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残虐ゲームは規制すべきか!?──私は規制に賛成です──若者ふたりの意見に反論

「こんなゲームを子どもがやってるの!?」。
大臣や国会議員が驚きの声を上げました。

5月19日の参議院文教科学委員会で、実際の画像も提示して、下村文科大臣や経産副大臣、内閣府副大臣と、国による統一的な残虐ゲーム規制について議論しました。

今年2月の川崎中1殺害事件に続き、一昨日、またも私の地元の横浜で15歳の少年が母と祖母を殺害するという驚くべき事件が起きています。その他にも、名古屋女子大生事件や佐世保女子高校生事件など、未成年による残虐な事件は後を絶ちません。これら事件の原因には、様々な要素が絡み合っているのでしょうが、その一つとして、多くの識者が残虐なゲームの影響を挙げています。


 次世代の党、松沢しげふみ議員のサイトより。以下は、原文をお読みください。残虐ゲームの映像もあります。

http://matsuzawa.com/report/2015/05/post-229.html

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 大きなテーマである。まじめに論ぜねばならない。私個人はもうこの種のゲームは「バイオハザード」あたりでイヤになって離れている。ゲーム以前に、私はあのスプラッタムービーを好むひとの感覚がわからない。見ない。はらわたが飛びちり血塗れになる映像のなにが面白いのだろう。それをケラケラ笑いつつ見て、そのあと食う肉がおいしいとは思えない。
 それはまた、犬猫をテーマにした感動ドキュメントに涙しつつ、牛豚をおいしいおいしいと喰う矛盾(わたしには矛盾だ、だったら犬猫も喰えよ、となる)に通ずる。

 まあ私は、豚や牛の屠殺を目の当たりにして、喰わなくなってしまったヘタレだからね、その程度なのだけど、それでも、そういう映像を見て、「キャア、残酷!」と言いつつ、スーパーのパックされた肉は「わあ、おいしそう」と言うひとよりは筋を通して?生きているつもりだ。「今日はめでたい日だ。ともだちもいっぱい来る。よし、今日は豚をつぶしてみんなに御馳走しよう」と、飼っている豚を引きずりだして殺してふるまう感覚は正しい。そういう流れの国は多い。それが動物を殺して生きているニンゲンの業だから全面的に肯定する。私はそういう場に接し、豚の咽をかっ切ることが出来なかったけど。

 とこのテーマ、書きだしたら果てがないので、今回印象的だったことにのみ絞る。それはこの松沢議員のサイトに投稿されていた二件の意見だ。
 ふたりとも若者である。

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上田康人 ・ 高知工科大学

このゲームのシリーズをいくつかプレイした元ゲームプログラマです。
その立場の上でコメントさせていただきますと、YouTubeのタイトルに書かれてますが、この動画はわざわざそういうシーンを集めたものです。
最近のゲームは物理計算にも力を入れており、必然的に死体の動きもリアルになっていますが、普通、わざわざ死体に弾を撃ち込んで死体が跳ねるのを見て喜んだりしません。
(失礼な言い方をすれば、「もうこの動画を選ぶ時点で悪意がある」と言わざるを得ません。)

さらに、開発者はやろうと思えば弾を撃ち込むことで現実と同じように?(実際そうなるかわかりませんが)死体が千切れるような表現も出来るはずですが、それは必要な表現ではないから実装されていません。
またこのゲームは、人を殺すことが目的ではありません。マフィアとの関わりで犯罪でお金を稼ぎ、それぞれの主人公のストーリーを解き明かし、エンディングに到達するのが目的です。



小林 岳史 ・ 立命館生協リンクショップ アルバイト

確かにこれらのゲームは非常にグロテスクですが、現在の日本の教育制度ならば、Z指定ゲームと現実を混同して犯罪に走るような生徒はそうそう居ないと考えます。データを見たわけではありませんが。

そもそも、若者がゲームに影響されるというならば、今頃日本の公道はバナナの皮で後続車を滑らせようとする人間で溢れかえっているのではないでしょうか。また、残虐度で言えば、昭和時代の子供達がしていたという、カエルの腹に爆竹を入れて爆破する」という遊びや、「鉄道軌道に釘を乗せて列車に轢かせナイフを作る」遊びの方が、現実の危険度という点で余程危険極まりないと考えます。

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 ふたつとも「残虐なゲームはこどもの教育によくない。規制すべき」という松澤議員の意見に反対したもの。
 上の上田さんというかたの意見は、プログラマーとしての意見。「死体に弾を何発も撃ちこんで死体を痙攣させるようなことはそういうふうに作っているから出来るが、ゲームのクリアにそれは関係なし、そんなことをするプレイヤーはいない」というもの。
 クリアとは関係ないかもしれない。だがクリアだけを目ざしてプレイしているひとばかりではない。それがおもしろくそこに凝ってしまうひと、それが愉しくてたまらない、というひとも出てくる。ふたつめの意見と通じる部分があるので先を急ぐ。そっちでまとめる。

 ふたつめの小林さんというかたの意見は、「ゲームと現実を混同するような生徒はいない。そんなことをいうなら昭和時代の、カエルに爆竹とか、鉄道で釘を轢かせ、ナイフを作るほうがよほど危険だ」というもの。



 私の意見は、「バーチャルと現実はちがう」につきる。
 上田さんの「死体に弾を撃ちこんでピクピク」は、自分の体験で言うなら、蛇殺しになる。蛇を見つけたら殺しに走る。引きずりだし、棒で擲る。何人もで擲る。籔に逃げこもうとする蛇を引きずりだし叩き殺す。それは血腥い現実だ。そこでまた肝試しとばかり、その叩き殺した血塗れの蛇を戦果として手にして見ろとガキ大将が言う。まだ痙攣している。生きているのか。下っ端下級生はそれをしようとするが怖くて出来ない。泣きだしたりする。大将がオレは平気だぞと手掴みして賞讃の目を向けられる。夕暮れだ。暗くなってきた。帰宅する。しかし蛇を叩き殺したという昂奮と惑いは残っている。必死に逃げようとする蛇を引きずり戻し、何度も何度も叩いて血塗れにして殺したという記憶はある。朝が来る。登校途中に昨日の蛇の死骸を見る。蛇を叩き殺した生々しい感覚がもどってくる。下校時、蛇は乾涸らび、ハエがたかり、悪臭をはなっている。また蛇を叩き殺した記憶がもどってくる。

 小林さんの「カエルに爆竹」も、それをするためにはまずカエルを捕まえねばならない。泥でぬかるんだ池に裸足で入らねばならない。あのヌルヌルしたカエルを手掴みにせねばならない。私はザリガニ釣りの餌にするために、捕まえたカエルは、道路に叩きつけて殺し、足をひきちがって、それを篠竹の竿にぶらさげてザリガニ釣りをした。
 「線路で釘」も、現実の巨大な鉄道に接する。命懸けの恐怖がある。たかが「釘ナイフ」を作るだけでも、そこで接する恐怖、迫力、現実世界のそこから学ぶものは多い。それはゲームにおける「入手したアイテムを組合せ最強の剣を作る」とはちがう。 たかが釘ナイフを作るだけで、親や学校にバレないように行動する秘密、連帯があり、目の前を走る鉄道に接する昂奮と恐怖がある。それは居間で寝転がってコントローラーをいじっているだけで殺人が体験出来てしまうゲーム世界とは異なる。

 小林さんは、それら昭和の遊びを「危険極まりない」とし、ゲームのほうがよほど安全としているわけだが、ここで「危険極まりない」を考えるなら、そういう蛇やカエルを殺す、鉄路で釘をナイフにする、という体験は、いま生きている現実と通じているからたいした「危険」ではない。むしろそれはひととして生きて行くための「学習」である。真に「危険極まりない」のは、現実にはカエル一匹殺したことのないコドモが、ゲームというバーチャル世界で殺人やその他の残虐なことを体験し、それを現実世界でもやってみたいとなってしまうその「飛躍」にある。



 しっかりと管理し、この種のものや、エロがこどもに届かないようにするのが、おとなの務めであろう。松沢議員のサイト動画にあるが、あんなことをこどもにやらせてはならない。それはプログラマー上田さんの言う「わざとそういう場面ばかりを集めた悪意のある映像」と言う意見とは視点が異なる。あれが「出来てしまう」ことが問題なのだ。入手出来ないようにすべきである。

 毎度の意見だが、ポルノ解禁国なんてところでは、その分テレビを始めとする「だれもが目にすることが可能なモノ」には、しっかりと規制を設けている。日本という国は、そのへんがとてもあやふやだ。その代表例が、「戦争しません。軍隊はもちません」と言って、東南アジア諸国プラスオーストラリアの合計よりすごい軍隊をもっていることだ。「いやそれは軍隊ではないんです。自衛隊なんです」という詭辯。首相が「我が軍」と言ったら大騒ぎだ。だからこそ70年前に戦勝国から押しつけられたあの憲法を廃棄して、まともな憲法を制定せねばならない。いつまで自衛隊、いや我が軍を、日蔭のみにしておくのか。

 今後も「サカキバラ事件」のような異常な事件は起きるだろう。それはパーセンテージの問題だ。あの種の事件を起こす因子は人間の中に潜んでいる。根絶やしには出来ない。しかしおとなの努力でそのパーセンテージを、機会を、すこしでもへらすことが可能なら、力を合わせ、その努力をすべきである。
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  1. 2015/05/29(金) 09:05:54|
  2. 世相

放射脳ってほんとにいるんだ──西日本疎開者の父と知りあう

jessy Hot Sauce
 今朝のBGMは、Jessy Jの「Hot Sauce」。私はほんとにJessyが好きなんだなあ。毎日のように聞いている。Jessyのプレイ以上にPaul Brownのプロデュースセンスが好きなのかもしれない。ライブ映像でわかるようにJessyはPaulに心酔しているらしく、彼の支持にしたがって動いている。細部までPaulがアレンジして、Jessyは1プレイヤとして参加している感覚だ。恩師なのだろう。いい師弟だ。

 そしたまた思うに、世の中にはきっと、こういうふうに隅々まできちんと計画された?作品はきらいで、アドリブガンガンこそ最高って音楽ファンもいるんだろうな。私自身デルタブルースにはまっていたころは、こんなきちんとした音楽は受けつけなかったかもしれない。



 下にある「友達話──ふたりのHさん」は、最初Hの部分を実名のままでUPした。あたらしくHさんというかたと知りあいたのしく語らった翌朝、旧知のHさんから二十年ぶりのメールをもらってうれしかったという話である。ふたりの苗字が偶然にも同じだった。
 アップしてすこし経ったあと、知りあったばかりのHさんから聞いた話を書く予定だから、実名はまずいかとイニシャルにした。その理由は以下の話を読んで頂けばわかる。



 Hさんと知りあった日、仕事の帰り、喫茶店に入って懐かしのむかしばなしをしていた。Hさんの親友が添附ターズ──テンプターズも変換されない時代になったか(笑)──のメンバーの兄で、渋谷で遊んでいるとき、 彼らを呼んだら、テレビ局から直接ショーケンを始め全員がやってきたものだから、人気絶頂の時でもあり、街中がちょっとしたパニックになったとか、そんな話を聞く。昭和43年。私は田舎の高校生。東京に出たのは昭和46年。まだ渋谷駅前にはハーモニカを吹きつつ傷痍軍人がすわっていた。駅構内はタバコ吸い放題で、吸い殻入れが設置されていたが吸い殻を線路に投げすてるひとが多かった。日本人はずいぶんとマナーがよくなった。東急線の目蒲線、池上線はボロ電車だった。「池上線」の歌詞はあの時代の池上線を知っていないとわからない。

 グループサウンズの話から、ジュリーがいま護憲と反原発の活動をしていると私が口にした。Hさんはまったく知らなかったようで、「ほう、それはえらいですね」と言った。なにがえらいのだろう。奇妙な感じをおぼえた。ここから予想外の展開になる。



 Hさんには溺愛しているひとり娘がいる。Hさんはなかなかの美男子なので娘さんもかなりの美形と思われる。年齢は三十歳前後であろう。いま関西の××県にいる。男と一緒に住んでいるが結婚はしていない。三ヵ月に一度程度、東京にもどってくる。Hさんの住まいは多摩市である。娘さんもそこで育ち、数年前まで一緒に住んでいた。デパートを定年退職後、娘さんからもらったノートパソコンでHさんはパソコンを始め、わからないことは電話で聞き、それでもわからないことはたまに帰宅したときにやってもらうとか。よちよち歩きのパソコンライフが、YouTubeから好きな音楽をDownloadし、mp3プレイヤで聴けるようにまでなったことは、ちょっとした自慢のようだ(笑)。そこまでは昼に聞いていた。

 夕暮れの喫茶店。私が物書きだということから、Hさんが「じつはうちの娘も」と、なる。フリーランスのフリーライターで、新聞雑誌の書評がメインのようだ。本好きのHさんは、娘さんが書評をした作家(基本的に書評は褒めるものだ)からお礼の手紙と一緒に新刊本が贈られてる来るので読む本に苦労しないのがありがたいと言っていた。Hさんは二浪したが目標の早大に行けず、進学を諦めて就職した。期待を娘にかけ、娘もまたそれに応えた。こどものころから読書感想文でいろんな賞をもらった、ライターは天職だと嬉しげに娘自慢をする。



 話はジュリーの反原発活動をHさんが「えらいですね」と言ったところにもどる。私は「いや、ただのバカサヨクです」と嗤った。「じつは」とHさんが言った。「うちの娘も原発反対の運動をしていて、ぼくもこのあいだ官邸周りのデモに参加してきたんです」「ぼくは反原発じゃないですよ。どうでもいいんですけどね、ただ娘をひとりでそんなデモに参加させるのが心配なのでついていったんです」

 さらに「じつは」が続く。「娘が××県に住んでいると言ったでしょ。あれ、あの大震災のあと、引っ越していったんです。放射能があぶないって。一緒に住んでいる男は、その活動で知りあった男なんです」「ぼくは放射能なんて平気なんですけど、怖がるひとっているんですね、うちの団地からもかなりの数のひとが放射能がこわいって西日本に引っ越しましたよ」



 う~む、なんか山の中で幻の獣と出会ったようだ。ほんとにいたんだな放射脳って。ツチノコか。
 なにしろあの<きっこさん>が2011年9月の時点で「今日で西日本への疎開斡旋が100組になった」とツイートしていたぐらいだから、いるんだろうなとは思っていた。たった半年で100組だから、今ごろはもう<きっこさん>の斡旋した疎開者は1000組を超えているだろう。ほんとにえらいなあ、<きっこさん>は。なのにお礼を述べるひとがいない。なぜ<きっこさん>のTwitterには疎開を斡旋してもらったひとからのお礼がないのか。日本人は義理人情を忘れたのか。

 Hさんの話によると、西日本に疎開した家族はHさんの周囲だけで10家族はいるという。現にひとり娘は両親を捨てて(笑)、自分だけ男と一緒に西日本に逃げたのだ。三ヵ月に一度デモのために多摩市にもどるときは放射能防禦服でも着てくるのだろうか。しかし西日本もあぶないぞ。<きっこさん>が言っていたように、「日本は終りだ、北半球は終りだ、カナダ経由で南半球オーストラリアに逃げる」ぐらいしたほうがいいのではないか。いやほんと、そんなにこわいならそこまでしなきゃだめだし、というか地球をもう何十コも消滅させるほどの核兵器を人類はもっているのだから、地球にいちゃダメだ。あぶないよ。よその星に行かないと。



 <きっこ>さんて言えば、<きっこさん>のお母さんは、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブル顫えたんだよね。それで<きっこさん>は着の身着のまま、お母さんを連れて西日本に疎開する。2011年3月末のことだ。あれから4年経つ。私はこれを読んだとき、お母さんのことをなさけない女だなと思った。年齢設定だとこのとき65歳になる。<きっこさん>が37歳か。母子家庭で、いろいろな仕事をしながら<きっこさん>を育てあげた強い母である。なら話としては、「放射能が来る、あぶない、西日本に逃げよう」なんてかしましい娘に対し、「落ちつけ、放射能なんて母さんがぜんぶ受けとめてやる。お前は死なせない。母さんがおまえを護ってやる。安心しろ」と言うのが本筋ではないか。女手ひとつで娘を育てあげた強い母親が、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブルは、いくらなんでもキャラ設定がめちゃくちゃだ。まあそのめちゃくちゃさゆえに人気者なんだけど(笑)。



 Hさんの苗字が実名でも、××県と伏せなくても、べつに問題はないと思うけど、SNS時代だから慎重にしたほうがいいと判断して伏せた。苗字と県と反原発デモ活動家で特定されてしまうかも知れない。

 しかしSNS時代と言っても、SNSそのものに問題があるのではない。要は使いかただ。「しまむら土下座事件」をやった女も、Twitterでそれを自慢気に書きこんだことから批判され、Facebookにアップしていたチマチョゴリを着て学校に通う娘の写真などから通名がバレ、在日朝鮮人と認定された。「たかじん遺産争い」の朝鮮人後妻も、やはりFacebookにイタリア人亭主との結婚式写真やキス写真をアップしていたので重婚疑惑に繋がっていった。いわばみな自業自得。SNS時代がこわい、ではなく、破滅するひとはそうなるだけのことをやっている、ということだろう。



 西日本疎開者はこれからどういうオチをつけるのだろう。「もうだいじょうぶ」ともどってくるのか。それともこのまま西日本に住みつづけるのか。本格的に引っ越し、あちらで仕事を見つけて働いているひとはいいとして、<きっこさん>のように単なる煽りでウソ疎開をしたひとは、どんなオチにするのか。たのしみだ(笑)。
  1. 2015/05/24(日) 08:55:14|
  2. 世相

タバコ話──日本人男性の喫煙率34%──「平均」というマジック

 下の表は厚労省のサイトから引いた「日本人成人男性喫煙率」です。餘談ながら私は厚生労働省の通略である「厚労省」というのを初めて書いた気がします。Wikipediaによると2001年に厚生省と労働省を統合して誕生したそうですが、こんなところでも時計が止まっているんだなと感じました。そういや通商産業省、略して「通産省」もないのか、いまは経済産業省、経産省か。ま、関係ない世界だからどうでもいいや。

kitsuenritsu
 この表によると、最新の日本人の男の喫煙率は34%です。32%から盛りかえしているのが興味深いです。三人に一人、女は9%で十人に一人、となります。年度の推移、女性喫煙率の変化などもリンクしたサイトにありますので、興味のあるかたはクリックしてみてください。



 昨秋、肉体労働の現場に関わりました。なんともおどろいたのは喫煙率の高さです。そこで私の知りあった男は100人ぐらいでしたが、私以外にタバコを喫わなかったのは「元料理人」と「昨年大手術をしてドクターストップ」というふたりだけでした。喫煙率98%です。ドクターストップの男は吸いたくてたまらないのに吸えないのだから、ほんとうの非喫煙者は「元料理人」のひとりだけです。料理人は喫ってはならないと私は考えますので、また料理の世界にもどりたいと願っている彼が、離れているいまも決して吸わないのには好意を持ちました。女も5人ほど知りあいましたが全員喫っていました。喫煙率100%。男女ともかなりのヘビースモーカーで、暇さえあれば喫っていて、休憩とはイコール喫煙タイムでした。

 私の周囲には私も含め喫煙者が0なので、この100%におどろき、あらためて「平均34%」を厚労省サイトで確認した次第です。



 なにが言いたいかというと「平均」のことです。私は禁煙の流れから、平均34%は、そのままほんとうに平均34%なのだと思っていたのです。つまり、ガテン系(死語?)でも34%、ホワイトカラー(死語?)でも34%と、そんなものだと思っていました。ところが前者では100%です。重機を操作するひと、スコップをふるうひと、様々な職人、ダンプ運転手、誰もが全員喫います。後者はどうなのでしょう、私はもう長年そういう職場と無縁なのでわかりません。ふつうのサラリーマン、営業マンの喫煙率って今どれぐらいなんだろう。たしかなのは、100%の世界があるなら、これまた社員全員ほとんど喫わない世界もあるはずです。そうして平均3割なのですから。



 そういやむかしは、テレビの将棋対局でもタバコを喫っていました。喫わない棋士は煙くてイヤだろうなと思ったものです。大内九段なんかがスッパスッパ喫ってました。旧くは升田なんかも灰皿山盛りだったようですが、あれはタバコを喫うのがふつうの時代ですからね、すこしまたちがうと思います。早指し将棋戦での大内九段の喫煙は私にはイヤな風景でした。

 なぜ大内九段の名を出すかというと、たぶんこれはまちがいなく、大内九段は禁煙の流れに逆らい、テレビ対局で喫煙が可能だった時代、ぎりぎりまで喫煙したと思えるからです。あっと言う間にそれは減って行きました。中には愛煙家なのにテレビ対局のときは慎もうとした棋士もいたと思います。おそらく大内九段は「喫煙も文化」のような考えで最後まで突っ張ったのでしょう。

 いまは見かけないので、おそらく対局場での喫煙は禁止となり、盤を離れ別室で喫うのでしょう。この対局時の喫煙禁止は、タバコ嫌いの棋士から申しこみがあって、というのもあるかも知れませんが、私は「世間の禁煙の流れを考慮した」と解釈しています。テレビ局にタバコ嫌いの視聴者から抗議があったのかも知れません。でもそれ以前に棋士はサービス業ですから、世の中の流れを考慮して、視聴者を不快にする行為は控えようとなったのだと推測します。

 いま棋士の喫煙率はどれぐらいなのだろう。さわやかな若手棋士が喫煙するとは思えないのですが、松たか子がとんでもないヤニ中毒のように(最近禁煙したという噂があります)イメージではわかりません。自分の好きな棋士は非喫煙者であって欲しいと願うのですが、これは高望みかもしれません。すばらしい棋譜を見せてくれるなら、見えない部分でどれほどヤニ中毒であろうとそれはどうでもいいことです。



 私の周囲には喫煙者がひとりもいないということ、昨秋関わったそこでは100%だったこと、ここから推測するに、平均34%というのは、どの職場でも三人に一人が喫煙者なのではなく、ある職場では全員喫煙者、ある職場ではほとんど誰も喫わない、ということの平均なのでしょう。

 大きな職場で多くの男女に囲まれて、リアルに社会生活を送っているかたには、こういう「平均」は常識なのかも知れません。ふつうじゃない人生を生きてきたので、今回知ったことは、私には「驚愕の喫煙率の高さ」なのでした。(2013/1/10)

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【追記】──そして全員がパチンコ狂い

 彼らはみなパチンコ狂いでした。タバコを喫いながらの話題はパチンコばかり。「一昨日5万勝ったが昨日8万負けた」とか、そんなことばかり。まるでパチンコをやるために働いているかのよう。こういう肉体労働者が社会の根幹を支えているのだと彼らの真面目な働きっぷりに感動しつつ、でもその稼いだ金はぜんぶ朝鮮人パチンコ屋に吸いとられているのだなと複雑な思いがしたものでした。

 私はいまパチンコ関係馬主の馬を馬券対象にしないようにしていますが、景気のいいのは彼らばかり、名血の高額馬はみな彼らの所有です。当てたいと思ったら、これらを全部消すのには無理があります。意地を張って消してハズれてばかりはいられないので、彼らの馬が人気になるレースは買わないようにしています。イヤな時代です。
  1. 2014/04/26(土) 10:16:53|
  2. 世相
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楽天三木谷社長の「右腕」が不倫、に【追記】

しかしこの「右腕」が不倫てのは、三木谷社長の右腕がイヤらしいことをしたみたいだな。
楽天三木谷社長の「右腕」が不倫──専業主婦ってなんなんだ》に、「『週刊新潮』を読んできました」と「韓国語学習の広告」を附記しました。ものすごくくだらない内容なので読んでくれなくてもいいです(笑)。でも一応書いたのでお知らせ。今日はまともなことを書こう。 
  1. 2014/04/26(土) 07:46:52|
  2. 世相
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両陛下のお考えを踏まえて〝火葬〟に──おふたりが並ばれることに感激

両陛下の思い反映 400年ぶり“火葬”に
 
日本テレビ系(NNN) 11月15日(金)1時22分配信
 
 宮内庁は、天皇皇后両陛下の葬儀について、両陛下のお考えを踏まえ、これまでの土葬ではなく、火葬とすることを明らかにした。

 宮内庁は、両陛下の意向を受けて葬儀やお墓のあり方について1年半程をかけて検討してきたが、14日、両陛下のお考えを踏まえ、火葬とすると発表した。江戸時代初期から土葬で行われてきた天皇の埋葬方法が、約400年ぶりに火葬となる。

 また、お墓である「御陵」については、大正、昭和の天皇・皇后陵より規模を2割程度小さくした上で、両陛下の御陵を同じ敷地内に寄り添う形で設けることとした。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20131115-00000000-nnn-soci

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 このことが公の話題になり、ここに書いたのは2012年の4月29日だった。昭和の日である。陛下のご発言は前日の28日だった。あれから一年半が立ち、今回結論が出た。陛下のご希望がかなったことになる。

・天皇陛下の埋葬形式を変更──「昭和の日」に武蔵野陵へ──2012/04/29

 産經新聞がそれに反対を唱えた。一理ある。こういう時代だからこそ世界でも稀有な、いや世界中で唯一日本にしかない伝統を重んじるべきようにも思う。それを投稿したのがこれ。

・天皇陛下の埋葬形式を変更──「行きすぎた簡素化には反対」と『産經抄』──2012/04/30



 ともあれうれしいのは、皇后陛下のご希望がかない、おふたりの陵が並ばれるように決まったことだ。閉鎖的な皇室の中でともにご苦労し、いまも仲睦まじいお二人なのだから、永遠に一緒にいていただきたい。沖縄のあの火焔瓶事件の時、反射的に陛下を庇おうとなさった皇后陛下のお気持ちを思うと、こうしていまこれを書いていても胸が熱くなる。
  1. 2013/11/15(金) 05:09:46|
  2. 世相
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イギリス人女性殺人の市原が映画化──在日朝鮮人犯罪、通名報道の現実

世間を震撼させたイギリス人女性英会話講師殺害事件の犯人・市橋達也自身の手記を基に映画化した『I AM ICHIHASHI 逮捕されるまで』(11月9日公開)のポスタービジュアルが公開され、監督・主演を務めるディーン・フジオカが市橋にふんした姿が初めて明らかになった。

多くの人の目に焼きついているであろう、フードをかぶりながらも素顔をのぞかせた送検時の市橋の姿。公開されたポスターには同時に「僕は、『市橋達也です』と答え、逮捕された?。」というキャッチーコピーと、恐怖を覚える彼の鋭い眼差しが……。

イギリス人女性を殺害後、名前と顔を変え、2年7か月にも及ぶ逃走を繰り広げた残酷な同事件をモチーフにした本作は、空白の逃亡期間の真実が明らかになる実録ドラマ。市橋の逃亡劇を描いたフィクション・ドキュメンタリーに仕上がっている。

台湾を拠点に活躍する日本人俳優のディーン・フジオカを、日本デビュー作にして初監督に抜てきしたのは、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画『おくりびと』や、『闇の子供たち』を手掛けた辣腕(らつわん)・中沢敏明プロデューサー。

フジオカは、「オファーを受けこの事件を知った当初にふと考えた“What if…”それは『どこかで壁から逃げていたら、もしかしたら自分も市橋のようになっていたのかも知れない』という仮説。誰でも犯しかねない過ちを決して犯さない為にも、その恐さを描きたかった」と振り返っている。
 http://news.nicovideo.jp/watch/nw770478

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 こんなものを映画にすることに何の意味があるのだろう。「エレファントマン」の頭巾を取りたがるのと同じ感覚か。気味の悪い話だ。いつもだと画像を貼ったりするのだが、そこまでする気力もわかない。

 主演監督を務めるフジオカというのが言ったという「 もしかしたら自分も市橋のようになっていたのかも知れない、誰でも犯しかねない過ち」って、そうか? よくある言いかただ。「これは自分には関係ない事件ではなく、もしかしたらわたしも、あなたも、そうなっていたかも知れないんです」なんてアピール。そうかね。私は「オレも、一歩間違えたら市橋のようになっていたかも。これは誰でも犯しかねない罪」とは思わない。自分の人生で、ああいう形で外国人女性を殺すことなど想像も出来ないし、万が一そんなことになってしまったら、刑に服すか自殺して責任を取る。

 殺人の罪を犯しながら整形して逃げまわった息子を、テレビに顔出しまでして庇い、なんだろうこのひとは、と思った外科医の父親は在日朝鮮人である。イギリスの新聞では市橋はKoreanと書かれた。これは当時の英字新聞で読んだ。いまはネット上からはすべて削除されているのだとか。というのは今検索して知った話。探せばあると思うが。あのときコピーして載せておけばよかった。

 知りあいの外国人が「あれってJapaneseじゃなくてKoreanだろ。みんな知ってるよ」と言っていたので救われる。と、思わず「救われる」と書いてしまったが、狭量だと批判されるのを承知で、この種の事件の犯人が日本人でないとわかったとき、そう思うのは事実なので正直に書いておく。

 市橋が殺したイギリス人女性は、リンゼイ・アン・ホーカーさん。同じくイギリス人女性ルーシー・ブラックマンさんを殺した通名「織原城二」も在日朝鮮人である。しかし市原も織原もそうであることはマスコミでは一切伏せられ、こういう「通名」しか報道されていない。それが日本のマスコミの現状であり事実である。

 この例からも麻木久仁子の意見が的外れ、というか事実の正反対の主張であることが判る。しかし、なにをどうすればこんな事実と正反対の意見を堂々と主張できるのか。その精神構造が怖い。

kanren6
「大阪生野通り魔事件──在日朝鮮人の通名と本名報道──麻木久仁子ツイート」

  
  1. 2013/09/21(土) 05:47:51|
  2. 世相
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生活雑記──ひさしぶりのニュー新橋ビル──様変わりに驚嘆

newshinbashi 新橋で友人と待ち合わせした。
 秋葉原から廻ったが、すこし早くついたので、ふと、なぜか、まったくなぜかなのだが、ニュー新橋ビルに入ってみた。

 私は二十代の時に、運送屋のバイトと、ソニー系列のビデオ制作会社勤務で、三年近く新橋に通っている。ここほど〝通勤〟した街はない。

 当時はゲーム機の黎明期だ。インベーダーのすこしあと。毎日のようにニュー新橋ビルに寄った。毎日友人とゲームをしていた。飲み屋街では飲食もした。

 三十代になってからも、優駿を制作している中央競馬ピーアールセンターが新橋だったから、頻繁に新橋には行った。だがこのころはもうニュー新橋ビルに寄ることはなくなっていた。

 その後も新橋は、 アサ芸に連載していたとき徳間書店の最寄り駅だったし、都心に出た際は必ずと言っていいぐらい立ち寄る今に至るまで身近な街になる。これは渋谷と比べるとよくわかる。渋谷は学生時代、毎日遊んでいた青春の街だが、見事に青春の街という過去の物になり、私がいま渋谷に行くことは、まずない。その点、オヤジの街新橋とは、切れることなくつきあいが続いている。
 しかし、ニュー新橋ビルとは、二十代後半からぷっつり交際?が途絶えていた。



 今回、なぜか気まぐれで入ってみた。すると……。
 なんだあの二階は。あやしいマッサージ屋ばかり。カタコトのことばで誘ってくる。東南アジアの売春窟のような雰囲気。いや単なる雰囲気じゃなく、客の来ない暇なネーチャンがウンコすわりして、丼のうどんをすすっている姿なんかは、もろにそうだ。なつかしいっちゃなつかしいんだけど。

 いつからあんなことになったのだろう。新橋駅前の一等地だから店賃も高いだろうに。まあ「タイマッサージ、30分5千円」ならやってゆけるのか。私はタイマッサージは「2時間200バーツ(600円)」の現地でしかやらない。あれは心臓にいちばん遠い足の指から始めるマッサージだから2時間が必要だ。30分じゃ効果はない。
 ニュー新橋ビルのオーナーだって、あんな店ばかりにするのは不本意だったろう。不況でそれしかなかったってことか。下品になろうとも空き家にするよりはよかったのか。

 なんとも奇妙な体験だった。初めて行った地なら、おどろくことはない。そういうところと理解するだけだ。むかしを知っているだけに様変わりにおどろいた。
 そしてまた、久々に訪ねた地なら感慨もない。頻繁に行きながら寄らなかったから、「こんなことになっていたのか」と、猿の惑星で自由の女神を見たような気分になってしまった。 
  1. 2013/07/27(土) 06:00:51|
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世界シェア首位の品目──パナソニックがサムスンに負けた……

share10 日経の記事から。会員限定記事だからふつうは読めないのかな。一部をコピー。



世界シェア首位、12年は10品目で交代

 日本経済新聞社は30日、2012年の世界の「主要商品・サービスシェア調査」をまとめた。対象50品目のうち、自動車や携帯電話端末、リチウムイオン電池など10品目で首位が交代。新興国市場を開拓した企業や、粗鋼で2位に浮上した新日鉄住金のように積極的なM&A(合併・買収)に臨んだ企業が上位に食い込んだ。トヨタ自動車など日本企業の首位は12品目と、昨年より1品目増えた。

 12年の世界市場は新興国を中心に伸び、50品目のうち36品目で市場規模が拡大。スマートフォン(スマホ)や太陽電池など10品目が2ケタ成長となった。競争力のある製品を投入し、成長市場の需要を取り込んだ企業がシェアを伸ばした。全体として上位企業が優勢で、30品目で首位企業がシェアを拡大した。

 首位交代品目をみると、自動車は前年3位に落ちたトヨタが東日本大震災後の落ち込みから回復し、北米や新興国で販売を伸ばし米ゼネラル・モーターズ(GM)を逆転。風力発電機は米GEウインドが伸び、洗濯機は大消費地を抱える中国ハイアールが浮上した。

 リチウムイオン電池は韓国サムスンSDIがウォン安を背景に価格競争力を高め、パナソニックを逆転した。サムスングループは携帯電話端末などデジタル関連分野の計7品目で首位を占め、日本勢は薄型テレビやタブレット(多機能携帯端末)などで軒並みシェアを落とした。

 M&Aでシェアが大きく動いた品目も多い。粗鋼では新日本製鉄(前年6位)と住友金属工業(同27位)が合併して誕生した新日鉄住金が2位に躍進。ハードディスク駆動装置(HDD)で日立製作所の事業を買収した米ウエスタン・デジタルが首位に立った。パソコンはNECの事業を統合した中国レノボ・グループが2位に浮上した。

 国・地域別で首位企業を見ると、米国が19品目と最も多く、日本が12品目で続いた。自動車やデジタルカメラのほか、炭素繊維や白色発光ダイオード(LED)など高機能素材・部品で存在感を発揮した。

 韓国は8品目と前年よりも2品目増やした。中国企業は1増の6品目で、冷蔵庫など白物家電の主要3品目で首位を独占した。経済危機に揺れた欧州企業は4減の5品目にとどまった。

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 韓国に負ける日が来るとは思わなかった。パナソニックがサムスンに差をつけられている。まあ韓国の企業は国掛かりだし、サムスン、LG、現代と会社はみっつしかないようなものだし、そういう国になれたのは、日本がインフラを整え、教育を与えてやったからだから、教え子の成長を見守る気になればいいのか。あちらには感謝の心はなく、恨みだけのようだが。

 各社が作っていたHDDも、とうとう「二大メーカー」になってしまった。ここのところWDの製品が安定しているので不満はない。
 日本人ほど心優しく、親切で、町のきれいな国はないが、日本はまた、日本を悪く言い貶める「獅子身中の虫」の数でも世界一だ。これは早く絶滅させないと。
  1. 2013/07/16(火) 05:00:58|
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今年初の降雪──中山競馬、5レースで中止──いまからおでんで雪見酒

午前中に競馬中継を聞いていたら(ラジオ)、千葉の中山では「雪になるかも」と言っていた。
そのころ、東京都下の西に住む私の地(むかしなら武蔵国であり東京ではない。江戸ってのはものすごく狭い。三鷹あたりのひとが代代江戸っ子って自慢してるのを見るとアホかいなと思う)では、かなりの雪になっていた。横に長い現在の東京ではこんなこともある。

nakayama











(写真は最後のレースとなった4レースの新馬戦。この後のレースは中止)

 <きっこさん>のように「買えば当たる」という後出し馬券名人でない私は、中山3レースに手を出して、得意のトリガミ(当たったけど損)をやってしまい、午後までおとなしくしていようと3DSでFE「覚醒」をやりつつ、しばし馬券から離れた。



 2時間後の午後1時、さあてやったるかと接続したら、降雪で開催中止になっていた。

 ヒッジョーに悔しい。財津一郎風に。
 中山が降雪で中止になったことが、昭和50年以降、何度あったろう。私はそのすべてに行っている。初めて今回、逃してしまった。今まで行ったときも、中止になるのが見えているのに、「開催中止」に生で接したく、敢えて行ったのだった。今年も行きたかった。それが自慢になる。ヒッジョーに……もういいか。 

 なんだか大儲けの機会を逃したようで悔しい。降雪でも開催続行されれば大穴を取れた気がする。って、ウソだけど。でも思い出すなあ、場内放送が実況出来なかったあの日。「さて馬群は、向正面にさしかかります、先頭は……見えません。雪で、見えません」だって(笑)。

 ということで、雪の中を、セブンイレブンでおでんを買ってきて雪見酒。
「こんな日もある」。

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【追記】──言葉狩り連中の執念(笑)

 15時からのテレ東の特番競馬中継はメインの中山京成杯がなくなって時間があまる。
 よって、中山にいる岩田を迎えてのインタビュウ特番。

 ジェンティルドンナとのレースを振り返る岩田が、振り落とされたとき、足首を引っぱられ、「大(おお)びっこになり、表彰式のとき、たいへんだった」と言ったので、「こりゃ、くるな」と思ったら、1分も経たないうちに「先程、不適切な表現があり」と詫びていた。イチャモン厨房は命を懸けてるんだな(笑)。「びっこ」ということばを耳にした瞬間にもう電話を掛けたのか。
 しかしあまりに早かったから、たぶんディレクターがMCに言わせたんだろうな。電話の来る前に。
  1. 2013/01/14(月) 15:07:27|
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動物愛護の矛盾──ポールの七面鳥、デヴィ夫人のワニ──「豚がかわいそう」というミヤネ発言

政治局面もあり、ここのところけっこうテレビを見ている。昨日は「ミヤネ屋」を見た。するとつまらんことをやっていた。

「シナの観光地で、豚が湖にダイブするのが人気」という話題である。湖に5メートルぐらいの高さから豚が湖に、次々と飛びこんで歓声を浴びている。

しかしそれはどう見ても豚が自分の意思で湖に飛びこんでいるのではなく、「人間に追われているから」なのだ。豚は飛び込み台の板で囲まれた狭い通路を棒でつっつかれて、しかたなく飛びこんでいる。正しく言うなら「突きおとされている」に過ぎない。

でもそんなのはどうでもいいことだ。そういうことをして、それを見て喜ぶのがいて商売になっているなら、それはそれでいい。私が看過できなかったのは「ミヤネ屋」の連中の発言である。

まずはミヤネが、「これって、人間が追いこんでるんじゃないですか!」と、まるで真実を見抜いたかのように発言する。コメンテーターが「そうですね、あれってどう見ても人間が突っついてるんでしょ」と同調する。そうしてスタジオ中が、「豚がかわいそうです」「まったく中国って国は」になっていったのである。くだらん。

豚である。所詮殺されて喰われるために生まれてきている豚である。「かわいそう」は当たるまい。こういうのが熊だったら、動物愛護協会なんてのがイチャモンをつけて、熊は別施設に移され、こんな見世物から解放されるパターンがある。豚だ。どうするんだ。別施設で餘生を送らせてやるのか。

ミヤネの「かわいそう」はどこから来ているんだ。湖に突きおとすことが残酷だというのか。豚舎にいてゴロゴロしているだけなら文句はないのか。しかし豚の中には、「殺される前にいい思い出が出来たよ」と言うのもいるかもしれんぞ。

ずらりと並んだコメンテーターってのも、せめてひとりでも「豚ですからね。殺されて喰われる運命なんですから、湖に突きおとされるぐらいなんてことないでしょう」ぐらい言えないのか。
言えないよな、そしたらミヤネやスタッフに嫌われてもう呼んでもらえなくなるもの。コメンテーターなんて名乗るな。「お追従者」でいいだろう。



以前サイトに書いたことの繰り返しになるが。

テレビのニュース。高速道路で豚を満載したトラックが事故に巻きこまれた。トラックから逃げだし、高速道路の上を豚が走りまわる。その映像。なんとかみな捕まった。
男アナ「クルマに撥ねられた豚クンはいなかったようです」。女アナ「よかったですね」。
男アナ「豚クンにとってはトンだ災難でしたね。さて次のニュースです」

屠殺場に向かうトラックだ。殺されに行くのだ。女の「よかったですね」は何がよかったのだ。屠殺場で殺されるのはよいことで、高速道路でクルマに撥ねられて死ぬのはよくないのか。豚にとっちゃ死に変わりはない。「よかったですね」と言ったその口で、そのあと豚を喰うのか。「トンだ災難」と定番の冗談でしゃれたつもりか。何も考えることなくしゃべっている自分に疑問を持たないのか。



しかしそれを言ったら世間中そうなる。
崖っぷちで往生している野犬。消防車まで出動しての大救出劇。各局のテレビカメラが報道する。助かった野犬には、飼い主になりたいという申しこみが殺到。その一方、飼い主に捨てられ殺されて行く犬猫毎日何万匹。

動物を殺して喰い、動物の住処を奪い、動物にわるいことをぜんぶしてきた人間の、都合のいい愛護精神。自己満足のヒューマニズム。吐き気がする。

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paulベジタリアンのポール・マッカートニーが動物の権利擁護団体PETA(People for the Ethical Treatment of Animals)が主催するキャンペーンに賛同し、“七面鳥の日”とも呼ばれる感謝祭、およびクリスマスにターキーを食べるのはやめようと訴えている。

ポール・マッカートニーは“EAT NO TURKEY”と描かれたTシャツを着用し、「SAY NO,THANKS TO TURKEY, GO VEGETARIAN(ターキーはいらないと言い、ベジタリアンで行こう)」をスローガンとするPETAのポスターに登場。代わりとなるベジタリアン・レシピを紹介している。

アメリカではこの時期、4500万羽の七面鳥が屠殺されているという。PETAは、マッカートニーが「もし屠殺場の壁がガラスだったら、みんなベジタリアンになるだろう」と解説する、屠殺場の様子を紹介した映像も掲載している。

ターキーは感謝祭とともにクリスマスでも食されるが、マッカートニー家ではベジタブル・ローストを作るそうだ。http://www.barks.jp/news/?id=1000084799

※ 

ポールは本格的なヴェジタリアンだから、これを言う資格がある。
しかし、これがもしも実現して(しないけどさ)七面鳥の命が助かったからといって、それがなんなんだ。その何百倍毎日殺されているニワトリはどうなるんだ。牛は豚は羊は馬は。



dewidog動物愛護と言えばデヴィ夫人も熱心だ。ブログには 「マイファミリー」として何匹もの犬っころとの写真を出している。飼い主がいいかげんなことによって犬猫が大量に処分される現状に関して怒りの意見も出している。
 
デヴィ夫人の怒りは犬猫だけではない。「熊問題」にも意見を述べている。里に出現する熊の射殺に関してだ。もともと人間が彼らの居場所を奪ったのではないかと怒る。これは正しい。その通りだ。だから殺したりせず捕獲して元の場所に放してやったり、保護するべきとの意見。傾聴に価する。

dewibagしかし一方でデヴィ夫人はこんなのもやっている。
熊は守らねばならないが鰐はそうではないらしい。なにしろ鰐を殺して鰐皮で作るバッグのデザインまでしているのだから。ブログで販売しているのだから。

デヴィ夫人の中で、熊と鰐はどこでちがったのだろう。鰐はなにかデヴィ夫人に失礼なことをして嫌われたのか。もしかして朝鮮の悪口でも言ったのか、鰐よ。

擁護してもらえるということは、熊は朝鮮贔屓なのか。 

なんだかこういう片手落ちの擁護を見ると腹が立つ。熊と鰐にどんな差があるというのだ。これなんかは一種の勇み足になる。熊が話題になったから、つい大好きな犬猫と同じように擁護してしまった。しかし自分は鰐を殺す側なのだ。まあ勇み足というより、軽率というか、一貫性がないというか。

デヴィ夫人は生活環境において、どれほど徹底しているのだろう。このひと、毛皮はもってないのか。なんかいっぱい持ってそうだ。象牙の珍品なんてのも持ってそうだ。

しかしまた「片手落ちでない動物愛護」なんて出来まい。だって人間は動物を殺して喰って生きのびている存在なのだから。意見を言う資格はヴェジタリアンに限られる。



競馬でもそういうのはあって、もともと競馬は動物の血を弄るという人間の業の深さの象徴だから、きれいごとでは語れない。でも「血統ロマン」なんてことを言いたがるのも多い。

ヨーロッパでは、「一レースで鞭を入れる回数」を制限し始めた。規定の回数以上に馬を叩いたら罰則として騎乗停止になる。しかしなあ、いうまでもないが、ヨーロッパだって馬は餘生を満喫できているわけではない。思うように走らなければ、殺して肉や皮にするくせに、鞭の数の限定とか、どうにもわざとらしい動物愛護精神だ。「動物愛護」というなら競馬なんて廃止すればいい。というか、真に動物愛護をしたいなら、人間は地球上から滅びたほうがいい。存在そのものが動物愛護精神に反しているのだから。



ひとはみな矛盾を抱えて生きる。
牛豚の肉を食いつつテレビを見て、病気の犬に涙するのが本性でもある。それを責められる人は誰もいない。それが人間という生き物の本質なのだから。 

私はこれに悩んだとき、逆療法を試みた。つまり「人間とはそういう生き物なのだから、もう何でも喰ったほうがいいのではないか」と。そう居直ると楽になれる気がした。で、上記の鰐なんかも喰ってみた。カエルとか。コウモリとか。オーストラリアでカンガルーの肉も食ってみた。

結果、これでは解決できなかったので、なるべく食べるのをやめにした。



果たして効果があるかどうかだが、私の場合、四つ足動物の肉を食わなくなってからだいぶ気が楽になった。とはいえスープの出汁とか、気づかない部分では関わっているのだけど。それでも「肉の形をした肉」を遠ざけただけで楽になった。

問題は「日本で貧乏人が菜食主義をするのは金がかかる」ということである。むかしは肉がご馳走だったのだが、今では野菜のほうが高かったりする。まして外食でもそれを貫くとなったらたいへんだ。 会食では他人様に迷惑を掛ける。

※ 

テーマがずれてきてしまった。菜食主義の勧めではない。言いたいのは「動物愛護、ヒューマニズムのウソっぽさ」である。 

無農薬合鴨農法というのが話題になったとき、水田を網で囲い、合鴨に害虫(これは人間側からの命名で、彼らは自分をそうだとは思っていない。普通の食生活を送っていたら、人間にそう呼ばれていただけである)を喰わせて、農薬を使わない稲作だ。

すばらしいと思った。だがそのあと「その合鴨はあとで喰う。一石二鳥。美味い」という話を知って、まったく人間てのはとかなしくなった。かといって稲作のために頑張ってくれた合鴨を「天寿を全うするまで面倒を見る」とはゆかない。 しかし一緒に稲を育てた合鴨を殺して喰うのはキツいな。



私は四つ足動物の肉を食わない自分が好きではない。そのことに酔ったりしているのではないからそこは誤解しないで欲しい。方法として、「喰いまくる」よりも精神的に楽だったので選んだ。それだけである。最初から悩まないひとがうらやましい。

朝鮮人が犬を喰うことを責められるひとがどれほどいるのだろう。 美味で躰が温まり、病人には最高だという。
私は朝鮮とシナで何度か犬を喰う機会はあったが、喰えなかった。ちょうど前記「何でも喰ってやろう」の時期だったのだが、さすがに抵抗があった。そういう自分をつまらんと思うが。

猫はまずいらしい。総じて猫科の肉はまずいようだ。まずくてよかった。美味かったらシナ人なんか喰いまくったろう。
シナ人は、「飛んでるものは飛行機以外、地上の四つ足は机以外、全部喰う」と言われるだけあって、悩みがない。今でも家庭で、飼っている豚を殺して喰う。タイの田舎でもやっていた。こういうのも悩みがなくていい。人間の業を正面から受けとめている。 



まあ答の出ない永遠のテーマである。何も考えず、牛でも豚でも羊でも馬でも、喰うのがいいんだろうけどね。競馬好きでも「馬刺、大好き」というひとは多い。悩みがなくていい。
それでも冒頭の「ミヤネ屋」のようなバカなことは言いたくない。 
  1. 2012/11/22(木) 12:14:36|
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神の国日本は北欧なんかとは違うぞ!──という話の序章

これはあとで本気で書く話のメモみたいなもの。
いまはちょっと荒っぽい書きかたで失礼。



落ち目の日本に対し、「北欧のような国になればいい」という意見がある。 
アメリカ的な発展を諦め、発展中のシナや未来のインドなどとも競わず、いわゆる高福祉高消費税の、しょぼいけど安定した国、スウェーデン、ノルウェーのようなものを目ざすのがよいのではないか、という意見だ。

一見、一理あるように思える。



だが、それらの国を経験すれば、まったくちがうことに気づく。
これこそが「机上の空論」、まったくもって虚しい話だ。

あれらは、日の光のない国なのだ。

長い長い冬。やっと訪れる短い夏、彼らは照れることなく全裸になって太陽に身をさらす。
待望の太陽の光に包まれるとき、恥ずかしさなんて二の次だ。全身を、日の光にさらす。その喜び。それこそ、おおげさじゃなく、尻の穴にまで太陽を見せてあげたいと願う。それは日の光に満ちて、パンチラを恥じる感覚とは正反対になる。かの国のフリーセックスなんてのも、その延長線上にある。

それは四季に恵まれている日本とは完全にちがう感覚だ。
かの国と日本のちがいを明確に把握していれば、「日本も北欧のような国作りを」なんて発想は生まれない。



かつて、かの国の「白夜」を知ったとき、私は彼らに一日中「Sunshine」で羨ましいと言った。
彼らは顔をしかめて否定した。「Sunshineじゃない、Daylightだ」と。

サンシャインとデイライトのちがい。四季に恵まれている日本人にはわかるまい。

オーロラ? あんなものは気味の悪い光だ。

いま私の部屋は、まぶしいほどの秋の陽射しに包まれている。
遠く山並みが見える。
空は透きとおり、高く澄んでいる。
日本の美しい秋だ。

布団を干す。そのしあわせ。今宵の眠りのやすらかな約束。
このしあわせは北欧にはない。彼らからすると夢のような世界になる。



この秋の陽射しと比べたら、オーロラなんてのは薄気味の悪い化け物でしかない。

日本の自然は、「北欧」なんてところからは想像も出来ない夢のような恵まれた国なのである。
このことをきちんと理解している日本人なら、「日本も北欧のような国を」なんて言うことはない。
そんな発想は生まれない。



長くなるので、序章だからはしょる。

日本人が最も自覚すべきは、この「美しい四季」だ。四季に恵まれたこんなに美しい国は世界中に、ない。 

色々な国を歩いて知った絶対的な真実になる。
「日本も北欧型の社会を」なんて愚を嗤え!
  1. 2012/10/29(月) 11:18:06|
  2. 世相
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押しつけ考──職場の椅子がすべてバランスボールに──こんな会社には勤めたくない



balance何事もバランス感覚大事?職場にボール型の椅子

 オフィスや会議室、食堂まで、すべての椅子を健康器具の「バランスボール」にしてしまった会社がある。京都市山科区の美容室向け頭髪化粧品メーカーの中野製薬だ。

 腰痛に悩んでいた中野耕太郎社長(52)が「筋力強化のために」とフィットネスクラブで薦められ、まず秘書2人と使い始めた。調子がよくなったことから、今年4月、本社や滋賀県の工場、東京支店で計400個を購入し、薬品を扱う実験室以外全室に導入した。ボールは直径75センチで1個2000円弱という。 

 健康効果は検証していないが、マーケティング本部の女性(28)は「姿勢が良くなった気がします。体を動かすとアイデアが浮かびやすい」という感想だ。

 当然、応接室の客用椅子も。客には「え、これに座るんですか?」とひどく驚かれるが、商談は和やかに進むと広報担当者は説明している。
(2012年10月22日17時33分  読売新聞)

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 最初にお断りしておくのは、私はバランスボールが大好きで長年愛用している、ということである。バランスボールに触れたこともなく、この写真を見て大笑いし「なんじゃこりゃ」と思って書くのではない。それが大前提。私はバランスボールをもう二十年ぐらい使っている。いまもふたつ所有している。すぐ身近にある。大のバランスボール好きである。そこをまずご理解願いたい。その大のバランスボール好きが、この記事を読んで、「いくらなんでもこれは……」と感じたという話である。 私は腰痛持ちだ。それに効果があると聞いてバランスボールを購入して長い。いまもこのパソコンのある部屋に、大と中のバランスボールがふたつ、空気の入った状態である。

 バランスボールで背筋伸ばしをやったひとなら誰もが経験していると思うが、いきなりジャーマンスープレックスをくらうことがある。ひとりの部屋で、しかも深夜だったりすると、みじめなものだ(笑)。

 この文を書くあいだ、ちょいとしたシャレのつもりで、上の写真で仕事をしているひとたちのように、デスクトップ機の椅子をバランスボールに替えてみた。これを椅子にするのはひさしぶりだ。当面の腰痛がないとすぐに鍛練をサボってしまう。痛くなってから悩むのではなく痛くならないように日々の努力をせねば、とはわかっているのだが。



 全社員の椅子にバランスボールって、こういう押しつけはたまらんよねえ。ちいさな会社だと社長の鶴の一声で決まってしまう。逆らってふつうの事務椅子を使ったらクビなのか。

 以前、こんな会社はいやだなあと苦笑したのに、「社長の発案で、毎朝『地上の星』を歌う」というのがあった。ワイドショーの1コーナーで見た。
 当時、中島みゆきのそれはそこいら中に流れていた。興味のない私も、意識して聞いたことなど一度もないのにほぼ唄えるぐらい覚えてしまったから、いかに流行っていたことか。社会現象だったと言える。

 彼女はYAMAHAのポプコンに入賞したデビューのころから知っているし、『夜会』のDVDもみんな見ているぐらいだから、あの歌から突然ファンになったおじさんよりはずいぶんと詳しい。ただ、あれがテーマ曲として使われ大ヒットの要因となったNHKの「プロジェクトX」だったか、そういうのは見たことがない。私はNHK嫌いなので。
 その社長はNHKの番組に感激し、『地上の星』をかってに社歌にして、毎朝屋上の朝礼の時に全員に歌わせるのである。こんな会社のサラリーマンでなくてよかったとしみじみ思った。というか『島耕作』にも出てくるが、毎朝「社歌を歌う」というのは日本の基本のようだ。それがダメなだけでも私はサラリーマンにはなれない人間だったのだとあらためて確認する。



 今回の件でも同じ事を思った。バランスボールは疲れる。不安定だ。その不安定を安定させようとする力で体を鍛える器具なのだから当然だ。バランスを取ろうと躰が反応するから、ふだん使ってないあちこちの筋肉が凝る。それがいい。効能だ。何かをしながら腹筋を鍛えたりするのにはむいている。一石二鳥だ。いわゆる「ながら」である。何かをし「ながら」腹筋や太腿の内側、足首なんかを鍛えるのに適している。テレビのバラエティ番組やDVDのコメディ映画を見ながら、なんてのがいいだろう。

 しかしその「何か」には限界がある。常に不安定を意識せねばならないから考え事にはむかない。いまもこういう内容のブログ文だから、だったらシャレでとバランスボールを椅子にして書いているが、私にはこれぐらいが限界だ。これだってグラグラして書きにくい。ふつうのイスにもどりたい。
 真面目な仕事には無理。考えに集中できない。集中とは安定の上に成りたつ。不安定が売りのバランスボールとは相対する。

 私は音楽好きなので四六時中BGMを流しつつ仕事をしているが、本気で集中するときは音楽もとめてしまう。まして腰がふらふらするバランスボールで大事な文は書けない。ここで「不安定な状況で集中してこそ本物」みたいなツッコミはやめてね、切りがないから(笑)。

 我が身のそれから推測しても、細かな数字の決算をする事務員が一日中これを使わねばならないのは苦痛だろう。長年の愛用者だからこそ解る。いやだろうなあ。それが腰痛に悩む自分の選択ならともかく、上からの押しつけなのだ。社長命令なのが。うんざり。



《マーケティング本部の女性(28)は「姿勢が良くなった気がします。体を動かすとアイデアが浮かびやすい」という感想だ》って、大嘘だよ、そんなの。でも問われたらそう答えるしかない。

「いつもとんでもないことを言いだすきちがい社長なんです。こんなことをされて、いい迷惑です」なんて言ったら犯人捜しが始まる。ちいさな会社のようだからすぐにわかってしまう。賛成するしかない。これじゃ一種の恐怖政治である。



 私は中島みゆきもバランスボールも好きだけど、好きだからこそこういう押しつけを見ると、たまらんなあと思う。自分の好きなものが瀆されているとすら感じる。
 どんなに好きな中島みゆきの歌でも毎朝強制的に歌わされたら苦痛である。いくら社長の腰痛に効果があったからといって、腰など痛くない若い社員が事務椅子としてバランスボールを押しつけられるのは迷惑なだけだ。実際、腰痛が持病の私からするとうらやましいことだが、腰痛とは無縁のひとも多い。そんなひとからしたら、「なんで仕事中にこんなものを……」となるだろう。
 社長はよかれと思い、それに酔っているのだろうが下々はたまらん。「生類憐みの令」なんてのも、こんな感じだったのだろう。

 この会社はダメだ。「生類憐みの令」と同じく、無茶を言いだしたトップを諌める側近がいない。社名と社長名から典型的な同族会社なのだろう。社長はお坊ちゃんの二代目か。こんなことを嬉々としてやっているようじゃ、いずれかたむく。 讀賣はこんなことを報道したのだから、その後の「バランスボールでバランスが取れず倒産」というニュースもきっちり伝えてもらいたい。

 せめて、「腰痛の社長に効果があったので、希望者には、業務椅子としてバランスボールを使うことを許可します。使いたいひとは社長がポケットマネーでバランスボールをプレゼントします」ぐらいの〝あそび〟がほしい。この社長はハンドルにもブレーキにもあそびが必要なことを知らないのだろうか。典型的二代目か。
 もっとも、そう言われてひとりだけ使い始める社員もいまいが(笑)。かといって「一気に全員」てのも……。
「会社勤めってたいへんだなあ」と思いつつ、組織に属せず(属する生活が出来ず)それなりに苦労もしたけど、「こんなのとは無縁の人生でよかったなあ」とも思った夜だった。

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【追記】──スライムナイト(笑)

 検索したら2チャンネルにスレが立っていて、写真の社員の様子をスライムナイトと表していた。笑った。ドラクエファンにだけわかる笑いだ。 

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【追記.2】 ──最新のスライムナイト画像──2013/6/26

 Windows用の「ドラクエ10」(ローマ数字を書くのが面倒なのでアラビア数字)が出るらしい。それのテストベータ版が無料で遊べるというので早速応募した。無事Download出来て、いま遊んでいる。しかし遊ぶのに適しているかどうかPCをチェックするベンチマークソフトがzipファイルで196MB、テストベータ版が1.1GBって、ずいぶんとデカいなあ。私の自作デスクトップ機はCPUもメモリもビデオカードもHDDも餘裕十分だけれど、安物ノートじゃ、これ動かない。



sn そこに最新のスライムナイトの画像があった。といってもWiiのドラクエ10と同じだから、すでにWiiでプレイしたひとは知っているわけだけど、私はオンラインになったそれをしなかったので初めてになる。
 スライムナイトがスライムから降りているのでおどろいた。スーファミのころって「乗った画像だけ」だったよね? たしかそう思うんだけど。
 というわけで、ドラクエ10を知らない人のために、最新のスライムナイトの画像です。
 
 こんなふうに、草原で、騎士と馬のように別々にいます。



sn2 そして合体してスライムナイトになり、戦いが始まります。

 上の、製薬会社では、いまも社員全員バランスボールにすわって毎日仕事をしているのでしょうか。

 さて、この追記。上の文は2012年10月の記事ですから、あれからもう8ヶ月になります。あの会社で腰痛に悩んでいた社員の皆さんは、バランスボールのおかげで全員完治したでしょうか。

 いまも「バランスボールのおかげでアイデアが出ます」と好評でしょうか。

 こんなものを強制的に使わされたのではたまらん、こんな会社にはいられんと退社したひとはいないのでしょうか。
 会社の業績は伸びているのでしょうか。

 Windows用ドラクエ10のテストベータ版を遊びつつ、あれこれ考えてしまいました。
  1. 2012/10/23(火) 16:18:23|
  2. 世相
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涼しい夏──商品名を映すNHK──カンビールの飲みかた

●生活雑記──涼しい夏

 昨夜0時過ぎに窓から近所を見わたすと電気の点いている家が多かった。オリンピックを見ているのだろう。時間差のある国でのオリンピック開催時にはお馴染みの光景だ。4年ぶりにオリンピックが開催されているんだなと実感した。


 図書館から借りてきたちょっと難しめの本を読んでいたら、いい睡眠薬になったのか、うとうとしてしまう。寒くて目が覚める。午前3時。窓からの風が涼しすぎる。室温は27度。いつもの夏ならこの時間になっても暑くて寝られず、扇風機2台をぶんまわしながら、クーラーのない我が身を呪っている時間だ。なのに扇風機も廻さず、窓を開けていただけで、涼しさに目覚めてしまうのだから今年の夏はかなりヘン。

 テレビのニュースもインターネットニュースも、日本各地で猛暑日が連続、熱中症に気をつけて、とやっている。
 私の部屋も昨日の午後は室温34度まであがったので水風呂に入ってみた。あまり必要性はなかったのだが、34度を確認したので入るべきか、とまあそのへんの感覚。本物の水風呂では寒いのでぬるま湯風呂にした。その程度だ。だからやっぱり昨年以前の、「水風呂に首まで浸かっても暑気から逃れられない暑い夏」は、室温36度以上いっていたのだろう。

 6年ぶりにクーラーを設置して、「猛暑よ、やってこい!」と身がまえているのにぜんぜん暑くない。クーラーは使っていない。使う必要がない。今年はわたし的には冷夏である。

※ 

 日中外を歩けば汗だくになり、真夏日なのだが、なんか物足りない。暑い戸外よりもっと暑い部屋に住んでいるから、それはそれはたいへんな夏を過ごしてきた。この時期の猛暑日にはデスクトップ機を置いている板の間は床の板が焼ける。熱い。素足で歩くとホットカーペットの上を歩いているよう(笑)。畳部屋にはそれがない。しみじみと畳という先人の智慧に感謝する。のだった。例年。

 今夏はそれがない。板の間の床の暑さで、例年以下なのを感じる。ほんのりと熱くなっているが、記録的猛暑の一昨年なんて冗談じゃない熱さだった。
 だからもう誰がなんと言おうとわたし的には今年の夏は涼しい。自分の体感を信じる。去年も一昨年もこんなものじゃなかった。すくなくとも私の住まいにおいては。

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●商品名にオープンなNHK

 過日このブログにこんなことを書いた。「民放のニュースが商品名にモザイクをかけている。むかしは不公平にならないようにとNHKがそうだった。でもスポンサーとの関係があるのだから、民放がモザイクで、NHKがモザイクなしの今のほうが自然だ」と。

 印象に残ったそのときのモザイクはたしか「ビンビール」だった。街の食堂の取材。モザイクをかけても「キリンのラガー」「サッポロ黒生」とわかるのだが、スポンサーに気を遣って表面上だけでもそうするのは理解できるリクツだ。
 モザイクはわずらわしい。私がテレビ大好き時代だったら興醒めだと批判したろう。今は見ないからどうでもいい話。それでも「昔のNHKの異様な商品消し」を知っているから、「民放がモザイクで商品名を消す」はとても印象的だった。
 
 まあ昔はモザイク処理なんてしゃれたものはない。そこにも書いたけれど、「一目でナショナルハイトップとわかる乾電池の商品名の部分をフェルトペンで黒く塗り潰している」のである。消されるとよけいに気になる(笑)。そんな時代があった。


 今朝(8/1)、NHKの朝5時のニュースを見た。そのあとの番組。生活情報。
「カンビールを飲んでいるといつのまにかぬるくなってしまう。そうならない便利グッズ」の紹介である。なんてことはない、カンビールよりも一回り大きい筒型のものを冷凍庫で冷やしておき、カンビールを飲んでいるとき、そこに置くという、それだけの話。どんぶりに氷を入れておき、そこに置いても同じ。くだらん。
 
 自宅でカンビールを飲んでいる若い夫婦が、「うん、ぬるくならない。これならいつでも冷たいビールが飲めて最高」なんて、民放の通販製品CMみたいなわざとらしいことを言っていた。しかしそれ350cc、カンの小ね。あんなもの一気に飲むので私だとそもそもぬるくなることはない(笑)。

 そのときに沖縄のオリオンビールとサッポロのエビスビールが、堂々とモザイクなしに、フェルトペンで商品名を塗り潰されることもなく映っていた。毎日NHKのこの種の番組を見ているひとからしたらもう何年も前から馴染んでいるシーンなのだろうが、私は前記のように「民放がモザイク、NHKがモザイクなしが正しい」とは書いても、NHKは大相撲とEテレの将棋しか見ないから、現実に「NHKが商品名を堂々と映している映像」を見たことがなかった。新鮮。時代は変っているんだなあ。

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●カンビールの飲みかた

 もうひとつ、その若夫婦が「カンビールをそのまま飲んでいる」のも印象的だった。がさつなアメリカ人みたいである。日本はいまそうなりつつあるのか。言うまでもないがハイキングとかの出先じゃないよ。その家庭のお茶の間。赤ん坊もいた。テレビもある居間。そこで夫婦でカンビールをそのまま飲むのか!?

 ビールというのは「専用スポンジ」できれいに洗った油気のない、冷やしたグラスで飲むからこそうまい。一味ちがう。グラスにも凝りたい。薄い生地のものがビールの色を映してうつくしい。二味ちがう。

 若いときは「冷凍庫で冷やしたジョッキで豪快に」も愉しい。齢を重ねたら「薄い生地のグラス」がいちばんだろう。かといって私なんかどんなにうつくしい工芸品グラスでも、ちいさすぎると物足りない。ビールをまずくする絶対厳禁の行為は「注ぎたし」だから、ちいさなグラスで一息に飲むのがおいしいのは常識なのだが、かといって150CCぐらいしか入らないようなグラスでもつまらない。もう注ぐのが頻繁すぎて慌ただしい。これはこれで興醒めになる。ベストチョイスはむずかしい。

 うらやましい話。
 椎名誠さんのエッセイにあった。そういうたしかヨーロッパ製の薄くて美しいお気に入りのグラスがあり、家でビールを飲むときは必ずそれにする、というぐらい気に入っていたのだとか。それを割ってしまった。落ちこんでいたら奥さんが捜しまわって同じものを買ってきてくれた、という話。
 うらやましいのは夫婦仲ではなく、そのグラスに関して。うまいんだろうなあ、それで飲むと。私も欲しくなった。 



「専用スポンジ」を使うのは他の食器を洗うスポンジを使うと油が移ってしまうからだ。食器用のスポンジとグラス用のスポンジはべつにするのが常識。油を使った料理の皿と酒のグラスを一緒に洗うような女は最低だ。グラスを見ると女の性格がよく解る。むかしむかし、女の部屋に招待されたがグラスの汚さを見ただけで帰ってきたことがあった。あの女はなぜ私に愛想を尽かされたのか気づかなかったろう。

 きれい好きな女がグラスを汚くしていることあり得ない。グラスを見れば、その女のパンツの清潔度も、いやいやパンツの中の清潔度まで見える。 

※ 

 この亭主も、「あ、ぬるくならない、冷たくておいしい」と学芸会みたいなセリフを棒読みする前に、カンビールをカンのまま亭主に飲ませるような女房をもうすこし教育した方がいい。つうか、それが気にならない男はそれでいいのだからよけいなお世話か。こういう男は假りに女房がきちんとするようになったとしても味のちがいなどわからないのだろうし。
 へたに目覚めることは人生を不幸にするから、似た者夫婦でカンビールをそのまま飲んでいるのがしあわせなのだろう。

 商品名を映しているNHKに刮目したがカンビールをそのまま飲んでいる若夫婦に落胆した朝だった。
  1. 2012/08/01(水) 06:58:05|
  2. 世相
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ローリンド・アルメイダとチャーリー・バードの「Tango」──梅雨空にタンゴ

laurindotango

なんだかハッキリしない天気。梅雨空。蒸し暑い。
この時期の定番のBossa Novaを聞こうかと思ったが目先を変えてTango。 

といってもAstor Piazzollaは聞かない。あのひとの音楽は心を波立たせ平穏ではおかない。BeethovenとPiazzollaは気楽に接するとヤケドする。
このふたりの天才は聴き手の心を波立たせない音楽は音楽ではないと思っていたのだろう。イージーリスニングのような寛がせる音楽は音楽ではないのだ。ふたりの天才には。
多くの音源をもっているのに最も聞かないのがこのふたりになる。今の私はこのふたりを聞ける心境にはない。早く聞けるようになりたいものだ。



Laurindo AlmeidaもChrlie ByrdもBossa Novaのほうが有名だが、この「Tango」という名のTangoアルバルは秀逸。
生粋のブラジル音楽家であるアルメイダと比すと、バードは白人のジャズ・ミュージシャンが異国の音楽であるボサノバに興味をもったという感じ。スタン・ゲッツとの「ジャズ・サンバ」で初めてアメリカにボサノバを紹介した。偉大な業績だ。衝撃的だったろう。
「ジャズ・サンバ」は、レコード時代の表現を借りると「擦りきれるほど聞いた」になる。すでにCDだったし、そのあとはHDDに挿れたから、擦りきれようはない。いい言いかただ。これに匹敵する表現はなにがあるのだろう。

そのふたりがTangoをやるのだから興味深い。ふたりともTangoの中にどっぷり浸かっているわけではない。真ん中にTangoを置いて左右からちかよってゆく感じ。だから、いい。

「Moon was Yellow」のソロで、1ヵ所だけチョーキングが登場する。ジャズでもタンゴでもチョーキングは掟破り。たった1ヵ所だけ。それがものすごく新鮮。これはなんだろうなあ、出てしまったの? わざと? 不思議だ。いや、よく聞いてみると、この曲では何ヵ所かチョーキング気味のところがあるから意図的なのか。でもブルーノートで、本来ならスライドすべき箇所を、いかにもブルース風のチョーキングをするのは1ヵ所だけ。これは効く。



「ひとのふりみて」の感覚はつよい。
鳩山民主党を、ついに日本にも真の民主政権が誕生したと、その就任演説からして絶讃していたひとが、それをすっかりなかったことにして、最初から否定していたかのように書いているのを見るとあきれる。それはすまいと思う。

競馬をボロクソに言っていたひとが、ずっとまえから競馬が大好きだったかのようなことを書いて競馬三昧しているのを見ると鼻白む。
フジテレビの競馬中継があまりにひどいことも相俟って、ここのところすっかり競馬熱が冷めている。今日も休み。なによりフジテレビの競馬中継を見たくない。あれさえまともなら新潟競馬そのものには興味津津なのだが。

いきおい音楽を聴きつつデスクトップ機にむかう時間が増える。ここのところ自炊しておいた名作漫画を読み返している。思うことが多い。そのうちそれを書こう。
音楽とマンガの日々は、それはそれでよいことだろうが……、下手な馬券好きは、新潟の直線に想いを寄せて溜息を吐く。それにしてもフジテレビの競馬中継はひどい。ひどすぎる。トータルテンボスすら嫌いになってきた。



思いっ切り部屋を冷やして、スタン・ゲッツのボサノバを流したい誘惑がある。
節電して我慢しよう。まだ家を追われたままの東北のひとは大勢いるのだ。
しばらくは蒸し暑い梅雨空を見あげながらタンゴを聞こう。

かんかん照りの室温34度越の猛暑日になるまでこれは封印。

jazzsamba


  1. 2012/07/15(日) 13:27:30|
  2. 世相
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颱風一過──さわやかな朝──笠置シヅ子の「台風一家」

昨夜22時ごろの風雨は凄かった。この地に住んで5年になるが、こんなにすごいのは初めてだった。
田舎育ちなので、こういう目に遭うと「雨戸を閉める」と真っ先に考えてしまうのだが、今時の集合住宅にそんなものはないのだった(笑)。 

こどものころ、目の前の湖が、颱風が来ると氾濫し、田んぼがみな水浸しになってしまった。農家は刈り入れ前の田んぼがそんなことになり、たいへんな損害なのだが、こどもはそのへんはわからない。冠水した田んぼで80センチぐらいある鯉が手掴みで捕まえられたりした。おおはしゃぎである。どこでもそうであろうが、世情をわかっていないこどもには、颱風も停電も胸騒ぎのイベントでしかない。でもそれが希望になる。戦地のこどもの笑顔のように。

このことでいつも思うのは、それは「10月」ということだ。当時の稲の刈り入れは10月であり、黄金の稲穂を借りいれる寸前に襲ってくるのが颱風だった

田植えの時期も、稲刈りの時期も、ずいぶんと変った。
そして今回のように、6月に来る颱風もある。




いま、5:47、すばらしい青空だ。写真で見せたいぐらい。ほんとにほんとにきれいな青空。文字通りの「颱風一過」。
その分、颱風はいま、東北に向かっているのか。 

そこを過ぎるまで能転気なことは言うのはやめよう。

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【追記】──「台風一家」──笠置シヅ子──6/21

 フジテレビに笠置シヅ子主演の「台風一家」ってドラマがあった。 土曜日の午後1時半からの30分だったか。
 いまWikipediaを見たら経歴に載ってない。こういうのは覚えているひとだけの記憶になって行くのか。べつに特筆するほどのものでもなく、つまらんホームドラマだったが、土曜日に学校から帰ってきてテレビを点けると必ずその時間だったのでみょうによく覚えている。

 笠置シヅ子はブギウギのヒット曲を連発したスター歌手から、三枚目おばちゃん俳優への転向を上手に決めたひとだった。本名が亀井静子というのは今回Wikipediaで初めて知った。亀井静の娘みたいだ(笑)。
  1. 2012/06/20(水) 05:49:38|
  2. 世相
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佐川急便嫌い──ヤマトもミスをする、問題はその後のフォローだ

eneloop生活の乾電池がみなeneloopになってしまった。意図的にしたのだから「なってしまった」はおかしいか。eneloopにした。経済的なことよりも乾電池を捨てる手間がかからなくなって助かる。あれは面倒だし、毎度もったいないなと思っていた。
いつもEvoltaを最低でも8本は買い置きしていたのだが、これからはもう無縁になる。

あらたにeneloopの単3を8本、単4を4本追加注文した。青森にあるインターネット通販。ヤマトメール便で届く。

青森の田舎の通販が秋葉原より安いという愉快な時代になった。おそらく店舗を持たず倉庫だけで、それこそ若者が友人数人とやっているような会社なのだろう。Amazonや楽天じゃなくて、こういうところを応援したい。



届く日に届かない。急ぐものではないからどうでもいいのだが一応調べてみた。すると「投函済み」になっている。届いていないのにあちらは届けたと言っている。これが朝の10時。

まあカリカリする必要もないとほっておいた。届けていないうちに処理部門がもう届けたとしてしまうこともあるのだろう。夕方まで待ってみた。

夕方5時。もういちど調べた。やはり「投函済み」となっていて、もうこの仕事は終りましたと、これ以上の問い掛けは出来ないようになっている。配送中だと、いまどこの営業所にあるとか、明日の何時に届ける予定だとか調べられるが、すでに配送済みでは、なにも調べられない。でも届いていないのだ。

となるとこちらもカチンと来る。信頼しているヤマトなのに、それはないではないか。メールでそれを指摘した。どういうことなのかと。



1時間後の19時に電話が来た。営業所。
「メールが届いてからあれこれ調べたが、担当の運転手といま連絡が取れないので詳しい事情はまだわからない。誤って投函した可能性もあるので引きつづき調査する。今夜は無理なので明日の朝になってしまうが、それでもいいか」とのこと。

腰の低い応対で不満はない。「担当の運転手といま連絡が取れない」がちょっと謎だが(笑)。

「私はヤマトのファンなんですよ。Amazonが佐川からヤマトになってよろこんでるんです。頼みますよ」と伝えた。



次の日の朝の9時、短髪で白髪頭の小柄な運転手が届けに来た。私の部屋は302号なのだが303号室に投函してしまったとのこと。すみませんすみませんと何度も謝るので、そんなに気にしないでくださいと言う。

そのあと営業所から連絡。「届いたでしょうか?」という確認。また謝っているので、「いえいえ、届いたんですからもういいですよ。私はヤマトの会員にもなってるんです。応援してるんで、がんばってください」と伝える。



あちらのミスだったのだが、営業所の叮嚀な応対と、運転手の平身低頭で、まったく不愉快ではなかった。

そういうことなんだよね。それだけのこと。
佐川に缺けているのが何かをあらためて思った一件だった。
  1. 2012/06/18(月) 12:14:52|
  2. 世相
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オレゴン州に流れついた青森県三沢市の浮桟橋

米西海岸オレゴン州ニューポート近郊の浜辺に、東日本大震災の津波で流された大きな浮桟橋が漂着し、地元の人々を驚かせている。

 同州の当局者によると、桟橋が発見されたのは5日。長さ約20メートル、横幅約6メートル、高さ約2メートルの一部コンクリート製。

付属していたプレートなどから青森県が所有し、同県三沢市の三沢漁港から流された四つの浮桟橋のひとつであることが判明した。(読売新聞)

ukisanbashi


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世界地図で、日本の青森と、アメリカのオレゴン州ニューポート(A地点)を見ると、感慨をあらたにする。
あの津波で青森県三沢から流れだした浮桟橋が大平洋を漂流してオレゴン州に流れついたのだ。

アラスカにも多くの漂流物が流れついているという。あちらもその対応に戸惑っているようだ。
「瓦礫──がれき」という言いかたが浸透しているが、それは被災者にとっては、何十年ものローンを組んで建てたばかりの家だったり、思い出の家具だったりする。一緒くたにしてゴミと呼ぶのは無惨な言いかただ。

oregon

  1. 2012/06/16(土) 21:54:27|
  2. 世相
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高橋逮捕のことを菊地の項目に附記

オウムの高橋が蒲田のマンガ喫茶で逮捕されたことを「菊地直子逮捕」の項目に附記しました。
  1. 2012/06/15(金) 18:56:57|
  2. 世相
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国際郵便配達完了メール通知サービスのいいかげんさ(笑)──世界第二の経済大国Chinaの闇

郵便事業株式会社「配達完了メール通知サービス」をご利用いただきありがとうございます。

受付を致しました郵便物等の配達状況についてご報告いたします。

【受付日時】
03月10日(土)
03:56
【受付番号】

【お問合せ番号】

【郵便物等の種別】
国際小包
【取扱店舗】
CHINA BEIJING
【取扱日時】
03月11日(日)
10:38
 
【配達状況】
郵便物等を引受した時点から90日経過しましたが、配達完了の情報を確認することができませんでしたので、お近くの取扱店へお問い合わせください。

※「配達完了メール通知サービス」は、送信専用アドレスで送信しております。
このメールに返信されても受信できません。

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 国際郵便には「配達完了通知」というサービスがある。
「あんたの出した郵便は何月何日に相手に届いたよ」と教えてくれるものだ。 

 そこから届いた通知。
「あんたが出したものは90日経ったけど、着いたかどうかわかんないから、あんたがかってに調べてね」というお知らせ。

 まことにけっこうなサービスである(笑)。いや笑ってる場合じゃない。
 よくもこんなことができるものだ。せめて「確認できませんでした。申しわけありません」とあるべきではないか。いやいや役所仕事だから謝ったら終りなのか。訴訟マニアもいるからな。禍根を残さないため、ぜったいに謝らないのかな。



 EMSという高いけど速い航空便は欧米だと数日で着く。上記「配達完了メール」も、すぐに相手に届けたと自慢気に(笑)報告してくる。
 しかし世界第二の経済大国Chinaが相手だとこんなことになる。
「世界第二」が、いかに砂上の楼閣であることか。

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 念のために書いておくと、初めて経験して怒っているのではない。もう何十回も経験しているが、ブログに書いたことがないと気づいたので取りあげた。この通知は今朝届いた最新のもの。

 配達完了サービスというもののいいかげんさ。郵便事業の高慢な性格。
 共産党独裁国家Chinaという国の闇の深さを記しておきたかった。

 BGMは「Lee Ritenour & Larry Carlton」

 leerarry
  1. 2012/06/07(木) 09:26:39|
  2. 世相
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「こども」を楯にする感覚──がれき処理反対の妊婦──煽る

先日、「こども」を全面に出す人は、こどもを「前面」に出している、ような

というのを書いた。 

今日も同じ事を感じた。
がれき処理反対の現場に妊婦がいて、警備する警察官ともめたらしい。

早速<きっこさん>がツイートする。



kikkoninpu



 べつに妊婦は職業ではないから、差別を怖れて「ラーメン屋さん」「八百屋さん」と「さんづけ」するように、「妊婦さん」とさんづけする必要はない。なのにするのは、そのほうが「弱々しい、いたいけな、護らねばならない存在」とアピール出来るという計算なのだろう。すくなくともふだん<きっこさん>は「妊婦さん」とさんづけはしていない。

 警察が「妊婦さん」を「容赦なく逮捕した」のかどうか知らないが、公務執行妨害をするなら、処女であろうと妊婦であろうと生理の上がった婆であろうと、そりゃ逮捕するでしょう。妊娠しているかどうかなんて関係ない。だって成人がそのひとの意思でそういう現場に来ているのだから。

 <きっこさん>のこの「まるで」という文章によると、暴力団や右翼は「妊婦さん」を容赦なく逮捕するらしい。聞いたことのない話だ。むしろスターリン、毛沢東から連合赤軍まで、左翼の粛清のほうがよほど怖いと思うが。



kikkoninpu3



 揉みあいになる現場にいればケガもするでしょう。その前線の現場にいたのなら「何もしていないのに」ではない。戦場で流れ弾に当たり、「私は戦争反対なのに」と言っているのと同じ無意味。幼稚。



kikkoninpu2



 盛りあげたい<きっこさん>からしたら、「妊婦さん」は警察官に突きとばされて流産でもしたほうが理想的だったのだろうが、残念ながらそれはなかったようだ。それどころか最初に書いた「妊婦さんまで容赦なく逮捕する警察! まるで暴力団か右翼のようだ!」がまちがいとわかり、リプの形でそれとなく訂正している。このへんの悪質な誤誘導は、まるで反日のサヨクのようだ(笑)。私のほうが文章として筋が通ってるね。



 冒頭の先日書いた文章にもどって。

 なぜこういう現場に「妊婦さん」が行く必要があるのか。
 お腹のなかのこどもの未来を思ったら、行動せずにはいられなかった、とでも言うのか。
 お腹のなかのこどものことを思ったら、流産やケガを案じてそういう現場に行かないことが子を思う心ではないのか。

 こういうのも「こどもを楯にする感覚」だ。

「妊婦の私を排除できるのか! お腹の中にはこどもがいるんだぞ! そんな私を排除できるならやってみろ!」と、自分の主義主張をアピールするために妊娠を武器にしている。

 この種の連中は、自分のミスで流産しても、「警官に暴力を振るわれて流産した」なんて言いだしかねない。
 輿論を盛りあげリードするためなら「お腹のなかの子」も道具だ。
 もともとそれが目的だったのに、警官が暴力をふるってくれず、うまく流産できなかったのか。



 心ある自治体ががれき処理を引き受け、日本中がひとつになって復興に力を合わせようというとき、「おれんところにだけはそんなものもってくるな」という我慾。それを正義とかんちがいした感覚。

 好き放題に暴れる連中を前に、手を出すことは許されず、ただひたすら「人間鎖」となって、身を挺して護るだけの警察官があわれだった。逆に彼らがこの連中にケガをさせられてもメディアは取りあげてくれない。職務とはいえ、くやしいだろう。
  1. 2012/05/22(火) 18:55:12|
  2. 世相
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LenovoのThinkPadキーボードがMacbook型に──ThinkPadの終焉

IBMノートブックといえばその良質なキーボードが特徴。そのIBM PCを受け継いだレノボが従来型キーボードを廃止し、AppleのMacbookタイプのキーボードへ完全に移行することを決断した模様です。

すでにノートブックの一部はアイランドタイプのキーボードを取り入れていましたが、モデルチェンジに伴い、伝統のキーボードを全廃することになり海外では嘆きの声が上がっています。

http://news.cnet.com/8301-1023_3-57435504-93/lenovo-dumps-classic-keyboard-on-new-thinkpad-laptops/

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thinkpad
 これが来月から発売になるというキイボードのタイプが変った新型ThinkPad。

 なんでこんなことをするのかなあ。
 たぶん「薄型にするため」だろう。そのことではMacのキイボードはすぐれているけど、それ以前にThinkPadは、日本IBMが開発したあのキイボードの使い易さこそが美点だったのに……。
 まあそれがChinaの企業には通じなかったってことか……。

 このことで、「おお、Macみたいだ、かっこいいな」と売れるようになるのか。私にはむしろ「むかしからの固定ファンを逃がしてしまう」ように感ずるが。



 私がいま使っているThinkPadは、右下のThinkPadの貼りつけ文字の上に「IBM」とあるもの。これが入っている最終世代。でもすでにLenovoに売却されていて、生産もLenovoだから意味のないこだわりだけど、世界中を一緒に回った「IBM ThinkPad」への愛着を断ちがたく、未練たらしくその機種を買った。

thinkpadold
                     ↑ このIBMマークが誇り

 これはWikipediaからもらってきた映像。さすがにいま私が使っているのはここまでは古くない(笑)。しかしこのむかしのゴツい武骨なデザインがいいな。スタイリッシュなMacとは対極だ。

 Macbookを今風の小顔の美男とするなら、ThinkPadはエラの張ったデカ顔の汗臭い男。丈夫で長持ち。おしゃれじゃないけど、いざというとき、いちばん頼りになる。それがよかったのに……。

 今回のこの事件、IBM ThinkPadを愛用してきたものには痛哭の変更となった。



 2ちゃんねるのPCニュースでは、私と同じくこの変更を嘆くひとが集っていた。いくつかを引用させていただく。

4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 08:45:39.78 ID:???
3Dゲーに走った国内ゲームメーカーと同様に、自分たちの強みを「捨てて」流行(?)に便乗しようとするから、確保していた客まで逃してしまう愚策。

 「確保していた客」を確保し続けるより、それらに逃げられても、これからゲットする新規客のほうが多いと読んだのでしょうね。 

8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2012/05/18(金) 09:58:00.58 ID:3Fc61tQN [1/2]
もうこれでレノボを選ぶ理由が完全になくなった

※ 

9 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 12:20:47.58 ID:???
まぁ俺はIBMで無くなった時、すでに見捨ててるんだがなw
レノボになって肝心のKBも質が落ちたし。

それでも他よりはマシと居残ってたユーザーまで切り捨てたかw
本当、馬鹿だなぁw

 私もLenovoへの身売りに愕然としながらも、その後も「それでも他よりはマシと居残っていたユーザー」だった。ほんとにこれでレノボにする理由がなくなった。



 PCに関する自分の文章を読み返すと、やたら「ThinkPadのキイボードはいいなあ」と出て来る。私がPCをいじる割合は90%以上自作のデスクトップ機だ。デスクトップ機でのキイボードは6台ほどを気分によって使い分けている。今は黒のロジクールワイヤレスに厭きたのでバッファローの白の有線にした。これはつい先日思いつきで買った安物なのにとてもよい。「安物でもいいのがあるんだ」と感心している。

 そういう合間にThinkPadに触ったりすると、必ず「ThinkPadのキイボードはいいなあ」と書いてしまう。さすがにThinkPadだけの環境だったら毎回そこまで誉めることもないと思うのだが、たまに触るものだから、触るたびに誉めている。週に一度しか会えない妻に遭うたびにほれ直すようなものか。

 デスクトップ機用の外附けフルタイプと比しても負けないのだから、まったくもってこのノートブックのキイボードはすぐれものだ。

 ノートのそれが優れていたから、デスクトップ機用の外附けにもThinkPadキイボードを使っていた。このタイプもLenovoになって品質が落ちた。下の写真はIBM時代の良質だったThinkPad型キイボード。12000円ぐらいだったか。

com-sskey

※ 

10 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 12:30:50.76 ID:???
レノボになってからしっとり感は無くなったよな
IMB時代のは使い込むとテカテカになるのが良かった

 ほんとですねえ、使いこむとキイがテカテカになった。古臭くなるんだけど、なんか、一緒に歩んでいる相棒って感じでいとしかった。

 8年前、父が死んで田舎を離れるとき、8台のノートブックを物置に置いてきたが、1台だけ、下のThinkPadはもってきた。すでにその時点で能力的に使い物にならなくなっていたし、後継のDellの新型がもうあったが、一緒に世界を回ったタフガイだけは、その後もそばに置いておきたかった。

com-think2

 これバンコクのホテル。2000年。このときはまだ新品のThinkPad。やがて壊れたけど捨てられず今も持っている。もう1台は田舎の物置に置いてきたSony Vaio C1。旅先に2台もっていった。しかも外附けのDVDプレイヤーを持って行くのでは小型軽量の意味がない。

com-canon2

 Canonのプリンタも携帯していた。まだ完全に電子メール送稿になっていず、週刊誌原稿はプリントアウトしてファクスしていた。ファクス代が高かった。

com-meb2

 これの前は、写真のSharp Mebiusのフルノートをもってパリやロンドンを廻ったりしていた。90年代。このMebiusは当時最大の1.4GBのHDDが搭載されていた。ノートにギガバイトのHDDに感激したものだった。
 その前はDynabook。これのメモリ8MBに8MBを増設して、そのメモリ代金が8万円で1メガ1万円の時代と、何回同じ事を書くんだ(笑)。4GBが1500円だったりすると使い道もないのに買いこんでしまうトラウマ。
 これらはみな田舎に置いてきた。あらためてThinkPadラブな自分を知る。

 画面の縦書き原稿は『QXエディター』だ。長いおつき合いになる。Mebiusがいちばん活躍したのはパリか。

 Mebiusが重かったので、ちいさなこれらを買ったのだが、こうして2台もって行き、その他もろもろではよけいに重くなっている。ただタイは毎回2カ月ぐらいいたから、そのために2台もっていったのだろう。バンコクのパンティッププラザ(パソコンビル)で買い物をしていたころだ。日本よりも発売が早いNorton(もちろん英語版)を買ったり、mp3音楽を詰めこんだ違法CDを買ったりしていた。そういやNortonを導入したのは自慢できるぐらい早いほうだったのに、今ではぜんぜん使わなくなってしまった。


12 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2012/05/18(金) 12:34:50.68 ID:3Fc61tQN [2/2]
おそらく洋服や下着や眼鏡と同じように毎日使うものだから
気に入っているかどうかというのは重要
変化の激しいPC業界で唯一無二変らない存在だったものがなくなるのは残念

13 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 13:14:53.86 ID:???
Xシリーズの上位機種もフラット&アイソレーション・キーになるのかな。
トラックポイントが消えるのも時間の問題か。
さよならThinkPad...

 2年前にまたThinkPadにもどった。Dellのひどさに接して、あらためてThinkPadの良さを知った。
 トラックポイントが消えたら完全にさよならだけど、「もしかしたらこのキイボード、使いやすいかも」と一縷の望みをもって、発売されたら触ってみたい。 こんなことになっても、それでも多くの機種を使ってきた私の中で、今もいちばんのノートブックだから。
  1. 2012/05/18(金) 14:18:01|
  2. 世相
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世界に良い影響を与えている国、日本!──BBCの世論調査より

 英BBC放送が読売新聞社などと22か国で共同実施した世論調査によると、日本が「世界に良い影響を与えている」という評価は58%で、「悪い影響を与えている」は21%だった。

 調査は、国際社会に影響を及ぼす16か国と欧州連合(EU)の評価を聞いたもので、「良い影響」は日本が最も高く、ドイツ56%、カナダ53%、英国51%などが続いた。

 日本が1位になったのは、ドイツと並んでトップだった2008年以来。約1年前の前回調査ではカナダ、EUと同率で3位だった。日本への評価をみると、中国と韓国を除く20か国で「良い影響」が「悪い影響」を上回っている。

 「良い影響」で前回1位のドイツが2位、EU48%(前回3位)が6位に後退したのは、欧州の財政・金融危機が影響したとみられる。中国50%は5位(同9位)に上昇した。「悪い影響」は、イラン55%、パキスタン51%、北朝鮮、イスラエル各50%などの順に高かった。

 調査は昨年12月から今年2月にかけて面接または電話方式で実施、計2万4090人から回答を得た。
 読売新聞社は日本国内分を担当した。(読売新聞)


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eikyo20120511-683916-1-L


 日本を貶めることを生きがいにしている反日分子には悔しい結果だろうな。
 下線部分は毎度のこと。
 「主な8ヵ国とEU」ではないKoreaのことはどうでもいいとして、Chinaの「良い影響50%」ってのが不可解。
  1. 2012/05/17(木) 17:01:44|
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佐川急便嫌い……なぜこんなに強いのか!──もうすこし頑張れよ、ヤマトの営業!

20年以上前から、何度も何度も書いているのでもう書きたくないけど、まったく、佐川急便てのは……。

同じ品、今日で三度目の紙切れ。私が「留守」っていうんだけど、いるんだよなあ……。

急ぎの資料じゃないからいいけど……。

紙切れが入っている。ケータイの番号が書いてある。
品物が欲しかったらケータイに電話してこいってことか……。

おまえが電話してこいよ。おれはいるんだ。何度も紙切れをいれなくても、それですむことだぞ。
意地でも電話しない。いやそんなことしてたら戻ってしまうか。

なんでいいかげんなんだ、この会社は。
そして、なのになんでみんなこんなのを利用しているんだ。



誰もが佐川はダメだと言っている。やりかたが雑。腹立つと言っている。
その点、ヤマトはいいと言っている。私も同じだ。
しかしここまでくると、「その佐川から仕事をぶんどれないヤマトは何を考えているんだ!?」と思えてきた。 

ヤマトが好きだからこそ、なんでそこいら中、佐川なんだと腹が立つ。
仕事関係、インターネット通販、みんな佐川だ。そんなに安いのか!?
通販でPC小物を注文する。
「佐川急便でお届けします」となっている。
「ヤマト宅急便を御希望の場合は別途500円いただきます」
それでもヤマトを指名するのか。

そんなに佐川の営業力は強いのか。
ヤマトの営業はなにをしているんだ!



起業の頃、「佐川急便」という名が社会的に有名になったのは、「ドライバーでも月給百万可能」だった。めちゃくちゃノルマはきついが、がんばればがんばるだけ稼げると話題になった。「京大卒の運転手」が誕生して話題になった。彼は働きまくって見事に月収百万以上を達成した。
と同時に、肉体的にとんでもなくきついことが問題視もされた。

私は佐川急便を利用することはなかったし、関わりがなければ、創業者はアントニオ猪木の借金をかたがわりしてくれた「いいひと」だと思ったりした。

そのころは他人事だったが、現実にここを利用した荷物が届くようになってくると、そりゃあもういいかげんでひどかった。一日中家にいるのに「不在届」が入っている。おそらく「荷物が欲しかったら、そっちから電話してこい」と紙切れを入れまくっているのだろう。いるかいないかわからないところを訪問しているより、それをしたほうが効率的だ。ノルマで収入が決まるなら、客に電話を掛けさせ、届ける時間を確認して行けば確実に数をこなせる。
客に荷物を届けるというサービスより、「件数をこなして収入を上げるというドライバー側のリクツ」が優先されている。

そうしてドライバーというありんこを酷使し、そこから吸いあげた金で猪木の何億もの借金をかたがわりしてやってるのかと思うと、今度は創業者も猪木も嫌いになってくる(笑)。



佐川を使っている企業側のひとも、自分が受けとる側にまわり、佐川のひどさを知ったら、決して佐川とは契約しないだろう。

もしも私がそっち側だったら(ま、そんなことはありえないんだけど)、私は絶対に佐川急便は使わない。

ほんとに、ほんとに、ほんとに、イヤな会社だ。 ドライバーにどんな教育をしているんだ。

それでもこれだけ世の中「佐川急便」だらけなのだから、よほど安いのだろう。そうとしか考えられない。



会社側のニンゲンてのは、安く利用できるという理由だけで、相手のことなんか考えていないのだろう。
20数年前、コピーライターをしているとき、大阪の広告会社から毎週資料を送ってもらうのだが、どうにも佐川急便のいいかげんさが我慢できなくて、私だけ佐川ではなく郵便にしてもらったことを思い出す。その会社はぜんぶ佐川急便を利用していたから事務の女性に迷惑を掛けることになった。私はわがままを言わない方だけど、どうにもこれだけは我慢できなかった。 それほどひどかった。毎週佐川とのやりとりだけでノイローゼになりそうだった。

四半世紀たったけど、なにひとつ変っていない。この会社のドライバーはいいかげんだ。それはたぶん佐川急便という会社が悪い。そういういいかげんでないとやっていけないシステムなのだろう。



それにしても、これだけ怨嗟の声が満ちているのに、その佐川から仕事を奪えないヤマトの営業ってのはなんなのだろう。企業に電話するなんて今まで一度もしたことないけど、ヤマトに電話して問うてみたくなった。
  1. 2012/05/11(金) 21:44:41|
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「こども」を全面に出す人は、こどもを「前面」に出している、ような

反原発や放射能や、ブログやツイッターでの、いくつもの論争を見聞して、

論争において、やたら「こども、こども」とこどもを全面に出す人は、

一見、こどもを後ろ手に庇い、あらゆる石つぶてを自分の顔面で受けて、血塗れになりつつ、
「未来を担うこどもを傷つけるなら、さお俺を殺せ」と言っているようでいて、じつは、

こどもを「前面」に出し、こどもの後ろに隠れ、「殺せるか、このかわいいこどもをおまえらは殺せるのか」と、
飛んでくる弾や矢をぜんぶこどもに受けさせ、楯にして、前進している、

ように感じた。 



やたら「こどもが、こどもが」と言っているひとの言説をよく読んでみるとわかる。だれでもわかる。

こどもがいないひとでも「こども」さえ出せば正義の味方だから、
それこそもう三人もこどものいる母親だったりしたら最強。否定できるひとはいない。
「あたしはどうなってもいい。ただこのこどもだけは、命を懸けて護る!」
これに異論を挿めるひとはいない。

こどもを楯にして、「こども、こども」と叫んでいれば最強の論客?として通用する。

「動物好き」なんてのも同じだね。

それはまた逆に、まともなことを言っているひとは、それをかざしてはいない、ということでもある。



kikko-mayo

これは「マヨネーズデマ」を流した<きっこさん>のツイート。文章としては「そうとう防腐剤やら何やらが入ってんだろうなって思う」で十分。 つけたすにしても「あたしも母さんも食べない」だ。

しかしそれでは不安を煽れない。
そのあとに「あたしに子どもがいたら絶対に食べさせない」と、こどもはいないのに、「いたら」と假定してまで「こども」を出す。こどものいるひとたちの不安を煽る。
典型的な「こどもを利用して効果的にするデマ」である。 

<きっこさん>は独身。母子家庭。子どもはいない。という設定。
でもマヨネーズは危険な食品だと無知蒙昧の絶叫をするには、「あたしと母さん」だけではアピールが弱い。
そこに「こども」を登場させると、一気に真実味をおびる。 

「こども」をどんなふうに利用しているか、その一点だけで、そのひとが見えてくる。



なお、「マヨネーズは防腐剤が入ってなくても日持ちします」。それはこちらにまとめたので読んでください。このきっこというオヤジ(64歳の男です)がいかに無智であるかがわかります。

kanren1
<きっこさん>の煽るマヨネーズ不安──デマの初歩



参考──こどもをふりかざすことで、自分を無敵の論客とかんちがいして恥を掻いた人の例


kamata2

「ずっと福島の子供達を心配し応援してきた」という前提と、「私のムスコは福島の娘と結婚させない」という差別結論がリクツになっていない。最後の高飛車な「ダメだね」は、どこから出てきたのか。
こういうバカ親から生まれたムスコが不憫である。でもこういう女のムスコだから憐憫には価しないか。 

私も日本の将来を担う「こども」のことは思っている。私に出来ることは、こういうバカ女の存在を、「5年後10年後」も語りつづけて行くことだ。Twitterでこんなトンデモなことをほざいて、隠れればそれですむと思うなよ。鎌田千詠子!
  1. 2012/05/10(木) 14:34:29|
  2. 世相
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知らないうちに記録的豪雨──一転して青空

晩酌ならぬ昼酌の肴を買いにスーパーに出かけた。
そのときは、どんよりした曇り空。

地下一階のスーパーで買い物をする。
買い物を終えて階段を上がる途中、きれいな青空が見えた。

地上に出ると眩しいほどの陽射し。すばらしい好天になった。
スーパー前の広場のタイルに水が撒いてある。さわやかだ。



そこで勘違いに気づいた。撒き水じゃない。よく見ると、そこいら中、水浸し。 
私がスーパーの中にいたほんの15分ほどのあいだに、とんでもない集中豪雨があったのだ。
空の雨雲に溜まっていた水が、穴が空いたように一気にぜんぶ落ちた。それで青空になった。

いやはやこんなこともあるのか。
思わず隣のおばさんに、「なにがあったんですか」と話し掛け、「なんか、大雨がふったみたいですよ」と返事をもらって、しばらく世間話をしてしまった(笑)。ひとぎらいの私には珍しい。
そっちのほうにいたおじさんが、「あんなすごい雨降り、初めて見たよ」とつぶやいている。

その時間が帰る時間だったらびしょ濡れになったことになる。
濡れたくはないが、その雨を見たかった。

全国各地で記録的豪雨といい、なんか天気が奇妙な連休である。
  1. 2012/05/04(金) 11:50:48|
  2. 世相
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三毛別羆事件の概要──クマを見世物にする愚行

三毛別ヒグマ事件の概要

 こういうまとめを見ると、インターネット情報の価値を思う。
 今回の八幡平クマ牧場の惨劇から、あらためて注目を浴びているようだ。

 ヒグマがいかに怖ろしいか、確認して欲しい。そんなものをわざわざ北海道の山奥から捕まえてきて秋田で飼っていた。そのことに何の意味があるのか。



yoshimura

 私は30年ほど前、西村寿行の小説で羆に興味を持ち、さかのぼって名作「羆嵐──吉村昭」を読んだ。  この三毛別を題材にした作品である。吉村さんの取材力と筆力が発揮された最高傑作だ。
 ヒグマの怖ろしさについては、学生時代に遊びに行った別海や中標津の友人達に、その前から聴いていた。友人宅には殺したヒグマの敷物があった。

 近年のものでは、「羆嵐」と同じく北海道のヒグマにニンゲンが襲われ喰われる話である「シャトゥーン  ヒグマの森」なんて駄作も一応読んでいる。目も当てられないほどひどい小説だった。読んでいて腹立った。でもこういうのって、スプラッタムービーなんてのを好む層にはうけるのか。しらん。しりたくもない。



「クマ牧場」なんて無意味なものは一日も早く閉鎖すべきだ。あらためて思う。 

 東京大地震を案じるなら、なぜ動物園から生じる二次被害を論じないのか。まあ猛獣に殺されるのはしょせん10人、20人程度だから、何万人も死ぬのだからどうでもいいか。

 白熊なんてとんでもなくこわい。
 それをエアコンのネームにする感覚のなんと能転気なことか。 
 こんな会社は信じない。



 動物園好きのひとが、「動物園の檻はとても丈夫だから地震も心配ありません」とメールをくれた。
 そうかね。
 私はあの上野動物園のライオンやトラを遊ばせている施設が、大地震でも壊れないとはとても思えないが。



 私が問うているのは、「日本にいない猛獣を連れてきて見世物にすることに意味はあるのか」だから、 檻が壊れるかどうかは瑣末な問題だ。問うているのはそのことではないのだよ、動物園好きのかた。

 この地に生きているのだから、大地震による倒壊した家屋や電柱の下敷きになったりして死ぬ覚悟はできている。

 とはいえ、動物園を脱走した猛獣に食い殺されたり、てんかんの運転するクルマに撥ねられて死にたくはない。

 大震災が起きたら、動物園や「富士サファリパーク」なんてののちかくにいるひとはたいへんだな。なんであんなものを作るのに反対しないのだろう。ライオンに殺されたいのだろうか。
  1. 2012/04/25(水) 03:00:52|
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「仙台にパンダを」というくだらなさ──ジャニーズが5年間だけ費用負担

”パンダ”に反対で市民団体がデモ

仙台市による中国からのパンダ借り受けに反対する市民団体がデモ行進を行い「被災者の生活再建が最優先」などと計画の撤回を訴えました。 
パンダの借り受けに反対する市民団体が開いた集会にはおよそ60人が参加しました。 
 
仙台市では被災した子どもたちを元気づけようと中国からパンダを借り受けることになっています。 
 
集会で市民団体では「被災者の生活再建が最優先でパンダを復興のシンボルとする考えは間違っている」などと主張し、計画の撤回を求めています。 
 
集会の後、デモ行進した市民団体では今後もインターネットなどで賛同者を募り、仙台市議会に請願書を提出したいとしています。 宮城テレビ

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 中共に、一年の「借り賃」を何億も払って、本来はチベットの山奥でのんびりしている動物をむりやり日本に連れてきて見世物にし、冷暖房完備の部屋で直輸入の笹を喰わせて一日の餌代何万円で待遇するってのは、仮設住宅に住み、仕事がなくて困っている被災者の復興と、まったく逆路線だろう。くだらねえなあ。なにをどうすればこんなことが思いつくのだろう。

 総額30億円の大プロジェクト。空腹でやつれている人間に宝石や毛皮を与えて自己満足するような見当違い。やるべきは、腹いっぱいの飯を食わせて健康な体にすることだ。

 経済効果が60億円あるとか試算しているのもいるが、それだけ金を掛けてパンダを見世物にしての経済効果より、被災者に働ける場を提供しての経済効果でなければならない。



 近藤真彦が先頭に立ってのジャニーズのプロジェクトで、最初の5年間だけ、全面的に募金からまかなうと言うけど、そんなにしたいならパンダが死ぬまでぜんぶ金を払って面倒見ろ。ジャニーズの金で。見世物料金もぜんぶジャニーズが負担して、仙台にもそんなものが好きな連中はいるのだろうから、おまえらの金でただで見せてやれ。

 ジャニーズなんてのがどの程度のものか、嬉々としてこんなことをやっていることからも解る。
 自分達の醜さに気づかず英雄感覚だ。

 パンダという動物はほんとうに不幸だ。
「パンダ外交」を応援する黒柳徹子が浮世離れしていることがよく解る。
 いや、あのひとも、自分は世間をよく解っているつもりでいるからたちがわるい。アグネス・チャンとか。
 なんとも醜悪な連中だ。 

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【追記】──動物を見世物にするというニンゲンの驕り

 八幡平クマ牧場の犠牲者は、複数の熊に食いちぎられていて、息子が母親と判別できなかったらしい。顔もなにもかもぐしゃぐしゃだったのだろう。
 クマは十分な餌が与えられておらず、痩せていたと、ここに行ったことのあるひとの意見を見かけた。

 猟師が、クマのパンチで一瞬で首が折れて絶命するから、苦しんで死ぬことはないと言っていた。意識があってクマに喰われたら地獄だ。クマは、一斗缶を紙屑みたいに丸めて固まりにする。あれで殴られたら即死だ。

 北海道の馬産人や酪農家は、厩舎の牛や馬を襲うクマは逆に殺さないと言っていた。半死半生にすると。背中に牛や馬を背負って、自分の巣に連れかえってから喰うのである。そこまで運ぶのに死体にすると重い。だから半殺しにして運ぶのだとか。
 
 劣悪な環境を動物虐待という視点から語る人がいるが、そもそも「動物園のようなものすべて」が動物虐待なのであり、動物好きを自認する人が声を上げるべきは、「よりよい環境を」ではなく、「そんなものをこの世からなくせ」だろう。 

 こういう事故がある一方、30億円かけて「シナからパンダを借用」しようと運動する連中もいる。くるっている。 
  1. 2012/04/22(日) 12:06:30|
  2. 世相
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秋田八幡平クマ牧場のヒグマ──茨城県牛久のアナコンダ──ニンゲンの驕り

20日午前10時ごろ、秋田県鹿角(かづの)市八幡平の「八幡平クマ牧場」から、女性従業員がクマに襲われたと119番があった。

県警や消防によると、午前10時半ごろ、襲われた70代の女性従業員がオリの中で倒れているのを確認したが、呼びかけに応じなかった。午後2時ごろ、遺体を収容したが損傷が激しいという。また別の女性従業員1人と連絡が取れなくなっているという。
 
ヒグマとみられる6頭がオリから脱走して敷地内を徘徊(はいかい)しており、地元猟友会が射殺した。八幡平クマ牧場は、ヒグマなど38頭を飼育。

 動物園などのクマが人を襲った例としては、05年に「富士サファリパーク」(静岡県裾野市)で、飼育舎からクマを外に出す作業をしていた従業員2人がヒグマ2頭に襲われ、うち1人が死亡した。 


Yahooニュース

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 先日茨城県で6.5メートルのアミメニシキヘビに66歳の男性が殺される事件があった。週刊誌で続報を読んだが、絞め殺されたのではなく失血死で、現場は血塗れだったとか。頭部には無数の咬み傷があり、中には頭蓋骨を食いやぶって脳まで届くものもあったという。噛み殺して呑みこもうとしたのだろう。牛でも呑みこむぐらいだからニンゲンなどたやすい。

 本来日本にはいない南米の大蛇を飼ったりするから(売り物だ)起きた事故だ。
 兇暴なワニとか亀を輸入して飼い、飼いきれなくなって公園の池に放すなんてのは重罪である。とんでもないことだ。厳罰に処すべきだ。

 その大蛇を商品として、この珍獣屋を経営していた42歳の息子は、父親をこのような形で殺したことを猛省すべし。それでもまだこの商売を続けるつもりなのか。末代まで祟るぞ。



 なぜ秋田県で北海道からヒグマを連れてきて飼う必要があるのか。なんなんだ「クマ牧場」ってのは。 起こる可くして起こった事故だ。

 先にヒグマの住んでいた北海道にニンゲンが入植し、自分達と対立するヒグマを駆逐して行く。ヒグマにとっては後から来たヤツラに「害獣」呼ばわりされて不愉快だったろうが、そのへんは生存競争で、より強いものが勝つのがこの世の流れだから諦めてもらうしかない。白人とアメリカインディアンと同じだ。アメリカと中東と。
 ヒグマが遭遇したニンゲンを襲って殺すのは当然だ。そいつらは安寧な自分達の生活を奪った侵掠者なのだから。

 だがそのヒグマを、今は生存していない本州にわざわざ連れてきて見世物にするとなると話は別だ。
 ニンゲンの驕りである。殺された年寄りの「女性従業員」がかなしい。ヒグマはクマ牧場の経営者を襲うべきだった。



 富士サファリパーク」、恥ずかしい名前だ。サファリはアフリカだ。原宿シャンゼリゼ通り、南アルプス市と同じくみっともない。
 こういうネーミングを思いつくヤツの頭の中はどうなっているのだろう。恥の概念はないのか。

 本来、野に生きる動物を檻の中に閉じ込めて「飼う」ということ自体がストレスを与えているのだから、そういうニンゲンの驕りがあるかぎり、これからも頻発する事故だろう。すぐに閉鎖しろ。なにが「クマ牧場」だ。くだらん。

 犬を飼ったが、すぐに厭きてしまい、散歩に連れて行かなくなったので、ストレスの溜まった犬が飼い主に噛みついたというのと本質は同じだ。 犬小屋に繋がれている犬を見ると哀れでならない。

 自称「動物好き」はたちがわるい。同じく自称「こども好き」も。結合したら最悪だ。
 このクマ牧場の経営者も、「かわいいクマをこどもたちに身近に見せてあげたい。クマは力持ちで、とってもかわいい。それを知って欲しい。未来をになうこどもたちに夢をあげたい」とか言っていたのか。 

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【追記】──県が再三指導──読売新聞

同牧場に対してクマの飼育許可を出していた県は20日午後、急きょ記者会見し、同牧場に対し、飼育状況などでたびたび改善指導してきたことを明らかにした。

東京都の動物愛護団体から、「劣悪なクマの飼養環境の改善を求める」との内容の公開質問状が、佐竹知事宛に提出されていた。

同牧場は1987年に設立された。経営者が相次いで変わり、現在は通算で7番目。県生活衛生課によると、ピークの95年は133頭を飼育していた。 


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 ピーク時には133頭って、寒気がする。何の意味があるのだろう。 
 経営者が相次いで変るほどの状況なのに、閉鎖されなかったのはなぜなのだろう。 

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【追記】──大地震と動物園

 大震災が起きたら、壊れた動物園から逃げだした猛獣による被害も出るだろう。餓えたライオンやトラやクマが街を徘徊するのだ。
 いますぐ「動物園」なんてのぼせあがった施設は閉じるべきだ。
 なぜ日本で、ライオンやトラを檻に入れて見世物にせねばならないのか。ニンゲン様だから、それをする権利があるというのか。

 上記「動物愛護団体」というのが出て来るが、こういうひとたちは動物園に対してどう思っているのだろう。
 動物を好きなら、まず真っ先に考えるべきは「自然な状態」であり、この地にいるはずのない動物を、他所から連れてきて、檻の中で見世物にするということに反対すべきだ。それが真の「動物愛護」だろう。

 だけど他の動物を殺して喰って自分達の生命を維持しているニンゲンに、「動物愛護」なんて言う資格はあるのだろうか。
 
 ニンゲンの業として、豚や牛や馬や羊を食用にするところまでは認めるとしても、どうにもこのライオンや虎やクマを、遥か彼方の地から連れてきて見世物にする感覚は認めがたい。

 
  1. 2012/04/21(土) 08:43:00|
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アナコンダに殺されたひと──動物園嫌い──被災地仙台へパンダ?

 茨城県牛久市神谷5丁目、酒類販売業藤田正二さん(66)の家族から14日午後11時すぎ、「(藤田さんが)ニシキヘビにかまれた」と119番通報があった。藤田さんは病院に運ばれたが、約1時間後に死亡が確認された。



 牛久署によると、藤田さんは、自宅の隣で長男(42)が経営するペットショップの飼育場(約120平方メートル)で倒れていた。全長6.5メートルのアミメニシキヘビがオリの外に出ていて、藤田さんの右腕や頭にかまれた痕、首や頭に絞められた痕があった。



 藤田さんはこの日午後10時半ごろ、飼育場の温度の確認に向かったまま戻らず、妻(70)が倒れている状態で見つけた。ニシキヘビはふだん、木製のオリに鍵をして飼っていたといい、同署は何らかの理由でヘビがオリから出て、藤田さんを襲ったとみている。asahi.com

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 長男は鷹匠として有名だったとか。牛久のどのあたりだろう。まあ調べる気もないが。
 珍しい猛禽を売る「猛禽屋」としてマニアには知られていたらしい。

 その他、いろいろと珍しい動物を売っていて、この大蛇もその一種だったようだ。
 近所の人の「大蛇に餌でニワトリを丸ごと一羽呑みこませていた。気持ち悪い」という感想を見かけた。



 私は動物園が嫌いだ。それは自分が映画「猿の惑星」でも手塚の「鳥人大系」でもいい、支配され見世物にされている側だと考えればわかる。あれは人間の思い上がりの象徴だ。あのように扱われて屈辱と思わない動物はいない。「なにもしないでうまいものが喰えて、楽でいい」と思うのがいるとしたら、「猿の惑星」で飼われているニンゲンぐらいだろう。
 狭い檻の中で動いているライオンや虎を見ると、しみじみとニンゲンの思い上がりを感じる。 自分から行くことはぜったいにないが、数年前も、友人の知人の案内で上野動物園に行った。不快だった。

 まして政治的な道具にも使われるパンダになると哀れでならない。いや、動物に対して失礼だ。
「被災地の仙台にパンダを!」って、どこまでバカなんだジャニーズ。それで数十億円の募金を使うのか。
 どの程度の脳味噌なのかがよくわかる。 所詮マッチの炎はその程度か。



 同じく、本来日本にいない動物を輸入したりして商売にしている人が嫌いだ。
 全長6.5メートルのアミメニシキヘビは、そういうことをしなければ、日本にはいない生き物だった。

 ひとは死ぬときにそれまでの人生をかけ足でフラッシュバックするという。
 このひとは、本来は南米にいる大蛇に噛みつかれ、絞め殺されるとき、なにを思ったのだろう。

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【追記】──死因は失血死  4/20

 週刊誌記事を読んだ。現場は血塗れで凄惨だったらしい。「絞め殺される」ではなく「噛み殺される」だったのだ。頭蓋骨には無数の咬み傷があり、中には脳にまで届くものもあったとか。「蛇は呑みこもうとしたのではないか」との専門家の意見があった。噛み殺してそのまま呑みこもうとしたのだろう。蛇は食い溜めが出来るから自分よりも大きいものも呑みこもうとする。
 死体のそばに大蛇はいて、舌をチロチロだしていたとか。

 昨日、秋田県で「ヒグマに殺される」という事件があった。わざわざ北海道からヒグマを連れてきて「クマ牧場」をやっていた。それが脱走しての事故である。秋田県でヒグマを飼うことに意味があるのか。くだらん話である。

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【追記.2】──ヘビに呑みこまれるひと 4/30

 室内でヘビをペットで飼っている人がいる。放し飼いらしい。
 そのひとが、「ちかごろウチのヘビは、ぼくに添い寝する」と自慢した。
 彼が寝ていると、ヘビが寄ってきて、自分と並ぶようにするのだとか。

 それに対してヘビに詳しい獣医が意見していた。
「ヘビのその行為は、あなたを呑みこめるかどうか、あなたの長さを測っているのです。危険です」 

 アナコンダなんて牛ですら呑みこむ。
 私もこどものころ、1メートルほどのヘビが、20センチもある牛カエルを呑みこもうとしている現場を見ておどろいたことがある。カエルの躰は半分ほど呑みこまれていた。もう窒息死していたろう。ヒモのような躰なのに、口を大きく開けて、そこまでのことができる。腹をポコンとふくらませて、1ヵ月以上そのまま飲み食いせずに生きる。バケモノである。

 まあヘビをペットで飼うなんてひとは私からすると正気とは思えないので、こういうひとは、ヘビに呑みこまれて死ぬときもしあわせなのだろう。
  1. 2012/04/16(月) 17:56:00|
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埼玉県幸手市権現堂堤の菜の花と桜

埼玉県幸手市権現堂堤の菜の花と桜を観賞してきました。


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  1. 2012/04/16(月) 10:37:17|
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祇園の事故てんかんの症状で通院──「てんかんでも正常な運転は出来ます」という、てんかん協会の主張

12日午後、京都市祇園の繁華街で、軽自動車が歩行者などをつぎつぎにはねながら走り続け、19人が病院で手当てを受けてこのうち歩行者7人が死亡したほか軽自動車を運転していた30歳の男も死亡しました。
 
男は、てんかんの症状で通院し病院からは運転を止められていたということで、警察は事故との関係を調べることにしています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120413/t10014410741000.html
 

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 現在15:32。図書館に行って複数の新聞を読んできた。多くの勘違いを知ったので修正する。


 私がこの事件に興味を持ったのは、「軽自動車で19人を殺傷、内7人が死亡」という内容だった。軽自動車でどうしてそんなひどいことが出来るのだと不思議だった。

 そこで「てんかん」ということを知り、かつて自分が見たことのあるてんかん患者の様子から、「運転中に発作を起こし、痙攣した躰でアクセルを踏んだまま失神、そのまま19人を撥ねた」と解釈した。

 ところが今、図書館で読んできたいくつもの新聞により、まったく事情が違うと知る。

 最初は「タクシーの後部に追突」から始まる。いわゆるオカマを掘ったのだ。タクシー運転手に「こらあ! なにすんねん!」と怒鳴られる。運転手が降りてくる。その横を通りぬけて、逃げだす。(ギアをバックに入れて、一度後進してから、逃げだしたと書いてあった新聞もある)。当て逃げである。

 一方通行の道に突っこむ。信号無視。時速60キロで、次々と人を撥ね飛ばす。

 そのときの様子を目撃者は、「ハンドルを持つ手がブルブルと顫え、目は真っ赤に血走っていた」と語っている。クラクションを鳴らしていた、とも。

 これが事実のようだ。
 となると、「てんかん」はどうなるのだろう。「てんかん」に詳しいひとは、「そういうてんかんもある」となるのだろうか。加害者の「姉」は、バイク事故の後遺症でしばしば発作を起こしていたことを泣きながら告白していた。てんかんの発作とは関係ないだろう。クラクションを鳴らしたり、意識を持って暴走している。



 これって、「気の弱い男がタクシーに追突してしまった。その現場から逃げようと、一方通行の道に猛スピードで入りこみ、のんびり買い物をしていた年輩の男女を、次々と撥ねてしまった」という事件であり、「てんかん」は関係ないのではないか。

 今朝7時にアップした以下の文章において、私の意見は「てんかん患者に免許を与えてはならない」ということ、「そういうひとに免許を与える法律」批判、「免許を与えよという運動をした、てんかん協会」に対する批判だった。テレビで見た加害者の姉のコメントがあったこともあり、加害者に関する批難はなかった。主眼は、「そういう患者に免許を与える行政批判」にあった。

 でもこうなると様子が違ってくる。彼が血走った目で、意識を持ってハンドルを握っていたのなら、これだけのひとを撥ね飛ばし殺傷した彼は、とんでもない残虐な男ということになる。
 つまり「てんかん」以前に、「異常な男のクルマによる殺人事件」になってくる。

 以下の文は、そういう実情を知らずに書いたものだが、自分への罰としてそのまま置いておく。
 この事件に関しては的外れだが、私の意見としては変らないから。

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 朝7時にアップした文。

 昨日の午後、2ちゃんねるの「ニュース速報」で、これを見かけた。私はこの「ニュース速報」と「芸スポ速報」を毎日「見る」が「読む」ことはない。スレ一覧を見て「世の中の流れ」を感じるだけだ。

 でもこのニュースだけは中身を開いて投稿を読んだ。ふだん読まないそれを読んだのは「軽トラックで十数人も死傷させることは出来るのだろうか!?」と不思議だったからだ。

 北海道の牧場に住みこんで取材しているとき、よく軽トラを借りて運転した。自分も軽自動車に乗っていたし、それがどの程度のものであるかは知っている。あれでどうやってそんなに大勢の人を殺傷できるのか。ひとりふたりは撥ねてしまっても、ブレーキを踏めばそれで終る。そもそも軽トラでひとりを撥ね殺すだけでも相当のスピードが必要だ。「軽トラで十数人」は、私にはわからない数字だった。

 スレを開けると真っ先に「テンカンだろ」とあった。そうかと納得した。鋭いなと思った。私には浮かばなかったからだ。そしてそれから十時間後の報道で、上記のように初めて「てんかん」ということばが流れた。

 いま朝の7時前。NHK7時のニュースは「てんかん」というコトバを流すだろうか。Key Hole TVをつけてみた。



nhktenkan

 軽トラじゃなくて「軽自動車ワゴンタイプ」か。電柱に衝突した加害者のクルマが映っていたが、このクルマで19人を撥ね、7人を殺すというのは尋常ではない。

 私はこどものころ、近所のひとの「てんかんの発作」を見たことがある。ひどいものだった。
 脳の障害と解明されない時代には「狐憑き」と言われた病気である。突如失神して泡を吹く原因不明の状態を、むかしはそういう憑依的な解釈をしたのだろう。

 痙攣して躰が突っ張るから、今回の事故も、おそらく失神状態になったとき、アクセルを最強に踏んだまま硬直したのだろう。そうでなければ、よほどの殺人の意思がない限り、こんなことは出来るはずがない。70キロから80キロのスピードでの暴走だったと目撃者が語っていた。



 以前はこの種の事故に「人権」とやらを過剰に意識して及び腰だったマスコミも、さすがにこのごろはまともに報道するようになった。

 NHKは、「小学生の列にクレーン車が突っこむ」という事故を「てんかん事故の例」として取りあげていた。
 昨年の4月18日。栃木県鹿沼市。小学生6人が殺された。ちょうど1年前。
 てんかん患者にクルマの免許という〝兇器〟を与えたために起こった事故である。

 こんなもので殺されたくない。栃木の小学生が、京都の被害者が、あまりに気の毒だ。
 しかしこれは、今後も確実に起きる〝事故〟である。
 それは〝人為的〟なものだ。
 てんかん持ちに自動車の運転をさせなければ起きない事故なのだから。



「てんかん」と聞くと「筒井康隆の断筆宣言」を思い出す。
 あのとき先頭に立って筒井を差別だと弾劾したのが「日本てんかん協会」というものだった。そんな組織があると初めて知った。
 その抗議に従って教科書出版社側が「てんかん」に関する部分を削除するとし、それを不満として筒井は断筆宣言をした。

 今回も「てんかん協会」は、この事故に対して、「てんかんは運転に不適切ではない」と主張しているとNHKは報じていた。「てんかんでも、発作が起きず、正常に運転しているひとは大勢いる」と。よけいにこわくなる。「大勢いる」のか。

 もしかして「飛行機の運転手」にもいるのか。パイロット起用には、その種の調査は徹底しているのだろうか。なにしろ、そういうことを調べるのが「差別」と騒がれる御時世だ。
 いやきっと、てんかんを隠してパイロットになり、操縦中に発作を起こし、副操縦士が代わって事なきを得、そのあとクビになったなんて例は確実にあるのだろう。私が載っていた便でも。航空会社が秘しているだけで。

 まあ飛行機に乗るときは死ぬことを覚悟して乗るからしょうがない。しかし町中を、運転手がてんかんを起こして暴走車になることを覚悟しては歩けない。



 私は癲癇患者には、クルマを始めこのような「大量殺人」に繋がる総ゆる免許を付与してはならないと考える。
 それは癲癇を発症した現場を一度でも見れば誰でもそう思うだろう。泡を吹き、目を剥いて、痙攣して、それはもうたいへんなものだ。あれをダンプカーなんかを運転しているときにやられたら殺戮兵器である。現実に「クレーン車」で起きている。

 しかし現実には癲癇患者でも免許取得は可能であり、しかも「隠して」ではなく、「癲癇持ち」とわかっていても、取れる。もっともてんかん持ちでありながらクルマの免許を取ろうとするひとが自己申告するはずもない。

「5年間発作なし」と医者が証明してくれると更新も出来るのだとか。
 今回の加害者は発作を起こしていたが、それを隠して更新していた。つまりはザル法で、なんの効果も現していない。その気になればフリーパスだ。こういう悲劇が起きたときに話題になるだけで、今後もまた起き続けるだろう。そもそも黙ってればわかることではないし。



 取れないようにすべきだ。
 自動車免許がなくても働いて生きて行くことは出来る。
 なのに「てんかん持ちであることを隠した大型トラックの運転手」が現実にいる。いつ爆発するかわからない不発弾がそこいら中にある。

 どっちが悪いと言えば、免許を与えるほうが悪い。「免許は取れない。てんかん持ちは運転手にはなれない」とわかっていれば、なるはずもない。なれないのだから。そうわかっていれば、幼いときから別の生きかたを考える。「だまっていれば取れる」から、取るのだ。

 現に、自分にはそういう病気があるからと自覚して、自動車運転をせず、他人様に迷惑を掛けず穏やかに暮らしているてんかん持ちも大勢いるはずだ。そういうひとにとっても、こういう事故のニュースはつらいだろう。てんかん持ちそのものの罪にされるから。

 問題なのは、てんかん持ちであることではなく、それを隠して免許を取り運転事故を起こすひとだ。そしてそれに免許を与える法制度だ。

「てんかん協会」がすべきは、「てんかんでも運転は出来る。差別するな」ではなく、「てんかんのひとは運転をやめましょう」と伝道することである。 
 でも、てんかん患者には免許を与えないという決まりを、法改正させたのがこの「日本てんかん協会」だから、そんなことがあるはずもない。今回も「てんかんは関係ない」の視点でいる。

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 インブリード、アウトブリード

 私の知る限り「癲癇」は、 遺伝的なモノだ。そして私の知るふたつの例は「近親結婚」から起きている。田舎の金持ちはよそ者を入れることを嫌い近親結婚を繰り返す。安心できる近親同士の結婚で財産の安定を願う。それはそれなりに効果があるが、するとそういう弊害が出る。

 前記した「私の近所のひと」も典型的なそれだった。何代も「いとこ結婚」を繰り返していた。4代も5代もそれをやりゃ、そりゃ弊害も出るだろう。
 その父親がそうだった。私も親から聞いていた。よく集会で泡を吹いて倒れたと。
 齢を取ったので引退し、代わりに出るようになった二十代の息子が、村の集会で泡を吹き失神する。やはりそうだったか、となる。あっというまに噂が拡がる。
 母から聞いて笑ってしまったのだが、彼が失神したとき、老婆が額に草履を載せたそうだ。「てんかんを起こしたら額に草履を載せる」は、江戸時代あたりの話にも出て来る。

「親がそうだったけど息子もそうだ」と、村中の話題になっているので、さすがにまずいと思ったのか、父親は、その癲癇持ちの息子に代代の親戚からではなく、離れた地域から血縁のない嫁をもらった。果たしてそれが「濃すぎる血」を意識しての智慧だったのかは、わからないが、漠然とそれがよくないのではないかという意識はあったのだろう。てんかんの家系を、「あそこの家はもう4代も5代もいとこあわせだから」と口にするひとはいた。私の母など毎度のように言っていた。

 しかし、癲癇持ちであることが知られているのだから良縁はない。家柄としては破格に落ちるひどい家からの嫁だった。器量も悪かった。そして、この嫁が結婚してから、夫の癲癇に直面し、びっくりして実家に逃げ帰ってしまった、というのも話題になった。

 だが血の不思議、明らかな効果、以後その家に癲癇持ちは現れなくなった。前記の「二十代の息子」はもう70代になり、息子も娘も孫もいるが、一切現れていない。煮つまった血を薄くすることで宿痾から脱出したのである。この血縁でない嫁の効果は大きかった。

(【後記】──ここで後述するように「医学の発達した現在では、抗てんかん薬を飲んでいるからだ」という意見があるかも知れない。いまもこの家系はかわらずに病をもっているのか。しかし額に草履を載せるようなひどい田舎の話なのである。頻繁にてんかんが起きてからやっと医者にかけこみ、相談して、そうなる可能性はあるが、狭い田舎のことゆえ、学校で一度でも発作を起こしたらもう話題になってしまう。ここの家系はみな小学生の時からそれを起こしていた。それが息子、娘、孫に一切ないのだから、私は薬よりも、血の浄化で、それを断ちきったのだと解釈したい。)



 競馬の配合理論では血を濃くする近親結婚をインブリード、血を離した配合をアウトブリードと呼ぶ。インブリードが主体だ。
 血を濃くすることで「天才」を産みだす。クロスと言う方法で、優れた競走能力の馬を、父方の祖祖父、母方の祖祖父においたりする。近親結婚だから不具も気狂いも生まれる。でもそんなのは処分すればいい。千にひとつ、万にひとつの「狂気の天才」を待ち、残りは処分すればいいというのが競馬の基本だ。
 そうして創りだされた脚の速い優れたサラブレッドはみな狂気を秘めている。気狂いでいいのだ。走るのさえ速ければ。賢くて人懐っこい馬ほど脚が遅く、使い物にならないので仔馬の時に肉にするしかない。人間なら駆けっこで遅くても勉強でがんばればいいが、サラブレッドは屠殺されて肉になるしかない。牧場経営の一番苦しいのはこの時と生産者はみな口を揃える。

 競馬は、動物の血をいじくる、思いあがった人間の残酷な遊びである。といってそれは競馬だけではない。「アナグマ猟のために、足の短い犬同士を何代もかけあわせて作ったダックスフント」なんてのも同じだ。人間そのものが業の深い生き物なのである。

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朝7時に書いた文は以上。以下は昼に書いた附記。

【附記】──てんかん持ちのひとのブログを読んでみた 12;30

 てんかん持ちのひとが書いているブログを読んだ。
 そのひとは外傷性のてんかん持ちらしい。ジャーナリストのようで、本格的な問題提起の文だ。

 そこでは、てんかん持ちは「100人にひとり」、生涯にてんかんを起こす人は「100人に10人」とし、てんかんを「ごくありふれた病気」としている。
 なのになぜ見かけないかは、「差別をおそれてみな黙っているから」であり、多くのひとが「抗てんかん薬」を飲み、日常生活でも運転でも、問題なく暮らしているのだと主張している。

 「まさかあなたの持っているイメージは、泡を噴いて失神するという、するそのレベルではあるまいな」と、こちらの不勉強を問い掛けてくる。

 いや、そのとおり、私は「泡を吹くイメージ」だ。自分の見聞したものを信じるしかない。むかしは「抗てんかん薬 」なんてものはなかったし、もしもあったとしても田舎の百姓には無縁だったろう。今まで生きてきて私は「てんかん持ち」をふたりしか知らない。私の親戚縁者から、小中高大学の友人、その後の社会生活、ひとりもいなかった。見たことがない。

 どう考えても、「てんかんは身近な病気で100人にひとりいる。生涯一度の発作なら100人に10人いる。みな薬で抑えているのだ」とは信じがたい。もしもそうなら私は今までに千人以上の発作を見ていなければならない。
 もっともこの人によると、「ふっと記憶を失う」とか、そういうのも「てんかん」らしい。

 こうなるともう「てんかんとは何か!?」という問題になる。



 そこから展開される「鹿沼クレーン車事件」、京都での今回の事故を、「社会がてんかん患者を正しく理解していないから」という流れにもってゆくにのも賛成しかねる。

 そもそもこのひとは「外傷性のてんかん」とかで、自分の症状を「欝病のようなモノ」としている。いわゆる失神などはぜんぜんないらしい。そういう「てんかん」も「てんかん」なのであり、「まさかあなたのもっているイメージは」と問い掛けてくるのだが、なら逆に問いたい。あなたは「口から泡を吹き、白目を剥いて、痙攣するてんかんを見たことがあるのか?」と。

 むかしのひとが「狐憑き」にした気持ちがよく解る。ダンプカーやクレーン車を運転している人間が、運転席であの状態になるのかと思えば、「てんかん持ちには免許を与えるな」としか言えない。
 鹿沼のクレーン車も、京都の今回のも、間違いなく私のもっているイメージ(イメージというか実際に見聞したモノなのだが)そのものだろう。

 それを「欝病程度のてんかん持ち」が、「てんかんを正しく認識してくれ」と言っても説得力はない。

 このひとの言いたいのは、「てんかんには色々な殊類があり、発作を起こして失神するようなのは1%ぐらいで、あとの99%はそうではない。だがその1%によって99%が差別されている」という問題提起のようだ。
 私の言いたいのは、「何パーセントかどうか知らないけど、そういう可能性のあるのに免許を取らせるな」だから噛みあうはずもない。



 私は34歳まで自動車運転免許を持たなかった。誰もが18歳になるのを待ちかねて取っていた。私自身も二輪免許は16になるやいなや取得していた。自動車免許も二十歳ぐらいには取るつもりだった。
 大学に出て酒を覚えた。泥酔するまで飲む酒だった。

 私がいっこうに免許に興味を持たないので、父母が、大学卒業間際、金を出してやるから取っておけと言ってくれた。それが常識だった。
 兄は大学一年の時、これはまだ早いと渋い顔をする親に、「社会に出てから役立つものだから頼む」と言って金を出してもらって取っていた。クルマが大好きだった。

 私は親に免許取得を勧められたとき、「おれは酒飲みだから、いいよ」と言って断った。
 大のクルマ好きの兄はまったくの下戸だった。このへん、よく出来ている。私は父方、兄は母方の血である。

 いまも正解だったと思っている。粋がって大量に酒を飲んでいた二十代、私は免許を持っていたら飲酒運転の事故で死んでいたと思う。自分が死ぬのはかまわないが、もしも前途有望な若者や、こどもを殺してしまったらと思うと、あらためて取らなくてよかったと安堵する。

 30を過ぎて、取材の仕事のためにどうしても必要になり、取った。その時にはもう30半ばでもあり、節度のある酒になっていた。深酒もしなかったし、飲酒運転の危険もなかった。私には珍しく賢い選択だったと思っている。



 上記の「てんかん持ちのひとのブログ」は、てんかん持ちを正しく理解してくれ、多くのてんかん持ちが薬を飲んで発作を抑え、みな安全運転をしているのだと言っている。

 てんかんを差別する気はない。
 二十代の私の飲酒と同じように考えている。
 私が、粋がって酒を飲んでいる時代、調子にのって飲酒運転をして、人身事故を起こす可能性があると感じて免許を取らなかったように、発作を起こす可能性がある人は、「薬を飲んでいるから大丈夫だ」と取得するのではなく、万が一のことを考えて自粛するのが正しいのではないかというのが私の意見になる。

 みな薬で抑えていると「ブログのひと」は言うが、たまたま薬が切れていて、明日病院に行って薬をもらうし、今日まで3年間一度も発作は起きていないのだから、今日一日ぐらい大丈夫だろう、と思って事故を起こす場合だってあるだろう。
 ここで大事なのは、「他者を殺す危険性」だ。

 クレーン車事故や今回の京都が、発作を起こした本人が死んだだけなら話は違う。いやそれでも走る兇器だから免許をやるなとは言うが、無関係な他人を複数殺しておいて、それでも「てんかん持ちの人権」を語る感覚は何なのだろう。「光市の殺人者」の居なおりとどこがちがうのだ。



 私は乙武さんのような手足の缺損が胎児のときに見つかったなら、中絶するのが正しいと思っている。
 早い時期からたいへんな障碍児であることがわかっているのに、自分の「出産体験」を優先して、母親不明の障碍児を産んだ野田聖子を鬼だと思っている。

 その考えで私を「差別者」とするなら、私は差別者でかまわない。
 てんかん持ちは運転しないでくれ。国は、てんかん持ちに免許を与えないでくれ。
 てんかんを起こした運転手のクルマに撥ね殺されたくはない。



 「てんかん協会」は、「糖尿病患者との格差」とも闘っているらしい。つまり、インスリンが切れた糖尿病患者もてんかん患者と同じように「失神」する。なのに会社における待遇でも免許でも、糖尿病患者はてんかん患者と比して、差別がない。だから「てんかん協会」は糖尿病患者と同じようにてんかん患者も扱われるよう闘っているらしい。

 しかしこれもそうじゃない。てんかん患者と同じく、「失神する可能性のある糖尿病患者には免許を与えるな」。こっちが正しい。

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【附記.2】 ──京都の加害者は「外傷性てんかん」 13:18

 取材に応じた藤崎容疑者の姉によりますと、藤崎容疑者は、10年ほど前に起こしたバイクの事故で頭に大けがをして後遺症が残ったため、その頃から薬を飲み続けていました。
 疲れがたまったときなどに5分間ほど意識を失って体がけいれんすることがあり、こうした発作は夜に多く、昼間に起きることはなかったということです。

 ことしに入ってから、発作が3回ほど起きたのを目撃した両親と姉が、車を運転しないよう説得していました。
 3日前には家族会議を開いて、車を運転する仕事をしないよう話し合い、藤崎容疑者は、「運転しなくても働き続けることができるか、会社に聞いてみる」と話していたということです。
 おとといには、仕事を辞めて治療に専念しても収入面で困らないよう、母親が付き添って地元の区役所に相談に行ったということです。 

 
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120412/t10014409531000.html

 昨夜のニュースで、私もこの「姉」を見かけていた。お詫びして泣いていた。こういう場合、加害者の関係者はしばらく表に出ないから、その早さにおどろいた。
 やはり癲癇の家系ではなく事故による突発的なモノだった。家系であり、この「姉」にも同じ病があったら顔出しは避けたろう。

 家族会議を開いて、加害者もそれに納得し、仕事を辞め、本格的治療を始める寸前だった。運命とは残酷なものだ。せめて発作が起きて、本人が自損事故を起こすぐらいだったら、これからの人生もちがったろうに……。



「鹿沼クレーン車事故」の場合はこれとはちがって悪質だった。
 上記の「てんかん持ちのひとのブログ」でも、彼を批難している。この運転手は、自分がてんかん持ちであり、発作が起き、薬を飲まねばならないとわかっているのに飲まず、クレーン運転という職種にこだわっていた。
 そのことをブログ主は「盲目の人がグラフィックデザイナーになりたがるのと同じ」と手厳しい表現で批判している。

「そういう可能性がある人は、運転してはならない」という結論に変りはないが……。

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【後記】──16:17。

以上、勘違いした文も残して修正した。
鹿沼のクレーン車てんかん男は、こども6人を殺すという大罪を犯しながら7年で出て来るのだとか。態度がよければもっと早いのか。

上記、【附記.2】で、私は、会社を辞めて治療に専念しようとしていたという加害者を、姉のことばから、病に苦しんだ彼も被害者、のような視点で書いている。しかし充血させた目で撥ねまくったなら、事実はまったく異なってくる。この「姉」も、弟の起こした事故を、「失神」によるものと思ったのだろう。

真実はどうなのだろう。すくなくとも目撃者の証言から、「失神」は無関係と思われる。
「そういう状態のてんかん」もあるのだろうか。

---------------

17:11

 警察によると、藤崎容疑者の持病と事件との関連はわかっていない。
 藤崎容疑者は四条通で多くの人をはねる前、南側の通りで、タクシーへの当て逃げ事故を起こしていた。
 藤崎容疑者が死亡したため、事情を聴くことはできないが、警察はタクシーへの追突事故を起こした藤崎容疑者が、気が動転して、そのまま逃げ、四条通での事故につながったのではないかとみている。
 今後は、自動車運転過失致傷の疑いで捜査するという。(NKH)

やっぱり、これなんだろうなあ。追突の当て逃げでの動顛。「てんかん」は無関係とみるのが正解か。

  1. 2012/04/13(金) 08:10:56|
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モザイク今昔──むかしNHK、いま民放──隠されると覗きたくなるこちらの心理

テレビにおける商品名のモザイクの話。
むか~し、NHKが頑なに隠していた。
NHK教育テレビの子供番組。実験。電池が出る。誰が見ても一目で判るナショナルHi-Top。ベストセラー。独自のデザイン。

hitop


その商品名、会社名が黒マジックで消されている。今のようなモザイクなんて洒落たものはない。いや〝モザイク〟が洒落ているかどうかは別問題として、とにかく、無骨に黒マジックでそこだけ塗り潰されていた。
どうせなら全体を真っ黒に塗り潰してくれるといいのだが、消されているのはそこだけで、あの赤と銀のデザインでナショナルHi-Topと判るものだから、その半端な消し具合を不可解に感じたものだった。

キリンビールなんかもそう。

kirin

この有名なラベルから名前の部分だけ黒く塗り潰している。でも誰だってキリンビールだとわかる。どうせやるならラベルを全部剥がしてビンだけにすればいいのにと思った。



その点、民放は緩やかだった。もちろんトヨタがスポンサーの番組では主役はトヨタのクルマに乗った。「平四郎危機一発」で平四郎が乗るのはロータリーエンジン。スポンサーはもちろんマツダ。東芝がスポンサーの番組では、お茶の間にあるのは東芝のテレビだった。

当時から日本の財閥系資本は確立していたし、そういうこだわりはあったが、主人公がスポンサーであるトヨタや東芝と系列のちがうビール会社のビールを飲んだり、ましてスポーツ新聞とか競馬新聞なんてどうでもいい小物に関してはフリーパスのような状態だった。

それは自然だったと思う。自動車会社がスポンサーの番組で資本系列のちがうナショナル乾電池が映ったとしても、それこそライバルの東芝や日立がスポンサーの番組でもない限り、意識的に消す必要はなかったろう。松下電器と無縁のテレビ局なんてありえなかったし。古き良きおおらかな時代だ。

だが、NHKの執拗なそういうこだわりを見て育ってきた私は、「NHKこそが公共放送として、メーカーにこだわらず、ブランド名を出していいのではないか」。むしろ民放こそが「資本系列にこだわって隠すのが正解なのではないか」と思ったりもした。



NHKは日本の国営放送であるからどうでもいいのである。国営放送のもとでは全民間企業が平等だ。開けっ広げでいいのだ。だからたとえばドラマの中で、ナショナルの乾電池を映したとしても、主役がサッポロビールを飲んだとしても、次回の放送では、今度は東芝の乾電池にして、キリンビールを飲めばいい。そういうことにこだわらないのが国営放送の基本、おおらかさなのではないか、と思えてきた。

一方、民放は民放である。営利企業なのだから、それには思いっ切りこだわったほうがいい。
たとえば「ふようグループ」で言うなら、自分達のスポンサードした番組には「全面的にふようグループ色」を出す。グループ以外を拒む。
日産自動車提供のドラマ番組なら、登場する乗物がニッサンであるのはもちろん、小物としての飲物も系列のサッポロビールで統一する。金欠の主人公が金を下ろしに飛びこむのはもちろんみずほだし、アパートで喰うカップラーメンは日清。ラップもクレラップ。冗談のように一瞬映る小物のコンドームもオカモト。街角のロケで、他社のクルマや飲物の自動販売機が映るシーンでは、それにモザイクをかけて消す。そういう徹底が民放だ。NHKは映す。民放は消す。それこそがNHKらしさ、民放らしさなのではないか!?
 そんなことを思うようになっていた。



ふと気づくと時代はそうなっていた。NHKが開けっ広げ。民放がモザイクの時代。
予想していたのだから、先見の明と誇るべきなのだが……。

民放夕方のニュース番組。
大震災被災地を芸能人が訪ねる。
被災から立ち直って再開した居酒屋の話。
「なんとか、またがんばって、再開できました」にほろりとする。

が、客の飲むびんビールラベルにモザイクがかかっている。艶消し。でもサッポロ黒ラベルだなと判ったりする。
もちろんスポンサーはビール会社ではない。なぜここでビールラベルにモザイクがかかるのか。そのビール会社とは資本系列のちがうスポンサーだからか。それとも一貫してスポンサーではない商品名は隠すようにしたのか。そういう気配り。
もう民放はそういう「気遣い」の時代のようだ。

そうなるのが当然と思っていたが、なったらなったで、また複雑な思いである。
変らない真実は、むかしの塗り潰し、いまのモザイクを見ると、「この商品はなんだ!?」と注目してしまうことだ。それがなければべつに気にならないのだけれど。スカートのチラリズムと同じ原理か。

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【附記】──フジテレビの競馬新聞

フジテレビのドラマに競馬のシーンが登場するとき、競馬新聞は必ず「競馬エイト」である。この徹底ぶりはなかなかだ(笑)。「GTO」「やまとなでしこ」、このあたりの細かな場面でもしっかり徹底している。これは「スポンサー様」とはまた別に、発刊がフジサンケイグループという「身内意識」からなのだろう。苦笑するほど、「競馬新聞はエイト」に撤している。まあこれなんかはほほえましい話だ。



【附記.2】──へんなところにリンクが(笑)──2013/4/27

一年以上前に書いた地味なテーマのこの文に妙にアクセスがある。地味ではあるが好きなテーマだから、本人としてはうれしい。でもなぜなんだろうと思って調べてみた。そして原因がわかった。それをここに書きました。
  1. 2012/03/06(火) 10:08:57|
  2. 世相
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佐川急便の問題点──ガラパゴス速報「佐川が嫌がらせしてきた」

ライブドアブログを利用しているので、くだらん内容のライブドアニュースを読まねばならない。でも「無料で使わせてもらっている」感覚だからしょうがない。

たまにはいいニュースもある。それがこれ。
私も佐川急便にはさんざんイヤな思いをしてきたので、この話題には同感した。
ひどい話である。佐川と頻繁につき合うと、こんなのはしょっちゅうだ。
不快感をもっているのは私だけではないと知って、すこし安心した。

「佐川が嫌がらせしてきた」
  1. 2012/03/04(日) 21:21:04|
  2. 世相
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雪明り

午後7時、酒の肴を買いにスーパーにでかけた。
面倒だったけど、肴がないと飲めないくちだ。まして年に一、二度の雪見酒。その誘惑が勝った。

この時間でもみな家の周囲の雪掻きをしていた。路上に残った雪の凍結を避けるためだろう。
風が冷たくて耳が痛くなるが、それはそれで凛とした空気が気持ちよい。

〝雪明り〟におどろいた。いつもとはぜんぜんちがう。
線路脇の道路はもともと暗めだったが、大震災以降の節電でますます暗くなった。
夜、自転車で走っているとウォーキングをしているひとが闇夜の烏状態であぶなくて困る。
なのに今日は明るい。雪明りがこんなにもすごいものだとは知らなかった。
雪国の人には常識か。こちらはこどものころから年に一、二度しか見ることがない。
ましてネオンの明るい地にいたら気づかない。

閏年の2月29日。東京は大雪。雪明りにおどろいた夜。

さて、鍋が煮えたようだ。
  1. 2012/02/29(水) 20:12:21|
  2. 世相
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「佐川急便はだめだなあ」という毎度の愚痴

今日は朝からSSDが届くのを楽しみにしていた。昨日午前中に秋葉原発送も確認してあるし、まともなら昼には届く。念のため佐川急便のサイトでも確認した。まちがいない。昼には届く。もしかしたら午前中かもしれない。わくわくする。

午前中、30分ほど買い物に出た。連絡があったときのためにケータイをもって出た。手早く済ませ急いで戻る。恋人の来訪を待つ初心な男のよう。メールの返事を書いたり競馬を見たりいろいろあったがとにかくそれをずっと待っていた。



17時になっても届かないので佐川急便のサイトで調べる。すると「13.15分に訪問したが留守だった」とある。それはない。私はずっと部屋にいた。待っていた。佐川急便に電話をしてその旨を伝え、いま再訪を待っているところだ。確認すると「チャイムを押したが返事がなかった」ということらしい。

先ずは私の非を認める。私はチャイムの電源を切っている。それはこのへんはなぜかやたら新興宗教(笑)の勧誘が多いのだ。たまったものではない。もうひとつ、これまたなぜかマンション購入の営業が多い。ピザの宅配や焼き肉屋の営業とか、けっこうひとがやってくる。在宅ワークの私はチャイムをオンにしていたらなにもできない。うるさくてたまらない。だから切っている。

その非は認めるが、その他の業者とは問題は起きていない。たとえば郵便局の配達員はチャイムを押して、さらにノックし、さらにさらに私の名を呼び、「郵便局でーす。××社からの本をお届けに来ましたあ!」と言ってくれる。それでもだめなときに初めて不在配達の通知を入れて帰る。だからそれこそ昼夜逆転した生活で寝ていたとしても(私は早朝型なのでそれはないけれど)、それで起きだして荷物を受けとれる。ヤマトも同じ。今まで問題は起きていない。毎度毎度トラブルのは佐川なのである。そのことは以下に書いた。これは単なる相性の問題ではない。ノルマが厳しいのであろう佐川というのは自分達の効率を優先しているのかいいかげんなのである。仕事が雑なのだ。

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佐川急便嫌い」2008年

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遅まきながら通販生活」2010年

しかしこれらの文に書いたように、それは一見効率的なようであって必ずしもそうではない。現に今日の運転手も13時にドアを叩いていれば私はいたのだ。それで一件落着である。今夕、もういちど届けに来るより結果的にそれは効率がいい。

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ところで。
佐川急便は通販に利用されている運送会社としてなんであんなに強いのだろう。私が今まで通販で購入したものは99%が佐川である。ヤマトは何をしているのだ。それとも私が購入するモノがたまたま佐川なのか。たしかにほとんどがパソコン関係で衣類などを買ったことはない。別分野ではヤマトもがんばっているのか。

ショップのサイトにこんなことが書いてあるのをよく見かける。「佐川急便でお届けします」とあり、ヤマトに替えることも出来るのだが、その場合は500円増し、とかになっている。私は品川時代、あまりにトラブルが続くので、毎週送付物が届く大阪の広告会社に、「佐川ではなく郵便にしてくれ」と頼んだ。その会社もすべて佐川でやっているのに私だけ郵便にするのは面倒だったようだが、事情を話し、頼みこんでそうしてもらった。一時の私はあまりに相性のわるい佐川とのトラブルでノイローゼになりそうだった。

その広告会社からの毎週の送付物(私の書いたコピーの載った新聞雑誌)はなんとか頼んで郵便にしてもらったが、さすがに通販で買う5千円や1万円前後の品の購入に500円プラスしてヤマトにする気にはなれない。
どうしてネット通販は佐川の独擅場なのだろう。佐川がダンピングしているのか。きっと安いのだろう。確実にヤマトよりも。
いろいろ事情はあるのだろうが、いいかげんこの佐川とのトラブルとだけはもう縁を切りたい。

というところにノックの音。さてこれからSSDにOSのコピーだ。

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追記──見知らぬ運転手──2/6 1:25

届く前に運転手から電話があった。ケータイの画面に「佐川急便」と出る。何十回も利用しているから登録してある。見知らぬ08の番号が表示されるよりもいい。
「本部から連絡をもらったんで」と、もごもご言っている。「午後に行ったんですけど」と不満げだ。「いたんですけどね、ずっと」「チャイムを鳴らしたんですが」
これは私が悪いので素直に謝る。「すみません、電源を切っているんで」「それじゃ30分後にうかがいますんで」

電話を切ったあと、すこしへんだと思った。ここのところ私が見ている佐川の運転手はふたりだけだ。彼らの担当地域なのだろう。その中のひとりはドアのところで世間話もしている。私がいつもおつりのないようにきっちり揃えているので彼が礼を言ってくれたのだ。助かりますと。「珍しいですか?」「10人にひとりもいませんよ」「小銭がたいへんでしょう」「自動販売機で缶コーヒ-を買って作ったりするんです。何度も続くとお腹ごぼごぼです(笑)」と会話を交わした。たぶん街であったらおたがい解るぐらい親しくなっている。

たしか「佐川急便」と登録した携帯電話の番号は彼のはずだ。とするとおかしい。彼も最初は失敗した。私の部屋のチャイムは鳴らず反応は鈍い。それでも何度か届ける内、このひとは在宅ワークでだいたいはいる、と気づき、その後はドアを叩くようになっている。なぜ今日だけチャイムだけでいないと判断したのだろう。

ドアが叩かれて出て見ると、まったく知らない運転手だった。彼はこちらの顔を見ようともせず荷物を差しだし、ハンコをもらうとそそくさと去っていった。頭の禿げている小柄なひとだった。

佐川急便の運転手には、届ける前に電話で確認してくるのと、せずにいきなり来るのがいる。私はそれを運転手個人の判断であり、電話賃は彼が持つものだと思っていた。掛けずに来るひとは電話賃を節約しているのだろう。それで、果たしてどっちが効率的なのか。電話賃をかけても効率良く配達するか、電話賃を節約する代わり、何度も訪問するかだ。手間暇掛けても電話賃を節約した方が稼げるのだろうかと。

だが今日それが思い違いと気づいた。携帯電話は佐川が貸与しているのだろう。だってひとが代わっても電話番号が同じだったのだから。とすると電話賃は会社持ちだろうから掛けてこないひとは単に面倒なだけなのか。いや、ひとが変ってもその番号で運転手に請求が行くのか?

以前のひとは辞めたのか。昔も今も佐川はひとの出入りが激しい。まさか配置替えなんてないだろうし。いずれにせよ、よくわからん会社だ。出来るなら縁を切りたいが通販生活なので切ろうにも切れない。だってギターの弦なんて楽器屋もないし通販で買うしかない。PC関係は秋葉原で、楽器関係は御茶の水でが理想だが引き篭もっている今は通販だけが頼りだ。しっかりしてくれ佐川急便。
  1. 2012/02/05(日) 17:35:43|
  2. 世相
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「今年を漢字一文字で表す」という無意味

「今年一年を漢字一文字で表すと」という遊びは、誰がいつ始めたんだったか。まったく興味がない。なにより嫌いなのは、ここには「気味の悪い漢字讚歌」がある。いわゆる「人という字は、人と人がよりそって」とか「信じる者と書いて儲けるになる」とかの、武田鉄矢とかガッツ石松的なバカ要素が見える。私は「金八先生」とかを見て、したり顔でしゃべる連中を信じない。あんなもの、見たこともない。気味の悪い小山内脚本をまともに見られるはずがない。まあ裏番組の猪木を見ていただけなのだが(笑)。プロレス中継がなかったとしても、あるいはすでにビデオデッキをもっていたとしても、見なかったと断言できる。その後も見ていないし。

しかしこの手の話題が好きな人は多い。「今年を表す漢字一文字、自分だったらこれにする」と長々と書いたりする。他人の決めたそれを否定する。自分から切り口を作ることができない暗愚にとって、こういうテーマを与えるくれるものはありがたいのだろう。それに乗ればいいのだから誰でも遊べる。
興味はないがテレビを見なくてもホームページにしているiGoogleにその手のニュースが流れてくるから知りたくなくても知ってしまう。今年は「絆」なのだとか。
毎度思うのだが、これはどう考えても「きづな」だよなあ。「きずな」はおかしい。「つな」関係だろう。「すな」関係ではない。



こういうのって紅白歌合戦がくだらないと言いつつ出演者に一喜一憂しているのと同類だ。私はもう何十年も見たことがない。「絆」同様、今年は韓流枠があるとか、知りたくなくても知ってしまった。それを怒っているひとがいたけど見なきゃいいだけの話。フジテレビの悪口を延々と書いているひとを見ると、ほんとにフジテレビが好きなんだなあと感心する。愛と憎しみは表裏一体だ。好きじゃなきゃ悪口は言い続けられない。私はこのごろ<きっこさん>への愛情が薄れたのか、あまり書く気がしなくなってきた。

最後にレコード大賞を見たのはいつだったろう、橋幸夫の「霧氷」のころか。レコード売り上げ等、舟木一夫の「絶唱」で決まりだったのに、作詩の西条八十がピストル不法所持で問題となり、ダークホースの「霧氷」になったのだった。あのころからそういう関係ないことで左右されるくだらなさはあったんだなと今頃思う。今はもう出来レースなのは常識のようだが。いやさすがに「霧氷」が最後ってことはないか(笑)。ジュリーの「危険なふたり」とか尾崎紀世彦の「また会う日まで」あたりは見ていた気もする。

しかしそれにしてもGoogle日本語入力は人名に強い。芸能人は何でもでる。楽だなあ。



とか言いつつこんなことを書いていたら、それはそれでまた関わっていることになる。
将棋の名人位を挑戦者の升田八段は「名人なんてゴミだ」と言った。
むっとした名人の木村は聞き返す。「名人がゴミなら、君はなんだね?」
一拍おいて升田は言った。「ゴミにたかるハエだ」。

「今年を漢字一文字で表すと」や「紅白歌合戦出場歌手」というゴミにたかるハエになりたくないので、ここでもうやめる。ゴミにたかるハエよりは死にそこなった季節はずれの蚊のほうがまだいい。
  1. 2011/12/12(月) 23:16:38|
  2. 世相
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敬宮愛子内親王の表情……

12月1日は敬宮愛子内親王の誕生日だった。
テレビはほとんど見ないのだが、偶然つけたニュースでそれを知る。皇太子御夫妻と愛子内親王三人の映像が流れていた。
愛子内親王の表情が気になる。失礼ながら、「意地悪な」「ひねくれている」そんな感じを受けてしまう。
だいじょうぶなのだろうか。心配でならない。

愛子内親王は大相撲が好きだ。好角家としてはまことにうれしい。
御両親と一緒に国技館に観戦にも訪れている。皇太子殿下に力士の説明をしてあげるほど詳しい。熱心に星取表をつけていた。
中でも贔屓は大関琴光喜だった。
琴光喜はあんなことになってしまったが……。

そのころの愛子内親王の表情に、今回のような印象をもったことはない。
年相応のあいらしさだった。

あれから、学習院での出来事とか、いろいろとあった。
皇太子妃殿下が内親王を溺愛しているのは知られている。公務よりも内親王の世話を優先していると批判もされた。それは皇太子妃殿下として問題であろうが、ただ、遅くできたひとり娘を溺愛する母の心理としては判る気もする。

だけど、なら、あの内親王の表情は何なのだろう。ちっとも楽しそうじゃない。陰鬱とすら感じる。
それらがみな悪い方向に作用しているのではないか。
杞憂であるといいのだが……。
  1. 2011/12/03(土) 08:05:01|
  2. 世相
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テレビのない生活──脳内に動画は必要か!?

Twitterにこんなことを書いた。

tvnoda


地デジ化をきっかけにテレビのない生活をしている。
なんの不満もなく、むしろよいことだらけなのだが、今回このことで、問題なのかなとちょっと考えてしまった。

新聞は複数読んでいるし、ネットでのニュースもよく読むから、情報そのものは知っている。しかし文字と写真だから動いていない。
日本の首相はいま民主党の野田佳彦というひとであり、そのひとに関する基本的なことを私は知っている。
しかし私の頭と心に、日本の首相として行動するこのひとの「映像」はない。

それは成人日本人として、おおきな缺陥か。
それとも、なんも気にすることのないどうでもいいことか。
そのことで悩んでしまった。



テレビのあった頃。
そのころから私は必ず見るドラマのようなものはなかった。
「渡る世間は鬼ばかり」とやらが終了して残念だとか、毎週あれを楽しみにしていたとか、ブログに書いてるひとがいる。その種の話には入れない。ただのいちども見たことがない。
NHKの朝の連ドラや大河ドラマとかも見たことがないとは何度も書いてきた。「大河ドラマとか」という書き方は知らないからだ。知っているひとには「大河ドラマ」だ。見たことのない私には「大河ドラマとか呼ばれている番組」でしかない。なにが大河なのか。大河ドラマとは長年続いてのものだろう。そう、20年以上続いた上記の「ワタオニ」とかのほうが一年で終る番組よりはまだしも大河ドラマだ。

そういう流れから自分をテレビ嫌いと思っていたのだが、ニュース類はよく見ていたことに気づく。
自分の興味のある政治問題や、相撲の朝青龍問題とか、朝昼夕のワイドショーでそれを追いかけた。チャンネルを替えつつ番組内容を探しながら見た。報ステなんて普段は見ないものまで見たりした。その点に限れば、私はテレビ好きだったのかもしれない。すくなくとも日中拘束されるサラリーマンよりは遙かに多くテレビに接していたことになる。朝青龍問題の時などたいがいのワイドショーを見ていたほどだ。



たとえば今なら、TPP問題をやっているとわかれば、きっと朝昼夕とそのテーマを追ってワイドショーを見たろう。
いま話題の「フジテレビとくダネ!の中野剛志」もリアルタイムで見ていたはずだ。

この文章を書くきっかけに「中野剛志を知らなかった」がある。
彼の経歴を調べていたら、私は彼の文章をけっこう読んでいることに気づいた。西部邁さんと関わっていたひとだから。名前も文章も知っている。顔写真も見ていたろう。でも「動いている中野剛志」を知らなかった。

そのことが「ちょっと問題な時代遅れ」なのか、どうでもいいことなのか、という話。
私の中で結論は出ている。
どうでもいいことなのだ。でも以前はそういうふうにテレビに接していて、なんでも知っていたから、いま知らない自分に馴染めないのである。



ワイドショーで自分の興味のあるテーマだけを見ることはむずかしい。いつ流れるかわからない。3番目に取り上げられるテーマでも順番がわからないから、1番目2番目の話題も見なければならない。もちろん見る気はないからチャンネルを替えたり、本や新聞を読んだり、雑多なことをしてテレビに集中することはない。それでもそういう話題は入り込んでくる。結果、芸能人の離婚とか熱愛発覚とか、くだらんことまで知ってしまうことになる。テレビのおそろしさだ。そんなくだらんことを知っている自分を嫌悪する。でも見たいテーマを見るためにはそれに備えねばならないから知りたくなくても入ってきてしまうのだ。

いまそれを完全に断ったので、そういうことがなくなり、快適至極だ。今回数少ないマイナスとして「反TTP論客の雄・中野剛志の顔を知らなかった」ということが起きた。知らなくても恥ではないのだが、以前の私なら確実に知っていたから、その落差に戸惑っている。



11月から地デジチューナー附きのディスプレイを使うことにした。競馬と将棋と大相撲が見たくてテレビ復帰である。
どうなるのだろう。
また芸能人のくっついた離れたにも詳しいバカオヤジに戻るのか。
それともこの間のテレビのない生活が良い方向に作用して、必要最小限しか見ない「いい形」になれるのか。

ひとつ確実なのはパソコンディスプレイということだ。
こたつに寝転がって見るテレビではない。そのことで「だらだら視聴」はなくなると思う。でもちいさな表示でつけっぱなしにも出来るわけだから、一日中机の前にすわっている私には、より「だらだら視聴」は可能とも言える。
まあでも、いわゆる「だらだら視聴」はテレビのあったときでも私はほとんどしなかった。興味あるテーマのとき、執着して追いかけただけである。
今回のTPP問題のような興味大のテーマもそうあるものでもない。

以前はテレビの国会中継をよく見た。これはいまでもパソコンで見られる。いやパソコンのほうがテレビよりも遙かに多く見られるのだが、いまはすっかり興味を失ってしまった。民主党の大臣に適さない人物が大臣に扮している醜態を見るのはつらすぎる。

だからほんと、テレビのない暮らしはいいことづくめで、なあんも問題はなかったのだ。なのにこんなことをぐだぐだ書いているのだから、「動いている中野剛志を知らなかった」は、私の中で相当悔しいことらしい(笑)。
  1. 2011/10/29(土) 05:36:19|
  2. 世相
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愛煙家のトンチンカン(笑)──養老孟司のバカの壁

kakuei
『SAPIO』で養老孟司さんが、いつもと同じ寝ぼけたことを言っていた(笑)。
それでもこれはこれで話題になるのかなと思ったら、それなりになっているようだ。ここに転載されている。

私はこれについては以前ホームページで取り上げた。
「喫煙者のヘリクツ──養老孟司のヒトラー」2007年9月20日。
これは養老さんが文藝春秋に書いた文に対する感想と反論だった。

数多くの楽曲も政治思想的にも大好きで尊敬しているすぎやまこういちさんも、ことタバコのことになると迷走する。最近そういう愛煙運動をまた始めたらしい。それについても書いた。2009年12月10日。これは『WILL』に書いたすぎやまさんの文章に対する感想だった。
「喫煙考──すぎやまこういちさんのヒトラー」
すぎやまさんや浅田次郎さんのように一滴も飲めないひとにとってタバコは創作に必要な重要アイテムだろう。それはわかる。



さすがにもう疲れてきて毎度おなじみのこの種のくだらない意見には反論を書く気にもなれないのだが、それでもあちらが書くのだから、こちらもがんばらねばならない。

養老的意見は毎度同じ。
「タバコ嫌いは健康中毒者。ガン恐怖症」から始まる。
それに対して「自分たち愛煙家だってタバコが躰にわるいのはわかっている」と自分たちの自覚を言う。そこにあるのは「嫌煙家は私たち愛煙家がタバコの害を知らないと思っているだろうが、そんなことはよくわかっているのだ」というアピールだけど、そんなことはどうでもいいのだ。
そしてそこから「果たしてタバコとガンは関係があるのか。こんなデータがある」と迫ってくる。これまたどうでもいい。ガンと関係あろうとなかろうと。

そんなことはどうでもいいのだ。躰によかろうとわるかろうとガンになるのかならないのか、どうでもいい。
こちらの言いたいのはもっともっとシンプルだ。

食事時にウンコのにおいがしてきたら、どんなおいしいものでも食う気が失せる。だから、こらちと一緒のときにはやめてくれ、それだけである。
だけどタバコがうっとりするほど気持ちのいい香気である彼らには、その愛するタバコが「食欲をなくすウンコのにおい」と言われても、絶対に理解出来ない。そういう差である。

人間の何万倍もの嗅覚をもつと言われる犬は、人間の好む香水のような匂いを嫌い、人間からするととんでもない悪臭のものを気持よさそうに嗅ぐ。犬と人間では「気持ち良くなるにおい」に致命的なちがいがある。それと同じだ。食事時はもちろん、ベンチでくつろいでいるときに流れてきただけでもいやになるウンコのにおいと感じているこちらと、それを「うっとりするほどいいにおい」と思っているあちらが、共通認識で語れるはずがない。それだけの話なのである。

養老的な愛煙家擁護の意見をいうひとは、そこがわかっていない。「嫌煙家はかんちがいしている。よく説明してやればわかるはずだ」と思っている。勘違いをしているのはそっちのほうなんだ。
反論の主軸をなす「健康志向」「ガンとの関連」「ヒトラー的形容」をまず捨てなさい。それが勘違いの最たるもの。それを捨てて語るべし。するとまあ反論のしようがなくなってしまうだろうけど(笑)。
「健康志向でガンが怖くてタバコを否定するひとがいるが、そもそもタバコは」って切り口そのものが無意味なのである。健康志向でもないしガンが怖いわけでもない。ただごく単純に「食事のときにウンコのにおいを嗅ぎたくない」。それだけなのだ。絶対的壁だから話しあってどうこうなるものではない。ひたすら分離するしかないのだ。
すなわちそれは喫煙場所の制限である。

彼らは、「自分たちの嫌いなものを排除するのはファッショだ」と言うわけだけれど、「自分たちの好きなものは、きっとあんたたちも好きになれる」という勘違いも、病は深いと思うよ。
「わかりあえないとわかること」から始めねばならない。こちらはわかっている。だってウンコのにおいなのだから。わかってないのはあちらだ。

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ところでこの「田中角栄特集」の『SAPIO』だが、私はつまらなくて読めなかった。田中角栄を認めていないからだ。「英雄のいない時代は不幸だが英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」と言われるように、田中のようなのを夢見て、「もし今、田中角栄がいたなら!?」と『SAPIO』のような雑誌が假定する今は限りなく不幸な時代なのだろう。いや「だろう」じゃなくて、あの菅直人なんてのが首相になっていたのだから絶対的にそうなのだけど。
たしかに田中が首相だったなら、大震災時に菅や村山のようなことはなかった。だけどかといって「もし田中角栄がいたなら」と假定して語ることはあまりにせつない。
  1. 2011/09/07(水) 05:56:21|
  2. 世相
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6月なのに猛暑日──6月22日の記憶

00sei.gif6月22日水曜日の暑さは異常だった。
この時期に猛暑日となったのも異常なら、梅雨の真っ只中で湿度が高かったから、まさに蒸し風呂。こんな不快は記憶にないほどだった。

午後、出かける前、風呂に入ろうと思った。
明け方に入った風呂の湯が張ってあった。もちろん冷えて水になっている。
冷たいと感じない。そのまま入った。
真夏にはよく水風呂に入るが、6月は初めてだ。

夏至。一年で一番昼が長い日。
早朝型の生活なので、いつも暗いうちに起きて夜が明けるのを見ている。
冬から春にかけて、一気に夜明けが早くなってくるの様は圧巻だ。

そしてこの時期、あきれるほど夜明けが早い。
これからまた冬至に向けて短くなって行く。



ティーシャツ一枚で出かけた。
冷房の効いた電車の中や雀荘では寒くなるだろうと長袖シャツをバッグに入れた。
節電の電車の中、ティーシャツ一枚でほどよく、山手線の駅で降りてからは、それでも暑かった。
けっきょく長袖シャツを着ることはなかった。



麻雀の合間、メンツに、いかに今日が暑かったことかと話しかけたかが同意は得られなかった。
冷房の効いている環境で仕事をしていた彼らにはさほどでもなかったようだ。



23日朝。
6時51分の岩手沖地震は、津波警報が発令され、テレビもみな緊急速報体制に入る非常時となった。
関東ではほとんど揺れは感じなかったが、6時50分から8時ちかくまでずっと、テレビがみな非常時報道体制だったので緊張した。津波を捉えようとヘリコプターからの沖合いの映像が流されている。またあの地獄絵図になるのかと覚悟した。さいわいにも大きな被害は出なかったようだ。よかった。



23日午後。
テレビのワイドショーで、22日がいかに記録的猛暑であったかを知る。麻雀メンバーから同意を得られず首を傾げていたが、私の体感は正しかったわけだ。熱中症でなくなったかたが大勢いたと知り、さもありなんと納得する。とにかくとんでもない不快な暑さだった。
昨日に続き今日も真夏日で暑いらしいが、昨日と比べればなんてことはない。

異常天候が不気味だ。
  1. 2011/06/23(木) 15:14:51|
  2. 世相
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図書館のマナー──新聞独占オヤジとICタグ

ノートパソコンをもって図書館に行く。部屋で作業すると誘惑が多くて怠けてしまう。図書館ではサボれない。ということで図書館に通っていた。しかしそれでも怠け心は起きる。しばらくすると「新聞でも読むか」となる。私の作業しているのは勉強するひとが集う四階。新聞雑誌の閲覧コーナーは二階。しかし午前11時なのに閲覧コーナーに新聞がない。周囲を見ても読んでいるひとはいない。不思議に思っていた。

ある日、犯人を発見する。そのオヤジは開館と同時にダッシュすると、新聞を何紙も抱えこみ、四階に駆けあがり、隅っこに陣取り、そこでたっぷりと時間を掛けて全紙を読むのだった。自分だけよければいいという公共心のカケラもないクソオヤジである。
ということを書いたのがちょうど一年前だった。同じく、新刊の雑誌をテーブルに何冊も積みあげて独占している醜悪なオバチャンのことも書いた。新聞も雑誌もひとつしか読めない。なのに自分の読みたいモノすべてを掻き集め他人には読めないようにしてしまう。正に「我慾」だ。
 図書館の新聞独占オヤジ

===========

一年後の先日、それが解決されていることを知った。図書館側が新聞にまで盗難防止のICタグを附け、さらには新刊の雑誌や当日の新聞に「最新号です。おひとり一冊(一紙)でお願いします」と注意書を附箋して対応したのだ。アンケートで多くのひとが傍迷惑な存在を指摘したのだろう。さすがにここまでやられると図々しい連中も一応は自粛するのか、「新聞を読んでいるひとがいないのに新聞がない」とか、「テーブルにこれみよがしに雑誌を10冊も積みあげて読んでいる」ような光景は見られなくなった。今回そのことを上記ファイルに「その後」として附記した。

解決はしたが、なんともなさけない。それぞれの反省の上に成りたっての解決ではない。単に防御されたからだ。マナーがよくなったのではなく、したくても出来ないようになっただけだ。
  1. 2011/05/29(日) 19:51:20|
  2. 世相
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ユッケ食中毒社長と蓮舫の顔相似

これおもしろいね。
ツイッターで教えてもらった。

逆ギレ社長と蓮舫の顔相似
http://twitpic.com/4vojuw

「二番目じゃダメなんですか!」と的はずれな意見で大見得を切った蓮舫。
死者を出しておきながら「その件に関しては失礼しました!」と逆ギレした焼肉屋社長。後日、土下座。
ほんとによく似ている。骨骼から唇のあたりもそっくりだ。
共に異様な上昇志向と癇癪持ちの性格。それらはすべて顔に出るということか。



私は若い頃から「このひととうまくやれるかどうか」は一瞬でわかった。顔だ。
でもなぜか「そういうひととこそうまくやらねばならないのだ。それが自分を大きくするのだ」と考えてしまい、嫌いなひとと仲良くやることに精力を注ぎ込んできた。うまくやれるひととの仲を遠ざけてまで。
なんでそういう勘違いをしたのだろう。よくわからんけど、それが私の人生だった。その点に関しては激しく悔いている。

この齢になってやっと素直になれた。
いまは「だめだ」と一目見て直感したひととは口も利かないようにしている。お蔭でストレスなし。100%まちがいない。
顔は雄弁だ。
「四十を過ぎたら自分の顔に責任を持て」はリンカーンの名言。
心の賎しさは顔に出る。
  1. 2011/05/10(火) 13:50:20|
  2. 世相
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ことば──ドヤ顔とバタくさい

「きっこの日記」で有名な「きっこさん」のツイッターを読んでいたら、こんなつぶやきがあった。

「そもそも」や「ちなみに」で始まるツイートって、つぶやきの向こうに「ドヤ顔」が見える。》

これは「きっこさん」にリツイートで反論してくる連中の言いかたに「そもそも」や「ちなみに」が多いことに対する反論なのだろう。
それはともかく、私は「ドヤ顔」の意味が解らない。
知っている智識でまず思ったのは「ドヤ街」の「ドヤ」である。

ドヤ街(どやがい)とは、日雇い労働者が多く住む街のこと。東京の山谷や大阪のあいりん地区や横浜の寿町が特に有名である。Wikipediaより

この場合のドヤは「宿」の逆さ言葉で、「あまりにひどい環境で宿にすらなっていない」から来ているらしい。
しかしまあいくらうすらバカの私でも、「きっこさん」のつぶやきが、山谷やあいりん地区のドヤに関係ないことは判る。ネット検索してみた。

ここ1年ほどでよく耳にするようになった「ドヤ顔」という言葉。テレビのバラエティ番組に出ているタレントの表情や、インターネットの掲示板サイトなどで貼られた画像を目にするうち、「これがドヤ顔か…」と認識するようになったという人も多いのではないでしょうか。goo辞書「どや顔」の頁には、「得意顔。自らの功を誇り『どうだ』と自慢している顔」とあります。http://news.livedoor.com/article/detail/5121052/

知らないはずだ、ドヤ顔の「どや」は大阪弁の「どんなもんや」の「どや」だった。テレビ用語だったのである。

私は「きっこさん」とは政治思想的になにひとつ共通点はないがこの意見には同意する。
「そもそも」「ちなみに」は、アヤシイことばだ。それを多用するひともまたアヤシイと言える。
私も、自分の書いた文章をブログ等にアップする前に読み返し、削除する箇所によくこれがある。他山の石として気をつけよう。



ただそれとは関係なく、私は「ドヤ顔」というコトバを自分の語彙には入れたくない。今後も使わない。
むかしから新しいモノ大好きなのだが、こういうものには染まりたくないと思う。

テレビのくだらないバラエティ番組に腹を立ててもしょうがないし、そういうことはめったにないのだが、それでもたまに「最近の女子高生言葉の意味をおとなが当てようとするクイズ」のようなモノを目にすると腹が立つ。それは自分も関わっていたから、そういう問題を作って得意気な放送作家に対する怒りである。

人間社会は、未熟が成熟して中枢をにない、やがてその座を後進に譲り、老いて果てる、その繰り返しである。だれもが未熟・成熟・老衰の時期を経験する。その世界に独自コトバがあるのは当然だ。
おとなは毅然とした態度で未熟と接し、未熟なこどもが恐る恐る近づいて来るという関係が正常だ。おとながこどもに媚びてはならない。どんなおとなだって、かつては未熟なこどもだったのだ。それを通りぬけておとなになったのだから。おとなが「ちかごろの若者は」と嘆くのが正しい在り方なのである。

その原則が狂ってしまった。
仲間内のことばとして女子高生言葉があり、やがてそこから卒業してまともな言葉遣いになって行くのだ。その過渡期の未熟なことばに、おとなが媚びて近寄るとは、なんておろかなことだろう。

「世も末だ」と嘆く感覚は、ひとそれぞれだ。
私はこういう「おとなが若者に媚びる」というときに、一番それを感じる。それは「我が子を叱れない親」に通じる。

============================================

【追記】バタくさい

今ほとんど死語だが「バタ臭い」ということばがあった。「バターくさい」から来ていて「西洋風」という意味だ。日本人にしては彫りの深い顔だちのひとを「バタくさい顔だち」のように使ったりした。どうでもいいくだらない表現なので、すたれたのは当然だった。

これを「バタ屋」と関連づけて勘違いしているひとがけっこういた。バタ屋とはクズ拾いのことである。これまたいまそんな職業はないし説明がむずかしい。とにかくまあそんな底辺の汚れ職業があった。それと関連づけて「バタくさい」を「ゴミ臭い、腐臭がする」のような意味と勘違いしているひともけっこういたのである。



今回の「ドヤ顔」を私が「ドヤ街」から「ドヤ街に良くいるような下品な顔」のように解釈したら同じ筋のまちがいをおかしたことになる。
  1. 2011/04/03(日) 09:15:25|
  2. 世相
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大震災情報──世界が絶讃する日本



 これは韓国のメディア。原発作業員の勇気を絶讃し敬意を表している。これと下の『AERA』の写真とコピーを比べて欲しい。いかにアサヒシンブンというのが最低であることか。

http://koko-hen.jp/


 日本人であることが誇らしく、大震災に負けずにがんばろうと思える記事が集められています。
  1. 2011/03/23(水) 21:33:21|
  2. 世相
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大震災情報──JRと東電

どの路線の電車が止まるのか、なぜ朝方直前まで発表がないのか不可解だった。

いま見たNHKニュースによると、「JRは電車を走らせる電力はほとんど自分のところでもっている」「しかし信号機などの一部電源を東電から受けている」「東電の計画停電が流動的なので、どの信号が東電から電力供給されているかの確認に手間取った」

ということらしい。それに3時間かかり、やっと明け方の発表になったのだとか。電車もまた東電にふりまわされたのだ。

JRが信号機関係の電力も自分のところでもっていたら問題は起きていなかったことになる。すくなくとも運行か休止かはスッキリ発表できたろう。今後のためにもそうすべきだ。それがどれほどむずかしいのかは知らないけれど。

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父親が東電に勤めているという娘さんが、東電のすばらしさを訴え、「世界一の電力会社に御理解を!」とツイッターしていた。大好きな父の会社が謗りを受けることが悔しいらしい。でもどうにも賛同できない。

私の住む地域は明日6時から停電のようだ。防災のスピーカーから流れてきた。覚悟して準備しよう。
  1. 2011/03/14(月) 20:20:43|
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大震災──スーパー、コンビニ混雑──東電の無計画停電

朝、電車が止まっているので道路にクルマが溢れている。こんな渋滞初めて見た。まったく動かない。

ガソリンスタンドに50台ものクルマが並んでいる。まだ開店前だ。その数は次第に増えて行き昼前には数キロにも及んだ。タンクが空になった店から、まだある店へと移ってくる。ガソリンを入れて都心に向かうというより、万が一のために満タンにしておくのだろう。果たしてあれで足りたのか……。

昼前、スーパーに行くとかつて見たことのないひとで混雑していた。駐車場が満車なのはもちろんだが夥しい数の自転車が車道にまで並んでいる。この地域にこんなにひとがいたのかと驚く。どんな催し物ではこんな人出はない。

店内はレジに並ぶひとで身動きが出来ないほど。ひとつのレジに100人以上が並んでいる。食品はほとんど売りきれ状態。あきらめて外に出た。

通りかかったドラッグストアも同じ状態。トイレットペーパーを抱えた主婦で大混雑。

離れた<ローソンストア100>まで行って買い物をする。ここも未体験の混雑で、レジには、ざっと数えて50人ほどが並んでいた。最後尾は店の外だ。みなとにかく食品を買い溜めしている。私もすこしだけ買わねばならない。こんなに並んで買い物をしたのは初体験だ。

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この地区の昼から3時間の停電は解除されたようだ。しかし東京電力のやりかたはあまりにお粗末。どこが停電になるのか朝までわからない。中止になったこともわからない。それを教えてくれたのはすべてラジオ。

いま茨城県と静岡県が停電になっているが、それも直前になっての発表だった。自然災害ではなく、自分達が配電のスイッチを切るのだから、どこを何時からかもっと明確に出来るだろう。東京電力という会社が独占状態に胡座を掻いたいかにひどい会社なのかを知る。フジテレビの木村太郎キャスターが怒りを露わにしていたが、東電のやりかたはもっともっと非難されるべきだ。

こんなときだからこそきちんとすべしだ。なんとも呆れた会社だ。こんな状態が四月まで続くのか……。

次の一撃は関東に来るとの情報が流れている。在東京の外国人大使館員等はみな西へ避難を始めたとか。この地で死ぬ覚悟は出来ている。
  1. 2011/03/14(月) 18:21:26|
  2. 世相
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大震災情報──鹿行大橋崩落



 茨城県の湖といえば琵琶湖に次いで日本全国二番目に大きい霞ヶ浦になる。その東に霞ヶ浦よりはだいぶマイナーだが北浦という湖がある。私の故郷だ。湖越しに対岸が見えて湖というより太めの川のような、やたら細長い湖である。航路の時代、江戸時代にはここから利根川、荒川とたどって船で醤油や味噌を出荷していたという。戦前まで蒸気船が通っていたと父から話を聞いた。バスである。



 私たち地元民は霞ヶ浦を西浦と呼ぶ。北浦の民から見たら西浦なのだ。「かすみがうら」って長ったらしい名は趣深いが実用的ではない。大きくは霞ケ浦の西浦と北浦か。テレビでも「霞ケ浦のろっこう大橋が崩落した」と報じているところもあった。(トピックに強いGoogle-IMEはすぐに変換するがATOKはろっこうを変換できない。)

 近年ちかくの町村は合併して「かすみがうら市」になってしまった。かっこわるい。でも私の故郷北浦町(いまは行方市)も、もともとはみっつの村が合併してそう名乗ったのだった。「かすみがうら市」の先輩なのである。南アルプス市よりはいいか。

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 北浦には橋がなかった。いちばん川幅の細い女性のウエストのような部分に渡し船があった。対岸は大洋村。いまは鉾田市になっている。競馬の「ビッグレッドファーム鉾田」という岡田繁幸さんの牧場が近年出来たが、あれは正確には鉾田ではなくむかしの大洋村である。

 渡し船といってもちいさなもので、ひとがメイン。なんとか自転車まで。長年、北浦村と大洋村のひとびとにとって「橋」は夢だった。

 昭和43年、それがやっと出来た。ついに夢が実現した。そのとき私の伯父が村長だった。得意満面の開通式、渡り初めは今でも憶えている。「鹿行大橋」の鹿行(ろっこう)とは鹿島郡と行方(なめかた)郡から来ている。橋が出来て渡し舟は廃された。あれに乗ったことがあるのは私ぐらいが最年少だろう。「ろっこう」はこどものころから馴染んできたことばだがATOKが変換できないほどマイナーなのだと知る。

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 その「夢の橋」が無残に折れている。ヘリコプターからの映像を見た。
 当時は夢の大橋であったのだが、時が過ぎればチャチなものとなる。大型車は通れないし、やがて下流に本当に立派なのができてみなそちらを利用するようになった。近年は夏場に埼玉や栃木からの海水浴客が抜け道として使って混み合う程度の橋になっていた。夏場のごく一部だけ交通誘導員が立った。擦れちがえないから。
 でも当時はほんとうに夢の橋であり十分に立派なものだった。モータリーゼーションの発達が予想以上だったのである。

 私にとっては、今はもう無縁となった故郷とはいえ、6年前までは毎日のように老父母を載せて医者に通った思い出深い橋だ。何千回渡ったことか。
 途中から折れて消えている橋を、複雑な思いで見た。

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【附記】私の知っている頻繁に利用していたのは写真に二本ある内の黒っぽい上の方。これが昭和43年に出来た。私が茨城にいた2004年ころから下のより幅のある白っぽい物に架け替え工事をしていた。でも写真を見ると新橋は完成していないようだ。私が故郷を離れて6年になるのに、予算不足でまだ完成していないのであろうか。そのころと完成度合いが同じだ。ほとんど休止状態だったのだろう。

 Wikipediaで調べると、新橋はまだ工事中だったとある。新橋が切れているのは崩落ではなく単なる未完成だ。いくらなんでもこの程度の橋の工事にそんなに時間がかかるはずもない。不況に依る延期なのだろう。


【附記・2】ニュースを見ていたら「北浦に架かる5本の橋梁のうち最北の橋」とあった。今は全部で5本もあるのか。最初がこれである。今は川幅(湖幅幅?)のひろいところに二車線の立派なものがあるが、むかしは一番狭い箇所のここにやっとだった。

【附記・3】同じくネットに「この橋は2008年に完成予定でしたが 行方市側の土地の買収問題で工事が中断されてました。早く新鹿行大橋を造ら なければならないのに昨年と工事があまり進んでいないように思えます」とあった。そういえば亡父に行方市側(北浦町)の橋梁が造られるところにあるKさんが移転を拒んで揉めていると聞いた憶えがある。よって上記「予算不足」「不況に拠る延期」は誤りになります。
  1. 2011/03/13(日) 14:53:36|
  2. 世相
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大震災情報──日本人の誇り

中国、日本人の冷静さを絶賛

「マナー世界一」の声も


 地震多発国で東日本大震災への関心が高い中国では12日、非常事態にもかかわらず日本人は「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いでいる。
 短文投稿サイト「ツイッター」の中国版「微博」では、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真が11日夜、投稿された。
「(こうしたマナーの良さは)教育の結果。(日中の順位が逆転した)国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない」との説明が付いた。
 この「つぶやき」は7万回以上も転載。「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があふれた。大震災を1面で報じた12日付の中国紙、環球時報も「日本人の冷静さに世界が感心」との見出しで報じた。 http://sankei.jp.msn.com/world/news/110312/chn11031219080002-n1.htm

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 天災人災に関わらず災害が起きるとどこでもいわゆる「火事場泥棒」が始まる。日本は世界一それがすくない。誇らしい。
  1. 2011/03/13(日) 11:04:38|
  2. 世相
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大震災の瞬間

地震が来たとき、午後2時48分、知人の車の中にいた。東京都下。
道路が波うつような感じになり路肩に寄せる。
電線が縄飛びの縄のように波うっていた。
家々からひとが出て来て、不安そうに話しあっている。
クルマの中からそれを見て、思っている以上にたいへんなことを知る。
ラジオが東北でM7.9と伝える。その数字に驚く。
存在価値をなくしつつあるラジオが最も役立つ瞬間だ。

帰宅する。
地震そのものの体感ではもっと強いものも経験していた。
しかし今回怖いと思ったのは余震だ。
次々と絶え間なくやってくる。連発だ。
東北沖に次いで茨城沖がやってきた。
室内にいて、なにかあったらすぐに飛びだせるようにと覚悟した。初めての経験になる。
災害用の非常食料等を準備していないことを悔いた。
これからはしっかりしておこう。
被災地のATMが止まったように、手元に現金を置くことも必要なようだ。

まだ存命中の被災者がひとりでも多く救助されることを祈る。
  1. 2011/03/12(土) 08:07:09|
  2. 世相
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朝の憂鬱

 午前3時に起きてパソコンに向かうという早朝型の生活をしていると6時ごろ一息吐いてテレビを点けるという愚かなことをついついしてしまう。テレビと縁を切ろうと思いつついまだにこんなことをしている。まあ7月で出来なくなるが。

 そのニュースが幼児殺人事件だったりするので急いで消す。朝から憂鬱になりたくない。

 ダルビッシュ・ユウ選手と女アナが言っていたが、あのひとはイラン人の父親がイスラム教徒でダルビッシュ・アリだよね。モハメッド・アリなんかと同じく。通名は「ゆう」だけど戸籍ではどうなんだろう。

 というようなどうでもいいことはそれこそツイッターでやるべきなのだろう。私はやってないけど。くだらんことをつぶやかずにいられなくなったら黄信号だ。ぶつぶつと独り言を言っているジーサンと同じ。この場合の黄信号はもうすぐ赤になるから気をつけなくちゃの意味。ラテン系ではどんどん行けの意(笑)。ああ大阪でもそうか。大阪はラテン的でありアメリカ的であり朝鮮的でもある不思議な地域だ。ますますツイッター的無意味なつぶやきになってきた。自己嫌悪になるからあとでこれは消そう。
  1. 2011/03/09(水) 06:49:45|
  2. 世相
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2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっているライブドアブログから引っ越してきました。FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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