藤井聡太・考──撰ばれたひとの〝運〟についての考察──その2──「愛知県生まれ」という強運──の前書き

●「愛知県生まれ」という強運

▼出生地による期待値

 藤井は愛知県瀬戸市の生まれ育ちである。ご両親も愛知県のひと。将棋の勉強も愛知県で、した。これがまずは強運だ。藤井聡太物語と愛知県は切っても切れない重要事になる。
 といっても将棋に興味のないひとには──将棋に興味のないひとがここを読んでいるとは思えないが──なんのこっちゃとなろう。先ずはその辺から説明して行く。これってけっこう、いやかなり重要なことだと、いやいやこれは、私見ではなく絶対的重要事だと思っている。藤井聡太は愛知県抜きでは語れない。

 そういや私は瀬戸市に行ったことがない。あの瀬戸物の瀬戸市である。聡太くん効果で瀬戸市の観光客も増えるか。聡太くんが瀬戸市の名誉市民になるのはいつだろう。今年か来年か。でもずっと先だよね。市はすぐにもあげたいけど、本人のためにならないからとご両親が遠慮するパターンだろう。


▼加藤九段を枠外とする理由──日本初の三冠馬セントライト

 藤井以前の四人の中学生棋士は、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明である。

 最初の中学生棋士であり、藤井に破られるまで史上最年少棋士だった加藤は福岡県出身、京都の高校を出て、東京の早稲田中退。この辺がこれからの「愛知県」の話に繋がる。文句なしの大棋士である。加藤がいかに偉大な棋士であるかは、このWikipediaを読んでもらうとして

 これから語ろうとする「愛知県の重要性」に加藤はあまり関係ないので枠外とする。以下は加藤を枠外とする説明になる。
 加藤は今「ひふみん」の愛称で人気者だ。ふだん私はテレビを見ないけれど、加藤がマツコ・デラックスの番組で話題になり始めてすぐに見ている。
 加藤がいかに畸人で奇妙かはNHK杯戦を観ているひとなら誰もが知っている。あれは昭和40年代末か、もう50年代だったか、勝負が終盤に入り、激昂した加藤が、顔を真っ赤にして、立ち膝になり、何度もズボンを引きあげ、咳払いするあまりの滑稽さに、記録係の蛸島さんの笑いが止まらなくなってしまったことがあった。時計は山下さんか。あれはツボにはまったらたいへんだ。とはいえ真剣勝負の場で記録係が笑うのは不謹慎である。蛸島さんは涙をこらえつつ必死で笑いをこらえていた。

 マツコの番組を見て感じたのは、芸能人による「変わり者老人いじり」だった。加藤を知らないひとには「ヘンなじいさん」として、とてもおかしかったことだろう。アクションもへんだし、容姿も特異だし、声もかん高い。クイズ問題を出題すると言って、似てもいないモノマネや形態模写でヒントを出しつつ、ついでに答も言ってしまい、爆笑されていた。

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 私はすなおに笑えなかった。棋士・加藤一二三を好きではないけれど、前歯の缺けた口を開けて一所懸命にしゃべりつつ、笑い者になっている加藤を見るのは、将棋ファンとして、たのしいことではなかった。

 ところでこの加藤の「歯缺け」が長年私は不思議でならなかった。前歯がないことは貧乏人の証左である。みっともない。白人国だったら仕事にも差し支える。日本の保険は前歯には利かないからか低所得肉体労働者はみなもう前歯が缺けている。三十代四十代でないのもいる。

 加藤がそのはずがあるまい。なぜ治さないのか。そもそも加藤ほどの立場のひとが、なんであんなに抜けるまできちんとしなかったのか。先日その理由を知った。なかなか聞きづらいことではあるが、これほどの人気者になったので、あるインタビュアーが正面から問うたのだ。すると歯を挿れるのが嫌いで、いまのままが好きなのだそうだ。やはり変人である。

 でもまあ本人が「わたしはね、七十を過ぎてブレイクしたんですよ、フォッフォッフォッ」と「ひふみん人気」を喜んでいるのだからそれでいいのだろう。
 私はずっと加藤一二三という棋士が好きではなかった。その理由は藤井聡太が好きであることと関連するから、その視点からの比較という形であらためてまた書くことにしよう。ともあれ今から「出身地」という視点から中学生棋士五人を語るのだが「加藤は枠外として四人で語る」ことを御了承願いたい。

続きはこちら
●藤井聡太・考──撰ばれたひとの〝運〟についての考察──その2──「愛知県生まれ」という強運
  1. 2017/08/04(金) 22:00:00|
  2. 将棋

将棋話──藤井聡太・考──撰ばれたひとの〝運〟についての考察──その1──書き始めるまでの流れ

●書こう書こうと思いつつ書かないままに時は過ぎ行く

 ずいぶんと前から藤井聡太四段のことを書こうと思っていた。将棋ファンとして、この稀有な天才に出逢えたよろこびを自分流に記して置きたいと。百年に一度の逸材なのだ。これは書かねばなるまい。
 昨年、8月9月に「史上最年少棋士、誕生!」を書いた。この時点では出遅れてはいない。しっかり書いているしよくやっているほうだ。が、その後、追記を書かずにいる内に年が明け、デビュー以来の連勝が続き、更にはAbema TVの七番勝負が始まり、その対局全てを観戦し狂喜乱舞している内に、ついには羽生を負かし、あれよあれよという間に彼は全国的大スターになってしまった。
 こうなるとますます「いつから書くか」が難しくなってくる。

 一応、下にあるように、去年の8月に「三段リーグ」のことを書いてアップしている。四段昇段を決めた9月にも書いた。この時点ではまあまあなのだ。問題はそのあとになる。誰にも負けないぐらい藤井四段の将棋を追って一喜一憂したが肝腎の文章で残していない。言いわけはいくつかあるのだがそれはそれとして。


 プロ棋士としてのデビュー戦、加藤一二三九段との竜王戦の前に書こうと思った。2016年12月24日。デビュー戦の相手が現役最年長であり、藤井に更新されるまで史上最年少記録を持っていた加藤九段との年令差対決は話題になった。デビュー戦がこの組合せになったこと自体奇蹟である。熱心なクリスチャンである加藤は、自分の記録を塗りかえた少年との対戦がクリスマスイヴになったことを神に感謝したことだろう。

 これはすごい一戦だった。藤井から加藤の十八番である矢倉に誘導し(「せっかく加藤先生と対戦できるのだから矢倉で教えて欲しかった」と後日語る。好感度アップ!)、飛角銀桂全軍躍動する加藤に攻めるだけ攻めさせ、あわや木っ端微塵に粉砕されるという形にまでなり、絶体絶命の極地から、先手矢倉城の守りの要7八金にヒョイと6九銀を引っ掻ける。なんと、それで一手勝ちなのだ。瀕死の如き壊滅状態の藤井陣に詰みはなく、加藤が必至を掛けたなら、その瞬間に一気に加藤陣が摘むのである。背筋が顫えた。なんという将棋を指す少年だろう。どこまで読みきっているのだ。

 あまりの凄さに驚嘆し、書かないでいるうち、なんともすばらしいそれを詳しく解説された『将棋世界』が発売された。鈴木宏彦さんの書かれたこの観戦記が絶品だ。これはあとでスキャンして(たとえそれが違法であろうと)ここに転載して読んでもらおう。切り口といい知識といい、佐藤康光の感想の引用といい、完璧な観戦記だ。

 だがそれと私の個人的感想はまた別。どんな粗末なものであろうと私は私の感覚で書いておかねばならない。いつ書こう。タイミングをうかがう。


 加藤戦から負け知らずの連勝が始まった。新人の連勝記録は10連勝。それを達成する前に書こうと思った。まだ間はあった。「達成したら」ではない。「達成する前に」である。4月4日、そうこうしている内に「新人連勝新記録」を達成してしまった。またチャンスを逃した。

 なら連勝記録が止まったら書こうと思った。今度は「止まる前に」ではない、「止まったら」だ。13戦目の千田六段である。まだ千田には勝てない。ここで連勝記録が止まる、そしたら書こう。すると、なんと千田まで破ってしまった。強い。その後も止まらない。今度は「連勝が止まったら書こう」と思った。すると今度は止まらない。不滅の記録と言われた神谷八段の記録を塗りかえる快進撃。じゃあ三段リーグの13勝5敗の5敗はなんだったんだ、となる。

 と、出遅れ出遅れで書かないまま、ここまで来てしまった。
 目の調子がわるかった。これも大きい。将棋文章だけ滞っていたのではなく、目玉不調により、著しく書く文章量が減っていた。サイトもブログもほとんど更新していない。23インチのディスプレイで文字を大きくして最低限のものはなんとか書いていたが思わしくない。もっと大きなディスプレイを購入しようと計画した。そう思うと、「それが来るまでやる気になれない」になる。また遅れる。


 さて、では去年の9月から最近まで10ヵ月もうじうじしていた文を、今日7月28日からなぜ書き始めたか、だ。
 何と言っても大きいのは「4kディスプレイ」である。これを導入して、目の心配もなく好き放題に書ける、うれしいなあ、ということは別項に書いたのだが、実はこれが初めて体験する初期不良品だった。その判断に戸惑い、でっかい箱に詰めて返送し、修理されてもどってくるまでたいへんな苦労をした。acerである。臺灣ラブすこし下がる。やっともどってきて、満足できる4kディスプレイ環境が整ったのは7月25日、一ヶ月をむだにした。その意味では、それほどの日にちを置かず、すんなり書き始めたと言える。それだけ4kディスプレイはたのしい。

 もうひとつの理由は、藤井フィーバーがほどよく治まってきたことだ。とんでもない天才少年棋士の登場に、将棋ファンの藤井熱はますます燃え盛っているが、一般的には連勝が途絶えてだいぶ落ちついた。今後世間的に騒がれるのは、史上最年少のタイトル戦挑戦者になったときだろうから、しばしの平穏がある。今後の対局者を見れば、いかな天才少年でも「もういちどの連勝記録」はないだろう。充実の来年再来年はともかく、すくなくとも今年、またしても二度目の新記録連勝街道、はないように思う。もちろんあったらそれはそれで愉しいから期待しているけど、これからはB1、A級の精鋭が待ち受ける。いやもう既にAbema TVの企劃で、深浦、佐藤康光、羽生とA級棋士に3連勝したけど、今度はみな力が入ってくる。今後も3勝1敗のペースで勝ちすすむだろう。しかしさすがに連勝記録はないと思うがどうか……。

 このふたつの理由がほどよく噛みあって、今日やっと私なりの「藤井聡太・考」に手をつけた。書きたいテーマはただひとつ、彼のもつ「運」についてだ。


 段位はすぐにあがって行くだろうし、今更「聡太くん」も失礼だから、以下、敬意を込めて「藤井」と呼びすてにする。

続き→ ●藤井聡太・考──撰ばれたひとの運についての考察──その1──書き始めるまで
  1. 2017/07/30(日) 00:08:00|
  2. 将棋

青梅市──あおうめ市、こくりつ市、まいかた市、ふくせい市、のこと

●あおうめ市のこと──4kディスプレイ話の補足

「4kディスプレイ話」の冒頭で、思い出したくもない大嫌いな国立市について説明している。敢えて書いたのには理由がある。



 今年三月にインターネットプロバイダをniftyからBIGLOBEに替えた。しかし以下のオペレーターの話はniftyでもBIGLOBEでもない。niftyをやめると決めてからBIGLOBEに落ちつくまで、ネットで調べたいくつかの会社とのやり取りがあった。そこでのひと幕である。GMOとかSo-netとかそのあたりだったか。

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 その女オペレーターは、こう言ったのだ。
「それではお客さまのお住まいの地域が、WiMAX2に対応しているかどうかお調べします。ご住所は東京都あおうめ市
「あ、おーめです」
「は? 東京都あおうめ市」
「いえ、あおうめとと書いておーめと読みます」
「はい、東京都あおうめ市」

(続き) ●「あおうめ市」のこと
  1. 2017/07/26(水) 05:35:00|
  2. 生活

Kさんブログのおもしろさ──ギャンブル好きの金銭感覚について

●Kさんブログのおもしろさ

 知人のKさんのブログがおもしろい。毎日楽しみに読んでいる。ふつうにおもしろいならここにアドレスを貼ってみなさんにも紹介すればいいのだが、どうもそのおもしろさというのが、私にだけしみこんでくるものであって、みなさんにはおもしろくないような気もするのである。さて、どうなのだろう。

 たとえばこんな文章。《電気屋が集金に来た。いつもの倍の金額。0がひとつ多い。なぜだろう。思いあたるのは先日もらった電子レンジと洗濯機を多用したことぐらいだ。》
 私にはこういうのがおもしろくてたまらないのだが、一般的にはどうなのだろう。背景を知らないとつまらないか。



 まず「電気屋の集金」である。電気屋とはもちろん東電のこと。それがなぜ「集金」に来るのか。今どきまともな人生を歩んでいるひとはみなライフラインは銀行引きおとしだろう。しかしKさんや私のようなまともでないのは、いまだに請求書を手に支払いに行くのである。いや請求書でコンビニ払いをしているひとは意外に多いかも知れない。でも何ヶ月もそれを溜めて「集金」に来られるひとはそうもいないだろう。

 月々の請求書が3ヵ月溜まると電気が止まる。9月分、10月分を支払わずにいると、11月分の請求書が送られてくる11月15日までに9月分を払わないと電気を止めますよと連絡が来る。その場合「ご不在の場合でも止めます」と一筆あり、しかし一応は鬼の東電も在宅か不在かを確かめるノックはするのである。居て9月分を支払うと次の停止日まで一ヵ月寿命が延びる。不在ならしっかりと止めて行く。



 Kさんの「電気屋が集金に来た」という一文から、コンビニ払いのKさんが電気代を滞納し、東電が電気を止めに来たのでしぶしぶ二ヵ月前の電気代を支払ったことが読み取れるのである(笑)。

(続き) ●Kさんブログのおもしろさ
  1. 2017/07/26(水) 05:19:00|
  2. 競馬

4kディスプレイへ──23インチデュアルディスプレイから4kディスプレイ43インチに切り替え──目玉不調による奮闘記

世の中スマホ全盛でちいさくちいさくなって行く中、目玉不調で、23インチ二枚使いでも狭く感じるようになってきた。時代に逆行して大きく大きくなって行く。

文章関係はフォントのポイント数を大きくしたりして、なんとか23インチでこなせるのだが、どうにもDAWが無理。もっと画面が大きくないと不便だ。

あれこれ悩んだ末、4kディスプレイ43インチを導入することにした。これって正解だったのかどうか。結論が出るまでにはまだ時間がかかりそうだ。大きくなって目の負担が軽減したのだけは事実だが……。

続きはこちら↓
●4kディスプレイ導入話──デュアルからトリプルへ
  1. 2017/07/10(月) 09:00:26|
  2. パソコン

生活記──私はシャイだった──目玉話──斜位


 2016年の暮れ、「眼鏡市場」にパソコン用の眼鏡を作りに出かけた。
 春先から目の調子がわるい。いまの私には深刻な悩みだ。とはいえ、十時間ぶっつづけでPCに向かっても平気だった目玉が、一時間半ほどで疲れてしまい、細かな文字が二重にぶれてきて、休まねばならない、という程度の状況であり、すこし休めばまた再開できるのだから、これぐらいで泣き言を言ってはならないのだろう。しかし人間は健康なときの状態を常とする。かつての自分を思えば今のそれが不満でならない。

 私なりになんとかこの不調から脱出したいと、調子がよかったときのことを思い出しては解決法を模索している。
 八年前に作り、三年前にレンズが傷だらけになって廃棄した視力0.3に設定したパソコン用眼鏡があった。あれが快適だったことを思いだし、また作ってみようかと思った。この辺、溺れるもの藁をも掴むの心境である。目の問題でありメガネを新調しても解決にはなるまい。わかっていても、「あのメガネを使っていたときは快調だったな」の思いがあるから、すがりたくなる。「メガネのパリミキ」というところで作ったのだった。
 今回は、二年前に作り先日まで使っていたメガネを購入した「眼鏡市場」に行くことにした。「パリミキ」で作って快適だったのだからそこに行くべきなのだが、なぜちがうところに行くのかと言えば、値段の問題である。パリミキは高い。眼鏡市場は安い。この辺、手段としてまちがっているのかもしれないが懐事情もある。できたものが気に入らず、「やっぱりパリミキにすればよかった」と悔いないといいのだが……。

続き──私はシャイだった──目玉話
  1. 2017/01/13(金) 07:29:00|
  2. 生活

将棋話──叡王戦で佐藤天彦名人が優勝──来春、コンピュータと名人の対戦が実現!

 12月11日に行われた叡王戦決勝三番勝負第二局は、佐藤天彦名人が第一局に続いて連勝し、二連勝で第二期叡王の座に着いた。

 これにより来春の電王戦で、2016年世界コンピュータ将棋選手権(今年の五月に開催)優勝ソフトPONANZAと二番勝負を行うのが佐藤名人と決定した。大事件である。

 そう、この「叡王戦」は、「誰が叡王になるか!?」という棋戦としての魅力よりも、「最強ソフトと対戦するのは誰か!?」という電王戦への前相撲としての興味のほうが強いのである。いや、「そうなってしまっている」と嘆くべきなのか。いやいや、元々そういう流れで始まったのだから当然か。
 すでにもうプロ棋士より将棋ソフトのほうが強いのは常識であり、興味は「最強ソフトに挑戦するのは誰か!?」になる。もっとかなしいことをより正確に言えば、「最強ソフトに負けて、コンピュータのほうが強いということを世間に知らしめる晒し者になるのは誰か!?」となる。その晒し者に将棋界の象徴「名人」がなったのだ。大事件である。(続きはこちら)
  1. 2016/12/12(月) 04:56:00|
  2. 将棋

ディランにノーベル文学賞──拒まないかな(笑)

●ディランにノーベル文学賞

【ロンドン=岡部伸】スウェーデン・アカデミーは13日、2016年のノーベル文学賞を米国のシンガー・ソングライター、ボブ・ディラン氏(75)に授与すると発表した。授賞理由は「偉大な米国の歌の伝統に、新たな詩的表現を創造した」としている。有力候補に挙がっていた村上春樹氏は受賞を逃した。

 スウェーデン・アカデミーの委員は現地でのインタビューで、「伝統を具現化し、50年以上、新たなアイデンティティーを創造することに、自らの心血を注いだ」と評した。

 フォークソングの代表格として知られ、反戦運動や人権活動にも大きな影響を与えた。メッセージ性の強い「プロテストソング」を次々と発表し、「風に吹かれて」「ライク・ア・ローリング・ストーン」など、数々の名曲は日本を含む世界各国で広く知られている。

 2008年にはたぐいまれな詩の素晴らしさと、米国文化への貢献などが評価され、ピュリツァー賞の特別賞を受賞。12年には米国で文民最高位の勲章となる「大統領自由勲章」を受章。ノーベル賞でもしばしば名前が取り沙汰されていた。

 1941年、ミネソタ州ダルース生まれ。ミネソタ大学中退後、音楽活動に専念するためニューヨークに移った。62年にアルバム「ボブ・ディラン」でデビューした。

 賞金は800万クローナ(約9400万円)。授賞式は12月10日ストックホルムで行われる。(産經新聞より)

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 どうでもいい文化人(笑)やミュージシャンの日本人コメントが連発されている。タクローとか泉谷も大はしゃぎ。誰もが絶讃している。我が事のようによろこんでいる。なんだか不思議な気分。ノーベル賞ってそんなにすごいの(笑)。

 いま聞きたいのはディラン自身のことばだ。
 なんと言うだろう。興味津々。個人的には拒否して慾しい。
「ダイナマイト屋に褒めてもらうために歌を作ってきたのではない」と。

  1. 2016/10/14(金) 06:01:00|
  2. 音楽

訃報──プミポン国王逝去

タイのプミポン国王死去 88歳、国民から敬愛

 【マニラ=吉村英輝】ロイター通信によると、タイのプミポン・アドゥンヤデート国王が13日、首都バンコクの病院で死去した。88歳だった。
 1946年に国家元首として即位して以来、国民から深い敬愛を集めてきた。また、タイの経済発展に貢献し、政治混乱の局面では調停役として采配をふるうこともあった。
 在位期間は70年以上に及び、存命する世界の君主の中で最長だった。

 国王は2014年10月に胆のうの摘出手術を受けて以降、大半を病院で過ごしていた。
 この間、肺炎や高熱などさまざまな症状が出て、今年6月には心臓の手術も受けていた。

 王室は12日、国王は血圧が低下して心拍数が上昇し、肝機能に異常があり、「依然不安定な状態」と発表。
 ワチラロンコン皇太子やシリントン王女ら王族が病院に駆け付け、多くの国民が病院敷地に集まって回復を祈っていた。(産經新聞より)

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 国民すべてから敬愛された偉大な国王だった。
 タイでは、朝夕に国歌が流れる。みな直立不動で聴きいる。
 映画館でも上映の前に国歌が流れる。全員起立して聞く。異国人が戸惑う。最初、戸惑ったひとりだ。

 国王と国民のありかたが美しかった。
 国歌斉唱の際に、起立しない、歌わない、教師にそう教えられた、そういうことでゴタゴタしている日本から見ると、うらやましい関係だった。

 だがタイ王国にも問題はある。後継者は国民からの支持を得ていない。

 心からプミポン国王のご冥福を祈ると共に、あれほど敬愛された国王の逝去時にタイにいられなかったことを残念に思う。これほどのタイ人のかなしみに触れることは今までもこれからもないだろうから。
  1. 2016/10/14(金) 05:53:00|
  2. 生活

将棋話──竜王戦、挑戦者変更──三浦九段にスマホ疑惑

●将棋竜王戦──三浦出場停止、繰上で丸山に!

  6時半起床。
  2ちゃんねるの将棋スレに「竜王戦、三浦が出場停止、繰りあげで丸山が出場」とあったのでおどろく。ガセかと思って追ったら事実。対局中に何度も離席することが問題となっており、その間に控室のスマホで検討していた疑いという。三浦は否定しており裁判沙汰になるようだ。 昨日、連盟は三浦を出場停止にし、丸山が繰りあげの挑戦者になったという。

  素朴な疑問は、PCの遠隔操作ならともかく、スマホアプリで三浦レベルの将棋を検討できるのか、ということ。
  すると検索で見つけたこのブログが詳しく解説してくれていた。事件が起きたのが昨日だからこれを作成するのはたいへんだったろう。それだけ大事件なのだ。作成期日を見ると「10月13日」となっている。長文の精査な文章なので12日に書き始めだが日を跨ぎ、つい数時間前に完成したということか。これによると、いまスマホの将棋ソフトで十分にプロレベルの検討ができるようになっているようだ。といってもみなが手にしているスマホすべてがそのレベルにあるのというのではなく、将棋ソフト「技巧」の導入とか、そこまですれば「できる」という話である。

  この事件の衝撃は、まずは対象となったのが三浦九段という最もそういう事件とは無縁な誠実な棋士、ということ。
  そして棋戦が10月15日から始まる最高棋戦竜王戦であり、その直前の挑戦者変更(というより失格)であることだ。

  もしも、同じ事件でも、C2順位戦で若手棋士が起こした問題だったら、それはそれで十分事件ではあるが、ここまでの衝撃はなかったろう。最高棋戦の竜王戦に直前で味噌がついたことは、将棋連盟に、棋士すべてに大きな問題となる。

  私は三浦を信じたいが、三浦の離席の多さが不自然と「複数の棋士からの指摘」との情報もあり、揺らいでもいる。
  15日16日は週末。第一局のネット観戦をたのしみにしていたのに、とんでもないことが起きた。


  1. 2016/10/13(木) 07:18:28|
  2. 将棋

毎日王冠的中記──同一厩舎2頭だし考

●毎日王冠的中記──同一厩舎2頭だし考
        
  毎日王冠。大好きな馬ルージュバックとアンビシャスの1、2着固定で3連単を組む。ともに人気馬なので配当は低い。相手は5頭に絞った。10点買い。これだけ好きな馬で心中できるレースもそうはない。金缺なので有り金全部、とは行けないが、勝ち負けに関係なく気持ちよく買えるレースだ。

   ずっと追い掛けてきたルージュバックは敗戦続きだったがエプソムカップ完勝でだいぶ回収できた。
 宝塚記念本命のアンビシャスは大敗。今回も仕上がり途上との情報。あるいは「大敗の後遺症がまだある」とも。『日刊ゲンダイ』の「止まり木ブルース」は、その情報からルージュバック本命のアンビシャス消し。私は「たとえ途上でも強い」と思っているので断然支持。

続きは
●毎日王冠的中記──同一厩舎2頭だし考
  1. 2016/10/10(月) 09:39:00|
  2. 競馬

スプリンターズ的中記──喜びも中ぐらいなり……。

スプリンターズステークスの3連複を的中した。
420倍を当てたのだから万々歳のはずなのだが、なんか不満足。
会心の馬券を逃してしまった、その顚末。

続きは
●スプリンターズステークス的中記──喜びも中ぐらいなり……。

【追記】──凱旋門賞完敗記
  1. 2016/10/02(日) 20:58:00|
  2. 競馬

将棋話──藤井聡太くん、最年少棋士記録更新!

藤井聡太くん、最年少記録達成! NHKが速報!

NHKニュースより

愛知の中学2年 藤井三段が史上最年少でプロ棋士に

9月3日 18時26分

将棋のプロ棋士を目指していた愛知県の中学2年生、藤井聡太三段が、3日、プロとなる四段昇段を決め、将棋界では史上最年少となる14歳2か月でプロ入りを果たすことになりました。藤井聡太さん(14)は、愛知県瀬戸市に住む中学2年生です。

将棋のプロ棋士を養成する奨励会に所属し、去年、史上最年少で三段となって四段に王手をかけていました。
3日、東京・渋谷区の東京将棋会館で、三段の会員29人が争う「三段リーグ」の最終日の対局が行われ、藤井さんは通算成績を13勝5敗で終え、リーグ戦1位となりました。

三段リーグは、上位の2人がプロとなる四段に昇段でき、藤井さんはこのリーグを1期で抜けて将棋界で史上最年少のプロ棋士となることが決まりました。四段昇段のこれまでの最年少記録は、加藤一二三九段が昭和29年に昇段したときの14歳7か月で、来月1日に14歳2か月で昇段する藤井さんは、62年ぶりに記録を塗り替えることになります。

「タイトル狙える位置に」
最年少年少でのプロ入りを決めた藤井聡太さんは、「自分の実力を出すことだけを考えました。勝った瞬間はあまり実感がなかったんですがだんだん実感がわいてきて、昇段できてうれしいです。過去に中学生で棋士になったのは偉大な方々ばかりなので、自分もそこに並べるように頑張りたいです。これから実力をもっとつけて、タイトルが狙える位置につきたいです」と話していました。

中学生でプロ入り 先輩たちが祝福
将棋界で中学生でプロ入りを決めたのは、記録の残っている戦後ではこれまでわずか4人にすぎません。その4人が、藤井さんの最年少記録達成に、そろって祝福のコメントを寄せました。

昭和29年に14歳7か月でプロとなり、これまで62年にわたって最年少記録を保持してきた加藤一二三九段は、「心より祝福致しますとともに将棋界全体にとっても明るいニュースに喜びを覚えます。現役最年長の私が、21世紀生まれで最年少の藤井四段と対局できると考えるとワクワク致します」とコメントしています。

昭和51年に14歳8か月でプロとなり、最年少名人の記録も保持する日本将棋連盟会長の谷川浩司九段は、「厳しい三段リーグを1期で、最年少の記録をつくったことは、大変素晴らしいことです。高い志を持って精進することを期待しています。棋士個人の立場としては最年少名人の記録が破られるかも注目しています」とコメントしています。

昭和60年に15歳2か月でプロとなった羽生善治三冠は、「これから棋士として注目を集めることになると思いますが、それを乗り越えて歴史に名を残すような棋士になることを期待しています」とコメントしています。

平成12年に15歳11か月でプロとなった渡辺明竜王は、「藤井君は以前から詰将棋の早さなどで話題になっていましたが、三段リーグを1期で抜けたのには驚きました。対戦を楽しみにしています」とコメントしています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160903/k10010667781000.html

●藤井聡太くん、史上最年少記録達成成るか!?
  1. 2016/09/03(土) 19:43:42|
  2. 将棋

将棋話──藤井聡太くん、史上最年少四段成るか!?──決戦は9月3日!

奨励会三段リーグ。
噂の天才、藤井聡太くんが「史上最年少棋士」の記録に挑む。
ここまで12勝4敗でトップ。しかし順位が低い、27位。上位に5敗が三人いる。
最終戦は9月3日。連勝すれば文句なし、1勝1敗だと……。

最年少記録、加藤一二三九段の14歳7ヵ月を62年ぶりに更新するか!?
今期で達成すれば14歳2ヵ月の新記録。
来期だと14歳8ヵ月で届かない。
谷川も羽生も渡辺もできなかった新記録達成、成るか!?

●藤井聡太くん、最年少四段、成るか!?
  1. 2016/08/30(火) 04:22:00|
  2. 将棋

将棋話──竜王戦挑戦者決定三番勝負に三浦が進出!

2016年秋の竜王戦挑戦者決定三番勝負に三浦が進出した。相手は「丸山対深浦」の勝者だ。今年の竜王戦挑戦者はこの三名の中から出る。私は、通算10期獲得の渡辺永世竜王への挑戦者は、三浦か深浦になって欲しいと願っている。ふたりとも叶えば初挑戦だ。丸山はすでに渡辺に二度挑み完敗している。

竜王戦のファンサービスはすばらしい。今回もリアルタイムで、固唾を呑んで、この超急戦の「三浦対久保戦」をたのしんだ。さて三浦の相手は、深浦か丸山か!? 7月29日、もうひとつの準決勝。丸山が深浦に勝つ。これまたすごい勝負だった。 挑決三番勝負は丸山対三浦。心情的に三浦応援。

●竜王戦挑戦者決定三番勝負に三浦が進出!
  1. 2016/07/28(木) 07:24:40|
  2. 将棋

政治話──英国の諷刺画を曲解して安倍批判をして笑い者の民進党・山井和則(やまのいかずのり)というバカ

なんだかねえ、これが日本の政治家なのかと思って諦めるしかないのかもしれないが、なんともむなしくなるジケンだ。

●民主党・山井というバカ
  1. 2016/06/03(金) 22:04:45|
  2. 政治

競馬──ヴィクトリアマイルさわやか?敗戦記

オークスの枠順が確定している金曜日に今更ヴィクトリアマイルでもないのだが、なんとかオークス発走前に書けた。
とにかくもう目の調子がわるくて文章を書く気になれない。遅ればせではあるが御容赦を。

●ヴィクトリアマイルさわやか?敗戦記
  1. 2016/05/20(金) 22:20:54|
  2. 競馬

競馬話──2016年、桜花賞、天皇賞、マイルカップ敗戦記

2016年、G1馬券、いまだ目が開かず。暗闇進軍。
でも同じ負けでも桜花賞のように納得行かないのとちがって、今日のNHKマイルカップはいい競馬だった。

馬券がハズれたのに「いい競馬だった」なんて言ってるからいつまで経っても負け組なのだが、そういう性格でなきゃ馬券を何十年も続けられるはずがない。まともなひとは見切りをつけて卒業して行く。何十年も負け続けながらいまだにやっているというだけでもう十分にくるっている。そう自覚しつつ、卒業してしまったひとはかわいそうだと、留年続きの自分に誇りすら感じているのだから病膏肓である。

●2016年、桜花賞、天皇賞、マイルカップ敗戦記
  1. 2016/05/09(月) 00:27:00|
  2. 競馬

PC話──ATOK2016の新機能──疲れを警告してくれるありがたさ

 このFC2ブログは丸一ヵ月更新しないと広告が表示されるようになる。livedoorブログで毎日のようにUPしていたころは、一ヵ月も更新しないようなのはブロガーじゃないと思っていたのに、いつしかじぶんがその「ブロガーじゃない」になっていた。まあサイトのほうはそれなりに更新しているのだがDAW専念で時間がなく、さらには目の不調により文章を書くのがつらい。

  今日、「そろそろかな」と思って来てみたら、前回の「マンガ話──風の大地」を書いたのが4月3日でちょうど一ヵ月経過、シビアに広告が入っていた。いまからアップするのでこれから一ヵ月は広告なしになる。もうすこしこまめにアップせねばとは思うのだが……。

  最新のATOK2016をインストールした。2016からの新機能、時間の経過で「すこし休みませんか?」と気遣ってくれる。なんてやさしいのだろう。こんなに親切にしてもらったことがないのでほろりとした(笑)。  という話を書いてみた。

  ●ATOK2016の新機能──疲れを気遣ってくれます
  1. 2016/05/03(火) 13:09:00|
  2. パソコン

マンガ話──「風の大地」──土建屋・石倉の名前はなに!?

 ひさしぶりにゴルフ漫画「風の大地」をまとめ読みした。
 1巻からぜんぶ読んでいるが──というか私はオリジナルは創刊号から読んでいる、大学生のときだった──主人公・沖田が、応援してくれるこどもたちの交通事故を防げなかったと自分を責め、クラブを擱いた「7年間の空白」からご無沙汰していた。その後の部分を読んだ。

 長期連載しているマンガには、どうしても矛盾点が出てくる。初期設定を忘れてしまうのだ。
 さてそれをどうするか。
 あだち充は、作中に自分を登場させ、主人公の誕生日ミス(最初のころの設定とちがっているのを読者から指摘された)を認め、すなおに謝ったりする。

 それの宝庫である「『島耕作』は知らん振り路線のようである。これはそのうちまとめよう。読むたびに苦笑してしまう。しかしまたそれもおおきな楽しみだ(笑)。

「風の大地」にもいろいろあるのだが、その中でも重要な脇役「土建屋の石倉」の名前がちょいちょい変るのが目立つ。それをまとめてみた。

「風の大地」の土建屋・石倉の名前はなにが正しいのか!? をまとめました。それはこちらです。
  1. 2016/04/03(日) 22:17:20|
  2. 漫画

ことば──Wikipediaの下手な文の例──王選手の項目から

Wikipediaには日々たすけてもらっていて、とても感謝しているけれど、あまりにひどい文章が多いのではないか、とは何度か書いてきた。

わかりにくい例──二所ノ関部屋の歴史から」に書いたのは、「一度にいろんなことを言おうとして意味不明になっている」ということ。



今回、王選手のことを調べていて、以下のような文にぶつかった。なんともひどい。上記の二所ノ関部屋に関する文章と同じで、知っていること、言いたいことを一気に全部言おうとするものだから、なにがなんだかわからない文章になっている。こんがらがったので放棄した。Wikipediaにスポーツ関係のことを書いているひとにはこの傾向があるようだ。時間や場所に加えて人間関係のことまで一気に書こうとするので日本語が破綻している。
王監督時代に、江川が監督に不信感をもった、ということを書きたいらしいのだが……。

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王選手のWikipediaから引用

《江川は5月10日ホテルニューオータニ作新バッテリー組んだ小倉偉民自身の実姉の一時期婚姻関係に在った男性の実父の実弟亀岡高夫と前年養子縁組記念の政治資金パーティー開催でゲスト参加、本来は丸一ヶ月前の4月10日予定されていた星野仙一新監督率いて新加入の4番サード落合擁する中日ドラゴンズと開幕戦有ったため一ヶ月延期してもらった開幕投手は西本が務め王監督に不信感抱いた。》

主語述語でいうと、「江川は──王監督に不信感抱いた」なのだろう。そのあいだに挟まれた豊富な情報、複雑な人間関係(笑)。事細かにあれこれ入っているわりには、あるべき助詞が抜けていたりする。よくもまあこんな文を書けるものだ。



ところでON世代の私がなぜ今ごろ王さんのことを調べようと思ったかというと、週刊誌のコラムで「王、金田、広岡=おう、金だ、拾おうか」というあのころの懐かしいダジャレを見かけたから。私が野球好きだったのはONの現役時代までなので王監督の実績は覚えていない。でも不仲の中畑が「わん公」と失礼なことを言ったのは覚えている。
そのころの事情をなつかしみつつ読み、いろいろと記録を確認できたりして、いつもどおりWikipediaの便利さには感謝するのだが、いくらなんでもこの文章はひどすぎる。なかなかこれだけのものにはお目にかかれない。どんなひとが書いたのやら。
  1. 2016/03/06(日) 08:24:23|
  2. ことば

バカサヨクのイチャモン例──「嫌いな政治家、2位に山本太郎!」──きっこさんのブログから

多くの人は見出しを流して読み、その中で自分の興味のある記事しか読まないから、それ以外のニュースは見出しだけを「思い込んでしまう」ということがある。たとえば、しばらく前に、あるポータルサイトの主要ニュースの見出しの中に、こんなのがあった。

「嫌いな政治家、2位に山本太郎氏」

このニュースに興味がなく、見出しだけ読んだ人の記憶には「山本太郎って嫌われてるんだ」という情報だけが刷り込まれただろう。ちなみに、見出しをクリックして記事を読んでみたら、これは「週刊プレイボーイ」のアンケート結果の記事で、「嫌いな政治家」のダントツの1位は安倍晋三、ずいぶんと差があって2位が山本太郎、3位が麻生太郎だった。

これらの見出しはそれぞれのポータルサイトの担当者が書いてるから、同じ記事の見出しでもポータルサイトによってカラーが違ってくる。このポータルサイトの担当者が、どうして1位ではなく2位を見出しに使ったのか、あたしにはその意図は分からない。でも、見出しだけ読んだ人たちの記憶に「何」が刷り込まれたのかは、あたしでも分かる。

わずか15文字前後のキャパで、記事の内容を的確に伝えなきゃならないのがネットニュースの見出しの役割であり、それぞれのポータルサイトの担当者のセンスが光る場だ。だけど、その一方で、その担当者やポータルサイト運営会社のカラーが意図的に反映されることもあると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


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  上は<きっこ>さんのブログからの引用。いやはやなんとも。

「嫌いな政治家」の1位がダントツで安倍晋三なのに「嫌いな政治家、2位に山本太郎氏」と見出しにするのは、「担当者やポータルサイト運営会社のカラーが意図的に反映されているから」という意見。
 このポータルサイトの制作者は、<きっこ>さんの大好きな山本太郎を貶めるために、敢えて1位の<きっこさん>の大嫌いな安倍首相の名を伏せ、2位の山本太郎の名を「意図的に」タイトルにした、と<きっこ>さんは言いたいらしい。

 性別年齢職業居住地クルマにギター、なにもかもが虚構で構築されているこのひとの意見にまともに応じるのも同レベルのアホだと自覚しつつそれでも言うが、こういうのはバカサヨクの牽強附会イチャモンである。

>>このポータルサイトの担当者が、どうして1位ではなく2位を見出しに使ったのか、あたしにはその意図は分からない。

 2位を発表して1位を想像させる手法ですよ。それが「このポータルサイト担当者の意図」です(笑)。同じパターンで一杯そこいら中に出ていますから確認しましょうね。

>>担当者やポータルサイト運営会社のカラーが意図的に反映されることもあると思う

 それはありますね、サヨクの安倍首相批判などそればかりです。
 でもこれは関係ないです、単なる興味を持たせるための手段です(笑)。



 じゃあ1位が山本太郎で2位が安倍晋三だったらどうなるか。
 その場合は「嫌いな政治家、2位に安倍晋三!」となる。これらのシリーズ?は一貫して「2位を発表し1位を隠し、興味をもたせて本記事にアクセスさせる」を手法としている。<きっこ>さんも「2位が山本太郎!」に反応し、「1位は誰なんだ?」とチェックしたのだから「意図はわからない」と言いつつ見事に相手の意図通りに動いている(笑)。

 もしも1位2位が逆だったとしても、それを読んで「嫌いな政治家1位は山本太郎なのにそれは出さず、2位の安倍晋三を出すところに安倍首相嫌いの担当者の意図的なものを感じる」と抗議するものはいない。<きっこ>さんが安倍首相大好きだったらするかもしれないけど(笑)。

 もしも1位が<きっこさん>の大好きな小沢一郎だったらどうしたろう。当然こんなブログ文は書かない。これを書いたのはあくまでも安倍晋三が1位だからだ。

 バカサヨク特有のなんとも愚かなイチャモンである。しかしまあ視点を変ればこんな形のイチャモンもできるんだなと感心する。
  1. 2016/02/07(日) 09:39:32|
  2. 政治

世耕の嫁は民主党議員?

●世耕氏の嫁が安倍首相を猛攻撃「生活苦しさ増している…」 首相「言われる筋合いない」 その時、夫は…

 世耕弘成官房副長官の夫人である民主党の林久美子参院議員が28日、参院本会議の代表質問に立ち、世耕氏が支える安倍首相らに対し総攻撃を仕掛けた。
 林氏は冒頭、甘利明経済再生担当相の金銭授受疑惑を取り上げ、「大臣の金銭感覚は、一般の国民から大きくかけ離れている」と主張。その後もアベノミクスや財政政策、女性活躍政策などを批判し、「生活の苦しさが増している」などと徹底的に糾弾した。
 質問の最後では、「総理! 私たち政治家は国民の皆さんに対する約束を必死の覚悟で果たさなければなりません。不都合な現実から目を背けるのではなく、より謙虚に、より誠実に職務に当たっていただきたい」と訴えた。

 これに対し、首相は「財政健全化の取り組みについて民主党から無責任と批判されるいわれは全くない」と反論した。
 官房副長官は代表質問時には、質問者の質問と首相らの答弁を正確にチェックする役目を担う。参院議員の世耕氏は林氏の質問中、ひな壇上で職務を果たしていた。


http://www.sankei.com/politics/news/160128/plt1601280029-n1.html

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 おどろいた。知らなかった。調べると2013年に世耕はこの民主党議員と再婚!していたらしい。
 が、いま43歳のこの女は「乳呑み児を抱えて選挙運動」で話題になったはずだ。11年ぐらい前。ということは、この女も離婚していたのか。子連れ再婚か。世耕が離婚していたことも知らなかった。いつなんだ? おたがい、再婚までに離婚からどれぐらい時間があったのか。

 男と女だからそりゃまあいろいろあるだろうが、自民党政権の中枢にいる男が、民主党議員の女と結婚できるものだろうか。なにを話すのだ? 私には理解できない世界である。世耕に対する信頼感が一気に失せた。と書くと「あんなのを信頼していたのか」と言われそうだが、私は彼は参謀としてはかなり有能だと思っている。それにしてもしらけた。
  1. 2016/01/29(金) 06:39:05|
  2. 政治

2015年の有馬記念が当たるまで──いろいろとあって

なんだかいろいろあって、結果的に当たったのだが、競馬は連続ドラマなんだなあと感じいっている。
ジャパンカップの敗戦、前週の買い間違い、HDDクラッシュでの落ちこみ、有馬はケンでホープフルステークスで勝負予定からの変更、みんな繋がっていた。
ともあれ、枠連を取れたことがいちばんうれしい。

●2015年の有馬記念が当たるまで
  1. 2015/12/29(火) 22:29:48|
  2. 競馬

平浩二「ぬくもり」歌詞盗作問題・考

平浩二の「ぬくもり」という歌の歌詞がミスターチルドレンの「抱きしめたい」の盗作ではないかと問題になっているとか。
2ちゃんねるで知った。
「ぬくもり」も「抱きしめたい」も知らない。
でも長年「盗作」には興味があり、話題になったものの「本歌調べ」は何十年もやっている。

比べてみた。
同じだった。
ひどい話である。
こういうことをするのは人間のくずだ。
盗作した作詞家は、沢久美という名前らしい。

●平浩二「ぬくもり」歌詞盗作問題
  1. 2015/12/13(日) 12:00:48|
  2. 音楽

ギター楽譜にメモ──ドウカンヤシマの思い出

ギター楽譜の奥付に購入日と店のメモがあった。なぜか「ドウカンヤシマ出走取消の日」ともあった。
なんにでもメモを残していた父を思い出した。

●ギター楽譜のメモ
  1. 2015/12/08(火) 06:21:28|
  2. 生活

福島産梨を使用と謳ったキリン氷結発売!

キリンが「福島産梨使用」とカンに明記したカンチューハイ氷結を発売。
飲みまくってやる!

梨味チューハイは、キリンが世に打ってでたのだから応援したい。福島をフクシマとカタカナで書き誹謗中傷するようなヤツラとの闘いだ。「たかが商売の一手段」と冷笑するひともいようが、商売なら無難が一番なのである。あえてやる必要はない。キリンはあえてやってみた。ならその姿勢を応援する私のようなのがいてもいい。意気に感ず、だ。

●福島産を謳ったキリン氷結
  1. 2015/11/07(土) 07:57:55|

「将棋タイトル戦30年史」を読む──あわない感覚

「将棋タイトル戦30年史」を読んだ。
本文の感覚があわず、不満がたまった。
相性なのだろう。
あわないものはしょうがない。

この本が大好きなかた、またちかいうちに購入しようと思っているかたは、読まないでください。
気分を害することと思います。

不満を文にすることはたのしいことではありません。
しかし、これはちょっと書いておかねば気がすまない、と書いてしまいました。

●「将棋タイトル戦30年史」──あわない感覚
  1. 2015/08/23(日) 14:09:47|
  2. 将棋

《『お言葉ですが…』論考》──風呂読書のたのしみ──『将棋世界』

何年か前から「風呂の中で本を読む」たのしみを覚えてしまった。
結果、いろんな本がふやけてしまった。
しかし「積ん読」よりはいいのだろう。
どんな形であれ「読んでこそ本」だ。

『将棋世界』も、二十年分を毎日一冊みたいな感じで読み返していたら、ぜんぶふやけてしまった。
水分を吸って波うっている。かっこわるい。
もうしわけない気もするが、「これでいいのだ!」とも思う。

スマホ中毒のひとは、「風呂の中でもスマホ」なのだろうか。

●《『お言葉ですが…』論考》──風呂の中で読む
  1. 2015/08/21(金) 03:24:27|
  2. 読書

Windows10体験記──どこがあたらしくなったのやら?

2015年7月29日に、Windows7、Windows8ユーザーに向けたWindows10の無償Upgradeが始まった。
6月に予約し、「御予約ありがとうございます」の返事ももらっていたので、7月29日になったら自動でUpgradeされるものと思っていた。そういうわけでもなかったようだ。

考えてみりゃ全世界で何十億台と使われているわけだから一斉に出来るものでもない。先日の記事では1400万台に適用したと出ていた。いま3000万とか4000万とかそんな数字か。

8.1をふたつ使っている私のデスクトップ機は、未だ「準備中」のままだ。8月8日になってもまだ「準備中」なので、MSのサイトまで行ってDownloadし、そのうちの1台をWindows10にしてみた。「準備が出来ました」となってからするのが望ましいようだから、こんなことをしてはいけないのだろう。

一方、望んでもいないのに、Windows7を使用しているThinkPadは、早々とWindows10へのUpgradeが始まってしまった。この辺、差があるようだ。その辺のことをメモした。そこいら中にあふれている話だし、どうでもいいテーマだが、個人的には記録になる。Windows8の地獄話と比べたら、のどかなものである。

●Windows10体験記──どこがあたらしくなったのか?
  1. 2015/08/18(火) 04:44:02|
  2. パソコン

民主党の自虐的ポスター──「ウケ」を狙って、たしかに「ウケ」はしたらしいが(笑)

民主党の自虐的ポスターが話題になっている。若者への「ウケ」を狙ったのだとか。
ズレてるな。まだ自分達の立場がわかっていない。「シャレにならん」てやつだ。

サイトに書きました。
思うところがあり、しばらくはサイト中心にやって行きます。

●民主党の自虐的ポスター

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  1. 2015/07/19(日) 08:14:35|
  2. 政治

マンガとBGM──「Blue Giant」と「夏子の酒」

6時前だというのに射しこむ朝日でまぶしいほど。室温は早くも30度を突破。「夏はBossa Nova」一辺倒なので朝からもうStan Getzが吹きまくっている。

先日、「Blue Giant」を全5巻まとめ買いした。1巻ずつでは生殺しだから溜るまで待っていた。気合いを入れて読んだ。画でJazzを表現しようと石塚真一さんが挑んでいるのだ。こちらも気魄をもって接せねばならない。「気合い」とか「気魄」と書いているが、なんのことはない、最高に愉しむための酒と音楽に凝ったという話。これはサイトに独立して書こう。長くなる。当然Jazzを聞くのだが、作品中にもばんばん出てくるので、それを追っているだけでもたのしい。でもそれでは追従で不満とも言える。作品に負けることなく、こちら側の選択で対決するというのも手だ。結果的に私はSonny Rollinsを撰んだ。画から流れてくる音がそう聞こえたからだ。
いまトリオを組んだから、次ぎに単行本を買って読むときは、ピアノも意識せねばならない。あの音は誰なんだろう。というかトリオのままなのかな。ベースが欲しいけど。

酒は、むかしからJazzを聞くときはbourbonと決めていた。ストレートだ。Monkのように「straight no chaser」とは行かずたっぷり氷水を飲む。腹の中で混ぜているのだから水割りと同じじゃないかとも思うのだが、それでもストレートと水割りは私の中では明確にちがう。Jazzとbourbonは、あまりにワンパターンとも思うが、それがいちばん合ってたのしい。フランスという国はいろいろ問題があって好きか嫌いかいまだにわからないのだが、アメリカで差別されて苦しむ黒人ミュージシャンに寛容だったことは好意的に解釈する。そういう意味ではたしかに藝術の国だ。もっとも我が日本だってすぐれた音楽家は肌の色など関係なく大歓迎するから、初来日したアート・ブレーキーがそれに感動して大の親日家になったのは有名な話。
今回はJazzマンガをJazzを聞きつつ飲むのだからbourbonに決まっていそうだが、あえてそれはせず、いつもの「キンミヤとホッピー」にした。「菊水ふなぐち熟成」のときもあった。一応理由はある。主人公がまだ十代でもあり、作品から酒の匂いがしないのだ。石塚さんは飲まないひとなのかな? ならワンパターンのbourbonはかえって不粋なのではないかと考えた。Jazzだからbourbonと構えず、普段着の酒で、そのぶん音のほうに凝った。



ひさしぶりに「夏子の酒」を読み返している。このあと「奈津の蔵」「蔵人」もいく。こちらは「Blue Giant」の「なにを聞くか」と同様に「何を飲むか」が重要。日本酒と決まっているが、作品に失礼にならないだけのものを用意せねばならない。日代わりで純米酒や大吟醸を飲んだ。酒屋で唸った。選択に迷った。まあたのしい悩み。

こまったのは音楽だ。私は画を見つつ音楽を流し、酒と肴と、視覚聴覚味覚ぜんぶ愉しむのを常としている。なにかひとつ缺けても物足りない。この作品にはどんな音楽を流せばいいのだろう。作品に出て来るレベルに合わせるなら、新潟の田舎の青年がドライブ中に「ユーミン、聞くか?」なんてセリフがあるからそのあたりになるが、そういうものでもないだろう。ユーミンもとり揃えてはあるが。

しかしこれは「Blue Giant」から酒の匂いがしなかったように、音楽が聞こえてこないんだよな、作品から。なら「なし」なのか。「風の音」のような効果音でも流すのか。



尾瀬さんの最新作は「どうらく息子」。こちらも10巻そろったので手にした。まだ導入部の一巻しか読んでいない。落語マンガ。これは酒は日本酒ともう決めているけど、こちらも音楽はどうするんだろう。「Blue Giant」で名の出て来るミュージシャンの作品を意識したように、作品から感じる咄家の作品を適時に撰んで流すのか。志ん生親子、圓生、文楽、春風亭一門、柳家一門から立川流、関西は春団治、米朝、枝雀、文珍、三枝まで、なんにでも対応できるよう揃えてある。志の輔のDVDなんてのもぜんぶある。
といって落語マンガに落語ってのもベタだ。というか落語マンガに名人芸を流したらマンガが霞んでしまう。主役はマンガのほうで音楽はそれを引き立てる役目だ。いや音楽が主役の場を奪って、しばし聴き惚れるのも愉しいのだが……。じゃあなにを流す。そういや「出囃子集」なんてのももっている。そういうのもありか。
  1. 2015/07/18(土) 22:50:06|
  2. 漫画

ビデオソフト話──朝鮮製、中国製ソフトと縁を切るのはむずかしい

けっこう長いあいだGom Playerというのを使っていた。韓国製とわかっていたので縁を切りたかったが代わりになるいいのがなかった。KMplayerもそう。これまた韓国製。こちらのほうがハングルが目立ち、すぐに韓国製とわかる。いまは「Daum Potplayer」と名を変えている。Daumとは朝鮮語で「次の」という意味だとか。

朝鮮が大嫌いなのに朝鮮製のソフトを使っているのは矛盾だ。(まあそれを言ったらこのブログ自体がそうなるのだけど、それはいま水面下で鋭意努力中なので結果はもうすこし待ってくれ。)
まして朝鮮製の再生ソフトで「永遠の0」を観て泣くのは、どちらにも申しわけない。

ということでそれらを削除し、代わりにVLCメディアプレイヤーを挿れた。関係ファイルを確認する限り制作者は白人で朝鮮支那とは無縁のようだ。白人好きではないが、すくなくとも朝鮮製のソフトを使うよりは言行の矛盾は軽減する。



もうひとつ欲しいなと思いWondershare playerというのを挿れた。こういうソフトの出自はインストール時の言語でわかる。中国製は(支那製、中共製と正しく書きたいがわずらわしいので、とりあえず中国製ということで進める)中国簡体字、繁体字を両方フォローしているし、朝鮮製はもちろん御自慢の(笑)ハングル多用ですぐわかる。

時に朝鮮製のソフトには、英語、スペイン語、ポルトガル語から始まり、マイナーなヨーロッパ言語を含め20くらいの言語を並べ、最後にハングルとなっているものがある。不自然に日本語が省かれている。すぐに朝鮮製とわかる。彼らなりの精一杯の反日の証なのだろう。

しかしこれはまた好ましいことでもある。そういうふうに姿勢を見せてくれればこちらも関わらないし、なにより朝鮮製、中国製ソフトのあぶなさは、かっちにこちらのPCを解析しての情報送信なのだ。だからむしろ逆に日本語をトップにもってきて、ハングルを消し、朝鮮製であることを隠しているソフトのほうが悪質となる。それはわかっていたのだが……。



このWondershare playerというのは使用言語の一覧がヨーロッパ語と日本語なので安心できる。朝鮮語も支那語もないのがいい。

と思いインストールしてすこし使っていたら、どうもなにか違和感がある。もしかしてこれってシナじゃないか!? なんかシナっぽいのである。長年の勘がそう言っている。

調べた。するとこのソフトのレビューコーナーにしっかりと情報があった。やはりあのあくどい支那製である。さんざんBaidu(漢字表記=百度)で苦しんだので、本能的に察知したようだ。上に書いたように、出自を隠したあくどいものである。中国製とわからないようにしてインストールさせ、それから……を狙ったモノなのだろう。

レビューの中からいくつか興味深いものをセレクト&コピー。

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評判のよいメディアプレイヤーなので試してみた。なかなか良いと思うが、POTPLAYERの方が性能、使い勝手についてはやや上だと思う。DVD再生は問題なくできるが、マウスなどを使用して30分ぐらいとばすとフリーズします。POTPLAYERでは問題なく再生できる・・などなど。POTPLAYERを含む韓国産メディアプレイヤーが常に韓国に情報通信しているのにくらべこちらは使用言語がヨーロッパ諸国の言語と日本語のみ(企業コンプライアンスが確立されてる国々)でアップデート通知もなしに設定できるのでセキュリティ面ではPOTPLAYERを含む韓国産プレーヤーよりも遥かに安心できると思います。


これは「韓国製のPotplayerのほうが能力は上だと思うが韓国製は信頼できない。その点これは信頼できる製品だ」という意見です。その姿勢はは好ましいのですが、もっと悪質な中国製であることを知らなかったのですから恥ずかしいですね。でも私もこのひとを嗤えません(笑)。



これは中国製。PotPlayerはKMPlayerの後継で韓国製。中国製パソコンには情報収集専用チップが埋め込まれ、韓国製スマホにはスパイウェアが仕組まれている事が発覚しているのに、何故それらの国が作ったこれらが安全だと言えるのだろうか?


識者からの手厳しい指摘。でも最初のひとは中国製と知らなかったのだからしょうがない。いずれにせよ「中国製、朝鮮製はあぶないからやめよう」というのは真っ当な姿勢です。



最初は支持していたひとからも使用日数が長くなるにつれ異なる意見が届きます。

評価の訂正をします。このソフトを削除しても Wondershare Helper Compact.exe というプログラムがスタートアッププログラムとして登録されたままになるようです。自分はXPと7のデュアルブートマシンのため別OS側からあまり考えもせず削除しましたが、普通に削除するのは難しいようです。
場所は C:¥Program Files¥Common Files¥Wondershare¥Wondershare Helper Compact¥です。ネット上では危険なしと評価されてるようですがどう考えても気持ち悪いです。削除の方法としてネット上にもでてますが、お勧めはスタートアップを解除できるソフトを使ってスタートアップを解除して再起動後に削除するのが無難か、中華製のソフトがすべて悪いものだとは思いたくないのだが、BiOSSさんの仰るようにやはり気持ち悪い、性能もそれほど良くはないのでお勧めできません。




同じく以前は褒めたひとから否定的な意見。

以前持ち上げておいて言うのも何なんですけれど、正直、シャレにならないくらい怪しくて、使用をお勧めできないソフトです。castle氏が挙げたWSHelper.exe以外にも、WsTaskLoad.exeなるタスクが、実行時に何の断りもなく立ち上がります。それも複数。通信ブロックは一応してはいますけれど、ほんとにこいつ、いつ何するかわからない…。



私はSSD2台をCディスク、Dディスクとして、そこからデュアルブートOSにしています。「こりゃいいソフトだ」とばかりに両方に挿れてしまったのですが、ともに削除することにしました。しかし上で指摘されているようにアンインストールしたあとも、 C:¥Program Files¥Common Files¥Wondershare¥Wondershare Helper Compactが消せません。このしつこさと居なおりはさすがBaiduと同じ支那製です。とにかく最初に甘いことを言って浸入してしまえばこっちのものということでしょう。



こんな意見もありました。

私は試しだったのですぐ削除しましたがメディアプレイヤーにしては痕跡をあまりのこさず削除できたので、今でもかなり良心的なソフトではないかと思っております。

このひとはアンインストールして安心しているのですね。居残っていることに気づいていません。しっかりあなたのPCの中にまだ残っていて蠢いているのですよ。
愛想のいいやつと知りあった。家に招きいれた。でもなんかヘンだ。あぶないヤツかもしれない。出ていってくれと言った。すなおに出て行った。なんだ、やっぱりいい奴だったんじゃないか、と思う。でもそのときにはもう家の中にたくさんの盗聴器が仕掛けられている、そんな状態ですね。



Cディスクで起動した状態ではCディスクのそれが消せずに困りましたが、DディスクのOSに切り替えて再起動(するとDディスクがCディスクに、CディスクがDディスクになる)し、それの残っているのをOSのディスクでなくすると削除することが出来ます。そこからDのそれを消し、もういちど逆をやって消すという方法で、私はなんとかC,D両方からこの悪辣な居すわりソフトを消すことが出来ました。それでもProgram Dataにはまだ残っていました。

私はレビューにあったひとと同じくデュアルブートOSなので出来ましたが、そうじゃないひとはどうやってこいつを消すんだろう。まだ安心できないのであとでregistryもチェックしよう。Baiduは完全に消したと思ってもしっかりregistryに残っていて、丹念に丹念に消しまくったものだった。よくもまあこんなことをするよなあ。でもそれぐらいしなきゃ勝ち組、世界制覇は出来ないのか。こちらも心して接せねばならない。とにかく朝鮮、支那とは関わらないことだ。
  1. 2015/06/15(月) 04:01:42|
  2. パソコン

護憲派バカサヨクは競馬の結果も政府のせいにする──天皇賞キズナ惨敗

 バカサヨクは気に入らないことをなんでも政府のせいにする。それを高邁な意見と思い込んでいる。論理の矛盾を突かれると他人のせいにして逃げる。いま話題の、カヤマリカというバカサヨクの「ツイッター乗っ取られ事件」なんてインチキ話もそれになる。

 以下の文は、5月3日に行われた競馬・天皇賞観戦記の一部。無料ブログ文。こんなもので金をもらえるほど世の中は甘くない。読むにたえないヘタクソな長文は脱線し、結びは、1番人気キズナが負けたのは、「政府と民衆のあいだに絆がなかったからかも」というこじつけとなっている。バカサヨクもここまでくると嗤える。だが彼らはこういうことを悦に入って書いているのだ。救い難い。救わないが(笑)。「だったのかも知れない」「言えないこともないだろう」という気弱な結びが憐れだ。



(前略)

ホームストレッチ。
もはや私には、馬群から先に抜け出した蛯名正義カレンミロティックにも、ゴール前に急追した北村宏フェイムゲームにも(気づいて見れば共にハーツクライ産駒だった)、眼線は行かなかった。ただただ横山典弘ゴールドシップを見つめていた。

武豊キズナの惨敗は、推測していた通り、おそらく距離適性なのだろう。或いは、現憲法を恣意的にないがしろにする政府と、多数の民との間には、もはや絆など持ち合えないという時代の反映だったのかも知れない。憲法記念日の天皇賞なればこその結果と言えないこともないだろう。

(後略)



・現憲法を恣意的にないがしろにする政府

・多数の民との間

・もはや絆など持ち合えないという時代の反映

・なればこその結果と言えないこともないだろう。



 う~む、よくぞここまでヘンテコな文が書けるものだ。感心する。ま、このひとはむかしからぜんぶこんな感じなんだけど(笑)。そのヘンテコな文とキズナの天皇賞敗戦がつながるらしい。なんじゃそりゃ。ほんとは全部掲載して嗤いたい。上にあるような「妙にひねくった、なにが言いたいのかわかりにくい表現の連発」である。かなり嗤える。ナンクロなんかやるよりこのひとの文の、「この主語は、どの述語と繋がるのか!?」「この部分はなにを形容しているのか!?」を考えるほうがよほど頭を使うよ。クイズ好きは読んでみて。といってURLは貼らないけど。

<きっこ>と名乗る女の振りをしている団塊世代のオヤジが、毎日毎日あれもこれも安倍晋三のせいと狂ったようにツイートしているが、これも同じレベル。恥ずかしくないのだろうか。

 この一見かっこつけたわかりにくいヘタクソな文章は、あの戦勝国押しつけ憲法のわかりにくい文に酷似している。あんなもんを支持するぐらいだから、こういう回りくどいわかりにくい文章が好きなのだろう。溜め息が出るぐらい下手だ。



 競馬マスコミ関係者にはサヨクが多い。団塊の世代のサヨクが就職先として流れこんだのが大きな要因だが、元々朝鮮人や部落出身者が多い世界であることが根源的な理由になる。体質的に反体制なのだ。厩務員ストなんて国鉄並だった。競馬界は、 ヤクザや芸能の世界と同じく「そういうひとたちの分野」なのである。先人がそういうひとたちなのだから、後に続くひとも、そういうひとたちになる。芸能界と同じ。私もいつしか三十年関わってしまったが、同じ保守派思想の競馬ライターとは今までにひとりしか出会っていない。対して上の文を書くようなバカサヨクはすぐに二十人、三十人思いつく。もしもあなたが競馬好きでそれなりに競馬有名人を思いつくとしよう。彼らの90%は──ほんとは100%と言いきりたいが希望を込めて90%にする──護憲派である。あの醜悪な憲法もどきを崇拝している。上のような切り口の文は稀有ではない。そしてもちろんみな親中、親韓であり、自虐史観に染まっている。よって「朝鮮人は嫌いだ」なんて言ったら、嫌いと言ったことを批判される以前に「チョーセンジン」なんてことばを口にしたことにより一斉に白い目で見られる。見られた本人がいうのだからまちがいない(笑)。

 さすがに名のあるひとはそのへんのことは商売上抑えているが、二年前、柏木集保が上の駄文と同じように、ネット上でのレース回顧文で、レースや馬と結びつけて「世界に誇る平和憲法」という表現をし、護憲派カミングアウトと話題になった。どうやら競馬ライターはレースと憲法を結びつけるのが好きらしい。しかも底が浅い。あきれるほどヒダリがかった世界である。しかしそれにしても上の文はあまりにバカ文だ。

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【追記】──友人の感想──競馬ファンの視点

 ここを読んだ友人がメールをくれた。私は元文のURLを載せなかったが、掲載した一部分から検索してたどりついたらしい。したことがないので知らなかった。そんなこともできるのか。便利な時代だ。


これは本当にひどい観戦記ですね。「距離適性」のあとに唐突に「憲法」とか「政府」とか、組み合わせが無茶苦茶です(笑)。本人は「憲法記念日の天皇賞」という視点でうまいことを言ったつもりなんでしょうけど、そのことでさんざん持ち上げたゴールドシップやノリの価値をも下げてしまっていることに気づいていないのがなんとも滑稽です。
検索して全文を読みましたが、なるほど全体的にわかりにくい文章でした。冒頭の「たった1頭の馬が」がどこにかかっているのかも、すぐにはわかりませんでした。「それだけの価値ある騎手なのだから・・・」という締め方も、別に文中で苦言を呈したわけではなく絶賛したのですから、なにかおかしな感じでした。



  友人は大の競馬ファンであり、政治的にはニュートラルなひとである。だから自民党も民主党も護憲も改憲も関係ない。そういう彼がこの文に不快を感じるのは、「競馬を語るのに、そんなことをいれこむな」という感覚からだろう。彼が指摘しているように、あんなオチをつけたのでは、それまでもちあげていたゴールドシップと横山がどこかに行ってしまうのだ。してはならないのである。競馬の観戦記にそんなことを絡ませてはならない。基本だ。鉄則である。そこに気づかないからバカサヨクなのだ。だがサヨクにとっては、長文の観戦記と同じぐらい最後の二行が大事になる。アンチ安倍、アンチ自民党の彼は、キズナの敗戦を「政府と民の間に絆のない時代」に結びつけたとき、充足感に包まれニンマリしたことだろう。あほらしい。
  1. 2015/05/30(土) 06:08:20|
  2. 政治

残虐ゲームは規制すべきか!?──私は規制に賛成です──若者ふたりの意見に反論

「こんなゲームを子どもがやってるの!?」。
大臣や国会議員が驚きの声を上げました。

5月19日の参議院文教科学委員会で、実際の画像も提示して、下村文科大臣や経産副大臣、内閣府副大臣と、国による統一的な残虐ゲーム規制について議論しました。

今年2月の川崎中1殺害事件に続き、一昨日、またも私の地元の横浜で15歳の少年が母と祖母を殺害するという驚くべき事件が起きています。その他にも、名古屋女子大生事件や佐世保女子高校生事件など、未成年による残虐な事件は後を絶ちません。これら事件の原因には、様々な要素が絡み合っているのでしょうが、その一つとして、多くの識者が残虐なゲームの影響を挙げています。


 次世代の党、松沢しげふみ議員のサイトより。以下は、原文をお読みください。残虐ゲームの映像もあります。

http://matsuzawa.com/report/2015/05/post-229.html

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 大きなテーマである。まじめに論ぜねばならない。私個人はもうこの種のゲームは「バイオハザード」あたりでイヤになって離れている。ゲーム以前に、私はあのスプラッタムービーを好むひとの感覚がわからない。見ない。はらわたが飛びちり血塗れになる映像のなにが面白いのだろう。それをケラケラ笑いつつ見て、そのあと食う肉がおいしいとは思えない。
 それはまた、犬猫をテーマにした感動ドキュメントに涙しつつ、牛豚をおいしいおいしいと喰う矛盾(わたしには矛盾だ、だったら犬猫も喰えよ、となる)に通ずる。

 まあ私は、豚や牛の屠殺を目の当たりにして、喰わなくなってしまったヘタレだからね、その程度なのだけど、それでも、そういう映像を見て、「キャア、残酷!」と言いつつ、スーパーのパックされた肉は「わあ、おいしそう」と言うひとよりは筋を通して?生きているつもりだ。「今日はめでたい日だ。ともだちもいっぱい来る。よし、今日は豚をつぶしてみんなに御馳走しよう」と、飼っている豚を引きずりだして殺してふるまう感覚は正しい。そういう流れの国は多い。それが動物を殺して生きているニンゲンの業だから全面的に肯定する。私はそういう場に接し、豚の咽をかっ切ることが出来なかったけど。

 とこのテーマ、書きだしたら果てがないので、今回印象的だったことにのみ絞る。それはこの松沢議員のサイトに投稿されていた二件の意見だ。
 ふたりとも若者である。

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上田康人 ・ 高知工科大学

このゲームのシリーズをいくつかプレイした元ゲームプログラマです。
その立場の上でコメントさせていただきますと、YouTubeのタイトルに書かれてますが、この動画はわざわざそういうシーンを集めたものです。
最近のゲームは物理計算にも力を入れており、必然的に死体の動きもリアルになっていますが、普通、わざわざ死体に弾を撃ち込んで死体が跳ねるのを見て喜んだりしません。
(失礼な言い方をすれば、「もうこの動画を選ぶ時点で悪意がある」と言わざるを得ません。)

さらに、開発者はやろうと思えば弾を撃ち込むことで現実と同じように?(実際そうなるかわかりませんが)死体が千切れるような表現も出来るはずですが、それは必要な表現ではないから実装されていません。
またこのゲームは、人を殺すことが目的ではありません。マフィアとの関わりで犯罪でお金を稼ぎ、それぞれの主人公のストーリーを解き明かし、エンディングに到達するのが目的です。



小林 岳史 ・ 立命館生協リンクショップ アルバイト

確かにこれらのゲームは非常にグロテスクですが、現在の日本の教育制度ならば、Z指定ゲームと現実を混同して犯罪に走るような生徒はそうそう居ないと考えます。データを見たわけではありませんが。

そもそも、若者がゲームに影響されるというならば、今頃日本の公道はバナナの皮で後続車を滑らせようとする人間で溢れかえっているのではないでしょうか。また、残虐度で言えば、昭和時代の子供達がしていたという、カエルの腹に爆竹を入れて爆破する」という遊びや、「鉄道軌道に釘を乗せて列車に轢かせナイフを作る」遊びの方が、現実の危険度という点で余程危険極まりないと考えます。

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 ふたつとも「残虐なゲームはこどもの教育によくない。規制すべき」という松澤議員の意見に反対したもの。
 上の上田さんというかたの意見は、プログラマーとしての意見。「死体に弾を何発も撃ちこんで死体を痙攣させるようなことはそういうふうに作っているから出来るが、ゲームのクリアにそれは関係なし、そんなことをするプレイヤーはいない」というもの。
 クリアとは関係ないかもしれない。だがクリアだけを目ざしてプレイしているひとばかりではない。それがおもしろくそこに凝ってしまうひと、それが愉しくてたまらない、というひとも出てくる。ふたつめの意見と通じる部分があるので先を急ぐ。そっちでまとめる。

 ふたつめの小林さんというかたの意見は、「ゲームと現実を混同するような生徒はいない。そんなことをいうなら昭和時代の、カエルに爆竹とか、鉄道で釘を轢かせ、ナイフを作るほうがよほど危険だ」というもの。



 私の意見は、「バーチャルと現実はちがう」につきる。
 上田さんの「死体に弾を撃ちこんでピクピク」は、自分の体験で言うなら、蛇殺しになる。蛇を見つけたら殺しに走る。引きずりだし、棒で擲る。何人もで擲る。籔に逃げこもうとする蛇を引きずりだし叩き殺す。それは血腥い現実だ。そこでまた肝試しとばかり、その叩き殺した血塗れの蛇を戦果として手にして見ろとガキ大将が言う。まだ痙攣している。生きているのか。下っ端下級生はそれをしようとするが怖くて出来ない。泣きだしたりする。大将がオレは平気だぞと手掴みして賞讃の目を向けられる。夕暮れだ。暗くなってきた。帰宅する。しかし蛇を叩き殺したという昂奮と惑いは残っている。必死に逃げようとする蛇を引きずり戻し、何度も何度も叩いて血塗れにして殺したという記憶はある。朝が来る。登校途中に昨日の蛇の死骸を見る。蛇を叩き殺した生々しい感覚がもどってくる。下校時、蛇は乾涸らび、ハエがたかり、悪臭をはなっている。また蛇を叩き殺した記憶がもどってくる。

 小林さんの「カエルに爆竹」も、それをするためにはまずカエルを捕まえねばならない。泥でぬかるんだ池に裸足で入らねばならない。あのヌルヌルしたカエルを手掴みにせねばならない。私はザリガニ釣りの餌にするために、捕まえたカエルは、道路に叩きつけて殺し、足をひきちがって、それを篠竹の竿にぶらさげてザリガニ釣りをした。
 「線路で釘」も、現実の巨大な鉄道に接する。命懸けの恐怖がある。たかが「釘ナイフ」を作るだけでも、そこで接する恐怖、迫力、現実世界のそこから学ぶものは多い。それはゲームにおける「入手したアイテムを組合せ最強の剣を作る」とはちがう。 たかが釘ナイフを作るだけで、親や学校にバレないように行動する秘密、連帯があり、目の前を走る鉄道に接する昂奮と恐怖がある。それは居間で寝転がってコントローラーをいじっているだけで殺人が体験出来てしまうゲーム世界とは異なる。

 小林さんは、それら昭和の遊びを「危険極まりない」とし、ゲームのほうがよほど安全としているわけだが、ここで「危険極まりない」を考えるなら、そういう蛇やカエルを殺す、鉄路で釘をナイフにする、という体験は、いま生きている現実と通じているからたいした「危険」ではない。むしろそれはひととして生きて行くための「学習」である。真に「危険極まりない」のは、現実にはカエル一匹殺したことのないコドモが、ゲームというバーチャル世界で殺人やその他の残虐なことを体験し、それを現実世界でもやってみたいとなってしまうその「飛躍」にある。



 しっかりと管理し、この種のものや、エロがこどもに届かないようにするのが、おとなの務めであろう。松沢議員のサイト動画にあるが、あんなことをこどもにやらせてはならない。それはプログラマー上田さんの言う「わざとそういう場面ばかりを集めた悪意のある映像」と言う意見とは視点が異なる。あれが「出来てしまう」ことが問題なのだ。入手出来ないようにすべきである。

 毎度の意見だが、ポルノ解禁国なんてところでは、その分テレビを始めとする「だれもが目にすることが可能なモノ」には、しっかりと規制を設けている。日本という国は、そのへんがとてもあやふやだ。その代表例が、「戦争しません。軍隊はもちません」と言って、東南アジア諸国プラスオーストラリアの合計よりすごい軍隊をもっていることだ。「いやそれは軍隊ではないんです。自衛隊なんです」という詭辯。首相が「我が軍」と言ったら大騒ぎだ。だからこそ70年前に戦勝国から押しつけられたあの憲法を廃棄して、まともな憲法を制定せねばならない。いつまで自衛隊、いや我が軍を、日蔭のみにしておくのか。

 今後も「サカキバラ事件」のような異常な事件は起きるだろう。それはパーセンテージの問題だ。あの種の事件を起こす因子は人間の中に潜んでいる。根絶やしには出来ない。しかしおとなの努力でそのパーセンテージを、機会を、すこしでもへらすことが可能なら、力を合わせ、その努力をすべきである。
  1. 2015/05/29(金) 09:05:54|
  2. 世相

文化人は高名になると何故みなサヨクになるのか!?──浅田次郎、椎名誠

 自民党若手議員が戦後70年の日本の歩みを検証する勉強会の第2回会合を25日、国会内で開いた。作家の浅田次郎氏が、幕末以降の日本外交をテーマに講演し、安倍晋三首相が夏に発表する戦後70年談話に関し「『侵略』という言葉を入れるべきだ」と述べた。

 同時に「中国が待っているのはこの言葉だ。それでお互い大人になれる」と語り、「侵略」の使用が近隣諸国への配慮になるとの認識も示した。

 勉強会は「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」で、武井俊輔衆院議員らが共同代表世話人。この日は17人が参加した。


http://www.sankei.com/politics/news/150525/plt1505250040-n1.html

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 ほんと不思議である。文化人の先生方は年輪を重ねるとどうしてみなサヨクになってしまうのだろう。
 椎名誠のデビュー作「さらば国分寺書店のオババ」のよさは、前半できらっていた制服および制服を着用する職業に、後半になって一目置くようになる展開にあった。あれは一種のどんでん返しであり、だからこそスーパーエッセイだった。なぜあのひとが護憲派サヨクになったのか不思議である。奥さんの影響か?



 浅田次郎もすごい早さで変節していった。ヤクザだったんでしょう? 「度胸千両の世界」にいたことを何度も書いてますよね。『プリズンホテル』のおもしろいネタ、たとえば警察の忘年会とヤクザの忘年会が襖一枚へだてた部屋で同時開催になってしまったドタバタ、実話だそうですね。浅田さんはヤクザの忘年会のほうの監事だったんですよね。当時はどうだったんですか? 護憲派、自虐史観のヤクザだったんですか?

 このひとにとって三島由紀夫とは、自衛隊時代とはなんだったのだろう。もっとも自衛隊幹部、防衛大学長にも信じがたいサヨク発言をするのはいるから、自衛隊ということで鵜呑みにしてはいけない。



 浅田の場合、もうひとつ信じがたいことに「異様な中国愛」がある。これは正気とはいいがたいほどだ。シナに憧れ、崇拝する内に、すべてあばたもエクボになってしまった。初期のころ、ピカレスクロマンと言われるモノを書いていたころから浅田ファンだった私は、この異常なシナ愛でどんびきし、浅田作品と縁を切った。縁は切ったが正当に批判するため、一応読んではいる。愛は盲目としか言えない。ことシナに関する限り、このひとは痴情の愛に溺れるただのバカである。

 けっこうまともなことも言っているデヴィ夫人が、ひとたび北朝鮮が絡むとまったく別人格になってしまうことはここに書いたが、浅田にもそれがある。浅田の場合はシナだ。シナへの異様な愛があり、シナが絡むと、三島も自衛隊もふっとんでしまう。こまったもんだ。しかしそれは過去のエッセイやペンクラブにおける発言等で顕著であり、今回のこれに関しては、浅田をゲストに呼んだ自民党若手がへん。こういう発言をすることはわかっていたはずだ。とするなら、こういう発言を得たくて、それを前提に呼んだのだろうか。不可解である。
  1. 2015/05/26(火) 07:14:57|
  2. 政治

放射脳ってほんとにいるんだ──西日本疎開者の父と知りあう

jessy Hot Sauce
 今朝のBGMは、Jessy Jの「Hot Sauce」。私はほんとにJessyが好きなんだなあ。毎日のように聞いている。Jessyのプレイ以上にPaul Brownのプロデュースセンスが好きなのかもしれない。ライブ映像でわかるようにJessyはPaulに心酔しているらしく、彼の支持にしたがって動いている。細部までPaulがアレンジして、Jessyは1プレイヤとして参加している感覚だ。恩師なのだろう。いい師弟だ。

 そしたまた思うに、世の中にはきっと、こういうふうに隅々まできちんと計画された?作品はきらいで、アドリブガンガンこそ最高って音楽ファンもいるんだろうな。私自身デルタブルースにはまっていたころは、こんなきちんとした音楽は受けつけなかったかもしれない。



 下にある「友達話──ふたりのHさん」は、最初Hの部分を実名のままでUPした。あたらしくHさんというかたと知りあいたのしく語らった翌朝、旧知のHさんから二十年ぶりのメールをもらってうれしかったという話である。ふたりの苗字が偶然にも同じだった。
 アップしてすこし経ったあと、知りあったばかりのHさんから聞いた話を書く予定だから、実名はまずいかとイニシャルにした。その理由は以下の話を読んで頂けばわかる。



 Hさんと知りあった日、仕事の帰り、喫茶店に入って懐かしのむかしばなしをしていた。Hさんの親友が添附ターズ──テンプターズも変換されない時代になったか(笑)──のメンバーの兄で、渋谷で遊んでいるとき、 彼らを呼んだら、テレビ局から直接ショーケンを始め全員がやってきたものだから、人気絶頂の時でもあり、街中がちょっとしたパニックになったとか、そんな話を聞く。昭和43年。私は田舎の高校生。東京に出たのは昭和46年。まだ渋谷駅前にはハーモニカを吹きつつ傷痍軍人がすわっていた。駅構内はタバコ吸い放題で、吸い殻入れが設置されていたが吸い殻を線路に投げすてるひとが多かった。日本人はずいぶんとマナーがよくなった。東急線の目蒲線、池上線はボロ電車だった。「池上線」の歌詞はあの時代の池上線を知っていないとわからない。

 グループサウンズの話から、ジュリーがいま護憲と反原発の活動をしていると私が口にした。Hさんはまったく知らなかったようで、「ほう、それはえらいですね」と言った。なにがえらいのだろう。奇妙な感じをおぼえた。ここから予想外の展開になる。



 Hさんには溺愛しているひとり娘がいる。Hさんはなかなかの美男子なので娘さんもかなりの美形と思われる。年齢は三十歳前後であろう。いま関西の××県にいる。男と一緒に住んでいるが結婚はしていない。三ヵ月に一度程度、東京にもどってくる。Hさんの住まいは多摩市である。娘さんもそこで育ち、数年前まで一緒に住んでいた。デパートを定年退職後、娘さんからもらったノートパソコンでHさんはパソコンを始め、わからないことは電話で聞き、それでもわからないことはたまに帰宅したときにやってもらうとか。よちよち歩きのパソコンライフが、YouTubeから好きな音楽をDownloadし、mp3プレイヤで聴けるようにまでなったことは、ちょっとした自慢のようだ(笑)。そこまでは昼に聞いていた。

 夕暮れの喫茶店。私が物書きだということから、Hさんが「じつはうちの娘も」と、なる。フリーランスのフリーライターで、新聞雑誌の書評がメインのようだ。本好きのHさんは、娘さんが書評をした作家(基本的に書評は褒めるものだ)からお礼の手紙と一緒に新刊本が贈られてる来るので読む本に苦労しないのがありがたいと言っていた。Hさんは二浪したが目標の早大に行けず、進学を諦めて就職した。期待を娘にかけ、娘もまたそれに応えた。こどものころから読書感想文でいろんな賞をもらった、ライターは天職だと嬉しげに娘自慢をする。



 話はジュリーの反原発活動をHさんが「えらいですね」と言ったところにもどる。私は「いや、ただのバカサヨクです」と嗤った。「じつは」とHさんが言った。「うちの娘も原発反対の運動をしていて、ぼくもこのあいだ官邸周りのデモに参加してきたんです」「ぼくは反原発じゃないですよ。どうでもいいんですけどね、ただ娘をひとりでそんなデモに参加させるのが心配なのでついていったんです」

 さらに「じつは」が続く。「娘が××県に住んでいると言ったでしょ。あれ、あの大震災のあと、引っ越していったんです。放射能があぶないって。一緒に住んでいる男は、その活動で知りあった男なんです」「ぼくは放射能なんて平気なんですけど、怖がるひとっているんですね、うちの団地からもかなりの数のひとが放射能がこわいって西日本に引っ越しましたよ」



 う~む、なんか山の中で幻の獣と出会ったようだ。ほんとにいたんだな放射脳って。ツチノコか。
 なにしろあの<きっこさん>が2011年9月の時点で「今日で西日本への疎開斡旋が100組になった」とツイートしていたぐらいだから、いるんだろうなとは思っていた。たった半年で100組だから、今ごろはもう<きっこさん>の斡旋した疎開者は1000組を超えているだろう。ほんとにえらいなあ、<きっこさん>は。なのにお礼を述べるひとがいない。なぜ<きっこさん>のTwitterには疎開を斡旋してもらったひとからのお礼がないのか。日本人は義理人情を忘れたのか。

 Hさんの話によると、西日本に疎開した家族はHさんの周囲だけで10家族はいるという。現にひとり娘は両親を捨てて(笑)、自分だけ男と一緒に西日本に逃げたのだ。三ヵ月に一度デモのために多摩市にもどるときは放射能防禦服でも着てくるのだろうか。しかし西日本もあぶないぞ。<きっこさん>が言っていたように、「日本は終りだ、北半球は終りだ、カナダ経由で南半球オーストラリアに逃げる」ぐらいしたほうがいいのではないか。いやほんと、そんなにこわいならそこまでしなきゃだめだし、というか地球をもう何十コも消滅させるほどの核兵器を人類はもっているのだから、地球にいちゃダメだ。あぶないよ。よその星に行かないと。



 <きっこ>さんて言えば、<きっこさん>のお母さんは、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブル顫えたんだよね。それで<きっこさん>は着の身着のまま、お母さんを連れて西日本に疎開する。2011年3月末のことだ。あれから4年経つ。私はこれを読んだとき、お母さんのことをなさけない女だなと思った。年齢設定だとこのとき65歳になる。<きっこさん>が37歳か。母子家庭で、いろいろな仕事をしながら<きっこさん>を育てあげた強い母である。なら話としては、「放射能が来る、あぶない、西日本に逃げよう」なんてかしましい娘に対し、「落ちつけ、放射能なんて母さんがぜんぶ受けとめてやる。お前は死なせない。母さんがおまえを護ってやる。安心しろ」と言うのが本筋ではないか。女手ひとつで娘を育てあげた強い母親が、「こわいよお、放射能がくるよお」と布団を被ってブルブルは、いくらなんでもキャラ設定がめちゃくちゃだ。まあそのめちゃくちゃさゆえに人気者なんだけど(笑)。



 Hさんの苗字が実名でも、××県と伏せなくても、べつに問題はないと思うけど、SNS時代だから慎重にしたほうがいいと判断して伏せた。苗字と県と反原発デモ活動家で特定されてしまうかも知れない。

 しかしSNS時代と言っても、SNSそのものに問題があるのではない。要は使いかただ。「しまむら土下座事件」をやった女も、Twitterでそれを自慢気に書きこんだことから批判され、Facebookにアップしていたチマチョゴリを着て学校に通う娘の写真などから通名がバレ、在日朝鮮人と認定された。「たかじん遺産争い」の朝鮮人後妻も、やはりFacebookにイタリア人亭主との結婚式写真やキス写真をアップしていたので重婚疑惑に繋がっていった。いわばみな自業自得。SNS時代がこわい、ではなく、破滅するひとはそうなるだけのことをやっている、ということだろう。



 西日本疎開者はこれからどういうオチをつけるのだろう。「もうだいじょうぶ」ともどってくるのか。それともこのまま西日本に住みつづけるのか。本格的に引っ越し、あちらで仕事を見つけて働いているひとはいいとして、<きっこさん>のように単なる煽りでウソ疎開をしたひとは、どんなオチにするのか。たのしみだ(笑)。
  1. 2015/05/24(日) 08:55:14|
  2. 世相

友達話──ふたりのHさん

 日が長くなった。夕方は18時半になってもまだ明るいし、今朝はまだ6時前なのにさんさんと陽光がふりそそいでいる。
 いまBGMは「Jazzで聞くクラシック」。ドビュッシーの「夢」、グルックの「精霊の踊り」が流れている。

jazz classic



 昨日、バイト仲間のHさんというかたと知りあった。私より5歳年長。グループサウンズ(笑)の話がきっかけとなり、音楽話に花が咲いた。年輩者なのに休憩時間にはずっとイヤフォンを耳にしているので、なにを聞いているのですかと問うたのが始まりだった。いま小型mp3プレイヤをシャツのポケットに入れ、あれこれ聞きまくっているという。いわゆるオールデイズをYouTubeからDownloadしてためこんでいるらしい。パソコンは初心者だが娘に教わってそれぐらいは出来るようになったとか。

 仕事のあと、喫茶店に誘われて話しこんだ。喫茶店文化と縁が切れて長い。若いときはハシゴまでしたものだが……。
 Hさんは喫煙者なので、タバコを喫える店を探すのに苦労していた。場所は吉祥寺駅前。いまは禁煙の店が多いようだ。ある店──有名なチェーン店なのだろうが興味がないので名前を忘れた──に3フロアあり、その三階が喫煙席だった。そこに入る。



 私はひとに意見するタイプではないが、Hさんのノートパソコンは、OSのあるCディスクだけのようなので、パーティションを切ってデータ用のDディスクを作ったほうがいいですよと伝えた。いまのままだとOSがクラッシュしたときに、せっかく集めた音楽データも消えてしまう。Dディスクを作っておけばOSクラッシュとは無縁である。思えばWindows95のころから、このことだけは熱心にやってきた。Hさんは、HDDにパーティションを切るというあたりはまだチンプンカンプンのようで、すこし難しすぎたようだ。三ヵ月に一度帰ってくる娘に教えてもらうと言っていた。娘さんからもらって覚えたノートパソコンのようだ。

 じつはこのあとおもしろい展開になった。それはまた後日書くとして先を急ぐ。
 Hさんとの話がたのしかったたので、昨日の晩酌は奮発して、うなぎの蒲焼きで菊水ふなぐちを開けた。私のようなのが喰える蒲焼きはスーパーで売っている程度のものだ。しかしそれでも高い。安いのもある。でもそれは中国製。パソコン部品、衣類、文房具等、中国製品と完全に縁を切ることはもう不可能だが、それでも食い物だけは口にしないようにしている。アブナイからだ。日本製は中国製の倍の値段だから、たかがスーパーの蒲焼きでも、私にとっては贅沢になる。気持ちよく酔って就寝。

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 いつも21時就寝、3時起きなのだが、昨日はHさんとの喫茶店があったので時間がずれ、23時就寝、今朝は5時起きになってしまった。
 PCを起動すると、このブログに掲載しているアドレスにメールが届いていた。これまた偶然に同じ苗字のHさんから。

 Hさんは私が「亀造競馬劇場」という競馬小説本を出したときに手紙をくれたかただ。何度か手紙のやりとりをした。手紙のやりとりがもどかしかったのか、Hさんに「パソコン通信をやってみませんか」と誘われたことを思い出す。Hさんはすでにやっていた。私もパソコン好きだからそれは知っている。しかしこのブログにも何度か書いているが、私は見知らぬひとと知りあうことに興味がない。ましてそういう場でのディベートなんて大嫌いだ。当時から競馬関係のそれは充実していて(それだけリクツ好きが多いジャンルなのだろう)、理想の血統等をああでもないこうでもないとやっているのを知っていた。係わりあいたくない。私はパソコンと電話線を繋ぐことを嫌った。私のパソコンはスタンドアローンでいい。いまじゃもうインターネットと繋がっていないとactivationが出来ず、購入したソフトを使うことすら出来ない時代だ。「パソコン通信」というコトバから、いつの時代の話かがわかる。

 そのHさんが、私のこのブログを偶然見つけ(どのようにして見つけたのかはまだ聞いてない)メールをくれたのだ。20年ぶりか? いまバンコク在住だという。たしか静岡のかたと記憶しているが。

 気持ちのいい昨日の夕に続いて、気持ちのいい今日の朝になった。



【追記】──バンコク在住となったHさんが、最近はすっかり競馬とは疎遠になっていると書いていたので、JRAのサイトにある私の文章「競馬クロニクル」「競馬を愛した人々」「名馬の肖像」のURLを紹介した。その日、早速読んでくれたらしく、ひさしぶりに読んだ私の競馬文章がなつかしく、とてもよかったと感想をくれた。ありがたいことである。

 さて、バンコクのHさんにこれからメールを書き、日本のHさんから聞いたおもしろい話をネタとしてブログに書こう。
  1. 2015/05/14(木) 06:52:41|
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飲食話──なすのわさび漬けの素──異国で涙したわさびの味──庶民派屋台好き『島耕作』のウソ--ネットレシピは誤字だらけ

wasabi motoスーパーで写真の「なすのわさび漬けの素」を見かけた。なつかしくて思わず3袋も買ってしまった。値段は税抜きで93円だった。以前買ったときは130円ぐらいしたと思うのだが勘違いか。
 異国に長逗留するとき、ふと思いたってこの種のものを手当たり次第に買って持参することはおおい。こだわりのモノを持参することは以前からやっていた。
 たとえばタイに燃えていたころ(笑)、塩味歯磨きを持っていった。あのころのタイの歯磨きはハッカ系のものばかりで、サバイサバイを至上とする民族なので、スースー度合もすごかった。しかし日本人の私にはあわない。私は日本にいるときからスースー系はきらいだった。同じくスースー大好きの彼らにも塩味歯磨きは無意味なモノだったのだろう。タイ製はもちろんないし、大きなスーパーに行っても日本からの輸入品もなかった。どこを探しても見つからず持参することになった。いまはもちろんある。思うに、こういうのって「スースーがかっこいい」から「ふつうがいい」にもどるようなもので、成長なのではないか。自分に当てはめるなら、こどもの私はスースー度合が強いものほどいいハミガキだと思っていたかも知れない。塩味のハミガキなんて認めなかったろう。
 「森永ハイソフト」というキャラメルが必需品の時期もあった。日本にいるとき口にすることはほとんどないのだが、異国でさびしくなったとき、あの味が私には疲れを取る最良の甘さだった。どこに行くにもバッグにひとつ入れていった。しかしキャラメル一個をあの銀紙で包む感覚は外国にはないらしく、アイルランドの空港では手荷物検査で引っ掛かり、実際しゃぶって見せて飴だと確認するまで爆弾犯かと怪しまれた。とまあいろいろあるのだが、さすがに漬け物の素を買ってもっていったことはなかった。



 だいぶまえの話だが。
 世界を巡ることがたのしくてしょうがない時期の三十代の競馬ライターが、一緒に旅行することの多い先輩の五十代のライターを否定していた。そのひとと異国に行くと、まず最初に日本料理店はないかと言うのだとか。せっかく異国に行ったのに日本食ばかり食べている。異国に来たならその地の料理を食うのが基本であり、「あのひとは若いときから多くの国を旅したひとなのに、なんであんな……」というのが彼の不満だった。
 しかしそれは「若いときから多くの国を旅したひとだからこそ」なのである。その先輩ライターは、それこそあのシベリア鉄道でヨーロッパに渡った世代だ。当時は日本食など食いたくてもなかったろう。それはそのあとに巡った数十ヵ国でも同じだった。その地その地の飯を食うしかなかった。不満はあったにせよ、この三十代のライターと同じく、それがたのしい時期もあったろう。
 そうして五十代も後半に入ると、素朴な本音が出て来る。日本人なのだ、日本食が好きなのだ。もうそういう苦労からは卒業して日本食の好きな日本人として素直に生きたい。今は主だった国の都市には日本食レストランがある。そこで日本食を食いたい。そういうものである。それがまだ異国巡りと異国の味が新鮮でたのしくてたまらない三十代の彼にはわからない。私にも三十代の彼と同じ時期、同じ意見の時があり、そしていま見事にその先輩ライターと同じ感覚になった。
 あの三十代のライターもいまはもう五十代だ。ここのところ音信不通だが、いまはどんな食生活で異国を巡っているのだろう。



『島耕作』の初期の頃、異国に赴任した彼が、その国の庶民の食べる屋台で食事し、現地人の社員に「こんなひとはいなかった」と一目おかれるシーンがよくあった。その後もその路線は続いた。気どっている日本人はみなクーラーの利いている日本食や洋食のレストランに行くのに、島耕作は、現地人と一緒に庶民的な屋台で汗を掻きつつ食事する。現地人スタッフから、あなたは変人だ、でもいいひとだ、と思われる設定である。現地人の美人秘書に、それが理由で好かれたりする。わたしたちと同じ目線のひとと。
 それが弘兼さんの姿勢であり、「その国の庶民のものを喰わなければその国はわからない」という主張なのだろう。フィリピンでもタイでもベトナムでもやっていた。定番であり、悪く言えばワンパターンとなる。中国でも同じだ。それは現地採用の連中に好感を持って受けいれられている。

 しかしこれはウソだ。こういうところに「取材して描くマンガ」の嘘っぽさが出る。弘兼さんの異国取材は長くても一週間だ。そりゃ初めて行った国で、庶民が食事する屋台取材は基本であり、「うん、こりゃうまい、気に入った」が出来るだろう。一、二回は。一週間だけだし。
 だがサラリーマンは数年間も勤務する。フィリピン、ベトナム、中国の、現地の連中があわただしく食事する下々の者の屋台で、毎日『島耕作』のようにスーツにネクタイ姿の日本人サラリーマンが食事など出来るはずがない。一週間で厭きて、つらくなり、日本食が食いたい、クーラーのあるところで飯が食いたい、となるだろう。あくまでもあれは「弘兼さんの一週間取材」であるからこそ出来るエエカッコシーである。現地赴任のサラリーマンからは、そういう『島耕作』のキレイゴトには批判もあったと思う。

 タイ篇のバンコクではトゥクトゥクに乗り、「わーお、こりゃベンツよりいい」なんてやるシーンがあった。もちろんそこでもタイ人の運転手ソムチャイに、「旦那はかわったひとだ」と好意的な評価を受けている。弘兼演出の「島耕作はいいひと」である。初めて乗って、一回限りだからそんなことが言える。あの地獄渋滞都市バンコクで、毎日トゥクトゥクに乗っていれば、暑さにバテ、排気ガスに煤けて、クーラーの利いた乗用車が恋しくなる。私がそうだった。「庶民なのだから庶民用のトゥクトゥクに乗るべし」なんて、100回ぐらいまではトゥクトゥクだったが、やがてエアコン附きのタクシーにばかり乗るようになった。地獄の渋滞もジャスミンの生花のいい匂いがする涼しい車内なら耐えられる。タイのタクシトードライバーはバックミラーのところに白いジャスミンの生花をぶらさげている。それが室内香料だ。これは信号待ちの時、少女が売りに来る。匂いの記憶は強烈だ。ジャスミンのことを思っただけであのタクシーの中の冷気まで感じることが出来る。

 私はサラリーマンじゃないから、気楽な恰好で、『島耕作』と同じ考えで庶民屋台で食事をする旅をしてきたが、美味しいタイやベトナム料理だって、毎日そればかりだと厭きてくる。たまにはちがうものを喰いたくなる。カンボジアはまずかったし、中国はもうあのうるさくて礼儀がなく食いちらかすシナ人と一緒に飯を食うだけで憂鬱になる。食はたのしみなのに、食が憂鬱になるのだ。庶民が朝飯、昼飯を慌ただしく食う店では、どんぶりにポリ袋をかけ、その中に飯や麺を挿れて出す。これなら食いのこしは袋ごと捨てればどんぶりを洗う手間が省ける。しかしこれはかなり不快で、日本人の感覚としては受けいれがたい。味以前の問題だ。シナはそんなところである。相変わらず島耕作がそんな場所に行き、「うん、これからは朝飯はここにしよう」なんて言ってシナ人秘書に「そう言うと思ってました」なんて気に入られるところにはうんざりした。私はそういうシナ人の食堂に行きたくなくて、部屋でコーラとビスケットで過ごしたことすらあった。そのほうがまだヤツらの食堂に行くより精神的にましだった。なにが「食は中国にあり」だ。食以前に人間の問題のほうが大きい。
 『島耕作』はフィリピンやベトナムや中国の屋台に何度行ったのか。「よし、これからは朝食はここにしよう」なんて言ってるが、ほんとにそれからも毎日そこに通ったのか。訊いてみたいものだ。

 全巻所有している大好きな『島耕作』だが、あちこちに矛盾点を含んでいる。でもそれはそれでおたのしみと割り切ることにしているから、私のいちばん嫌いな『島耕作』は、この「異国でやたら庶民派をアピール」かもしれない。



wasabi moto 日本食に餓えたときのために「きゅうり 浅漬けの素」とか、同様のものを何種類か持っていった。その中で私がいちばん感激したのがこの「なすのわさび漬けの素」だった。期待していなかった。ほったらかしておいた。なすの漬け物なんて日本でも作ったことがない。漬け物は、大根、蕪、白菜、高菜、野沢菜、なす、きゅうり、みな好きで、日本酒を飲むときには、メインの肴は刺身だが、漬け物も缺かせない。といって異国で餓えるほどでもなかった。

 餘談だが、私はいま朝鮮漬けを喰わない。日本のおいしい漬け物があるのに、なにゆえに朝鮮漬けを喰わねばならないのか。むかしは「朝鮮漬け」と言った。いつしか「朝鮮」というコトバが禁句となり、いまは「キムチ」と言うらしい。日本の最高にうまい漬け物に「糠漬け」がある。それを食わず朝鮮漬けを好むようなのは、味覚が壊れている。食品は風土にあって育つ。朝鮮漬けは日本よりも寒い朝鮮半島で喰ってこそうまいものだろう。閑話休題、言帰正伝。

 旅行バッグの中からこれを見つけた。やってみるかと手にする。なすはあった。日本と同じ感じのものが。それを庖丁ならぬカッターで切り、ビニール袋にいれて、この素と揉み、冷蔵庫に保管した。たいした期待はしていなかった。1時間で喰えるようになるらしいが、一昼夜ほっておいた。これは正解だった。一昼夜漬けは1時間よりもあきらかにうまかった。これは後日確認した。
 翌日「あ、忘れていた」と取りだし、口にしたとき、茄子の漬物のわさびの味から日本を想い、泣きそうになった。そしてまた、猛烈に日本酒が飲みたくなって困った。とても日本酒が手に入るような環境ではない。諦めざるを得なかったが、あれで日本酒を飲んだら確実に泣いていた。



 こういう「素」に関して素朴な疑問がある。旬となってきゅうりが安くなり、3本が98円なのに「きゅうり 浅漬けの素」が128円だったりする。私の感覚だと、きゅうり本体が3本98円なら、浅漬けの素は30円ぐらいが適切だ。「素」のほうが高いことに納得が行かない。本末転倒だろう。
 その点この「なすのわさび漬けの素」は、まだ茄子がシーズン前なので高く、今回私の買ったのは博多茄子で3本268円、この3本を漬ける「素」が93円だから、私流のリクツにあっている。


「素」の中身にも「なぜそんな値段なのかわからない」と感じる。簡単な調味料の組合せにすぎない。どう考えても30円で充分だ。つまりこれは「浅漬けすら作れないヤツのためのもの──高くて当然」ということなのだろう。それすら出来ないヤツのための便利グッズだから、そういう値段なのである。ターゲットとする「ヤツ」は料理の出来ない主婦か。

 一般にはどうなのかと検索してみた。「素」を使わずにおいしい漬け物を作っているひとがいるはずだ。ネットには「なすのわさび漬け」のレシピがいっぱいあった。チューブわさびを使って、すこしその他の調味料を足せば作れるようだ。「チューブわさび」は私には必需品で異国に行くとき必ず持参する。うまい刺身が手に入ったとき、これがないと困るからだ。わさび抜きの刺身を喰う気はない。チューブわさびはまずい。しかしあるとないとでは段違いだ。ちかごろスーパーの寿司に「さび抜き」というのがあり、たまにまちがって買ってしまうことがある。そのときしみじみわさびの利いてない寿司など意味がないと感じる。というぐらいわさび好きで、外国に行くときは、その味に満足はしないが緊急用として常にチューブわさびをも持参するのだが、残念ながら今まで役だったことはない。ポルトガルでタコを喰う機会があったら役立つのだが、ここのところ私の異国行きはシナの山の中ばかりなので、わさびを使うような肴には出逢えなかった。いつも使わずに持ち帰っていた。帰国してそのままごみ箱行きである。だからこそ「なすのわさび漬け」のわさび風味に感激したのだ。そうか、チューブわさびを工夫すればいいのか。勉強になった。役立ちそうだ。まずは日本で作って試してみよう。



 ネットの料理レシピを見るなんてめったにない。便利なものだと感激した。しかし、ちょっとこれはと思うこともあった。あまりに誤字が多いのだ。それもほんの1、2行の短文の中に。

wasabi1

 

「茄子を5cm長さ切り」──「煮切り」という料理用語があるのかと思った。茄子を煮るのか!? 煮た茄子を漬けるのか? ただの「に」を漢字変換したミスだった。また「5cm長さに」は「5cmの長さに」と「の」を入れるべきだろう。

 しかしこんなミスが出るのはなぜなのだろう。20年前のIMEならともかく。すくなくともATOKはこんなミスはしない。









wasabi2













夏向きひと品──これも最初「名ひと品」というものがあるのかと思い、それからやっと「夏向きな」の「な」を不要な漢字変換しているのだと気づいた。おそらくMS-IMEだと思うが、しかしこれぐらい気づかないのだろうか。IMEもお粗末だが、これに気づかないひとの感覚が信じられない。



 他人様の揚げ足をとってもつまらないからもうやめるけど、これは数多くの中のほんの一例。多い。料理レシピにはほんとにこんなのが多い。あきれた。ネットにレシピをあげるひとってこんなにがさつなのか。ほんの1、2行の文章の中にこんな誤字を挿れるひとの料理がうまいのだろうか。信じがたい。読む気が失せた。
  1. 2015/05/01(金) 06:15:25|
  2. 飲食
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将棋話──電王戦FINAL感想①──人間とコンピュータ、決着のついた世界

 私はすでに電王戦に興味を失くしている。二年前は土曜を楽しみにし、毎週食い入るようにニコ生を見、感想をこのブログに書きまくったが、今年はニコ生を見ることすらしなかった。それでも気になっていて、結果は毎週チェックしていた。内容もよく知っている。永瀬や阿久津の勝利にはがっかりした。しかしまた「勝つにはもうそれしかない」とも思っていた。

 と書いて思うが、私はまだ十分電王戦に興味があるような気もする。ニコ生をリアルタイムで見ることはなかったが、毎週土曜は結果を気にしていたし、「永瀬の角不成王手」も阿久津の「2八角」も知っている。2ちゃんねる将棋板を覗いては情報を得ていたし、阿久津の勝利に関して書かれた『週刊文春』の記事も読んでいる。私は「もうあのオンナとは別れた。関係ない」と言いつつ、いまなにをしているのか、誰とつき合っているのか、気になって仕方ない状態なのかも知れない。

※ 
 
 ともあれ二年前のように渾身の電王戦観戦記を書くような状況ではない。相変わらず将棋は大好きで『将棋世界』を愛読し、NHK杯戦を観戦し、『激指』に負けまくり(私はネット将棋は指さない)、眠る前は睡眠薬代わりに詰将棋本を手にしている。しかし電王戦との距離はずいぶんと開いた。
 
 すっかり将棋文とはご無沙汰しているが、それでもこの時期、ネット検索した多くのかたが、二年前の電王戦の文を読みに来てくれていると、人気記事ランキングを見て知る。まちがって来ているのだ。「電王戦.第五局」で検索し、今年の「電王戦FINAL第五局」だと思って二年前の私の文にたどり着いている。あのころは燃えていて、自分なりに熱い文を書いているから、もうしわけないとまでは思わないが、今年のそれを読もうと検索してきたのに、それが二年前のものだったら肩透かしと感じたかたもいたことだろう。検索から私のブログにたどりついたかたがたは、それらの文を読んでくれたのだろうか。「あ、なんだこりゃ二年前のだ」と勘違いに気づき、すぐに去ったのだろうか。アクセス履歴は「来たこと」までしか教えてくれない。中には二年前のものと知ってがっかりしたが、最後まで読み、おもしろかったと思ってくれたかたもいたはずと信じている。そう自負するぐらいあのころは熱い気持ちで書いていた。といってもほんの二年前なのだが。

Shogi.gif・テーマ──電王戦2013 



Shogi.gif ・自分の「将棋テーマ」を一覧で見てみたら、当然のことではあったが2014年の電王戦にも一切触れていない。私にとっての電王戦は2013年で終っている。

※ 

 いまから電王戦FINALと電王戦全体の感想を書く。結論を先に書いておくと、「私はもう電王戦FINALに昂奮することはなかった。コンピュータと人間の闘いに決着はついている。コンピュータの勝ち。羽生が出ても渡辺が出ても、コンピュータの勝ち」になる。

 だから電王戦FINALに興味を持ち、ひととコンピュータの対決にわくわくし、「ついに勝ち越した、まだまだ人間のほうが強い! これからがたのしみだ」と思っているかたは、ここから先を読んでもおもしろくないと思う。

 また先日引退した内藤九段が口にした「コンピュータ将棋にはロマンがない。つまらん」にも私は反論する。それはコンピュータ将棋からロマンを感じる感性が内藤さんにないだけである。というか内藤さんは典型的な「コンピュータ知らずのコンピュータ嫌い」であり、知らないまま語っていると思っている。内藤さんと同じ考えのひともまた以下の文は不快になるだろうから読まないほうがいい。私は「コンピュータ将棋ソフトは、人間の最強棋士より強い」と思っている将棋ファンだ。そして「それをすなおに認められない将棋ファンはアホだ」と思っている。
 
 以下、私なりの電王戦全体への感想と、コンピュータ将棋ソフトとの思い出話である。ソフトとの関わりはファミコン時代からの関わりを以前書いているので繰り返しになるが、もういちどまとめておきたい。(続く)
  1. 2015/04/30(木) 07:17:29|
  2. 将棋
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パソコン話──『週刊アスキー』、印刷版は廃刊──時の流れ

 アスキー・メディアワーアクスの週刊パソコン誌「週刊アスキー」が5月26日発売号を最後に、印刷版の刊行を停止することが分かりました。週刊アスキーのネットメディア「週アスPLUS」のサイトにお知らせが掲載されています。

 6月以降は、電子書籍版にあたる「週刊アスキー電子版」と、ネットメディア「週アスPLUS」に完全移行するとのこと。紙媒体としての「週刊アスキー」は実質休刊となりますが、電子版は今後、従来の誌面デザインを踏襲しつつも、発行間隔を自在に調整して即時性を高めるなど、電子書籍の強みを生かして良質なコンテンツを提供していくとのこと。また「週アスPLUS」はこれを機に、サイト名を「週刊アスキー」に改名する予定。

 「週刊アスキー」はアスキー・メディアワークスが発行するパソコン誌。前身となった「EYE-COM」時代から数えると、実に26年もの歴史を持ち、また日本では現存する唯一の週刊パソコン誌として根強い人気がありました。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1503/31/news039.html

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ask-2015331
   ↑ 今日発売の最新号。スマホ雑誌。

 創刊号から買っていた。最初は「EYE COM」だった。隔週刊の時期もあった。なつかしい。空港で買って海外に持参したことも数多い。あのころはパソコン雑誌を買いまくっていた。いろいろそろっていた。自作に凝っている頃は頼りにしていた。インターネットの普及、紙メディアの衰頽。いまはほとんどが廃刊になった。『週刊アスキー』は数少ない残った雄だ。

 しかしここ何年かはパソコン雑誌ではなく「スマートフォン雑誌」に変身していたので縁遠かった。売るための必然の方針変更だったのだろう。
 『週刊アスキー』がパソコン雑誌のままだったとしても買わなくなっていたように思う。情報はネットで充分に集められた。欲しいモノの使い勝手報告は、誌上のライターの文より実際に商品を購入したネット上のレビュアーのほうが信頼できた。なにかを読まないといられないのだが、出先でもタブレットがあれば十分だった。いつしかマンガすらタブレットで読むようになっていた。
 それでも紙には紙の魅力がある。「新型ノート特集」の号ではKioskで買い電車の中で読んだ。創刊から5年ぐらい前までは毎号缺かさず買っていたが、ここのところ月1回、いや2ヵ月に3回ぐらいまで減っていた。



 2年前、バイトの事務所で、アンチャン、ネーチャン、オバチャン数人が、私の持っている『週刊アスキー』を見て不思議がった。なんの雑誌かと問うてきた。中にはエロ本かと勘違いするのもいた。たしかに表紙は似たようなものだ(笑)。私にはこの表紙センスは解らない。でも長年続けたのだから読者に評判は良かったのだろう。
 彼らはみなスマートフォンを持っていた。重用していた。ひとと一緒のときも、会話するでもなく手元のケータイを見詰めているタイプである。なのに『週刊アスキー』の存在すらしらなかった。スマートフォンを愛用することと、それに関する新型器の情報を紙のメディアから得ることは無関係だったのだろう。あるいは彼らはスマートフォン耽溺型ではあるが、新型とか新機能には興味のないタイプだったのか。こっちのほうが正解かもしれない。自分があたらしいもの好きなのでそう思いがちだが、意外にみな「いま使っているもので十分」で、新型器には興味がなかったりする。

 私のATOKには「あすきー」と打つと「『週刊アスキー』」と変換されるよう辞書登録されている。『週刊アスキー』が創刊された(EYE COMからそうなったとき)にしたものだ。何年前だろう。もう使うこともないから削除する。 

 毎週愛読していたパソコン雑誌なら廃刊に想うこともあるが、スマホ雑誌になってから縁を切っていたので、ことさら感じるものもない。でもまあ「そうかあ……」という時の流れだけは感じた。 
  1. 2015/03/31(火) 06:26:33|
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たかじん『殉愛』騒動のアホ加減、そしてまた「百田尚樹『殉愛』の真実」の気味悪さ──酔っているひとには見えない世界──フランス革命──百田ルイ16世と及川ジャンヌ・ダルク(笑)

 テレビ番組とタイアップして大々的に幻冬舎から売りだされたたかじんと彼の三度目の妻(妻のほうは何度目の亭主なのか? 4度目か5度目か?)の700余日の日々を綴ったノンフィクション?『殉愛』(百田尚樹著)は、ひどい本だった。ほんのすこし立ち読みしただけで投げだした。バカらしくて読めなかった。駄本である。

 保守論客としての百田さんを支持していただけに、とんでもない朝鮮悪女にだまされてしまったなと残念でならなかった。Amazonのレビューには、ここぞとばかりにウヨク百田を叩こうと欣喜雀躍サヨクが群がって気味の悪いお祭り騒ぎになっていた。よって近寄らないのが賢明とブログテーマにはしなかった。



 なのに2014年11月18日に以下の文を書いたのは、2ちゃんねるで知った「及川眠子」という女性作詩家の「役不足」の使いかたに興味をもったからだった。それがこれ。

・ことば──役不足の誤用──2ちゃんねる「及川眠子氏が百田氏批判」から

 中身は「役不足ということばに関して」がほとんどだが、末尾に「『殉愛』騒動」への自分の意見も書いている。「百田さんのポカ。朝鮮毒婦にだまされている。でもポカどころか地雷を踏んだのかも」がこの当時からの私の結論になる。もちろんいまも変らない。
 私はこういうブログ記事には関連した画像を載せる。この二つのテーマに『殉愛』の表紙写真がないのは不自然だ。だが表紙のあの朝鮮毒婦の顔が嫌いでその気になれなかった。ひと目見てまともな女ではないとわかる。百田さんにはおんなを見る目がない。いや「たかじんが最後に愛した女」なのだろうから、こんな言いかたはたかじんにも失礼になる。なら言おう。ああいうおんなにだまされるのだからたかじんもその程度なのである。

 その後の流れを見れば、ポカどころか百田尚樹の作家生命に関わる「致命傷の地雷」だったのは明白だ。もっとも、地雷の殺傷力を倍加させたのは百田さん自身である。引かない。強気だ。ほんとにいまでもあの毒婦を信じているのだろうか。信じがたい。それとも痩せ我慢なのか。いや、ほんとに信じてるみたいだ。わからん。

 このときにも触れているが、レビューにある「わたしたちは百田さんを責めているのではない。ただ、自分達の愛したたかじんの真実を知りたいだけなのです」のようなキレイゴトの裏にチラつくものが見える。思想的な「百田否定」の流れが根底にある。 今回あらためて触れたいのはその事だ。



「毒婦にだまされ(毒婦と連んで?)インチキ本を書いて遺族や関係者を苦しませた悪漢百田直樹、それに協力した節操のないテレビ局、作家タブーで百田を批判しなかった腰抜け出版社、わたしたちはそれを許さない! 真実を暴く! 正義は必ず勝つ!」のような盛りあがりの中で、そこのところが見えづらくなっている。

 アリがゾウを倒すのだというツイッター諸兄の昂揚を見るとフランス革命を思い出す。百田さんがルイ16世、あの朝鮮毒婦がマリー・アントワネットか(この比喩じゃマリーが気の毒だ、ごめんねマリー)、百田ルイ16世に正面からケンカを売った及川さんは〝男前〟と祭りあげられ、いまやジャンヌ・ダルクになっている。これまただいぶ薹の立ったジャンヌだがまあルイも禿頭だからつりあいは取れている。

 フランス革命に「バスチーユ牢獄の開放」というのがある。中学で習った頃は美談だと思った。画までついていた。しかし後の勉強であそこに思想犯はいずキチガイや詐欺師等ろくでもないのばかりだったと知る。フランス革命の意義はともかく、バスチーユ牢獄の開放なんてのはトンデモである。
 朝鮮毒婦の悪行とそれを讃美した百田さんの行動をを白日のもとに晒し断罪することは、フランス革命のように価値?があることかも知れないが、その中の「バスチーユ牢獄」的な部分に触れておくことも必要だろう。



 次いでこの件に関しては2014年11月23日に

・『殉愛』騒動──及川眠子さんの百田さんへの挑発ツイート

 を書いた。私は上の「役不足の誤用」から及川さんをフォローし、ツイッターを読むようになった。するとガンガーラというひとのツイートを及川さんがリツイートしていた。そこにある迷言が「週刊金曜日」のホンダカツイチだったことに驚愕して書いたのが上のテーマになる。百田批判に「週刊金曜日」やホンダカツイチが関わってくるのもこの問題の大切な「バスチーユ牢獄」的部分になる(笑)。
 
 ここで私は「及川眠子さんてサヨクなのか!?」と素朴な疑問を呈し、かってに「どうやらノンポリのようだ」と結論している。 そこまで考えているひとではないように思える。でも業界人らしく充分に「心情サヨク」ではあるようだ。ノンポリ自称の心情サヨクがいちばん楽な生きかただからね。



 その後も私は、及川さんや百田さんのツイッターを追っていた。及川さんのツイッターから「イワンのバカ」という「朝鮮毒婦メモの筆蹟真贋を追及するかた」のアカウントを知り、それを読んだりした。また「ちいさなアリが力をあわせて巨大なゾウを倒す」から名づけられたらしい「アリゾウ」というハッシュタグがあることも知った。

 しかしこのブログにはなにも書かなかった。熱心な一般人の活動や、ここぞとばかりに百田タタキに参戦してきたサヨク系のライターの参入に鼻白んでいた。「どちらが勝つのだろう、真実はどうなのだろう!?」ならワクワクドキドキだが、私はもう去年の時点で「百田さんが朝鮮毒婦にだまされた。あまりに軽率。残念」と結論を出しているから、そうなることもない。それこそ保守論客として支持している百田ゾウが無数のアリに食い殺されていくのを遠目に見ているだけだった。ま、いまのところゾウは強気で暴れまくり転げまくってだいぶアリを潰しているようだが絶対数がちがう。どうなるかは目に見えている。なんともかなしい結末である。



 そして2015年2月24日、文藝春秋社や新潮社が作家タブーで百田批判をしない中、作家百田尚樹とは無縁の宝島社が複数のライターによる共著で「百田尚樹『殉愛』の真実」を発刊した。
 発売1日目でもう品切れ状態だとか。

 これに関して「これぞ真のジャーナリスト魂」「真実を追究するジャーナリズムの真髄を見た」とアリゾウさんたちは大絶賛だけど、宝島社は「商売になる、黒字になる」と判断しただけのこと。ボランティアで出版したんじゃないよ(笑)。
 まあ「敵はエクボもアバタ」、自分達寄りは「アバタもエクボ」なんだろうけどね、アリゾウさんたちは。百田さんも同じ。あの毒婦を天使にしている(笑)。

 『殉愛』はクソ本だけど、かといってこれも絶讃するほどのもんでもないって。おいしいケーキのふりをしているクソに、これはケーキじゃない、クソだって言っただけだから。

junaishinjitsu

 メインのライターである角岡伸彦さんというかたは、たかじんの本「ゆめいらんかね」を書いたひとだ。2014年9月にこの本が出た当時は、角岡さんが自ら被差別部落出身であることを公表し、またたかじんの父が朝鮮人であることを初めて活字にしたことから、人気者の死に便乗して儲け主義のにおいがするとか否定的な意見が多かった。その中には「たかじんの弟は高校の校長だ。朝鮮人であるはずがない。ウソをつくな!」なんて見当違いの批判もあった。何人だろうと帰化すれば、日本という自由な国では、公務員どころか総理大臣にだって成れる。教員や市役所員、自衛隊員に、いかに「元朝鮮人、今日本人」が多いことか。これこそアリゾウで、ゾウの内臓が内部からアリに喰われている。あまりにアホな批判にすらなっていない見当外れな意見だ。

 たかじんの場合は朝鮮人の父親がそのことを考慮して籍を入れなかったと伝えられている。よって兄弟みな「家鋪という姓の日本人女性から生まれた非嫡出子、全員日本国籍」ということなのだろう。
 この「ゆめいらんかね」は発売当初「たかじんの死を商売にした本」と辛辣な評価が多かったのに、11月にあのクソ本が出たあとは、「あれよりはこっち」と絶讃されている。いまじゃもう五ツ星連発。風向きが変っている。おどろいた。敵の敵は味方か。ゾウを倒すためのアリの結束。


junaiyume

 この本は、『殉愛』とはちがい、たかじんのヒット曲の作詩家である及川眠子さんにも取材している。ツイッターで及川さんは、「(たかじんの追悼パーティで)あまり顔を知られていない私に『及川さんですか』と話し掛けてきたのでおどろいた」と、角岡さんが取材に熱心なライターであることを伝えている。角岡さん、好感度アップ。及川さんといえばいまや「『殉愛』騒動のジャンヌ・ダルク」だから、角岡さんは一転して正義の味方になれたようだ。
 バスチーユ牢獄に捕まっていた強姦魔の中にも、革命軍の襲撃があり解放されたら、「おれは王制を批判して捕まっていた」なんて言って英雄になったのもいたろうね。



 さて「百田尚樹『殉愛』の真実」の話。ここまで書いてだいぶ疲れた。なにしろ虚しい作業だ。
 疲れた躰に鞭うってもうすこしだけ書いておこう。「百田尚樹『殉愛』の真実」は、「インチキノンフィクション『殉愛』批判」から逸れて、というかそっちのほうが本来の目的なのだろうが、「保守論客百田尚樹批判」になっている部分がいただけない。

 Amazonのレビュー評価は「1238名中1237名のかたが、このレビューが参考になったと投票」を始め、「219名中219名のかたが」「89名中89名のかたが」と絶讃の嵐。
 そんな中、五段階評価で低い評価をしたレビューは「215名中7人のかたが参考になったと」というアリゾウ、じゃなくてありさま。ここのレビューでは否定はタブーのようだ。これも一種の作家タブーじゃないのか(笑)。私からするとそれらの中にこそ真実があ。「全員一致は異常」という様相に気づかないのだろうか。このあとあらためて追記するが、私が納得したレビューは評判が悪い。



私の納得する、しかし一般には賛同を得られていない評判の悪いレビュー、その1。

 角岡伸彦さんや家鋪渡さんのところはとても良かったですが、なぜか安倍総理の批判とか朝日の件を絡めた終わり方だったり、嫌な気分になりました。本当の所を知りたかったので購入したんですけど、スカッとする本ではないです。納得できた部分もあるので星3です。

私の納得する、しかし一般には賛同を得られていない評判の悪いレビュー、その2。

 ネットで既に明らかになっている情報の後追いもあったが、さくら氏の高校の同級生やアメリカ人元夫への取材など、独自の情報も多数掘り起こされており、丹念な取材に裏付けられた力作である。一読の価値は十分ある。ただ、残念なのが、百田尚樹批判に乗じて保守思想批判にまで踏み込んでいる点。百田氏が人気に乗じて政治的主張をしていることを批判しているが、百田批判に乗じて政治的主張をするのでは同じ穴のムジナではないだろうか。

 保守であれ、革新であれ、自らのイデオロギーに拘泥して真実を見失う人は等しく存在し、いずれの存在も等しく批判されるべき対象である。事実の発掘を目的にするのであれば、宝島取材班著の部分にある政治的主張は明らかに蛇足だった。特に、個人名を出さず「取材班」という匿名での著作部分にこうした政治的主張を織り交ぜるやり方は、旧来のジャーナリズムによくある卑怯な手口である。この蛇足のせいで、せっかくの真っ当なジャーナリズム批判の説得力が減じてしまっている。非常にもったいない。



 一方ではこんなツイッターも。

junai4

 お祭り騒ぎにはしゃいでいるバカとしか思えん。こんな本を何冊も買ってどうするんだ? フランス革命にも百姓一揆にもこんなのがいっぱいいたろうね。



 中にはブーム?に乗じてフォロワーを増やそうと、こんなのも(笑)。

junai-kikko

 いままで一切触れてないんだから、こんなときだけ乗じるなよ66歳ネカマ。


 
 そして出ました、ある意味、真打ち。サヨク弁護士(笑)。フクシマミズホ系。

junai3

 「やり方が旧日本軍だ」って、寝惚けるな反日サヨク弁護士。
《自ら断っておきながら「一方的だ」と騒ぐ手法》を批判するなら、「やり方がまるで従軍慰安婦をでっちあげたアサヒシンブンだ、しつこく補償を騒ぎたてる朝鮮だ」と書けよ。たとえが間違ってるぞ。
 なんのための参戦か見え見えだ。「まだ読んでないけど」、読んでから言え。百田批難をしたくてうずうずしているときに恰好の話題が出て来てよかったな。キムチ喰いつつアサヒシンブン読んで従軍慰安婦像でも抱き締めてろ。



 朝鮮人毒婦に騙され踊らされた百田直樹の滑稽さを嗤うひとは、そのことに没頭するあまり、自分達も滑稽の世界に踏みこんでいることに気づかないのであろうか。ねえ、アリゾウさんたち、あんたたち、へんだよ。すこし頭、冷やしな。これじゃ「イワンのバカ」はほんとにバカなんだってオチになる。

 それと参加者のみなさんは「アリゾウ」っハッシュタグネーミングに満足し酔っているみたいだけど、かなりカッコワルイと思うけどね、その感覚。フランス革命を思い出したけど、日本的に百姓一揆を思い出したほうがいいのかな。百姓一揆に参加した百姓はほとんどストレス発散だけでなんも考えてなかったんだよね。

 及川先生も、最初のとき、ほんとかっこよかった。〝男前〟だった。でもそこでさっと一歩引いたらもっとかっこよかったのにね。もう今ではとんでもなく大きな潮流となっているから、先生が今も先頭切って百田タタキをする必要はないんですよ。むしろ先生は今、「みんな、あんまり感情的にならないでね。冷静になろうよ」と諌めるほうに行くべきでしょう。それこそが真の男前です。でもおんなだからな、こんなものか。



 しかしまあこんなものを長時間かけて書いている私もバカのひとりではある。はずかしい。百田を絡めて、どんなにメディアがマスコミがジャーナリズムがと話をふくらませても、基本は朝鮮人タレントたかじんの遺産を巡る強欲朝鮮人女とそれにだまされたオッサンの話でしかない。そしてすべての始まりはたかじんである。一部には「たかじんは被害者」と言うひとがいるが、いやいやすべてはたかじんから始まっている。

 病床のたかじんは、自分の持ち歌「順子」という歌の「順子」の部分を「さくら」にして唄った。その替え歌がiPadに吹きこまれていて、それが生前のたかじんの最後の歌となった。これは「いかにたかじんがさくらを愛していたか」の証拠品として使われている。たしかあの『殉愛』特集のインチキ番組では、毒婦が外出しているときにたかじんが吹きこんでいたとなっていたが、あれって証拠品を作るために「唄って唄って、順子の部分をさくらにして唄って」と朝鮮人毒婦が強要して作ったのではないか。そういうことするだろうな、あの〝後妻業〟の毒婦は。
 さてさて、どんな結末になるやら。 
  1. 2015/02/25(水) 06:44:28|
  2. サヨク
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《佐川急便話──再配達時間指定とはなんなのか!?──時間指定をしても無視する異常》に追記

佐川急便話──再配達時間指定とはなんなのか!?──時間指定をしても無視する異常


に、以下の文を追記しました。

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【追記】──ヤマトだってある(笑)──2015/02/18

 2月16日にAmazonで買い物をし、カードで払い、17日に註文確定のメールが来た。「お届け時間」が「指定なし」になってるいるので、ヤマトのサイトから会員覧にログインし、届け時間を指定する。日中はいない。「なし」になっている指定時間を18時から20時にした。すぐに返事が来た。それがしたのもの。



受け取り日時変更依頼受付完了のお知らせ
受信トレイ

ヤマト運輸
2月17日 (1 日前)

To 自分 
******* 様

いつもクロネコヤマトをご利用いただき、ありがとうございます。
お荷物の受け取り日時変更のご依頼を下記のとおり受け付けました。

<ご依頼内容>
■お受け取りご希望日時 : 02/18日 (水) 18時から20時まで
■伝票番号       : 4114-4288-****



 2月18日。17時半に帰宅すると不在通知が入っていた。メールも届いていた。



ご不在連絡eメール
13:19 (5 時間前)

To 自分 
**** 様

いつもクロネコヤマトの宅急便をご利用頂きありがとうございます。
お荷物のお届けについてお知らせします。

02月18日 12時43分にお届けに参りましたが、ご不在でしたので持ち帰りました。

■伝票番号
4114-4288-**** 



 上記の佐川と同じである。なんのために時間指定したのか。むなしくなる。いつも思うのは「いないとわかっている部屋をノックし、不在通知を書く運転手が気の毒だ」である。事務所は運転手にもっとこまめに連絡をとってやれ、と思う。ヤマトでは初めてだ。しかしここは公平に書いておかないと(笑)。

 運転手に電話するのも面倒だし、ヤマトのサイトに抗議メールを書くのもなあ、と迷っていたら、18時10分にノックの音。届いた。運転手にその旨話すと、「ぜんぜん聞いてなかったものですから」とのこと。「二度手間になっちゃいましたね、雨の日なのにたいへんでした」「いえいえ、こちらこそ」となごやかな応対。
 これで連絡が面倒だとなにもせず、届くのが数日遅れ、運転手の態度が悪かったりすると、ここに書く文もちがってくるのだが、以上のような流れですんなり治ったのでヤマト批判はなし。

 ほんとうはあの「ヤマトメール便廃止」に関して、郵政に対する怒りをヤマト側に立って論じたいのだが、いまはそんな元気もないのでここまでとする。 メール便廃止は残念だ。役所には腹立つことばかり。
  1. 2015/02/18(水) 18:49:25|
  2. 佐川急便
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「生活の党と山本太郎となかまたち」党の山本太郎共同代表がテロ非難決議を棄権!

2015.2.6 13:27 
山本太郎氏、“なかまたち”となかま割れ? テロ非難決議を棄権

 「生活の党と山本太郎となかまたち」代表の山本太郎参院議員が6日に参院本会議で行われたイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」のテロ行為を非難する決議の採択を欠席した。同党の主濱了、谷亮子両参院議員は賛成し、「なかま割れ」となった。

 山本氏は本会議には出席したが、押しボタン式の採決前に退席した。退席理由について記者団に「事件の検証について決議文に盛り込まれていない」などと述べた。

 決議はイスラム国が日本人2人を殺害したとされる事件を非難し、中東諸国への人道支援拡充やテロ対策の強化などを政府に求める内容。発議者には主濱氏を含め全11会派から議員が名を連ね、採決に参加した231人全員が賛成、全会一致で採択された。

 山本氏はこれまでツイッターで人道支援の中止を求め、記者会見では事件の原因を「安倍晋三政権の外交政策の失敗」と述べていた。同党は規約で、国会の採決に党議拘束をかけないことを明記している。

 自民党の吉田博美参院国対委員長は記者会見で「全く理解できない。全会一致でやろうと生活にも事前に話をし、了解を得ていた。内容に疑義があれば調整したのに」と批判した

http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150206/plt15020613270022-n1.html

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山本太郎氏のテロ非難決議棄権 民主・榛葉氏「決議の意味、分かっているのか?」 連携見直しも…
産経新聞 2月6日(金)15時26分配信

 「生活の党と山本太郎となかまたち」代表の山本太郎参院議員が参院本会議でのテロ非難決議を棄権したことについて、民主党の榛葉賀津也参院国対委員長は6日の記者会見で「大変残念だ。決議の意味が分かっているのか」と激しく批判した。

 榛葉氏は本会議後に生活から決議案の発議者の一人に名を連ねた主濱了参院議員と面会。会見では「これからは生活と連携が取りづらくなる」と述べた。

 榛葉氏は「わが国が結束してテロを許さないという意思を示し、テロに強く抗議するのが趣旨だ」と決議の意義を強調。その上で、山本氏が採決直前に退席したことについて「わざわざ目立つ形で退席した。理解できない。間違ったメッセージが送られなければいいなと懸念している」と述べた。

 決議は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が日本人2人を殺害したとみられる事件への抗議と、中東諸国への人道支援拡充やテロ対策の強化などを政府に求める内容。全会一致で採択されたが、参院に3議員が所属する生活は、代表の山本氏が棄権し、主濱氏と谷亮子参院議員は賛成した。

kikko-yamamoto2

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 すごいなあ、「生活の党と山本太郎となかまたち」党代表の山本太郎議員は。
「生活の党と山本太郎となかまたち」党の共同代表である小沢一郎先生は今回のこの「生活の党と山本太郎となかまたち」党の共同代表である山本太郎議員の棄権をどう思っているのだろう。「生活の党と山本太郎となかまたち」党の共同代表だから、小沢先生も同じ考えなのか。しかしそうなると賛成した「生活の党と山本太郎となかまたち」党に所属する主濱と谷が問題になる。
 日本全国の「生活の党と山本太郎となかまたち」党を支持している選挙民は、この「生活の党と山本太郎となかまたち」党の山本太郎議員の棄権をどう感じているのだろう。上のように「まともなのは山本太郎さんひとりだけ」と支持している<きっこさん>のようなひともいるが。

OZAWA-KONOMAMA

 ですよね、先生。このままでは「日本があぶない」ですよね。いまこそ〝剛腕〟小沢一郎先生の出番です。いまこそ「生活の党と山本太郎となかまたち」党が政権奪取の時です! いま日本の総理にふさわしいのは宣誓し買いません。(おおATOK、なかなか味のある誤変換)
  1. 2015/02/07(土) 06:33:12|
  2. サヨク
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将棋──訃報──河口俊彦七段──長いあいだありがとうございました。河口さんの文章が大好きでした。

河口俊彦七段(78歳)が、2015年1月30日(金)午後5時18分、神奈川県横浜市の菊名記念病院にて腹部大動脈瘤のため、死去いたしました。
また、同日付けで八段を追贈することになりました。

将棋連盟ホームページより


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shogisekai201503

 2015年2月3日5時49分、将棋連盟のホームページで知った。おどろいた。まったく予期していなかったことなのでおろおろしている。もっともっと河口さんの文を読めるものと思っていた。いちばん好きな将棋作家だった。河口さんは闘病していたのだろうか。だって昨日届いた『将棋世界』3月号の「評伝 木村義雄」を読んだばかりだ。これは昨年内に書かれたものだとしても、すくなくとも長い期間闘病していたわけではないだろう。なんとも残念だ。長いあいだありがとうございました。河口さんの本でどれほどドキドキワクワクさせてもらったことでしょう。ご冥福をお祈りします。



 Wikipediaから河口さんの著書一覧を引いてみる。

『つよくなるぼくらの将棋入門』(1981年、新星出版社)2000年再版 ISBN 978-4405065314
『勝ち将棋鬼のごとし プロ将棋の勝負師たち』(1982年、力富書房)ISBN 978-4897760049 - 初期(昭和52年度~)の「対局日誌」
『のこぎり詰 伊藤宗看の将棋無双より』(1983年、山海堂)ISBN 978-4381006097
『けむり詰 伊藤看寿の将棋図巧より』(1983年、山海堂)ISBN 978-4381005960
『勝負の読み方 第40期将棋順位戦より』(1985年、力富書房)ISBN 978-4897760148 - 昭和56年度の「対局日誌」
『決断の一手 第42期将棋名人戦各級順位戦』(1985年、力富書房)ISBN 978-4897760155 - 昭和58年度の「対局日誌」
『勝機を待つ 第43期将棋名人戦各級順位戦』(1985年、力富書房)ISBN 978-4897760179 - 昭和59年度の「対局日誌」
『勝因と敗因 第44期将棋名人戦各級順位戦』(1987年、力富書房)ISBN 978-4897760285 - 昭和60年度の「対局日誌」
『プロ将棋ワンポイント講座』(1987年、力富書房)ISBN 978-4897760292
『将棋対局日誌集』(1990年、力富書房)ISBN 978-4897767116 - 昭和52年度~昭和60年度の「対局日誌」
『一局の将棋一回の人生』(1990年、新潮社)ISBN 978-4103772019 のち文庫(1994年10月)ISBN 978-4101265117
『将棋界奇々快々』(1993年、日本放送出版協会)ISBN 978-4140801161 のちNHKライブラリー(1996年10月)ISBN 978-4140840412
『覇者の一手』(1995年、日本放送出版協会)ISBN 978-4140802243 のちNHKライブラリー 
『人生の棋譜 この一局』(1996年、新潮社)ISBN 978-4103772026 のち文庫 ISBN 978-4101265124
『新・対局日誌』(全8集、河出書房新社) - 昭和61年度~平成3年度、平成6年度~平成7年度の「対局日誌」
第1集 二人の天才棋士(2001年4月) ISBN 978-4309614311
第2集 名人のふるえ(2001年6月)ISBN 978-4309614328
第3集 十年後の将棋(2001年9月)ISBN 978-4309614335
第4集 最強者伝説(2001年12月)ISBN 978-4309614342
第5集 升田と革命児たち(2002年4月)ISBN 978-4309614359
第6集 大山伝説(2002年6月)ISBN 978-4309614366
第7集 七冠狂騒曲(上)(2002年9月)ISBN 978-4309614373
第8集 七冠狂騒曲(下)(2002年12月)ISBN 978-4309614380
『大山康晴の晩節』(2003年、飛鳥新社)のち新潮文庫 ISBN 978-4101265131 、のちちくま文庫 ISBN 978-4480431271 
『盤上の人生 盤外の勝負』(2012年、マイナビ)ISBN 978-4839943899
『升田幸三の孤独』(2013年、マイナビ)ISBN 978-4839946456
『最後の握手 昭和を創った15人のプロ棋士』(2013年、マイナビ)ISBN 978-4839949990
『羽生世代の衝撃 ―対局日誌傑作選―』(2014年、マイナビ)ISBN 978-4839951405 



 河口さんと言えばなんといっても「対局日誌」だ。あれが切り開いた将棋文章の意義は広く深い。そのあとを同じような形で何人かの棋士が継いだが、河口さん以上のひとは誕生しなかった。若い頃から文才で注目されていた先崎だけど、すくなくとも「対局日誌」に関する限り、河口さんのそれと比べるとはるかに落ちる。 というか、あれは先崎のような現役バリバリの若手棋士が書くものではないのだろう。つまり、書けるひとだからと先崎を起用した企画ミスだ。といって年輩のひとが書いたのも、河口さんと比すとつまらない。それは文章力とかではない。目の付け所だ。河口さんは、独自の繊細な譬喩、他の追随を許さない多彩な表現、そんなタイプで光る文章家ではなかった。ごく淡々と目の前の対局の事実を書いていて、でもそれがたしかに「他の追随を許さない」のだった。やはり名人である。

 年齢制限ぎりぎりの三十歳でやっと四段になり、長いあいだその自慢にならない「最年長記録」をもっていた河口さんは、棋士としての実績は残していない。しかし将棋文筆家としては名人だった。そしてそのふたつのあいだには、きっと関係がある。「名選手名監督ならず」と同じように。



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 『覇者の一手』(1995年、日本放送出版協会)『人生の棋譜 この一局』(1996年、新潮社)は何度も海外に持参して読んだ。外国で読む将棋本は味わい深い。異国の地で、異国語の飛びかう中で、異国料理を食しながら、将棋本を読む。この快楽。

 将棋本の利点は「長持ちすること」だ。どんなにすぐれた小説でも、海外で何度も読むことには耐えない。「好きな作品で何十回読んでもあらたな発見がある」なんて作品も、そういう読者もあるのだろうけど、私にそれはない。大好きな好きな作品で、生涯に何度も読み返すとしても、一ヶ月の海外滞在なら一度で充分だ。つまり「一冊で一回」である。その点、将棋本は、文章と共に「棋譜」がある。最初は棋譜を深く検討はせず、河口さんの展開する〝物語〟を愉しむ。次には棋譜を読みつつ愉しむ。その次は、棋譜に没頭する。「ここで大山が投げた」とか、「ここで投げる升田の美学」なんてのも、弱いアマのこちらからは「なぜここで投げるのか!?」を考えるだけで難問である。升田は投げたのにこちらの気力では勝っているように見えたりする。懸命に考える。「ああ、なるほど相手の勝ちか」と解る。しかしそこでまた「でもここでこうやったらどうなるんだ!?」と思う。よって一冊の本で何度も何度も楽しめる。旅行に持参できる冊数は限られている。将棋本はいい。1冊で5冊分の価値がある。「覇者の一手」は新書判なので旅行向き。「人生の」は文庫版を持っていった。さすがにハードカバーを持参する餘裕はない。と書いて思いだした。「棋譜」というのは異国人の興味を引くものらしい。いくつもの国で多くのひとに、「それはなんだ」と覗かれて問われた。

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 上記2冊と『大山康晴の晩節』が私にとっての河口作品ベストスリーになる。ナンバーワンはこれだろうか。あの大名人大山の晩年の落日が、いや落日とはいえ最後の最後まですごいひとなのだけれど、癌で体力が落ちて、ちいさく萎むことによって、最強のボス猿が自ら裏山にひとり去って行くかのような、道の真ん真ん中からそれてゆく姿が、なんともせつない寂寥となって胸に突きささってくる。

 そのあいまに挟まれる当時のエピソード。大山対升田の時代。朝日主催の名人戦。朝日の嘱託であり朝日派の升田が勝つと本社から幹部まで駆けつけての大宴会。大山が勝つと本人と関係者だけのひっそりとした打ちあげ。それにじっと堪える大山。朝日嘱託の升田と毎日嘱託の大山という新聞社同士の角逐でもある。大山はひたすら勝つことによってそういう流れをひっくり返してきた。つよいひとだ。
 升田勝利の瞬間、盤側に駆けつけた升田贔屓の五味康祐の無礼に対しても大山はじっと耐える。そのときの記録係は河口三段。級の時から関わっている。だからこそ「河口さんの書く大山」はおもしろい。

 大山対中原の時代。当人と関係者がゴルフコンペをして汗をかく。汗を掻いたまま、風呂には行かず宴会にしようと大山の提案。誰もが汗を流したいが王者の意見に逆らえない。宴会場に向かう。そこにすこし遅れてやってきた中原。「あれ、どうしたの。先にシャワーを浴びましょうよ」。浴びたかったみんなはほっとして風呂場に向かう。取り残される大山。絶対王者大山の足もとが崩れてゆく瞬間。〝若き太陽〟中原は、大山を〝北風〟にしてしまった。
 大山打倒を宿願として喧嘩腰で挑んだ山田道美八段。あの「暗くしなさんな!」を知っている身には、この「シャワー話」なんてのは冒険活劇を読むよりもわくわくする。それは単なる事実かも知れないが、おもしろせつなく読ませてくれるのは河口さんの藝だ。
 なお『大山康晴の晩節』は、飛鳥新社の単行本が装丁がよくて最高だ。読んでみたいひとにはちくま文庫ではなくこちらを推薦する。



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 もう一冊、「盤上の人生、盤外の勝負」もいい。ここにある米長は魅力的だ。私は「対局日誌」のような現在進行形的なものより、こういう河口さんがじっくり腰を据えて書いたものが好きなようだ。と他人事風な書きかただが、いま書いていてあらためて気づいた。「大山康晴の晩節」がいちばん好きなのはそういう理由なのだろう。



「覇者の一手」は羽生七冠の話、まだ達成前のその道のりが中心だ。そのあとに達成してからの本格的な「七冠狂騒曲」がある。あの達成の翌朝、スポーツ紙の一面を飾った。いろいろ買って今も保存している。将棋ファンとして誇り高かった。「冒険活劇的わくわく」なら、こちらのほうがありそうだ。なんといっても前人未到の「七冠独占」なのだから。だが、なんかこちらは羽生のあまりの万能ぶりもあり、RPGのよう。たしかにラスボスクリアの快感はあるが……。時代劇的な、あるいはシェークスピア劇的なわくわくどきどきは、なんといっても「大山」だ。

『羽生世代の衝撃 ―対局日誌傑作選―』(2014)年はまだ読んでいない。明日にでも買ってきて、読みつつ、河口さんに献盃しよう。私は人後に落ちない羽生世代のファンであり、それを綴ったものでも河口さんがいちばんだと思うが、でも河口さんの最高の魅力は、やはり升田大山中原の時代を語るときだと感じる。



 結果として絶筆になってしまった「評伝 木村義雄」には、(以前にも読んで知っているエピソードではあるが)、坂田三吉の凄味をまだよくわかっていなかった河口さんが、坂田を外連からのみの評価をした文を書いたら、それを読んだらしい升田に「くだらんことを……」のようにボソッと言われる部分がある。被差別部落出身の坂田は文盲であり、将棋駒の文字すら読めなかった。独創の阪田流向飛車や伝説的なあの端歩を始め異能の人だった。それを外連ととった河口さんの姿勢はまともだろう。だが升田はそこにもっと奥深い凄味を感じていた。それを書くことによって升田が光る、また時代の向こうから坂田も光量を増す。その絶妙の価値、意義。河口さん、最高だ。
 先月号あたりから私の好きな筭田名人が登場している。「勝つことはえらいことだ」の塚田さんだ。完結まで読みたかった。河口さんも心残りだったろう。

 河口さんの死を予期していなかったので、まだうろたえていてまともな文が書けない。時間を掛けてまた直したり足したりしよう。それでも、1月30日に亡くなった河口さんの訃報が将棋連盟サイトで発表されたのは「2月2日午前11時」のようだから、一日遅れだけど、大好きな河口さんに捧げる文章を自分のブログに書けたことをうれしくおもう。
 河口さん、やすらかに。
 2015/02/03 6:43
  1. 2015/02/03(火) 07:00:31|
  2. 将棋
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ISIL問題──後藤さん殺害される──ネットに画像がアップ──2015/2/1/am.5:30

いつものよう3時に起きてPCに向かっていたら、5時半に「後藤さんの殺害写真がネットにアップされた」との情報が流れた。行ってみると、アラビア語で綴られ、声明が出されていた。

それはこちら

これで湯川さんも後藤さんも殺害されたことになる。 

テロに屈してはならない。
Isisはイスラム原理主義のテロ組織である。国家ではない。「Islamic State」から私も「イスラム国」と表記してきたが、いままでの文のそれをすべて「ISIL」に直す。こんなものに「国」を使いたくない。



2015/02/05

昨日、ヨルダンのパイロットが焼き殺される映像を見た。

青山繁晴さんの「水曜アンカー」をネットで見ていたら、青山さんがこのテロ組織を必ず「自称イスラム国」と言うことに対して「くどいですね」との意見があるそうで、それに対して「イスラム国という呼称は、IsisでもISILでもIslamic StateのStateを入れているので国と言っているのと同じ。私はあれを〝国〟だと認めないので、〝自称イスラム国〟と言うのです」と主張していた。 

エジプト出身のイスラム教徒フィフィが、「イスラム国はやめて」とツィートしていることも話題になっていた。

私も、こんなテロ組織に〝国〟はいやなので、イスラム国をやめてISILに統一したが、そのとき「でもStateと入ってるよなあ」とは気にしていた。 さてどうするか。青山さんの「自称イスラム国」が適切であるのはよくわかるのだが……。
  1. 2015/02/01(日) 06:34:06|
  2. 政治
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NHK「日曜討論」の小沢一郎発言──山本太郎と共同代表に

小沢氏、共産党議員らピンボケ発言 人道支援と後方支援を混同…
2015.01.26

ozawa-nhk
 

 「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件で、野党議員による仰天発言が続いている。安倍晋三首相による人道支援表明を軍事的な後方支援と混同したり、残虐非道なテロ行為より安倍政権を批判するなど、見識を疑われかねないものも多い。「利敵行為になりかねない」との指摘もある。

 「安倍さんが、イスラム国にとっては宣戦布告ともいえるような話をしたということですね」

 25日のNHK「日曜討論」。「生活の党と山本太郎となかまたち」の小沢一郎代表から、耳を疑う発言が飛び出した。

 安倍首相はエジプト・カイロで行ったスピーチで、イスラム国対策として2億ドル(約236億円)の支援を表明した。これは避難民の命をつなぐ人道支援だが、小沢氏は軍事的な後方支援とごっちゃにして、「ご飯食べなきゃ、兵隊さんは戦争できませんから」「後方支援、補給が戦争そのものだということを国民は考えるべきだ」との持論を繰り広げた。

 共産党の池内沙織衆院議員は、湯川遥菜さんの殺害場面とされる画像がネット上に出回った直後の25日未明、ツイッターに「『ゴンゴドウダン』などと、壊れたテープレコーダーの様に繰り返し、国の内外で命を軽んじ続ける安倍政権」「安倍政権の存続こそ、言語道断」と書き込んだ。イスラム国の蛮行への批判はなく、さすがに不適切だと思ったのか、同日中に投稿を削除した。

 国際政治学者の藤井厳喜氏は「国内で敵(=テロ集団)を利するような発言が出れば、相手は『やればやるほど日本国内に味方が増える』と考える。政権批判をするなら、事態が一段落してからにすべきだ」と話している。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20150126/plt1501261147002-n1.htm

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 こういうトンデモ発言はネットでいくらでも拾えるし映像でも確認できるが、リアルタイムで自分の目で耳で接するに越したことはない。以前はよく見ていたこの番組も見なくなってひさしい。それがなぜかこの日、私は偶然目にした。将棋NHK杯戦や競馬番組の録画確認だったと思うが、なにゆえにこの時間、NHK総合にチャンネルをあわせたのか。小沢一郎のこのトンデモ発言を見ろという神様の思しめしか。とにかく見た。私はこの発言をよそから聞いて知ったのではなく、朝鮮顔の小沢がそう口にしているのを自分で耳にした。「はぁ???」という感じだった。「こいつ、なに言ってんだ」である。しばらく画面を目にしていたが、くだらんのですぐに切った。

 こんなのが日本を牛耳っていた時代があったのだ。おそろしい。誰を総理にするか、こいつが面接で決めていた時代があったのだ、ほんとに。いまや女房や息子にも愛想を尽かされている。いやそれは本妻とその息子だから、愛人とそのこどもとは仲いいのかもしれない(笑)。

 山本太郎と手を組んで恥ずかしい党名で存続しているが、もうすぐ谷亮子も逃げだすだろう。次は誰をいれて存続を図るのか。今回亀井静香を誘ってことわられて山本太郎に走ったのだが、もしも亀井が入ったら「生活の党と山本太郎となかまたちと亀井静香」党になるのか。亀井が「最後ではいやだ、最初にしろ」とごねたら、「亀井静香と生活の党と山本太郎となかまたち」党になるのか。もう済州島に帰れよ。



ozawa-yamamoto

「生活の党と山本太郎となかまたち」は27日、小沢一郎、山本太郎両氏が共同代表に就任すると発表した。所属議員5人のうち2人がトップに就く異例の体制となる。

 小沢、山本両氏は同日、そろって就任の記者会見に臨んだ。小沢氏は山本氏との連携について「一緒にやることで国民とのつながりをいろいろな形で持っていきたい」と期待感を表明。山本氏は「政党の一員となり、発言力を高めていく」と語った。

 無所属で活動してきた山本氏は昨年末、国会議員が4人となり政党要件を失った生活の党に加入。再び政党となり、党名を現在のものに変更した。

 小沢、山本両氏は記者会見で、民主党や共産党など他の野党がイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件の解決を目指す政府への追及を抑えている現状をそろって批判した。

 山本氏は「安倍晋三政権の外交的失策」と断言。さらに「『今は心を一つに』というような同調圧力がつくり上げられている。この件を利用しながら、海外派兵や集団的自衛権などに足を踏み入れようとしているのは明らかだ。上げるべき声は上げていかなければいけない」と語った。

 山本氏は21日にツイッターで、首相宛てに「2億ドルの(難民・避難民への)支援を中止し、人質を救出してください」と書き込んでいた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150127-00000545-san-pol

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 五人の党で代表ふたりか。当然副代表もいるだろうし、みんな役職だな。ちいさな土建会社に、創立者の70代のじーさんが会長、50代の息子が社長、30代の孫が専務、社長の女房と息子の嫁が社員。それでぜんぶ、なんてのがあるが、それと同じか。笑かしてくれる。ま、なかよくやってくれ。

 90年代、熱烈な小沢支持の友人がいた。小沢嫌いの私とは酒を飲むといつも対立した。彼らはいまなにを思っているだろう。いまも「生活の党と山本太郎となかまたち」党に清き1票をいれているのだろうか。



kanren7 私のブログの小沢一郎

こんな時代もありました(笑)↓

蜜月から
ozawakada


不仲へ(笑)。
 ozawakada2


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“一郎&太郎”共同代表の仰天会見 テロ批判なし 安倍政権攻撃に終始
2015.01.28

 「生活の党と山本太郎となかまたち」の小沢一郎、山本太郎両共同代表が27日夕、国会内で就任記者会見に臨んだ。「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件に政府が24時間態勢で対応するなか、2人は、安倍晋三政権の「外交的失策」が事件の原因だという主張を繰り広げる一方、テロリスト集団への批判は一切、口にしなかった。

 小沢氏「イスラム国と戦争・敵対状態にある国にお金や物資を支援すると公然と宣言したわけだから、イスラム国が『自分たちの敵である』と認識するのは当たり前のことだ」

 山本氏「ISIL(イスラム国)からみても『日本は一体どっちの立場なんだ』と…」

 イスラム国は「歴史上最も残忍で残酷なテロリスト集団」であり、全世界の人々にとって敵といえる。「一体どっちの立場…」といった発言には、報道陣もあ然とするしかなかった。

 もちろん、政権に対する監視や批判は野党の責務である。

 ただ、テロリストは、残虐なテロ行為や卑劣な恫喝によって、相手国の国民を惑わせ、国論を分裂させ、屈服させようしてくる。今回のテロ事件にあたり、共産党までが「政府が全力を挙げて取り組んでいる最中だ」(志位和夫委員長)として政府批判を控えているが、このコンビは違う。

 小沢氏は「『とにかく挙国一致だ』みたいな話を、すぐ日本人はしたがる」「口を閉ざしてしまうのは無責任」といい、山本氏は「(安倍政権が続けば)日本国内でのテロが現実化していく」と気勢を上げた。

 これでは、テロリストの思うつぼではないのか。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20150128/plt1501281700007-n1.htm

  1. 2015/01/28(水) 06:46:25|
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ISIL問題──クソコラグランプリ──英字メディアが評価!?──日本を攻撃しろとの煽り!?

イスラム国により拘束された人質の殺害予告事件が行われ,連日メディアで報じられている中,一部のメディアでは取り上げられているが,まだあまり知られていないのが,日本人のツイッター利用者が,イスラム国の関係者と思われるツイッター利用者のアカウントに対して行った「ISISクソコラグランプリ」という『攻撃』である。

今日は,この現象について,海外,特に英字メディア等の評価を紹介する形で取り上げてみたい。


(英字記事、引用その1)

いくつかのコラージュ画像をみると,ツイッター利用者が単にテロリストによる身代金要求という状況を軽視し,ふざけているだけなのかは判然としない。

他方で,日本人のツイッター利用者は,コラージュ画像で,イスラム国をからかっているように見える。人質の命を軽んじ,呑気過ぎるのではないかという懸念があるのは明白である。

しかし,日本のツイッター利用者は,恐怖を通じて人々をコントロールしようというテロリストの手法に対し,ユーモアで対抗しているのではかなろうか。

はっきりしていることは,日本のツイッター利用者が日本政府に対し身代金を支払うように圧力をかけろというテロリストの要求に対して,それを拒否しているということである。


(英字記事、引用その2)

日本のツイッター利用者は,日本人人質事件において,全国的なコラージュ風刺画像を用いた戦いで,イスラム国を嘲笑うことで反抗している。
ソーシャルメディア分析会社のTospy社によると,「ISISクソコラグランプリ」という日本語のフレーズは,この1日,2日で,6万回以上もツイッター上で言及されているという。これらのつぶやきでは,イスラム国の様々な人質映像の一部を切り取り,面白おかしく日本のゲーム文化の画像などとともに,多くが加工されている。


(英字記事、その3)

今週,日本のインターネット利用者は,団結してイスラム国を嘲笑うためにコラージュ画像を用い,馬鹿馬鹿しく,軽蔑した画像をテロリストに送り付けるという戦いを展開した。
この努力は人質の救出には繋がらないであろうが,将来のテロを防止するという点において,少なくとも役立つものである。
 
アメリカ政府は,イスラム国のネット上でのプロパガンダに対し,反論のためのプロパガンダ技術を駆使してきたが,これまでのところ,アメリカ政府の試みは失敗に終わっている。
アメリカ政府の手法は,ジャーナリストに反イスラム国のメッセージを送ったり,粗末に作られたビデオを作成したりするというものであって,時代遅れであり,いずれもパッとしないものであった。
では,なぜ今回の日本での出来事が貴重なのであろうか。それは,アメリカ政府が失敗してきた試みを効果的にやってのけたからである。

プロパガンダに対する反論を展開する上で重要なのは,相手の効果を減殺することにある。イスラム国についていえば,武装グループは,自らが正義であり,かつ,獰猛であると見せたいのである。
しかし,イスラム国のプロパガンダを間抜けなアニメのキャラクターと合成することで,日本のインターネットユーザーは,イスラム国自身が馬鹿げた存在であるように見せることに成功したのである。

テロリストグループに参加しようとする人々を,テロリストを世界の指導者が強く警戒しているということを知り,テロリストが自らの正義のために闘っているということが,参加を促すものとなってしまっている。
しかし,日本のツイッター利用者は,テロリストを取るに足らないものとして描写し,弱体化させることで,テロリストが発するメッセージの重さを破壊したのである。

※ 

 長文の記事から私が一部を抽出したものです。くわしくはこちらで。http://blogos.com/article/104194/?p=1

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isi-collage6
 
 いろんな解釈ができるものだ。
 敗戦国として武器を取りあげられ、手も足も出ない憲法もどきを押しつけられ、戦勝国アメリカの傘の下で、いわば去勢された男となり、金稼ぎしか出来るものがなく、いつしか経済大国となり、憲法九条があるから戦争しなかったと平和ボケした結果の、痛みを知らないガキのあそびである。それでしかない。しかし視点を変ると、こんな評価も出てくる。

「日本のツイッター利用者は,恐怖を通じて人々をコントロールしようというテロリストの手法に対し,ユーモアで対抗しているのではかなろうか」

「日本のツイッター利用者が日本政府に対し身代金を支払うように圧力をかけろというテロリストの要求に対して,それを拒否しているということである」

「日本のインターネットユーザーは,イスラム国自身が馬鹿げた存在であるように見せることに成功したのである」

「日本のツイッター利用者は,テロリストを取るに足らないものとして描写し,弱体化させることで,テロリストが発するメッセージの重さを破壊したのである」 

「これは,小さな勝利かもしれない。しかし,テロリストが参加者を増やすことで力を増していることを考慮すれば,日本人がイスラム国に対する完璧な武器を用いて,世界に,そのメッセージを発したことが,新たな参加者を妨げる唯一の方法となるだろう」


 そんなリッパなもんじゃない。世界の情勢を知らず、あたたかな部屋でニートしているバカが、パソコンで遊んだだけ。こんな評価を受けてやつらは笑いころげているだろう。

 正当な憲法を持ち、国防軍を持ち、 徴兵制度があり、徴兵期間をおえてきた若者がこれをやったなら、上記のような好意的?な解釈も成立するだろう。だがそうじゃない、なにをしたらいいかわからなくなっている平和ボケのガキが、安穏とした状態で、おもしろおかしく、うけようと、手なぐさみでやったものだ。



「テロリストの手法に対し,ユーモアで対抗している」
──そんな深い考えはない。ただおちゃらけているだけ。目先の笑いが欲しいだけ。

「イスラム国自身が馬鹿げた存在であるように見せることに成功した」──これは確か。なら彼らは屈辱に顔を真っ赤にして、それをしたヤツラに復讐に来る。しかし「それをしたヤツラ」にその自覚はない。

「テロリストが発するメッセージの重さを破壊した」──同じく、自分達の真面目さをからかわれた。なら復讐に来る。侮辱したヤツを赦さない。

「これは,小さな勝利かもしれない。しかし」──なにが「小さな勝利」かわからんけど、これが「勝利」なら、そのあとの反動は「大きな犠牲」となってやってくる。「トラの尾を踏んだ」では、よい表現過ぎるから使わないとして、べつの言いかたにすると、「キチガイと呼ばれると逆上するキチガイ」に、「キチガイ!」と大声で叫んでしまったようなものだ。キチガイは復讐にやって来る。復讐は「キチガイ!」と叫んだひとに対してやってほしいが、キチガイにその分別はつかない。

isi-collage


 英字メディアは、こんな形で、日本人のツイッターによるガキの遊びを評価した。クソコラだけでも充分に不快だったテロリストは、この西側メディアの評価にますます苛立つ。明日しようと思っていたテロを今日にする。
 これらの「評価記事」は、キリスト教側がイスラム国ISILに「日本をやっちゃいな!」とけしかけているとも取れる。 やつらの仕掛けだ。あいつらは平然とそれをする。「日本のバカガキがこんなことをしてイスラム国側ISILを苛立たせている。それを評価して、ますますあいつらをイライラさせろ!」という作戦か。

 日本がやられたなら、キリスト教側は完全に日本を自分達側に出来る。 イスラム諸国の親日を好ましく思っていないキリスト教側としては、日本がイスラム国ISILのテロに遭い、イスラム諸国と不仲になるのは望むところだ。そうなるように誘導する。そのとき上記の「英字メディア」は、「やはりこんなことになってしまった。イスラムテロリストを私たちは許さない」とはしゃぐだろう。これらの記事はそのための前振りだ。

 佐賀県の田舎町でひきこもりニートをしてクソコラ作ってニタニタしているようなガキは呑気だろうが、東京に住むものとしてこれは他人事ではない。 

kanren7 イスラム国ISIL問題──日本人人質を使ったコラージュ──テロはすぐそこまで


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【追記】──ここぞとばかりにはしゃぐバカサヨク

 きっこと名乗る団塊世代のネカマを始めとするバカサヨクが、ここぞとばかりに「何ヶ月も前に捕らえられたのに、こうなるまで日本政府はなにもしなかった」と叫きたてている。渡航自粛で説得したのに、それでも彼らはかってに渡航した。捕まってからは水面下で交渉し、マスコミにも解決までそれに関する報道は控えるようにと報道自粛させていた。それは外交の基本。こういう事態となったので、政府もそれを一部あきらかにした。その程度の考察さえせずバカサヨクは叫きたてている。度しがたい。日本の真の敵はこいつらだ。
  1. 2015/01/26(月) 07:07:23|
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ISIL問題──日本人人質を使ったコラージュ──テロはすぐそこまで

日本人人質動画の写真を使った多数の「クソコラ」画像にイスラム国関係者も流石に激怒かと話題に
 

isi-collage1

イスラム国の人質となっている日本人2名が映った動画の画像が多数のコラとして加工され、これにイスラム国関係者も怒っているようだとネットで話題になっています。

人質とイスラム国男性を使ったコラ画像は「#ISISクソコラグランプリ」というハッシュタグを使ってTwitterで多数、拡散しています。
http://www.buzznews.jp/?p=647015

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isi-collage

 日本人の若者(たぶん)が、あたたかい部屋で悦に入って作ったのであろうこの上のコラージュと、下のフランスの画は同じ発想から来ている。

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 ちがいは、下のフランスの画は、対象からの復讐があることも想定しているのに対し、上の日本人の作ったコラージュは、自分に危険がふりかかることはなど考えたこともなく、能転気なお遊び感覚で作られていることだ。



 私にはこういうコラージュを作るという発想がない。まったく、ない。いまはもちろんだが、もしも私がいまPCを得意とする高校生だったとしても、こんなものを作ってはしゃいだりはしないだろう。狂信的なテロ組織の前に、同朋の命がいま風前の灯となっているのに、嬉々として(としか思えない)こんなものを作る感覚はなんなのだ。深い考えはないのだろう。ただの世間知らずの無智なのだ。しかしこういうものを目にすると、あらためて人間の本質は邪なのだと感ずる。足のわるいひとの歩く様を「びっこ」とからかうのが人間の本質なのだ。「そういうことをしてはいけない」と学ぶのは、社会に触れてからの教育によってである。

 キリスト教徒でもないのに「メリークリスマス」、「今年のイヴはどこで過ごそう」とやっている感覚で、イスラム原理主義をお気楽に見ている。狂信的な彼らの現実を知らない。〝自分自身〟が痛い目に遭わないと、他者の宗教感覚を理解できない。他人の死はテレビや映画と同じ虚構なのだ。



 イラクで香田証生さんが殺されたとき、その動画がネットに流れたという。私は見ていない。いまにいたるも目にしていない。当時、電車の中で、携帯電話の中にその動画を入れ、みなで見ながら大騒ぎをしている中学生を見かけた。はしゃいでいる。なんともやりきれなかった。彼らはおそらくケガをして血を流したことすらほとんどない。カッターナイフで指先を切ったりしたら大騒ぎだろう。だが同朋が首を切られて殺されるシーンは、自分とは無縁の映像として楽しめるのだ。その距離感。

 私はいま豚や牛を喰わない。話すと長くなるが理由のひとつに、タイやシナで数多く体験した、豚が喉笛を切られて絶命する時の悲鳴がある。肉体の構造は同じだから、人間が咽をかっ切られたときの悲鳴も同じようなものらしい。住まいの二軒隣が田舎の豚肉屋だった。毎朝4時半に豚を2頭殺し、解体して市場で売る。毎朝聞こえてくる豚の咽をかっ切られるときの「キーっ」という悲鳴はたまらなかった。



 イスラム国ISILは、自分達を甘く見る連中を容赦しない。兵士を日本に潜入させ、日本でもテロが起きるのは時間の問題だろう。 いやもう潜入しているのか。
 そして起きる無差別テロ。おそらく電車やコンプレックスビルにおける爆破テロだ。その被害に遭うのは、上のコラージュ等とは無縁の、ごく普通の、まじめなサラリーマンやOLや私のような者だ。

 そういうことが起きても、上のコラージュを作った若者にその痛みは伝わらない。画像を見ると、佐賀県の天気予報が出ているから、あっちのほうの田舎の若者なのだろう。日本でテロが起きるとしたら、もちろんそれは東京だ。佐賀の若者にとってイスラム国が遠いように、東京もまた遠い。日本でテロが起きても、まだ痛みは伝わらない。テレビや映画の世界でしかない。こういうコラージュを作る彼らが、もうこんなことはやめようと思うのは、ニートで引き篭もっている自室に、イスラム国の兵士が乗りこんできて彼らの喉笛にナイフを当てたときだけだ。

 いま上のサイトをあらためて見直したら、私が「なんてことをするんだ」と眉をひそめるコラージュに、「2500人がお気に入りに登録」なんて出ている。彼我の差を感じる。 日本はここまで堕ちたのか。



 といって私は、〝人命は地球よりも重い〟(こんなことを言ってテロに屈し世界中から腰抜け呼ばわりされた首相がいた) から身の代金を払うべしとは思わない。ふたりは外務省から渡航自粛を説得されながら、それだけの覚悟を持って出かけたのだ。そんなことをする必要はないだろう。イスラム国は石油で毎日何億も稼ぐほどの資金を持っている。アメリカと中東のチキンレースで石油値段が下落してだいぶ儲けが落ちているようだが、それでもろくに武器も買えない貧しい組織ではない。今回のこれも金欲しさよりも(フランスなどは表向きは払わないと言いつつ、裏では払っているようだから、重要な金儲けの方法ではあろうが)、イスラム国ISILを攻撃してくるキリスト教国家(彼らは〝十字軍〟と表している)と歩調を合わせる日本政府への警告だ。しかしそれは安倍首相の支援発言から始まったのではない。やつらはこれをするきっかけをずっと待っていたのだ。やくざの因縁と同じだからなんとでもなる。

 福島の原発を上のような諷刺画にしたフランスに対し、日本政府は抗議した。それに対して彼らは「日本人には悲劇を諷刺する感覚はないらしい」と応えて謝罪はしなかった。

 フランスの言う、そういう感覚がオシャレであるなら、今回のコラージュは、充分に日本人にもそれがあることを証明していると言える。

 しかし、ちがうよな。これはコンピュータというおもちゃを使ったガキの悪ふざけだ。
 日本人ふたりは処刑されるだろうし、私はそれを仕方ないと考えるが、そのこととこの悪ふざけはまた別物である。



 イスラム国ISILからの警告。

isi-collage5

 日本人よ、5800キロ離れた安全地帯にいるからと楽観的なようだな。だが我々はどこにでも兵士をもっているぞ。
 
 実質的なテロ予告である。



 まともな日本人は同朋の死を悼むが、こんなコラージュを作っている連中はなんとも思わない。処刑の動画をたのしむだろう。道徳観が堕ちた、じゃなくて、最初からない連中なのだから。

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kanren7 イスラム国ISIL問題──クソコラグランプリを英字メディアが評価!?

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【追記】──奇妙な母親登場

  しかしあのおっかさん──フリージャーナリスト、後藤健二さん(47)の母、石堂順子さん(78)──の記者会見にはあきれた。いろんなのがいるなあ。

記者会見発言の一部

昨日、あのぉ、健二の妻である嫁と初めて交信いたしました。で、聞きますと、嫁が聞きますと、赤ちゃんが生まれたそうです。で、私はビックリいたしました。生まれたばっかりの2週間しか経ってない子供を置いて、なぜ遠い所に行ったのですか?と質問しました。

そうしましたら、先に、拘束されている知人を助ける為に、救出する為に、何が何でもという形で、飛んで行ってしまったと申しておりました。で、私はその時感じたのですが、この地球は、大切にしなければいけない。たった一つ、私共の為に神が造って下さいました、自然が造って下さいましたものを、なぜ、その貴重なプレゼントを壊すのか、私には分からないのです。原子力を使い、地球を汚し、大気圏も汚して、そして何を求めようとするのか、私には全然分かりません。

【追記.2】 ──もうひとりもヘン

 最初「ハルナ」という名を聞いたとき、男でもそんな名前のひとはいるのかと思ったら、本名は「正行」で、数年前に男性器を切断して自殺を図ったが死にきれず、それからは「ハルナ」を名乗って女として生きようとしたのだとか。ここがまとめサイト。まともな人間とは思えない。男性器切断による自殺体験を自分で綴ったブログがこちら。

 このひとがかってにイスラム国に行き、「民間軍事会社」という名刺を配りまくり、捕まった。そりゃ捕まる。それをほっておけないと、生まれたばかりの娘がいるのに追い掛けていったのが「後藤」というひと(詳しくは下の「後藤健二こと城後健二の正体」を)。そしてイスラム国からの2億ドルの身代金要求。それに乗じて自ら外国人特派員に訴えて記者会見をやり、「イスラム国」と「イスラム諸国」を混同したまま「原発反対」「憲法九条を守れ」とイタい発言を連発したのが石堂という母親。孫が生まれたことすら知らなかったのだからこの親子は絶縁していたのだろう。

 不謹慎を承知で言うが、「同朋の死の悼み」がかなり軽くなったのは本音だ。テロに屈してはならない。

●後藤健二の疑惑 - マスコミが正確に報道しない湯川遥菜との関係 
 
●クソコラグランプリの衝撃──湯浅誠

●後藤健二こと城後健二の正体

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 いま2015年2月1日、午前5時35分、ネットに後藤さんの殺害写真がアップされた。これで先日の湯川さんに続き、コラージュのネタになったふたりが首を切られて殺害され、その画像が世界中にさらされたことになる。クソコラを作った連中はどう感じているのだろう。なにも感じないのか。

●イスラム国からの警告画像
  1. 2015/01/22(木) 06:24:28|
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シャルリー・エブド事件考──キリスト教とイスラム教──アメリカ9.11と真珠湾攻撃

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 最新号表紙↓
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 こんな感じの侮辱連発↓
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【1月17日 AFP】フランス・パリ(Paris)で今月起きた風刺週刊紙シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)本社襲撃事件後初の最新号で、表紙にイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が掲載されたことに対し、イスラム教の金曜礼拝にあたった16日、世界各地で抗議デモが行われ、ニジェールとパキスタンでは衝突も発生した。

 アフリカ中部ニジェールの第2の都市ザンデール(Zinder)ではデモが暴徒化し、4人が死亡、45人が負傷した。デモの参加者は3か所のキリスト教の教会を襲撃した他、フランス文化センターにも放火した。医師によると死者は全員、銃で撃たれて亡くなった。

 パキスタン南部のカラチ(Karachi)では、フランス領事館前で警官隊とデモの参加者が衝突し、背中に銃弾が当たったフランス通信(Agence France-Presse、AFP)のカメラマンを含む少なくとも3人が負傷した。

 アフリカ西部ではモーリタニアやセネガルの首都ダカール(Dakar)でフランス国旗が燃やされ、マリの首都バマコ(Bamako)ではイスラム教の神学者や主要組織の呼び掛けに応じ、数千人が路上へ繰り出し「私の預言者から手を離せ」「私はイスラム教徒。私は預言者を愛する」などとスローガンを叫んだ。

 中東諸国のカタールやバーレーンは、シャルリー・エブド紙最新号のムハンマドの風刺画は嫌悪をあおりうると警告を発した。ヨルダンの首都アンマン(Amman)では、中心部にあるフセイン・モスク(Al-Husseini Mosque)から厳戒態勢の中、約2500人がデモ行進を開始し「預言者への侮辱は国際テロだ」と書かれた横断幕などを広げた。

 アルジェリアの首都アルジェ(Algiers)では最大3000人がデモに参加し、機動隊との衝突もみられた。参加者たちは「われわれはムハンマド」とスローガンを叫んだが、一部にはシャルリー・エブド紙本社を銃撃した兄弟、シェリフ・クアシ(Cherif Kouachi)容疑者(32)とサイド・クアシ(Said Kouachi)容疑者(34)への支持を叫ぶ参加者もいた。(c)AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3036796?ctm_campaign=topstory

上の文、下線は私が引いたものです。

---------------

 今の世はキリスト教国家が支配している。キリストになびいていれば安穏に暮らせる。
 キリスト教信者でもないのに教祖の誕生日や前夜祭を祝い、「クリスマスは誰とすごそう」「ひとりぼっちのイヴはさびしい」なんて言い、あげくはハロウィンなんてのまでやってりゃ悩むことなく生きられる。おめでたいひとたちがうらやましい。
 先祖代々臨済宗妙心寺派なので、そんなものに興味を示さない私のようなのは変人と呼ばれる。そういや学生時代からクリスマスパーティなんてのをそんな理由で缺席して嫌われたっけ。だってキリスト教信者でもないのに「メリークリスマス(たのしいクリスマスを)」「キリスト様、誕生日おめでとうございます!」とは言えない。おめでたいと思ってないもの。アサハラショウコウやイケダダイサクの誕生日を祝わないのと同じだ。
 アジアの多くの国に行っているのにフィリピンを知らないのも同じリクツ。アジアのキリスト教国家には行きたくない。キリストは欧米だけで腹いっぱい、胸やけしている。お釈迦様の誕生日は祝う。タイの水掛け祭は最高だ。ミャンマーのパゴダもいい。アンコールワットは荘厳だ。



 キリスト教が支配している世界において、キリスト教に逆らうものは悪だ。ヤツラは悪を叩く。殲滅しようとする。戦う口実に、国民の敵への憎悪を煽る必要がある。そのためには、ヤツラはなんでもやる。とっておきの方法を持っている。

911

 2001年9月11日、「アメリカ 9.11」のとき、私はタイ・チェンマイのインターネットカフェにいた。メールを書いていたら携帯電話が鳴り、「たいへんなことが起きている。まるで戦争だよ!」と友人が昂奮している。ニュースサイトに繋いだら、あの「ワールドトレードセンターに旅客機が突っこむ映像」が流れていた。ブラウン管型14インチディスプレイでみる粗い映像は、映画のようで現実感がなかった。

 真っ先に思ったのは「この手があったのか!」だった。「この手」とはハイジャックとかテロのことではない。私は「金と物が世界一の国」には誰もが逆らえないと思い込んでいた。私自身が金と物に屈伏している人間だからだ。だが「この手」があった。「宗教」である。聖戦であり、命など惜しくないのだから「金と物で世界一の国」なんて、ちっとも怖くないのだった。「物の力」に対抗できるのは「信じる心」だった。



 しばらく後に帰国して、社民党の原陽子という国会議員が9.11のすぐあとに「ざまーみろ」とブログに書いて叩かれたと知る。そのとき私は「社民党のクソバカがなにを言っているんだ」と思った。こんな25ぐらいのバカ女を当選させる歪んだ流れがあのころの日本にはあった。テロ行為により瞬時に3000人が死んだ事件であり、被害者の中には同朋もいるのだから、その発言は譏られて当然だ。
 いま確認してみると、「『ざまーみろ』と思っている国もあるだろう」だから、バカ女自身が「ざまーみろと言った」とは、だいぶニュアンスがちがう。たしかにそう思った国はあったろう。けっしてひとつやふたつではなく。あの世界一の国を嫌っている国家は多い。

 私の中にも、広島長崎への原爆投下、東京大空襲を始めとする無差別大量虐殺をしておきながら絶対に謝らず、それどころか「戦争を終らせるためにはベストの方法だった」という詭辯を弄しているあの国への怒りはあったが、同朋の死の前に、それを口に出すのは憚られた。



 9.11を、いまあらためて調べて、思う。旧いビルを爆破するときと同じように、きれいに腰くだけになって行くビル。どれほど多くの爆薬が事前にビルに埋めこまれていたのだろう。すべては用意されたものだった。前前から旧くなって問題があり、建てなおしたいと思っていたビル。戦争をするために、国民のイスラムへの憎悪を煽る必要性。どう考えてもあれはアメリカ政府の自作自演だろう。

●9.11アメリカテロ陰謀説──アメリカの制作した番組

●911のウソをくずせ-ルースチェンジ2完全字幕版

 真珠湾攻撃を事前に知っていながら、旧い船艦を被害用に用意し、死者を出し、「Remember Pearl Harbor!」と、アメリカ国民の日本への憎悪を煽ったのと同じ手法だ。「キューバ危機」もやつらの仕掛け。

 真珠湾攻撃にいたる流れも、急成長で危険な存在となってきた東洋の猿を潰すために、白人国包囲網でもって困窮させ、「どうしたどうした、腹が立つか、なら戦争しようぜ、できるか、ええ、できるか!」と、こちらの堪忍袋の緒が切れるように仕組んだものだ。先に手を出したほうを悪にするために。今回の諷刺画とイスラムテロも流れは同じ。キリスト教白人国家の狡猾である。新型爆弾の破壊力を知るための実験にも有色人種の国を選んだ。大量無差別殺戮をしておきながら正義と言いはる。こいつらほどたちのわるい人種はいない。



 ここでたしかなのは、真珠湾攻撃でも9.11でも自国民に多くの犠牲者が出ていることだ。「生贄」である。「捨て駒」だ。
 彼らは為政者により決定された自分達が生贄であるとは知らずに死んでいった。9.11では複数国の人間が生贄として死んだ。それは効果的だったろう。私のようなのが「ざまーみろ」と言わなかったのは同朋の死があったからだ。自分が正義になり、相手を悪として叩くためには、被害者はより多くの国の「生贄」が望ましかった。ヤツラにとって、複数国の死者は望むところだ。

 旅客機の突入により起きた火災現場76階に、地上から勇敢に駆けつけた消防士たち。「火災はたいしたことない、すぐに消せる」と無線が入る。それが証拠として残っている。その時点では、旅客機の突入により、何階かの破壊、一部で火災が起きているだけだ。だがその13分後、事前に無数に仕掛けられたビル解体用の爆薬により、ビル全体が一瞬で崩落する。400メートルのビルが一気に瓦礫となる。76階に突っこんだ旅客機のせいで75階から1階までが一気に崩潰するか!? それによる3000人の死。駆けあがった勇敢な消防士の死。それは「名誉の戦死」ではない。陰謀による無念の死だ。しかしまたそれも「勇気ある名誉の死」として、涙を煽り、イスラムへの憎悪を掻きたてるために使う。なんというあくどさだ。これがヤツラの本質である。原爆投下を詫びるはずがない。

 十字軍の時代から常用してきたヤツラの常套手段。自作自演で国民の怒りを煽り、自分達の虐殺を正当化する。「生贄」の死などまったく意に介していない。

 毛沢東は、人口が6億人のころか、「アメリカとひとり1殺で殺しあえば、こちらもあちらも2億人死ぬが、それであちらはひとりもいなくなる。こちらにはまだ4億人残る。こっちの勝ちだ」と言った。自国民2億人を捨て駒とすることをなんとも思っていない、この残虐者は。勝者として自分が生き残ることだけを考えている。だからこそ何千万人も同朋の支那人を殺せたのだろう。ヒトラー以上の大量殺戮者、毛沢東。それを札に刷って拝んでいる支那人のあほらしさ。
 アメリカ政府の考えも同じだ。



 9.11のあと、イギリスでも50人強が亡くなるテロがあったが、あれは本物なのか? 英米の組んでやることは信用できない。アメリカのウソを糊塗するために急いでやった「らしきこと」ではないのか。上のリンクの映像にあるが、イギリスBBCは、アメリカ9.11テロによって爆破されるビルが、まだ爆破されていない23分前に「爆破されたビルの状況はどうだ?」と報道している。すべてはこいつらのシナリオ通りなのだろう。イギリスのテロも、事前に察知して防げたが、より憎悪を煽るためにあえて殺させた、とも取れる。そういうことを平気でやるやつらだ。50人の同朋の殺戮など気にしていない。イスラムへの憎悪を煽るためならなんでもする。テレビや新聞しかない時代だったらヤツラの思うままだ。だがいまはインターネットがある。アメリカが軍事用に開発したインターネットが、唯一アメリカの横暴に立ちはだかっている皮肉。



harakiri-fukushimac8fadde8294968569eebdd22dc6991ff

 私は、9.11のときは心の奥深くで思う部分はあっても、同朋の死の悼みがあり、口には出せなかった。今回は出せる。のぼせるのもいいかげんにしろよ、と。
 こわい物など何もないと増長しているキリスト教国家に一撃をあたえる存在があったことは希望だ。核兵器と同じ抑止力である。

 私はイスラム教徒ではないし、正直イスラム国家は窮屈なので旅をしてもあまりたのしくない。肌に合わない。ただ、ひとには、命を賭しても守らねばならない誇りは必要だ。イスラム教徒にとって、ムハンマドの存在がいかにおおきいかは知っている。私自身、誇りを傷つけられ犯罪者になる寸前を、懸命に妻子への想いで抑えた(=息子を犯罪者の子にしたくなくて堪えた)経験が何度もある。いまも、我慢した自分が正しかったのかどうかわからない。激情を抑えてエラかったのか、ただの腰抜けなのか。いまだに、あいつを殺して刑務所に入るのが正しい道だったのでないかと夢見ることがある。このフランスの諷刺新聞は、何度も何度もしつこくムハンマドを侮辱した。怒って当然だ。彼らには迷うことのない聖戦だったろう。必然の結果だったと思う。
 キリスト教のてめーだけが正しいと思う感覚はやっかいだ。しかしもっとゴミなのは、キリスト教徒でもないのにそれに隷属している連中だ。この文を、キリスト教徒でもないのにハロウィンなんてのにはしゃいでいるバカが読まないことを願う。

kanren7
●「王将を歩兵が守る広告」と「福島原発事故諷刺画」 
  1. 2015/01/18(日) 06:45:40|
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プロフィール

fc2moneslife

Author:fc2moneslife
2001年に始めたサイトMone's World--http://monetimes.
web.fc2.com/の出張版ブログ【木屑鈔】Boku-setsu-shouです。
2005年からやっていたライブドアブログから引っ越してきました。
FC2のサイトは2007年から利用させてもらっていました。これでやっとサイトもブログもFC2で統一です。
メールは、moneslife2000
@kpe.biglobe.ne.jpまで。

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