイト」というのに五十音順で過去の出演者があるので「は」を調べたら、出てきたのは林家いっ平。めちゃくちゃ新しいものしかない。これじゃ役に立たない。
 その2003年のいっ平出演の時に黒柳が「つい昨日のように思うけどもう22年前」と言っているから三平は1981年の出演か。1981年は昭和56年。もう死んでるな。なんだかわからん。chikurinさんにヴィデオを購入してもらって教えてもらおう。ディスプレイに表示されたヴィデオパッケージを拡大して日附を見ようとしたがボケてしまって確認できなかった。

 談志の語る三平の話が好きだ。談志がむちゃくちゃしても決して三平は怒らない。あれはすごい。怒らないから怒らせてみようとめちゃくちゃする談志の気持ちもよくわかる。
 若い頃、村松友視さんが寄席のトイレで三平と出会ったら(出演者も客も同じトイレだったんですね)、一客に過ぎない村松さんに、三平は額に指をかざし、「どうも、三船敏郎です」と言ったそうな。これは色川武大さんの文で知った。サーヴィス精神旺盛(笑)。
 幼いころのいっ平は三平が誰にあっても「どうも、加山雄三です」と言うものだからずっと父の名を加山雄三だと思っていたとか。ある日テレビ局で誰かに三平さんと声を掛けられ「どうも、加山雄三です」と言って振り返ったら本物の加山雄三だったとか。「どうもすいません」とこれは本気で謝ったそうな。時代に合わせて三船敏郎から加山雄三に代わっている。

 chikurinさんが三平の中に歌奴、圓歌とたびたび登場すると書いていた。当時のふたりは必ずそれをやっていた。歌奴の得意なのは「三平が戦争に行ったから日本は負けた」だった。
 圓歌はどうにも好きになれないが、協会長である彼の権限によるこぶ平やいっ平の出世のしかたを見ると、三平とは本当に親友同士だったのだろうと、この点だけほのぼのとする。圓歌の思い出話に、当時三人会をやっていたが(もうひとりは誰だっけ?)、三平は新作なんか作ってこずいつもあの調子だったというのがある。それでいて懸命に新作を創って披露する自分よりも受けていたからむなしくなったそうな。

 こぶ平やいっ平の強引な出世とはいえ落語界なんてのはもともとそういうところだ。温厚と言われる文楽あたりもずいぶんと強引なことをしている。ふと悩み、そのことを師匠に相談したら、「なにいってんだ、おまえを27で文楽にするときだってたいへんだったんだぞ。悩むな」と言われたとか。そういう世界である。

 文楽は三平が好きでおもしろいおもしろいと笑っていた。圓生は三平が大嫌いで否定していた。あの圓生独立騒動のとき、さすがに穏和な三平も真っ先に独立騒動から身を引いている。談志や志ん朝、円楽、円鏡を引き連れて、本家が留守になるような大異変だったが、最初のつまづきが三平の脱落だった。圓生をトップとした世界に行く気だけはなかったのだろう。芸は達人だが、あのキツい性格の圓生にいじめられた三平が気の毒になる。もっともそれは寄席という狭い世界だけの話であり、一般的には遙かに三平の方がメジャで大金を稼いでいたのだから同情には値しないか。

 三平というと、なぜかやたら老けていた馬生を思い出す。協会副会長になった馬生が三平を見ながら、「これからは三平さんたち若い人の時代で」と言ったので、すかさず三平が「師匠、ぼくのほうが年上です」と言ったという実話は思い出すたびに笑える。

 かといって子供のころからゲップが出るほど見てきた三平を大好きだったかといえばそうでもない。ワンパターンでつまらない人だと思っていた。ただ子供心にも、ここまで恥も外聞もなく笑いをとるためにはなんでもすると徹する姿勢はすさまじいなと感じていた。

 chikurinさんが行くという12月のこぶ平の高座(正蔵襲名)が好感に満ちたものになることを願っている。でも祖父の正蔵も父の三平もああいう芸風だったんだから、なにもこぶ平が無理して古典落語の名人を目指す必要はないんだけどね。こぶ平が天国の父に語りかける「父さん、どうしよう、おれ、古典落語が出来ない」に、父が「安心しろ、おれも出来ない」と応えたりするくすぐりが好きである。あれでいいんじゃないかと思うけど、きっとこぶ平は古典の大ネタに挑戦するのだろう。口上とか、大阪公演での周囲を誰が固めるのかも興味深い。

 三平の思い出とこぶ平がんばれと書いたことは本意だが、「徹子の部屋」の調べものでつまらん時間を消費してしまった。もったいない。
  1. 2005/10/08(土) 04:30:50|
  2. 落語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

落語と法華経


 求む! ナンミョー嫌いの落語ファン
 仕事をサボって竹林亭白房を覗いたらchikurinさんが「落語と法華経」について書いてくれていた。
 なるほど、ぼくが悩んでいることはchikurinさんにとってはもう解決済みの問題のようだった。

 chikurinさんのあげている演目はぼくも知っている。「鰍沢」「甲府ぃ」「おせつ徳三郎」「堀の内」等である。そのあとのいくつかの「法華ウンヌン」はタイトルからして遠慮しているので聴いたことはない。
 ぼくの腹立ちは──元々がそういう演目なのだから腹立ってもしょうがないのだが──志ん朝の「甲府ぃ」や「堀の内」が抜群におもしろいので、おもしろいからこそなんでナンミョーなんだと白けるのだった。「鰍沢」は子供の時から嫌いだった。全面にナンミョーが出ているからだ。

 今回教えてもらってなるほどそうなのかと思ったのは、「法華経は関東、関西はそれほどでもない」だった。要するにぼくがもっと上方落語を聞けばバランスが取れるのだろう。とはいえ枝雀の「宿替え」だったか、あの辺を聴いていてもドンドンツクドンツクツクなんてのを見学に行くシーンが出てくるし、ぼくには落語家は全員法華経なのかとさえ思えていたのだった。
 それはその強烈さによるのだろう。今回chikurinさんの文を読んで、ぼくは「えっ!? 『天狗さし』や『後生鰻』ってナムアミダブツが出てきたっけ?」と思ったのである。両方とも何人もの演者でかなりの数、聴いている。なのにそれほど「宗教ネタ」の感覚はない。つまりそれはぼくがナムアミダブツの人でそれには抵抗がないということなのだろう。それと比すと前述の法華経ものは強烈だ。「ナンミョーホーレンゲーキョー、ナンミョーホーレンゲーキョー」としつこいほど繰り返される。たまらない。まともな人間なら鼻につく。ナンミョーが嫌いな人なら、それがどんなよくできた噺であれ、しらける。

 キリスト教信者でもないのにキリスト教の宗主の誕生前夜を祝い、プレゼントを交換し、「ひとりぼっちで過ごすイブはさみしい」なんて言う大多数の日本人にとって、ナンミョーに違和感を持って落語を楽しめないぼくは異常なコダワリ男に映るのだろう。

 現在放送されているNHKの大河ドラマ(何度書いても違和感がある。いったいあんなもののどこが大河なんだ。オールスター運動会と大差ない))の出演者は、主役からヒロインまで主要メンバがみな創価学会員だと週刊誌が指摘していた。学会の天敵の『週刊新潮』だったか。ぼくはそんなものは見ないけれど、かといって主要メンバが学会員だから見ない、とも思わない。その週刊誌のように、学会にNHKが乗っ取られたとも思わない(笑)。学会嫌いだからヒサモトマサミ、モンキッキー、ナガイヒデカズ、エレキコミック等を一切見ないという人がいるがそこまでも拒まない。そういう形の宗教に対するこだわりはない。

 ただナンミョーを連発されると話は違ってくる。つまり押しつけである。学会員が自宅で朝晩大声でお題目を唱えていてもそれは自由だが、無理矢理それを押しつけられるとなると話は違ってくる。さいわいにも今まで隣室にいなかったがいたらたまったものではなかったろう。
 chikurinさんが指摘しているように「甲府ぃ」なんて、そもそもがそのために作られた話なのではないかとすら思える。「鰍沢」や「おせつ徳三郎」の「材木があって助かった=題目があって助かった」というオチもバカらしくて聴いていられない。地口落ちとかなんとかいう以前にこりゃ宗教の宣伝だろう。
 しかしそんなことを言ったらゴスペルや讚美歌なんて聴けないことになってしまう。宗教画すら見られなくなってくる。いや絵の飾られている建築物すらか。宗教と無関係に人間世界はありえない。私自身「無宗教は最悪の宗教」と考えている。かといってこのように受け付けないものもある。どうすりゃいい。
  1. 2005/08/23(火) 05:50:39|
  2. 落語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

談志と小三治の顔

 談志・オオタ・小三治
 談志は爆笑問題のオオタがお気に入りだ。もちろんオオタも談志を慕っている。談志は「爆笑問題の片方は私の隠し子である」とまで言っておどけている。これは言われるまでもなくオオタを初めて見たときから、あの猫背具合とひねくれ度合いがよく似ていると感じていた。
 きょう、小三治を借りてきてジャケットを見ていたら、オオタに似ていると思った。「茶の湯」(私の好きな演目である)というCBSソニーのCDだが2枚ある表情の違う写真が2枚とも似ている。
 とすると三段論法で談志と小三治の顔は似ているとなる。そうだろうか。
  1. 2005/07/19(火) 14:52:27|
  2. 落語
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

最新記事

カテゴリ

未分類 (0)
大相撲 (32)
落語 (6)
生活 (85)
パソコン (78)
ことば (41)
読書 (29)
音楽 (50)
政治 (200)
テレビ (27)
インターネット (91)
漢字 (6)
オリンピック (11)
マスコミ (46)
NHK (2)
プロレス (6)
世相 (91)
総理大臣 (7)
映画 (21)
スポーツ (8)
園芸 (3)
将棋 (71)
Jazz (7)
競馬 (20)
芸能 (32)
旅行 (10)
格闘技 (4)
漫画 (14)
橋下徹 (16)
タバコ (4)
Rock (2)
中共 (11)
宗教 (9)
週刊誌 (7)
皇室 (9)
地震 (39)
台湾 (5)
石原慎太郎 (10)
CM (2)
きっこ (23)
地デジ (7)
朝鮮 (23)
国民栄誉賞 (2)
ツイッター (8)
女子サッカー (1)
野田聖子 (9)
訃報 (10)
ブログ (11)
飲食 (11)
電王戦 (2)
竹島 (9)
靖國神社 (6)
デヴィ夫人 (6)
酒 (4)
節電 (1)
ホッピー (5)
小沢一郎 (9)
Windows8 (2)
たかじん (5)
島耕作 (1)
物品 (3)
テレサ・テン (2)
選挙 (8)
佐川急便 (8)
猫 (1)
白川道 (1)
サヨク (14)
麻雀 (1)
郵便 (1)
通販 (1)
Asus Memopad (1)
文章 (2)
携帯電話 (1)

月別アーカイブ

カテゴリ別記事一覧

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。