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WiMAX機器交換の話──インターネット接続不可の日はないかも知れない──「日韓〝円満〟断交はいかが?──大高未貴」

 いま28日の朝の5時。いつものよう3時に起きて、今日からはもう休日なのでベッドの中で読書をしていた。
「日韓〝円満〟断交はいかが?──大高未貴」。私はあまり嫌韓関係の本は読まない。嫌いなものをいかに嫌いかと確認しても憂鬱になるだけだ。なら愉しい気分になれるものを読んだほうがいい。ベストセラーとなった室谷克実さんの「呆韓論」もすこし立ち読みしただけで十分だった。
 初期のものは読んだ。「マンガ嫌韓流」が出たのは何年だったか。友人のmomoさんがプレゼントしてくれた。2005年か。あれからもう9年も経つんだな。月日の経つのは早い。雷様はいつお立ちになるので? うむ夕立じゃ。

ootaka-korea

 叮嚀な取材をして書かれた大高さんの作品だが、この国のことは知れば知るほど憂鬱になるのでどうでもいい。ほんと、国交断絶が望ましい。自称元従軍慰安婦が専用の養護施設で「強制連行された11歳12歳の朝鮮人少女を、日本軍人が殺し、犬に喰わせた」と喚き散らすあたりで本を閉じる。溜め息しか出ない。犬を喰ったり人間を犬に喰わせたりするのはあんたたちの風習でしょうよ。なんで日本人が朝鮮人少女を犬に喰わせるの。なぜそんなことをする必要があるの。このへんの妄想クソババアはもう気違いとしか思えない。ところがそこに日本人が団体で訪れて反省と謝罪の寄せ書きをしているのだ。写真がある。JRの組合、日教組の名が見える。朝鮮人キチガイババアよりもっとたちのわるい日本のサヨク。うんざり。

 大高さんにはもうしわけないが読了する気力がわかない。やはり私は韓国関係の本は読まないほうがいいようだ。
 ベッドの中でぼんやりとこれからしばらく続く「インターネットのない日々」を考える。年末に一週間もインターネットができないのか。不便だな。でも年末から正月ということは、休みの会社が多いから、いちばん迷惑を掛けない時期を選んだということか。しかしそれにしても……と考えて、起きだした。疑問がある。



 年末にひとつactivationせねばならないDTMソフトがある。29日からのインターネットが出来ない時間に掛かってしまったら困るなと懸念する。
 今時のソフトというのはみな「ネットでactivation」がふつうになっている。ネット環境のないところでは使えない。知っているつもりだったが、つい失念して失敗したことがある。日本で使っているDTMソフトを雲南の山奥にもちこんだ。DVDからインストールまでは順調にいった。しかし使用しようとすると「インターネットでactivationしてくれ」と出て使えない。ネット環境はない。けっきょく使えなかった。違法コピーに対抗する企業の防衛策であり、それは当然と思うものの、金を出して買った自分のモノが、ネット環境がないという理由で使えないことには不満が残った。この雲南の自作機には日本版Windows8を挿れているが、これも起動するたびにactivationしろと言ってくる。わずらわしい。それでもなんとか使える。DTMソフトは使えなかった。

 まずまちがいなく今度のソフトもネットactivationが必須であり、それが出来ないと使えないはずだ。購入前にそんな文言を見た記憶もある。そうなったら年末正月休暇の楽しみが大幅に減る。
 寝てはいられない。起きだして検索してみる。そしてこんなことを知る。



「12月27日までに連絡完了した利用者には年内に新機器を順次発送。27日以降のひとは年明け1月4日から発送」とある。
 私はぎりぎりだが27日午後に連絡がついた。すると27日は無理としても28日に機器発送、29日到着になるのではないか。もしも29日の0時から通信が出来なくなるとしても、29日午後に機器が到着してセッティングしたなら、「インターネットの出来ない時間」は実質的に0でクリア出来るのではないか。そう思えてきた。29日発送の30日到着とか、そんな形でも年内にクリア出来るのではないか。そうなったら出来ない時間はほんのすこしだ。

WIMAX2-2


 もしも日本中のWiMAX利用者が全員年末年始に一週間もインターネットが出来ない状況に陥ったら、それは社会的にも大問題となろう。なのにぜんぜんそんな話題はなく、上のことを調べるだけでも情報がすくなく苦労したほどだ。そうだな、きっと29日の停止前に新機器が届き、実質的な断線(無線だからこの言いかたはおかしいか)はないんだ。そう希望的に思うことにしよう。
 無料で交換してくれるあたらしい機器は上の写真。新製品大好きなので楽しみだ。
 DTMソフトのactivationさえクリアできれば一週間とまってもいい。それだけは頼む。activationが済むまで繋がっていてくれ。さてどうなるか。
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  1. 2014/12/28(日) 06:46:32|
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WiMAXの都合で12月29日から1月4日までインターネットが停まる話のご連絡

 WiMAXの会社から電話が来た。いま話し終ったところ。これまでもなんどか来ていた。慌ただしい時間で出られず留守番電話になることが多かった。後に再生して「WiMAXの速度変更に関して連絡をした。また掛ける」という内容であることは確認していた。受話して、「速度変更についてお話したい」と言われ、「いま忙しいのであとにして欲しい」と断ったこともある。


wimax2

 今回初めて「あ、何度もすみませんね。どうぞ」と言って会話した。その内容におどろいた。Wifiの速度変更があり(110MB/Sにアップとか)、機器の変更(ルーターの交換)等があるまでは納得出来たが、なんとそのために「12月29日からしばらく通信不能になる」というのである。だいぶ前から毎週一度程度だが何度も掛かってきていた。留守番電話では「速度変更のお知らせをしたかったが、お忙しいようなのでまた掛ける」と機器変更には触れていなかった。その程度のことでなぜにこんなにも熱心に、と不審ではあった。今の時代「インターネットが一週間出来なくなる」は重要な問題である。いかに叮嚀に説明しようとも激昂するひともいたことだろう。それがあってか、オペレーターの女はなんだかおっかなびっくりで話しているように感じた。私は苛立ちはしなかったけれど、それはそれで事件だから、思わず「最初に掛かってきたとき受話していればこんなことにならなかったのか!? 留守電にしたことがこんな事態を招いたのか!?」とは問い質した。すると、なにがどうあろうと、なんぴとたろうとも、「12月29日から一週間程度は断線となる」と知る。WiMAX利用者は全員そうなるらしい。なら諦めるしかない。ここに書いたけれど、私はNTTの光フレッツとWifiを両方使っていた。それは無駄と知り今年の10月に光フレッツをやめ、Wifiだけにした。毎月光フレッツ料金3500円をむだにしていた。丸一年分だからもったいない。ふたつあった時期ならこんなことになっても平気だったのだが、やめたらこの事態。なんとも間が悪い。



REALFORCE
 実は、 ここのところブログ更新が滞っていた理由のひとつに、「気に入ったキイボードがない」ことがあった。キイボードは今までに何十台も買った。壊れたもの、壊れなくても気に入らないものは捨てまくってきたが、それでもまだ10台以上ある。気分によって使い分ける。ま、PC関係小物オタクであろう。その辺の事情はそのネタの時に書くとして、一番気に入っていたものを他所に置いてきたので、残りのものもそこそこなのだが、どうにも書くのが滞っていた。今日の午後、それを解決するために註文した東プレREALFORCEが届いた。ここ数ヵ月、打ちやすいキイボードに餓えていたので、ひきちぎるようにして開封し、すぐに繋いで打ち始めた。期待通りの逸品だった。明日から私も年末正月休暇である。いままでブログ更新が停滞していた分、東プレREALFORCEで書きまくるぞ! と思った瞬間のインターネット一週間停止のお知らせだった。
 
 ということで、明日の28日、インターネット停止前に有馬記念ネタでもひとつ書くつもりだが、29日から最短でも1月4日、最悪10日ぐらいまで、このブログは停止する。メールの送受信も出来ない。 緊急のかたは、電話連絡にしてください。私としてもこんなことは初体験なので戸惑っている。私は電話嫌いなのでほとんどがいまメール連絡である。みんなそれを知っているので電話をしてこない。だから、たとえば、12月30日に1月5日に飲みましょうと連絡をもらっても、私はそれを読めないし返事も出来ない。ぜひともここを読んでそれをご理解ください。



 2014年暮れから2015年始めにかけての10日間の休みを、私は「DTM製作に撤するつもり」でいた。 これが最優先。次ぎに読書。読まねばならない本の予定も立て、あらかじめ購入した本、図書館から借りた本を積みあげ、気合十分だった。そして大掃除。ここのところの繁忙で部屋が乱雑になっていた。時間を見つけては掃除をし、台所と居室の大掃除も済ませ、あとはPC部屋を整理して、28日からの大型休暇に突入する予定だった。インターネットにはあまりちかよらないが、でも音楽創りの過程や読書感想などをそれなりにアップして、という心積もりだった。「出来るのに、あまりちかよらない」と「したくても、通信出来ない」の差は大きい。



 東プレREALFORCEが届いたら書きまくるぞ! と意気込んでいたのに、それで書いた最初の文章がこれというのはちょっと皮肉だ。しかしまあすごいぞREALFORCE、これを使ったら他のキイボードは使えなくなる。インターネットは出来ないが、29日からの正月休み、文章は書きまくるだろう。 

 やりたくてもやれないインターネット一週間断ち(もっとかな?)の感想は、年明けに。それではみなさん、よいお年を。 
  1. 2014/12/27(土) 18:58:31|
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msn産經ニュースが終了──MSが次ぎに組むのはどこ? アサヒ? 聖教新聞?

msn産経ニュースが終了 ご愛顧ありがとうございました 2014.10.1 02:10

 日本マイクロソフト株式会社と2007年10月から共同で運営してきた「msn産経ニュース」のサービスが9月30日、終了しました。7年間にわたってご愛顧いただき、誠にありがとうございました。

 10月1日からは、産経新聞グループの新たな旗艦ニュースサイトとなる「産経ニュース」がスタート。新聞記事の正確性、ウェブニュースの速報性に加え、世の中で今起きている事柄を網羅した三位一体の「ウェブ・パーフェクト」報道スタイルを堅持。ネット用のオリジナル記事「産経プレミアム」を大幅に拡充するほか、トップページを大阪の視点で編集するユニークな「産経WEST」、モバイル端末に適したフォトジャーナリズムを提案する「産経フォト」など、独自コンテンツの豊富なニュースサイトとなります。スマートフォン用のアプリも大幅にリニューアルし、操作性と視覚性を高めます。
http://sankei.jp.msn.com/etc/news/141001/inf14100102100001-n1.htm

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 丸7年か。時の過ぎるのは早い。もともとMSは毎日新聞と組んでいた。「毎日」嫌いの私は読まなかった。Ms-Dosのころからの窓使いではあるが、とにかくMSが嫌いでIEすら使わないぐらいだから、嫌いな「毎日」と嫌いなMSのコンビを蛇蝎の如く嫌った。いいコンビだと嗤った。

 それが突如2007年に産經と提携となった。「えっえっえっ、なぜ???」と奇妙に思ったことをいまも覚えている。私からすると共に嫌いな「毎日」とMSだが、両者はよく似合っていた。お似合いのカップルだった。田原総一郎とドイタカコの夫婦、あるいは佐高信とツジモトキヨミの熱々恋人みたいなものだ。まことに醜い。それがなにゆえ同棲を解消して産經と組むのか、私には理解不可能な光景だった。しかしそれはさんざんこちらを苦しめてきた敵の龍王が、捕獲したらこちらの持駒飛車になってくれるような、痛快な出来事でもあった。以来毎日「msn産經ニュース」を読んできた。zakzakと並ぶ私の愛読ネット新聞だ。2007年というと今の地に越してきた年、光フレッツを始めた年だ。あれからもう7年経つのか。
 当時、MSが「毎日」と切れることを知ったのが下のニュースだった。



マイクロソフト、MSNニュースポータルを毎日新聞から産経新聞へ  2007/06/27 22:04
   
 マイクロソフトオンラインサービス事業部は6月27日、毎日新聞社と共同で運営している「MSN毎日インタラクティブ」の提供を9月30日に終了することで合意したと発表した。

 これにより毎日新聞社は、10月1日から新たな総合情報サイトとして「mainichi.jp」を開設する。新サイトは、ニュースサイトからさらに進化した「総合情報サイト」としてスタートし、ニュース報道のほかエンターテインメント情報や暮らしに役立つ生活情報、地域情報を充実させる。

 また、ユーザー参加型コンテンツも充実させ、情報の信頼性に加えて“楽しい”“役に立つ”サイトを目指すとしている。さらに新サイトの開設に合わせ、英字新聞サイト「MAINICHI Daily News」も全面リニューアルを行う。

 一方、マイクロソフトは産経新聞グループの産経デジタルと業務提携を締結し、新たなニュースサービスの提供を開始する。両社は産経デジタルが運営する産経新聞のウェブサイト「Sankei Web」を発展成長させ、双方の技術力やコンテンツ、ノウハウを融合した新しい「MSN産経ニュース」を開設することで、さらに多くのユーザーを満足させるサービスを実現するとしている。



 毎日、産經と相方を替えてきたMSは次はどこと組むのか。話題のアサヒシンブンか、赤旗、聖教新聞、恋人候補はいっぱいいる(笑)。

 私はとにかくMSが嫌いだったので、いまも嫌いだが、この「MSが毎日との縁を切って産經と組んだ」というのは、唯一MSに好意的になれた事件として記憶している。それは、大嫌いな騎手が大穴馬券を取らせてくれたので嫌い度合が減ったのに似ている。これからどこと組むのか知らないが、産經と組むことによって嫌い度合を減らした私のようなのもいる。溜め息の出るようなことにならないよう祈る。でもMSだからな、期待はしない。ともあれ7年間、ありがとう。この「msn産經ニュース」のおかげで、MSアレルギーがしばらく治まっていた。そのことにはすなおに感謝する。 


  1. 2014/10/02(木) 08:27:58|
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Wikipediaのわかりにくい文の例──二所ノ関部屋の歴史から──アラビア数字と漢数字

 Wikipediaの文章がわかりにくいと何度か書いている。見かけるたびに、それを引いてブログテーマにしようと思うのだが、いつもそのままになってしまう。今回気になることがあった。忘れないうちに書いておこう。大相撲の二所ノ関部屋の項目だ。


1909年(明治40年)1月に二枚鑑札で5代二所ノ関を襲名した関脇・海山は、1911年(明治41年)1月場所限りで引退して友綱部屋に預けてあった内弟子を連れて二所ノ関部屋を創設した。なかなか弟子に恵まれなかったものの、苦労して玉錦を大関に育て上げた。しかし玉錦が1932年(昭和7年)10月に横綱に昇進する直前の1931年(昭和6年)6月に胃癌で死去し、弟子は粂川部屋に預けられた。

1935年(昭和10年)1月に横綱・玉錦の二枚鑑札が許可され、6代二所ノ関を襲名して部屋の師匠に就任した。
当時の二所ノ関部屋は稽古場さえ持たないほどの弱小な部屋だったが、猛稽古により一代で部屋を大きくし、先代弟子から関脇・玉ノ海や幕内・海光山などといった関取を育てた。しかし、勧進元も務めてこれからという1938年(昭和13年)12月に虫垂炎を悪化させ、腹膜炎を併発して34歳の若さで死去した。



 いきなり餘談だが、私のような世代の相撲好きにとって二所ノ関部屋は超名門である。日本プロレスの開祖・力道山のいた部屋であり、大横綱大鵬、大関大麒麟を輩出している。先代が亡くなり、後継問題で揉めるという事件もあった。結果的に先代の(調停役として短期の暫定親方をおいたので正確には先々代になる)の娘婿になるという寝業を使った〝ホラ吹き金剛〟が継ぐことになる。金剛もまた平幕優勝したりして話題の力士だった。この〝ホラ吹き〟は、大言壮語することで有名だった〝ホラ吹きクレイ〟から来ている。モハメッド・アリの前名だ。自分よりも格下の弟弟子金剛の親方襲名に不満を持った大麒麟は独立を申し出るが許されない。大麒麟は弟弟子を連れて寺に立て篭もる。このときほとんどの力士が金剛ではなく大麒麟にしたがった。私は裏事情を知らない一相撲ファンだったが、「大麒麟が正しいのだろうなあ」と思ったのを覚えている。大言壮語する金剛とは対象的に大麒麟は力士には珍しい読書好きでインテリ力士と言われていた。ま、正直、のっそりしていて好きな力士ではなかった。なんというか、四股の足があがらないのがかっこわるかった。大鵬は自分のことを天才と呼ばれるのを嫌い、よく口にしたのが「大麒麟のほうが自分よりも天才だ」だった。
 解決まで揉めに揉めたが、大麒麟の独立を許すという形で決着する。押尾川部屋の誕生である。しかし有力な力士を連れて行くことは認められなかった。大麒麟を尊敬している天龍は立てこもり事件でも行動をともにしていたが、米櫃の幕内力士だから二所ノ関部屋に残らされる。それを不満として天龍は引退する。まだ27歳。大麒麟へのを義を通した行動だった。その後プロレス入りを発表する。あの騒動がなければ天龍のプロレス入りはなかった。そういう経緯もあってデビューのころの天龍はいつも沈鬱な顔をしていて、ちっともプロレスが愉しそうではなかった。アメリカ修業からの帰国後も伸び悩んでいた。ふっきれるのはロビンソンとタッグを組んだあたりからか。でも天龍は自分でも認めていたが大関になれたかどうか。たぶんなれなかったろう。プロレスでは横綱になった。果たしてどっちがよかったのか。あれこれと思い出の尽きない名門である。
 一方で友綱部屋は、魁輝が大関魁皇を育てあげ、四股名の「魁シリーズ」が注目を浴びるまでは地味な部屋だった。長年閉鎖されてもいた。しかし歴史的には「二所ノ関部屋は、友綱部屋から分離独立した」のである。あちらのほうが超名門二所ノ関部屋の本家なのだ。Wikiを読む愉しさはこんなところにある。
 名門二所ノ関部屋は、金剛親方時代に活躍する力士が出ず、後継者もなく昨年閉鎖された。金剛も今年故人となった。政略結婚だったから親方の娘とは離婚している。歴史的には「人望のある大麒麟が継ぐのが正解だった」となるだろう。だが押尾川部屋も益荒男の独立問題でおかしくなった。歴史は繰り返すのか。
「二所ノ関部屋が不振により閉鎖」というのは「超名門」と認識して育った私の世代には信じがたい事件だった。活躍力士が出なければこんなこともあるのだ。二所ノ関部屋の力士が移籍した(吸収された)のは松ヶ根部屋だった。大関若嶋津が創立したあたらしい部屋だ。あの二所ノ関部屋が松ヶ根部屋に吸収合併されるというのは、わたし的にはメダカがクジラを呑みこむような感じである。相撲部屋の栄枯盛衰を見ていると、なんとももののあわれを感じる。


 閑話休題、書帰正伝。二所ノ関部屋の由来に関する上の文。
《しかし玉錦が1932年(昭和7年)10月に横綱に昇進する直前の1931年(昭和6年)6月に胃癌で死去し》と読んでいて、私は「大関の玉錦が、横綱昇進前に胃癌で死んだ」と思った。この文章の主語は「玉錦」なのだから。しかしそのあと《弟子は粂川部屋に預けられた》と続くのが奇妙。大関が死んで弟子が預けられるという流れがわからない。「弟子」とは誰の弟子なのだ。昔も今も力のある力士は現役中に弟子を取る。内弟子だ。独立したときにはそれを率いる。魁皇は浅香山として独立するときすでにふたりの弟子を持っていたし、横綱白鵬ももう内弟子を持っている。とすると「大関玉錦がガンで死んだので、その内弟子は粂川部屋に預けられた」という意味だろうか。

 このあと《1935年(昭和10年)1月に横綱・玉錦の二枚鑑札が許可され、6代二所ノ関を襲名して部屋の師匠に就任した》と続く。玉錦は死んでいなかったのだ。生きていて横綱になったのだ。となると死んだのは誰だとなり、その前からの文の主役である《5代二所ノ関を襲名した関脇・海山》であるとやっとわかった。というのはウソ。私は玉錦が横綱になった、というか、横綱玉錦が二所ノ関部屋の基礎を築いたことを知っていた。だから「やっとわかった」は大袈裟だが、でも一瞬「え?」となったのは事実。知っている私でもそうなったのだから誤解したひともいるだろう。中学生の國語の問題として「この文の主語は誰か!?」と出題するなら、誰でもすこし考えて「海山」と正解を出せるだろうが、言いたいのは辞書辞典で「え?」と思わせてはまずいのではないかということだ。

《しかし玉錦が1932年(昭和7年)10月に横綱に昇進する直前の1931年(昭和6年)6月に胃癌で死去し、弟子は粂川部屋に預けられた。》の問題点は主語がないことである。ここに「しかし海山は、玉錦が横綱に昇進する前に死去し」と本来の主語の「海山」を挿れるだけでまったくちがってくる。それがないとこの文章の主語は「玉錦」になってしまう。それでは意味が通じない。英文で訳したとして比べるとわかりやすい。
 
「しかし玉錦が1932年10月に横綱に昇進する直前の1931年6月に胃癌で死去し」と、
「しかし海山は、玉錦が1932年10月に横綱に昇進する直前の1931年6月に胃癌で死去し」は、英語なら主語の異なるまったく別の意味の文になる。日本語は英語とちがい、主語を略しても成立する性質を持っている。ここでも前段を受け「海山」という主語を省いているのが日本語の味わいだ、と言うひともいるかもしれない。そうだろうか。

そのあとの玉錦の人生を語る、《1935年(昭和10年)1月に横綱・玉錦の二枚鑑札が許可され、6代二所ノ関を襲名して部屋の師匠に就任した》も主語のない文である。日本人ならそれは「玉錦」のこととわかるが、これを自国のことばに訳して紹介しようとする異国人Wikipediaライターは戸惑うだろう。主語がないのだから。
 これも《1935年(昭和10年)1月に横綱・玉錦の二枚鑑札が許可され、玉錦は6代二所ノ関を襲名して部屋の師匠に就任した》と挿れればいいだけのことだ。しかしこれは「玉錦」がかぶるみっともない文だ。それをしないことが「日本的省略の美」であり、日本語の文章独自の美しさなのであろうか。いやそれ以前に、「6代二所ノ関を襲名して部屋の師匠に就任した」と書く日本語感覚はなんなのだろう。いくつぐらいの、どんなひとが書いているのか興味深い。部屋の師匠に就任したはかなり滑稽だ。

 下に書くが、Wikipediaの文は各国語に翻訳され世界に流れるものである。よって漢数字で表すべき部分もみなアラビア数字になっている。それは許容せねばならない。そういう世界なのだ。Wikiの使命とは事典として「情報を正確に伝えること」であり、それが各国独自の表現よりも上に立つ。各国が自国の文章表現の美に酔ったなら、世界共通百科事典として翻訳の際に混乱を招くことになる。Wikiの文が川端康成や村上春樹である必要はない。

 こういうタイプの文が多い理由を、Wikipediaのライターが日本的表現の美にこだわったゆえに、とは思わない。これは、Wikiの文章の問題として指摘した「いちどに全部を言おうとし過ぎる」ことが原因であろう。二所ノ関部屋設立の由来を、なにもそんなに一気に「これこれこういう出自の力士が西暦何年(年号何年)にこういう経緯で創立し、西暦何年(年号何年)まではこれこれこういう理由で苦労したが、西暦何年(年号何年)に、これこれこういう理由で流星するが、でも西暦何年(年号何年)にこれこれこういう問題が起きて、これこれこういう理由で死んだ」と、創立者の人生を経歴や設立年度、死まで一息に言う必要はないのである。「設立に到る過程」と「弟子を育てるまでの苦労」、「その後の死ぬまで」を分けて書けば問題は起きない。そのほうがよりわかりやすい。なのに一気に書こうとするから足がもつれる。

 これはそのあとの「玉錦の項」にも共通している。冒頭の文は、連続しており、上段が「海山の一生」、続いて「玉錦の一生」だ。ふたりの人生を一息で語ろうとする。海山の最後は《しかし玉錦が1932年(昭和7年)10月に横綱に昇進する直前の1931年(昭和6年)6月に胃癌で死去し、弟子は粂川部屋に預けられた。
》、玉錦の最後は《しかし、勧進元も務めてこれからという1938年(昭和13年)12月に虫垂炎を悪化させ、腹膜炎を併発して34歳の若さで死去した》となっている。まったく同じ形式の文だ。ふたりの人生を「あれがあってこれがあって、しかしこうなって死んだ」と一気にまとめようとするので読み辛い。玉錦の結びの文も主語がないが海山の結びよりはわかりやすい。同じ主語のない文でも、海山の生涯が玉錦の生涯よりもわかりづらいのは、玉錦が「これからというときに死んだ」とまとめられているのに対し、海山は「死去し、弟子は粂川部屋に預けられた」と、一生に加え死んだ後のことまでも一息に書こうとしているからである。一般原稿だと字数制限があるから主語を省いたり限られた字数ですこしでも多く情報をいれようと焦ったりする場合はある。しかしこれはネットの文である。字数制限はない。締切もない。なのになぜこんなに言いたいことを一気に言おうとしてよれよれになっているのだろう。そしてまたその文で、なぜ主語を明確にせずわかりにくくするのだろう。不可解である。

 たいした問題じゃない。「ん?」と一瞬思うが、すぐに「ああ、そうか」と理解できる。しかしこの「ん?」が「誰でも書きこめるWikipedia」にはやたら多いのだ。辞書を引いての「ん?」はいらない。「ん?」を解決してくれるのが辞書だ。便利さに感謝しつつも、この辺の不備はかなり苛つく。


 英語崇拝者により昨今の日本語は壊されている。典型的な例に「単数・複数」への異様なこだわりがある。「鳥が飛んできた」では「一羽か複数かわからない」とばかりに「鳥たちが飛んできた」とやる。英語はBirdとBirdsと単複を分ける、なのに日本語はあやふやだという英語信奉である。かといって英語も、一羽と二羽以上の区別はあっても、二羽と三羽の区別はない。どうでもいいことである。しかしこだわるのがいる。「男女」も同じだ。男と女がやってくる。「彼ら」でいいのだが、それでは男だけだと勘違いされると「彼彼女等」と書いたりする。男女同権か。
 
 日本語を貶める英語崇拝者が大嫌いな私としては、上記のようなWikiの文に関してもむしろ「主語が曖昧でも成立するのが日本語の秀でた点だ」と肩を持ちたい。しかし持てない。これはやはりただのへたな文章であろう。

 Wikiには世話になっている。インターネット環境のない場所に行くとき、可能な限りの辞書をHDDに挿れて行くが、それでも調べられないことは多い。上のような大相撲のことなどはWikiがないとお手上げである。異国の果てで突如むくむくと湧きあがってきた疑問点。知りたい知りたい。あれはどうだったんだっけ!? しかし調べる術がない。背中の痒いところに手の届かないもどかしさ。「ああ、こんなときWikiを引けたら」と何度思ったことか。Wikiには感謝ばかりで批判など出来る立場にはないのだが、それにしても下手な、というか基本的な日本語を書く技術を有しないひとたちが、大勢出入りしているところではある。

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【補記】──アラビア数字、漢数字

 Wikipediaはインターネット世界に存在するグローバルなものである。外国や外国人に関する文などはみな「翻訳」だ。相撲のような日本独自の文も、興味を持った異国のひとたちによって翻訳されて行く。だから日本のなんとか新聞が数字表記をすべてアラビア数字に統一しているように、Wikiの数字がアラビア数字なのは当然なのだろう。もともとがそっちの世界なのだから。コンピュータは0と1で構成されるアラビア数字の世界だ。

 文句は言いたくない。でもなあ、親方の代なんかは漢数字で書いて欲しい、と思ってしまう。「五代目二所ノ関親方」だろう。「5代目二所ノ関親方」はどうも……。まあこの場合は「何代目かわかればいい」と割り切るべきなのだろう。Wikiはそういうものだ。そう統一しているのだろうし、そこまで望んじゃ罰が当たる。テレビでいま「ひとつ、ふたつ」を「1つ、2つ」と表する時代だ。腹立つことなく我慢せねばならない。

 Wikipediaはそういうものだとあきらめるとしても、個人の表記はそれとはちがう。知りあいに近年将棋に興味をもち、ブログにしったかぶりの浅薄な将棋智識を書き始めたのがいる。彼は棋士の段位を「大内9段」のように表記する。こういうヤツに将棋が語れるとは思えない。

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【追記】──英語版を読んでみた

 主語のない文をどう英訳するのであろうと気になって英語版Wikipediaの「二所ノ関部屋」を読んでみた。以下、全文である。これで全部。創立から代表力士、閉鎖、移籍まで、要点のみをまとめたじつにスッキリしたものである。わかりやすい。見事である。量は日本語文章の十分の一もない。よって原文の足のもつれなど無関係だ。そんなことを気にした自分がバカみたいだった。そこまでWikiは原文を重視していない。


Nishonoseki stable
From Wikipedia, the free encyclopedia

Nishonoseki stable (二所ノ関部屋 Nishonoseki-beya?) was a stable of sumo wrestlers, part of the Nishonoseki group of stables (ichimon) named after it. It first appeared in the late eighteenth century and was re-established in 1935 by the 32nd Yokozuna Tamanishiki while still active. The former ōzeki Saganohana produced the stable's greatest wrestler, yokozuna Taihō, who won a record 32 yūshō or tournament championships between 1961 and 1971. The stable's last head coach, former sekiwake Kongo, took charge in 1976, when he was adopted by the widow of the previous head. He has also been on the board of directors of the Japan Sumo Association. The heya's fortunes declined in later years. It had no sekitori wrestlers after the retirement of Daizen in 2003 and at the end had just three active wrestlers, all in sandanme or below (and one of whom, Kasachikara, was 41 years old). The naturalisation of a Chinese born rikishi, Ryūtei, opened up another spot in the heya for a foreigner, and a Mongolian rikishi was recruited in March 2010, but he retired in May 2011.

In February 2010 general affairs manager Yoshiyuki Inoguchi, a former wrestler for the stable from 1975 to 1993 under the shikona of Nijodake, was found hanged in an apparent suicide.[1]

The stable closed after the January 2013 tournament, due to the ill health of the stablemaster and the lack of a suitable successor to him.[2] All three of its wrestlers retired, with the rest of the personnel (except Fujigane Oyakata) moving to Matsugane stable.
  1. 2014/09/28(日) 10:38:18|
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パソコン話──インターネットアクセスなし──スコットランド独立投票と逸ノ城②

 私はいまNTTのフレッツ光と、WifiのWiMAXを使っている。フレッツは2007年から。WiMAXはASUS MeMO Padを買って使い始めたものだからちょうど一年になる。WiMAXと契約したとき「NTTをやめて、これ1本に出来ないか」と一瞬考えた。毎月の料金はNTTが3500円、WiMAXが4100円。やめるとしたらNTTのほうである。外出時のノートやタブレットで役立ってくれるWifiは必要だ。NTTをやめることが可能なら、3500×12、一年で42000円の節約になる。しかしその種の智識に疎い私は、どうにもWifiの無線というのを心細く感じる。全幅の信頼がおけない。やはり有線が確実のように感じる。デジタルを語るときに引きずるアナログ感覚である。ルーターもフレッツ用のBuffalo Air Stationが、いかにもStation然として頼り甲斐があるのに対し、URoad Aero Stationはかわいらしすぎて貫録がないWifi1本にしぼり、万が一大切なときに故障して通信出来なかったなんてことになったら困る。いちばん大切な趣味であり生活の要であり唯一の贅沢みたいなものだから、ここはどうかこの無駄づかいを御容赦願いたいと債権者方面に手を合わせ、二本立てで一年間やってきた。
Buffalo airBuffalo Air Station

 私が現在使用しているPCはデスクトップ機2台、ノート3台、タブレット1台の計6台だ。実質的に毎日触っているのは、自作デスクトップ機、モバイルThinkPad、ASUS MeMO Padの3台になる。インターネットに繋がらず困っているのはデスクトップ機の2台。あとはみな順調に動いている。それらはみな内蔵している無線子機でWifiを受信している。自動でやってくれるのだから楽だ。設定の最初のみパスワードを挿れねばならないが、2回目からは自動である。繋がらないデスクトップ機2台は有線LANタイプ。受信用の子機を内蔵していない。私のAsusのマザーボードはかなりあたらしいものなので附いていると思っていた。調べたら、ない。意外だった。デスクトップ機はまだまだ有線LANが基本ということか。この有線LANのデスクトップ機の調子がわるい。問題はNTT方面にある。「受信はしているがインターネットアクセスなしになる症状」の解決策を探すのに疲れた私は、なら以前からの懸案通り、「これをきっかけにぜんぶWifiにしてしまうか」と考えた。この時点ではこれは非常手段であり、NTTをやめる気はなかった。姑息な手段である。この場合の「姑息」は本来の意味、正しい使用法。「根本的解決にはならない一時凌ぎ」の意味あいだ。姑息に卑怯という意味はない。
 価格comの最安値段で980円の品を近所のケーズデンキで1580円で買うのにはすこし抵抗があったが、そうと思いついたら通販で届くのを待っていられない。最愛の自作デスクトップ機がインターネットに繋がらない不便にもう我慢がならなかった。思えばその症状が現れてから9日が過ぎていた。自転車を飛ばし無線子機を買いに行く。一時凌ぎのつもりだからデスクトップ機2台用に2コではなく、とりあえず実験気分で自作機につけてみようと1コにした。焦っている割には珍しく冷静。つまりは信用していない。追い詰められ、身動きできず、とりあえず姑息な一手段としてやってはみるが、どうせダメなんじゃないか、という気持ちがある。安いものとはいえ、そんな気分の品を一度にふたつは買えない。繋がらなかったらただのゴミだ。

 買ってきた。USB接続をする。設定を始める。自作機がWifiルーターを認識しない。「ルーターがありません」となってしまう。その辺の解決策をノートでネット検索する。「WiMAX ルーター 認識しない」で簡単に見つかった。ありがたい。感謝。ip重複を回避し、IPv4を固定する。10分後、無事繋がった。自作機がインターネットに繋がったことでこんなに感激している自分に惘れる。繋がらなかった9日間が遠い記憶のように思えた。
uroad-cradleURoad Aero Station

 私のようにWifi1本にしようと思いつつもなんとなく不安と二本立てでやっているひとに、Wifiだけでまったく問題はないとお伝えしたい。速さも充分だ。すぐにNTTをやめて1本にしたほうがいい。既にそうしているひとには「なに言ってんだ今ごろ」と嗤われるかもしれないが。
 WiMAXは10台まで繋げるらしい。このちいささでたいしたものだ。6台のPCとテレビのSmart Viyella、合計7台に無線で繋いでみたがトラブルは一切ない。極めて順調。上のURoadの写真はネットからもらったものだが、私のものと色も形もまったく同じ。AC電源接続に差しこむ透明な下部はPC用語で「クレイドル」と呼ぶらしい。Cladle。揺り椅子から転じてこういう受け皿の意にも使うのか。クレイドルという用語はテリー・ファンクのローリング・クレイドル・ホールドでしか使ったことがない。ひとつ賢くなった。調べると、この赤いWifi受信器とクレイドルのセットは、正規に買うと3万円以上する。私は二年契約をして無料で入手している。毎月の4100円に含まれているのだろう。ちいさくて薄くて(それが売りなのだが)ちょっと心配だったが、3万円もすると知ると急に心強く感じるのだから現金だ。置きっ放しだったのに急いでホコリを拭いて大事にしたりする。もう私のインターネットとの繋がりはこれだけだから頼りにせねばならない。壊れないでくれよ。

 こんなに順調なら去年やるべきだった。この1年のNTT料金42000円を損した気分だ。びびって決断できなかった自分の責任だからしょうがない。これから毎月3500円節約できるのかと思うとうれしい。怪我の功名となった。2007年から世話になったNTTは解約する。電電公社にさんざん威張られてイヤな思いをしてきたからNTTが大嫌いだ。無縁になってさっぱりした。そもそも携帯電話に興味津々なのにJphone設立まで買わなかったのもNTT以外の携帯電話会社が出来るのを待っていたからだった。JphoneはいつしかフランスのVodafoneになり、いまは朝鮮企業のSoftBankになった。それを使っているのがいまも忸怩たる思いなのだが……。あ、そうだ、今年の11月の「携帯電話会社切り替え無料月間」にauに替えるのだった。忘れないようにしないと。可能な限り朝鮮とは縁を切りたい。自作機に朝鮮部品はない。台湾だらけ。
 光ケーブルだってNTT以外の会社があったらそちらを契約したかった。しかし2007年当時、私の住まいでは選択肢はなかった。まさかこんな形でNTTと縁が切れるとは。すでに据えおき電話はずっと前に解約しているから、これでNTTとは縁が切れたことになる。深い部分は知らない。民間企業でも実はNTTを使わせてもらっているなんてとこも多かろう。それでも、すくなくとも毎月NTT宛に金を払う生活とは無縁になった。早速貸与機器を返せと封筒が送られてきた。使わない光フレッツのモデムをもっていてもしょうがない。着払いなのですぐに送り返した。

 今回二ヵ月ほど留守にするのに電気を切っていった。いつも入れたままで行く。ひとのいない部屋で冷蔵庫とPCが動いていた。HDDレコーダが番組を録画していた。今回は冷蔵庫の中を掃除してブレーカーを落とした。留守録までして見たいテレビ番組ももうない。私は何かを喰わないと酒が飲めない。たぶんその習慣のお蔭でまだ肝臓がもっている。喰わずに酒だけ飲むヤツはみな死んでいった。スーパーに行く時間がなく惣菜を買えなかったときのために、というかまだ開店前にやる〝朝酌〟のために、冷凍庫の中に冷凍食品がぎっしりと詰まっている。私の必需品だ。それを計画的に処分しつつ、空にしての掃除は手間が掛かった。処分が間に合わず出発前に捨てることになったものもけっこうあった。でもやってよかった。この辺の節電感覚は大震災以降に芽ばえたものだ。「計画停電」なんてのがあったっけ……。
 自作機の変調はそれも一因かも知れない。二ヵ月間電源を落としていたので、8.1が起動しなかったり、3teraのHDDを認識しなくなっていたり帰国後不調だった。さいわい内蔵電池は切れなかったようだ。この辺のCmosクリアとかの智識はもっているので心配はしなかった。しかしまさか想定外の「インターネットアクセスなし」に襲われるとは……。なんともスッキリしない9日間ではあったが、来月から毎月コンビニで支払っていたNTTのあれを払わなくてもいいのかと思うと心は秋晴れである。毎月1万円弱の電気代を大震災以降節電を心懸け5900円まで落とした時以来の壮快感だ。(続く)

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【追記】早速のURoadクレイドルのCM(笑)──22:03

 上の文をアップして間もなく、下にWifi受信器の下部、クレイドルの広告が入った。見事としか言いようがない。すごいなあ、自動検索で自動応答するようになっているのだろう。それにしても早い。あまりの反応の早さに怖くすらなる。これである。上の、赤いのを刺している下の部分。

UROAD-CM
 次のテーマをアップしたら次の広告になり消えるだろうから、今のうちにメモしておこう。これが壊れたなら12970円で買わねばならないのかと思うと、急に慎重に扱うようになったりして(笑)。

 今場所横綱大関を破って大活躍の嘉風の化粧回しは、嘉風が広告塔になっている高級マットレスのマニフレックスから贈られたものと知り、マニフレックスっていくらぐらいするのかなと調べた。腰痛持ちに高級マットレスは憧れだ。それでもう「こいつはマットレスに興味がある」と認識されたらしく、以来ブラウザにくどいほどマットレスのCMが表示される。即座の反応はありがたくもあり迷惑でもある。
  1. 2014/09/27(土) 07:49:06|
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パソコン話──インターネットアクセスなし──スコットランド独立投票と逸ノ城①

 パソコンのインターネットトラブルとしてはかなり難易度の高い?「繋がっているのに繋がらない〝インターネットアクセスなし〟」に、ひさびさにぶちあたってしまった。光回線で毎秒100MBで受信しているのだがネットに繋がらないというトラブルだ。有名なトラブルでありネットにも解決策が目白押しだ。すぐに直るだろうと軽く考えていた。今までに何度も経験している。ところがコマンドプロンプトからipconfigを調べたりTCPのプロパティを手動にして書きかえたり、体験から学んだ解決策をあれこれやってみるが解決しない。かつてない難度だ。とはいえノート2台もASUS MeMO Pad(タブレット)も繋がっていて順調だ。ネット調べ物での苦労はない。仕事のメール送信にも支障はない。繋がらないのは自作のデスクトップ機と、もう一台のメーカー製デスクトップ機の2台だ。メーカー製の安物デスクトップ機は予備機でほとんど使わないからどうでもいい。もっとも、こういうときのための予備機であるから、いざ鎌倉というときなのに役立たずではある。いずれにせよネット環境のないところで何ヶ月も過ごしたりする私からするとインターネットに繋がらないなんてのはたいしたトラブルじゃない。繋がっているのだ。ノートでは。インターネットはできる。問題は私が自作デスクトップ機溺愛型であることだ。ましてしばらく海外でモバイルThinkPad、10.5インチだけの日々を送ってきたから、Core i7 3770をOCして4.3GMh、メモリ24GBのフルタワーに23インチデュアルディスプレイの最愛自作機への渇望がいつもよりも大きい。今はもう4000番台が主流だから3770は一世代前になってしまうが、このCore i7というのは私にとって到達点とも言える優れ物だった。Core 2 Duoは不満だらけだったが、これになってそれが一切なくなった。もともと負荷の大きい作業をするわけではないから高スペックは必要としないのだが、それでもCore 2 Duo時代には不満が溜った。Core i7は、なんともすばらしい。支那の田舎での自作では、これの弟分であるCore i5を使った。これまたよかった。今の私はこれで十分なのだと知った。i5で十分なのだからOCしたi7なら満点以上だ。かわいくてたまらない。Windowsで初めて満足できたのが2000だったように、やっと満足できたこのCPUの自作機をいじくりまわしたくてしょうがない。好きなだけいじくりまわせる。インターネットに繋がらないだけで。今の時代、どんなにかわいい自作機でもインターネットに繋がらないと魅力が激減すると知る。21世紀に入ってからパソコンを始めたひとはほとんど全部がインターネットをやることが目的らしい。私はそのずっと前の世代だからインターネットに偏っていない。通信は嫌いだ。パソ通もどんなに誘われてもやらなかった。見知らぬひとと係わりあいたくない。基本は文章書きと辞書であり、それはインターネットがなくても出来る。電子辞書なんて、日本語に関するPC系で発売されているものは全部もっている。外国語辞書も10ヵ国語ぐらいもっている。それはHDDに挿れてあるからインターネットがなくても利用できる。万全の態勢だ。でもこういう自慢も今の時代はむなしい。20世紀感覚だ。いまはそんなもの大金を出して買い揃えなくてもインターネットですべて無料で調べられる。ともあれデスクトップ機がインターネットに繋がらないだけであとは満点なのだが……。

 インターネットに繋がらない自作機で作業し、調べ物はノートでして、「おれはデスクトップ機がインターネットに繋がらなくても平気だ」と強がっていたのだが、一週間ほどでやはりそれは無理だと白旗を揚げた。面倒なのだ。その一例としてブログをぜんぜん書いてない。デスクトップ機偏愛であるから文章はこれで書きたい。好きな音楽を流し、右手のサブディスプレイでBGVを流しつつの作業だ。この快適さはノートにはない。なによりキイボードがちがう。私はフルキーボードが好きなのだ。しかしこれでブログテーマを書いたとしても、それからThinkPadに写して、そこからのアップになる。私はクラウドを利用していない(信用していない)からUSBメモリ経由になる。そんな二重手間をする気はない。クラウドを利用していればもっと簡単だが二重手間であることに変りはない。そう思うと書く気にもならない。書くPCとアップするPCが別々なのはイタい。ここ10日ほどなにも書いてないのはそれが原因だ。それ以前は日本にいなかったのだからしかたない。ブログのことはともかく、インターネットがあるのにインターネットに繋げないという苛立ちは大きかった。なければないで平気なのだ。私はインターネットのない生活を送れる。昔話じゃない。ついこのあいだも1ヵ月以上それのない生活をしてきた。ないのだからしょうがない。諦められる。でも今はあるのだ。あって、ノートやタブレットは繋がっている。唯一最愛の自作機だけが繋がらない。それも完全に繋がらなければまだしも秒速100MBで受信はしている。そこが不快だ。文章を書いているデスクトップ機のPC机を離れ、ノートを置いてある文机まで行き、そこでネットの調べ物をする。またデスクトップ機にもどる。それを何度かしている内に、「なんでこのデスクトップ機はインターネットに繋がらないんだ!」と腹立ってきた。こうなるともうダメである。インターネットのない生活を思えば、いやインターネットのある生活でも、かつての通信の遅かった時代、さほどインターネットが役に立たなかった時代を思えば、PC机で、デスクトップ機のかたわらにノートを置いて調べ物をすればなんの不足もないのだ。だが便利さに慣れてしまった今では、それすら煩わしくてやっていられない。

 二重手間で苛立った筆頭はWikipediaだった。すべての電子辞書を用意してあるとはいえWikiほどの万能辞書はない。あれが紙の辞書だったらどれほどの量になるだろう。Wikipediaはいろいろと問題点を指摘されている。まちがいも多い。私が最も不快に思うのは、あまりに日本語がへたなひとが書いていることだ。言うまでもないが美文や品格を望んでいるのではない。要は「わかりやすさ」だ。そうでなくても日本語は最後まで読まないと意味のわからないというフクザツな言語なのに、こういうところに書くひとは、「わかりやすい文を書いたら軽んじられるのではないか!?」とでも思っているらしく、やたらわかりにくい文を書く。自分に自信がないのだろう。これはきっと正鵠を射ている。私の知りあいでもやたらむずかしい文を書きたがるのはみなそんな連中だ。難読漢字、熟語を多用する傾向もうんざりする。たとえば「弁える──わきまえる」「阿る──おもねる」なんてのを多用する。漢字にする必然性を感じないが、それ以前にそのテーマ文章に「わきまえる」も「おもねる」も必要ないのだ。もう「弁える」「阿る」と使いたくて書いているのではないかと思うほど不自然な使用法である。これまたわかりやすい日本語やかな文字を使うと文に重みがないとでも勘違いしているのだろう。Wikiの下手な文のもうひとつの傾向は、「一度にぜんぶを言おうとすること」だ。簡便に分けて書けばわかりやすいことを一気に言おうとするから、やたら長くて意味不明な文になり、「これはなにを言いたいんだ?」と何度も読み返すような文が頻出する。しかしそういうマイナスは微微たるものだ。Wikiを信仰する神様だと思うなら不満も噴出するが、隣のなんでも知っている物知りおじさんと解釈するなら、こんなすばらしい友人はいない。旅先でのWikipediaの便利さは抜きん出ている。どんなことでもたちどころに調べられるから、これのないインターネット生活は不満が溜る。

kanren7 Wikipediaのわかりにくい文の例──二所ノ関部屋の項目から


 デスクトップ機がインターネットに繋がらずブログを更新していないここ十数日のあいだ、書きたいなあと思うブログテーマがふたつあった。ひとつはスコットランド独立のこと。もうひとつは大相撲の逸ノ城のことだった。しかし書いてない。アップしていない。デスクトップ機で書き始める。するといつものよう「スコットランドのGDPはUKの何割なんだ?」「逸ノ城が今年の初場所幕下付け出しでデビューしたとき、初黒星は何日目だっけ?」と疑問が浮かぶ。調べたい。しかし出来ない。このデスクトップ機はインターネットに繋がらない。ノートまで行く。調べる。デスクトップ機にもどる。それを繰り返している内にイヤになってしまう。書く気が失せてくる。ほとんど使ったことのないことばなのでこの時とばかり使おう。「モチベーションの低下」ってヤツだ。
 これは文章の書きかたとして間違っている。文章を書くなら、あらかじめ下調べをし、それを資料としてまとめてから書きだすのが正しい。ノートが繋がっているのだからスコットランドのことも逸ノ城のことも調べられる。調べてメモして、それを手元に置いて書きだせばいい。それが正当な方法だ。しかしもう何年も「書きつつ疑問点を調べるというインターネット癖」でやってきたものだから、これが出来なくなっている。いや、もちろん、一応ライターとして、それは出来る。仕事ではそうしている。でも趣味のブログでそこまでやるのは面倒になっている。
 妥協案として「不明な部分は空白にしておいて後で記入するという方法」がある。しかしこれも「疑問に思ったことはすぐ調べる。すぐ解決するというインターネット癖」がついているから、後まわしにするのがもどかしくてしょうがない。「スコットランドのGDPはUKの×割しかないが」「逸ノ城はデビュー×日目に初めて黒星を喫する」のようにとりあえずパスして書いていると×の部分が気になってちっとも愉しくない。けっきょく書くのをやめてしまった。自分がここまでインターネットに依存しているとは知らなかった。あらためて「今の時代、インターネットに繋がらないPCはPCじゃないんだ」と感じた。(続く)
  1. 2014/09/25(木) 02:12:00|
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インターネットラジオの愉しみ──Smooth Jazz考──Abusolutery Smooth Jazz-Sky FM讃歌

 PCに向かいながらいつも音楽を流している。最近はSmooth Jazzばかりになってしまった。ぎっとぎとのBluesばかり聞いたいたむかしなら「こんな腑抜けな音楽!」と拒んだろうに、変れば変るものである。しかしそれでもそれなりのこだわりはある。



「ジャンルに貴賤なし、されどジャンル内に貴賎あり」とは「私、プロレスの味方です」当時の村松友視さんの名言だ。他スポーツファンからのプロレス蔑視に「ジャンルに貴賤なし」と「野球、サッカー、ボクシング、プロレス、それらに貴賎はない」と反論しつつ、それらすべてのジャンル内には、感動に価する試合や唾棄すべき試合もあり、そこには「貴賎あり」と喝破したものだ。



 Smooth Jazzとひとことでくくると、ヘビーなJazzファンからはお気軽なEasy Listeningと蔑まれそうだが、それはそれで認める。だって私は軽く快適なものでないとBGMに出来ないし、BGMで興奮したりしていては仕事にならないから、それがそうであるのは事実なのだ。そういう用途でいま世界中で支持されているのだろうし。
 たとえばまともな本屋のBGMはクラシックと決まっている。でもSmoothJazzなら代役が適いそうだ。「まともな本屋」とは本や文房具を売っているだけの店である。<TSUTAYA>のような複合店はレンタルビデオやレンタルCDが一緒だから、本屋でもJ-popなんてのをガンガン鳴らしていて、私はそれがうるさくてあの種の店には行かなくなってしまった。いや今も必要なときには行くが、急いで用事を済ませて逃げるように帰ってくる。本屋の中であんな騒々しいものを流されてはたまらない。もちろん好きなひとには、本も読めて好きな音楽が聴けて二重に楽しいんだろうけどね。



 さてSmoothJazz内における「貴賎」の話。
 CDをよく買ってくる。図書館でも目にすると借りてくる。いいものを繰り返し聞くのもいいが、とにかくたくさんのものを耳にしたい気持ちがある。私はCDを買ってきてもすぐにPCの中に挿れてしまいmp3で聴いているのだから、だったらもっと安いDownload購入をしたらいいと思うのだが、それが出来ない。現物のCDが欲しい。ジャケットの魅力もあるし。そういう意味じゃむかしのニンゲンである。
 そんな中にはずいぶんといいかげんなものも多い。いわゆるcompiアルバムだ。掘り出し物があるかもと安物のそれを買うこちらにも責任はある。ヒット曲をイージーに演奏しただけ。サム・テイラーの吹く演歌みたいなものだ。いやいや、あれはあれでコンセプトがあったから、あれと一緒にしたらサム・テイラーに失礼か。日本のジャズマンはみな彼を嫌ったし、彼も商売と割り切ってやったのだろうけど、あれはあれでサックスという楽器の官能的な魅力を日本人に知らしめた意味で、それなりの価値はあったろう。演歌のこぶしと吐息を表現するのに一番適した楽器はサックスだった。たしかに最も人声にちかいんだろうな。
 売らんかなと、そういう粗雑な「サックス名曲集」のようなモノもみな今、「The Best SmoothJazz30」なんて題しているからタチが悪い。
 
 私は「歌のない歌謡曲」と揶揄される松居慶子の音楽を長年聴いている。そういう評価よりはずっと上質のものと思う。ただひさしぶりに良質のSmooth Jazzを聞いた後に耳にすると、アメリカで成功するためにはしかたないのだろうが、オリエンタリズムというか、アメリカ人の思うオリエンタリズムのようなものを強調しているのが鼻につく。つまり、なんというか、アメリカ製忍者映画で感じる違和である。だから、それはそれなりに認めるが、ジャンルの貴賎で上位にはおけない。



 とまただらだら書いていると際限なく長くなるので先を急ぐ。
 私の音楽リスニングは、ここのところインターネットラジオのSHOUT cast Radioが多い。数年前にも朝から晩まで聞いていたから復活である。これは私の愛用ソフトであるMedia Monkeyでも、縁を切ったiTunesでも聞けるが、昔から私がこれを聞くのにいちばん愛用しているのはWinampだ。今回もこれで聞いている。

winamp



 インターネットラジオで音楽を聴くようになったのはいつからだったろう、2005年からか。そうだ、思い出した、私は2005年に引っ越し、そこでやっとADSL回線に出来た。そのことによってインターネットラジオを聞くことが可能になったのだった。それまでの接続ではぶつ切れで快適に聞くことは不可能だった。

 最初はもの珍しくいろんなジャンルを聞いてみたが、やがて当然のごとくJazzとClassicしか聞かなくなった。まあ文章を書く際のBGMだから当然だ。本気で没頭するときは音楽も止めてしまう。

winampgenre

 ジャンルはこれだけある。いま私の聞くのはこの中のJazz部門だけであり、そこからもまた絞られている。
 長年毎日のように聞いているのはAbusolutely Smooth Jazz--Sky FMである。

skyfm

 PCに向かって作業しているときはいつもここの音楽を流していた。SmoothJazzの智識が次第に増えてくる。私がJ-waveのプロデューサーであるM先輩から試聴版CDを貰って愛聴していたJonathsan ButlerやEarl Klughが、この分野では私の思っているよりもずっと大物らしいと知ったのもこのころだ。彼らを聞いたのは運転するときのBGMだったし、日本で彼らの熱烈なファンと接することもなかったので、まことに失礼ながら私は彼らを小物だと思っていた。大物と言えばGeorge Bensonだった。そこから勉強し、CDを聞き、PCの中に「Smooth Jazz」というジャンルで蒐集して行き、それなりに私も語れるぐらい智識を得た。



 今回、数ヵ月前から、自分のPCの中の曲ばかり聴いていては井の中の蛙になってしまうだろうとひさしぶりにインターネットラジオ──Sky FMを聴き始めた。すると、「ほとんどの曲がいつも聴いているのと同じ」なのであるる。

 私がいま自分のファイルから適当に選別して流すのは、たとえば前記のJonathan Butler,Earl Klughであり、Paul Brown,Jessy J,Acoustic Alchemy,Bob James,Chris Botti,Fourplay,Norman Brown,Peter White,Rick Brown,The Rippingtonsあたりだ。

 このSky FMからは、彼らの音楽ばかりが流れてくる。この他、あと10人ぐらいの音楽が頻繁に流れてくるのだが、それもみな保っているから、Sky FMは私にとって極めて快適なSmoothJazzラジオ局だった。毎日24時間私の好きな何千曲の中から好きなものを選んで流してくれるようなモノなのだ。

 私は自分の気に入っているものを集めてまとめ、それをシャッフルして聞くようなことはしない。再生ソフトFittleからアルバムとして流す。そのままにしておくとAcoustic Alchemyのアルバムが5枚でも10枚でも有る限り流れてくる。さすがに数枚聞いたらミュージシャンを替える。
 ところがこのSky FMの快適さは、ほとんどぜんぶが私の保っているアルバムとはいえ、ミュージシャン30人(30組)のアルバム150枚から、1曲ずつ適当に取りあげて流してくれるようなものである。これは快適だ。

 知らない曲、保っていない曲なんて、まずめったに流れない。私は自分のSmoothJazz蒐集もラジオ局と並ぶほどになったかと満足しつつ、まるで専属DJがいるようだとほくそ笑み、しかしこれでは見知らぬ曲を知ろうとラジオを聞く意味がないなあなどと傲慢なことを思ったりした。



 長々と書いてきて、やっと今日書きたかったこと。
 今日、それこそ最初の頃は聞いていたが、やがてSky FM一辺倒になったので長年聞いていなかったSmoothJazzの他局、The Jazz Groove.comというのを聞いてみた。

thejazzgroove
 
 するとそこでは私の見知らぬ曲を数多く流れていた。3曲に1曲は「これ、誰が演奏してるの!?」と確認のために文章を書く手を休めWinampを開くほどだった。印象的な曲はメモするようにしているので、こうなると気楽に聞きながすBGMではなくなってくる。

 そうそう、これも大事。書いておかないと。ここではOscar Petersonも流していた。Smooth Jazz専門局で聞くオスカーもうれしかった。Sky FMがSmoth Jazzと呼ばれるジャンルが確立されてから(Grover Washington Jrの「Winelight」がヒットした1982年ぐらいか)の作品を流しているのに対し、こちらはそれ以前のJazzでもSmooth Jazz的要素をもった作品はそう解釈して流しているようだった。たしかにオスカーのその種の作品は薄っぺらなKenny GあたりよりもSmooth Jazzとしても優れている。

 と書いている今はGrant Greenが流れている。やるなあ。そうか、Grant GreenのギターはSmooth Jazzとしても通用するのか。さっきはWes Montgomeryだった。まあ、Wesはどこでも流れるけど。「Smooth Jazzのギター」と言ったらイコール「オクターブ奏法」だから、そりゃ元祖のWesは流れる。オクターブ奏法だと速いフレーズは弾けないけど、音に厚味と深みが出る。Easy Listening的なSmooth Jazzには速さは必要じゃないから、オクターブ奏法が主流になったのは自然な帰結だった。あまりにギターがそればかりなのですこし食傷気味(笑)。
 Smooth Jazzのサックス方面の創始者がGrover Washington Jrだとすると、ギターはもちろんGeorge Bensonになるけど、その前にWesがオクターブ奏法というもので土台を築いていたことになる。



 インターネットラジオでSmooth Jazzを聞くようになった頃(Smooth Jazzそのものは1990年代から聞いている)、Sky FMから流れてきたPaul Brownの「Wine light」に衝撃を受けた。サックスの名曲をギターでここまで再現できるのかと身震いするほど感激した。いまいちばん好きな女性サックスプレイヤーJessy Jを知ったのもここだった。

 そこからSky FMに惚れこみ、SmoothJazzに耽溺し、Sky FMで耳にした名曲を蒐集するようになる。私はその行為、流れを「SmoothJazz全般が好きになった」と解釈していたのだが、そうじゃなかったことに今回やっと気づいた。

 私はPalu Brown的なSmoothJazzを求めて「Absolutery SmoothJazz-Sky FM」を聞いていたのだが、「Abusolutery Smooth Jazz-Sky FM」とは、「Paul Brown的なSmoothJazzを流す局」だったのである。

 Paul Brownは今でこそギタリストとしても名高いが、もともとは辣腕の音楽プロデューサーである。この局で流れているアーティストの多くは彼がアルバムプロデュースをしている。Jessy Jも彼が発掘して育てた娘のようなものだ。私がJessyの冗舌でないサックスプレイが好きなのも、ひとつひとつの音を考えぬいてむだにしないPaulの教えによるものだろう。だったら私が彼女を好きになるのは当然だった。幼稚なたとえだが、大きなスーパーに行って鮮魚コーナーはあるかなと思ったら、あるどころかなんと店内全部が魚売場で魚しか売っていない。魚好きの私は大感激した。しかしそれはスーパーではなく大きな魚屋だったというオチのようなものだ。魚屋なのだから魚ばかりなのは当たり前である。
 YouTubeにあるSky FMのライブ映像からも、Paulはここの経営者?でもあるのだろう。



 The Jazz Groove.comは、Abusolutery SmoothJazz-Sky FMとは選曲の傾向が違う。私の知らないSmooth Jazzの名曲が次々と流れてくる。なんとも新鮮だ。Sky FMの選曲があまりに自分の所有しているものばかりなので、「おれはもうSmooth Jazzの名曲と呼ばれるものを網羅してしまったのか!?」とゴーマンかましたのが恥ずかしい。これからまた初心に戻って勉強できそうだ。

kanren6 YouTubeのPaul Brown{Winelight}
 
  1. 2013/10/02(水) 18:13:07|
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メール話──gooフリーメールの終り──プロバイダメアドの復活

 gooのフリーメールが来年の3月でなくなるという。
 サイトもこのブログも連絡先としてgooを利用させてもらってきた。どれぐらいお世話になったろう。10年以上か、いやそこまではゆかないのか。このブログはいま8年目、最初からそうしたように思う。8年はたしかだ。

 サイトのほうは、最初は正規のメールアドレス、って言いかたもへんだが、契約プロバイダのものを使用していた。ところがYahooみたいな最悪のところもあったし、niftyのように何の不満もなく大好きだったけどホームページ容量が足りなくなって契約解除する(まさかホームページの容量が100MBを越えるなんて想像も出来なかった)ところもあり、そのたびに連絡アドレスが変るのも迷惑を掛けるので、gooのフリーメールを利用させてもらうことにしたのだった。こちらはもう13年を越えたから、やはり使い始めて10年は経っているだろうか。



 ホームページやブログの連絡先にフリーメールを使うのは、友人との大切な連絡にはプロバイダのものを使い、何が来るかわからないその種のものには用心して捨てアド的なものを用意しておくというのが普通らしいが、私のgooはちがう。メアドが頻繁に変っては常連に迷惑を掛けるだろうと安定して使えるものとして選んだ。だから私にとってgooのフリーメール使用は用心ではなくむしろ誠意になる。



 フリーメールをいろいろやってみてgooに落ちつき、いっさいの不満もなく、それどころか心から感謝しつつこんなに長いあいだ利用させてもらったのだから、gooのフリーメールはそれだけ優れていて、私との相性もよかったのだろう。「goo mail checker」は便利だった。常駐してgooメールの到着を知らせてくれるユーティリティだ。これはメールソフトを使わないブラウザ上のフリーメールソフトとしては秀逸だった。
 嫌いなフリーメールにYahooがある。あそこから来たメールには返事を書く気が失せる。ま、Yahoo好きとはつき合いたくない。



 ここ数年、私のメールの中心はGmailになった。こうなったきっかけは、恥ずかしいのでちいさな声で言うが、ホリエモンだった。彼が「これからのメールは世界中どこでも受信できて便利なGmailになる。Gmailがあれば他はいらない」と書いていたのである。私がGmailを導入したのは彼のこのことばがきっかけだった。
「世界中どこでも受信できて便利」の先駈けにMSのhotmailがある。15年ぐらい前はよく利用していた。最初はなんて便利なのだろうと感激したが、それはそういうものが初めてだったからであり、メールに慣れてくるとhotmailってのは使いづらかった。プロバイダからもらうメアドのほうがずっと使いやすかった。それに、なんというか、「ただで使わせてやってんだから文句言うなよ」のような気配も感じて、どうにも好きになれなかった。褒める気にならない。いまもあるらしいが。どうにもMSのあの種のものは嫌いだ。一切使わない。



 ホリエモンのことばに触発されて使ってみるとGmailはすばらしかった。世界中どこでも受信できたし、なにより使い勝手がよかった。hotmailの使いにくさと比すと隔世の感がした。もともと私はGoogleが好きだったし、すぐにはまった。

 ということで、それまでメールソフトとしてMozilla Thunderbirdを使い、プロバイダからもらうメアドと、gooを始めとするフリーメール(infoseekも使っていた)を管理していた私は、ブラウザのホームページをiGoogleに設定し、そこから行くGmailを中心とするようになった。それは今に続く。

 メールソフトもあれこれ使った。サンダーバードに落ちつくまでに有料ソフト、シェアソフト、無料ソフト、どれほど使ったことか。『WZエディター』の「WZメール」が好きだった。Just Systemの「Shuriken」も愛用した。あのころは電子メール花盛りだったから、これでもかというぐらい花形ソフトとしてメールソフトが濫出した。やがていちいちそんなものは使わず、すべてブラウザ上で処理してしまうGmailのような形が主流になる。これまた時代を感じる。



 gooのフリーメールが来年3月で終ると知り、サイトやブログの連絡先がそれになっているから、早めに対応しようと思った。それの代替メアドは、ひさしぶりに「正規のメアド」を使うことにした。2年ほど前からGMOというプロバイダを使っている。とてもいい会社で不満がない。長いおつき合いになりそうだ。
 そのGMOが利用者にくれるメルアドを私は使っていなかった。GMOと契約したときにはもうGmail愛用になっていたので必要がなかったのだ。もったいないことである。むかしなら考えられないことだ。しかしここから考えるに、極端な話、公共Wifiを利用して、Gmailのようなものを使えばプロバイダ契約をしなくてもやっていける時代なのか!? なんともすごい。私はまだ無料Wifiサービスって空港でしか利用したことがないのだが、今じゃファーストフードやら地下鉄やらそこいら中にあるらしい。この辺に関する出遅れにちょっと焦る。芸能スポーツ分野で今浦島になっても平気だが(というかもうとっくになっているが)PC関係だけは最前線にいたい気持ちがある。

 数年ぶりにサンダーバードをDownloadして、GMOのメアド設定をやってみた。すると、初めての頃は苦労したが、やがて日々いじるものだから目を瞑っても出来るようになっていたPOPやSMTPの設定等が、数年間触らなかったものだから、また出来なくなっていた。ほんとにこの種のモノってのは忘れるのが早い。やらなくなったらすぐ忘れる。しかしまたやっていると次々に思い出しても来る。なんとかクリア。



 そんなわけで、すこし早めに連絡メアドを更新した。以前のgooも来年3月までは使える。gooにある多くのメールをGmailやサンダーバードに移動することは出来るのだろうか。その辺、無智だ。すこし心配。今回早めにメアドを替えたのは、来年3月にドタバタするのを避ける意味もある。

 ブラウザのホームページに設定して愛用してきたiGoogleも11月で消えるという。「もう当初の意義を達成し、存在価値をなくした」というのがなくなる理由らしいのだが、これがないといられないというぐらい愛用している身には、ずいぶんとつらい話である。なにか代わりのものを見つけないと。goo以上にこちらのほうが切実だ。
  1. 2013/09/23(月) 11:43:41|
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世相話──Amazon中毒──なりたくてもなれないひともいる

 Amazon中毒が話題になっている。欲しいものを探して買うと、「この商品を買ったひとは、次のような商品も購入しています」と、関連商品を次から次へと紹介してくる。それがまたポイントを突いているものだから、懐に餘裕のあるひとは、まして一杯機嫌だったりしたら、次々とクリックして、あれこれ購入してしまう、と。

 社会現象だということで冷静に分析するひとまで出て来る。
 そのひとのも意見を読むと、これに嵌るのは女より男が多いのだとか。その理由は、「女は商品その物よりもショッピングという好意に興味がある。衣服を身に着けて、お似合いですよと店員に言われるような時間を楽しむ。対して男は、商品その物に興味があるので、ネットから購入しがちなのだ」とか。

 たしかに男である私は商品そのものに興味があり、さらには人嫌いだから店員などと接したくない。街のショップで買うより、ひとけのない乾いたネット買い物が気に入っている。



「アメトーク」でもテーマとして取りあげ、ますます話題になる。チュート得意や麒麟川島が、「毎日のようにAmazonから届く」と語っていた。

 しかし私は「酔った勢いで、次から次へと関連商品を買ってしまう」とはならない。
 それこそ欲しいモノ──假りにビデオカードだとする──の該当商品をいくつかに搾り、最安値を調べ、そしてまたメーカー希望小売価格が30000円の品が「いま25000円で最安値」であっても、価格の推移を調べると、三週間前には最安値23500円を記録していたのを知ったりすると、またそこまで下がらないかと逡巡したりする。 

 つまりは「Amazon中毒で毎日のようにモノを買っているひと」とは、男も女も問わず、それだけの経済力のあるひとなのである。結論は、ごくシンプルに、それになる。
「覚醒剤中毒」だって、覚醒剤を買う金がなければなりたくてもなれない。それだけのことだ。
  1. 2013/08/18(日) 05:00:59|
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小物話──電波時計──インターネット・取説ダウンロードのありがたさ

 インターネットの便利さは限りないが、先日は、紛失した取扱説明書のDownloadで助けてもらった。



casiodqd660 CASIOの電波時計が好きで、壁掛けから置時計、小型の目覚まし型と、いくつも持っている。狭い住まいにそんなにあってもと、笑われるほど揃えている。デスクトップ機の上にもあり、炬燵テーブル上にもあり、台所にもある。そういや風呂にないな。今度置こう。湿気は大丈夫だろうか。
 複数ある時計の時間がくるっていると困るが、電波時計だとみな一致するから助かる。 

 有楽町ビックカメラで買い物をしたら、レジ近くに写真のDQD660が安売りで並んでいた。それだけだとたぶん買わなかったと思うのだが、写真の製品のブルーが、いかにも爽やかでかわいい。欲しくなってしまった。特売だから1780円。しかしこういう魅力的な小物(安い品)をレジのちかくにさり気なく置いておくのは、スーパーのレジのちかくにガムや乾電池があるのに似てうまい手だ。見事に引っ掛かった。 



 この手のものが好きだし、機械には強い方だから取説など読まない。すぐに捨ててしまう。しかし今回困った。
 時刻合わせをしていたら、みなうまくいったのだが、月日の月が変えられないのだ。古い時計らしく「1月」にセットされていた。あれこれセットしたのだが、「月」が変えられない。どういうことなのだろう。



 ということでCASIOのサイトに行き、型版を記入して取説をDownloadする。これは以前に経験して知っていた。G-SHOCKの使いかたでわからないことがあり、探してたどり着いた場所だ。 ほんとはこのネタはこのとき書くべきだった。

casio
 時刻も合った。日附も合った。でもなぜか月だけが「1月」なのである。その日は「7月6日」だったが、時計は「1月6日」のままである。「月」のところを動かす方法がわからない。
 電波時計であるから「受信」を押せば「今日、今」になるのかと思ったが、受信するのは「時間」であり、月日までは無理らしい。さて困った。



 Downloadした取説で知った正解は、「長押し」だった。つまり「1月6日」の「6日」の部分を長押しするのである。すると1月31日を越えると2月1日になり、と「7月6日」になるまで押し続けるのだった。わかってみりゃなんてことないが、一時「月が変えられない!」と焦った。



 もしもインターネットがなかったら、私はこの時計を持ってビックカメラまで聞きに行ったのか。面倒だ。電話で質問するってのもバカっぽい。私の性格だと、聞くのが恥ずかしいので、「1月6日」のまま使っていた気がする(笑)。「時間がわかればいいんだ」と「すっぱいぶどう理論」を言って。

 ともあれ、便利な時代だ。とインターネットに感謝。もちろん取説をアップしているCASIOの姿勢にも。
  1. 2013/07/22(月) 12:00:42|
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Windows版ドラクエ10、テストベータ版──遊び始め

 大好きな福島瑞穂たんの社民党と、心から尊敬する真の国士である小沢一郎先生の生活の党が都議選で大躍進、圧勝し、過半数を制したので、両党を応援しているネット界の高名な廃人<きっこさん>もさぞお歓びだろうと、都議選の結果が確定した6月24日、ひさしぶりにTwitterを覗いてみた。するとそこにこんなつぶやきが。
 
kikkodq




 <きっこさん>はほんとに情報通だなあ。なんでも知っている。そうかあ、Windows版が出るのかと、情報に感謝しつつ調べてみる。
 ところで「ドラクエ10」は正しくは「ドラクエⅩ」だが、私はもう面倒なので「10」と書く。最初のころはローマ数字がかっこよかったが、5を越える当たりから面倒になってきた。<きっこさん>もきっと同じ考えだろう。



 私は<きっこさん>と同性同世代なので、お笑い芸人からなつかしのテレビ番組まで感覚が共通している。<きっこさん>のなつかしいギャグ(たとえばレッツゴー三匹、ルーキー新一)や、懐かしいテレビ番組(宇宙家族ロビンソン)のネタを読むとうれしくなる。若いひとは知らないだろうなあと、積み重ねてきた歳月を誇りたくなる。

 スピッツの「ロビンソン」を聞いたとき、タイトルと「宇宙の風に乗る」という歌詞に「宇宙家族ロビンソン」から取ったのかと思った。間違いだった。考えて見りゃ草野はあの番組は見ていない。若すぎる。見ているのはきっこさんや私の世代だ。しかしそのあとに知る真実はもっとうれしかった。あれはタイを旅行したときの「ロビンソンデパート」から取ったのだとか。タイ語の発音は「ローンソン」だ。

 テレビゲームに関しても<きっこさん>の「テレビゲームは大きなテレビ画面でするもの。だからあたしは携帯ゲームはやらない」と私も同意見になる。テレビ画面でやるからこそ愉しい。 



 ただ私は、大震災のあと、西日本に疎開するため現金8千円を手に、布団を被ってふるえている<母さん>と一緒に初めて新幹線に乗った<きっこさん>とちがって、海外に出ることが多かったから、退屈凌ぎのために携帯ゲーム機もGAMEBOYからやっている。海外でやったGAMEBOY ADVANCEの「ダビスタ」がなつかしい。
 しかし基本は<きっこさん>と同じく「大きなテレビ画面で遊ぶもの」だったし、なにより外国にいるとき携帯ゲームをやるほど退屈しなかったから、持参はしたがほとんど使用していない。
 本格的な長期滞在者は、日本からスーファミを持ってきて、変圧器を使って電圧を変え、マルチテレビ(PALでもNTSCでも対応する)を買ってプレイしていた。当時のマルチテレビは高かったし、外国だからまだ14インチが主流だったけど、それでもGAMEBOYとはぜんぜんちがう。私もちいさな画面が嫌いだったから、スーファミでドラクエやFF、マリオをやっているひとたちの気持ちはわかった。

 その後も、DSもDSiも買った。それは「ファイアーエンブレム」をやるためだった。そのときも「どうして据え置き型で新作を出してくれないのか」と不満だった。このころからもうゲームは携帯の時代に入っていたのだろう。
 DSi-LLを買ったのは、「ドラクエ9 星空の守り人」をすこしでも大きな画面でやるためだった。携帯ゲーム機嫌いの<きっこさん>は、ドラクエ9がDS用ソフトになったのに失望し、ここでドラクエとは縁が切れたと記憶している。私もDSでドラクエをやる気にはならず逡巡した。しかし買った。すこし大型のLLなら出来るかも知れないと。実際LLなら遊べたのだが、そこでまた失敗している。「星空の守り人」のオープニングというか天界での話はまだるっこい。最初あの時点で投げてしまった。失敗作だと結論した。だいぶ経ってから、機中で暇潰しに始め(私は「人生で退屈したことはない」が持論だが、さすがに機中12時間とかはキツい)、それからはまった。天界をクリアして地上に落ちてからはおもしろかった。

 3Dに興味はなかったけど、「FE覚醒」をやるためには3DSを買わねばならなかった。どうせならとこれも3DS-LLのほうを買った。
 私は<きっこさん>と同じく携帯ゲーム機嫌いなのだけど、結果的には任天堂系列はぜんぶもっていることになる。だから<きっこさん>よりは携帯ゲーム機に関してすこし詳しいだろう。
 据え置き型では、GAMECUBEを買ったのは「FE蒼炎の軌跡」をやるためだったし、Wiiを買ったのは、その続篇の「暁の女神」をやるためだった。「メトロイド」もあったし。バランスボードも買った。ゲーム機ってのはソフト次第だとあらためて思う。SonyはPS2までで3を持っていない。PSPもない。やりたいゲームがないのだから自然にそうなる。PS2でやっていた『激指』は、より強いPCでやるようになった。



 ゲームと縁遠くなってゆく中、ドラクエとFEは特別だった。「ドラクエ10」がオンラインゲームになると知ったときは落胆した。これまた<きっこさん>と同じく、私はそれが嫌いだったからだ。すでに持っているWiiで遊べるけど、ドラクエ10用にグラフィック性能があがったWii Uを買おうかというぐらい楽しみにしていたのに、オンラインゲームと知って興味をなくした。よっていまだに遊んでいない。あの「課金制度」ってのもなあ。「30日」とか期限を切られるのも……。

 そんなところに<きっこさん>に教えてもらったWindows版「ドラクエ10」のニュース。
 9月発売。無料でテストベータ版を遊べるというので参加してみた。



dq10sanka














 これはありがたい企劃だった。いきなりポンと発売されても、なにしろオンラインゲームに抵抗があるし、買うかどうか迷い、けっきょく買わなかったと思う。Wii版も買ってない。
 ところが無料のこの実験的な企劃(バグ直しなのかな?)があったものだから、それならと関わることが出来た。(いま気づいたのですが、Wiiの時もこれはあったのですね。知りませんでした。いや、思い出しました。たしかにありました。オンラインというだけで興味をなくしていたようです。)



 まずは「ドラクエ10専用ベンチマークソフト」をDownloadする。これがzipファイルで196MBある。むかしだったらこれだけでたいへんだ。ついそう思ってしまう。どうもいまだに時代がズレている(笑)。これでPCのハード性能を調べ、ドラクエ10が遊べるPCかどうか確かめるわけだ。対象OSからXPが外れている。

dqbench













 ここですこし恥ずかしい思いをした。私の自作機のWindowsエクスペリエンスインデックスは、CPUからメモリ、プライマリハードディスク(Intel SSD使用)まで、すべて最高点だがグラフィックだけ低い。ゲームをやらないので、どうにもそこは手抜きになる。ビデオカードだけ2世代前。ほんとの自作オタクだと、ゲームをやらなくても、そこも凝り、ベンチマークテストの数字を見てはニンマリするのだろうが、そこまでオタクでもない。

 この「ドラクエベンチマーク」を、「最高品質」にして、解像度もFull-HDを指定して走らせた。最高級条件である。ビデオカードが弱いのはわかっていたから少し心配でもあったが、CPUパワーでなんとかなるだろうとも読んでいた。すると、「問題なく遊べるレベルだが、たまにもっさりする。標準品質に落としたら?」と言われてしまった(笑)。恥ずかしい。これは恥ずかしい。ジサカーとしては赤面だ。
 でもまあそれは先日ここにも書いたが、近々NVIDIAのGTX660に換装するつもりだから、その時に解決するだろう。いい目標が出来た。換装したら真っ先にこのドラクエベンチマークをやろう。



 これに合格すると「ドラクエ10テストベータ版」のDownloadが許可される。これの容量は1.1GB。いまHDDの総量は6teraあるからなんてことないんだけど、ここでもまた「むかしならなあ」とギガを越える巨大ファイルにおどろく自分がいる。なかなかこういう感覚は消えないものだ。何度も書くが、「15MBのiTunesをDownloadするのに一晩かかった」のである。正確に言えば一晩では終らなかった。その記憶が消えない。1.1GBを十数秒でDownloadする(現実にいましている)時代になっても。

 年寄りの昔話ってのはこんな感じで芽ばえるのだと実感する。むかしの競馬は魅力的だったとか、むかしの棋士は個性的だったとか、むかしのテレビドラマはおもしろかったとか、昔礼讃をする連中が周囲にいっぱいいる。私は一切言わない。ちっともむかしをいいと思わない。だけどパソコンに関しては昔話をしてしまう。とはいえここでも「むかしはよかった」ではない。むかしのパソコン環境はオソマツだった。それを覚えているから凄すぎる今に実感がない、というお話。



 テスト版をインストールすると、「オフラインモード」と「オンラインモード」があり、誰もがまずオフラインモードをやらねばならない。キャラ設定やゲームの基本を学ぶためだからしょうがない。オフラインモードが「ドラクエ9」の「天界」に相当する。
 これをクリアして、やっとオンラインモードに行ける。いま私はその地点。

 グラフィックが美麗なのはもちろんだが、音もいい。このテストベータ版は「シンセサイザー音源」であり、製品版では「オーケストラ音源」になるという。まあそこそこいいサウンドカードをつけていることもあるし、ここのところSSWでDTM(いまはDAWと言うらしいけど、わたしにゃこの和製英語のほうが好き)をやっているから、VST音源の音に慣れていることもあって、これでもう充分。フルオーケストラサウンドになって、これがもっとよくなるのか! とにかく、グラフィックも音もテレビでやるよりずっといい。ドラクエは2頭身キャラとテレビのチープな音でいい私には凄すぎる。
 ただしすでにWii版で遊んだひとは、「ベタな、そのまんまWiiからの移植。グラフィック最低!」とか言っていた。こういうひとは「Wii Uは最悪。買う必要はない」と書きこんだりしている。あれってただの本音なのか。任天堂嫌いの粘着者なのか。でもWii Uも買っているみたいだから、ただの悪口屋でもないんだろうし……。

 今日からいよいよ本格的にオンラインモードで遊べる。こどものことを考えている?のか、平日はオンラインモードは、12時から18時までに限られている。まともなひとは遊べない時間だがまともじゃない私は出来るはず。



sn オフラインモードのクリア時間は、ネット検索すると、「1時間程度」とみなさん書いているが、私はテンキーでキャラを操作するのが初めてだったので、2時間ちかく掛かってしまった。しかしまあテンキー操作もなれるもので、2時間もやっているとずいぶんと速くなった。私は30年前にブラインドタッチをマスターしているが、数字打ちこみの文とは無縁なのでテンキーの操作は下手だ。ゲームコントローラーは必要だな。あれじゃないとゲームの気がしない。

 それと私はこの種のゲームは寝転んでやるのが好きなのだが、PCの前だとそれは出来ない。そこが不満。慌ただしいアクションゲームは寝転んでは出来ないけど、RPGやSRPGはそれが出来る。だから好きなんだ。寝転んでやっていて経験値を稼いで、ボスクラスとの対決になると、思わず起き上がってコントローラーを握る手にも力が入る。そんな流れがいい。

 左の写真は、オフラインモードでひさしぶりに会ったスライムナイト。スライムから降りている姿は初めて見た。ここから騎乗して戦う。これは正しい姿勢だろう。以前のスライムナイトはスライムの下半身を持った騎士だった。いわば合体してしまった化け物である。今回のこれで、スライムは別の生き物で、それに馬のように乗って戦うという形になっていた。



 ところでこのゲーム、本体は3990円ということだけど、あれでしょ、これにまた「30日間3千円」とかの接続権利を買わねばならないんでしょ? オンラインゲームに疎いので知らないんだけど。やっぱそれは馴染めない。オンラインじゃなくて、最初から8千円のゲームだとしても、それに不満はないけど。なんだか、最初は安いけど、それから「愉しく遊びたいならもっと払いな」になるシステムがぼったくりみたいで嫌いだ。すでにもうDSの「ドラクエ9」も、アイテムとかストーリーとかをネットから購入する形式になっていた。「FE覚醒」もそうだった。そのシステムが嫌いなのだから、だからもう私は、ゲームからは卒業なのか。いや卒業じゃなくて退学か。
 とにかくこのテストベータ版でオンラインゲームが好きになれるかどうか試してみよう。



 テストベータ版の感想と、9月発売の本物を買うかどうかの決断は後日書くとして。
 この情報を教えてくれた<きっこさん>に感謝しつつ、こちらからも<きっこさん>に情報。

<きっこさん>、Windows版発売を知って、「やった~! って思ったのもトコノマ、オンラインゲームと知ってガックリ」ということですが、このゲーム、オンラインじゃなかったとしても、あなたの安物ノートPCでは動きません。最低でも「Core2 Duo 1.6GHz」です。メモリも最低2GBを要求されています。それよりも低性能のあなたのノートじゃ最初から無理です。ベンチマークテストで落第です。買っても動きません。「せっかく買ったのに、あたしのPCじゃ無理って言われた!」と怒るより、オンラインゲームと知って諦められてよかったのですよ。「ドラクエ10」のことは忘れて、これからもアフィリエイト商売と24時間Twitterに励んでください。あなたの安物ノートはそれがお似合いです。
  1. 2013/06/27(木) 06:29:22|
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パソコン話──かってに入ってくるDelta Search(Babylon)のしつこさ──に「ジャストシステム話」を【附記】

ichitarou《パソコン話──かってに入ってくるDelta Search(Babylon)のしつこさ》に「ますますジャストシステムがわからん」を【附記】しました。

 徳島のベンチャー企業ジャストシステムに関して勉強していなかったので、2009年にもう創業者夫妻は経営から手を引き、以降はまったく別会社となっていたことを知りませんでした。

 そういえば、IBMのホームページ・ビルダーの販売を始めたりしたのも、この経営権が代わったころだったことを思い出します。「なぜジャストシステムがホームページ・ビルダーを?」と思ったのですが、経営陣が一新され、あらたな路線を踏みだしたのですね。

 IMEが「差別語を打てなくする」というのは越権行為だと思います。
ことばをどのように使うかはユーザーに委ねるべきであり、ソフト制作者が規制すべき事ではないでしょう。
 ATOKに対するこの不満が消えることはありません。 
  1. 2013/05/16(木) 06:03:43|
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音楽話──YouTubeのPaul Brown「Winelight」──「ようつべ」にはなんでもあるんだなあ!

 ここのところずっと音楽再生ソフトはMedia MonkeyのGoldを使っている。有料版だけあって文句なしだ。サブとしてMusic Bee。もうiTunesを使うことはないだろうが、一応最新版をDownloadして持ってはいる。先日すこしいじったが、あれって、益々使いづらくなってないか? なにを考えているのやら。もう縁切りしたからどうでもいいんだけど。



 Winampの最新版をDownloadしてみた。こちらもしばらくご無沙汰だ。ただしこちらは嫌いなiTunesとはちがって、その多機能を使いこなせない私に問題がある。
 ひさしぶりにDownloadし起動したらオープニング画面がインターネットラジオになっていた。しばらく聞いてないなあとAbusolutely Smooth Jazzをクリックしてみる。

 するとまあなんというタイミングであろう、いきなり大好きな「Winelight」が流れてきた。サックスだが本家のGrover Washington Jrとはちがう。誰かと演奏者の欄を見るとRocco Ventrellaというひと。不勉強にして知らない。今度買ってみよう。それよりももっとこのラジオを聴いて幅を拡げないと。ここのところ持っているものしか聴いてない。それでもありすぎるほどなんだけど。



paul brown そのあと、自分の持っている本家G.W.JrとギターのPaul Brown、Nick Colioneの「Winelight」を聴く。Paulがアルバムに収めたのは2005年だからNickの1999年のほうがずっと先だ。本家G.W.Jrの発表は1982年。1999年は〝スムースジャズの父〟と言われた彼の亡くなった年である。

 しかしNickのを聴いても最初に聴いても私は感激しなかったろう。それはギターで演っている独自の「Winelight」に過ぎない。いやそれはとてもすばらしいのだけど、聞きのがしていた気がする。私がPaulのこれに惹かれたのはPaulの解釈のしかただった。ギターでサックスを模倣するような不思議な感覚だった。さすが名プロデューサーだけにそのへんがうまい。



 そこでふとYouTubeのことを思った。あそこで日々多くのものを得ているひとは不思議に思うかも知れないが、どうにも私にはいまだにYouTubeに毎日接するという感覚がない。

 出かけて、Winelightで検索すると、本家はもちろんだが、なんとPaul Brownのライヴ映像まであった。しかもJessy Jが参加している。ふたりが親しいのはJessyのアルバムをPaulがプロデュースしているのだから当然としても、こんなものまであるのかと感嘆し溜め息が出た。すごいなあYouTubeって。ほんと、なんでもあるんだ。(このセリフ、このブログだけでも相当の回数書いているような気がする。これからもまた何度も書くのだろう。)



 インターネットラジオから流れてきたPaul Brownの「Winelight」に衝撃を受けたのは2006年だった。感激してサイトに長々とそのうれしさを書いた。サックス吹きが作ったサックス用の曲を忠実にギターで再現しあたらしい世界を構築しているのがなんとも新鮮だった。
 Smooth Jazzの名プロデューサーが、年をとってからいきなりギタリストとしてデビュウしたのが不思議で、「数数のヒット番組のディレクターだったテリー伊藤が近年タレントに変身したようなモノか」と私なりの例えで表現している(笑)。



paul brown2 Paul Brownの演奏姿を見るのは初めてだった。ロンドンでのライヴらしい。なんともありがたい時代である。あまりにありがたいのでパソコンに感謝して拝んでしまった(笑)。

「Winelight」のアレンジは基本として、というか本家のG.W.Jrからもう伝統的に、ギターがオルタネイトなミュートアルペジオで伴奏し、サックスが自由に踊るものだ。あの伴奏をやれと言われるたらきつい。倦きてしまう。指がつる。ほんとにほんとの引き立て役の「伴奏」だから。Paulはギターでリードを取るので、それをエレピにやらせていた。
 Jessyとのダブルリードだと思ったが、Jessyは師匠格のPaulを立てて、一歩引いている。いい雰囲気だった。5分過ぎ、最後のJessyのソロがいい。



 こういうものを見ると、毎回「もっとYouTubeに行こう。もっと利用して勉強しよう」と思うのだけど、すぐに忘れてしまい、また何ヶ月後かに同じようなことを書いている。やはり「ネットをやるためにパソコンを始めた」というひとと比べるとどうにもそのへんが鈍い。なにしろ常時接続なのに、いまだに知らないことはインスールしてあるいくつもの辞書で調べ、それでハッキリせず、「こまったこまった」と悩んでいて、「そうだ、ネットで調べてみよう!」と大発見のように思ったりする。最初からネットで調べる感覚のひととはおおちがいだ。

 ともあれDownloadさせてもらった。しばらくは毎日のように聴くだろう。とはいえ夜っぽい雰囲気の曲だから昼間は聴かないだろうけど。



 Paul Brownの「Winelight」を知らないひとのためにリンクを貼っておきます。

・YouTube──Paul BrownとJessy Jの「Winelight」ロンドンライヴ

JessyTequila そのあとMedia MonkeyでJessy Jを開き、連続して聴いた。あいかわらずJessy Jの情報がすくない。検索してもなにも出ず、このブログに当たってしまった(笑)。検索して自分のブログを見つけてもしょうがない。でも懐かしかったので読んだけど。

・「夏の朝にJessy J」

 Jazzを聴くとバーボンをストレートで飲みたくなるというバカっぽいワンパターンをなんとかしないと。



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【追記】──Paulはライヴよりアルバムがいい!?──「Foreign Xchange」を聴きながら

Paul Brown & Marc Antoine - Foreign Xchange
 これは2009年の「Foreign Xchanges」。親しいギタリストのMarc Antoineとの共演。Paulの最新アルバムは2012年に「The Funky Joint」というのが出ているらしい。それはもっていない。

 ライヴのビデオを見たあと、これを聴いていてしみじみ思ったのだが、Paulはライターよりスタジオ録音のアルバムのほうがいいと感じた。あそびのない1音1音計算尽くのような無駄のないフレーズがいいのであり、ライヴの饒舌な音とは似合わないように思う。

 単なる私の好みだが、もともと敏腕プロデューサとして多くのヒットアルバムを手掛けてきたひとだ。ギタリストとしても、ライヴでよさが発揮されるというタイプではない。この感想、あながち的外れでもあるまい。
 もちろんそのことと、YouTubeのお蔭で貴重なロンドンライヴの映像を見られた感激は別物だ。
  1. 2013/05/09(木) 06:43:23|
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生活雑記──酒屋の若旦那とインターネット話──安倍首相のFacebookのフランス人のこと

 いつも行く酒屋は、70代の旦那と40前後の若旦那が店番をしている。
 客待ちのあいだ、若旦那はいつもノートパソコンに向かっている。

 旦那のほうとは何度か世間話をしていた。
 あちらのほうから客との会話の定番である、「いやあ、寒くなりましたねえ」などと話しかけてくるので、こちらも作法通りに「今年は冬が早いようですね」などと応えていた。
 無口な若旦那とは会話したことがなかった。私と旦那の会話の時もノートパソコンに向かっていて、こちらを無視することが多かった。そんな無礼な商売人にこちらから話し掛けることもない。



 店内のPOPがカラフルに、とてもよく出来ている。パソコンによる手製だ。あの若旦那がノートパソコンで作っているのかと、前々から気になっていた。画質からインクジェットプリンタだとわかる。
 ある日、いつもの焼酎を若旦那から買った時、社交性のない私には珍しく、「これはご自分で作っているのですか?」と思わず話しかけてしまった。

 若旦那は「ええ」とそっけなく応えた。すると横っちょで商品整理をしていた旦那のほうが、「いやあもう便利な時代になって」とか「わたしなんかにゃチンプンカンプン」と即座に応じてきた。旦那も若旦那も、私がそういうものに知識のない、まるで印刷物であるかのようなPOPに感嘆している客と判断したようだった。
 つまりパソコン好きの若旦那はそっち方面に知識のないオヤジが適当に話し掛けてきたなと私を敬遠し、旦那のほうは、知識のない客の適当な話し掛けに、接客態度のよくない息子が無愛想な応対をしそうだと、横っちょから助け舟を出してくれたのだ。それは鈍い私にも露骨なほど感じられたから、明らかにそうだったのだろう(笑)。

 気持ちとしてはわかる。知識のないひとに適当に話し掛けられ、脹らむことなく終る会話は虚しい。



 話し掛けた相手に冷たく応対され、横から助け船まで出される惨めな状況だから、誇り高い私としては憤然としてそこで会話を打ち切るのが常なのだが、なぜか私は、店中の商品に貼られているA-4版の値段(黄色地の紙に赤字で値段が書かれているタイプ)を見ながら、「これ、インクジェットでしょ。たいへんですね」と言っていた。前々から思っていたことだから自然に口を突いていた。

 社交家でない私がつい話し掛けてしまったのもそれが理由だった。昨今のインクジェットプリンタは「ハードは安く、消耗品で儲ける」に徹底している。CANONが自社の製品よりも安いインクを製造していた会社──なんて言うんだっけ、サプライ品メーカーでいいの?──を違法だと訴えた事件も記憶に新しい。儲けるジャンルのインク分野に他所から参入されて鳶に油揚げは許さないだろう。でもそういうメーカーが複数存在する(需用がある)ほどむかしからインクジェットプリンタの消耗品は高く、CANONが裁判を起こすほど、そこは儲かる分野なのだ。

 私のプリンタはここ数年カラーレーザーが中心だった。それで何の問題もなかったのだが、DVDのラベル印刷とか写真印刷ではインクジェットの画質が欲しくなるときがあり、つい先日数年ぶりにCANONのそれを購入したばかりだった。CANONのインクジェットプリンタを最初の製品から使ってきたという思い入れもある。そして予想通りインクの減りの速さに往生していた。以前もひどかったのに、ますますすごいことになっていた。ちょっとバカにならない額である。若旦那に話し掛けた「たいへんですね」は「これじゃ消耗品のインク代がたいへんですね」の意味になる。



 するとそれを聞いた若旦那がピクンと反応したのだ。そこがそれ好事家。好きな道には通ずるものがある。「そうなんですよ、インクがね」「ぼくはもうカラーレーザーにしました」「でもレーザーのトナーも高いですよ」「ですね。でもカラーレーザーはハードが、かつては夢でしたもの」「個人には無理でしたね」。
 一気に話が弾む。あまり周囲にパソコン好きがいないのか、若旦那も話の通じる客と出会い、ちょっとうれしそうだった。
 おかしかったのは、それまでは「パソコンを知らない者同士」として私に親近感?を持っていたのだろう旦那が、息子と私が自分のわからない話で盛りあがり始めたので、ちょっと傷ついた顔をして(笑)、そこからさっと去って行ったことだった。

 いつも行く酒屋で、そんなことからパソコン好きの若旦那と仲よくなったという、ここまでが「生活雑記」。ここからいわば本題の「安倍首相のフェースブックとフラン人の話」になる。

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 さらに話している内に、若旦那は政治思想的にも私とちかいひとだと知った。最初は「アベノミクスで株価があがって」なんて話題だったのだが、そこから自然に民主党政権批判になり、感覚が通じてゆく。

 客待ちをしている間、若旦那はいつもレジでノートパソコンをいじっていた。前記したように、旦那のほうが客である私に「今日は寒いですね」なんて話し掛けている間も、見むきもせず画面を見詰めている。いったい何をしているのだろうと思っていた。オンラインのRPGにでも凝っているのだろうかと。
 それが今回、私と同じく2ちゃんねるの「ニュース速報」等でニュースを追っているのだと知った。

 私がそっち方面にも通じていると知って、若旦那は「さっき、Facebookでフランス人がね」と話し掛けてきた。私はちょうど部屋を出る前にそれを読んできたばかりだった。ホットな話題である。



 安倍首相がFacebookで、大震災における台湾への感謝を述べた。昨年、民主党はあれほど日本のことを案じて多額の義捐金を寄せてくれた台湾を無視するというとんでもない無礼をした。有志がお金を出しあって台湾の新聞に感謝のことばを載せた。そんなことに関わることなどめったにない私だが、あれには一口参加させてもらった。それほど媚中の民主党が台湾に対してやったことは無礼だった。

 今回安倍首相は台湾にも礼を尽くした。当然だ。それがひととしてのありかたたが。するとそれすらも外交に使おうとする中共が式典への参加を缺席した。けっこうだ。出てもらいたくない。中共と南北朝鮮には。
 安倍首相はそれに対しても、「残念ではあるが台湾への感謝は当然である」とゆるがなかった。やっとまともな首相になったと安心したばかりだった。
 そのフェイスブックに朝鮮人が抗議の書きこみをした。ここまでは毎度のこと。

 その相変わらずの身勝手な論理に、フランス人が反論の書きこみをしたのだという。
 それが歴史観としても正しく、また日本語が上手で、Facebookはいまそれで盛りあがっているらしい。



 私はFacebookをやっていないので、それは知らない。ただ2ちゃんねるの「ニュース速報」にすでにスレが立っていた。とても興味ある話題だったから、若旦那の「Facebookでフランス人が」に、喰い気味に「ああ、あれですね」と応えていた。

 当然ながら2ちゃんねるでも、そのフランス人があまりに日本語がうまいこと、日本とシナ朝鮮の歴史と確執に通じていることから、日本人のなりすましではないかとの説も出ていた。
 こういうときFacebookをやっていれば、その文章を読んで自分の意見を書けるのだが、やっていないので読めない。彼がフランス人なのか日本人のなりすましなのか、その文章を読みたかった。



 パソコン黎明期、多くのひとにパソコン通信に参加するよう勧められたが関わらなかった。パソコンに電話線を繋ぐ気にはなれなかった。私には見知らぬひととネット上でのやりとりをしたい気持ちは毛頭ない。mixiもやらなかった。TwitterもIDはもっているが活動していない。Facebookなんてやるはずもない。最近はハンドルだけのメールには返事も書かない。ネット世界で交友を拡げるどころか、もう拡がりすぎなので拒んで狭くしたいほどだ。

 そんな私だからFacebookのそのフランス人の文章を読めないのは当然なのだが、なんとか読んでみたいので、今から探しに行く。うまく見つかるといいが。

kanren6
 安倍首相のFacebookで日本人的主張をしてくれたフランス人



  1. 2013/03/22(金) 20:58:08|
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かってに浸入してきて居すわるソフトの恐怖──創価学会?

 入れた憶えがないのにかってに居すわって検索エンジンになろうとするClaroや、しつこくIMEを勧めてくるBaiduのようなソフトにうんざりしていたら、むかしむかしの話を思い出した。



 二十代の頃、私の友人がある人とバイト先で知りあった。とても親切な人だった。親しくなった。その人に誘われ、何も知らないまま、ある集会に参加した。
 短期の契約だったのでバイトはすぐに終った。
 その会社とも、その人とも縁が切れた。はずだった。

 ある日、彼がアパートに帰ると、部屋の中に手土産を持って、その人がすわっていた。
 そのころ近所に住んでいた私と友人は、おたがいの部屋を自由に出入りできるよう鍵を掛けなかった。
 その人は友人に、人生の悩みなどを問い、熱心に何かを語り始めた。
 人のいい友人は、そんな彼の姿勢に感動した。自分のことを心配してくれる親切な人だと。



 数日後、友人が帰宅すると、また部屋の中に手土産を持ったその人がいた。
 また熱心に人生について語っていった。
 そんなことが何度か続いた。

 友人に相談された。どうしたらいいだろう。あれはなんなのだろうと。
 さすがに呑気な友人も、知らない間に部屋の中で自分を待っているその人を、すこし不気味に感じ始めたのだった。
 私もそんな経験はなかったので応えようがない。
 とりあえずお互いに、しばらくは部屋に鍵を掛けることにした。

 数日後、友人が帰宅すると、鍵を掛けたので、今度はドアの前で待っていた。
 部屋の中で話を聞く。
 そこでやっとそれが創価学会であり、その人は入会を奨めている(折伏)のだと知る。
 以前学会の集会に参加したので、その人は、友人に入会の可能性ありと判断していたのだ。



 友人に二度目の相談を受け、今度はもう創価学会と正体が解ったので、私は強く拒むべきとアドバイスした。
 友人も、あれが創価学会の集会だと知っていれば行かなかったのだがと悔いていた。
 しかし気弱な友人は、毎回手土産を持ってドアの前で待っているその人を強く拒むことは出来ず、来るたびに部屋に上げてしまい、長々と話を聞いてしまうのだった。
 ただ気弱ではあれ、創価学会が大嫌いで入会するつもりはないという気持ちは強かったから、どんなに折伏されても肯くことはなかった。

 折伏できると思い込んだその人(折伏した人の数だけ自分の幸福が増す、という教えである)を諦めさせるには、それから長い時間が必要だった。
 入会の意思はないと断ってもその人はやってきた。その人が来そうな日は、友人は私の部屋に避難し、深夜まで帰らなかったりした。



 インストールした覚えもないのにかってに鎮座しているしつこいソフトに出会うと、友人の部屋の中に手土産をもってすわっていたという、その人の不気味さを思い出す。
  1. 2013/03/16(土) 06:45:33|
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ツイッター話──1時間に2回も酒の値段を知りたくもない

ツイッターで、どなたかがフォローしてくれると、Gmailが「××さんにフォローされました」と教えてくれる。
ツイッターをほとんどやっていないので、どうでもいいのだが、憂国の士がフォローしてくれたからも知れないので、一応確認には出かける。

たまにへんなものにフォローされることもあり、その場合はブロックする。今までに3回ぐらい、したことがある。ほとんどやっていないことを考慮すれば、この種のものとの軋轢としては無事なほうだろう。
今日のは「へんなもの」ではないのだが、ブロックした。

ウィスキーを紹介するロボットです。 新入荷のウィスキー情報を自動収集してツイートします。一時間に二回つぶやきます。

どういう呟きかとおもったら、「××ウイスキー、××円。楽天」のように、ウイスキーの値段と、それを売っているところを教えてくれるのだ。酒は好きだし、近所の酒屋にないものは通販で買うこともあるし、こういうツイッターも便利だと思うが、 かといって1時間に2回も酒の値段を知りたくもない。



なんでこんなものにフォローされるのかと考える。ツイッターやブログをロボット検索して酒のことを書いているヤツを捜しだすのだろうか。

ブログに酒のことを書いたことはあるし、worukoやmakichabinと酒のことでツイートしあったことはあるが、ウイスキーのことってほとんど書いてない。もしもこんなものにフォローされるとしたらむしろ日本酒だと思うのだが。

ブロックしてごめんね。でも1時間に2回も酒の値段を知らされるのはわずらわしいし、TLが汚れるので御容赦ください。
  1. 2013/03/07(木) 06:30:41|
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私のサイトの文字化けについて──Chrome系ブラウザの場合

私のサイトの相撲記事を公開してアドレスを貼ったのですが、Chrome系のブラウザによる文字化けが頻出しているようです。私も体験しました。

私のサイトの文章が文字化けを起こしているのではありません。閲覧するブラウザ側の問題です。

Mone's World 大相撲



解決法は、右上のボタンをクリックして、「設定」を開きます。
その中の「ツール」を撰びます。
ツールのなかの「エンコード」を撰びます。
そこを「 Unicode」にして「自動検索」をオンにします。
これで解決します。

私のサイトに限らず、閲覧するサイトに奇妙な文字化けがあるときは、これをやってみてください。

ただしこれ、Chrome系ブラウザの話です。Iron、Coolnovo、Comododragonのやりかたは同じです。
IEとかはどうするのか、長年使ってないのでわかりません。
  1. 2013/01/30(水) 10:00:53|
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ソフトバンクCMの不快──サイバー大学篇

日本人の男を犬にして貶めたあのCMを始め、日本に「恨の思想」で接する朝鮮人・孫正義のやることなすこと大嫌いだが、ここのところライブドアブログにこれをやられて参っている。

ブログをアップしたり、修正したりするときに、必ずこれが出るのだ。
この大口を開けた猿のような白人女の顔を見て気分の良くなるひとはいるのだろうか。
見たくないが、ライブドアブログを利用している以上、こばめない。私はもうずいぶんと前から、日に何度もこれに接せさせられている。そのたびに不快になる。
そういや、なぜか人気があるらしい「Baiduとは何なのか」という記事のBaidu IMEも、ここに折りこまれたCMだった。



こういうCMを作るひとの気が知れない。
なぜサイバー大学とかのCMで、白人特有の額に皺を寄せた(白人てかなり若いときにそうなる)大口開けた女の顔なのだろう。この女の顔がサイバー大学のすばらしさを表現しているというのか。通学不要で大卒資格が取れるネット大学の宣伝なら、もっとふさわしい画像はあると思うが。

自分が不愉快になる画像を自分のブログに載せ、読者に同じ不愉快を押しつけることには戸惑いもあるが、しかしこの悪趣味に対する不快感を共有して欲しかった。ごめん。

softbankcm
























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 【追記】──やればできるまともなことをしないセンス──1/20

いま、こんなCMになっている。前記猿顔外人よりもずっとまとも。ほっとする。なぜ最初からこれをしないのか。

 softbankcm2
  1. 2012/12/03(月) 15:00:38|
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Windows8体験記⑪──に【追記】──ShitがShiftに直されていた

《Windows8体験記⑪──タスクマネージャを古い形に戻すフリーソフト──キーボードの「たわごと」を押してください》に追記しました。

そこで私は「たわごと」キーというものに出会い、「それはなんなのだろう」と考えこんだのですが、いま見に行ったら直されていました。外国人のかたもそういうミスタイプを直しているのだと初めて知りました(笑)。どなたかユーザーがメールしたのでしょうね。
  1. 2012/12/03(月) 14:43:20|
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Windows8体験記⑪──タスクマネージャを古い形に戻すフリーソフト──キーボードの「たわごとキー」を押してください

task 
 これは私のデスクトップ機、7-64bit-Ultimateのタスクマネージャ。まだ起動したばかりなのでメモリは6GBしか使っていない。いや、すこし前を思えば「起動したてのPCの使用済みメモリが6GB」ってとんでもないことだが。
 そういやこれって4GBリミット(実質3.5GB)の32bit-OSでは出現しない事態なのか。64だけにして長いので32の感覚がもうない。

 このあと好き放題にソフトを起動してゆくとやがて10GBを越える。この体験で、いちばんメモリを使うのはブラウザなのだと知った。ブラウザをみっつも起動してあれこれ複数のサイトに行ったりしていると、ぐんぐんメモリ使用量が増えて行く。

 同じ事をメモリ上限のある32bit-OSでやったらどうなるのだろう。ページファイルが増えて行くってことなのか。その場合、CPUに力があればHDDからの読込でももたつくことはないのだろうか。どうなるのか興味がある。かといってそれを確かめるためだけに32を挿れてみるってのもなあ。

 前回の大改造まで私のデスクトップ機メモリは5.5GBだった。十分と思っていた。なのに時々スタックするので、文章を書くテキストエディター、辞書ソフト、BGMの音楽ソフト、BGVの映像ソフトの内、映像ソフトあたりが負担になっているのかと解釈していた。だがタブブラウザで10ヵ所ぐらい開いたままで、さらに別のブラウザを起動したりして行くと、ひとつのブラウザですぐに800MBぐらい喰うのを見て、犯人はブラウザだったと知った。意外。さすがに24GB積んでからはそれがない。
 ノートのメモリは8GBだが時々足りなくなる。しかし4GB*2が限界なのでこれ以上増やせない。8GBが差せると助かるのだが。

 と書いて思いだした。そういや5.5GB時代、何度か「××が大量にメモリを喰っているので閉じてください」という警告が出た。その××はChromeだったりFirefoxだったり、いつもブラウザだった。「意外」でもなんでもない、犯人は以前から知っていたんだ。

 Dual CPUで自作したのはいつだったろう。2000年ころか。それを受けいれるOSはWin2000でないとダメだったから、それが出た後になる。それ用のマザーボードにCPUをふたつ載せる。壮観だった。タスクマネージャ「CPU使用率の履歴」にふたつの欄が表示されたときの感激。今じゃひとつのCPUで8つも表示されている。それでいて使用電力は半分だ。



task8 8になってタスクマネージャのデザインと能力が一新された。多機能である。だからこれに関しては否定せず、「もしかしたら後々絶讃するのかも」と慎重に書いたのだけど、やはり8のタスクマネージャにはなじめない。使いづらい。知りたいことが判りづらい。上の写真の古い形がいい。それを可能にするフリーソフトを見つけた。
 アドレスはこちら。11月27日発表だからホカホカのソフトだ。

 それを使って旧型に戻したのが左の画像。日本語化されていないので英語版だけど、むしろかっこいい。私は以前7のUltimateを英語版にして使っていたぐらいだからこれは平気。英語OSを使っていると、コンピュータというものが英語用であることを痛感する。

 この画像は8を知らないひとにはいい例になるので解説。上の7のタスクマネージャと比すると角が直角でしょ。これが8の特徴。おそらくタッチパネル対応で「角が重要」になったからなのだろう。とにかく四角。それが8の特徴です。

 長年appleのGUIを追い掛けてきたMSは「7で追いつき、追いこした」と宣言した。その判断はひとそれぞれだろうが、ともあれ7でそういう満足感を味わったMSは、appleの真似をやめたらしい。その意味では8はオリジナリティがある。のだろう。たぶん。

 私が8を懐かしいと感じたのは、この直角で私の最愛のOSだったWin2kを思い出したからだ。Windowsの角が丸くなりはじめたのはXPのSP2ぐらいからか。最初のXPから丸かったんだっけ? 忘れた。そこからVista、7とひたすらMac風おしゃれなデザインを真似ていた。それが一息吐いてまた元に戻った。この直角の武骨なデザインがやたら懐かしい。もしかして私にとって唯一の「8の好きな点」になるかもしれない。

 タスクマネージャを旧型にすることによって、またひとつ、8が元に戻った。スタートメニューを戻し、リボン形式のエクスプローラを戻し、タスクマネージャを戻す。8が「どうです? いいでしょ!」と言ったもので肯けるものがひとつもない。



「8は7より軽い、速い」と言われる。しかしそれはMSがそう言われたいがためのインチキでもある。
 エクスプローラでのファイル表示を「アイコン」にする。なのに画像が表示されない。みな同じタイプの目かくしになっている。画像を見て判断したいフォルダでは困る。自分のOSになにか缺陥があるのかと悩んだ。7では表示されたのだ。
 検索して知ったが、これは「8は7より速い! 軽い! 低スペックモデルでも動く」という評判を得ようと、MSが出荷時に「画像表示off」にしているのだった。呆れた。なるほどこうすればPCに負担が掛からず、多少速くなるだろうし、低スペックモデルでも動かせるだろう。でもそれはインチキだよ。

 エクスプローラの「フォルダと検索のオプション」を開いてみると、なるほど、たしかにoffになっている。こんなくだらんことをして「速い」をアピールしても意味はない。offに入っているチェックを外す。こういうふうにしていったら、けっきょく7と8は同じになるだろう。早いとこ8のSP1を出してもらいたい。それとも9を出すのかな。

 ここまで評判の悪いOSを聞いたことがない。me以来か。そりゃこれを強引に進めた次期CEO候補が責任取って退社するはずだ。
 これは今、8を使って書いていて、8は順当に動いているのだが、あれこれ旧型に戻したので、前記の「タスクマネージャの角が直角であること」のようなことを除くと、デュアルブートにしている7と変らない。それじゃ意味がない(笑)。

---------------

 ところで、この項目を書いたのは、そこでおもしろいことがあったから。
 いまのブラウザには「翻訳機能」がついている。英語だったので翻訳の必要はなかった。苦手分野ならともかくPC関係だから苦労はない。でもなぜか思いつきで「翻訳」ボタンを押してみた。それでおもしろいことに出くわしたのだから何でもやってみるものである。すこし引き篭もりを反省した。



 機械翻訳された日本語を読んでみた。相変わらずヘンテコで笑える。でもだいたいは理解できる。「あれを、こう訳したから、こんな文になったんだな」と推測したりして楽しむ。全体的にヘンだが理解できる。しかし次の箇所で首を傾げた。

 shit2


 う~む、これはむずかしい。ソフトを起動するために、何かを言わねばならないというのは新しい形式だ。今まで経験がない。まずCtrlキーを押し、次ぎに「たわごと」を言わねばならないらしい。たわごととは戯言と書き、大辞林に拠れば「ばかげたことば、たわむれごと」となっている。

 言われたとおり、Ctrlキーを押しながら私なりに考えた「ばかげたこと」を言い、そのままEscキーを押したがソフトは起動しない。もしかして私の言った「たわごと」が真面目すぎて「ばかげたこと」になっていないのではないかと、ちがうことを言ってみた。やはり起動しない。これはむずかしい。なにかPCに通じる「たわごと」はないかと考える。「内閣総理大臣菅直人」と言ったら見事に起動した。適確なたわごとだったらしい。

 てな「おへだら(福島弁)」はこのぐらいにして、さて、「キーボードのCtrl+たわごと+Escキーを押す」の「たわごと」とは何だろう。何かの誤訳か勘違いなのだが、元になったコトバはなんだ? PC好きとして、ここはわからないと恥ずかしい。

 懸命に考えた。あれか、と思いつく。正解を見る。やはりそうだった。

shit


      ↑
 英語の原文が「Shift」と打つ際にミスタイプで、「shit」にしていたのである(笑)。「クソ」と訳さなかっただけましか。「クソを押します」になっていたら、よけいに悩んだか。いや「たわごと」よりも「クソ」のほうが米映画でなじんでいるから、こっちならもっと早く正解を思いついた。

---------------

【追記】──Shiftに直されていた(笑)

 上の文を投稿したのはいつだろう、調べてみる。12月1日の17時か。
 今日、12月3日、14:21、ブログの誤字チェックをしていて(まじめでしょ。それでもなくならないんですけどね。すみません)上記ソフトのリンクをクリックしてみたら、なんと「Shitが正しくShiftに直されて」いました。
 翻訳してみると、そこが直ったのですから、日本文も「Ctrl+Shift+Esc」と正しく表示されています。「たわごと」は幻になってしまいました。

 まさか日本語のここを読んでくれて直したのでもないでしょうから(笑)、英語が日常語のユーザーが指摘したのでしょうね。
 でもちょっと不思議なのは、英語のままだとfが抜けているだけで気づかない程度の問題です。英文なら誰だって「Shit」が「Shift」の打ち間違いと気づくでしょう。ふつうの文じゃわかりませんよ。でも「キーボードのこのキーを押してください」となっていて、「Ctrl+Shit+Esc」とあったら、それがShiftの打ち間違いだと誰だって気づくでしょう。CtrlとShiftと何かを押してどうこうというのはPCの基本ですし。

 このミスタイプで「なんじゃこりゃ」と驚くのは、「たわごと」と出たりして意味不明に悩む「英語が日常語でないひと、翻訳したひと」のはずです。
 となると、英語が堪能な日本人が英文メールで作者に注意してやった、なんて可能性もあるのでしょう。もしかしてアラビア語のひとが、ロシア語のひとが、と考えると楽しくなってきます。

 私はネットに熱心ではないので、こういうことに関してタイミングは最悪であり、出会ったことがありません。今回のことで言うなら、どなたかにこのソフトを紹介してもらい、そこにこのような文があり、「ほんとかよ」とばかりに行ってみたら、すでにもう直されていた、という、そういうヒトなのですね、私は。
 ところが今回は私がそのミスタッチを発見し、ここに書いたら、直されて消えたという体験が出来ました。異国の見知らぬフリーソフト開発者のかたと、なんか親しくなれたようで、みょうにうれしいです(笑)。
  1. 2012/12/01(土) 17:35:00|
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ブログの色文字が読みにくくなったお詫び──気分転換のデザイン変更



 気分転換でブログデザインを変更した。以前は背景写真にも自分のものを使ったりして凝っていたのだが、ここのところ面倒になり、ライブドア既製の3カラムをそのまま使っていた。

 「白地に黒文字」という最も一般的なものは、ふだん文章を書くとき、もう30年以上「黒背景に白文字」で書いているので、私にはかえって新鮮になる。パソコンで、ピュアな白地に黒文字で書くのはこのブログ文章だけなのだ。そのこともあってここのところずっとそれだったのだが、昨日、さすがにつまらんデザインだなと思い、替えてみた。
 先日、黒地に白文字の、ちょっとかっこいいブログを見たことも影響している。



 30数年前、初めてシャープのワープロ『書院』を買ったとき(10カ月月賦の、私には大きな買い物だった)、すでに当時のモデルでも「白背景に黒文字」と「黒背景に白文字」という切りかえ機能が附いていたことを思い出す。私は反骨精神旺盛だから「黒字に白文字」という原稿用紙ではありえない方式に興味津々だったが、さすがに黎明期のそれはひどいもので、ちっともかっこよくなく、ふつうに「白背景に黒文字」を選択した。撰ばざるを得なかった。思うに、モノクロ画面だったからだろう。

 そのあとPC9800で文章を書くようになると、こちらはカラーディスプレイだから「黒背景に白文字」は映えた。当時から「そのほうが目が疲れない」と言われていた。実際そうだった。「黒背景に白文字」にして、見出しマークのを色設定して書くカラフルな画面は愉しかった。

 私の「●第一見出し」と、そこから分岐する「▼第二見出し」の黄色と緑は私の「デフォルト」になった。これまた30年以上続いているからなかなかのものだ。この黄色と緑の見出しで、いったいどれほどの文章を書いてきたろう。いま思うと14inchの彎曲したディスプレイはひどいものだった。でも自分の文章がそこにカラーで表示されることは夢のようだった。



 まずは、いままでの白背景のものから、とりあえず黒背景のライブドア既製のデザインにして、それだけじゃあまりに藝がないので、cssやhtmlをすこし書き直し、背景も黒から薄墨にして、トップの画像をオリジナルにしてみた。カラーコードは黒だと#000000だが、薄墨、「鉄黒」とも言うが、これのコードは#281a14になる。ここはひとつこだわりたい。みなさん、このブログの背景は「黒」じゃないですからね。

 色合いを変えて、狙い通りの気分転換にはなったのだが、過去の文章をいくつか読みなおして、意外な弊害が出ていることを知る。
 白地の時には問題のなかった「色文字」が、とんでもなく読み辛くなっているのだ。

 たとえばこれ。新聞等からの引用は「白地に青文字」にした。いいアクセントになった。ところが黒背景だとこんなに読み辛い。
 同じく、敵対する意見は「白地に赤文字」にしたが、これもコントラストが強すぎて読み辛い。
 あとは「白地に茶色文字」だ。これは納得でもなく敵対でもなく半端な意見に対する色。私の使ってきた色文字はこの3種類だけ。それが黒背景だとみな見辛い。

 時間を見つけて、出来るだけ直して行きたい。色を薄くするといいようだ。
 たとえば「白地に青文字」は、黒背景だと「水色文字」にすると、かなり見やすくなる。でしょ?
 同じく「白地に赤文字」も黒背景の場合は「ピンク」ぐらいにすると見やすい。



 しかしそれはまた「白地に黒文字」に戻したとき、今度は薄すぎて読み辛いという問題を起こす。
 たぶん私のことだから猫が寝場所を替えるように、そのうち思いつきでまたちがう色合いにする。
 いくらなんでもそのたびに直すわけには行かない。どうしよう。
 どちらでも通じる色合いを探すのが得策か。 

---------------

 いま午前2時。明日の朝、ちがうちがう今日の朝までに仕上げねばならない仕事がすこし停滞していたので息抜きにこんなことを書いてみた。
 仕事仕事、締切まであと8時間。

---------------

【追記】──徹夜仕事、無事終了

 いま8:15。仕事が無事終了した。
 世間はまだ新潟競馬だが、私のほうはもう府中の秋天。
 10時予定が8時にあがったから一杯やって寝よう。

 肴がないと飲めない私はどうする。
 コンビニでなんか買ってくるか。こんなときこその便利屋。コンビニに何がある?

 冷蔵庫にあるのは冷凍の焼きおにぎり? レンジで作るスパゲティ?

 ま、仕事が完成した朝は、なにはともあれシアワセだ。
  1. 2012/08/28(火) 02:38:48|
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「居酒屋店主と妊婦の闘い」に関する私見②──海原雄山はどっちの味方か!?

寿司屋のカウンター。注文を聞かれて若者が迷う。すると店主が怒鳴りちらす。
「なにぐだぐたと迷ってんだ、この朝鮮人野郎!」
 
ここのところ正確には覚えていない。
「朝鮮人じゃあるめーし、ぐだぐたと迷ってんじゃねーよ!」
「ぐだぐた迷ってんじゃねーよ、てめーは朝鮮人か!」
 
まあニュアンスはわかってもらえるだろう。注文をサッと決められない客を朝鮮人かと侮蔑したのだ。
そういう威勢のいい?口の悪い店主が売り物の店なのだ。常連は苦笑交じりにそれを受けいれ、楽しむのが粋ということなのだろう。この店では。

かといってこの「朝鮮人」にさほど深い意味はない。大橋巨泉が自分達江戸っ子(笑)は、あいさつがわりに「バカヤロー」と言っていたと語っているように、この場合のバカヤローに相手を否定するような深い意味はない。もっと軽いものだ。

この寿司屋のオヤジの「朝鮮人」も、民族差別というほどの深い意味はなく、巨泉の言う「バカヤロー」程度だ。つまらんヤツだとは思うけど。でもいきなりそんなことを怒鳴られたらおどろく(笑)。

※ 

初めての店で、注文に戸惑っただけでいきなり「朝鮮人野郎!」と怒鳴られた若者は、静かに店主に言い返した。
「おやじさん、おれが朝鮮人でなくてよかったね」。

これは、それを近くで見ていた五木寛之さんが書いた話だ。「ちかごろの若者もすてたもんじゃない」と誉めていた。

※ 

最近の話ではない。たしか初期の「流され行く日々」にあった話だから古い。
これを読んだあと、「いい話ですね」と先輩と語りあった日を思い出す。日教組教員に自虐史観(当時そんなことばはなかったが)を植えつけられ、私がまだ今のデヴィ夫人みたいに朝鮮贔屓だったころ。
自分が当事者だったら、その若者のように穏やかだが強かに言い返せたろうかと考えた。

もちろんウヨクサヨク自虐史観に関係なく、こういうことを言う店主は最低である。それは朝鮮が好きか嫌いかとは関係ない。

私がツイッターから足を洗ったのも、チョンとかチャンコロとか汚いことばが多すぎることが一因だった。嫌いであること、批判することと、そういう用語を連発することは別物だ。欧米に行ってJapと呼ばれることがどれほど不快であるかを経験すればわかる。
ネット上でそういうことばを連発して国士を気どっている連中が井の中の蛙であるのはまちがいない。


なんともいやな店主である。そしてまたこんなのを粋として許している常連も気味が悪い。こういうのが許される〝文化〟が嫌いだ。
こんな店とは知らずに入ってしまった若者が、穏やかに、しかし確実にカウンターブローとなる一発を返したのが小気味いい。同じ「気味」を使っても、「気味悪い」と「小気味いい」じゃだいぶちがうな(笑)。

※ 

こんな古い話をなぜ書いたかというと、前記の「居酒屋店主と妊婦の闘い」に寄せられた意見(togetter)に、「こういう店主をのさばらせるきっかけとなった『美味しんぼ』の罪は重い」とあるのを見かけたからだ。つまり、そのひとの意見だと、「妊婦お断り。ソフトドリンクはありません。食事のみの客もお断り」という今回の舞台となった居酒屋は、『美味しんぼ』から影響を受けて誕生した、となるらしい。

大嫌いなきちがいサヨク雁屋哲がどう断罪されようとしったこっちゃないが、でも傲慢な店主とそれをもてはやす客、そういう風潮は『美味しんぼ』が生んだものではないだろう。ここに一例を引いたように、そのずっと前からあった。

むしろ雁屋哲はそれに批判的であり、そういう不見識な店を叩き潰す傲慢なキャラとして海原雄山を産みだした。今回の問題に雁屋哲を絡ませるなら、店ではなく客のほうだろう。

海原雄山(雁屋)がやったのは、「行列のできるような流行っている店」があり、「流行っているから店主は自信満々で傲慢」なのに対して、いかに料理や素材に関して不見識か、結果としていかにまずいか、味音痴の並ぶ行列なんてのがいかに愚かなことかを知らしめ、店主に猛省を促すことだった。
 
海原の批判は、今回の例で言うなら、「妊婦お断りという傲慢な店主」ではなく、「そういう店は許せない」と、インターネットという権力の力を借りて、その店を潰そうとした妊婦側に向かうだろう。もしも海原雄山がこの件に関して意見をいうなら、「妊婦お断りの店にゆく妊婦が悪い」だと私は思う。

雁屋哲が大嫌いだからこそ的外れの雁屋哲批判には反論したくなった。
と、この項の目的は「雁屋哲擁護」です(笑)。以上で終了。あとは餘談。

-------------------------------
 
私は威張っている店主の店になどぜったいに行かない。何度か経験している。腹は立ったが文句は言わない。早々に退散した。金持ちに連れていってもらった店だったし(笑)。

冬の北海道のカニ料理なんてのにもこんなのは多い。「うまいでしょう」の押し売りだ。そんなのは客が言ったら礼を言う程度でいいのであって、なにも言ってないうちに店側から強要されても困る。札幌に多い。 

そういうのって高級寿司屋とか凝った和食店みたいなイメージだが、じつのところどこにでもある。

私が腹立ったのに「威張っている立ち食いソバ屋」というのがあった(笑)。ただの礼儀知らずなのだろうが、ふて腐れた態度のおばちゃんだった。浦和競馬場に行く途中だったから南浦和駅のちかくだったか。一度で懲りて二度と行かなかったが、意地悪気分で通るたびに店内の様子をうかがった。いつもがらがらだった。客だってわかっている。たかが立ち食いソバ──しかもまずい──を喰うのに不愉快になる必要はない。やがてつぶれた。淘汰されて当然である。

「威張っているスーパーのレジ」ってのもあった。こちらが客なのに目下の者に対するような乱暴な口の利きかたをする。こんなのも「商売の方法」とかじゃなくて単にばかおばちゃんなのだろうが。でもそれでもまだ続いているから不思議だ(笑)。誰も抗議しないのかなあ。それとも「口はわるいけど意外に親切」とか。でもなんも気にしない私だけど、めちゃくちゃ馴れ馴れしい口の利きかたをされて愉快ではなかった。


今回の問題の焦点は

・店主の態度は傲慢だったのか!?
 
・妊婦夫婦の態度に横柄さはなかったのか!?

になる。双方に問題があり、起こる可くして起こった事件なのだろう。

私は店主が威張っているような店は大嫌いだけど、今回の例では、妊婦側によりイヤなものを感じる。それは私の嗅覚であり感覚でしかないけれど。
  1. 2012/08/02(木) 07:39:29|
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「居酒屋店主と妊婦の闘い」に関する私見──無償でも立ち上がるひとはいるというネット的希望!

 昨日のインターネットニュースで最も興味深かったのは「居酒屋と妊婦の揉め事」だった。ひさしぶりに事象を追って午前中たっぷりネットをやってしまった。くだらんどうでもいい話だが、一度関わったなら詳しく知るべしと思う。齟齬のないようきちんと調べてみた。
 
 ネット好きのひとは全員知っている有名ニュースだろうが、ここに来てくれる友人にはそんなものとは無縁のひとも多いので簡単に説明する。

※ 

・妊婦(妊娠4カ月)が亭主と居酒屋に行き、亭主はビールを、妊婦はソフトドリンクを注文した。

・しかしその店は「妊婦の入場おことわり」「ソフトドリンクはありません」だった。そのことは店の前の看板にも明記してあった。

・ソフトドリンクを飲ませろと居すわろうとする夫婦と、帰ってくれという店主でもめた。

 ここまでが第一ラウンド。よくある話である。私の感想は、「看板にもそう断ってあるのだから、行った夫婦が悪い」になる。

 店主の態度にも問題はあり、居丈高だったのかも知れないが、とにかく、気の合わない店なら帰ればいい。それだけである。客には店を撰ぶ権利がある。
 よその店で気持ちよく食事も酒も楽しめたろう。世の中には気に入らないものはいっぱいある。イヤな店には行かなければいい。ほんとにイヤな店なら必ずさびれる。

 くだらないテレビ番組は見なければいいのと同じ。これはテレビ番組が気に入らないとゴネるのと同じ発想だ。
 みんなが見なければその番組は終る。それだけのこと。

※ 

・店主がブログでその夫婦を批難するような文を書いた。これは客商売としてルール違犯かも知れないが、どうやらそのことから、この夫婦にも問題がありそうなのが垣間見える。

・夫婦が自分達の「妊婦ブログ」でそれを晒す。自分達を被害者とし、店のひどさを訴える。

・ツイッターで拡散され、店に批難集中。

・居酒屋ブログがお詫びし、該当文章を削除。

・しかし燃えあがった火は治まらない。 ネット話題としてGoogle急上昇ワードにまで挙がる。
←ここで私は知った

 ここまでが第二ラウンド。これも今時だとよくある話。

 店主がブログで「(妊婦ではなく亭主のほうを)ぶんなぐってやろうかと思った」と書いたのは軽率だが、そのあとに夫婦のことを「まーガラが悪い」と書いていることからも、この夫婦がクレーマー気質で、かなり店主に逆らったのだろうとも推測できる。

 というのは、この「妊婦ブログ」では、妊婦は「そのあと帰宅したが、ショックで寝こんでしまった」とか、「お腹の赤ちゃんに影響がないといいが」とか、やたら自分を弱者として同情を買うように仕向けているのである。そういう方面の連中だと充分に読み取れる。

 そしてまたこのブログでは、店主が彼らを批難した文章を引用しているのだが、そこから上記の「妊婦ではなく亭主のほうを」や「まーガラがわるい」は削除され、自分達はガラがよく(笑)、店主はかよわい存在の妊婦をぶんなぐろうと思ったかのようにイメージ操作している。

 この店主にも問題はあるのかも知れないが、合わないことは一瞬でわかることだ。そういう店で自分達の我を通そうとした方がまちがい。帰ればよかっただけの話。
 
 ここで終る話だが、ツイッターで煽るひとがいて拡散され、店のブログは炎上する。このツイッターの煽りはどうやら当事者らしい。話題になるとすぐにアカウントを削除して逃走した。しかし炎上は放火魔が去ったあとも続く。
 あまりに「なんてひどい店だ!」と盛りあがりすぎたので、もうひとつの展開が生まれる。

※ 

・なんか奇妙だと調べたひとが、「妊婦ブログ」は元々存在していず、今回のクレームと拡散のために急遽設置されたもののようだと分析して意見表明。

・拡散するために大活躍したツイッターアカウントは妊婦夫婦当人ではないのか、という疑惑。

・これは気に入らない店をインターネットで攻撃するための方法であり、ツイッターで拡散し、この店を批判したひとは、この夫婦に踊らされただけではないか、との意見が出る。

・「妊婦ブログ」は記事を消して知らんふり。あやしさ満開。

 これが今の状態。真実はこの通りだろう。
 粘着気質の夫婦が、居酒屋を追いだされて不愉快だったところに、その店主が自分達とおぼしき客を批難する文章を店のブログに書いたのを見かける。反撃するためにそれ専用のブログを設置し、自分達を実際以上の被害者にして、ネットの力で気に入らない店を攻撃してやろうと企てたのだ。するとそれに便乗して「こんな店は許せん!」と怒る人々が連続した。
 まことに今風のインターネット時代的な事件である。事件てほどのものでもないか(笑)。

 それのまとめサイト、togetterも見たが、もろに「妊婦さんかわいそう、この店主、ぜったい許せん!」と居酒屋を口汚く罵っている連中が集っていた。こういうのを烏合の衆というのだろう。バカ丸だし。

 この件に興味のあるかたは「居酒屋 きの字」で検索してください。ネットには事細かな情報が読みきれないほど溢れています。

---------------

 私がこのニュースで感じたのは、「いやな時代だなあ」だった。

「妊婦側」だけに立ち、踊らされるままに意見を言うと、「客に威張るイヤな店があり、今までだったら泣き寝入りの弱い立場だった客が、インターネットやツイッターという場を得ることによって、強い立場の店に反撃をした。弱者の反撃が可能な時代になった」になる。つまり「いい時代になった」である。

 しかし客観的に見れば正体は見えてくる。
 問題となった居酒屋ブログの文章は、「亭主のほうをぶんなぐったやりたくなった」「まー、ガラが悪い」とある。妊婦側のブログではそこの部分を消し、弱者である妊婦が殴られそうになったかのように被害者イメージを強調している。

 客商売なのに「今日来たイヤな客」ということで、それをブログに書く店主にも礼儀としての問題はあろうが、他者の文章を引用するとき、自分達に都合の悪い部分をかってに削除するだけでもう意見を言う資格はない。

 それと、この店主は毎日ブログに日記のようにしてイヤな客のことを書いているのではない。酔って暴れたヤクザもいたろうし、店の中をゲロまみれにしたようなのもいたろう、でも書いていない。が、この夫婦のことは書いた。そのことからもこの妊婦夫婦の特殊性が見える。私はこの亭主の店主への絡みはかなり執拗だったと読んでいる。


 ここには私の嫌いな「こどもたちの未来が」と喚いてはデモ現場でこどもを前面に出している母親や、大きなお腹を武器として突きだしている連中と同じにおいがする。この女も「妊婦」を特別なものと勘違いしている。
 
 店は「妊婦はお断り。酒の店なのでソフトドリンクはない。食事だけのひともお断り」と明言している。店の前の看板にも書いてある。かなり乱暴ではあるが、酒飲みにとって、酒を飲む店に妊婦にいられたら愉しくないのは事実。ここは凝った日本酒を飲ませる店らしい。そういう店で水を飲む妊婦がいたら白ける。

 私が亭主だったら妊娠している女房をそんな店には連れて行かない。気づかずに入ってしまったとしても、確認したら出る。ちがう店に行く。ただそれだけの話。
 私が妊婦だったら(笑)、そんな店だと解った時点で「あなた、出ましょうよ」と言って出る。これまたそれだけの話だ。揉めようがない。

 なのに揉めた。店主がブログに書いたということは、書かずにはいられなかったぐらい一日でいちばん印象的な、不快な出来事だったのだ。この夫婦が粘着質であることはまちがいない。



 親しくして頂いているIさんはまったくの下戸だ。奥さんは飲める。 三人で飲むとき、Iさんはソフトドリンクを頼む。今回のような店で「そんなものはない」と言われたら、「ああ、そうですか」と店を出る。それだけの話。というか、入る前に確認するが。

 私も、父が肝臓を悪くしたとき、願を掛けて丸2年間禁酒した。酒席には今まで通りに出たが一滴も飲まなかった。競馬の帰りなど、仲間と居酒屋にも行った。酒を避けていたら禁酒ではないと解釈していたから酒席を避けることはしなかった。
 当時の私もそんな店に行ったら追いだされるわけだが、それにはすなおに従う。入ったこちらが悪い。あちらにはあちらの経営方針がある。そこにこちらの事情を押しつけるのは的外れだ。「父が肝臓を悪くしたんです。その父の快気を願って禁酒してるんです。オレンジジュースを飲ませてください」と言ったって、店はそんな父と私の事情など関係ないし、オレンジジュースはおいてないのだから「ない」「出せない」としか言い様がない。この私の場合と今回の妊婦の場合にいかほどの差があるのか。 

 それ以前に、酒は気分のものだ。「妊婦の客、お断り」という店にむりやり妊婦が居すわってもつまらないだろう。「こんな店、ぜったいに来ないぞ」と腹の中で毒突いて出ればいいだけだ。 

 ところがここには、「そういうあなたたちの考えはまちがいだ。妊婦が現実にここに来ているのだ。妊婦をもてなせ。ソフトドリンクを出せ」と強要する感覚がある。 それが臭い。

 まあこの夫婦と私は何を話しても一切通じるものはないだろう。まちがいなく社民党なんかが好きなバカサヨクであろう。なぜそう思うのかと問われたら嗅覚としか応えようがない。

「てんかんにも運転免許を取らせろ」と同じ臭いだ。 

---------------

 短文のつもりなのについつい長くなってしまった。言いたかったことはシンプルだ。急いでまとめる。
 この「妊婦夫婦」に踊らされて、ツイッターで拡散し、この居酒屋を叩くことに快感を感じているデモ群衆みたいなのとはちがって、冷静に、「この妊婦ブログ、おかしいですよ!」と注意喚起をしてくれるひとがいたのである。そのことのうれしさを書きたかった。

 今までなら、それをしてくれるのは「居酒屋の友人」だった。あるいは肉親だった。それ以外にはいなかった。
 それが、まったく関係のないひとが、純粋に事象を判断して、「これはおかしい」と長文で意見を述べ、きちんと現象を分析し、ネット上で意見を表明してくれたのだ。
 
 「妊婦ブログ」に賛同し、便乗し、口汚く居酒屋批判を始めたのが妊婦夫婦とは無関係の一般市民なら、その奇妙さ、矛盾点を指摘して、居酒屋を庇うために立ち上がったのもまた居酒屋とは他人の人々だったのである。その正義のありかたが私には気分が良かった。


 思い出すのはあの「買ってはならない」である。サヨク週刊誌「週刊金曜日」が仕掛け、愚かな市民を洗脳した悪辣な企業テロにも、すぐに「『買ってはならない』は買ってはならない」という反論の声が挙がった。私はあのとき、まだまだ世の中すてたもんじゃないと安心した。

 今回も同じ。こういう仕掛けで煽動し、ツイッターで盛りあげ、してやったりとなる仕掛人はいつの時代でもいる。そしてまたそれに踊らされる連中がいる。それこそ孔子の時代、ローマ時代にも、仕掛人と踊らされる連中はいたろう。
 こういうバカは弱者である妊婦側に立ち強者である居酒屋を叩くという勘違い図式に酔っている。
 だが何の益もないのに、純粋な正義感で、「それ、おかしいんじゃないの!?」と立ち上がるひともまたいるのだ。

 言いたかったのはそれ。
 こんな時代だから、粘着質のヤツが、ネットスキルを駆使して気に入らないものを叩くという事件は今後も起きるだろう。それこそ明日は我が身だ。それに踊らされる愚民もまた山といる。反撃するスキルも根性もない私なんか、こんなのに狙われたら何も出来ず泣き寝入りである。泣きながら「おれは悪いことはしていないのに」と愚痴るだけだ。
 
 でもそうではないかも知れない。
「それ、おかしいんじゃないの!」と無償で立ち上がってくれる正義の味方はいるのだ。見ず知らずの他人のために、そんな活動をするひとがいる。
 なんと希望的だろう。
 
 事件そのものはどうでもいいような出来事だが、妊婦側の思うようにならなかったことに私は救いを感じた。
  1. 2012/08/01(水) 08:50:56|
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Babylonのしつこさ──かってに浸入してくる検索エンジンを意地でも撃退する(笑)

 フリーソフトをインストールすると不要なものが入ってくる。

代表的なのがYahooツールバーだ。インストール時にインストールするかしないか撰べるのはまだ良心的なほうで、デフォルトでインストールされてしまうことが多い。Yahoo大嫌いの私はかってに入ってきたこれのアンインストールを何度したことだろう。100回以上か。



 無料のフリーソフトがYahooから小銭をもらうためにやっているのはまだしも、Just Systemが契約しているのはいただけない。一太郎やATOKをインストールするとこれが附いてくる。さすがにチェック項目があるので外せるが、なにも考えずインストールしたらそのまま入ってくる。

 ※



 最悪なのはそれだと思っていたが、ここのところそれ以上に強烈なのに出会って苦労した。Babylonだ。
 いまもって何に附いてきたのかわからない。とにかく今はその種のものがフリーソフトはもちろん有料ソフトにまでついてくるので油断がならない。



 過日ここに「ChinaのBaidu(百度)というIME」のことを書いたが、あれもいろんなソフトに附いてきて、インストールの際に「デフォルトのIMEをBaiduにする」なんてのにチェックが入っている。あぶなくてしょうがない。さすがにIMEに関しては慎重なので、いまだこの失敗はしていないが。



 そういえばライブドアブログがしばらく前から、「あんたのブログでよく読まれているベストスリーはこれだよ」と教えてくれるサービスを始めた。そこにいつも上記の「Baidu(百度)」が入っている。これのしつこさに悩まされているひとがそれだけいるということだろう。




 ChromeのサーチエンジンがBabylonになっていた。いつどこから入って切り替えたのか。検索エンジンの管理を見ると、入れた憶えはないのに一覧に入っていて、しっかりと一番上に鎮座している。削除してGoogleに戻す。


 Firefoxの新規タブを開くとBabylonの検索ページが開く。これも調べると、Optionのタブの項目が、「新規タブを開くとBabylonの検索ページになる」になっていた。それを削除して元に戻す。

  1台のPCと、ひとつのブラウザだけだったとしても、かってに設定を変えられたら不快だが、私の場合、自作デスクトップ機とノート2台に、ブラウザは、Chrome、Coolnova、IronというChrome系みっつと、FirefoxとWaterfoxも入っている。これらがぜんぶBabylonだらけになり、それをひとつひとつ元に戻すだからかなり面倒だった。自室を見知らぬ他人にかってに模様替えされたようで不愉快だ。ひどいソフトである。 





 この種のソフトは、こういう図々しさでシェアを伸ばしてゆくのだろうか。シナ人の図々しさのようでじつに気分が悪い。それなりに詳しい私でもこれらを消し去るためにFirefoxのタブ設定等では苦労したから、なんも知らないひとは、いつのまにかTopPageをBabylonにされ、検索エンジンをBabylonに変更されても抗えないままなのだろう。こういう暴力的なソフトには、セイタクアワダチソウやブラックバスを駆除するのと同じ感覚で対抗せねばならない。

 私は自力で駆除出来たが、世間はどんなものかと検索してみた。
 以下のサイトが削除方法を示していて好評のようだ。苦しんでいるかたはここを参考にするといい。

 http://plaza.rakuten.co.jp/okaimonokansou/diary/201109150000



 もうひとつ、ここも親切に対抗方法を書いている。無神経なBabylonに苦しんでいるひとは多いようだ。

http://airy.s19.xrea.com/memo/?itemid=785



 それにしても、しつこい、イヤなソフトである。



 私は今回このソフトを初めて知ったのではない。これは翻訳ソフトとして前々から有名だった。無料版とかお試し版とかがあった。その種の物が大好きな私は当時早速関わっている。しかしこれを入れるとあれやこれやたいへんだった。いろんなものが附随してきて居すわろうとするのである。削除し、関わらないようにした。当時から一度入れてしまうと削除するのがたいへんな粘着ソフトだった。

 そのときはそんなものを挿れようとしたのだから私の自己責任になる。今回はなにもしないのに入ってきたのだからたまらない。





 私は2ちゃんねる閲覧にはJane Styleを使っていたが、あそこがYahooと結託したので縁を切った。Janeで2ちゃんねるを閲覧していて、そこにあることばを検索しようとしたらYahooに繋がる設定になったのである。そのときJaneとYahooの結託はちょっとした話題になったものだった。

 Janeはとても良質なフリーソフトだからYahooと契約してすこしばかり儲けようとしても責められることではない。それ以上に価値のあるソフトだ。でもYahooも孫も嫌いな私は、それでJaneとは別れた。もちろん検索エンジンを変更する方法があるのは知っている。しかしそこまでしてJaneにこだわる必要もない。より美麗なV2Cもあるし。



 ところで今回、FirefoxをVersion Upしたら自然にBabylonになっていた気がする。これはBabylonがFirefoxに忍びこんだのか。それともFirefoxがBabylonとそんな契約をしたのだろうか。そうは思いたくないのだが……。

 いややはりそれはないか。だってChromeは検索の最大手Googleのブラウザである。なにがどうあろうとGoogleが自分のところのブラウザの検索エンジンをGoogleからBabylonに替えるはずがない。現実にそれが起きた。それはGoogleに関係なくBabylonがやったのだろう。ならFirefoxもそうだと考えるのが自然だ。

 このあとのFirefoxのVersion Up等を見ていれば結論は出る。そのときは続報を書きたい。それにしても他人のPCの設定を自分を優遇するようにかってに書きかえるソフトってのは悪質だ。


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【追記】──OperaとSafari無事だった


 一応インストールしてもっているがほとんど使わないOperaとSafariも調べてみた。こちらはまだBabylonに侵されていなかった。よかった。見直した。


 独自エンジンのふたつがBabylonの侵掠を拒んだのか、それとも、単にシェアがちいさいのでBabylonの攻撃対象に選ばれなかったのか。
 

 私はこれらをほとんど使っていないから被害を受けていないのであって、デフォルトブラウザとして頻繁に使用しているひとは、Babylonに侵されたひともいるのか。このことも今後注目してみよう。

  1. 2012/07/10(火) 09:51:36|
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ChromeがついにIEを抜く──IEの強いのはアメリカと日本

Google Chrome、世界ブラウザ市場で初のトップに――StatCounter調べ

 米GoogleのWebブラウザChromeが、アイルランドのアクセス解析サービス企業StatCounterによる5月14日~20日の週の世界ブラウザ市場調査で、米MicrosoftのInternet Explorer(IE)を抜いてトップに立った。週間の調査でChromeがトップに立つのはこれが初めてだ。

 この週、Chromeのシェアは32.76%、IEは31.94%だった。3位のMozillaのFirefoxは25.47%、4位は米AppleのSafariで7.08%、5位のOperaは1.74%。

 月間でのシェアでは5月22日現在、IEが32.42%、Chromeが32.29%とIEがわずかにChromeを上回っているが、月末には月間でもChromeがIEを超える可能性が高い。

 Chromeは、昨年11月の世界ブラウザ市場で初めてMozillaのFirefoxを抜き、2位になっていた。

 国別では、米国や日本ではIEが、ドイツ、フランスなど欧州ではFirefoxがトップ。Chromeはインドや南米などの新興国で強い。

 StatCounterの調査は、世界の約300万のWebサイトの1カ月当たり150億程度のページビューの分析に基づいている。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120522-00000023-zdn_n-inet 

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 とうとう逆転か。
 これが数字以上にすごいのは、ほとんどのひとはパソコンを「買ったまま使っている」から、デフォルトで入っているIEをそのまま使っているのに対し、ChromeであれFirefoxであれ、その他を挿れる人は、「あえてダウンロードして挿れる」ことだからだ。そこに「行動」がある。
 むかしはブラウザは買わねばならなかった。IEとNetscapeの時代だ。洗練されていたからNetscapeが優勢だった。だがMSがOSにIEを附けるようになってからは一気に逆転した。というかもう寡占状態になった。そりゃOSに無料で附いてきてすぐ使えるのだから敢えて他のものを使うひとなどめったにいない。



 私はIEの使いにくさと、MSの「おれんとこのOSを使うんだからブラウザもIEを使え」という押しつけがましい傲岸さを嫌った。そしてNetCapterというすぐれたブラウザと出会いIEと縁を切ることができた。しかしMSの傲岸さは嫌いだったけどIEがすぐれたブラウザであり十分に使いやすかったら使っていたと思う。明らかにIEというのは、OSの提供者であるMSが、「おまえらにただで使わせてやっているんだ」という高飛車な態度の、「痒いところに手の届かないブラウザ」だった。IEのそれに不満を持つ有志が、続々とその「痒いところに手の届くブラウザ」を開発し始めた。

 私はIEという痒いところに手の届かないブラウザを嫌ったけど、同時にまた、世間一般はその「痒ささえ感じない」らしく、IEに多くのひとが満足しているようだから、IEを逆転するブラウザはもう無理と思っていた。
 MozillaのFirefoxが健闘したけど、所詮は「IE70% Firefox20% その他10%」でしかないと思っていた。

 なのにChromeは、とうとう、しかもあっさりと、IEを越えてしまった。驚愕としかいいようがない。




 絶対的な立場のナンバーワンを新種が凌駕したことでも、たとえばGMの自動車販売数をトヨタが抜いたというのとはすこしちがう。クルマは誰もが撰んで買うものなのに対し、プラウザは、Windowsを買ってきたら、最初にIEが入っていて、それで問題なく使える。敢えて他のものにする必要はない。
「これじゃないものにする」という「智識」と、そう「意識」して、「行動」しなければならない。
 その「意識」がついにIEを越えたのだから、これはすごいことだ。

「最初に誰もにIEありき」であることを考えると、この逆転は価値がある。Chromeをβ版の時から人柱となって使ってきた身にはなんとも感動的だ。
 といってもちろん礼讃ばかりではない。個人情報が集められると気味悪がったりもした。最初のChromeはことわりもなしにやっていた。のちに承認制になったが。そのこともあって、今もChromeよりも互換のCoolNovaやIronのほうを重用している。

 Chromeタイプに慣れたらIEは不満だらけになるのは確か。私はマルチタブブラウザに走り、IEを14年ほど使っていないからIEのことは詳しくないが、それでもWindowsではデフォルトだから、IEの8や9が出たら自然に入ってくるし、OS再インストールの時などは最初はIEを使わねばならない。

 IEでないと受けつけないサイトなんてのともたまに出会う。そういうときはそのサイトを諦める。たしか古いテレビ動画を見られるギャオスとかいうのがそうで、IEを使いたくないので見るのを諦めた。それぐらい嫌いだ。遅ればせながらタブ型になったのはいつから? 7から? 8? IEもむかしと比べたらとてもよくなっている。と思う。でもMSでないところが開発したBrowserはIEのずっと先を行っていた。それはまた当然である。「IEに不満を持っているひとたちが作り始めた」のだから。



米国や日本ではIEが、ドイツ、フランスなど欧州ではFirefoxがトップ。Chromeはインドや南米などの新興国で強い。 

 これは興味深い。アメリカ、日本では、そのままIEを使っているひとが多いのだ。「アメリカをひとことでいうと田舎」という言いかたがあり、私も体験から同意するけど、こういうところにもそれを感じる。ジャンクフードを喰いまくる太ったアメリカ人が何の疑問ももたずそのままIEを使っている感じ。
 底辺のひろいアメリカ、日本にはBrowserに凝るひともいるが、そのままIEを使っているひとが大多数ってことか。

 ドイツ、フランスがFirefoxってのは、もろにイメージ通り。がんこであり、押しつけられるものを拒む感覚の欧州人がIEを拒み、Firefoxを撰んで使うのが目に浮かぶよう。

 一方、Chromeがインドや南米で強いってのは意外。というか思ったこともなかった。ただインドはパソコンに関しては決して新興国=後進国ではない。時差を利用してアメリカの仕事を受けているPC大国だ。
 南米は疎いのでわからない。南米のパソコン好きがIEではなく、敢えてCromeを使うというイメージが浮かばない。やはり知らない地域はイメージ貧困になる。インドと南米に親しいパソコン好き友人がいないので浮かびようがない。Chrome愛好の私の感覚はインドや南米にちかいらしい(笑)。



 アサヒシンブンあたりがやる500人程度の輿論調査なんて信じないが、さすがに150億のページビューが基本だと重みがある。  
  1. 2012/05/22(火) 18:24:39|
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棋王戦四局目──雨の日の将棋観戦──J.Dの「Your Only Lonly」

Shogi.gif

今日は棋王戦第4局。会場は栃木県宇都宮市。
郷田の奪取なるか、角番の久保が凌ぐか。

雨模様なのがいい。
陽当たりのいい部屋なので、快晴で陽光キラめくと、さすがの引き篭もりも出かけたくなる。いや正しくは、出かけるべきなのではないかと悩んでしまう。温室みたいな部屋で、窓辺のハイビスカスの蕾はもうふくらみつつある。春はすぐそこ。
ほんと、春雨とインターネット将棋観戦はよく似合う。

棋譜中継はこちら
ニコニコ生放送は、豪華な解説陣で盛りあがっている。それはこちら。ここはプレミアム会員が来ると無料会員は追いだされるので、その不安に脅えるのがイヤ(笑)。
それと2ちゃんねる将棋板「棋王戦スレ」で、それぞれのファン同士の罵りあいを見ながら観戦すると万全。

私は、指し手があると「パチっ」という駒音で知らせてくれる棋譜中継だけで十分。
サブディスプレイに表示させておき、メインでは自分のことをする。



jdとはいえ今日はあまりやる気がなく、音楽を流してぼけっとしている。J.D.Souther。「もうひとりのイーグルス」。

昨夜、なぜか猛烈に彼の「Your Only Lonly」が聞きたくなった。なつかしの名曲。その前に聞いていた大滝詠一の流れなのだと思う。大滝とJDはべつに繋がっていないが、パクリの寄せ集めの大滝を聴いていると本物が恋しくなる流れか。

このアルバムでは、この曲と「White Rhythm and Blues」が好きだ。Lindaのカバーもよかったな。あのころふたりは恋人同士。JDの才能にLindaがぞっこんだった。Linda Ronstadt。ドイツ系のスペル。dが入る。イーグルスはリンダのバックバンドだった。

そのあとYouTubeで探したらライブの映像があった。映像のJDを初めて見た。もともと歌もギターもうまいひとではない。SingerではなくSong Writerとして尊敬されているひとだ。それでも全盛期?のこのレコードの歌唱はすばらしい。それが近年の映像だと齢を取って声が出なくなっているので、ちょっと私には見るのがつらかった。それを味わいと言うひともいるのだろうが……。年を取ると咽の筋肉が衰えて声域が狭くなってくる。私もG#まで出たがいまはFがやっとだ。



毎度同じ事を書くが、タイトル戦をリアルタイムでネット観戦できるなんて夢のようだ。
いいかげんこの感激から冷めてもよさそうなものだが、まだまだ夢の中。
そして、いつも思う。最初からこの便利に慣れているひとはかわいそうだと。

私は、テレビのない時代、テレビが我が家にやって来た時代、モノクロからカラーに代わった時代、東京に出て自分だけのテレビを持てた時代、という流れを知っている。それは、物心ついたときには自分だけのカラーテレビをもっていた、という今のひとよりも、ずっとしあわせだと思っている。パソコンも同じく。クルマも同じく。

モノは、その流れを知っているほうがたのしい。
「ケータイのない時代なんて信じらんない」よりも、ケータイという夢の機器が誕生するまでの流れにいたほうが楽しい。誕生はしたが、やたら通信エリアが狭かったことを知っているほうが。



てなことを脈絡なく思っていたら、視線の先にバーボンが……。
ん? いやいやいや、まさかこんなまっ昼間から。ん?


============================================

【追記】──郷田、棋王位奪取! 19.40

kiousen4

























18時40分、久保が投了し、郷田が3勝1敗で棋王位を奪取した。
久保は二冠から、王将を佐藤に、棋王を郷田に奪われ無冠となった。A級も陥落している。つらい春になった。

名人を森内、棋聖、王位を羽生、王将を佐藤、棋王を郷田と、40代の羽生世代が五冠をもった。20代から今まで常にトップに君臨するとんでもなく強い世代である。こんな例はかつてない。
残る竜王と王座をもつのが27歳の渡辺。唯一羽生世代に対抗している。

久保の無冠転落で関西にタイトル保持者がいなくなった。
振り飛車の第一人者久保の連続失冠は、振り飛車の危機でもある。



棋王戦が終り、雨が上がって春になると、名人戦の季節。
森内に、昨年の雪辱を期して、順位戦全勝で羽生が挑む。
森内は絶不調で昨年の勝率は3割。こんなひどい成績の名人はいたことがない。
誰がどう考えても羽生の復活なのだが、こと名人戦にのみ異常に強いのが森内。
さてどうなるか。
  1. 2012/03/17(土) 13:46:27|
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Twitterのフィッシング詐欺──Hello... some person is posting very bad stuff about you

twitter


ツイッターにダイレクトメッセージが着ているとGmailが教えてくれた。
英文である。

Hello... some person is posting very bad stuff about you

送り主は日本人。DMが来るぐらいだから相互フォローである。とはいえ、どういうかたか詳しくは知らない。
なぜ英文なのだろうと考える。これは私に忠告してくれているのだろうか。遠慮して英語なのだろうか。

送り主のサイトに行ってみた。レストランを経営しているかただった。どう考えてもこのかたが私に上記のような英文を送ってくるとは思えない。これは悪質なウイルスとかなんか、そんな関係なのだろうと判断して削除した。
昨年いちどそんなのに巻き込まれたことがある。あれも英文だった。



それが朝。
昼になって、あるかたから私の名でそれが送られてきていると連絡が来た。私を責めるのではなく、「アカウントがあぶないようです。気をつけて下さい」と注意してくれた。

これには戸惑った。たしかこの種の問題は、そういう英文をRTかなんかすることによって起きるのではなかったか。私はすぐに削除している。なのになぜ。

そのあとすぐ、Twitter本部?から、「あなたのアカウントが乗っ取られている可能性が高いのでパスワードをリセットしました。あたらしいパスワードを設定してください」とメールが来た。
いまあたらしいパスワードを設定したところ。



いやはやたいへんである。
Twitterに夢中ならまだわかるのだが、私はすでに昨年11月末でやめている。
昨年春に始めてすぐ自分とはあわないと解った。あわない流行りモノに手を出した自分を恥じた。
止めようと思いつつ止め時を迷っていたのだが、とんでもなく頭の悪い癇癪女と関わってしまったのをきっかけに、そんなのと関わった自分に腹立ってスッパリやめた。

shima3-green.jpgただ、140字勝負だと思っていたので、字数を計算し何度も書き直して、一所懸命書き込んだものもあるし(そもそもこのへんからしてTwitterの使い方を間違えている気がする)、愛猫の写真に日の丸を組み込んだ画像に未練もあったので、アカウントは削除しないままだった。

いまは連携しているこのブログの「アップ自動お知らせ」としてだけ機能している。私は書き込んでいない。
それがよくなかったのか。毎日何十も書きこむようなひとは乗っ取られないのか。
そのへんの事情はどうなっているのだろう。
いや、昨年同じような問題が起きたときは、けっこう毎日書き込んでいた時期の気がする。
するとそれは関係ないのか。何をしていようとターゲットにされたらおしまいなのか。



Twitter本部はパスワードを、「アルファベット、数字、記号を組み合わせた盗まれにくいものにしろ」と言うが、そんなことは重々承知なので、私はそのみっつを組み合わせて作っている。それでも乗っ取られるのではこれ以上対処のしようがない。

私の名で上記の英文が送られて来たというかたがいるかもしれないが、そういうわけですのでご理解ください。私にはもうどうしようもありません。どんな形で荒れ他人様に迷惑を掛けるのはいやなので、もう一度こんなことが起きたらアカウントを削除するつもりです。

============================================

【附記】──フィッシング詐欺の説明 16:56

このブログがとても叮嚀にフィッシング詐欺について説明してくれています。心当たりのあるかたはぜひ読んでみてください。

該当ブログ主様、無断リンクをお詫びします。役立つ情報をありがとうございました。



【附記.2】──30件ほど 23:41

今日はこの事件があったので、今年初めてTwitterをやってしまいました。といっても信じているふたりとだけですが。
いまMensionというのですか、それを開いたら、30人前後のかたが(面倒なので数えません、それぐらいでしょう)、私に上記赤字の英語メッセージを送ってきていました。被害者は多いようです。

ひとつひとつ削除するのは面倒ですが、身を引いているTwitterとはいえ、こんなものが残っているのは不快ですからやります。
この種のものとは、みなさんと力を合わせて闘かうしかありません。みなさんも、あらためて、気をつけてください。私も細心の注意を払うようにします。
  1. 2012/03/16(金) 15:17:15|
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インターネット断ち──という難問──〝名器〟の木嶋事件

ひととちがう生活時間で生きているが、昼頃には一服することが多い。午前3時からPCに向かっていると、午前8時にひと休み、二度目がちょうどその頃だ。
ここ数日、そんな休み時間にKey Hole TVでサブディスプレイの片隅にワイドショーを流している。
音は出さない。音楽を聴いている。たまに画面をチラッと見て、興味のある話題だったら音を出して見る。というつもり。
Key Hole TVのちいさくて見にくい画面だがこれで十分。



ところがその中身は、洗脳されたオセロ中島と、自称〝名器〟の木嶋という人殺しの話ばかり。
音を出さずチラ見しているだけでもうんざりして、けっきょくは見ることなく消す。

私は殺人事件が嫌いなので近寄らない。「ミステリー」と呼ばれる分野の小説を読まないのも、そういうテレビドラマを見ないのも、それが人殺しの話だからだ。
木嶋という女の人殺しに関してなにも知らない。
なのに、肝腎の殺人事件の経緯を知らないのに、本人が法廷で供述したという「女としての機能そのものが優れていると相手に言われた」とかの「名器発言」は知っているのだからインターネットはこわい。知りたくなくても情報があちらから押しよせてくるので知ってしまう。迷惑と思いつつ、その迷惑度合に慣れ親しんでいるのも事実。



私は山奥で隠遁生活をしている「つもり」なのだが、たとえ「つもり」でも、その徹底のためにはインターネットを切らねばならない。Key Hole TVは、あまりにテレビを見なくなったからあえてやってみた気まぐれにすぎない。テレビは一切なくてもいいけど、もうインターネットのない生活は出来ない気がする。すっかり常時接続に毒されている。

出来るか出来ないかの実験は今すぐに出来る。「これから一週間ネットに繋がない」とか宣言してケーブルを抜けばいいのだ。

とりあえず今は毎日メール連絡の必要な仕事があるからそこまでは出来ない。でもそれだって、「常時接続を切り一日2度メイルチェック」で充分だから、やはり言い訳か。それで間に合わないほどの緊急の場合は電話が来る。そういう事態の発生はほとんどない。だからやっぱり言い訳だ。

以前は頻繁に海外に出ていたので、そのことが「インターネットのない生活」、「新聞雑誌のない生活」、「テレビのない生活」の実験になった。
いまは日本で好き放題の生活だから、そのへんの情報選択はすべて自身の克己心に委ねられる。「新聞雑誌のない生活」「テレビのない生活」を実践しているが、それらはみな「インターネット」で代役されているのだから意味はない。テレビのない生活をしていたときもYouTube動画倉庫で適当に見ていたから、それは「テレビ受像機のない生活」でしかなかった。



昨年11月末にTwitterをやめた。
人の振り見て我が振り直せ、である。
四六時中ツイートしているひとを見たら気味が悪くなった。正気ではない。
半年ほどの短い関わりだった。

そういうひとよりはまだましだと思うが、私も「常時接続」という名の中毒ではある。
3時から8時まで机に向かって一心不乱かというとそうでもなく、2時間に一度ぐらいのわりあいで、5分10分、ニュース読みに出かけたりしている。ホームページにしているiGoogleには様々なニュースや「急上昇ワード」が表示されているし、ブログを利用させてもらっているライブドアからも、どうでもいいような内容のメルマガが送られてくる。それらで前記の「名器発言」等を知ってしまう。(私はこういう「させてもらっている」というような表現が嫌いだし、この種のものは相身互いだから「利用している」と書きたいのだが、なんかブログに関しては「させてもらっている」感が強い。利用料金を払っているプロバイダのホームページにはこんな表現はしないのだが。)

振り返って、そういう自分に気づく。癖になっている。嫌っているようで好きなのだ。毒されている。
もしも常時接続でなかったらこんなことは出来ない(起きない)から、デスクトップ機を離れ、こたつに行ってお茶を飲み、雑誌を読んだりする息抜きの時間になる。かつてはそうだった。常時接続前はそこまでインターネットはこちらを巻きこんではいなかった。そちらにもどりたい。そちらのほうが正常だと思う。今更むかしのように机の上に何冊も辞書を置いておく生活にはもどれないが、その辺は電子辞書があれこれ挿れてあるし、なんとかなるだろう。



う~む、「常時接続を切ってのインターネット断ち」か。難問だ。かつての遅かったインターネットでは生じないテーマだ。ブロードバンド時代になっての問題である。インターネットをやめろと言っているのではない。常時接続を切り、インターネット接続を一日1時間とか、そんなふうに制限しろという自身に課すテーマ。

私は電車の中でひたすら携帯電話の画面を見詰めているひと、歩きながらも携帯電話の画面を見詰めているひとを軽蔑している。病人だと思っている。
しかし私もまたインターネット常時接続という病人ではないのか。

ここから離れるのは、ある意味、薬物中毒のタバコをやめるより難しい。
と書くと、チャレンジ精神が疼いてくる。
四半世紀前、一日二箱喫っていたタバコをやめた。
ある日突然、タバコに依存している自分に腹が立ったのだった。
ひっきりなしにタバコを喫わないと生きていられない。そんな自分が許せなかった。
いきなりその日、やめた。一週間、のたうちまわって苦しんだが、やめた。以来一本も喫っていない。

出来ないはずがない。やってみるか。

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【追記】 いま7:55。Key Hole TVで「みのもんた」を点けてみた。木嶋の話。急いで消す。ダメだこりゃ。

【追記.2】 いま17:11。ターザン山本さんのブログを読んだら、木嶋をテーマに友人と語りあい、〝毒婦〟としてブログテーマにしていた。そんなに話題のひとなのか。くだらんと言って見ない私が世間とズレているのか。たしかにまあ、あのようなブスが〝いい女〟として、複数の男から金を巻きあげるという事件は、現代のさびしさ症候群を語るにはかっこうのテーマなのだろうが。
  1. 2012/03/02(金) 04:44:43|
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雪の日の音楽──初めての音楽ファイルアップ──タイ音楽Ya Ya Ying

雪降りの日は仕事が捗る。なんて書いたら豪雪地帯のひとに叱られるか。
今年二度目の降雪。降りしきる窓の外の雪を見ながら明け方からパソコン作業をした。夜明け前は、うっすらと白く染まる程度だったのに、朝になってから激しい降りになった。いまは10センチは積もってる。

全体暖房なしでやって来て、まったく問題なかったが、さすがに今日は肌寒い。でも暖房なしで平気。

朝はReggaeを聴いていた。inner circle。

innercircle

雪を見ていたら暑い国の音楽が聴きたくなった。熱心なレゲエファンではない。アルバムで20枚ほどもっているがめったに聴かない。私のレゲエはクラプトンの「保安官撃ち」で興味を持ちマーレーを知ったが、そこで始まり、そこで終っている気がする。
あ、レゲエをReggaeと綴るのはいつものよう綴りを忘れないため。
毎度のイヤミ。レゲエとはカタカナで綴るレゲエか英語のRaggaeでいい。regeeというローマ字入力はかっこわるい。



次いでタイのポップスを聴く。これも暑い国。
昨日から始めたタイ音楽の文字化け直しは、今朝も仕事の合間にちょこちょことやって全曲直した。HDDに入れているタイ音楽は400ファイルほど。文字化けしていたのは20曲ぐらい。たいした作業ではないが充分に面倒だった。

iTunesやMediaMonkeyの表示に文字化けがなくなってスッキリした。もっと早くやるべきだったと今は思う。タイ音楽もめったに聴かなくなっていたからこんなに遅くなってしまった。この文字化け問題は、それこそ十年来の懸案だった。これでもうあの醜い文字化けを見なくてすむ。ほっとひといき。



yayaying


CDジャケットはタイのポップス歌手ヤーヤー・インの「JEEDD!」。2001年の作品。
YouTubeで探したら彼女の作品がいっぱいあった。ほんとにもうYouTubeってのは何でもあるんだなとあらためて感心する。タイ音楽ファンも多いんだな。おどろいた。
どれかの曲にリンクを貼ろうと思ってチェックしたらみなダンスナンバー。売れ線だからどうしてもそうなるのだが、この娘は歌唱力があるのでルークトゥン(歌謡曲)のほうがいい。本人も自信を持っているらしくそれだけを歌ったアルバムも出している。

しかしこれはまだ初期の方向性の定まらぬ時のアルバムだから、いきなり打ちこみ音バックのダンスナンバーから始まる。が、そのあとにしっとりしたルークトゥンも収められている。YouTubeがダンスナンバーばかりだから、ここに来てくれているひとにそれを聴いて欲しいと思った。このブログを読んでくれるひとのほとんどはロックファンだ。そんなひとたちに毛色の違う音楽を紹介したかった。



で、mp3のアップ方法を勉強して初めての音楽ファイルアップ。なんとかうまくできた。このライブドアの無料ブログはmp3のアップはできないらしい。他のところにアップしてリンクする方法になった。

やたら軽いダンスナンバーばかりじゃなく(軽いというかチープ)、こういうタイ音楽の魅力も知って欲しい。こっちのほうが本筋だ。しかしこの曲のドラム、何十年も前のDTMのドラムみたいな音。初めて買ったBossにも似ている。弾き語りバイトをやっていたときのリズムマシンもこんな感じの音だった。よけいに懐かしくなる(笑)。それを越えてタイの歌のうまい娘の囁きは強烈だ。ゆるやかでせつない歌が雪をも溶かす。

ongakuguitar.gif
ヤーヤー・インのバラード。หรือมีใคร..ห่วงใยเธอ
プレイボタンを押しても音が出るまでに10秒ぐらいかかります。

シンプルなバッキングが秀逸。感情のこもった歌唱なので、どうしても音を入れたくなる。間奏の時など、満を持して、これでもかというぐらい弾きまくりたくなる。それをしない。控え目なオブリガードだけ。そして、ほんのすこしの、A・ギターの間奏フレーズ。いい構成だ。しかし「キトゥン(恋しい)」は効くなあ。泣きそうになる。



さて今日の雪見酒、どうしよう。雪の中、肴を買いに行くのが面倒だ。かといって手持ちの食材も乏しいし……。
劇画版「鬼平」でも読みながら湯豆腐でもやるか。
  1. 2012/02/29(水) 16:45:30|
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文字化けの醜さ──解決される日は来るのか

文字化けというのは、どうしてあんなに醜いのだろう。
ここのところGmailの文字化けになやまされている。
頻繁にやりとりしている編集者との仕事文章がもどってくるときに文字化けする。

mojibake

あちこちで起きている問題らしい。苦情が殺到しているのだろう、Googleも解決法を明示していて、要するに文字エンコードをShift_JISではなくUnicodeにしろということらしいのだが、それをやっても頻繁に起きる。
部分文字化けだし、元原稿をこちらがもっているので、編集者側で文字化けするよりは罪はない。

だからたいしたことじゃないのだが、醜いことに腹が立つ。文字化けの醜さは、それ自体が醜いことだ。これが意味不明の文字羅列であっても愛らしかったならまだいい。醜い。よくもこんな醜い組合せが出来るものだ。



iTunesとMediaMonkeyはUnicodeに対応しているが、それでも曲によっては文字化けする。
フランス語やスペイン語でも時たま起こる。理由は明白。パソコンとは英語のモノなのだ。ジーンズとコーラで世界征服したアメリカの仕上げはパソコンだったと言われている。インターネットの始まりは兵器だ。
同じコーカソイドの言語でも文字化けするのだから、まったく別言語のタイ語が文字化けするのはしかたないようにも思う。

Unicodeのお蔭で日本語文章の中にタイ文字を混在できたときは感動した。ホームページの最初のころはタイ文字を「切り貼りの画像」で入れていた。あれはあれで懐かしいから、あのファイル、復活させようか。
あれからさほどの時間は経っていない。なのにもうこんな不満を漏らすのだから便利になれるのは早い。
しかし未だに完全ではない。こんなことが起きている。iTunesやMediaMonkeyである。文字化けしているのはタイのポップスの曲名部分。

thaigomojibake


これまた醜い。半角カタカナと漢字の組合せでよくもまあこんな醜い文字列が作れるものだ。

音楽だから見ないようにして聴いていればいいのだが、それでも気になる。いい音楽を聴いていても「タイトルが文字化けしてるんだよなあ」と意識してしまう。
けっきょくは時間を掛けて直す。

修正すると、きれいだ。クメール文字から作られたというタイ文字の美しさが際立つ。

thaigomojibake2

確実にきれいになり、気分もよくなるのだから、それはそれでいいのだが、こんなことに使う30分はもったいないと感じる。時間を喰うのはSuperTagEditorのようなソフトがUnicodeに対応していないので(読みこむことすらできない)、iTunesやMediaMonkey上でひとつひとつやらねばならないからだ。

もっとも、この作業をする間はよけいなことは考えず集中するので、あの緩衝材のプチプチをつぶすみたいに(私はしたことがないけれど)ストレス発散になっているのかもしれない。

文字化けと完全に縁を切れるパソコンライフはあるのだろうか。
  1. 2012/02/29(水) 00:25:44|
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MilesとRobben Fordの共演ビデオ──YouTube讃歌

Robben FordがMilesと共演したことがあると知らなかった。いまYouTubeで知り、背筋をゾクゾクさせつつ見ている。
YouTubeってのは何でもあるんだなあ。いやはやすごい。あまりにおどろいて、なにがどうなってここにたどり着いたのか記憶にない。

プロレステーマ曲を聴いていたら、三沢の「スパルタンX」で泣いてしまい、泣き腫らした目でホタテの刺身と日本酒を買いにでかけ、資料を読みつつ晩酌にしようと思って、そのまえに今日の日記をつけておこうとパソコンの前にすわって、そこからどうなったのか、なにがきっかけだったのか、なにがなんだか、いつしかMIlesとRobbenの共演を見ていた。

ん? Pamela Williamsを流したのだ。そうだ、日記をつけながらPamelaのサックスを聴いていた。そこが始まりだ。するとNick Colionneのアルバムに参加している曲がひとつあり、Colinneっていくつだっけと検索をかけたらYouTubeの動画があり、その辺をクリックしたら、ギタリスト繋がりでRobbenの名があり、「ああ、ロベン・フォード、なつかしいなあ」とクリックしたらMilesとの共演に繋がったのか。よしよし、きちんと繋がりが確認できた。そうか、Pamelaのおかげだったか。

pamela



Milesがなくなったのは1991年だからもう21年になる。このビデオのルックスから見て晩年だ。マイルスは1990年までは活動していたから假りに90年だとするとロベンは39歳か。
70年代後期のクロスオーバーブームの時に出て来たひとだけど、リーやラリーと比べていちばんブルース色が強かった。ここで弾いてるのも完全なブルースギターだ。
ロベンが出て来たのは76年ぐらいで、マイルスは75年から80年過ぎまで不調で休んでいた。だからその間の共演ではない。マイルスのルックスから80年代後半か。

Milesという天才は立ち止まることなく常にあたらしい世界に突っこんでいった。クロスオーバーが話題になるとその最先端にいたし、電気を取りいれることにも躊躇いがなかった。筒井康隆に「虚航船団」あたりからついて行けなくなったように、私は進化し続けるマイルスにおいてけぼりにされ、50年代のパップへと潜っていったのだった。居直るわけではないが、あの時代のリリカルさほど美しいモノはないと今も思っているけど。

貴重な映像を見せてもらった。YouTubeってのはすごいんだなあ。中毒するひとがいるのがわかる。好きなものをたどっていったらきりがない。倦きることがない。いやはやすごいメディアだ。

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【追記】──2/25

robben

雨の日の朝、起きて、最初にまた聴いてしまった。何度聞いてもいいや。ロベンのアタックの強いピッキングがいいなあ。そしてその前後を挟むマイルスのソロ。9分の映像。Downloadして保存させてもらおう。

マイルスはガムを噛んでるのか(笑)。

マイルス来日時にタモリがインタビュウした映像を何かで見た。タモリがめちゃくちゃあがっているのがほのぼのとしていた。トランペットをやっていたタモリには神様だったろう。

YouTubeには、まだ見ぬこんな垂涎ものの映像がいっぱい眠っているのだろう。焦ることなくむきになることなく、今回のように偶然出会うことを楽しみにする。探したら幸運は逃げるような気がするから。
  1. 2012/02/24(金) 20:35:04|
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Baidu IMEとは何なのか!?──やっと「百度」ときづいた(笑)──いかにもシナらしい強引さ

 無料IMEの新手であるBaidu IMEというのがやたら接近してくる。フリーソフトをインストールすると一緒に入ってこようとする。拒む。新手のIMEに興味はあるが無遠慮なのは好きではない。なんだかやたら図々しい無料ソフトだ。こういうのは当然フリーソフト側に金を払うのだろう。フリーソフト制作者もダウンロードされるたびにお金が入ってくるならこんなうれしいことはない。

 お世話になっているライブドアブログにも接近しているようで、ブログをアップすると、無事完了の合図に毎回こんなのが出る。

baidu


 これはちょっとひどいと思う。こういう少女アニメキャラみたいなものが好きなひとは楽しいだろうが、Baidu IMEとも、こんなキャラとも接したくない私には、ブログアップのたびに毎回見せられるのは苦痛だ。ただで使わせてもらっている身であり強いことは言えない立場だが、文章末尾に入れる広告と、こういう絶対に逃れられない場に入れる広告では意味が違う。これは広告を入れてはいけない場だと思う。

 ブログをやっている以上、ライブドアブログ利用者150万人がアップのたびに見ざるを得ないから、広告主に対しては「150万人が毎日必ず目にする広告=効果絶大」ということで強気に行ける。稼ぎ頭か。しかし迷惑だ。
(文句があるならCMのない有料版にすればいいのか……。)




 IMEがまだFEPと呼ばれ有料だった頃、あれこれ買い揃えたものだった。あまりにバカなのであのころは「白地図」ならぬ「白辞書」が流行った。完全に辞書をなくし、FDに自分の使用する単語を記録して行くのである。初期のIMEであるからまともな変換はできない。連文節どころか単語もできない。暴走族の「夜露死苦」みたいな単漢字当て字変換になってしまうので、それを「宜しく」とか全部自分で辞書登録してゆくという方法だ。とんでもない誤変換よりはよほどましで、私もけっこう熱心にやった。「よろしく」を「夜露死苦」のような誤変換をされ、ひらかなに直すのに苦労するなら、「よろしく」は「よろしく」としか変換できないようにしてしまうほうが快適なのだ。そんな時代もあった。



 あたらしいもの大好きで、かつてはFepオタクというぐらいIME好きだったのだから、いまもATOKとGoogle日本語入力を使い分けているように(MS-IMEは削除している)、さらにこのBaidu IMEを入れてもふしぎではなかった。いやいや、入れて当然なのだ。使いこなせもしないのにAdobeの重いソフトを入れたり、DAWソフトも複数入れているからProgram FilesとUserfileが肥大して私のOSは今80GBを越えている。
なのにこれにはまったく興味がなかった。それはこのキャラからもわかるようにアピールポイントが私とはずれていたからだ。

 私が芦田愛菜ちゃんの名を入力することはめったにないだろうし(笑)、それにこれはGoogle日本語入力が最も得意とするところだからまにあっている。

baidu2


 顔文字を使うことはないのでこれも不要。これもGoogle日本語入力が得意だ。いまATOKからGoogle日本語入力に切り替えた。
「にこにこ」で ^^;、 (^_^;)、 (^O^) (*^_^*) といくらでもやってくれる。
「むっ」で ( `_ゝ´)ム とか(笑)。こんなものを使うことは一生ないが。

baidu3




 まったく興味のわかないIMEだった。まともな連文節変換でATOKに立ち向かえるはずもないし。とはいえそれはATOKの弱い人名、流行りモノの部分をGoogle日本語入力がカバーしてくれているからであって、これがないときに出て来たなら、芸能人名には強いようだから重宝した可能性は高い。その意味ではタイミングがわるかった。

 そしてまた思うのはGoogle日本語入力の地味なアピールだった。今でこそ動画も用意しているようだが、最初はこれだけだった。

googlejp


 私はこの地味さに惹かれてインストールした。もしもGoogle日本語入力が今回のBaiduのようなアニメ路線だったらインストールしなかった。
 後発のBaidu IMEは、文節変換ではATOKに敵わないし、人名や流行りことばではGoogle日本語入力と五分だし、ということから派手なアニメキャラを設定しての若者向け展開としたのだろう。それでインストールした若者も多いだろうし、それで拒んだ私のようなのもいる。それは戦略だ。プラスマイナスはしかたない。



 興味がなかったのでどうでもいい存在だった。ライブドアブログがアップのたびに上の絵を出すというひどいことをしなければ、そのうち私は忘れていた。しかしここまでくどいことをされると、「いったいこのBaiduって何なのだ!?」と興味を持つ。その点では広告の効果はあったことになる。ただしけっして好意的なものではなかった。むしろ反感の原因探りに近い。

 調べて、シナの検索エンジン最大手「百度」とわかった。なんだ、そういうことだったのか。「百度」がよりグローバルになるために漢字を捨て「Baidu=バイドゥ」となっていたのである。「バイドゥ株式会社」という日本法人もある。支那語の百度の発音がバイドゥなのを知っていたのに、迂闊にも私は「百度」と「Baidu」の聯想ができなかった。ヒャクドと読む癖がついていたからだ。

 検索エンジン百度には苦労させられている。登場したときからいかにもシナらしい強引さで、いつのまにか浸入し、規定の検索エンジンをGoogleから百度に変更された。徹底的に排除した。かってなことをされればこっちもむきになる。
 いや「いつのまにか浸入し」は失礼だから訂正する。フリーソフトを入れるときに附いてくるのである。だから「いつのまにか」ではない。拒むことは出来た。そのフリーソフトのインストール時に、デフォルトで「規定の検索エンジンを百度にする」にチェックが入っている。そのチェックを外さないと実行されてしまう。一度インストールして、使い物にならないとすぐにそのフリーソフトをアンインストールしても、検索エンジンは百度になったままだ。これがもう何度もあった。フリーソフト側もそのDownload数で金になるのだろうから最初から「Baidoを検索エンジンにする」にチェックを入れているのだ。

 いまはもうそれに注意しているのでだいじょうぶだが、最初の頃は、まさかフリーソフトのインストールで検索エンジンを変られるとは思わないから「いったいいつの間に」と悩んだ。そういう方法による普及にもそれなりの効果はあるのだろうが、イメージとしては甚だよくない。ズルいと感じる。



 このBaidu IMEをインストールすると、個人情報がみなシナに送られるというまことしやかなデマが流れたらしい。それを精査した人がいる。

 そのブログはここ

 このかたは《私は中国に好意があるわけではないですが、根拠のないあからさまな敵意みたいなのに対してはちょっと引いてしまいます。中国尖閣諸島の船長が『取調べで暴行を受けて、尖閣諸島が日本の領土であることに署名を迫られた』という嘘ついてるのと大差ないと思います》としている。冷静で知性的な姿勢だ。いかにシナが嫌いでも根拠のない中傷はよくない。

 ただ、日本の情報が日本で集められたとしても、そのあと本部のシナに送られることはまちがいないし、そもそもこれってGoogle Chromeが出たとき、情報がみなアメリカに送られると話題になったことと同じだ。私もそれはやはり不快で、同じChrome系のブラウザで、その機能のないSRware IRONやChrome Plusを使ったものだ。

 そういうシステムのモノを使う以上、それは覚悟せねばならないことでもある。Google日本語入力や、このBaidu IMEが流行りことばに強いのは(Baiduは使ったことがないので推測だが)、検索エンジンで使用されたコトバを収集しているからであって、利用する以上それを分析されることからは逃げられない。



【追記】──この文章を書いたのは2011年12月26日。ちょうど2年後の2013年12月26日、Baidu IMEが利用者に無断で情報収集をしていたことが露見し、事件となっている。
 私は上記で、「いくら嫌いな中国でも、根拠のない中傷はよくない」と書いたひとを支持したわけだが、甘かったことになる。根拠のある噂でありデマではなかった。事実であり、中傷ではなかったのだ。まだまだ甘かった。反省。とりあえず、使わなかった自分にほっとする。



 そういう怖れを抱くひとにATOKはいい。いまだに「あしだまな」を変換すると「脚玉名」になる(笑)。その時代遅れ感は、それはそれでいとしいともいえる。さすがにこれではそっち方面の文章を書くひとに愛想を尽かされると脅えたのか、次のVersionからはネット接続による細かなフォローを始めるらしい。

atok


 そりゃまあ無料のIMEに対して1万円前後もするのだから当然だ。私もこのサービスがあればまたATOKだけで充分になるので購入するつもりでいる。人名入力のときだけGoogle日本語入力に切り替えるのは煩わしい。しかし「専任スタッフが選別」とあるのが心配だ。おそらくAKB48の人名はすぐに出るが、私の必要とする落語家や力士の名は出ないということになるのではないか。

 上記、Baiduのデマに対して正当な意見を述べていたかたは《といいつつ、愛用してるのはIME2010なのでした》と書いている。私には、あんなクールなすばらしい意見の持ち主がMS-IMEで平気なことが信じがたい。ATOKにも不満だらけであるが連文節変換で図抜けているのは確かだ。

 さて書きあげたのでアップ。また冒頭のBaidu IMEの画を見なければならない。うんざり。

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追記──こんな感じで入ってくる(笑)──2012/1/15


 これはベンチマークのフリーソフトCrystal Disk Markのインストール画面。ふつうにインストールするとYahooツールバーや「キングソフトOffice体験版」、Baido IMEが入ってくる。デフォルトでチェックされているから、このチェックをすべて外さねばならない。こういうフリーソフトが山とある。Yahoo嫌い、Baido嫌いは気をつけねばならない。

crystal




 映像再生ソフトGom Playerにも気をつけて(笑)。デフォルトでインストールになっている。これ、朝鮮製のソフトである。やはり朝鮮はシナの手先なのか。

baidogom

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【追記.2】──とうとう入られてしまった!──2012/9/13

 「キングソフト辞書」というフリーソフトがある。むかしから利用している。それの反応が鈍くなったのであらたにDownloadして上書きした。ソフトの不調はこれで元に戻ることが多い。
 上書き再インストールして、確認すると使いやすくなっている。安心して作業に戻ろうとしたらなんか変だ。

 タスクバーを見ると、IMEのATOKのところが見知らぬ物になっている。開く。Baiduだった。これだけ気をつけてきたのに、とうとう侵入されてしまった。キングソフト辞書にもついてくるようになっていたのだ。しかもステルスだ。私はこんな使い慣れたソフトでも慎重に確認しながら再インストールを進めた。そこには「インストールの確認」は一切なかった。あったら気づいている。上記ふたつのソフトの例のように、チェックを外す項目など出て来なかった。いま、「キングソフト辞書をインストールすると、一緒にBaidu IMEも入ってしまう」。これはひどい話だ。



 キングソフト辞書はそれによってBaiduから金をもらっているのだろうが、これで大きく評判を落とすだろう。愚かなことだ。私はいまからキングソフト辞書をアンインストールする。それがこんなとんでもないことを平然とやる企業に対するせめてもの抗議だ。もう二度と使わない。

 その前に一刻も早くBaiduを消さねば。



 アンインストールしようとしたら、こんなのが出た。

baidu4


















 すごいな、この粘りは。「もうすこし」もなにも1秒も使っていない。浸入されたとわかって即アンインストールだ。
柔道の試合で、日本人がイッポン取って勝ったので、力を抜く。勝敗は決した。しかし外国人選手は投げられてイッポン取られているのにしつこくしがみついている。引っぱられて思わず日本人がしりもちをついてしまった。するとそのしりもちがイッポンにされたという信じがたい試合があった。

 それを思い出した。ここまで粘るべきものなのだ。外交問題も同じだ。このしつこさがなくてはならない。
 このあとさらに「ひきとめ」が出るのだが、画像を紹介する気力もない。

 とにかく、PCユーザーになんの承諾を得ようともせず、自分と一緒にBaiduを挿れてしまうキングソフト辞書には怒りを覚えた。

 と書いて気づいた。Crystal Disk Bench Markの時に「キングソフトOffice体験版」がBaidu IMEとペアになっている。この会社、グルなんだ。関わった私がバカだった。反省。

 先程、いきなり検索エンジンがBabylonになっていておどろいた。急いで「検索エンジン管理」から消して、もとのGoogleにもどす。完全に消し、検索エンジン一覧からも削除したはずなのだが、いったいどこから沸いてくるのか。おそらくこのキングソフト、Baiduとの連係だろう。こちらの嫌いなものはみな仲がよいようだ。よくできた話である。

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【追記.3】──とうとう入られてしまいました、二度目──2012/11/10

 KMplayerという南朝鮮製の動画プレイヤーを入れている。上記Gomplayerも同じ。
 これが「Version UpしたのでDownloadしてインストールするか」と自動で問うてきたので、つい「はい」と応えてしまった。すると知らないうちにBaidu IMEになっていた。今からアンインストールするところ。
 PandoraTVも一緒に入ってきたらしい。うんざり。ほんとに朝鮮はシナの手先だ。

baidu5

 しつこく食いさがる。




baidu6

 なんとかアンインストール完了と思ったら、ブラウザがかってに開き、質問してくる。









baidu7































 これぐらいやらなきゃ後発のIMEは普及しないのだろう。たいしたもんだ。ここまでやられると感心する。

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【追記.4】──中共でBaiduを体験してきた──2013/3/12

 シナの130元(2000円強──日本だと1万円のビジネスホテルぐらいの設備)のホテルに泊まろうとしたら、160元だと「電脳房」なので、それにしてみた。同じ部屋だから、30元がパソコン代金になる。部屋にパソコンがあり、インターネット接続されているらしい。

 部屋に入るとデスクトップ機がおいてあった。ディスプレイは23インチのワイドであり、ここまではなかなかよい。
 OSはXP。回線はADSLだろうか、遅くていらいらした。
 検索エンジンはしっかり百度=Baiduだった。やはり中共のデフォルト検索エンジンはBaiduらしい。

 中共では情報制限がされていて、日本では簡単に調べられることも、政府に都合が悪いことは検索できないと言われている。たとえば「天安門事件」だ。それを確かめたかったが、時間がないのと、遅いのに苛ついてできなかったのが心残りだ。

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【追記.5】いったいいつの間に、殺しても死なない──2013/10/8

 一昨日、文章を書こうと思ったらIMEがBaiduになっていた。ATOKに切り替えようとしてもしつこく居すわる。いったいいつの間に入ったのだろう。覚えているのは、Gomplayerという韓国製の動画再生ソフトにVersion Upしたのでアップするかと問われ、インストールしたことだ。そのときに確実にこういうものを挿れるかどうかのチェックを外し、「いらない」と断っているのだが、入ってしまう。Your Uninstallerを使いアンインストールする。

 そして今日。いきなり「規定のIMEをBaiduにしますか」と問われた。寒気がした。完全に削除したはずなのだ。まだどこかに残っているのか。調べると本体は消したがレジストリに残っていた残滓が問うてきたらしい。おそろしい。気味が悪い。闘いはまだまだ続く。

 ATOKも高い金を払って買っている有料IMEなのだから、そんなのに浸入されたら「規定のIMEがATOKから異なるものに替えられるようとしています。どうしますか?」と問うぐらいの能力をもってくれ。敵ながら、ここまでやるものかと惘れ、感心している。しかし図々しい。BaiduとBabylonはすごい、いろんな意味で怖い。

kanren6
Delta Searchの異常さ

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【追記.6】──Winampにもついてくる──2013/11/4

 ひさしぶりにWinampを挿れた。インターネットラジオを聞くのにはこれがいい。最近の私はJazz部門のSmoothJazzしか聞かないが。
 すると「Baidu IMEを挿れますか」と聞いてきた。しっかり「いいえ、いれません」にチェックを入れる。すると固まった。1分ぐらい固まっていた。何事かと思う。

 Winampを起動する。その瞬間、IMEがBaiduになっていた。あれだけ拒んだのにインストールされている。
 IObit Uninstallerを起動して確認する。有料のUninstallerももっているが、IObitのこれはフリーソフトなのに優秀だ。愛用している。
 するとあれだけしっかり拒んだのに、「Baidu IME」が79MBで入っていた。いやはやなんとも。いま削除した。パワースキャンでレジストリもきれいにしたはずなのに、まだタスクバーのATOKの横をクリックすると「使えるIME」で存在を主張している。まだ残っているファイルがあるのだろう。なんとしてもきれいにせねば。しかししつこい。

「本当にアンインストールしますか? お別れするのがつらいです」の画面では、かわいい少女が涙を流して別れたくないと言っていた。なんでそこまで熱心なんだ(笑)。図々しさと、しつこさと、わざとらしさ。新興宗教の折伏のしつこさを思い出す。

 エクスプローラーで確認したら、Program fileにまだBaiduというのが残っていた。ここにdllがある。これを消さないといつまでも存在を主張するだろう。消そうと思ったらなかなか消せない。「他のソフトが開いているから出来ない」といやいやをする。言われるまま、ブラウザ、Winamp、アンインストールソフトを閉じて、やっと削除出来た。しかしまだタスクバーの「使用できるIME」の欄には、完全に削除したのに「Baidu IME」が表示されている。呪われているのか。なんなんだこのしつこさは。

---------------

【追記.7】──Baidu IMEの情報収集発覚!──2013/12/27

 いまニュースでやっている。Baidu IMEが情報収集をしていたのがバレた。200万人もの日本人が、特に大学を中心にして使用していたという。なんという脇の甘さだろう。あきれる。気狂いを気狂いと見抜く目さえなくなっているのか。

●Baidu IMEが情報送信──やっぱりね

 今回話題になったことで、ひとりでも多くこの異様なソフトの怖さに気づいてくれるといいが……。

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【追記.8】──Baidu IMEに日本政府が使用禁止の呼び掛け──2014/1/2

 それに対してシナの反論が嗤える。それはこちらにまとめました。
  1. 2011/12/26(月) 19:53:47|
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Chrome15がIE8を抜き首位! 世界ブラウザー市場──ブラウザ変遷史

Chrome15がIE8を抜き首位に、世界ブラウザー市場

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 Webアクセス解析などを手がけるアイルランドStatCounterは現地時間2011年12月15日、世界のWebブラウザー市場に関する調査結果を発表した。それによると、11月第4週に米Googleの「Chrome 15」が初めて米Microsoftの「Internet Explorer(IE)8」を抜き、バージョン別首位に立った。

2011年12月5~11日の世界Webブラウザー市場(StatCounter調査)
 11月21~27日における世界のWebブラウザー使用状況は、Chrome 15がシェア23.6%で、IE8の23.5%をわずかに上回った。11月28日~12月4日はChrome 15が23.7%、IE8が23.1%。12月5~11日はChrome 15が24.6%、IE8が22.2%と推移している。12月16日23時 日本経済新聞 

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興味のないひとにはどうでもいいことかもしれないが、Microsoft Internet ExplorerとNetscape Navigatorの闘いを見てきた身には何とも心にしみいる事件になる。共に有料だった。あのころはBrowserもIMEもすべて有料である。

ふたつのBrowserの闘いの歴史はWikipediaにまとめられている。
簡単に言えば、圧倒的に強かったネスケが、共に無料となってからは、IEに逆転され、没落し、消えてゆくのである。ネスケの歴史は、大航海時代に世界中の富をかき集めて栄華を誇った国が、やがて時の流れと共に本来の小国に落ちぶれてゆくのに似ている。

決定的な差がつき、ネスケがギブアップしたのは1998年ころのようだ。Windows98である。95もずいぶんと大きな波だったが、やはりOS最大の波はこの98だろう。パソコン使用者も圧倒的に増えた。このあたりからもうBrowserとはWindowsに無償でついてくるものであり、イコールIEのこと、となったのだろう。

それでもこのころはまだ外国のインターネットカフェに行くと、「ブラウザはIEにしますかネットスケープにしますか?」と尋ねられた。まだネスケもバリバリがんばっていたのだ。このころのウェブサイト(まだホームページと言っていた。ブログはまだない)日記には、「ネットカフェでInternetExplorerかNetscapeかと尋かれた。InternetExplorerが大嫌いな俺は即座にネスケを指名する」なんて記述が散見されたものだ。

わたし的には、当時の外国のインターネットカフェのキイボードは当然カナ入力など出来なかったから、ローマ字入力でやるのだが、それでもうまく行かず、文字通りローマ字でメールしたことを思い出す。Genkidesuka Nihongoga Utenainode Roma-ji de kakimasu なんてやっていた。



ネスケはギブアップ宣言をする。だがその血はMozillaと名を変えて生き続けることになる。

大河ドラマとして見るなら、今回ついにIEを追い越したのがMozillaの血を引き継ぐFirefoxであったほうが物語としてはよりおもしろかったろう。だがFirefoxは善戦はしたがIEの牙城を崩せなかった。巨大な無敵戦艦となったIEを破ったのは、まったく別路線から登場したGoogleのBrowserだった。果たしてOSの世界でも打倒MSは叶うのだろうか。Googleの無料OSが普及したらMSは真のピンチを迎えることになる。

なお、引用した記事の最後は、Chromeが逆転したのはIE8であり、全体的にはまだIEのほうがわずかに1位としている。IE6や7の利用者がけっこういるのだ。すでにIE9が出ているが最大利用者は8であるらしい。
いまのIEはずいぶんと使いやすくなったようだ。IE9を挿れているが使ったことがない。


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●MS嫌い

私はWindows2000のころから(あのころはIE5であるらしい)IEを使わなくなった。当時は革命的だったNetCaptorというタブブラウザを使い始めたからだ。タブブラウザの便利さには驚嘆した。その感想と教えてくださった方への感謝はここに書いている。2003年の文章だ。今でこそIEもタブブラウザになったが、そうなるまでどれほどの時間を要したろう。王者の傲慢で、すぐにでも対応できるのに、あんなものはくだらんと対応しようとしなかった。どちらが正しかったかは今対応していることでわかる。

IE9


私はIEが嫌いでNetCaptorの使い手になったのではない。それが純粋に桁違いに便利なスグレモノだったから利用しただけだ。MSの傲慢さには長年腹立たしい思いをしているが、かといってそれだけでいちばん便利なものを遠ざけてまで不自由な思いをするというような根性はない。またそれを美しいとも思っていない。すなおによりよいものを使うだけだ。IEがそうだったならそうした。しかしそうではなかった。だから使わない。また、よりよいものがあるのに、それを探したりせず、あるいは教えられてもそれに移ることなく、ただ与えられたものだからとIEを使っているようなひとを嫌っているのも確かだ。それは生きる姿勢にも通じる。

ブラウザの使用者数がどうのこうのなんて、じつにもうどうでもいい話だが、ついに、あの、横柄尊大驕慢なMS帝国に一矢を報いる存在が現れたということは、私には乾杯したくなるような大事件だった。本当はいますぐ乾杯したいが今日は仕上げねばならない仕事があるので今夕まで我慢。
  1. 2011/12/17(土) 10:02:43|
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2ちゃんねるの「きっこスレ」──傘がない

2ちゃんねるの<きっこさん>をネタにしたあそび。井上陽水の「傘がない」。「都会では」の出だしが「疎開では」になっているのが秀逸。175はあたしです。流れからして「だけども」だけにして、あとは次のかたに任せるのが「2ちゃんねる遊び」のオキテなのでしょうが連続してしまいました。すみません。

kikko-kasa


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追記──その後に書き足されたひとつ(笑)。これ、「エア疎開」がなかったら成立しないネタ。「傘がない」のパロディは山ほどあったろうけど、こんな展開は間違いなく初めてでしょう。だって「エア疎開」なんて戦中以外ありえない。悪質なデマを流してアフィで稼いでいるんだから真剣に怒るべきことなんだけど。コトバ遊びが楽しくてワンピースがずれてパンツ丸見えになっちゃう。

kikko-kasa2
  1. 2011/11/30(水) 18:29:16|
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ことば──ことほぐ・言祝ぐ・寿ぐ

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阿比留瑠比さんがizaに書いた「輿石幹事長誕生を言祝ぐ地元紙と私の過去記事」の「言祝ぐ」に絡んでいるひとがいた。

阿比留さんの書いた「言祝ぐ」に、《言祝ぐ(ことほぐ)は「寿ぐ」と書きまするんどすえ。》という意見。
すぐに他の読者から「どちらも正しい」という意見が入る。このかたは「釣りだった?」と書いていたから、知っていての絡みかと思ったのだろう。どんな辞書にも「言祝ぐ」はある。
最初のひとからまた反論。「言祝ぐは当て字。正しくは寿ぐ」と、それでも「寿ぐ」を主張する。

くだらんことを言うひとだなと思った。後に阿比留さんにしつこく絡んでいる有名な投稿者と知る。
阿比留さんの勘違い誤字を見つけ、うまくあげあしを取ったと悦に入ったのに、同じ読者から誤字じゃないと否定されてむきになったのだろう。



「言祝ぐ」を、日本語の「ことほぐ」の「当て字」とするなら、当然ながら「寿ぐ」もまた「ことほぐ」の当て字である。
「しあわせ」を「幸せ」が正しく「仕合わせは当て字」と言っているのと同じだ。
和語を漢字で表記するのはみな当て字である。まったく資質のちがうものを無理矢理一緒にしているのだから単なる強制結合だ。なにが、どれが正しいかは、時の担当者が決めたにすぎない。

中学や高校の「国語の試験」、あのくだらない「漢検」やQさま(笑)では「寿ぐ」が正解だろう。しかしそれらとは無関係の、それらを卒業したおとなの世界ではそういう「しばり」に意味はない。
そして、輿石幹事長誕生に浮かれる地元の雰囲気を伝えるためには、字面的にも「言祝ぐ」の方が似合っている。



このひとは意見のちがう阿比留さんに、このことで一矢報いたつもりなのかも知れないが、その「あげあしの取り方」がもうかっこわるい。文部省的決め事を絶対とし、そこからはみだしたものを否定する四角四面な感覚だ。よく「辞書が辞書が」と辞書を神聖化するひとにもこんなタイプがいる。
たかが当て字ひとつの話なのだが背景に見えてくるものはけっこう大きい。
  1. 2011/09/05(月) 18:01:41|
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単行本「きっこの日記」熟読中──幻のベストセラーを奇蹟的に入手!?

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かの有名な<きっこさん>のことは、だいぶ前から知っていた。いつだろう2002年、2003年、それぐらい。もっと遅いか。
私がインターネットに初めて接続したのは1998年だった。海外のインターネットカフェである。
<きっこさん>は「きっこの日記」の前に「れいなの日記」というのをやっていたそうで、それが2000年10月からだとか。もちろん知らない。

そもそも私は友人に無理矢理勧められてインターネット接続を始めたものの、パソコン歴は30年近いのに断固としてパソ通をやらなかったほどの「接続恐怖症」だから、しぶしぶインターネットを始めはしたが、ごく限られた友人とのEメール(むかしはなぜかこう律義に言った)ぐらいしかやらなかった。おそろしい秘術をもったハッカーに電話線を通して自分のパソコンに侵入され破壊されるのではないかと恐れ、用件が済めば急いで接続を切ったほどだった。そしてまたあのころは接続していれば常に課金状態だった。今のような定額制ではない。電話のようなものである。インターネット三昧はできなかった。するほどの価値もなかった。

いずれにせよ私が「きっこの日記」を初めて訪問したのは<きっこさん>が有名になってからである。<きっこさん>が「さるさる日記」を始めたのが2003年からだという。当初は<きっこさん>も一日100人ぐらいのアクセスだったそうだから、私が知るはずもない。だからきっと初めての訪問は2005年ぐらいかもしれない。どんなきっかけだったのかは記憶にない。



餘談ながら、私は「さるさる日記」を開始当初から知っていたが魅力を感じなかった。2000年から私も日記形式のサイトを始めていたから自分が関わるものとして適切かどうか真剣に検討した。だけどあんなものをやるぐらいなら独自のホームページをやったほうがいいと結論した。私からするとなにひとついいところがない。あるとしたら、独自のランキングが発表されるから、ひとりでも読者を増やしたいひとには有用だったのだろう。おそらく最大の魅力であろうそれが、仲間内でひっそりとやりたい私には無意味だった。

自由度は低いし、デザインもわるいし、代々茨城の田舎者の私が両親とも代々江戸っこであるという粋な<きっこさん>にこんなことを自慢する自称江戸っ子なんてのはほとんど故郷を追われた無宿流れ者の家系だ(笑)。クズだよクズこんなことを言ったら笑われそうだけど、「さるさる日記」が好きな人はイモだと思う。まともな美的センスがあれば「これならせめて自分で作ろう」と思うだろう。あんなものには関わらない。利用者数は(いま読んでいる<きっこさん>の本によると)最盛期で15万人であり、そこからは頭打ちだったという。ブログが普及してからは、あんなのを利用するひとはいない。

長年お世話になった<きっこさん>さんは、「でも」と「さるさる日記」の利用者頭打ち状態を認めつつ、自分にとって「さるさる日記」がいかにすばらしいメディアだったかを力説していた。「さるさる日記」でトップを張ったのは「きっこさん」と「勝谷誠彦」だ。なんともセンスがいい両巨頭(笑)。

そういう世話になった「さるさる日記」をかばう<きっこさん>はステキだと思う。本気で。世話になっておきながら後ろ足で砂をかけるようなヤツは最低だ。でも<きっこさん>が必死に褒め称えたが(日記の3だから2007年時)、「さるさる日記」はその後も益々落ち目になり、ついに2011年6月で廃止になった。ごくごく当然の結末だった。だって、なにからなにまでみんなイモなのだもの。なんで「さるさる日記」は垢抜けなかったのだろう。



その後もどこかで<きっこさん>が話題になるようなことが起きると年に何度か訪問した。政治思想的に合わないことはハッキリしていたから読んでもつまらない。社民党を支持しているひとの話など読みたくない。なにしろ福島瑞穂支持なのである。その理由が病気の「母さん」に対して最もやさしい政党だからでは話にならない。でもそれはそれで「女っぽい」と思った。そのときは。

女はそういうリクツを言う。私の姉も「政治家はひとで選ぶ」などとしたり顔で言っていた。つまり国会議員を、憲法に対してどうなのか、外交をどう考えているか、国家の未来をどう描いているかというようなことではなく、奥さんを大事にするとか休みの日には近所のドブ掃除をするとか、そういうことから選ぶという意味だ。市会議員ぐらいまでならそれでもいいかもしれないが、国会議員はちがうだろうと姉に意見した。もうずっとずっと前のことであるが。

「きっこさん」は「母さん」の医療費に苦しんでいて、そのことに関していちばんやさしい意見なのが社民党なので支持していると書いていた。ここで大事なのは社民党は「言っているだけ」でなにも実現していないということだ。「きっこさん」が苦しんでいる「母さん」の医療費のようなものを無料にすると社民党は言っている。だから「きっこさん」は支持した。だが残念ながら社民党が政権与党となり「きっこさん」の夢を叶えることは永遠にないだろう。その意味でもかつての実恋愛と同じく「きっこさん」は悪い男にだまされているようなものだ。

世間的には、<きっこさん>は耐震疑惑とかなんとかの裏情報で有名人になったらしい。私はそれに興味がなかったので、その時期にはまったく行っていない。いやもちろん一般的な興味を持ってニュースには接していたが、何事に関しても「どこも書かなかった極秘裏事情」みたいなものに興味がないので訪問しなかった。いまは<きっこさん>の当時の情報すら眉唾ものと評価されているようだ。



けっこう頻繁に行くようになったのはここ2年である。きっかけは大荒れとなったエリザベス女王杯だった。<きっこさん>がその100万馬券を当てたと話題になった。いや実際は100万は3連単であり、<きっこさん>の取ったのは馬連の12万馬券を100円でしかないのだが、「すごいすごい」と話題になっていた。

なんの自慢にもならないが私は馬券で地獄を見た男であり、10万馬券なんてのは千円単位で何十回も当てている。この程度のことを知っても、たまたま初心者の幸運と思うだけで驚くことはない。だが、それはそれでたいしたものだと祝福する気持ちはもっている。そしてまたどんな推理で当てたのかには興味がある。それでひさしぶりに出かけた。しかし内容はエヴァンゲリオン(わたしゃまったく知らない)とかによるこじつけだった。ひどすぎる。高本公夫よりひどい。

しかしまた馬券ファンは欲深いから、そう思いつつも、それ以降の<きっこさん>の予想は毎週チェックするようになったのである(笑)。なんとも。ここは「(笑)」ではなく「(照)」とすべきか。いや「(恥)」か。そりゃまあ負け続けているから、溺れるものはきっこでもつかむ。

そうして毎週末「きっこの日記」の競馬予想を読むようになった。せっかく行ったのだからそのついでに前後の日記も読んだりする。もちろん政治ネタは最初から避ける。あわないのは知っている。不快にはなりたくない。なにを読んでも感覚が違う。いろいろ言いたいことはあるが、それは無粋だ。「きっこの日記」で<きっこさん>さんが何を言おうとそれは<きっこさん>さんの自由だ。文句があるなら読むな! である。私も自分のホームページに関してそう思っているから、文句をつける気などさらさらない。ともあれ2年前から週末に「きっこの日記」を読むようになった。



前振りなのにまた長くなってしまった。すみません。もうすぐ終ります。
他人様に意見を言う気などないし、そんな資格もないのだが、それでも今回の<きっこさん>さんの原発に関する発言だけは看過できなかった。あまりにひどい。ひどすぎる。反論を書きたかった。しかしそれには私はあまりに<きっこさん>を知らない。
ネット上にある文章を集めて印刷し通読しようかと思った。他人様に意見を言うとき、そういう最低限の礼儀というか姿勢はもっている。でもできるなら発刊されている単行本を読むのが手っとり早い。

しかしあっと言う間に売りきれ、それは本人の見栄であり実態は全然売れてなくて有りあまっているらしいが、なのになぜか重版されずあまってるんだもの当然だよねえ入手困難と言われている幻のベストセラー「きっこの日記」を読むことは不可能にちかい。
藁をもすがる思いで地元の図書館を調べた。するとぜんぶあったのである。

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しかも3冊ともただの一度も誰からも貸し出されていない真っさらであった。まったく利用者がいないのでずっと前から「保管庫」という日の当たらない倉庫に引っ込められて図書館の書架にはなかった。手続をして取りよせてもらう。
私は前々から自分の住んでいる東京都下の文化意識に疑問を持っていたのだが、ここまでとは思わなかった。せっかくサヨク図書館員(たぶん社民党支持者)が揃えてくれた「きっこの日記」3冊を誰も借りていないとは何という民度の高さ低さであろう。思わず笑ってしまったため息をついてしまった。

その誰からも手を触れられていない3冊の「きっこの日記」が目の前にある。真っさらである。印刷されたそのままだ。麗しの処女だ。そっとその柔肌、いや白いページに指を伸ばす。
私は今赤いハイヒールを履いた小沢一郎みたいな顔をしたオカマジジーのカマを掘るヤケクソ心境とよた真帆に似た細身なのに豊かなFカップの胸の美女(ラビアにピアスあり)と結ばれる男の心境でページを括る。

3冊を読了してから、あらためて<きっこさん>に対する意見を書きたいと思う。

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★ひとさまで他人様にならないGoogle-IME

この文はGoogle-IMEで書いた。すると「ひとさま」は「人様」だけで「他人様」にならないのでおどろいた。Google-IMEは実際に使用しているひとたちのコトバを蒐集して成立しているから、今の時代ほとんどぜんぶのひとが「ひとさま」は「人様」と打っていることになる。こうなるともう「他人様」と書いて「ひとさま」と読ませることは通用しない。Google-IMEで「他人様」を出すには「たにんさま」と打たねばならない。

数年前の「たかじん」で、三宅久之さんが「たにんさま」と言った誰か(勝谷かな)に対し、「たにんさまじゃありません、たにんさまと書いてひとさまと読むんです!」と注意していた。世の中、三宅さんの感覚とはちがう方向に進んでいるようで残念だ。

勝谷が「消耗」を「しょうもう」と言った時も三宅さんは叱った。「しょうこう」だと。消耗はしょうこうが正しい。でも部首の想像から「しょうもう」と読むひとが増え、いつしかそちらが優勢になってしまった。今時「消耗品」を「しょうこうひん」と正しく読んだら誤読とされるだろう。
これはいわゆる部首から推測する「百姓読み」というやつだ。過日テレビのアナが「脆弱」を「きじゃく」と誤読したときにも書いた。これも「百姓読み」である。

この場合の「百姓」は一般人を示す普通の語なのだが、今の日本では「農民に対する侮蔑語」として弾かれてしまうだろう。漢字の本家支那には今も「百姓酒家」なんて店がふつうにある。もちろん農民限定の酒場ではない。
  1. 2011/09/05(月) 08:29:28|
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携帯電話からのブログ文章──水増し勘違い

携帯電話でブログをやっている知人がいる。

こちらからすると短いセンテンスと空白ばかりでつまらない。

読み応えがない。

ブツ切り文章は携帯電話だからだ。

機械が文章まで左右する。

でも本人はあまたあるブログの中でもかなりの長文との矜恃があるらしい。

携帯電話で書き携帯で読んでいるからだろう。

短いセンテンスと隙間だらけに気づかないのだ。

いまここに書いているような感じの文だ。

こういう形式。

毎回一行開けになる。

行数は多い。

最後までにはかなりスクロールする。

しかし本人が自信を持つほどのものではない。

彼の文をコピーしてテキストエディターにまとめてみた。

私も閑人だ(笑)。

まともな文章にしたら原稿用紙2枚もなかった。

携帯電話で書く文章なんてそんなものである。

努々勘違い自信は慎んだほうがいい。

ちなみにこれも今からふつうにまとめてみる。

ふつうに書けばこの程度でしかない。

こんなものなのである。

改行と隙間による水増し薄味だ。

こんな文を書いてるひとの頭もそうにちがいない。

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携帯電話でブログをやっている知人がいる。こちらからすると短いセンテンスと空白ばかりでつまらない。読み応えがない。ブツ切り文章は携帯電話だからだ。機械が文章まで左右する。
でも本人はあまたあるブログの中でもかなりの長文との矜恃があるらしい。携帯電話で書き携帯で読んでいるからだろう。短いセンテンスと隙間だらけに気づかないのだ。
いまここに書いているような感じの文だ。毎回一行開けになる。行数は多い。最後までにはかなりスクロールする。しかし本人が自信を持つほどのものではない。
彼の文をコピーしてテキストエディターにまとめてみた。私も閑人だ(笑)。まともな文章にしたら原稿用紙2枚もなかった。携帯電話で書く文章なんてそんなものである。
努々勘違い自信は慎んだほうがいい。ちなみにこれも今からふつうにまとめてみる。ふつうに書けばこの程度でしかない。こんなものなのである。改行と隙間による水増し薄味だ。こんな文を書いてるひとの頭もそうにちがいない。
  1. 2011/07/25(月) 20:16:27|
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インターネット制限解除──8日坊主←松本龍と同じ(笑)

インターネット制限をやめた。8日坊主。

私はタバコをやめると決めたら一日三箱喫っていたのをキッチリやめた。その後25年間、今に至るまで一度も喫っていない。いつしか煙を受けつけなくなり、外国でマリファナを勧められても、気持ちよくなる以前に煙を躰に入れることに抵抗があり拒んでしまう。だから私はマリファナを喫ったことは何度かあるのだが、その魅力を語る資格がない。オランダでは解禁されているから、アムステルダムではみな喫茶店で喫っている。勧められたけど、煙嫌いとなった私にはマリファナもタバコも同じようなものだった。

父が肝臓を患ったときは願掛けで2年間禁酒した。その間もみんなとの酒席には常につきあい、一滴も飲まないが割り勘で払った。目の前に大好きな酒があり、みんなが愉しそうに飲んでいても平気だった。それがつらくてそういう場を避けたのでは禁酒の意味がない。そう考えていた。
とまあ意志の強いことをアピールした上で。



インターネットをタバコのようにやめると思っていたわけではないから8日坊主を恥じることもないのだが……。
私はパソコンで文章を書きつつ、ちょいちょい横にそれて遊びに行くのが好きだ。BGMを流しているのは長年の習慣なので、音楽を聴くのは当然としても、その他にも思いつきでブログを書いたりツイートしたり、メールしたり、新聞のサイトを読みに言ったりが癖になっていた。インターネットを切るとそれらができない。自分のパソコン作業にとって常時接続がいかに大きいかを思い知った。30分作業して5分遊びに行くというようなことを繰り返しているから10時間向かっていても平気なのであって、それができないとなると2時間でもつらくなってきた。それで図書館に出かけることにした。私のノートはフルノートなので、この梅雨の時期にそれを持って通うのは重くてたいへんだ。でもがんばって通った。だけどそれならなんで接続しないで我慢してるのって話になるけど(笑)。

図書館での一日数時間の限定接続を愉しんでいた。限られたその接続は愉しかったが、そのことによってよけいに帰宅後の自室での作業や、さわやかな夏の早朝作業にインターネットがないのはつらいと知る。



今日、あの不愉快な松本復興相というのが辞任する話題があった。私はあいつは菅と同じように大臣の椅子にしがみついて辞めないと思っていたので意外だった。テレビじゃ物足りない。もうしょうがないと腰を据えてネットに繋いだ。情報を集め、早速ツイートし、ここにも書きこんだ。なんかうれしかった(笑)。そのときの私の表情は活き活きしていたにちがいない。

禁煙に関して最もよく引用されるのがマーク・トウェインの「煙草をやめるなんてとても簡単なことだ。私は百回以上も禁煙している」だろう。私は一度決めたらそのままだったから、この「禁煙をやめる楽しみ」を知らない。禁酒も父の健康にひと区切り着いたからまた飲み始めただけで、そのことにべつに感動があったわけでもない。
今回、「しばらくやめると宣言したインターネットをたった8日でまた始める」という恥ずかしさと快感を味わった。



たった8日間の「自室でインターネットを使わない生活」だったが新鮮だった。
なにより再開した今のよろこびが大きい。
これはこれでたのしい経験だった。

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ここのところずっとDavid Lanzのピアノを聴いている。
同じ音楽なのにインターネットが繋がっていると、昨日より心に響いてくる(笑)。

frontal

















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【補記】──松本の任期とインターネット制限

 松本が復興相に就任したのは6月27日。私が思いきってインターネット常時接続をやめた日だ。これは偶然。
 松本が辞任したのが7月5日の朝。9日間の大臣だった。
 その松本辞任のことを調べたくて、私がインターネット常時接続を再開したのは7月5日の朝。これは必然。

 後々松本龍という線香花火的政治家のことを思い出すことがあったら(ないけど)、その就任期間は私がインターネットを我慢した日とシンクロしていたと思うことだろう。
  1. 2011/07/05(火) 12:08:03|
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インターネット制限中

いまインターネットを使わないようにしている。たいして意味はない。ただ、かなりの中毒だなと思ったのでやってみた。そういうことが好きなのだ。私は25年ほど前にそれまで一日三箱喫っていたタバコをいきなりやめたのだが、それも同じ理由だった。ひどい中毒者だった。ひっきりなしに喫っていた。タバコがないと生きられない自分に腹が立ってやめた。つらかった。文字通り畳の目を掻きむしって苦しんだ。しかしそこまで苦しいといかに重度の薬物中毒かが確認できる。一週間もすると体調が変ってきた。水の違いがわかるようになった。空気の色さえちがってきた。躰からニコチンタールが完全に脱けきると別の躰になったようだった。
今回も流れは同じ。あまりにインターネットに依存している自分が不快になった。インターネットなどなくてもおれは平気なのだと確認したくなった。

といっても日曜の夕方までは競馬IPATをやっていたのでまだ4日目でしかない。繋ぎたくならないように、デスクトップ機からケーブル類も抜き、ルーターも外してしまった。



つらい。かなりつらい。インターネットを契約して12年ほどだが、初期のは遅いし、どうでもいいとしても、6年前のADSL、4年前のブロードバンドからは常時接続だ。この6年間の「ネット依存症」はかなりのものだったと知らされた。
パソコンで文章を書いていても、すぐに何かを閲覧しようとする。新聞社サイトでもなんでもいい。サボり癖だ。繋いでないんだっけと気づいてあきらめる。
わからないことがあるとすぐにネットで調べようとする。繋いでないと気づき、ここはあきらめるではなく、すこし悩む。アナログで調べるかどうか。いますぐ調べないと「なにがわからなかったのかすら忘れるから」だ。これはつらい。「先程オレはなにかわからないことがあって調べようとした。それはなんだったか」で悩むのはしみじみ惨めになる。ボケ防止には、とにかくすぐやる癖をつけておかないとまずい。



いま西村賢太を読んでいる。今春「中卒」「前科者」「父親は犯罪者」という経歴で話題になった芥川賞作家だ。純文学の私小説だから、やたら難読の漢字が出てくる。
私は私淑している高島俊男先生の教え通り「和語は極力かなで書く」ようにしているので、難しい漢字を使ったわざとらしい当て字が大嫌いだ。でも「嫌い」と「読めない」は別。読めないと悔しいので調べる。読めて書けるけど「使わない」が正しい。
で、条件反射でネットに行こうとする。切っていると気づく。ひさびさに漢和辞典を引いた。でかいし重いし面倒だ。でももともとはこうだったんだよなあと思い出す。

いや漢字以前に、図書館から西村賢太をあるだけ借りてきて(やっと借りられる時期になった。でも芥川受賞作はまだ遥か先まで予約がいっぱい)、本にある経歴だけじや不十分なのでWikipediaに行こうとした。もう癖になっている。繋いでないのだと気づく。あきらめる。イライラ。これ、精神衛生にかなり悪い。



いまのところ7月24日でテレビと縁を切る予定だ。予定じゃなくてあちらから切られるのか。あれって24日の午前0時になると、それまで映っていたものがいきなり砂嵐になるのだろうか。楽しみだ。これって、もう地デジにしているひとには味わえない楽しみになる(笑)。

軟弱者なのでテレビがないといられないとなったらすぐに買うだろうし、その金がなければ地デジチューナーを買って接続する。その辺、最安値のものから高級品までしっかり調べてある。昨年三ヵ月ほどテレビのない生活をした。平気だった。外国に行っているときはどうせ見られないのだし。
ただ「見られるけど見ない」と「機器がなくて見られない」はまたちがう。ハード好きなので、この「機器がなくて」の部分が微妙にプライドをつっつく。かといって「機器があって見られるのに見ない」というほどストイックになるつもりもない。どうしよう。とりあえずテレビもチューナーも買わず24日を迎えることは決定している。



インターネットを切ったこの4日間、テレビを見る時間がすこし増えている。
朝起きて真っ先にやるのはスリープ状態のデスクトップ機を起こしての日記づけ。起床時間と昨夜のことを書く。だいたい晩酌をしてそのまま寝てしまうので、その前後のことは翌朝に記入する。それからネットでニュースを読む。というかホームページがiGoogleなので様々な話題をあちらから教えてくれる。
いまはインターネットを切っているのでそれがない。いきおいテレビのニュースをつけることになる。とんでもない大事件は起きていないと知ればすぐに消してしまうのだが、「朝起きて、まずはテレビを点ける」という習慣は拒んできたので、私には珍しい。

よけいなお世話だが、「朝起きたらまずなにも考えずにテレビを点けて朝の情報番組を見る」という習慣のひとは、ほんの一週間でいいから、それをやめてみるといい。ずいぶんと日常の風景がちがってみえる。テレビに依存した生活がいかにくだらないことか。



タバコとは完全に縁を切ったが、インターネットと別れるつもりはない。
ネットのない生活にイライラしなくなったら、ぼちぼちまた始めようと思っている。
あくまでもこちらのスタンスの問題だ。

これは今、図書館で書いている。
持参したノートパソコンに無線LANが自動で繋がってしまうので使わざるを得ない。
といいつつよろこんで使っている。
せっかく繋がったのだからブログをアップしようと思って書いた。
昨日の競馬ブログもそう。図書館から。
なにしろ6年間繋ぎっぱなしだったのだから慣れ親しんでいる。
こんなに愉しいのになんでやめているんだろうと思う。

でもいま部屋ではインターネットをしていない。痩せ我慢。
どこまで我慢できるか。

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★友人諸兄へ。

そういうわけで、緊急のメールを戴いてもいつものようすぐに返事は出来ません。
もしもなにかありましたら電話でお願いします。
  1. 2011/06/30(木) 19:28:24|
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携帯用文章──短いセンテンス──不要な心配?

00pc5.gifひさしぶりに都心に出て麻雀をやって終電で帰宅した。
穴蔵ひきこもりが久々に社会に出たので新鮮な発見がいくつもあった。
といってそれは毎日通勤通学しているふつうのひとにはありふれたことでしかないのだが。
そのことはまたべつに書くとして。

帰宅してパソコンを開くと異常にブログアクセスが多い。またなにかあったのかと思う。いやあったのだ。
ネット事情に疎いので以前はそういうことに詳しい友人に原因捜しをしてもらわねばならなかった。
いまはブログに用意されている「アクセス解析」というのを使えば私でも推測がつく。
どうやら2ちゃんねるのどこかにAKBに関する文章のURLが貼られたらしい。アクセスが集中している文章はそれ。来ているひともみな2ちゃんねるからだった。
原因が分かればひと安心。



さて。
それで知ったのは、このブログ、かなりの数、もしかしたら半数以上が「携帯電話で読まれていること」だった。
世の中、そんな時代なのか。なにしろ携帯電話は電話にしか使わないので疎い。
しかし私の「ふつうに書かれた長文」は携帯電話では苦しかろう。



自称〝博打屋〟の知人、Kさんが「携帯電話で作るブログ」をやっている。
最初は競馬関係者から頼まれてのブログ開設であり、ノートパソコンを無償寄贈された。
使いこなせない。でも約束は護らねばならない。苦しまぎれに携帯電話で文章を書いてアップした。

やがてそれに慣れる。次第に文章は長くなり、写真をアップする方法も覚えた。
頼まれてやっていたブログは無事1年間の契約を終了したが、いつしかKさんがブログをやる楽しみにはまっていた。
私設ブログを始めた。覚束なかった携帯電話で書く文章ももう早打ちになっている。
携帯電話だけで作るブログとしては、それなりの長文ブログとなった。
まっとうな文章を書いている。ご本人もそれを自負している。



でもそれはあくまでも「携帯電話だけで作るブログとしては」の話。
パソコンで見るこちらからすると携帯電話ブログであるのは一目瞭然だった。

携帯小説に関する注意書を読んだことがある。
「センテンスは短めに」
「改行の多用」
が二大基本のようだ。
だろうねえ、あの狭い画面で読むのだ。
ちょっと長いセンテンスにしたら一画面を隙間なくびっしりと文章が占領してしまうだろう。
短い文章にして、改行を入れて隙間を作らないと。

Kさんの文章もセンテンスが短い。改行が多くて、やたら空間が多い。
典型的な「携帯電話で書いた文章」だ。

とはいえアラカンのKさんが読者向けにそんなことを意識してやっているはずもない。
携帯電話の狭い画面で文章を書いていたら、いつしかセンテンスは短くなり、自分が見やすいように書いていたら、いつしか改行が多くなっていった、というだけの話だろう。
携帯電話がKさんの文体を変えたのだ。

猟をするとき、獲物の巣穴にもぐりこみやすいように人間の手で掛けあわせられ、胴長短足にされてしまったのがダックスフントだが、Kさんは巣穴にもぐるのが好きで遊んでいるうちに、自然に胴長短足になっていたようなものだ。



もしもKさんがパソコンの広い画面でブログ文章を書いていたとしたら。
元々文学部卒に誇りを持ち、小難しい表現を好むひとで、さらには頑固だから、たぶん「携帯電話からは最も読みにくい文章」になったろう。そしてそれを読者が指摘したら、たちどころに雷が落ちたはずだ。「読んでくれなくてけっこう!」と。
Kさんの場合、いくつもの意味で、パソコンを使えないことがいい目に出ているように思える。新味の開発だ。



私は携帯電話で読むひとが読みやすいようにという気配りをする気はない。
それでもこの文章などはブログの書き込み欄から書いているのでセンテンスが短く改行も多い。ブログにある専用のそれは画面がちいさいから、いきおい文章はそうなる。全画面の広々としたテキストエディターで書く文章とは異なってくる。こういうことをしていると、私は携帯電話ではメールすらしないのだが、携帯電話で書く文章がそうであることがよく理解できる。
「何で書くか」で文章まで変化する。



昨日電車の隣席で、スマートフォンで小説を読んでいるひとを見た。
私の旧式携帯電話と比べると解像度が高く、フォントもちいさい精細な画面だった。
あそこまで行くともう「短いセンテンス」「改行の多用」なんて気にしなくていいのかも知れない。
1ページに表示される文字数からしてちがっている。
「私の文章は携帯電話からは読み辛いだろう」という私の心配そのものが時代遅れなのか。

KさんもiPhoneにでもしたら、センテンスの長さがまた変るかも知れない。
ハードによって変る文章。
それはそれで楽しみだ。
  1. 2011/06/23(木) 08:49:35|
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ディスプレイ故障──反省して原点復帰

00pc5.gif喉元過ぎれば熱さを忘れる。
いつしか原点を忘れていた。
3月11日のあの地震。
戦後最悪となった大被害。
計画停電が実施され、ガソリンスタンドには長い列が出来た。
スーパーからもコンビニからも品物が消えた。

それを経験してきたのに。
被災地を想い、決して買いだめなどしなかったのに。
すこしばかり生活が落ち着くと、ディスプレイが1台になったのでつまらないなどとたわけたことを言っている。
計画停電の時はパソコンなど使えなかったではないか。

競馬などとてもやる気になれず、再開されてもずっと自粛していた。



原点に戻ることにした。
あのころの気持ちを持ち続ける。

常時接続のネットは切り、こういうアップの時だけ繋ぐことにする。
どうしてもネットで調べねばならないときもあろうが、実際にはほとんどない。
たとえば漢字を調べたいと思ったとき。
漢字辞典は手元にある。それを引けばいい。でも分厚いそれを開くよりネットの方が楽で早いからついついやってしまう。それだけのことだ。

インターネット料金が高かった頃のように、調べたいことがあったらメモしておき、一日に一度一時間ぐらい接続するようにしよう。思えば、インターネットの便利さに埋没することにより、生活がだらしなくなった面も多々ある。

ディスプレイが壊れたのは単に寿命だろうが、自堕落な自分への戒めなのだと解釈することにしよう。
便利なデスクトップは高性能すぎるので、ここしばらくはすこしばかり旧型のノートブックだけを使い、それしかないのだという環境で生きることにする。またノートを持って図書館通いでもするか。
  1. 2011/06/18(土) 06:12:20|
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ブログ考──ネタを案じてくれる親切なライブドア──竹脇さんとプロレス

livedoor2




ライブドアブログにログインし、文章を書こうと思ったら、上部にこんなのが表示されていた。

livedoor

ブログを書くネタのないひとにテーマを提供してくれているらしい。
その右端には「シャッフル」とあるから、それをクリックするとちがったネタを掲示してくれるのだろう。

でもブログってそんなにまでして書くものか?
「なんとしても書かねば。でもネタがない。なにも思いつかない。なんとかならないか」と苦しむようなものでもあるまい。
まあ惚け防止としてブログを書くことを日課にしていて、それでいてネタに困っているるひとには役立つだろうが。

世の中にはブログを始めては見たものの数日書いただけで抛りだしているひとも多い。
こういうライブドアの心遣いが役立つことがあるのだろうか。



もう三十年ぐらい前の話。
竹脇無我さんとFM東京の番組をやっていた。竹脇さんがナレーター。私が構成していた。7年続いた。
毎週土曜午前10時。「光と風のアラベスク」。

竹脇さんも私も大のプロレス好きだった。
まだ馬場猪木全盛の時代。
竹脇さんの人柄から推測できるように竹脇さんは全日派。猪木とは合わない。

収録は月2回。2本取りした。
その合間、いつもプロレスの話で盛りあがった。会場にも一緒に行った。
馬場夫人が竹脇さんのファンでいつも特等席を用意してくれた。
テレビカメラに映る席である。夫人は竹脇さんが馬場派であることをアピールしたい。
時は新日全日大戦争時代。ブッチャーを引き抜かれてシンを引き抜き返したりしていたころだ。
当時のヴィデオを見るとリングサイド最前列に竹脇さんと私が並んで映っていてくすぐったい。

竹脇さんと私がプロレス話題で盛りあがるのに参加できないディレクターが、自分もプロレスを好きになりたいから、連れていってくれ、その魅力を教えてくれ、と言いだした。
竹脇さんも私も、なんとなく、黙ってしまった。

プロレスでも競馬でも、好きになるひとはいつしか自然に好きになっている。
ああいうものは努力して理解するものではない。
竹脇さんも私もそれを知っていたから、ディレクターの申し出にとまどったのだった。
その後も、彼をプロレスに連れて行くことはなかった。
いまも自信を持って言える。あのディレクターがプロレスを好きになることはなかった。
それは本能でわかることだ。



ブログも、好きなひとは自分でネタを見つけて書いて行く。
続かないひとは、ネタを掲示してやっても、やはり書かない。
「馬を水ぎわまで連れて行くことは出来るが」と同じ事だ。

自分のところを利用しているブロガーに、より頑張ってもらおうとするライブドアの姿勢は好ましいが、残念ながらさほどの効果はあるまい。
  1. 2011/06/17(金) 05:23:32|
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私のブログの「きっこさん」まとめ

ツイッターを読んで「きっこさん」に関する文を読もうと来てくださった方へ。
私は今まで「きっこさん」について2回書いています。
一度目は下記。3月22日。「きっこさん、疎開」です。
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51620550.html

二度目は下記。3月30日。「不安を煽るきっこさんのツイート」です。
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51622659.html

このあと4月5日に、「きっこさん」のあまりに高飛車で独善的な言いかたに憤慨し三度目の文を書きます。これはかなり過激だったので削除しました。内容には責任を持っていましたが、異様にアクセスが増えたのが気味悪かったからです。ライブドアブログの「アクセス解析──キイワード」というのを開くと、「きっこ」がとんでもない数字で一番でした。私には有名人でアクセスを増やす趣味はなく、むしろ逆の感覚なので急いで削除しました。ネット上に存在したその文章の時間は数時間だけでしたが、それでも覚えているひとがいて、再掲してくれとメールをもらいました。多くのひとが反発している今ではタイミングを逸しましたが内容は正当なので機会があったらやりたいと思います。

もうあんなものに立腹しないようにしようと思いつつも、無責任に放射能不安を煽りたて、福島のこどもを心配するポーズを取りつつ、自堕落な生活からツイートを繰り返す姿勢に苛立ちを覚えていました。
そんなときに2ちゃんねるの「ニュース議論」板に「きっこさんスレ」があることを知りました。いま日記を見ると4月21日です。

私は2ちゃんねるのニュースは「ニュース速報」と「芸スポ速報」しか読まないので「ニュース議論」という板を知りませんでした。見知らぬそこに何がきっかけで出かけたのか未だに不思議です。
ともあれそれからはそこにある多くのひとの批判を知り、ツイッターでのkikko botzさんの活躍もあって溜飲を下げました。私がやろうとしていたのは「きっこさん」の無責任なつぶやきを俎上にあげてブログで批判することでしたが、kikko botzさんがTogetterなるもので、より多くのかたと連帯して始めてくれたので安心しました。

というかもう私ごときがブログに書かなくても、「きっこさん」が疎開設定の矛盾から、「不可能なパスポート申請」、「不自然な田舎暮らし」と自滅の道をひた走り始めたので何もする必要がなくなっていました。



「きっこさん」について書いたのは今回の文が四度目ですがいまブログにあるものでは三度目になります。3月30日以来ですから70日ぶりです。

「狂乱きっこさんと革マル枝野」
http://blog.livedoor.jp/moneslife/archives/51641186.html


もしも以前のものをお読みでなかったらついでに読んでください。3月22日ですから「疎開きっこさん批判」としてはそこそこ早かったと思っています。



じつはずっと前から私がいちばん書きたい「きっこさん批判」は、氏の戦争に対する意見です。ブログに書かれた「祖父」に関することです。
このことに対する反論をアップしようとしていたら、大震災があり、「疎開」した「きっこさん」が、ブレーキの壊れたダンプカーとなって暴走を始めたので保留しているのが現状です。
「きっこさん」がまた「帰京」して、いつものブログに戻ったならアップするつもりですが、もう完全に下劣な品性がバレて自滅してしまったので、その機会は永遠にないのでしょう。

なお「きっこさん」といつもカッコつきでかくのは、氏が性別年齢を始め正体不明だからです。それら全体をさして「きっこさん」としています。私にはどう考えても「38歳の女」とは思えません。
  1. 2011/06/09(木) 11:09:28|
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ツイッター考②──アイコン日の丸だらけ(笑)

ツイッターのアカウントを作ってから半年ぐらい。書きこんだ数はまだ14。累計5万とか10万とか書きこんでいるひともいるようだから、なにもしていないのと同じ。実際なにもしていない。しかしまあ毎日休むことなく100も200も書きこんでいるひとは病気だと思う。その情熱でブログに文章を書いたほうがいいと思うけどなあ。



不慣れながらそれでも楽しみかたがすこしわかってきた。同じ考えのひとのつぶやきに出会って「フォロー」する。同じような感覚の仲間を教えてくれる。それを読んで納得するとフォローする。そしてまた……と繰り返して行く。それからはそういうひとのつぶやきだけが私のツイッターホームに表示されるようになる。これは快適だ。気分がいい。なにしろ自分と同じ感覚のひとの発言だけだから。


でも、すると、まだたった70人しかフォローしていないのに、アイコンが日の丸入りのひとばかりになってしまった(笑)。



 その一部。6つの内5人が日の丸入り。右から2番目の入ってないひとは元産經記者の山際さん。



私のアイコンはこれ。愛猫の写真。これ、上からカメラを向けたところなので、こんな目で見つめている。なんか雰囲気的に私も四隅のどこかに日の丸をいれたほうがいいのか(笑)。さてどうしよう。







 作ってみた。



 これで私も「きっこの日記」の「きっこさん」に


《つーか、アイコンに日の丸をつけてる人たちって、どうしてこんなに知能が低いの?他の人たちなら、批判するにしても、もっとツボを突いて攻めてくれるのに、日の丸の人たちってぜんぜん面白くないし、漢字も文法もメチャクチャで、とても日本人とは思えない。》


《私は外見で人を判断しません。アイコンに日の丸をつけてる人でもキチンとマナーを守ってレスしてくる人もいます。でもアイコンに日の丸をつけてる人の99%は「真性のバカ」なので、バカだと思われたくない人は日の丸を消したほうが無難だと思います。




と言われる資格を得たわけだ(笑)。



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2ちゃんねるの「きっこの日記」アンチスレにこんな意見があった。



ツイッターは駄目だな。2ちゃんねるの方がまだ色んな反対意見があって相対化できてる。ツイッターだと似た様な思想の人間同士で固まった結果、真実が見えなくなり、ウソでも何でも増幅して拡散した結果、本人達が自分たちの流したデマに収拾つけられなくなったりしているのが笑える。



一読して、その通りだと思った。右でも左でも同じ思想のひとばかりが集まるのは確かだし、それによって見えなくなるものもあるだろう。「拡散」というものの悪意も理解できるぐらい私もツイッターに慣れてきた。


その点2ちゃんねるは、必ず冷やかしというかアンチというか、それを生きがいにしているようなのがいて、どんなスレにでも乱入してきて暴れるので、同じ意見ばかりで盛りあがるということがない。先日も「ありがとう台湾」に関するスレを読んでいたら、台湾を否定し日本を否定する不愉快なのが書きこまれていて、日台の友情を思い目頭が熱くなっていたのが一気に冷えた。なんでこんな奴が来るんだと腹が立つが、それが匿名掲示板の匿名たる所以なのだろう。こういうのがいてこそまともなのかもと思う。


それこそひとの死に対してすら不謹慎なことを書きこみ不快にしてくる。おそらくそれに熱くなったヤツが反発してくるのが楽しみなのだろう。それでしか燃えられない捩れた性格だ。


訃報も、こちらにとっては活躍を願う傑物でも、そいつにとっては大嫌いなヤツだったのだろうから、それはそれでありなのかもと思う。たとえば石原慎太郎さんに対する私と「きっこさん」の意見のようなものだ。私はいまこそ石原さんに総理になって欲しいと願い、「きっこさん」は一日も早く死んでくれと願っている。


この意見に納得していたら次のようなのが書きこまれた。



2ちゃんだって似たような者同士で固まってるだろ。結局みんな自分の信じたいことだけを信じるんだから。ツイッターは発言した人間がはっきりしてる分、逃げる様子が見れて面白い。



またも「なるほど」と感心してしまった。ツイッターは個人のアカウントだし自己紹介もしている。匿名にすることは出来るが2ちゃんねるの匿名とは意味が違う。「発信した人間がはっきりしてる分」の価値は大きい。



かつてCNXと名乗る気違いに2ちゃんねるやヤフー掲示板に誹謗中傷スレを立てられた不快から鑑みるに、それはツイッターでは不可能だと思える。正体がバレるから出来ないだろう。やはり最悪なのは2ちゃんねるであり、それよりはツイッターのほうがまともなのか。ツイッターには2ちゃんねるとまたちがった危険性があるだろうけど。



好きなひとたちの「つぶやき」を読むために、以前の一日一回ではなく、ここのところ日に何度かチェックするようになった。それでも、どんな同好の士であれ、一日中つぶやいてるひとはへんだと思うことに変りはない。



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【追記】──フォロー命の人びと



ツイッターというのは、フォローすると「××があなたをフォローし始めました」とメール連絡が来る。私がフォローしたひとのところへもそんなメールが行っているのかと思うとすこし恥ずかしい。


というか、私はまだ世間の反応があるような「つぶやき」をしていないから、そういうメールはすべて、私がフォローしたひとからの返事だ。私がフォローしたからあちらもしてくれたのである。それでもまあ一応私のプロフィールを読んで、納得してくれたからだとは思っている。


そこには「あなたはすでに××をフォローしています」とある。私がフォローしたひとのお返しなのだから当然だ。



ところが中には私には憶えのないひとからのフォロー連絡もある。「××があなたをフォローし始めました」のあとは、もちろん「あなたは××をフォローしていません」となっている。


どういうことなのだろうとそのひとのホームに出かける。だって私は人様からフォローしてもらうような「つぶやき」をまだ発してないのだ。そんな私をなぜフォローするのだ。不思議でしょうがない。行ってみると、私との共通点はなにもない。それどころか一行程度の無内容なやりとりをひっきりなしにやっている大嫌いなタイプだ。


しかし、フォローしている、されている数がものすごい。7万もいっている。そりゃ有名芸能人には50万とか100万のひともいるらしいけど、無名人で、しかも中身のないツイッターなのに、この数字はすごい。



すこし読んでみて、このひとが、それに命を懸けている(笑)のだとわかった。毎日毎日ひたすら誰でも構わずフォローしまくり、お返しとしてフォローしてもらうことに情熱を燃やしているのだ。「つぶやき」にはなんの中身もない。どう考えても7万人ものひとに注目されているとは思えない。その代わり、「××さん、フォローありがとうございます」「おはようございます。今日もいい天気ですね」のような挨拶は缺かさない。こうなるともう「フォロー数増やしごっこ」である。くだらん。大のおとななのだ。他に楽しみはないのか。1から始まって100、1000とフォロー数が増えて行くのが楽しかったのだろう。ついに1万を超えたときの感激。今は「目標10万、いやそのまえにまず8万!」とか決めて、誰彼構わず毎日休まず200、500とフォローしているのだろう。どこで見つけられたのか、私もそれに引っ掛かり、フォローしていただいたことになる。さすがにお返しのフォローはしなかった。こんなのにしたら、毎日何十もの無意味な一行つぶやきがあふれてうんざりするだけだ。


おっさんだけでなく若くて綺麗なネーチャンからも来た。いやあくまでもアイコンの写真だけね。ネットオカマってのがいたように、ツイッターオカマだっているだろうし。このひともフォロー数増やしに燃えているらしい。これも中身がない。いくらアイコンがかわいくてもこんなのをフォローする気はない。ツイッターホームが汚れるだけだ。


その点「日の丸仲間」(笑)は、きちんと中身のあることをつぶやいている。さすがだ。やっぱりこっちがいい。今後も厳選してフォローしよう。
  1. 2011/05/12(木) 17:00:58|
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ツイッターおろおろ

ツイッターはアカウントを作っただけで何も書いていない。
フォローしたのも30人ほどで、いまのところさすがツイッターと思うような情報も得ていない。
一応一日一回はチェックしている。
今後もこんなものだろう。

と安心していたら全然関係ないのが混じってくる不快を体験。
よいものならいいがそうでないから困る。
先程は「河野太郎」が入ってきた。アイコンがあの凶悪なブラックバスみたいな顔写真なのである。
一目見ただけで吐き気がした。なんでこんなことになるのか。
私がこんなのをフォローするはずがない。

こういうのが混じってくる原因はなんなのだろう。不慣れなのでわからない。
そうしてやっとそれが「私のフォローしているひとのRT」なるものだと知る。



この流れを受け入れるべきなのか。これがツイッターというものなのか。

インターネットから得る情報とはそういうもので、清濁併せ呑む決意がなければやってられないのだ、とは思う。
河野太郎だってたまには私の気にいることを言うかもしれない、あるいは立腹することを言ったとしても、それを確認するのも必要だ、とも思う。
国賊の父親よりはいくらかましだとも思っている。

とあれこれ受け入れるための理由を考えたが、あの顔には気が滅入る。耐えられない。
そのひとのフォローを外した。河野太郎をRTするひとのフォローは出来ない。
政治方面のひとなので貴重な情報を教えてくれることもあるだろう。フォローを外して悔いるかもしれない。でも河野太郎の顔写真を頻繁に見せつけられる不快と比べたらちいさなことだ。



ツイッターというのは、たぶん「つぶやきあう」のが楽しいのだろう。
いや、「一方的につぶやく」のがいいのか。よくわからん。
わかったのは、アカウントを作って参加したら、「他人のつぶやきを一方的に聞かされること」だ。
これはこちらの意図で他者のブログを読んだり、2ちゃんねるのスレッドを読んだりするのとはまったく異なる。
耳を塞いでいても間断なく聞かされることになる。
その「他人」は自分が気に入ってフォローしたひとだから責任はこちらにあるのだが。
  1. 2011/05/05(木) 22:21:37|
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大震災情報──不安を煽る「きっこさん」のツイート

うわ、また池上彰を使って「放射線はそんなに恐くありませんよ」の洗脳番組をやってら。少しでも安心できる材料を欲しがってる関東圏の人たちの中にはコロッと騙されちゃう人も多いんだろうな。

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上の赤字は福島から1000キロ以上西の農村地帯に母親と疎開しているきっこさんのツイッター書きこみである。いや、最初1000キロ以上の地に逃げて、そこからもっと西に行くと言っていたから今はより西の地にいるのだろう。
今日は近所で借りた軽トラに乗ってお母さんと1時間ほど離れた無料の温泉に行って来たとか。とても愉しかったそうだ。
「次の書きこみは一週間後になります」と書いては翌日に書きこみ、「一週間ほどツイートできません」と書いたかと思うとまた翌日、インターネットに接続できる農家を見つけて入りびたったとかで書きこんでいる。さすが「ニポンの美しすぎるブロガー」は読者を引きつけるのがうまい。

少しでも安心できる材料を欲しがってる関東圏の人たち」である私は、きっこさんの言うように「コロッと騙されちゃう」。だってそう思うしかない。私はここにいるしかないからだ。私のことなんかどうでもいいが、東北の被災地のひとたちはもっと深刻だ。「明日を信じてがんばろう」「必ず復興すると思ってがんばろう」がウソだったとしても、その地にいてがんばるしかないのだ。「明日」や「必ず」を信じるしかない。それを思えば、安全な地からこんな発言は出来まい。



じゃあきっこさんの言う「洗脳番組」は、どうすればいいんだろう。「放射線は怖いですよ、きっこさんみたいに福島から1000キロ以上遠くに逃げないと死にますよ」と言えばいいのか。そうやって東北関東の何千万人をパニックに陥れ、日本が壊れれば「きっこさん」は満足なのか。

きっこさんは疎開できたけど、疎開できないひともいっぱいいる。私もそのひとりだ。私は「きっこさん」の言う「洗脳番組」とやらを信じて東京にいる。いるしかない。そもそも何千万人もが移動できるはずもない。いまそんなことが起きたら日本は滅びる。
まともな神経を持っていて、真剣に被災地の東北のひとたちのことを案じているなら、こんなことを言えるはずがない。

「きっこさん」と「洗脳番組」のどちらが悪質かと考えたら、私はあきらかに、自分だけ東京から脱出して安全圏???にいて、不安を煽っている「きっこさん」だと思う。



サヨクの理論家によくあるように、政府や企業を批判することに酔い、肝腎要のあしもとが見えていない。報道からそれを思ったとしても、逃げられない大勢を思い、発言を控えるのが理性だろう。

いま最も大事なことは、被災したひとや、被災地に近いひとたちが、流言蜚語に惑わされず、冷静になり、浮き足だたず、次の行動を考えることだ。
だが「きっこさん」にとって最重要なのは、自分が以前から主張してきた原発の危険が証明されることのようだ。サカモトリュウイチやイマワノキヨシローも同じ事を言っていたと有名人の名を出してそれを主張している。だが、いま最も大事なことは、それではないだろう。

だれもが「洗脳番組」を信じているわけではない。だが信じるしかない立場にいるひとも多いのだ。そのかなしい覚悟を「きっこさん」はわからないのだろうか。わからないんだろうな、だって真っ先に自分だけ逃げだしたひとだから。いや逃げたのはいい。逃げた地からこんな発言をするから不快なのだ。



きっこさんの支持している社民党に属していたツジモトキヨミは、「わたしは国議員ではなく国議員です」と誇らしげに宣言した。なんというこどもっぽい甘えだろう。こんな女に貴重な1票を投じるひともいる。ツジモトと同じ甘えを「きっこさん」の発言に感じる。

自分だけ安全地帯にいて、原発を推進した国や電力会社をいま非難することにどれほどの意味があろう。

もしもそれでも発言したいのなら、最初に、「きっこさん」の好きな「愚民」ということばを使い、「疎開できない愚民は死ねばいいが、もしも疎開できる可能性のある賢民で、まだ気づいていないひとは私の意見を聞け」と宣言して、「洗脳番組はウソだ」と言えばいい。それが基本だろう。愉しい愉しい西の生活のあいまに洗脳番組がウソだと言われても「愚民」は苛立つだけだ。

まあ「きっこさん」も愚民のことなどどうでもよく、世を変えた洪水が終った後で自分と同衾したノアの方舟の住人に、「ね、わたしの言ったことは正しかったでしょ」と言いたくて発言しているのだろう。



「きっこさん」が、大切なお母さんを守るために西に逃げたのはよい。個人の判断だ。
なら、政治的な発言は控えておとなしくしてくれないか。安全圏?にいるのだから、安全圏に逃げられないひとに対するそれが最低限の礼儀ではないのか。もしも私が同じ立場だったなら、自分だけ逃げだしたことを負い目に感じ、ことが治まる?まで発言は控える。それが日本人としての恥の感覚ではないのか。

どう考えてもいまの「きっこさん」のやっていることは、「わたしの行動は正しい」と証明したいだけとしか思えない。「きっこさん」の言うように東北や関東の人間が皆放射能で死に、西のひとと西に逃げた「きっこさん」のようなひとたちだけが生き残ったとしても、私はそれは決して「きっこさん」の勝利にはならないと思う。



関東大震災のとき、「朝鮮人が井戸に毒を投げいれている」というデマが流れ、朝鮮人に対する暴行が連発し死人まで出たという。「きっこさん」はこういうデマを憎むだろう。だがいま「きっこさん」のやっていることは、人心を不安に陥れるという面でこのこととたいした差はあるまい。
ひとりよがりの正義の味方ほどタチの悪いものはない。
  1. 2011/03/30(水) 22:06:23|
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感謝と弁明

昨日は、善意のタイガーマスク運動のことから「ぼくら」に連載されていたタイガーマスクの思い出、そこから派生して小学生の時から「少年サンデー」で読んでいた梶原一騎のこと、彼が原作の「空手バカ一代」(これはマガジン)、そこでひどい扱いを受けた遠藤幸吉のこと、と書きたいことが連鎖し、ずらずら書くつもりでいたが時間がない。けっきょくなんとか書けているのはこういう言い訳の雑文。そしてまたそれらを思いつきで短文で書けばいいツイッターの便利さを思う。そりゃ普及するはずだ。しかしやはりそちらに走るより、たいした内容ではなくても文章としての体裁を残しているものを書いてゆきたい。ツイッターでつぶやいておいて後でまとめるという手もあるらしいが……。
啓蟄からまさに蠢く虫となってブログを再開したらかつての読者が戻ってきてくれている。丸一年も休んでいたのにありがたいことだ。まだ本調子にはとおい。もうすこし待っていただきたい。
  1. 2011/03/10(木) 06:36:59|
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ブログ的隙間だらけ文章考.2──わたしもやってみた!

 過日、ある騎手の書いたブログ文章を読んだ。かつて彼が騎乗したことのある名馬について書いたもので、競馬ファンのあいだでちょっとした話題になっていた。この文章の「隙間度合い」はすごかった。彼の文章を貼るのは失礼なので、自分の文章でその雰囲気を再現してみる。さてなにを書くか。「冬季オリンピックと藤田まこと」でも書いて見るか。



冬季オリンピックが話題だ



朝から晩まで



新聞もテレビもそのことばかり



興味がない



札幌でも長野でも



そうだったのだから



いきなり それが 



生まれるはずも ない



世の中の動きに



興味がない




世捨て人だ



と言いつつ



毎日NHKテレビを見たり



スポーツ紙を読んだりして



熱心にそれに触れている



ターザン山本さんの



俗物性



がうらやましい







藤田まことさんが亡くなった



「あたり前田のクラッカー」



と「てなもんや三度笠」



しか知らない



のでは弔文も書けない



「必殺」も「はぐれ刑事」も



一度も見たことがない



唯一「剣客商売」だけは



見ようと思った



ことがあるが



大好きな原作と



雰囲気が違うので



とちゅうで消した



これまた“博奕屋”を自称し



世のレールから



外れている



梶山徹夫さんが



みょうにその種の



テレビ番組を楽しんでいる



のがふしぎだ



梶山さんが



「渡る世間は鬼ばかり」を



毎週

楽しみに見ている



と書いていたときは



ひっくりかえった



ハシダスガコドラマ



なんて見たことがない



東南アジアや中東の国々で



彼らですら詳しい



「おしん」



を見たことがなくて



ほんとにおまえは



日本人か



と何度も言われた



ひとをうらやんでばかり



いてもしょうがないが



今度生まれるときは


せめて


山本さんや



梶山さんぐらい



の世間との接触感



を持ちたい



フツーのひとではなく



かといって



尊敬する



高島俊男先生のように



テレビを部屋



から追いだす



学者肌



でもない



半端変人



の人生は













-------------------------------

 書いてみて思った。疲れる。疲れるから、凝縮したら短い文なのに、なんか長文を書いたような充実感満足感がある(笑)。それがあやまちの元なのだろう。その騎手が上記のような感じで書いた文を、スクロールさせつつ読むのが面倒、というか途中であまりに縦長のスクロールに腹がたってきたので、コピーしてテキストエディターに貼りつけ、まともな文に整形した。めんどくさかったが、確認したかったのだ。どれぐらいの量か。

 彼が何日にもわたって書き綴った縦に長い文章はまとめると原稿用紙3枚ほどでしかなかった。でも長文の物語を書きあげたような充足感があったのではないか。こういう勘違いは避けた方がいい。

 その騎手の文章に対し、この手の書きかたが好きなのだろうと思っていた2ちゃんねる方面から「なんなんだこの文章の書き方は」「読みづれーぞ」「今はこんなのが流行りなのよ」「それにしてもひどい」と、否定的意見が多かったことに救われた。



 上記の文をいつものようにまとめてみた。たったこれだけのもの。こっちの方が読みやすいよねえ。
前記の句読点のない短文だと、たとえば「世の中の動きに興味がない 世捨て人だ」が誰のことかわからない。私のことのように思いがちだ。しかし下記のまとめ文を読めばわかるように、これはターザン山本さんにかかることばである。誤解を避けるためには、主語を冒頭に置く形式にせねばならない。だいぶ表現が限られる。

「まとめ文章」の段落毎に隙間がある。これもホームページ・ビルダーがかってにやってしまうもの。まあこれぐらいは見やすくなると言える許容範囲だが、ホームページ等に文章を書くことは編集者気分を味わうことでもあるから、それを奪ってしまう設定はまさに「よけいな御世話」だ。この段落の前後の隙間もホームページ・ビルダーがかってにやっている。スカスカ。



 冬季オリンピックが話題だ。朝から晩まで新聞もテレビもそのことばかり。興味がない。札幌でも長野でもそうだったのだから、いきなりそれが生まれるはずもない。世の中の動きに興味がない、世捨て人だと言いつつ、毎日NHKテレビを見たりスポーツ紙を読んだりして熱心にそれに触れているターザン山本さんの俗物性がうらやましい。

 藤田まことさんが亡くなった。「あたり前田のクラッカー」と「てなもんや三度笠」しか知らないのでは弔文も書けない。「必殺」も「はぐれ刑事」も一度も見たことがない。唯一「剣客商売」だけは見ようと思ったことがあるが、大好きな原作と雰囲気が違うのでとちゅうで消した。これまた“博奕屋”を自称し世のレールから外れている梶山徹夫さんが、みょうにその種のテレビ番組を楽しんでいるのがふしぎだ。梶山さんが「渡る世間は鬼ばかり」を毎週楽しみに見ていると書いていたときはひっくりかえった。ハシダスガコドラマなんて見たことがない。東南アジアや中東の国々で彼らですら詳しい「おしん」を知らず、ほんとにおまえは日本人かと何度も言われた。

 ひとをうらやんでばかりいてもしょうがないが、今度生まれるときはせめて山本さんや梶山さんぐらいの世間との接触感を持ちたい。梶山さんやターザンさんのようにフツーではなく、かといって尊敬する高島俊男先生のようにテレビを部屋から追いだす学者肌でもない、半端変人の人生はかなしい。
  1. 2010/02/20(土) 04:56:47|
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ブログ的隙間だらけの文章考.1──ホームページ・ビルダーのおせっかい親切機能

 ブログの隙間だらけの文章というのはどこから生まれたのだろう。

 いちばん多いのは、このように前後を一行空けて書くものだ。

 あるエッセイ賞の評を読んでいたら、最優秀賞がメールで応募したそういう書きかたの文だったらしく、審査員がみな内容は褒めつつも、そのような文章の書き方はすべきでないと口を揃えて批判していたのが印象的だった。示しあわせての意見ではなく、審査員それぞれが編集部に選考評を送ってきたら、あっちもこっちもそれに触れていたという結果だから、年配である審査員はみなその書式に違和感を覚えたようだ。



 システムとしてはどうなのだろう。“博奕屋”梶山徹夫さんのブログもこの一行空けである。梶山さんは昔気質の人だから好んでそうするとは思えない。PCは使わずすべて携帯電話からやっている。となると、ケイタイから送信すると文章は自動でみな一行空けになるのか。いや、ケイタイのあの狭い画面で文章を書いていると、ワンセンテンスで三行から四行になる。そこで改行マークを入れるのは見やすさ読みやすさからも自然だから、あれは送り手がやっている改行なのか。ケイタイの狭い画面で見るとあの隙間だらけも釣りあっているのだろう。携帯小説を書く秘訣はとにかくセンテンスを短くすることなのだという。さもありなん。「ブログの隙間だらけ文章」が携帯用であることはまちがいない。もしも梶山さんがPCを使うようになったら、いまのワンセンテンス一行空けは即座に修正される、と信じる。



 私は、テキストエディターで文章を書き、ライブドアブログのフォームからアップしていた。直接ライブドアのフォームから書き込めばいいのだが、これは手狭だしフォントもちいさいし、まともな文を書くのには向いてない。
 と書いて思うが、ネット上にはほれぼれするような美文長文を書き連ねているブログも多々ある。あのひとたちはどうやってアップしているのだろう。つまり、私の智識では、ホームページならそれは理解できるが、ブログではたいへんだろうと思えてしまう。どこのブログでも、そのフォームは長文入力には向いてないはずだからだ。やはりテキストエディター等で下書をしているのだろうか。

 ブログのフォームからは画像のアップが面倒だった。といってそれほどのものでもない。私が最初からブログしか知らなかったら不満はなかったろう。だけど長年ホームページ・ビルダーで作るホームページをやってきていたから、それと比べると、フォントの大きさや色を変えたり、画像を入れたりが面倒でならなかった。いきおい私はブログと距離をおくことになる。本拠地のホームページがありブログは出店だったから不満もなかった。



 ホームページ・ビルダーのVersion12ぐらいからだったか、附録だったブログアップ機能が格段に充実した。すなわちそれは時代がブログ全盛時代になったということである。よってホームページ・ビルダーのそれも、附録機能から売り物へとアップした。脇役から主役の座へ、だ。私も、ホームページ・ビルダーを使うとホームページ作りと同じ感覚で画像アップができると知り、いきなりブログ投稿回数が増えた。そして、この「自動整形隙間文章」を知ったのである。

 さすが今時のブログに対応した投稿機能だけあって、ホームページ・ビルダーはそのように設計されているらしく、ふつうに文章を書いても、アップすると見事に今時の隙間だらけ文章に整形されているのである。まるで旧式の文章を書けない時代遅れに今時の書き方を教えてやるとでも言うように。

 これのたちの悪さは、ホームページ・ビルダーで書いている時も、投稿前にホームページ・ビルダーでプレビューしたときもそうではないことだ。そのときはまともなのである。アップするとそうなっている。これはひどい。だましうちだ。過日書いた、文章には見えないのに、アップすると「Powerd by ホームページ・ビルダー」と入っているのと同じだ。つまらんことをする。ちなみに私は、最新のバージョン14をもっているが、それがいやで13を使っている。

 しばらくは我慢していたが、どうにもこのかってに整形される隙間だらけの文章に我慢がならず、ここのところ私は、ホームページ・ビルダーで文章を作ってアップしたあと、その隙間だらけになった文章をライブドアの編集窓に呼び込み、そこで身に覚えのない改行をこまめに取り払って再投稿するようにしている。これは面倒を通り越して、なんとも虚しい作業だ。なさけなくなる。だったらこの際ホームページ・ビルダーのブログ投稿機能を利用しなければいい、となるのだが、この便利さは捨てがたい。これを使うようになってから私のブログには一気に写真が増え、私は初めてブログ投稿の楽しさを知ったとすら言える。
  1. 2010/02/20(土) 04:09:38|
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ホームページビルダー.13からのUP-2

やはり出ない。以前もそうだったのだから当然だ。これでこのよけいなものが14からプログラムとして埋めこまれたのだとあらためて確認した。それにしても不粋なことをする。これからも「スギさんのこと」のようにたった三行を書きこむたび、望んでもいないこれがかってに附属して四行になるのか。うんざりする。
  1. 2010/01/25(月) 00:21:23|
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Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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